(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、蒸留処理後のドレン廃水に対して嫌気処理を適用すると、安定した処理が困難であることが知られている。その原因として、(1)処理を担う嫌気性の汚泥、特にグラニュール汚泥を処理装置内に維持することが困難なことや、(2)嫌気性処理を担う嫌気性微生物の活性を阻害する物質の影響があった。
【0003】
特に、クラフトパルプ製造工程で排出されるエバポレータドレン排水の嫌気処理は困難であり、処理の進行とともにグラニュールの崩壊が進行することで処理装置内に汚泥を維持することができなくなり、処理性能が悪化する。
【0004】
特許文献1には、微生物担体を用いて嫌気性汚泥を維持する方法が開示されている。具体的には、パルプ製造工場等から排出される炭素数6以下の有機物を含有する排水を嫌気性下でメタン発酵する嫌気性生物処理方法において、ゲル状の担体の存在下で嫌気性生物処理を行うものである。この方法によれば、35℃未満という低水温下で汚泥が微細化した場合であってもゲル状担体にメタン発酵細菌が付着し、または担体内部に固定化されることで、安定した高負荷処理を行うことが可能となる。
【0005】
さらに、嫌気性処理槽の下流に分離膜を設けることで嫌気性処理槽から下流への嫌気性汚泥の流出を防ぐ方法も提案されている。
【0006】
また、嫌気性微生物の活性阻害を緩和する方法として、特許文献2には事前に処理対象となる排水から微生物の活性を阻害する物質を除去する方法が提案されている。さらに、処理排水となる排水を処理水や他の系統の排水で希釈する方法なども従来提案されている。
【0007】
以上のような方法は、蒸留処理後のドレン廃水を対象とした嫌気性消化処理技術への適用に限定されるものではなく、グラニュール汚泥を形成しにくい排水や、嫌気処理を担う微生物に対する阻害物質を含む排水に対して適用される対策として一般的な方法であり、それぞれ一定の効果がある。
【0008】
嫌気性微生物の活性の阻害効果を及ぼす因子としては、ナトリウムが知られている。例えば、非特許文献1には、メタノールを資化しメタンを生成する嫌気性微生物であるMethanomethylovoransが0〜0.1Mのナトリウム濃度まで生育可能であり、最適Na濃度が0mMであると記載されている。すなわち、メタノールを主成分とするエバポレータドレン廃水(製紙工場廃水)を処理可能な嫌気性微生物であるMethanomethylovoransは、ナトリウムにより活性阻害を受けることが示されている。
【0009】
また、非特許文献2によれば、処理対象物質は定かではないが、嫌気処理に対して、ナトリウムは0.32mol/Lの濃度で阻害の影響が現れるとされていた。
【0010】
逆に、特許文献3には、有機物含有排水を処理対象とした嫌気性処理において、安定処理を行うためにナトリウムを添加する方法が開示されている。具体的には、特許文献3は、澱粉工場で発生する澱粉製造排水を嫌気処理するに際し、被処理水のCOD
cr(二クロム酸カリウムによる酸素要求量)に応じてナトリウムイオンの添加濃度を増加させる方法を開示する。
【0011】
これによれば、ナトリウムイオンの添加により高負荷条件下での嫌気処理効率を向上させることができる。
【0012】
また、特許文献4は、澱粉製造排水の嫌気性処理において、ナトリウムイオンの添加効果が酢酸のみを資化するメタン生成細菌に対して有効であり、水素も酢酸も資化するメタン生成細菌に対しては有効ではないことを開示している。
【発明を実施するための形態】
【0034】
次に、本発明の実施の形態について図に基づいて詳細に説明する。
【0035】
(第1実施の形態)
図1は、本実施の形態に係る蒸留排水処理装置10を示す図である。図示のように、蒸留排水処理装置10は、有機物含有液の蒸留処理後の留分を蒸留排水2として嫌気性処理する場となる嫌気槽12と、嫌気槽12の上流位置に設けられ、蒸留排水2の水質を嫌気槽12における嫌気性処理に適した状態に調整するための調整槽14と、を有する。
【0036】
調整槽14には、ナトリウムイオン源3を調整槽14中の蒸留排水に添加するナトリウムイオン源添加手段16が取り付けられている。
【0037】
有機物含有液は、例えば、食品工場排水、化学工場排水、製紙工場排水等が挙げられる。
【0038】
