(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は、腐食が許容されない構造物などの構成材料として、広く用いられている。ステンレス鋼の材料表面には、緻密な保護皮膜(不働態皮膜)が形成されている。そのため、ステンレス鋼は高い耐食性を有する。
【0003】
しかし、使用環境によってはステンレス鋼に腐食が生じることがある。例えば、ステンレス鋼で構成される構造物(以下、単に「構造物」ということがある)が海水(水分)などに接触する湿潤環境においては、構造物の表面に接触する海水に含まれる塩化物イオンが、ステンレス鋼の不働態皮膜に作用する。その結果、不働態皮膜が局部的に損傷し、構造物に局部腐食が生じることがある。
【0004】
ここで、本明細書において「局部腐食」とは、ステンレス鋼の表面の不働態皮膜が局部的に損傷し、不働態皮膜が損傷した部位において露出する新生面が急速に腐食(溶解)する現象を指す。局部腐食は、鉄や炭素鋼などでみられる「全面腐食(全面がほぼ一様に腐食する形態)」と対照的な現象である。局部腐食は、腐食部位の面積が小さい分、深さ方向への進行速度が全面腐食に比べて著しく大きくなる。本明細書においては、局部腐食には、孔食、すきま腐食、応力腐食割れ(SCC)、粒界腐食を含むものとする。
【0005】
局部腐食は進行が速い。例えば孔食が生じると構造物の表面から構造物の深度方向へ腐食が年間数mmから数十mmの速度で拡大し、数日から数か月で貫通損傷に至ることもある。そのため、構造物にステンレス鋼を用いる場合、ステンレス鋼の局部腐食を抑制することは、重要な課題の一つである。当該課題解決のために種々の検討がなされている。
【0006】
例えば、構造物の設計段階においては、(1)種々のステンレス鋼の中から、使用される環境に十分耐えうるだけの高い耐食性を有するステンレス鋼を選択すること、(2)局部腐食を起こしやすくするすきま構造を有さない設計にすること、(3)すきまを生じさせないために表面への付着物を抑制する構造にすることなどが検討されている。
【0007】
また、(4)ステンレス鋼で構成された構造物に、電気防食用の設備を併設することも検討されている。
【0008】
更には、構造物に接触する水溶液について、(5)水溶液を除去して十分に乾燥させること、(6)水溶液から塩化物イオンを除去すること、(7)水溶液から溶存酸素を除去することが検討されている。水溶液中の水、塩化物イオン、酸素は、局部腐食の原因となりうるためである。
【0009】
またこの他に、(8)水溶液を冷却すること、(9)局部腐食を抑制するための薬剤(腐食抑制剤)を構造物が接触する水溶液に添加することが検討されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記方法のうち(1)から(3)の方法は、構造物の設計段階でしか反映できない。そのため、すでに使用している構造物や設備について局部腐食を抑制することができない。
【0012】
(4)の方法は、非常に効果的な局部腐食抑制の方法であることが知られている。しかしながら、立地上の制約などから電気防食用設備を設置することができない場合には適応できない。また構造物の数が多い場合、それぞれの構造物に電気防食用設備を設置することは、設備が大掛かりになる。
【0013】
(5)から(9)の方法は、構造物に適用することができれば効果が期待できるが、様々な制約から適用が困難な場合も多い。また、放射線が照射されるような特殊環境下では必ずしも有用とはいえない。放射線が照射されるという特殊な環境下は、放射線が照射されていない通常の環境下と異なり、想定されない問題が生じることがある。例えば、放射線の照射によって新たな腐食性物質が生成し、腐食を抑制しにくくなる場合や、添加した腐食抑制剤が放射線により分解、変質することにより腐食抑制効果が失われること等がある。場合によっては、分解、変質した腐食抑制剤が、局部腐食を逆に促進してしまう場合もある。
【0014】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、放射線が照射される環境下においても、簡便かつ効果的に局部腐食を抑制できるステンレス鋼の局部腐食抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、ステンレス鋼に所定量以上の酸化チタンを接触させることで、放射線が照射される過酷な環境下でも、ステンレス鋼の局部腐食を抑制できることを見出した。
すなわち、本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0016】
