(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
α−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満、Mn及びNiより選択される元素のうち1種以上:合計で2.0質量%以上6.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼板板面における{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上200以下であり、
鋼板の板厚をtとしたときに当該鋼板の最表面から1/3tの間のいずれかの位置における、大角粒界と小角粒界の長さをそれぞれLH1、LL1としたときに、1.1LH1≦LL1であり、
前記鋼板の最表面から1/3tの間のいずれかの位置において、小角粒界の7割以上が傾角10°以下であり、
鋼板の板厚をtとしたときに当該鋼板の最表面から深さ2/5t以上1/2t以下の間のいずれかの位置における、大角粒界と小角粒界の長さをそれぞれLH2、LL2としたときに、LH2≧1.18LL2であることを特徴とする、電磁鋼板。
前記仕上圧延後の熱延板の板厚をtとしたときに当該熱延板の最表面から20μm以上1/4tの間のいずれかの位置における{110}<223>のX線ランダム強度比が3以上であり、{332}<243>が0.5以下であり、{112}<111>が2以上であり{223}<122>が1以下であり、仕上圧延後の熱延板の1/2t位置における{100}<011>のX線ランダム強度比が{311}<011>のX線ランダム強度比より小さいことを特徴とする、請求項2乃至9のいずれか一項に記載の電磁鋼板の製造方法。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化対策等のため、モータや発電機は高効率が求められている。そのため、モータや発電機等の磁心に使用される電磁鋼板には高磁束密度化と低鉄損化が求められており、特に高周波領域での低鉄損化が強く求められている。電磁鋼板の磁束密度を高めるためには、鉄の磁化容易軸方向である<100>方向を板面内に有する結晶粒をより多く含有すれば良い。
【0003】
特許文献1には、Si:2.0〜8.0mass%およびMn:0.005〜1.0mass%を含み、かつ、Alの含有量を200ppm以下、Cの含有量を50ppm以下、S、NおよびOの含有量を各々30ppm以下とし、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、平均結晶粒径が0.10〜1.0mmであり、{110}<011>方位からの方位差が15°以下の結晶粒の面積率が15%以上、かつ隣り合う結晶粒の方位差が15°以下の粒界の結晶粒界全体に占める割合が80%以下とする方向性電磁鋼板およびその製造方法が示されている。この技術では板面に{110}<011>方位を極めて強く集積させられるものの、{110}<011>方位には磁化容易軸方向である<100>方向が一方向しか含まれていないため、モータや発電機等の磁心のように回転するような部材には適しているとは言い難い。
【0004】
特許文献2にはSi:4%以下、Al:3%以下を含有する鋼板インゴットを、熱間圧延後、92%以上の圧延率で最終圧延し、次いで、脱炭焼鈍し、仕上焼鈍することにより板面に{100}<011>方位が集積し、圧延方向に対して45°方向の磁気特性に優れた電磁鋼板の製造方法が記載されている。板面に{100}<011>方位を集積させると、磁化容易軸方向である<100>方向が二方向含まれるため、モータ材料として使用する際に高トルクを得ることが出来る。しかしながら、特許文献2の手法は、脱炭焼鈍をα−Fe単相域で短時間で行っているために脱炭が不十分であり、鉄損は十分に低いとは言い難い。
【0005】
また、鉄損を低減するためには電磁鋼板の固有抵抗を増加させ、渦電流損を減少させることが有効である。特許文献3にはC:0.005%以下、Si:3.0〜4.0%、Mn:2.2〜8.0%、P:0.020%以下、S:0.005%以下、Al:0.10〜2.00%、N:0.005%以下で、かつSi(%)+Al(%)−0.5×Mn(%)≦2.0で、残部はFeおよび不可避的不純物からなる低鉄損無方向性電磁鋼板が記載されている。しかしながら、特許文献3の電磁鋼板は、高周波特性が必要な用途では十分ではなかった。
