【0036】
本発明の解析方法では、糞便中の任意の物質を解析することができるが、後述する実施例において示される物質からなる群より選ばれる1種以上の物質を解析してもよい。好ましくは、乾燥・保存方法にかかわらず、量の変動が小さい、以下に示されるような物質が解析される。
(1)2−ヒドロキシグルタル酸(2−hydroxyglutarate)
(2)2−ヒドロキシペンタン酸(2−hydroxypentanoate)
(3)2−アミノベンズアミド(2−aminobenzamide:2AB)
(4)3−メチル酪酸(3−methylbutanoate)
(5)4−(β−アセチルアミノエチル)イミダゾール〔4−(β−acetylaminoethyl)imidazole〕
(6)4−メチル−5−チアゾールエタノール(4−methyl−5−thiazoleetanol)
(7)5−アミノペンタン酸(5−aminovalerate)
(8)7−メチルグアニン(7−Methylguanine)
(9)アジピン酸(adipate)
(10)アラニルアラニン(Ala−Ala)
(11)α−アミノアジピン酸(α−aminoadipate)
(12)アンセリン(anserine)
(13)アスパラギン酸(Asp)
(14)アゼライン酸(azelate)
(15)酪酸(butyrate)
(16)カルニチン(carnitine)
(17)コール酸(cholate)
(18)コリン(choline)
(19)シトラマル酸(citramalate)
(20)クエン酸(citrate)
(21)シトルリン(citrulline)
(22)デオキシコール酸(deoxycholate:DCA)
(23)ジエタノールアミン(diethanolamine)
(24)ドデカン二酸(dodecanedioate)
(25)γ−ブチロベタイン(γ−butyrobetaine)
(26)グルタミン酸(Glu)
(27)グルタル酸(glutarate)
(28)グリシルロイシン(Gly−Leu)
(29)グリセロリン酸(Glycerophosphate)
(30)グリコール酸(glycolate)
(31)グアニン(guanine)
(32)ヘキサン酸(hexanoate)
(33)ヒスタミン(Histamine)
(34)ホモセリン(homoserine)
(35)ヒポキサンチン(hypoxanthine)
(36)イミダゾール−4−酢酸(imiadzole−4−acetate)
(37)イソプロパノールアミン(isopropanolamine)
(38)乳酸(lactate)
(39)リジン(lysine:Lys)
(40)リンゴ酸(malate)
(41)マロン酸(malonate)
(42)メチオニン(methionine:Met)
(43)N−アセチルアスパラギン酸(N−acetylaspartate)
(44)N−アセチルグルタミン酸(N−acetylglutamate)
(45)N−メチルアラニン(N−methylalanine)
(46)N−メチルグルタミン酸(N−methylglutamate)
(47)N1−アセチルスペルミジン(N1−acetylspermidine)
(48)N1,N8−ジアセチルスペルミジン(N1,N8−diacetylspermidine)
(49)オルニチン(ornithine)
(50)ペラルゴン酸(pelargonate)
(51)ペンタン酸(pentanoate)
(52)フタル酸(phthalate)
(53)ピメリン酸(pimelate)
(54)ピペコリン酸(pipecolate)
(55)プロリン(proline:Pro)
(56)プロリンベタイン(proline betaine)
(57)プロピオン酸(propionate)
(58)ピリドキサミン(pyridoxamine)
(59)セバシン酸(sebacate)
(60)セリン(serine:Ser)
(61)コハク酸(succinate)
(62)テレフタル酸(terephthalate)
(63)チアミン(thiamine)
(64)トリゴネリン(trigonelline)
(65)トリメチルアミン(trimethylamine)
(66)トリプトファン(tryptophan:Trp)