蒸留排水2は、有機物含有液の蒸留処理後の留分である。例えば、製紙工場において、チップの蒸解工程で排出されるドレン排水、アルコール飲料製造工場において、原料の煮沸工程で排出される蒸留排水が挙げられる。蒸留排水2は、一般に、炭素数6以下の揮発性脂肪酸、揮発性アルコール(メタノール、エタノール等)、臭気物質(二硫化メチル、メチルメルカプタン等)を主成分として含む一方、高分子の糖質、タンパク質、脂質等の含有量は少ない。ここで、主成分として含むとは、目安として、90%以上の量で含むことを意味し、したがって、高分子の糖質、タンパク質、脂質等の含有量は、目安として10%以下の量となる。
【0039】
蒸留排水2のCOD
crは、20,000mg/L以下であり、好ましくは10,000mg/L以下であり、特に好ましくは8,000mg/L以下であり、最も好ましくは、3,000mg/L以上5,000mg/L以下である。
【0040】
ナトリウムイオン源3は、NaCl、NaHCO
3、NaOH、リン酸ナトリウム等、ナトリウムを含む化学物質の他、ナトリウムを含む有機性又は無機性の廃棄物又は排水、及び海水等の利用が可能である。
【0041】
上述のとおり、蒸留排水2は、揮発性脂肪酸及び揮発性アルコールを主成分として含んでおり、これらの嫌気性処理に係る微生物として、Methanosarcina属やMethanomethylovorans属、及びMethanosaeta属などのMethanosarcina科のメタン生成菌が知られる。
【0042】
ここで、非特許文献1に示すように、メタノール及び二硫化メチル、トリメチルアミンなどの臭気物質を資化するMethanomethylovorans属のメタン生成菌は酢酸及び水素を資化する能力がなく、生育に最適なナトリウムイオン濃度は0Mであり、ナトリウムイオンによってメタン生成が促進しないことが報告されている。従って、メタノールを主成分とする製紙工場の蒸留排水の処理においても、ナトリウムイオン源3を添加することは通常想定しえないものであった。
【0043】
蒸留排水2には、ナトリウムイオン源3以外の他の添加剤が添加されてもよい。他の添加剤としては、pH調整剤、消泡剤、栄養剤(N源、P源等)、が挙げられる。
【0044】
pH調整剤は、嫌気性処理における反応pHを5.8以上8.4未満の範囲で管理するために用いられる。したがって、pHをその範囲内に調整可能なpH調整剤であればどのようなものであっても良いが、例えば、硫酸、塩酸、炭酸塩、リン酸塩、トリス、グッドバッファーなどを用いることができる。また、嫌気性処理の反応pHの調整は、pH調整剤の添加のみに限らず、ナトリウムイオン源3として緩衝能力を有するものを蒸留排水2に添加することによっても行うことができる。
【0045】
なお、嫌気性処理の反応pHが7.5以下の場合、ナトリウムイオン源3としてはpH緩衝能力を有するNaHCO
3やNaOHを添加することが好ましく、嫌気性処理の反応pHが7.5を超える場合、ナトリウムイオン源3としてはpH緩衝能力が低いNaClや海水等を添加することが好ましい。
【0046】
消泡剤は、例えば、アワゼロンP(水ing株式会社製)、アワゼロンS(水ing株式会社製)を用いることができる。
調整槽14は、蒸留排水2の水質を嫌気槽12における嫌気性処理に適した状態に調整するための槽である。調整槽14では、ナトリウムイオン源3のほか、pH調整剤、消泡剤、栄養剤としてN源やP源が添加される。
【0047】
嫌気槽12は、嫌気性処理を担う微生物4による嫌気性処理の場となる。嫌気槽12は、完全混合方式、UASB方式、EGSB方式、担体方式、膜分離方式等の嫌気性処理に使用可能な公知の槽を用いることができる。
【0048】
ナトリウムイオン源添加手段16は、ナトリウムイオン源3が液体の場合には、下部に開閉弁または定量ポンプを設けたナトリウムイオン源3貯槽を、ナトリウムイオン源3が粉末の場合には、下部に開閉弁を設けたホッパー等を採用することができる。ナトリウムイオン源3の添加は、手動で、あるいは自動制御で開閉弁を開閉することにより行われる。
【0049】
次に、本発明の蒸留排水処理方法を、本実施の形態に係る蒸留排水処理装置10を用いた場合を例に説明する。
【0050】
まず、嫌気槽12に馴致処理済みの種汚泥(微生物4)を投入し、次に、調整槽14内に蒸留排水2を導入する。その後、調整槽14内の蒸留排水2にナトリウムイオン源添加手段16を介してナトリウムイオン源3を添加する。蒸留排水2に対するナトリウムの添加濃度は、100mM未満であり、好ましくは80mM以下が良い。特に、10mM以上20mMの濃度で添加することで、嫌気性処理の活性を最も高めることが可能となる。
【0051】
次に、嫌気槽12において嫌気性処理を行う。嫌気性処理の反応pHは5.8以上8.4未満となるように管理する。反応pHは、好ましくは7.4以上8.0以下であり、特に好ましくは、7.8以上8.0以下である。嫌気性処理の反応pHを上記範囲に管理することで、より効果的に長期間高い処理効率で嫌気性処理を行うことが可能となる。
