(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6795850
(24)【登録日】2020年11月17日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】腫瘍の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20201119BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20201119BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20201119BHJP
【FI】
G01N33/50 H
G01N33/68
G01N33/574
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-542759(P2017-542759)
(86)(22)【出願日】2016年9月30日
(86)【国際出願番号】JP2016004432
(87)【国際公開番号】WO2017056507
(87)【国際公開日】20170406
【審査請求日】2019年8月28日
(31)【優先権主張番号】特願2015-196707(P2015-196707)
(32)【優先日】2015年10月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506346543
【氏名又は名称】株式会社テルミーソリューションズ
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】特許業務法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】山本 光平
【審査官】
三好 貴大
(56)【参考文献】
【文献】
特表2015−522647(JP,A)
【文献】
CHOI, M.H. et al.,Increased Polyamine Concentrations in the Hair of Cancer Patients,Clinical Chemistry,2001年 1月,Vol. 47, Issue 1,p. 143-144,URL,http://clinchem.aaccjnls.org/content/47/1/143
【文献】
高山卓大ほか,毛髪中11種ポリアミン類のLC/ESI-MS/MS分析,バイオメディカル分析化学シンポジウム公演要旨集,2013年 8月 2日,Vol. 26,p. 178-179
【文献】
MIN, J.Z. et al.,A quantitative analysis of the polyamine in lung cancer patient fingernails by LC-ESI-MS/MS,Biomedical chromatography,2013年10月 9日,Vol. 28, Issue 4,p. 492-499
【文献】
O'BRIEN, T.G. et al.,Ornithine Decarboxylase Overexpression Is a Sufficient Condition for Tumor Promotion in Mouse Skin,Cancer Research,1997年 7月 1日,Vol. 57,p. 2630-2637,URL,http://cancerres.aacrjournals.org/content/canres/57/13/2630.full.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者の毛髪を生体試料として用い、
前記毛髪のオルニチンの含有量を測定する第一工程と、
前記含有量を健常者の毛髪に関する正常値と比較する第二工程と、を含み、
前記含有量が前記正常値よりも大きくなる場合に、腫瘍が存在する可能性を示すこと、
を特徴とする腫瘍の検出を補助する方法。
【請求項2】
前記第一工程で質量分析法を用いること、
を特徴とする請求項1に記載の腫瘍の検出を補助する方法。
【請求項3】
前記第一工程の前記測定に関する試料調整の前処理として、前記毛髪に乾式粉砕を施すこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の腫瘍の検出を補助する方法。
【請求項4】
前記第二工程において、前記健常者と前記被検者の年齢差を±5歳とすること、
を特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の腫瘍の検出を補助する方法。
【請求項5】
前記第二工程において、前記健常者を前記被検者と同一の人種及び性別とすること、
を特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の腫瘍の検出を補助する方法。
【請求項6】