これらの物質については、乾燥方法によらず量の変化が小さい代謝物質として同定されている。したがって、代謝物質のデータを乾燥・保存方法によらずシンプル、汎用的かつ信頼性が高いものとして比較検討する観点からは、糞便中の物質として、上記に示されるような1種以上の物質を解析することが好ましい。解析される物質としては、上記物質のうち変動比が0.3以上の物質が好ましく、変動比が0.4以上の物質がより好ましく、変動比が0.5以上の物質がさらにより好ましく、変動比が0.6以上、0.7以上または0.8以上の物質が特に好ましい(実施例を参照)。解析される物質としてはまた、上記物質のうち変動比が3.0以下の物質が好ましく、変動比が2.5以下の物質がより好ましく、変動比が2.0以下の物質がさらにより好ましく、変動比が1.5以下、1.35以下、または1.2以下の物質が特に好ましい(実施例を参照)。より具体的には、解析される物質としては、上記物質のうち変動比が0.3以上3.0以下の物質が好ましく、変動比が0.4以上2.5以下の物質がより好ましく、変動比が0.5以上2.0以下の物質がさらにより好ましく、変動比が0.6以上1.5以下、0.7以上1.35以下、または0.8以上1.2以下の物質が特に好ましい(実施例を参照)。勿論、これらの物質以外の物質についても、乾燥方法による変動比等の因子を考慮することで、データの比較検討が可能である。あるいは、健康と腸内細菌との関係が知られている、または示唆されている特定の物質を解析してもよい。このような特定の物質としては、例えば、炭素原子数6個以下である短鎖脂肪酸(例、プロピオン酸、酪酸)、胆汁酸(例、コール酸、デオキシコール酸)、トリメチルアミンが挙げられる。本発明において解析される物質の数は、特に限定されないが、例えば1種以上、2種以上、5種以上、10種以上、20種以上、50種以上、または100種以上であってもよい。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
(材料)
(1)吸水性乾燥剤
(a)乾燥剤(パワードライ ウルトラ・X)
デイブレイク・トレーディングから入手した。
本乾燥剤は、不活性吸水ポリマーと塩化カルシウム(CaCl)を成分として含む吸水性乾燥剤である。
(b)粒状シリカゲル
関東化学株式会社から入手した。
シリカゲル NeoBLUE(登録商標)(中粒)500g Cat.No.37489−08)
(c)板状シリカゲル
トヨタプレート 不織布包装タイプ TPF3040 30mmx40mm,厚み3.2mm
トヨタプレート 裸タイプ TP6040 60mmx40mm,厚み3.2mm
トヨタプレート 裸タイプ TP3040 30mmx40mm,厚み3.2mm
トヨタプレート 裸タイプ TP3040 30mmx40mm,厚み5mm
【0052】
(2)採糞便容器「スプーン型(保存液あり)」
株式会社テクノスルガ・ラボから入手した。
【0053】
試料糞便
以降の実験では、1検体のヒト糞便を1条件あたり3個となるよう分割して用いた(すなわち、n=3)。通常、ヒト糞便の水分量は、約70〜85重量%である。
【0054】
実施例1:粒状シリカゲルを用いた試料糞便乾燥試験
1−1.パワードライを用いた乾燥条件の検討
以下のとおり実験を行った。
(1)30mLチューブ(labcon)2本に試料糞便を量り取った。
(2)パワードライ1.27gを試料糞便にまぶすようにして30mLチューブ(labcon)中に収容し、室温(25℃)で静置した。パワードライと試料糞便は、接触条件下で同一閉鎖空間(30mLチューブ)内に封入されている。
(3)およそ20時間後に開封し、試料糞便の様子を観察した。
【0055】
その結果、試料糞便が固くなっていたことから、接触条件下で水分が除かれたことが推察された。試料糞便の固さの程度は、金属製のスパチュラを用いた破砕を試みても、かなり力を必要とするほどであった。したがって、試料糞便の乾燥のためには、試料糞便と吸水性固形乾燥剤との接触が有効であることが実証された。
【0056】
1−2.粒状シリカゲルを用いた乾燥方法の検討
以下のとおり実験を行った。
(1)30mLチューブ(labcon)に粒状シリカゲルを加えて水平にならし、次いで、潰して平たくした試料糞便をその上に載せ、最後に、試料糞便の上に粒状シリカゲルを充填した(D3)。すなわち、D3では、潰して平たくした試料糞便は、粒状シリカゲルとの接触条件下で、粒状シリカゲル中に埋没している。