本発明の一態様にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法は、放射線が照射される湿潤環境におけるステンレス鋼の局部腐食抑制方法であって、前記ステンレス鋼において水分と接触する被接触面に、前記被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを接触させる方法である。
【0017】
上記態様にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法において、前記放射線の照射線量率が10kGy/h以下であってもよい。
【0018】
上記態様にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法において、前記水分中に含まれる塩化物イオンの濃度が、6000ppm以下であってもよい。
【0019】
本発明の一態様にかかる金属容器の保管方法は、上記態様にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法を用いた金属容器の保管方法であって、放射線が照射されるステンレス鋼製の金属容器に貯留または滞留する水に、前記金属容器内で水と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを添加する方法である。
【0020】
上記態様にかかる金属容器の保管方法において、前記酸化チタンを溶媒に分散させて添加してもよい。
【0021】
上記態様にかかる金属容器の保管方法において、前記重量の酸化チタンが混合された溶媒を前記金属容器に注入し、前記金属容器内に前記酸化チタンを添加してもよい。
【0022】
上記態様にかかる金属容器の保管方法において、前記金属容器が、放射性核種吸着材が充填された吸着塔であってもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の一態様にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法によれば、放射線が照射される環境下においても簡便かつ効果的に局部腐食を抑制できる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(第1実施形態:ステンレス鋼の局部腐食抑制方法)
本発明の第1実施形態に係るステンレス鋼の局部腐食抑制方法は、放射線が照射される湿潤環境におけるステンレス鋼の局部腐食抑制方法である。
【0026】
本実施形態のステンレス鋼の局部腐食抑制方法において、「湿潤環境」とは、ステンレス鋼で構成された構造物に、水分が恒常的に接触しているような環境を指す。例えば、ステンレス鋼で構成された配管内を水が流れている場合、ステンレス鋼で構成された金属容器に水を貯留する場合、ステンレス鋼で構成された金属容器内に水が滞留する場合、ステンレス鋼で構成された架台に水しぶきがかかるような場合などの各環境を指す。本実施形態のステンレス鋼の局部腐食抑制方法は、これらの環境において広く適用することが可能である。
【0027】
ステンレス鋼に接触する水分に、許容限界濃度を超える塩化物イオンが含まれていると、塩化物イオンの作用によりステンレス鋼の表面の不働態皮膜が損傷する。不働態皮膜が損傷すると、ステンレス鋼の表面に局部腐食が発生し、進行する。
【0028】
本明細書において「局部腐食の発生」とは、水分に接触したステンレス鋼の表面において、不働態皮膜が局部的に損傷し、局部腐食がない状態から局部腐食が認められる状態に変化することを指す。
【0029】
また、本明細書において「局部腐食の進行」とは、ステンレス鋼に発生した局部腐食の範囲が拡大することを指す。「局部腐食の範囲が拡大」とは、ステンレス鋼表面の面方向への局部腐食の拡大と、ステンレス鋼の表面から深度方向への局部腐食の拡大と、の両方を含むものとする。
【0030】
局部腐食の発生及び進行は、ステンレス鋼に対して放射線が照射される環境下において促進される。「放射線が照射される環境」とは、ステンレス鋼に対して外部から放射線が照射される場合、及び、ステンレス鋼に接触する水分中に存在する放射性核種から放射線が照射される場合のいずれも含む。
【0031】
放射線が照射されると、ステンレス鋼に接触する水の放射線分解が進む。水が放射線分解すると、ステンレス鋼に接触する水中に含まれる過酸化水素濃度が高まる。過酸化水素は腐食性(酸化性)が強いため、ステンレス鋼の腐食が促進される。過酸化水素の生成によりステンレス鋼に接触する水の腐食性が強まることは、ステンレス鋼の自然浸漬電位の上昇という形で現れる。
【0032】
またステンレス鋼に接触する水分中に放射性核種が存在する場合は、核種の崩壊熱により水分が蒸発し、ステンレス鋼に接触する水中における塩化物イオン濃度が高まる。ステンレス鋼の局部腐食は、塩化物イオン濃度が高いほど発生しやすくなる。そのため、塩化物イオン濃度が高まることでも、ステンレス鋼の腐食が促進される。
