特許第6794025号(P6794025)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6794025
(24)【登録日】2020年11月13日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】き裂診断装置及びき裂診断方法
(51)【国際特許分類】
   E01D 22/00 20060101AFI20201119BHJP
   E01D 1/00 20060101ALI20201119BHJP
   G01M 99/00 20110101ALI20201119BHJP
【FI】
   E01D22/00 A
   E01D1/00 E
   G01M99/00 Z
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-156997(P2016-156997)
(22)【出願日】2016年8月9日
(65)【公開番号】特開2018-25020(P2018-25020A)
(43)【公開日】2018年2月15日
【審査請求日】2019年7月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(73)【特許権者】
【識別番号】508061549
【氏名又は名称】阪神高速技術株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000142067
【氏名又は名称】株式会社共和電業
(74)【代理人】
【識別番号】100138896
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 淳
(72)【発明者】
【氏名】貝沼 重信
(72)【発明者】
【氏名】塚本 成昭
(72)【発明者】
【氏名】大田 典裕
(72)【発明者】
【氏名】勝島 龍郎
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 正樹
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 順倫
【審査官】 松本 泰典
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−147834(JP,A)
【文献】 特開平10−185854(JP,A)
【文献】 特開2006−017602(JP,A)
【文献】 特開2015−138020(JP,A)
【文献】 特開2006−337144(JP,A)
【文献】 特開2003−075301(JP,A)
【文献】 特開2015−001409(JP,A)
【文献】 特開2011−095178(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E01D 22/00
E01D 1/00
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ひずみ測定センサにより、構造物のき裂の開口モードのひずみを所定時間測定する測定部と、
上記測定部で測定された測定値に基づいて、開口モードの応力拡大係数を求める応力拡大係数算出部と、
上記応力拡大係数算出部で求められた開口モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードの応力拡大係数の変動範囲である応力拡大係数範囲を求める応力拡大係数範囲算出部と、
上記応力拡大係数範囲算出部で求められた応力拡大係数範囲に基づいて、上記き裂に対する処置の要否を判断する判断部と
を備え
上記測定部は、上記き裂の先端の周辺部分にひずみ測定センサを押圧して接触させた状態で、上記開口モードのひずみの値を測定することを特徴とするき裂診断装置。
【請求項2】
請求項に記載のき裂診断装置において、
上記測定部は、上記構造物に着脱可能に形成され、上記ひずみ測定センサを上記き裂の先端の周辺部分に押圧する治具を有することを特徴とするき裂診断装置。
【請求項3】
請求項1に記載のき裂診断装置において、
上記判断部は、上記応力拡大係数範囲が所定の基準値よりも小さい場合はき裂に対する処置が不要であり、上記応力拡大係数範囲が所定の基準値よりも大きい場合はき裂に対する処置が必要であると判断することを特徴とするき裂診断装置。
【請求項4】
請求項に記載のき裂診断装置において、
上記判断部は、上記応力拡大係数範囲が第1基準値よりも小さい場合はき裂に対する処置が不要であり、上記応力拡大係数範囲が第1基準値以上第2基準値以下である場合はき裂の経過観察を行い、上記応力拡大係数範囲が第2基準値よりも大きい場合はき裂に対する処置が必要であると判断することを特徴とするき裂診断装置。
【請求項5】
請求項1に記載のき裂診断装置において、
上記測定部が、開口モードのひずみの値を測定する時間は、3分以上60分以下であることを特徴とするき裂診断装置。
【請求項6】
請求項1に記載のき裂診断装置において、
上記応力拡大係数算出部は、上記測定部で測定された測定値のうち、圧縮域を除いた値に基づいて開口モードの応力拡大係数を求めることを特徴とするき裂診断装置。
【請求項7】
請求項1に記載のき裂診断装置において、
上記ひずみ測定センサは、き裂の開口モードのひずみに加えて、き裂の面内せん断モードのひずみを測定するものであり、
上記測定部は、上記ひずみ測定センサにより、上記開口モードのひずみの値と共に面内せん断モードのひずみの値を測定し、
上記応力拡大係数算出部は、上記ひずみ測定センサで測定した測定値に基づいて、上記開口モードの応力拡大係数を求めると共に面内せん断モードの応力拡大係数を求め、
上記応力拡大係数範囲算出部は、上記開口モードの応力拡大係数と共に面内せん断モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードと面内せん断モードとの組み合わせである混合モードの応力拡大係数の変動範囲である等価応力拡大係数範囲を求め、
上記判断部は、上記等価応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断することを特徴とするき裂診断装置。
【請求項8】
請求項に記載のき裂診断装置において、
上記等価応力拡大係数範囲は、き裂の先端のひずみエネルギー解放率が限界値に達したときに、ひずみエネルギー解放率が最大になる方向へき裂が進展すると仮定して求めたものであることを特徴とするき裂診断装置。
【請求項9】
請求項に記載のき裂診断装置において、
上記等価応力拡大係数範囲は、き裂の先端のひずみエネルギー密度係数が限界値に達したときに、ひずみエネルギー密度係数が最小になる方向へき裂が進展すると仮定して求めたものであることを特徴とするき裂診断装置。
【請求項10】
ひずみ測定センサを、構造物に生じたき裂の先端の周辺部分に配置するセンサ配置ステップと、
上記ひずみ測定センサにより、開口モードのひずみの値を所定時間測定する測定ステップと、
上記ひずみ測定センサで測定した測定値に基づいて、開口モードの応力拡大係数を求める応力拡大係数算出ステップと、
