(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の高分子材料モデルの作成方法(以下、単に「作成方法」ということがある)は、少なくとも1種類の高分子成分と架橋剤とを含有する解析対象の高分子材料から、コンピュータを用いた分子動力学計算で使用するための高分子材料モデルを、コンピュータを用いて作成するための方法である。
【0017】
本実施形態の解析対象の高分子材料は、2種類の高分子成分を含んでいる。なお、高分子材料は、1種類の高分子成分のみを含むものでもよいし、2種類以上の高分子成分を含むものでもよい。また、高分子成分としては、天然ゴム、ブタジエンゴム、又は、スチレンブタジエンゴム等が例示されるが、これらに限定されるわけではない。本実施形態の高分子成分としては、ブタジエンゴム、及び、スチレンブタジエンゴムが用いられている。また、架橋剤としては、硫黄である場合が例示される。
【0018】
図1は、本発明の作成方法を実行するためのコンピュータの一例を示す斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んでいる。本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。また、記憶装置には、本実施形態の作成方法を実行するためのソフトウェア等が予め記憶されている。
【0019】
図2は、本実施形態の作成方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図3は、分子鎖モデル2及び架橋剤粒子モデル3の一例を示す概念図である。本実施形態の作成方法では、先ず、コンピュータ1に、分子鎖モデルが入力される(工程S1)。
【0020】
本実施形態の解析対象の高分子材料は、2種類以上の高分子成分(本実施形態では、ブタジエンゴム、及び、スチレンブタジエンゴム)を含んでいる。このため、本実施形態の工程S1では、各高分子成分の分子鎖に基づいて、分子鎖モデル2がそれぞれ入力される。本実施形態の分子鎖モデル2は、ブタジエンゴムをモデル化した第1分子鎖モデル2A(
図4に示す)と、スチレンブタジエンゴムをモデル化した第2分子鎖モデル2B(
図4に示す)とを含んでいる。
【0021】
本実施形態の分子鎖モデル2は、粗視化モデル(本実施形態では、Kremer-Grestモデル)として定義されている。本実施形態の分子鎖モデル2は、複数のポリマー粒子モデル5と、隣接するポリマー粒子モデル5、5間を結合する結合鎖モデル6とを含んで構成されている。
【0022】
ポリマー粒子モデル5は、分子鎖のモノマー又はモノマーの一部分をなす構造単位を置換したものである。これにより、第1分子鎖モデル(即ち、ブタジエンゴムをモデル化した分子鎖モデル)2A、及び、第2分子鎖モデル(即ち、スチレンブタジエンゴムをモデル化した分子鎖モデル)2Bには、複数個(例えば、10〜5000個)のポリマー粒子モデル5を含んで構成される。このような置換は、従来の方法に基づいて、適宜行うことができる。
【0023】
ポリマー粒子モデル5は、分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、ポリマー粒子モデル5には、例えば、質量、体積、粒子径D1又は電荷などのパラメータが定義される。
【0024】
結合鎖モデル6は、ポリマー粒子モデル5、5間に、伸びきり長が設定されたポテンシャルP1によって定義される。本実施形態のポテンシャルP1は、下記式(1)の非調和ポテンシャルUch(r)によって定義される。
【0025】
【数1】
ここで、各定数及び変数は、次のとおりである。
r:粒子モデル間の距離
k:粒子モデル間のばね定数
R
0:伸びきり長
なお、距離r、及び、伸びきり長R
0は、ポリマー粒子モデル5の中心5c(
図3に示す)の座標に基づいて設定される。
【0026】
非調和ポテンシャルUch(r)の各定数及び各変数については、例えば、論文( Kurt Kremer & Gary S. Grest 著 「Dynamics of entangled linear polymer melts: A molecular-dynamics simulation」、J. Chem Phys. vol.92, No.8, 15 April 1990)に基づいて、分子鎖モデル2(本実施形態では、第1分子鎖モデル2A及び第2分子鎖モデル2B)に応じて、それぞれ異なる値が設定される。これにより、ポリマー粒子モデル5が伸縮自在に拘束された直鎖状の分子鎖モデル2を定義することができる。分子鎖モデル2は、コンピュータ1に記憶される。
【0027】
