特許第6799282号(P6799282)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6799282銀反射鏡並びにその製造方法及び検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6799282
(24)【登録日】2020年11月25日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】銀反射鏡並びにその製造方法及び検査方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/08 20060101AFI20201207BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20201207BHJP
【FI】
   G02B5/08 A
   G02B5/08 C
   C23C14/06 N
【請求項の数】15
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2017-530867(P2017-530867)
(86)(22)【出願日】2016年7月25日
(86)【国際出願番号】JP2016071784
(87)【国際公開番号】WO2017018393
(87)【国際公開日】20170202
【審査請求日】2019年6月11日
(31)【優先権主張番号】特願2015-148151(P2015-148151)
(32)【優先日】2015年7月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109221
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 充広
(72)【発明者】
【氏名】川路 宗矩
(72)【発明者】
【氏名】中村 新吾
(72)【発明者】
【氏名】田口 智一
【審査官】 小西 隆
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2005/029142(WO,A1)
【文献】 特開2003−329818(JP,A)
【文献】 国際公開第02/075376(WO,A1)
【文献】 国際公開第2015/083497(WO,A1)
【文献】 特開2007−241017(JP,A)
【文献】 特開2009−116263(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/049223(WO,A1)
【文献】 特開2004−163714(JP,A)
【文献】 特開2011−221208(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/00 − 5/136
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地の密着層と、前記密着層上に形成される主銀層と、前記主銀層上に形成される増反射層とを反射膜として備える銀反射鏡であって、
前記主銀層は、銀及び銀を主とする合金のいずれかで形成され、
前記反射膜の成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、
前記反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、
前記110℃の高温乾燥環境に投入後の前記反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、かつ、
前記110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力値と、前記85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が、40MPa以下である銀反射鏡。
【請求項2】
前記密着層は、酸化アルミニウムを主とする層を少なくとも1層含み、当該酸化アルミニウムを主とする層は、イオンアシスト法を用いて成膜されており、当該酸化アルミニウムを主とする層の膜応力は、圧縮応力である、請求項1に記載の銀反射鏡。
【請求項3】
前記密着層及び前記密着層及び前記増反射層のいずれかは、少なくとも2層以上の調整層を含み、一方の調整層は、単層の状態において、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、負方向に変化し、他方の調整層は、単層の状態において、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、正方向に変化する、請求項1及び2のいずれか一項に記載の銀反射鏡。
【請求項4】