(2)30mLチューブ(labcon)にパワードライを加えて水平にならし、次いで、潰して平たくした試料糞便をその上に載せ、最後に、試料糞便の上にパワードライを充填した(D4)。すなわち、D4では、潰して平たくした試料糞便は、パワードライとの接触条件下で、パワードライ中に埋没している。
(3)30mLチューブの蓋にパラフィルムを巻き、室温でおよそ40時間静置した。
(4)30mLチューブを開封し、試料糞便を観察した。
【0057】
その結果、D3(粒状シリカゲルとの接触条件)では、試料糞便の脱水が進み、試料糞便は乾燥したコンブのように変化した。一方、D4(パワードライとの接触条件)では、試料糞便のうち、乾燥剤と触れていた部分はよく脱水されているが、試料糞便の内部に水分が残存しているように感じられた。したがって、試料糞便の乾燥において、シリカゲルは、パワードライに比し、吸水性固形乾燥剤として好ましいことが実証された。
【0058】
1−3.粒状シリカゲルと糞便の量比および経時変化が及ぼす影響の検討
以下のとおり実験を行った。
(1)30mLチューブ(labcon)に約1gの試料糞便を量り取った。
(2)粒状シリカゲルを試料糞便のおよそ2倍、3倍、6倍重量加え、3、6、12、24時間、室温(25℃)で静置した。
(3)30mLチューブを開封した後、試料糞便のみ取り出して重量を計測した。
(4)「乾燥率(%)=100×(乾燥前重量−乾燥後重量)/乾燥前重量」として乾燥率を算出し、比較した。
【0059】
その結果、24時間後の乾燥率(%)は、シリカゲルの量が多いほうが最終的な乾燥率が高くなることが明らかとなった(6倍重量では約83%の乾燥率)。特に、糞便の6倍重量のシリカゲルを用いると6時間程度でかなり乾燥した(約76%)。
【0060】
1−4.粒状シリカゲルを用いて乾燥させた糞便の破砕
試料糞便から代謝物質の抽出等の操作を行う際、試料糞便の凍結乾燥物をビーズにより粉砕する手法が用いられている(国際公開第2017/043087号の実施例2−1−1)。そこで、試料糞便の非凍結乾燥物についても、ビーズによる粉砕が可能か検討した。
【0061】
以下のとおり実験を行った。
(1)粒状シリカゲルを用いて試料糞便を十分に乾燥させた。
(2)十分に乾燥した固い試料糞便をビーズで破砕した。より具体的には、取り出した試料糞便と4個のφ3mmジルコニアビーズ(TOMY)を2mL破砕チューブに封入し、Shake master NEO(バイオメディカルサイエンス社製)を用いて1500rpm,10minの条件で振盪破砕を試みた。
(3)破砕チューブの蓋を開け、内容物を観察した。
【0062】
その結果、試料糞便はある程度粉末状に破砕することができた。したがって、本方法は、試料糞便の非凍結乾燥物の破砕法として有効であると考えられた。
しかし、本方法では、試料糞便の破砕後に、1−2mmほどの大きさの塊の残存が確認された。本方法により解析に必要な量の粉末状試料糞便は得られると考えられるが、均一な解析資料を得るという観点から改善の余地があると考えられた。
【0063】
実施例2:試料糞便の乾燥・保管条件が腸内細菌叢解析の結果に及ぼす影響の検討
常温で乾燥・保管した試料糞便から様々な手法でDNA抽出を実施し、腸内細菌叢解析の結果を既存の手法(非特許文献1)と比較した。
【0064】
サンプリング条件
単一の試料糞便(排糞便1回分)を全体が均一になるように混ぜ、以下の条件に振り分けてそれぞれの処理を行った。
【0065】
【表1】
【0066】
DNA抽出ならびに16S rRNAライブラリーの調製およびそのシークエンス解析を、既報(非特許文献1)に記載の方法と同様に行うことにより、腸内細菌叢を解析した。
【0067】
その結果、バクテロイデス属(Bacteroides)、ブラウティア属(Blautia)、プレボテラ属(Prevotella)、バルネシエラ科(Barnesiellaceae)の比率は、保存条件によって大きく変動した(
図1)。一方、フィーカリバクテリウム属(Faecalibacterium)、ルミノコッカス科(Ruminococcaceae)、ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)、クロストリジウム目(Clostridiales)、パラバクテロイデス属(Parabacteroides)、およびルミノコッカス属(Ruminococcus)に属する微生物の比率は、保存条件によって大きく変動しなかった(
