特許第6799259号(P6799259)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6799259多糖類誘導体及びリグニン誘導体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6799259
(24)【登録日】2020年11月25日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】多糖類誘導体及びリグニン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 3/06 20060101AFI20201207BHJP
   C08B 3/10 20060101ALI20201207BHJP
   C08B 3/18 20060101ALI20201207BHJP
   C08B 11/08 20060101ALI20201207BHJP
【FI】
   C08B3/06
   C08B3/10
   C08B3/18
   C08B11/08
【請求項の数】12
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2016-556546(P2016-556546)
(86)(22)【出願日】2015年10月23日
(86)【国際出願番号】JP2015080036
(87)【国際公開番号】WO2016068053
(87)【国際公開日】20160506
【審査請求日】2017年9月28日
【審判番号】不服2019-5747(P2019-5747/J1)
【審判請求日】2019年4月26日
(31)【優先権主張番号】特願2014-218237(P2014-218237)
(32)【優先日】2014年10月27日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーションプログラム「革新材料による次世代インフラシステムの構築〜安全・安心で地球と共存できる数世紀社会の実現〜」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(先端的低炭素化技術開発)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、並びに平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「革新
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(73)【特許権者】
【識別番号】593165487
【氏名又は名称】学校法人金沢工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】覺知 亮平
(72)【発明者】
【氏名】仁宮 一章
(72)【発明者】
【氏名】柴田 佳樹
(72)【発明者】
【氏名】鵜澤 潔
(72)【発明者】
【氏名】生越 友樹
(72)【発明者】
【氏名】前田 勝浩
(72)【発明者】
【氏名】井改 知幸
(72)【発明者】
【氏名】高橋 憲司
【合議体】
【審判長】 村上 騎見高
【審判官】 冨永 保
【審判官】 櫛引 智子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−266625(JP,A)
【文献】 特表2012−519740(JP,A)
【文献】 特開2012−207136(JP,A)
【文献】 特表2010−518244(JP,A)
【文献】 特表2010−518245(JP,A)
【文献】 特表2010−518166(JP,A)
【文献】 国際公開第2009−102307(WO,A1)
【文献】 中国特許出願公開第102558572(CN,A)
【文献】 特表2011−530643(JP,A)
【文献】 セルロース学会編、セルロースの事典、株式会社朝倉書店、2000年11月10日 初版第1刷、pp.410−413
【文献】 J.Agric.Food Chem.,2014年3月31日,(2014),62,pp.3446−3452
【文献】 Macromol.Rapid Commun.,(2007),28,pp.2311−2317
【文献】 J.APPL.POLYM.SCI.,2014年4月5日,(2014),pp.40052(1)−40052(7)
【文献】 Journal of Computer Aided Chemistry,(2006),Vol.7,pp.18−29
【文献】 イオン性液体,ChemFiles,シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社,2006年3月,Vol.5,No.6,pp.1−24
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B C08H
REGISTRY(STN)、CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料と、カチオンが下記式(1)
【化1】
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、アルキル基、又は、水酸基、ハロゲン原子、メチルスルホニルオキシ基、アミノ基、フェニル基、フェノキシ基及びピリジル基から選択される1〜2個の基で置換されても良いフェニル基であり、3、R4及びR5は、水素原子である)
で表され、且つアニオンが、カルボン酸アニオン、アミノ酸アニオン、シアン化物イオン、及びフッ化物イオンからなる群から選択される1種であり、該アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19である、カルベンを生成するイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物とを含む混合物中で、溶媒として、当該イオン液体を用いるか、又は、当該イオン液体と、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド及びジメチルアセトアミドからなる群より選択された少なくとも1種の有機溶媒との混合溶媒を用いて、触媒を別途用いることなくエステル交換反応を行うセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項2】
セルロースのエステル誘導体がリグニンと分離した状態で製造される請求項1に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項3】
エステル交換反応によるセルロースのエステル誘導体が製造されるとともに、エステル交換反応によるリグニンのエステル誘導体が製造される請求項2に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項4】
混合物中に、イオン液体が有機溶媒との共溶媒系として含まれる請求項1〜3のいずれ一項に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項5】
イオン液体の重量が、バイオマス原料に含まれるリグノセルロースの重量の2倍以上である請求項1〜4のいずれか一項に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項6】
混合物中に、2種以上の鎖状もしくは環状エステル化合物が含まれる請求項1〜5のいずれか一項に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項7】
