特許第6796446号(P6796446)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6796446-溶射皮膜 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6796446
(24)【登録日】2020年11月18日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】溶射皮膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/10 20160101AFI20201130BHJP
   C23C 4/08 20160101ALI20201130BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20201130BHJP
   C22C 27/04 20060101ALI20201130BHJP
   C22C 29/08 20060101ALI20201130BHJP
【FI】
   C23C4/10
   C23C4/08
   C22C19/05 B
   C22C27/04 101
   C22C29/08
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-199223(P2016-199223)
(22)【出願日】2016年10月7日
(65)【公開番号】特開2018-59174(P2018-59174A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2019年7月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000222037
【氏名又は名称】東北電力株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】西野 貴司
(72)【発明者】
【氏名】竹内 啓祐
(72)【発明者】
【氏名】高橋 良和
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼畠 剛
(72)【発明者】
【氏名】木村 崇典
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭60−103169(JP,A)
【文献】 特開2006−183107(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−4/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足する溶射皮膜であり、
前記溶射皮膜は、
炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する第1相と、
Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する第2相を少なくとも含み、
前記第1相は、円相当直径が0.1〜5μmである炭化タングステン粒子を含み、
前記溶射皮膜の厚み方向断面を観察したときに、該炭化タングステン粒子が前記第1相に占める領域の面積率は、60%以上であることを特徴とする石炭運搬設備に用いられる溶射皮膜。
【請求項2】
前記金属バインダーは、CoおよびCrよりなる群から選ばれる少なくとも一種を含む請求項1に記載の溶射皮膜。
【請求項3】
質量%で、
W :18〜64%、
Cr:6〜15%、
C :2〜5%、
Si:1〜4%、
B :1〜4%、および
Co:2〜9%を含有し、
残部:Niおよび不可避不純物からなる請求項1または2に記載の溶射皮膜。
【請求項4】
表面に、更に、炭化タングステン含有サーメット膜が形成されている請求項1〜のいずれかに記載の溶射皮膜。
【請求項5】
膜厚が0.4〜2mmである請求項1〜のいずれかに記載の溶射皮膜。
【請求項6】
請求項1〜のいずれかに記載の溶射皮膜が、基材表面に形成されていることを特徴とする石炭運搬設備用部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射皮膜に関し、特に、粉砕前の石炭を運搬する設備に好適に用いられる溶射皮膜に関する。粉砕前の石炭を運搬する設備としては、例えば、石炭の揚運炭装置、シュート、貯炭設備等が挙げられる。以下、石炭運搬設備に用いることを中心に説明するが、本発明の溶射皮膜の用途はこれに限定されるものではない。
【背景技術】
【0002】
船舶で運ばれてきた石炭は、陸揚げした後、貯炭場で貯留されてから、発電所等へ運搬される。上記石炭は、粒径が数μm程度の粉末状のものから、直径が十数cm程度の塊状のものまで含まれる。
【0003】
上記石炭を船舶から陸揚げし、貯留場を経て発電所等へ運搬する過程では、スタッカー、リクレーマなどの石炭揚運炭装置、コンベアなどの石炭運搬装置、シュート、バンカーなどを備えた貯炭設備等の石炭運搬設備が用いられる。石炭運搬設備に石炭が衝突すると損傷し、設備に割れが生じることがある。
【0004】
そこで、石炭運搬設備の石炭と接触する面の耐摩耗性を高め、石炭運搬設備を保護するために、設備表面に溶射法によって硬質皮膜(溶射皮膜)を形成する方法が採用されている。溶射法とは、例えば、金属、セラミックス、サーメット(金属とセラミックスの複合体)などの粉末を、プラズマ炎や可燃性ガスの燃焼炎によって溶融させつつ、基材表面へ吹き付けることによって、溶融した粒子を基材表面に堆積させ、これを皮膜化させる技術である。
