特許第6796986号(P6796986)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6796986フラックス入りワイヤ、及びガスシールドアーク溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6796986
(24)【登録日】2020年11月19日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ、及びガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20201130BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20201130BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20201130BHJP
   C22C 38/04 20060101ALN20201130BHJP
【FI】
   B23K35/368 B
   B23K35/30 320A
   B23K35/30 A
   !C22C38/00 301A
   !C22C38/04
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-199446(P2016-199446)
(22)【出願日】2016年10月7日
(65)【公開番号】特開2018-58104(P2018-58104A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2018年12月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊地 和幸
(72)【発明者】
【氏名】末永 和之
【審査官】 川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−184481(JP,A)
【文献】 特開平02−099297(JP,A)
【文献】 特開2013−018031(JP,A)
【文献】 特開2013−226578(JP,A)
【文献】 特開2008−119720(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00−35/40
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮内にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量あたり、質量%で、
TiO:1.5〜4.5%、
SiO:0.10〜1.5%、
金属Si:0.10〜1.5%、
ZrO:0.10〜1.0%、
金属Al:0.01〜1.0%、
NaF:0.01〜0.60%、
Bi:0.001〜0.040%、
S:0.030%以下
金属Mn:1.0〜3.5%
を含有するとともに、下記関係を満足することを特徴とする、フラックス入りワイヤ。
[Al]/[NaF]×10:5〜80
【請求項2】
ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにFeOを1.0%以下含有することを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにAlを1.0%以下含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにNaOを0.50%以下含有することを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにMnOを0.50%以下含有することを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにKOを0.50%以下含有することを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項7】
ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにBを0.02%以下含有することを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項8】
請求項1〜のいずれか1項に記載の隅肉溶接用のフラックス入りワイヤ。
【請求項9】