鎖状エステル化合物が、カルボン酸イソプロぺニル、カルボン酸ビニル及びカルボン酸メチルからなる群から選択されるカルボン酸エステルである請求項1〜6のいずれか一項に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項8】
イオン液体が、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートである請求項1〜7のいずれか一項に記載のセルロースのエステル誘導体の製造方法。
【請求項9】
リグニンを含む原料と、カチオンが下記式(1)
【化2】
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、アルキル基、又は、水酸基、ハロゲン原子、メチルスルホニルオキシ基、アミノ基、フェニル基、フェノキシ基及びピリジル基から選択される1〜2個の基で置換されても良いフェニル基であり、3、R4及びR5は、水素原子である)
で表され、且つアニオンが、カルボン酸アニオン、アミノ酸アニオン、シアン化物イオン、及びフッ化物イオンからなる群から選択される1種であり、該アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19である、カルベンを生成するイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物とを含む混合物中で、溶媒として、当該イオン液体を用いるか、又は、当該イオン液体と、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド及びジメチルアセトアミドからなる群より選択された少なくとも1種の有機溶媒との混合溶媒を用いて、触媒を別途用いることなくエステル交換反応を行うリグニンのエステル誘導体の製造方法。
【請求項10】
混合物中に、2種以上の鎖状もしくは環状エステル化合物が含まれる請求項9に記載のリグニンのエステル誘導体の製造方法。
【請求項11】
鎖状エステル化合物が、カルボン酸イソプロぺニル、カルボン酸ビニル及びカルボン酸メチルからなる群から選択されるカルボン酸エステルである請求項9又は10に記載のリグニンのエステル誘導体の製造方法。
【請求項12】
イオン液体が、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートである請求項9〜11のいずれか一項に記載のリグニンのエステル誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多糖類誘導体及びリグニン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な石油資源の枯渇及びそれに伴う価格の高騰により、石油を原料とする種々の化学製品の安定的供給に困難が生じ始めている。1980年代にはナフサの国際価格が1バレル当たり20ドル近辺であったのに対し、2010年代には1バレル当たり100ドルに迫っている。この結果、石油を原料とするプラスチック類の価格上昇及び採算性悪化が現実に起き始めている。とりわけ、安定的に供給可能な天然資源を有していない我が国においては、石油価格の高騰による影響は甚大であり、化学産業の構造的変換を指向した研究の提案が急務となっている。
【0003】
このような背景から、生物由来資源であるバイオマスの有効利用に大きな期待が寄せられている。しかしながら、リグニン、ヘミセルロース及びセルロースの混合体であるリグノセルロース(バイオマス)の有効利用を行う際には、各成分の分離工程が現状必須となっている。通常、多糖類(セルロース及びヘミセルロース)もしくはリグニンのどちらか一方を選択的に分解し、バイオマス中の一方の成分を高分子化合物として、そして他方の成分を低分子化合物として回収を行っている。一般的には、上記の精製過程を経た後に、有機化学的もしくは生化学的な変換により有用な化学物質へと変換されている。例えば、バイオマスを原料として酢酸セルロースを製造する場合、木材チップを原料として、蒸解工程、精選・洗浄工程、酵素脱リグニン工程、漂白工程等を経て高純度の木材パルプ・コットンリンター(セルロースが主成分)を製造し、その木材パルプ・コットンリンターを前処理によって活性化し、酢化工程でセルロースに無水酢酸、酢酸及び触媒として硫酸を加えてエステル化反応を行い、熟成工程を経て所望の酢化度を有する酢酸セルロースを製造している。しかしながら、上記の生産過程は経済的かつ熱的に不利であり、したがって既存の石油化学を代替するまでには至っていない。また、木材パルプを製造する際に、セルロースの重合度が低下してしまい、それから得られる酢酸セルロースについても、重合度が低いため機械的特性が低下し、繊維やフィルム等へ成形加工した場合に取り扱いにくく、また成形加工時の熱分解等により、成形加工品の色調が黄色味を帯びるという問題点もあった。
【0004】
また、リグニンは、芳香族化合物からなる高分子化合物であり、多糖類(セルロース及びヘミセルロース)とともに、植物の細胞壁を構成する主要成分である。紙パルプ製造プロセス又はバイオエタノール製造プロセスの副生成物として得られるが、主に燃料として利用されているのみであり、その工業的利用は進んでいないのが現状である。
【0005】
近年、バイオマスの処理に当たり、イオン液体の利用が提案されている。しかしながら、報告されている多くの先行研究では、イオン液体をバイオマスの前処理工程に用い、バイオマスの構造を部分的に緩和する目的で用いられている。そのため、続く酵素糖化反応による多糖成分の分解等の分解反応が必須となっており、既存技術と比較した場合には、経済的に不利である現状が続いている。バイオマスから直接的に多糖エステル等の多糖類誘導体及びリグニンエステル等のリグニン誘導体を容易に合成・分離する技術は、熱力学的及び経済的に有利と考えられるが、その実現は困難であった。
【0006】
一方、イオン液体を利用して、セルロースを誘導体化する技術がいくつか知られている。イオン液体は極めて揮発性が低く、揮発による汚染や引火等の危険がなく、且つセルロースを溶解する力が強いため、セルロースを加工する際の溶媒として研究開発が進められている。例えば、非特許文献1には、イオン液体である1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド(BMIMCl)を溶媒として用い、1,5,7−トリアザビシクロ[4.4.0]デカ−5−エン(TBD)を触媒としてセルロースをエステル化する方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献1には、セルロースを酢酸により膨潤させ、無水酢酸及び硫酸を加えて反応させてセルロースアセテート(セルロース誘導体)とした後、このセルロース誘導体と、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド等のイオン液体と、カルボン酸無水物、カルボン酸ハロゲン化物及びカルボン酸からなる群から選択されるエステル化剤とを含む混合物中でセルロース誘導体をエステル化し、セルロース誘導体のエステル化物を製造する方法が開示されている。
【0008】
上記非特許文献1の技術では、イオン液体に加えて別途触媒が必要である点で不利である。また、上記特許文献1の技術は、触媒として硫酸を用いているため、廃棄物処理の点で課題を有し、また強酸の使用により分子量が低下する問題もあった。さらに、特許文献1ではエステル化剤としてカルボン酸無水物等を使用しており、カルボン酸無水物は腐食性を有するためプロセス的に不利である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】A. Schenzel, et al., Green Chem., 2014, 16, 3266-3271.
