(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
検査対象となる機器のうち、鉄道車両において特に重点的に検査される機器の1つに駆動用機器がある。鉄道車両の駆動用機器としては、電気車の場合には、主電動機と減速機、気動車の場合には、ディーゼルエンジン、変速機、減速機、推進軸といった回転機械が挙げられる。これらの駆動用機器は、故障を起こすと列車の安全で正常な運行を妨げることになる重要な機器であるため、その異常を早期に検知して故障や破損を未然に防ぐことが重要である。しかし、駆動用機器のどこかに異常があることを検知するといった、駆動用機器全体に対する異常を検知できたとしても、修理や整備においてどこを点検等すればよいか困ってしまう場合がある。そこで、修理や整備を円滑的、効率的に進めるために、異常の検知をした際に、異常要因となっている故障の種類を判定できる技術、故障の種類を特定するまでには至らないが推定的に絞り込むことができる技術が望まれている。
【0005】
また、鉄道車両の駆動用機器は、使用に伴う摩耗等、経年劣化してゆく部品を有している。言い換えれば、経年劣化を前提として使用され、ある程度までの劣化は、充分使用に耐え得る、いわば“正常な劣化”といえる状態として使用される。このような“正常な劣化”の状態は、異常や故障とみなしてはならない。しかし、劣化が進行することで最終的には異常となるため、“正常”な状態における劣化の程度を把握できる技術が望まれている。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、鉄道車両の駆動用機器の異常を検知するとともに、異常ならば故障の種類を、正常ならばその劣化の程度をも判定できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための第1の発明は、
走行又は時間経過に従って劣化する鉄道車両に搭載された診断対象機器の振動を振動センサによって検知した振動データをオクターブバンド分析する分析手段と、
前記診断対象機器の既知状態の前記振動データを前記オクターブバンド分析した第1の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記既知状態か前記既知状態以外の未知状態かを判定する第1の判定演算を実行することで、前記分析手段の分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記既知状態か前記未知状態かを判定する第1の判定手段と、
前記診断対象機器が正常状態および故障状態のときの前記振動データを前記オクターブバンド分析した第2の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記正常状態か前記故障状態かを判定する第2の判定演算を実行することで、前記第1の判定手段により前記既知状態と判定された分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記正常状態か前記故障状態かを判定する第2の判定手段と、
前記診断対象機器が前記正常状態であり且つ既知の劣化度のときの前記振動データを前記オクターブバンド分析した第3の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す前記診断対象機器の劣化度を判定する第3の判定演算を実行することで、前記第2の判定手段により前記正常状態と判定された分析結果が示す前記診断対象機器の劣化度を判定する第3の判定手段と、
を備えた鉄道車両機器診断装置である。
【0008】
他の発明として、
走行又は時間経過に従って劣化する鉄道車両に搭載された診断対象機器を診断する鉄道車両機器診断方法であって、
前記診断対象機器の振動を振動センサによって検知した振動データをオクターブバンド分析する分析ステップと、
前記診断対象機器の既知状態の前記振動データを前記オクターブバンド分析した第1の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記既知状態か前記既知状態以外の未知状態かを判定する第1の判定演算を実行することで、前記分析ステップによる分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記既知状態か前記未知状態かを判定する第1の判定ステップと、
前記診断対象機器が正常状態および故障状態のときの前記振動データを前記オクターブバンド分析した第2の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記正常状態か前記故障状態かを判定する第2の判定演算を実行することで、前記第1の判定ステップで前記既知状態と判定された分析結果が示す前記診断対象機器の状態が前記正常状態か前記故障状態かを判定する第2の判定ステップと、
