特許第6796734号(P6796734)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社エフ・シー・シーの特許一覧

特許6796734摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法
<>
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000002
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000003
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000004
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000005
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000006
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000007
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000008
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000009
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000010
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000011
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000012
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000013
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000014
  • 特許6796734-摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法 図000015
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6796734
(24)【登録日】2020年11月18日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16D 13/62 20060101AFI20201130BHJP
   F16D 13/74 20060101ALI20201130BHJP
【FI】
   F16D13/62 A
   F16D13/74 A
【請求項の数】2
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2020-34660(P2020-34660)
(22)【出願日】2020年3月2日
(62)【分割の表示】特願2018-104412(P2018-104412)の分割
【原出願日】2018年5月31日
(65)【公開番号】特開2020-79648(P2020-79648A)
(43)【公開日】2020年5月28日
【審査請求日】2020年4月28日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000128175
【氏名又は名称】株式会社エフ・シー・シー
(74)【代理人】
【識別番号】100136674
【弁理士】
【氏名又は名称】居藤 洋之
(72)【発明者】
【氏名】上原 和也
(72)【発明者】
【氏名】宮川 将敏
(72)【発明者】
【氏名】片山 信行
【審査官】 倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−288299(JP,A)
【文献】 特開2008−014493(JP,A)
【文献】 実開平01−146018(JP,U)
【文献】 特開2000−073299(JP,A)
【文献】 特開昭61−149630(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 13/62、13/74、69/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の空洞部を有する多孔質層の表面に摩擦摺動面および同摩擦摺動面に対して凹状に窪んだ複数の潤滑油凹部がそれぞれ形成された摩擦材の製造方法であって、
ペーパー基材を含むスラリー状の原料を濾してシート状に形成する原形形成工程と、
前記シート状に形成された原料から水分を除去して含水率を90%〜50%に調整する含水率調整工程と、
前記含水率が90%〜50%に調整された前記シート状の原料に潤滑油凹部形成型を押し付けて前記潤滑油凹部を形成する潤滑油凹部形成工程と、
前記潤滑油凹部が形成された前記シート状の原料から水分を除去して含水率を10%以下に調整する乾燥工程と、
前記含水率が10%以下に調整された前記シート状の原料に熱硬化性樹脂を含侵させて硬化させる硬化工程とを含み
前記潤滑油凹部形成型は、
金属製または樹脂製の糸を格子状に編んで構成されていることを特徴とする摩擦材の製造方法。
【請求項2】
複数の空洞部を有する多孔質層の表面に摩擦摺動面および同摩擦摺動面に対して凹状に窪んだ複数の潤滑油凹部がそれぞれ形成された摩擦材と、
平板環状に形成されて前記摩擦材が周方向に沿って設けられた芯金とを備えた湿式摩擦プレートの製造方法であって、
前記請求項1に記載した摩擦材の製造方法で製造した前記摩擦材を前記芯金に貼り付ける貼付工程を含むことを特徴とする湿式摩擦プレートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油中で使用される湿式摩擦プレートに関するもので、特には、原動機と同原動機によって回転駆動される被動体との間に配置されて原動機の駆動力を被動体に伝達または遮断する湿式多板クラッチ装置に適した摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、四輪自動車や二輪自動車などの車両においては、エンジンなどの原動機の回転駆動力を車輪などの被動体に伝達または遮断するために湿式多板クラッチ装置が搭載されている。一般に、湿式多板クラッチ装置は、潤滑油中にて互いに対向配置される2つのプレートを互いに押し付け合うことにより回転駆動力の伝達または遮断が行なわれている。
