(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第一工程が、前記第一押圧体を前記チタン素材の表面に押込み、その後、前記第一押圧面の押込み位置が前記(2)式を満たすように、前記第一押圧体を移動させて押込む動作を繰り返す、
請求項1に記載の加工チタン材の製造方法。
前記第二工程が、前記第二押圧体を前記チタン素材の表面に押込み、その後、前記第二押圧面の押込み位置が前記(4)式を満たすように、前記第二押圧体を移動させて押込む動作を繰り返す、
請求項3に記載の加工チタン材の製造方法。
800℃で4時間の熱処理を施した場合に、前記加工チタン材の厚み方向において、前記溝の溝底から深さ3.0mmまでの範囲に、円相当平均粒径が1.00mm以下の結晶粒が形成され、前記結晶粒の円相当粒径の対数変換値についての標準偏差が1.00以下となる、
請求項8に記載の加工チタン材。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態について図面を用いて以下に説明する。
本発明者らは、熱間圧延による表面欠陥を低減する観点から、結晶粒が数十mmにもおよぶインゴットの粗大な凝固組織を、さらにはブレークダウン後にも残存している当該凝固組織の影響を、無害化する方法とそれを適応した加工チタン材について、鋭意研究を重ねた結果、以下の知見を得、本発明に至った。
【0015】
粗大な凝固組織を細粒化するため、或いは凝固組織の影響が残存している部位を解消するためには、表面に溝(凹み)を設けて歪みを付与した後、熱間圧延時の加熱など所定の熱処理によって、再結晶させる方法が考えられる。
【0016】
本発明では、チタン素材の表面に、複数の第一溝が形成されるように、押圧体をチタン素材の表面に押込む、工程を備える。これによって、チタン素材表面に複数の溝を設けてひずみを付与する。この方法によって得られた加工チタン材は、熱間圧延時の表面欠陥が顕著に抑制できる。また、本発明では押圧体の押圧面を実際に押し込み、物理的に塑性変形させて溝を形成することで、結晶方位によらず、安定して歪みを導入することができる。また、押圧体の押込み工程を複数回行い、かつ各工程によって形成される溝が延びる方向が重ならないようにすることで、溝およびその周辺に効率的かつ十分な歪を導入することができ、その後の熱間圧延の際の加熱によって表層に微細な再結晶を形成させることで、表面疵の発生を抑制できる。
【0017】
以下、本実施形態の加工チタン材及びその製造方法について説明する。
本実施形態の加工チタン材は、表面に複数の溝が形成されており、加工チタン材の厚み方向において、溝の底部から3mmの位置のビッカース硬さと、厚みの1/2の位置のビッカース硬さとの差ΔHVが、20以上である。差ΔHVが、20以上の加工チタン材は、800℃で4時間の熱処理を施した場合に、少なくとも溝の底部から深さ3.0mmまでの範囲に円相当平均粒径が1.00mm以下の結晶粒が形成され、結晶粒の円相当粒径の対数変換値についての標準偏差が1.00以下になるものである。つまり、本実施形態の加工チタン材は、熱間圧延の際の加熱によって表層の組織を微細化できるので、熱間加工時の表面疵の発生を抑制できる。このため、熱間圧延用チタン材に適している。
【0018】
本実施形態の加工チタン材は、溝が延びる方向に直交する断面における溝の内面と加工チタン材表面との成す角度が50°以下であることが好ましい。本実施形態の加工チタン材の製造方法において用いられるチタン素材は、工業用純チタンまたはチタン合金からなることが好ましい。本実施形態の加工チタン材の製造方法において用いられるチタン素材は、インゴット、スラブ、ブルームまたはビレットが例示される。
【0019】
図1に、本実施形態の加工チタン材の例を示す。本実施形態の加工チタン材は、
図1(a)に示すようにスラブ1であってもよく、
図1(b)に示すようにブルーム2であってもよく、
図1(c)に示すように長手方向と垂直な断面が矩形であるビレット3であってもよい。また、前記断面が丸形であるビレットであってもよい。また、
図1(a)のスラブ1、
図1(b)のブルーム2および
図1(c)ビレット3それぞれの表面1a、2a、3aに、直線状の複数の溝1b、2b、3bが形成されている。なお、当該溝1b、2b、3bの延在する方向は、図中では、スラブ1、ブルーム2、ビレット3それぞれの長手方向としているが、これに限定されるわけではなく、例えば、スラブ1、ブルーム2、ビレット3それぞれの幅方向であってもよく、またスラブ1、ブルーム2、ビレット3それぞれの幅方向から所定の傾きを持った方向に延在するよう形成されていてもよい。以下の説明では、スラブ1、ブルーム2、ビレット3それぞれの長手方向に沿って溝1b、2b、3bが形成されている例を用いて説明することとする。
【0020】
本実施形態の加工チタン材は、溝底から3mm深さ位置(
図3における符号Sの線の位置)のビッカース硬さと、厚みの1/2深さ位置(
図3における符号Mの線の位置)のビッカース硬さとの差ΔHVが、20以上である。なお、
図3は、加工チタン材の溝が延びる方向に直交する断面を示す模式図である。
【0021】
なお、厚みの1/2深さ位置は、
図1(a)または
図1(b)に示すスラブまたはブルームでは、それぞれスラブ厚tまたはブルーム厚tの1/2t厚の位置である。また、
図1(c)に示すアスペクト比1程度の矩形断面のビレットでは、ビレット断面の重心位置になる。
【0022】
熱間圧延時の表面疵を抑制するには、加工チタン材の結晶組織を微細化する必要がある。もちろん、加工チタン材全体の結晶組織を微細化しても表面疵の抑制は可能であるが、そのためには、素材全体に多量のひずみを付与する必要がある。また、必要に応じて熱間圧延前に幅方向に圧延する場合があるところ、鋳造ままのチタン素材に対する幅方向の圧下量が大きくなると、粗大鋳造組織に起因した皺が発生し、熱間圧延後に表面疵が発生する場合がある。
【0023】
このように、鋳造組織起因だけでなく、幅方向の圧延を大きくした際の皺に由来する表面疵を安定的に抑制するためには、少なくとも表層を再結晶組織にする必要がある。ここでいう表層とは、加工チタン材の溝底から深さ3mmの位置までの間の領域である。熱間圧延の加熱時に表層を再結晶組織にするためには、溝底1b