前記診断対象機器が前記正常状態であり且つ既知の劣化度のときの前記振動データを前記オクターブバンド分析した第3の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す前記診断対象機器の劣化度を判定する第3の判定演算を実行することで、前記第2の判定ステップで前記正常状態と判定された分析結果が示す前記診断対象機器の劣化度を判定する第3の判定ステップと、
を含む鉄道車両機器診断方法を構成しても良い。
【0009】
第1の発明等によれば、振動データに基づき、診断対象機器が既知状態か未知状態かを先ず判定し、既知状態ならば正常状態か故障状態か、正常状態ならば、更にその劣化度を判定するといった、診断対象機器についての一連の状態診断を行うことができる。予め設定した正常状態になければ異常状態であると判定する従来の手法では、あらゆる正常状態を予め設定しておく必要があるし、また、異常状態であると判定したとしてもどのような故障か、未知状態であれば判定できない。他方、本発明によれば、先ずは、既知状態か未知状態かを判定するため、そのような問題は生じない。そして、既知状態と判定した後に、その既知状態が正常状態か故障状態かといった既知状態の種類を判定し、更に、正常状態の場合にその劣化度を判定するといったように段階的な判定を行うため、走行又は時間経過に伴って劣化する診断対象機器についての的確な状態診断を行うことができる。
【0010】
第2の発明は、第1の発明の鉄道車両機器診断装置であって、
前記第2の判定手段は、ニューラルネットワークを用いた前記第2の分析結果基準データに基づく分類演算を前記第2の判定演算として実行する、
鉄道車両機器診断装置である。
【0011】
第2の発明によれば、診断対象機器の状態が正常状態か故障状態かを判定する第2の判定演算として、ニューラルネットワークを用いた第2の分析結果基準データに基づく分類演算を実行することができる。
【0012】
第3の発明は、第1又は第2の発明の鉄道車両機器診断装置であって、
前記第3の判定手段は、ニューラルネットワークを用いた前記第3の分析結果基準データに基づく劣化度算出演算を前記第3の判定演算として実行する、
鉄道車両機器診断装置である。
【0013】
第3の発明によれば、診断対象機器の劣化度を判定する第3の判定演算として、ニューラルネットワークを用いた第3の分析結果基準データに基づく劣化度算出演算を行うことができる。
【0014】
第4の発明は、第1〜第3の何れかの発明の鉄道車両機器診断装置であって、
前記故障状態には、複数種類の故障状態が含まれ、
前記既知状態には、前記正常状態及び前記故障状態が含まれ、
前記第1の分析結果基準データと前記第2の分析結果基準データとは、同一のデータであり、
前記第3の分析結果基準データは、前記第2の分析結果基準データのうちの前記正常状態のデータである、
鉄道車両機器診断装置である。
【0015】
第4の発明によれば、同一の分析結果基準データを用いて、一連の状態診断を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態によって本発明が限定されるものではなく、本発明を適用可能な形態が以下の実施形態に限定されるものでもない。また、図面の記載において、同一要素には同一符号を付す。
【0018】
[システム構成]
図1は、本実施形態の状態診断システム1の適用例である。
図1に示すように、状態診断システム1は、振動センサ3と、診断装置5とを備えて構成され、鉄道車両7に搭載されて使用される。振動センサ3は、診断対象機器である鉄道車両7の駆動用機器に直接又は駆動用機器の近傍に設置され、駆動用機器の動作によって生じる振動を検知する。
図1では、台車に設置する例を示している。診断装置5は、振動センサ3によって検知された振動データに基づき、診断対象機器の状態(正常や故障等)を診断する。例えば、鉄道車両7が電気車の場合、主電動機(モータ)や変速機、歯車装置等の駆動装置、これらに用いる軸受等を含む駆動用機器が診断対象機器となる。また、鉄道車両7が気動車(ディーゼル車)であれば、ディーゼル機関(エンジン)や変速機、減速機、補機駆動装置、これらの周辺部品等の駆動用機器が診断対象機器となる。回転機械の異常は、その振動の変化として表れるため、本実施形態では、振動データによって駆動用機器の状態を診断することにする。
【0019】
[状態診断の原理]
図2は、診断装置5による状態診断の流れの概要を示す。診断装置5は、振動センサ3で検知された振動データに基づく特徴ベクトルを算出したテストデータを生成し、機械学習の手法を利用することで、診断対象機器が故障か正常か、故障ならばその種類、正常ならば劣化度、を段階的に判定することで状態診断を行う。
【0020】
(A)テストデータ
図3は、振動データに基づくテストデータの生成の説明である。
