(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6792451
(24)【登録日】2020年11月10日
(45)【発行日】2020年11月25日
(54)【発明の名称】細胞培養培地及びそれを用いた培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20201116BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20201116BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20201116BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20201116BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20201116BHJP
【FI】
C12N1/00 G
C12M1/00 AZNA
C12M3/00 Z
C12N1/00 A
C12N5/10
C12N5/0735
【請求項の数】12
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-551627(P2016-551627)
(86)(22)【出願日】2015年8月19日
(86)【国際出願番号】JP2015073224
(87)【国際公開番号】WO2016051983
(87)【国際公開日】20160407
【審査請求日】2018年7月11日
(31)【優先権主張番号】特願2014-197922(P2014-197922)
(32)【優先日】2014年9月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(73)【特許権者】
【識別番号】504136993
【氏名又は名称】独立行政法人国立病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(72)【発明者】
【氏名】加藤 智久
(72)【発明者】
【氏名】金村 米博
(72)【発明者】
【氏名】正札 智子
(72)【発明者】
【氏名】福角 勇人
【審査官】
伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】
特表2010−500047(JP,A)
【文献】
特表2011−513217(JP,A)
【文献】
Biochemical and Biophysical Research Communications, 2006, Vol.348, pp.1024-1033
【文献】
Journal of Biotechnology, 2007, Vol.130, pp.320-328
【文献】
Christopher L. NEAL,Cancer Res.,2009年,Vol.69, No.8,Pages 3425-3432,ISSN 0008-5472, 特にAbstract
【文献】
Deborah K. MORRISON,Trends in Cell Biology,2008年,Vol.19, No.1,Pages 16-23,ISSN 0962-8924, 特にAbstract
【文献】
Hiroshi WACHI,J. Biochem.,2008年,Vol.143, No.5,Pages 633-639,ISSN 1756-2651, 特にAbstract
【文献】
Amanda C. LOMAS,Biochem. J.,2007年,Vol.405,Pages 417-428,ISSN 0264-6021, 特にAbstract
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12M 3/00
C12N 1/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離したフィブリン5及び単離した14−3−3タンパク質のZetaポリペプチドを含有し、血清を含まず、フィーダー細胞により馴化されていないヒト多能性幹細胞用培養培地。
【請求項2】
単離したフィブリン5及び単離した14−3−3タンパク質のZetaポリペプチドを基本培地中に含む、請求項1に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地。
【請求項3】
基本培地が、Essential 8(登録商標)培地である、請求項2に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地。
【請求項4】
単離したフィブリン5及び単離した14−3−3タンパク質のZetaポリペプチドを1:50〜50:1の質量比で含有する、請求項1から3の何れか1項に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地。
【請求項5】
培地中に含まれる単離したフィブリン5の濃度が2ng/ml以上100ng/ml以下であり、及び/又は培地中に含まれる単離した14−3−3タンパク質のZetaポリペプチドの濃度が2ng/ml以上100ng/ml以下である、請求項1から4の何れか1項に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地。
【請求項6】
アルブミンを含まない、請求項1から5の何れか1項に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地。
【請求項7】
単離したフィブリン5及び単離した14−3−3タンパク質のZetaポリペプチドと、フィーダー細胞により馴化されていない基本培地とを含有し、血清を含まないヒト多能性幹細胞用培地キット。
【請求項8】
基本培地が、Essential 8(登録商標)培地である、請求項7に記載のヒト多能性幹細胞用培地キット。
【請求項9】
(a)請求項1から6の何れか1項に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地又は請求項7又は8に記載のヒト多能性幹細胞用培地キットと、(b)細胞培養装置とを含む、ヒト多能性幹細胞用培養システム。
【請求項10】
請求項1から6の何れか1項に記載のヒト多能性幹細胞用培養培地、請求項7又は8に記載のヒト多能性幹細胞用培地キット、又は請求項9に記載のヒト多能性幹細胞用培養システムのいずれかを用いてヒト多能性幹細胞をフィーダー細胞の非存在下において培養する工程を含む、ヒト多能性幹細胞の培養方法。
【請求項11】
ヒト多能性幹細胞がヒトiPS細胞又はヒトES細胞である、請求項10に記載の培養方法。
【請求項12】