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2012/133003号(請求項1、段落0075、段落0085)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで本発明は、上記従来の状況に鑑み、触媒、助触媒、活性化合物を使用せずに、セルロース等の多糖類あるいはリグニンを原料として、高い分子量を維持したままエステル化又はエーテル化等によって多糖類誘導体及びリグニン誘導体を製造する方法を提供することを目的とする。
【0012】
また、リグノセルロースを含むバイオマスから、直接的にセルロース誘導体を分離した状態で製造する方法を提供することを目的とする。さらに同時に、リグニン誘導体を明確に分画された状態で製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明者らが鋭意研究を行った結果、特定のイオン液体が、セルロース等の多糖類あるいはリグニンのみならずリグノセルロースを含むバイオマスを良好に溶解すること、また同時に、これらのイオン液体から最も強力な有機分子触媒であるカルベンが自動的に生成し、このカルベンが多糖類又はリグニンを誘導体化する際の触媒としても機能し得ることを見出し、発明を完成した。すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0014】
(1)多糖類を含む原料と、アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19でありカルベンを生成可能なイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物とを含む混合物中で反応を行う多糖類誘導体の製造方法。
(2)多糖類がセルロースである上記(1)に記載の多糖類誘導体の製造方法。
(3)多糖類を含む原料が、セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料であり、セルロース誘導体がリグニンと分離した状態で製造される上記(1)に記載の多糖類誘導体の製造方法。
(4)セルロース誘導体が製造されるとともに、リグニン誘導体が製造される上記(3)に記載の多糖類誘導体の製造方法。
(5)混合物中に、イオン液体が有機溶媒との共溶媒系として含まれる上記(1)〜(4)のいずれかに記載の多糖類誘導体の製造方法。
(6)イオン液体の重量が、多糖類の重量の2倍以上である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の多糖類誘導体の製造方法。
(7)混合物中に、2種以上の鎖状もしくは環状エステル化合物が含まれる上記(1)〜(6)のいずれかに記載の多糖類誘導体の製造方法。
(8)鎖状エステル化合物が、カルボン酸イソプロぺニル、カルボン酸ビニル及びカルボン酸メチルからなる群から選択されるカルボン酸エステルである上記(1)〜(7)のいずれかに記載の多糖類誘導体の製造方法。
(9)イオン液体のカチオンが、イミダゾリウムカチオンである上記(1)〜(8)のいずれかに記載の多糖類誘導体の製造方法。
(10)イオン液体のアニオンが、カルボン酸アニオンである上記(1)〜(9)のいずれかに記載の多糖類誘導体の製造方法。
(11)リグニンを含む原料と、アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19でありカルベンを生成可能なイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物とを含む混合物中で反応を行うリグニン誘導体の製造方法。
(12)混合物中に、2種以上の鎖状もしくは環状エステル化合物が含まれる上記(11)に記載のリグニン誘導体の製造方法。
(13)鎖状エステル化合物が、カルボン酸イソプロぺニル、カルボン酸ビニル及びカルボン酸メチルからなる群から選択されるカルボン酸エステルである上記(11)又は(12)に記載のリグニン誘導体の製造方法。
(14)イオン液体のカチオンが、イミダゾリウムカチオンである上記(11)〜(13)のいずれかに記載のリグニン誘導体の製造方法。
(15)イオン液体のアニオンが、カルボン酸アニオンである上記(11)〜(14)のいずれかに記載のリグニン誘導体の製造方法。
【0015】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2014−218237号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、触媒を別途用いることなく、セルロース等の多糖類あるいはリグニンを原料として、エステル化合物又はエーテル化合物等の多糖類誘導体あるいはリグニン誘導体を効率的に得ることができる。また、リグノセルロースを含むバイオマスを原料として、各成分の分割工程を経ることなく、高い重合度を維持したままセルロース誘導体及びリグニン誘導体を直接的に得ることができ、製造コストを大幅に抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】市販の酢酸セルロース(A)、実施例5により合成した酢酸セルロース(B)、実施例1に係るバガスより得られた多糖類誘導体(C)、実施例2に係るケナフより得られた多糖類誘導体(D)、実施例3に係るユーカリより得られた多糖類誘導体(E)、実施例4に係るスギより得られた多糖類誘導体(F)の固体13C NMRスペクトルを示す図である。
図2】市販の酢酸セルロース(A)、実施例5により合成した酢酸セルロース(B)、実施例1に係るバガスより得られた多糖類誘導体(C)、実施例2に係るケナフより得られた多糖類誘導体(D)、実施例3に係るユーカリより得られた多糖類誘導体(E)、実施例4に係るスギより得られた多糖類誘導体(F)のFT−IRスペクトル(ATR法)を示す図である。
図3】実施例1に係るバガスより得られたリグニン誘導体(A)、実施例2に係るケナフより得られたリグニン誘導体(B)、実施例3に係るユーカリより得られたリグニン誘導体(C)、実施例4に係るスギより得られたリグニン誘導体(D)のDMSO−d中でのH NMRスペクトルを示す図である(*は、残存溶媒に由来するピークである)。
図4】実施例1に係るバガスより得られたリグニン誘導体(A)、実施例2に係るケナフより得られたリグニン誘導体(B)、実施例3に係るユーカリより得られたリグニン誘導体(C)、実施例4に係るスギより得られたリグニン誘導体(D)のFT−IRスペクトル(ATR法)を示す図である。