次に、本実施形態の作成方法は、架橋剤をモデル化した架橋剤粒子モデルが、コンピュータ1に入力される(工程S2)。本実施形態の架橋剤粒子モデル3は、一つの独立した粒子モデルとして設定される。架橋剤粒子モデル3は、分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、架橋剤粒子モデル3には、例えば、質量、体積、粒子径D2又は電荷などのパラメータが定義される。
【0028】
架橋剤粒子モデル3の粒子径D2については、適宜設定することができる。本実施形態の粒子径D2は、ポリマー粒子モデル5の粒子径D1と同一に設定されている。架橋剤粒子モデル3は、コンピュータ1に記憶される。
【0029】
次に、本実施形態の作成方法では、解析対象の高分子材料の一部に対応する仮想空間であるセル7が、コンピュータ1に入力される(工程S3)。
図4は、セル7の一例を示す図である。
【0030】
本実施形態のセル7は、互いに向き合う三対の平面7a、7bを有する直方体として定義されている。各平面7a、7bには、周期境界条件が定義されている。このようなセル7では、例えば、一方の平面7aから出て行った分子鎖モデル2の一部が、反対側の平面7bから入ってくるように計算することができる。従って、一方の平面7aと、反対側の平面7bとが連続している(繋がっている)ものとして取り扱うことができる。
【0031】
セル7の一辺の各長さL1a、L1b及びL1cは、適宜設定することができる。本実施形態の長さL1a、L1b及びL1cは、分子鎖モデル2の拡がりを示す量である慣性半径(図示省略)の2倍以上が望ましい。これにより、セル7は、分子動力学計算において、周期境界条件による自己のイメージとの衝突の発生を防げるため、分子鎖モデル2の空間的拡がりを適切に計算することができる。また、セル7の大きさは、例えば1気圧で安定な体積に設定される。これにより、セル7は、解析対象の高分子材料の少なくとも一部の体積を定義することができる。セル7は、コンピュータ1に記憶される。
【0032】
次に、本実施形態の作成方法では、コンピュータ1が、少なくとも解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布を求める(分布計算工程S4)。本実施形態において、解析対象の高分子材料は、2種類以上の高分子成分を含んでいる。このため、分布計算工程では、架橋剤の分布とともに、高分子成分の分布も求められる。なお、高分子材料が1種類の高分子成分のみを含む場合、架橋剤の分布のみが求められればよい。
図5は、分布計算工程S4の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0033】
本実施形態の分布計算工程S4では、先ず、高分子成分及び架橋剤のχパラメータが求められる(工程S41)。χパラメータは、Flory-Huggins理論に基づくものであり、高分子成分及び架橋剤の相溶性を表すものである。χパラメータの値が小さいほど、良溶媒であることを示している。
【0034】
本実施形態の工程S41では、ブタジエンゴム間の第1χパラメータ、スチレンブタジエンゴム間の第2χパラメータ、ブタジエンゴムとスチレンブタジエンゴムとの間の第3χパラメータが求められる。さらに、工程S41では、架橋剤間の第4χパラメータ、ブタジエンゴムと架橋剤との間の第5χパラメータ、及び、スチレンブタジエンゴムと架橋剤との間の第6χパラメータが求められる。各χパラメータは、従来と同様に、(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J−OCTA)に含まれるSUSHIモデラを用いて、原子団寄与法、モンテカルロ法、分子動力学法、又は、QSPR法に基づいて計算することができる。各χパラメータは、コンピュータ1に記憶される。
【0035】
次に、本実施形態の分布計算工程S4では、解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布、及び、各高分子成分の分布が求められる(工程S42)。本実施形態では、高分子成分及び架橋剤の配置のエントロピーを考慮した静的なSCF法( Self-Consistent Field Method )を用いて、高分子材料内の架橋剤の分布、及び、高分子材料内の高分子成分(ブタジエンゴム及びスチレンブタジエンゴム)の分布がそれぞれ求められる。SCF法は、例えば、(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J−OCTA)に含まれるSUSHIを用いて計算することができる。
【0036】