単離したフィブリン5及び単離した14−3−3タンパク質のZetaポリペプチドの組み合わせからなり、馴化していない無血清培地に含有させて使用されるヒトiPS細胞増殖剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィブリン5及びZetaポリペプチドを用いた細胞培養培地、細胞用培地キット、細胞培養システム、細胞の培養方法、並びにiPS細胞増殖剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の研究により、ヒトES細胞(hESC)又はヒトiPS細胞(hiPSC)等のヒト多能性幹細胞に関して、再生医療分野における実用化の可能性が高まっている。これらの多能性幹細胞は、無限に増殖できる能力と神経細胞、心筋細胞、血液細胞又は網膜細胞などの多様な細胞に分化する能力とを有しており、難治性疾患、生活習慣病等に対する治療手段として期待されている。
【0003】
フィーダー細胞は、多能性幹細胞とりわけヒト多能性幹細胞を維持培養するための増殖因子を幹細胞に供給する働きをする。そのため、これまで、hESCやhiPSC等のヒト多能性幹細胞の培養は、主にマウス由来フィーダー細胞(MEF:mouse embryonic fibroblast)層上で行われている。しかし、マウス由来フィーダー細胞の共存下に培養する方法は、ヒト多能性幹細胞にフィーダー細胞が混入するため、生体に対する安全性に問題があった。
そこで、ヒト多能性幹細胞にMEFなどのフィーダー細胞を混入させることなく培養する方法として、MEFを培養基材に化学的に固定化して多能性幹細胞を培養する方法が知られている(非特許文献1)。しかしながら、上記培養方法は、未固定の細胞や剥離する細胞が混入する可能性があり、完全にフィーダー細胞の混入を防げるわけではない。また、フィーダー細胞の品質が一定しないという問題もある。
【0004】
一方、ヒト多能性幹細胞の維持培養を可能とする手段は、種々のヒト細胞種でも報告されている(非特許文献2〜5)。また、異種細胞を用いることなく、線維芽細胞、胎盤細胞、骨髄細胞、子宮内膜細胞などの各種ヒト由来細胞をフィーダー細胞として用いる方法も報告されている(非特許文献6)。しかし、ヒト由来のフィーダー細胞の共存下に多能性幹細胞を培養する方法には、培養時に当該フィーダー細胞を調製するのに手間がかかるという問題やフィーダー細胞の品質が一定しないという問題がある。
【0005】
フィーダー細胞の非共存下に多能性幹細胞を培養する技術としては、予め培地をMEFで馴化した培地(MEF-CM)を用いて培養する方法が知られている。例えば、特許文献1には、間葉系幹細胞(MSC)、それらの子孫またはそれらに由来するセルラインを細胞培養用培地中で培養する工程、および、胚性幹(ES)細胞コロニーまたはその子孫を、非共培養でFGFを含有する無血清培地中に播種して得た細胞を増殖させることにより前記間葉系幹細胞(MSC)が取得される前記細胞培養培地を任意に分離する工程を含む細胞馴化培地を調製する方法、及びMSC馴化培地中に14‐3‐3タンパク質zeta/delta (14-3-3 protein zeta/delta)が存在することが記載されている。しかしながら、これらの馴化した培地を用いた培養方法では、馴化培地を調製しなければいけない煩雑さやフィーダー細胞の品質が一定しないといった問題があり、また14‐3‐3タンパク質zeta/delta (14-3-3 protein zeta/delta)は、MSC馴化培地中に含まれるタンパク質の一例として挙げられているに過ぎない。
【0006】
一方、各種細胞による馴化を必要としない培地、すなわちケミカルデファインドな培地の開発も進められている。例えば、ビトロネクチンとIGF1のキメラタンパク質の添加によりフィーダー細胞を使用せずにES細胞を培養できることが報告されている(非特許文献7)。また、増殖を促進する効果のあるIGFを含む培地として、STEM CELL Technologies社のmTeSR1(登録商標)や、Life Technologies社のSTEMPRO(登録商標)などが市販されている。しかしながら、多能性幹細胞の培養において、安定して培養できないことや、増殖性が劣るといった課題がある。さらに、MEFの分泌物中の機能性タンパク質の解析が行われているものの(非特許文献8)、馴化培地中に含まれるフィーダー細胞の分泌物から有益な機能性タンパク質を同定するには至っていない。
【0007】
また、多能性幹細胞を培養するために、ウシ血清やKNOCKOUT
TM SR(Knockout Serum Replacement:血清の代わりとして用いることによりES/iPS細胞を培養することができる添加剤)などを含む培地が一般的に使用されている。しかし、これらはウシ血清由来のタンパク質を含有したものが多いため、牛海綿状脳症(BSE)などの感染症の危険性や、またウシ血清がウイルスを含んでいる可能性もあり、そのためウイルスによる細胞汚染も懸念されている。一方、ヒト由来血清を使用する場合もあるが、感染症の危険性があることや、安定に入手しにくいこと、また倫理的な問題もあり実用的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2010−500047号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Yue X-S, Fujishiro M, Nishioka C, Arai T, Takahashi E, Gong J-S, Akaike T, Ito Y. Feeder cells support the culture of induced pluripotent stem cells even after chemical fixation. PLoS ONE 2012;7:e32707.
【非特許文献2】Hovatta O, Mikkola M, Gertow K et al. A culture system using human foreskin fibroblasts as feeder cells allows production of human embryonic stem cells. Hum Reprod 2003;18:1404-1409.
【非特許文献3】Richards M, Fong CY, Chan WK et al. Human feeders support prolonged undifferentiated growth of human inner cell masses and embryonic stem cells. Nat Biotechnol 2002;20:933-936.
【非特許文献4】Cheng L, Hammond H, Ye Z et al. Human adult marrow cells support prolonged expansion of human embryonic stem cells in culture. Stem Cells 2003;21:131-142.
【非特許文献5】Richards M, Tan S, Fong CY et al. Comparative evaluation of various human feeders for prolonged undifferentiated growth of human embryonic stem cells. Stem Cells 2003;21:546-556.
【非特許文献6】福角勇人、金村米博 ヒトES/iPS細胞の無フィーダー細胞培養技術の開発 医学のあゆみ 2011;239:1338-1344.