【0052】
嫌気槽12内の温度は、35℃程度の中温及び55℃程度の高温でも良いが、好ましくは35℃から40℃の領域で最も安定した処理を行うことができる。
【0053】
嫌気処理後の処理水5は、必要に応じて汚泥の回収処理がなされた後、水質に応じて適宜に必要な更なる処理に付され、下水道や河川等に放流される。
【0054】
したがって、本実施の形態に係る蒸留排水処理方法及び蒸留排水処理装置によれば、有機物含有液の蒸留排水2にナトリウムイオン源3を添加することで当該蒸留排水2の嫌気性処理を長期間継続した場合であっても処理性能の低下を防止することが可能となる。
【0055】
なお、上記実施の形態においては、ナトリウムイオン源3は調整層14に添加されているが、嫌気槽12に直接添加されてもよく、両者をつなぐ配管中に添加されてもよい。
【0056】
また、上記実施の形態に係る蒸留排水処理装置10は調整槽14を有しているが、変形例の
図2に示すように、調整槽14が無い構成としてもよい。この場合、ナトリウムイオン源添加手段16は嫌気槽12または嫌気槽12の上流位置にある配管に接続され(図示省略)、したがって、ナトリウムイオン源3は、嫌気槽12か、あるいは嫌気槽12の上流位置にある配管中に添加される。
【0057】
さらに、本実施の形態においては、ナトリウムイオン源3をナトリウムイオン源添加手段16を介して調整槽14中に添加しているが、ナトリウムイオン源添加手段16は必須ではなく、手作業により調整槽14内にナトリウムイオン源3を添加することとしてもよい。
【0058】
なお、本実施の形態においては、蒸留排水2中のナトリウム添加濃度及び嫌気槽12の反応pHの調整は手作業で行われているが、これに限定されるものではなく別の構成を採用することも可能である。
【0059】
(第2実施の形態)
以下に、蒸留排水2を嫌気性処理するに際し、嫌気槽12中の反応pHと蒸留排水2中のナトリウムの添加濃度とのフィードバック制御が可能な蒸留排水処理装置及び蒸留排水処理方法を、
図3〜
図6に基づいて説明する。
図3において、上記
図1〜
図2に示した実施の形態と同様の要素には同一の符号を付しその説明を省略する。
【0060】
図3は本実施の形態に係る蒸留排水処理装置30を示す図であり、
図4は嫌気性処理の反応pHの変動(同図(A))又はナトリウム添加濃度の変動(同図(B))がバイオガスの発生初期速度に与える影響を示す図であり、
図5は嫌気性処理の反応pHをX軸、ナトリウムの添加濃度をY軸として等しい嫌気性処理の活性を示すプロットを直線で結んで示した図であり、
図6は制御部40による、添加されるナトリウムイオン源の種類と量の制御を説明するためのフローチャートである。
【0061】
本実施の形態に係る蒸留排水処理装置30は、嫌気槽32の下流に沈殿槽34を有する。沈殿槽34が嫌気槽32の後段に存在することで、汚泥6の濃縮回収が行われ(但し、嫌気性処理が膜分離方式によって行われる場合を除く)、安定した嫌気性処理が可能となる。
【0062】
回収した汚泥6は、
図3に示すように、直接嫌気槽32に返送してもよく、嫌気槽32に繋がる配管に返送してもよい。また、沈殿槽34から放出された処理水5は、必要に応じて更なる処理に付される。
【0063】
本実施の形態において、調整槽14に設けられたナトリウムイオン源添加手段31は、緩衝能力の高いナトリウムイオン源3(NaHCO
3、NaOH等)を貯留する第1貯槽と、緩衝能力の低いナトリウムイオン源3(NaCl、海水等)を貯留する第2貯槽と、を有し、それぞれの貯槽の下部に設けられた開閉弁または定量ポンプによって独立して制御可能な構成を有する。それぞれの開閉弁は、後述する制御部40からの信号により開閉制御される。
【0064】
さらに、調整槽14には、蒸留排水2中に添加されたナトリウムの添加濃度を測定するナトリウムイオン測定手段38が設けられており、測定されたナトリウムの添加濃度は制御部40に伝達される。
【0065】
嫌気槽32は、EGSB形式の嫌気槽であり、蒸留排水2を嫌気槽32下部から供給し、消化液7を嫌気槽32の最上部から引き抜くことで嫌気槽32内に上向流を発生させる。また、嫌気槽32は、槽内の液を嫌気槽32の上下方向略中央部から供給配管に返送する内部循環経路32aを有し、これにより上向流の流速を調整することができる。
【0066】
嫌気槽32上部から流出する消化液7は、