【0033】
照射される放射線は、アルファ線、ベータ線、ガンマ線等の種々の放射線のいずれの場合も含む。特にガンマ線は電磁波であり、粒子であるアルファ線やベータ線よりも透過性が高い。そのため、ガンマ線は遮蔽物により遮蔽することが難しく、水の放射線分解に対する影響が大きい。
【0034】
本実施形態のステンレス鋼の局部腐食抑制方法では、ステンレス鋼において水分と接触する被接触面に、所定の量以上の酸化チタンを接触させる。酸化チタンをステンレス鋼と接触させることで、放射線が照射される環境下においてもステンレス鋼における局部腐食の発生を抑制することが可能である。
【0035】
n型半導体である酸化チタンに、バンドギャップエネルギーを超える光が照射されると、酸化チタンの価電子帯の電子が伝導帯に励起され、価電子帯に正孔が生成する。正孔は強い酸化力を有するため、酸化チタンの表面で水分子が酸素に酸化される反応(以下、光電気化学反応という。)が起こる。光電気化学反応は極めて低い電位で起こるため、酸化チタンと接触するステンレス鋼の自然電位が低下する。自然電位が低いほどステンレス鋼の局部腐食は発生しにくくなる。したがって、ステンレス鋼に接触させた酸化チタンに、バンドギャップエネルギーを超える光が照射されれば、ステンレス鋼の局部腐食の発生が抑制される。
【0036】
放射線の一種であるガンマ線の光エネルギーは数十keVを超える。これは、酸化チタンのバンドギャップエネルギーである3.0eV〜3.2eVより桁違いに大きい。したがって、ステンレス鋼に接触させた酸化チタンに、ガンマ線を含む放射線が照射されると、上述の光電気化学反応が生じ、ステンレス鋼の局部腐食の発生が抑制される。
【0037】
また、ステンレス鋼の局部腐食は、材料と環境の組合せによって決まる発生限界電位があり、これより低い電位域では永久に発生しない。すなわち、上述の光電気化学反応により低下したステンレス鋼の自然電位が、発生限界電位以下になれば、ステンレス鋼の局部腐食の発生が防止される。
【0038】
ガンマ線照射下において、酸化チタンを接触させたステンレス鋼の自然電位は、照射により生じる光電気化学反応量が大きいほど低くなる。ガンマ線の照射線量率が一定であれば、ステンレス鋼に対する酸化チタンの接触量が大きいほど、生じる光電気化学反応が大きくなり、ステンレス鋼の自然電位が低くなる。すなわち、酸化チタンの接触量が、ある閾値を超えると、ステンレス鋼の局部腐食が発生しなくなる。
【0039】
ステンレス鋼には、水分と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを接触させる。この「水分と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量」が、ステンレス鋼に局部腐食を発生させない閾値である。
酸化チタンは、被接触面全面に均一に存在する必要はない。例えば、水分と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを、水分と接触する被接触面の一部に接触させてもよい。
【0040】
酸化チタンによる腐食抑制機構は、上述した電気防食法の一種である犠牲陽極法と類似している。犠牲陽極法とは、腐食抑制対象の金属Aに対して、より腐食しやすい金属B(犠牲陽極)を接触させ、金属Bを代わりに腐食させることで金属Aを腐食から守る方法である。このとき、金属Aの全面を金属Bが覆っている必要はなく、金属Aの一部に金属Bが接触していればよい。これと同じように、酸化チタンが、ステンレス鋼といずれかの部分で接触していれば、光電気化学反応によりステンレス鋼の自然電位は低下し、腐食の発生及び進行が抑制される。
【0041】
一方で、酸化チタンによる腐食抑制効果が及ぶ範囲には限界があり、ステンレス鋼が接触している水分の電気伝導率が小さいほど有効範囲が狭くなる。そのため、酸化チタンは、水分と接触する被接触面の一箇所と接触しているよりも、広い面積で接触していることが好ましい。酸化チタンは、4価の酸化チタン(IV)を用いることが好ましい。
【0042】
ステンレス鋼は、通常知られたステンレス鋼を用いることができる。局部腐食をより抑制するためには、ステンレス鋼自身の耐食性が高いことが好ましい。例えば、下記式(1)で求められる耐孔食指数(PRE:Pitting Resistance Equivalent)が18以上であるステンレス鋼を用いることが好ましく、23以上であるステンレス鋼を用いることがより好ましく、25以上であるステンレス鋼を用いることがさらに好ましい。
【0043】
[数1]
(耐孔食指数)=[%Cr]+3.3×[%Mo]+n×[%N] …(1)