【非特許文献7】Manton KJ, Richards S, Van Lonkhuyzen D, Cormack L, Leavesley D, Upton Z, A chimeric vitronectin: IGF-I protein supports feeder-cell-free and serum-free culture of human embryonic stem cells, Stem Cells Dev. 2010, 19(9):1297-1305
【非特許文献8】Chin AC, Fong WJ, Goh LT, Philp R, Oh SK, Choo AB. Identification of proteins from feeder conditioned medium that support human embryonic stem cells. Journal of Biotechnology, 2007; 130:320-8.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、多能性幹細胞の培養を安全にかつ効率よく行うための培養技術、とりわけ安全かつ効率良く培養するための細胞培養促進因子を開発することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、細胞培養培地、細胞用培地キット、細胞培養システム、細胞の培養方法、iPS細胞増殖剤並びにこれらを用いて得られる多能性幹細胞を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、多能性幹細胞の培地に、フィブリン5及びZetaポリペプチドを添加することにより、フィーダー細胞と共培養することなくヒト多能性幹細胞の増殖を促進できることを見出して本発明を完成するに到った。即ち、本発明によれば、ヒト多能性幹細胞の増殖を促進する因子としてフィブリン5及びZetaポリペプチドが同定された。しかして、安全性と効率性が両立された多能性幹細胞培養技術が提供される。
【0012】
本発明によれば以下の発明が提供される。
(1)フィブリン5及びZetaポリペプチドを含有する細胞培養培地。
(2)単離したフィブリン5及び単離したZetaポリペプチドを基本培地中に含む、(1)に記載の細胞培養培地。
(3)フィブリン5及びZetaポリペプチドを1:50〜50:1の質量比で含有する、(1)または(2)に記載の細胞培養培地。
(4)培地中に含まれるフィブリン5の濃度が2ng/ml以上100ng/ml以下であり、及び/又は培地中に含まれるZetaポリペプチドの濃度が2ng/ml以上100ng/ml以下である、(1)から(3)の何れかに記載の細胞培養培地。
(4A)培地中に含まれるフィブリン5の濃度が2ng/ml以上100ng/ml以下である、(1)から(4)の何れかに記載の細胞培養培地。
(4B)培地中に含まれるZetaポリペプチドの濃度が2ng/ml以上100ng/ml以下である、(1)から(4)及び(4A)の何れかに記載の細胞培養培地。
(5)アルブミン、血清、及び馴化培地から選択される1〜3種を含まない、(1)から(4)の何れかに記載の細胞培養培地。
(5A)アルブミンを含まない、(1)から(5)の何れかに記載の細胞培養培地。
(5B)血清を含まない、(1)から(5)及び(5A)の何れかに記載の細胞培養培地。
(5C)馴化培地を含まない、(1)から(5)、(5A)及び(5B)の何れかに記載の細胞培養培地。
(6)基本培地が、Essential 8(登録商標)培地(以下、この無血清培地をE8培地又はE8とも称する)である、(1)から(5)の何れかに記載の細胞培養培地。
本発明の細胞培養培地において、好ましくは、細胞は多能性幹細胞であり、多能性幹細胞は、好ましくはiPS細胞又はES細胞である。
(7)フィブリン5及びZetaポリペプチドと、基本培地とを含有する細胞用培地キット。
(8)基本培地が、Essential 8(登録商標)培地である、(7)に記載の細胞用培地キット。
本発明の細胞用培地キットにおいて、好ましくは、細胞は多能性幹細胞であり、多能性幹細胞は、好ましくはiPS細胞又はES細胞である。
(9)(a)(1)から(6)の何れかに記載の細胞培養培地又は(7)又は(8)に記載の細胞用培地キットと、(b)細胞培養装置とを含む、細胞培養システム。
(10)(1)から(6)の何れかに記載の細胞培養培地、(7)又は(8)に記載の細胞用培地キット、又は(9)に記載の細胞培養システムを用いて細胞を培養する工程を含む、細胞の培養方法。
(11)細胞をフィーダー細胞の非存在下において培養する、(10)に記載の培養方法。
(12)細胞が多能性幹細胞である、(10)又は(11)に記載の培養方法。
(13)多能性幹細胞がiPS細胞又はES細胞である、(12)に記載の培養方法。
(14)(10)から(13)に記載の細胞の培養方法により得られる細胞。
(15)フィブリン5及びZetaポリペプチドの組み合わせからなるiPS細胞増殖剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の細胞培養培地を用いて細胞を培養することにより、多能性幹細胞などの細胞を安全かつ効率よく増殖させることが可能となる。本発明の細胞培養培地によれば、フィーダー細胞を使用することなく細胞を培養することができるので、細胞を安全かつ効率よく培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、E8培地、MEFで馴化したE8培地、又は各種タンパク質因子を添加したE8培地におけるヒトiPS細胞の細胞数を計測して比較した結果を示す。
図1中の括弧内の数値は、フィブリン5又はZetaポリペプチドの濃度を示す。
【
図2】
図2は、E8培地、MEFで馴化したE8培地、又は各種タンパク質因子を添加したE8培地におけるヒトiPS細胞の増殖効率をアルカリホスファターゼ染色で比較した結果を示す。
【
図3】
図3は、E8培地、又は各種タンパク質因子を添加したE8培地におけるヒトiPS細胞の細胞数を計測して比較した結果を示す。
【
図4】
図4は、E8培地、又は各種タンパク質因子を添加したE8培地におけるヒトiPS細胞の増殖効率をアルカリホスファターゼ染色で比較した結果を示す。
【
図5】
図5は、培養装置の各構成手段の配置の概略を示す。
【
図6】
図6は、自動培養装置の観察装置のブロック構成図を示す。
【
図7】
図7は、自動培養装置の主要部のハードウエアの構成を示す。
