(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
冷間鍛造(転造を含む)は、熱間鍛造に比べて製品の表面肌、及び寸法精度等を良くすることができ、さらに歩留まりも良好であるため、ボルトのような比較的小型の機械部品の製造方法として広く適用されている。冷間鍛造によって機械部品を製造する場合は、素材として例えばJIS G 4051、JIS G 4052、JIS G 4104、JIS G 4105、JIS G 4106等に規定されている中炭素の機械構造用炭素鋼や合金鋼を用い、例えば熱間線材圧延−焼鈍(あるいは球状化焼鈍)−伸線−冷間鍛造−焼入れ・焼戻しのような製造工程を経て最終製品とすることが多い。上記の一般的な製造工程は、冷間鍛造の前に焼鈍、あるいは球状化焼鈍の工程を付加していることが特徴である。冷間鍛造の前に焼鈍、あるいは球状化焼鈍を付加している理由は、中炭素の炭素鋼や合金鋼は、熱間圧延のまま(即ち、熱間圧延後に熱処理を行わずに空冷した場合)では圧延材の硬さが高く、冷間鍛造時の金型の損耗が著しいため製造コストが高くなること、及び熱間圧延のままでは素材の延性が不足するため冷間鍛造時に割れが生じやすくなるため歩留まりが低下する等の製造上の問題があるためである。
【0003】
しかしながら、焼鈍には多大なコストがかかるため、部品の製造コストを低減するために、焼鈍工程の省略を可能とする鋼材の開発が求められてきた。このような要請から、鋼材に微量のBを添加した、いわゆるボルト用のボロン鋼が開発されてきた(例えば、特許文献1、及び特許文献3)。ボロン鋼の特徴は、鋼材の炭素含有量、及びCr、Mo等の合金元素の添加量を低減することによって熱間圧延のままの線材の硬さを低減するとともに延性を向上することによって焼鈍を不要とし、合金元素の添加量の低減による焼入性の低下を、圧延材の硬さを増加しない、微量のBの添加による焼入性の向上効果によって補うことにある。
【0004】
微量B添加による焼入性向上効果を発現させるためには、Bがオーステナイト中で固溶状態にあることが必要である。一方、鋼中に固溶状態の窒素が存在している場合にはBNが生成し、固溶B(鋼中に固溶したB)の量が減少することによってBの持つ焼入性向上効果が失われてしまう。このためボロン鋼においては、Nと強い親和力を持つTiを添加することによって鋼中のNを予めTiNとして固定し、BNの生成を抑制することが一般に行われている。例えば、特許文献4には、Ti/N(質量%比)を4以上とすることによってBNの析出を抑制することが記載されている。原理的には、Ti/Nを3.42以上にすればBNの析出を抑制できる。
【0005】
しかしながら上記のような一般的なボロン鋼は、従来鋼に比べて、焼入れ加熱時に一部のオーステナイト結晶粒が異常粒成長を起こして粗大化する、いわゆる粗大粒が発生しやすくなる。粗大粒が発生した部品では、焼入れ時に発生する熱処理歪が大きくなることによる寸法精度の劣化、並びに衝撃値、疲労強度、及び遅れ破壊特性等の部品の特性の低下が生じる。従って、特に引張強さが800MPa以上の高強度ボルトにおいては、粗大粒発生の防止が実用上の大きな課題である。このような異常粒成長による粗大粒の発生を抑制するためには、オーステナイト結晶粒の粒界をピン止めするために、組織中にピン止め粒子(析出物等)を数多く分散させること、すなわち微細な粒子を多量に分散させることが有効である。
【0006】
ボロン鋼に粗大粒が発生しやすい理由は、以下の2つが主なものである。
【0007】
(1)ボロン鋼を部品材料とする場合、ボロン鋼の冷間鍛造後の焼鈍工程が省略されるので、ボロン鋼は冷間加工組織から直接オーステナイト域に加熱されることになる。この場合、冷間加工の影響によってオーステナイト結晶粒の過度の微細化や結晶粒径の部分的な不均一が生じるので、一部の結晶粒が異常粒成長を起こしやすい状態となる。
【0008】
(2)上述のボロン鋼では、Tiの添加によって鋼中のNがTiNとして固定されるので、従来鋼である炭素鋼や合金鋼においてピン止め粒子として有効に作用しているAlNが生成せず、なおかつTiNはAlNに比べて粗大であるため微細に分散させることができず、粗大粒の防止のために必要なピン止め粒子の数を確保することが困難である。
【0009】
焼鈍工程の省略のためには上記(1)の要因は不可避であるので、(2)の要因の改善のためにボロン鋼においてピン止め粒子の数をいかにして確保するかが粗大粒の発生防止のポイントとされてきた。
【0010】
