特許第6795184号(P6795184)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6795184
(24)【登録日】2020年11月16日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】新規インスリン分泌不全マウス
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20201119BHJP
【FI】
   A01K67/027
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2016-233272(P2016-233272)
(22)【出願日】2016年11月30日
(65)【公開番号】特開2018-88848(P2018-88848A)
(43)【公開日】2018年6月14日
【審査請求日】2019年11月29日
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02377
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 宣哉
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 隼人
【審査官】 太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】 Journal of Veterinary Medical Science,2016年 5月30日,Vol. 78,pp. 1413-1420
【文献】 Journal of Veterinary Medical Science,2010年 5月18日,Vol. 72,pp. 1313-1318
【文献】 河崎医学会誌,2014年,Vol. 40,pp. 13-26
【文献】 Biomedical Research,2012年,Vol. 33,pp. 53-56
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
AGRICOLA(STN)
FSTA(STN)
TOXCENTER(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号(NITE P−02377)であるマウス。
【請求項2】
自然発症糖尿病モデル動物である、請求項1に記載のマウス。
【請求項3】
インスリン分泌不全である、請求項1又は2に記載のマウス。
【請求項4】
非肥満型である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のマウス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規インスリン分泌不全マウスに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は1型糖尿病と2型糖尿病に大別される。1型糖尿病は膵島のβ細胞の減少によるインスリン欠乏が主因である。一方、2型糖尿病はインスリンの分泌の減少やインスリン感受性の低下に起因する。ヒト糖尿病の大部分が2型糖尿病であり、西欧人では肥満型で、インスリン分泌能力は高いが末梢組織でのインスリン抵抗性が強い。一方、日本人は非肥満型で、末梢組織でのインスリン抵抗性は軽度であるが、インスリン分泌能が低い特徴がある。自然発症糖尿病モデル動物としては、約30種が知られている(例えば、非特許文献1〜3を参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Srinivasan K. and Ramarao P., Animal models in type 2 diabetes research: an overview, Indian J. Med. Res., 125 (3), 451-472, 2007.
【非特許文献2】King A. J., The use of animal models in diabetes research, Br. J. Pharmacol., 166 (3), 877-894, 2012.
【非特許文献3】Chatzigeorgiou A., Halapas A., Kalafatakis K., Kamper E., The use of animal models in the study of diabetes mellitus, In Vivo, 23 (2), 245-258, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来知られている糖尿病モデル動物のうち、2型糖尿病自然発症モデル動物は、その多くがインスリン抵抗性・肥満型タイプであり、日本人に多い、インスリン分泌不全・非肥満型タイプは少ない。そこで、本発明は、インスリン分泌不全・非肥満型タイプである、新規の自然発症2型糖尿病モデル動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]受託番号(NITE P−02377)であるマウス。