図5】市販の酢酸セルロース(A)、実施例5により合成した酢酸セルロース(B)のDMSO−d中でのH NMRスペクトルを示す図である(*は、残存溶媒に由来するピークである)。
図6】市販のキチン(A)及び実施例6により合成したキチン誘導体(B)のFT−IRスペクトル(ATR法)を示す図である。
図7】実施例7により合成したセルロースエーテルのDMSO−d中でのH NMRスペクトルを示す図である。
図8】実施例8により合成したポリエステルのCDCl中でのH NMRスペクトルを示す図である。
図9】セルロース(A)及び実施例8により合成したポリエステル(B)のFT−IRスペクトル(ATR法)を示す図である。
図10】比較例1における反応前のセルロース(A)、及び生成物(B)のFT−IRスペクトル(ATR法)を示す図である。
図11】実施例9における原料のセルロース及び合成した酢酸酪酸セルロースのIRスペクトルを示す図である。
図12】実施例9により合成した酢酸酪酸セルロースのCDCl中でのH NMRスペクトルを示す図である。
図13】実施例9におけるビニルブチレートの使用量に対する生成物のアセチル基及びブチリル基の置換度の変化を示すグラフである。
図14】実施例9におけるイソプロペニルアセテート(IPA)の使用量に対する生成物のアセチル基及びブチリル基の置換度の変化を示すグラフである。
図15】実施例9におけるブチリル基による置換度に対する生成物のガラス転移点(Tg)及び熱分解温度(TD50)の変化を示すグラフである。
図16】実施例10における、イオン液体とセルロースとの重量比に対する置換度の変化を示すグラフである。
図17】実施例11により合成した酢酸リグニン及び原料であるリグニンのH NMRスペクトルを示す図である。
図18】実施例11により合成した酢酸リグニン及び原料であるリグニンのFT−IRスペクトルを示す図である。
図19】参考例1における生成物、並びに反応物であるラウリル酸クロリド及び酢酸リグニンのH NMRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
まず、多糖類誘導体の製造方法について述べる。本発明の多糖類誘導体の製造方法は、多糖類を含む原料と、特定のイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物とを含む混合物中で反応を行うことを特徴とする。
【0020】
多糖類としては、種々の多糖が適用可能であり、例として、セルロース、デンプン、アガロース、ペクチン、キチン等を挙げることができる。これらの多糖類は、構造の一部が置換されていても良い。例えば、セルロースの水酸基の一部がエステル化されているセルロース誘導体を原料として用いることができる。
【0021】
また、本発明は、多糖類を含む原料として、セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料を用いても良い。これらのバイオマス原料から、セルロースを分離抽出する工程を経ることなく、直接的に、セルロース誘導体を高い分子量を維持したままリグニンと分離した状態で得ることができる。したがって、セルロース誘導体の製造コストを低減でき、また、製造したセルロース誘導体は、例えばセルロースエステルであれば、繊維、フィルム、プラスチック、たばこフィルター等において利用することができ、セルロースエーテルであれば、食品、医薬品、化粧品、洗剤等の添加剤として利用することができる。なお、セルロース誘導体は、ヘミセルロース又はその誘導体との混合状態で得られる場合があるため、さらに精製を行ってセルロース誘導体のみを分離しても良い。このようなバイオマス原料の具体例としては、バガス(サトウキビ残渣)、ケナフ、スギ、ユーカリ等の木材、ギンナン等、あるいはこれらの2種以上の混合物等の中から適宜選択して用いることができる。なお、バイオマス原料は、本発明の反応に先立って裁断、乾燥等、必要に応じて種々の前処理を施すことができる。
【0022】
本発明に適用可能なイオン液体は、アニオンの共役酸のジメチルスルホキシド(DMSO)中における酸解離定数(pKa)が12〜19、好ましくは12.3〜18.6であり、カルベンを生成可能なものである。なお、上記pKaは25℃での値をいう。カルベンとは、炭素周りに6電子しか価電子を持たない二価の化学種であり、本発明の多糖類の誘導体化反応において、強力な有機分子触媒として機能する。具体例として、イミダゾリウム系イオン液体である1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)から生成するヘテロ環式カルベンの構造を以下に示す。このヘテロ環式カルベンは、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテートを80℃程度に加熱することにより自動的に生成する。
【0023】
【化1】
【0024】
適用可能なイオン液体としては、イミダゾリウム塩等が挙げられる。特に、イオン液体のカチオンとして、下記式(1)に示すカチオンを有するイミダゾリウム塩(イミダゾリウム系イオン液体)が好適であるが、これに限定されるものではない。
【0025】
【化2】
(式中、R及びRは、それぞれ独立して、アルキル基、アルケニル基、アルコキシアルキル基又は置換もしくは非置換のフェニル基であり、R〜Rは、それぞれ独立して、水素、アルケニル基、アルコキシアルキル基又は置換もしくは非置換のフェニル基である)
【0026】
上記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基等の1〜20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられる。これらのアルキル基の末端には、スルホ基が結合していても良い。また、アルケニル基としては、ビニル基、1−プロペニル基、2−プロペニル基、1−ブテニル基、2−ブテニル基、1−ペンテニル基、2−ペンテニル基、1−ヘキセニル基、2−ヘキセニル基、1−オクテニル基等の1〜20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルケニル基が挙げられる。また、アルコキシアルキル基としては、メトキシメチル基、エトキシメチル基、1−メトキシエチル基、2−メトキシエチル基、1−エトキシエチル基、2−エトキシエチル基等の2〜20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルコキシアルキル基が挙げられる。さらに、置換もしくは非置換のフェニル基としては、水酸基、ハロゲン原子、低級アルコキシ基、低級アルケニル基、メチルスルホニルオキシ基、置換もしくは非置換の低級アルキル基、置換もしくは非置換のアミノ基、置換もしくは非置換のフェニル基、置換もしくは非置換のフェノキシ基及び置換もしくは非置換のピリジル基から選択される1〜2個の基で置換されても良いフェニル基が挙げられる。