図1)。シリカゲルを用いた試料糞便の常温保存は「−80℃で冷凍ののち凍結乾燥_5日」(従来条件:非特許文献1に記載される凍結乾燥)と比較して、腸内細菌叢の解析結果にほぼ変化がなかった(
図2)。保存条件によって比率が大きく変動しなかった微生物はいずれも、それらの目・科・属の関係を考慮すると、クロストリジウム目(Clostridiales)、パラバクテロイデス属(Parabacteroides)に属する。したがって、このような微生物の解析は、乾燥方法に依存しない信頼性の高い指標となると考えられる。
【0068】
また、本発明の保存方法以外の非凍結保存方法(例、常温またはRNA安定化試薬による保存)では従来の凍結保存方法(凍結乾燥)と比較して変化してしまうにも関わらず、本発明の保存方法では従来の凍結保存方法と同等の存在比率を担保できる1種以上の腸内細菌として、ファーミキューテス門(Firmicutes)、バクテロイデス門(Bacteroidetes)、プロテオバクテリア門(Proteobacteria)、アクチノバクテリア門(Actinobacteria)、およびウェルコミクロビウム門(Verrucomicrobia)に属する微生物が見出された(
図1、2)。より詳細に解析した結果、上記門に属する微生物としては、少なくともバクテロイデス属(Bacteroides)、ブラウティア属(Blautia)、プレボテラ属(Prevotella)、ルミノコッカス属(Ruminococcus)、およびバルネシエラ科(Barnesiellaceae)に属する微生物が存在することが確認された(
図1)。
【0069】
また、Weighted UniFrac distanceにより腸内細菌叢のプロファイルを比較したところ、従来条件(上記と同じ)と最も類似のプロファイルとなった条件は「液体窒素(乾燥あり)」であったが、常温で保存した条件の中では「シリカゲル_1日」が最も類似のプロファイルであり、「シリカゲル_5日」においても同様のプロファイルを得た(
図3)。
【0070】
以上より、シリカゲルを用いた試料糞便の常温保存は、常温で行われるにもかかわらず従来法(非特許文献1)と同等の良好な方法であること、および腸内細菌叢の解析結果に殆ど影響を与えないことが示唆された。
【0071】
実施例3:試料糞便の乾燥・保管条件が腸内細菌叢の代謝物質の解析結果に及ぼす影響の検討
表1に記載の条件のうち、試料番号01〜08、13および14について、国際公開第2017/043087号に記載の方法と同様にして代謝物質抽出を行った。また、試料番号02「−80℃で冷凍ののち凍結乾燥_5日」(従来条件)と、試料番号14「シリカゲル_5日」(本発明の条件)による代謝物質濃度の違いを比較するため、これら2条件における各代謝物質の濃度を散布図で表した(
図4)。
【0072】
その結果、検出対象とした513種の代謝物質のうち、「−80℃で冷凍ののち凍結乾燥5日」(従来条件)では103種、「シリカゲル_5日」(本発明の条件)では108種が検出された。そのうち従来条件のみから検出された代謝物質は18種、本発明の条件のみから検出された代謝物質は23種、いずれの条件においても検出された代謝物質は85種であった。
【0073】
つぎに、「−80℃で冷凍ののち凍結乾燥_5日」(従来条件)と「シリカゲル_5日」(本発明の条件)のいずれの条件においても検出された85種の代謝物質について、式(1)に従い試料糞便1g(乾燥重量)当たりのmol数[nmol/g]の変動比を求め、シリカゲルを用いた際にどの代謝物質がどれだけ変化するかを算出した。
【0074】
(変動比)=(シリカゲル_5日)/(−80℃で冷凍ののち凍結乾燥_5日) 式(1)
【0075】
変動比による分類の結果は、以下のとおりである。
【0076】
【表2】
【0077】
【表3-1】
【0078】
【表3-2】
【0079】
【表4】
【0080】
その結果、乾燥方法によらず、表3−1および3−2に示されるように、量の変動が小さい代謝物質が明らかとなった。注目すべきことに、量の変動が小さい代謝物質群として、短鎖脂肪酸〔例、プロピオン酸(Propionate)、酪酸(Butyrate)〕、胆汁酸〔例、コール酸(Cholate)、デオキシコール酸(DCA)〕、トリメチルアミン(Trimethylamine)が見出された。これらの代謝物質は健康と腸内細菌との関わりを考える上で重要な指標となりうる。したがって、表3−1および3−2に示される代謝物質の定量解析は、乾燥方法に依存しない信頼性の高い指標となるだけではなく、健康と腸内細菌との関わりを考える上での重要な指標となりうると考えられる。