前記銀を主とする合金の添加材料は、Bi、Pd、Cu、Au、Ge、Nd、及びAlのいずれかである、請求項1〜のいずれか一項に記載の銀反射鏡。
【請求項5】
前記密着層は、少なくとも2層以上を含み、前記密着層を構成する各層の材料は、酸化アルミニウムを主とする材料、LaTiO、CeO、Y及びSnOのうち少なくとも一種から選ばれる、請求項1〜のいずれか一項に記載の銀反射鏡。
【請求項6】
前記密着層のうち、前記主銀層と直接密着する層の材料が、LaTiO、CeO、Y及びSnOのうち少なくとも一種から選ばれる、請求項に記載の銀反射鏡。
【請求項7】
前記増反射層は、少なくとも3層以上を含み、前記増反射層のうち、前記主銀層と直接密着する層が、酸化アルミニウムを主とする材料で形成されている、請求項1〜のいずれか一項に記載の銀反射鏡。
【請求項8】
前記増反射層の膜応力が、−50MPaよりも負に大きい、請求項1〜のいずれか一項に記載の銀反射鏡。
【請求項9】
前記酸化アルミニウムを主とする層の屈折率が、1.55〜1.65である、請求項2に記載の銀反射鏡。
【請求項10】
前記増反射層は、3層以上を含み、酸化アルミニウムを主とする材料で形成され前記主銀層と密着する層の上に、高屈折率材料の層と低屈折率材料の層とを交互に積層した構造を有し、前記高屈折率材料は、TiO、Nb、Ta、LaTiO、ZrO、及びこれらの材料の混合材料のうち少なくとも一種から選ばれ、前記低屈折率材料は、SiO及びSiOに酸化アルミニウムを混ぜた混合材料のうち少なくとも一種から選ばれる、請求項1〜のいずれか一項に記載の銀反射鏡。
【請求項11】
下地の密着層と、前記密着層上に形成される主銀層と、前記主銀層上に形成される増反射層とを反射膜として備える銀反射鏡の検査方法であって、
前記主銀層は、銀及び銀を主とする合金のいずれかで形成され、
前記反射膜の成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるか否かを判定するとともに、
前記反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力値と、前記反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後に前記反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が、40MPa以下であるか否かを判定する銀反射鏡の検査方法。
【請求項12】
前記反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるか否かを判定し、
前記110℃の高温乾燥環境に投入後の前記反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるか否かを判定する、請求項11に記載の銀反射鏡の検査方法。
【請求項13】
前記密着層がイオンアシスト法を用いて成膜された酸化アルミニウムを主とする層を含む場合に、当該酸化アルミニウムを主とする層の膜応力が圧縮応力であるか否かを判定する、請求項12に記載の銀反射鏡の検査方法。
【請求項14】
下地の密着層と、前記密着層上に形成される主銀層と、前記主銀層上に形成される増反射層とを反射膜として備える銀反射鏡の製造方法であって、
前記主銀層は、銀及び銀を主とする合金のいずれかで形成され、
前記反射膜の成膜後の膜応力を、+100MPaから−100MPaまでの範囲にするとともに、
前記反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力値と、前記反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後に前記反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値を、40MPa以下する銀反射鏡の製造方法。
【請求項15】
前記銀反射鏡と同一の構造を有するテストピースを作製して、膜応力の計測を行う、請求項14に記載の銀反射鏡の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温多湿の環境下での使用に際して耐久性を有するとともに膜応力による光学面の変形を抑えることができる銀反射鏡、並びに、その製造方法及び検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
反射鏡として、基材上に銀を含む反射膜を形成したものが存在する(例えば特許文献1〜3)。このような反射鏡において、光学面形状の変化抑制、反射膜の密着性向上、反射膜の耐腐食性向上等が課題となっている。特に車載製品のような過酷な使用環境におかれる反射鏡については、非常に高い耐環境性能を求められる。
【0003】