上記開口モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードの応力拡大係数の変動範囲である応力拡大係数範囲を求める応力拡大係数範囲算出ステップと、
上記応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断する判断ステップと
を備え、
上記測定ステップは、上記き裂の先端の周辺部分にひずみ測定センサを押圧して接触させた状態で、上記開口モードのひずみの値を測定することを特徴とするき裂診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば橋梁等の構造物に生じたき裂を診断し、補修の優先度を判断するき裂診断装置及びき裂診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁等の構造物に用いられる鋼製の部材には、荷重を繰り返して受けることにより疲労き裂が発生する。近年、高度成長期に建設された道路橋を中心に、鋼製の部材である鋼床版で発見される疲労き裂の数が、増加しつつある。
【0003】
構造物の鋼製の部材に生じるき裂には、発生してから短時間のうちに大きく進展するものや、ある程度の長さに達すると進展が停止するもの等が存在し、進展態様がき裂によって異なる場合が多く、進展態様を正確に予測することは困難である。したがって、安全を確実に確保する観点では、発見した全てのき裂を順次補修することが有効であるが、そのような対処は、今後さらに多くの構造物が老朽化を迎えることから、手間と費用の点で現実的ではない。
【0004】
そこで、従来、き裂の補修の緊急度を、き裂の進展速度に基づいて診断し、緊急度の高いき裂について優先的に補修を行うことが提案されている。
【0005】
そのようなき裂診断方法としては、特許文献1に記載されているものがある。このき裂診断方法では、まず、発見された全てのき裂について、K値センサでき裂の周辺部分のひずみを測定する。K値センサは、絶縁性を有する樹脂製のゲージベースに、導電体で形成されたゲージエレメントが配置されて構成されており、このゲージベースを、部材のき裂の先端部分に接着剤で固定して設置する。K値センサのゲージベースを部材に固定する際には、予め接着部分の塗膜を除去する。こうしてき裂の先端部分に設置されたK値センサにより、24時間から168時間程度にわたって測定を行う。このK値センサの測定値のうち、き裂面の直角方向のひずみに基づいて算出した開口モードの応力拡大係数を用いて、き裂の進展速度を推定する。推定された進展速度が基準値よりも大きい場合は補修の候補とする一方、推定された進展速度が基準値よりも小さい場合は補修の候補から除外する。
【0006】
進展速度が基準値よりも大きいき裂については、クラックセンサを設置してき裂の進展長さを測定し、この進展長さが基準値よりも大きい場合に、最終的な補修の対象と決定する。クラックセンサによる測定時間は、3ヶ月から6ヶ月である。
【0007】
このようにして、発見されたき裂を診断して補修の緊急性の高いき裂を抽出することにより、補修の効率化と、構造物の安全性の確保とを両立するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2013−147834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記従来のき裂診断方法は、全てのき裂にK値センサを設置し、K値センサを設置する際には部材の塗膜を除去したうえ、接着剤で固定する必要があるので、センサを設置する手間と時間がかかる問題がある。
【0010】
また、K値センサによる測定に24時間から168時間程度の時間が必要であるのに加えて、クラックセンサによる測定に3ヶ月から6ヶ月の時間がかかるので、診断に要する時間が長いという問題がある。このように、センサを設置した後の測定に、数日から数カ月の時間を要するので、センサの設置作業を行う検査員が診断作業までを連続して行う即時診断は、不可能である。
【0011】
また、接着剤で固定されたK値センサは、回収が実質的に不可能であるため、き裂毎に準備する必要があり、コスト高を招く問題がある。
【0012】
また、K値センサで24時間から168時間程度にわたって採取したデータと、クラックセンサで3ヶ月から6ヶ月にわたって採取したデータを処理するので、膨大なデータを処理するために比較的大規模の計算資源が必要となり、処理にかかる手間とコストが比較的大きいという問題がある。
【0013】
そこで、本発明の課題は、少ない手間と時間により、構造物のき裂に対する処置の要否を判断できるき裂診断装置及びき裂診断方法を提供することにある。また、センサを再使用できてコストの低いき裂診断装置及びき裂診断方法を提供することにある。さらに、採取したデータの処理にかかる手間とコストの小さいき裂診断装置及びき裂診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明のき裂診断装置は、ひずみ測定センサにより、構造物のき裂の開口モードのひずみを所定時間測定する測定部と、
上記測定部で測定された測定値に基づいて、開口モードの応力拡大係数を求める応力拡大係数算出部と、
上記応力拡大係数算出部で求められた開口モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードの応力拡大係数の変動範囲である応力拡大係数範囲を求める応力拡大係数範囲算出部と、
上記応力拡大係数範囲算出部で求められた応力拡大係数範囲に基づいて、上記き裂に対する処置の要否を判断する判断部と
を備えることを特徴としている。
【0015】
上記構成によれば、測定部のひずみ測定センサにより、構造物のき裂の開口モードのひずみが所定時間測定される。ここで、き裂の開口モードのひずみは、き裂の表面であるき裂面の直角方向のひずみであり、き裂面の直角方向に作用する引張応力により生じる。上記測定部で測定された測定値に基づいて、応力拡大係数算出部により、開口モードの応力拡大係数が求められる。上記応力拡大係数算出部で求められた開口モードの応力拡大係数に基づいて、応力拡大係数範囲算出部により、開口モードの応力拡大係数の変動範囲である応力拡大係数範囲が求められる。上記応力拡大係数範囲算出部で求められた応力拡大係数範囲に基づいて、判断部により、上記き裂に対する処置の要否が判断される。このようにして、本発明のき裂診断装置は、き裂の開口モードのひずみから応力拡大係数を求め、この応力拡大係数から求められた応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断する。したがって、K値センサで測定したひずみに基づいてき裂の進展速度を推定したうえに、クラックセンサでき裂の進展長さを測定して補修の対象とするか否かを決定する従来のき裂診断方法よりも、測定にかかる手間と時間を効果的に削減できる。また、き裂に対する処置の要否を判断するための応力拡大係数範囲は、測定部によって数十分の測定時間で採取されるひずみの測定値に基づいて算出できる。