1、2b
1、3b
1から少なくとも3mm深さの位置(
図3の符号Sの線の位置)までの領域にひずみが付与されている必要がある。種々解析の結果、溝底1b
1、2b
1、3b
1から深さ3mm位置までにおける相当ひずみが0.2以上であれば、熱間圧延の加熱時に再結晶が生じ、表層に微細組織ができることが本発明者らによって明らかにされている。この相当ひずみはビッカース硬さと関係があり、溝底1b
1、2b
1、3b
1から深さ3mm位置におけるビッカース硬さが、加工チタン材の1/2厚の位置におけるビッカース硬さに対して20以上大きければ、この相当ひずみ0.2以上を達成できることが判明している。加工チタン材の1/2厚の位置におけるビッカース硬さは、鋳造ままの硬さとほぼ同じであることから、ΔHVは、表層に0.2以上の相当ひずみが導入された場合の表層の硬度の上昇量に相当する。加工チタン材におけるΔHVが20以上であれば、表層に十分なひずみが導入されたものとなり、その後の加熱(熱間圧延の加熱)により、微細で粒径が揃った再結晶を形成できるようになる。このようにして得られた再結晶層の厚さは、3mm以上となり、熱間圧延時の表面疵を抑制することができる。再結晶層の厚さは3mm以上であれば十分であり、上限は特に定めないが、この厚さを大きくするためには、ひずみ導入のためのプレス荷重を大きくする必要がある。よって、プレス機の耐荷重の制約の観点から、再結晶層の厚さの実質的な上限は25mmである。
【0024】
ビッカース硬さの測定方法は、加工チタン材の溝を形成した表面を含むように切断した断面(溝が延びる方向に直交する断面)を鏡面研磨し、ビッカース硬さ試験機を用いて測定する。溝底から深さ3mm位置と、加工チタン材の1/2厚の位置とにおいて、荷重1kgで7点測定し、最大と最小硬さを除いた5点の平均を求める。そして、溝底から3mmの位置と、1/2厚の位置との硬度差(ΔHV)を求める。
【0025】
また、本実施形態の加工チタン材は、
図1(a)のスラブ1、
図1(b)のブルーム2及び
図1(c)ビレット3ともに、その長手方向に沿うように直線状の複数の溝1b、2b、3bが配列されている。溝が延びる方向に直交する断面における溝1b、2b、3bの内面と表面1a、2a、3aとの成す角度(θ)が50°以下であることが好ましい。
【0026】
上述したようにチタン素材表層にひずみを付与したとしても、過度に大きな(溝内面の角度が急峻な)溝を生じると、溝形状に起因して熱延時に表面疵が発生するおそれがある。そのため、
図2に示すように、溝1b、2b、3b溝が延びる方向に直交する断面における溝1b、2b、3bの内面と表面1a、2a、3aとの成す角度θを50°以下とすることが好ましい。これにより、溝の内側面の角度が急峻にならず、溝形状に起因した表面疵を防止することができる。より好ましくは、角度θは45°以下である。なお、角度θが小さいほど、特に溝形状に起因した表面疵は発生し難くなる。したがって、角度θの下限は特に指定しない。しかしながら、素材表層に十分にひずみを付与した上で、角度θを小さくしすぎると、それはすなわち押込み工程の回数を重ねて処理することを意味し、製造効率が著しく低下する。したがって、角度θは10°以上であることが好ましい。さらに好ましくは20°以上である。
【0027】
本実施形態の加工チタン材は、熱間圧延を模擬した例えば温度800℃で加熱時間4時間の熱処理を行った場合に、少なくとも溝の底部から深さ3.0mmまでの範囲に、円相当平均粒径が1.00mm以下の結晶粒組織が形成されるものであることが好ましい。また結晶粒の円相当粒径の対数変換値についての標準偏差σは1.00以下になることが好ましい。熱間圧延を模擬した熱処理によって形成される結晶粒は、比較的粒径の大きさが揃ったものとなる。
【0028】
熱間圧延用チタン材を熱間圧延する際に発生し得る表面疵は、結晶粒が大きいほど生じ易い。例えば、細粒部と粗粒部が混在する混粒組織の場合、粒径が大きな結晶粒が起点となって熱延疵が発生し易くなる。従って、熱間圧延を模擬した加熱を行った場合に、粒径が比較的小さく、かつ、粒径のばらつきが少ない多結晶粒組織が形成されるとよい。従って本実施形態の加工チタン材は、800℃で4時間の加熱によって、円相当粒径の対数変換値についての標準偏差σが1.00以下になる結晶粒組織が形成されるものがよい。金属材料の結晶粒径は対数正規分布に近い分布となるところ、対数正規分布の分布幅が狭いほど、結晶粒径が均一であり熱延時の表面疵が発生し難くなる。すなわち、結晶粒がある程度微細であり、かつ、対数正規分布の標準偏差がある一定値以下の範囲にあれば、均一組織となり、表面疵が発生し難くなる。
【0029】
各結晶粒の円相当粒径Dを自然対数LnDに変換した変換値の分布の標準偏差σが1.00以下であれば、円相当平均粒径が1.00mm以下である場合に、表面疵の発生が抑制されるようになる。標準偏差σはより好ましくは0.80以下である。結晶粒径の分布が狭いほど、すなわち、標準偏差σが小さいほど表面疵が発生し難いため、標準偏差の下限値は特に規定しない。
【0030】
平均結晶粒径については、平均粒径が10mm以上の鋳造組織よりも微細にすることが好ましい。本実施形態の加工チタン材は、800℃で加熱時間4時間の熱処理した後の溝底から深さ3.0mmまでの範囲の結晶粒の円相当平均粒径が、好ましくは1.00mm以下、より好ましくは0.80mm以下、さらに好ましくは0.70mm以下がよい。それ以上粗大であると上記の標準偏差σ内であっても熱延時の表面疵が発生する場合がある。円相当平均粒径は小さいほど表面疵が発生しないため、円相当平均粒径の下限値は特に規定しない。
【0031】
結晶粒径は熱延加熱時に粗大化する。調査した結果、800℃、4時間の熱処理後の結晶粒径が上記内にあれば、実機の熱延温度範囲でも表面疵を十分に低減できることが判明している。従って、結晶粒の円相当平均粒径及び標準偏差σの範囲は、表層にひずみを付与後、800℃、4時間の熱処理後のものとする。
【0032】