【0027】
また、イオン液体のアニオンは、共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19の範囲内となるイオン液体を形成可能なものであれば適用可能であり、例として、ギ酸アニオン(HCOO)、酢酸アニオン(CHCOO)等のカルボン酸アニオン、各種アミノ酸アニオン(グルタミン酸アニオン等)、シアン化物イオン(CN)、フッ化物イオン(F)等を挙げることができる。塩化物イオン(Cl)、ヨウ素イオン(I−)、臭化物イオン(Br)等のフッ化物イオン以外のハロゲンアニオン、硫酸アニオン、リン酸アニオン等の強酸のアニオンは、共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19の範囲外となり、カルベンを生成しないため不可である。
【0028】
本発明に好適に用いられるイオン液体の例として以下の化合物を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムアセテート等。
【0029】
上記イオン液体は、多糖類を含む原料の溶媒となり、同時に、40〜80℃に加熱したり、マイクロ波を照射することにより、カルベンを生成し、このカルベンが触媒となって多糖類の誘導体化が進行する。具体例として、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)のイオン液体中における、セルロースと酢酸イソプロペニルとの反応式を以下に示す。上述のように、イオン液体から生成したヘテロ環式カルベンが触媒として働き、エステル交換反応によりセルロースアセテートが生成する。
【0030】
【化3】
【0031】
溶媒としてのイオン液体における、多糖類を含む原料の濃度は、多糖類の種類や分子量によって異なり、特に限定されるものではないが、イオン液体の重量を、多糖類の重量の2倍以上とすることが好ましく、特に、イオン液体における多糖類を含む原料の濃度を3重量%〜5重量%とすることが好ましい。
【0032】
また、イオン液体は、有機溶媒との共溶媒系として用いることができる。この場合も、イオン液体の重量を多糖類の重量の2倍以上とすることが好ましく、この条件の範囲内で、イオン液体の使用量を低減させることができ、残りを有機溶媒で代替することで多糖類誘導体の製造コストを抑えることが可能となる。
【0033】
共溶媒として用いる場合の有機溶媒は、生成する多糖類誘導体に対する溶解性等を考慮し、イオン液体と反応しないことを条件として種々の有機溶媒の中から適宜選択することができる。具体的には、アセトニトリル、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3−ジオキソラン、1,4−ジオキサン等を挙げることができる。クロロホルムは、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)等、一部のイオン液体と反応するため適用できない場合が多いが、本発明の範囲から除外されるものではない。また、多糖類誘導体として酪酸セルロースを製造する場合は、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸セルロースを製造する場合は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3−ジオキソラン等が好ましく用いられるがこれらに限定されるものではない。
【0034】
多糖類と反応させる鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物としては、製造する多糖類誘導体の種類に対応する化合物を適宜選択して用いることができる。鎖状エステル化合物によってエステル交換反応が進行し、多糖類の水酸基がエステル化された誘導体が得られる。また、環状エステル化合物と多糖類を反応させることにより、ポリエステルを得ることができる。さらに、多糖類とエポキシ化合物を反応させることにより、セルロースエーテル等のエーテル化合物を得ることができる。
【0035】
鎖状エステル化合物として、酢酸イソプロペニル等のカルボン酸イソプロペニル、カルボン酸ビニル、カルボン酸メチル等のカルボン酸エステル等から選択される一種以上の化合物を挙げることができる。本来、カルボン酸エステルは、カルボン酸無水物等と異なり、非常に安定な化学物質として知られていた。したがって、エステル交換反応を引き起こすには、触媒を別途用いることが必須であった。そのため、通常のエステル化反応では、腐食性を有する活性カルボニル化合物(カルボン酸無水物やカルボン酸ハロゲン化物(塩化物、臭化物等))を使用することで、エステル化反応を促進していた。本発明では、溶媒であるイオン液体から生ずるカルベンを触媒としても利用するため、触媒を別途加えることなく、エステル交換反応により誘導体化することが可能である。また、環状エステル化合物としては、δ−バレロラクトン、γ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン等から選択される一種以上の化合物を挙げることができる。さらに、エポキシ化合物としては、1,2−エポキシヘキサン、1,2−エポキシブタン、スチレンオキシド等から選択される一種以上の化合物を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0036】
また、鎖状もしくは環状エステル化合物を反応させる場合、必要に応じて、2種以上の鎖状もしくは環状エステル化合物を用い、多糖類の一分子中に異なる置換基を導入することができる。例えば、セルロースに対し、ビニルブチレート等の酪酸エステル及びイソプロペニルアセテート(IPA)等の酢酸エステルを同時に反応させることにより、セルロース分子のそれぞれのOH基がアセチル基もしくはブチリル基により置換された酢酸酪酸セルロースを製造することができる。一般に、アセチル基に比べてより長い炭素鎖を有するブチリル基等の置換基を導入することにより生成物のガラス転移点は低下するため、2種以上のエステル化合物の配合比を変化させることで生成物の成形性等の特性を制御することができる。