【0005】
上記溶射皮膜に関する技術として、例えば、特許文献1〜6が知られている。
【0006】
特許文献1には、溶射皮膜の成分組成をWC−Co−Cr系とすると共に、Co含有量とCr含有量の関係を適切に規定することによって、耐スラリー摩耗性および耐キャビテーション壊食性の両特性を改善した排煙脱硫装置の構成部材が提案されている。
【0007】
特許文献2には、ロールの胴部表面に、WC20〜80重量%、残部がNi−Cr系自溶合金から成る混合粉末を溶射して被覆すると共に、再溶融処理を施し、形成された皮膜層中に混在するWC粒子が楕円状に変形し且つこのWC粒子の長径を皮膜層と平行に配列させた電気めっきライン用コンダクタロールが記載されている。このコンダクタロールは、金属炭化物粒子の脱落が少ないと記載されている。
【0008】
特許文献3には、ロール表面に、WC−Niサーメットと残部Ni基自溶合金からなる混合粉末を溶射した後、再溶融処理して皮膜層を形成することにより、塩酸系のめっき液や酸洗液または洗浄液に対する耐食性および耐摩耗性に優れ、WC脱落に起因する押し疵等が生じない緻密な皮膜層を長時間にわたって維持し、皮膜表面を研磨して再使用するサイクルを3回以上繰り返すことが可能である耐食性ロールを提供する技術が記載されている。また、上記再溶融処理は、例えば、1100℃で行うことが記載されている。
【0009】
特許文献4には、表面に重量比でクロム:12〜20%、ホウ素:2.5〜4.5%、珪素:2.0〜5.0%、炭素:0.4〜1.1%、鉄:5%以下、コバルト:1%以下、モリブデン:4%以下、銅:4%以下を含み、残部が不可避的不純物を含むニッケルからなる組成を有する、ニッケル系自溶合金の溶射被膜を被覆したゴム混練機用ロータが記載されている。このロータは、耐摩耗性や耐食性に優れて寿命がながく、しかも制作が容易でコストが低いと記載されている。上記ロータを製造するにあたっては、溶射皮膜を形成した後、1000℃以上に加熱してフュージングを行い、溶射皮膜中の微細な気孔を封じておくことが記載されている。
【0010】
特許文献5には、ロール表面上にWCサーメットを含有する自溶合金溶射層を形成し、更にその上にWCサーメット層を形成した、耐食性と耐摩耗性に優れたコンダクタロールが記載されている。特許文献5に記載の自溶合金とは、Niベースで、Cr、B、Siを含有する合金である。
【0011】
特許文献6には、耐摩耗性および耐腐食性に優れているとともに、基材に対する被膜の密着性に優れ、撓みが小さくて直線性にも優れた金属部材用プロテクタを製造する方法が記載されている。この製造方法では、板状のプロテクタ基材の一面に自溶合金を溶射処理して溶射被膜を形成した後、1000〜1100℃程度の温度で再溶融させて緻密な被膜(自溶合金層)としている。好ましい自溶合金として、Ni基合金が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第5814857号公報
【特許文献2】特開平5−9699号公報
【特許文献3】特開2002−88461号公報
【特許文献4】特開2003−277861号公報
【特許文献5】特開2006−183107号公報
【特許文献6】特開2016−864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記特許文献1に記載されているWC−Co−Cr系の溶射皮膜は、耐スラリー摩耗性には優れているが、塊となった石炭が次々に衝突するような環境には耐えられず、割れが生じて剥離が生じてしまう。
【0014】
上記特許文献2〜6には、Niを含有する自溶合金を溶射した溶射皮膜が記載されている。Niを含有する自溶合金を用いた溶射皮膜は、自溶合金を溶射した後、約1000℃の再溶融処理を行うため、基材から剥離しにくくなり、耐食性に優れたものとなる。しかし、再溶融のための高温熱処理によって基材に歪みが生じるため、成形後の製品への適用が難しい。また、高温での熱処理が必要となるため、例えば、石炭運搬設備のように大きな設備に対して適用することは難しい。また、溶射皮膜を形成する基材として、マルテンサイト鋼や2相ステンレス鋼等の硬質の調質鋼を用いた場合は、熱処理により基材が軟化したり、強度が低下するなど変質するため、適用することは難しい。
【0015】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性に優れた溶射皮膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決することのできた本発明に係る溶射皮膜とは、溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足する溶射皮膜であり、前記溶射皮膜は、炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する第1相と、Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する第2相を少なくとも含み、前記第1相は、炭化タングステン粒子を含み、前記溶射皮膜の厚み方向断面を観察したときに、該炭化タングステン粒子が前記第1相に占める領域の面積率は、60%以上である点に要旨を有する。
【0017】
前記金属バインダーは、CoおよびCrよりなる群から選ばれる少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0018】