SCF法の入力値としては、架橋剤の分子量、各高分子成分(本実施形態では、ブタジエンゴム及びスチレンブタジエンゴム)の分子量、及び、χパラメータ(本実施形態では、第1χパラメータ〜第6χパラメータ)が用いられる。これにより、工程S42では、解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布(濃度分布)、及び、各高分子成分の分布(濃度分布)がそれぞれ求められる。
図6は、高分子材料内の架橋剤の分布、及び、各高分子成分の分布の一例を示すグラフである。このグラフでは、架橋剤及び高分子成分の体積分率と、高分子材料の空間位置との関係を示している。架橋剤の分布及び各高分子成分の分布は、コンピュータ1に入力される。
【0037】
次に、本実施形態の作成方法では、架橋剤の分布に基づいて、コンピュータ1が、少なくとも一つの架橋剤粒子モデル3をセル7内に配置する(工程S5)。本実施形態の工程S5では、DBMC法(Density Biased Monte Carlo)を用いて、複数の架橋剤粒子モデル3がセル7内に配置される。DBMC法は、例えば、上記J−OCTAに含まれるCOGNACを用いて計算することができる。
【0038】
DBMC法の入力値としては、工程S42で求められた高分子材料内の架橋剤の分布(濃度分布)が用いられる。これにより、本実施形態の工程S5では、解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布(
図6に示す)に基づいて、複数の架橋剤粒子モデル3がセル7内に配置される。
図7は、架橋剤の分布に基づいて架橋剤粒子モデル3が配置されたセル7の概念図である。本実施形態において、
図6の空間位置は、
図7のセル7のY軸方向の位置に対応している。
【0039】
次に、本実施形態の作成方法では、コンピュータ1が、複数の分子鎖モデル2をセル7内に配置する(工程S6)。本実施形態の解析対象の高分子材料は、2種類の高分子成分(本実施形態では、ブタジエンゴム及びスチレンブタジエンゴム)を含んでいる。このため、本実施形態の工程S6では、高分子材料内の各高分子成分の分布に基づいて、複数の分子鎖モデル2(本実施形態では、第1分子鎖モデル2A及び第2分子鎖モデル2B)がセル7内に配置されるのが望ましい。
【0040】
工程S6では、DBMC法を用いて、分子鎖モデル(本実施形態では、第1分子鎖モデル2A及び第2分子鎖モデル2B)がセル7内に配置される。DBMC法の入力値としては、高分子材料内の各高分子成分の分布(濃度分布)が用いられる。これにより、本実施形態の工程S6では、各高分子成分の分布に基づいて、複数の第1分子鎖モデル2A及び複数の第2分子鎖モデル2Bがセル7内にそれぞれ配置される。
図8は、高分子成分の分布に基づいて分子鎖モデル2が配置されたセル7を部分的に拡大した概念図である。
図8において、
図7に示した架橋剤粒子モデル3及び結合鎖モデル6を省略し、第1分子鎖モデル2Aのポリマー粒子モデル5を着色して表示している。
【0041】
図8に示されるように、工程S6では、
図6に示した各高分子成分の分布に基づいて、ブタジエンゴム(第1分子鎖モデル2A)とスチレンブタジエンゴム(第2分子鎖モデル2B)との界面構造が作成されうる。なお、工程S6では、解析対象の高分子材料が1種類の高分子成分のみを含む場合、DBMC法を用いることなく、分子鎖モデル2をセル7内にランダムに配置されてもよい。
【0042】
次に、本実施形態の作成方法では、
図4に示されるように、隣接する分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5、5間に、引力及び斥力が作用するポテンシャルP2が定義される(工程S7)。本実施形態のポテンシャルP2は、一対の第1分子鎖モデル2A、2Aのポリマー粒子モデル5、5間に定義される第1ポテンシャルP2a(図示省略)、一対の第2分子鎖モデル2B、2Bのポリマー粒子モデル5、5間に定義される第2ポテンシャルP2b(図示省略)、及び、第1分子鎖モデル2Aのポリマー粒子モデル5と第2分子鎖モデル2Bのポリマー粒子モデル5との間に定義される第3ポテンシャルP2cを含んでいる。ポテンシャルP2(第1ポテンシャルP2a〜第3ポテンシャルP2c)は、例えば、下記式(2)のLJポテンシャルU
LJ(r)を用いて定義することができる。
【0043】
【数2】
ここで、各定数及び変数は、次のとおりである。
r:粒子モデル間の距離
r
ij,cut:カットオフ距離
ε
ij:粒子モデル間に定義される相互作用パラメータ
σ
ij:粒子の直径に相当
なお、距離r、カットオフ距離r
ij,cut、及び、粒子の直径に相当するσ
ijは、ポリマー粒子モデル5の中心5c(
図3に示す)、又は、架橋剤粒子モデル3の中心3c(
図3に示す)の座標に基づいて定義される。
【0044】
