【実施例】
【0034】
以下の実施例、比較例により本発明を具体的に説明する。
実施例、比較例においては、以下の材料及び方法を用いた。
【0035】
[大腸菌の組換え酵素の粗抽出液の酵素活性測定]
大腸菌(
Escherichia coli)を、100mg/Lアンピシリンナトリウム又は100mg/Lカナマイシン硫酸塩を含むLB培地5mlに植菌し、37℃で一晩培養した。その後、これを同培地200mlに植菌し、O.D.が0.6になるまで培養後、イソプピル‐β‐チオガラクトピラノシド(IPTG)を終濃度0.5mMとなるように添加し、そのまま12時間28℃において培養した。
培養した菌体を集菌し、20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)に懸濁し、超音波破砕を行い、その上清を粗抽出液として、活性測定に用いた。酵素活性は、吸光光度計を用いて反応生成物の吸収波長の吸光度を5分間測定することによって測定し定量した。PAL活性は100mM Tris Buffer(pH8.0)、20mMフェニルアラニンに粗抽出液を加えて反応させ桂皮酸の生成を290nmの波長の吸光度の変化を測定し、4APAL活性については基質に20mM 4-アミノフェニルアラニンを用いて4-アミノ桂皮酸に由来する315nmの波長の吸光度を測定して定量した。
【0036】
[大腸菌の組換え精製酵素の酵素活性測定]
大腸菌(
Escherichia coli)を100mg/Lアンピシリンナトリウム又は100mg/Lカナマイシン硫酸塩含むLB培地5mlに植菌し、37℃で一晩培養した。その後、これを同培地200mlに植菌し、O.Dが0.6になるまで培養後、IPTGを終濃度0.5mMとなるように添加し、さらに12時間28℃において培養した。これらの培養の際の回転数は120rpmとした。培養した菌体を集菌し、20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)に懸濁し、超音波破砕を行い、遠心分離の後に、その上清をHis-Trapカラムを用いて精製し、活性測定に用いた。酵素活性の測定方法は、前述の粗抽出液の測定方法に準じた。
【0037】
[休止菌体反応]
(1)前培養
LB培地に100mg/Lアンピシリンナトリウム又は100mg/Lカナマイシン硫酸塩を含んだ培地を用い、37℃で大腸菌を培養した。培地5mlが入った試験管に予め生育させた寒天培地から、一白金耳植菌し、一晩120rpmで振盪培養した。
(2)本培養
前培養した菌体培養液をバッフル付きフラスコに入った同培地200mlに1%植菌した。37℃にて振とう培養を行い、培養液のO.D.が0.3になった時点で所定量のIPTGを加え、28℃で12時間培養し目的の遺伝子の発現誘導を行なった。
(3)反応方法
本培養後の菌体を回収し、50mMのKPi Buffer(pH7)で1回洗浄した後、20mMの基質(4-アミノフェニルアラニン、フェニルアラニン)が入った反応液5mlに懸濁させ、休止菌体反応を行なった。37℃で振盪しながら、0〜24時間反応させた。反応後、上清を遠心管に写し、遠心分離によって回収し、以下のように高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて反応生成物を定量した。
(4)定量方法
HPLC(1200 infinity series: Hewlett Packerd)を用いて定量を行った。Purospher STAR RP-18 endcappedカラムを使用し、溶離液として20mMリン酸カリウム(pH7.0)と100%メタノールの混合液を用いた。210nm、254nm及び280nmの波長の吸収を用いて測定した。
【0038】
[使用菌株]
大腸菌株として、NST37[ATCC 31882、米国特許第4,681,852号、遺伝子型aroG,aroF,pheA,tyrR,ryrA,trpE]と、BL21(DE3)[Novagen、遺伝子型F
-,
ompT,
hsdS
B(r
B-m
B-),
gal(λ
cI857,
ind1,
Sam7,
nin5,
lacUV5-T7
gene1),
dcm(DE3)]を使用した。
【0039】
[培地組成(/L)]
使用した培地組成を以下の表1に示す。オートクレーブを用いて121℃、15分間滅菌した培地を使用した。
【表1】
【0040】
[培養条件]
大腸菌はLB培地中37℃で培養した。前培養は5mlの培地を入れた試験管を用いて行い、本培養は培地200mlをバッフル付きフラスコに入れ、前培養液を1%添加し、全培養と同じ条件下で、120rpmで震盪し培養を行った。
【0041】