したがって、このき裂診断装置によれば、構造物のき裂の先端の周辺部分に測定部のひずみ測定センサが設置されてから、応力拡大係数算出部で開口モードの応力拡大係数が求められ、応力拡大係数範囲算出部で応力拡大係数範囲が求められ、判断部でき裂に対する処置の要否が判断されるまでを、一連の作業で行うことができる。したがって、K値センサを設置する作業の後、K値センサによる測定に24時間から168時間程度の時間が必要であり、更に、クラックセンサを設置する作業の後、クラックセンサによる測定に3ヶ月から6ヶ月の時間が必要であることから、数カ月にわたって複数の作業を分断して行う必要のある従来のき裂診断方法とは異なり、極めて短時間に、ひずみ測定センサの設置と、測定と、き裂に関する判断とを連続して行うことができる。すなわち、本発明のき裂診断装置によれば、従来のき裂診断方法では不可能であった、ひずみ測定センサの設置作業からき裂の診断作業までを連続して行う即時診断が可能となる。また、ひずみ測定センサの測定値のデータ量は、応力拡大係数範囲が得られる程度でよいので、従来のき裂診断方法において、き裂の進展速度を推定するためのK値センサによる測定値のデータ量と、き裂の進展長さを算出するためのクラックセンサによる測定値のデータ量との合計よりも、大幅に少ないデータ量である。したがって、センサで採取したデータの処理にかかる手間とコストを、効果的に削減できる。
【0016】
一実施形態のき裂診断装置は、上記測定部は、上記き裂の先端の周辺部分にひずみ測定センサを押圧して接触させた状態で、上記開口モードのひずみの値を測定するものである。
【0017】
上記実施形態によれば、測定部は、き裂の先端の周辺部分に押圧して接触させたひずみ測定センサにより、開口モードのひずみの値を測定する。こうして測定されたひずみの値に基づいて開口モードの応力拡大係数が求められ、この応力拡大係数に基づいて求められた応力拡大係数範囲であっても、き裂に対する処置の要否を十分な精度で判断することができる。したがって、従来のき裂診断方法のように、K値センサを設置する際に接着剤で固定する必要が無いので、センサを設置する手間と時間を効果的に削減することができる。また、上記ひずみ測定センサは、き裂の先端の周辺部分に押圧して接触させることで測定が可能であるので、接着剤による接着が不要であるから、複数のき裂の測定に再使用できる。したがって、ひずみ測定センサのコストを削減でき、き裂の診断にかかるコストを効果的に削減できる。
【0018】
一実施形態のき裂診断装置は、上記測定部は、上記構造物に着脱可能に形成され、上記ひずみ測定センサを上記き裂の先端の周辺部分に押圧する治具を有する。
【0019】
上記実施形態によれば、構造物に着脱可能な治具が、構造物のき裂の生じた位置の近傍に装着され、この治具により、ひずみ測定センサをき裂の先端の周辺部分に押圧した状態でひずみの測定が行われる。ひずみの測定が完了すると、治具によるひずみ測定センサの押圧が解除されてひずみ測定センサが取り外され、この後、治具が構造物から離脱される。このようにして、K値センサを接着剤で固定する従来のき裂診断方法よりも大幅に少ない手間により、ひずみ測定センサの設置と除去を行うことができる。
【0020】
一実施形態のき裂診断装置は、上記判断部は、上記応力拡大係数範囲が所定の基準値よりも小さい場合はき裂に対する処置が不要であり、上記応力拡大係数範囲が所定の基準値よりも大きい場合はき裂に対する処置が必要であると判断する。
【0021】
上記実施形態によれば、測定部のひずみ測定センサの測定値に基づいて求められた応力拡大係数範囲の値を、所定の基準値と照らし合わせることにより、き裂に対する処理が不要であるか、又は、き裂に対する処理が必要であるかを容易に判断することができる。ここで、き裂に対する処置が不要と判断する基準値と、き裂に対する処置が必要であると判断する基準値は、同じ値であっても、異なる値であってもよい。
【0022】
一実施形態のき裂診断装置は、上記判断部は、上記応力拡大係数範囲が第1基準値よりも小さい場合はき裂に対する処置が不要であり、上記応力拡大係数範囲が第1基準値以上第2基準値以下である場合はき裂の経過観察を行い、上記応力拡大係数範囲が第2基準値よりも大きい場合はき裂に対する処置が必要であると判断する。
【0023】
上記実施形態によれば、測定部のひずみ測定センサの測定値に基づいて求められた応力拡大係数範囲の値を、第1乃至第3基準値と照らし合わせることにより、き裂に対する処理が不要であるか、経過観察を行うか、又は、き裂に対する処理が必要であるかを容易に判断することができる。
【0024】
一実施形態のき裂診断装置は、上記測定部が、開口モードのひずみの値を測定する時間は、3分以上60分以下である。
【0025】
上記実施形態によれば、測定部のひずみ測定センサにより、3分以上60分以下の測定時間によって開口モードのひずみの値を測定し、この測定値に基づいて算出した応力拡大係数範囲により、き裂に対する処置の要否を比較的良好な精度で判断できる。したがって、き裂の進展速度を推定するための開口モードの応力拡大係数を算出するために、K値センサで24時間から168時間程度にわたって測定を行う従来のき裂診断方法よりも、測定時間を大幅に短縮できる。その結果、ひずみ測定センサの設置と、測定と、き裂に関する判断とを連続して行うことができ、ひずみ測定センサの設置作業とき裂の診断作業とを連続して行う即時診断ができる。
【0026】
一実施形態のき裂診断装置は、上記応力拡大係数算出部は、上記測定部で測定された測定値のうち、圧縮域を除いた値に基づいて開口モードの応力拡大係数を求める。
【0027】
上記実施形態によれば、き裂の開口モードのひずみのうち、き裂の進展に影響の大きい引張域の値に基づいて応力拡大係数を求めることにより、応力拡大係数の算出を容易にできると共に、安全側の診断結果が得られる。
【0028】
一実施形態のき裂診断装置は、上記ひずみ測定センサは、き裂の開口モードのひずみに加えて、き裂の面内せん断モードのひずみを測定するものであり、
上記測定部は、上記ひずみ測定センサにより、上記開口モードのひずみの値と共に面内せん断モードのひずみの値を測定し、
上記応力拡大係数算出部は、上記ひずみ測定センサで測定した測定値に基づいて、上記開口モードの応力拡大係数を求めると共に面内せん断モードの応力拡大係数を求め、
上記応力拡大係数範囲算出部は、上記開口モードの応力拡大係数と共に面内せん断モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードと面内せん断モードとの組み合わせである混合モードの応力拡大係数の変動範囲である等価応力拡大係数範囲を求め、
上記判断部は、上記等価応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断する。
【0029】