高周波領域で使用されるモータや発電機は高速で回転するために、電磁鋼板には優れた磁気特性だけでなく、高速回転に耐えうるだけの強度も必要になる。例えば特許文献4にはSi:2.0〜3.5%を含有する鋼に、MnやNiで固溶強化を図る方法が記載されている。しかしながら高周波領域で使用するには固溶強化だけでは十分ではなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の従来技術の現状に鑑みて、磁気特性と強度に優れた電磁鋼板、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは優れた磁気特性と強度を実現するために、SiやAlの添加量および高強度が得られる金属組織の構成について鋭意研究、検討を行った。その結果、{100}<011>を強く集積させ、鋼板表層と板厚中心部における大角粒界と小角粒界の割合を制御することで、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板が得られることを見出した。詳細にはα−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満を含有する鋼板を、熱延条件を制御して高ひずみ状態の熱延板にすることで{100}<011>が著しく高集積化し、高周波領域における鉄損が著しく低減される。
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨とするところは以下の通りである。
【0009】
即ち、本発明に係る電磁鋼板は、α−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満、Mn及びNiより選択される元素のうち1種以上:合計で2.0質量%以上6.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼板板面における{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上200以下
であり、
鋼板の板厚をtとしたときに当該鋼板の最表面から1/3tの間のいずれかの位置
における、大角粒界と小角粒界の長さをそれぞれLH1、LL1としたときに、1.1LH1≦LL1であり、
前記鋼板の最表面から1/3tの間のいずれかの位置において、小角粒界の7割以上が傾角10°以下であり、
鋼板の板厚をtとしたときに当該鋼板の最表面から深さ2/5t以上1/2t以下の間のいずれかの位置における、大角粒界と小角粒界の長さをそれぞれLH2、LL2としたときに、LH2≧1.18LL2であることを特徴とする。
【0015】
本発明に係る電磁鋼板の製造方法は、前記本発明に係る電磁鋼板の製造方法であって、
α−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満
、Mn及びNiより選択される元素のうち1種以上:合計で2.0質量%以上6.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるインゴットを熱延板とする熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷延鋼板とする冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を仕上焼鈍する工程を有し、
前記熱間圧延工程と、前記冷間圧延工程との間に板焼鈍工程を有しないことを特徴とする。
【0016】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記熱間圧延工程と、前記冷間圧延工程との間に、熱延板の冷却工程を有し、
前記熱間圧延工程における仕上圧延において、仕上げ温度が、熱延板のA3点超であり、
前記冷却工程が、A3点超の前記熱延板を、3sec以内に200℃/sec以上の冷却速度で250℃以下まで冷却することが、電磁鋼板の鉄損を低減する点から好ましい。
【0017】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記熱間圧延工程における仕上圧延において、仕上げ温度が、熱延板のA3点−50℃以下であることが、電磁鋼板の鉄損を低減する点から好ましい。
【0018】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記冷間圧延工程において、冷間圧下率を88%以上とすることが、電磁鋼板の{100}<011>成分が増加し、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板が得られる点から好ましい。