前記毛髪が美容院又は理容院で採取されたものであること、
を特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の腫瘍の検出を補助する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪を利用した簡便かつ安価な腫瘍の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、腫瘍診断の需要が増加しているところ、胃がん検診の場合はX線検査、乳がん検診の場合は視触診及びX腺(マンモグラフィー)検査の組み合わせ等のように、一般的には検診毎に異なる手法が用いられている。
【0003】
しかしながら、X線等を用いた検査は被検者への負担が大きくなるだけでなく、費用及び時間的な観点からも問題がある。また、検査できる機関や場所が限られていることから、受診率が高いとは言い難い。ここで、腫瘍の有無について簡便かつ安価に一次診断(スクリーニング)することができれば、定期的な状況確認が可能となり、腫瘍の早期発見によって治療の可能性を飛躍的に高めることができる。
【0004】
これに対し、例えば、特許文献1(特許第4608432号公報)では、N
1,N
12−ジアセチルスペルミンに対する抗体と生体試料とを反応させることを特徴とする早期癌の検出方法であって、生体試料を尿とする検出方法、が提案されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の検出方法においては、ジアセチルスペルミンが腫瘍マーカーとして有用である点を見出し、ジアセチルスペルミン類似物質であるその他の尿中ポリアミンには交差反応せず、ジアセチルスペルミンに対してのみ特異的に反応する抗体を作製することに成功した、としている。
【0006】
また、特許文献2(国際公開第WO2011/136343号)では、生体組織中のN
1,N
12−ジアセチルスペルミンの量を測定し、得られる測定結果と腫瘍とを関連づけることを特徴とする腫瘍の検出方法であって、当該測定は、患部組織中のN
1,N
12−ジアセチルスペルミンの量と当該患部周辺の正常組織中のN
1,N
12−ジアセチルスペルミンの量とをともに測定するものであることを特徴とする検出方法、が提案されている。
【0007】
上記特許文献2に記載の検出方法においては、同一個体(同一患者等)に由来する生体組織、すなわち患部組織とその周辺の正常組織とについて、単位組織重量あたりのN
1,N
12−ジアセチルスペルミン含有量を比較することにより、当該含有量の個体差による影響を消去することができるため、極めて高い確度で癌組織の存在を判定することができる、としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4608432号公報
【特許文献2】国際公開第WO2011/136343号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に記載の検出方法では、被検者自身が汚染を排して尿を採取し、分析機関に送付する必要がある。更に、尿の組成は体調に影響されやすいことに加え、悪性腫瘍以外の炎症、感染症、熱傷及び膠原病等によってもポリアミン量が高値を示すことが知られている。
【0010】
また、上記特許文献2に記載の検出方法では、外科的手術による切除、内視鏡下生検及び針生検等によって被検者から生体組織を採取する必要があり、被検者の身体的負担が大きくなってしまう。また、費用及び時間的な問題も依然として存在している。
【0011】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、簡便かつ安価な腫瘍の検出方法であって、一次診断として十分な確度を有すると共に安定的に利用可能な腫瘍の検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記目的を達成すべく、腫瘍の検出方法について鋭意研究を重ねた結果、毛髪のポリアミン含有量を測定すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
即ち、本発明は、
被検者の毛髪を生体試料として用い、
前記毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定する第一工程と、
前記含有量を健常者の毛髪に関する正常値と比較する第二工程と、を含み、
前記含有量が前記正常値よりも大きくなる場合に、腫瘍が存在する可能性があると判定すること、
を特徴とする腫瘍の検出方法を提供する。
【0014】
ポリアミンは、プトレッシン、カダベリン、スペルミジン及びスペルミン並びにそれらの誘導体等の総称で、アミノ酸の一種であるアルギニンやオルニチンによって体内で合成され、生体内に広く分布する生理活性物質である。ポリアミンの代謝は細胞増殖と関連して活性化され、種々の癌組織で正常組織と比較して含有量が増加することが知られている。
