(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6795954
(24)【登録日】2020年11月17日
(45)【発行日】2020年12月2日
(54)【発明の名称】アルミニウムめっき用電解液及びアルミニウムの製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 3/66 20060101AFI20201119BHJP
【FI】
C25D3/66
【請求項の数】2
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-223833(P2016-223833)
(22)【出願日】2016年11月17日
(65)【公開番号】特開2018-80368(P2018-80368A)
(43)【公開日】2018年5月24日
【審査請求日】2019年9月18日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「革新的新構造材料等研究開発」の委託研究成果について、産業技術力強化法第19条の適用を受けようとする特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】布村 順司
(72)【発明者】
【氏名】本川 幸翁
(72)【発明者】
【氏名】兒島 洋一
(72)【発明者】
【氏名】上田 幹人
【審査官】
菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−048511(JP,A)
【文献】
Ming-Jay Deng, Po-Yu Chen, Tin-Iao Leong, I-Wen Sun, Jeng-Kuei Chang, Wen-Ta Tsai,"Dicyanamide anion based ionic liquids for electrodeposition of metals",Electrochemistry Communications,NL,2008年 2月,Vol.10 No.2,pp.213-216
【文献】
Andrew P. Abbott, Katy J. McKenzie,"Application of ionic liquids to the electrodeposition of metals",Physical Chemistry Chemical Physics,英国,2006年10月 7日,Vol.8 No.37,pp.4265-4279
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D1/00−3/66
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とを、モル比で1:0.001〜1:0.1の割合で含有し、
前記アルキルイミダゾリウムジシアナミドが、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジシアナミドであり、前記ハロゲン化アルミニウム水和物が塩化アルミニウム6水和物であることを特徴とするアルミニウムめっき用電解液。
【請求項2】
請求項1に記載の電解液を用い、0.1〜50mAcm−2の電流密度で基材上にアルミニウムを電析させ、
電析時の前記電解液の温度が10〜100℃であることを特徴とするアルミニウムの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安価で環境に配慮したアルミニウムめっき用電解液と、その電解液を用いたアルミニウムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム(以下、「Al」と記す)は標準電極電位が水素より著しく卑であるため、電気めっきを行う際に水溶液を使用することはできない。そのため、従来より、溶融塩、有機溶媒といった非水溶液を電解液として用いた電気Alめっき方法が知られている(特許文献1)。具体的に、特許文献1には、無水AlCl
3と(ジ)アルキルイミダゾリウムの溶融塩浴を用いた電気Alめっき方法が開示されている。
【0003】
無水AlCl
3は、金属Alと塩素ガスを反応させることにより製造することができる。金属Alは、まず、ボーキサイトから酸化アルミニウムを精製し(バイヤー法)、次に、酸化アルミニウムを溶解させて電気分解を行う(ホール・エルー法)ことにより製造される。ホール・エルー法では、大量のエネルギー(電気)が使用される。したがって、無水AlCl
3を原料として、電気めっき法によりAlを製造する方法は、製造コストが非常に高く、エネルギー消費量も大きい。また、無水AlCl
3の製造に使用される塩素ガスは、環境上の排出基準をクリアする必要があることから、塩素ガスの使用は環境面で好ましくない。そこで、Alの製造において、製造コストの削減、環境への配慮が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−272790号公報
【0005】
一方、水和物であるAlCl
3・6H
2Oは、水酸化アルミニウムと塩酸を反応させることにより製造することができる。水酸化アルミニウムは、バイヤー法の途中工程である、ボーキサイトを水酸化ナトリウムで洗浄する工程で得られる。したがって、大量のエネルギー(電気)を使用することはない。また、水酸化アルミニウムは、電解コンデンサ用アルミニウム箔の製造工程で使用されたエッチング液の廃液に含まれるAlイオンからAl金属を析出させ、廃液の有効利用を図ることができるといった利点がある。
【0006】
しかしながら、AlCl
3・6H
2Oは、電気Alめっきに従来用いられていた溶融塩や有機溶媒に溶解しづらい。また、溶解させることができたとしても、Alの標準電極電位が著しく卑になる傾向があるため、電解液中に水和物由来の水が存在していると、Alめっきは進行せず、水の電気分解が優先的に生じてしまう。そのため、AlCl
3・6H