図3に示すように、嫌気槽32に繋がる配管に返送してもよく、また、調整槽14に返送して蒸留排水2の希釈に用いてもよい。
【0067】
また、嫌気槽32には、嫌気槽32内の反応pHを測定するためのpH測定手段36が設けられており、測定された反応pHは後述する制御部40に伝達される。
【0068】
制御部40は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等を備えたコンピュータである。
【0069】
制御部40は、上記ROM等に記憶されたプログラムをRAM上に展開させ、pH測定手段36により測定された処理液の反応pHと、ナトリウムイオン測定手段38により測定されたナトリウムの添加濃度とに基づき、ナトリウムイオン源添加手段16が添加するナトリウムイオン源3の種類及び量の制御をCPUに実行させる。
【0070】
制御部40による制御の一例を、以下に説明する。すなわち、ナトリウムの添加濃度を一定にして、嫌気性処理の反応pHを複数段階に変動させると、反応pHの変動に応じて反応系からのバイオガスの発生初期速度は
図4(A)に示すように変動する。
【0071】
また、嫌気性処理の反応pHを一定にして、ナトリウムの添加濃度を複数段階に変動させると、ナトリウムの添加濃度の変動に応じて反応系からのバイオガスの発生初期速度は
図4(B)に示すように変動する。
【0072】
これらの図からは、嫌気性処理の反応pH及びナトリウムの添加濃度により、ガス発生初期速度、すなわち、嫌気性処理の活性が変動することが分かる。
【0073】
そして、任意の嫌気性処理の反応pH及びナトリウムの添加濃度におけるガス発生初期速度のデータを多数蓄積することにより、
図5のようなデータを作成することができる。
【0074】
図5は、嫌気性処理の反応pHをX軸、ナトリウムの添加濃度をY軸として等しい嫌気性処理の活性を示すプロットを直線で結んで示した図である。この図によれば、嫌気性処理の活性が等しい直線を複数本(ここでは、L1〜L4まで4本)引くことができ、4本の直線の中ではL1が最も活性が小さく、L2、L3、L4と図示右上方向に並ぶ順に活性が大きい直線となっている。なお、直線の両端を超えた領域は、嫌気性処理の活性が変化し、もはや直線性を示されない領域である。
【0075】
この図を制御部40のROM上に記憶させておき、例えば、測定されたナトリウムの添加濃度及び嫌気性処理の反応pHのプロット位置がP1の位置となる場合には、例えば、より嫌気性処理活性の高い直線L3の領域に最短距離で到達するプロット位置P1’を目指すべく、ナトリウムの添加濃度をさらに高めつつpHを大きくアルカリ性側に移動させる制御を行う。
【0076】
かかる制御は、具体的には、ナトリウムイオン源添加手段31に信号を送り、第1貯槽の開閉弁の開閉量及び開閉時間を調整し、ナトリウムイオン源として緩衝能力の高いNaOHやNaHCO
3等を多めに調整槽14に添加することにより行う。
【0077】
また、測定されたナトリウムの添加濃度及び嫌気性処理の反応pHが
図5のP2のプロット位置となる場合には、例えば、より嫌気性処理の活性の高い直線L4の領域に最短距離で到達するプロット位置P2’を目指すべく、制御部40は、ナトリウムイオン源添加手段16に信号を送り、第2貯槽の開閉弁を開閉し、ナトリウムイオン源として緩衝能力の低いNaClや海水等を調整槽14に添加する。この制御は、ナトリウムの添加濃度を高める必要はあるものの、pHをアルカリ性側に移行させることは嫌気性処理の活性を低下させるおそれがあり好ましくないことから、反応pHを維持しつつナトリウム添加濃度のみを増大させることを意図している。
【0078】
なお、第1貯槽と第2貯槽は、同時に開閉させることとしてもよい。
【0079】
次に、本実施の形態に係る蒸留排水処理装置30の制御部40による、添加されるべきナトリウムイオン源の種類と量の制御について、
図6を参照して説明する。
【0080】
[ナトリウムイオン源添加工程(S101)]
まず、調整槽14に流入した蒸留排水2に、ナトリウムイオン源添加手段16を介してナトリウムイオン源3を添加する(以上、ナトリウムイオン源添加工程(S101))。
【0081】
[ナトリウム添加濃度測定工程(S102)]
次に、調整槽14に設けられたナトリウムイオン測定手段38が調整槽14中の液のナトリウム添加濃度を測定する。測定されたナトリウム添加濃度の値は制御部40に伝達される(以上、ナトリウム添加濃度測定工程(S102))。
【0082】
ナトリウム添加濃度が測定された蒸留排水2は嫌気槽32に移送され、嫌気性処理が施される。
【0083】
[反応pH測定工程(S103)]