【0019】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記熱延板のビッカース硬度200HV以上であることが、電磁鋼板の{100}<011>をより集積させる点から好ましい。
【0020】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記熱延板の転位密度が2×10
15/m
2以上であることが、電磁鋼板の{100}<011>をより集積させる点から好ましい。
【0021】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記熱延板の平均結晶粒径が30μm以下であることが、電磁鋼板の{100}<011>をより集積させる点から好ましい。
【0022】
本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記熱延板の再結晶化率が90%以下であることが、電磁鋼板の{100}<011>をより集積させる点から好ましい。
【0023】
また、本発明の電磁鋼板の製造方法においては、前記仕上圧延後の熱延板の
板厚をtとしたときに当該熱延板の最表面から20μm以上1/4tの間のいずれかの位置における{110}<223>のX線ランダム強度比が3以上であり、{332}<243>が0.5以下であり、{112}<111>が2以上であり
、{223}<122>が1以下であり、仕上圧延後の熱延板の1/2t位置における{100}<011>のX線ランダム強度比が{311}<011>のX線ランダム強度比より小さいことが、高い磁束密度が得られる点から好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板、及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る電磁鋼板、及びその製造方法について、順に詳細に説明する。
なお、本発明において、元素含有量の「%」は、「質量%」を表すものとする。
また、本発明において、結晶方位および結晶面は一般的に鋼板内の結晶の方位や測定される結晶面および集合組織を表現する際に用いられる、鋼板表面に対するもので記述する。すなわち、結晶方位は鋼板表面に垂直な方位であり、結晶面は鋼板表面に平行な面である。また、Feのα相である体心立方の結晶構造に起因した、結晶面についてのX線測定における消滅則を適用した表現している。例えば、結晶方位については、{100}、{111}を用い、結晶面や集合組織については、{200}や{222}を用いているが、これらは同じ結晶粒に関する情報を表すものである。
また、本発明においてX線ランダム強度比とは、結晶方位の集積状況がランダムである試料のX線積分強度に対する比を意味する。
【0027】
[電磁鋼板]
本発明に係る電磁鋼板は、α−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼板板面における{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上200以下であることを特徴とする。
【0028】
本発明の電磁鋼板は、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板とすることができる。
【0029】
本発明の電磁鋼板の構成により、上記の効果を奏する作用、及び後述する製造方法によって本発明の電磁鋼板が製造される作用については、未解明な部分もあるが、以下のように推測される。
本発明の電磁鋼板は、α−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満を含有する鋼板を用いる。当該電磁鋼板は、熱間圧延工程の冷却において、加工オーステナイトからフェライト相へと変態させることで、ひずみが解放されることなく蓄積される。その結果、冷間圧延工程前の熱延板は、高ひずみ状態を維持しているものと推測される。また、Alを0.1質量%未満に制御すると、より高ひずみ状態の熱延板が得られることが明らかとなった。更に、本発明の製造方法においては、熱間圧延工程と、冷間圧延工程との間に焼鈍工程を有しないことにより、熱間圧延工程で生じた熱延板内のひずみが解放されることなく、冷間圧延工程を行うため、冷延集合組織であるα繊維状組織が強く発達し、特に{100}<011>成分が増加する。その後、冷延板を焼鈍した場合においても、{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上と強く集積する。その結果、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板が得られると推定される。