上記式(2)において、相互作用パラメータε
ijは、ポテンシャルP2の強度を示すものであり、χパラメータと相関がある。従って、相互作用パラメータε
ijは、χパラメータに基づいて同定されるのが望ましい。
【0045】
第1ポテンシャルP2aの相互作用パラメータε
ijは、ブタジエンゴム間の第1χパラメータに基づいて同定される。第2ポテンシャルP2bの相互作用パラメータε
ijは、スチレンブタジエンゴム間の第2χパラメータに基づいて同定される。第3ポテンシャルP2cの相互作用パラメータε
ijは、ブタジエンゴムとスチレンブタジエンゴムとの間の第3χパラメータに基づいて同定される。なお、相互作用パラメータε
ijとχパラメータとの同定は、適宜行うことができる。同定方法の一例としては、文献等に記載されているχパラメータ、及び、相互作用パラメータε
ijに関するデータに基づいて導出された回帰式を利用する方法や、静的平均場法で求めた1次元濃度分布が保持されるように相互作用パラメータε
ijを調整する方法等が挙げられる。第1ポテンシャルP2a、第2ポテンシャルP2b、及び、第3ポテンシャルP2cは、コンピュータ1に記憶される。
【0046】
次に、本実施形態の作成方法では、隣接する一対の架橋剤粒子モデル3、3間、及び、架橋剤粒子モデル3と分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5との間に、引力及び斥力が作用するポテンシャルP3が定義される(工程S8)。本実施形態のポテンシャルP3は、一対の架橋剤粒子モデル3、3間に定義される第1ポテンシャルP3a、架橋剤粒子モデル3と第1分子鎖モデル2Aのポリマー粒子モデル5との間に定義される第2ポテンシャルP3b、及び、架橋剤粒子モデル3と第2分子鎖モデル2Bのポリマー粒子モデル5との間に定義される第3ポテンシャルP3cを含んでいる。ポテンシャルP3(第1ポテンシャルP3a〜第3ポテンシャルP3c)は、例えば、上記式(2)のLJポテンシャルU
LJ(r)を用いて定義することができる。
【0047】
本実施形態において、第1ポテンシャルP3aの相互作用パラメータε
ijは、架橋剤間の第4χパラメータに基づいて同定される。第2ポテンシャルP3bの相互作用パラメータε
ijは、ブタジエンゴムと架橋剤との間の第5χパラメータに基づいて同定される。第3ポテンシャルP3cの相互作用パラメータε
ijは、スチレンブタジエンゴムと架橋剤との間の第6χパラメータが求められる。第1ポテンシャルP3a、第2ポテンシャルP3b、及び、第3ポテンシャルP3cは、コンピュータ1に記憶される。
【0048】
次に、本実施形態の作成方法では、コンピュータ1が、架橋剤粒子モデル3のセル7内での位置を維持しつつ、分子動力学計算に基づいて、分子鎖モデル2を対象に構造緩和を計算する(緩和工程S9)。
図9は、緩和工程S9の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0049】
本実施形態の緩和工程S9では、先ず、架橋剤粒子モデル3がセル7内で移動不能に固定される(工程S91)。工程S91では、架橋剤粒子モデル3に定義されている質量、体積、及び、電荷(エネルギー)等のパラメータが無効にされ、さらに、架橋剤粒子モデル3に定義されたポテンシャルP3(
図2に示した第1ポテンシャルP3a〜第3ポテンシャルP3c)が無効にされる。これにより、架橋剤粒子モデル3は、構造緩和を計算する後述の工程S92において、位置情報(例えば、
図7に示した架橋剤粒子モデル3の中心3cの座標値)のみを有する粒子として扱われ、ポリマー粒子モデル5との重なりを許容しつつ、セル7内で移動不能に固定される。
図10は、セル7内で移動不能に固定された架橋剤粒子モデル3の概念図である。
図10では、分子鎖モデル2を省略して表示している。
【0050】
次に、本実施形態の緩和工程S9では、架橋剤粒子モデル3が固定された後、分子動力学計算に基づいて構造緩和が計算される(工程S92)。本実施形態の工程S92では、架橋剤粒子モデル3が位置情報(座標値)のみを有する粒子として扱われるため、分子鎖モデル2(
図4及び
図8に示す)のみを対象に構造緩和が計算される。
【0051】
本実施形態の分子動力学計算では、例えば、セル7について所定の時間、分子鎖モデル2が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻でのポリマー粒子モデル5の動きが、単位時間ステップ毎に追跡される。分子動力学計算では、セル7において、圧力及び温度が一定、又は体積及び温度が一定に保たれる。これにより、工程S92では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、分子鎖モデル2の初期配置を精度よく緩和することができる。構造緩和の計算は、例えば、上記J−OCTAに含まれるCOGNACを用いて処理することができる。