【
図8】
図8は、細胞培養装置の細胞検出システムの構成を示す。
【
図9】
図9は、培養装置内の各構成要素の配置の概略を示す。
【
図11】
図11は、画像処理ユニットの実行する細胞抽出処理の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
本発明の細胞培養培地は、フィブリン5及びZetaポリペプチドを含有することを特徴とする培地である。フィブリン5及びZetaポリペプチドを添加することにより、フィーダー細胞や血清を用いることなくヒト多能性幹細胞の増殖を促進することができる。これにより、フィーダー細胞との共培養、及びフィーダー細胞による培地の馴化を行う必要がなくなり、安全かつ品質が安定なケミカルデファインドな培地により、多能性幹細胞の培養が容易・効率的に行なえる。
【0016】
本発明の細胞培養培地は、フィブリン5及びZetaポリペプチドの両方を含む。フィブリン5及びZetaポリペプチドの両方を含める際には、細胞が増殖できる限り特に限定されないが、添加物の調製時の煩雑さやコスト面を考慮すると、下記のような質量比で添加することが可能である。フィブリン5の添加量がZetaポリペプチドの添加量以上になる場合、フィブリン5とZetaポリペプチドの質量比は、100:1以下(例えば、100:1、99:1、98:1、97:1、96:1、95:1、94:1、93:1、92:1、91:1、90:1、89:1、88:1、87:1、86:1、85:1、84:1、83:1、82:1、81:1、80:1、79:1、78:1、77:1、76:1、75:1、74:1、73:1、72:1、71:1、70:1、69:1、68:1、67:1、66:1、65:1、64:1、63:1、62:1、61:1、60:1、59:1、58:1、57:1、56:1、55:1、54:1、53:1、52:1、51:1、50:1、49:1、48:1、47:1、46:1、45:1、44:1、43:1、42:1、41:1、40:1、39:1、38:1、37:1、36:1、35:1、34:1、33:1、32:1、31:1、30:1、29:1、28:1、27:1、26:1、25:1、24:1、23:1、22:1、21:1、20:1、19:1、18:1、17:1、16:1、15:1、14:1、13:1、12:1、11:1、10:1、9:1、8:1、7:1、6:1、5:1、4:1、3:1、2:1、1:1)であることが好ましく、10:1以下(例えば、10:1、9:1、8:1、7:1、6:1、5:1、4:1、3:1、2:1、1:1)であることがより好ましく、5:1以下(例えば、5:1、4:1、3:1、2:1、1:1)であることがさらに好ましく、2:1以下(例えば、2:1、1:1)であることが特に好ましく、一例としては1:1にすることができる。また、Zetaポリペプチドの添加量がフィブリン5の添加量以上になる場合、Zetaポリペプチドとフィブリン5の質量比は、100:1以下(例えば、100:1、99:1、98:1、97:1、96:1、95:1、94:1、93:1、92:1、91:1、90:1、89:1、88:1、87:1、86:1、85:1、84:1、83:1、82:1、81:1、80:1、79:1、78:1、77:1、76:1、75:1、74:1、73:1、72:1、71:1、70:1、69:1、68:1、67:1、66:1、65:1、64:1、63:1、62:1、61:1、60:1、59:1、58:1、57:1、56:1、55:1、54:1、53:1、52:1、51:1、50:1、49:1、48:1、47:1、46:1、45:1、44:1、43:1、42:1、41:1、40:1、39:1、38:1、37:1、36:1、35:1、34:1、33:1、32:1、31:1、30:1、29:1、28:1、27:1、26:1、25:1、24:1、23:1、22:1、21:1、20:1、19:1、18:1、17:1、16:1、15:1、14:1、13:1、12:1、11:1、10:1、9:1、8:1、7:1、6:1、5:1、4:1、3:1、2:1、1:1)であることが好ましく、10:1以下(例えば、10:1、9:1、8:1、7:1、6:1、5:1、4:1、3:1、2:1、1:1)であることがより好ましく、5:1以下(例えば、5:1、4:1、3:1、2:1、1:1)であることがさらに好ましく、2:1以下(例えば、2:1、1:1)であることが特に好ましく、一例としては1:1にすることができる。
【0017】
培地中に含まれるフィブリン5の濃度は細胞が増殖できる限り特に限定されないが、一般的には下限は、添加効果を考慮すると、0.0001ng/ml、好ましくは0.001ng/ml、より好ましくは0.01ng/ml、さらに好ましくは0.1ng/ml、特に好ましくは1ng/ml、もっとも好ましくは2ng/mlである。上限は、コスト面を考慮すると、10000ng/ml、好ましくは1000ng/ml、より好ましくは500ng/ml、さらに好ましくは400ng/ml、特に好ましくは300ng/ml、よりさらに好ましくは200ng/ml以下であり、より特に特に好ましくは100ng/ml以下である。
培地中に含まれるZetaポリペプチドの濃度は細胞が増殖できる限り特に限定されないが、一般的には下限は、添加効果を考慮すると、0.0001ng/ml、好ましくは0.001ng/ml、より好ましくは0.01ng/ml、さらに好ましくは0.1ng/ml、特に好ましくは1ng/ml、もっとも好ましくは2ng/mlである。上限は、コスト面を考慮すると、10000ng/ml、好ましくは1000ng/ml、より好ましくは500ng/ml、さらに好ましくは400ng/ml、特に好ましくは300ng/ml、よりさらに好ましくは200ng/ml以下であり、より特に好ましくは100ng/ml以下である。
【0018】
ヒトフィブリン5のアミノ酸配列は、NCBI Reference Sequence: NC_000014.9を参照でき、マウスフィブリン5のアミノ酸配列は、NCBI Reference Sequence: NC_000078.6を参照できる。
ヒトフィブリン5のアミノ酸配列は、配列表の配列番号1に示す。
マウスフィブリン5のアミノ酸配列は、配列表の配列番号2に示す。
【0019】
ヒトZetaポリペプチドのアミノ酸配列は、NCBI Reference Sequence: NC_000008.11を参照でき、マウスZetaポリペプチドのアミノ酸配列は、NCBI Reference Sequence: NC_000081.6を参照できる。