以下、本発明に係る電磁鋼板の各構成についてより詳細に説明する。
【0030】
(鋼板の組成)
本発明の電磁鋼板は、α−γ変態系のインゴットであって、更に、Si(ケイ素)を含有し、Al(アルミニウム)を含有してもよく、本発明の効果を損なわない範囲で、その他の元素を含有してもよい、残部がFe(鉄)及び不可避不純物からなる組成を有するインゴットが用いられる。このような組成のインゴットを用いることにより、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度な電磁鋼板が得られる。
【0031】
本発明において、α−γ変態系とは、A3点を有し、A3点未満ではα相が主相となり、A3点以上ではγ相が主相となる成分系をいう。A3点は、特に限定されないが、本発明の電磁鋼板の製造容易性の点から、600℃以上1000℃以下の範囲内に有することが好ましい。なお、A3点は、α相とγ相の熱膨張率の違いを利用して測定することができる。具体的には、対象とする鋼を加熱しながら熱膨張率を測定し、当該熱膨張率の変曲点をA3点とする。
α−γ変態系のインゴットとしては、例えば、純鉄の他、Mn(マンガン)、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)、Cu(銅)及びC(炭素)よりなる群から選択される1種以上の元素を含有するものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
上記の元素を含有するα−γ変態系のインゴットを用いることにより、粒界の移動速度が著しく遅くなるため、熱間圧延工程得られた熱延板は、冷却時に加工オーステナイトが維持されながら、ひずみが解放されることなくフェライト相へと変態し、その後、冷延板を焼鈍した場合においても、上記の元素によりにより加工組織中の転位の移動が阻害されるため、得られた電磁鋼板は、{100}<011>成分が強く集積するためである。
【0032】
α−γ変態系のインゴットにおける、Mn、Ni、Co、Cu及びCの含有割合は、特に限定されないが、例えば以下の様な含有割合とすることが好ましい。
Coを含有する場合、Coの含有割合は、1質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。Coを1質量%以上含有することにより、オーステナイトが安定化する一方、Coの含有割合が20質量%を超えると、鋼板がもろくなる場合があるからである。
Cuを含有する場合、Cuの含有割合は、0.5質量%以上4質量%以下とすることが好ましい。Cuを0.5質量%以上含有することにより、オーステナイトが安定化する一方、Cuの含有割合が4質量%を超えると、鋼板がもろくなる場合があるからである。
Cを含有する場合、Cの含有割合は、0.005質量%以上0.6質量%以下とすることが好ましい。Cを0.005質量%以上含有することにより、オーステナイトが安定化する一方、Cの含有割合が0.6質量%を超えると、A3点が高くなる場合があるからである。
また、Mn、又は、Niを含有する場合、オーステナイトが安定化する点から、Mn及びNiより選択される元素のうち1種以上を、合計で2.0質量%以上含有することが好ましく、2.5質量%以上含有することがより好ましい。また、飽和磁束密度の低減を抑制することができる点からは、Mn及びNiより選択される元素のうち1種以上の含有割合は、合計で6.0%以下であることが好ましく、5.0質量%以下であることがより好ましい。
本発明においては、これらの中でも、Mn及びNiより選択される元素のうち1種以上を、合計で2.0質量%以上6.0%以下含有するインゴットを用いることが好ましい。
【0033】
本発明の電磁鋼板において、Siの含有率は2.0質量%以上4.5質量%以下である。Siの含有率が2.0質量%以上であることにより、電磁鋼板に電気抵抗が付与されて、鉄損を低減することができる。また、Siの含有率が4.5質量%以下であることにより、冷間圧延時における鋼板の割れを防ぐことができる。