【0015】
ポリアミンに着目した従来の腫瘍の検出方法では、生体試料が癌組織や尿であることから、採取が困難である等の問題があった。これに対し、本発明の腫瘍の検出方法においては、被検者の毛髪を生体試料とすることで、被検者の身体的負担を大幅に低減することができることに加え、被検者自身によって生体試料を容易に採取することができる。なお、毛髪のポリアミン含有量を評価する着想は本発明者によって初めてなされたものであり、当該含有量と腫瘍の存在に相関があることは、本発明者の検証によって明らかになったものである。
【0016】
オルニチン(ORN)はアミノ酸の1種で、尿素回路を構成する物質の1つである。本発明者は、癌患者の毛髪に含まれるオルニチン(ORN)含有量について鋭意検討した結果、癌患者の毛髪ではオルニチン(ORN)含有量が増加する傾向にあるということが明らかとなった。つまり、当該オルニチン(ORN)含有量によっても腫瘍の有無を簡便かつ効率的にスクリーニングすることができる。
【0017】
第一工程において毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて、従来公知の測定方法を用いることができるが、各種質量分析を用いることが好ましい。質量分析としては、例えば液体クロマトグラフィー質量分析(LC/MS/MS分析)やエレクトロスプレーイオン化液体クロマトグラフィー質量分析(LC/ESI−MS/MS分析)を用いることができる。
【0018】
ここで、前記第一工程の前記測定に関する試料調整の前処理として、前記毛髪に乾式粉砕を施すこと、が好ましい。抽出溶媒中で湿式粉砕する毛髪に対して予め乾式粉砕を施すことで、溶媒中への被測定成分の抽出を効率的に行うことができ、質量分析で得られる測定強度を向上させることができる。
【0019】
第二工程における毛髪のポリアミンやオルニチンの含有量の比較において、「健常者の毛髪に関する正常値」とは、被検者自身に関する過去の測定値及び/又は予め取得したデータベース(種々の年齢、性別及び人種の健常者から毛髪を採取してポリアミンやオルニチンの含有量を測定して作成したもの)の値を用いることができる。
【0020】
本発明の腫瘍の検出方法においては、第一工程で測定されたポリアミン及び/又はオルニチンの含有量が正常値の標準偏差以上となる場合に、腫瘍が存在する可能性がると判定(陽性判定)乃至は警告することで、被検者は極めて高い確度で腫瘍の存在を認識することができる。なお、腫瘍の種類や場所等のより詳細な情報が必要な場合は、本発明の腫瘍の検出方法によって陽性と判定された後に一般的な検査を受診すればよい。
【0021】
本発明の腫瘍の検出方法においては、前記第一工程において、前記オルニチンの前記含有量を測定し、前記第二工程において、前記オルニチンの前記含有量を前記正常値と比較すること、が好ましい。腫瘍が存在すると毛髪のポリアミン及びオルニチンの含有量が増加する傾向にあるが、特にオルニチンにおいて顕著であり、オルニチンの含有量を指標とすることで簡便かつ効率的に腫瘍を検出することができる。
【0022】
また、本発明の腫瘍の検出方法においては、前記ポリアミンがスペルミン、スペルミジン、プトレッシン及びジアミノプロパンからなる群から選択される少なくとも一つのポリアミンであること、が好ましく、スペルミジンであることがより好ましい。腫瘍が存在すると毛髪のポリアミン含有量が増加する傾向にあるが、特にスペルミン、スペルミジン、プトレッシン及びジアミノプロパンにおいて顕著であり、スペルミジンにおいて最も明瞭に現れる場合が多い。
【0023】
また、本発明の腫瘍の検出方法においては、健常者と被検者の年齢差を±5歳とすること、が好ましい。毛髪のポリアミン及びオルニチンの含有量は被検者の年齢に影響されるが、健常者と被検者の年齢差を±5歳とすることで、腫瘍の検出をより正確に行うことができる。
【0024】
また、本発明の腫瘍の検出方法においては、健常者を被検者と同一の人種及び性別とすること、が好ましい。毛髪のポリアミン及びオルニチンの含有量は人種及び性別にも影響されることから、健常者と被検者を同じ人種及び性別とすることで、腫瘍の検出をより正確に行うことができる。
【0025】
また、本発明の腫瘍の検出方法においては、前記毛髪が美容院又は理容院で採取されたものであること、が好ましい。美容院及び理容院は定期的に通う場所であることに加え、カットされた毛髪の採取が容易であり、不要な労力を用いることなく生体試料を確保することができる。また、美容師又は理容師に予め説明しておくことで、採取する毛髪の場所及び洗浄状態等を一定に保つことができる。
【0026】
