特許第6798907号(P6798907)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6798907低磁性オーステナイト系ステンレス鋼および冷延鋼板
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6798907
(24)【登録日】2020年11月24日
(45)【発行日】2020年12月9日
(54)【発明の名称】低磁性オーステナイト系ステンレス鋼および冷延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201130BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20201130BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20201130BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/00 302A
   C22C38/58
   !C21D9/46 Q
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-42502(P2017-42502)
(22)【出願日】2017年3月7日
(65)【公開番号】特開2018-145487(P2018-145487A)
(43)【公開日】2018年9月20日
【審査請求日】2019年11月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】汐月 勝幸
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−154890(JP,A)
【文献】 特開2010−138419(JP,A)
【文献】 特開2007−197806(JP,A)
【文献】 特開2007−197807(JP,A)
【文献】 特開2008−038191(JP,A)
【文献】 特開2015−086405(JP,A)
【文献】 特開平11−080906(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第101532115(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.100%超え0.160%以下、Si:0.10〜1.20%、Mn:3.00〜6.00%、Ni:3.00〜6.00%、Cr:15.00〜19.00%、N:0.090〜0.210%、Cu:0.50〜3.50%、Mo:0.10〜1.50%、V:0〜0.35%、Nb:0〜0.35%、Ti:0〜0.35%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、下記(1)式で定義されるMD値が−70.0以下、下記(2)式で定義されるδcal値が3.20以下であるオーステナイト系ステンレス鋼。
MD=551−462(C+N)−9.2Si−19.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo …(1)
δcal=−15−44.91C−0.88Mn−2.31Ni+2.2Cr−1.08Cu−28.8N …(2)
ここで、(1)式および(2)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼からなる冷延鋼板であって、比透磁率μが1.10以下、かつJIS13B号試験片を用いた圧延方向の引張試験を引張速度5mm/minにて行って得られた公称応力−ひずみ曲線からオフセット法にて求めた0.01%耐力が500N/mm2以上である低磁性オーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板。
【請求項3】
板面(圧延面)の硬さが345HV以上である請求項2に記載の低磁性オーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板。
【請求項4】
板厚が0.02〜1.5mmである請求項2または3に記載の低磁性オーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低磁性、高強度、ばね性が要求される用途に好適なオーステナイト系ステンレス鋼、およびその鋼を用いた冷延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器の筐体や部品に使用されるステンレス鋼素材には、磁化されにくい性質が求められることが多い。また、近年では電子機器部材の小型化、軽量化の要求から、それに使用するステンレス鋼素材にも薄肉化のニーズが高まっている。そのニーズに十分応えるためには、磁化されにくい性質に加え、強度、延性、ばね性に優れることが望まれる。また、用途によっては、高温での使用が想定される。したがって、昇温時に軟化が生じにくい性質(耐時効軟化性)を具備しているも望まれる。
【0003】
磁化されにくい性質に関する要求レベルは、用途に応じて大きく非磁性(μ≦1.01)と低磁性(μ≦1.10)に分けられる。本発明は、低磁性の用途に適用可能は鋼を対象とする。
【0004】
非磁性の用途には一般にNi含有量を高めて加工誘起マルテンサイト相が生成しないように成分設計されたオーステナイト系鋼種(SUS305系など)が適用される。非磁性の用途に適用できる既存鋼種は、磁気特性に関して見れば、低磁性の用途にも適用可能である。しかし、一般に非磁性オーステナイト系鋼種は原料コストが高く、また、優れたばね性を得ることが難しい。
【0005】
