特許第6793385号(P6793385)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6793385
(24)【登録日】2020年11月12日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】リグニンを分解する方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/22 20060101AFI20201119BHJP
   B09B 3/00 20060101ALI20201119BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20201119BHJP
   C07G 1/00 20110101ALN20201119BHJP
【FI】
   C12P7/22ZAB
   B09B3/00 A
   C12N1/14 E
   !C07G1/00
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-61804(P2016-61804)
(22)【出願日】2016年3月25日
(65)【公開番号】特開2017-169526(P2017-169526A)
(43)【公開日】2017年9月28日
【審査請求日】2019年3月19日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年3月5日に電子通信回線を通じて、日本農芸化学会2016年度大会講演要旨集(オンライン)に掲載した。掲載アドレス:https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2016/
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100180862
【弁理士】
【氏名又は名称】花井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】松井 南
(72)【発明者】
【氏名】菊地 淳
(72)【発明者】
【氏名】松本 朋子
(72)【発明者】
【氏名】土田 博子
【審査官】 福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】 特表平11−512789(JP,A)
【文献】 特開2005−312406(JP,A)
【文献】 特開平08−049182(JP,A)
【文献】 特開平02−083286(JP,A)
【文献】 微生物遺伝資源の詳細,農業生物資源ジーンバンク,1996年,MAFF番号 420690,URL,https://www.gene.affrc.go.jp/databases-micro_search_detail.php?maff=420690
【文献】 微生物遺伝資源の詳細,農業生物資源ジーンバンク,1996年,MAFF番号 420327,URL,https://www.gene.affrc.go.jp/databases-micro_search_detail.php?maff=420327
【文献】 Bioresource Technology,2004年,Vol.95,p.25-30
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−15/90
C12P 1/00−41/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スギリグニンを含有するスギ(クリプトメリア・ジャポニカ(Cryptomeria japonica))材と、マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ(Hymenochaete yasudai))MAFF420327株及びシワタケ(フレビア・トレメローザ(Phlebia tremellosa)若しくはフレビア属VL297)MAFF420690株からなる群より選択される少なくとも1種の微生物とを接触させる工程を含む、スギリグニンの分解方法。
【請求項2】
スギリグニンを含有するスギ材料が、スギソーダリグニンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)MAFF420327株及びシワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)MAFF420690株からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、スギ(クリプトメリア・ジャポニカ)材由来スギリグニン分解剤。
【請求項4】
マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)MAFF420327株、及びシワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)MAFF420690株からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、スギソーダリグニン分解剤。
【請求項5】
マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)MAFF420327株及びシワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)MAFF420690株からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、スギ(クリプトメリア・ジャポニカ)材中スギリグニンを分解するための微生物製剤。
【請求項6】
スギ材中のスギリグニンの少なくとも一部が、スギソーダリグニンである、請求項5に記載の微生物製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニンを分解する方法に関する。特に、本発明は、針葉樹材のような木本系バイオマス材料に含有されるリグニンを分解する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンは、植物の細胞壁の構成成分の一つであって、芳香環及びC3脂肪族炭化水素鎖を有するフェニルプロパノイドの酸化重合体である。リグニンは、植物系バイオマスの約20〜30%を占めており、立木の伐採時に生じる枝葉若しくは梢端、又は間伐材のような林地残材においては、その約30%を占める。