上記実施形態によれば、き裂の開口モードのひずみと、き裂の面内せん断モードのひずみとを測定する機能を有するひずみ測定センサが用いられる。ここで、き裂の面内せん断モードのひずみは、き裂の進展方向のひずみであり、き裂面に対して平行に作用するせん断応力により生じる。上記測定部により、開口モードのひずみの値と、面内せん断モードのひずみの値とが測定される。上記ひずみ測定センサの測定値に基づいて、開口モードの応力拡大係数と、面内せん断モードの応力拡大係数が求められる。上記開口モードの応力拡大係数と面内せん断モードの応力拡大係数に基づいて、混合モードの応力拡大係数の変動範囲である等価応力拡大係数範囲が求められる。上記等価応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否が判断される。このようにして、本発明のき裂診断装置によれば、き裂の開口モードのひずみと、き裂の面内せん断モードのひずみから求められた等価応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断する。したがって、比較的短い時間で測定されたひずみの測定値により、き裂に対する処置の要否を比較的良好な精度で判断できる。
【0030】
一実施形態のき裂診断装置は、上記等価応力拡大係数範囲は、き裂の先端のひずみエネルギー解放率が限界値に達したときに、ひずみエネルギー解放率が最大になる方向へき裂が進展すると仮定して求めたものである。
【0031】
上記実施形態によれば、構造物の部材にき裂が進展する機構について、新しいき裂面が広がることで増加する表面エネルギーよりも、部材から解放されるひずみのエネルギーの方が大きいときに、き裂が進展すると想定する。これを条件として、き裂が単位面積進展するときに開放されるエネルギーであるひずみエネルギー解放率を、応力拡大係数を用いて表す。ひずみエネルギー開放率は、き裂の進展方向が初期き裂の延長面上である場合、モードにかかわらず同じであるので、混合モードのひずみエネルギー解放率と、開口モードのひずみエネルギー解放率が等しいとして、等価応力拡大係数を求め、この等価応力拡大係数の測定値の範囲である等価応力拡大係数範囲を求める。このようにして、ひずみ測定センサによる測定値から等価応力拡大係数範囲を求めて、き裂の処置の要否を判断することができる。
【0032】
一実施形態のき裂診断装置は、上記等価応力拡大係数範囲は、き裂の先端のひずみエネルギー密度係数が限界値に達したときに、ひずみエネルギー密度係数が最小になる方向へき裂が進展すると仮定して求めたものである。
【0033】
上記実施形態によれば、構造物の部材にき裂が進展する機構について、き裂が先端からひずみエネルギー密度係数が最小になる方向で、このひずみエネルギー密度係数が限界値に達した場合に、き裂が進展すると想定する。これを条件として、組み合わせ応力が作用しているき裂の先端近傍の微小要素に蓄えられる単位面積当たりのひずみエネルギーを、ひずみエネルギー密度係数を用いて表すと共に、このひずみエネルギー密度係数を、応力拡大係数を用いて表す。このようにして、ひずみ測定センサによる測定値から等価応力拡大係数範囲を求めて、き裂の処置の要否を判断することができる。
【0034】
また、他の実施形態のき裂診断方法では、上記等価応力拡大係数範囲は、混合モードのき裂は、き裂の先端における接線応力が最大の方向に進展し、進展時の応力は一定であり、最大の接線応力は面内の主応力に一致すると仮定して等価応力拡大係数範囲を求めてもよい。
【0035】
本発明のき裂診断方法は、ひずみ測定センサを、構造物に生じたき裂の先端の周辺部分に配置するセンサ配置ステップと、
上記ひずみ測定センサにより、開口モードのひずみの値を所定時間測定する測定ステップと、
上記ひずみ測定センサで測定した測定値に基づいて、開口モードの応力拡大係数を求める応力拡大係数算出ステップと、
上記開口モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードの応力拡大係数の変動範囲である応力拡大係数範囲を求める応力拡大係数範囲算出ステップと、
上記応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断する判断ステップと
を備えることを特徴としている。
【0036】
上記構成によれば、センサ配置ステップで、構造物に生じたき裂の先端の周辺部分に、ひずみ測定センサが配置される。測定ステップで、上記ひずみ測定センサにより、開口モードのひずみの値が所定時間測定される。ここで、き裂の開口モードのひずみは、き裂の表面であるき裂面の直角方向のひずみであり、き裂面の直角方向に作用する引張応力により生じる。応力拡大係数算出ステップで、上記ひずみ測定センサで測定された測定値に基づいて、開口モードの応力拡大係数が求められる。応力拡大係数範囲算出ステップで、上記開口モードの応力拡大係数に基づいて、開口モードの応力拡大係数の変動範囲である応力拡大係数範囲が求められる。判断ステップで、上記応力拡大係数範囲に基づいて、上記き裂に対する処置の要否が判断される。このようにして、本発明のき裂診断方法は、き裂の開口モードのひずみから応力拡大係数を求め、この応力拡大係数から求められた応力拡大係数範囲に基づいて、き裂に対する処置の要否を判断する。したがって、K値センサで測定したひずみに基づいてき裂の進展速度を推定したうえに、クラックセンサでき裂の進展長さを測定して補修の対象とするか否かを決定する従来のき裂診断方法よりも、測定にかかる手間と時間を効果的に削減できる。また、き裂に対する処置の要否を判断するための応力拡大係数範囲は、測定ステップで数十分の測定時間で採取されたひずみの測定値に基づいて算出できる。したがって、このき裂診断方法によれば、構造物のき裂の先端の周辺部分に測定部のひずみ測定センサを設置してから、開口モードの応力拡大係数を求め、応力拡大係数範囲を求め、き裂に対する処置の要否を判断するまでを、一連の作業で行うことができる。したがって、K値センサを設置する作業の後、K値センサによる測定に24時間から168時間程度の時間が必要であり、更に、クラックセンサを設置する作業の後、クラックセンサによる測定に3ヶ月から6ヶ月の時間が必要であることから、数カ月にわたって複数の作業を分断して行う必要のある従来のき裂診断方法とは異なり、極めて短時間に、ひずみ測定センサの設置と、測定と、き裂に関する判断とを連続して行うことができる。すなわち、本発明のき裂診断方法によれば、従来のき裂診断方法では不可能であった、ひずみ測定センサの設置作業からき裂の診断作業を連続して行う即時診断が可能となる。また、ひずみ測定センサの測定値のデータ量は、応力拡大係数範囲が得られる程度でよいので、従来のき裂診断方法において、き裂の進展速度を推定するためのK値センサによる測定値のデータ量と、き裂の進展長さを算出するためのクラックセンサによる測定値のデータ量との合計よりも、大幅に少ないデータ量である。したがって、センサで採取したデータの処理にかかる手間とコストを、効果的に削減できる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】本発明の実施形態のき裂診断装置及び方法を適用する構造物を示す斜視図である。
図2】本発明の実施形態のき裂診断方法を示すフロー図である。