ヒトZetaポリペプチドのアミノ酸配列は、配列表の配列番号3に示す。
マウスZetaポリペプチドのアミノ酸配列は、配列表の配列番号4に示す。
【0020】
本発明のフィブリン5及びZetaポリペプチドを添加する細胞培養培地は、馴化培地でないことが好ましい。
本発明のフィブリン5及びZetaポリペプチドを添加する細胞培養培地は、血清を含まないことが好ましい。
本発明のフィブリン5及びZetaポリペプチドを添加する細胞培養培地は、アルブミンを含まないことが好ましい。
【0021】
好ましくは、本発明の細胞培養培地は、単離したフィブリン5及び単離したZetaポリペプチドを基本培地中に含む培地であり、より好ましくは、単離したフィブリン5及び単離したZetaポリペプチドを基本培地に添加することにより調製した培地である。フィブリン5及びZetaポリペプチドは、市販のものを使用することができるが、生体材料から単離したものも使用することもできる。また、[0018]及び[0019]に記載のアミノ酸配列のタンパク質/ポリペプチドを人工的に合成することも可能である。人工的に合成する方法としては、例えば、大腸菌や、枯草菌、放線菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞、植物細胞の中にフィブリン5及びZetaポリペプチドをコードする遺伝子を導入し発現させることで調製する方法(組換えタンパク質生産法)や、無細胞タンパク質合成法、化学的合成法が挙げられる。
基本培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、及びこれらの混合培地等動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。例えば、インスリンおよびトランスフェリンを添加した血清由来成分不含培地である、CHO-S-SFM II(GIBCO BRL社製)、Hybridoma-SFM(GIBCO BRL社製)、eRDF Dry Powdered Media(GIBCO BRL社製)、UltraCULTURE
TM(BioWhittaker社製)、UltraDOMA
TM(BioWhittaker社製)、UltraCHO
TM(BioWhittaker社製)、UltraMDCK
TM(BioWhittaker社製)などが挙げられる。ヒト多能性幹細胞の培養用として開発されたEssential8(登録商標)(Life Technologies社製)、STEMPRO hESC SFM(Life Technologies社製)、mTeSR1(Veritas社製)、TeSR2(Veritas社製)、ReproXF(リプロセル社製)などが好ましい培地である。特に好ましくは、基本培地は、Essential 8(登録商標)培地である。
【0022】
上記の通り、フィブリン5及びZetaポリペプチドを基本培地に添加することにより本発明の細胞培養培地を製造することができるが、フィブリン5及びZetaポリペプチドと、基本培地とを含有する細胞用培地キットの形態で使用することもできる。即ち、フィブリン5及びZetaポリペプチドと、基本培地とを別々に組み合わせてキットの形態で供給し、使用者が使用時にフィブリン5及びZetaポリペプチドを基本培地に添加することにより、本発明の細胞培養培地を調製して使用することができる。
【0023】
さらに本発明によれば、(a)上記した細胞培養培地又は細胞用培地キットと、(b)細胞培養装置とを含む、細胞培養システムが提供される。
細胞培養装置としては、上記した細胞培養培地又は細胞用培地キットを用いて細胞を培養できる装置であれば限定されないが、例えば、特開2008−92811号公報、特開2008−92882号公報及び特開2010−148391号公報(上記公報に記載の内容は本明細書の開示の一部として本明細書中に援用されるものとする)に記載されている細胞培養装置を使用することができる。
【0024】
本発明の一例においては、特開2008−92811号公報に記載されているような、細胞を培養する培養容器と、前記培養容器の細胞を撮像する撮像装置と、前記細胞を撮像する時に前記細胞に光を照射する光源手段と、前記顕微鏡を移動する移動手段とを備える細胞培養装置において、前記光源手段は、複数の光源を有しており、前記顕微鏡の位置に対応する前記光源を点灯させることを特徴とする細胞培養装置を使用することができる。細胞培養装置の構成の一例を
図5に示す。
【0025】
細胞培養装置1は、細胞を培養する培養容器4と、細胞を撮像するための顕微鏡5と、顕微鏡5を移動させるための顕微鏡駆動装置6と、顕微鏡駆動装置6を制御するドライバ10と、顕微鏡5の位置情報に基づいて光源基板に設けられた複数の光源3の特定光源に対する電源をオン状態にする切換え器7と、切り換え器7と光源3とを接続する光源配線9と、光源3を配列させた光源基板2と、これらを制御するコントローラ8とから構成される。また、培養装置は、コントローラ8に接続され、トラックボール又はキーボードからなる入力部20を備えている。顕微鏡駆動装置6は、モータとボールねじ機構を有する駆動機構が備えられており、ボールねじ機構を介して顕微鏡5を2次元的に移動させることができる。また、ボールねじ機構には、ボールねじの回転量を検出し、それを顕微鏡5の位置情報に変換して検出するロータリーエンコーダなどからなる位置センサを有している。位置センサはボールねじの回転量を検出することにより、顕微鏡5の位置を2次元的に特定することができる。この顕微鏡5の位置情報は、ドライバ10を介してコントローラ8に伝達される。ボールねじ機構は、らせん状の溝を有するボールねじと、その溝に沿って移動するスリーブとからなる。そのスリーブには顕微鏡5が設置されている。ボールねじを回転させることによりスリーブ及び顕微鏡5を直線的に移動させることができる。2つボールねじ機構をそれぞれ直角になるように備えることにより、スリーブ及び顕微鏡5を2次元的に移動させることができる。
【0026】