結晶粒径の測定方法は、加工チタン材のひずみを付与した表面を含むように切断した断面を化学研磨し、電子線後方散乱回折法;EBSD(Electron Back Scattering Diffraction Pattern)を用いて、5mm×5mmの領域をステップ5〜20μmで2〜10視野程度測定する。その後、結晶粒径についてはEBSDにより測定した結晶粒面積より円相当粒径(面積A=π×(粒径D/2)
2)を求め、結晶粒径分布より対数正規分布における標準偏差σを算出する。
【0033】
チタン素材は、熱間圧延に供されるチタン鋳片であり、例えば次の(A)または(B)のようなインゴット、スラブ、ブルーム、ビレットなどがチタン素材として例示できる。すなわち、チタン素材には、既に熱間圧延または冷間圧延により所定の厚み未満に圧延されたチタン板は除かれる。よって、直方体や立方体のチタン素材の場合、その厚みは例えば100mm以上であり、円柱状のチタン素材の場合、その直径は例えば90mm以上であるものを対象とする。また、チタン素材(B)は、チタンを溶解して鋳造させたことによって得られる凝固組織からなり、結晶粒径が10mm以上である粗大粒が存在する鋳造ままの組織を有している。
【0034】
(A)消耗電極式アーク溶解法(VAR : Vacuum arc remelting)や電子ビーム溶解法(EBR : Electron beam remelting)などにより、チタンを一旦溶融させてから凝固させて得たインゴットを、更に分塊や鍛造、圧延などの熱間加工によってブレークダウンして、スラブやビレットなどの形状に成形したチタン素材。
【0035】
(B)電子ビーム溶解法またはプラズマアーク溶解法により、チタンを一旦溶融させてから凝固させる際に、直接熱延可能な大きさの矩形状や円柱状のインゴットとし、上記(A)のブレークダウン工程を省略して得られたチタン素材。
【0036】
電子ビーム溶製方法は、照射する電子ビームが偏光によりビームを集中できるため、鋳型と溶融チタンの間の狭い領域でも、熱を供給しやすく、それ故に鋳肌を良好に制御することができる。また、鋳型の断面形状の自由度が高い。そのため、上記(B)のような、直接熱間圧延に供することが可能なサイズの矩形や円柱形のインゴットは、電子ビーム溶解炉を用いて溶製することが好ましい。
【0037】
チタン素材は、工業用純チタンもしくはチタン合金からなることが好ましい。
工業用純チタンは、JIS H4600規格の1種〜4種、およびそれに対応するASTM 265B規格のGrade1〜4、DIN 17850規格のGradeI(WL3.7025)、GradeII(WL3.7035)、GradeIII(WL3.7055)で規定される工業用純チタンを含むものとする。すなわち、本発明で対象とする工業用純チタンは、質量%で、C:0.1%以下、H:0.015%以下、O:0.4%以下、N:0.07%以下、Fe:0.5%以下、残部Tiからなる。以下、各元素の含有量についての「%」は「質量%」を意味する。
【0038】
一方、低合金やα型チタン合金は、必要とする用途において適切は合金を用いればよい。より好ましくは、実質的に合金成分が5%以下の低合金がよい。たとえば、Pd<0.15%や、Ru<0.10%、さらに希土類元素<0.02%を添加した高耐食性合金や、Cu、Al、Si、Sn、Nb、Feを合計で5%未満添加した耐熱合金などが例示できる。
より具体的には、低合金として、例えば高耐食性合金(ASTM Grade 7、11、16、26、13、30、33あるいはこれらに対応するJIS品種や更に種々の元素を少量含有させたもの)、Ti−0.5Cu、Ti−1.0Cu、Ti−1.0Cu−0.5Nb、Ti−1.0Cu−1.0Sn−0.3Si−0.25Nb、Ti−0.5Al−0.45Si、Ti−0.9Al−0.35Siなどがある。またα型チタン合金としては、例えば、Ti−5Al−2.5Sn、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo、Ti−6Al−2.75Sn−4Zr−0.4Mo−0.45Siなどがある。
【0039】
α+β型チタン合金としては、例えば、Ti−6Al−4V、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−6Al−7V、Ti−3Al−2.5V、Ti−3Al−5V、Ti−5Al−2Sn−2Zr−4Mo−4Cr、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−1Fe−0.35O、Ti−1.5Fe−0.5O、Ti−5Al−1Fe、Ti−5Al−1Fe−0.3Si、Ti−5Al−2Fe、Ti−5Al−2Fe−0.3Si、Ti−5Al−2Fe−3Mo、Ti−4.5Al−2Fe−2V−3Moなどがある。
【0040】
さらに、β型チタン合金としては、例えば、Ti−11.5Mo−6Zr−4.5Sn,Ti−8V−3Al−6Cr−4Mo−4Zr,Ti−10V−2Fe−3Mo,Ti−13V−11Cr−3Al,Ti−15V−3Al−3Cr−3Sn,Ti−6.8Mo−4.5Fe−1.5Al、Ti−20V−4Al−1Sn、Ti−22V−4Alなどがある。
【0041】
本発明に係るチタン合金は、例えば、O:0〜0.5%、N:0〜0.2%、C:0〜2.0%、Al:0〜8.0%、Sn:0〜10.0%、Zr:0〜20.0%、Mo:0〜25.0%、Ta:0〜5.0%、V:0〜30.0%、Nb:0〜40.0%、Si:0〜2.0%、Fe:0〜5.0%、Cr:0〜10.0%、Cu:0〜3.0%、Co:0〜3.0%、Ni:0〜2.0%、白金族元素:0〜0.5%、希土類元素:0〜0.5%、B:0〜5.0%、および、Mn:0〜10.0%から選択される1種以上を0%を超えて含有させることによって、加工チタン材の表面に目標とする機能を付与することができる。
【0042】
上記以外の元素でチタンに含有させることができる元素は、金属材料の一般常識として固溶強化、析出強化(固溶しない場合と析出物を形成させる場合がある)による強度向上などが期待できる元素である。これらの元素としては、原子番号で水素(1)からアスタチン(85)までの元素(但し、第18族元素である貴ガス元素を除く)が例示され、合計で5%程度まで許容される。
【0043】