【0003】
この場合、2つのプレートのうちの一方のプレートは、平板環状の芯金の表面に周方向に沿って摩擦材が設けられた湿式摩擦プレートで構成されている。例えば、下記特許文献1には、摩擦材の表面に凹状に窪んだ抄紙溝(以降、「潤滑油凹部」という)が形成された湿式摩擦材(以降、「湿式摩擦プレート」という)が開示されている。これにより、湿式摩擦プレートは、湿式摩擦プレートの表面に付着している潤滑油が排出され易くなって引き摺りトルクを低減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−263203号公報
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載された湿式摩擦プレートにおいては、潤滑油が入り込む潤滑油凹部の支持層が潤滑油凹部を成形するためのプレス加工または切削加工によって圧縮変形することで潤滑油の排出性が低くなる傾向にある。このため、従来の湿式摩擦プレートにおいては、特に、潤滑油が低温の場合、または湿式摩擦プレートとクラッチプレートとの接触圧力が低い場合に潤滑油が排出され難くなるという問題がある。
【0006】
本発明は上記問題に対処するためなされたもので、その目的は、摩擦材の表面に付着した潤滑油の排出性を向上させることができる摩擦材の製造方法および湿式摩擦プレートの製造方法を提供することにある。
【発明の概要】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の特徴は、複数の空洞部を有する多孔質層の表面に摩擦摺動面および同摩擦摺動面に対して凹状に窪んだ複数の潤滑油凹部がそれぞれ形成された摩擦材と、平板環状に形成されて摩擦材が周方向に沿って設けられた芯金とを備えた湿式摩擦プレートにおいて、摩擦材は、潤滑油凹部の表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されるとともに、潤滑油凹部を構成する多孔質層と摩擦摺動面を構成する多孔質層とは空洞部の形成率の差が±10%以下であることにある。
【0008】
このように構成した本発明の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、潤滑油凹部の表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されるとともに、潤滑油凹部を構成する多孔質層と摩擦摺動面を構成する多孔質層とは空洞部の形成率が互いに同じに形成されているため、摩擦摺動面と潤滑油凹部とで多孔質層に対する潤滑油の浸透性および排出性が同じになり、摩擦材の表面に付着した潤滑油の排出性を向上させることができる。
【0009】
なお、潤滑油凹部を構成する多孔質層と摩擦摺動面を構成する多孔質層とは空洞部の形成率が互いに同じとは、両者の完全な一致のみを意味するものではなく、両者における潤滑油の浸透性および排出性の差が実質的に同じと見做せる所定の範囲(例えば、±10%以下の差)内に収まる形成率の差の範囲(例えば、±10%以下の差)内を含むものである。また、潤滑油凹部の表面を構成する滑らかに連続する面は、直線状に延びる平面からなる傾斜面を含んで構成してもよいが、凹状に窪んだ曲面で構成することが好ましい。
【0010】
また、本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、潤滑油凹部は、平面視で互いに直交する2方向のうちの少なくとも一方の断面が1つの曲率の円弧状に形成されていることにある。
【0011】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、潤滑油凹部が平面視で互いに直交する2方向のうちの少なくとも一方の断面が1つの曲率の円弧状に形成されているため、潤滑油凹部を容易に成形することができる。
【0012】
また、本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、潤滑油凹部は、平面視で長穴状または楕円状に形成されていることにある。
【0013】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、潤滑油凹部が平面視で有底の長穴状または楕円状に形成されているため、摩擦摺動面内において局所的に摩擦摺動面の大きな欠落部分を生じさせることなく必要な摩擦接触面積を確保しつつ潤滑油凹部を形成することができる。
【0014】
また、本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、潤滑油凹部は、直線状に延びて形成されるとともに互いに隣接する潤滑油凹部同士が互いに直交する向きで形成されていることある。
【0015】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、潤滑油凹部が直線状に延びて形成されるとともに互いに隣接する潤滑油凹部同士が互いに直交する向きで形成されているため、摩擦材の耐久力が特定の方向に弱くなることを防止でき均一な耐久性を確保することができる。また、潤滑油凹部は、湿式摩擦プレートの回転駆動方向に交わる方向に形成されることで摩擦抵抗を向上させることができるとともに、湿式摩擦プレートの径方向外側に向かって延びて形成されることで潤滑油の遠心力による排出性も確保することができる。
【0016】
また、本発明の他の特徴は、前記湿式摩擦プレートにおいて、潤滑油凹部は、複数種類の深さに形成されていることにある。
【0017】