上記特許文献1には、プラスチック基材の表面に、銀を含む反射膜を形成した光反射鏡であって、プラスチック基材が熱硬化性樹脂成形品であり、密着性向上膜がCr、Al、LaTiOその他で形成され、反射増加層がY、Alその他の複数層からなるものが記載されている。ここで、反射膜を構成する各膜は、プラズマを利用した蒸着によって形成される。
【0004】
上記特許文献2には、銀膜の両面側に直接酸化アルミニウムを主体とする膜が形成された構造を有する反射鏡であって、両面の酸化アルミニウム主体の膜がいずれも酸化アルミニウム又は酸窒化アルミニウムからなるものが、記載されている。ここで、酸化アルミニウム主体の膜は、いずれもスパッタリング法、イオンビームアシスト蒸着法等によって成膜される。
【0005】
上記特許文献3には、基材層と、基材層の上に形成され基材層を凸面形状に変形させる応力調整膜と、この応力調整膜の上に形成された反射膜とを有するレーザー光用光学ミラーであって、応力調整膜が、硫化亜鉛、酸化セリウム、又は酸化珪素のいずれかを含むものが記載されている。ここで、応力調整膜は、イオンもしくはプラズマを含む物理的なアシストにより形成される。
【0006】
上記特許文献1については、反射膜の環境に対する耐性について触れているが、具体的にどのような構成によってどの程度の高耐久性を達成できるかといった具体的な手法又は定量的な説明がなされていない。
【0007】
上記特許文献2については、50℃〜200℃の熱処理によって反射率を向上させているが、耐湿性を含めた条件については、温度70℃、湿度90%で反射率の変化を測定するのみであり、耐湿性を向上させる具体的な手法についての開示がない。
【0008】
上記特許文献3については、Ag膜の引張応力を相殺するような引張応力を有する応力調整膜によって凸面の変形を抑制する構造としているが、高温環境や高温高湿環境での耐久性についての開示がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−133331号公報
【特許文献2】国際公開WO2005/029142号
【特許文献3】特開2009−116263号公報
【発明の概要】
【0010】
本発明は、上記背景技術に鑑みてなされたものであり、銀を用いて達成した高い反射特性を高温多湿の環境下でも維持できるとともに、膜応力を小さく抑えて光学面の面変形を小さく抑えることができる銀反射鏡を提供することを目的とする。
【0011】
また、本発明は、高い耐久性及び性能を有する銀反射鏡の製造方法及びその検査方法を提供することを目的とする。
【0012】
上記目的を達成するため、本発明に係る銀反射鏡は、下地の密着層と、密着層上に形成される主銀層と、主銀層上に形成される増反射層とを反射膜として備える銀反射鏡であって、主銀層は、銀及び銀を主とする合金のいずれかで形成され、反射膜の成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、110℃の高温乾燥環境に投入後の反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、かつ、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力値と、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が、40MPa以下である。ここで、高温乾燥環境における乾燥とは、20%RH以下を意味する。
【0013】
上記銀反射鏡によれば、成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるだけでなく、反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力と、110℃の高温乾燥環境に投入後の反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力とが、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるので、基材等に付与される応力を低減して光学面の面変形を小さく抑えることができる。さらに、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力値と、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が40MPa以下であるので、変動環境の変化に伴う水分の出入り等による膜状態の変動が抑えられ反射膜と下地との界面にせん断的な応力が生じにくくなると考えられ、反射膜の剥離等の劣化を防止して高い反射特性を高温多湿の環境下でも維持できる。具体的には、例えば85℃85%RHの環境下に1000時間保持する耐久性試験を経ても、反射率の実質的な低下が認められず、クラック、膜浮き等の外観不良も殆ど生じない。
【0014】
