特許第6793067号(P6793067)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6793067オーステナイト系ステンレス鋼板およびガスケット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6793067
(24)【登録日】2020年11月11日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼板およびガスケット
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201119BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20201119BHJP
   F16J 15/08 20060101ALI20201119BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20201119BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   F16J15/08 H
   !C21D9/46 Q
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-49170(P2017-49170)
(22)【出願日】2017年3月14日
(65)【公開番号】特開2018-150606(P2018-150606A)
(43)【公開日】2018年9月27日
【審査請求日】2019年11月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】熊野 尚仁
(72)【発明者】
【氏名】濱田 尊仁
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
【審査官】 浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−060868(JP,A)
【文献】 特開2015−196889(JP,A)
【文献】 特開2013−241650(JP,A)
【文献】 特表2004−519555(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/043199(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00〜38/60
F16J 15/08
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005〜0.100%、Si:0.40〜3.00%、Mn:0.40〜2.50%、Ni:22.00〜35.00%、Cr:16.00%超え23.00%以下、Mo:0.02%以上1.00%未満、Cu:0.01〜2.00%、Ti:0.20〜2.50%、Al:0.20〜0.60%、N:0.002〜0.030%、B:0〜0.010%、Nb:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Zr:0〜0.50%、W:0〜0.50%、Ta:0〜0.50%、Co:0〜0.50%、REM(Yを除く希土類元素):0〜0.200%、Y:0〜0.200%、Ca:0〜0.100、Mg:0〜0.100、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する、ビード加工部を有するメタルガスケット用オーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
板厚が0.10〜0.50mmである請求項1に記載のステンレス鋼板。
【請求項3】
大気中800℃で200時間保持する加熱試験に供したとき、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)において、結晶粒界にNiTiSiタイプの析出相(G相)が結晶粒界長さ10μm当たり2.0個以上の個数密度で存在する金属組織となる性質を有する請求項1または2に記載のステンレス鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のステンレス鋼板を用いたメタルガスケットであって、ビード加工部を有し、ビード頭頂部を接触相手材に押し当てて使用するメタルガスケット。
【請求項5】
ガスケットが800℃以上の温度になる燃焼ガス流路に設置される請求項に記載のメタルガスケット。
【請求項6】