前記溶射皮膜の成分組成は、例えば、質量%で、W:18〜64%、Cr:6〜15%、C:2〜5%、Si:1〜4%、B:1〜4%、およびCo:2〜9%を含有し、残部:Niおよび不可避不純物からなるものが挙げられる。
【0019】
前記第1相に含まれる前記炭化タングステン粒子は、円相当直径が0.1〜5μmであることが好ましい。上記溶射皮膜の表面には、更に、炭化タングステン含有サーメット膜が形成されていてもよい。上記溶射皮膜の膜厚は、0.4〜2mmであることが好ましい。
【0020】
本発明には、上記溶射皮膜が、基材表面に形成されている石炭運搬設備用部材も包含される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足する溶射皮膜について、炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する第1相と、Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する第2相を少なくとも含む溶射皮膜とし、該第1相は、炭化タングステン粒子を含み、該溶射皮膜の厚み方向断面を観察したときに、該炭化タングステン粒子が前記第1相に占める領域の面積率を60%以上としているため、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性の全ての特性に優れた溶射皮膜を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1の(a)は、表1に示したNo.3を撮影した図面代用写真、図1の(b)は、表1に示したNo.8を撮影した図面代用写真をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らは、特に石炭運搬設備で用いる溶射皮膜について、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性の全ての特性を改善するために、鋭意検討を重ねてきた。その結果、溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足する溶射皮膜について、前記溶射皮膜を、炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する第1相と、Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する第2相を少なくとも含む皮膜としたうえで、上記第1相は、炭化タングステン粒子を含み、前記溶射皮膜の厚み方向断面を観察したときに、該炭化タングステン粒子が上記第1相に占める領域の面積率を60%以上とすれば、上記特性を全て向上できることを見出し、本発明を完成した。
【0024】
なお、本発明において「炭化タングステン」とは、WC、W2Cなど、WにCが結合して炭化物になった化合物全体を指す。また、本発明において「炭化タングステン粒子」とは、WとCの合計量が90質量%以上を満足する粒子を意味する。
【0025】
まず、本発明を完成するに至った経緯について説明する。
【0026】
上記特許文献1に記載されているWCサーメット溶射皮膜には、土砂などを含む流体(スラリー)による摩耗を防止するために、WCの他に、CoやCrなどの金属バインダーが配合されている。しかし、このWCサーメット溶射皮膜を、石炭運搬設備で用いると、石炭の衝突による衝撃により溶射皮膜に割れが生じて剥離が生じ、剥離部分においては、基材と溶射皮膜との界面が腐食し、溶射皮膜の浮きが発生した。
【0027】
また、上記特許文献2〜6に記載されている自溶合金を用いて溶射皮膜を形成する場合は、高温熱処理する必要があるため、WC粒子が金属相と複炭化物を形成したり、WC粒子が分解して金属相へ溶出するため、純度の高いWC粒子が減少し、耐摩耗性および耐衝撃性が低下する。
【0028】
そこで、本発明では、炭化タングステンサーメット溶射皮膜と、自溶合金を用いた溶射皮膜の両方の特性を有効に発揮させるために検討を重ね、溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足する溶射皮膜について、炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する第1相と、Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する第2相を少なくとも含む皮膜とした。上記第2相を形成することによって、溶射皮膜の溶断性および耐食性を向上できる。また、上記第1相は、炭化タングステン粒子を含み、前記溶射皮膜の厚み方向断面を観察したときに、該炭化タングステン粒子が第1相に占める領域の面積率を60%以上とした。そして、溶射皮膜に、上記のように炭化タングステン粒子が所定量存在する第1相を形成することによって、炭化タングステンサーメット溶射皮膜の利点である耐摩耗性に加え、さらに耐衝撃性を付与できることが判明した。
【0029】
こうした本発明の溶射皮膜は、高速フレーム溶射法によって好適に形成される。即ち、高速フレーム溶射法によれば、例えば、プラズマ溶射法よりも相対的に低温、かつ高速で施工できるため、炭化タングステンが複炭化物を形成したり、炭化タングステンが分解するのを抑制でき、溶射皮膜内に炭化タングステンを純度の高い状態で存在させることができる。また、上記特許文献2〜6で行っている高温での熱処理を省略することによって、溶射皮膜内に炭化タングステン粒子をそのまま存在させることができる。その結果、耐摩耗性と耐衝撃性の両方を改善したうえで、溶断性および耐食性も改善できる。