【0003】
リグニンは、その構造的特徴から、植物の細胞壁の主要な構成成分であるセルロースを分解する条件では容易に分解されない。このため、植物系バイオマスに含有されるリグニンを効率的に分解する手段が必要とされた。
【0004】
例えば、特許文献1は、リグニン分解能を有する白色腐朽菌を用いた粉砕処理を要する木質バイオマスの前処理方法を記載する。
【0005】
特許文献2は、ラッカーゼ活性及びマンガンペルオキシダーゼ活性を有するシロホウライタケ(Marasmiellus)属又はモリノカレバタケ(Gymnopus)属に属するリグニン分解微生物を記載する。当該文献はまた、前記微生物を含むことを特徴とするリグニン処理剤、及び微生物を用いてリグニン含有物を処理することを特徴とするリグニン分解方法を記載する。
【0006】
特許文献3は、18S rRNA遺伝子が特定の塩基配列を有し、かつ、リグニン分解能を有するフレビア属に属する担子菌株を記載する。当該文献はまた、前記担子菌株を、リグニンを含むバイオマス資源の存在下で培養する工程を含む、リグニンの分解方法を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008-6372号公報
【特許文献2】特開2010-200707号公報
【特許文献3】特開2014-64493号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
リグニンは、植物によって基本骨格となるフェニルプロパノイド単位の構造が異なることが知られている。リグニンを構成するフェニルプロパノイド単位としては、通常、3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニル基を有するグアイアシル型(以下、「G型」とも記載する)、3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシフェニル基を有するシリンギル型(以下、「S型」とも記載する)、及び4-ヒドロキシフェニル基を有する4-ヒドロキシフェニル型(以下、「H型」とも記載する)が存在する。例えば、広葉樹リグニンの場合、G型及びS型のフェニルプロパノイド単位を主要な構成成分として含む。これに対し、針葉樹リグニンの場合、G型のフェニルプロパノイド単位のみを主要な構成成分として含む。
【化1】
【0009】
植物系バイオマスにおいて、リグニンは、セルロースと並ぶ主要な構成成分である。このため、植物系バイオマスに含有されるセルロースを利用する場合、リグニンの分解方法は、セルロースの利用効率を向上させる前処理工程として重要である。また、リグニンは、フェニルプロパノイド単位を構成成分として含むことから、リグニンの分解物は、芳香族モノマー原料として利用できる可能性がある。
【0010】
前記のように、様々な微生物を用いるリグニンの分解方法が知られている。これらの微生物の中でも、白色腐朽菌は、細菌等に比べてリグニンの分解能力が高いことが知られている。しかしながら、高いリグニン分解能力を有する公知の白色腐朽菌であっても、針葉樹リグニンは容易に分解されない。このような分解特性の違いは、主として前記のようなリグニンの構造的な違いに起因すると考えられる。
【0011】
針葉樹、中でもスギは、日本における人工林の主要な樹種であり、その用途の開発が求められている。しかしながら、針葉樹リグニンは容易に分解されないことから、針葉樹材は、セルロース原料又は芳香族モノマー原料としての利用が困難であった。
【0012】
それ故、本発明は、針葉樹材のような植物系バイオマス材料に含有されるリグニンを、微生物を用いて効率的に分解する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した。本発明者らは、特定の白色腐朽菌又は落葉分解菌が高いリグニン分解能力を有することを見出した。これらの微生物は、スギのような針葉樹材に含有されるリグニンに対して、公知の白色腐朽菌を上回る分解活性を示した。本発明者らは、前記知見に基づき本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0015】
(1) リグニンを含有する材料と、マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ(Hymenochaete yasudai))、シワタケ(フレビア・トレメローザ(Phlebia tremellosa)若しくはフレビア属VL297)、コフキサルノコシカケ(ガノデルマ・アウストラーレ(Ganoderma australe)若しくはガノデルマ・ギボサム(Ganoderma gibbosum))、チャカワタケ(ファネロケーテ・ベルチーナ(Phanerochaete velutina))、マスイロカワタケ(ファネロケーテ・サングイネア(Phanerochaete sanguinea)若しくはファネロケーテ・シトリノサングイネア(Phanerochaete citrinosanguinea))、マゴジャクシ(ガノデルマ・ネオジャポニカム(Ganoderma neojaponicum))、ササクレコメバタケ(フィフォドンチーナ・ブレビセタ(Hyphodontia breviseta)若しくはシゾポーラ cf. ラデュラ(Schizopora cf. radula))、シックイタケ(アントロディエラ・ジプシ(Antrodiella gypsea)若しくはディプロミトポーラス・リモサス(Diplomitoporus rimosus))、イボコメバタケ(スクボルゾビア・フルフレーラ(Skvortzovia furfurella)若しくはヒメノケータレス属(Hymenochaetales sp.) KUC20131001-10)、ヘテロバシジオン・エクルストサム(Heterobasidion ecrustosum)(若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ(Heterobasidion araucariae))、ツリガネタケ(ホメス・ホメンタリス(Fomes fomentarius))、スギノハヒメホウライタケ(マラスミウス・クリプトメリアエ(Marasmius cryptomeriae)若しくはストロビルラス・エスクレンタス(Strobilurus esculentus))、フミヅキタケ(アグロチベ・プラエコックス(Agrocybe praecox))、及びサケツバタケ(ストロファリア・ルゴソアヌラータ(Stropharia rugosoannulata))からなる群より選択される少なくとも1種の微生物とを接触させる工程を含む、リグニンの分解方法。