上記以外の残部は、Tiおよび不純物である。不純物としては、目標特性を阻害しない範囲で含有することができ、その他の不純物は主に原料やスクラップから混入する不純物元素及び製造中に混入する元素があり、例としてC、N、O、Fe、H等が代表的な元素で、その他にMg、Cl等原料から混入する元素やSi、Al、S等製造中に混入する元素等がある。これらの元素は、2%程度以下であれば本願の目標特性を阻害しない範囲と考えられる。
【0044】
また、本発明に係るチタン合金は、例えば、O:0.01〜0.5%、N:0.01〜0.2%、C:0.01〜2.0%、Al:0.1〜8.0%、Sn:0.1〜10.0%、Zr:0.5〜20.0%、Mo:0.1〜25.0%、Ta:0.1〜5.0%、V:1.0〜30.0%、Nb:0.1〜40.0%、Si:0.1〜2.0%、Fe:0.01〜5.0%、Cr:0.1〜10.0%、Cu:0.3〜3.0%、Co:0.05〜3.0%、Ni:0.05〜2.0%、白金族元素:0.01〜0.5%、希土類元素:0.001〜0.5%、B:0.01〜5.0%、および、Mn:0.1〜10.0%、から選択される1種以上を含有してもよい。
【0045】
本発明に係るチタン合金は、O:0.02〜0.4%、N:0.01〜0.15%、C:0.01〜1.0%、Al:0.2〜6.0%、Sn:0.15〜5.0%、Zr:0.5〜10.0%、Mo:0.2〜20.0%、Ta:0.1〜3.0%、V:2.0〜25.0%、Nb:0.15〜5.0%、Si:0.1〜1.0%、Fe:0.05〜2.0%、Cr:0.2〜5.0%、Cu:0.3〜2.0%、Co:0.05〜2.0%、Ni:0.1〜1.0%、白金族元素:0.02〜0.4%、希土類元素:0.001〜0.3%、B:0.1〜5.0%、および、Mn:0.2〜8.0%、から選択される1種以上を含有するのがより好ましく、O:0.03〜0.3%、N:0.01〜0.1%、C:0.01〜0.5%、Al:0.4〜5.0%、Sn:0.2〜3.0%、Zr:0.5〜5.0%、Mo:0.5〜15.0%、Ta:0.2〜2.0%、V:5.0〜20.0%、Nb:0.2〜2.0%、Si:0.15〜0.8%、Fe:0.1〜1.0%、Cr:0.2〜3.0%、Cu:0.3〜1.5%、Co:0.1〜1.0%、Ni:0.1〜0.8%、白金族元素:0.03〜0.2%、希土類元素:0.001〜0.1%、B:0.2〜3.0%、および、Mn:0.2〜5.0%、から選択される1種以上を含有するのがさらに好ましい。
【0046】
ここで、白金族元素としては、具体的には、Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPtが挙げられ、これらのうち1種以上を含有させることができる。2種以上の白金族元素を含有させる場合、上記白金族元素の含有量は、白金族元素の総量を意味する。また、希土類元素(REM)としては、具体的にはSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLuが挙げられ、これらのうち1種以上を含有させることができる。2種以上の希土類元素を含有させる場合、例えば、ミッシュメタル(Mm)や、ジジム合金のような希土類元素の混合物や化合物を用いてもよい。また、2種以上の希土類元素を含有させる場合、上記希土類元素の含有量は、希土類元素の総量を意味する。
【0047】
次に、本実施形態の加工チタン材の製造方法を説明する。
本実施形態の製造方法では、チタン素材の表面に、複数の第一溝が形成されるように、押圧体をチタン素材の表面に押込む工程を備える。一般に、インゴット等に対して鍛造や大径ロールでひずみを付与しようとした場合、型と接触する部分ではメタルフローを生じず、いわゆるデットメタルと呼ばれる部位が発生する。このデットメタル部はひずみ量が少なくなるため、鍛造や大径ロールでひずみを付与すると、表層部ではなく、より内部にひずみが導入されてしまい、表層部の組織を細粒にすることはできない。一方、特許文献2などに記載されているような、突起物を用いた打撃の衝撃エネルギーでひずみを付与する場合では、表層にひずみを付与することができるため、表層の組織を細粒にすることができる。しかしながら、このような方法では、表面全体に安定してひずみを付与するには多大な時間を要する場合がある。さらに、高強度材では、衝撃エネルギーが内部にまで伝わらず、必要とする細粒組織の厚みを確保できない場合もある。
【0048】
そこで、本発明者らは、デットメタルの発生を防ぎ、かつ、効率的にチタン素材表層にひずみを均一に付与することで、粗粒部を発生させない方法について検討し、下記の方法で処理すれば表層に効率的にひずみが付与可能であることを見出した。
以下、本実施形態の加工チタン材の製造方法について詳述する。
【0049】
本実施形態の製造方法は、
図4に示すように、チタン素材10の表面に、複数の第一溝を形成する加工チタン材の製造方法であって、所定方向に延びる円弧状の第一押圧面51aを有する第一押圧体51を前記チタン素材10の表面に押込む工程(第一工程)を備える。本実施形態は、丸棒(第一押圧面51aが延びる方向に直交する断面の形状が円である棒体)を用いる例を示している。
第一押圧体51の押圧面51aは、第一押圧面51aが延びる方向に直交する断面において前記押圧面の曲率半径(mm)が2.5mm以上、17.5mm以下である。曲率半径が小さすぎると、深さ3mm位置での相当ひずみが小さくなる。また、処理時間が長くなる。このため、曲率半径は、2.5mm以上とする。好ましい下限は5.0mmである。一方、曲率半径が大きすぎると、デットメタル部が大きくなり、チタン素材表層に十分なひずみを付与することができず、深さ3mm位置での相当ひずみが小さくなる。このため、曲率半径は、17.5mm以下とする。好ましい上限は、15mmである。
【0050】
ここで、第一押圧体として用いることができる押圧体は、少なくともチタン素材10と接する部分に円弧状の押圧面を有するものであれば、その断面形状に制約はない。例えば、
図4(a)に示す、断面形状が円である丸棒状の押圧体51のほか、例えば、第一押圧体として、