式中、[%Cr]は、ステンレス鋼全体に含まれるクロムの割合(質量%)であり、[%Mo]は、ステンレス鋼全体に含まれるモリブデンの割合(質量%)であり、[%N]は、ステンレス鋼全体に含まれる窒素の割合(質量%)である。
【0044】
上記式(1)中の[%N]の係数であるnは、研究者によって異なるが10〜30程度とされている値である。
【0045】
具体的には、JIS G4303「ステンレス鋼棒」に規定するステンレス鋼であるSUS304(PRE=18)と同等以上の耐食性を有するステンレス鋼が好ましい。またSUS304クラスの汎用ステンレス鋼よりも塩化物イオンに対する耐食性に優れるSUS316Lグレード(PRE=23)のステンレス鋼が特に好ましい。例えば、JIS G4303に規定されるSUS316L鋼の場合、クロムが16%以上、モリブデンが2%以上であるため、(1)式より耐孔食指数は22.6となる。なお、SUS316Lグレードは、クロム濃度(16〜18%)とモリブデン濃度(2〜3%)に幅があり、耐孔食指数をより高い値(例えば、25以上)とすることもできる。
【0046】
本実施形態のステンレス鋼の局部腐食抑制方法は、水分中に含まれる塩化物イオン濃度は、20000ppm以下であることが好ましく、6000ppm以下であることがより好ましい。海水中に含まれる塩化物イオン濃度は、20000ppm程度である。ステンレス鋼を海水以上の塩化物イオン濃度の水溶液と接触させることは通常想定しにくいが、塩化物イオン濃度が高すぎると、腐食が進行する可能性が高まる。
【0047】
また、局部腐食の発生および局部腐食の進行を構成する各反応は、水分の温度が高いと速度論的に進行しやすい。そのため、ステンレス鋼に接触する水分の温度は低いほど好ましい。例えば常温に管理することで、局部腐食に係る反応の反応速度を低下させ、本実施形態のステンレス鋼の局部腐食抑制方法の効果を高めることができる。
【0048】
放射線の照射線量率が高いほど、生成する過酸化水素濃度が上昇するため局部腐食が促進される。そのため、照射線量率は低いほど好ましい。例えば、10kGy/h以下であれば、本実施形態のステンレス鋼の局部腐食抑制方法の効果を高めることができる。
【0049】
以上のように、本実施形態にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法によれば、放射線環境下においても、簡便かつ効果的に局部腐食を抑制することができる。
【0050】
(第2実施形態:金属容器の保管方法)
本発明の第2実施形態にかかる金属容器の保管方法は、放射線が照射されるステンレス鋼の金属容器の容器内に貯留または滞留する水に、容器内で水分と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを添加し、金属容器を安定的に保管する方法である。
【0051】
なお、本実施形態におけるステンレス鋼の金属容器は、第1実施形態におけるステンレス鋼に対応する。そのため、第1実施形態における構成は、第2実施形態においても用いることができる。
【0052】
金属容器は、形状、用途等を特に問わない。放射線が照射される環境下におかれるステンレス鋼製の金属容器としては、放射性核種を含む汚染水を貯留、あるいは浄化するためのタンクや吸着塔、放射線を発する使用済燃料を貯蔵するためのプールなどがある。以下、吸着塔の場合を例に説明を進めるが、金属容器は吸着塔に限られるものではない。
【0053】
吸着塔は、放射性核種を吸着する作用を有する物質(放射性核種吸着材)を充填した金属製の容器である。吸着塔内に放射性核種を含む汚染水を通過させ、放射性核種を吸着塔内に吸着し、汚染水を浄化する。
【0054】
汚染水には、塩化物イオンが多量に含まれる場合がある。例えば、福島第1原子力発電所では、原子炉の冷却に海水を使用せざるを得なかったため、塩化物イオンと放射性核種が含まれる汚染水が発生している。
【0055】
使用済みの吸着塔は、吸着した放射性核種により強い放射線を発するため、人が容易に近づくことができない。そのため、吸着材を内包したまま所定期間保管された後、処分される。放射性物質を多量に含んでいるため、金属容器である吸着塔に腐食等の経年劣化による損傷が起こらないように留意する必要がある。
【0056】
腐食等の経年劣化を防ぐために、腐食の原因物質である水と塩化物イオンを除去する方策として、水抜きや淡水による通水が行われる場合がある。しかしながら、強い放射線や構造上の問題などにより、十分な水抜きが難しい場合もある。この場合は、塩化物イオンを含む水が吸着塔内に残水として滞留する。
【0057】
吸着材に吸着された放射性核種は、吸着塔内で放射線を放射する。すなわち、吸着塔を構成するステンレス鋼は、放射線が照射される環境となる。