(2) 微生物が、マツノタバコウロコタケ MAFF420327株、シワタケ MAFF420690株、コフキサルノコシカケ TUFC 30371株、チャカワタケ TUFC 31231株、マスイロカワタケ TUFC 30843株、マゴジャクシ MAFF420115株、ササクレコメバタケ TUFC 100582株、シックイタケ TUFC 13735株、イボコメバタケ TUFC100766株、ヘテロバシジオン・エクルストサム若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ TUFC 11178株、ツリガネタケ TUFC 33594株、スギノハヒメホウライタケ TUFC 100845株、フミヅキタケ TUFC 100265株、及びサケツバタケ TUFC 30865株からなる群より選択される、前記(1)に記載の方法。
(3) リグニンを含有する材料が、針葉樹材である、前記(1)又は(2)に記載の方法。
(4) マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)、シワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)、コフキサルノコシカケ(ガノデルマ・アウストラーレ若しくはガノデルマ・ギボサム)、チャカワタケ(ファネロケーテ・ベルチーナ)、マスイロカワタケ(ファネロケーテ・サングイネア若しくはファネロケーテ・シトリノサングイネア)、マゴジャクシ(ガノデルマ・ネオジャポニカム)、ササクレコメバタケ(フィフォドンチーナ・ブレビセタ若しくはシゾポーラ cf. ラデュラ)、シックイタケ(アントロディエラ・ジプシ若しくはディプロミトポーラス・リモサス)、イボコメバタケ(スクボルゾビア・フルフレーラ若しくはヒメノケータレス属KUC20131001-10)、ヘテロバシジオン・エクルストサム(若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ)、ツリガネタケ(ホメス・ホメンタリス)、スギノハヒメホウライタケ(マラスミウス・クリプトメリアエ若しくはストロビルラス・エスクレンタス)、フミヅキタケ(アグロチベ・プラエコックス)、及びサケツバタケ(ストロファリア・ルゴソアヌラータ)からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、リグニン分解剤。
(5) 微生物が、マツノタバコウロコタケ MAFF420327株、シワタケ MAFF420690株、コフキサルノコシカケ TUFC 30371株、チャカワタケ TUFC 31231株、マスイロカワタケ TUFC 30843株、マゴジャクシ MAFF420115株、ササクレコメバタケ TUFC 100582株、シックイタケ TUFC 13735株、イボコメバタケ TUFC100766株、ヘテロバシジオン・エクルストサム若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ TUFC 11178株、ツリガネタケ TUFC 33594株、スギノハヒメホウライタケ TUFC 100845株、フミヅキタケ TUFC 100265株、及びサケツバタケ TUFC 30865株からなる群より選択される、前記(4)に記載のリグニン分解剤。
(6) 針葉樹材に含有されるリグニンを分解するための、前記(4)又は(5)に記載のリグニン分解剤。
(7) マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)、シワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)、コフキサルノコシカケ(ガノデルマ・アウストラーレ若しくはガノデルマ・ギボサム)、チャカワタケ(ファネロケーテ・ベルチーナ)、マスイロカワタケ(ファネロケーテ・サングイネア若しくはファネロケーテ・シトリノサングイネア)、マゴジャクシ(ガノデルマ・ネオジャポニカム)、ササクレコメバタケ(フィフォドンチーナ・ブレビセタ若しくはシゾポーラ cf. ラデュラ)、シックイタケ(アントロディエラ・ジプシ若しくはディプロミトポーラス・リモサス)、イボコメバタケ(スクボルゾビア・フルフレーラ若しくはヒメノケータレス属KUC20131001-10)、ヘテロバシジオン・エクルストサム(若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ)、ツリガネタケ(ホメス・ホメンタリス)、スギノハヒメホウライタケ(マラスミウス・クリプトメリアエ若しくはストロビルラス・エスクレンタス)、フミヅキタケ(アグロチベ・プラエコックス)、及びサケツバタケ(ストロファリア・ルゴソアヌラータ)からなる群より選択される少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、材料中のリグニンを分解するための微生物製剤。
(8) 微生物が、マツノタバコウロコタケ MAFF420327株、シワタケ MAFF420690株、コフキサルノコシカケ TUFC 30371株、チャカワタケ TUFC 31231株、マスイロカワタケ TUFC 30843株、マゴジャクシ MAFF420115株、ササクレコメバタケ TUFC 100582株、シックイタケ TUFC 13735株、イボコメバタケ TUFC100766株、ヘテロバシジオン・エクルストサム若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ TUFC 11178株、ツリガネタケ TUFC 33594株、スギノハヒメホウライタケ TUFC 100845株、フミヅキタケ TUFC 100265株、及びサケツバタケ TUFC 30865株からなる群より選択される、前記(7)に記載の微生物製剤。