このような状況から、ボロン鋼の粗大粒の発生を防止するための技術が提案されてきた。例えば、特許文献5及び特許文献6には、ピン止め粒子としてAlNやTiNの代わりに、TiNよりも微細な析出物であるTiC及びTi(CN)を利用することが記載されている。これらの技術では、粗大粒の防止のために必要なピン止め粒子の数を確保するために、焼入れ加熱前且つ熱間圧延後の鋼中に直径が0.2μm以下のTiCとTi(CN)とを総個数にして20個/100μm
2以上分散させることが規定されている。焼入れ加熱前にあらかじめこのような微細な析出物を多量に分散させておくことにより、焼入れ加熱時にこれらの析出物がオーステナイト結晶粒界をピン止めするピン止め粒子として機能する。この技術によって、ボロン鋼において粗大粒の発生を安定的に防止することが可能となるので、この技術が適用された鋼は焼鈍工程を省略できる安価なボルト用鋼材として現在広く使用されている。
【0011】
しかしながら、上記の技術には欠点がある。すなわち、熱間圧延後の組織中に微細なTiCやTi(CN)が多量に分散している場合には、微細な析出物粒子による析出強化によってフェライトの硬さが増加するという副作用があるため、ボロン鋼化による熱間圧延材の軟質化効果が目減りするという問題である。すなわち、微細なTiCやTi(CN)の量を増やした場合、粗大粒の発生は抑制できるが、圧延材の硬さが析出強化によって増加することにより冷間鍛造用金型の寿命が低下する。逆に、微細なTiCやTi(CN)の量を抑制すると、圧延材の硬さは抑制できるが粗大粒が発生する。即ち、微細なTiCやTi(CN)を利用する場合、粗大粒の発生の抑制と、冷間鍛造前の圧延材の硬さの抑制とは、背反の関係にある。したがって、圧延材の軟質化と安定した粗大粒の抑制との両方を完全に達成することは、上記の技術のみでは困難である。
【0012】
特許文献7にも、上記のボロン鋼の粗大粒の発生を防止する技術と同様の技術思想が記載されている。すなわち、Ti、Nb、Al、Nの含有量の関係をある範囲内にすることによって、これらの元素の炭窒化物を鋼中に分散させ、結晶粒の粗大化を防止する技術である。特許文献7にはさらに、Biを0.01%以上添加することによって、切削性を高める効果についても記載されている。しかしながら、特許文献7において、Biの効果としては切削性を高める効果のみ開示されている。Biと、結晶粒の粗大化特性との関係についての記述は全くない。切削性向上効果を目的としてBiが添加されているので、特許文献7においては比較的多量のBiを添加することについてしか検討されていない。この場合、特許文献7に記載されているように、Bi添加による熱間加工性の低下が懸念される。
【0013】
特許文献8には、従来例よりも高温で浸炭を行なった場合でも優れた耐結晶粒粗大化特性を発揮し、且つ軟化焼鈍をせずとも優れた冷間加工性を示す肌焼用鋼を提供することを目的とした肌焼用鋼が開示されている。しかし特許文献8でも、耐結晶粒粗大化特性を確保する手段として微細なTi炭化物及びTi含有複合炭化物等の利用しか提案されていない。特許文献8では、冷間加工性の確保のために熱間圧延温度が極めて低くされており、このため肌焼用鋼の生産性が損なわれている。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施形態に係る鋼について説明する。本実施形態に係る鋼は、以下の特徴を有する。
【0021】
(a)本実施形態に係る鋼は、化学成分が、単位質量%で、C:0.15%〜0.40%、Mn:0.10%〜1.50%、S:0.002〜0.020%、Ti:0.005%〜0.050%、B:0.0005〜0.0050%、Bi:0.0010%〜0.0100%、P:0.020%以下、N:0.0100%以下、Si:0%以上0.30%未満、Cr:0〜1.50%、Al:0〜0.050%、Mo:0〜0.20%、Cu:0〜0.20%、Ni:0〜0.20%、及びNb:0〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる。
(b)上記(a)に記載の鋼は、前記化学成分が、単位質量%で、Si:0.01%以上0.30%未満、Cr:0.01〜1.50%、及びAl:0.001〜0.050%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
(c)上記(a)または(b)に記載の鋼は、前記化学成分が、単位質量%で、Mo:0.02〜0.20%、Cu:0.02〜0.20%、Ni:0.02〜0.20%、及びNb:0.002〜0.030%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
(d)上記(a)〜(c)のいずれか一項に記載の鋼は、以下の式1によって定義されるN固定指数I
