(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6796909
(24)【登録日】2020年11月19日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】摩擦抵抗低減船の運転方法
(51)【国際特許分類】
B63B 1/38 20060101AFI20201130BHJP
【FI】
B63B1/38
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2020-116854(P2020-116854)
(22)【出願日】2020年7月7日
【審査請求日】2020年7月30日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】507083249
【氏名又は名称】有限会社ランドエンジニアリング
(74)【代理人】
【識別番号】100085257
【弁理士】
【氏名又は名称】小山 有
(72)【発明者】
【氏名】高橋 義明
【審査官】
福田 信成
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−201338(JP,A)
【文献】
特開2011−163774(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第101885372(CN,A)
【文献】
中国実用新案第204623753(CN,U)
【文献】
特開2012−176637(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 1/38
B63G 8/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体に設けた複数の微細気泡発生部からの気泡により船体表面と海水との間に気液が混合した境界層を形成しつつ航行する摩擦抵抗低減船の運転方法であって、航行時の直前のローリング及びピッチングパターンから次のローリング及びピッチングパターンを予測し、この予測したローリング及びピッチングパターンから個々の微細気泡発生部の予測上下位置パターンを作成し、この予測上下位置パターンと積載量に基づく喫水線高さから前記複数の微細気泡発生部のうち次のローリング及びピッチング時に海面よりも高くなる微細気泡発生部を予測し、この海面よりも高くなると予測した時間に合わせて当該微細気泡発生部に空気を供給する経路に設けた弁を閉じる際に、前記海面よりも高くなると予測した微細気泡発生部に空気を供給する経路に設けた弁を、当該弁から微細気泡発生部まで空気が移動する時間だけ早めに閉じることを特徴とする摩擦抵抗低減船の運転方法。
【請求項2】
請求項1に記載の摩擦抵抗低減船の運転方法において、前記微細気泡発生部からは間欠的に空気を吐出することを特徴とする摩擦抵抗低減船の運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細気泡(マイクロバブル)を船体の外表面に供給して、船体と水との間の摩擦抵抗を低減する摩擦抵抗低減船の運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者は微細気泡を利用した摩擦抵抗低減船として、特許文献1〜4を提案している。これら特許文献1〜4に開示される摩擦抵抗低減船は、共通の構成として、船体に開口部を形成し、この開口部に微細気泡発生部材を取付け、配管を介して前記微細気泡発生部材に空気を供給するようにしている。
【0003】
特に前記微細気泡発生部材の構造は、開口部に嵌め付けられるプレートと、このプレートに前記配管からの空気を引き出す窓部を形成し、更に窓部に対向する箇所に引き出し用の負圧を発生するウイングを設けている。
【0004】
上記の構成とすることで、船が航行するに伴い、ウイングにおいて負圧が発生し、この負圧によって空気が窓部から気液混合部に引き出され、この気液混合部においてケルビン−ヘルムホルツ不安定現象によって微細気泡が生成され、この微細気泡が混合した海水が船体を覆うことで航行に伴う水との摩擦抵抗が低減される。
【0005】
上記した特許文献1〜4に開示される方法では、船体側面の乱流境界層に注入された気泡は移流する過程でその分布が変動し、下流側において特定の疎密構造を形成し、乱流境界層内の局所ボイド率が時空間で変動する。
【0006】
非特許文献1には、このボイド率の時空間変動が摩擦抵抗低減を促進することが水平チャネルを用いた実験で確認され、また、水平チャネル乱流に対して、間欠的に気泡を注入することで同じ平均ボイド率における抵抗低減量が増大したことが報告されている。
【0007】
また、特許文献5に記載される摩擦抵抗低減船の運航方法では、摩擦抵抗低減効果を向上させるため、断続的に気泡発生部材へ空気を供給することが記載されている。
【0008】
ここで、
図5は微細気泡発生部材を装着したコンテナ船の実際の航海の状態を示した写真であり、外洋航路では波のうねりが大きく、荒天時には、
図5(a)に示すようにローリングによって30°近く船体が傾き、また(b)に示すようにローリングとピッチングの合成動によって船体の先部左側面(又は右側側面)の微細気泡発生部材が海面から露出している。