本発明の別の例においては、特開2008−92882号公報に記載されているような、細胞の培養器と、該培養器内の細胞を撮影するカメラと、該カメラの位置を前記培養器の撮影面に沿って前記培養器に対して相対的に移動する移動手段と、前記カメラで撮影された画像を記憶するメモリと、該メモリに記憶された画像を表示するディスプレイと、自動撮影モードとマニュアル撮影モードとを切り替え可能に形成された制御手段とを備え、前記自動撮影モードは、前記移動手段を制御して予め定められた前記カメラの視野に対応させて前記撮影面を分割した複数の小区画の位置に前記カメラを走査し、前記カメラを制御して前記小区画単位で前記撮影面を撮影して撮影画像を前記メモリに格納し、前記メモリ内に格納された画像を読み出して前記撮影面の全体画像を前記ディスプレイに表示させる機能を有し、(a)前記マニュアル撮影モードは、入力手段から入力される操作指令に基づいて前記移動手段を制御して前記カメラにより任意の位置の前記撮影面の局所画像を撮影するとともに、撮影された局所画像を前記ディスプレイに表示させる機能を有してなるか、(b)前記マニュアル撮影モードは、入力手段により前記ディスプレイ上で指定された位置に基づいて、前記移動手段を制御して前記カメラの位置を移動して指定された位置の局所画像を撮影し、撮影された局所画像を前記ディスプレイに表示させる機能を有してなることを特徴とする自動培養装置を使用することができる。自動培養装置の構成の一例を
図6及び
図7に示す。
【0027】
図7の斜視図に示すように、本自動培養装置は、インキュベータ1内に細胞の培養器である円形のシャーレ2を設置して構成され、インキュベータ1内は周知のとおり温度、CO
2などのガス濃度が調整されている。シャーレ2は、スタンド3に支持された台板4上に設置され、台板4にはシャーレ2の底面を下方から観察するのに支障がない程度の開口5が設けられている。台板4の開口5の下方にシャーレ2内の細胞を撮影するCCDカメラ6が設けられている。CCDカメラ6は、細胞を観察可能な高倍率の対物レンズを備えている。なお、CCDカメラ6に代えてCMOSカメラを用いることができる。CCDカメラ6は、図示矢印のY方向に移動させるY軸アクチュエータ7に搭載されている。Y軸アクチュエータ7は、図示矢印のX方向に移動させるX軸アクチュエータ8に搭載されている。また、シャーレ2を挟んでCCDカメラ6に対向する位置に光源54が配置され、光源54はCCDカメラ6に固定され支持アーム10の先端に取り付けられている。Y軸アクチュエータ7とX軸アクチュエータ8により、CCDカメラ6と光源54の位置を、シャーレ2の底面に沿って任意の位置に相対的に移動する移動手段が構成されている。CCDカメラ6、Y軸アクチュエータ7、X軸アクチュエータ8及び光源54は、パーソナルコンピュータ(PC)等のコンピュータ11により制御されるようになっており、これらによって本発明の特徴部に係る観察装置が構成されている。
【0028】
コンピュータ11は、コンピュータ本体12と、ディスプレイ13と、入力手段であるキーボード14及びマウス15等を接続して構成されている。コンピュータ本体12は、CPU、メモリ、I/O等を備えて構成され、汎用コンピュータに必要なI/Oを備えて構成されている。
【0029】
本装置は、
図6に示すように、コンピュータ本体12により構成される制御部20を備え、制御部20はインキュベータ1、CCDカメラ6、Y軸アクチュエータ7、X軸アクチュエータ8、ディスプレイ13、キーボード14、マウス15に接続されている。キーボード14には、割り込みスイッチ14a、マニュアルスイッチ(X軸)14b、マニュアルスイッチ(Y軸)14cが設けられている。また、制御部20には、CCDカメラ6で撮影された画像を記憶する画像メモリ21と、撮影位置データメモリ22が接続されている。また、制御部20には、画像メモリ21に記憶された画像を読み出してディスプレイ13に表示する図示していない読出し手段と、CCDカメラ6による撮影を自動撮影モードとマニュアル撮影モードとに切り替えて制御する制御手段が備えられている。
本装置を用いた動作の詳細は、特開2008−92882号公報の段落番号0029〜0053に記載の通りである。
【0030】
本発明のさらに別の例においては、特開2010−148391号公報に記載されているような、細胞を培養するための培養器手段と、前記培養器手段から前記細胞の画像を取得する画像取得手段と、前記画像取得手段及び前記培養器手段のいずれか一方を移動させて前記画像取得手段の焦点を調整する焦点位置調整手段と、前記画像取得手段の複数の焦点位置で画像を取得するように前記画像取得手段を制御する制御手段とを備えた細胞培養装置の細胞検出システムであって、前記複数の焦点位置で取得された複数の画像から、細胞の辺縁が明瞭な画像を選択する画像選択手段と、前記画像選択手段が選択した細胞の辺縁が明瞭な第1の画像と、当該第1の画像の焦点位置から焦点をずらした位置で取得された第2の画像とで差分処理を施す抽出手段とを備えたことを特徴とする細胞検出システムを使用することができる。細胞検出システムの構成の一例を
図8〜
図11に示す。
【0031】
図8に示すように細胞培養装置11はその内部が外部空間と遮断される箱型構造を有し、その内部に、細胞を培養する培養器12と、この培養器12内の細胞を撮影するためのCCDカメラ13と、このCCDカメラ13から得られる画像データを処理する画像処理ユニット14と、画像データを画像処理ユニット14に転送するためのコンバータ15と、CCDカメラ13又は培養器12を移動するためのカメラ・培養器駆動装置16と、カメラ・培養器駆動装置16を任意の位置に移動するためのモータコントローラ17と、CCDカメラ13の上部に設置した光源18から構成されている。培養器12は透明な材質で成型されており、CCDカメラ13は、光源18から照射され、培養器12を透過した透過光を撮影するように構成されている。なお、上記構成において、CCDカメラ13は40万画素程度のCCDデバイスを備えていることが望ましく、また光源18は特に限定する必要はないが、本実施例においてはLEDが望ましい。
【0032】
図9は、培養装置11内の各構成要素の配置の概略を示す図であり、図示する例では、培養装置11の中に培養器12が固定され、CCDカメラ13を移動する場合の配置を示している。
図9に示すように、培養装置11内の上面部に光源18が取り付けられている。この光源18の下側に培養器12が配置され、さらにこの培養器12の中央付近下側に対物レンズ22を備えたCCDカメラ13が配置されている。CCDカメラ13は移動用ガイド21に上下動可能に取り付けられており、CPU32から出力される指令によって動作させられるカメラ・培養器駆動装置16の駆動制御によって、移動用ガイド21に沿って上下に移動し、焦点位置を上下方向に変更して培養器12内の細胞の画像を撮影する。なお、CCDカメラ13と対物レンズ22とを組み合わせた撮像装置は、培養器12の中心付近に位置する底面近傍の微小面積、例えば1.5mm(縦)×2.0mm(横)程度の微小領域を撮影可能なように構成することが望ましい。