このように構成した本発明の他の特徴によれば、湿式摩擦プレートは、潤滑油凹部が複数種類の深さに形成されているため、摩擦材の摩耗が進んで摩擦材全体の厚さが薄くなった場合に深さの浅い潤滑油凹部が消滅に近い状態となって摩擦材の耐久性の低下を抑制することができる。この場合、湿式摩擦プレートは、潤滑油凹部が複数種類の深さに形成することに代えてまたは加えて潤滑油凹部が複数種類の溝幅に形成することで同様の効果を期待できる。
【0018】
また、本発明は湿式摩擦プレートの発明として実施できるばかりでなく、この湿式摩擦プレートを備えた湿式多板クラッチおよびこの湿式摩擦プレートの製造方法の発明としても実施できるものである。
【0019】
具体的には、湿式多板クラッチ装置は、原動機によって回転駆動する駆動側プレートに隙間および潤滑油を介して対向側プレートを対向配置して両者を互いに密着または離隔させることで両者間で回転駆動力の伝達または遮断を行う湿式多板クラッチ装置において、記駆動側プレートおよび対向側プレートは、少なくとも一方が請求項1ないし請求項5のうちのいずれか1つに記載した湿式摩擦プレートであるとよい。このように構成した湿式多板クラッチ装置によれば、前記湿式摩擦プレートと同様の作用効果を期待することができる。
【0020】
また、湿式摩擦プレートの製造方法は、複数の空洞部を有する多孔質層の表面に摩擦摺動面および同摩擦摺動面に対して凹状に窪んだ複数の潤滑油凹部がそれぞれ形成された摩擦材と、平板環状に形成されて摩擦材が周方向に沿って設けられた芯金とを備えた湿式摩擦プレートの製造方法であって、多孔質層を構成する繊維材料を含んだスラリー状の原料をシート状に成形する原形成形工程と、シート状の原料における含水率を90%以下かつ50%以上に低下させる含水率調整工程と、含水率が調整されたシート状の原料に表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成された潤滑油凹部成形型を押し付けて潤滑油凹部を成形する潤滑油凹部形成工程と、潤滑油凹部が形成されたシート状の原料における含水率を10%以下に低下させる乾燥工程とを含むようにするとよい。このように構成した湿式摩擦プレートの製造方法によれば、前記湿式摩擦プレートを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に係る湿式摩擦プレートを備えた湿式多板クラッチ装置の全体構成を示す断面図である。
図2図1に示す湿式多板クラッチ装置内に組み込まれる本発明の一実施形態に係る湿式摩擦プレートの外観の概略を示す平面図である。
図3図2に示す湿式摩擦プレートを構成する摩擦材の横断面を走査型電子顕微鏡で撮像した画像データである。
図4】(A)〜(C)は図2に示す湿式摩擦プレート構成する摩擦材における潤滑油凹部を模式的に示しており、(A)は潤滑油凹部の平面図であり、(B)は潤滑油凹部の横断面図であり、(C)は潤滑油凹部の縦断面図である。
図5】(A),(B)は図3に示す画像データに対してトリミング枠TF1,TF2でトリミングした画像データを2値化した画像データであり、(A)は摩擦摺動面の直下の多孔質層を示しており、(B)は潤滑油凹部の直下の多孔質層を示している。
図6図5に示す摩擦材における空洞部の形成率および従来技術に係る摩擦材における空洞部の形成率を摩擦摺動面および潤滑油凹部ごとに表した棒グラフである。
図7】従来技術に係る摩擦材の横断面を走査型電子顕微鏡で撮像した画像データである。
図8】(A),(B)は図7に示す画像データに対してトリミング枠TF1,TF2でトリミングした画像データを2値化した画像データであり、(A)は摩擦摺動面の直下の多孔質層を示しており、(B)は潤滑油凹部の直下の多孔質層を示している。
図9図2に示す湿式摩擦プレートおよび摩擦材の主要な製造工程を模式的に示す説明図である。
図10図9に示すプレスローラに取り付けられる潤滑油凹部成形型の外観構成を模式的に示す部分拡大図である。
図11】本発明の変形例に係る湿式摩擦プレートの外観構成の一部を示す部分平面図である。
図12】本発明の他の変形例に係る湿式摩擦プレートの外観構成の一部を示す部分平面図である。
図13】本発明の他の変形例に係る湿式摩擦プレートの外観構成の一部を示す部分平面図である。
図14】本発明の他の変形例に係る湿式摩擦プレートの外観構成の一部を示す部分平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る湿式摩擦プレート、同湿式摩擦プレートを備えた湿式多板クラッチ装置、および同湿式摩擦プレートの製造方法の一実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明に係る湿式摩擦プレート200を備えた湿式多板クラッチ装置100の全体構成の概略を示す断面図である。なお、本明細書において参照する各図は、本発明の理解を容易にするために一部の構成要素を誇張して表わすなど模式的に表している。このため、各構成要素間の寸法や比率などは異なっていることがある。この湿式多板クラッチ装置100は、二輪自動車(オートバイ)における原動機であるエンジン(図示せず)の駆動力を被動体である車輪(図示せず)に伝達または遮断するための機械装置であり、同エンジンと変速機(トランスミッション)(図示せず)との間に配置されるものである。
【0023】
(湿式多板クラッチ装置100の構成)
湿式多板クラッチ装置100は、アルミニウム合金製のハウジング101を備えている。ハウジング101は、有底円筒状に形成されており、湿式多板クラッチ装置100の筐体の一部を構成する部材である。このハウジング101における図示左側側面には、入力ギア102がトルクダンパ102aを介してリベット102bによって固着されている。入力ギア102は、エンジンの駆動により回転駆動する図示しない駆動ギアと噛合って回転駆動する。ハウジング101における内周面には、複数枚(本実施形態においては8枚)のクラッチプレート103がハウジング101の軸線方向に沿って変位可能、かつ同ハウジング101と一体回転可能な状態でスプライン嵌合によってそれぞれ保持されている。
【0024】