[プラスミドの構築]
(1)pHSG298-AtPAL4の作製
植物シロイヌナズナ(
Arabidopsis thaliana)由来のPAL(GenBank GI:30681254、gene locus:AT3G10340、塩基配列を配列番号3、アミノ酸配列を配列番号4に示す)を2つのプライマー(5’-CCGGATCCATGGAGCTATGCAATCAAAACAATC-3’及び5’-CCGCATGCTCAACAGATTGAAACCGGAGCTCCG-3’)を用いてPCRにより増幅後、
BamHIと
SphIにより処理し、予め同じ酵素で処理したpHSG298gxrA(Fujita, T. et al., Appl. Microbiol. Biothechnol. 97, 8887-8894 (2013))と連結してpHSG298-AtPAL4を作製した。
(2)pET28a-RgPALの作製
酵母ロドトルラ・グルチニス(
Rhodotorula glutinis)由来のPAL(塩基配列を配列番号1、アミノ酸配列を配列番号2に示す)を
NdeIと
EcoRIを用いて制限酵素処理し、同じく
NdeIと
EcoRIを用いて制限酵素処理したプラスミドpET28a(Novagen)と連結して、pET28a-RgPALを作製した。
(3)pET28a-AtPAL4の作製
植物シロイヌナズナ(
Arabidopsis thaliana)由来のPALを2つのプライマー(5’-CCCATATGGAGCTATGCAATCAAAACAATC-3’及び5’-CCGAATTCTCAACAGATTGAAACCGGAGCTCCG-3’)を用いてPCRにより増幅後、
NdeIと
EcoRIを用いて制限酵素処理し、同じく
NdeIと
EcoRIを用いて制限酵素処理したプラスミドpET28a(Novagen)と連結して、pET28a-RgPALを作製した。
【0042】
[参考例1:4APAL活性を有する植物由来のPAL]
これまでの研究からシロイヌナズナ由来のAtPAL4は高いPAL活性を示すことが示されていた。そこで、本発明者らは、AtPAL4はPAL活性だけでなく4APAL活性も高いのではないかと推定し、AtPAL4の組み換え酵素の4APAL活性を測定した。AtPAL4をpHSG298ベクターに接続し、大腸菌NST37に導入した株(NST37‐pHSG298‐AtPAL4)の粗抽出液は、以下の表2に示すように0.012 μmol/min/mgの4APAL活性を示した。
【0043】
【表2】
【0044】
さらに、誘導条件を変化させることで、大腸菌NST37‐pHSG298‐AtPAL4を培養する際に添加するIPTGの濃度を検討した。0.01mM、0.1mM、1mM、2mMのIPTGを添加した場合について検討したところ、SDS-PAGEにおいて、どの培養条件においてもAtPAL4の発現レベルが高いことが確認された(data not shown)。そこで、NST37-pHSG298-AtPAL4を用いて休止菌体反応を行い、反応開始後24時間後の4-アミノ桂皮酸の反応液中の濃度を測定し生産量を定量した。その結果、2mMのIPTGを使用した時、4-アミノ桂皮酸の生産量は67mg/Lであり最大であった。
【0045】
[参考例2:AtPAL4の変異体の作製]
AtPAL4を導入した大腸菌NST37‐pHSG298‐AtPAL4は休止菌体反応において、4-アミノフェニルアラニンが4-アミノ桂皮酸に変換されたとはいえ、その生産量は最大67mg/Lであり、満足できるもではなかった。かかる4APAL活性は、更なる変換率の向上が望まれるグルコースを原料とした生産を行う際には不十分であると予想された。そこで、AtPAL4のアミノ酸配列の改変によって、AtPAL4の4APAL活性を更に上昇させることを試みた。Watts KT. et al. Discovery of a Substrate Selectivity Switch in Tyrosine Ammonia-Lyase, a Member of the Aromatic Amino Acid Lyase Family (2006) Chemistory & Biology, 13, 1317-1326には、芳香族アミノ酸のリアーゼファミリーに属する酵素(紅色光合成細菌由来のTyrosine Ammonia Lyaseとシアノバクテリア・トウモロコシ・パセリ・油脂蓄積酵母由来のPAL)に保存されている基質選択に関わる1アミノ酸をヒスチジンからフェニルアラニンに変えることにより基質特異性がチロシンからフェニルアラニンに変化することが報告されている。