【0081】
なお、「−80℃で冷凍ののち凍結乾燥_5日」(従来条件)と「シリカゲル_5日」(本発明の条件)において量が増加または減少する代謝物質が存在する理由を考察すると、多くの細菌の代謝反応に必要とされる液体状態の水に起因する可能性が考えられる。従来条件では、採糞便後即座に冷凍し、乾燥時も凍結乾燥によって水分を除去するため、分析に至る間に液体状態の水が存在する時間は極めて短い。一方、シリカゲルによる乾燥においては、液体状態の水が存在する時間が従来条件と比較して長くなると考えられるため、細菌の代謝が完全に停止するまでにある程度の時間を要する。したがって、液体状態の水が存在する間に、細菌によって生産または消費される代謝物質があるために、従来条件と比較して増加する代謝物質と減少する代謝物質の両方が存在すると考えられる。
【0082】
実施例4:板状シリカゲルを用いた糞便乾燥試験
4−1.目的
実施例1〜3では、試料糞便中のDNAや代謝物質を安定的に保存するには水分の除去が有効であることが示されている。実験の過程において充分な乾燥には試料糞便と粒状シリカゲルとの接触が有効であることが示されたものの、乾燥後の試料糞便は粒状シリカゲルと癒着しており、分離が煩雑であった。また、本手法の実用化を考えると、粒状シリカゲルを試料糞便に密着させる操作は、粒状シリカゲルが容器よりこぼれる恐れがあるなど、取扱いが容易ではない。
そこでシリカゲル微粉末を板状に成形した板状シリカゲルに着目した。ひと塊の試料糞便の埋没に多数を必要とする粒状シリカゲルと異なり、十分な大きさの板状シリカゲルであれば試料糞便に対し上下より2枚のみで接触することが可能である。さらに板状シリカゲルは平滑な表面を有することから、試料糞便を乾燥させたのちに簡糞便に剥離できることが期待される。
【0083】
4−2.板状シリカゲル(不織布包装タイプ)を用いた試料糞便の乾燥
以下のとおり実験を行った。
〔1〕板状シリカゲル(不織布包装タイプ)に約1gの試料糞便を載せ、もう1枚の板状シリカゲルで全体に広がるようプレスして室温(25℃)に約6時間静置した。
〔2〕静置した試料を剥離したのち、試料糞便を観察した。
【0084】
その結果、試料糞便は全く乾燥しなかった。これはシリカゲル表面が不織布に覆われていることで糞便とシリカゲル本体とが接触しなかったことにより乾燥が妨げられたものと推察された。したがって、使用する乾燥剤を再検討することとした。また、試料糞便の乾燥にはシリカゲルとの接触が有効であることが示唆されたため、不織布なしのシリカゲルの使用を検討することとした。
【0085】
4−3.板状シリカゲル(裸タイプ)を用いた試料糞便乾燥
以下のとおり実験を行った。
〔1〕板状シリカゲルに約1gの試料糞便を載せ、もう1枚の板状シリカゲルで全体に広がるようプレスして室温(25℃)に静置した。これを2セット作成した。
〔2〕上記工程〔1〕で作成したセットのうち1つを約2時間後に試料を剥離して試料糞便を観察した。
〔3〕上記工程〔1〕で作成したセットの残りの1つを、試料調製から約6時間後に剥離して観察した。
なお、乾燥後に剥離したシリカゲルによれば、糞便が付着している板状シリカゲル片面における試料糞便とシリカゲルとの接触面積はおよそ1350mm
2と推察された。糞便が板状シリカゲル両面に同様に接触していたことを考慮すると、約1gの試料糞便を60mmx40mmの平板2枚に挟み込んだ場合の接触面積は約2700mm
2と見積もられた。
【0086】
その結果、用いた板状シリカゲルは、これまでに使用した素材の中で最も扱い易かった。また、試料糞便は6時間経過後には十分に乾燥していた。粒状シリカゲルは乾燥後の糞便からシリカゲルを除去する作業が困難であったが、板状シリカゲルは金属製のスパチュラを用いた削ぎ落としにより容易に試料糞便との分離が可能であった。
以降、板状シリカゲルを用いた場合の試料糞便乾燥条件について検討した。
【0087】
4−4.脱水実験のための試料として用いる糞便の検討
板状シリカゲルによる試料糞便乾燥実験を繰り返し行った。一度凍結し、融解した試料糞便が未凍結の試料糞便と同様に取り扱うことができるならば、試料糞便を安定的に供給できると考え、未凍結の糞便と凍結融解した糞便をそれぞれ板状シリカゲルで乾燥させ、試料の重量変化を経時的に調べた。