上記目的を達成するため、本発明に係る銀反射鏡の検査方法は、下地の密着層と、密着層上に形成される主銀層と、主銀層上に形成される増反射層とを反射膜として備える銀反射鏡の検査方法であって、主銀層は、銀及び銀を主とする合金のいずれかで形成され、反射膜の成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるか否かを判定するとともに、反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力値と、反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後に反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が、40MPa以下であるか否かを判定する。
【0015】
上記検査方法によれば、成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるか否かを判定しており、基材等に付与される応力を低減して光学面の面変形を小さく抑えることができる銀反射鏡であるか否かを確認することができる。さらに、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力値と、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が40MPa以下であるか否かを判定するので、変動環境の変化に伴う水分の出入り等による反射膜の剥離等の劣化を防止して高い反射特性を高温多湿の環境下でも維持できる銀反射鏡であるか否かを確認することができる。
【0016】
上記目的を達成するため、本発明に係る銀反射鏡の製造方法は、下地の密着層と、密着層上に形成される主銀層と、主銀層上に形成される増反射層とを反射膜として備える銀反射鏡の製造方法であって、主銀層は、銀及び銀を主とする合金のいずれかで形成され、反射膜の成膜後の膜応力を、+100MPaから−100MPaまでの範囲にするとともに、反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力値と、反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後に反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値を、40MPa以下する。
【0017】
上記製造方法によれば、成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、基材等に付与される応力を低減して光学面の面変形を小さく抑えることができる。さらに、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力値と、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が40MPa以下であるので、変動環境の変化に伴う水分の出入り等による膜状態の変動が抑えられ反射膜と下地との界面にせん断的な応力が生じにくくなると考えられ、反射膜の剥離等の劣化を防止して高い反射特性を高温多湿の環境下でも維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施形態の銀反射鏡の構造の一例を説明する拡大断面図である。
図2図1に示す銀反射鏡の製造に用いる成膜装置の一例を説明する概念的な断面図である。
図3図1の銀反射鏡の検査又は評価に用いる環境試験装置を説明する概念的な断面図である。
図4図1の銀反射鏡の評価に用いる膜応力の計測装置を説明する概念的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
〔実施形態〕
図面を参照して、本発明の一実施形態に係る銀反射鏡及びその製造方法等について説明する。
【0020】
図1に示すように、本実施形態の銀反射鏡10は、平板状の基板20と、基板20上に形成された薄膜である反射膜30とを備える。
【0021】
基板20は、例えば板状の部材であり、反射膜30によって被覆される平坦な又は湾曲した光学面21を有する。基板20は、光透過性を有する必要はない。基板20は、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィンポリマー(COP)、アクリル樹脂(PMMA)、ポリエチレンテレフタラート(PET)等の樹脂材料で形成されているが、樹脂材料に限らず、石英、ガラス、セラミックスその他の無機材料で形成されてもよい。
【0022】
反射膜30は、基板20の光学面21上に下地として形成される密着層31と、密着層31上に形成される主銀層32と、主銀層32上に形成される増反射層33とを備える。つまり、主銀層32は、密着層31と増反射層33との間に挟まれている。