(9) リグニンを含有する材料が、針葉樹材である、前記(7)又は(8)に記載の微生物製剤。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、針葉樹材のような植物系バイオマス材料に含有されるリグニンを、微生物を用いて効率的に分解する手段を提供することが可能となる。
【0017】
前記以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、RBBR分解活性試験の結果を示す図である。A:空試験区及び正の対照区の結果、B:RBBR分解活性を有する微生物株の結果、C:実質的にRBBR分解活性を有さない微生物株の結果。Aでは、ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株を、正の対照とした。ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株を、0.02%又は0.05%のRBBRを含有するPDA培地に植菌して培養した場合、いずれの培地においてもRBBRの分解が観察された。ファネノケーテ・クリソスポリウムME-446株は、リグニン分解活性を有することが知られている微生物であるが、本試験においてはRBBRの分解が観察されなかった。
図2図2は、Sundman & Naese平板試験の結果を示す図である。A:RBBRの脱色を観察した結果、B:リグニン染色後の発色を観察した結果。Aでは、RBBR及びリグニンを添加した培地に試験する微生物を植菌して培養した。Bでは、RBBRの分解時期を指標に、Aに示す培養と同時に植菌した各微生物によるリグニンの分解を観察した。ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株を、正の対照とした。MAFF430227株については、RBBRの分解が観察された時期(A)においては、リグニンの分解が観察されなかった(B)。このため、MAFF430227株は「-」と判定した。
図3図3は、Sundman & Naese平板試験において、RBBR分解活性を有する微生物19株のリグニン染色後の発色を観察した結果を示す図である。ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株を、リグニンの分解が観察されなかった負の対照とした。囲み線で示す写真は、リグニンの分解が観察された微生物を示す。
図4図4は、リグニン分解微生物の培地から得られた水抽出物の1H-NMRスペクトル及び2DJシグナルを示す図である。A:1H-NMRスペクトル、B:2DJシグナル。I:サケツバタケ TUFC30865株の培地抽出物の結果、II:スギノハヒメホウライタケ TUFC100845株の培地抽出物の結果、III:シワタケ MAFF420690株の培地抽出物の結果、IV:マツノタバコウロコタケ MAFF420327株の培地抽出物の結果、対照:新鮮培地抽出物の結果。白抜き矢印で示すシグナルは、スギソーダリグニン由来のシグナルである。囲み線で示す領域は、スギソーダリグニン由来のシグナルの領域である。黒塗り矢印で示すシグナルは、リグニン分解物由来のシグナルである。
図5図5は、リグニン分解微生物の培地から得られたメタノール抽出物の1H-NMRスペクトル及び2DJシグナルを示す図である。A:1H-NMRスペクトル、B:2DJシグナル。I:サケツバタケ TUFC30865株の培地抽出物の結果、II:スギノハヒメホウライタケ TUFC100845株の培地抽出物の結果、III:シワタケ MAFF420690株の培地抽出物の結果、IV:マツノタバコウロコタケ MAFF420327株の培地抽出物の結果、対照:新鮮培地抽出物の結果。白抜き矢印で示すシグナルは、スギソーダリグニン由来のシグナルである。囲み線で示す領域は、スギソーダリグニン由来のシグナルの領域である。黒塗り矢印で示すシグナルは、リグニン分解物由来のシグナルである。
図6図6は、図5に示すリグニン分解微生物の培地から得られたメタノール抽出物の2DJシグナルにおいて、低磁場領域の拡大スペクトルを示す図である。I:サケツバタケ TUFC30865株の培地抽出物の結果、II:スギノハヒメホウライタケ TUFC100845株の培地抽出物の結果、III:シワタケ MAFF420690株の培地抽出物の結果、IV:マツノタバコウロコタケ MAFF420327株の培地抽出物の結果、対照:新鮮培地抽出物の結果。囲み線で示すシグナルは、バニリンに由来するシグナルである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
<1:リグニンの分解方法>
植物系バイオマスにおいて、リグニンは、セルロースと並ぶ主要な構成成分である。リグニンは、芳香環及びC3脂肪族炭化水素鎖を有するフェニルプロパノイドの酸化重合体である。例えば、広葉樹リグニンの場合、G型及びS型のフェニルプロパノイド単位を主要な構成成分として含む。これに対し、針葉樹リグニンの場合、G型のフェニルプロパノイド単位のみを主要な構成成分として含む。従来、様々な微生物を用いるリグニンの分解方法が知られている。しかしながら、このような構造的な特徴を有する針葉樹リグニンは、高いリグニン分解能力を有する公知の白色腐朽菌であっても容易に分解されない。
【0020】
本発明者らは、特定の白色腐朽菌又は落葉分解菌が高いリグニン分解能力を有することを見出した。これらの微生物は、スギのような針葉樹リグニンに対して、公知の白色腐朽菌を上回るリグニン分解活性を示した。それ故、本発明の一態様は、リグニンの分解方法に関する。本態様に係るリグニンの分解方法は、リグニン分解工程を含む。本態様に係る方法の工程について、以下において詳細に説明する。
【0021】
[I-1:リグニン分解工程]
本態様に係る方法は、リグニンを含有する材料と、少なくとも1種の微生物とを接触させる、リグニン分解工程を含むことが必要である。
【0022】