【0037】
これら鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物の量は、多糖類の種類等によって異なるが、例えば、多糖類の水酸基1当量に対し6〜20当量を反応させることが好ましい。また、反応条件は、イオン液体からカルベンが生成し、これを触媒として反応が進行する条件であれば良く、例えば、セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料を用い、これに鎖状エステル化合物を反応させセルロースエステルを製造する場合、窒素もしくはアルゴン等の雰囲気下、バイオマス原料、イオン液体及び鎖状エステル化合物の混合物を、40℃〜80℃で24時間〜48時間撹拌して反応を行うことができる。反応後の溶液は、メタノール等の溶媒を用いて再沈殿、濾過等を行い、所定の多糖類誘導体を得ることができる。また、上記のバイオマス原料であれば、再沈殿によりセルロース誘導体が得られるとともに、濾液からさらにリグニン誘導体を得ることができる。反応に用いたイオン液体は、回収して再利用することができる。
【0038】
製造した多糖類誘導体は、改質等を目的として、NaOH等の塩基もしくは硫酸等の酸触媒を用いる従来の方法により、あるいは引き続き本発明におけるイオン液体の存在下で、鎖状もしくは環状エステル化合物等の各種試薬とさらに反応させ、別の多糖類誘導体へと変換することができる。例えば、エステル化したセルロース誘導体に、エステル化合物を作用させ、エステル交換反応を経て別のセルロース誘導体を製造することができる。
【0039】
次に、本発明のリグニン誘導体の製造方法について説明する。この製造方法は、リグニンを含む原料と、アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12〜19でありカルベンを生成可能なイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物とを含む混合物中で反応を行うことを特徴とする。多糖類を含む原料に代えてリグニンを含む原料を用いる以外は、上述の多糖類誘導体の製造方法に準じて反応を行うことにより、適用する鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物に対応したリグニン誘導体を得ることができる。すなわち、鎖状エステル化合物によってエステル交換反応が進行し、リグニンの水酸基がエステル化された誘導体が得られる。このリグニンのエステル化物は、難燃剤等として好適に利用することができる。また、環状エステル化合物とリグニンとを反応させることにより、ポリエステルを得ることができる。さらに、リグニンとエポキシ化合物を反応させることにより、エーテル化合物を得ることができる。この際、リグニン分子中には、芳香族炭素に結合した水酸基と脂肪族炭素に結合した水酸基とがあるが、本発明によればいずれの水酸基も置換することができる。具体例として、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)のイオン液体中における、リグニン(式中では、「リグニン−OH」と表記する)と酢酸イソプロペニルとの反応式を以下に示す。上述の多糖類誘導体の製造方法と同様に、イオン液体から生成したヘテロ環式カルベンが触媒として働き、エステル交換反応により酢酸リグニンが生成する。
【0040】
【化4】
【0041】
原料のリグニンとしては、従来知られた種々の天然リグニン及び単離リグニンから適宜選択して用いることができる。例として、針葉樹リグニン、広葉樹リグニン、イネ科植物リグニン等の天然リグニン、紙パルプ製造プロセスの化学パルプ化のパルプ廃液から大量に得られるリグノスルホン酸、クラフトリグニン、ソーダリグニン等のアルカリリグニン、ソーダ−アントラキノンリグニン、オルガノソルブリグニン、爆砕リグニン等の単離リグニン(工業リグニン)を挙げることができる。これらのリグニンは、いずれか一種を用いても良いし二種以上を併用しても良い。
【0042】
本発明のリグニン誘導体の製造方法において、適用可能なイオン液体の種類、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物の種類、並びに反応条件は、上述の多糖類誘導体の製造方法の場合と同様である。
【0043】
製造したリグニン誘導体は、改質等を目的として、NaOH等の塩基もしくは硫酸等の酸触媒を用いる従来の方法により、あるいは引き続き本発明におけるイオン液体の存在下で、鎖状もしくは環状エステル化合物等の各種試薬とさらに反応させ、別のリグニン誘導体へと変換することができる。例えば、エステル化したリグニン誘導体に、エステル化合物を作用させ、エステル交換反応を経て別のリグニン誘導体を製造することができる。適切なエステル化合物を反応させることにより、リグニン誘導体の加工性、紡糸性能等の特性を改善することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
(実施例1)
バガス(サトウキビ残渣、粒径;250μm〜500μm、120mg)を、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12.3、4g)に溶解させ、80℃、攪拌条件下で一晩真空乾燥させた。その後、反応容器のAr置換を行い、イソプロペニルアセテート(4ml)を反応系に加えた。得られた反応溶液を80℃、攪拌条件下で一晩反応させた。反応溶液から、メタノールによる再沈殿、続く濾過により固体状の多糖類誘導体を得た。また、得られた濾液の減圧留去によりメタノール及びイソプロペニルアセテートを除き、得られた溶液を多量の水に沈殿させることで、リグニン誘導体を得た。残存の液相は、減圧留去により水を除き、イオン液体を回収した。固体状の多糖類誘導体の固体13C NMRスペクトルを図1のC)に、FT−IRスペクトル(ATR法)を図2のC)示す。また、リグニン誘導体のH NMRスペクトルを図3のA)に、FT−IRスペクトル(ATR法)を図4のA)にそれぞれ示す。なお、図1のA)、図2のA)は市販の酢酸セルロースを示している。これらの結果から、バガスから直接的に、セルロース誘導体である酢酸セルロースが製造されたことが確認された。また、図1のC)では、120ppm付近に現れるリグニン由来のピークが観測されなかったため、酢酸セルロースがリグニンと完全に分離した状態で得られることが明らかとなった。さらに、図3のA)では、4.5〜5.5ppmに多糖に由来するピークが観測されなかったため、リグニン誘導体は酢酸セルロースと分離した状態で得られることが明らかとなった。
