【実施例】
【0066】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記および後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。なお、以下、成分について、%は、質量%を意味する。
【0067】
基材の表面に、溶射皮膜を形成した溶射皮膜被覆部材を製造し、溶射皮膜の耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性を評価した。
【0068】
まず、溶射皮膜を形成した条件について説明する。
【0069】
(No.1)
基材として炭素鋼板を準備し、該基材の表面に溶射皮膜を形成した溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0070】
溶射皮膜は、炭化タングステンサーメット粉末を20%と、Ni基合金粉末を80%の割合で混合した原料粉末を用い、高速フレーム溶射法(HVOF溶射法)で形成した。炭化タングステンサーメット粉末は、WC−14%Co−6%Crを用いた。Ni基合金粉末は、Ni−16%Cr−4%Si−3.5%B−0.6%Cを用いた。溶射皮膜は、下記表1に示す膜厚となるように形成した。
【0071】
高速フレーム溶射の条件は、次の通りである。
<高速フレーム溶射の条件>
溶射装置 :TAFA社製の「JP5000」
バレル長さ:8inch
酸素流量 :2000scfh
灯油流量 :6.0gph
溶射距離 :400mm
【0072】
(No.2)
No.2では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末を40%と、Ni基合金粉末を60%の割合で混合した粉末を用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0073】
(No.3)
No.3では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末を60%と、Ni基合金粉末を40%の割合で混合した粉末を用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0074】
(No.4)
No.4では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末を80%と、Ni基合金粉末を20%の割合で混合した粉末を用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0075】
(No.5)
No.5では、基材の表面に、溶射皮膜を2つ積層した溶射皮膜被覆部材を製造した。具体的には、基材の表面に、下層として、上記No.3に示した溶射皮膜を形成した後、上層として、後述するNo.7に示した溶射皮膜を形成した。
【0076】
(No.6)
No.6では、原料粉末として、Ni基合金粉末のみを用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0077】
(No.7)
No.7では、原料粉末として、炭化タングステンサーメット粉末のみを用いる以外は、上記No.1と同じ条件で溶射皮膜被覆部材を製造した。
【0078】
(No.8)
No.8では、高速フレーム溶射法(HVOF溶射)の代わりに、プラズマ溶射法で溶射皮膜を形成する以外は、上記No.2と同じ条件で、溶射皮膜被覆部材を製造した。プラズマ溶射の条件は、次の通りである。
<プラズマ溶射の条件>
溶射装置 :Sulzer Metco社製の「F4」
ノズル直径 :φ6mm
アルゴンガス+水素流量:60NLPM
トーチ入力 :40kW
溶射距離 :150mm
【0079】
次に、基材の表面に形成した溶射皮膜の厚み方向の断面を、走査型電子顕微鏡で、観察倍率500倍で観察し、EPMAで、溶射皮膜の成分組成を分析した。分析結果を下記表1に示す。また、下記表1には、溶射皮膜全体に対するWとCの合計量を算出した結果も併せて示す。
【0080】
なお、No.5において、下層として形成した溶射皮膜の成分組成は下記表1に示したNo.3と同じであり、上層として形成した溶射皮膜の成分組成は下記表1に示したNo.7と同じである。
【0081】
次に、基材の表面に形成した溶射皮膜の厚み方向の断面を、走査型電子顕微鏡で、観察倍率2000倍で観察し、撮影した。
【0082】
撮影した写真を画像解析し、輝度に基づいて、炭化タングステン、および金属バインダーを含むA相と、Ni、Cr、B、およびSiを含むB相を識別した。A相は、白い粒子を含む白または明るい灰色として観察され、B相は、黒または濃い灰色として観察された。その結果、下記表1に示したNo.1〜4の溶射皮膜、および下記表1に示したNo.5の溶射皮膜のうち下層部分には、上記A相と上記B相が観察された。
【0083】
次に、上記A相および上記B相の成分組成をEPMAで分析した。その結果、いずれのサンプルも、上記A相に含まれるWおよびCの合計量は70質量%以上で、上記B相に含まれるNi、Cr、B、およびSiの合計量は80質量%以上を満足することが分かった。即ち、上記A相は、上記第1相と同定され、上記B相は、上記第2相と同定された。