一方、低磁性の用途に適用できるオーステナイト系鋼種としては、SUS304系でN含有量を高めたりCuを添加したりする手法により加工誘起マルテンサイト相の生成量を抑制した鋼や、多量のMnを添加したオーステナイト系鋼種などが知られている。しかし、既存の低磁性オーステナイト系鋼種では、強度、延性、ばね性、耐時効軟化性を同時に満足する鋼板を得ることは困難である。
【0006】
特許文献1〜3には、高温での使用環境で強度、ばね限界値の低下が少なく、非磁性あるいは低磁性の用途に適用できると考えられるオーステナイト系ステンレス鋼が記載されている。しかし、発明者らの調査によれば、これらの文献に開示の成分組成では弾性限界応力を厳しく評価し得る「0.01%耐力」が一般的な非磁性ステンレス鋼種と同程度のレベルである。薄肉化のニーズに十分に応えるためには、0.01%耐力で評価される「ばね性」の更なる向上が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−197806号公報
【特許文献2】特開2007−197807号公報
【特許文献3】特開2008−38191号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、「低磁性」、優れた「強度−延性バランス」、「耐時効軟化性」、および優れた「ばね性」を具備する冷間圧延材を得ることができるオーステナイト系ステンレス鋼を開示する。また、その鋼を用いた冷延鋼板を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的は、質量%で、C:0.100%超え0.160%以下、Si:0.10〜1.20%、Mn:3.00〜6.00%、Ni:3.00〜6.00%、Cr:15.00〜19.00%、N:0.090〜0.210%、Cu:0.50〜3.50%、Mo:0.10〜1.50%、V:0〜0.35%、Nb:0〜0.35%、Ti:0〜0.35%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、下記(1)式で定義されるMD値が−70.0以下、下記(2)式で定義されるδcal値が3.20以下であるオーステナイト系ステンレス鋼によって達成される。
MD=551−462(C+N)−9.2Si−19.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo …(1)
δcal=−15−44.91C−0.88Mn−2.31Ni+2.2Cr−1.08Cu−28.8N …(2)
ここで、(1)式および(2)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
【0010】
また、上記の鋼からなる冷延鋼板であって、比透磁率μが1.10以下、かつJIS13B号試験片を用いた圧延方向の引張試験を引張速度5mm/minにて行って得られた公称応力−ひずみ曲線からオフセット法にて求めた0.01%耐力が500N/mm2以上である低磁性オーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板が提供される。この鋼板は、板面(圧延面)の硬さが例えば345HV以上である。板厚は例えば0.02〜1.5mmである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、低磁性オーステナイト系ステンレス鋼板において、優れた強度−延性バランス、耐時効軟化性、および優れたばね性を同時に安定して実現させることができる。この鋼板は、薄肉化した低磁性鋼板において高い強度とばね性を呈するので、低磁性が要求される電子機器の筐体や部品の小型・軽量化に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】板厚0.2mmの調質圧延材について加工誘起マルテンサイト量と時効軟化温度の関係を例示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔化学組成〕
以下、鋼の化学組成に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
Cは、低磁性、強度、延性、ばね性に関わる、極めて重要な元素である。発明者らの検討によれば、最終的な冷間圧延(以下「調質圧延」という。)によって、顕著な延性向上作用を安定して実現するためには、0.100%を超えるC含有量を確保することが非常に有効である。また後述の各成分規定を満たした鋼において、C含有量を0.100%より高い範囲とすることによって、調質圧延後に優れた「強度−延性バランス」と、優れた「ばね性」を実現することができる。しかし、C含有量が多くなりすぎると鋼が過度に硬化し、加工性を害するようになる。詳細な検討の結果、本発明ではC含有量を0.160%以下の範囲に制限する。
【0014】
Siは、高強度化に有効である。また、脱酸剤として使用される。これらの作用を得るためにSi含有量は0.10%以上とする必要があり、0.40%以上とすることがより好ましい。一方、調質圧延後に低磁性を維持させるために、Si含有量は1.20%以下の範囲に制限される。0.80%以下に管理してもよい。
【0015】
Mnは、オーステナイト相の安定化元素であり、調質圧延によって高強度化したものにおいて低磁性を安定して維持させるためには、Mn含有量を3.00%以上とすることが極めて有効であり、4.00%以上とすることがより効果的である。ただし、Mn含有量が多くなると熱間加工性や低温靭性が低下する。Mn含有量は6.00%以下とする必要がある。熱間加工性や低温靭性を重視する場合は5.50%以下のMn含有量範囲で成分調整することが効果的である。
【0016】