嫌気槽32において嫌気性処理が施されている間に、pH測定手段36は嫌気槽32内の反応pHを測定する。測定された反応pHは制御部40に伝達される(以上、反応pH測定工程(S103))。
【0084】
[ナトリウムイオン源添加量及び種類の決定工程(S104)]
本工程では、制御部40は、測定されたナトリウム添加濃度及び反応pHをROM上に記憶された等高線図(
図5参照)に当てはめ、領域Aの反応pH及びナトリウム添加濃度の値にするために必要なナトリウムイオン源の種類と、その添加量とをRAMに展開されたプログラムに従って決定し、ナトリウムイオン源添加手段31へと信号を送り、S101に移行する(以上、ナトリウムイオン源添加量及び種類の決定工程(S104))。
【0085】
再び移行した先のS101では、制御部40の信号に従い、ナトリウムイオン源添加手段31は、決定された種類のナトリウムイオン源に対応する貯槽の開閉弁または定量ポンプを一定時間開くまたは稼働させることでそのナトリウムイオン源を決定された量だけ調整槽14に添加する。
【0086】
以降、蒸留排水2の処理が完了するまで、S101〜S104が繰り返される。
【0087】
したがって、本実施の形態に係る蒸留排水処理方法及び蒸留排水処理装置30によれば、嫌気槽32内の反応pH及び調整槽14内のナトリウム添加濃度とに基づき、制御部40はナトリウムイオン源添加手段31が添加するナトリウムイオン源の種類を緩衝能力の高いもの及び低いものの中から選択し、且つその添加量を変動する制御を行う。
【0088】
これにより、嫌気性処理の長期的な活性の維持に必要なナトリウムイオン源3の添加のフィードバック制御を行うことのみで、嫌気槽12内の反応pH及びナトリウムイオン添加濃度という嫌気性処理活性に共に関わり合いながら影響する双方のパラメータを共に嫌気性処理の活性を高める方向に同時に移行させることができる。
【0089】
なお、上記実施の形態においては、ナトリウムイオン源3の種類とその添加量をフィードバック制御することとなっているが、フィードバック制御の対象がナトリウムイオン源3だけでなく、pH調整剤を含んでいてもよい。これによれば、測定された反応pH及びナトリウム添加濃度に基づき、反応pHの増減調節を行うことが可能となる。また、反応pHのより細やかな調節が可能となる。
【0090】
フィードバック制御においては、反応pHが7.4以上場合、ナトリウム添加濃度のみを上昇させることが好ましい。逆に、反応pHが7.4未満の場合にはナトリウム添加濃度と反応pHを上昇させる調節を行うことが好ましい。
【0091】
また、上記のナトリウムイオン源3を添加するための制御方法において、ナトリウムイオンの濃度を測定する手段を省略し、一定量を添加することとし、発酵槽のpH測定手段より得られた情報を基に、添加するナトリウムイオン源3の種類及び量並びにpH調整剤を選択することとしても良い。すなわち、ナトリウム添加濃度は、調整槽14内の液量と、ナトリウムイオン源3の添加量とから算出することとしてもよい。
【0092】
さらに、上記実施の形態においては、ナトリウムイオン源3は調整槽14に添加されているが、内部循環ライン32aに添加されてもよく、また、汚泥6の返送ライン(汚泥返送ライン33)に添加されてもよい。
【実施例】
【0093】
以下、本発明を実施例により説明する。
【0094】
1.蒸留排水の長期間の嫌気性処理に与えるナトリウム添加の影響の確認
[実施例1]
本実施例に用いた蒸留排水処理装置50を
図7に示す。蒸留排水処理装置50は、上記第2実施の形態に係る蒸留排水処理装置から、制御部40、pH測定手段36及びナトリウムイオン測定手段38を取り除いたものである。すなわち、蒸留排水処理装置50においては、嫌気槽32中の反応pHとナトリウムの添加濃度とのフィードバック制御は行われない。
【0095】
本実施例では、蒸留処理後のドレン廃水であるアルコール製造排水(COD
cr=6,000mg/L)を原水として使用し、蒸留排水処理装置50で連続処理した。
【0096】
容量3Lの調整槽14において、アルコール製造排水にFe
2+を20mg/L、Co
2+を0.3mg/L、Ni
2+を0.3mg/Lとなるように添加し、窒素及びリンを投入する処理対象物のCOD
crに対して質量比(N,Pについては、原子量で換算)でCOD
cr:N:P=350:5:1となるように適宜添加し、槽内液をパドルにて撹拌した。さらに、NaClをNa
+濃度が10mMとなるように添加した。
【0097】