FNが0以上であってもよい。
I
FN=[Ti]−3.5×[N]…(式1)
ここで[Ti]は単位質量%でのTi含有量であり、[N]は単位質量%でのN含有量である。
(e)上記(a)〜(d)のいずれか一項に記載の鋼は、以下の式2によって定義されるTi−Nb系析出物生成指数I
Pが0.0100以下であってもよい。
I
P=0.3×[Ti]+0.15×[Nb]−[N]…(式2)
ここで[Ti]は単位質量%でのTi含有量であり、[Nb]は単位質量%でのNb含有量であり、[N]は単位質量%でのN含有量である。
また、本実施形態に係る鋼に対して、公知の方法でボルト加工・焼入れ・焼戻しを行うことにより、優れた生産性で、粗大粒の発生がないボルトが得られる。
【0022】
本発明者らは、析出強化による顕著なフェライトの硬さの増加を生じさせ、従って鋼の硬さの増加を生じさせて鋼の冷間加工性を損なう粒子であるTiC及びTi(CN)等を微細分散させる従来技術とは別の、粗大粒の発生抑制技術について検討した。上記の特徴は、鋼の焼入れ加熱時におけるオーステナイト結晶粒の異常粒成長の抑制技術について本発明者らが鋭意研究して得られた以下の知見に基づいている。
【0023】
(1)0.0100%以下という極めて微量のBiによって、焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制し、寸法精度及び機械特性などに優れた冷間加工部品を得ることができる。
【0024】
(2)上述のBiの効果によって、従来ピン止め粒子として利用していた析出物(TiC、Ti(CN)、NbC)に依存することなく(即ち鋼の冷間加工性を損なうことなく)オーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制することができる。これにより、熱間圧延後の圧延材の硬さを抑制し、鋼の冷間加工性を高めることができる。
【0025】
(3)一方、Bi含有量が0.0100%を超えると、鋼の熱間延性が低下することにより鋼の製造工程(鋳造、圧延工程等)において割れ、きずが発生しやすくなり、鋼の歩留まりが低下することがわかった。さらに、Bi含有量が0.0100%を超えると、焼入れ後の鋼において粒界脆化が生じ、鋼の機械特性が損なわれることもわかった。従って、本実施形態に係る鋼においてBiの含有は必須であるものの、その含有量は極めて低い水準に抑制される必要があることもわかった。
【0026】
以下、本実施形態に係る鋼について詳細に説明する。
まず、本発明の鋼の化学成分について説明する。以下、化学成分に関する単位「%」は、「質量%」を示す。
【0027】
[C:0.15〜0.40%]
Cは、焼戻しマルテンサイト組織を持つ鋼の強度を高めるために必要な元素である。焼入れ後の引張強さを800MPa以上とするために、C含有量を0.15%以上とする必要がある。好ましいC含有量の下限は、0.17%、0.19%、又は0.23%である。
他方、C含有量が0.40%を超えると熱間圧延後の圧延材の硬さが高くなりすぎるので、冷間鍛造用金型の寿命が著しく低下する。そのため、C含有量の上限を0.40%とする。好ましいC含有量の上限は0.35%、0.34%、0.33%、又は0.30%である。
【0028】
[Mn:0.10〜1.50%]
Mnは鋼の焼入性を向上させるのに有効な元素である。焼入れによってマルテンサイトを得るために必要な焼入性を確保するために、Mn含有量を0.10%以上とする必要がある。好ましいMn含有量の下限は0.20%、0.35%、又は0.40%である。
他方、Mn含有量が1.50%を超えると、熱間圧延後且つ冷間鍛造前の圧延材の硬さが高くなりすぎるので、冷間鍛造用の金型の寿命が著しく低下する。そのため、Mn含有量の上限を1.50%とする。好ましいMn含有量の上限は1.30%、1.00%、又は0.80%である。
【0029】
[S:0.002〜0.020%]
Sは、MnS、TiS、及びTi
2C
2Sとして鋼中に存在し、焼入れ加熱時にピン止め粒子として働くことによりオーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制する効果を持つ。このため、S含有量を0.002%以上とする必要がある。好ましいS含有量の下限は0.003%である。
しかし、本実施形態に係る鋼ではBiを用いて異常粒成長を抑制するので、S含有量は従来技術より少なくても足りる。さらに、S含有量が0.020%を超えると、Sが焼入れ後の鋼の旧オーステナイト粒界を脆化させ、耐遅れ破壊特性(耐水素脆化特性)を低下させる。加えて、上述のTi
2C
