【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明における基材ないしは部品に塗布ないしは印刷することで該基材ないしは該部品に透明導電性膜を形成する透明導電性塗料を製造する製造方法は、熱分解で金属を析出する金属化合物をアルコールに分散し、該金属化合物が分子状態となってアルコールに分散されたアルコール分散液を作成し、波長が0.2−3μmに相当する近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ範囲の光に対する屈折率が、1.4−1.5の間の値を持つ第一の性質と、融点が20℃より低い第二の性質と、前記アルコールに溶解ないしは混和する第三の性質と、前記アルコールの粘度の10倍以上の粘度を持つ第四の性質と、沸点が前記金属化合物の熱分解温度より高い第五の性質とを兼備する有機化合物を、前記アルコール分散液に10重量%以下の割合で混合し、該有機化合物がアルコールに溶解ないしは混和し、該有機化合物が前記アルコール分散液と均一に混ざり合った混合液を作成する、これによって、該混合液を基材ないしは部品に塗布ないしは印刷することで該基材ないしは該部品に透明導電性膜が形成される前記混合液からなる透明導電性塗料が製造される、透明導電性塗料の製造方法である。
【0007】
つまり、本製造方法に依れば、最初に、熱分解で金属を析出する金属化合物をアルコールに分散すると、金属化合物が分子状態となってアルコールに10重量%程度分散される。これによって、金属の原料が液相化される。次に、有機化合物をアルコール分散液に10重量%以下の割合で混合すると、有機化合物がアルコールに溶解ないしは混和するため、有機化合物はアルコール分散液と均一に混ざり合った低粘度の透明導電性塗料が製造される。
このような方法で製造した透明導電性塗料を、さらに、基材ないしは部品の材質、形状、大きさに応じて粘度を微調整し、また、刷毛塗り、ローラー塗り、吹き付け塗装、浸漬塗装、ロールコーターなどからなる塗布方法を、ないしは、バーコート、リバースコート、グラビア印刷、スクリーン印刷などからなる印刷方法を選択すれば、全ての基材ないしは部品に、粘度に応じた膜厚からなる塗膜ないしは印刷膜が形成される。いっぽう、基材ないしは部品に塗布ないしは印刷した低粘度の塗料は、基材ないしは部品の表面の凹凸に入り込み、塗膜ないしは印刷膜を基材ないしは部品の表面に形成する。
【0008】
前記した製造方法で製造した透明導電性塗料を用いて、基材ないしは部品の表面に透明導電性膜を形成する方法は、前記した製造方法で製造した透明導電性塗料を基材ないしは部品の表面に塗布ないしは印刷し、該基材ないしは該部品を昇温する、最初に前記透明導電性塗料を構成するアルコールが気化し、該透明導電性塗料を構成する金属化合物の微細結晶の集まりが、該透明導電性塗料を構成する有機化合物中に均一に析出し、前記金属化合物の微細結晶が前記基材ないしは前記部品の表面に沈み、前記有機化合物が前記金属化合物の微細結晶の上に移動する、この後、前記金属化合物の微細結晶が熱分解し、前記基材ないしは前記部品の表面に金属微粒子の集まりが積み重なって析出し、隣接する前記金属微粒子同士が金属結合し、該金属結合した金属微粒子が積み重なった積層体が、前記基材ないしは前記部品の表面に形成されるとともに、前記金属化合物の熱分解温度より沸点が高い前記有機化合物が、前記積層体の表面を覆い、前記金属微粒子が積み重なった積層体と、該積層体の表面を覆う前記有機化合物の被膜とからなる透明導電性膜が、前記基材ないしは前記部品の表面に形成される、前記した製造方法で製造した透明導電性塗料を用いて、基材ないしは部品の表面に透明導電性膜を形成する方法である。
【0009】