嫌気槽32は容量7LのEGSB方式の嫌気槽を使用した。ジャガイモ澱粉工場の排水処理設備より採取したグラニュール汚泥を種汚泥として3.5L充填した。調整槽14で調整された原水を供給配管を介して嫌気槽32に供給し、上向流の流速を3m/時に調節した。
【0098】
嫌気槽32の温度調節は、温水ジャケットを含む温度制御手段(図示せず)により35℃に設定し、硫酸、炭酸塩またはリン酸塩を添加しpHを7.2に維持した。なお、pHの測定は、嫌気槽32中の反応液をビーカーにサンプリングし、この反応液を静止させた状態でpH電極による測定を行った。
【0099】
連続処理において、運転開始から徐々に嫌気槽32のCOD
cr容積負荷を上昇させ、嫌気槽32から発生するバイオガス量を140日間に亘ってモニタリングした。バイオガス発生量は、嫌気槽32上部から排出されるバイオガスを捕集し、バイオガス体積を測定することにより求めた。
【0100】
なお、嫌気槽32のCOD
cr容積負荷の条件は、1〜10日目まで2kg−COD
cr/m
3/日、11〜20日目まで4kg−COD
cr/m
3/日、21〜30日目まで7kg−COD
cr/m
3/日、31〜40日目まで10kg−COD
cr/m
3/日、及び41〜140日目まで15kg−COD
cr/m
3/日とした。
【0101】
[実施例2]
原水をアルコール製造排水から製紙工場排水(COD
cr=8,000mg/L)に変更したことを除き、実施例1と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングした。なお、製紙工場排水も蒸留処理後のドレン廃水である。
【0102】
[比較例1〜2]
調整槽14にNaClを添加しなかったこと以外は実施例1と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例1とした。
【0103】
同じく、調整槽14にNaClを添加しなかったこと以外は実施例2と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例2とした。
【0104】
実施例1〜2及び比較例1〜2の結果を
図8に示す。
図8は、実施例1〜2及び比較例1〜2のバイオガス発生量の経時的な変化を示す図である。なお、バイオガス発生量は、それぞれの試験において投入された原料のCOD
cr値から予想される一日当たりのバイオガス発生量を100%とした時の相対値で示したものである。図示のように、原水がアルコール製造排水及び製紙工場排水である場合であって、ともにナトリウムイオン源が添加されない場合、長期間連続して嫌気処理を行われるとバイオガスの発生が停止した(比較例1〜2参照)。一方、ナトリウムイオン源が添加されると、原水がアルコール製造排水及び製紙工場排水である場合、ともに140日経過後であっても良好なバイオガスの発生が観察された(実施例1〜2参照)。
【0105】
すなわち、蒸留排水の嫌気性処理において、ナトリウムイオン源を添加することで嫌気性処理の活性を長期間維持できることが明らかとなった。
【0106】
2.原水が澱粉製造排水である場合
[比較例3〜6]
原水をアルコール製造排水から澱粉工場で排出される澱粉製造排水に変更したこと及び調整槽14にNaClを添加しなかったこと以外は実施例1と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例3とした。なお、澱粉製造排水としては、工場から排出される原水を水道水で5倍に希釈した液(COD
cr=6,000mg/L、以下同じ。)を試験に供した。
【0107】
また、原水をアルコール製造排水から澱粉工場で排出される澱粉製造排水に変更したこと以外は実施例1と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例4とした。
【0108】
さらに、原水をアルコール製造排水から食品工場で排出される炭水化物系排水に変更したこと及び調整槽14にNaClを添加しなかったこと以外は実施例1と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例5とした。なお、炭水化物系排水としては、タンパク質を含み、COD
cr=5,000mg/Lである排水(以下同じ)を試験に供した。
【0109】
また、原水をアルコール製造排水から食品工場で排出される炭水化物系排水に変更したこと以外は実施例1と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例6とした。
【0110】
比較例3〜6の結果を
図9に示す。