【0088】
以下のとおり実験を行った。
〔1〕あらかじめ試料糞便を約1g採糞便管に量り取り、凍結乾燥した。
凍結乾燥前後の重量を測定することで糞便に含有される水分の割合を算出した。
〔2〕上記工程〔1〕で用いた試料糞便と同じ試料糞便を、スパチュラと計量カップを用い、約1gとなるよう計量した。
〔3〕量り取った糞便を1枚の板状シリカゲル(30mmx40mmx3.2mm)中央付近に載せ、板状シリカゲルの形状にあわせてスパチュラで整形した。
〔4〕糞便の周囲にスペーサーとして、高さ2mmのプラスチック片を2枚配置した。
〔5〕糞便の上からもう1枚の板状シリカゲルで挟み込み、糞便の厚みがスペーサーの厚みとなるよう手で上方より軽く押し付けた。
〔6〕糞便を板状シリカゲルで挟み込んだものをチャック付きビニール袋(ユニパック(株式会社生産日本社製、E−8))に封入し、空気をできる限り除いて密閉した。
〔7〕室温(25℃)にて糞便を10,30,60,90,120分間静置した。
試料は各条件と処理時間に対し1個、計10個用意し、タイムポイントごとに開封した。
〔8〕ユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)を開封して試料を剥がし、スパチュラの平たい側を用いてシリカゲルから削ぎ落とすようにして糞便を計量カップに剥がし取った。
〔9〕剥がし取った糞便の重量を計測、記録した。シリカゲル処理後の水分含有率は、(a)シリカゲル処理後の試料を凍結乾燥し、凍結乾燥前後の重量変化から除水分量を求め、除水分量に基づき決定した。
【0089】
その結果、未凍結糞便と凍結融解糞便との間では乾燥挙動に大きな差異は確認されなかった(表5、
図5)。よって以降の実験では利糞便性を考慮し、凍結融解糞便を用いることとした。また、水分含有率が10%を下回るには室温で90分以上の静置が有効であることが明らかとなった。
【0090】
【表5】
【0091】
4−5.低温(4℃)における乾燥挙動
板状シリカゲルを用いて試料糞便を処理する際、低温条件(4℃)での乾燥挙動を経時的に評価した。
【0092】
以下のとおり実験を行った。
〔1〕4−4と同様の実験操作を行った(工程〔7〕を除く)。
〔2〕工程〔7〕において冷蔵庫内(4℃)で糞便を静置した。また試料は10,30,60,90,120,150,180,300,540,720分間静置し、各処理時間に対し1個、計10個用意した。
【0093】
その結果、試料糞便中の水分含有率は540分間の静置で10%を下回り、90分を要した常温(25℃)よりも乾燥が遅延することが明らかになった(表6、
図6)。また、最終的な水分含有率も、常温(25℃)では3.1%であったのに対し、4℃では6.6%と高い値となった(表6、
図6)。したがって、低温条件でシリカゲルを使用した場合、水分含有率低下に時間を要することが明らかになった。
【0094】
【表6】
【0095】
4−6.高温(50℃以上)における乾燥挙動
板状シリカゲルを用いて試料糞便を処理する際、高温条件(50℃以上)での乾燥挙動を経時的に評価した。実験温度帯を簡糞便に再現する手法として、カイロ(ウイング社製、暖ま〜るカイロ、貼るタイプ、10コ入り)をユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)の外側表面に貼り付けたもので試料を加熱する手法を採用した。
【0096】
以下のとおり実験を行った。
〔1〕あらかじめ試料糞便を採糞便管に量り取り、凍結乾燥した。
凍結乾燥前後の重量を測定することで糞便に含有される水分の割合を算出した。
〔2〕ユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)の表裏両面にカイロを貼り付け、内部温度の経時変化をデジタル式温度計を用いて記録した。
〔3〕カイロ製品仕様で示された維持可能温度50℃に到達したことを確認した。
〔4〕上記工程〔1〕で用いた試料糞便と同じ試料糞便を、スパチュラと計量カップを用い、およそ1gとなるよう計量した。
〔5〕量り取った糞便を1枚の板状シリカゲル(30mmx40mmx3.2mm)中央付近に載せ、板状シリカゲルの形状にあわせてスパチュラで整形した。
〔6〕糞便の周囲にスペーサー(高さ:2mm)を2枚配置した。