【0084】
同定した第1相について、WとCの合計量が90質量%以上を満足する炭化タングステン粒子が多くを占める領域(以下、WC領域ということがある。)の成分組成と、CoおよびCrを含み、WとCの合計量が90質量%未満の金属バインダー部分の成分組成を、EPMAでそれぞれ分析した。分析は、それぞれ5箇所において行い、各成分の平均値を算出した。分析結果を下記表1に示す。
【0085】
下記表1に示すように、炭化タングステン粒子が多くを占める領域は、ほぼ、WおよびCで構成され、金属バインダー部分は、ほぼ、W、Co、およびCrで構成されていた。また、同定した第1相には、WとCの合計量が90質量%以上を満足する炭化タングステン粒子が複数含まれていた。
【0086】
同定した第1相に対し、WとCの合計量が90質量%以上を満足する炭化タングステン粒子の合計面積率を画像解析により算出した。炭化タングステン粒子の合計面積率は、画像解析により、WとCの合計量が90質量%以上の位置における輝度を測定し、その輝度と同じ輝度を示す領域を当該炭化タングステン粒子が占める範囲とみなして、全体の中の割合を算出した。結果を下記表1に示す。
【0087】
同定した第2相について、成分組成をEPMAで分析した。分析は、それぞれ5箇所において行い、各成分の平均値を算出した。分析結果を下記表1に示す。また、下記表1には、第2相に占めるNi、Cr、B、およびSiの合計量を算出し、併せて示した。
【0088】
下記表1に示したNo.3を撮影した図面代用写真を
図1の(a)に、No.8を撮影した図面代用写真を
図1の(b)にそれぞれ示す。
【0089】
また、基材の表面に形成した溶射皮膜の厚み方向の断面を、走査型電子顕微鏡で、観察倍率2000倍で観察し、撮影した。撮影した写真を画像解析し、上記炭化タングステン粒子の円相当直径を測定した。その結果、下記表1に示したNo.1〜4の溶射皮膜は、いずれも上記炭化タングステン粒子の円相当直径が0.1〜5μmであった。また、下記表1に示したNo.5の溶射皮膜は、下層部分に存在していた上記炭化タングステン粒子の円相当直径が0.1〜5μmであった。
【0090】
【表1】
【0091】
次に、得られた溶射皮膜被覆部材の特性を以下の手順で評価した。
【0092】
なお、下記表2のNo.9は、比較のため、基材の特性として、耐摩耗性と耐食性を評価した結果を示す。
【0093】
<耐摩耗性>
溶射皮膜被覆部材の耐摩耗性は、スガ摩耗試験を行って評価した。
【0094】
スガ摩耗試験は、スガ試験機株式会社製のスガ摩耗試験機を用い、JIS H8503(往復運動摩耗試験)に基づいて、研磨紙は#320SiC、荷重は3.25kgf、往復回数は2000回とし、摩耗量(mg)を測定した。測定結果を下記表2に示す。
【0095】
また、摩耗量に基づいて、次の基準で耐摩耗性を評価した。評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
◎:摩耗量が20mg以下で、耐摩耗性が特に優れている(合格)。
○:摩耗量が20mg超、50mg以下で、耐摩耗性が優れている(合格)。
△:摩耗量が50mg超、100mg以下で、耐摩耗性が良好(合格)。
×:摩耗量が100mg超で、耐摩耗性を改善できていない(不合格)。
【0096】
<耐衝撃性>
溶射皮膜被覆部材の耐衝撃性は、鋼球落下衝撃試験を行い、溶射皮膜の割れの有無に基づいて評価した。
【0097】
鋼球落下衝撃試験は、溶射皮膜に向けて高さ2mの位置から鋼球を落下させて衝撃を加えて行った。鋼球は、直径38mmで、重さが約220gのSUJ2製のものを用いた。鋼球は、溶射皮膜の同じ位置に200回繰り返して落下させた。200回落下させた後の皮膜表面について、浸透探傷試験によって割れの有無を確認した。
【0098】
浸透探傷試験の結果に基づいて、次の基準で耐衝撃性を評価した。評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○:割れが無いか、割れがあっても微細で、割れかどうかの判別が難しい場合は合格とし、耐衝撃性に優れていると評価した。
×:放射線状に広がる大きな割れが発生した場合は不合格とし、耐衝撃性を改善できていないと評価した。
【0099】
<溶断性>
溶射皮膜被覆部材の溶断性は、溶射皮膜被覆部材をガス切断またはプラズマ切断により円形に切断し、切断部を観察し、溶射皮膜の剥離状態に基づいて評価した。
【0100】
ガス切断は、株式会社千代田精機製の低圧式手動ガス切断器を用いて酸素−アセチレンで行った。プラズマ切断は、株式会社ダイヘン製のプラズマ切断機(エアープラズマ)を用い、電流値60Aで行った。
【0101】
溶射皮膜の剥離状態は、次の基準で評価した。
(評価基準)
○:切断部における溶射皮膜の欠け、剥離が2mm以下であるため合格。
×:切断部における溶射皮膜の欠け、剥離が2mm超であるため不合格。
【0102】
ガス切断およびプラズマ切断の結果に基づいて、次の基準で溶断性を評価した。評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○:ガス切断およびプラズマ切断の両方で合格であるため、溶断性に優れる。