【0052】
次に、本実施形態の作成方法では、コンピュータ1が、分子鎖モデル2の初期配置が十分に緩和できたか否かを判断する(工程S93)。工程S93において、分子鎖モデル2の初期配置が十分に緩和できたと判断された場合(工程S93で、「Y」)、次の工程S94が実施される。他方、分子鎖モデル2の初期配置が十分に緩和できていないと判断された場合(工程S93で、「N」)、単位時間ステップを一つ進めて(工程S95)、工程S92及び工程S93が再度実施される。これにより、緩和工程S9では、分子鎖モデル2の平衡状態(構造が緩和した状態)が計算される。構造緩和の計算結果は、コンピュータ1に記憶される。
【0053】
次に、本実施形態の緩和工程S9では、分子鎖モデル2の構造緩和が計算された後、架橋剤粒子モデル3の固定が解除される(工程S94)。工程S94では、架橋剤粒子モデル3に定義されている質量、体積、及び、電荷(エネルギー)等のパラメータが有効にされ、さらに、架橋剤粒子モデル3に定義されたポテンシャルP3(第1ポテンシャルP3a〜第3ポテンシャルP3c)が有効にされる。これにより、架橋剤粒子モデル3は、
図7に示したように、分子鎖モデル2の構造が緩和されたセル7内において、架橋剤の分布を維持した状態で復元される。
【0054】
分子鎖モデル2の構造緩和を計算する工程S92において、架橋剤粒子モデル3は、ポリマー粒子モデル5との重なりが許容されるため、緩和計算後に、架橋剤粒子モデル3と、分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5とが重複している場合がある。架橋剤粒子モデル3と、分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5とが重複すると、エネルギーが発散して計算落ちが生じるおそれがある。このため、緩和工程S9では、架橋剤粒子モデル3と、ポリマー粒子モデル5との重複を取り除く工程S96が実施されるのが望ましい。
【0055】
本実施形態の工程S96では、先ず、架橋剤粒子モデル3と、分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5との間に、第2ポテンシャルP3b及び第3ポテンシャルP3cに代えて、例えば、下記式(3)のソフトポテンシャルU
softcoreが設定される。ソフトポテンシャルU
softcoreは、互いに重複する架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との間のみに定義されればよい。
【0056】
【数3】
ここで、各定数及び変数は、次のとおりである。
a
ij:架橋剤粒子モデルとポリマー粒子モデルとの間に作用する斥力の強度に対応する定数
r
ij:架橋剤粒子モデルとポリマー粒子モデルとの間の距離
r
c:カットオフ距離
【0057】
ソフトポテンシャルU
softcoreは、架橋剤粒子モデル3と分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5との間の距離r
ijが、カットオフ距離r
c以上となる場合に0となる。一方、ソフトポテンシャルU
softcoreは、距離r
ijがカットオフ距離r
c未満となる場合に大きくなる。さらに、ソフトポテンシャルU
softcoreは、距離r
ijが0に収束しても有限値となる。従って、ソフトポテンシャルU
softcoreは、例えば、粒子間の距離が小さくなるほど無限に大きくなるポテンシャル(上記式(2)のLJポテンシャルU
LJ(r))とは異なり、無限大に発散することがない。なお、ソフトポテンシャルU
softcoreの各定数及び変数の値としては、適宜設定することができる。
【0058】
次に、工程S96では、互いに重複する架橋剤粒子モデル3及びポリマー粒子モデル5を対象に、構造緩和が計算される。構造緩和は、架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との重複がなくなるまで実施される。これにより、工程S96では、架橋剤の分布を維持しつつ、架橋剤粒子モデル3と、ポリマー粒子モデル5との重複を確実に取り除くことができる。そして、架橋剤粒子モデル3と、ポリマー粒子モデル5との重複が取り除かれた後、ソフトポテンシャルU
softcoreに代えて、元の第2ポテンシャルP3b及び第3ポテンシャルP3cが定義される。
【0059】
本実施形態の工程S96では、ソフトポテンシャルU