そこで、芳香族リアーゼファミリーに属する酵素とAtPAL4のアミノ酸配列を比較し、該当するアミノ酸を特定したところ、このアミノ酸はAtPAL4では123番目のヒスチジン(H123)に相当していることが分かった。本発明において基質としている4-アミノフェニルアラニンとPALの本来の基質であるフェニルアラニンとの違いは4位のアミノ基の有無である。そこで、H123をアミノ基とイオン結合しやすいと予想される酸性アミノ酸であるグルタミン酸又はアスパラギン酸に置換させることとした。これらの改変型AtPAL4を発現させた大腸菌(NST37-pHSG298-AtPAL4-H123D及びNST37-pHSG298-AtPAL4-H123E)を培養し、同様の方法で休止菌体反応とPAL活性と4APAL活性の測定を行なった。その結果、
図1に示すように、休止菌体においては、H123E変異の導入により桂皮酸の生産量は0.06倍に減少したが、4-アミノフェニルアラニンの生産は1.25倍に増加した(
図1(A)参照)。このことから、H123をグルタミン酸に変異させることよりAtPAL4の4-アミノフェニルアラニンへの選択性が上昇することが示された。また、活性測定の結果、AtPAL4-H123Eを導入した大腸菌の4APAL活性は、野生型活性の1.2倍であった(
図1(B)参照)。この酵素活性の上昇が休止菌体反応における生産性の向上に貢献しているものと予想される。
【0046】
[参考例3:NST37‐pHSG298‐AtPAL4休止菌体反応に対するpHの影響]
NST37‐pHSG298‐AtPAL4の休止菌体反応をpH7、pH8、pH9の反応液を用いて行なった。コントロールとしてプラスミドを導入していない大腸菌NST37を用いた。まず、コントロールとの比較より、ベクターがある場合にのみ、4-アミノ桂皮酸のピークが顕著に検出されることからAtPAL4によって4-アミノフェニルアラニンから4-アミノ桂皮酸への反応が進むことが確認できた。
図2に示すように、pH7では4-アミノ桂皮酸が51.3mg/Lしか生産されなかったが、pH8、pH9で休止菌体反応を行った場合、反応液中の4-アミノ桂皮酸がそれぞれ170mg/L、178mg/L生産されたことから、pH8とpH9の休止菌体反応によって4-アミノ桂皮酸が生成されることが分かった。
【0047】
[実施例1:PAL活性を有する酵母由来のPAL]
PAL活性を有することが知られている酵母ロドトルラ・グルチニス(
Rhodotorula glutinis)由来のPAL(以下、RgPALともいう。)をpET28aにクローニングしたプラスミドを、大腸菌BL21(DE3)株に導入することによって大腸菌BL21‐pET28a‐RgPAL を作製し、これを用いて4-アミノ桂皮酸の生産を試みた。
大腸菌BL21‐pET28a‐RgPALの菌体を以下の方法で調製した。大腸菌BL21‐pET28a‐RgPALは、5 mlのLB培地(1%トリプトン、0.5%酵母抽出液、0.5%塩化ナトリウム)に100 mg/Lカナマイシン硫酸塩を含んだ培地を用いて37℃で一晩120 rpmで振盪培養した。得られた菌体培養液のうち2mLを500mL容の三角フラスコに入った同培地200 mlに移した後、37℃、120 rpmで振盪培養した。培養液の濁度が0.3になった時点でIPTGを加え、28℃、120 rpmで12時間、振盪培養した。得られた大腸菌BL21‐pET28a‐RgPALの菌体を遠心分離によって回収し、50 mMリン酸カリウム(pH 7)で1回洗浄したのち、20mMの基質(4-アミノフェニルアラニンまたはフェニルアラニン)が入った同水溶液に懸濁させ、37℃で振盪しながら、24時間保温した。反応後、生成した4-アミノ桂皮酸または桂皮酸をHPLCを用いて定量した。また、これと同じ方法を用い、pHを8または9とした50 mMリン酸カリウム水溶液中での反応もおこなった。その結果、
図3に示すように、pH7では4-アミノ桂皮酸の生産量は610mg/Lであったが、pH8、pH9では4-アミノ桂皮酸がそれぞれ830mg/L、820mg/L生産された。いずれのpHにおいてもAtPAL4を発現させた場合よりも高い変換活性を示したことから、RgPALは4-アミノ桂皮酸の生産のために優れた酵素であると判断された。特に、pH7のときは変換効率が12倍に改善された。
【0048】
[実施例2:フェニルアラニンと4-アミノフェニルアラニンの混合基質]
グルコースから4-アミノ桂皮酸を生産する際には、フェニルアラニン生産性の大腸菌を用いるため、副産物としてフェニルアラニンが生産される。従って、目的とするPALは、フェニルアラニンが存在する条件下で4-アミノフェニルアラニンを生産できなければならない。そこで、フェニルアラニンと4-アミノフェニルアラニンの混合基質を加えた条件下での菌体によるPAL活性を測定した。具体的には、