図5(a)に示すように、下部(チタン素材10と接する部分)に所定方向に延びる円弧状の第一押圧面52aを備え、上部に立方体状(断面形状が矩形)の剛体を備える押圧体52を用いてもよい。このような形状の押圧体52は、特に、曲率半径が小さい棒体や長尺の棒体などの場合に有用である。つまり、上部にある矩形状の剛体を大きくすることにより断面係数を大きくして、棒体の剛性を高めることができるからである。また、第一押圧体としては、例えば、
図6(a)に示すように、下部に複数の押圧面53aを備える押圧体53でもよい。このような形状の押圧体53によれば、押圧荷重が大きくなるというデメリットはあるものの、チタン素材10の表面に同時に複数の溝を形成することができるので、生産効率を高めることができる。なお、プレス機の耐荷重を大きくすること、上部の矩形状の剛体をさらに大きくすることなどにより、
図7に示すように、下部にさらに多くの押圧面54aを備える、面状体の押圧体54を用いることが可能である。押圧体54を用いれば、押圧体を押し込む回数を少なくすることが可能となり、生産効率を向上させることができる。
【0051】
ここで、第一工程は、下記(1)式および(2)式を満たす必要がある。以下、主として、
図4に示す押圧体を用いる場合を例にとって説明する。
0.5≦X
1≦R
1×(1−cosθ
1)(1)
1.0≦Y
1≦(-0.16R
12+4.4R
1)×(0.25X
1+0.037)(2)
ただし、上記式において、
θ
1は、50°であり、
R
1は、前記第一断面における前記第一押圧面の曲率半径(mm)であり、
X
1は、前記チタン素材への前記第一押圧面の押込み量(mm)であり、
Y
1は、前記第一押圧面が延びる方向および前記第一押圧体の押込み方向の両方に直交する方向における前記第一押圧面の隣り合う押込み位置間の距離(mm)である。
【0052】
チタン素材10への第一押圧面51aの押込み量X
1は、
図4(b)の符合Xで示される距離であり、チタン素材10の厚さ方向における、加工チタン材の表面と溝底との距離である。押込み量X
1が小さすぎると、表面に十分なひずみを付与することができず、また、処理時間が長くなる。このため、押込み量X
1は、0.5mm以上とする。好ましい下限は、1.0mmである。一方、押込み量X
1が大きすぎると、
図2において、溝1b、2b、3bの内面と表面1a、2a、3aとの成す角度θが大きくなりすぎて、被さり疵dなどの不具合を生じさせる。このため、押込み量X
1は、 R
1×(1−cosθ
1)以下とする。好ましい上限は、0.29×R
1である。
【0053】
インターバルY
1は、
図4(b)の符号Yで示される距離であり、第一押圧面51aが延びる方向および第一押圧体51の押込み方向の両方に直交する方向における第一押圧面51aの隣り合う押込み位置間の距離である。この点、製造された加工チタン材1の第一断面に平行な断面において、任意の第一溝の溝底と、前記任意の第一溝に隣り合う他の第一溝の溝底との距離と一致する。インターバルY
1が小さすぎると、処理時間が長くなるため、1.0mm以上とする。好ましい下限は、5.0mmである。一方、インターバルY
1が大きすぎると、表層に十分なひずみを付与することができなくなる。このため、インターバルY
1は、(-0.16R
12+4.4R
1)×(0.25X
1+0.037) 以下とする。
【0054】
チタン素材がスラブ1やブルーム2である場合は、
図1に示したようにチタン素材のうち最も面積が大きな面1a、2aが被圧延面になるので、その面に押圧体51を押込み、溝を形成すればよい。チタン素材がビレットの場合は、その長手方向に延びる全面が被圧延面になり得る。そのため、例えば、
図3に示す断面が矩形のビレット3の場合は、その全面に溝を形成し、全表面にひずみを導入することが望ましい。
【0055】
以下、押圧体として丸棒を用いた処理方法について具体的に説明する。なお、以下の説明では、第一押圧体または更に第二押圧体として丸棒を用いて、
図1(a)のスラブ1を製造する方法について例に挙げ説明する。
図8は、本実施形態の加工チタン材の製造方法のうち、1回目の押込み工程(第一工程)を説明する図であって、(a)は平面模式図であり、(b)は側面模式図である。また
図9は、他の実施形態の加工チタン材の製造方法のうち、2回目の押込み工程(第二工程)を説明する図であって、(a)は平面模式図であり、(b)は側面模式図である。なお、第二工程は、必須の工程ではない。
【0056】
丸棒を押込み、素材表面に溝状の圧痕を形成する方法としては、まず、
図8のようにスラブ1上に押圧体(丸棒)5を配置し、力Fにて丸棒5をスラブ1の表面から厚み方向に向かって押込み、除荷した後、丸棒5を一定方向(
図8ではスラブ1の長手方向)に移動させ、同じように力Fにて丸棒5をスラブ1の表面から厚み方向に向かって押込み、除荷する工程(第一工程)を繰り返して、スラブ1の表面1aに溝状の複数の圧痕1cを形成する。なお、本明細書では、このような作業を「移動させながら押し込む」ということがある。このような作業を行うことにより、チタン素材表面に所望のひずみを与えることができる。押込み回数には、制約はない。例えば、
図4〜
図6に示される押圧体51、52、53を用いて、押込み、除荷、移動、押込みの工程を繰り返し行うことも可能である。また、
図8に示す例では、丸棒5を一定の方向に移動することを示しているが、このような形態に限定されることなく、丸棒5を一定の方向に移動し、押し込んだ後、逆方向に移動して押し込むなど、結果として、チタン素材10の表面に複数の溝が並んで形成されておれば、移動方向に制約はない。ただし、丸棒5を一定の方向に移動する場合には生産効率が良い。さらに、
図7に示されるように、下部にさらに多くの押圧面54aを備える、面状の押圧体54を用いることが可能である。このような面状の押圧体54を用いれば、押圧体を押し込む回数を少なくする(たとえば、1回とする)ことが可能となり、生産効率を向上させることができる。
【0057】
第一工程を表面1a全面に施した後には、引き続き、
図9に示すように1回目に形成された溝上から再び丸棒5を力Fにてスラブ1の表面から厚み方向に向かって押込み、除荷した後、丸棒5を一定方向(