2Sは鋼の切削性を損ねる粒子であるので、S含有量が0.020%を超えると鋼の切削性の劣化が生じるおそれがある。そのため、S含有量を0.020%以下に制限する必要がある。好ましくは、S含有量の上限値は0.015%、0.010%、又は0.005%である。
【0030】
[Ti:0.005%〜0.050%]
Tiは、鋼中のC、N、Sと化合物を形成してTiN、Ti(CN)、TiC、TiS、Ti
2C
2S等のTi系介在物として鋼中に存在し、焼入れ加熱時にピン止め粒子として働くことによりオーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制する効果を持つ。またTiは、鋼中の固溶Nと強い親和力を持つので、鋼中の固溶Nを予めTiNとして固定し、BNの生成を抑制するのに極めて有効な元素である。ボロン鋼においては、焼入性の向上に有効である固溶Bの含有量を確保するために、BNの生成を抑制することが必要である。よって、Ti含有量を0.005%以上とする必要がある。好ましいTi含有量の下限は0.010%、0.015%、又は0.020%である。
しかし、本実施形態に係る鋼ではBiを用いて異常粒成長を抑制するので、Ti含有量は従来技術より少なくても足りる。さらに、Ti含有量が0.050%を超えると、Ti系介在物粒子が析出強化を生じさせ、熱間圧延後の圧延材の硬さが高くなりすぎるので、冷間鍛造用の金型の寿命が著しく低下する。Ti系介在物粒子の含有量を高めながら熱間圧延後の圧延材の硬さを抑制するためには、熱間圧延温度を低くする必要があるが、このことは生産性、及び設備寿命等の点で好ましくない。さらに、Ti含有量を高めた場合、鋼の切削性を損ねる粒子であるTi
2C
2Sが大量に生じ、切削性の劣化が生じるので、本実施形態に係る鋼に切削加工を適用することが困難になる。そのため、Ti含有量の上限を0.050%とする。好ましいTi含有量は、0.040%以下、0.030%以下、0.030%未満、または0.025%以下である。
【0031】
[B:0.0005〜0.0050%]
Bは、微量に含有された場合に鋼の焼入性の向上に寄与する元素であり、熱間圧延後且つ冷間鍛造前の圧延材の硬さを増加させることなく、焼入性の向上効果を得て冷間鍛造及び焼入れ後の硬さを増大させることができる。Bは、特にボルト用ボロン鋼に必須の元素である。また、Bは旧オーステナイト粒界に偏析して旧オーステナイト粒界を強化することによって粒界破壊を抑制する効果を有する。上記の効果を得る場合には、B含有量を0.0005%以上とする必要がある。好ましくは、B含有量の下限値は0.0010%、0.0012%、または0.0015%である。
他方、B含有量が0.0050%を超えると、その効果は飽和する。そのため、B含有量を0.0050%以下とする。好ましくは、B含有量の上限値は0.0030%、0.0025%、0.0020%、又は0.0018%である。
【0032】
[Bi:0.0010%〜0.0100%]
約0.0010%〜0.0100%程度の微量のBiが鋼の焼入れの際に組織に及ぼす影響について、これまで詳細に検討された例は無い。本発明者らは、微量のBiが焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制することによって、粗大粒の発生を防止する効果があることを知見した。また、異常粒成長を抑制するために必要なBi含有量は微量であるので、焼入れ加熱時の粗大粒の発生を抑制する上述のBiの効果が、熱間圧延後の圧延材の硬さを増加させることなく得られることも、本発明者らは知見した。上記の効果を得る場合には、Bi含有量を0.0010%以上とする必要がある。Bi含有量の下限値は、好ましくは0.0020%、0.0025%、又は0.0030%である。
他方、Bi含有量が0.0100%を超えると、その効果は飽和するのみならず、鋼の熱間延性が低下するので鋼の製造工程(鋳造、圧延工程等)において割れ、きずが発生しやすくなり、歩留まりが低下する。さらに、Bi含有量が0.0100%を超えると、焼入れ後の鋼において粒界脆化が生じ、鋼の機械特性が損なわれる。そのため、Bi含有量を0.0100%以下とする。Bi含有量は好ましくは0.0100%未満、0.0080%以下、又は0.0060%以下である。
【0033】
[P:0.020%以下]
Pは不純物であり、旧γ粒界を脆化させ、鋼の耐遅れ破壊特性(耐水素脆化特性)を低下させる元素である。そのため、P含有量を0.020%以下に制限する必要がある。好ましくは、P含有量の上限値は0.015%、0.013%、又は0.010%である。
Pは本実施形態にかかる鋼の課題を解決するために必要とされないので、P含有量の下限値は0%である。しかし、P含有量を低減するための精錬工程のコストを抑制するために、P含有量の下限値を0.001%としてもよい。