図3】K値センサを示す平面図である。
図4】K値センサのひずみ出力からK値を求めるための定数と、き裂の長さとの関係を示す図である。
図5】応力拡大係数範囲に基づく判定基準を示す図である。
図6】K値センサの押圧治具を示す部分断面図である。
図7A】K値センサの固定ユニットを示す平面図である。
図7B】K値センサの固定ユニットを示す底面図である。
図7C】K値センサの固定ユニットを示す縦断面図である。
図8】K値センサが押圧された様子を示す部分縦断面図である。
図9】実施形態のき裂診断装置を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照しながら詳細に説明する。
【0039】
図1は、実施形態のき裂診断装置及びき裂診断方法を適用する構造物としての鋼製橋梁の鋼製床版1を、底面側から観察した様子を示す図である。この鋼製橋梁は都市高速道路の高架橋であり、鋼製床版1を鋼製又はコンクリート製の橋脚で支持して構成されている。鋼製床版1は、デッキプレート2と、デッキプレート2の上面に敷設された舗装3を有する。デッキプレート2の下面には、補強部材として、U字状断面を有して橋軸方向に延在するトラフ4と、トラフ4と平行に延在してI型断面を有する主桁又は縦リブ5と、橋軸直角方向に延在してI型断面を有する横桁又は横リブ6が設けられている。デッキプレート2、トラフ4、主桁又は縦リブ5、及び、横桁又は横リブ6は鋼材で形成され、トラフ4、主桁又は縦リブ5、及び、横桁又は横リブ6はデッキプレート2に溶接で固定されている。鋼製橋梁では、鋼製床版1のデッキプレート2や、デッキプレート2とトラフ4、主桁又は縦リブ5、及び、横桁又は横リブ6の溶接部分に、き裂が多く発生する。図1には、き裂の例として、デッキプレート2とトラフ4との溶接部分からトラフ4の側面に延びたき裂7を示している。
【0040】
図2は、実施形態の橋梁のき裂診断方法を示すフロー図である。本実施形態の橋梁のき裂診断方法は、橋梁に発生したき裂に関し、き裂の先端の周辺部分で測定したひずみ量に基づいて、そのき裂の補修を行うべきか否かを判断するものである。
【0041】
本実施形態の橋梁のき裂診断方法では、まず、鋼製橋梁の鋼製床版1の底面又は側面に、図示しない足場を設置し、検査員が足場から目視で鋼製床版1のき裂を探索する。検査員がき裂を発見すると、発見されたき裂に、ひずみ測定センサとしてのK値センサを設置する(ステップS1)。K値センサは、後に詳述するように、4つのゲージエレメントを有し、き裂の進展面の両側について2方向のひずみ量を測定するものである。なお、K値センサ以外に、き裂の進展方向を測定するひずみセンサと、き裂面の直角方向のひずみを測定するひずみセンサとを組み合わせて用いてもよい。
【0042】
き裂へのK値センサの設置は、後に詳述する押圧治具により、K値センサを部材のき裂の先端の周辺部分に押圧することで行う(ステップS2)。押圧治具は、K値センサを、従来のように構造物の部材に接着剤で固定することなく、鋼製床版1の部材に向かって押圧することで、ひずみを測定可能に構造物に設置するものである。なお、K値センサは、押圧治具により、塗膜の表面に固定されてもよく、又は、塗膜を除去して部材の表面に固定されてもよい。ここで、部材本体と塗膜の間で、き裂の進展位置が一致しない場合は、塗膜を除去するのが好ましい。
【0043】
き裂の先端にK値センサを設置すると、後に詳述するき裂診断端末にK値センサのリード線を接続し、き裂診断端末でひずみの測定を行う。K値センサによるひずみの測定は、所定時間に亘って行う(ステップS3)。K値センサによりひずみを測定する時間は、3分以上60分以下の間に設定することができる。K値センサによる測定時間は、特に、5分以上30分以下が好ましく、最も好ましくは10分である。
【0044】
K値センサで測定されたひずみの値に基づいて、き裂の応力拡大係数を算出し、算出された応力拡大係数の値に基づいて、き裂の等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を算出する(ステップS4)。ここで、都市高速道路の高架橋の鋼製床版に発生した複数のき裂について、K値センサにより10分の測定時間で測定されたひずみの値に基づいて算出された等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)と、168時間の測定時間で測定されたひずみの値に基づいて算出された等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)とを比較する実験を行った。この実験によれば、10分の測定時間に基づく等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値は、168時間の測定時間に基づく等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値に対して、90%以上125%の範囲であった。したがって、10分の測定時間に基づく等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を用いても、診断結果に生じる誤差は小さいといえる。
【0045】
算出されたき裂の等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)が、予め定められた第1基準値以上であるか否かを判断し(ステップS5)、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)が第1基準値以上である場合、さらに、予め定められた第2基準値以上であるか否かを判断する(ステップS6)。ステップS5において、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)が第1基準値よりも小さいと判断された場合、対象のき裂は、補修の候補から除外し、き裂の診断を終了する。ステップS6において、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)が第2基準値以上であると判断された場合、対象のき裂は補修等の処置が必要であると判断し、き裂の診断を終了する。ステップS6において、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)が第2基準値よりも小さいと判断された場合、すなわち、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)が、第1基準値以上かつ第2基準値未満である場合、対象のき裂は、緊急性は低いものの注意を要するとして、経過観察が必要であると判断し、き裂の診断を終了する。
【0046】