更に、本発明の腫瘍の検出方法においては、美容院又は理容院の顧客管理システム等により、毛髪採取の履歴を残すことで、継続的に採取情報を確認することができ、「健康に対する気づき」や「受診率及び発見率の向上」等に資することができる。美容院又は理容院は店舗数が多いだけでなく、種々の顧客情報を保有していることから、生体試料としての毛髪を採取する場所として好適に活用することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、簡便かつ安価な腫瘍の検出方法であって、一次診断として十分な確度を有すると共に安定的に利用可能な腫瘍の検出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】ポリアミン類の含有量の平均値及び標準偏差を示すグラフである。
【
図3】オルニチン含有量の平均値を示すグラフである。
【
図5】実施例3におけるオルニチンの測定結果である。
【
図6】実施例3におけるジアミノプロパンの測定結果である。
【
図7】実施例3におけるプトレシンの測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照しながら本発明の腫瘍の検出方法の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。
【0030】
図1は、本発明の腫瘍の検出方法の工程図である。本発明の腫瘍の検出方法は、被検者から採取した毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定する第一工程(S01)と、ポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を比較する第二工程(S02)と、を含んでいる。以下、これら各工程について詳細に説明する。
【0031】
(1)毛髪の採取(予備工程(S00))
予備工程(S00)は、被検者から毛髪を採取し、生体試料を確保する工程である。毛髪を採取する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されないが、可能な限り汚染を排し、定期的に検査を行う場合は略同一箇所から採取することが好ましい。
【0032】
毛髪の採取は被検者自身によっても容易に行うことができるが、美容院又は理容院で採取してもらうことで、採取する毛髪の場所及び洗浄状態等を一定に保つことができる。また、美容院又は理容院は定期的に通う場所であり、無数に存在することから、無理なく継続的に腫瘍の有無を確認するための毛髪を採取することができる。
【0033】
(2)ポリアミン及び/又はオルニチンの含有量の測定(第一工程(S01))
第一工程(S01)は、生体試料である毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定する工程である。上述のとおり、毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定する方法は、本発明の効果を損なわない限りにおいて、従来公知の測定方法を用いることができるが、各種質量分析を用いることが好ましい。質量分析としては、例えば、LC/MS/MS分析やLC/ESI−MS/MS分析を用いることができる。
【0034】
質量分析を用いて毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定する場合、細かく裁断した毛髪を超音波洗浄後、乾燥させた毛髪をミクロ粉砕機で微粉末とすることで測定用試料を得ることができる。
【0035】
ここで、上述の通り、試料調整の前処理として、毛髪に乾式粉砕を施すこと、が好ましい。抽出溶媒中で湿式粉砕する毛髪に対して予め乾式粉砕を施すことで、溶媒中への被測定成分の抽出を効率的に行うことができ、質量分析で得られる測定強度を向上させることができる。
【0036】
得られた測定用試料について、例えば、An ultra−performance liquid chromatography−electrospray tandem mass spectrometry (UPLC−ESI−MS/MS)methodを用いることによって、11種のポリアミン類(スペルミン(SPM),N−アセチルスペルミン(N−actSPM),スペルミジン(SPD),N,N−ジアセチルスペルミン(N,N−diactSPM),N1−アセチルスペルミジン(N1−actSPD),N8−アセチルスペルミジン(N8−actSPD),カダベリン(CAD),プットレシン(PUT),ジアミノプロパン(DAP),N,N−ジアセチルスペルミジン(N,N−diactSPD),N−アセチルプトレッシン(N−actPUT))を完全に分離・検出することができる。なお、同様の測定によりオルニチン(ORN)の含有量も知ることができる。本発明者は、癌患者の毛髪ではオルニチン(ORN)含有量が増加する傾向にあるということも明らかにしており、当該オルニチン(ORN)含有量によっても腫瘍の有無をスクリーニングすることができる。
【0037】
(3)ポリアミン及び/又はオルニチンの含有量の比較(第二工程(S02))