【0045】
(実施例2〜4)
バガスに代えて、バイオマス原料としてケナフ(実施例2)、ユーカリ(実施例3)及びスギ(実施例4)を用いた以外は、実施例1と同様の手順で多糖類誘導体を製造した。得られた多糖類誘導体及びリグニン誘導体のスペクトルを図1〜4に示す。図1において、D)はケナフより得られた多糖類誘導体、E)はユーカリより得られた多糖類誘導体、F)はスギより得られた多糖類誘導体の固体13C NMRスペクトルを示している。また、図2において、D)はケナフより得られた多糖類誘導体、E)はユーカリより得られた多糖類誘導体、F)はスギより得られた多糖類誘導体のFT−IRスペクトル(ATR法)を示している。また、図3において、B)はケナフより得られたリグニン誘導体、C)はユーカリより得られたリグニン誘導体、D)はスギより得られたリグニン誘導体のH NMRスペクトルを示している。さらに、図4において、B)はケナフより得られたリグニン誘導体、C)はユーカリより得られたリグニン誘導体、D)はスギより得られたリグニン誘導体のFT−IRスペクトル(ATR法)を示している。これらの結果から、ケナフ、ユーカリ及びスギを原料として、酢酸セルロース及びリグニン誘導体が直接的に得られたことが確認された。
【0046】
(実施例5)
セルロース(SIGMA−ALDRICHより購入したAvicel、600mg、[モノマー単位]=3.7mmol)を、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(20g)に溶解させ、80℃、攪拌条件下で一晩真空乾燥させた。ここで、[モノマー単位]とは、モノマー単位(繰り返し単位)としての濃度を表している。その後反応容器のAr置換を行い、イソプロペニルアセテート(20ml、184mmol)を反応系に加えた。得られた反応溶液を80℃、攪拌条件下で一晩反応させた。反応溶液を大過剰のメタノールで再沈殿させ、続く濾過により固体状の物質を得た。得られた物質の固体13C スペクトル、FT−IRスペクトル(ATR法)及びH NMRスペクトルをそれぞれ図1のB)、図2のB及び図5のB)に示す。なお、図5のA)は市販の酢酸セルロースを示している。これらの結果から、セルロースを原料として酢酸セルロースが得られたことが確認された。
【0047】
(実施例6)
キチン(SIGMA−ALDRICHより購入、120mg、[モノマー単位]=0.54mmol)を、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(4g)に溶解させ、80℃、撹拌条件下で一晩真空乾燥させた。その後反応容器のAr置換を行い、イソプロペニルアセテート(4ml、37mmol)を反応系に加えた。得られた反応溶液を80℃、撹拌条件下で一晩反応させた。反応溶液を大過剰のメタノールで再沈殿させ、続く濾過により固体状の物質を得た。得られた物質のFT−IRスペクトル(ATR法)を図6のB)に示す。なお、図6のA)は原料のキチンを示している。これらの結果から、キチンを原料とするキチンのエステル交換反応の進行が確認された。
【0048】
(実施例7)
セルロース(60mg、[モノマー単位]=0.40mmol)を、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(2.0g)に溶解させ、80℃、攪拌条件下で一晩真空乾燥させた。その後反応容器のAr置換を行い、1,2−エポキシヘキサン(2ml、16.6mmol)を反応溶液に加え、アルゴン雰囲気下で反応を行った。反応終了後、メタノールに反応溶液を沈殿させ、固体物を濾過により回収した。得られた固体物を真空乾燥させ、生成物を得た。生成物のH NMRスペクトルを図7に示す。この結果から、生成物はセルロースエーテルと同定された。
【0049】
(実施例8)
セルロース(60mg、[モノマー単位]=0.40mmol)を、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(4.0g)に溶解させ、80℃、攪拌条件下で一晩真空乾燥させた。その後反応容器のAr置換を行い、δ−バレロラクトン(4ml、44mmol)を加えた。得られた反応溶液を80℃、攪拌条件下で一晩反応させた。得られた液体をメタノールに沈殿させ、デカンテーションにより沈殿物を回収した。回収した沈殿物について測定したH NMRスペクトル及びFT−IRスペクトル(ATR法)をそれぞれ図8及び図9のB)に示す。なお、図9のA)は、セルロースのFT−IRスペクトルを示している。図8及び図9の結果から、ポリエステルが生成したことが確認された。
【0050】
(比較例1)
セルロース(SIGMA−ALDRICHより購入したAvicel、60mg、[モノマー単位]=0.37mmol)を、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド(アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが1.8、2g)に加え、80℃、攪拌条件下で一晩真空乾燥させた。その後反応容器のAr置換を行い、イソプロペニルアセテート(2ml、18.4mmol)を反応系に加え、80℃、攪拌条件下で一晩反応させた。生成物のFT−IRスペクトル(ATR法)を図10のB)に示す。なお、図10のA)は反応前のセルロースを示している。図10に示すように、生成物には1750cm−1にピークは現れず、セルロースの水酸基はアセチル基によって置換されていないことが明らかとなった。
【0051】
(実施例9)酢酸酪酸セルロースの合成