このように、K値センサの測定値に基づいてき裂の応力拡大係数を算出し、この応力拡大係数の値に基づいて算出した等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値に応じて、き裂の補修の要否を判断するので、補修の緊急度が実際に高いき裂を比較的良好な精度で特定することができる。ここで、き裂に関する測定は、K値センサによるひずみの測定のみであるので、K値センサによる測定とクラックセンサによる測定とを行う従来のき裂診断方法よりも、測定にかかる手間と時間を効果的に削減できる。また、K値センサの測定値のデータ量は、等価応力拡大係数範囲が得られる程度でよいので、従来のき裂診断方法のような、き裂の進展速度を推定するためのK値センサによる測定値のデータ量と、き裂の進展長さを算出するためのクラックセンサによる測定値のデータ量との合計よりも、大幅に少ないデータ量である。したがって、センサで採取したデータの処理にかかる手間とコストを、効果的に削減できる。
【0047】
また、K値センサは、鋼製床版1の部材のき裂が生じた位置の近傍に、押圧治具によって押圧して設置して測定を行い、測定が完了すると、治具によるK値センサの押圧を解除してK値センサを取り外し、この後、押圧治具を構造物から離脱させる。したがって、K値センサを接着剤で固定する従来のき裂診断方法よりも、大幅に少ない手間により、K値センサの設置と除去を行うことができる。また、K値センサは、押圧治具で押圧された状態で測定を行うことができるので、単一のK値センサを複数のき裂の測定に再使用することができる。したがって、K値センサにかかるコストを効果的に削減できる。また、本実施形態のき裂診断方法は、K値センサにより、3分以上60分以下の測定時間によって測定したひずみの値に基づいて算出した等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を用いて診断を行うことができるので、従来のように、K値センサで24時間から168時間程度にわたって測定した測定値に基づいて推定した進展速度を用いて診断を行うよりも、測定時間を大幅に短縮できる。
【0048】
本実施形態のき裂診断方法において、応力拡大係数の算出と、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の算出は、図3に示すK値センサによる測定値に基づき、線形破壊力学に従って行う。
【0049】
図3に示すように、K値センサ8は、絶縁性を有する樹脂で形成されて貫通孔11を有するシート状のゲージベース10に、導電体で形成されたゲージエレメント12,13,14,15が配置されている。ゲージエレメント12,13,14,15は、き裂7のき裂面に対して直角方向のひずみを測定する第1ゲージエレメント12及び第2ゲージエレメント13と、き裂面の平行方向のひずみを測定する第3ゲージエレメント14及び第4ゲージエレメント15で構成されている。第1ゲージエレメント12と第2ゲージエレメント13は、貫通孔11と同心の概ね半円形の帯状の領域に、一方向に延びる複数の直線部分が平行に配列されるように、一筆書きの蛇行パターンをなす線状の金属箔で形成されている。上記第1ゲージエレメント12と第2ゲージエレメント13は、互いの間に離隔をおいて、貫通孔11と共通の同心円上に配置されるように対向配置されている。第3ゲージエレメント14と第4ゲージエレメント15は、貫通孔11と同心の概ね半円形の帯状の領域に、他方向に延びる複数の直線部分が平行に配列されるように、一筆書きの蛇行パターンをなす線状の金属箔で形成されている。上記第3ゲージエレメント14と第4ゲージエレメント15は、互いの間に離隔をおき、かつ、第1ゲージエレメント12と第2ゲージエレメント13の内側に、第1ゲージエレメント12及び第2ゲージエレメント13と同心円上に配置されるように対向配置されている。第1ゲージエレメント12と、第2ゲージエレメント13と、第3ゲージエレメント14と、第4ゲージエレメント15の両端には、それぞれリード端子16,16,17,17,18,18,19,19が設けられている。このK値センサ8は、き裂7の先端7aがゲージエレメント12,13,14,15の中心に位置すると共に、第1及び第2ゲージエレメント12,13の直線部分がき裂面と直角をなし、かつ、第3及び第4ゲージエレメント14,15の直線部分がき裂面と平行をなすように、き裂7の先端7aの周辺部分に貼り付けられる。このK値センサ8の第1ゲージエレメント12のひずみ出力をεとし、第2ゲージエレメント13のひずみ出力をεとすると、K値として、き裂7の開口方向の変形、すなわち開口モードの変形であるモードIの応力拡大係数Kを、次の式(1)により求めることができる。
【数1】
また、上記K値センサ8の第3ゲージエレメント14のひずみ出力をεとし、第4ゲージエレメント15のひずみ出力をεとすると、K値として、き裂7のせん断方向の変形、すなわちせん断モードの変形であるモードIIの変形に関する応力拡大係数KIIを、次の式(2)により求めることができる。
【数2】
ここで、CとCは、き裂7の長さと、き裂7が生じた部材のヤング率及びポアソン比に基づいて定められる係数である。応力拡大係数K及びKIIと係数C及びCの単位はMPa√mである。
【0050】
図4は、ヤング率が2.06×10GPa、かつ、ポアソン比が0.3の鋼板におけるき裂7の長さとC及びCとの関係を示す図である。図4において、横軸はき裂7の長さa(mm)であり、縦軸はC及びC(MPa√m)である。図4に示すように、Cは、き裂7の長さaが大きくなるに伴い、増加率が減少しながら値が増加する。すなわち、一定の漸近値に向かって収束しつつCが増大する。き裂7の長さaが10mmであるとき、Cは1.45MPa√mであり、き裂7の長さaが50mmであるとき、Cは1.7MPa√mである。一方、Cは、き裂7の長さaが大きくなるに伴い、減少率が減少しながら値が減少する。すなわち、一定の漸近値に向かって収束しつつCが減少する。き裂7の長さaが10mmであるとき、Cは1.5×10MPa√mであり、き裂7の長さaが50mmであるとき、Cは1.2×10MPa√mである。
【0051】
応力拡大係数の解析値が判明しているき裂7を有する試験片にK値センサ8を設置し、K値センサ8のひずみ出力に基づいて、上記式(1)及び(2)から応力拡大係数K及びKIIを算出したところ、算出値は解析値に対して10%以下の誤差であることが確認できた。
【0052】
本実施形態のき裂診断方法では、モードIの応力拡大係数Kを算出する際に、第1ゲージエレメント12のひずみ出力εと、第2ゲージエレメント13のひずみ出力εのうち、圧縮域を除いた値、すなわち、引張域の値のみを採用する。
【0053】
上記第1及び第2ゲージエレメント12,13のひずみ出力ε,εのうち、圧縮域を除いた値から求めたモードIの応力拡大係数Kと、第3及び第4ゲージエレメント14,15のひずみ出力ε,εから求めたモードIIの応力拡大係数KIIとを用いて、次の式(3)により、モードIとモードIIの混合モードにおける等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を算出する。
【数3】
ここで、ΔKは、モードIの荷重に対する応力拡大係数Kの変動幅であり、ΔKIIは、モードIIの荷重に対する応力拡大係数KIIの変動幅である。