【0030】
なお、上記特許文献1に記載されているように、WC−Co−Cr系の溶射皮膜は、耐スラリー摩耗性には優れており、上記特許文献2〜6に記載されているように、Niを含有する自溶合金を溶射した溶射皮膜は、耐食性に優れていることが知られているが、再溶融処理の有無など、溶射皮膜の形成条件が相違するため、これらを組み合わせることはできないし、仮に組み合わせたとしても、本発明で規定する上記第1相と上記第2相の違いが明確に現れるような溶射皮膜は形成できない。
【0031】
以下、本発明に係る溶射皮膜について説明する。
【0032】
本発明の溶射皮膜は、該溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足しているため、耐摩耗性に優れたものとなる。WとCの合計量が20質量%未満では、後述する炭化タングステン粒子量を確保できないため、耐摩耗性を改善できない。WとCの合計量の上限は特に限定されないが、例えば、70質量%以下が好ましい。
【0033】
そして、上記溶射皮膜は、第1相と第2相を少なくとも含む。以下、まず、第2相について説明した後、第1相について説明する。
【0034】
(第2相)
上記第2相は、Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する相である。第2相に対して、Ni、Cr、B、およびSiを合計で80質量%以上含むことによって、溶射皮膜の溶断性、および耐食性を改善できる。特に、溶射皮膜内に、Niを含有する自溶合金を存在させることにより、溶射皮膜と基材との密着性が向上するため、溶射皮膜を形成した後に溶断しても、溶射皮膜の剥離を抑制でき、溶断性を改善できる。
【0035】
上記第2相におけるNi、Cr、B、およびSiの合計量の上限は特に限定されないが、100質量%であってもよい。即ち、上記第2相が、Ni、Cr、B、およびSiからなる相であってもよい。
【0036】
上記第2相は、更に他の元素として、例えば、W、C、Co、Cu、Mo、Feなどの元素を含んでもよい。この場合、上記第2相におけるNi、Cr、B、およびSiの合計量は、例えば、95質量%以下であってもよい。
【0037】
(第1相)
上記第1相は、炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する相である。炭化タングステンと金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足することによって、溶射皮膜の耐摩耗性を改善できる。
【0038】
上記第1相におけるWおよびCの合計量の上限は特に限定されないが、例えば、90質量%以下であってもよい。
【0039】
上記第1相は、更に他の元素として、例えば、Ni、Co、Cr、Cu、Mo、Fe、B、Siなどの元素を含んでもよい。
【0040】
上記金属バインダーとは、硬質で脆性を示す炭化タングステンを接着する作用を有する物質である。
【0041】
上記金属バインダーとしては、例えば、CoおよびCrよりなる群から選ばれる少なくとも一種を含むことが好ましい。CoとCrは、バインダー金属として有用な元素である。特に、Coは延性に優れているため溶射皮膜の靭性を確保できる。一方、Crは溶射皮膜の耐食性の向上に寄与する。CoとCrは、両方含むことがより好ましい。
【0042】
上記第1相は、炭化タングステン粒子を含んでいる必要があり、上記溶射皮膜の厚み方向断面を観察したときに、上記炭化タングステン粒子が上記第1相に占める領域の面積率が、60%以上であることが重要である。上記第1相に占める上記炭化タングステン粒子の面積率を、60%以上とすることによって、耐衝撃性を改善できる。
【0043】
上記第1相は、上記炭化タングステン粒子を複数含んでいることが好ましい。上記第1相が複数の炭化タングステン粒子を含む場合は、複数の炭化タングステン粒子が上記第1相に占める領域の合計面積率が、60%以上であることが好ましい。上記複数とは、2個以上を意味し、炭化タングステン粒子の個数の上限は特に限定されない。なお、WとCの比率は特に限定されない。
【0044】
上記第1相に対する上記炭化タングステン粒子が占める領域の面積率は、例えば、上記溶射皮膜の厚み方向断面を走査型電子顕微鏡で観察し、撮影した反射電子像を画像解析することで算出できる。本発明の溶射皮膜の断面を走査型電子顕微鏡で観察すると、輝度に基づいて、上記要件を満たす第1相と、上記要件を満たす第2相とが同定できる。第1相は、比較的明るい色として観察され、第2相は、比較的暗い色として観察される。第1相と第2相はそれらを占める原子の重さの差が大きく、明暗がはっきりするため、当業者であれば、目視にて区別、同定できる。
【0045】
同定した第1相について、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Microanalyzer;EPMA)を用いて、炭化タングステン粒子が存在する領域を選択し、炭化タングステン粒子と同じ輝度を示す領域を当該炭化タングステン粒子が占める範囲とみなして、その面積率を算出すればよい。上記炭化タングステン粒子としては、上述したように、WとCの合計量が90質量%以上を満足する粒子を選択すればよい。
【0046】