図3に示すように、時系列データとして得られる振動データに対してオクターブバンド分析を行う。オクターブバンド分析では、振動データに対する所定のバンドパスフィルタ処理を行うことで、周波数帯域(オクターブバンド)毎の振動の大きさ(振動実効値)が得られる。このオクターブバンド分析結果として得られる特徴ベクトルをテストデータとする。つまり、単位期間Δt毎に1つのテストデータが得られることになる。
【0021】
また、オクターブバンド分析を行った単位期間Δtにおける鉄道車両7の走行速度の平均値である平均速度を、当該単位期間Δtに該当するテストデータに対応する走行速度とする。更に、当該単位期間Δtにおける鉄道車両7のモータやエンジン等の動力源の回転数、及び、動作モードを取得し、テストデータに対応付けておく。動作モードとは、力行、惰行及びブレーキの運転操作と、そのノッチ数との組み合わせであり、例えば、力行5ノッチ、惰行、ブレーキ1ノッチ、といったように設定される。
【0022】
(B)異常検知
図2に戻り、このようにして得られるテストデータを用いた診断対象機器の状態診断として、先ず、診断対象機器の状態が既知状態であるか、この既知状態以外の状態である未知状態であるかを判定する異常検知を行う。既知状態は、正常状態、及び、故障状態を含む。異常検知は、事前に収集した診断対象機器が既知状態であるときの振動データをオクターブバンド分析して得られた特徴ベクトルを学習データとし、機械学習における外れ値検出技術の一つである1クラスサポートベクターマシンによって行う。その際、前処理として主成分分析を行っても良い。
【0023】
すなわち、診断対象機器が正常状態であるときの振動データに該当する正常時データ362、及び、既知の故障状態であるときの振動データに該当する故障時データ364、を学習データとする。この正常時データ362及び故障時データ364は、テストデータと同様に、振動データに対して単位期間Δt毎にオクターブバンド分析を行って得られた特徴ベクトルの集合である。
【0024】
なお、診断対象機器の故障には、1)診断対象機器を構成する回転機械のアンバランス又はミスアライメント(芯ずれ)、2)部品間の締結部材の締め付け不良等に起因するゆるみ、3)軸受や歯車の潤滑不良等に起因する異常摩耗、4)モータ異常といった、複数種類の故障(それぞれを、故障A,B,・・、という)がある。故障時データ364は、故障の種類それぞれに対応する故障時データ[故障A]364a、故障時データ[故障B]364b、・・を含んでいるが、異常検知では、故障の種類に関わらず、全てを含めて故障時データ364として扱う。
【0025】
図4は、1クラスサポートベクターマシンを用いた異常検知の概要を示す。1クラスサポートベクターマシンは、特徴ベクトルを2つのクラス(集団)に分類する機械学習モデルであるサポートベクターマシンを応用した手法である。サポートベクターマシンは、2クラスのデータ間の距離(マージン)が最大となるようにクラスが定められた学習データを分類する超平面を求め、この超平面を利用して、判定対象の特徴ベクトルをどちらかのクラスに分類する。そして、1クラスサポートベクターマシンは、学習データとして1クラスのみを用い、学習データのクラスとそれ以外とを分類する超平面を求め、この超平面を利用して特徴ベクトルを分類する。つまり、1クラスサポートベクターマシンを利用した異常検知では、
図4に示すように、特徴ベクトルで構成される特徴空間において、学習データである正常時データ362及び故障時データ364の全てを1クラスとして学習データを囲む識別境界を求め、この学習データのクラスに分類されるか否かによって、テストデータが既知状態であるか未知状態であるかを判定する。
【0026】
(C)故障診断
異常検知によって診断対象機器を既知状態と判定したならば、続いて、診断対象機器が、既知の正常状態及び既知の故障状態の何れかであるかを判定する故障診断を行う。故障診断は、上述の異常検知において学習データとして用いた正常時データ362及び故障時データ364を学習データとし、機械学習の手法の一つであるニューラルネットワークを用いて行う。故障時データ364は、既知の複数種類の故障(故障A,B,・・)それぞれに該当する故障時データ[故障A]364a,故障時データ[故障B]364b,・・・を含んでいる。
【0027】
図5は、ニューラルネットワークを利用した故障診断の概要を示す。ニューラルネットワークは、生体の脳神経をモデル化した手法であり、入力層から入力されたデータに対して、1層又は複数層の中間層(隠れ層ともいう)を経由して出力層から推定解が出力されるネットワークである。各層を構成するニューロン(ノード)間の結合荷重や結合関数、バイアスといったニューラルネットワークを決定するパラメータは、学習データとして与えられる入力と出力とのデータの組によって、入力に対して出力される推定解と学習データとして与えられる正解との誤差が小さくなるように最適化される。これを学習という。故障診断では、テストデータを学習データのクラスに分類する分類問題として扱い、テストデータが、学習データとして与えられる何れの種類の既知状態に分類されるかを判定する。