【0023】
密着層31は、2層以上で構成することが望ましい。密着層31を2層以上とすることで、基板20からの水を遮断する効果を高めることができる。ここで、2層以上とは、上側の主銀層32に対して密着が良い材料の層と、下側の基板20に対して密着が良い材料の層とを意味する。密着層31が1層構成である場合、主銀層32と基板20との双方に密着が良い材料を選択する必要があるが、この場合、膜質や応力のコントロールが容易でなくなる。さらに、主銀層32の耐環境性を高めるためには、基板20からの水分の影響を加味しなければならない。高温高湿環境及び高温乾燥環境から起こる各膜へのストレスに伴う膜浮き、クラック等を抑制する意味で、各膜の膜応力を調整して、それらのバランスが取れた状態とする必要がある。以上において、密着性の観点で選ばれた2層の材料同士の密着が悪い場合、もしくは、水分遮断効果を高めたい場合は、3層又はそれ以上にすることもできる。密着層31において、水分を遮断する媒質としてはいくつかあげられるが、一つは酸化アルミニウムを主とする層が好ましいことが分かった。酸化アルミニウムを主とする層とは、純粋な酸化アルミニウムのほか、酸化アルミニウムにLaが5〜10%程度混合されているメルク社製の「Substance M2」や、「Substance M3」を用いる場合を含む。密着層31で使用する酸化アルミニウムを主とする層についてイオンアシストを行わないで成膜する場合、水分遮断効果は認められるが、材料そのものの引っ張り応力が強く、高温高湿環境での耐久性を持たせるには比較的不向きであることが分かった。そこで、本願発明者は、イオンアシストを用いて膜を緻密化させ、水分遮断の効果と応力調整の効果との両立を狙うことにした。様々な実験の結果、イオンアシストの出力や成膜レートといった成膜条件を層全体の膜応力との相互関係を加味しながら調整することで、高温高湿の耐性を向上させ得ることが分かった。つまり、密着層31の下側を構成する層として、イオンアシスト法を用いて形成された酸化アルミニウムを主とする層が好ましいことが分かった。また、密着層31の上側を構成する層については、銀との密着性が良い材料として、LaTiO3、CeO、Y3、SnOを用いることが好ましいことが分かった。これらの材料を用いることで、密着を促すとともに応力調整が容易になる。
【0024】
密着層31は、酸化アルミニウムを主とする層を少なくとも1層含み、当該酸化アルミニウムを主とする層は、イオンアシスト法を用いて成膜されている。当該酸化アルミニウムを主とする層の膜応力は、圧縮応力である。これにより、酸化アルミニウム層において若干の水分の通過を可能にして高温多湿の環境に対する耐性を高めることができるとともに、圧縮応力とすることである程度の緻密性と強度とを確保することができる。
【0025】
具体的な密着層31は、基板20側の第1層31aと、主銀層32側の第2層31bとを含む。両層31a,31bは、10nm〜200nm程度、より好ましくは20nm〜100nmの厚みを有する。ここで、第1層31aは、基板20に直接密着するとともに水分を遮断しつつも幾分透過させる緩衝層的な役割を有する薄膜層であり、第2層31bは、主銀層32と直接密着するとともに水分を確実に遮断する役割を有する薄膜層である。基板20側の第1層31aは、上記のように酸化アルミニウムを主とする層であり、イオンアシスト法を用いて成膜されている。主銀層32と直接密着する第2層31bは、上記のようにLaTiO、CeO、Y及びSnOのうち少なくとも一種から選ばれる材料から形成される層であり、イオンアシスト法を用いて成膜されている。
【0026】
なお、両層31a,31bについては、全体で膜厚20nm以下であっても密着を向上させる効果はあるが、膜厚20nm以下では薄膜の成長途中であり、膜の連続性からなる十分な水分遮断効果を発揮させるためには膜厚20nm以上とすることが好ましい。一方、膜厚100nm以上の場合も密着や水分遮断効果は十分あるが、一方で厚み増加にともなって基板20の表面粗さを増大させたり膜応力の影響を増加させたりするといった副作用があり、密着層という観点では、膜厚100nm以下で制御されていることが好ましい。
【0027】
密着層31は、少なくとも1層の膜応力に関する調整層を含み、2層以上を含む場合、一方の調整層(詳細は後述するが、第1及び第2層31a,31bのうち一方に対応)は、単層の状態において、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、より圧縮力を受け負方向に変化する。この場合、一方の調整層は、膜応力が負方向に変化する密度が比較的低い材料(例えばイオンアシスト法を適用するとともに、その際の成膜やイオン供給に関する各種条件をバランスさせることによって実現した酸化アルミニウム)によって、若干の水抜けを可能にする状態を確保し、高温多湿な環境に対する耐性を高めることができる。また、他方の調整層(第1及び第2層31a,31bのうち他方に対応)は、単層の状態において、110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、正方向に変化する。この場合、他方の調整層は、密度が高くなって、水分を確実に遮断することができ、調整層自体の強度が高まっていると判断される。ただし、他方の調整層は、過度に密度が高くなって膜応力が増加することを防止すべく、膜応力が負方向に変化するものと組み合わせることが望ましい。