×:ガス切断またはプラズマ切断の少なくとも一方で不合格であるため、溶断性を改善できていない。
【0103】
<耐食性>
溶射皮膜被覆部材の耐食性は、2つの試験結果に基づいて評価した。
【0104】
(耐食性試験1)
JIS H8502に規定されるキャス試験(CASS test;copper−accelerated acetic acid salt spray test)を行い、錆の発生の有無を確認した。
【0105】
CASS試験は、酢酸酸性の塩化ナトリウム溶液に塩化第二銅(II)二水和物を添加した溶液を用いて行う連続噴霧試験である。連続噴霧試験は、塩化ナトリウム:50g/L、塩化第二銅(II)水和物:0.205g/Lを含み、酢酸を用いてpHを3.0に調整した溶液を用いて行った。試験は、50℃で行った。
【0106】
CASS試験には、JIS Z2371に規定される装置を用いた。試験時間は48時間とし、試験開始から1時間後、5時間後、24時間後、48時間後の各時点で、試験片の表面を目視で観察し、錆の発生の有無を確認した。確認結果に基づいて、次の基準で評価した。各時点における評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○:錆びは発生しておらず合格。
×:錆びが発生したため不合格。
【0107】
(耐食性試験2)
濃度が20%の硫酸水溶液に試験片の面積の半分を浸漬し、錆の発生の有無を確認した。試験は、50℃で行った。試験時間は96時間とし、試験開始から24時間後、48時間後、72時間後、96時間後の各時点で、試験片の表面を目視で観察し、錆の発生の有無および溶射皮膜の剥離の有無を確認した。確認結果に基づいて、次の基準で評価した。各時点における評価結果を下記表2に示す。
(評価基準)
○ :錆びは発生しておらず、且つ溶射皮膜の剥離も認められないため合格。
× :錆びが発生したため不合格。
××:溶射皮膜の剥離が認められたため不合格。
【0108】
耐食性試験1および耐食性試験2の評価結果に基づいて、次の基準で耐食性を評価した。
(評価基準)
○:耐食性試験1において48時間経過後の結果が合格で、且つ耐食性試験2において96時間経過後の結果が合格であるため耐食性に優れる。
×:耐食性試験1において48時間経過後の結果が不合格であるか、耐食性試験2において96時間経過後の結果が不合格であるため耐食性を改善できていない。
【0109】
耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性の評価結果に基づいて、次の基準で溶射皮膜被覆部材の特性を総合評価した。
(総合評価)
○:耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、耐食性、の全てにおいて合格と評価された発明例。
×:耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、耐食性、の少なくとも一つが不合格と評価された比較例。
【0110】
下記表2から次のように考察できる。
【0111】
No.1〜5は、本発明で規定する要件を満足する例であり、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性、の全てに優れている。
【0112】
一方、No.6〜9は、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない例であり、耐摩耗性、耐衝撃性、溶断性、および耐食性のうち、少なくとも一つの特性を改善できていない。
【0113】
まず、No.9は、基材として用いた炭素鋼板であり、溶射皮膜を形成していない。スガ摩耗試験では摩耗量が大きかったことから、耐摩耗性が劣っている。また、耐食性試験1および耐食性試験2の両方で錆が発生し、耐食性は悪かった。
【0114】
No.6は、基材の表面に、高速フレーム溶射法で、Ni基合金皮膜を形成した例であり、No.9と比べると、耐食性を改善でき、耐衝撃性および溶断性も良好であった。しかし、炭化タングステンを配合していないため、耐摩耗性は改善できなかった。
【0115】
No.7は、基材の表面に、高速フレーム溶射法で、WC−CoCr皮膜を形成した例であり、No.9と比べると、耐摩耗性を改善できた。しかし、Ni基合金を用いていないため、耐食性は改善できなかった。また、耐衝撃性および溶断性は悪かった。
【0116】
No.8は、基材の表面に、プラズマ溶射法で、溶射皮膜を形成した例であり、No.9と比べると、耐摩耗性を改善できた。また、溶断性も良好であった。しかし、溶射時に炭化タングステンの一部が分解するか、複合炭化物を形成したため、第1相における炭化タングステンの粒子が占める領域の合計面積率が60%以上を満たしておらず、耐衝撃性を改善できなかった。また、No.8では、溶射皮膜を構成する粒子の扁平度合いが低く、溶射皮膜内に貫通気孔が多く存在するため、環境遮断性が劣る。その結果、CASS試験では基材の錆が発生し、硫酸浸漬試験では基材と溶射皮膜の界面が腐食して剥離を生じた。
【0117】
【表2】