クラッチプレート103は、後述する湿式摩擦プレート200に押し当てられる平板環状の部品であり、SPCC(冷間圧延鋼板)材からなる薄板材を環状に打ち抜いて成形されている。これらのクラッチプレート103における各両側面(表裏面)には、後述する潤滑油を保持するための深さ数μm〜数十μmの図示しない油溝が形成されている。また、クラッチプレート103における油溝が形成された各両側面(表裏面)には、耐摩耗性を向上させる目的で表面硬化処理がそれぞれ施されている。なお、この表面硬化処理については本発明に直接関わらないため、その説明は省略する。
【0025】
ハウジング101の内部には、略円筒状に形成された摩擦板ホルダ104がハウジング101と同心で配置されている。この摩擦板ホルダ104の内周面には、摩擦板ホルダ104の軸線方向に沿って多数のスプライン溝が形成されており、同スプライン溝にシャフト105がスプライン勘合している。シャフト105は、中空状に形成された軸体であり、一方(図示右側)の端部側がニードルベアリング105aを介して入力ギア102およびハウジング101を回転自在に支持するとともに、前記スプライン勘合する摩擦板ホルダ104をナット105bを介して固定的に支持する。すなわち、摩擦板ホルダ104は、シャフト105とともに一体的に回転する。一方、シャフト105における他方(図示左側)の端部は、二輪自動車における図示しない変速機に連結されている。
【0026】
シャフト105の中空部には、軸状のプッシュロッド106がシャフト105における前記一方(図示右側)の端部から突出した状態で貫通して配置されている。プッシュロッド106は、シャフト105における一方(図示右側)の端部から突出した端部の反対側(図示左側)が二輪自動車における図示しないクラッチ操作レバーに連結されており、同クラッチ操作レバーの操作によってシャフト105の中空部内をシャフト105の軸線方向に沿って摺動する。
【0027】
摩擦板ホルダ104の外周面には、複数枚(本実施形態においては7枚)の湿式摩擦プレート200が前記クラッチプレート103を挟んだ状態で、摩擦板ホルダ104の軸線方向に沿って変位可能、かつ同摩擦板ホルダ104と一体回転可能な状態でスプライン嵌合によってそれぞれ保持されている。
【0028】
一方、摩擦板ホルダ104の内部には、所定量の潤滑油(図示しない)が充填されているとともに、3つの筒状支持柱104aがそれぞれ形成されている(図においては1つのみ示す)。潤滑油は、湿式摩擦プレート200とクラッチプレート103との間に供給されてこれらの湿式摩擦プレート200とクラッチプレート103との間で生じる摩擦熱の吸収や摩擦材210の摩耗を防止する。
【0029】
また、3つの筒状支持柱104aは、摩擦板ホルダ104の軸線方向外側(図示右側)に向って突出した状態でそれぞれ形成されており、摩擦板ホルダ104と同心の位置に配置された押圧カバー107がボルト108a,受け板108bおよびコイルバネ108cを介してそれぞれ組み付けられている。押圧カバー107は、湿式摩擦プレート200の外径と略同じ大きさの外径の略円板状に形成されており、前記コイルバネ108cによって摩擦板ホルダ104側に押圧されている。また、押圧カバー107の内側中心部には、プッシュロッド106における図示右側先端部に対向する位置にレリーズベアリング107aが設けられている。
【0030】
(湿式摩擦プレート200の構成)
湿式摩擦プレート200は、詳しくは図2に示すように、平板環状の芯金201上に油溝203および摩擦材210をそれぞれ備えて構成されている。芯金201は、湿式摩擦プレート200の基部となる部材であり、SPCC(冷間圧延鋼板)材からなる薄板材を略環状に打ち抜いて成形されている。この場合、芯金201の内周部には、摩擦板ホルダ104とスプライン勘合させるための内歯状のスプライン202が形成されている。
【0031】
この湿式摩擦プレート200における前記クラッチプレート103に対向する側面、すなわち、芯金201におけるクラッチプレート103に対向する側面には、複数(本実施形態においては32枚)の小片状の摩擦材210が芯金201の周方向に沿って隙間からなる油溝203を介してそれぞれ設けられている。
【0032】
油溝203は、湿式摩擦プレート200の芯金201の内周縁と外周縁との間で潤滑油を導く流路であるとともに湿式摩擦プレート200とクラッチプレート103との間に潤滑油を存在させておくためのオイル保持部でもある。この油溝203は、小片状の複数の摩擦材210の各間にそれぞれ直線状に延びて形成されている。
【0033】
摩擦材210は、前記クラッチプレート103に対する摩擦力を向上させるものであり、芯金201の周方向に沿って貼り付けられた小片状の紙材によって構成されている。この摩擦材210は、図3に示すように、ペーパー基材に熱硬化性樹脂を含浸および硬化させた硬質な多孔質層211によって構成されている。
【0034】
この場合、ペーパー基材は、有機繊維および無機繊維のうちの少なくとも一方に充填材を添加して構成されている。ここで有機繊維としては、木材パルプ、合成パルプ、ポリエステル系繊維、ポリアミド系繊維、ポリイミド系繊維、ポリビニルアルコール変性繊維、ポリ塩化ビニル繊維、ポリプロピレン繊維、ポリベンゾイミダゾール繊維、アクリル繊維、炭素繊維、フェノール繊維、ナイロン繊維およびセルロース繊維などを一種または複数種で構成することができる。また、無機繊維としては、ガラス繊維、ロックウール、チタン酸カリウム繊維、セラミック繊維、シリカ繊維、シリカ−アルミナ繊維、カオリン繊維、ボーキサイト繊維、カヤノイド繊維、ホウ素繊維、マグネシア繊維および金属繊維などを一種または複数種で構成することができる。
【0035】
また、充填材は、摩擦調整剤および/または固体潤滑剤としての機能を発揮させるものであり、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭化珪素、炭化ホウ素、炭化チタン、窒化珪素、窒化ホウ素、アルミナ、シリカ、ジルコニア、カシューダスト、ラバーダスト、珪藻土、グラファイト、タルク、カオリン、酸化マグネシウム、二硫化モリブデン、ニトリルゴム、アクリロニトリル・ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、シリコンゴムおよびフッ素ゴムなどの一種または複数種で構成することができる。また、熱硬化性樹脂としては、フェノール系樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、尿素樹脂およびシリコーン樹脂などがある。