つまり、透明導電性塗料を基材ないしは部品に塗布ないしは印刷すると、塗料が低粘度の液体であるため、塗膜ないしは印刷膜の厚みが薄く、また、基材ないしは部品の表面の凹凸に塗料が入り込む。この後、熱処理すると、塗膜ないしは印刷膜の大部分を占めるアルコールが最初に気化し、厚みが極めて薄い塗膜ないしは印刷膜になる。この際、金属化合物がアルコールに分散するが有機化合物に分散しないため、金属化合物の微細結晶の集まりが、有機化合物中に均一に析出する。いっぽう、金属化合物の微細結晶の密度が有機化合物の密度より大きいため、金属化合物の微細結晶は基材ないしは部品の表面に沈み、有機化合物が金属化合物の微細結晶の集まりの上に移動する。また、金属化合物の微細結晶の大きさが、基材ないしは部品の表面の凹凸に比べ1桁以上小さいため、微細結晶は表面の凹凸に入り込み表面を覆う。なお、金属化合物の微細結晶は、熱分解で析出する金属微粒子の大きさに相当する。さらに昇温すると、金属化合物の微細結晶の熱分解が、基材ないしは部品の表面で起こる。この際、金属化合物は金属と無機物ないしは有機物とに分解し、さらに無機物ないしは有機物が気化熱を奪って気化し、無機物ないしは有機物の気化が完了した瞬間に、40−60nmの大きさからなる粒状の金属微粒子の集まりが、基材ないしは部品の表面に積み重なって析出する。この金属微粒子が不純物を持たない活性状態で析出するため、隣接する金属微粒子同士が金属結合し、金属結合した金属微粒子が積み重なった積層体が、基材ないしは部品の表面に形成される。この積層体は、基材ないしは部品の表面の凹凸に入り込むとともに、基材ないしは部品の表面を覆う。このため、アンカー効果によって積層体は基材ないしは部品の表面から剥がれない。いっぽう、沸点が金属化合物の熱分解温度より高い有機化合物は、積層体の上に残存し、僅かな量の有機化合物が積層体を覆い、厚みが1μm前後の膜が基材ないしは部品の表面に形成される。
この膜は、金属結合した金属微粒子が積み重なった積層体と、表層の有機化合物の被膜で構成され、この被膜は金属微粒子の積層体の表面の凹凸に入り込む。この膜の厚みが1μm前後と薄く、人が膜に触れた際に、有機化合物の被膜の厚み分だけ弾性変形するだけで、膜は剥ぎ取られない。また、人が膜に触れても膜の存在は分からない。さらに、有機化合物の室温での蒸気圧が極めて小さいため、長期にわたって蒸発しない。いっぽう、金属結合した金属微粒子が積み重なった積層体は、電荷が連続して移動する経路を形成し、また、絶縁性の有機化合物が、極薄い被膜として表層に形成されるため、膜の導電率は金属の導電率に近い。さらに、積層体は有機化合物の被膜で外界から遮断されるため、積層体は経時変化せず、膜の導電率が長期にわたって変わらない。
この膜は入射光に対して高い透過率を持つ。つまり、光が膜に入射する際に、膜の表面で、膜と空気との屈折率の差によって表面反射が生じる。膜の表面が有機化合物の被膜で構成されるため、入射光は、有機化合物と空気との屈折率の差に応じた表面反射を起こす。この表面反射率は、有機化合物と空気との屈折率の差を両者の和で割った値の2乗になる。さらに、膜の表面に入り込む光の透過率は入射光の全体を1とした場合、1から表面反射率を差し引いた値の2乗になる。有機化合物は、波長が0.2−3μmに相当する近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ範囲の光に対する屈折率が、1.4−1.5であるため、近紫外線領域から近赤外線領域の入射光について、表面反射率が3−4%となり、透過率が92−94%となり、ガラスの透過率に劣らない透過率で、近紫外線から近赤外線の領域に及ぶ光が膜に透過する。なお、表面反射と全光線透過率とは、下記の10段落で改めて説明する。さらに、膜の表面を透過した光は、金属微粒子が積み重なった積層体で散乱する。微粒子における光の散乱は、微粒子の大きさが入射光の波長に対して十分に小さい場合は、レイリー散乱式に基づいて散乱する。レイリー散乱係数は、入射光の波長に対する微粒子の大きさの比率の4乗に大きく依存し、微粒子の大きさの2乗にも依存する。40−60nmの金属微粒子の大きさが、0.2−3μmの入射光の波長に比べ十分に小さいため、金属微粒子における散乱係数は極めて小さく、被膜は高い透明性を示す。なお、レイリー散乱は、下記の11段落で改めて説明する。
このように、透明導電性塗料で形成した膜は、近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ領域の光に対して、高い透過率と高い透明性とを持つ。また、膜の導電率は、金属に近い導電率をもち、厚みが1μm前後と薄い。従って、この膜は透明導電性膜になる。これによって、5段落に説明した課題が解決できた。