図9ではスラブ1の幅方向)に移動させ、同じように力Fにて押込み、除荷する工程(第二工程)を繰り返して、複数の溝1bを形成させてもよい。本実施形態では押込み工程の回数を2回とした場合を説明しているが、例えば3回、4回と繰り返し行ってもよく、素材自体が割れない範囲で押込み工程を複数回行ってもよい。押込み回数が多いほど、相当ひずみは高くなり組織をより微細化することができるので好ましい。
【0058】
第二押圧体は、チタン素材10の表面に接する部分に円弧状の押圧面を有し、軸方向に直交する第二断面において前記押圧面の曲率半径(mm)が2.5mm以上、17.5mm以下である。その理由は、第一押圧体に曲率半径を制限した理由と同様である。また、第二押圧体として用いることができる押圧体は、少なくともチタン素材10と接する部分に円弧状の押圧面を有するものであれば、その断面形状に制約はない。この点、第一押圧体と同様である。
【0059】
ここで、第二工程は、下記(3)式および(4)式を満たす必要がある。以下、主として、
図4に示す押圧体を用いる場合を例にとって説明する。
0.5≦X
2≦R
2×(1−cosθ
2) (3)
1.0≦Y
2≦50.0 (4)
ただし、上記式において、
θ
2は、50°であり、
R
2は、前記第二断面における前記第二押圧面の曲率半径(mm)であり、
X
2は、前記チタン素材への前記第二押圧面の押込み量(mm)であり、
Y
2は、前記第二押圧面が延びる方向および前記第二押圧体の押込み方向の両方に直交する方向における前記第二押圧面の隣り合う押込み位置間の距離(mm)である。
【0060】
チタン素材10への第二押圧面51aの押込み量X
2は、第一押圧体の押込み量X
1と同様に、
図4(b)の符合Xで示される距離であり、加工チタン材1の厚さ方向における、加工チタン材の表面と溝底との距離である。押込み量X
2は、第一押圧体の押込み量X
1と同様の理由から、押込み量X
1は、0.5mm以上とするのがよく、好ましい下限は、1.0mmである。一方、押込み量X
2は、第一押圧体の押込み量X
1と同様の理由から、 R
2×(1−cosθ
2)以下とする。好ましい上限は、0.29×R
1である。
【0061】
インターバルY
2は、
図4(b)の符号Yで示される距離であり、第一押圧体のインターバルY
1と同様に、第二押圧面51aが延びる方向および第二押圧体51の押込み方向の両方に直交する方向における第二押圧面51aの隣り合う押込み位置間の距離である。この点、製造された加工チタン材1の第二断面に平行な断面において、任意の第二溝の溝底と、前記任意の第二溝に隣り合う他の第二溝の溝底との距離と一致する。インターバルY
2は、第一押圧体のインターバルY
1と同様の理由から、1.0mm以上とするのがよく、好ましい下限は、5.0mmである。第二工程は、既に第一工程が施された表面に施されるため、第一工程のインターバルY
1よりも広い範囲としても支障がない。しかし、表層に十分なひずみを付与するためには、インターバルY
2は、50.0mm以下とするのがよい。インターバルY
2は、第一押圧体のインターバルY
1と同様に、(-0.16R
12+4.4R
1)×(0.25X
1+0.037)以下とするのが好ましい。
【0062】
ここで、第二工程において、第一工程によって形成した溝(第一溝)が延びる方向と同じ方向に延びる複数の溝(第二溝)を形成した場合、ひずみ量、特に表層近傍のひずみ量が非常に小さくなり、熱延加熱時に微細組織を形成することができないおそれがある。そのため、第一工程に引き続き、第二工程を実施する場合には、第一溝が延びる方向とは異なる方向に延びる複数の第二溝が形成されるように、押込み工程を行うのがよい。すなわち、
図8に示す第一工程では、溝状の圧痕(溝)1cがスラブ1幅方向に延在して形成されるよう丸棒(第一押圧体)5をスラブ1長手方向に移動させながら押し込んでいるが、
図9に示す第二工程では、これとは直交するように丸棒(第二押圧体)5をスラブ1幅方向に移動させながら、スラブ1長手方向に溝1bが延在して形成されるように押し込む。このような手法で溝1bを形成することで、表層にひずみ(相当ひずみ)を安定して付与することができる。さらに、異なる方向からひずみが付与されることで熱延加熱時に集合組織が発達せずに、表面疵の発生を抑制することができる。なお、第一溝が延びる方向と複数の第二溝が延びる方向とが構成する角度は、
図9に示すように、90°でもよいが、0°を超えておれば特に制約はない。ただし、表層に十分なひずみを安定して付与するためには、この角度を30°〜90°の範囲とすることが好ましい。
【0063】
以上、主として、直線状に延びる押圧面を用いて溝を形成する方法について説明したが、表層にひずみ(相当ひずみ)を安定して付与することができるのであれば、このような形態に限定されない。すなわち、例えば、
図10に示すように、押圧面が途中で折れ曲がった押圧体を用いて、チタン素材10に表面溝10bを形成することも可能である。この場合において、押圧面が延びる方向に直交する断面(
図10中の矢視で示す断面)を観察し、観察断面において、第一溝が上記の(1)式および(2)式を満たしている場合、第二工程をも実施する場合には、第二溝が上記の(3)式および(4)式を満たしている場合には、本発明の作用効果が得られる。また、第一工程または第二工程により形成する複数の溝は、並んでいることが好ましいが、平行である必要はない。特に、平行ではない部分があってもよい。この場合でも、加工チタン材の任意の観察断面(押圧面が延びる方向に直交する断面)において、観察した部分の第一溝が上記の(1)式および(2)式を満たしているか、第二工程をも実施する場合には、観察した部分の第二溝が上記の(3)式および(4)式を満たしている場合には、本発明の作用効果が得られる。さらに、押圧面がX字状に交差しているような押圧体を用いてもよい。いずれの場合も、上記の第一溝および第二溝は、加工チタン材の全面に形成されていなくてもよい。
【0064】
図11に、後述する実施例におけるNo.2(押込み1回、大径丸棒)、No.18(押込み1回、小径丸棒)およびNo.16(押込み2回)の再結晶層の結晶粒径の対数正規分布を示す。
図11の横軸は結晶粒径(自然対数ln)、縦軸は発生確率(%)を示す。