内燃機関の燃焼ガス流路のシールに使用する請求項またはに記載のメタルガスケット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のエンジン、排ガス経路部材(エキゾーストマニホールド、触媒コンバータ)、インジェクタ、EGRクーラー、ターボチャージャーなど、高温に曝される部材のガスシールに好適な耐熱メタルガスケット用のオーステナイト系ステンレス鋼板であって、特に材料温度が800℃を超える高温域まで上昇しうるメタルガスケットに好適なステンレス鋼板に関する。また、そのステンレス鋼板を用いたメタルガスケットに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車エンジンの高性能化や環境規制に伴い内燃機関の排ガス温度は上昇し、メタルガスケットの材料温度は800℃超える高温域に達することがある。そのため、800℃前後の高温に長時間曝され、場合によってはそれより高い温度に昇温することが想定される環境でガスシール性能が十分に維持できる信頼性の高いメタルガスケットのニーズが増加している。
【0003】
これまでに種々の耐熱ガスケット用ステンレス鋼素材が開発されているが、800℃前後の高温域で長時間使用される用途に適用するには問題がある。例えば特許文献1、2、3の開示に代表されるSUS301やSUS431系の材料は、加熱される温度がマルテンサイト相の分解温度に相当するため軟化が著しく、耐へたり性に劣る。特許文献4、5、6、7には、Nにより強化されたFe−Cr−Mn−Niオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。これらはマルテンサイト相を多く含む場合やN含有量が高い場合に硬質化し、ガスケットへの成形時に加工部表面の肌荒れを生じて気密性を劣化させる要因を有しており、800℃前後で長時間使用した場合の信頼性に劣る。特許文献8にはNCF718(JIS G4902)系のニッケル基合金が開示されている(合金D)。この合金は800℃付近での析出強化には有効であるが、Niを50〜55%と多量に含有するため非常に高コストである。特許文献9、10にはSUH660(JIS G4312)系の材料が開示されているが、Cr含有量が少ないため800℃付近まで昇温すると耐酸化性が著しく劣化する。また、800℃付近での析出硬化能はニッケル基合金である上記NCF718より劣り、800℃域で使用する際の耐へたり性が不十分である。特許文献11には上記SUH660系をベースにNi、Al含有量を増量したタイプの材料が開示されている。Ni、Alの増量によりγ’相(Ni3(Al,Ti))の数密度が増加して加熱による軟化特性は向上するが、耐へたり性は向上しないので、800℃前後で長時間使用できる信頼性は十分でない。特許文献12には材料の最高到達温度が600〜800℃となることを想定した比較的安価なメタルガスケット用オーステナイト系ステンレス鋼板が開示されている。しかし、800℃前後で長時間使用する場合や材料温度が800より高温域に上昇した際の優れた耐久性に関しては、更なる改善の余地が残されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−3406号公報
【特許文献2】特開2008−111192号公報
【特許文献3】特開平7−278758号公報
【特許文献4】特開2003−82441号公報
【特許文献5】特開平7−3407号公報
【特許文献6】特開平9−279315号公報
【特許文献7】特開平11−241145号公報
【特許文献8】特開2011−80598号公報
【特許文献9】特開2013−32851号公報
【特許文献10】特開2015−83718号公報
【特許文献11】国際公開第2016/043199号
【特許文献12】特許第6029611号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、800℃前後の温度に長時間曝され、場合によってはそれより高い温度域に昇温することもあるメタルガスケットにおいて、優れた耐へたり性、耐高温酸化性、および耐ガスリーク性を実現することができる、メタルガスケット用素材として好適なステンレス鋼板を提供することにある。また、その鋼板を素材に用いたメタルガスケットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
高温の燃焼ガスが流れる管路部材の締結箇所をシールする耐熱メタルガスケットは、締結される双方の部材の間で高い締め付け応力を受けた状態で高温に曝される。この種のガスケットの使用中での変形には、昇温時および高温保持の初期段階では主として高温強度が関与し、それ以降の高温保持段階では主としてクリープ変形が関与する。メタルガスケットの「へたり」はクリープ変形が主因となって生じる現象である。
【0007】