なお、基材ないしは部品の表面に形成した透明導電性膜の上に、焼成を伴う機能性の膜を形成する場合がある。例えば、ガラス基板の表面に形成した透明導電性膜を、色素増感型太陽電池の透明電極として用いる場合がある。つまり、透明導電性膜の表面に、金属酸化物半導体の微粉末からなるペーストを塗布し、400℃以上の温度で焼成し、多孔質の金属酸化物半導体の膜を形成する。ペーストを焼成する際に、透明導電性膜の表層を形成する有機化合物が気化する。また、金属微粒子が積み重なった積層体は、金属微粒子が析出した温度より高い温度に昇温されるため、金属微粒子が熱エネルギーを得て隣接する金属微粒子を取り込み、金属微粒子が成長する。金属微粒子が析出した温度より、100℃だけ昇温される場合は、金属微粒子が成長して、5%近く金属微粒子の体積が増える。金属微粒子の成長で微粒子の数は減るが、成長した金属微粒子同士が金属結合し、成長した金属微粒子が積み重なった積層体になる。なお、金属微粒子が成長しても、近紫外線から近赤外線の波長に比べ、金属微粒子の大きさが十分に小さいため、光の散乱はない。こうして、表面に透明導電性膜が形成されたガラス基板は、焼成に依っても透明導電性膜の機能が損なわれず、色素増感型太陽電池の透明電極として用いることができる。
いっぽう、本発明における透明導電性塗料の製造方法と透明導電性膜の形成方法とは、様々の優れた作用効果をもたらす。
第一に、透明導電性塗料の製造は、有機金属化合物をアルコールに分散し、アルコール分散液に有機化合物を混合するだけの極めて簡単な僅か2つの工程からなる。2つの工程を連続して実施すると、透明導電性塗料が安価な費用で大量に製造できる。
第二に、透明導電性膜を形成する処理は熱処理だけで、アルコールを気化し、次に、金属化合物を熱分解するだけの処理であり、透明導電性膜が安価な費用で製造できる。
第三に、透明導電性塗料の原料は、金属化合物とアルコールと有機化合物であり、いずれも汎用的な工業用薬品である。また、高価な透明導電性微粒子を用いないため、従来に比べ著しく安価な透明導電性膜が製造できる。
第四に、基材や部品の表面が、ゴミ、チリと言われる粒子状の汚染物質や、有機物質からなる油性汚染物質で汚染されていても、金属化合物を熱分解する際に気化して除去される。また、金属化合物の熱分解で汚染物質が除去できなくても、金属微粒子の集まりからなる積層体が、残存した汚染物質の上にかぶさって形成されるため、積層体の導電率は変わらない。また、積層体は有機化合物の被膜で被覆されるため、新たな汚染物質や化学変化を進行させる物質が積層体に付着せず、積層体の導電率は経時変化しない。従って、基材や部品の事前の表面洗浄が不要になる。
第五に、製造される透明導電性塗料の粘度は低い。このため、基材ないしは部品の材質、形状、大きさに応じて、塗料の粘度を微調整し、さらに、刷毛塗り、ローラー塗り、吹き付け塗装、浸漬塗装、ロールコーターなどの塗布方法を、ないしは、バーコート、リバースコート、グラビア印刷、スクリーン印刷などの印刷方法を選択することで、全ての基材ないしは部品に、近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ光に対して、高い透過率と高い透明性とを持ち、また、金属に近い導電率を持ち、1μm前後の膜厚からなる透明導電性膜が形成できる。これによって、基材ないしは部品の材質、形状、大きさに拘わらず、高感度でタッチ検知するタッチパネルや、液晶パネルや太陽電池の透明電極などが製造できる。
【0010】
ここで、表面反射率と全光線透過率について説明する。光が透明導電性膜に入射する際に、空気と膜表面との屈折率の差に応じて表面反射が生じる。従って、ガラスも表面反射によるロスが発生し、最も一般的な2mmのフロートガラスでは、可視光線の波長領域において全光線透過率は約90%である。
膜に垂直に入射した光の表面における表面反射率Rは、膜表面の屈折率nと空気の屈折率mとからなる数式1によって算出される。また、全光線透過率Tは、表面反射率Rからなる数式2によって算出される。膜の表面は、有機化合物で構成されるため、有機化合物の屈折率と空気の屈折率との差に応じた表面反射を起こす。近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ波長に対する有機化合物の屈折率は、1.4−1.5であるため、表面反射率Rは3−4%になり、全光線透過率Tは92−94%になり、フロートガラスに劣らぬ透過率によって、近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ光が膜の表面を透過する。