〔7〕糞便の上からもう1枚の板状シリカゲルで挟み込み、スペーサーの高さまで軽く押し付けた。
〔8〕糞便を板状シリカゲルで挟み込んだものをユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)に封入し、空気をできる限り除いて密閉した。
〔9〕遮熱板として敷いた板状発泡スチロールを土台とし、その上にキムタオル、カイロ付試料、キムタオル、発泡スチロール、アルミブロックの順で重ねた状態で室温下にて10,30,60,90,120分間静置した。試料は各処理時間に対し1個、計5個用意し、タイムポイントごとに開封した。
〔10〕ユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)を開封して試料を剥がし、スパチュラの平たい側を用いてシリカゲルから削ぎ落とすようにして糞便を計量カップに剥がし取った。
〔11〕剥がし取った糞便の重量を計測、記録した。
【0097】
その結果、カイロ開封後およそ50分でカイロの内部温度は50℃に達し、最大測定時間250分までは50℃以上を維持することが明らかになった(表7、
図7)。また、およそ100分後まで温度上昇は続き最高温度60.0℃(実測値)を記録した。
【0098】
【表7】
【0099】
また、カイロを用いた加熱と120分以上の静置により、試料糞便中の水分はほぼ除かれることが明らかになった(表8、
図8)。試料糞便中の水分含有率は30分間の静置で10%を下回り、90分を要した常温(25℃)よりも急速に試料糞便を乾燥できることが明らかになった(表8、
図8)。
【0100】
【表8】
【0101】
4−7.電子レンジを使用した乾燥方法の検討
試料糞便を瞬間的に加熱し、菌体の生命活動を停止させることで細菌叢と代謝物質の割合を固定できると考えた。そこで身近にある機器のうち水分を電磁波により加温する電子レンジに着目し、板状シリカゲルによる乾燥と併用することで乾燥挙動にどのような影響をおよぼすかについて検討した。
【0102】
以下のとおり実験を行った。
〔1〕あらかじめ試料糞便を採糞便管に量り取り、凍結乾燥した。
凍結乾燥前後の重量を測定することで糞便に含有される水分の割合を算出した。
〔2〕上記工程〔1〕で用いた試料糞便と同じ試料糞便を、スパチュラと計量カップを用い、およそ1gとなるよう計量した。
〔3〕量り取った糞便を1枚の板状シリカゲル(30mmx40mmx3.2mm)中央付近に載せ、板状シリカゲルの形状にあわせてスパチュラで整形した。
〔4〕糞便の周囲にスペーサー(高さ:2mm)を2枚配置した。
〔5〕糞便の上からもう1枚の板状シリカゲルで挟み込み、スペーサーの高さまで軽く押し付けた。
〔6〕糞便を板状シリカゲルで挟み込んだものをユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)に封入し、空気をできる限り除いて密閉した。
〔7〕試料を電子レンジ中央に静置し、出力500Wで10,20,30秒間加熱した
試料は各処理時間に対し1個、計3個用意し、タイムポイントごとに開封した。
〔8〕ユニパック(株式会社生産日本社製、E−8)を開封して試料を剥がし、スパチュラの平たい側を用いてシリカゲルから削ぎ落とすようにして糞便を計量カップに剥がし取った。
〔9〕剥がし取った糞便の重量を計測、記録した。
【0103】
その結果、板状シリカゲルと電子レンジを用いた試料糞便の乾燥(500W,30秒)によって試料糞便中の水分は急速に除かれることが明らかになった(表9、
図9)。処理時間10秒で水分含有量はおよそ10%に到達し、20秒では10%を下回ることが明らかになった(表9、
図9)。
【0104】
【表9】
【0105】
4−8.嫌気条件下での乾燥条件の検討(1)
糞便中に含まれる菌には代謝活動するに際し水分のほかに酸素を必要とするものが含まれることが知られている。大気中の酸素を除くことで代謝活動を抑制するため、まず脱酸素剤の存在が板状シリカゲルを用いた試料糞便の乾燥にどのような影響を与えるかについて検討した。
【0106】
以下のとおり実験を行った。
〔1〕あらかじめ試料糞便を採糞便管に量り取り、凍結乾燥した。
凍結乾燥前後の重量を測定することで糞便に含有される水分の割合を算出した。
〔2〕上記工程〔1〕で用いた試料糞便と同じ試料糞便を、スパチュラと計量カップを用い、およそ1gとなるよう計量した。