【0028】
密着層31を構成する一対の層31a,31bの機能についてより詳しく説明する。まず、第1層31aは、第2層31bと比較して密度が低い材料で形成されることによって水分を遮断しつつも幾分透過させる。つまり、第1層31aは、第2層31bと比較して水抜けが良好な状態を確保しており、水分に対する緩衝材として剥離を防止する機能を有し、高温多湿な環境に対する反射膜30の耐性を高めることができる。また、第1層31aは、膜応力のバランスをとるための調整層となっており、比較的弱い負の膜応力を有するものとなっている。ここで、負の膜応力とは、圧縮応力を受けている状態を意味し、膜の延びる方向に関して伸びようとするものであり、基材に対して相対的に密度の高い状態に相当する。さらに、第1層31aとしては、単層の状態において、雰囲気温度110℃で相対湿度20%RH以下(具体的には湿度略ゼロ)の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、負方向に変化するようなものを選択する。第1層31aは、上記のような湿度増加型の環境試験によって圧縮応力が増すものであり、適度の水抜け又は水分浸透が確保されたものであると判断される。なお、第1層31aは、膜応力の調整その他の観点で、膜応力が正方向に変化する第2層31bと組み合わせることが望ましい。
【0029】
一方、第2層31bは、第1層31aと比較して密度が高い材料で形成されることによって、第2層31bと比較して水抜けがよくない状態を確保しており、主銀層32を保護して、高温多湿な環境に対する反射膜30の耐性を高めることができる。また、第2層31bは、膜応力のバランスをとるための調整層となっており、一定以上の負の膜応力を有するものとなっている。さらに、第2層31bとしては、単層の状態において、雰囲気温度110℃で相対湿度20%RH以下(具体的には湿度略ゼロ)の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、正方向に変化するようなものを選択する。第2層31bは、上記のような湿度増加型の環境試験によって圧縮応力が若干減るものであり、水分の遮断効果が高いものであると判断される。
【0030】
本実施形態において、主銀層32は、銀のみで形成された薄膜である。主銀層32は、数10nm〜100nm程度、より好ましくは50nm〜100nm程度の厚みを有する。なお、主銀層32は、金属腐食耐性をさらに強化したい場合には、反射率が低下しない程度の範囲内で銀を主とする合金で形成してもよい。銀合金の添加材料としては、例えばBi、Pd、Cu、Au、Ge、Nd、Al等が挙げられる。
【0031】
増反射層33において、主銀層32に直接接触する第1層33fの材料は、酸化アルミニウムを主とする材料とする。主銀層32の反射率を高めるための多層膜設計において、屈折率が高い層が第1層目にあると反射性能の低下を招くおそれがあったためである。酸化アルミニウムは、比較的低屈折の材料(広義の低屈折率材料)で光学設計的に望ましく、かつ主銀層32との密着性も比較的良好である。密着層31で用いるLaTiO、CeO2、3、SnOといった材料は、屈折率が1.8以上と高く、1層目としては薄膜設計上不適切であり、密着性や応力調整の観点で検討した結果、酸化アルミニウムを含む層によって諸要件が満足されることが分かった。また、第1層33f上に積層される層は、増反射を目的とした設計上、高屈折率材料と低屈折率材料とを用いた2層以上であれば、品質上問題ないことが分かった。
【0032】
増反射層33は、少なくとも3層以上を含む。具体的な増反射層33は、最下の第1層33f上に高屈折率材料層33aと低屈折率材料層33bとを交互に積層した誘電体多層膜であり、最上層は、低屈折率材料層33bで形成される。なお、主銀層32に接する第1層33fは、最上の低屈折率材料層33bに比較して屈折率が高い点で中屈折率材料層と見ることもできるが、広義には高屈折率材料層33aとの関係で低屈折率材料層と呼ぶものとする。高屈折率材料層33aは、1.8以上の屈折率を有し、低屈折率材料層33bは、1.55以下の屈折率を有し、第1層33fは、1.55以上であって1.80未満の屈折率を有する。低屈折率材料層33bの材料は、SiO及びSiOに酸化アルミニウムを混ぜた混合材料のうち少なくとも一種から選ばれる。高屈折率材料層33aの材料は、TiO、Nb、Ta、LaTiO、ZrO、及びこれらの材料の混合材料のうち少なくとも一種から選ばれる。なお、第1層33fは、上記のように酸化アルミニウムを主とする材料で形成される。