[2]自然発症糖尿病モデル動物である、[1]に記載のマウス。
[3]インスリン分泌不全である、[1]又は[2]に記載のマウス。
[4]非肥満型である、[1]〜[3]のいずれかに記載のマウス。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、インスリン分泌不全・非肥満型タイプである、新規の自然発症2型糖尿病モデル動物を提供することができる。本マウスは、糖尿病の病態進展機構の解明、予防・治療薬の開発、新規バイオマーカーの開発等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】(a)及び(b)は、実験例2における糖尿病の発症率の推移を示すグラフである。(c)は、実験例2における生存率の推移を示すグラフである。
図2】(a)及び(b)は、実験例3におけるヘマトキシリン・エオシン染色の結果を示す顕微鏡写真である。(c)は、実験例3における免疫染色の結果を示す顕微鏡写真である。
図3】(a)は、実験例4における血中グルコース濃度の経時変化を示すグラフである。(b)は、実験例4における血中インスリン濃度の経時変化を示すグラフである。
図4】実験例5における血中グルコース濃度の経時変化を示すグラフである。
図5】実験例6における血中インスリン濃度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1実施形態において、本発明は、受託番号(NITE P−02377)であるマウス(以下、「ihs(insulin hyposecretion)マウス」という場合がある。)を提供する。本実施形態のマウスは、受託番号NITE P−02377である受精卵を、定法にしたがって仮親に移植して産仔を作出することにより得ることができる。
【0009】
実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態のマウスを見出した。このマウスは、雄のみで糖尿病を発症し、12週齢で30%、42週齢で約90%の個体が糖尿病を発症した。したがって、本実施形態のマウスは自然発症糖尿病モデル動物である。
【0010】
また、実施例において後述するように、本実施形態のマウスを解析した結果、膵島の形態的異常及びリンパ球浸潤は認められないことが明らかとなった。また、本実施形態のマウスの膵島におけるインスリン陽性細胞数は正常であった。また、血中のインスリン分泌が顕著に低いことが明らかとなった。更に、本実施形態のマウスにはインスリン抵抗性が認められないことが明らかとなった。したがって、本実施形態のマウスはインスリン分泌不全型の糖尿病モデル動物である。
【0011】
また、実施例において後述するように、本実施形態のマウスは、対照マウスと比較して体重変化に差が認められず、非肥満型であることが明らかとなった。したがって、本実施形態のマウスは非肥満型の糖尿病モデル動物である。
【0012】
また、実施例において後述するように、本実施形態のマウスには、既知の糖尿病関連遺伝子の変異が認められなかった。したがって、本実施形態のマウスは新規の糖尿病モデル動物である。
【0013】
以上のことから、本実施形態のマウスは、日本人に多い、インスリン分泌不全・非肥満型タイプの自然発症2型糖尿病モデル動物であるといえる。また、インスリン分泌不全・非肥満を特徴とする家族性若年糖尿病(maturity−onset diabetes of the young:MODY)のモデルであるということもできる。本実施形態のマウスを解析することにより、インスリン分泌不全・非肥満型タイプの2型糖尿病について、糖尿病の病態進展機構の解明、予防・治療薬の開発、新規バイオマーカーの開発等を行うことができる。
【実施例】
【0014】
次に実験例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0015】
[実験例1]
(コンジェニックマウスの作製)
発明者らは、慢性腎症の研究の一環として、慢性腎症モデルである、ICR−derived glomerulonephritis(ICGN)マウスの原因遺伝子であるTns2を、C57BL/6マウスの野生型Tns2遺伝子に置き換えたコンジェニックマウスを作製した。その結果、偶然にも、このマウスが多飲多尿等の糖尿病様症状を呈することを見出した。そこで、このマウスを、ihs(insulin hyposecretion)マウスと命名し、更に検討を行った。
【0016】
樹立したihsマウスの受精卵を、独立行政法人製品評価技術基盤機構(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託した(受託日:平成28年11月11日、受託番号:NITE P−02377、微生物の識別の表示「ihsマウス胚」)。