本態様に係る方法において使用される微生物は、マツノタバコウロコタケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ(Hymenochaete yasudai))、シワタケ(フレビア・トレメローザ(Phlebia tremellosa)若しくはフレビア属VL297)、コフキサルノコシカケ(ガノデルマ・アウストラーレ(Ganoderma australe)若しくはガノデルマ・ギボサム(Ganoderma gibbosum))、チャカワタケ(ファネロケーテ・ベルチーナ(Phanerochaete velutina))、マスイロカワタケ(ファネロケーテ・サングイネア(Phanerochaete sanguinea)若しくはファネロケーテ・シトリノサングイネア(Phanerochaete citrinosanguinea))、マゴジャクシ(ガノデルマ・ネオジャポニカム(Ganoderma neojaponicum))、ササクレコメバタケ(フィフォドンチーナ・ブレビセタ(Hyphodontia breviseta)若しくはシゾポーラ cf. ラデュラ(Schizopora cf. radula))、シックイタケ(アントロディエラ・ジプシ(Antrodiella gypsea)若しくはディプロミトポーラス・リモサス(Diplomitoporus rimosus))、イボコメバタケ(スクボルゾビア・フルフレーラ(Skvortzovia furfurella)若しくはヒメノケータレス属(Hymenochaetales sp.) KUC20131001-10)、ヘテロバシジオン・エクルストサム(Heterobasidion ecrustosum)(若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ(Heterobasidion araucariae))、ツリガネタケ(ホメス・ホメンタリス(Fomes fomentarius))、スギノハヒメホウライタケ(マラスミウス・クリプトメリアエ(Marasmius cryptomeriae)若しくはストロビルラス・エスクレンタス(Strobilurus esculentus))、フミヅキタケ(アグロチベ・プラエコックス(Agrocybe praecox))、及びサケツバタケ(ストロファリア・ルゴソアヌラータ(Stropharia rugosoannulata))からなる群より選択される少なくとも1種の微生物である。これらの微生物は、リグニンを分解する活性を有する。特に、これらの微生物は、ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78(Phanerochaete chrysosporium RP-78)(NBRC101254)株のような公知のリグニン分解性の白色腐朽菌と比較して、針葉樹材(例えばスギ)に含有されるリグニンに対して顕著に高いリグニン分解活性を示す。それ故、本態様に係る方法に前記微生物を使用することにより、木本系材料、特に針葉樹材に含有されるリグニンを分解することができる。
【0023】
本態様に係る方法において使用される微生物は、マツノタバコウロコタケ MAFF420327株、シワタケ MAFF420690株、コフキサルノコシカケ TUFC 30371株、チャカワタケ TUFC 31231株、マスイロカワタケ TUFC 30843株、マゴジャクシ MAFF420115株、ササクレコメバタケ TUFC 100582株、シックイタケ TUFC 13735株、イボコメバタケ TUFC100766株、ヘテロバシジオン・エクルストサム若しくはヘテロバシジオン・アラウカリアエ TUFC 11178株、ツリガネタケ TUFC 33594株、スギノハヒメホウライタケ TUFC 100845株、フミヅキタケ TUFC 100265株、及びサケツバタケ TUFC 30865株からなる群より選択される少なくとも1種の微生物であることが好ましい。これらの微生物は、鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝資源研究センター(FMRC)菌株カタログ、国立研究開発法人農業生物資源研究所(NIAS)農業生物資源ジーンバンク微生物遺伝資源(MAFF)、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター(NBRC)及び国立研究開発法人理化学研究所(RIKEN)微生物材料開発室(JCM)に前記寄託番号で寄託されている。それ故、前記微生物をこれらの機関から入手して、本態様に係る方法に使用することができる。
【0024】
本発明の各態様において使用される微生物は、前記で開示される微生物の株自体だけでなく、リグニンを分解する能力を有する該株の変異株も包含する。本発明において、前記微生物の株の変異株は、該株の自然変異株又は人工変異株を意味する。前記微生物の株の人工変異株は、当該技術分野で通常使用される任意の人工変異株の生成手段によって得ることができる。前記で開示される微生物の株自体だけでなく、該株の変異株であっても、リグニンを分解する能力を有する微生物であれば、本工程において材料に含有されるリグニンを分解することができる。
【0025】
前記微生物は、例えば、ポテト・デキストロース・寒天(PDA)培地等の白色腐朽菌又は落葉分解菌の培養に通常使用される培地において、pH3.0〜9.0(例えば、pH5.8)及び温度10〜40℃(例えば25℃)の条件下で培養し、生育させることができる。或いは、前記微生物は、例えば、広葉樹又は針葉樹のオガコにフスマ及び米糠等の成分を添加して調製される白色腐朽菌又は落葉分解菌の培養に通常使用される菌床において、温度10〜40℃(例えば25℃)の条件下で培養し、生育させることもできる。
【0026】
前記で開示される微生物は、通常は、リグニンを分解する各種代謝酵素を菌体外に分泌すると考えられる。それ故、本発明の各態様において使用される微生物は、前記で開示される微生物の菌体自体であってよく、該微生物を前記条件下で培養及び生育させることによって得られる、微生物の菌体及び培地を含有する培養物の形態であってもよい。或いは、本発明の各態様において使用される微生物は、該微生物の培養物から分離される培養後の培地(例えば、液体培養の場合、培養上清)の形態であってもよい。いずれの形態であっても、本発明の各態様において微生物又はその等価物として使用することができる。
【0027】