金属材料の高温強度の向上に有効な析出相として、Ni3(Al,Ti)タイプのγ’(ガンマプライム)相が知られており、ニッケル基超合金や一部の鋼材で有効に利用されている。ただし、高温に長時間曝される使用環境ではクリープ変形が主となるため、メタルガスケットの耐へたり性を向上させるには結晶粒界を被覆する析出相の形成を制御することが重要になる。発明者らの研究によれば、以下のことがわかってきた。
【0008】
(1)特定の化学組成に調整されたオーステナイト系ステンレス鋼材料においては、800℃付近の温度域に長時間加熱することによって、結晶粒内にγ’相およびγ’相が遷移したη相を、結晶粒界にη相およびG相を形成させることができる。η相はNi3Tiタイプの析出相、G相はNi3Ti2Siタイプ析出相である。800℃付近あるいはそれ以上の温度域での「耐へたり性」を向上させるためには、結晶粒界にG相を析出させることが極めて有効である。また微細に析出したG相は高温強度の向上にも有効である。
(2)ただし、(Fe,Cr)2(Mo,Nb)タイプの析出相であるLaves相が生成すると、上記のG相による強化能が十分に発揮されない。Laves相の生成を抑止するためにMo含有量を1.00%未満、Nb含有量を0.50%以下に厳しく制限する必要がある。
(3)G相を十分に析出させるためにはSi含有量を0.40%以上確保する必要がある。
(4)800℃以上の高温域でガスケットを使用する場合の耐久性を付与するためには、耐高温酸化性の向上が重要となる。そのために、16.00%を超えるCr含有量を確保する必要がある。
(5)メタルガスケットのビード加工部では、γ’相、η相、G相などの析出相は加工ひずみを駆動力として微細に析出し、高温強度の上昇に寄与する。
本発明はこのような新たな知見に基づいて完成したものである。
【0009】
上記課題を達成するために、本明細書では以下の発明を開示する。
[1] 質量%で、C:0.005〜0.100%、Si:0.40〜3.00%、Mn:0.40〜2.50%、Ni:22.00〜35.00%、Cr:16.00%超え23.00%以下、Mo:0.02%以上1.00%未満、Cu:0.01〜2.00%、Ti:0.20〜2.50%、Al:0.20〜0.60%、N:0.002〜0.030%、B:0〜0.010%、Nb:0〜0.50%、V:0〜0.50%、Zr:0〜0.50%、W:0〜0.50%、Ta:0〜0.50%、Co:0〜0.50%、REM(Yを除く希土類元素):0〜0.200%、Y:0〜0.200%、Ca:0〜0.100、Mg:0〜0.100、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼板。
[2]板厚が0.10〜0.50mmである上記[1]に記載のステンレス鋼板。
[3]大気中800℃で200時間保持する加熱試験に供したとき、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)において、結晶粒界にNi3Ti2Siタイプの析出相(G相)が結晶粒界長さ10μm当たり2.0個以上の個数密度で存在する金属組織となる性質を有する上記[1]または[2]に記載のステンレス鋼板。
[4]ビード加工部を有するメタルガスケット用である上記[1]〜[3]のいずれかに記載のステンレス鋼板。
[5]上記[1]〜[3]のいずれかに記載のステンレス鋼板を用いたメタルガスケットであって、ビード加工部を有し、ビード頭頂部を接触相手材に押し当てて使用するメタルガスケット。
[6]ガスケットが800℃を超える温度になる燃焼ガス流路に設置される上記[5]に記載のメタルガスケット。
[7]内燃機関の燃焼ガス流路のシールに使用する上記[5]または[6]に記載のメタルガスケット。
【0010】
上記において、B、Nb、V、Zr、W、Ta、Co、REM(Yを除く希土類元素)、Y、Ca、Mgは任意含有元素である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、800℃前後の高温に長時間曝され、それより高温域に材料温度が上昇することもありうる環境で優れた耐久性を呈するメタルガスケットが、ステンレス鋼材料によって実現できた。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に従うステンレス鋼板のL断面のSEM写真。
図2】ガスケット試験片の形状を模式的に示した図。
図3】ガスケット試験片を拘束治具にセットした状態の断面を模式的に示した図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔化学組成〕
以下に、800℃付近で保持したときに結晶粒界にNi3Ti2SiタイプのG相が形成され、Laves相の生成が十分に抑止され、かつ優れた耐高温酸化性が得られる化学組成を開示する。化学組成に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0014】