【0034】
[N:0.0100%以下]
Nは、Bと化合物を形成してBNとして鋼中に存在している場合には、固溶B量を減少させて、Bによる焼入性の向上効果を損なう。Nは、本実施形態に係る鋼では有害であるので、N含有量の下限値は0%である。しかし、N含有量を低減するための精錬工程のコストを抑制するために、N含有量の下限値を0.0001%、0.0005%、又は0.0010%としてもよい。
N含有量が多い場合には、鋼中のNをTiNとして固定するために必要なTi含有量が増加するので、できるだけN含有量を低減することが望ましい。そのためN含有量を0.0100%以下に制限する必要がある。好ましくは、N含有量の上限値は0.0070%、0.0050%、又は0.0040%である。
【0035】
本実施形態に関わるばね用鋼には、必要に応じてSi、Cr、及びAlからなる群から選択される1種又は2種以上を、後述する範囲でさらに含有させても良い。ただし、Si、Cr、及びAlは必須ではないので、Si、Cr、及びAlそれぞれの含有量の下限は0%である。
【0036】
[Si:0%以上0.30%未満]
上述の通り、本実施形態に係る鋼において、Si含有量の下限値は0%である。しかし、Siは、鋼の焼入性を向上させ、マルテンサイトの焼戻し軟化抵抗を向上させるのに有効な元素である。上記の効果を得る場合には、Si含有量を0%超または0.01%以上とすることが好ましい。Si含有量の下限値を、0.05%、又は0.15%としても良い。
しかしSi含有量が0.30%以上になると、熱間圧延後且つ冷間鍛造前の鋼(圧延材)の硬さの上昇量が大きくなるので、冷間鍛造用の金型の寿命が低下する。そのため、Si含有量を0.30%未満とする。好ましいSi含有量の上限は0.27%、0.25%、又は0.20%である。
【0037】
[Cr:0〜1.50%]
上述の通り、本実施形態に係る鋼において、Cr含有量の下限値は0%である。しかし、Crは鋼の焼入性を向上させ、またマルテンサイトの焼戻し軟化抵抗を向上させるために有効な元素である。上記の効果を得る場合には、Cr含有量を0%超または0.01%以上とすることが好ましい。Cr含有量の下限値を、0.10%、0.20%、又は0.30%としても良い。
他方、Cr含有量が1.50%を超えると、熱間圧延後且つ冷間鍛造前の圧延材の硬さが高くなりすぎるので、冷間鍛造用の金型の寿命が著しく低下する。そのため、Cr含有量の上限を1.50%とする。好ましいCr含有量の上限は1.20%、1.00%、又は0.80%である。
【0038】
[Al:0〜0.050%]
Alは鋼の脱酸に有効な元素であるが、他の元素(Si、Ti等)によって脱酸を行う場合は必ずしも含有させなくても良い。従って、Al含有量の下限値は0%である。しかしながら、Alによる脱酸効果を得るためには、0.001%以上、0.005%以上、又は0.010%以上含有させることが好ましい。
他方、Al含有量が0.050%を超えると、粗大な介在物が生成して鋼の靭性が低下するなどの問題が顕著になる。そのため、Alを含有させる場合でも、Al含有量の上限は0.050%とする。Al含有量の上限は好ましくは0.040%、0.030%、又は0.025%である。
【0039】
本実施形態に関わるばね用鋼には、必要に応じてMo、Cu、Ni、及びNbからなる群から選択される1種又は2種以上を、後述する範囲でさらに含有させても良い。ただし、Mo、Cu、Ni、及びNbは必須ではないので、Mo、Cu、Ni、及びNbそれぞれの含有量の下限は0%である。
【0040】
[Mo:0〜0.20%]
上述の通り、本実施形態に係る鋼において、Mo含有量の下限値は0%である。しかし、Moは、その含有量が少量であっても鋼の焼入性の向上に寄与する元素である。上記の効果を得る場合には、Mo含有量を0.02%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、Mo含有量の下限値は0.03%、0.04%、又は0.05%である。
他方、Moは高価な合金元素であるので、Mo含有量が0.20%超となると製造コスト上不利である。そのため、Moを含有させる場合でも、Mo含有量を0.20%以下とする。好ましくは、Mo含有量の上限値は0.16%、0.13%、又は0.10%である。
【0041】
[Cu:0〜0.20%]
上述の通り、本実施形態に係る鋼において、Cu含有量の下限値は0%である。しかし、Cuは鋼の耐食性を向上させる元素である。上記の効果を得る場合には、Cu含有量を0.02%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、Cu含有量の下限値は0.05%である。