【0034】
本発明の電磁鋼板は、Alを0.1質量%未満の範囲で含有してもよい。Alの含有量を0.1質量%未満とすることにより、鋼板の再結晶温度の上昇を抑制することができるため、熱延工程時におけるひずみの解消が抑制される。このような点から、Alの含有量は、0.05質量%以下であることが好ましく、0.03質量%以下であることがより好ましい。一方、Alの含有量の下限は、0(ゼロ)であってもよく、0.0001質量%以上であることが好ましく、0.001質量%以上であることがより好ましい。
【0035】
(不可避不純物)
本発明の無方向性電磁鋼板は、本発明の効果を損なわない範囲で、不可避的に混入する各種元素(不可避不純物)を含むものであってもよい。このような元素としては、N、P、S等が挙げられる。
【0036】
電磁鋼板中の各元素の含有割合は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS法)により測定することができる。具体的には、まず、測定対象となる電磁鋼板を準備する。当該電磁鋼板の一部を切子状にして秤量し、これを測定用試料とする。当該測定用試料を酸に溶解し酸溶解液とし、残渣は濾紙回収して別途アルカリ等に融解し、融解物を酸で抽出して溶液化する。当該溶液と前記酸溶解液とを混合し、必要に応じて希釈することにより、ICP−MS測定用溶液とすることができる。
【0037】
({100}<011>のX線ランダム強度比)
本発明の電磁鋼板は、板面における{100}<011>のX線ランダム強度比を30以上200以下とすることで、圧延方向に対して45°方向に高い磁束密度を得ることができる。X線ランダム強度比が30以上であることにより、圧延方向に対して45°方向に十分に高い磁束密度を得ることができ、中でも50以上であることが好ましい。また、X線ランダム強度比が200超としても、磁束密度を高める効果は飽和するため、X線ランダム強度は200以下で十分である。
{100}<011>のα−Fe相のX線ランダム強度比はX線回折によって測定されるα−Fe相の{200}、{110}、{310}、{211}の極点図を基に級数展開法で計算した、3次元集合組織を表す結晶方位分布関数(Orientation Distribution Function;ODF)から求めることができる。
なお、ランダム強度比とは、特定の方位への集積を持たない標準試料と供試材のX線強度を同条件で測定し、得られた供試材のX線強度を標準試料のX線強度で除した数値である。測定は試料の最表面で行ってもよいし、任意の板厚位置で行ってもよい。その際、測定面は滑らかになるよう化学研磨等で仕上げる。
【0038】
また、本発明の電磁鋼板は、板面における{111}<112>のX線ランダム強度比を2以下とすることが好ましい。{111}面は磁化容易軸を含まないため、2以下であることにより、磁束密度の低下を抑制することができる。{111}<112>のX線ランダム強度比は上記と同様にODFから求めることができる。
【0039】
(表層の粒界)
本発明の電磁鋼板においては、表層における大角粒界と小角粒界の長さをそれぞれL
H1、L
L1としたときに、L
H1<L
L1であることが高い磁束密度が得られる点から好ましく、中でも、1.2L
H1<L
L1であることがより好ましい。
また、小角粒界L
L1のうち、70%以上が傾角10°以下であることが好ましい。傾角が10°以下である小角粒界が多く存在することにより高い磁束密度が得られる。より好ましくは80%以上である。
製品板の表層とは、板厚をtとしたときに金属板の最表面から1/3tの間の任意の位置とする。粒界の傾角および長さは、Fe系金属板をSEM−EBSDを用いて求めることができる。観察面積は十分な数の結晶粒が観察できるように500μm×500μm以上が好ましい。観察面積は同一試料において複数の視野を足し合わせても良い。
なお、本発明においては、隣接する結晶粒間の方位差が15°以上のものを大角粒界とし、隣接する結晶粒間の方位差が15未満のものを小角粒界とする。
【0040】
(板厚中心部の粒界)
本発明の電磁鋼板においては、板厚中心部における大角粒界と小角粒界の長さをそれぞれL
H2、L
L2とすると、L
H2>L
L2であることが好ましい。L
H2>L
L2であると歪み取り焼鈍後でも十分な強度が得られる。より好ましくはL
H2>1.5L
L2である。
製品板の板厚中心部とは、板厚をtとすると金属板の最表面から深さ2/5t以上1/2t以下の間の任意の位置とする。