【0036】
この多孔質層211には、無数の空洞部212が形成されている。空洞部212は、ペーパー基材および熱硬化性樹脂の各材料間の隙間に形成されたペーパー基材および熱硬化性樹脂が存在しない気孔部分であり、摩擦材210の表面に付着した潤滑油が浸み込んで流動または保持される部分である。この空洞部212は、多孔質層211の内部に無秩序に種々の大きさで多数形成されている。この場合、空洞部212は、多孔質層211の表面に開口する空洞部212と、多孔質層211の表面に面することなく多孔質層211の内部に形成されている空洞部212とがある。また、空洞部212は、互いに隣接する空洞部212同士が互いに連通している場合と互いに隣接する空洞部212同士が互いに連通していない場合とがそれぞれ含まれている。
【0037】
この多孔質層211の表面には、図4(A)〜(C)にもそれぞれ示すように、摩擦摺動面213および潤滑油凹部214がそれぞれ形成されている。摩擦摺動面213は、クラッチプレート103と接触して摩擦摺動する部分であり、平坦な面で構成されている。潤滑油凹部214は、摩擦材210の摩擦抵抗を増大させるとともに潤滑油を保持する部分であり、摩擦摺動面213に対して凹状に窪んで複数形成されている。この場合、各潤滑油凹部214の窪んだ表面は、角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されている。
【0038】
本実施形態においては、各潤滑油凹部214は、それぞれ平面視で長穴状に形成されている。より具体的には、潤滑油凹部214は、長手方向に沿う縦断面形状が最深部が水平方向に直線状に延びるとともにこの最深部の両端部が摩擦摺動面213に向かって緩やかに湾曲して曲線状に傾斜する形状に形成されている。また、潤滑油凹部214は、長手方向に直交する幅方向に沿う横断面形状が円弧状に形成されている。この場合、潤滑油凹部214は、複数種類の長手方向の長さ、幅方向の長さおよび最深部の深さで形成された複数種類の大きさの潤滑油凹部214を含んで構成されている。本実施形態においては、潤滑油凹部214は、長手方向が約1.0〜2.0mm、幅方向が約0.6〜0.7mm、深さが0.25〜0.4mmの複数種類の大きさで構成されている。
【0039】
また、これらの潤滑油凹部214は、互いに隣接する潤滑油凹部214同士が摩擦摺動面213を介して直交する方向に延びる向きで形成されている。本実施形態においては、潤滑油凹部214は、長手方向および幅方向にそれぞれ隣接する潤滑油凹部214がそれぞれ直交する方向に延びて形成されている。すなわち、本実施形態においては、潤滑油凹部214は、平面視において摩擦摺動面213の全面にメッシュ状に形成されている。
【0040】
そして、多孔質層211は、摩擦摺動面213を構成する部分と潤滑油凹部214を構成する部分とにおいて前記空洞部212が互いに同じ形成率で形成されている。ここで、空洞部212の形成率は、多孔質層211内における一定の空間内で空洞部212が占める割合である。この空洞部212の形成率は、多孔質層211に油、水銀またはヘリウムなどの流体を加圧注入して注入された流体量から空洞部212の形成率を算出することができる。また、空洞部212の形成率は、多孔質層211を撮像したデジタル画像を用いた画像処理によって空洞部212の形成率を近似的に算出することができる。具体的には、この空洞部212の形成率は、摩擦摺動面213の直下の多孔質層211および潤滑油凹部214の直下の多孔質層211の各断面を撮像した画像を取得して2値化する画像処理によって算出することができる。
【0041】
まず、作業者は、摩擦材210における潤滑油凹部214を横断面方向に切断した後、この横断面の状態を走査型電子顕微鏡などの拡大撮像装置を用いて所定の倍率(例えば、120倍)で撮像したデジタル画像データ(以下、単に「画像データ」という)を取得する(図3参照)。この場合、作業者は、撮像対象となる潤滑油凹部214の周囲に形成されている摩擦摺動面213の断面を含んだ状態で撮像する。
【0042】
次に、作業者は、画像データの加工を行うことができるパソコンなどのコンピュータ装置を用いて取得した画像データにおける潤滑油凹部214の直下部分の画像データおよび摩擦摺動面213の直下部分の画像データを所定の大きさのトリミング枠TF1,TF2でそれぞれトリミングする。この場合、潤滑油凹部214の直下部分の画像データのトリミングの範囲を規定するトリミング枠TF1は、潤滑油凹部214の直下部分における潤滑油凹部214の幅方向の中心位置を中心として潤滑油凹部214の幅以内の少なくとも1/3以上の長さで、かつ潤滑油凹部214の直下部分の多孔質層211の厚さ以内の少なくとも7割以上の長さで全体として方形形状で構成することができる。
【0043】
一方、摩擦摺動面213の直下部分の画像データをトリミングの範囲を規定するトリミング枠TF2は、トリミング枠TF1と同じ大きさで構成するとともに、潤滑油凹部214から十分離れた摩擦摺動面213の直下部分に配置される。これらの場合、トリミング枠TF1,TF2は、潤滑油凹部214および摩擦摺動面213の各表面に近い位置に配置する。なお、本実施形態においては、トリミング枠TF1,TF2は、330ピクセル×660ピクセルで形成されている。
【0044】
次に、作業者は、図5(A),(B)にそれぞれ示すように、画像データを2値化することができる画像処理ソフト(公知のコンピュータプログラム)を用いてトリミング枠TF1,TF2でトリミングした2つの画像データを2値化する。この場合、画像データ内における空洞部212を表す画像データを正確に黒色または白色に変換することができる閾値を画像処理ソフトに設定する。これにより、作業者は、潤滑油凹部214および摩擦摺動面213の各直下部分を表す各画像データをそれぞれ2値化した画像データを取得することができる。本実施形態においては、空洞部212を黒色に変換するとともに空洞部212以外の多孔質層211を白色に変換する。