セルロースのエステル交換反応により酢酸酪酸セルロース(CAB)を合成した。以下にその合成方法を示す。はじめに、セルロース(240mg、グルコース単位=1.48mmol)及び8gの1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)をシュレンク管に測り入れた。得られた混合溶液を80℃のオイルバス中で3時間、減圧乾燥させた後に、アルゴンにより系中を置換した。次に、それぞれ0.2〜0.5mlのビニルブチレート又はイソプロペニルアセテート(IPA)を反応溶液へ滴下し、反応を開始させた。80℃で一晩反応させた後、8mlのIPA(73.5mmol)又はビニルブチレート(63.1mmol)を反応溶液へ滴下し、80℃でさらに4時間反応させた。この工程では、未反応の水酸基をエステル交換反応でエステル化するため、大過剰の試薬を添加している。反応終了後、得られた溶液をメタノール/水混合溶液への再沈殿により精製した。ろ過により得られた固体を減圧乾燥し、反応生成物である酢酸酪酸セルロースを得た。酢酸酪酸セルロースの置換度を測定する目的で、酢酸酪酸セルロースのベンゾイル化反応を行った。ベンゾイル化の手順を以下に示す。はじめに、酢酸酪酸セルロース(100mg)、クロロホルム(4ml)、トリエチルアミン(0.44ml、3.12mmol)をナス型フラスコに秤量した。得られた溶液に、安息香酸クロライド(0.36ml、3.12mmol)を滴下し、反応溶液を撹拌した。一晩反応を行った後、反応溶液をメタノール/水混合溶液への再沈殿を行った。その後、得られた固体を減圧乾燥し、目的の高分子化合物を得た。得られた生成物の化学構造はIRスペクトル測定及びH NMR測定により決定した。生成物のIRスペクトルを図11に、H NMRスペクトル(CDCl中)を図12にそれぞれ示す。図11の上側は原料であるセルロースのIRスペクトルを示す。なお、生成物におけるアセチル基及びブチリル基の位置選択性は図11及び図12中の化学式のとおりではない。H NMR測定の結果、セルロースの3つの水酸基に対するアセチル基及びブチリル基による置換位置はランダムであり、また、セルロースの水酸基の位置によるアセチル基もしくはブチリル基の導入率の違いはみられなかった。図11及び図12に示すように、酢酸酪酸セルロースが生成したことが確認された。
【0052】
また、ビニルブチレート又はイソプロペニルアセテート(IPA)の使用量(0.2〜0.5ml)に対する、生成物におけるアセチル基及びブチリル基の置換度の変化をそれぞれ図13及び図14に示す。なお、アセチル基及びブチリル基の置換度はH NMRスペクトルから算出することができる。さらに、置換度(ブチリル基)に対する、酢酸酪酸セルロースのガラス転移点(Tg)及び熱分解温度(TD50)の変化を図15に示す。図13及び図14の結果から、試薬量の調整によってアセチル基及びブチリル基の導入比率を制御可能であることがわかった。また、図15に示すように、ブチリル基による置換度の増加に伴い、熱分解温度は変化せず、ガラス転移点が低下することが明らかとなった。このことから、使用する試薬量を調整することによって酢酸酪酸セルロースの成形性等の物性を制御できることが示唆された。
【0053】
(実施例10)DMSOを共溶媒として用いた酢酸セルロースの合成
セルロース(120mg、グルコース単位=0.74mmol)、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc、440mg)をシュレンク管に封入した。混合溶液を80℃で4時間攪拌させながら減圧乾燥した。乾燥終了後、系内をアルゴンにより置換した。続いて、ジメチルスルホキシド(DMSO、4mL)及びイソプロペニルアセテート(IPA、4mL)を反応系内に滴下し、80℃で一晩反応を行った。反応終了後、反応溶液のメタノールへの再沈殿により、固体状の生成物を得た。得られた酢酸セルロースの置換度を測定する目的で、酢酸セルロースのベンゾイル化反応を行った。ベンゾイル化の手順を以下に示す。はじめに、酢酸セルロース(100mg)、クロロホルム(4ml)、トリエチルアミン(0.44ml、3.12mmol)をナス型フラスコに秤量した。得られた溶液に、安息香酸クロライド(0.36ml、3.12mmol)を滴下し、反応溶液を撹拌した。一晩反応を行った後、反応溶液をメタノールへの再沈殿を行った。その後、得られた固体を減圧乾燥し、目的の高分子化合物を得た。得られた生成物の化学構造はH NMR測定により決定した。
【0054】
以下の実験を、120mgのセルロースに対するイオン液体(EmimAc)の重量を様々に変化させて同様に行った。図16に、イオン液体とセルロースとの重量比([イオン液体]0/[セルロース]0)に対するセルロースの水酸基の置換度の変化を示す。実験は、重量比1.25から33.33まで変化させて行ったが、いずれの重量比でも高い置換度の酢酸セルロースが得られた。しかし、重量比が2.42以上の場合には置換度は2.9を超えるのに対し、重量比が1.25の場合は置換度は2.78となり、酢酸セルロースの生成量も若干低下することから、重量比は2以上が好ましいことが示唆された。
【0055】
(実施例11)酢酸リグニンの合成
アルカリリグニン(1g)と1−エチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc、20g)をシュレンク管に封入し、オイルバス内80℃で撹拌しながら一晩減圧乾燥した。アルゴン雰囲気下、イソプロペニルアセテート(IPA、20mL、0.183mol)を加え、得られた反応溶液を80℃で2時間撹拌した。反応後の溶液を水に再沈殿させ、得られた固体を減圧乾燥し、生成物を得た。生成物であるアセチル化リグニンの構造はH NMR及びFT−IR測定により解析した。生成物のH NMRスペクトルを図17に、FT−IRスペクトルを図18にそれぞれ示す。図17及び図18の結果から、アセチル基のピークが観測され、酢酸リグニンの生成が確認された。
【0056】
(参考例1)酢酸リグニンに対するエステル交換反応
アセチル化リグニン(50mg)、DMF(2mL)、水酸化ナトリウム(NaOH、70.5mg、1.76mmol)、ラウリル酸クロリド(1mL、4.32mmol)をナスフラスコに封入し、窒素雰囲気下、オイルバス内80℃で撹拌しながら一晩(21時間)反応させた。反応後の溶液を濃縮させ、ヘキサンを添加した。得られた溶液の遠心分離操作により、固体を得た。さらに得られた固体を、水で洗浄した。回収した固体を減圧乾燥し、目的の生成物を得た。生成物の構造はH NMR及びFT−IR測定により解析した。図19に、生成物のH NMRスペクトルを、反応物である酢酸リグニン及びラウリル酸クロリドのH NMRスペクトルとともに示す。図19の結果から明らかなように、酢酸リグニンのエステル交換反応が起こり、酢酸リグニンのアセチル基がラウロイル基によって置換されたことがわかった。
【0057】
なお、本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0058】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
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図19