請求項1〜のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤと、シールドガスとして二酸化炭素ガスとを用いることを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス入りワイヤ、及びガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接用のチタニア系フラックス入りワイヤは、高能率及び優れた作業性を有することから、造船分野や橋梁分野などに中心に広く使用されている。例えば、特許文献1には、ワイヤ全重量に対して、TiO:1.0乃至3.0重量%、Al:0.10乃至0.30重量%、KO:0.02乃至0.2重量%、Si:0.40乃至1.10重量%、Mn:1.5乃至3.0重量%、Fe:5.0乃至10重量%並びにFeO及びFeからなる群から選択された少なくとも1種の酸化鉄を含有し、([TiO]+[Al])/[KO]によって表される値が10乃至66であり、[Al]/[FeO+Fe]で表される値が0.3乃至1.2であるフラックス入りワイヤが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−71095号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に示すフラックス入りワイヤは立向下進用のものであって、当該フラックス入りワイヤを隅肉溶接用途に使用した場合には、アークが不安定となって、ビード形状やスラグ剥離性が良好ではないという問題があった。
【0005】
本発明は、ガスシールドアーク溶接、特に隅肉溶接用途において、アーク安定性に優れ、ビード形状及びスラグ剥離性が良好なフラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らはチタニア系のフラックス入りワイヤについて鋭意検討した結果、NaFとAlとがアーク安定性に寄与することを確認し、さらにNaFとAlとを規定の範囲内にすることでアーク安定性をより向上できることを見出した。本発明は、この知見に基づいてなされたものである。
【0007】
すなわち、本発明は、鋼製外皮内にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量あたり、質量%で、
TiO:1.5〜4.5%、
SiO:0.10〜1.5%、
金属Si:0.10〜1.5%、
ZrO:0.10〜1.0%、
金属Al:0.01〜1.0%、
NaF:0.01〜0.60%、
Bi:0.001〜0.040%、
S:0.030%以下
を含有するとともに、下記関係を満足することを特徴とする、フラックス入りワイヤに関するものである。
[Al]/[NaF]×10:5〜80
【0008】
また、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらに金属Mnを1.0〜3.5%含有してもよい。
【0009】
さらに、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、FeOを1.0%以下含有してもよい。
【0010】
また、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、Alを1.0%以下含有してもよい。
【0011】
さらに、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、NaOを0.50%以下含有してもよい。
【0012】
また、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、MnOを0.50%以下含有してもよい。
【0013】
さらに、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、KOを0.50%以下含有してもよい。
【0014】
また、ワイヤ全質量あたり、質量%で、Bを0.04%以下含有してもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ガスシールドアーク溶接、特に隅肉溶接用途において、アーク安定性に優れ、ビード形状及びスラグ剥離性が良好なフラックス入りワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、以下において、特段の定めがない場合、「%」は質量%を意味する。
【0017】
本実施形態のフラックス入りワイヤは、鋼製の外皮にフラックスが充填されたものであり、その外径は、例えば0.9〜2.0mmである。
【0018】
また、本実施形態のフラックス入りワイヤは、Feを主成分とし、ワイヤ全質量あたり、質量%で、
TiO:1.5〜4.5%、
SiO:0.10〜1.5%、
金属Si:0.10〜1.5%、
ZrO:0.10〜1.0%、
金属Al:0.01〜1.0%、
NaF:0.01〜0.60%、
Bi:0.001〜0.040%、
S:0.030%以下
を含有するとともに、下記関係を満足する。
[Al]/[NaF]×10:5〜80
【0019】
また、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、金属Mnを1.0〜3.5%含有してもよい。
【0020】
さらに、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、FeOを1.0%以下含有してもよい。
【0021】
また、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、Alを1.0%以下含有してもよい。
【0022】
さらに、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、NaOを0.50%以下含有してもよい。