【0045】
次に、作業者は、2値化した画像データにおける黒色部分および白色部分の各面積を算出することができる画像処理ソフト(公知のコンピュータプログラム)を用いて2値化した画像データ内における空洞部212に相当する部分(黒色部分)の面積を積算した合計値を計算する。この合計値の計算は、トリミング枠TF1,TF2ごとに行う。
【0046】
これにより、作業者は、トリミング枠TF1における空洞部212の画像データ上での面積の合計値とトリミング枠TF2における空洞部212の画像データ上での合計値との差が所定の範囲内であれば同一の形成率とする。ここで、所定の範囲内の差とは、両合計値の差が±10%の範囲以下が好適である。なお、作業者は、トリミング枠TF1の全面積に対する空洞部212の面積の合計値の比率、またはトリミング枠TF1内における空洞部212を除いた多孔質層211(白色部分)の面積の合計値に対する空洞部212の面積の合計値の比率をトリミング枠TF2における同様の面積の合計値の比率と比較して形成率の同一性を確認することもできる。
【0047】
ここで、本発明者らによる検証結果について説明しておく。図6は、本願発明に係る摩擦材210および従来技術に係る摩擦材90について前記した2値化による画像処理を行って得た空洞部212の面積の積算値を棒グラフ化した図である。ここで横軸は、摩擦材210における摩擦摺動面213および潤滑油凹部214の各空洞部212の面積の合計値、および摩擦材90における摩擦摺動面93および潤滑油凹部94の各空洞部92の面積の合計値である。また、縦軸は、トリミング枠TF1,TF2の各全面積に対する空洞部212の面積の合計値の比率である。
【0048】
また、摩擦材90は、図7に示すように、多孔質層211と同質の多孔質層91の表面に金型を押し付けることにより凹状の潤滑油凹部94が形成されている。この場合、潤滑油凹部94は、底部における横断面方向の両端部に約120°の角度の角部がそれぞれ形成されている。なお、図7においては、2つの角部のうちの一方(図示左側)側のみが撮像されているが、この撮像画像における図示右側端部には撮像されていない他方側の角部が形成されている。
【0049】
この摩擦材90に対して、本発明者らは、摩擦材210と同様にして、多孔質層91を撮像した画像データを取得した後、図8に示すように、取得した画像データに対してトリミング枠TF1,TF2でトリミングして2値化する。そして、本発明者らは、前記と同様にして、2値化した画像データ内における空洞部92に相当する部分(黒色部分)の面積を積算した合計値を計算する。なお、摩擦材90は、図7および図8の示した画像データからも潤滑油凹部94を構成する支持層である多孔質層91が摩擦摺動面93を構成する支持層である多孔質層91よりも図示上下方向に圧縮されて潰れていることを確認することができる。
【0050】
本発明者らによる検証結果によれば、摩擦材210における摩擦摺動面213の直下での空洞部212の形成率は27.4%であり、潤滑油凹部214の直下での空洞部212の形成率は26.1%である。また、摩擦材90における摩擦摺動面93の直下での空洞部92の形成率は28.8%であり、潤滑油凹部94の直下での空洞部92の形成率は21.2%である。なお、これらの各形成率は、複数のサンプルの平均値である。
【0051】
(湿式摩擦プレート200の製造)
次に、このように構成された湿式摩擦プレート200の製造方法について図9および図10を用いて説明する。まず、作業者は、原料を撹拌する原料撹拌工程を実施する。具体的には、作業者は、撹拌槽300内の水の中にペーパー基材の原料、すなわち、前記有機繊維および/または前記無機繊維、充填材および凝集剤を投入して撹拌することでスラリー状の原料を生成する。次いで、作業者は、撹拌槽300内のスラリー状の原料をポンプ300aを用いてを抄造槽301に移送する。
【0052】
次に、作業者は、抄造工程を実施する。この抄造工程は、主として、原形成形工程、含水率調整工程、潤滑油凹部成形工程および乾燥工程で構成されている。具体的には、作業者は、抄造槽301内に臨んで配置された無端ベルト状の抄造網302を備えた搬送装置303を回転駆動させて抄造槽301内から原料をシート状に濾しとって一対のプレスローラ305に搬送する(原形成形工程)。この搬送装置303は、抄造槽301とプレスローラ305との間に吸水ローラ304aおよびサクションボックス304bをそれぞれ備えており抄造網302上のシート状の原料から水分を除去する(含水率調整工程)。
【0053】
プレスローラ305は、抄造網302上のシート状の原料に潤滑油凹部214を成形するための部品であり、互いに対向配置される一対のローラで構成されている。この場合、プレスローラ305を構成する2つのローラのうちの一方のローラの表面には、図10に示すように、金属製または樹脂製の糸を格子状に編んだ潤滑油凹部成形型305aが巻き付けられて構成されている。このプレスローラ305は、抄造網302の経路上におけるシート状の原料の含水率(重量%)が90%〜50%の範囲内に設けられる。本実施形態においては、プレスローラ305は、抄造網302の経路上におけるシート状の原料の含水率(重量%)が60%〜50%の範囲内に設けられる。
【0054】
したがって、抄造槽301から引き上げられて所定の含水率に調整されたシート状の原料は、プレスローラ305に通されることによって潤滑油凹部成形型305aに対向する面に摩擦摺動面213および潤滑油凹部214がそれぞれ形成される(潤滑油凹部成形工程)。この場合、シート状の原料が比較的高い含水率に調整されるとともに潤滑油凹部成形型305aが滑らかな曲面に形成されている。これらにより、摩擦材210は、潤滑油凹部成形型305aが押し付けられる部分が圧縮変形して空洞部212が消失することが抑制されるため、摩擦摺動面213と潤滑油凹部214とで多孔質層211における空洞部212の形成率に差が生じることを抑制することができる。なお、本発明者らの実験によれば、潤滑油凹部成形型305aは、樹脂製の糸を編んで構成することにより金属製で構成した場合に比べて可撓性を確保し易く潤滑油凹部214直下の多孔質層211の圧縮変形を抑えることができる。
