【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従ったチゼル用鋼は、チゼルを構成する材料として用いられるべき鋼である。このチゼル用鋼は、0.39質量%以上0.45質量%以下の炭素と、0.2質量%以上1.0質量%以下の珪素と、0.10質量%以上0.90質量%以下のマンガンと、0.002質量%以上0.005質量%以下の硫黄と、0.1質量%以上3.0質量%以下のニッケルと、0.70質量%以上1.50質量%以下のクロムと、0.10質量%以上0.60質量%以下のモリブデンとを含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる。
【0007】
本発明者らは、チゼルの耐久性を向上させるための方策について検討を行った。そして、過酷な環境下で使用されるチゼルにおいては、岩盤等との接触による摩耗や折損のほかに、割損によるチゼルの損傷が発生する点に本発明者らは着眼した。割損は、チゼルが衝撃により破断する折損とは異なり、チゼルの先端付近が欠ける損傷である。割損は、折損のようにチゼルが直ちに使用不能となる損傷ではないが、実質的にチゼルの先端が急激に摩耗する状態と同様の損傷を受けることとなる。本発明者らの検討によれば、過酷な環境下で使用されるチゼルにおいては、この割損と摩耗とがチゼルの損傷において重要な要因となる。
【0008】
過酷な環境下で使用されるチゼルにおいては、高い耐摩耗性が要求される。耐摩耗性は、硬度を上昇させることにより向上させることができる。すなわち、耐摩耗性は硬度により評価することができる。一方、本発明者らの検討によれば、耐割損性向上のためには、耐折損性の場合とは異なり、シャルピー衝撃値を指標とするよりも引張試験における絞りを指標として、チゼルを構成する鋼の成分組成を調整することが有効である。
【0009】
この知見に基づき、本発明者らは、チゼルに求められる耐摩耗性および耐割損性を考慮し、焼入焼戻後の硬度57HRC以上、かつ絞り40%以上を達成可能な鋼の成分組成を検討した。その結果、上記成分組成を有する鋼によりこの目標値を達成可能であることが明らかとなり、本発明に想到した。すなわち、炭素、珪素、マンガン、硫黄、ニッケル、クロムおよびモリブデンを上記組成に調整した鋼に対して焼入焼戻処理を実施することにより、硬度を57HRC以上、かつ絞りの値を40%以上とすることができる。以上のように、本発明のチゼル用鋼によれば、チゼルの耐久性を向上させることが可能なチゼル用鋼を提供することができる。
【0010】
上記チゼル用鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のバナジウム、0.005質量%以上0.05質量%以下のニオブ、0.01質量%以上0.15質量%以下のジルコニウム、0.01質量%以上0.10質量%以下のチタンおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のコバルトからなる群から選択される少なくとも1種以上をさらに含有するものであってもよい。これらの元素を追加的に添加することにより、絞りの値が容易に向上し、チゼルの耐久性を一層向上させることができる。
【0011】
上記チゼル用鋼は、0.001質量%以上0.005質量%以下の硼素をさらに含有するものであってもよい。硼素は、鋼の焼入性を向上させる元素である。硼素を追加的に添加することにより、絞りを低下させる元素の含有量を抑制しつつ、鋼に十分な焼入性を付与することができる。なお、硼素は、鋼中の窒素と結合して窒化物を形成する。そのため、添加した硼素を有効に機能させるためには、硼素とともに、0.01質量%以上0.10質量%以下のチタンも添加することが望ましい。
【0012】
上記チゼル用鋼においては、炭素の含有量の1/2と、硫黄の含有量の4倍と、不可避的不純物としてのリンの含有量との和であるRaの値が0.25質量%以下であることが好ましい。これにより、チゼルの耐久性を一層向上させることができる。
【0013】
上記チゼル用鋼においては、上記Raの値が0.22質量%以上であってもよい。これにより、チゼルに十分な硬度を付与しつつ製造コストを低減することができる。
【0014】
本発明に従ったチゼルは、0.39質量%以上0.45質量%以下の炭素と、0.2質量%以上1.0質量%以下の珪素と、0.10質量%以上0.90質量%以下のマンガンと、0.002質量%以上0.005質量%以下の硫黄と、0.1質量%以上3.0質量%以下のニッケルと、0.70質量%以上1.50質量%以下のクロムと、0.10質量%以上0.60質量%以下のモリブデンとを含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼から構成される。
【0015】