【0033】
高屈折率材料層33a及び低屈折率材料層33bは、光学設計によって各層毎に屈折率に応じた膜厚が設定され、同じ屈折率材料層33a,33bであっても厚みが異なる場合がある。また、増反射層33が複数の高屈折率材料層33aや複数の低屈折率材料層33bで構成される場合、例えば複数の高屈折率材料層33aを互いに異なる屈折率を有する異なる材料で形成することができる。さらに、単一の低屈折率材料層33bを複数種類の低屈折率材料層で構成することができ、同様に単一の高屈折率材料層33aを複数種類の高屈折率材料層で構成することもできる。
【0034】
なお、増反射層33は、密着層31と同様に、少なくとも1層の調整層を含んでもよい。つまり、増反射層33を構成する第1層33fやその上の高屈折率材料層33aは、膜応力のバランスをとるための調整層とすることもできる。例えば主銀層32に隣接する第1層33fは、密着層31の第1層31aと同様に、比較的弱い負の膜応力を有する調整層とできる。また、第1層33fは、単層の状態において、雰囲気温度110℃で相対湿度20%RH以下(具体的には湿度略ゼロ)の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、負方向に変化するようなものとできる。また、第1層33f上の高屈折率材料層33aは、密着層31の第2層31bと同様に、一定以上の負の膜応力を有する調整層とできる。高屈折率材料層33aは、単層の状態において、雰囲気温度110℃で相対湿度20%RH以下(具体的には湿度略ゼロ)の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力に対して、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、正方向に変化するようなものを選択する。
【0035】
その他、増反射層33全体の膜応力は、高温環境でのクラック防止等の観点で、−50MPaよりも負に大きい状態であることが好ましい。この場合、基板20の伸縮に対する増反射層33の許容性が増し、高温乾燥環境に長時間おかれてクラックが発生しやすくなるのを防止できる。
【0036】
以下、図2を参照して、図1に示す基板20等に相当するワークW表面上に反射膜30を構成する要素膜を作製するための成膜装置について説明する。
【0037】
図示の成膜装置100は、真空容器59内に、成膜材料源としての蒸着源51と、複数のワークWを支持して回転させる蒸着ホルダー52と、蒸着ホルダー52の経線方向に関して膜厚を調節する膜厚補正板54と、成膜時にワークWにイオンビームを照射するイオンガン56と、イオンを中和させる中和ガン57とを備える。また、成膜装置100は、真空容器59外に、蒸着源51の動作を制御する蒸着源駆動部61と、蒸着ホルダー52を回転駆動するホルダー駆動部62と、膜厚補正板54の姿勢等を調整する補正板駆動部64と、イオンガン56等を動作させるイオンガン駆動部65と、イオンガン56等にガスを供給するガス供給部66と、真空容器59内を減圧するガス排出部67と、成膜装置100を構成する各部の動作を制御する制御部69とを備える。
【0038】
蒸着源51は、各種成膜材料の真空蒸着を可能にするものであり、真空容器59の底部においてステージ上に固定されている。蒸着源51は、蒸発物質を保持する容器(不図示)を有し、容器内の蒸発物質51aは、電子銃や抵抗加熱によって加熱される。蒸着源51からは、蒸発物質の蒸気EMを上方に射出させることができる。蒸着源51は、蒸着源駆動部61によって動作する。蒸着源51には、シャッター51dが付随しており、蒸気EMの射出タイミングを任意に設定することができる。なお、合金を用いた主銀層32の成膜のように蒸発物質51aの主材料を銀とした場合、蒸発温度の違いから成膜後の薄膜内に存在する添加物の割合は、加熱の温度やシャッター51dの開閉のタイミングで調整することができる。
【0039】
蒸着ホルダー52は、真空容器59内で蒸着源51に対向して上方に配置されている。蒸着ホルダー52は、全体としてドーム状又は円錐状であり、多数の支持治具52aを介して多数のワークWを保持する。蒸着ホルダー52は、ホルダー駆動部62によって軸Zのまわりに自転し、各ワークWが蒸着源51に対して周期的に対向配置されるようにする。蒸着ホルダー52は、ワークWの表面Waを蒸着源51に対して所定角度α(具体的には45°)だけ傾斜させる。これは、銀反射鏡10が組み込まれる製品において反射膜30への光線の入射角が角度αであることを考慮したものである。
【0040】