前記微生物は、前記で説明したそのままの形態でリグニンを含有する材料に添加することができる。しかしながら、前記微生物は、担体に担持された形態(以下、「微生物資材の形態」又は単に「微生物資材」とも記載する)でリグニンを含有する材料に添加することもできる。前記微生物を微生物資材の形態で使用する場合、担体としては、例えば、活性炭、ゼオライト、及び広葉樹又は針葉樹のオガコ等を挙げることができる。微生物資材の形態の場合、例えば、担体に前記微生物の固体又は液体培養物を添加し、一定の時間撹拌することにより、担体に前記微生物が吸着された微生物資材を得ることができる。また、微生物資材は、所望により、フスマ、米糠、デンプン、油、セルロース、糖質、キチン、ゼラチン、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸マグネシウム、活性炭、ゼオライト、広葉樹又は針葉樹のオガコ、ガラス、ナイロン、ウレタン又はポリエステル等の1個以上の添加物を含むことができる。
【0028】
本工程において、材料と接触させる前記微生物の菌体量は、使用される材料の種類及び量、並びに使用される前記微生物の状態等に基づき適宜設定することができる。例えば、木本系の材料(例えばスギのような針葉樹材)を使用する場合、1 kgの材料及び前記微生物の混合物に対して、106〜1012個の前記微生物が存在するように該微生物を添加すればよい。前記微生物を前記範囲の菌体量でリグニンを含有する材料と接触させることにより、材料に含有されるリグニンを分解することができる。
【0029】
本態様に係る方法において、リグニンを含有する材料は、木本系及び草本系のいずれであってもよい。リグニンを含有する材料は、広葉樹材又は針葉樹材のような木本系の材料であることが好ましく、針葉樹材であることがより好ましく、スギ(クリプトメリア・ジャポニカ(Cryptomeria japonica))材であることが特に好ましい。針葉樹材に含有される針葉樹リグニンは、通常はG型のフェニルプロパノイド単位のみを主要な構成成分として含む。このような構造を有する針葉樹リグニンは、ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株のような公知のリグニン分解性の白色腐朽菌によって容易に分解されない。しかしながら、前記で開示される微生物は、針葉樹リグニンを顕著に分解することができる。それ故、前記のようなリグニンを含有する材料、特に針葉樹材と前記で開示される微生物とを接触させることにより、該材料に含有されるリグニンを分解することができる。
【0030】
本発明において、「材料に含有されるリグニンを分解する」は、材料に含有されるリグニンを、非処理の材料中の含有量と比較して有意に減少させることを意味し、好ましくは、材料に含有される一定量のリグニンから、バニリン、フェルラ酸、コニフェニルアルデヒド及び/又はコニフェニルアルコールのようなリグニン分解物を生成することを意味する。材料に含有されるリグニンの分解は、例えば、Sundman & Naese平板試験(最新微生物ハンドブック、「第2節 林産系バイオマスの変換利用」、横山竜夫著、 1986年、p. 454-466)において使用されるリグニン染色液(1% FeCl3、1% K3[Fe(CN)6])を用いて、処理前後の材料に含有されるリグニンを染色してそれらの発色パターンを比較することによって評価することができる。或いは、材料に含有されるリグニンの分解は、例えば、リグニンを含有する材料と少なくとも1種の微生物とを接触させた後に生成するリグニン分解物を、核磁気共鳴スペクトル(NMR)等の機器分析手段によって同定することによって評価することもできる。
【0031】
本工程において、リグニンを含有する材料と少なくとも1種の微生物とを接触させる条件は、前記で開示される微生物の生育条件に基づき、適宜設定することができる。例えば、温度は、10〜40℃の範囲であることが好ましく、約25℃であることがより好ましい。時間は、2〜90日間の範囲であることが好ましく、14〜28日間の範囲であることがより好ましい。前記条件下でリグニンを含有する材料と少なくとも1種の微生物とを接触させることにより、該材料に含有されるリグニンを分解することができる。
【0032】
<2:リグニン分解剤及び微生物製剤>
すでに説明したように、前記で開示される少なくとも1種の微生物は、木本系及び草本系の材料、特に針葉樹材に含有されるリグニンに対して顕著に高いリグニン分解活性を示す。それ故、本発明の別の一態様は、少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、リグニン分解剤に関する。また、本発明のさらに別の一態様は、少なくとも1種の微生物を有効成分として含有する、材料中のリグニンを分解するための微生物製剤に関する。
【0033】
本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤は、液体及び固体のいずれの形態であってもよい。含有される成分の量及び/又は性質に応じて、任意の形態とすることができる。
【0034】
本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤において、有効成分として含有される少なくとも1種の微生物は、前記で開示される微生物である。前記微生物を有効成分として含有することにより、本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤は高いリグニン分解活性を発現することができる。
【0035】
本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤において、少なくとも1種の微生物は、そのままの形態で含有されることができる。しかしながら、前記微生物は、前記で開示される微生物資材の形態で含有されることが好ましい。微生物資材の形態で前記微生物を含有することにより、本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤は長期間に亘って安定してリグニン分解活性を発現することができる。
【0036】