【0055】
次いで、摩擦摺動面213および潤滑油凹部214がそれぞれ形成されたシート状の原料は、プレスローラ305の下流側に配置されている乾燥ローラなどで構成される乾燥装置306に通されることで更に含水率が10%以下まで低減される(乾燥工程)。この場合、潤滑油凹部214がそれぞれ形成されたシート状の原料の含水率は3%以上にするとよい。この後、シート状の原料は、回収ローラ307に巻き取られて抄造工程が終了する。
【0056】
次に、作業者は、硬化工程を実施する。具体的には、作業者は、含水率が10%以下まで乾燥させたシート状の原料に熱硬化性樹脂を含浸させた後、このシート状の原料を加熱しつつプレスして形状を整えながら硬化させる。これにより、作業者は、摩擦摺動面213および潤滑油凹部214がそれぞれ形成された状態で硬化した多孔質層211からなる摩擦材210を製造することができる。
【0057】
次に、作業者は、摩擦材210の貼付工程を実施する。具体的には、作業者は、別工程のプレス加工などの機械加工で製作した芯金201の表面に摩擦材210の小片を周方向に沿って接着剤を用いて貼り付ける。この場合、作業者は、予め小片状に切断した摩擦材210を芯金201に貼り付けてもよいし、芯金201に貼り付ける際に摩擦材210を小片状に切断することもできる。これにより、作業者は、芯金201の両面に周方向に沿って油溝203を介して小片状の摩擦材210が貼り付けられた湿式摩擦プレート200を製造することができる。なお、湿式摩擦プレート200の製造工程においては、上記した以外の機械加工工程、摩擦特性の調整工程および検査工程などがあるが、本発明に直接関わらないためそれらの説明は省略する。
【0058】
(湿式摩擦プレート200の作動)
次に、上記のように構成した湿式摩擦プレート200の作動について説明する。この湿式摩擦プレート200は、前記したように湿式多板クラッチ装置100内に組み付けられて用いられる。そして、この湿式多板クラッチ装置100は、前記したように、車両におけるエンジンと変速機との間に配置されるものであり、車両の操作者によるクラッチ操作レバーの操作によってエンジンの駆動力の変速機への伝達および遮断を行なう。
【0059】
すなわち、車両の操作者(図示せず)がクラッチ操作レバー(図示せず)を操作してプッシュロッド106を後退(図示左側に変位)させた場合には、プッシュロッド106の先端部がレリーズベアリング107aを押圧しない状態となり、押圧カバー107がコイルバネ108cの弾性力によってクラッチプレート103を押圧する。これにより、クラッチプレート103および湿式摩擦プレート200は、摩擦板ホルダ104の外周面にフランジ状に形成された受け部104b側に変位しつつ互いに押し当てられて摩擦連結された状態となる。この結果、入力ギア102に伝達されたエンジンの駆動力がクラッチプレート103、湿式摩擦プレート200、摩擦板ホルダ104およびシャフト105を介して変速機に伝達される。
【0060】
一方、車両の操作者がクラッチ操作レバー(図示せず)を操作してプッシュロッド106を前進(図示右側に変位)させた場合には、プッシュロッド106の先端部がレリーズベアリング107aを押圧する状態となり、押圧カバー107がコイルバネ108cの弾性力に抗しながら図示右側に変位して押圧カバー107とクラッチプレート103とが離隔する。これにより、クラッチプレート103および湿式摩擦プレート200は、押圧カバー107側に変位しつつ互いに押し当てられて連結された状態が解除されて互いに離隔する。この結果、クラッチプレート103から湿式摩擦プレート200への駆動力の伝達が行われなくなり、入力ギア102に伝達されたエンジンの駆動力の変速機への伝達が遮断される。
【0061】
このクラッチプレート103と湿式摩擦プレート200とが摩擦接触した状態においては、湿式摩擦プレート200における摩擦材210の表面に存在している潤滑油はクラッチプレート103に押されて一部が摩擦材210の外縁部を介して摩擦材210外に排出されるとともに他の一部が摩擦材210内に浸透する。この場合、摩擦材210内に浸透する潤滑油としては、潤滑油凹部214内に保持される潤滑油と多孔質層211内に浸透する潤滑油とがある。そして、多孔質層211内に浸透する潤滑油は、一部が空洞部212を介して多孔質層211(摩擦材210)の端面から排出されるとともに他の一部が空洞部212内に留まる。
【0062】
この場合、潤滑油凹部214は、潤滑油を保持する表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されるとともに、潤滑油凹部214を構成する多孔質層211と摩擦摺動面213を構成する多孔質層211とで空洞部212の形成率が互いに同じに形成されている。これにより、湿式多板クラッチ装置100は、摩擦摺動面213と潤滑油凹部214とで多孔質層211に対する潤滑油の浸透性および排出性の差が少なくなり、摩擦材210の表面に付着した潤滑油の排出性を向上して温度特性(冷却特性)および面圧特性を安定化させることができ摩擦材210の耐久性を向上させることができる。
【0063】
また、湿式多板クラッチ装置100は、クラッチプレート103と湿式摩擦プレート200とが離隔する際においては、クラッチプレート103と湿式摩擦プレート200との間に残る潤滑油量が従来技術よりも少なくなる。これにより、湿式多板クラッチ装置100は、クラッチオフ時におけるクラッチプレート103と湿式摩擦プレート200との間に存在する潤滑油によって両者が間接的に接続された状態、すなわち引き摺りトルクを低減することができる。
【0064】
上記作動説明からも理解できるように、上記実施形態によれば、湿式摩擦プレート200は、潤滑油凹部214の表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されるとともに、潤滑油凹部214を構成する多孔質層211と摩擦摺動面213を構成する多孔質層211とは空洞部212の形成率が互いに同じに形成されているため、摩擦摺動面213と潤滑油凹部214とで多孔質層211に対する潤滑油の浸透性および排出性が同じになり、摩擦材210の表面に付着した潤滑油の排出性を向上させることができる。