2Oを含む電解液を使用してAlを製造した技術は、これまでに見当たらない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、安価で、かつ、環境条件を満たした電解反応によってアルミニウムを効率よく簡便に電析させることができるアルミニウムめっき用電解液と、その電解液を用いたアルミニウムの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とを、モル比で1:0.001〜1:0.1の割合で含有することを特徴とするアルミニウムめっき用電解液。
(2)前記アルキルイミダゾリウムジシアナミドが、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジシアナミドであり、前記ハロゲン化アルミニウム水和物が塩化アルミニウム6水和物であることを特徴とする(1)に記載のアルミニウムめっき用電解液。
(3)(1)又は(2)に記載の電解液を用い、0.1〜50mAcm
−2の電流密度で基材上にアルミニウムを電析させることを特徴とするアルミニウムの製造方法。
(4)電析時の前記電解液の温度が10〜100℃であることを特徴とする、(3)に記載のアルミニウムの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、安価で、かつ、環境条件を満たした電解反応によってアルミニウムを効率よく簡便に電析させることができるアルミニウムめっき用電解液と、その電解液を用いたアルミニウムの製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係る電解液は、アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とを含有する。この電解液は、アルミニウムめっき用である。すなわち、電気分解によって基材上にアルミニウムを析出させる際に使用される。以下、電解液と、その電解液を用いたアルミニウムの製造方法について詳しく説明する。
【0012】
(電解液)
アルミニウムは、標準電極電位が−1.662Vvs.SHE(標準水素電極)である。そのため、通常、アルミニウムを水溶液から電析させることは不可能である。そこで、一般に、アルミニウムを電析させる電解液としては、アルミニウム塩を含む溶融塩や、アルミニウム塩を有機溶媒に溶解させた溶液が使用されている。
【0013】
溶融塩は、無機系溶融塩と有機系溶融塩に大別することができる。従来、有機系型溶融塩として、例えば、1−ブチルピリジニウムクロリド(以下、「BPC」と記す)又は1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロリド(以下、「EMIC」と記す)と無水AlCl
3とからなる溶融塩が用いられていた。EMICと無水AlCl
3との混合物は、組成によっては融点が−50℃付近まで低下する。そのため、より低温の環境でAlめっきを実施することができる。しかしながら、BPCやEMICと、無水AlCl
3とからなる溶融塩は吸湿性が高い。例えば、EMICとAlCl
3とからなる溶融塩の場合、水が存在すると下記の反応が進行する。
【0014】
上記式(1)〜(3)に示すように、EMICの解離によって生じたCl
−がAlCl
3と反応し、Alめっきに必要なAl
2Cl
7−が生成する。しかし、水が存在すると、上記式(4)、(5)に示すように、AlCl
4−とAl
2Cl
7−はそれぞれ水と反応し、Al
2Cl
7−は消失してしまう。したがって、AlCl
3・6H
2OをBPCやEMICのようなイオン液体と組み合わせた場合、水和物由来の水によってAl
2Cl
7−が消失するため、電解液を作製することができたとしても、基材上にAlを電析させることができない。
【0015】
そこで、本出願人は、アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とを組み合わせることにより、水和物由来の水が存在しても基材上にAlを電析させることが可能であることを見出した。アルキルイミダゾリウムジシアナミドとしては、例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジシアナミド(以下、「EMID」と記す)、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムジシアナミド、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムジシアナミドが挙げられ、好ましくはEMIDである。また、ハロゲン化アルミニウム水和物としては、例えば、AlCl
3・6H
2O、AlF
3・3H
2O、AlBr
3・6H
2Oが挙げられ、好ましくはAlCl
3・6H
2Oである。
【0016】
本発明に係る電解液は、アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とを含有し、アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物は、混合され溶融塩となる。アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とのモル比は、1:0.001〜1:0.1の割合である。アルキルイミダゾリウムジシアナミド1モルに対してハロゲン化アルミニウム水和物が0.001モル未満であると、電解液中のAlイオンの量が少な過ぎて、良好なAlめっきが行えない。一方、アルキルイミダゾリウムジシアナミド1モルに対してハロゲン化アルミニウム水和物が0.1モルより多いと、ハロゲン化アルミニウム水和物がアルキルイミダゾリウムジシアナミド中で完全に溶解しきれずに、過飽和となってしまう。また、溶解しきれないハロゲン化アルミニウム水和物が沈殿する。沈殿物があると、電解液の循環等に問題が生じる場合がある。
【0017】
本発明では、上記電解液を用い、所定の電解条件で電気分解を行うことにより、基材上、アルミニウム膜を形成させる。
【0018】
(電解条件)
本発明において、電流密度は0.1〜50mAcm
−2であることが好ましく、より好ましくは1〜10mAcm
−2である。電析速度は電流密度に対応するため、電流密度が0.1mAcm
−2未満であると、生産効率の低下を招く。一方、電流密度が電流密度50mAcm
−2を超えると、電解液の液抵抗が上昇し、電圧も上昇するのに伴い電解液の分解反応が生じるため好ましくない。