【0058】
すなわち、吸着塔における残水と接触する部分は「放射線が照射される湿潤環境」となる。上述のように、放射線により腐食性の強い過酸化水素が生成するため、通常より厳しい腐食環境となる。そのため、残水中の塩化物イオン濃度によっては、吸着塔に局部腐食が起こり、放射性物質を含む残水が漏えいする恐れがある。なお、例えば貯水タンク等では、「滞留」では無く、「貯留」の場合もあるが、以下「滞留」の場合を例に説明する。
【0059】
本実施形態においては、金属容器の内部に滞留する水に、容器内で水分と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを添加する。酸化チタンを金属容器の内部に滞留する水に添加することで、第1実施形態にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法と同様に、金属容器の腐食が抑制される。その結果、金属容器を安定的に保管することができる。
【0060】
以下、吸着塔の場合を例に、金属容器の保管方法について具体的に説明する。
吸着塔の保管方法は、吸着塔内に酸化チタンを添加し、吸着塔内を構成するステンレス鋼が所定の量の酸化チタンと接触した状態にする方法である。所定の量は、金属容器内において、水と接触する被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量である。
【0061】
吸着塔への酸化チタンの添加の方法は特に問わない。所定の量の酸化チタンを吸着塔内に単純に投入してもよい。酸化チタンを均一に分散させるためには、酸化チタンを、例えば水等の溶媒に分散させてから添加することが好ましい。また所定の重量の酸化チタンを水等の溶媒と混合して、吸着塔の入口から注入してもよい。溶媒と混合して注入することで、放射線核種が吸着した吸着塔に近づかずに、ホース等を通じて酸化チタンを注入できる。
【0062】
また、酸化チタンを添加する前に、吸着塔内に淡水を通水することが好ましい。淡水で通水することで、残水の塩化物イオン濃度を低減できる。残水の塩化物イオン濃度が低くなれば、より金属容器の腐食の可能性を低減できる。
【0063】
なお、淡水を通水した場合、残水の塩化物イオン濃度は十分低下する。したがって、残水に接触するステンレス鋼が腐食することはまれである。しかしながら、残水が濃縮して塩化物イオン濃度が上昇するなどした場合は局部腐食を起こす可能性がある。放射性物質の漏えいは大きな問題であり、局部腐食を起こす可能性があるという段階で、充分な予防手段を設けることは重要である。
【0064】
吸着塔に用いるステンレス鋼は、SUS304グレード以上のステンレス鋼が好ましく、SUS316Lグレードのステンレスがより好ましい。放射性核種吸着材は、公知のものを用いることができる。例えば、ゼオライト等を用いることができる。
【0065】
吸着塔内に吸着する放射線核種は、特に限定されない。例えば、セシウム137、コバルト60、ストロンチウム90、ヨウ素131等が挙げられる。
【0066】
第1実施形態にかかるステンレス鋼の局部腐食抑制方法でも説明した様に、ステンレス鋼と残水とが接触する被接触面に所定の量の酸化チタンを接触させることで、吸着塔を構成するステンレス鋼が腐食することを抑制することができる。すなわち、吸着塔が腐食等の経年劣化により損傷することを避け、吸着塔を安全かつ安定に保管できる。
【0067】
また、既に保管を開始している吸着塔の保管安定性を高める際にも、酸化チタンを保管中の吸着塔内に添加するだけでよく、複雑な作業を必要としない。すなわち、簡便に吸着塔の保管安定性を高めることができる。
【0068】
以上、本発明に係る好適な実施の形態例について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。上述した例において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【0069】
[実施例]
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
[1.局部腐食(すきま腐食)の発生抑制に対する効果検証]
(試験片)
図1は、すきま腐食発生試験の試験片を示す模式図であり、
図1(a)は側面図、
図1(b)は正面図である。
【0071】
図に示すように、本実施例においては、50mm×24mm×3mmのステンレス鋼製の平板状の試験片1を用いた。ステンレス鋼としては、市販のSUS304鋼板を用い、機械加工により作製した。SUS304鋼板の化学成分(質量%)は、ステンレス鋼全体に対して、炭素(C):0.060%、珪素(Si):0.44%、マンガン(Mn):1.09%、リン(P):0.028%、硫黄(S):0.005%、クロム(Cr):18.30%、ニッケル(Ni):8.16%である。SUS304の耐孔食指数は、18.3である。