なお、上記第1相内における観察箇所が少ないと測定誤差が大きくなるため、輝度の選定には5箇所以上を選択し、その測定結果を平均することが好ましい。
【0047】
上記第1相に含まれる上記炭化タングステン粒子は、円相当直径が0.1〜5μmであることが好ましい。一般に、炭化タングステンを添加した皮膜は、添加しない場合よりも耐摩耗性が向上するが、さらに炭化タングステン粒子の円相当直径が0.1〜5μmであると、微小な炭化タングステン粒子が多く存在する相が形成されるため、細かい石炭粒に対する耐衝撃性が向上する。粒径が小さい炭化タングステン粒子ばかりでは、耐摩耗性向上効果が充分に発揮されないことがある。従って炭化タングステン粒子の円相当直径は、0.1μm以上が好ましく、より好ましくは1μm以上である。しかし粒径が大きい炭化タングステン粒子ばかりでは、小さく、硬い石炭粒が多数衝突したときに、炭化タングステン粒子同士の隙間に存在する金属バインダーが摩耗し、耐摩耗性が低下することがある。従って炭化タングステン粒子の円相当直径は、5μm以下が好ましく、より好ましくは4μm以下である。
【0048】
上記溶射皮膜全体の成分組成は、溶射皮膜全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上である限り特に限定されないが、質量%で、W:18〜64%、Cr:6〜15%、C:2〜5%、Si:1〜4%、B:1〜4%、またはCo:2〜9%よりなる群から選ばれる少なくとも一つの要件を満足することが好ましく、全ての要件を満たすことがより好ましい。Wは、より好ましくは47%以上である。Crは、より好ましくは9%以下である。Cは、より好ましくは3%以上である。Siは、より好ましくは3%以下である。Bは、より好ましくは2%以下である。Coは、より好ましくは6%以上である。
【0049】
上記溶射皮膜の残部は、Niおよび不可避不純物である。
【0050】
上記溶射皮膜の表面には、更に、炭化タングステン含有サーメット膜が形成されていてもよい。サーメットとは、セラミックス粒子と金属粉末粒子を成形、焼結して得られる複合材料であり、炭化タングステン含有サーメット膜とは、炭化タングステン、および金属バインダーを含む膜を意味する。
【0051】
上記炭化タングステン含有サーメット膜に含まれる金属バインダーは、Ni、Co、Cr、Feよりなる群から選ばれる少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0052】
上記溶射皮膜は、膜厚が0.4〜2mmであることが好ましい。膜厚を0.4mm以上とすることによって、石炭の塊の衝突に対する耐摩耗性向上効果が充分に発揮される。溶射皮膜の膜厚は、より好ましくは0.8mm以上である。しかし、溶射皮膜の膜厚を大きくし過ぎると、基材表面から剥離しやすくなる。従って溶射皮膜の膜厚は、2mm以下が好ましく、より好ましくは1.5mm以下である。
【0053】
なお、上記溶射皮膜の膜厚は、単層の場合は、単層の膜厚、2層以上の複数層の場合は、合計の膜厚を意味する。
【0054】
本発明には、上記溶射皮膜が、基材表面に形成されている石炭運搬設備用部材も包含される。
【0055】
上記基材の種類は特に限定されないが、一般構造用鋼、低合金鋼、オーステナイト系ステンレス鋼に加えて、本発明では、高温施工が不要であるため、調質後の炭素鋼および工具鋼、析出硬化系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、銅合金、アルミニウム合金などが挙げられる。
【0056】
次に、本発明に係る溶射皮膜を製造する方法について説明する。
【0057】
上記溶射皮膜は、炭化タングステン、および金属バインダーを含み、且つWおよびCの合計量が70質量%以上を満足する第1粉末と、
Ni、Cr、B、およびSiを含み、且つNi、Cr、B、およびSiの合計量が80質量%以上を満足する第2粉末を含み、
混合粉末全体に対して、WとCの合計量が20質量%以上を満足するように調製した混合粉末を、高速フレーム溶射法で溶射することで形成できる。
【0058】
上記第1粉末は、炭化タングステン、および金属バインダー以外に、不可避不純物を含んでもよい。
【0059】
上記第2粉末は、Ni、Cr、B、およびSi以外に、例えば、C、Co、Cu、Mo、Feなどの元素を含んでもよい。
【0060】
高速フレーム溶射[High Velocity Oxy−Fuel(HVOF)溶射法]とは、アセチレン、プロパンなどの可燃性ガス、あるいは灯油などの液体燃料を高圧で燃焼させてノズルより超音速のフレームとして噴出させ、その中に粉末の溶射材料を投入して高速度に加速し、基板上に堆積させて皮膜を形成する溶射法である。加速される溶射材料の粒子速度は、500〜800m/秒程度にもなる。
【0061】
高速フレーム溶射時のフレーム温度は、2000〜3000℃程度であり、且つ溶射材料は高速で吹き付けられるため、炭化タングステンはほとんど分解せず、炭化タングステンの複合炭化物も形成されにくい。そのため、溶射皮膜に炭化タングステンが濃い領域が存在し、耐摩耗性に加え、耐衝撃性を改善できる。一方、例えば、プラズマ溶射するときのフレーム温度は、おおよそ9000℃以上となるため、炭化タングステンは分解するか、または炭化タングステンの複合炭化物が形成されやすくなるため、本発明の溶射皮膜を形成するには適切ではない。
【0062】
上記溶射皮膜を形成した後、更に、炭化タングステン、および金属バインダーを含む第3粉末を溶射し、炭化タングステン含有サーメット膜を形成してもよい。