図4に示すように、4-アミノフェニルアラニンの濃度は20mMと固定し、それにフェニルアラニンを20mM、10mM、5mM、0mM加えた条件下でRgPALを発現させた大腸菌BL21(DE3)株又はAtPAL4を発現させた大腸菌NST37株の休止菌体反応を行い、フェニルアラニンが存在する条件下であってもPALは4-アミノフェニルアラニンを基質とするのか、その場合、どのくらいの割合で変換するのか調べた。その結果、4-アミノフェニルアラニンのみを基質とした場合、RgPALはAtPAL4の12倍の4-アミノ桂皮酸を生産することが示された。また、4-アミノフェニルアラニンのみを基質とした場合、RgPALはAtPAL4の36%の桂皮酸しか生産しなかった。Pheと4APheが共在する場合においても、RgPALはAtPAL4よりも多くの4-アミノ桂皮酸を生産し、少量の桂皮酸を生産することが示された。以上のことから、RgPALは、AtPAL4よりも4-アミノフェニルアラニンへの特異性が高いことが分かった。
【0049】
[実施例3:細胞粗抽出液中の組み換え酵素の発現量]
pET28a-AtPAL4及びその誘導体並びにpET28a-RgPALをBL21(DE3)に導入して得られたAtPAL4及びその変異体並びにRgPALを発現する大腸菌の菌体が示す4APAL活性の違いは、各大腸菌におけるPALの発現量の違いによる可能性を考え、これらの大腸菌によるRgPALとAtPAL4の発現量を調べた。まず、SDS-PAGEによる発現の確認を行った。AtPAL4とその変異体の分子量は75.5kDa、RgPALの分子量は75.6kDaと予想されるところ、それぞれのPALを導入した大腸菌のいずれにおいても、SDS-PAGE上でこれらに該当するバンドが確認された。
さらに、
図5に示すように、細胞粗抽出液を用いた活性測定を行い、これらの酵素の発現量を定量した。このとき、基質として用いる4-アミノフェニルアラニンおよび4-アミノ桂皮酸の濃度は20mMとした。その結果、RgPALを発現させた大腸菌の細胞粗抽出液が最も高いPAL活性と4APAL活性を示すことが分かった。RgPALのPAL活性と4APAL活性は、AtPAL4のものに比較して、ぞれぞれ、8.5倍と8倍であった。以上の結果より、休止菌体反応におけるRgPALを発現させたときの4-アミノ桂皮酸の生産量の多さの原因の一つはRgPALの発現量の多さによるものであると考えられた。
【0050】
[実施例4:組み換え精製酵素の活性測定]
実施例3の大腸菌では、pET28AtPAL4及びその変異体並びにRgPALをHisタグとの融合タンパク質として発現させているので、これらの酵素をアフィニティーカラムを用いて簡易に精製することが可能である。これらを発現させた菌体を培養後、菌体を回収し、破砕後、精製を行った。精製された酵素を用いて、
Km値と
kcat値を算出した。
Km値と
kcat値の結果を、それぞれ、以下の表3と4に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
【表4】
【0053】
表3に示すように、フェニルアラニンに対する
Km値はAtPAL4H123Dを除いてすべて1.0mM以下であり、中でもRgPALはAtPAL4とならび0.1mM以下で最小であった。また、4-アミノフェニルアラニンに対する
Km値はRgPALが最小で22mMであった。精製した酵素の活性はPAL活性、4APAL活性ともにRgPALが最も高いことがわかった。また、表4に示すように、4-アミノフェニルアラニンに対する
kcat値については、RgPALとAtPAL4およびその改変体とで同等であったことから、RgPALは4-アミノフェニルアラニンに対する親和性が高いために高い変換活性を示すと考えられた。
【0054】
[実施例5:4−アミノ桂皮酸の抽出]
休止菌体反応後の反応液から、4-アミノ桂皮酸の抽出を試みた。まず、反応液から菌体を取り除いて得られる上清を20ml集め、エバポレーターで、水を蒸発させた。次に、4-アミノ桂皮酸がアセトンに可溶であることから、得られた固体に5mlのアセトンを加えて4-アミノ桂皮酸を抽出した後、アセトンを揮発させて4-アミノ桂皮酸を取り出すことを試みた。得られた抽出物をHPLC解析した結果を
図6に示す。4-アミノ桂皮酸以外の主な3つのピークA、B、Cの高さをそれぞれ93%、89%、61%減少させることに成功した。これにより、純度は90%以上となった。4-アミノ桂皮酸の収量は消費された4-APheを100としたときに、純度換算して58%であった。