【0009】
即ち、海面上に露出した微細気泡発生部材から空気を噴出しても、摩擦低減に寄与する境界層を形成しないため、無駄なエネルギーを消費していることになる。
上記した先行技術ではこの不利を改善することはできない。
【0010】
特許文献6には、船体に装着した空気供給口からの気泡により船体表面と海水との間に気液が混合した境界層を形成しつつ航行する空気循環式船舶の運転方法が開示され、特に、船体のローリングとピッチング角度を検出し、この検出値か
ら前記空気供給口が水面下にあるか否かを判断し、水面下にないと判断した空気供給口へは空気の供給を遮断する内容が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第4183048号公報
【特許文献2】特許第4212640号公報
【特許文献3】特許第4286313号公報
【特許文献4】特許第5931268号公報
【特許文献5】特開2011−163774号公報
【特許文献6】再公表特許第2015/198613号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「ボイド波生成による高速チャネル乱流の摩擦抵抗逓減率向上」 第24回動力・エネルギー技術シンポジウム講演論文集 2019年6月20日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献6によれば特許文献1〜5で解決できなかった問題を改善できる。しかしながら、実際の航行ではローリングとピッチングにより常に船体は前後左右及び上下に移動しており、しかも気泡発生部の船体への取付位置によって変動幅が異なる。更に、気泡発生部(空気供給口)が水面よりも上にあると判断して空気の供給を遮断しても、船体は常時動いているため、遮断した時点で水面下になっていることが考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
船舶が航行する場合、波浪などに起因する外乱を受けると、ローリングとピッチング現象が発生する。船舶に作用する外乱には、比較的穏やかな海面を航行する場合の波浪による周期性外乱と、荒天の場合の非周期性外乱があり、周期性外乱の場合にはほぼ同じパターンのローリングとピッチング現象が繰り返さる。また非周期性外乱の場合はほぼ同じパターンが繰り返されるわけではないが、任意の時点のパターンとそれの前後のパターンとを比較すると、周期性外乱の場合よりは変化は大きいが、類似したパターンとなっている。
つまり航行の条件によらず、連続するローリングとピッチング現象のパターンはある時点で急激に変化しないと言える。
【0015】
本発明は上記の知見に基づきなしたものである。即ち本発明に係る摩擦抵抗低減船の運転方法は、航行時の直前のローリング及びピッチングパターンから次のローリング及びピッチングパターンを予測し、この予測したローリング及びピッチングパターンから個々の微細気泡発生部の予測上下位置パターンを作成し、この予測上下位置パターンと積載量に基づく喫水線高さから前記複数の微細気泡発生部のうち次のローリング及びピッチング時に海面よりも高くなる微細気泡発生部を予測し、この海面よりも高くなると予測した時間に合わせて当該微細気泡発生部に空気を供給する経路に設けた弁を閉じるようにした。
【0016】
弁から微細気泡発生部まで空気が移動するのにタイムラグがあるため、この分を考慮して弁を作動させるようにしてもよい。
【0017】
本発明は特に、微細気泡発生部からは間欠的(脈動)に空気を吐出する方式に効果的である。微細気泡発生部材への間欠的な空気の供給はダイヤフラム弁やバタフライ弁などを利用したオン・オフバルブの制御の他に、ヘッダーなどに振動板を配置する構成なども考えられる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、アクティブ制御することで、船体のローリングとピッチング動によって水面下にある気泡発生部にのみ空気を供給するため、エネルギーロスが少なくなる。特に供給する空気を間欠供給とすることで、船体と海水との間に形成される境界層における気泡率(ボイド率)が時間の経過及び船体に沿った後方への移動により定常状態になるのを遅らせ、乱流状態を維持するため、更に摩擦低減効果を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明方法の適用対象となる摩擦抵抗低減船の側面図
【
図3】船体がローリングによって傾いている状態を示す図
【
図4】ローリングとピッチングとの合成動による微細気泡発生部の上下位置変化と基準となる喫水線との関係を示すグラフ。
【
図5】(a)は微細気泡発生装置を取付けた船舶の外洋での航行時の傾斜例を示した写真、(b)は同外洋での航行時の船首部分の写真
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の実施例を添付図面を参照しつつ説明する。
図1に示すように摩擦抵抗低減船の側面及び底面には微細気泡を噴出する微細気泡発生部1が複数個取付けられている。この微細気泡発生部1は船体側面及び底面に形成した開口に嵌め付けられ、船体内に設けた配管を介して空気または圧縮空気が供給される。