【0033】
図10は、
図8の画像処理ユニット14の詳細を示す図である。画像処理ユニット14は、データバス31を介して演算処理を行うCPU32と、このCPU32が一時的に記憶領域として使用する主メモリ33と、画像データや位置情報を格納する外部記憶装置34と、モータコントローラ17と通信するための通信ポート35と、細胞抽出後の画像を表示するモニタ36と、ユーザの入力を受け付けるキーボード37とから構成される。この画像処理ユニット14において、CCDカメラ13からの画像はコンバータ15を介して取り込み、種々の画像処理を行なう。
【0034】
図11は、画像処理ユニットにより実行される細胞抽出処理の一例を示すフローチャート図である。
図11に記載された一連のステップは、予めインストールされたソフトウェアによって、細胞培養過程における所定時間間隔で、例えば1回/日の頻度で繰り返して、CPU32から出力される指令によって
図8〜
図10に記載されたユニットが順次駆動制御されて実行されるものである。なお、
図11に記載された一連のステップを所定時間間隔で繰返し実行するための計時はCPU32に備えられたクロック発生器の出力を用いることができる。
図11に示す細胞抽出処理の詳細は、特開2010−148391号公報の段落番号0016〜0028に記載の通りである。
【0035】
本発明によれば、上記した本発明の細胞培養培地、細胞用培地キット、又は細胞培養システムを用いて細胞を培養する工程を含む、細胞の培養方法が提供される。さらには、当該細胞培養培地、細胞用培地キット、又は細胞培養システムのいずれかを用いて細胞を培養することにより、安全な多能性幹細胞が提供される。
本発明で培養される細胞の種類は特に限定されず、多分化能と自己複製能を併せ持つ幹細胞又は分化細胞の何れもでもよいが、好ましくは幹細胞であり、さらに好ましくは多能性幹細胞である。本発明において、「多能性幹細胞」とはインビトロにおいて培養することが可能で、かつ生体を構成するすべての細胞に分化しうる多分化能を有する細胞をいう。具体的には、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞(EG細胞:Proc Natl Acad Sci USA. 1998, 95:13726-13731)、精巣由来の多能性幹細胞(GS細胞:Nature. 2008, 456:344-349)、体細胞由来人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;iPS細胞)等が挙げられる。また、培養する細胞の由来する動物種は特に限定されず、任意の哺乳類などに由来する細胞を使用することができ、例えば、マウス由来の細胞またはヒト由来の細胞などを使用することができる。なお、細胞の培養は、通常の細胞培養の条件下で行うことができる。
【0036】
本発明の好ましい態様においては、細胞をフィーダー細胞の非存在下において培養することができる。
多能性幹細胞などの細胞を、フィーダー細胞の非存在下に培養する場合、細胞の足場となる培養基質でコートした培養容器を用いて培養を行うことができる。細胞の足場となる培養基質としては、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、ゼラチン、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から産生される単離した基底膜成分であるマトリゲル、胎盤マトリクス、メロシン、テネイシン、ヘパリン硫酸、コンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、アグレカン、ビグリカン、トロンボスポンジン、ラミニン(ラミニン-511、ラミニン-111、ラミニン-332)、フィブロネクチン、ビトロネクチン、コラーゲン、E-カドヘリン、デコリン、合成ペプチド、合成ポリマー、MEF又はヒト血清又は脱落膜間葉系細胞由来の細胞外マトリクスなどが挙げられる。
【0037】
また、別の態様によれば、上記したような細胞外マトリックスでコーティングされていない表面を有する培養基材上において、本発明の細胞培養培地を用いて細胞を培養することもできる。
【0038】
本発明によれば、上記した本発明による細胞の培養方法により得られる細胞が提供される。本発明の細胞は、好ましくは多能性幹細胞であり、より好ましくは、iPS細胞又はES細胞である。本発明の細胞の構造自体を製造方法によらずに特定することは、不可能又は非実際的であるという事情が存在することから、本発明の細胞は、細胞の培養方法(即ち、フィブリン5及びZetaポリペプチドを含有する細胞培養培地を用いて培養する方法)により規定されるものである。
【0039】
以下の実施例で実証する通り、フィブリン5及びZetaポリペプチドを含む本発明の細胞培養培地を用いてiPS細胞を培養することにより、iPS細胞の増殖を促進することができることが本発明により見いだされた。即ち、本発明によれば、フィブリン5及びZetaポリペプチドの組み合わせからなるiPS細胞増殖剤も提供される。本発明のフィブリン5及びZetaポリペプチドの組み合わせからなるiPS細胞増殖剤は、例えば、上記したように基本培地に添加してiPS細胞培養培地の形態で使用することができる。
【0040】
さらに本発明によれば、細胞培養培地として使用するための、フィブリン5及びZetaポリペプチドの組み合わせが提供される。
さらに本発明によれば、細胞培養培地を製造するための、フィブリン5及びZetaポリペプチドの使用が提供される。
【0041】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
(1)馴化した無血清培地におけるタンパク質の検出
馴化培地(CM)は、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞)を用いて無血清培地から調製した。マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞)を、MEF用培地(10%FBSを添加したDMEM培地)中に約500,000 細胞/直径60mmディッシュの細胞密度で播種した。細胞を少なくとも16時間培養した後、PBS(−)、次いで、Essential8(登録商標)培地(インビトロジェン)で洗浄し、培地を同じ無血清培地に置換した。