softcoreを定義して、互いに重複する架橋剤粒子モデル3及びポリマー粒子モデル5を対象に構造緩和が実施されたが、このような態様に限定されない。工程S96では、例えば、単位時間ステップ(時間刻み幅)を小さくした構造緩和計算が行われることで、架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との重なりによって計算される大きなエネルギーを抑えつつ、架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との重なりが取り除かれてもよい。また、工程S96の他の実施形態としては、架橋剤粒子モデル3の粒子径D2(
図3に示す)を小さくした(例えば、1/10σ)後に、粒子径D2を徐々に大きくしながら構造緩和計算が行われることにより、架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との重なりが取り除かれてもよい。
【0060】
上記したソフトポテンシャルU
softcoreを定義する方法、単位時間ステップを小さくする方法、及び、架橋剤粒子モデル3の粒子径D2を小さくする方法は、それぞれ単独で実施されても良いし、また、単独で実施しただけでは重複を取り除けない場合には、これらを適宜組み合わせて実施してもよい。これにより、工程S96では、架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との重複を、確実に取り除くことができる。
【0061】
次に、本実施形態の作成方法は、コンピュータ1が、隣接する分子鎖モデル2について、一対のポリマー粒子モデル5、5を連結する(結合工程S10)。結合工程S10では、架橋剤粒子モデル3の位置から予め定められた範囲内に存在する一対のポリマー粒子モデル5、5を連結している。
図11は、結合工程S10の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図12(a)、(b)は、結合工程S10の一例を説明する概念図である。
【0062】
本実施形態の結合工程S10は、先ず、
図12(a)に示されるように、隣接する分子鎖モデル2について、各架橋剤粒子モデル3から予め定められた範囲R内に存在する一対のポリマー粒子モデル5、5がそれぞれ特定される(工程S101)。範囲Rについては、適宜設定することができる。本実施形態の範囲Rでは、例えば、架橋剤粒子モデル3の中心3cから半径rdが0.8σ以内の領域に設定されている。なお、3つ以上のポリマー粒子モデル5が範囲R内に存在する場合、架橋剤粒子モデル3から最も近い2つのポリマー粒子モデル5が特定される。特定されたポリマー粒子モデル5、5の座標値等は、コンピュータ1に記憶される。
【0063】
次に、本実施形態の結合工程S10は、
図12(b)に示されるように、特定された一対のポリマー粒子モデル5、5が、架橋剤粒子モデル3を介して連結される(工程S102)。本実施形態の工程S102では、一方のポリマー粒子モデル5と架橋剤粒子モデル3との間、及び、他方のポリマー粒子モデル5と架橋剤粒子モデル3との間が、結合鎖モデル11を介して接続される。
【0064】
結合鎖モデル11は、上記式(1)の非調和ポテンシャルUch(r)によって定義されたポテンシャルP4によって設定される。また、上記式(1)において、結合鎖モデル11の定数及び変数は、例えば、分子鎖モデル2(第1分子鎖モデル2A又は第2分子鎖モデル2B)の定数又は変数と同様に定義されうる。
【0065】
本実施形態の作成方法では、隣接する分子鎖モデル2、2の一対のポリマー粒子モデル5、5が連結されることにより、解析対象の架橋された高分子材料を再現した高分子材料モデル8が作成される。高分子材料モデル8は、コンピュータ1に記憶される。
【0066】
このように、本実施形態の作成方法によれば、分子鎖モデル2を構成するポリマー粒子モデル5に比べて、セル7の広範囲に拡散しやすい架橋剤粒子モデル3の位置を維持しつつ、分子鎖モデル2を対象に構造緩和を計算することができる。これにより、本実施形態の作成方法では、高分子材料モデル8のセル7内の架橋剤粒子モデル3の分布と、解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布とを近似させることができる。従って、本実施形態の作成方法は、架橋剤粒子モデル3と、分子鎖モデル2のポリマー粒子モデル5とが連結されることにより、解析対象の架橋された高分子材料を精度よく再現しうる高分子材料モデル8を作成することができる。
【0067】