図9は、比較例3〜6のバイオガス発生量の経時的な変化を示す図である。図示のように、原水を蒸留排水ではなく澱粉製造排水や炭水化物系排水とした場合には、ナトリウムイオン源の添加の有無にかかわらず、長期間嫌気性処理を行った場合に嫌気性処理の活性が急激に低下するという現象は観察されず(比較例3〜6参照)、ナトリウムイオン源の添加を必要とせず長期間の安定処理が可能であった。
【0111】
3.蒸留排水のCOD
crの影響の検討
[実施例3、比較例7]
製紙工場排水を水道水で5倍希釈したものを原水として試験に供したことを除き、実施例2と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを実施例3とした。
【0112】
また、製紙工場排水を水道水で5倍希釈したものを原水としたこと及び調整槽14にNaClを添加しなかったこと以外は実施例2と同一の条件で連続処理試験を行い、嫌気槽32から発生したバイオガス量をモニタリングしたものを比較例3とした。
【0113】
実施例3及び比較例7の結果を
図10に示す。
図10は、実施例3及び比較例7のバイオガス発生量の経時的な変化を示す図である。図示のように、希釈により蒸留排水のCOD
crを低下させた場合であっても、ナトリウムイオン源を添加しなかった場合には嫌気性処理を長期間安定的に継続することはできなかった(比較例7参照)。
【0114】
一方、希釈により蒸留排水のCOD
crを低下させ、ナトリウムイオン源を添加した場合には、長期間安定的に嫌気性処理を継続することができた(実施例3参照)。
【0115】
すなわち、澱粉製造排水等とは異なり、蒸留後のドレン廃水の嫌気性処理においては、長期間の安定的な処理にナトリウムイオン源の添加が必須であることが示された。
【0116】
4.pH条件とナトリウム添加濃度が嫌気性処理の活性に与える影響
[実施例4]
原水として製紙工場の蒸解工程で排出されるドレン廃水を用い、実施例2の連続試験で製紙工場排水を用いて馴致された汚泥をバッチ式の嫌気槽に投入し、嫌気性処理の回分試験を行った。
【0117】
まず、馴致汚泥約40mlを50ml容の遠心管に入れ、2,000rpm×2minの遠心分離処理を行った。上澄液を捨て、塩化マグネシウム及び塩化カルシウムをそれぞれ0.5mM及び0.1mMの濃度で添加した原水で50mLにメスアップし、2,000rpm×2minの遠心分離処理を行い、汚泥を洗浄した。この汚泥の洗浄操作を2回繰り返した後、沈殿した汚泥を原水で希釈して懸濁させた。
【0118】
500mLのガラスバイアルに原水46mL、塩化マグネシウム及び塩化カルシウムをそれぞれ0.5mM及び0.1mMの濃度で添加し、さらに塩化第一鉄、塩化コバルト、塩化ニッケル、塩化アンモニウム、及び炭酸水素カリウムをそれぞれ0.1mM、1μM、0.5μM、4.7mM、及び5mMの濃度で添加した後、洗浄処理を施した上記懸濁汚泥をSS濃度で150〜300mg/Lとなるように添加した(なお、SSとは懸濁物質の意味で、水の濁りを示す指標の1つであり、SS濃度とは、水に含まれる粒子を孔径1μmのガラス繊維ろ紙またはMF膜ろ紙でろ過し、その粒子の乾物重量(mg/L)で表すものである。)。
【0119】
上記の操作を繰り返し、無機塩、原水及び汚泥を混合したガラスバイアルを80本準備した。これらに対して、グッドバッファーを用いてバイアル内の反応液のpHを5.8、6.1(MES)、6.7(Bis−Tris)、7.0(MOPS)、7.4、7.8(HEPES)、8.0、8.4(Bicine)、8.6、9.0(CHES)の10段階に調整したものを各8本ずつ準備し、それぞれのpH段階において、NaClの添加濃度を0.05mM、0.3mM、1mM、4mM、10mM、20mM、60mM及び100mMとした検体(合計80検体)を調整した。
【0120】
pH条件及びNaCl添加濃度の調整後、ガラスバイアル内の反応液を良く撹拌し、さらにリン酸水素カリウムを1mMの濃度で添加し、且つメタノールをCOD
cr=5,000mg/Lとなるように添加した。ガラスバイアルの気相部分を約30秒間窒素ガスパージによりガス置換した後に密封し、10日間35℃で培養し、ガス発生のモニタリングを行った。
【0121】
ガス発生のモニタリングは、培養後のガラスバイアル中の生成バイオガスをテフロン(登録商標)バッグに回収してガス発生量を計測し、各検体におけるガス発生初期速度を評価することにより行った。
【0122】
各pH条件及びNaCl添加濃度条件下におけるガス発生初期速度を表1に示す。
【0123】
【表1】
【0124】
また、