第二工程(S02)は、第一工程(S01)で得られた毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量と、健常者の毛髪に関する正常値と、を比較して、腫瘍の存在の有無を判定する工程である。第一工程(S01)で得られた毛髪のポリアミン及び/又はオルニチンの含有量が健常者の毛髪に関する正常値よりも大きい場合に、腫瘍存在の可能性がある。ここで、上述のとおり、「健常者の毛髪に関する正常値」とは、被検者自身に関する過去の測定値(腫瘍がないと認められる状態において測定されたもの)及び/又は予め取得したデータベース(種々の年齢、性別及び人種の健常者から毛髪を採取してポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定して作成したもの)の値を用いることができる。
【0038】
ここで、被検者に関する値と比較する値は、当該被検者との年齢差が±5歳となる健常者から採取された毛髪の値であることが好ましい。毛髪のポリアミンやオルニチンの含有量は年齢によって多少変化するところ、年齢差を±5歳とすることでより正確に腫瘍の有無に関するスクリーニングを実現することができる。
【0039】
更に、被検者に関する値と比較する値は、当該被検者と同一の人種及び性別である健常者から採取された毛髪の値であることが好ましい。毛髪のポリアミンやオルニチンの含有量は人種及び性別によって多少変化するところ、人種及び性別を同一とすることでより正確に腫瘍の有無に関するスクリーニングを実現することができる。
【0040】
健常者の毛髪に関する正常値は、被検者の特徴に合致する特定の値を用いることもできるが、可能な限り多くの値を参照することが好ましい。被検者の特徴(年齢差、人種及び性別)と一致又は類似する健常者に関する複数のデータを参照することで、より正確に腫瘍の有無に関するスクリーニングを実現することができる。
【0041】
本発明の腫瘍の検出方法においては、第一工程で測定されたポリアミンやオルニチンの含有量が正常値の標準偏差以上となる場合に、腫瘍が存在する可能性があると判定(陽性判定)乃至は警告することで、被検者は極めて高い確度で腫瘍の存在を認識することができる。なお、腫瘍の種類や場所等のより詳細な情報が必要な場合は、本発明の腫瘍の検出方法によって陽性と判定された後に一般的な検査を受診すればよい。
【0042】
ここで、上述の通り、腫瘍が存在する可能性があるとの判定(陽性判定)乃至は警告は、被検者自身に関する過去の測定値(腫瘍がないと認められる状態において測定されたもの)及び/又は予め取得したデータベース(種々の年齢、性別及び人種の健常者から毛髪を採取してポリアミン及び/又はオルニチンの含有量を測定して作成したもの)の値が基準となるが、例えば、オルニチンを指標とする場合、毛髪1mg当たりの検出値が25pmol以上となった場合に陽性判定とすることができ、より確実には50pmol以上となった場合に陽性判定とすることができる。
【0043】
また、本発明の腫瘍の検出方法においては、比較対象とするポリアミンをスペルミン、スペルミジン、プトレッシン及びジアミノプロパンからなる群から選択される少なくとも一つのポリアミンとすること、が好ましく、スペルミジンとすることがより好ましい。腫瘍が存在すると毛髪のポリアミン含有量が増加する傾向にあるが、特にスペルミン、スペルミジン、プトレッシン及びジアミノプロパンにおいて顕著であり、スペルミジンにおいて最も明瞭に現れる場合が多い。
【0044】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0045】
≪実施例1≫
6名の健常者及び5名の癌患者から採取した毛髪について、オルニチン及びポリアミン類の含有量を測定した。具体的には、採取した毛髪を細かく裁断し、0.1%SDS溶液で超音波処理後、溶液を除去し、精製水を加えて超音波処理を二回繰り返し、SDSを除去した。乾燥後、マイクロ天秤で1mg程度を量り取り、抽出溶媒及びI.S.の1,6−ジアミノヘキサン(DAH)を加え、タングステンビーズを入れミクロ粉砕機で微粉末としつつ抽出し、フィルターろ過後上澄液を分取した。
【0046】
溶媒留去後、4−(N,N−dimethylaminosulfonyl)−7−fluoro−2,1,3−benzoxadiazole(DBD−F)及び緩衝液を加えて反応させ、UPLC−ESI−MS/MS(Waters Xevo TQ−S)でポリアミン類の含有量を測定した。結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
ポリアミン類の含有量に関し、得られた測定値を用いて算出した平均値及び標準偏差を
図2に示す。測定されたポリアミン類の全てにおいて、含有量は健常者よりも癌患者の方が大きくなる傾向が認められる。
【0049】
ここで、スペルミン(SPM)、スペルミジン(SPD)、プトレッシン(PUT)及びジアミノプロパン(DAP)で健常者と癌患者の値が大きく異なっており、癌患者の平均値が健常者の標準偏差以上となっている。特に、スペルミン(SPM)では健常者と癌患者の差が顕著であり、最も感受性の高い指標として用いることができる。