【0041】
本発明の電磁鋼板の厚みは、用途等に応じて適宜調整すればよく特に限定されるものではないが、製造上の観点から、通常、0.10mm以上0.50mm以下であり、0.015mm以上0.50mm以下がより好ましい。磁気特性と生産性のバランスの観点からは、0.015mm以上0.35mm以下が好ましい。
【0042】
(電磁鋼板の用途)
本発明の電磁鋼板は、電気機器に用いられるサーボモータ、ステッピングモータ、電気機器のコンプレッサー、産業用途に使用されるモータ、電気自動車、ハイブリッドカー、電車の駆動モータ、様々な用途で使用される発電機や鉄心、チョークコイル、リアクトル、電流センサー等、電磁鋼板が用いられている従来公知の用途にいずれも好適に適用でき、特に高強度が求められる用途(例えば、電気自動車のモータ等)により好適に用いることができる。
【0043】
[無方向性電磁鋼板の製造方法]
本発明に係る電磁鋼板の製造方法は、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満を含有し、残部:Feおよび不可避不純物からなるインゴットを熱延板とする熱間圧延工程と、
前記熱延板を冷延鋼板とする冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を仕上焼鈍する工程を有し、
前記熱間圧延工程と、前記冷間圧延工程との間に焼鈍工程を有しないことを特徴とする。
【0044】
本発明の製造方法によれば、前記本発明に係る高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板を製造することができる。
本発明の製造方法は、少なくとも熱間圧延工程と、冷間圧延工程と、仕上焼鈍工程とを有するものであり、本発明の効果を損なわない範囲で、更に他の工程を有していてもよいものである。
以下、このような本発明の製造方法における各工程について説明する。なお、インゴットの組成は、前記本発明の電磁鋼板の組成と同様であるため、説明は省略する。
【0045】
(熱間圧延工程)
Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満を含有し、残部:Feおよび不可避不純物からなるインゴットを熱間圧延して、熱延板とする工程である。
【0046】
当該熱間圧延工程により得られる熱延板は、上記特定の組成を有すれば、特に限定されないが、中でも、下記(1)〜(4)のうち1つ以上を満たすことが好ましい。
【0047】
(1)熱延板のビッカース硬度
上記熱延板は、ビッカース硬度が200HV以上であることが好ましい。ビッカース硬度が200HV未満では、ひずみが十分ではないために{100}<011>を十分に集積させられない。{100}<011>を集積させるためには冷延圧下率を97%以上とする必要があり、製造が困難になる。好ましくは230HV以上である。
【0048】
(2)熱延板表層の転位密度
熱延板表層の転位密度は2×10
15/m
2以上であることが好ましい。転位密度が2×10
15/m
2未満では、ひずみが十分ではないため、{100}<011>を十分に集積させられない。{100}<011>を集積させるためには冷延圧下率を97%以上とする必要があり、製造が困難になる。ここで熱延板表層とは最表面から20μm以上1/4t以下の任意の位置とする。転位密度の測定はエッチピット法や透過型電子顕微鏡による観察などで行うことが出来る。
【0049】
(3)熱延板表層の結晶粒径
熱延板表層の平均結晶粒径は30μm以下であることが好ましい。平均結晶粒径が30μm超では熱延後の再結晶が過剰に起こっており、ひずみがが解放されてしまっているため{100}<011>を十分に集積させられない。{100}<011>を集積させるためには冷延圧下率を97%以上とする必要があり、製造が困難になる。好ましくは25μm以下、より好ましくは加工組織である。ここで熱延板表層とは最表面から20μm以上1/4t以下の任意の位置とする。平均結晶粒径は線分法によって求めることができる。なお、本発明において加工組織とは、
図2の例に示されるように、結晶粒ではなく繊維状の組織を形成していることを示す。
【0050】
(4)熱延板の再結晶率