他方、Cu含有量が0.20%を超えると、鋼の熱間延性が低下し、連続鋳造時の製造性が損なわれるなどの問題が顕著になる。そのため、Cuを含有させる場合でも、Cu含有量を0.20%以下とする。好ましくは、Cu含有量の上限値は0.15%、0.10%、又は0.08%である。
【0042】
[Ni:0〜0.20%]
上述の通り、本実施形態に係る鋼において、Ni含有量の下限値は0%である。しかし、Niは鋼の耐食性を向上させる元素であり、また、鋼の靭性の向上にも有効な元素である。上記の効果を得る場合には、Ni含有量を0.02%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、Ni含有量の下限値は0.03%、0.04%、又は0.05%である。
他方、Niは高価な合金元素であるので、Ni含有量が0.20%を超えると製造コスト上不利である。そのため、Niを含有させる場合でも、Ni含有量を0.20%以下とする。好ましくは、Ni含有量の上限値は0.15%、0.12%、0.10%、又は0.08%である。
【0043】
[Nb:0〜0.030%]
上述の通り、本実施形態に係る鋼において、Nb含有量の下限値は0%である。しかし、Nbは鋼中のCと化合物を形成してNbC、あるいはTiNb(CN)等のNb系介在物として鋼中に存在し、焼入れ加熱時にピン止め粒子としてオーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制する効果を持つ。上記の効果を得る場合には、Nb含有量を0.002%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、Nb含有量の下限値は0.003%、0.005%、又は0.006%である。
他方、Nb含有量が0.030%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、Nb系介在物が析出強化を生じさせるので、連続鋳造時の製造性が損なわれる。あるいはこの場合、Nb系介在物が析出強化を生じさせるので、熱間圧延後の圧延材の硬さが高くなりすぎる。従って、Nb含有量が0.030%を超えると、製造性の低下、及び冷間鍛造用の金型の寿命の著しい低下などの問題が顕著になる。そのため、Nbを含有させる場合でも、Nb含有量を0.030%以下とする。好ましくは、Nb含有量の上限値は0.015%、0.013%、又は0.010%である。
【0044】
本実施形態に係る鋼は、上記の合金成分を含有し、その化学成分の残部がFe及び不純物を含む。本実施形態において、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、その他の要因により混入する成分であって、本実施形態に係る鋼の作用効果を損なわない水準の量であるものを意味する。
【0045】
[N固定指数I
FN:好ましくは0以上]
上述したB含有による効果を得るためには、鋼中に固溶したN(固溶N)を低減することによってBNの生成を抑制することが必要である。したがって、鋼中のNの含有量を低減するとともに、Tiを鋼中に含有させることによって、NをTiNの形で安定的に固定し、これにより固溶N量を低減することが望ましい。TiによりNを固定して上記の効果を得るためには、下記式1によって定義されるN固定指数I
FNを0以上とすることが好ましい。N固定指数I
FNの下限値を0.0005、0.0010、0.0014、又は0.0050としても良い。ただし、N固定指数I
FNを特に限定しなくても、上述された範囲内にTi含有量及びN含有量が制御されている限り、本実施形態に係る鋼は冷間鍛造前に軟質化され、焼入れ時の粗大粒の発生を抑制できる。
I
FN=[Ti]−3.5×[N]…(式1)
なお、上記式1における[Ti]、及び[N]は、単位質量%での鋼中のTi含有量、及びN含有量を示し、これらの元素が含有されない場合は0%とする。
【0046】
[Ti−Nb系析出物生成指数I
P:好ましくは0.0100以下]
上述したように、Tiを用いてNをTiNとして固定して固溶N量を減少させることが好ましい。しかしながら、TiNを固定するために必要な量を超過する量のTiを含有することは好ましくない。上述したように、TiはC及びS等とも結合して微細析出物を形成し、これら微細析出物が本実施形態に係る鋼の特性に悪影響を及ぼすおそれがある。また、Nbについても、Tiと同様の働きを有することを本発明者らは知見した。
【0047】
具体的には、鋼中に存在する析出物である微細なTiC、Ti(CN)、NbC、TiNb(CN)、及びTi