上記チゼルにおいて、上記鋼は、0.05質量%以上0.20質量%以下のバナジウム、0.005質量%以上0.05質量%以下のニオブ、0.01質量%以上0.15質量%以下のジルコニウム、0.01質量%以上0.10質量%以下のチタンおよび0.1質量%以上2.0質量%以下のコバルトからなる群から選択される少なくとも1種以上をさらに含有するものであってもよい。
【0016】
また、上記チゼルにおいて、上記鋼は、0.001質量%以上0.005質量%以下の硼素をさらに含有するものであってもよい。
【0017】
チゼルを構成する材料として上記本発明のチゼル用鋼を採用することにより、高い耐摩耗性と高い耐割損性との両立を達成することができる。その結果、優れた耐久性を有するチゼルを提供することができる。
【0018】
上記チゼルにおいて、上記鋼の、炭素の含有量の1/2と、硫黄の含有量の4倍と、不可避的不純物としてのリンの含有量との和であるRaの値は0.25質量%以下であることが好ましい。これにより、チゼルの耐久性を一層向上させることができる。
【0019】
上記チゼルにおいては、上記Raの値が0.22質量%以上であってもよい。これにより、チゼルに十分な硬度を付与しつつ製造コストを低減することができる。
【0020】
ここで、鋼の成分組成を上記範囲に限定した理由について説明する。
【0021】
炭素:0.39質量%以上0.45質量%以下
炭素は、鋼の硬度に大きな影響を及ぼす元素である。炭素含有量が0.39質量%未満では、焼入焼戻によって硬度を57HRC以上とすることが難しくなる。一方、炭素含有量が0.45質量%を超えると、絞りの値を40%以上とすることが困難となる。そのため、炭素含有量は上記範囲とすることが必要である。また、十分な硬度を容易に確保する観点から、炭素含有量は0.40質量%以上とすることが好ましい。さらに、十分な絞りの値を容易に確保する観点から、炭素含有量は0.44質量%以下とすることが好ましい。
【0022】
珪素:0.2質量%以上1.0質量%以下
珪素は、鋼の焼入性の向上、鋼のマトリックスの強化、焼戻軟化抵抗性の向上等の効果に加えて、製鋼プロセスにおいては脱酸効果を有する元素である。珪素含有量が0.2質量%以下では、上記効果が十分に得られない。一方、珪素含有量が1.0質量%を超えると、絞りの値が低下する傾向がある。そのため、珪素含有量は上記範囲とすることが必要である。また、珪素は著しく焼入性を向上させる元素であり、過剰に添加すると焼割れが生じるおそれがある。焼割れの回避を容易にする観点から、珪素含有量は0.7質量%以下とすることが好ましい。
【0023】
マンガン:0.10質量%以上0.90質量%以下
マンガンは、鋼の焼入性の向上に有効であるとともに、製鋼プロセスにおいては脱酸効果を有する元素である。マンガン含有量が0.10質量%以下では、上記効果が十分に得られない。一方、マンガン含有量が0.90質量%を超えると、焼入硬化前の硬度が上昇し、加工性が低下する傾向がある。そのため、マンガン含有量は上記範囲とすることが必要である。また、鋼の十分な焼入性を確保する観点から、マンガン含有量は0.40質量%以上とすることが好ましい。また、加工性を重視する場合、マンガン含有量は0.85質量%以下であることが好ましく、0.80質量%以下とすることがより好ましい。
【0024】
硫黄:0.002質量%以上0.005質量%以下
硫黄は、鋼の被削性を向上させる元素である。また、硫黄は、製鋼プロセスにおいて意図的に添加しなくても混入する元素でもある。硫黄含有量を0.002質量%未満とすると、被削性が低下するとともに、鋼の製造コストが上昇する。一方、本発明者らの検討によれば、本発明のチゼル用鋼の成分組成において、硫黄含有量は絞りの値に大きく影響する。そして、硫黄含有量が0.005質量%を超えると、絞りの値を40%以上とすることが困難となる。そのため、硫黄含有量は上記範囲とすることが必要である。また、硫黄含有量を0.004質量%以下とすることにより、チゼルの耐割損性を一層向上させることができる。
【0025】
ニッケル:0.1質量%以上3.0質量%以下
ニッケルは、鋼のマトリックスの靭性を向上させるのに有効な元素である。ニッケル含有量が0.1質量%未満では、この効果が発揮されない。一方、ニッケル含有量が3.0質量%を超えると、ニッケルが鋼中において偏析する傾向が強くなる。その結果、鋼の機械的性質がばらつくという問題が生じ得る。そのため、ニッケル含有量は上記範囲とする必要がある。また、ニッケル含有量が2.0質量%を超えると、靱性の向上が緩やかとなる一方で、鋼の製造コストが高くなる。このような観点から、ニッケル含有量は、2.0質量%以下とすることが好ましい。一方、57HRC以上の硬度を有する鋼において、鋼のマトリックスの靭性を向上させるという効果を十分に発揮させるには、ニッケル含有量は1.0質量%以上とすることが好ましい。
【0026】
クロム:0.70質量%以上1.50質量%以下