また、本発明においては、熱延板が完全に再結晶していないこと、即ち、下記式(1)で示される、熱延板の再結晶率は90%以下であることが好ましい。熱延板が完全に再結晶してしまうと、ひずみが解放されてしまっているため、冷延および焼鈍後に{100}<011>を十分に集積させられない。本発明においては、{100}<011>を十分に集積する点から、熱延板の再結晶率が、90%以下であることが好ましく、80%以下であることがより好ましく、50%以下であることが更に好ましく、20%以下であることが更により好ましい。また、熱延板の再結晶率が0(ゼロ)%の完全未再結晶組織(完全加工組織)であってもよい。
ここで再結晶率は熱延板の圧延面に垂直な任意の断面から求める。観察視野は少なくとも板厚全体×長さ5mmの領域とする。合計が板厚全体×長さ5mm以上となるように複数の観察視野を用いてもよい。
再結晶率(%)=(再結晶粒の面積の合計)÷(観察視野全体の面積)×100
・・・(式1)
【0051】
また、本発明においては、{100}<011>を十分に集積する点から、上記(3)熱延板表層の結晶粒径と、上記(4)熱延板の再結晶率が、以下の関係を有することが好ましい。
再結晶率が80%超100%以下の場合には、再結晶粒の粒径は15μm以下が好ましい。
再結晶率が50%超80%以下の場合には、再結晶粒の粒径は20μm以下が好ましい。
再結晶率が20%超50%以下の場合には、再結晶粒の粒径は25μm以下が好ましい。
再結晶率が20%以下の場合には、再結晶粒の粒径は40μm以下が好ましく、30μm以下がより好ましい。
【0052】
本発明においては熱間圧延の条件は特に限定されず、上記熱延板の性質を満たすように適宜調整すればよい。
具体的には、例えば、上記の組成を有する溶鋼を鋳造で厚さ50mm以上の鋼片に凝固させ、その後、熱延工程において粗圧延および仕上圧延を行う。熱間圧延工程においてビッカース硬度を200HV以上にするために、例えば圧延中に再結晶が生じにくいフェライト域圧延などがある。また相変態を生じるような温度域で仕上圧延を行った場合には、圧延直後から3sec以内に冷却速度200℃/sec以上で急冷することにより、熱間圧延後のオーステナイト相の再結晶を抑制して、加工オーステナイトからフェライトへ変態させてひずみを蓄積してもよい。
【0053】
本発明においては、Mnが2.0質量%以上含有している鋼板を用いているため、粒界の移動速度が著しく遅く、熱間圧延工程における仕上圧延において、仕上げ温度が、熱延板のA3点超であっても加工オーステナイトが維持される。但し、仕上げ温度が、熱延板のA3点超である場合には、次いで、A3点超の前記熱延板を、3sec以内に200℃/sec以上の冷却速度で250℃以下まで冷却する冷却工程を設ける必要がある。当該冷却工程を設けることにより、得られる電磁鋼板の鉄損を低減することができる。3sec以内に冷却することにより、オーステナイトの再結晶を抑制して、熱延板のひずみを維持することができる。
【0054】
また、前記熱間圧延工程における仕上圧延において、仕上げ温度が、熱延板のA3点−50℃以下であることにより、前記冷却工程を設けなくても、得られる電磁鋼板の鉄損を低減することができる。
【0055】
また、前記仕上圧延後の熱延板の鋼板表層における{110}<223>のX線ランダム強度比が3以上であり、{332}<243>が0.5以下であり、{112}<111>が2以上であり{223}<122>が1以下であり、仕上圧延後の熱延板の1/2t位置における{100}<011>のX線ランダム強度比が{311}<011>のX線ランダム強度比より小さいことが、磁気特性と強度に優れた電磁鋼板が得られる点から好ましい。{332}<243>が0.5以下、かつ、{223}<122>が1以下である熱延板は、歪が蓄積されており、冷延および焼鈍後に{100}<011>が十分に集積されるため、本発明に係る電磁鋼板を製造しやすい。
【0056】
本発明においては、前記熱間圧延工程と、後述する冷間圧延工程との間に焼鈍工程を有しないことを特徴とする。即ち本発明においては、従来一般に行われる熱延板焼鈍工程を有しない。当該焼鈍工程を有しないことにより、上記熱延板のX線ランダム強度比を維持することができ、その結果、{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上200以下である電磁鋼板を製造することができる。
【0057】
(冷間圧延工程)
冷間圧延工程は、特に限定されず、従来公知の電磁鋼板の製造方法における冷間圧延工程を適宜採用することができる。例えば、リバース圧延方式、タンデム圧延方式等、いずれの圧延方式を用いてもよい。本発明においては、冷間圧下率を88%以上とすることが、得られる電磁鋼板の{100}<011>成分が増加し、高い磁束密度かつ高周波領域で低鉄損であり、さらに高強度となる電磁鋼板が得られる点から好ましく、延圧下率を90%以上であることがより好ましい。