【0063】
上記第3粉末は、上記第1粉末と同じ組成でもよいし、異なる組成でもよい。
【0064】
溶射法としては、上記と同じく、高速フレーム溶射法が好適である。
【0065】
本発明に係る溶射皮膜は、例えば、石炭運搬設備に用いることができる。具体的には、粉砕後の石炭を運搬する設備に用いてもよいが、特に、粉砕前の石炭を運搬する設備に好適に用いられる。粉砕前の石炭を運搬する設備としては、例えば、スタッカー、リクレーマなどの石炭揚運炭装置、コンベアなどの石炭運搬装置、シュート、バンカーなどを備えた貯炭設備等が挙げられる。本発明の溶射皮膜は、こうした設備のなかでも、石炭と接触する箇所(例えば、壁面、底面、配管内など)に形成すればよい。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記および後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。なお、以下、成分について、%は、質量%を意味する。
【0067】
基材の表面に、溶射皮膜を形成した溶射皮膜被覆部材を製造し、溶射皮膜の耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性を評価した。
【0068】
まず、溶射皮膜を形成した条件について説明する。
【0069】
(No.1)
基材として炭素鋼板を準備し、該基材の表面に溶射皮膜を形成した溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0070】
溶射皮膜は、炭化タングステンサーメット粉末を20%と、Ni基合金粉末を80%の割合で混合した原料粉末を用い、高速フレーム溶射法(HVOF溶射法)で形成した。炭化タングステンサーメット粉末は、WC−14%Co−6%Crを用いた。Ni基合金粉末は、Ni−16%Cr−4%Si−3.5%B−0.6%Cを用いた。溶射皮膜は、下記表1に示す膜厚となるように形成した。
【0071】
高速フレーム溶射の条件は、次の通りである。
<高速フレーム溶射の条件>
溶射装置 :TAFA社製の「JP5000」
バレル長さ:8inch
酸素流量 :2000scfh
灯油流量 :6.0gph
溶射距離 :400mm
【0072】
(No.2)
No.2では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末を40%と、Ni基合金粉末を60%の割合で混合した粉末を用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0073】
(No.3)
No.3では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末を60%と、Ni基合金粉末を40%の割合で混合した粉末を用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0074】
(No.4)
No.4では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末を80%と、Ni基合金粉末を20%の割合で混合した粉末を用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0075】
(No.5)
No.5では、基材の表面に、溶射皮膜を2つ積層した溶射皮膜被覆部材を製造した。具体的には、基材の表面に、下層として、上記No.3に示した溶射皮膜を形成した後、上層として、後述するNo.7に示した溶射皮膜を形成した。
【0076】
(No.6)
No.6では、原料粉末として、Ni基合金粉末のみを用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0077】
(No.7)
No.7では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末のみを用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0078】
(No.8)
No.8では、高速フレーム溶射法(HVOF溶射)の代わりに、プラズマ溶射法で溶射皮膜を形成する以外は、上記No.2と同じ条件で、溶射皮膜被覆部材を製造した。プラズマ溶射の条件は、次の通りである。
<プラズマ溶射の条件>
溶射装置 :Sulzer Metco社製の「F4」
ノズル直径 :φ6mm
アルゴンガス+水素流量:60NLPM
トーチ入力 :40kW
溶射距離 :150mm
【0079】
次に、基材の表面に形成した溶射皮膜の厚み方向の断面を、走査型電子顕微鏡で、観察倍率500倍で観察し、EPMAで、溶射皮膜の成分組成を分析した。分析結果を下記表1に示す。また、下記表1には、溶射皮膜全体に対するWとCの合計量を算出した結果も併せて示す。
【0080】
なお、No.5において、下層として形成した溶射皮膜の成分組成は下記表1に示したNo.3と同じであり、上層として形成した溶射皮膜の成分組成は下記表1に示したNo.7と同じである。
【0081】
次に、基材の表面に形成した溶射皮膜の厚み方向の断面を、走査型電子顕微鏡で、観察倍率2000倍で観察し、撮影した。
【0082】
撮影した写真を画像解析し、輝度に基づいて、炭化タングステン、および金属バインダーを含むA相と、Ni、Cr、B、およびSiを含むB相を識別した。A相は、白い粒子を含む白または明るい灰色として観察され、B相は、黒または濃い灰色として観察された。その結果、下記表1に示したNo.1〜4の溶射皮膜、および下記表1に示したNo.5の溶射皮膜のうち下層部分には、上記A相と上記B相が観察された。