【0072】
試験片1には、長手方向の一端から12mmの位置に直径6mmのボルト穴を形成し、表面に600メッシュの耐水研磨紙を用いて湿式研磨を施した。
【0073】
このような試験片1を、直径16mm×厚み1mmの円形のワッシャ2で挟持し、さらにボルト3を試験片1のボルト穴に挿通した後、ナット4を用いて2.0N・mのトルクでねじ止めした。ワッシャ2、ボルト3およびナット4は工業用純チタン製のものを用いた。
【0074】
(実施例1)
図2は、すきま腐食発生試験の試験方法を示す模式図である。
ガラスビーカー5内に、イオン交換水と特級試薬から調整した塩化ナトリウム(NaCl)水溶液6を注入した。ガラスビーカー5の容積は200mlであり、NaCl水溶液6を100ml注入した。NaCl水溶液6の塩化物イオン濃度は、6000ppmとした。
【0075】
そして、ガラスビーカー5の底部に、試験片1を静置した。その後、試験片1の上面に、0.16g/cm
2の堆積密度の酸化チタン粉末7を堆積させた。試験片1の下面には、酸化チタン粉末は付着していない。そのため、試験片1の側面も含めた全面で平均すると、試験片1には0.07g/cm
2の酸化チタン粉末7が接触している。用いた酸化チタン粉末7は、市販のアナターゼ型酸化チタン(IV)試薬である。ガラスビーカー5の上面には、NaCl水溶液6の蒸発を防ぐために、アルミホイルからなる蓋8をした。
【0076】
そして、NaCl水溶液6中に浸漬した試験片1に対してガンマ線照射線源9を用いて、線量率1kGy/hのガンマ線を160時間照射した。ガンマ線照射線源9は、Co−60γ線照射設備(一般財団法人放射線利用振興協会所有)を用いた。
【0077】
照射終了後の試験片1をNaCl水溶液6から取出し、すきま腐食発生の有無を確認した。すきま腐食発生の有無は、試験片1とワッシャ2との間の隙間を目視で確認した。その結果を表1にまとめた。
【0078】
(比較例1)
比較例1は、酸化チタン粉末7をNaCl水溶液6に添加していない点が実施例1と異なる。すなわち、試験片1と酸化チタン粉末7とは接触していない。その他の条件は、実施例1と同様にして、すきま腐食発生の有無を確認した。その結果を表1にまとめた。
【0079】
(実施例2)
実施例2は、試験片1に照射する照射線量率を10kGy/hとした点が実施例1と異なる。その他の条件は実施例1と同様にして、すきま腐食の有無を確認した。その結果を表1にまとめた。
【0080】
(実施例3)
実施例3は、試験片1に堆積させる酸化チタン粉末7を0.016g/cm
2とした点が実施例2と異なる。試験片1の側面も含めた全面で平均すると、試験片1には0.007g/cm
2の酸化チタン粉末7が接触している。その他の条件は、実施例2と同様にして、すきま腐食発生の有無を確認した。その結果を表1にまとめた。
【0081】
(比較例2)
比較例2は、試験片1に堆積させる酸化チタン粉末7を0.0016g/cm
2とした点が実施例2と異なる。試験片1の側面も含めた全面で平均すると、試験片1には0.0007g/cm
2の酸化チタン粉末7が接触している。その他の条件は、実施例2と同様にして、すきま腐食発生の有無を確認した。その結果を表1にまとめた。
【0082】
(比較例3)
比較例3は、酸化チタン粉末7をNaCl水溶液6に添加していない点が実施例2と異なる。すなわち、試験片1と酸化チタン粉末7とは接触していない。その他の条件は、実施例2と同様にして、すきま腐食発生の有無を確認した。その結果を表1にまとめた。
【0084】
表1において「○」は、すきま腐食が発生しなかったことを意味し、「×」は、すきま腐食が発生したことを意味する。すきま腐食が発生したか否かは、赤さびの発生状況ならびにすきま内部での侵食の有無を目視で確認することにより判断した。
【0085】
酸化チタン粉末7と試験片1とを接触させた実施例1から実施例3は腐食が発生しなかった。これに対し、酸化チタン粉末7を堆積させていない比較例1及び比較例3は腐食が発生した。比較例2は、堆積させた酸化チタン粉末7の量が充分ではなく、腐食が発生したものと考えられる。
【0086】
孔食、すきま腐食、応力腐食割れなどの局部腐食の中で、最も穏和な条件で発生するのが、すきま腐食である。そのため、すきま腐食の発生を防止できれば、他の局部腐食の発生も防止できることになる。
【0087】
これらの結果から、水分と接触するステンレス鋼の被接触面に対して、前記被接触面の面積に0.007g/cm
2を乗じて算出される重量以上の酸化チタンを接触させることにより、強い放射線が照射される環境であっても、局部腐食の発生を防止できることが確かめられた。