数1
R=(n−m)
2/(n+m)
2
数2
T=(1−R)
2
【0011】
次に、光の散乱について説明する。有機化合物に入射した光は、金属微粒子の集まりで散乱する。40−60nmの大きさからなる金属微粒子は、近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ0.2−3μmの波長に対して十分に小さいため、光の散乱は数式3に示すレイリー散乱式が適応できる。数式3におけるSは散乱係数で、λは入射光の波長で、Dは粒子径で、mは有機化合物の屈折率に対する金属微粒子の屈折率の比率である。またπは円周率である。数式3における散乱係数Sは、入射光の波長λに対する粒子径Dの比率D/λの4乗に大きく依存し、また、粒子径Dの2乗にも依存する。粒子径Dが入射光の波長λの1/10に近いため、散乱係数Sは、金属微粒子に対して極めて小さな値になる。この結果、透明導電性膜は近紫外線領域から近赤外線領域に及ぶ入射光に対して高い透明性を示す。
数3
S=4/3・π
5/λ
4・D
6{(m
2−1)/(m
2+1)}
2
【0012】
前記した透明導電性塗料の製造方法は、前記した金属化合物として、無機物の分子ないしは
無機物のイオンからなる配位子が、金属イオンに配位結合した金属錯イオンを有する無機金属化合物を用い、前記したアルコールとしてメタノールを用い、前記した有機化合物として、カルボン酸エステル類、グリコール類ないしはグリコールエーテル類からなるいずれかの有機化合物を用い、前記した透明導電性塗料の製造方法に従って透明導電性塗料を製造する、前記した透明導電性塗料の製造方法である。
【0013】
つまり、金属錯イオンを有する無機金属化合物は、180−220℃の還元雰囲気で熱分解して金属を析出する。また、メタノールに10重量%近くまで分散する。このため、無機金属化合物は、熱分解で金属を析出する原料になる。従って、還元雰囲気での耐熱性が220℃以上の基材ないしは部品に対して、透明導電性膜が形成できる。
すなわち、無機物の分子ないしは
無機物のイオンからなる配位子が低分子量であるため、配位子が金属イオンに配位結合した金属錯イオンを有する無機金属化合物を、還元雰囲気で熱処理すると、配位結合部が180−220℃より低い温度で分断され、無機物と金属とに分解される。さらに昇温すると、無機物が気化熱を奪って気化し、すべての無機物の気化が完了した後に180−220℃で金属が析出する。つまり、無機金属化合物を構成するイオンの中で、分子の中央に位置する金属イオンが最も大きい。このため、金属イオンと配位子との距離が最も長くなる。従って、無機金属化合物を還元雰囲気で熱処理すると、金属イオンが配位子と結合する配位結合部が最初に分断される。このような無機金属化合物として、アンモニアNH
3が配位子となって金属イオンに配位結合するアンミン錯体、水H
2Oが配位子となって金属イオンに配位結合するアクア錯体、塩素イオンCl
−ないしは塩素イオンCl
−とアンモニアNH
3とが配位子となって金属イオンに配位結合するクロロ錯体、シアノ基CN
−が配位子イオンとなって金属イオンに配位結合するシアノ錯体、臭素イオンBr
−が配位子イオンとなって金属イオンに配位結合するブロモ錯体、沃素イオンI
−が配位子イオンとなって金属イオンに配位結合するヨード錯体などが挙げられる。
次に、カルボン酸エステル類、グリコール類ないしはグリコールエーテル類の中に、第一に近紫外線線領域から近赤外線領域に及ぶ0.2−3μmの波長に対する屈折率が1.4−1.5の値を持ち、第二に融点が20℃より低く、第三にメタノールに溶解ないしは混和し、第四にメタノールの粘度の10倍以上の粘度を持ち、第五に無機金属化合物が熱分解する温度より沸点が高い、これら5つの性質を兼備する有機化合物がある。このような有機化合物はいずれも汎用的な工業用薬品である。