また、本実施形態の作成方法では、一対の分子鎖モデル2、2が、架橋剤粒子モデル3を介して結合されるため、化学構造や化学的性質を反映しつつ、架橋された高分子材料モデル8を作成することができる。さらに、本実施形態の作成方法では、分子鎖モデル2のみを対象に構造緩和が計算されるため、架橋剤粒子モデル3の緩和計算を省略することができる。従って、本実施形態の作成方法は、架橋された高分子材料モデル8を短時間で作成することができる。
【0068】
本実施形態で作成された高分子材料モデル8(図示省略)は、例えば、一般的に行われている単軸引張り試験に基づいて、一方向に(例えば、Y軸方向に0%〜20%)伸長させる変形シミュレーション等に用いることができる。従って、本実施形態の作成方法は、高分子材料の開発に役立つ。
【0069】
図10に示した本実施形態の工程S91では、架橋剤粒子モデル3に定義されている質量、体積、及び、電荷(エネルギー)等のパラメータ、並びに、架橋剤粒子モデル3に定義されたポテンシャルP3(
図4に示した第1ポテンシャルP3a〜第3ポテンシャルP3c)を無効にすることで、架橋剤粒子モデル3がセル7内で移動不能に固定されたが、このような態様に限定されない。
【0070】
工程S91では、例えば、
図7に示した架橋剤粒子モデル3に定義されている体積、及び、電荷(エネルギー)等のパラメータ、並びに、ポテンシャルP3(
図4に示した第1ポテンシャルP3a〜第3ポテンシャルP3c)を維持しつつ、架橋剤粒子モデル3の質量を大きくすることで、架橋剤粒子モデル3がセル7内で移動不能に固定されてもよい。これにより、工程S92では、分子鎖モデル2と架橋剤粒子モデル3との双方を対象に、構造緩和が計算されるため、架橋剤粒子モデル3とポリマー粒子モデル5との重複を防ぎつつ、分子鎖モデル2の初期配置を緩和することができる。また、緩和計算後の工程S94(
図9に示す)では、架橋剤粒子モデル3の質量が元に戻されることにより、架橋剤粒子モデル3の固定が解除される。
【0071】
従って、この実施形態の作成方法では、架橋剤粒子モデル3と、ポリマー粒子モデル5との重複を取り除く工程S96(
図9に示す)を省略できるため、架橋された高分子材料モデル8を短時間で作成することができる。
【0072】
これまでの実施形態では、一対のポリマー粒子モデル5、5が、架橋剤粒子モデル3を介して連結されたが、このような態様に限定されるわけではない。例えば、架橋剤粒子モデル3のセル7内での位置情報に基づいて、一対のポリマー粒子モデル5、5が直接連結されてもよい。
図13は、本発明の他の実施形態の作成方法の処理手順を示すフローチャートである。なお、この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。
【0073】
この実施形態の作成方法において、架橋剤粒子モデル3は、解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布に基づいて配置された位置情報の取得のみに用いられる。このため、架橋剤粒子モデル3にポテンシャルP3を定義する工程S8(
図2に示す)が省略されている。
図14は、本発明の他の実施形態の緩和工程S9の処理手順を示すフローチャートである。
【0074】
この実施形態の緩和工程S9では、先ず、架橋剤粒子モデル3のセル7内での位置情報が取得される(工程S98)。この実施形態の工程S98では、各架橋剤粒子モデル3の中心3c(
図7に示す)の座標値が、架橋剤粒子モデル3の位置情報として取得される。位置情報は、コンピュータ1に記憶される。
【0075】
次に、この実施形態の緩和工程S9では、架橋剤粒子モデル3がセル7から削除され(工程S99)、分子鎖モデル2のみを対象に構造緩和が計算される(工程S92)。このように、この実施形態の緩和工程S9では、架橋剤粒子モデル3がセル7から削除されるため、架橋剤粒子モデル3の固定を解除する工程S94(
図9に示す)、及び、架橋剤粒子モデル3と、ポリマー粒子モデル5との重複を取り除く工程S96(
図9に示す)が省略される。従って、この実施形態の緩和工程S9は、計算時間を短縮することができる。
【0076】
図15は、本発明の他の実施形態の結合工程S10の処理手順を示すフローチャートである。
図16(a)、(b)は、本発明の他の実施形態の結合工程S10の一例を説明する概念図である。なお、この実施形態において、これまでの実施形態と同一の構成については、同一の符号を付し、説明を省略することがある。
【0077】
この実施形態の結合工程S10は、架橋剤粒子モデル3のセル7内での位置情報15に基づいて、予め定められた範囲内に存在する一対のポリマー粒子モデル5、5が特定される(工程S103)。この実施形態の工程S103では、