上記式(3)は、ひずみエネルギー解放率説に従って求めたものであり、ひずみエネルギー解放率説は、き裂の先端のひずみエネルギー解放率が限界値に達したときに、ひずみエネルギー解放率が最大になる方向へき裂が進展すると仮定して、き裂が進展する機構を説明するものである。
【0054】
ここで、本実施形態では、上記式(3)を用いて等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を算出したが、下記の式(4)により算出してもよい。
【数4】
上記式(4)は、ひずみエネルギー密度係数対象説に従って求めたものであり、ひずみエネルギー密度最小説は、き裂の先端のひずみエネルギー密度係数が限界値に達したときに、ひずみエネルギー密度係数が最小になる方向へき裂が進展すると仮定して、き裂が進展する機構を説明するものである。
【0055】
また、上記等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)は、混合モードのき裂は、き裂の先端における接線応力が最大の方向に進展し、進展時の応力は一定であり、最大の接線応力は面内の主応力に一致すると仮定して求めてもよい。
【0056】
図5は、上記式(3)によって求めた等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)に基づいて、き裂の診断を行うための判定基準を示すグラフである。図5のグラフは、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)に対応して推定されるき裂の進展速度を示すグラフである。図5のグラフにおいて、横軸は等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)(N/mm1/2)であり、縦軸はき裂の進展速度da/dN(mm/cycle)である。横軸は、対数目盛りで表示している。曲線Aは、鋼の部材に生じた複数のき裂に関して等価応力拡大範囲ΔKeq(I+II)を算出し、あてはめを行ったものである。図5のグラフには、等価応力拡大範囲ΔKeq(I+II)の第1基準値に対応する直線F1と、第2基準値に対応する直線F2を、破線で示している。また、き裂の進展速度について、補修の要否を判断する基準値に対応する直線Rを、破線で示している。本実施形態において、第1基準値は76(N/mm1/2)であり、第2基準値は200(N/mm1/2)である。また、き裂の進展速度の基準値は2×10−6(mm/cycle)である。鋼製床版1に生じたき裂7をK値センサ8で測定し、測定値から求められた等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値が、第1基準値である76(N/mm1/2)よりも小さい場合は、上記き裂7は、進展速度が実質的に零であると推定されるため、補修の候補から除外すると判断する。一方、所定のき裂7について、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値が、第1基準値である76(N/mm1/2)以上、かつ、第2基準値である200(N/mm1/2)よりも小さい場合は、上記き裂7は進展速度が2×10−6(mm/cycle)以下と比較的小さいと推定されるため、緊急性は低いが注意を要するとして、経過観察を行うと判断する。一方、所定のき裂7について、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値が、第1基準値である76(N/mm1/2)以上、かつ、第2基準値である200(N/mm1/2)よりも小さい場合は、上記き裂7は進展速度が基準値の2×10−6(mm/cycle)以下で比較的小さいと推定されるため、緊急性は低いが注意を要するとして、経過観察を行うと判断する。一方、所定のき裂7について、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値が、第2基準値である200(N/mm1/2)よりも大きい場合は、上記き裂7は進展速度が基準値の2×10−6(mm/cycle)を超えると推定されるため、補修等の処置を行うと判断する。
【0057】
上記実施形態において、K値センサ8の第1ゲージエレメント12のひずみ出力εと、第2ゲージエレメント13のひずみ出力εとでモードIの応力拡大係数Kを求めたが、K値センサの第1ゲージエレメント12のひずみ出力εのみにより、モードIの応力拡大係数Kを求めてもよい。この場合、第2ゲージエレメント13で測定されるひずみ出力εを、第1ゲージエレメント12のひずみ出力εと同じであるとみなして、K=2Cεとする。また、K値センサ8以外に、第1ゲージエレメント12と同様にき裂7のき裂面と直角方向のひずみを計測する1つのひずみセンサを設置し、このひずみセンサの出力に基づいて応力拡大係数を求めてもよい。
【0058】
図6は、構造物にK値センサ8を設置する際に用いる押圧治具を示す部分断面図である。この押圧治具20は、構造物の鋼製の部材に固定され、K値センサ8を部材のき裂7の先端部分に押圧した状態に保持することにより、K値センサ8の測定を可能とするものである。この押圧治具20は、構造物の部材の表面に立設される脚部22,22と、この脚部22で支持されるステージ21と、ステージ21上に立設されたハンドル支持部材24と、ハンドル支持部材24に支持されたハンドル25及びリンク機構26と、リンク機構26によって部材に対して接離操作される磁石23を備える。ステージ21には、部材に対して進退駆動されるピン28と、ピン28の先端に設けられた接触部29と、磁石で形成され、上記接触部29の表面に接触して押圧力を受ける押圧球30と、押圧球30に作用させる押圧力を生成するためのコイルばね31が設けられている。
【0059】
上記押圧治具20でK値センサ8を部材に押圧して固定する際、K値センサ8は装着プレート34に装着され、固定ユニット33を形成する。図7Aは固定ユニット33を示す平面図であり、図7Bは固定ユニット33の底面図であり、図7Cは固定ユニット33の縦断面図である。装着プレート34は、矩形の樹脂製の板状体で形成され、K値センサ8の貫通孔11と略同じ径の貫通孔38が設けられている。装着プレート34の平面には、貫通孔38を縁取るように、押圧治具20の押圧球30に押圧される拡径面39が設けられている。装着プレート34の底面には、ゲージエレメント12,13,14,15の配置面に接するようにK値センサ8が貼り付けられている。この装着プレート34の底面のK値センサ8が張り付けられる部分には、押圧治具20による押圧力をK値センサ8のゲージエレメント12,13,14,15に分散させるために、エラストマー製の分散膜37が設けられている。K値センサ8は、このK値センサ8の貫通孔11が装着プレート34の貫通孔38と中心が一致するように、装着プレート34の分散膜37の表面に貼り付けられている。K値センサ8のリード端子16〜19は、装着プレート34の内部に設けられた複数の配線に接続され、これらの配線は、装着プレート34の平面の一端側に設けられたターミナル35に導かれ、このターミナル35から導出するリード線36,36,36,・・・に接続されている。