【0023】
また、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、MnOを0.50%以下含有してもよい。
【0024】
さらに、好ましくは、ワイヤ全質量あたり、質量%で、KOを0.50%以下含有してもよい。
【0025】
また、ワイヤ全質量あたり、質量%で、さらにBを0.04%以下含有してもよい。
【0026】
以下に、本実施形態のフラックス入りワイヤに含有される各成分の数値限定理由について説明する。
【0027】
[TiO:1.5〜4.5%]
フラックスとして使用されるTiOはアークの安定性を向上させ、ビード表面を均一に被覆してビードの外観を向上させる作用を有する。TiO含有量が1.5%未満であると、スラグ量が不足となり、スラグの被包性が悪化するため、ビードの外観が悪化する。一方、TiO含有量が4.5%を超えると、アーク安定性は向上するが、スラグ量が増加するためスラグ形成厚さが過剰となり、耐気孔性が劣化し、ビード形状が劣化する。よって、TiOの含有量は、1.5〜4.5%とする。
【0028】
TiOの含有量は、2.0%以上であることが好ましく、より好ましくは2.5%以上である。また、TiOの含有量は、4.0%以下であることが好ましく、より好ましくは3.5%以下である。
【0029】
[SiO:0.10〜1.5%]
SiOは、溶融池の粘性を上げる効果があり、ビード形状を良好にする。SiOの含有量が0.10%未満の場合、溶融池の粘性が下がる一方で、溶融スラグの流動性が低下するため、ビード形状が不安定になる。また、SiOの含有量が1.5%を超える場合、溶接金属のじん性が劣化する。よって、SiOの含有量は、0.10〜1.5%である。
【0030】
SiOの含有量は、0.5%以上であることが好ましく、より好ましくは0.7%以上である。また、SiOの含有量は、1.3%以下であることが好ましく、より好ましくは1.1%以下である。
【0031】
[金属Si:0.10〜1.5%]
金属Siは脱酸を促進させるとともに、ビードのなじみ性を向上させる作用を有する。金属Siの含有量が0.10%未満であると、脱酸不足により気孔が発生し、ビードのなじみ性が悪化する。一方、金属Siの含有量が1.5%を超えると、粒界フェライト析出が促進され、溶接金属のじん性が劣化する。したがって、金属Si含有量は0.10〜1.5%である。
【0032】
なお、ここで、金属Siとは、Si単体及び合金中のSiを含む概念であって、酸化物Si等の非金属化合物Siを排除するものである。例えば、金属Siは、Si単体や、Fe−Si、Fe−Si−Mn等のSi合金から添加されるものである。
【0033】
金属Siの含有量は、0.40%以上であることが好ましく、より好ましくは0.60%以上である。また、金属Siの含有量は、1.3%以下であることが好ましく、より好ましくは1.1%以下である。
【0034】
[ZrO:0.10〜1.0%]
ZrOは、ビードのなじみ性を向上させる効果がある。ZrOの含有量が0.10%未満の場合、なじみ性向上の効果が不足し、ビード形状が劣化する。また、ZrOの含有量が1.0%を超えると、スラグの凝固温度が高くなるとともに、スラグの粘度も高くなるため、溶接金属中のガスが大気に放出されずにスラグに閉じ込められ、耐気孔性が劣化し、ビード形状が劣化する。よって、ZrOの含有量は、0.10〜1.0%である。
【0035】
ZrOの含有量は、0.30%以上であることが好ましい。より好ましくは0.40%以上である。また、ZrOの含有量は、0.70%以下であることが好ましい。より好ましくは0.60%以下である。
【0036】
[金属Al:0.01〜1.0%]
金属Alは、強力な脱酸元素であり、酸素と親和力のある溶接金属成分の歩留りを向上させることで機械的性質を向上させる役割がある。また、金属Alは、アークの溶滴移行を安定させる効果もある。金属Alの含有量が0.01%未満であると、酸素と親和力のある溶接金属成分の歩留りが低く、脱窒効果も不十分であり、じん性が十分に得られない。また、アークの溶滴移行が不安定となる。Alの含有量が1.0%を超えると、溶接金属成分の歩留りが過大となりじん性が劣化したり、スラグ凝固点が高くなり、耐気孔性が劣化したりする。また、アークの溶滴移行が不安定となる。よって、金属Alの含有量は、ワイヤ全質量あたり0.01%以上1.0%以下とする。
【0037】
なお、金属Alとは、Al単体及び合金中のAlを含む概念であって、酸化物Al等の非金属化合物Alを排除する概念である。例えば、金属Alは、Al単体や、Fe−Al、Al−Mgなどから添加されるものである。
【0038】
金属Alの含有量は、0.3%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.4%以上である。また、スラグの凝固点の観点からは、金属Alの含有量は、0.7%以下であることが好ましく、より好ましくは0.6%以下である。
【0039】
[NaF:0.01〜0.60%]