〔3〕量り取った糞便を1枚の板状シリカゲル(30mmx40mmx3.2mm)中央付近に載せ、板状シリカゲルの形状にあわせてスパチュラで整形した。
〔4〕糞便の周囲にスペーサー(高さ:2mm)を2枚配置した。
〔5〕糞便の上からもう1枚の板状シリカゲルで挟み込み、スペーサーの高さまで軽く押し付けた。
〔6〕上記工程〔2〕〜〔5〕を2セット作成し、そのうち1つを酸素透過性の低いラミジップスタンドタイプ(株式会社生産日本社製、AL−9)に封入し、空気をできる限り除いて密閉した。もう一方は脱酸素剤(鳥繁産業製、エバーフレッシュ、QJ−30)と共にラミジップスタンドタイプ(株式会社生産日本社製、AL−9)に封入し、空気をできる限り除いて密閉した。
〔7〕室温(25℃)にて10,30,60,90,120分間静置した。試料は各条件と処理時間に対し1個ずつ、計10個用意し、タイムポイントごとに開封した。
〔8〕ラミジップスタンドタイプを開封して試料を剥がし、スパチュラの平たい側を用いてシリカゲルから削ぎ落とすようにして糞便を計量カップに剥がし取った。
〔9〕剥がし取った糞便の重量を計測、記録した。
【0107】
その結果、脱酸素剤封入時と未封入時では乾燥挙動に大きな差異は確認されなかった(表10、
図10)。水分含有率が10%を下回る時間も脱酸素剤未封入時と同様に90分以上の静置を要することが明らかになった(表10、
図10)。
【0108】
【表10】
【0109】
4−9.粒状シリカゲルを用い、糞便とシリカゲルとが直接接触しない乾燥方法の検討
糞便に板状シリカゲルを接触させることで室温での乾燥が可能であることが実証されてきたが、実際乾燥糞便を試料として取り扱う際には板状シリカゲルからの剥離の工程が作業の律速段階となる。そこで糞便をシリカゲルとともに密閉し封入することで乾燥可能か検討した。
【0110】
以下のとおり、実験を行った。
〔1〕スクリューキャップに棒状の採便部が連結した採便チューブに、乾燥した粒状シリカゲルおよそ2グラムを底部に添加した。
〔2〕リング状の紙テープ内側表面に粒状シリカゲルを塗布したものを採便チューブに積層した。
〔3〕あらかじめ試料糞便を採糞便管に量り取り、凍結乾燥した。凍結乾燥前後の重量を測定することで糞便に含有される水分の割合を算出した。
〔4〕あらかじめシリカゲル入り採便チューブの重量を測定し、採便前後の重量を測定することで採便重量を算出した。
〔5〕上記工程〔3〕で用いた試料糞便と同じ試料糞便を、スクリューキャップ付採便棒で採取した。
〔6〕採便チューブ壁面のシリカゲルに便が触れぬように注意して挿入し、容器を密閉し室温(25℃)にて120分間静置した。
〔7〕採便チューブを開封して試料を回収した。
〔8〕回収した糞便の重量を計測、記録した。
【0111】
その結果、100.5mg採便した場合31.2mg(水分含有率6.8%)まで乾燥されることが明らかとなった。このことから、少量の糞便試料であればシリカゲルと接触せずとも求める乾燥程度を達成できることが明らかとなった。
【0112】
実施例5:乾燥後の糞便に含まれる微生物の培養実験
排泄後すぐの便、凍結した便、凍結乾燥した糞便、およびシリカゲルで乾燥した糞便を用いた培養実験を実施した。培養実験は、以下のとおり行った。
〔1〕それぞれの試料糞便をリン酸緩衝液に懸濁した。このとき糞便要素の重量が等しくなるよう懸濁液を調製した。すなわち糞便の水分含有量を考慮して、1mLのリン酸緩衝液に対して排泄後すぐの糞便は20mg、シリカゲル乾燥糞便は6mgを懸濁した。
〔2〕得られた懸濁液をビフィドバクテリウム属の生育に特化した培地(TOSプロピオン酸寒天培地(ヤクルト薬品工業株式会社))に塗布し、アネロパックを使用した嫌気条件において37℃で一晩静置した。
〔3〕培地上に発生した菌のコロニーを確認し、コロニー数を計測した。
〔4〕培養効率を求めた。培養効率は下記の式に従って算出した。
(培養効率)=(各条件でのコロニー計測数)/(排泄後すぐの糞便を使用した際のコロニー計測数)x100(%)
〔5〕培養効率は次のように求められた。
排泄後すぐの糞便:100%、凍結した糞便:37.6%、凍結乾燥した糞便:0.1%、シリカゲルで乾燥した糞便:15.6%
【0113】
以上より、シリカゲルによる糞便の乾燥手法は、糞便中の遺伝子情報や代謝物質の保存に加え、利活用を目指した微生物の保存方法としても有効であることが明らかとなった。