【0021】
図2は微細気泡発生部材1への空気の供給系統の一例を示し、コンプレッサなどの空気供給源2から配管3を介して、ヘッダー4a、4b、5、6a、6bにエアが供給される。ヘッダー4a、4bからは船体左側面の微細気泡発生部1にエアが供給され、ヘッダー4aには隣接する同じ高さ位置にある複数の微細気泡発生部材1が接続されている。
【0022】
ヘッダー5からは船体底面の微細気泡発生部1にエアが供給され、ヘッダー6a、6bからは船体左側面の微細気泡発生部1にエアが供給される。尚、ヘッダーを省略して直接微細気泡発生部1にエアを供給してもよい。
【0023】
各ヘッダーに至る配管3には流量調整弁7及びオン・オフバルブ8が設けられ、オン・オフバルブ8の制御はコントローラ9によって行う。尚、図面ではヘッダーの直前にオン・オフバルブ8を設けているが、ヘッダーと各微細気泡発生部1の間に配置してもよい。
【0024】
船舶が航行する際には常に波の影響を受けてローリング及びピッチングを繰返し、船舶はこれらが合成した動きを行う。このため、
図3に示すように一部の微細気泡発生部材1が水面より高くなる。
【0025】
コントローラ9は海水面より上にあると判断した微細気泡発生部1が接続されるヘッダーにはオン・オフバルブ8を閉じる信号を送り、水面より上にあると判断した微細気泡発生部1が接続されるヘッダーにはオン・オフバルブ8を間欠的に開閉する信号を送る。間欠的に開閉する信号としては数ヘルツ以下が好ましい。
【0026】
また、オン・オフバルブ8を間欠的にオン・オフする代わりに、ヘッダーに振動板10などを配置することで、微細気泡発生部
1から噴出される空気に脈動を起こさせるようにしてもよい。
【0027】
図4はコントローラ9における微細気泡発生部が海水面より上にあるか否かの判断手法を説明した図である。この判断は個々の微細気泡発生部1に対して行う。
先ず、ローリング角度及びピッチング角度から個々の微細気泡発生部の経時的な上下位置を測定する。測定した経時的な上下位置の変動を曲線で表示する。
【0028】
また
図4において、高さ0の横線は積載量に基づく喫水線高さを表す。積載量が少ない場合には喫水線高さは下方に移動して、より多くの微細気泡発生部が海水面より上方位置になり、積載量が多い場合には喫水線高さは上方に移動より多くの微細気泡発生部が海水面以下になる。
【0029】
図4において、上下位置の変動曲線の実線部分と点線部分との境界部が現時点であり、この境界部より左側の実線部分が実際の経過上下位置を表し、右側の点線部分がこれから予想される上下位置を表わす。
【0030】
即ち、ローリングとピッチングは気候の変動などにより大きく変化するが、ごく短時間に限った場合にはほぼ同じか類似したパターンが繰り返される。したがって直前のローリングとピッチングのパターンが分かれば、これに続く次のパターンも予測できる。ローリングとピッチングの角度から算出される微細気泡発生部の上下位置変動パターンも同様である。
【0031】
また、各微細気泡発生部の設置位置によって上下位置変動も異なるので、本発明にあっては、個々の細気泡発生部ごとに上下位置変動を測定し且つ現時点以降の上下位置変動を予測する。そして、予測した上下位置変動と喫水線高さとを比較し、海面より下にあった微細気泡発生部が海面よりも上になる時刻、或は海面より上にあった微細気泡発生部が海面よりも下になる時刻を予測し、その時刻にオン・オフバルブ8を切り替える。
【0032】
尚、バルブ8を通過したエアが微細気泡発生部まで到達する時間を考慮した時間だけ、バルブ8の切替時間を早めることが好ましい。
【0033】
微細気泡発生部の構造としては、船体にエアを噴出する開口部を設け、この開口部の外側に航行に伴って負圧を発生するウイング部材を配置し、開口部から負圧によってエアを引き出すともにキャビテーション効果によって水中に微細気泡を発生させる構造が考えられる。ただし、微細気泡発生部としては、特にこれに限定されない。
【符号の説明】
【0034】
1…微細気泡発生部材、2…空気供給源、3…配管、4a、4b、5、6a、6b…ヘッダー、7…流量調整弁、8…オン・オフバルブ、9…コントローラ。
【要約】
【課題】 摩擦抵抗低減船の摩擦抵抗を更に低減する方法を提供する。
【解決手段】
ローリングとピッチングは気候の変動などにより大きく変化するが、ごく短時間に限った場合にはほぼ同じか類似したパターンが繰り返される。したがって直前のローリングとピッチングのパターンが分かれば、これに続く次のパターンも予測できる。ローリングとピッチングの角度から算出される微細気泡発生部の上下位置変動パターンも同様である。また、各微細気泡発生部の設置位置によって上下位置変動も異なるので、本発明にあっては、個々の細気泡発生部ごとに上下位置変動を測定し且つ現時点以降の上下位置変動を予測する。そして、予測した上下位置変動と喫水線高さとを比較し、海面より下にあった微細気泡発生部が海面よりも上になる時刻、或は海面より上にあった微細気泡発生部が海面よりも下になる時刻を予測し、その時刻にオン・オフバルブ8を切り替える。
【選択図】
図4