【0083】
次に、上記A相および上記B相の成分組成をEPMAで分析した。その結果、いずれのサンプルも、上記A相に含まれるWおよびCの合計量は70質量%以上で、上記B相に含まれるNi、Cr、B、およびSiの合計量は80質量%以上を満足することが分かった。即ち、上記A相は、上記第1相と同定され、上記B相は、上記第2相と同定された。
【0084】
同定した第1相について、WとCの合計量が90質量%以上を満足する炭化タングステン粒子が多くを占める領域(以下、WC領域ということがある。)の成分組成と、CoおよびCrを含み、WとCの合計量が90質量%未満の金属バインダー部分の成分組成を、EPMAでそれぞれ分析した。分析は、それぞれ5箇所において行い、各成分の平均値を算出した。分析結果を下記表1に示す。
【0085】
下記表1に示すように、炭化タングステン粒子が多くを占める領域は、ほぼ、WおよびCで構成され、金属バインダー部分は、ほぼ、W、Co、およびCrで構成されていた。また、同定した第1相には、WとCの合計量が90質量%以上を満足する炭化タングステン粒子が複数含まれていた。
【0086】
同定した第1相に対し、WとCの合計量が90質量%以上を満足する炭化タングステン粒子の合計面積率を画像解析により算出した。炭化タングステン粒子の合計面積率は、画像解析により、WとCの合計量が90質量%以上の位置における輝度を測定し、その輝度と同じ輝度を示す領域を当該炭化タングステン粒子が占める範囲とみなして、全体の中の割合を算出した。結果を下記表1に示す。
【0087】
同定した第2相について、成分組成をEPMAで分析した。分析は、それぞれ5箇所において行い、各成分の平均値を算出した。分析結果を下記表1に示す。また、下記表1には、第2相に占めるNi、Cr、B、およびSiの合計量を算出し、併せて示した。
【0088】
下記表1に示したNo.3を撮影した図面代用写真を図1の(a)に、No.8を撮影した図面代用写真を図1の(b)にそれぞれ示す。
【0089】
また、基材の表面に形成した溶射皮膜の厚み方向の断面を、走査型電子顕微鏡で、観察倍率2000倍で観察し、撮影した。撮影した写真を画像解析し、上記炭化タングステン粒子の円相当直径を測定した。その結果、下記表1に示したNo.1〜4の溶射皮膜は、いずれも上記炭化タングステン粒子の円相当直径が0.1〜5μmであった。また、下記表1に示したNo.5の溶射皮膜は、下層部分に存在していた上記炭化タングステン粒子の円相当直径が0.1〜5μmであった。
【0090】
【表1】
【0091】
次に、得られた溶射皮膜被覆部材の特性を以下の手順で評価した。
【0092】
なお、下記表2のNo.9は、比較のため、基材の特性として、耐摩耗性と耐食性を評価した結果を示す。
【0093】
<耐摩耗性>
溶射皮膜被覆部材の耐摩耗性は、スガ摩耗試験を行って評価した。
【0094】
スガ摩耗試験は、スガ試験機株式会社製のスガ摩耗試験機を用い、JIS H8503(往復運動摩耗試験)に基づいて、研磨紙は#320SiC、荷重は3.25kgf、往復回数は2000回とし、摩耗量(mg)を測定した。測定結果を下記表2に示す。
【0095】
また、摩耗量に基づいて、次の基準で耐摩耗性を評価した。評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
◎:摩耗量が20mg以下で、耐摩耗性が特に優れている(合格)。
○:摩耗量が20mg超、50mg以下で、耐摩耗性が優れている(合格)。
△:摩耗量が50mg超、100mg以下で、耐摩耗性が良好(合格)。
×:摩耗量が100mg超で、耐摩耗性を改善できていない(不合格)。
【0096】
<耐衝撃性>
溶射皮膜被覆部材の耐衝撃性は、鋼球落下衝撃試験を行い、溶射皮膜の割れの有無に基づいて評価した。
【0097】
鋼球落下衝撃試験は、溶射皮膜に向けて高さ2mの位置から鋼球を落下させて衝撃を加えて行った。鋼球は、直径38mmで、重さが約220gのSUJ2製のものを用いた。鋼球は、溶射皮膜の同じ位置に200回繰り返して落下させた。200回落下させた後の皮膜表面について、浸透探傷試験によって割れの有無を確認した。
【0098】
浸透探傷試験の結果に基づいて、次の基準で耐衝撃性を評価した。評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○:割れが無いか、割れがあっても微細で、割れかどうかの判別が難しい場合は合格とし、耐衝撃性に優れていると評価した。
×:放射線状に広がる大きな割れが発生した場合は不合格とし、耐衝撃性を改善できていないと評価した。
【0099】
<溶断性>
溶射皮膜被覆部材の溶断性は、溶射皮膜被覆部材をガス切断またはプラズマ切断により円形に切断し、切断部を観察し、溶射皮膜の剥離状態に基づいて評価した。
【0100】
ガス切断は、株式会社千代田精機製の低圧式手動ガス切断器を用いて酸素−アセチレンで行った。プラズマ切断は、株式会社ダイヘン製のプラズマ切断機(エアープラズマ)を用い、電流値60Aで行った。
【0101】
溶射皮膜の剥離状態は、次の基準で評価した。
(評価基準)
○:切断部における溶射皮膜の欠け、剥離が2mm以下であるため合格。
×:切断部における溶射皮膜の欠け、剥離が2mm超であるため不合格。
【0102】