クロムは、鋼の焼入性を向上させるとともに、焼戻軟化抵抗性を高める。とりわけ、モリブデン、ニオブ、バナジウム等との複合添加によって、鋼の焼戻軟化抵抗性を顕著に高める。クロム含有量が0.70質量%未満では、このような効果が十分に発揮されない。また、クロム含有量が1.50質量%を超えると、焼戻軟化抵抗性の向上が緩やかになる一方で、鋼の製造コストが高くなる。そのため、クロム含有量は上記範囲とする必要がある。
【0027】
モリブデン:0.10質量%以上0.60質量%以下
モリブデンは、焼入性を向上させ、焼戻軟化抵抗性を高める。また、モリブデンは、高温焼戻脆性を改善する機能も有している。モリブデン含有量が0.10質量%未満では、これらの効果が十分に発揮されない。一方、モリブデン含有量が0.60質量%を超えると、上記効果が飽和する。そのため、モリブデン含有量は上記範囲とする必要がある。
【0028】
バナジウム:0.05質量%以上0.20質量%以下
バナジウムは、本発明のチゼル用鋼において必須の元素ではない。しかし、バナジウムは、微細な炭化物を形成し、結晶粒の微細化に寄与する。バナジウム含有量が0.05質量%未満では、このような効果が十分に得られない。一方、バナジウム含有量が0.20質量%を超えると、上記効果は飽和する。また、バナジウムは比較的高価な元素であるため、添加量は必要最低限とすることが好ましい。そのため、バナジウムを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0029】
ニオブ:0.005質量%以上0.05質量%以下
ニオブは、鋼の強度および靱性の向上、ならびに結晶粒微細化に対して有効である。特に、ニオブはクロム、モリブデンとの複合添加によって著しく鋼の結晶粒を細粒化し、焼戻軟化抵抗性を顕著に高めるので、靱性改善に極めて有効な元素である。この効果を確保するためには、ニオブ含有量は0.005質量%以上必要である。一方、ニオブ含有量が0.05質量%を超えると、粗大な共晶NbCの晶出や、多量のNbC形成に起因してマトリックス中の炭素量低下を招くため、強度低下や靭性低下という問題が生じる。また、ニオブ含有量が0.05質量%を超えると、鋼の製造コストも高くなる。そのため、ニオブを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。また、強度低下や靭性低下の問題をより確実に抑制し、製造コストを低減する観点から、ニオブ含有量は0.04質量%以下とすることが好ましい。
【0030】
ジルコニウム:0.01質量%以上0.15質量%以下
ジルコニウムは、必須の元素ではないが、鋼中において炭化物を球状細粒化して分散させることにより、鋼の靱性を一層改善する効果を有する。特に、高強度鋼に高靱性を付与するために添加することが好ましい。ジルコニウム含有量が0.01質量%未満では、その効果が十分に得られない。一方、ジルコニウム含有量が0.15質量%を超えると、かえって鋼の靱性が劣化する。そのため、ジルコニウムを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0031】
チタン:0.01質量%以上0.10質量%以下
チタンは、鋼の靱性を改善する目的で必要に応じて添加することができる。チタン含有量が0.01質量%未満では、靱性改善の効果が小さい。一方、チタン含有量が0.10質量%を超えると、かえって鋼の靱性が劣化する。そのため、チタンを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0032】
コバルト:0.1質量%以上2.0質量%以下
コバルトは、必須の元素ではないが、クロム、モリブデンなどのカーバイド形成元素のマトリックスへの固溶度を上昇させるとともに、鋼の焼戻軟化抵抗性を向上させる。そのため、コバルトの添加により炭化物の微細化と焼戻温度の高温化とを達成し、それによって鋼の強度および靭性を向上させることができる。コバルト含有量が0.1質量%未満では、このような効果が十分に得られない。一方、コバルトは、鋼の焼入性を低下させる。また、コバルトは高価な元素であるため、多量の添加は鋼の製造コストを上昇させる。コバルト含有量が2.0質量%を超えると、このような問題が顕著となる。そのため、コバルトを添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。
【0033】
硼素:0.001質量%以上0.005質量%以下
硼素は、鋼の焼入性を顕著に向上させる元素である。硼素を添加することにより、焼入性向上を目的として添加される他の元素の添加量を低減し、鋼の製造コストを低減することができる。また、硼素は、旧オーステナイト結晶粒界にリンおよび硫黄よりも偏析する傾向が強く、特に硫黄を粒界から排出して粒界強度を改善する。硼素含有量が0.001質量%以下では、このような効果が十分に発揮されない。一方、硼素含有量が0.005質量%を超えると、添加された硼素と窒素とが結合してBNが形成され、鋼の靭性を劣化させる。そのため、硼素を添加する場合、添加量は上記範囲とすることが適切である。