【0028】
すなわち、入力層の各ノードを学習データやテストデータである特徴ベクトルの各成分に対応させ、出力層の各ノードを既知状態の種類(正常や故障A,B,・・)(ラベル)それぞれに対応させて、特徴ベクトルと診断対象機器の状態(正常、故障A,B,・・の何れか)とのデータの組である学習データを与えて学習を行わせることで、1つのラベルを推定解として出力する故障診断用の推定モデルを作成する。そして、作成した推定モデルにテストデータを入力することで得られる出力を、テストデータが示す診断対象機器の既知状態の種類(正常か故障A,B,・・)として判定する。
【0029】
(D)劣化評価
故障診断によって、診断対象機器を正常状態と判定したならば、続いて、診断対象機器の劣化度を算出する劣化評価を行う。診断対象機器は、走行距離或いは経過時間の増加に伴って劣化する性質を持つ。すなわち、診断対象機器は多数の部品によって構成されるが、その各部品の劣化には、大別すると、ゴムカップリング等のように、時間経過に伴って進行する劣化と、軸受けや歯車等のように、実際の駆動時間、つまり診断対象機器が鉄道車両に搭載された状態での当該鉄道車両の走行距離の増加に伴って進行する劣化と、の二種類がある。本実施形態では、診断対象機器が製造された時点からの経過時間相当値、或いは、当該診断対象機器が搭載された状態での鉄道車両の走行距離相当値を、当該診断対象機器の劣化度とする。
【0030】
そして、劣化評価では、学習データに基づきテストデータに相当する数値を算出する回帰演算によって、診断対象機器の劣化度を算出する。具体的には、上述の異常検知や故障診断で学習データとして用いた正常時データ362を学習データとし、機械学習の手法の一つであるニューラルネットワークによって、正常状態である診断対象機器の劣化度に相当する走行距離相当値又は経過時間相当値を算出する。
【0031】
図6は、ニューラルネットワークを利用した劣化評価の概要を示す。正常時データ362は、それぞれ、該当する振動データを取得した時点における診断対象機器の走行距離又は経過時間が対応付けられている。図
6では、劣化度に相当する値として走行距離相当値を用いた例を示している。すなわち、ニューラルネットワークの入力層の各ノードを、学習データやテストデータである特徴ベクトルの各成分に対応させ、出力層のノードを1つとして、特徴ベクトルと走行距離又は経過時間とのデータの組である学習データ360を与えて学習を行わせることで、走行距離又は経過時間の相当値を推定解として出力する劣化評価用の推定モデルを作成する。そして、作成した推定モデルにテストデータを入力することで推定解として出力される走行距離相当値又は経過時間相当値を、診断対象機器の劣化度として判定する。
【0032】
[機能構成]
図7は、診断装置5の機能構成図である。
図7によれば、診断装置5は、操作入力部102と、表示部104と、音出力部106と、通信部108と、処理部200と、記憶部300とを備え、一種のコンピュータシステムとして構成される。
【0033】
操作入力部102は、例えばキーボードやマウス、タッチパネル、各種スイッチ等で実現される入力装置であり、操作入力に応じた操作信号を処理部200に出力する。表示部104は、例えば液晶ディスプレイや有機ELディスプレイ等で実現される表示装置であり、処理部200からの表示信号に基づく各種表示を行う。音出力部106は、例えばスピーカ等で実現される音声出力装置であり、処理部200からの音声信号に基づく各種音声出力を行う。通信部108は、例えば無線通信モジュール、有線用の通信ケーブルのジャックや制御回路等で実現される通信装置であり、外部装置との間でデータ通信を行う。
【0034】
処理部200は、例えばCPU(Central Processing Unit)等の演算装置で実現され、記憶部300に記憶されたプログラムやデータに従って、振動センサ3から入力される振動データに基づき、診断対象機器を診断する。診断対象機器を診断する機能部として、処理部200は、オクターブバンド分析部202と、異常検知部204と、故障診断部206と、劣化評価部208とを有し、診断プログラム302に従った状態診断処理(
図8参照)を行う。これらの機能部は、プログラムを実行することによりソフトウェアとして実現される処理ブロックであってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)や、FPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェア回路によって実現される回路ブロックであってもよい。本実施形態では、診断プログラム302を実行することにより、ソフトウェアとして実現される処理ブロックとして説明する。