Cは、高温強度の向上に有効な元素であり、固溶強化や析出強化によってステンレス鋼を強化する。C含有量は0.005%以上とする必要があり、0.010%以上とすることがより効果的である。C含有量が多すぎると溶製時にTiCが生成し、G相の形成に必要なTiが不足する。C含有量は0.100%以下に制限され、0.050%未満に管理してもよい。
【0015】
Siは、Ni3Ti2Siタイプの析出相であるG相の構成元素である。種々検討の結果、本明細書ではSi含有量を0.40%以上とする必要があり、0.50%を超える量とすることがより効果的である。Si含有量が多くなりすぎるとオーステナイト相の安定性を損なうとともに、加工性を悪化させる。Si含有量は3.00%以下の範囲に制限される。
【0016】
Mnは、オーステナイト形成元素であり、高価なNiの一部を代替することができる。また、Sを固定して熱間加工性を改善する作用を有する。Mn含有量は0.40%以上とすることが効果的であり、0.50%以上とすることがより好ましい。多量のMn含有は高温強度や機械的性質を低下させる要因となるので、本発明ではMn含有量を2.50%以下に制限する。2.00%未満、あるいは1.50%以下に管理してもよい。
【0017】
Niは、安定なオーステナイト組織を得るために必須の元素であるとともに、本発明ではG相の構成元素として極めて重要である。800℃前後に昇温されたときに十分な量のG相を形成させるためには22.00%以上のNi含有量が必要である。23.50%以上とすることがより好ましい。Ni含有量が高いほど耐へたり性の改善には有利となるが、コスト的な観点からNi含有量は35.00%以下のNi含有量範囲で成分調整することが望ましい。28.00%以下に管理してもよい。
【0018】
Crは、耐食性、耐高温酸化性の向上に必要な元素である。発明者らの検討によると、材料の到達温度が750℃程度である場合、13%程度Cr含有量でもガスケットとして使用できる特性を得ることは可能である。しかしながら、材料温度が800℃以上の高温になると、メタルガスケットの耐久性は、材料の高温強度や耐へたり性だけでなく、昇温、降温を繰り返した場合の耐高温酸化性にも大きく左右されることがわかった。種々検討の結果、材料温度が800℃以上に上昇することが想定されるガスケット環境で優れた耐久性を発揮させるためには、耐高温酸化性を向上させる観点から16.00%を超えるCr含有量を確保する必要がある。16.30%以上とすることがより好ましい。ただし、多量のCr含有はFe,Crタイプの析出相であるσ相が生成することにより、G相による強化能の低下や靭性の低下を招く要因となる。Cr含有量は23.00%以下に制限され、19.00%以下に管理してもよい。
【0019】
Moは、耐食性の向上に有効であるとともに、高温保持中に炭窒化物となって微細分散し高温強度の向上に寄与する。それらの作用を十分発揮させるためにMo含有量は0.02%以上を確保する。しかしながら、Mo含有量が多くなると、800℃以上に温度が上昇するメタルガスケットにおいて耐ガスリーク性の向上が不十分となることがわかった。発明者らの検討によれば、Mo含有量が増大すると(Fe,Cr)2Moタイプの析出相であるLaves相が生成することにより、G相による強化能が低下してしまうことが原因として考えられた。そこで、発明者らはMoの許容上限を見極めるための多くの実験を行ってきた。その結果、Mo含有量を1.00%未満に抑え、かつG相の構成元素であるSi、Ni、Tiの含有量を本発明規定範囲に調整するという成分設計によって、G相による強化作用を十分に享受できることがわかった。したがって、Moは1.00%未満の含有量とすることが重要である。
【0020】
Cuは、メタルガスケットとして使用する際の昇温に伴ってCu系析出物を形成し、高温強度および耐軟化性の改善に寄与する。Cu含有量は0.01%以上とする。ただし、多量のCu含有は熱間加工性を低下させる要因となる。Cu含有量は2.00%まで許容されるが、1.00%以下に管理してもよい。
【0021】
Tiは、G相の構成元素として、Si、Niとともに極めて重要である。800℃付近での加熱によって粒界にG相を十分に析出させるためには、0.20%以上のTi含有量を必要とする。比較的低いNi含有量(例えば28.00%以下)においても極めて優れた耐ガスリーク性を安定して付与するためには、1.00%を超えるTi含有量を確保することが有利である。過剰のTi含有は介在物起因による表面品質の低下を招く要因となる。Ti含有量は2.50%以下に制限され、2.00%未満に管理してもよい。
【0022】