【0058】
(仕上焼鈍工程)
冷間圧延工程に行われる仕上焼鈍工程は、特に限定されないが、鋼板内の{100}<011>成分を維持する点から、700℃以上A3点未満の温度で行うことが好ましい。700℃未満では再結晶および粒成長が遅く、低鉄損を得るために要する時間が長時間となる。A3点を超えると、α−γ変態が起こり、集合組織がランダム化してしまうため、{100}<011>が集積しない。
また、仕上焼鈍工程における温度保持時間は、0.5sec以上72000sec以下が好ましい。72000secを超えて長時間保持しても磁気特性は飽和するからである。
【実施例】
【0059】
以下で説明する実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0060】
(実施例:電磁鋼板の製造)
真空溶解炉で表1の鋼種A〜Uに示す成分組成に調整したインゴットをそれぞれ鋳造する。インゴットを表2及び表3に記載の仕上げ圧延温度まで加熱して熱間圧延し、熱間圧延の最終パスを出てから2sec後に300℃/secで250℃以下まで冷却して、表2及び表3に示されるように、それぞれ、厚さ2.5〜3.0mmの熱延板を得る。このようにして得られる熱延板に熱延板焼鈍をせずに、冷間圧延を行い、厚さ0.25〜0.5mmの冷延板とする。次いで窒素雰囲気で表2及び表3に示されるように、それぞれ800〜1050℃で30secの再結晶焼鈍を施す。
得られる焼鈍板の集合組織はX線回折法で評価する。磁気特性はSST(Single Sheet Tester)を用いて、5000A/mの磁化力に対する磁束密度B
50を求める。この時、測定周波数は50Hzとする。SST用の試験片は圧延方向に対して45°方向に採取する。ビッカース硬度は熱延板の圧延面から25μmの位置を鏡面研磨し、マイクロビッカース硬さ試験機によって、荷重98mN、保持時間10secとし、10点測定してその平均値をその試験片のビッカース硬度とする。製品板の表層における粒界の種類および長さはSEM−EBSDによって求める。製品板の板面を研磨し、さらに電解研磨し、EBSD−OIM法を用いて、倍率500倍、200μm×500μmエリア、測定ステップ0.5μmの測定条件で3視野ずつ測定する。測定結果より、結晶粒の方位差が15°以上となる領域を大角粒界、15°未満となる領域を小角粒界と区別し、ソフトウェア上でそれぞれの粒界の長さを求める。製品板の引張強度については圧延方向にJIS Z2201に記載の5号引張試験片を採取し、JIS Z2241に記載の試験方法にしたがって、引張試験を行い、引張強度を評価する。結果を表4及び表5に示す。
なお、表2中の熱延板粒径の欄に記載の加工組織とは、
図2の例に示されるように、結晶粒ではなく繊維状の組織を形成していることを示す。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
【表3】
【0064】
【表4】
【0065】
【表5】
【0066】
[結果のまとめ]
表2〜5に示される通り、α−γ変態系であり、Si:2.0質量%以上4.5質量%以下、Al:0.1質量%未満を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、鋼板板面における{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上200以下である実施例1〜25の電磁鋼板は、いずれも磁束密度B
50が高く磁気特性に優れていると共に、引張強度にも優れている。
実施例1〜25では{100}<011>のX線ランダム強度比が30以上であり、製品板の表層における大角粒界と小角粒界の長さL
H1、L
L1がL
H1<L
L1を満たしている。比較例1、3では熱延板の転位密度が低く、冷延、焼鈍後に{100}<011>が強く発達しない。比較例2は熱延工程で割れが発生するため、集合組織、及び引張強度の評価を行っていない。また、熱延板焼鈍を行った比較例4〜6では、得られた鋼板の{100}<011>のX線ランダム強度比が小さく、{111}<112>のX線ランダム強度比が大きくなる。このような比較例4〜6の鋼板は、同じ鋼種を用いた実施例23〜25と比較して、磁束密度B
50が低く、引張強度にも劣っている。