2C
2S等のTi−Nb系析出物は、焼入れ加熱時にピン止め粒子としてオーステナイト結晶粒の異常粒成長を抑制することによって粗大粒の発生を抑制する効果を持つ。しかしながら、熱間圧延後の組織中にこれらのTi−Nb系析出物粒子が多量に分散している場合には、微細な析出物粒子による析出強化によってフェライトの硬さが増加するという副作用がある。このため、これらのTi−Nb系析出物粒子が鋼中に過度に多量に分散している場合には熱間圧延後の圧延材の硬さが高くなりすぎるので、冷間鍛造用の金型の寿命が著しく低下するなどの問題が顕著になる。さらに、上述したように、Ti
2C
2Sは切削性の劣化を生じさせる。そのため、本実施形態に係る鋼では、これらのTi−Nb系析出物粒子の量を制限することが好ましい。
【0048】
熱間圧延後の圧延後の硬さを抑制するためには、下記式2によって算出されるTi−Nb系析出物生成指数I
Pを0.0100以下とすることが望ましい。Ti−Nb系析出物生成指数I
Pを0.0075以下、0.0050未満、0.0045以下、0.0040以下、又は0.0035以下としてもよい。ただし、Ti−Nb系析出物生成指数I
Pを特に限定しなくても、上述された範囲内にTi含有量、Nb含有量、及びN含有量が制御されている限り、本実施形態に係る鋼は冷間鍛造前に軟質化され、焼入れ時の粗大粒の発生を抑制できる。
I
P=0.3×[Ti]+0.15×[Nb]−[N]…(式2)
なお、上記式2における[Ti]、[N]及び[Nb]は、単位質量%での鋼中のTi含有量、N含有量、及びNb含有量を示し、これらの元素が含有されない場合は0%とする。
【0049】
次に、本実施形態の鋼の好適な製造方法について説明する。
本実施形態の鋼を製造するためには、上述された化学成分の鋼を転炉において溶製し、必要に応じて二次精錬工程を経て、連続鋳造によって鋳片とする。この鋳片を再加熱し、分塊圧延を行うことによって断面が例えば162mm角(縦162mm×横162mm)の線材圧延用の素材(鋼片)とする。次に、鋼片を1000〜1280℃程度の温度で加熱し、引き続いて線材圧延を行うことによって、直径6〜20mmの線材形状とする。その後熱間において巻取装置によってコイル形状に巻取った後、室温まで冷却する。このようにして、本実施形態の鋼が得られる。
【0050】
なお、本実施形態に係る鋼では、析出強化を生じさせるTi系析出粒子の量が抑制されているので、本実施形態に係る鋼の製造方法では、鋼の硬さを抑制するために熱延温度を下げて熱延設備に負荷をかけることは必要とされず、また、硬度上昇に起因する割れ及び疵などの欠陥が鋼に生じにくい。さらに、本実施形態に係る鋼は、熱間圧延後に焼鈍を行うことなく、その硬さが抑制される。従って、本実施形態に係る鋼は、生産性が高い点においても優れている。
【0051】
本実施形態の鋼によれば、冷間鍛造前の軟質化と、焼入れ時の粗大粒の発生の抑制とを両立することができる。また、本実施形態の鋼は、鋳造時や圧延時に割れが生じることがなく、製造性に優れる。
【0052】
本実施形態に係る鋼の硬度は、用途に応じて適宜調整することができるので特に限定されない。しかし冷間鍛造性の確保が必要な場合には、本実施形態に係る鋼の硬度は、Hv180以下とされることが好適であり、Hv170以下、又はHv160以下とされることがさらに好適である。本実施形態に係る鋼の硬度の下限値は特に限定されないが、その化学成分に鑑みて、実質的には約Hv130または約Hv140になると考えられる。本実施形態に係る鋼は、熱間圧延後に焼鈍をしなくても、その硬度を上述の好適範囲内とすることができる。また、本実施形態に係る鋼は切削性にも優れる。
【0053】
また、本実施形態に係る鋼に対して、例えば840℃〜1100℃の温度に加熱して30分間保持し、その後水冷あるいは油冷する条件で焼入れを行い、更に150℃から450℃の温度範囲で加熱保持する焼戻処理を行った場合、その引張強さを800MPa以上とすることができる。従って本実施形態に係る鋼は、高強度を要求される部品の材料として好適である。ただし、本実施形態に係る鋼を焼入れ用鋼として用いる場合に、熱処理条件は特に限定されず、用途に応じて適宜選択することができる。
【0054】
本実施形態に係る鋼の用途は特に限定されないが、冷間鍛造及び焼入れによって製造される高強度機械部品、特に高強度ボルトに適用されることが好適である。冷間鍛造性が高い本実施形態に係る鋼を高強度機械部品の材料として用いる場合、冷間鍛造時の金型の損耗を抑制し、金型の寿命が向上できる。また、高価な金型のコストを低減できるので、特に引張強さが800MPa以上の高強度ボルトの製造コストの低減に寄与することができる。