【0019】
本発明において、電解液の温度は10〜100℃の範囲内であることが好ましい。より好ましくは、室温付近の25℃から80℃までの範囲内である。電解液の温度が10℃未満であると、電解液の粘度及び抵抗が増大するため、良好なアルミニウム膜が形成可能な電流密度が相対的に低くなる傾向がある。その結果、電析効率が低下し、アルミニウム膜の析出が不均一になりやすい。一方、電解液の温度が100℃を超えると、電解液を構成する化合物の分解により、電解液の組成が不安定になる。さらに、電解液の温度を保持するためのエネルギーも大きく、電解槽の劣化も促進されるため生産効率が低下する。
【0020】
(基材)
本発明において、基材の材料としては特に限定されないが、例えば、鉄、銅、チタン、ニッケル、カーボンなどの金属材料、導電性を付与したプラスチック材料などが挙げられる。基材は、陰極として、陽極と対向するように配置される。
【0021】
(陽極)
本発明において、陽極は、溶解性の陽極であればアルミニウムを、不溶性の陽極であればカーボン等が使用可能である。
【実施例】
【0022】
以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明の好適な実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0023】
(サイクリックボルタンメトリー)
EMID:AlCl
3・6H
2O=1:0.01のモル比で混合したものを電解液とした。電解槽に電解液を入れ、電解液中に、陰極としてカーボン板(幅10mm、長さ40mm)と、陽極として99.99%のAl板(幅20mm、長さ40mm)、参照極としてAl線(99.99%)を設置し、ポテンショスタット(HA−5000、北斗電工製)を用いてサイクリックボルタンメトリーを行った走査速度50mV/sのときにAlの析出と溶解と思われるピークが確認できたため、以下の手順でAlめっき板を作製した。
【0024】
(電解液の作製)
EMIDとAlCl
3・6H
2Oとを表1に示すモル比で混合したものを電解液とした。なお、比較例1では、EMIDの代わりにEMICを用いた。
【0025】
(Alめっき板の作製)
電解槽に電解液を入れ、電解液中に、陰極(基材)としてカーボン板(幅10mm、長さ40mm)と、陽極として99.99%のアルミニウム板(幅20mm、長さ40mm)を設置した。ここで、陽極であるアルミニウム板は、陰極であるカーボン板とほぼ一定の電極間距離(20mm)となるように対向させて配置した。そして、表1に示す電流密度と浴温で直流電解操作を行い、Alをカーボン板上に電析させた。電解液は、マグネチックスターラーで撹拌した。通電終了後、カーボン板上に形成したAl膜をアセトンと純水で洗浄した後、乾燥させ、Alめっき板を得た。
【0026】
作製した電解液及びAlめっきカーボン板について、以下の評価を行った。評価結果を表1に示す。
【0027】
(沈殿物の有無)
電解液を作製した際に、沈殿物が存在するかどうかを目視で観察した。沈殿物がない場合を「○」と判定し、沈殿物がある場合を「×」と判定した。
【0028】
(電流効率)
電析前のカーボン板と電析後のAlめっきカーボン板の質量差より、析出したアルミニウムの質量を算出した。電流効率は、理論上の析出量に対する実際の析出量(析出したアルミニウムの質量)の割合で表される。電流効率が50〜100%の範囲内にあるか否かを判定した。電流効率が50〜100%の範囲内にある場合を「○」と判定し、電流効率が50%未満である場合を「×」とした。
【0029】
(SEM−EDSによる解析)
SEM−EDS(JEOL製)により、Alめっきカーボン板の表面を観察し、Alが検出されたものを「○」と判定し、未検出のものを「×」と判定した。
【0030】
(XPSによる解析)
Alめっきカーボン板を20nm程度深さ方向にスパッタした後、XPS分析を行い、得られたピークを化学結合状態別に分離した。74eVの金属Alピークが検出されたものを「○」と判定し、金属Alピークが検出されなかったか、又は、金属Alの含有率が低すぎて検出不可であったものを「×」と判定した。
【0031】
【表1】
【0032】
表1に示すように、実施例1〜17ではいずれも、EMIDとAlCl
3・6H
2Oとのモル比が1:0.001〜1:0.1であるため、電解液に沈殿物が生じなかった。また、電流効率が良く、SEM−EDS及びXPSによる解析においてAlが検出された。効率良く基材上にAlを電析させることができることが分かった(
図1,2参照)。
【0033】
一方、比較例1では、AlCl
3・6H
2OがEMICに溶解せず、基材上にAlを電析させることができなかった。
【0034】
比較例2では、EMIDとAlCl
3・6H
2Oとのモル比が1:0.0005と本発明の範囲外であるため、XPSで検出できるほどのAlを電析させることができなかった。また、電流効率が悪かった。
【0035】
比較例3では、EMIDとAlCl
3・6H
2Oとのモル比が1:0.5であるため、電解液に沈殿物が生じ、電流効率が低下した。
【0036】
比較例4では、電流密度が0.05mAcm
−2であるため、電流効率が悪く、XPSで検出できるほどのAlを電析させることができなかった。
【0037】
比較例5では、電流密度が60.0mAcm
−2であるため、電解液中に含まれるEMIDが一部分解し、電流効率が低下した。
【0038】
比較例6では、電解液の温度が5℃であるため、電流効率が悪く、XPSで検出できるほどのAlを電析させることができなかった。
【0039】
比較例7では、電解液の温度が110℃であるため、電流効率が悪く、XPSで検出できるほどのAlを電析させることができなかった。
【0040】
以上より、本発明に係る電解液は、アルキルイミダゾリウムジシアナミドとハロゲン化アルミニウム水和物とを、モル比で1:0.001〜1:0.1の割合で含有するため、沈殿物が生じない。また、この電解液をAlめっき用として使用した場合に、基材上に効率良くAlを電析させることができる。また、ハロゲン化アルミニウム水和物、特にAlCl
3・6H
2Oは安価に製造することができ、廃液からも入手可能であるため、アルミニウムの製造において製造コストを削減させることができる。