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の基本成分である。調質圧延後に低磁性を維持させるために、3.00%以上のNi含有量を確保する必要があり、4.00%以上とすることがより効果的である。ただし、Niを多量に添加すると、調質圧延による強度上昇作用が小さくなる。Ni含有量は6.00%以下に制限され、5.00%未満のNi含有量範囲に管理してもよい。
【0017】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を担う基本成分である。ただし、Crを多量に含有するとδフェライト相が生成しやすくなり、低磁性が維持できなくなる。本発明では、電子機器部材に求められる優れた耐食性と、低磁性とを両立させるために、Cr含有量を15.00%以上19.00%以下の範囲に規定する。
【0018】
Nは、オーステナイト相の安定化元素であり、低磁性を維持しながら高強度化を図る上で重要な元素である。その作用を十分に発揮させるために、本発明では0.090%以上のN含有量を確保する。0.120%以上、あるいは0.150%のN含有量に管理してもよい。ただし、多量のN含有は調質圧延後の延性を低下させる要因となる。N含有量は0.210%以下の範囲に制限される。
【0019】
Cuは、オーステナイト相の安定化元素であり、調質圧延後に低磁性を維持させる上で0.50%以上の含有量を確保する。ただし、多量のCu含有は熱間加工性を低下させる要因となるので、Cu含有量は3.50%以下の範囲で設定する。2.50%以下の範囲に管理してもよい。
【0020】
Moは、耐食性の向上および加工硬化能の向上に有効であり、0.10%以上の含有量を確保する。Moを多量に添加するとδフェライト相が生成しやすくなり、低磁性が維持できなくなる。Mo含有量は1.50%以下の範囲とする。
【0021】
V、Nb、Tiは、加工硬化能を高める作用を有するので、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その際、Vは0.10以上、Nbは0.10%以上、Tiは0.10%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に含有するとδフェライト相が生成しやすくなり、低磁性の維持が難しくなる。これらの元素の1種以上を添加する場合、Vは0.35%以下、Nbは0.35%以下、Tiは0.35%以下の含有量範囲とする。
【0022】
その他、不可避的不純物であるPは0.060%以下、Sは0.010%以下であることが望ましい。大量生産現場におけるオーステナイト系ステンレス鋼の通常の溶製方法に従えば、P、Sは上記所望の範囲に抑えることが十分可能である。また、通常のスクラップ原料や、前の溶製チャージで使用した電気炉、取鍋などから混入しうるAl、Ca、希土類元素、Bなどは、本発明の課題を達成する上で支障はない。
【0023】
発明者らの検討によれば、弾性限界応力の評価指標である「0.01%耐力」を向上させるためには、CとNの合計含有量を十分に確保することが極めて有効である。本発明では上述のように0.100%を超えるC含有量と、0.090%以上のN含有量を必須としているので、C+N合計含有量は0.190%より多くなり、これが調質圧延材の0.01%耐力(ばね性)の向上に有効に作用する。特に0.01%耐力が例えば600N/mm2以上といった非常に優れたばね性を狙う場合には、CとNの合計含有量を0.250%以上に管理することが極めて有効である。
【0024】
下記(1)式で定義されるMD値は、加工誘起マルテンサイト相の生成し易さを表す指標である。MD値が低いほど加工誘起マルテンサイト相は生成し難く、調質圧延後に安定して低磁性を実現する上で有利となる。また、加工誘起マルテンサイト量の低減は、耐時効軟化性の改善にも極めて有効であることがわかった。本発明ではMD値が−70.0以下に調整された鋼組成を採用する必要がある。特に、MD値が−85.0以下に調整された鋼組成では、調質圧延後の加工誘起マルテンサイト量を例えば2.0体積%以下と、非常に低くコントロールでき、低磁性とともに耐時効軟化性の顕著な改善効果が得られる。したがって、耐時効軟化性を重視する場合は、MD値を−85.0以下に調整することがより好ましい。
MD=551−462(C+N)−9.2Si−19.1Mn−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo …(1)
ここで、(1)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
【0025】
下記(2)式で定義されるδcal値は、連続鋳造で製造した鋳片を1230℃で2時間加熱した後の、鋳片の厚さ中央部におけるδフェライト量(体積%)を表す指標である。熱間圧延前の鋳片に存在するδフェライト相の量が多いと、その後の工程で完全に消失させることが困難となる場合があり、低磁性の実現に支障となりうる。また、熱間圧延前の鋳片に存在するδフェライト相は、熱間加工性に大きく影響する。本発明では上述のようにMnとCuを含有させるが、これらの元素の含有量が増大すると熱間圧延前の鋳片加熱時にCu−Mn相が析出しやすくなる。Cu−Mn相は融点が低く、熱間圧延温度域で脆弱であるため、熱間圧延時に板の「二枚割れ」の発生を招く要因となる。このCu−Mn相の析出量は、δフェライト相の存在量と相関があり、δフェライト量の増大に伴い、Cu−Mn相の析出量が多くなる。種々検討の結果、本発明ではδcal値が3.20以下に調整された鋼組成とする必要があり、0.50以下に調整された鋼組成を採用することがより好ましい。
δcal=−15−44.91C−0.88Mn−2.31Ni+2.2Cr−1.08Cu−28.8N …(2)
ここで、(2)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量値が代入される。
【0026】