ガス切断およびプラズマ切断の結果に基づいて、次の基準で溶断性を評価した。評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○:ガス切断およびプラズマ切断の両方で合格であるため、溶断性に優れる。
×:ガス切断またはプラズマ切断の少なくとも一方で不合格であるため、溶断性を改善できていない。
【0103】
<耐食性>
溶射皮膜被覆部材の耐食性は、2つの試験結果に基づいて評価した。
【0104】
(耐食性試験1)
JIS H8502に規定されるキャス試験(CASS test;copper−accelerated acetic acid salt spray test)を行い、錆の発生の有無を確認した。
【0105】
CASS試験は、酢酸酸性の塩化ナトリウム溶液に塩化第二銅(II)二水和物を添加した溶液を用いて行う連続噴霧試験である。連続噴霧試験は、塩化ナトリウム:50g/L、塩化第二銅(II)水和物:0.205g/Lを含み、酢酸を用いてpHを3.0に調整した溶液を用いて行った。試験は、50℃で行った。
【0106】
CASS試験には、JIS Z2371に規定される装置を用いた。試験時間は48時間とし、試験開始から1時間後、5時間後、24時間後、48時間後の各時点で、試験片の表面を目視で観察し、錆の発生の有無を確認した。確認結果に基づいて、次の基準で評価した。各時点における評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○:錆びは発生しておらず合格。
×:錆びが発生したため不合格。
【0107】
(耐食性試験2)
濃度が20%の硫酸水溶液に試験片の面積の半分を浸漬し、錆の発生の有無を確認した。試験は、50℃で行った。試験時間は96時間とし、試験開始から24時間後、48時間後、72時間後、96時間後の各時点で、試験片の表面を目視で観察し、錆の発生の有無および溶射皮膜の剥離の有無を確認した。確認結果に基づいて、次の基準で評価した。各時点における評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○ :錆びは発生しておらず、且つ溶射皮膜の剥離も認められないため合格。
× :錆びが発生したため不合格。
××:溶射皮膜の剥離が認められたため不合格。
【0108】
耐食性試験1および耐食性試験2の評価結果に基づいて、次の基準で耐食性を評価した。
(評価基準)
○:耐食性試験1において48時間経過後の結果が合格で、且つ耐食性試験2において96時間経過後の結果が合格であるため耐食性に優れる。
×:耐食性試験1において48時間経過後の結果が不合格であるか、耐食性試験2において96時間経過後の結果が不合格であるため耐食性を改善できていない。
【0109】
耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性の評価結果に基づいて、次の基準で溶射皮膜被覆部材の特性を総合評価した。
(総合評価)
○:耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、耐食性、の全てにおいて合格と評価された発明例。
×:耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、耐食性、の少なくとも一つが不合格と評価された比較例。
【0110】
下記表2から次のように考察できる。
【0111】
No.1〜5は、本発明で規定する要件を満足する例であり、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性、の全てに優れている。
【0112】
一方、No.6〜9は、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない例であり、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性のうち、少なくとも一つの特性を改善できていない。
【0113】
まず、No.9は、基材として用いた炭素鋼板であり、溶射皮膜を形成していない。スガ摩耗試験では摩耗量が大きかったことから、耐摩耗性が劣っている。また、耐食性試験1および耐食性試験2の両方で錆が発生し、耐食性は悪かった。
【0114】
No.6は、基材の表面に、高速フレーム溶射法で、Ni基合金皮膜を形成した例であり、No.9と比べると、耐食性を改善でき、耐衝撃性および溶断性も良好であった。しかし、炭化タングステンを配合していないため、耐摩耗性は改善できなかった。
【0115】
No.7は、基材の表面に、高速フレーム溶射法で、WC−CoCr皮膜を形成した例であり、No.9と比べると、耐摩耗性を改善できた。しかし、Ni基合金を用いていないため、耐食性は改善できなかった。また、耐衝撃性および溶断性は悪かった。
【0116】
No.8は、基材の表面に、プラズマ溶射法で、溶射皮膜を形成した例であり、No.9と比べると、耐摩耗性を改善できた。また、溶断性も良好であった。しかし、溶射時に炭化タングステンの一部が分解するか、複合炭化物を形成したため、第1相における炭化タングステンの粒子が占める領域の合計面積率が60%以上を満たしておらず、耐衝撃性を改善できなかった。また、No.8では、溶射皮膜を構成する粒子の扁平度合いが低く、溶射皮膜内に貫通気孔が多く存在するため、環境遮断性が劣る。その結果、CASS試験では基材の錆が発生し、硫酸浸漬試験では基材と溶射皮膜の界面が腐食して剥離を生じた。
【0117】
【表2】
図1