【0035】
オクターブバンド分析部202は、分析手段に相当し、鉄道車両に搭載された走行又は時間経過に従って劣化する診断対象機器の振動を振動センサによって検知した振動データをオクターブバンド分析する。
【0036】
すなわち、振動センサ3によって検知された振動データに対して、所定の単位期間Δt(例えば、1秒)毎にオクターブバンド分析を行い、テストデータとなる特徴ベクトルを算出する(
図3参照)。
【0037】
異常検知部204は、第1の判定手段に相当し、診断対象機器の既知状態の振動データをオクターブバンド分析した第1の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す診断対象機器の状態が既知状態か既知状態以外の未知状態かを判定する第1の判定演算を実行することで、分析手段に相当するオクターブバンド分析部202の分析結果が示す診断対象機器の状態が既知状態か未知状態かを判定する。
【0038】
すなわち、オクターブバンド分析部202によって算出された単位期間Δt毎の特徴ベクトル(テストデータ)に対して、第1の分析結果基準データに相当する正常時データ362及び故障時データ364に基づき、当該特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の状態が、既知状態か未知状態かを判定する異常検知を行う。より具体的には、異常検知として、正常時データ362及び故障時データ364を学習データとする1クラスサポートベクターマシンによって、特徴ベクトル(テストデータ)が学習データのクラスに分類されるか否かを判定することで、診断対象機器の状態が既知状態か未知状態かを判定する(
図4参照)。
【0039】
故障診断部206は、第2の判定手段に相当し、診断対象機器が正常状態及び故障状態のときの振動データをオクターブバンド分析した第2の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す診断対象機器の状態が正常状態か故障状態かを判定する第2の判定演算を実行することで、第1の判定手段に相当する異常検知部204により既知状態と判定された分析結果が示す診断対象機器の状態が正常状態か故障状態かを判定する。
【0040】
すなわち、異常検知部204によって特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の状態が既知状態と判定された場合に、第2の分析結果基準データに相当する正常時データ362及び故障時データ364に基づき、当該特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の状態の種類(正常、故障A,B,・・)を判定する故障診断を行う。より具体的には、故障診断として、正常時データ362及び故障時データ364である特徴ベクトルと診断対象機器の状態の種類(正常、故障A,B,・・)とのデータの組を学習データとして与えて学習させたニューラルネットワークであって、推定解として診断対象機器の状態の種類(正常、故障A,B,・・)の何れかを出力する故障診断推定モデルを作成する。そして、作成した故障診断推定モデルに特徴ベクトル(テストデータ)を入力して得られる推定解によって、診断対象機器の状態の種類(正常、故障A,B,・・)を判定する(
図5参照)。
【0041】
劣化評価部208は、第3の判定手段に相当し、診断対象機器が正常状態であり且つ既知の劣化度のときの振動データをオクターブバンド分析した第3の分析結果基準データに基づき、所与の分析結果が示す診断対象機器の劣化度を判定する第3の判定演算を実行することで、第2の判定手段に相当する故障診断部206により正常状態と判定された分析結果が示す診断対象機器の劣化度を判定する。
【0042】
すなわち、故障診断部206によって特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の状態の種類が正常と判定された場合に、第3の分析結果基準データに相当する正常時データ362に基づき、当該特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の劣化度を判定する劣化評価を行う。より具体的には、劣化評価として、正常時データ362である特徴ベクトルと診断対象機器の劣化度に相当する走行距離相当値又は走行時間相当値とのデータの組を学習データとして与えて学習させたニューラルネットワークであって、推定解として劣化度に相当する走行距離相当値又は経過時間相当値を出力する劣化評価推定モデルを作成する。そして、作成した劣化評価推定モデルに当該特徴ベクトル(テストデータ)を入力して得られる推定解によって、診断対象機器の劣化度を判定する(
図6参照)。
【0043】