以上の化学組成を有する鋼を用いると、例えば、冷間圧延率40%の冷延鋼板を作製したとき、当該冷延鋼板において、板面(圧延面)の硬さが345HV以上、JIS Z2241:2011の引張試験による圧延方向の破断伸びが10.0%以上、かつ比透磁率が1.10以下である特性を得ることができる。
【0027】
〔製造方法〕
本発明に従う低磁性オーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板は、一般的なステンレス鋼板の大量生産設備を利用して製造することができる。具体的には、連続鋳造、熱間圧延、冷間圧延を経て製造した中間製品板材に、焼鈍、調質圧延を施すことによって製造することができる。調質圧延では、圧延率を20〜50%の範囲で設定することが望ましい。この範囲の調質圧延率にて、最終板厚が例えば0.02mmの箔材から1.5mmの板材まで、種々の板厚の鋼板を得ることができる。
【実施例】
【0028】
表1に「発明鋼」と表示した化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼を溶製し、熱間圧延、冷間圧延を含む工程で常法により中間製品である冷延鋼板を製造し、1060℃で焼鈍したのち、酸洗、調質圧延を行い、板厚を0.2mmに揃えた冷延鋼板を得た。調質圧延率は表2中に示してある。圧延率は下記(3)式により定まる。
圧延率(%)=(h0−h1)/h0×100 …(3)
ここで、h0は圧延前の板厚(mm)、h1は圧延後の板厚(mm)である。
【0029】
また、表1に「比較鋼」と表示した化学組成を有する板厚0.2mm冷延鋼板(3/4H仕上げ相当の市販材)を用意した。
これら板厚0.2mmの冷延鋼板を供試材と呼ぶ。各供試材について、以下の調査を行った。
【0030】
(硬さ測定)
板面(圧延面)を研磨した表面についてJIS Z2244:2009に従う硬さ測定(HV20)を行った。
【0031】
(引張試験)
供試材からJIS13B号試験片を採取し、JIS Z2241:2011による引張試験を行い、圧延方向の0.2%耐力、引張強さ、および破断伸び(EL)を求めた。
また、JIS13B号試験片を用いた圧延方向の引張試験を引張速度5mm/minにて行って得られた公称応力−ひずみ曲線から、オフセット法にて0.01%耐力を求めた。
【0032】
(加工誘起マルテンサイト量の測定)
供試材から25mm×25mmの試験片を5枚採取し、それら5枚の試験片を積層した状態で、フェライトスコープ(フィッシャー社製)を用いて磁性相であるマルテンサイト相の量を測定することによって、加工誘起マルテンサイト量を定めた。
【0033】
(磁気測定)
供試材から採取した直径5mm、板厚2mmのサンプルについて、試料振動型磁力計(理研電子株式会社製、BHV525)を用いて掃引速度1kOe(79.58kA/m)/分で1kOe(79.58kA/m)の磁場を加えて磁化させ、そこで得られた磁場−磁化曲線の傾きより透磁率を求め、真空の透磁率4π×10-7H/mで除して比透磁率とした。各例とも試験数n=5で測定を行い、5個全てのサンプルにおいて比透磁率が1.10以下であった例No.を○(低磁性;合格)、それ以外を×(低磁性;不合格)と評価した。
【0034】
(時効軟化温度の測定)
供試材から採取した試験片に、300〜800℃の温度範囲にある5℃刻みの種々の温度で120分保持したのち、炉から取り出して常温まで空冷する条件で時効処理を施し、時効処理後の板面(圧延面)の硬さを上述の方法で測定した。そして、時効処理後の硬さが、上述の供試材硬さ(時効処理前の硬さ)を下回るようになる5℃刻みの最低温度を、当該供試材の時効軟化温度と定めた。
【0035】
(低磁性維持性能および強度−延性バランスの評価)
各鋼について、板面(圧延面)の硬さが345HV以上、圧延方向の破断伸びELが10.0%以上、かつ比透磁率が1.100以下である特性を有する冷延鋼板が得られるかどうか、すなわち、上記各特性を具備する調質圧延仕上げが可能であるかどうかを評価した。上記各特性を具備する板厚0.20mmの冷延鋼板が得られる化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼は、低磁性が要求される電子機器等の薄肉高強度部材に極めて有用な、優れた「強度−延性バランス」を実現することができる鋼であると評価される。したがって、板面(圧延面)の硬さが345HV以上、圧延方向の破断伸びELが10.0%以上、かつ比透磁率が1.100以下である特性を有する冷延鋼板が得られることが確認された鋼を○(低磁性および強度−延性バランス;合格)、それ以外を×(低磁性および強度−延性バランス;不合格)と評価した。なお、比較鋼については、供試材(3/4H仕上げ相当材)において板面(圧延面)の硬さが345HV以上、圧延方向の破断伸びELが10.0%以上、かつ比透磁率が1.100以下を満たすものを○、それ以外を×と表示した。
これらの結果を表2に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
【表2】
【0038】
本発明で規定する鋼組成を有するA1〜A17の例では、上述の「低磁性および強度−延性バランス」に優れる冷延鋼板が得られることが確認された。特にCとNの合計含有量が0.250%以上である発明鋼(A2以外)では、硬さ345HV以上の強度レベルに調質圧延したものにおいて、0.01%耐力が600N/mm2以上という優れたばね性が実現できている。また、MD値が−85.0以下である発明鋼(A2、A7以外)では、硬さ350HV以上に調質した冷延鋼板において加工誘起マルテンサイト量が2.0体積%以下となり、それに伴って、時効軟化温度が530℃以上という、高い耐時効軟化性が得られた。
【0039】
参考のため図1に加工誘起マルテンサイト量と時効軟化温度の関係を例示する。
図1