NaFには、アークを安定させる効果がある。NaFは、溶融スラグの粘性と融点とを下げる効果もあり、溶接時に発生したガスを、溶融スラグを通過させて、大気に放出するために有効な元素である。NaFの含有量が0.01%未満であると、アークが不安定となる。また、NaF含有量が0.60%を超えると、アークの溶滴移行が不安定となり、アークが不安定となる。よって、NaFの含有量は、0.01〜0.60%とする。NaFの含有量は、0.04%以上が好ましく、より好ましくは0.07%以上である。また、NaFの含有量は、0.30%以下が好ましく、より好ましくは0.20%以下である。さらに好ましくは、0.15%以下である。
【0040】
[Bi:0.001〜0.040%]
Biは、スラグ剥離性を向上させる効果に加えて、溶融池の粘度調整にも効果的な元素である。さらに、Biには、溶接時に発生したガスの放出を促進する効果もある。Biの含有量が0.001%未満の場合、スラグ剥離性が劣化する。また、Biの含有量が0.040%を超えると、溶接金属のじん性が低下する。よって、Biの含有量は、0.001〜0.040%とする。Biの含有量は、0.010%以上が好ましく、より好ましくは0.015%以上である。また、溶接金属のじん性確保の観点からは、Biの含有量は、0.030%以下にすることが好ましく、0.025%以下とすることがより好ましい。
【0041】
[S:0.030%以下]
Sは、溶融池の粘性及び表面張力の調整に寄与する元素である。しかしながら、S含有量が0.030%を超えると、溶接金属のじん性が低下する。よって、S含有量は0.030%以下とする。
【0042】
S含有量の下限は特にないが、0.001%以上であることが実際的である。S含有量は、耐気孔性の観点から、0.008%以上であることが好ましく、0.010%よりも多いことがより好ましい。一方、溶接金属のじん性確保の観点からは、S含有量は、0.025%以下にすることが好ましい。
【0043】
[[Al]/[NaF]×10:5〜80]
金属AlとNaFとは、アーク安定性に寄与する。本発明者らは鋭意検討の結果、金属AlとNaFとの間の相互作用を見出し、これら金属Al及びNaFの量、及び金属Al/NaFの比を所定の範囲に規定することによって、アーク安定性をより向上できることを見出した。すなわち、本実施形態では、[Al]/[NaF]×10:5〜80を満たす範囲に金属AlとNaFとを規定している。なお、[Al]/[NaF]×10は、好ましくは10以上、さらに好ましくは20以上である。また、好ましくは、60以下、さらに好ましくは50以下である。
【0044】
[金属Mn:1.0〜3.5%]
金属Mnは、必須の成分ではないが、溶接金属の脱酸を促進するとともに、溶接金属のじん性及び強度を高める効果も有している。金属Mnの含有量が1.0%以上3.5%以下の範囲であると、溶接金属の強度及びじん性が良好となる。金属Mn含有量は、溶接金属の強度及びじん性向上の観点から、1.5%以上であることがより好ましく、また、溶接金属の強度とじん性のバランスとの観点から、3.0%以下であることがより好ましい。
【0045】
なお、ここで、金属Mnとは、Mn単体及び合金中のMnを含む概念であって、酸化物Mn等の非金属化合物Mnを排除するものである。例えば、金属Mnは、Mn単体や、Mn−Si、Fe−Si−Mn等の合金から添加されるものである。
【0046】
[FeO:1.0%以下]
FeOは、必須の成分ではないが、ビード形状を良好にする作用を有する。FeO含有量は、1.0%以下が好ましく、0.70%以下であることがより好ましい。
【0047】
[Al:1.0%以下]
Alは、必須の成分ではないが、ビード形状を良好にする作用を有する。Alの含有量は、1.0%以下とすることが好ましく、0.50%以下とすることがより好ましい。
【0048】
[NaO:0.50%以下]
NaOは、必須の成分ではないが、アークを安定させる効果がある。また、NaOは、溶融スラグの粘性と融点とを下げる効果もあり、溶接時に発生したガスを、溶融スラグを通過させて、大気に放出するために有効な元素である。NaOの含有量は、0.50%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0049】
[MnO:0.50%以下]
MnOは、必須の成分ではないが、ビード形状を良好にする作用を有する。MnOは0.50%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0050】
[KO:0.50%以下]
Oも、NaOと同様に、必須の成分ではないが、アークを安定させる効果と溶融スラグの粘性及び融点を下げる効果とがある。したがって、KOは、0.50%以下とすることが好ましく、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0051】
[B:0.04%以下]
は、必須の成分ではないが、スラグ形成剤として作用し、一部は溶接金属中に留まり、溶接金属のじん性を向上させる。したがって、Bは0.04%以下とすることが好ましく、0.02%以下とすることがより好ましい。
【0052】
[Mg及びMg化合物(Mg換算値):0.05%未満]