記憶部300は、処理部200が診断装置5を統括的に制御するための諸機能を実現するためのプログラムやデータを記憶するとともに、処理部200の作業領域として用いられ、処理部200が各種プログラムに従って実行した演算結果や、操作入力部102や通信部108からの入力データが一時的に格納される。本実施形態では、記憶部300には、診断プログラム302と、走行データ310と、診断データ340と、学習データ360とが記憶される。
【0044】
走行データ310は、診断対象機器が搭載された鉄道車両7による1回の走行毎に生成されるデータであり、識別番号である走行データ番号312と、走行日時314と、分析結果データ318と、を格納する。
【0045】
ここで、1回の走行(1走行)とは、ある程度の長さに亘る期間での走行であり、例えば、始発駅から終着駅までの走行や、1日の走行とすることができる。車両運用の観点から定義するとすれば、1つの行路や仕業を1回の走行としても良いし、当該車両が充当される列車1本分の運用を1回の走行としても良い。
【0046】
分析結果データ318は、当該走行における単位期間Δt毎に生成されるデータであり、走行期間320と、走行速度322と、走行位置324と、回転数326と、動作モード328と、オクターブバンド分析結果330と、特徴ベクトル(テストデータ)332とを格納する。
【0047】
診断データ340は、走行データ310それぞれに対応して生成されるデータであり、対応する走行データ310の走行データ番号342と、分析結果データ318それぞれに対応する診断結果データ344とを格納する。
【0048】
診断結果データ344は、対応する分析結果データ318の走行期間346とともに、特徴ベクトル(テストデータ)332に対する状態診断の結果として、異常検知部204による異常検知結果348と、故障診断部206による故障診断結果350と、劣化評価部208による劣化評価結果352と、を格納している。異常検知結果348は、診断対象機器の状態が既知状態であるか未知状態であるかを格納し、故障診断結果350は、診断対象機器が既知状態である場合に、その状態の種類(正常、故障A,B,・・・)を格納し、劣化評価結果352は、診断対象機器が正常状態である場合に、その劣化度を格納する。
【0049】
学習データ360は、正常時データ362と、故障時データ364とを含む。正常時データ362は、診断対象機器が正常状態のときの振動データに基づく特徴ベクトルの集合であり、特徴ベクトルそれぞれに、振動データを取得したときの診断対象機器の劣化度に相当する走行距離又は経過時間(
図7では、走行距離)を対応付けている。故障時データ364は、診断対象機器が故障状態のときの振動データに基づく特徴ベクトルの集合であり、特徴ベクトルそれぞれに、振動データを取得したときの診断対象機器の故障の種類(故障A,B,・・)を対応つけている。
【0050】
[処理の流れ]
図8は、診断処理の流れを説明するフローチャートある。この処理は、処理部200が診断プログラム302を読み出して実行することで実現される。
【0051】
診断処理では、所与の診断開始タイミングとなったならば(ステップS1:YES)、オクターブバンド分析部202が、振動データに対するオクターブバンド分析を開始する(ステップS3)。ここで、診断開始タイミングは、例えば、停車駅から出発進行した後、所定時間(例えば、5秒)が経過したタイミングとすることができる。ただし、これに限らず、ノッチ(力行ノッチやブレーキノッチ)が所定ノッチとなったタイミングや、だ行走行時であるといった運転操作が所定の運転操作条件を満たしたタイミングとしても良い。また、別途走行位置を算出する装置を車上に設置し、所定の位置条件(例えば、予め定められたキロ程位置)を満たす位置を通過したタイミングを診断開始タイミングとしても良い。
【0052】
オクターブバンド分析を開始したならば、単位期間Δt毎にループAの繰り返し処理を行う。すなわち、ループAの処理として、オクターブバンド分析部202が、当該単位期間Δtで得られたオクターブバンド分析を行うことで、特徴ベクトル(テストデータ)を生成する(ステップS5)。ここで生成された特徴ベクトル(テストデータ)は、当該単位期間Δtにおける鉄道車両の走行速度や走行位置、動作モード等と対応付けられて、1つの分析結果データ318として蓄積記憶される。
【0053】
次いで、異常検知部204が、正常時データ362及び故障時データ364に基づき、生成された特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の状態が、既知状態であるか未知状態であるかを判定する異常検知を行う(ステップS7)。
【0054】
その結果、既知状態と判定したならば(ステップS9:YES)、続いて、故障診断部206が、正常時データ362及び故障時データ364に基づき、当該特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の状態の種類(正常、故障A,B,・・)を判定する故障診断を行う(ステップS11)。