図11からも明らかなように、押込み工程が1回の場合には、押圧体として大径丸棒(曲率半径:30mm)を用いると、対数正規分布の分布幅が広く(標準偏差σが大きく)、結晶粒径が不均一であることが分かる。一方、押込み工程が1回の場合でも、押圧体として小径丸棒(曲率半径:5mm)を用いると、対数正規分布の分布幅が狭く(標準偏差σが小さく)なり、結晶粒径が均一になることが分かる。さらに、押込み工程を2回行った場合、対数正規分布の分布幅がさらに狭く(標準偏差σが小さく)なり、結晶粒径がより均一となっていることが分かる。すなわち、曲率半径が小さい押圧面を備える押圧体で押し込み工程を行うこと、さらには、押込み工程を2回以上行うことで、表層近傍のひずみ量が非常に小さくなり、表層組織の微細化および均一化を図ることができ、結果、表面疵の発生を十分に低減することが可能となる。
【0065】
押込み工程は、チタン素材を加熱せずに冷間で行ってもよく、チタン素材を500℃以下の温度域に加熱した後に行ってもよい。上記の加熱温度は、化学組成によっては650℃まで許容できる。
【0066】
本実施形態では、加工チタン材の被圧延面になる表面に、冷間〜温間でひずみを付与することとしている。熱間圧延時に発生する表面疵を低減するためには、ある程度の深さまでの再結晶組織を形成させる必要がある。特に高硬度のチタン素材では、ひずみがチタン素材の内部まで入り難く、表層の深い位置までひずみを付与するためには大きな荷重で溝形成の加工を付与する必要がある。しかしながら、ひずみが付与されたことにより表層近傍の延性が低下し、表面で割れが発生することが新たに明らかとなった。そのため、安定的に深い位置までひずみを付与すると共に、表層の延性を向上させるためには、ある程度温度を高くしてチタン素材自体の強度を低くすることも効果的である。一方で、強度が低いチタン素材では、表層にひずみを集中させた方が表層の組織を微細にすることできるため室温でひずみを付与した方がよい。
【0067】
一方、500℃超の高温で押込み工程を行うと、加工によって付与したひずみが即座に消失してしまい、その後の加熱時に再結晶させることができなくなる場合がある。また、500℃超ではチタン素材の表面に酸化被膜が形成される場合があり、その酸化被膜が加工時に押し込まれて表面欠陥が発生し、その後の熱間圧延時に表面疵に進展する恐れがある。このため、化学組成によっては650℃まで許容できるが、500℃を上限とすることが好ましい。
【0068】
また、チタン素材の強度及び延性は、合金種類によって高くなる温度域が異なるため、より高い温度で行えばよいというわけではない。例えば、工業用純チタンなどでは、室温近傍ではチタンの変形機構の重要な1つである双晶変形が活発に活動するが、400〜500℃程度の温度ではこの双晶変形が発生しなくなるため、室温よりも延性が低下し、かえって割れが発生し易くなる。一方、Alを多く含む合金系ではこの双晶変形が室温近傍でも殆ど発生しないため、500℃以下に加熱にすることで延性を担保することが出来る。また、チタン素材を高温にし、極端に材料強度を弱くすると塑性変形させた際に表面の溝形状の起伏(溝の深さ)が大きくなり過ぎ、その起伏に起因して表面疵が発生してしまうおそれがある。従って、圧延後に表面に割れを発生させず、かつ、適切な再結晶組織や表面状態が得られるような温度範囲を選択すればよい。押込み工程におけるチタン素材の表面温度の下限は、0℃とすることが好ましい。
【0069】
以上説明したように、本実施形態の製造方法では、丸棒をチタン素材表面に実際に押し込み、物理的に塑性変形させて溝を形成する。その結果、結晶方位によらず、安定して素材表層に歪みを導入することができるため、素材表層部において、微細な結晶粒を均一に分散させることができる。その上、所定の条件で、丸棒の押込み工程を複数回行えば、溝の底部に効率的かつ十分な歪を導入することができ、その後の熱間圧延の際の加熱によって表層に微細な再結晶を形成させることで、表面疵の発生を抑制できる。
【0070】
本発明を適用した加工チタン材によって、熱間圧延後の表面欠陥は顕著に抑制される。直方体形状や円柱形のインゴット(鋳造ままの凝固組織)に本発明を適用することによって、分塊圧延などのブレークダウン工程を経ずとも、板や帯状コイルまたは棒線へ熱間圧延した際に、表面欠陥が問題ないレベルまで抑制できるという効果を奏でる。
このように、本実施形態に従って製造された加工チタン材は、熱間圧延に好適に供されるのみならず、熱間圧延されて製造された熱延材は、表面欠陥が顕著に抑制されており、その後、冷間圧延を施しても健全な製品を製造できるという効果を奏するものである。
【0071】
以上説明したように、本実施形態によれば、インゴットのブレークダウン工程を省略した鋳造ままのチタン素材であっても、熱延時に発生する表面疵を軽微にすることができ、優れた熱延、冷延製品を提供することができる。
【0072】
また、本実施形態を、ブレークダウン工程を経たチタン素材に適用すると、熱間圧延時に生じる表面欠陥が極めて軽微なものとなる。その結果、熱間圧延した板や棒線の脱スケール工程や最終製品の歩留を、より高めることが可能になる。
【実施例】
【0073】
以下、本発明を実施例によってより詳細に説明する。
<実施例1>
表1に示す化学組成を有し、1050mm幅×250mm厚×6000mm長のスラブ(チタン素材)を、電子ビーム溶解法(EBR)またはプラズマアーク溶解法(PAM)により鋳造した。鋳造されたチタン素材に対して、表2に示す押込み工程を実施した。No.6,9,13および16に示す例では、
図5に示す押圧体を用い、その他の例では、いずれも丸棒の押圧体を用いた。第一工程〜第四工程の各工程おいては、押圧体をチタン素材の表面に押込み、除荷し、その後、押圧体を移動させて、その位置でチタン素材の表面に押込む動作を繰り返して、チタン素材の表面に複数の溝を形成した。
表2において、「押圧面の曲率半径」は、押圧体の押圧面の曲率半径(mm)を、「押込み量」は、チタン素材への押圧面の押込み量(mm)を、「インターバル」は、押圧体の押圧面が延びる方向および押圧体の押込み方向の両方に直交する方向における押圧面の隣り合う押込み位置間の距離(mm)を、「方向」は、第一工程によって形成された溝が延びる方向と、各工程によって形成された溝が延びる方向とが構成する角度をそれぞれ意味する。