Alは、Ni3(Ti,Al)タイプの析出相であるγ’相の構成元素である。本発明では0.20%以上のAl含有量を確保する。過剰にAlを含有すると結晶粒界に生成するη相の被覆率が増加するため、G相の強化能が低下する要因となる。Al含有量は0.60%以下に制限される。
【0023】
Nは、オーステナイト系ステンレス鋼の高温強度の上昇に有効な元素である。本発明では0.002%以上のN含有量を確保することが望ましく、0.004%以上とすることがより好ましい。N含有量が多すぎると溶製時にTiNが生成し、G相の形成に必要なTiが不足する。N含有量は0.030%以下に制限され、0.020%未満に管理してもよい。
【0024】
Bは、任意添加元素であり、高温強度の上昇に有効な炭窒化物の微細析出を促進させ、熱間圧延温度域においてはS等の粒界偏析を抑制しエッジクラックの発生を防止する作用を呈する。Bを添加する場合は0.0005%以上の含有量とすることがより効果的である。過剰量のBを添加すると低融点硼化物が生成しやすくなり、却って熱間加工性を劣化させる要因となる。B含有量は0.010%以下に制限される。
【0025】
Nbは、任意添加元素であり、メタルガスケットが曝される高温雰囲気下で析出物を形成し、あるいはオーステナイトマトリックス中に固溶し、硬度上昇および耐軟化性向上に寄与する。Nbを添加する場合は0.05%以上の含有量とすることがより効果的であり、0.10%以上とすることが一層効果的である。過剰のNb含有は高温延性低下に起因して熱間加工性を低下させる要因となる。また、Nbは(Fe,Cr)2NbタイプのLaves相を生成する構成元素であるため、過剰のNb含有はG相の強化能低下を招く要因となる。Nb含有量は0.50%以下に制限される。
【0026】
Vは、任意添加元素であり、硬度上昇、耐へたり性改善に有効な析出物を形成する。Vを添加する場合は0.05%以上の含有量とすることがより効果的であり、0.10%以上とすることが一層効果的である。過剰のV含有は加工性、靭性の低下要因となる。V含有量は0.50%以下に制限される。
【0027】
Zrは、任意添加元素であり、高温強度の向上に有効であるとともに、微量の添加で耐高温酸化性を向上させる作用を有する。Zrを添加する場合は0.01%以上の含有量とすることがより効果的であり、0.05%以上とすることが一層効果的である。過剰のZr含有はσ脆化を招き、鋼の靱性を損なう。Zr含有量は0.50%以下に制限される。
【0028】
Wは、任意添加元素であり、高温強度の向上に有効である。Wを添加する場合は0.05%以上の含有量とすることがより効果的であり、0.10%以上とすることが一層効果的である。過剰にWを含有させると鋼が過度に硬質となり、原料コストも高くなる。W含有量は0.50%以下に制限される。
【0029】
Taは、任意添加元素であり、高温強度の向上に有効である。Taを添加する場合は0.05%以上の含有量とすることがより効果的であり、0.10%以上とすることが一層効果的である。過剰のTa含有は製造性、靭性の低下要因となる。Ta含有量は0.50%以下に制限される。
【0030】
Coは、任意添加元素であり、高温強度の向上に有効である。Coを添加する場合は0.05%以上の含有量とすることがより効果的であり、0.10%以上とすることが一層効果的である。過剰にCoを含有させると鋼が過度に硬質となり、原料コストも高くなる。Co含有量は0.50%以下に制限される。
【0031】
REM(Yを除く希土類元素)、Y、Ca、Mgは、任意添加元素であり、いずれも熱間加工性や耐酸化性の改善に有効である。これらの1種以上を添加する場合、いずれもそれぞれ0.001%以上の含有量とすることがより効果的である。過剰に添加しても上記の効果は飽和する。REM(Yを除く希土類元素)は0.200%以下、Yは0.200%以下、Caは0.100%以下、Mgは0.100%以下の含有量範囲でそれぞれ添加すればよい。
【0032】
〔鋼板〕
本発明に従うステンレス鋼板は、ビードを形成するためのプレス加工を経てメタルガスケットに成形される。そのため、ガスケットに必要なバネ性(強度)を有しつつ、ビード成形可能な加工性を有している必要がある。具体的には、常温硬さが150〜450HVに調整されたオーステナイト系ステンレス鋼板であることが望ましく、300〜400HVであるものがより好適な対象となる。板厚は、耐熱メタルガスケットの用途に応じて例えば0.10〜0.50mmの範囲で設定すればよい。
【0033】