【0055】
その結果、正常状態と判定したならば(ステップS13:YES)、続いて、劣化評価部208が、正常時データ362に基づき、当該特徴ベクトル(テストデータ)が示す診断対象機器の劣化度を判定する劣化評価を行う(ステップS15)。これらの特徴ベクトル(テストデータ)に対する診断結果は、当該単位期間Δtと対応付けて、1つの診断結果データ344として蓄積記憶される。ループAの処理はこのように行われる。
【0056】
このループAの処理は、所与の診断終了タイミングとなるまで繰り返し行われる。診断終了タイミングは、例えば、列車が停車駅に停車したタイミングといったように、診断開始タイミングに応じて定めることができる。以上の処理を行うと、診断処理は終了となる。
【0057】
このような診断処理を、例えば1回の走行について行うと、当該走行における単位期間Δt毎の診断結果(異常検知、故障診断、劣化評価それぞれの判定結果)、つまり、時系列の診断結果が得られる。そして、この時系列の診断結果から、診断対象機器の異常の発生や、走行に伴う劣化の進行を判断することが可能となる。
【0058】
[作用効果]
このように、本実施形態の状態診断システム1によれば、診断対象機器である鉄道車両7の駆動用機器の振動を検知する振動センサ3によって検知された振動データに基づき、診断対象機器が既知状態か未知状態かを先ず判定し、既知状態ならば正常状態か故障状態か、正常状態ならば、更にその劣化度を判定するといった、診断対象機器についての一連の状態診断を行うことができる。
【0059】
予め設定した正常状態になければ異常状態であると判定する従来の手法では、あらゆる正常状態を予め設定しておく必要があるし、また、異常状態であると判定したとしてもどのような故障か、未知状態であれば判定できない。他方、本発明によれば、先ずは、既知状態か未知状態かを判定するため、そのような問題は生じない。そして、既知状態と判定した後に、その既知状態が正常状態か故障状態かといった既知状態の種類を判定し、更に、正常状態の場合にその劣化度を判定するといったように段階的な判定を行うため、走行又は時間経過に伴って劣化する診断対象機器についての的確な状態診断を行うことができる。
【0060】
[変形例]
なお、本発明の適用可能な実施形態は上述の実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能なのは勿論である。
【0061】
(A)システム構成
状態診断システム1は、少なくとも、振動センサ3が鉄道車両7に搭載されていれば良く、診断装置5の機能の一部又は全部を地上側の外部装置が担うこととしても良い。例えば、オクターブバンド分析によってデータ量を大幅に削減できることから、振動データに対するオクターブバンド分析までの処理を車上側の装置(車上装置)において行い、以降の処理(特徴ベクトルの生成や一連の診断など)を地上側の装置(地上装置)で行うことができる。
【0062】
この場合、車上装置と地上装置とで診断装置が構成されることとなり、車上装置と地上装置との間のデータ通信は、鉄道車両7の走行中に、当該鉄道車両7に搭載された車上装置から所与の無線通信網を介して地上装置へ送信することとしても良いし、走行中は、振動データに対する処理結果を車上装置の内部記憶装置に記憶しておき、運行終了後に、蓄積記憶したデータを、有線通信や無線通信によって地上装置へ送信することとしても良い。或いは、車上装置は、振動データに対する処理データをメモリカード等の外部記憶装置に記憶しておき、運行終了後に、係員がこの外部記憶装置を取り出して、地上装置へ装着・入力させることとしても良い。
【0063】
(B)異常検知
異常検知には、近傍法の一種であるNNDD(Nearest neighbor Data Description)法を利用することもできる。NNDD法では、多次元空間上に配置した学習データの集合の中から、テストデータに最も近い学習データを探し、その学習データとテストデータとの距離を基準距離で除した比を求めて、テストデータが学習データのクラス(集合)に分類されるか否か、すなわち、既知状態であるか未知状態であるかを判定する。更に、最も近い学習データのみではなく、k番目までの近傍データを用いるk近傍法を用いることもできる。
【0064】
(C)分析結果基準データ
上述した実施形態では、第1の分析結果基準データに相当する正常時データ362及び故障時データ364と、第2の分析結果基準データに相当する正常時データ362及び故障時データ364と、第3の分析結果基準データに相当する正常時データ362とは、共通のデータとして説明した。しかし、これらのデータを、異常検知(第1の判定)、故障診断(第2の判定)、劣化評価(第3の判定)に適した抜粋データとして、全て一致するデータとしないこととしてもよい。