【0074】
【表1】
【0075】
【表2】
【0076】
次に、上記のように塑性変形を施し、溝を形成した加工チタン材の溝角度を測定した。加工チタン材のビッカース硬さについて以下の手順で測定し、硬度差ΔHVを求めた。
まず、加工チタン材の溝を形成した表面を含むように切断した断面を鏡面研磨し、溝底から深さ3mm位置と、加工チタン材の1/2厚の位置とにおいて、ビッカース硬さ試験機を用い、荷重1kgで7点測定し、最大と最小硬さを除いた5点の平均を求めた。そして、溝底から3mmの位置と、1/2厚位置部との硬度差(ΔHV)を求めた。
【0077】
次に、800℃、4時間加熱後の、溝の底部から深さ3mmまでの範囲(表層)の再結晶組織(再結晶層)の平均円相当径及び標準偏差については、以下の手順で測定した。
まず、熱間圧延前の加工チタン材を、Ar雰囲気中で800℃の到達温度で4時間加熱する条件で熱処理を行った。次に、熱処理後の加工チタン材のうち、溝を形成した表面を含むように切断した断面を化学研磨し、電子線後方散乱回折法;EBSD(Electron Back Scattering Diffraction Pattern)を用いて、5mm×5mmの領域をステップ5〜20μmで2〜10視野程度測定した。その後、結晶粒径についてEBSDにより測定した結晶粒面積Aより円相当粒径(面積A=π×(粒径D/2)
2)を求め、結晶粒径分布より対数正規分布における標準偏差σを算出した。
【0078】
また、表中の「再結晶層の厚み(mm)」については、以下のように測定した。
まず、上記熱処理後の加工チタン材のうち、溝を形成した表面を含むように切断した断面についてEBSDを用いて観察しながら、再結晶層の厚みを測定した。このとき、加工チタン材の1/2厚の位置の平均結晶粒径より細かい結晶粒径を有する加工チタン材表層付近の部位を「再結晶層」と定義し、その層の厚みを「再結晶層の厚み」と定義し測定した。
【0079】
次いで、上記塑性変形を施し、溝を形成した加工チタン材を820℃の炉に挿入後、約240分加熱し、連続熱間圧延ストリップミルにて5mm厚の熱延板を製造し、コイルに巻き取った。次に、熱延板にショットブラストを施し、更に、硝フッ酸からなる連続酸洗ラインを通板させて、片面あたり約50μmを溶削した。その後、両方の被圧延面を目視観察し、表面疵の発生状況を評価した。
結果を表3に示す。表3において、「溝角度」は、溝が延びる方向に直交する断面において、溝の内面と加工チタン材の表面とがなす角度(°)を、[硬度差」は、溝の底部から3mmの位置のビッカース硬さと、厚みの1/2の位置のビッカース硬さとの差(ΔHv)をそれぞれ意味する。
【0080】
表面疵の評価は、連続酸洗ライン通過後の熱延板の被圧延面において、10mm以上の表面疵の数が1m
2当たり0.3個を超える場合を不合格(評価D)とし、0.3個以下を合格(評価A〜C)とした。表面疵数が1m
2当たり0.05個以下の場合を評価Aとし、0.05個超0.2個以下を評価Bとし、0.2個超0.3個以下を評価Cとした。
【0081】
【表3】
【0082】
表1〜3に示すように、No.1は、押圧面の曲率半径が1.5mmと小さすぎたため、溝の内面と加工チタン材の表面とがなす溝角度が急峻になってしまい、熱間圧延および酸洗後の熱延板の表面に粗大な表面疵が多発した。
No.2は、押圧面の曲率半径が30mmと大きかったため、十分な硬度差が得られなかった。その結果、再結晶層の結晶粒径が大きく、また、対数正規分布の分布幅が広く(標準偏差σが大きく)、結晶粒径が不均一であった(
図11も併せて参照)。そのため、表面疵が多発した。
No.3は、押圧面の曲率半径および押込量は適切であったが、インターバルが大きすぎたため、再結晶層の結晶粒径が大きく、また、対数正規分布の分布幅が広く(標準偏差σが大きく)、結晶粒径が不均一であった。そのため、表面疵が多発した。
No.4は、押圧面の曲率半径およびインターバルは適切であったが、押込量が小さすぎて、十分な硬度差が得られなかった。その結果、再結晶層の結晶粒径が大きく、また、対数正規分布の分布幅が広く(標準偏差σが大きく)、結晶粒径が不均一であった。そのため、表面疵が多発した。
一方、No.5〜27は、少なくとも、第一工程における押圧面の曲率半径、押込量およびインターバルのいずれもが適切であり、加工チタン材の硬度差ΔHVが十分に大きく、また、再結晶層の結晶粒径を十分に小さく、かつ均一にすることができた。その結果、これらの例では、熱間圧延、酸洗後の熱延板の表面の表面性状が良好であった。
【0083】
<実施例2>
表4に示す化学組成を有し、1050mm幅×250mm厚×5500mm長のスラブ(チタン素材)を電子ビーム溶解法(EBR)により鋳造した。鋳造されたチタン素材に対して、表5に示す押込み工程を実施した。いずれの例でも丸棒の押圧体を用いた。第一工程および第二工程の各工程おいては、押圧体をチタン素材の表面に押込み、除荷し、その後、押圧体を移動させて、その位置でチタン素材の表面に押込む動作を繰り返して、チタン素材の表面に複数の溝を形成した。表5中の各用語の意味は、表2と同様である。
【0084】
【表4】
【0085】
【表5】
【0086】
硬度差ΔHV、結晶粒の円相当平均粒径、標準偏差、表面疵の評価は、<実施例1>の場合と同様に行った。その結果を表6に示す。
【0087】
【表6】
【0088】
No.28〜36は、少なくとも、第一工程における押圧面の曲率半径、押込量およびインターバルのいずれもが適切であり、加工チタン材の硬度差ΔHVが十分に大きく、また、再結晶層の結晶粒径を十分に小さく、かつ均一にすることができた。その結果、これらの例では、熱間圧延、酸洗後の熱延板の表面の表面性状が良好であった。
チタン素材1の表面に、所定方向に延びる円弧状の第一押圧面51aを有する第一押圧体51を押込む工程を備え、第一押圧面51aが延びる方向に直交する断面における第一押圧面51の曲率半径(mm)が2.5mm以上、17.5mm以下であり、下記(1)式および(2)式を満たす、加工チタン材の製造方法。得られた加工チタン材は、熱間圧延時に表面疵が発生しにくい。