【実施例】
【0055】
次に、実施例を用いて本発明を説明するが、本発明は、以下の例に限定されない。
【0056】
まず、表1−1及び表1−2に示す化学成分を有する鋼を転炉により溶製し、更に連続鋳造により鋳片とした。なお、表1−1及び表1−2において、含有量が不純物水準以下である元素については、その含有量の表示を空白とし、N固定指数I
FN及びTi−Nb系析出物生成指数I
Pの算出の際は「0質量%」と見なした。また、表1−1及び表1−2において、本発明の規定範囲外である値には下線を付した。これにより得られた鋳片に、鋳片表面割れが生じているか否かを確認した。鋳片表面割れの確認においては、チェックスカーフによって鋳片表面のスケールを除去した後、鋳片表面を観察し、割れ深さを調査した。鋳片の表面に深さ1mm以上の割れが検出されたものは、連続鋳造時の鋳片表面割れ「あり」と判定し、製造性について「不合格」と判定した。製造性評価結果を表2−1及び2−2に示す。
【0057】
この鋳片に必要に応じて均熱拡散処理、分塊圧延を行い、断面が162mm角(縦162mm×横162mm)の線材圧延用の素材(鋼片)を得た。次に、鋼片を1000〜1280℃程度の温度で加熱し、引き続いて線材圧延を行うことによって、直径10mmの線材(ばね用鋼)とした。
【0058】
圧延後の線材からビッカース硬さ測定用の試験片を切り出した。具体的には、圧延方向に対して平行方向で、線材の中心軸を含む断面を有する試験片を切り出した。切り出した断面に対して研磨を行った後、線材の表面から線材の直径の1/4の深さの部位(1/4部)のビッカース硬さを測定した。試験荷重は10kgfとし、4点を測定した平均値を「圧延後硬さ」として表2−1及び表2−2に記載し、これを冷間鍛造用の金型の寿命を予測する指標とした。圧延材の硬さがHV180を超えるものについては、冷間鍛造用の金型の寿命の十分な改善効果が得られないので「冷間鍛造性」が「不合格」であると判定した。冷間鍛造性の評価結果を表2−1及び2−2に示す。
【0059】
また、線材をボルト形状に加工する際の伸線や冷間鍛造(冷間加工)の影響をシミュレートするために、線材に対して減面率70%の冷間引き抜き加工を行った後、840℃〜1100℃の温度に30分間加熱し、水冷による焼入れを行って、オーステナイト組織をマルテンサイト組織の旧オーステナイト粒界として凍結した。その後、焼入れを行った試験片に対して必要に応じてA1点以下の温度域で焼戻しを行い、圧延・引抜方向に対して平行方向で、引き抜き材の中心を含む断面を有する試験片を切り出した。切り出した試験片の断面に対して研磨を行った後、腐食によって旧オーステナイト粒界を現出し、光学顕微鏡で観察することによって、焼入れ及び焼戻し後の旧オーステナイト結晶粒度を測定した。旧オーステナイト結晶粒度の測定は、JISG0551に準じて行った。測定視野は倍率400倍で10視野以上とし、旧オーステナイト粒度が5番以下の大きな結晶粒が1つでも存在する試験片は、粗大粒が発生しているものと判定した。種々の温度に加熱した試験片に対して旧オーステナイト粒度の観察・測定を行うことにより明らかになる、粗大粒が発生する限界(最低)の加熱温度を、その試験片の結晶粒粗大化温度と定義し、耐結晶粒粗大化特性の指標とした。結晶粒粗大化温度が900℃以下のものは耐結晶粒粗大化特性に劣るので「不合格」と判定した。結晶粒粗大化温度測定結果を表2−1及び表2−2に示す。
【0060】
表2−1及び表2−2より、本発明例であるA1〜A32は圧延後の線材の硬さが低く、冷間鍛造用金型の寿命を向上させることが期待できるので、冷間鍛造性に優れており、冷間加工後の焼入れ加熱時において900℃を超えて加熱しても粗大粒が発生せず、しかも連続鋳造時に鋳片の表面割れが発生しないので鋳片の屑化率が低く、従って製造性に優れていることが明らかである。なお、上述の旧オーステナイト結晶粒度測定のための熱処理を行った後の本発明例A1〜A32は、すべて800MPa以上の引張強さを有していた。
【0061】
これに対して比較例の場合には、上記冷間鍛造性、粗大粒防止特性、製造性のいずれかが劣っている。すなわち、B1〜B4はBi添加量が多すぎるので熱間延性が低下し、製造性が劣った。B5〜B7はBiが添加されていない、あるいは添加量が少なすぎるので粗大粒防止特性が劣った。B8、B9はTiの添加量が多すぎる、あるいはTi添加量に対してN含有量が少量でTi−Nb系析出物生成指数I
Pが超過したので圧延後の線材の硬さが高く、冷間鍛造性に劣った。
【0062】
【表1-1】
【0063】
【表1-2】
【0064】
【表2-1】
【0065】
【表2-2】