【0043】
培地を置換した後、24時間CO
2インキュベータ内でインキュベート(37℃、5%CO
2濃度)した後、培地を回収し、馴化培地を得た。
【0044】
馴化していない無血清培地と馴化した無血清培地をプロテオーム解析により比較解析した。各々培地5mlに20mlの−80℃に冷却したアセトンを加え、−80℃にて一晩置き、15000rpmで4℃にて30分間遠心した後、上清を除去した。沈殿物を風乾させた後、250μLのサンプルバッファー(7 M尿素、2Mチオ尿素、4%CHAPSを含む30mMトリス塩酸緩衝液(pH8.5))に溶解した。170μL の溶解液をDiNa-2A二次元オートインジェクタシステム(KYA technologies, JPN) に供した。二次元電気泳動により得られたゲルをSypro Ruby により染色し、スポットを比較した。馴化した培地に特異的に検出されたスポットを切り出し、ジチオスレイトールによる還元、ヨードアセトアミドによるCys-SH基のアルキル化後、トリプシンにて酵素消化(37℃、overnight)した。酵素消化液を回収し,SpeedVacで減圧乾固した後、10μLの0.1%ギ酸 / 2%アセトニトリルに再溶解した。この溶液を遠心(15,000g、10分、室温)し、上清をLCMS-IT-TOF(Shimadzu液体クロマトグラフ質量分析計)に供し、MS/MSイオンサーチによるタンパク質同定を実施した。データベース検索エンジンとしてMascot (Matrix Science Inc.) を用い、NCBIデータベースを用いて検索を行った。
【0045】
その結果、コラーゲン、フィブロネクチン、オステオネクチン等の細胞外マトリクスタンパク質や、フィブリン5、Zetaポリペプチド等が検出された。
【0046】
(2)タンパク質の添加試験1
(2−1)馴化していない無血清培地又は馴化した無血清培地の場合
実験に供したヒトiPS細胞(201B7)は、iPSアカデミアジャパンより入手した。ヒトiPS細胞の調製は、フィーダー細胞としてマイトマイシン処理で不活性化したマウス胎児線維芽細胞を播いたプラスチック培養ディッシュの上で維持培養した。培地は、D-MEM/F12(Sigma D6421)に終濃度20%のKNOCKOUTTM SR、0.1 mM NEAA(non-essential amino acids)、2mM L-グルタミン、5ng/ml ヒト basic FGF及び0.1 mM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用い、37℃にてCO
2インキュベータ内で培養した。継代は6〜7日毎に行い、解離液(コラゲナーゼ溶液)を用いて、ヒトiPS細胞のコロニーをフィーダー層から解離し、ピペット操作で20〜50個程度の小塊にした後、新しいフィーダー細胞層の上に播いた。フィーダー細胞上で維持培養したヒトiPS細胞を、解離液で解離し、ピペット操作で20から50個程度の小塊にし、300rpmで5分間遠心処理によりiPS細胞を回収した後、ゼラチンでコートした培養ディッシュ上で30分インキュベートすることによりMEF除去した後、マトリゲル(登録商標)(BD社)でコーティングされた培養ディッシュに、4分の1に分割して播種した。培地は、MEFで馴化していない無血清培地(E8培地)と、その培地をMEFで馴化した培地(E8CM)を用いて比較した。
【0047】
増殖性を比較した結果を表1に示す。馴化した培地では、馴化していない培地に比べ、ヒトiPS細胞の増殖効率の向上が認められた。
【0048】
(2−2)
ウシコラーゲンI(新田ゼラチン)、ヒトフィブロネクチン(BD Bioscience)、又はマウスオステオネクチン(R&DSYSTEMS)を200μg/ml、もしくはヒトフィブリン5(USCN LIFE SCIENCE)又はヒトZetaポリペプチド(ATGEN)を2ng/ml又は100ng/mlの濃度で、無血清培地(E8培地)に添加し、上記(2−1)と同様にヒトiPS細胞の増殖への影響を調べた。
【0049】
増殖性を比較した結果を表1に示す。表1における−、+、++は、以下の基準で判定した。
−:E8培地の場合と比較して増殖促進効果が認められなかった。
+:E8培地の場合と比較して弱い増殖促進効果が認められた。
++:E8培地の場合と比較して強い増殖促進効果が認められた。
フィブリン5及びZetaポリペプチドにヒトiPS細胞の増殖促進効果が認められた。一方、コラーゲンI、フィブロネクチン、又はオステオネクチンでは増殖促進効果は認められなかった。
【0050】
【表1】
【0051】
(3)タンパク質の添加試験2
培地として、下記に記載の培地を使用し、培養ディッシュをマトリゲル(登録商標)(BD社)でコーティングした以外は、上記(2−1)と同様にヒトiPS細胞の増殖への影響を調べた。
フィブリン5(FLN5とも表記する)及びZetaポリペプチド(ζとも表記する)を2ng/ml又は100ng/mlの濃度で、無血清培地(E8培地)に添加し、上記(2−1)と同様にヒトiPS細胞の増殖への影響を調べた。
【0052】
細胞の増殖性を比較するため、細胞数を計測した。E8培地を用いた場合の細胞数を1として、他の培地を用いた場合の細胞数の比率を求めた結果を
図1に示す。
また、細胞をアルカリフォスファターゼで染色した結果を
図2に示す。フィブリン5とZetaポリペプチドを両方添加することにより、いずれかを単独で添加した場合よりも増殖促進効果が向上した。
【0053】
(4)タンパク質の添加試験3
培地として、下記に記載の培地を使用し、培養ディッシュをiMatrix(登録商標)(ニッピ社)でコーティングした以外は、上記(2−1)と同様にヒトiPS細胞の増殖への影響を調べた。
フィブリン5又はZetaポリペプチドを2ng/mlを単独又はフィブリン5とZetaポリペプチドを両方2ng/mlの濃度で、無血清培地(E8培地)に添加し、上記(2−1)と同様にヒトiPS細胞の増殖への影響を調べた。
【0054】
細胞の増殖性を比較するため、細胞数を計測した。E8培地を用いた場合の細胞数を1として、他の培地を用いた場合の細胞数の比率を求めた結果を
図3に示す。また、細胞をアルカリフォスファターゼで染色した結果を
図4に示す。フィブリン5とZetaポリペプチドを両方添加することにより、いずれかを単独で添加した場合よりも増殖促進効果が向上した。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]