【0017】
[実験例2]
(ihsマウスの糖尿病の病態の検討)
雄18頭、雌16頭のihsマウスを飼育し、糖尿病の発症を検討した。糖尿病の発症は、血糖値250mg/dl以上であること、及び尿糖陽性であることをそれぞれ指標とした。
【0018】
図1(a)は、血糖値250mg/dl以上であることを指標として糖尿病の発症率の推移を検討した結果を示すグラフである。その結果、ihsマウスは、雄のみで糖尿病を自然発症することが明らかとなった。また、ihsマウスの雄は、12週齢で30%、42週齢で約90%の個体が糖尿病を自然発症することが明らかとなった。更に、ihsマウスはやせ型(非肥満型)であることが観察された。
【0019】
また、図1(b)は、尿糖が陽性であることを指標として糖尿病の発症率を検討した結果を示すグラフである。その結果、血糖値250mg/dl以上であることを指標として検討した場合と同様に、ihsマウスは、雄のみで糖尿病を自然発症することが明らかとなった。また、ihsマウスの雄は、12週齢で30%、42週齢で約90%の個体が糖尿病を自然発症することが明らかとなった。
【0020】
また、雄10頭、雌16頭のihsマウスを飼育し、生存率の推移を検討した。図1(c)は生存率の推移を示すグラフである。その結果、ihsマウスの雄の生存率は18週齢で約80%であり、48週齢で約60%であることが明らかとなった。
【0021】
[実験例3]
(膵臓組織の検討)
48週齢のihsマウスの雄の膵臓組織切片をヘマトキシリン・エオシン染色して顕微鏡観察した。また、対照として48週齢のC57BL/6マウスの膵臓組織切片を同様に染色して観察した。図2(a)及び(b)は、それぞれ対照マウス及びihsマウスの膵臓組織切片の顕微鏡写真を示す。倍率は100倍である。その結果、ihsマウスの膵島には、形態的異常が認められず、また、リンパ球浸潤も認められなかった。
【0022】
続いて、13週齢のihsマウスの雄の膵臓組織切片を免疫染色し、インスリンの存在を確認した。なお、13週齢のihsマウスは高血糖を示し、尿糖も陽性であった。図2(c)は免疫染色の結果を示す顕微鏡写真である。倍率は100倍である。その結果、13週齢のihsマウスの雄の膵臓組織切片では、インスリンが正常に発現していることが確認された。また、インスリン陽性細胞数も正常であった。
【0023】
[実験例4]
(経口糖負荷試験)
10週齢のihsマウスの雄に2mg/kgのブドウ糖を経口投与し、血中グルコース濃度及び血中インスリン濃度を経時的に測定した。対照として、10週齢のICRマウスを使用した。
【0024】
図3(a)は血中グルコース濃度の経時変化を示すグラフである。また、図3(b)は、血中インスリン濃度の経時変化を示すグラフである。その結果、ihsマウスではインスリンが正常に分泌されず、耐糖能異常を示すことが明らかとなった。
【0025】
[実験例5]
(インスリン負荷試験)
10週齢のihsマウスの雄に0.75IU/kgのインスリン(ヒューマリン)を腹腔内注射し、血中グルコース濃度を経時的に測定した。対照として、10週齢のICRマウスを使用した。
【0026】
図4は血中グルコース濃度の経時変化を示すグラフである。その結果、10週齢のihsマウスにはインスリン抵抗性が認められないことが明らかとなった。
【0027】
[実験例6]
(血中インスリン濃度の検討)
1年齢のihsマウスの雄の血中インスリン濃度を測定した。インスリン濃度の測定は随時(食餌を自由摂取させた条件下)及び絶食時について行った。また、比較のために、1年齢のC57BL/6マウス及びICRマウスを使用して同様の検討を行なった。
【0028】
図5は、血中インスリン濃度の測定結果を示すグラフである。その結果、ihsマウスは、随時においても絶食時においても血中のインスリン濃度が顕著に低いことが明らかとなった。
【0029】
[実験例7]
(糖尿病関連遺伝子の変異の解析)
ihsマウスにおける既知の糖尿病関連遺伝子の変異を解析した。具体的には、Ins1、Ins2、GLIS3、GLUT2、GCK、KCNJ11、ABCC8、PDX1、HNF4A、HNF1A、HNF1B、NEUROD1、PAX4、WFS1、GLP1R、GIPR、Epac、Epac2、INSR、IRS1及びIRS2遺伝子の塩基配列をシークエンスし、変異の存在の有無を検討した。その結果、ihsマウスは、これらの遺伝子に変異を有しないことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により、インスリン分泌不全・非肥満型タイプである、新規の自然発症2型糖尿病モデル動物を提供することができる。本マウスは、糖尿病の病態進展機構の解明、予防・治療薬の開発、新規バイオマーカーの開発等に有用である。
【受託番号】
【0031】
NITE P−02377
図1
図2
図3
図4
図5