本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤は、木本系及び草本系の材料に含有されるリグニンを分解するために使用される。本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤は、広葉樹材又は針葉樹材のような木本系の材料に含有されるリグニンを分解するために使用されることが好ましく、針葉樹材に含有されるリグニンを分解するために使用されることがより好ましく、スギ材に含有されるリグニンを分解するために使用されることが特に好ましい。前記のようなリグニンを含有する材料、特に針葉樹材に本態様に係るリグニン分解剤又は微生物製剤を適用することにより、材料に含有されるリグニンを分解することができる。
【0037】
本態様に係るリグニン分解剤及び微生物製剤は、場合により1種以上の担体及び/又は添加剤を含有することができる。1種以上の担体としては、例えば、活性炭、ゼオライト、及び広葉樹又は針葉樹のオガコ等を挙げることができる。1種以上の添加剤としては、例えば、フスマ、米糠、デンプン、油、セルロース、糖質、キチン、ゼラチン、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、炭酸マグネシウム、活性炭、ゼオライト、広葉樹又は針葉樹のオガコ、ガラス、ナイロン、ウレタン及びポリエステルを挙げることができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0039】
<I:リグニン分解微生物の一次スクリーニング>
アントラキノン系の難分解性の青色色素であるレマゾールブリリアントブルーR(RBBR)の分解活性を指標とする試験(以下、「RBBR分解活性試験」とも記載する)(山本忠、小野寺和江、岩手県工業技術センター研究報告、2004年、第11号、p. 61-65)を用いて、リグニン分解微生物の一次スクリーニングを行った。試験に供した微生物は、FMRC、MAFF、NBRC及びJCMに寄託されている微生物40株を使用した。使用した微生物は、(1)宿主が針葉樹若しくはスギである;(2)宿主が針葉樹及び広葉樹である;(3)宿主は問わないが、リグニン様物質若しくは難分解性色素の分解能力が高いことが知られている;又は(4)生物発光等の特徴を有する白色腐朽菌若しくは微生物である;の条件を満たし、且つ現時点でゲノム情報が非公知のものを選抜した。使用した微生物の内訳は、白色腐朽菌が27株、落葉分解菌が4株、褐色腐朽菌が1株、軟腐朽菌が5株、子嚢菌が1株、未同定菌が2株であった。また、正の対照の菌株として、公知のリグニン分解性の白色腐朽菌であるファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78(NBRC101254)株を使用した。0.02%又は0.05%のRBBRを含有するポテト・デキストロース・寒天(PDA)培地に、試験する微生物を植菌(直径5 mmの植菌PDA培地1片)して、25℃で14〜約28日間培養した。空試験区として、各微生物を、RBBRを含有しないPDA培地上において同条件で培養した。微生物を植菌せずに同条件で保持した負の対照区の培地の発色と、ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株を植菌して同条件で培養した正の対照区の培地の脱色とを指標に、試験した微生物による培地の発色又は脱色パターンから微生物のリグニン分解性を判定した。一般に、針葉樹を宿主とする微生物は生育が遅いことが知られている。また、微生物によってRBBRの分解速度が異なることが予想されることから、試験する微生物ごとに青色の脱色を観察し、脱色の進行が実質的に終了するまで培養を行った。ファネノケーテ・クリソスポリウムRP-78株を、0.02%のRBBRを含有するPDA培地に植菌して28日間又はそれ以上培養した場合、培地の青色が略完全に脱色したが、0.05%のRBBRを含有するPDA培地に植菌して同一期間培養した場合、培地の青色は完全に脱色しなかった。そこで、0.05%のRBBRを含有するPDA培地に植菌して培養した際に、培地の青色が略完全に脱色した場合を「+」と、培地の青色がやや脱色した場合を「±」と、培地の青色が負の対照区の培地の発色と同程度の場合を「-」と、それぞれ判定した。結果を図1に示す。
【0040】
図1に示すように、いくつかの微生物の試験において、「+」又は「±」と判定される脱色が観察された。青色の脱色が観察された微生物は、青色色素であるRBBR分解活性を有すると推測される。例えば、MAFF420690株及びTUFC33594株の試験において、「+」と判定される脱色が観察されたことから、これらの微生物はRBBR分解活性を有すると推測される(図1B)。他方、NBRC31652株の試験においては、「±」と判定される脱色が観察され、MAFF440104株の試験においては、実質的に脱色が観察されなかった(判定「-」)ことから、これらの微生物は実質的にRBBR分解活性を有さないと推測される(図1C)。RBBR分解活性試験の結果、試験した微生物40株中、19株を陽性と判定した。19株の陽性株のうち、白色腐朽菌が15株、落葉分解菌が3株、その他の菌が1株であった。
【0041】
<II:リグニン分解微生物の二次スクリーニング>
Sundman & Naese平板試験を用いて、一次スクリーニングで陽性と判定された19株の微生物集団からリグニン分解微生物の二次スクリーニングを行った。Sundman & Naese平板試験は、文献(最新微生物ハンドブック、「第2節 林産系バイオマスの変換利用」、横山竜夫著、 1986年、p. 454-466)に従って行った。培地に添加するリグニンを含有する材料としては、スギ由来のスギソーダリグニン(国立研究開発法人森林総合研究所)を用いた。スギソーダリグニンの調製も、前記文献に従って行った。Sundman & Naese平板試験用培地の組成を表1に示す。表1に示す組成に基づき各成分を混合し、pH 5.8に調節して培地を調製した。
【表1】
【0042】