Mg及びMg化合物は、必須の成分ではないが、その総含有量が0.05%以上の場合、スラグの凝固点が高くなり、吸湿性が増大して溶接金属の拡散水素量を増大させ、低温割れを発生しやすくしてしまう場合がある。よって、Mg及びMg化合物の総含有量は、Mg換算で、0.05%未満とすることが好ましい。
【0053】
[C:0.02〜0.10%]
Cは、必須の成分ではないが、溶接金属の強度を向上させる効果を有する。しかし、C含有量が0.02%以上の場合、溶接金属の強度及びじん性を向上させることができる。一方、C含有量が0.10%以下の場合、アークの集中を抑え、アンダカットの発生を抑制できる。よって、C含有量は0.02〜0.10%とする。C含有量は、溶接金属の強度及びじん性向上の観点から、0.03%以上であることが好ましく、また、アンダカットの抑制の観点から、0.08%以下であることが好ましい。
【0054】
[残部]
本実施形態のフラックス入りワイヤの成分組成における残部は、Fe、並びにNi、Mo、Cu、Cr、Ca、Nb、V、Li、P、Sb、As等の不可避的不純物である。
【0055】
[製造方法]
本実施形態のフラックス入りワイヤを製造する際は、先ず、鋼製外皮内にフラックスを充填する。その際、外皮には、伸線加工性が良好な軟鋼や低合金鋼を使用することが好ましい。また、フラックスの組成及び充填率は、ワイヤ全体の組成が前述した範囲になるよう外皮の組成や厚さなどに応じて適宜調整することができる。なお、ワイヤの伸線性及び溶接時の作業性(送給性など)の観点からは、フラックスの充填率は、ワイヤ全質量の10〜20%とすることが好ましい。
【0056】
次に、外皮内にフラックスが充填されたワイヤを、孔ダイスやローラダイスを用いて伸線することにより縮径し、例えば外径が0.9〜2.0mmのフラックス入りワイヤを得る。
【0057】
以上詳述したように、本実施形態のフラックス入りワイヤは、上述した成分組成に加えて、[Al]/[NaF]×10の範囲を規定しているため、アーク安定性及びスラグ剥離性を良好にすることができる。特に、このフラックス入りワイヤは、ガスシールドアーク溶接の隅肉溶接用途において、アーク安定性に優れ、ビード形状及びスラグ剥離性が良好である。
【0058】
[ガスシールドアーク溶接]
本実施形態のガスシールドアーク溶接は、上述したフラックス入りワイヤを用い、シールドガスとして、100%COガスや、COガスに対してアルゴンやヘリウムを混合したガス、あるいはアルゴン+O等のガスを用いて行う。
【実施例】
【0059】
以下、本発明に係る実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。本実施例においては、軟鋼からなる管状の外皮(直径1.2mm)にフラックスを充填し、No.1〜19、22、26及び30〜51のフラックス入りワイヤを作製した。このとき、フラックスの充填率は、ワイヤ全質量あたり、10〜20%の範囲になるようにした。
【0060】
次に、No.1〜19、22、26及び30〜51の各フラックス入りワイヤを使用して、下記表に示す組成の母材に対して、ガスシールドアーク溶接を行った。また、シールドガスとしては、CO(100%)を使用した。なお、溶接条件を表に示す。
【0061】
そして、No.1〜19、22、26及び30〜51の各フラックス入りワイヤを使用したガスアーク溶接について、以下に示す方法で、アーク安定性、ビード形状、スラグ剥離性、吸湿特性及びじん性の評価を行った。結果を表及びに示す。
【0062】
<アーク安定性>
アーク安定性については、上述したガスシールドアーク溶接で、水平すみ肉の姿勢の溶接を実施し、その際のアーク状態を評価した。アーク安定性が良好なものを「○」、アーク安定性が不安定なものを「×」と判断した。
【0063】
<ビード形状>
ビード形状の評価は、溶接後に形成した各溶接部を観察し、視覚的に評価した。溶接部のビード形状が平滑で良好であったものを「○」、凸形状や垂れた形状等のような不良であったものを「×」と評価した。
【0064】
<スラグ剥離性>
スラグ剥離性の評価は、溶接後の溶接ビード上全体にスラグがかぶっており、非常に除去しやすいものを「○」、溶接ビード上全体にスラグがかぶっていない、もしくはスラグを除去しにくいというものを「×」と評価した。
【0065】
<吸湿特性>
吸湿特性の評価は、ワイヤを110℃にて1時間乾燥させた後、気温:30℃、相対湿度:80%の雰囲気で96時間保持(吸湿処理)した後の吸湿水分量を、750℃のAr雰囲気にて、JIS K 0068に準拠したカールフィッシャー法(KF法)により測定した。吸湿後分量が500ppm未満の場合を「○」、500ppm以上の場合を「×」と評価した。
【0066】
<じん性>
溶着金属の機械的特性は、JIS Z 3111に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠した衝撃試験により評価した。その際、溶接条件は、溶接電流を270A〜290A(極性:DC−EP)、パス間温度を150℃±10℃とした。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