【0060】
図8は、上記固定ユニット33を押圧治具20で押圧して、構造物の部材としてのトラフ4に固定した様子を示す部分断面図である。トラフ4に固定ユニット33を固定するには、まず、トラフ4のき裂7の先端部分に、固定ユニット33を配置する。固定ユニット33を配置する際、貫通孔38,11を通してトラフ4の表面を視認しながら、この貫通孔38,11の中央にき裂7の先端が位置するように固定ユニット33の配置位置を調節する。固定ユニット33の配置位置が定まると、押圧球30を固定ユニット33の拡径面39に嵌合するように配置して、固定ユニット33の仮止めを行う。この押圧球30は、磁石で形成されているので、トラフ4に対する吸着力によって固定ユニット33の仮止めを容易に行うことができる。この後、押圧治具20の接触部29の中心と押圧球30の頂点が略一致するように押圧治具20の位置を調節し、押圧治具20の脚部22,22をトラフ4の表面に接触させる。続いて、ハンドル25を操作して磁石23をトラフ4の表面に接触させ、この磁石23の吸着力により、脚部22をトラフ4の表面に固定する。ピン28の長さは、接触部29から押圧球30へ適切な押圧力が作用するように、押圧治具20をトラフ4に設置する前に予め調整しておく。なお、接触部29の押圧球30と接触する面は平面であるため、接触部29の中心と押圧球30の頂点が多少ずれていても、K値センサ8に適切に押圧力を与えることができる。こうして、固定ユニット33の底面側のK値センサ8を押圧することにより、K値センサ8の貫通孔11の周りのゲージエレメント12,13,14,15をトラフ4の表面に密着させる。これにより、K値センサ8により、トラフ4のき裂7の周辺部分のひずみを測定することができる。
【0061】
図9は、K値センサ8に接続され、き裂7の診断を行うき裂診断装置としてのき裂診断端末を示すブロック図である。き裂診断端末40は、端末本体41と、K値センサ8に接続されてブリッジ回路を構成する駆動アンプ42と、き裂診断端末40の動作を制御するCPU43と、CPU43が処理を行う際にデータを記憶するメインメモリ44と、プログラムファイルや測定データを格納するストレージ45と、き裂診断端末40の動作を指令する入力を受ける入力部46と、判断結果を含む情報を出力する出力部としてのディスプレイ47と、き裂診断端末40に電力を供給するバッテリ48を備える。き裂診断端末40は、ストレージ45に格納されたプログラムをCPU43で実行することにより、図2のフロー図に沿った処理を行い、き裂7の診断を行う。すなわち、き裂7の先端部分に設置されたK値センサ8に電力を供給し、ひずみの測定を開始すると共に、K値センサ8の測定値をストレージ45に格納する。ストレージ45に格納された測定値に基づいて、上記式(1)及び(2)により応力拡大係数K,KIIを算出する。ここで、応力拡大係数Kは、圧縮域を除いた測定値に基づいて算出する。これらの応力拡大係数K,KIIに基づいて、上記式(3)により等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を算出する。算出した等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)と、第1基準値及び第2基準値とを比較し、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の大きさに応じて、き裂7は補修が不要か、経過観察が必要か、補修が必要かのいずれかを、ディスプレイ47に表示する。以上のように、駆動アンプ42が測定部として機能し、CPU43が応力拡大係数算出部、応力拡大係数範囲算出部及び判断部として機能する。
【0062】
本実施形態のき裂診断端末40によれば、き裂7に押圧治具20で固定されたK値センサ8の測定値により、き裂7の診断を行うことができる。したがって、K値センサで測定したひずみに基づいてき裂の進展速度を推定したうえに、クラックセンサでき裂の進展長さを測定して補修の要否を決定する従来のき裂診断方法よりも、大幅に少ない手間と時間でき裂7の診断を行うことができる。また、き裂7に対する処置の要否を判断するための等価応力拡大係数範囲は、K値センサ8で3分以上60分以下の測定時間で採取されるひずみの測定値に基づいて算出できるので、き裂7の先端の周辺部分にK値センサ8を設置してから、補修7の要否又は経過観察の要否を判断してディスプレイ47に表示するまでを、一連の作業で行うことができる。したがって、従来のき裂診断方法と比較して、極めて短時間に、K値センサ8の設置と、ひずみの測定と、き裂7に関する判断とを連続して行うことができるので、K値センサ8の設置作業を行う検査員が、き裂7の診断作業までを連続して行う即時診断が可能となる。
【0063】
なお、上記き裂診断端末40は、駆動アンプ42を、CPC43とメインメモリ44とストレージ45と入力部46とディスプレイ47とバッテリ48に内蔵して構成されたが、駆動アンプ42を含むデータロガーを、CPU43とメインメモリ44とストレージ45と入力部46とディスプレイ47とバッテリ48を含む汎用型の端末装置に組み合わせて構成してもよい。この場合、汎用型の端末装置として、ノート型のパーソナルコンピューターや、タブレット型端末を用いることができる。
【0064】
また、上記実施形態において、モードIの応力拡大係数Kを算出する際に、圧縮域を除いた値を採用したが、引張域と圧縮域の両方の値を採用してもよい。
【0065】
また、上記実施形態において、モードIとモードIIの混合モードにおける等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)を算出し、この等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)に基づいてき裂の補修の要否を判断したが、モード1のみの応力拡大係数範囲に基づいてき裂の補修の要否を判断してもよい。
【0066】
また、上記実施形態において、等価応力拡大係数範囲ΔKeq(I+II)の値に応じて、第1基準値よりも小さい場合はき裂に対する処置が不要であり、第1基準値以上第2基準値以下である場合はき裂の経過観察を行い、第2基準値よりも大きい場合はき裂に対する処置が必要であると判断したが、基準値の数と、判断の内容は、幾つでもよい。少なくとも、所定の基準値よりも小さい場合はき裂に対する処置が不要である一方、所定の基準値よりも大きい場合はき裂に対する処置が必要であると判断すればよい。
【0067】
また、上記実施形態では、都市高速道路の高架橋の鋼製床版1に生じたき裂7を診断する場合について説明したが、本発明は、他の構造物の部材に生じたき裂に対しても適用可能である。
【符号の説明】
【0068】
1 鋼製床版
4 トラフ
7 き裂
8 K値センサ
20 押圧治具
33 固定ユニット
34 装着プレート
40 き裂診断端末
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図8
図9