0.02%のRBBRを含有するSundman & Naese平板試験用培地に、試験する微生物を植菌(直径5 mmの植菌PDA培地1片)して、25℃で7〜28日間培養した。空試験区として、各微生物を、スギソーダリグニンを含有しないSundman & Naese平板試験用培地上において同条件で培養した。RBBRの脱色(判定「+」)が確認された後(図2A)、微生物を培地から取り除いた。リグニン染色液(1% FeCl3、1% K3[Fe(CN)6])を培地に添加し、明所で10分間インキュベートした。リグニン染色において、培地中にリグニンが存在しない場合には、培地が黄色〜薄緑色に染色され、培地中にリグニンが存在する場合には、リグニンの酸化反応が進行して、培地が濃緑色に発色する。微生物を植菌せずに同条件で保持したスギソーダリグニンを含有しない空試験区の培地の発色と、微生物を植菌せずに同条件で保持したスギソーダリグニンを含有する負の対照区の培地の発色とを指標に、試験した微生物による培地の発色パターンから微生物のリグニン分解性を判定した。試験した微生物による培地の発色パターンが、微生物を植菌せずに同条件で保持したスギソーダリグニンを含有しない空試験区の培地の黄色〜薄緑色の発色と同程度の場合を「+」と、負の対照区の培地の濃緑色の発色と同程度の場合を「-」と、それぞれ判定した。結果を図2B及び3に示す。
【0043】
図2及び3に示すように、RBBR分解活性に基づき「+」と判定された微生物(図2A)のうち、いくつかの株において、リグニン染色で「+」と判定される発色が観察された。Sundman & Naese平板試験の結果、19株の微生物中、14株を陽性と判定した。陽性と判定された菌株を表2に示す。表中、右端の列は、微生物菌株のITS領域の塩基配列を用いてBlast検索を行い、最上位ヒットと判定された微生物の学名、カバー率及び同一性を示す。
【表2】
【0044】
表2に示すように、14株の陽性のうち、白色腐朽菌が11株、落葉分解菌が3株であった。陽性と判定された微生物の大部分は、針葉樹、又は針葉樹及び広葉樹を宿主とする微生物であった。なお、いくつかの微生物は、ITS領域の塩基配列を用いたBlast検索の結果、寄託時に登録された学名とは異なる学名を有する種が最上位ヒットとして得られた。
【0045】
<III:リグニン分解物の構造解析>
リグニンを含有する培地で微生物を培養した際に生成するリグニン分解物の化学構造を、NMRによって解析した。使用する微生物は、前記IIの実験の結果、陽性と判定された微生物の集団から、特徴がそれぞれ異なる、サケツバタケ TUFC30865株、スギノハヒメホウライタケ TUFC100845株、シワタケ MAFF420690株、及びマツノタバコウロコタケ MAFF420327株を選択した。培地は、前記IIの実験で使用したSundman & Naese平板試験用培地の組成を改変して使用した。本実験で使用した改変Sundman & Naese平板試験用培地の組成を表3に示す。表3に示す組成に基づき各成分を混合し、pH 5.8に調節して培地を調製した。
【表3】
【0046】
前記条件に従って調製した改変Sundman & Naese平板試験用培地に、リグニン分解微生物を植菌し、前記IIと同様の手順で約2週間培養した後、リグニン染色液を用いて培地中のリグニンを染色した。リグニンの分解が確認された黄色の培地部分を回収し、凍結乾燥した。得られた残渣を粉砕した。この培地の粉末を、重水(D2O)及び重メタノール(CD3OD)で順次抽出した。200 mgの得られた各抽出物を、900 μLの99% D2O(0.1 M リン酸カリウム(KPi)及び1 mM 3-(トリメチルシリル)-1-プロパンスルホン酸ナトリウム(DSS-d6)含有)又は700μLのCD3OD(0.5 mM DSS-d6含有)に溶解して、NMRを測定した。水抽出物の1H-NMRスペクトル及び2DJシグナルを図4に、メタノール抽出物の1H-NMRスペクトル及び2DJシグナルを図5に、それぞれ示す。図中、Aは、1H-NMRスペクトルを、Bは、2DJシグナルを、それぞれ示す。Iは、サケツバタケ TUFC30865株の培地抽出物の結果を、IIは、スギノハヒメホウライタケ TUFC100845株の培地抽出物の結果を、IIIは、シワタケ MAFF420690株の培地抽出物の結果を、IVは、マツノタバコウロコタケ MAFF420327株の培地抽出物の結果を、対照は、新鮮培地抽出物の結果を、それぞれ示す。また、Aにおける白抜き矢印及びBにおける囲み線で示すシグナルは、スギソーダリグニン由来のシグナルである。Bにおける黒塗り矢印で示すシグナルは、対照のスペクトルと比較して新たに出現したシグナルである。
【0047】
図5に示すように、メタノール抽出物は、水抽出物(図4)より培地成分の影響が少なく、明瞭なスペクトルが得られた。いずれの抽出物の1H-NMRスペクトルにおいても、スギソーダリグニン由来のシグナル(白抜き矢印)は、対照の1H-NMRスペクトルと比較して小さくなった(図4A及び図5A)。2DJ計測において、芳香族領域に新たに観測されたリグニン分解物由来のシグナル(黒塗り矢印)のプロファイルは、使用した微生物菌株ごとに異なっていた(図4B及び図5B)。
【0048】
バニリンは、リグニン分解物として知られる化合物である。そこで、リグニン分解微生物によって生成するリグニン分解物中のバニリンの存在を調査した。図5に示すリグニン分解微生物の培地から得られたメタノール抽出物の2DJシグナルにおいて、低磁場領域の拡大スペクトルを図6に示す。Iは、サケツバタケ TUFC30865株の培地抽出物の結果を、IIは、スギノハヒメホウライタケ TUFC100845株の培地抽出物の結果を、IIIは、シワタケ MAFF420690株の培地抽出物の結果を、IVは、マツノタバコウロコタケ MAFF420327株の培地抽出物の結果を、対照は、新鮮培地抽出物の結果を、それぞれ示す。図中、囲み線で示すシグナルは、バニリンに由来するシグナルである。また、図6に示すスペクトルにおいて、バニリンに由来するシグナルの相対強度割合を表4に示す。
【表4】
【0049】
図6に示すように、いずれの抽出物の低磁場領域のスペクトルにおいても、バニリン以外のリグニン分解物に由来するシグナルが新たに観測された。また、バニリンに由来するシグナルの相対強度割合は、いずれの抽出物の場合も対照の場合と比較して有意に減少した。この結果から、本実験に使用したリグニン分解微生物により、バニリンだけでなく、様々な芳香族低分子化合物がリグニン分解物として生成したことが示唆される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6