【表3】
【0071】
【表4】
【0072】
No.1〜19のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、これら各フラックス入りワイヤの組成が、本発明の要件を満足し、さらに金属Mnを含有するものであるため、アーク安定性が良好であり、溶接部のビード形状が平滑であることが分かる。また、溶接ビード上のスラグも剥離し易いものであるとともに、吸湿特性にも優れ、溶接金属の衝撃試験も47J以上の値を示し、じん性にも優れることが分かる。
【0073】
さらに、No.22及び26のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、上述したNo.1〜19に示すフラックス入りワイヤにおいて、FeO、Al、NaO、MnO、KO及びBが含有されているために、さらにアーク安定性及びビード形状が平滑となり、じん性も向上することが分かる
【0074】
一方、No.30及び31のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、TiOの含有量が本発明の範囲を外れているので、ビード形状が不良であり、劣化していることが分かる。
【0075】
No.32のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、SiOの含有量が本発明の範囲を超えているので、衝撃試験の値が40(J)と低い値を示し、じん性が劣化していることが分かる。
【0076】
No.33のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、SiOの含有量が本発明の範囲未満であるので、ビード形状が不安定となり、平滑性に劣ることが分かる。
【0077】
No.34のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、金属Siの含有量が本発明の範囲を超えているので、衝撃試験の値が21(J)と低い値を示し、じん性が劣化していることが分かる。
【0078】
No.35のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、金属Siの含有量が本発明の範囲未満であるので、ビードのなじみ性が低下し、ビード形状が劣化することが分かる。
【0079】
No.36及び37のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、ZrOの含有量が本発明の範囲外であるので、ビードのなじみ性の劣化及び溶接金属中のガスがスラグに閉じ込められることにより、ビード形状が劣化することが分かる。
【0080】
No.38及び39のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、金属Alの含有量が本発明の範囲外であるので、アークの液滴移行が不安定となり、アークが不安定となるとともに、衝撃試験の値が低い値を示し、じん性にも劣ることが分かる。
【0081】
No.40及び41のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、NaFの含有量が本発明の範囲外であるので、アークが不安定となることが分かる。
【0082】
No.42のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、Biの含有量が本発明の範囲を超えているので、衝撃試験の値が31(J)と低い値を示し、じん性に劣ることが分かる。
【0083】
No.43のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、
Biの含有量が本発明の範囲未満であるので、スラグ剥離性が劣化していることが分かる。
【0084】
No.44のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、Sの含有量が本発明の範囲を超えているので、衝撃試験の値が15(J)と低い値を示し、じん性に劣ることが分かる。
【0085】
No.45及び46のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接を行った場合は、金属Al/NaFの値が本発明の範囲外であるので、アークが不安定になっていることが分かる。
【0086】
No.47は、NaFに代えて化合物KSiFが含まれている例であるが、アーク安定性が劣ることが分かる。
【0087】
No.48は、Mgの含有量が本発明の範囲を超えているので、吸湿特性が劣化していることが分かる。
【0088】
No.49〜51は、NaFに代えてBaF、LiF、KSiFを用いている例であるが、アーク安定性に劣ることが分かる。
【0089】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として掲示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。