【0050】
健常者及び癌患者のオルニチンの平均含有量を
図3に示す。癌患者のオルニチン含有量は健常者よりも大きくなっており、当該結果は腫瘍の有無を判断するスクリーニングにオルニチン含有量の使用も可能であることを示している。
【0051】
≪実施例2≫
23名から採取した毛髪(各被検者から約20本を採取)について、オルニチン及びポリアミン類の含有量を測定した。ここで、23名には、大腸癌転移の肝臓癌患者1名と食道癌患者1名が含まれており、残りの21名については自身が癌患者か否かを認識していない。採取された毛髪について、
図4に示す分析フローにてオルニチン及びポリアミン類の含有量を測定した。なお、初回の粉砕は乾式粉砕であり、その後の粉砕は湿式粉砕である。
【0052】
図4に示す分析フローに記載の各試薬は、以下のように調整した。
1.0.1%SDS溶液
ドデシル硫酸ナトリウム(和光純薬,生化学用)1gと超純水1000mLを混合、溶解し、ポリ容器に保管した。
2.抽出溶媒
メタノール(和光純薬,残留農薬用)40mLと5M HCl(電子工業用)2mLを混合し、ガラス容器に保管した。
3.0.1M Borax(pH 9.3)
四ホウ酸ナトリウム・10水(和光純薬,特級)38.137gとEDTA・2Na(同仁化学)0.0372gと超純水100mLとを混合、溶解し、ポリ容器に保管した。
4.40mM DBD−F(4−(N,N−dimethyaminosuluphonyl)−7−fluoro−2,1,3−benzoxadiazole)
DBD−F(東京化成)100mgとアセトニトリル(和光純薬,LC/MS用)10mLとを混合、溶解し、褐色ガラス容器で冷蔵保管した。
5.80mM DBD−F(4−(N,N−dimethyaminosuluphonyl)−7−fluoro−2,1,3−benzoxadiazole)
DBD−F(東京化成)100mgとアセトニトリル(和光純薬,LC/MS用)5mLとを混合、溶解し、褐色ガラス容器で冷蔵保管した
6.0.1%ギ酸水溶液
ギ酸(和光純薬,特級)0.5mLと超純水500mLとを混合し、褐色ガラス容器に保管した。
7.0.1%ギ酸アセトニトリル溶液
ギ酸(和光純薬,特級)0.5mLとアセトニトリル(和光純薬,LC/MS用)500mLとを混合し、褐色ガラス容器に保管した。
【0053】
LC/MS/MS分析に関し、分離機器には島津製作所製のUFLCシステムを用い、カラムには資生堂製のCAPCELL PAK C18 BB−H(3μm,150mm,2.1mmlD)を用いた。また、質量分析計にはABSciex製のAPI3200を用いた。測定に供した毛髪の情報を表2に、計測されたオルニチン及びポリアミン類の含有量を表3にそれぞれ示す。なお、表3の数値の単位は「pmol/mg Hari」であり、毛髪1ミリグラムから検出された量(nmol)に液量を掛けて毛髪重量で割った値が記載されている。
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】
【0056】
癌患者であることが明らかな試料番号12及び13から検出されたオルニチン(ORN)濃度は、共に52pmol/mg Hariであり、健常者の平均値(5pmol/mg Hari)と比較して10倍程度高くなっている。このように、毛髪から検出されるオルニチン(ORN)量には、癌患者と健常者の間で明確な差異が認められる。
【0057】
更に、癌患者であることが明らかな試料番号12及び13から検出されたポリアミン類の合計は、それぞれ190pmol/mg Hari及び217pmol/mg Hariであり、健常者の平均値(136pmol/mg Hair)よりも明確に高くなっている。これらの結果より、毛髪から検出されるオルニチン(ORN)及びポリアミン類は、癌の有無を示す指標として有効であることが分かる。
【0058】
≪実施例3≫
同一の健常者から採取した毛髪1mgについて、粉砕工程以外は実施例2と同様の方法(
図4に示す分析フロー)にてオルニチン、ジアミノプロパン及びプトレシンの含有量を測定した。ここで、各成分の検出量に及ぼす粉砕工程の影響を確認するため、異なる時間の湿式粉砕を施した毛髪と、異なる時間の乾式粉砕を施した後に10分間の湿式粉砕を施した毛髪について評価を行った。
【0059】
オルニチン、ジアミノプロパン及びプトレシンの測定結果を
図5、
図6及び
図7にそれぞれ示す。いずれの図においても、横軸は乾式粉砕又は湿式粉砕の時間を示している。なお、縦軸はnmol/1 mg hair(ナノモーラー/毛髪1ミリグラム)である。
【0060】
図5〜
図7に示されている結果より、湿式粉砕の予備処理として乾式粉砕を施した毛髪においては、いずれの成分についても検出量(検出感度)が増加していることが分かる。一方で、湿式粉砕のみを施す場合、粉砕時間を長くすることは検出量(検出感度)の増加にあまり寄与しておらず、乾式粉砕を施した場合よりも良好な測定値は得られていない。