この鋼板(素材鋼板)は、メタルガスケットの形状に加工された後、ガスケットとして使用される前の部品段階、あるいはガスケットとしての使用中に800℃前後で長時間加熱された際、オーステナイト結晶粒界にNi3Ti2Siタイプの析出相であるG相が十分に生成する性質を備えている。この800℃前後での加熱によって、特にビード加工部では加工ひずみが駆動力となって、γ’相、η相、G相がそれぞれ微細に析出し、析出強化作用が得られる。この析出強化によって800℃前後およびそれより高温域での高温強度が上昇し、特にメタルガスケットとして使用される初期の段階での耐ガスリーク性が顕著に改善される。また、長期の使用においては結晶粒界に分布したG相の粒界強化作用が発揮されて耐へたり性が向上し、引き続き優れた耐ガスリーク性が維持される。
【0034】
上記の各化合物相がビード加工部で微細析出する能力を有している素材鋼板であるかどうかは、当該素材鋼板(冷延鋼板または冷延焼鈍鋼板)から採取されたサンプルを用いて評価することができる。前記サンプルを800℃で200時間保持する加熱試験に供したとき、オーステナイト結晶粒界にG相が十分に形成されていれば、当該鋼板はビード加工部で上記の微細析出が生じる能力を有していると評価できる。発明者らの調査によれば、上記の加熱試験に供すると、G相が明らかに析出する場合と、ほとんど析出しない場合に大きく2分される。すなわち、G相が析出する試料では200時間の上記加熱後に多量のG相が明確に観測される。G相が十分に析出する鋼板であることの確認は、具体的には以下に記載する性質を有する鋼板であるかどうかで判断できる。
【0035】
(G相が十分に析出する鋼板)
大気中800℃で200時間保持する加熱試験に供したとき、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)において、結晶粒界にNi3Ti2Siタイプの析出相(G相)が結晶粒界長さ10μm当たり2.0個以上の個数密度で存在する金属組織となる性質を有する鋼板。
ここで、結晶粒界に存在する粒子がG相であるかどうかは、SEM−EDX法などにより、その場で判定することができる。観察視野は、結晶粒界のトータル長さが100μm以上となるように1つまたは複数の視野を無作為に選択する。
【0036】
図1に、本発明に従うステンレス鋼板(後述表2の例No.1−1)のL断面のSEM写真を例示する。G相とη相が確認できる。
【0037】
〔製造方法〕
上記のステンレス鋼板は、一般的なステンレス鋼板の大量生産設備を利用して製造することができる。具体的には、以下の工程が例示できる。
溶製→連続鋳造→熱間圧延→熱延板焼鈍→冷間圧延→(中間焼鈍→中間冷間圧延)→仕上焼鈍→(仕上冷間圧延)
ここで、括弧内の中間焼鈍および中間冷間圧延は必要に応じて1回または複数回行うことができる。また、最後の仕上冷間圧延を省略して、仕上焼鈍材をガスケット加工用の素材として使用することもできる。上記には記載していないが、各焼鈍後には適宜酸洗が行われる。仕上焼鈍温度は例えば1000〜1100℃とすることができる。仕上冷間圧延率は例えば30〜75%とすることができる。
【実施例】
【0038】
表1に示す鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚4.0mmとし、焼鈍、酸洗を施し、その後「冷間圧延、焼鈍、酸洗」の工程を2回行ったのち仕上冷間圧延を施して、板厚0.25mmの供試鋼板を得た。最後の焼鈍(仕上焼鈍)は、大気雰囲気、1050℃、30秒、空冷の条件で行った。仕上冷間圧延率は40%とした。一部の例(後述表2の例No.1−2、2−2)では上記仕上冷間圧延を省略して、板厚0.25mmの冷延焼鈍鋼板を作製し、それを供試鋼板とした。
【0039】
【表1】
【0040】
〔G相析出能〕
供試鋼板から採取した試料を大気中800℃で200時間保持する加熱試験に供した。加熱試験後の試料の圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)についてSEM観察を行い、結晶粒界に存在するNi3Ti2Siタイプの析出相(G相)の個数をカウントし、結晶粒界長さ10μm当たりの個数密度を求めた。G相の同定はSEMに付属のEDXにて行った。観察視野は、結晶粒界のトータル長さが100μm以上となるように複数の視野を無作為に選択した。この試験により結晶粒界のG相の個数密度が2.0個/10μm以上となれば、その鋼板はG相が十分に析出する性質を有していると評価できる。したがって、G相の個数密度が2.0個/10μm以上を○(G相析出能;良好)、それ以外を×(G相析出能;不良)と評価し、○評価を合格と判定した。
【0041】
〔耐へたり性〕
供試鋼板を素材に用いて、外径がφ50mm、内径がφ32mmのリング状を呈し、そのリングの内縁部周辺に幅3mm、高さ0.5mmのビードを有するガスケット試験片をプレス成形により作製した。図2にそのガスケット試験片の形状を模式的に示す。図2中の右側の図は、ガスケット試験片のリング中心を通り、板厚方向に平行な平面で切断した断面の形状(リング中心に対し片側のみ)を表したものである。ビード高さを記号hで示してある。このメタルガスケット試験片を用いて、以下の拘束試験AおよびBを行い、それらの試験後のビード高さの差を求めて、へたり量を定めた。