図16(a)に示されるように、工程S98で取得された各架橋剤粒子モデル3の中心3cの座標値(位置情報15)に基づいて、範囲R内に存在する一対のポリマー粒子モデル5、5が特定される。範囲Rについては、これまでの実施形態と同様に設定される。さらに、一対のポリマー粒子モデル5、5の特定方法についても、これまでの実施形態と同様の手順が採用されうる。
【0078】
次に、この実施形態の結合工程S10は、
図16(b)に示されるように、特定された一対のポリマー粒子モデル5、5が連結される(工程S104)。工程S104では、特定された一対のポリマー粒子モデル5、5間が、結合鎖モデル13を介して直接接続されている。結合鎖モデル13については、これまでの実施形態の結合鎖モデル6(
図3に示す)、及び、結合鎖モデル11(
図12(b)に示す)と同様に定義されている。これにより、この実施形態の作成方法では、解析対象の架橋された高分子材料を再現した高分子材料モデル8(図示省略)が作成される。高分子材料モデル8は、コンピュータ1に記憶される。
【0079】
この実施形態の作成方法では、解析対象の高分子材料内の架橋剤の分布に基づいて、構造緩和された一対のポリマー粒子モデル5、5を連結することができるため、解析対象の架橋された高分子材料を精度よく再現しうる高分子材料モデル8を作成することができる。さらに、この実施形態の作成方法では、特定された一対のポリマー粒子モデル5、5間を直接接続しているため、高分子材料モデル8を用いたシミュレーションにおいて、架橋剤粒子モデル3を対象とした計算を省略することができる。従って、この実施形態の作成方法では、高分子材料の開発に要する時間を、大幅に短縮しうる。
【0080】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0081】
高分子成分と架橋剤とを含有する高分子材料から、コンピュータを用いた分子動力学計算で使用するための高分子材料モデルが作成された(実施例、比較例)。実施例及び比較例では、高分子材料内の架橋剤の分布(
図6に示す)に基づいて、
図7に示されるように、架橋剤粒子モデルがセル内に配置された。さらに、実施例及び比較例では、高分子材料内の高分子成分の分布(
図6に示す)に基づいて、
図8に示されるように、分子鎖モデルがセル内に配置された。
【0082】
実施例では、
図9に示した処理手順に従い、分子動力学計算に基づいて、架橋剤粒子モデルのセル内での位置を維持しつつ、分子鎖モデルを対象に構造緩和を計算する緩和工程と、さらに、実施例では、
図11に示した処理手順に従い、隣接する分子鎖モデルについて、架橋剤粒子モデルの位置から予め定められた範囲内に存在する一対のポリマー粒子モデルを連結する結合工程とが実施された。
【0083】
比較例では、実施例のように架橋剤粒子モデルのセル内での位置を維持することなく、セル内に配置された分子鎖モデル及び架橋剤粒子モデルを対象に構造緩和を計算する工程と、ポリマー粒子モデルと架橋剤粒子モデルとの距離が所定の距離以下になった場合に、ポリマー粒子モデルと架橋剤粒子モデルとを結合する工程とが実施された。共通仕様は、次のとおりである。
コンピュータ:SGI社のワークステーション
CPUのコア数:12コア
搭載メモリ:64GB
高分子材料:ブタジエンゴム+スチレンブタジエンゴム+架橋剤(硫黄)
高分子材料モデル:
セルの1辺の長さL1a、L1b:20.1σ、L1c:38.8σ
分子鎖モデル:
第1分子鎖モデル:
セルに配置される数:40本
1本当たりのポリマー粒子モデルの個数:200個
第2分子鎖モデル:
セルに配置される数:40本
1本当たりのポリマー粒子モデルの個数:200個
ポリマー粒子モデルの粒子径D1:1σ
架橋剤粒子モデル:
セルに配置される個数:228個
粒子径D2:1σ
なお、σは、無次元の長さ単位である。
【0084】
図17は、比較例の高分子材料モデルの架橋剤粒子モデルを示す概念図である。
図17は、分子鎖モデルを省略して示している。
図18(a)は、実施例の高分子材料モデルの分子鎖モデル及び架橋剤モデルの分布の一例を示すグラフである。
図18(b)は、比較例の高分子材料モデルの分子鎖モデル及び架橋剤モデルの分布の一例を示すグラフである。
【0085】
実施例では、
図18(a)に示されるように、高分子材料モデルの分子鎖モデル及び架橋剤モデルの分布を、
図6に示した架橋剤及び高分子成分の分布に近似させることができた。他方、比較例では、
図17に示されるように、架橋剤粒子モデルがセルの広範囲に拡散した。このため、比較例では、
図18(b)に示されるように、高分子材料モデルの分子鎖モデル及び架橋剤モデルの分布と、
図6に示した架橋剤及び高分子成分の分布とが大きく異なった。従って、実施例は、比較例に比べて、解析対象の架橋された高分子材料を精度よく再現できた。