図11は、各培地pHとバイオガス発生速度との関係を示す図である。本図では、ナトリウム添加濃度0.3mM、1mM、4mM及び10mMの各検体において、それぞれ培地pHを5.8−9.0とした検体のプロットをつないでグラフとした。表1及び
図11に示すように、pHに着目すると、初期pH5.8以上pH8.4未満の間でバイオガス発生の活性が認められ、初期pHが7.8以上8.0以下の範囲にバイオガス発生の活性のピークが認められた。また、初期pHが8.4になるとほとんどのサンプルでバイオガスの発生の活性がほとんど見られないレベルにまで低下した。
【0125】
ナトリウムの添加濃度に着目すると、pH範囲にもよるもののおおむね0.05mM以上100mM以下の範囲でバイオガス発生の活性が認められ、10mM以上20mM以下の範囲にバイオガス発生の活性のピークの存在が認められた。また、ナトリウムの添加濃度が60mMを超えて100mMとなる間にバイオガス発生の活性は低下しており、ナトリウムの添加による活性阻害が生じ始めているものと考えられる。
【0126】
なお、両者がガス発生初期速度に与える影響は、それぞれ独立しているものではなく相互に関わり合ったものであると予想される。すなわち、たとえ初期pHが8.0と最も好ましい範囲にあっても、ナトリウム添加濃度が100mMであればバイオガス発生の活性は大きく低下する。逆に、ナトリウム添加濃度が10mMと最も好ましい範囲にあっても、初期pHが8.4であるとバイオガス発生の活性は0に近い値となる。また、同じpHであれば、ナトリウム添加濃度が10mM以上20mM以下の範囲にあるサンプルの方が当該範囲外にナトリウム添加濃度を有するサンプルよりもバイオガス発生の活性が高くなる。
【0127】
逆に、同じナトリウム添加濃度であれば、初期pHが7.8以上8.0以下の範囲にあるサンプルの方が当該範囲外に初期pHを有するサンプルよりもバイオガス発生の活性は高い。
【0128】
図12は、実施例4のうち
図11で使用した検体のデータを用い、Y軸をナトリウム添加濃度(対数軸)、X軸をpHとし、ガス発生初期速度の最大値を50mL/g・hとしてこの値を100%とし、この最大値に対する相対値が80%、60%、40%及び20%のプロットのみを残し、同じ相対値を有するプロット群の上に直線を引いて示した図である。
【0129】
この図は、上記第2実施の形態の
図5に対応するものであり、
図5が模式図であるのに対し、本図では具体的な数値から作成しているという違いがある。
【0130】
当該
図12において、プロット群の上に引いた直線同士がほぼ平行な位置関係にあることが見出されたことから、本結果を基にしたナトリウムイオン源の添加によるメタン発酵の活性を制御する方法は、確実性の高い制御が可能であることが予想される。
【0131】
したがって、
図12のデータを上記第2実施の形態の制御部40のROM等に記憶させておくことで、測定された嫌気槽の反応pH及び調整槽中の蒸留排水のナトリウム添加濃度に基づき、添加されるべきナトリウムイオン源の種類及びその量のフィードバック調節が可能となる。
【0132】
なお、本実施例で使用した馴致汚泥について、16SリボゾーマルRNAの遺伝子解析を行った結果、製紙工場のドレン排水の嫌気処理を担うメタン生成菌はMethanomethylovorans属の微生物であることを確認した。
【0133】
5.蒸留排水中のCOD
crの影響の確認
[実施例5]
実施例4と同様に、原水として製紙工場の蒸解工程で排出されるドレン廃水を用い、実施例2の連続試験で製紙工場排水を用いて馴致された汚泥をバッチ式の嫌気槽に投入し、嫌気性処理の回分試験を行った。
【0134】
本実施例では、ドレン廃水に対してメタノールを、COD
crで3,000、5,000、10,000、及び20,000mg/Lの濃度となるよう添加し、原水として用いた。
【0135】
原水のpHは塩酸を用いて6.7に調整し、NaClの添加濃度を0.05mM、0.3mM、1mM、4mM、10mM、20mM、60mM及び100mMとした試験系を調整した。すなわち、実施例5において、用意したガラスバイアルの数は4×8×1=32本である。
【0136】
結果を、
図13に示す。
図13は、ナトリウム添加濃度の変動及び原水のCOD
crの変動が、バイオガス発生初期速度に与える影響を示す図である。これによれば、COD
crが3,000〜20,000mg/Lの全ての範囲でバイオガスの発生が観察された。このことは、処理負荷にかかわらず、バイオガスの発生の活性がナトリウム添加条件下で活性化されたことを示す。さらに、COD
crが3,000以上5,000以下の範囲において、特に高いバイオガスの発生の活性が確認された。