【0042】
(拘束試験A)
成形後に熱履歴や締め付け履歴をまだ一度も受けていないメタルガスケット試験片(以下「新品メタルガスケット試験片」と言う。)を、鋼製の拘束治具にセットした。図3に、ガスケット試験片を拘束治具にセットした状態の断面を模式的に示す。ガスケット試験片1を接触相手材2の間にはさみ、締結ボルト3によって所定のトルクで均等に締め付けた。締結ボルト3はガスケット試験片1の周囲に均等に4本あり、図3中には締結ボルト3およびナットについてのみ便宜的に外観形状を表示してある。締め付け終了後、締結ボルト3による締め付けを緩めて除荷し、ガスケット試験片1を取り出した。
【0043】
(拘束試験B)
別の新品メタルガスケット試験片を、上記と同様の方法で拘束治具にセットした。締め付けトルクは拘束試験Aと同じとした。この拘束治具をガスケット試験片1が拘束されている状態のまま大気中800℃で200時間保持した後、常温の室内で放冷した。放冷後、常温にて拘束治具の一方の接触相手材2のみに取り付けてあるガス導入管4から、窒素ガスを0.5MPaの圧力で、ガスケット試験片1と上下の接触相手材2に囲まれる空間に導入し、その空間から外部にリークするガスの流量(cm3/min)を測定した。その後、締結ボルト3による締め付けを緩めて除荷し、ガスケット試験片1を取り出した。
【0044】
拘束試験AおよびBを終えたガスケット試験片について、それぞれ図2に符号hで示したビード高さを測定した。そして、下記(1)式により「へたり量」(μm)を求めた。
へたり量(μm)=hA−hB …(1)
ここで、hAは拘束試験Aを終えた試験片のビード高さ(μm)、hBは拘束試験Bを終えた試験片のビード高さ(μm)である。
この「へたり量」が50μm以下であるメタルガスケットは、800℃以上の温度で非常に優れた耐へたり性を呈すると評価できる。したがって、へたり量50μm以下を○(耐へたり性;良好)、それ以外を×(耐へたり性;不良)と評価し、○評価を合格と判定した。
【0045】
〔耐高温酸化性〕
供試鋼板から25mm×35mmの試験片を採取し、表面を番手400(JIS R6010:2000に規定される粒度P400)のエメリー研磨紙による乾式研磨仕上とし、「大気中800℃で5分間加熱→常温大気中で5分間冷却」を1サイクルとする熱処理を連続して2000サイクル行い、下記(2)式により酸化増減量(mg/cm2)を求めた。
酸化増減量(mg/cm2)=(W2000−W0)/S0 …(2)
ここで、W2000は2000サイクル終了後の試験片質量(mg)、W0は試験前の試験片質量(mg)、S0は試験前の試験片表面積(cm2)である。
この酸化増減量が0〜1.00mg/cm2である鋼板は、800℃以上の温度で使用されるメタルガスケット素材に適した耐高温酸化性を有していると評価できる。したがって、酸化増減量0〜1.00mg/cm2のものを○(耐高温酸化性;良好)、それ以外を×(耐高温酸化性;不良)と評価し、○評価を合格と判定した。なお、この酸化増減量が負の値である鋼板は、酸化スケールが剥離したことにより質量が減少したものである。
【0046】
〔耐ガスリーク性〕
上記の拘束試験Bを行ったときに測定したガスリーク流量により、耐ガスリーク性を評価した。この試験におけるガスリーク流量が10.0cm3/min以下であれば、800℃付近あるいはそれより高温域に昇温されるメタルガスケットとして優れたシール性能を有していると判断できる。したがって、ガスリーク流量10.0cm3/min以下のものを○(耐ガスリーク性;良好)、それ以外を×(耐ガスリーク性;不良)と評価し、○評価を合格と判定した。
これらの結果を表2に示す。
【0047】
【表2】
【0048】
本発明で規定する化学組成に調整されたステンレス鋼板(本発明例)はいずれも、800℃付近でG相が十分に析出する性質を有しており、その鋼板を素材に用いると800℃付近で優れた耐久性を呈するメタルガスケットが得られることが確認された。800℃付近で結晶粒界に形成されたG相は、材料温度が800℃を超える温度域まで上昇した場合にも優れた耐久性の維持に寄与すると考えられる。
【0049】
これに対し、本発明で規定する化学組成を満たさない各比較例の鋼板は、800℃付近で使用される際の良好な耐ガスリーク性を実現できなかった。このうちNo.32は、結晶粒界へのG相の析出は認められたが、Mo含有量が高いためにLaves相が生成し、G相による強化作用が十分発揮されなかった例である。
【符号の説明】
【0050】
1 ガスケット試験片
2 接触相手材
3 締結ボルト
4 ガス導入管
図1
図2
図3