【0065】
さらに、本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。なお、下記に示す各変形例においては、上記実施形態における湿式摩擦プレート200と同様の構成部分には湿式摩擦プレート200に付した符号に対応する符号を付して、その説明は省略する。
【0066】
例えば、上記実施形態においては、湿式摩擦プレート200は、シャフト105と一体的に回転駆動する摩擦板ホルダ104に保持されている。すなわち、湿式摩擦プレート200は、エンジンの回転駆動力によって回転駆動するクラッチプレート103に対向配置されて湿式多板クラッチ装置100における出力軸であるシャフト105と一体的に回転駆動する対向側プレートに適用した。しかし、湿式摩擦プレート200は、エンジンの回転駆動力によって回転駆動する駆動側プレートとしてのクラッチプレート103に適用することもできる。
【0067】
また、上記実施形態においては、潤滑油凹部214は、横断面形状を1つの円弧状に形成した。しかし、潤滑油凹部214は、表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されていればよい。したがって、潤滑油凹部214は、縦断面形状のように直線部分を含んでいてもよいし、2つ以上の曲線からなる曲面を有して形成されていてもよい。
【0068】
また、上記実施形態においては、潤滑油凹部214は、平面視で長穴状に形成した。しかし、潤滑油凹部214は、表面に角部などの尖った形状からなる先鋭部分がなく滑らかに連続する面に形成されていればよい。したがって、潤滑油凹部214は、図11に示すように、半球状に窪んだディンプル状に形成することもできる。また、潤滑油凹部214は、楕円形状に形成して構成することができるとともに、図12に示すように、長穴状と楕円形状を含んで形成することもできる。また、潤滑油凹部214は、図13に示すように、芯金201の径方向の直線状に延びて摩擦材210を貫通して形成することもできる。また、潤滑油凹部214は、芯金201の径方向に代えてまたは加えて周方向および接線方向に延びて形成することもできる。また、潤滑油凹部214は、図14に示すように、互いに交わる2方向に格子状またはメッシュ状に延びて形成することもできる。また、潤滑油凹部214は、平面視で直線状に代えて、または加えて曲線状に形成することもできる。
【0069】
また、上記実施形態においては、潤滑油凹部214は、複数種類の長手方向の長さ、幅方向の長さおよび深さで形成した複数種類の大きさを含んで構成した。しかし、潤滑油凹部214は、全て同じ形状に形成して構成することができる。
【0070】
また、上記実施形態においては、原形成形工程においては、無端ベルト状の抄造網302を用いて原料を帯状に延びるシート状に形成した。しかし、抄造網302は、原料をシート状に形成することができればよい。したがって、抄造網302は、方形または円形に形成されていてもよい。この場合、方形または円形に形成された抄造網302は、有底筒状の成形型内に収容されて方形または円形のシート状に原料を成形することができる。
【0071】
また、上記実施形態においては、含水率調整工程においては、シート状の原料の含水率を60%以下かつ50%以上に調整した。しかし、含水率調整工程は、シート状の原料の含水率を90%以下かつ50%以上に調整できればよく、好適には70%以下かつ50%以上に調整することで潤滑油凹部214を簡単かつ高精度に成形することができる。
【0072】
また、上記実施形態においては、潤滑部凹部成形工程においては、ロール状に形成した潤滑油凹部成形型305aによって潤滑油凹部214を成形した。しかし、潤滑部凹部成形工程においては、平面的な潤滑油凹部成形型305aを原料に押し付けることによって潤滑油凹部214を成形することもできる。
【0073】
また、上記実施形態においては、潤滑油凹部成形型305aは、樹脂製の糸を格子状に編んで構成した。しかし、潤滑油凹部成形型305aは、潤滑油凹部214を原料上に成形することができればよい。したがって、潤滑油凹部成形型305aは、樹脂材または金属材をインジェクション成形などの加工法を用いて格子状に成形してもよいし、樹脂製または金属製の板状体に潤滑油凹部214を成形するための複数の凹凸または貫通孔を成形して構成することもできる。
【0074】
また、上記実施形態においては、本発明に係る湿式摩擦プレートを湿式多板クラッチ装置100に用いられる湿式摩擦プレート200に適用した例について説明した。しかし、本発明に係る湿式摩擦プレートは、油中で使用される湿式摩擦プレートであればよく、湿式多板クラッチ装置100ほかに、原動機による回転運動を制動するブレーキ装置に用いられる湿式摩擦プレートにも適用できるものである。
【符号の説明】
【0075】
TF1…潤滑油凹部直下の画像データを取得するためのトリミング枠、TF2…摩擦周度部面直下の画像データを取得するためのトリミング枠、
90…従来の摩擦材、91…多孔質層、92…空洞部、93…摩擦摺動面、94…潤滑油凹部
100…湿式多板クラッチ装置、101…ハウジング、102…入力ギア、102a…トルクダンパ、102b…リベット、103…クラッチプレート、104…摩擦板ホルダ、104a…筒状支持柱、105…シャフト、105a…ニードルベアリング、105b…ナット、106…プッシュロッド、107…押圧カバー、107a…レリーズベアリング、108a…ボルト、108b…受け板、108c…コイルバネ、
200…湿式摩擦プレート、201…芯金、202…スプライン、203…油溝、
210…摩擦材、211…多孔質層、212…空洞部、213…摩擦摺動面、214…潤滑油凹部、
300…撹拌槽、300a…ポンプ、301…抄造槽、302…抄造網、303…搬送装置、304a…吸水ローラ、304b…サクションボックス、305…プレスローラ、305a…潤滑油凹部成形型、306…乾燥装置、307…回収ローラ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14