従って、このような有機化合物を、無機金属化合物のメタノール分散液に混合すると、有機化合物がメタノールに溶解ないしは混和するため、有機化合物は無機金属化合物のメタノール分散液と均一に混ざり合う。この混合液を基材ないしは部品に塗布ないしは印刷し、さらに、昇温して無機金属化合物を熱分解すると、40−60nmの大きさからなる粒状の金属微粒子の集まりが、基材ないしは部品の表面に積み重なって析出する。これによって、金属微粒子が積み重なった積層体が形成される。この際、沸点が熱分解温度より高い有機化合物は残存し、金属微粒子の積層体が、僅かな量の有機化合物で被覆された透明導電性膜が形成される。このため、有機化合物は透明導電性塗料の原料になる。
【0014】
前記した透明導電性塗料の製造方法は、前記した金属化合物としてオクチル酸金属化合物を用い、前記したアルコールとしてメタノールを用い、前記した有機化合物として、カルボン酸エステル類に属する有機化合物を用い、前記した透明導電性塗料を製造する製造方法に従って透明導電性塗料を製造する、前記した透明導電性塗料の製造方法である。
【0015】
つまり、オクチル酸金属化合物は、290℃で熱分解して金属を析出する。また、メタノールに10重量%近くまで分散する。従って、オクチル酸金属化合物は、熱分解で金属を析出する原料になる。なお、合成樹脂からなる基材ないしは部品を、オクチル酸金属化合物の熱分解によって透明導電性膜で覆う際に、基材ないしは部品は、オクチル酸金属化合物の微細結晶の集まりと有機化合物とで被覆された状態で290℃まで昇温される。この際、基材ないしは部品は、大気に遮断された状態で290℃まで昇温されるため、合成樹脂の熱分解は起こらない。従って、合成樹脂の性質を不可逆変化させることなく、合成樹脂からなる基材ないしは部品の表面を、透明導電性膜で覆うことができる。
すなわち、オクチル酸金属化合物を構成するイオンの中で、金属イオンが最も大きい。従って、オクチル酸のカルボキシル基を構成する酸素イオンが金属イオンに共有結合するオクチル酸金属化合物は、カルボキシル基を構成する酸素イオンと金属イオンとの距離が、他のイオン同士の距離より長い。こうした分子構造を持つオクチル酸金属化合物を熱処理すると、オクチル酸の沸点を超えると、カルボキシル基を構成する酸素イオンと金属イオンとの結合部が最初に分断され、オクチル酸と金属とに分離する。さらに、オクチル酸が気化熱を奪って気化し、気化が完了すると金属が析出する。こうした有機金属化合物として、オクチル酸金属化合物の他に、ラウリン酸金属化合物、ステアリン酸金属化合物などのカルボン酸金属化合物が存在する。いっぽう、大気圧でオクチル酸の沸点は228℃で、ラウリン酸の沸点は296℃で、ステアリン酸の沸点は361℃である。従って、沸点が最も低いオクチル酸からなるオクチル酸金属化合物の熱分解温度が最も低いため、オクチル酸金属化合物を用いると、透明導電性塗料の熱処理費用が安価で済む。
さらに、オクチル酸金属化合物は、容易に合成できる安価な工業用薬品である。すなわち、オクチル酸を強アルカリと反応させるとオクチル酸アルカリ金属化合物が生成される。この後、オクチル酸アルカリ金属化合物を無機金属化合物と反応させると、様々な金属からなるオクチル酸金属化合物が合成される。従って、有機金属化合物の中で最も安価な有機金属化合物である。
次に、カルボン酸エステル類に属する有機化合物に、第一に近紫外線領域から近赤外線領域の領域に及ぶ0.2−3μmの波長に対する屈折率が、1.4−1.5の値を持ち、第二に融点が20℃より低く、第三にメタノールに溶解ないしは混和し、第四にメタノールの粘度の10倍以上の粘度を持ち、第五に沸点が290℃より高い、これら5つの性質を兼備する有機化合物がある。このような有機化合物は汎用的な工業用薬品である。
このような有機化合物を、オクチル酸金属化合物のメタノール分散液に混合すると、有機化合物がメタノールに溶解ないしは混和するため、有機化合物はオクチル酸金属化合物のメタノール分散液と均一に混ざり合う。この混合液を基材ないしは部品に塗布ないしは印刷し、さらに、昇温してオクチル酸金属化合物を熱分解すると、40−60nmの大きさからなる粒状の金属微粒子の集まりが、基材ないしは部品の表面に積み重なって析出する。これによって、金属微粒子の集まりからなる積層体が形成される。いっぽう、沸点が290℃より高い有機化合物は残存し、金属微粒子の積層体が僅かな量の有機化合物で被覆された透明導電性膜が形成される。このため、有機化合物は透明導電性塗料の原料になる。