膜厚補正板54は、蒸着源51と蒸着ホルダー52との間に配置されている。膜厚補正板54は、補正板駆動部64によって、真空容器59内の姿勢が制御されている。膜厚補正板54は、機械機構54aにより外部から操作可能になっており、その軸Xの傾きが増減するように適宜上げ下ろしすることができ、必要であればさらに軸Xのまわりに回転させることもできる。膜厚補正板54を上げて蒸着源51の上方に配置した場合、支持治具52aにおいて膜厚補正板54の陰になる部分は、蒸着がされず、蒸着ホルダー52の経方向に関して膜厚差を調整することができる。
【0041】
イオンガン56は、プラズマ中のイオンを電圧印加等によって抽出し、イオンガン56の外部に放出する。具体的には、イオンガン56は、ガス供給部66から供給されたガスをイオン化し、イオンガン56の陽極56aと陰極56bとの間にビーム電圧を印加する。イオンガン56は、イオン化したガス(例えば、正イオン)を陰極56b側に接近、通過させ、イオンビームIBとして真空容器59内に放出する。放出されたイオンビームIBは、蒸着ホルダー52に支持されたワークWの表面Waに照射される。これにより、ワークWの表面Waが活性化し或いはワークWの表面Waの薄膜が再配列し、ワークWの表面Waの薄膜をより密着させつつ緻密にすることができる。
【0042】
イオンビームIBを照射するため、ガス供給部66からイオンガン56に供給されるガスは、不活性ガスに反応性ガスを添加したものとすることができる。不活性ガスとして、例えばアルゴン(Ar)、窒素(N)、ヘリウム(He)等の各種ガス及びこれらの混合ガスを用いることができる。また、反応性ガスとして、例えば酸素(O)等を用いることができる。
【0043】
中和ガン57は、イオンビームIB中のイオンを中和させて電界分布の影響を抑えるためのものである。中和ガン57には、ガス供給部66から電離用のガスが導入されており、導入されたガスが電離される。電離によって生成された電子を真空容器59に放出させると、イオンガン56によってイオン化され蒸着ホルダー52側に放出されたガス分子が電子によって中和される。なお、中和ガン57の代わりに中和グリッドを用いてもよい。
【0044】
その他、ガス排出部67は、真空容器59内を減圧し、真空容器59の底部に設けられた酸素導入口58は、真空容器59内に酸素ガス等を供給する。酸素導入口58とガス排出部67との間には、オートプレッシャーコントローラー(不図示)が設けられており、成膜に際して真空容器59内の酸素圧等を略一定にすることができる。
【0045】
蒸着源駆動部61は、蒸着源51を動作させて蒸発物質の蒸気EMを上方に射出させる。ホルダー駆動部62は、蒸着源51による蒸気EMの形成中、蒸着ホルダー52を中央の軸Zのまわりに回転させる。補正板駆動部64は、蒸着源51による蒸着中、膜厚補正板54の回転その他の姿勢を調整する。イオンガン駆動部65は、蒸着源51による蒸気EMの形成中、イオンガン56を動作させてイオンビームIBをワークWの表面Waに照射するとともに中和ガン57を動作させてワークW周辺の中和を行う。制御部69は、ホルダー駆動部62によって蒸着ホルダー52を回転させつつ蒸着源駆動部61を介して蒸着源51を動作させて、ワークWの表面Waに蒸発物質の薄膜を形成する。この際、制御部69は、イオンガン駆動部65を介してイオンガン56等を動作させて、ワークWの表面Waに形成される蒸発物質の薄膜をワークWに対して密着性の高いものとするとともに、かかる蒸発物質の薄膜を緻密なものとする。
【0046】
以上で説明した成膜装置100は、イオンアシスト法による蒸着(つまりイオンビームアシスト蒸着)を可能にするものであり、主に密着層31を構成する第1層31a及び第2層31bの成膜に用いられる。イオンビームIBを照射する程度を調整することで、第1及び第2層31a,31bの緻密性又は密度を調整することができる。その他、増反射層33を構成する要素膜や主銀層32も、成膜装置100を用いて形成することができる。特に、増反射層33の低屈折率材料層33bや主銀層32については、イオンガン56等を用いない通常の蒸着装置を用いて簡易に形成することができる。なお、反射膜30を構成する複数種類の要素膜を積層する場合、蒸着物質を異ならせた複数の成膜装置100で順次成膜を行うことができるが、同一の成膜装置100において蒸着物質を切り換えながら順次成膜を行うこともできる。
【0047】
以下、図3を参照して、図1に示す銀反射鏡10を検査するための環境試験装置について説明する。
【0048】
図示の環境試験装置200は、断熱壁を有するとともに密閉空間を形成する調湿室71と、空気循環ファン73と、補助的な温調を行う補助温調部74と、室内の温度及び湿度を測定する温湿度センサー75と、調湿室71の室内の温度及び湿度を一定に保つための空気調整部77と、これらを制御する制御装置79とを備える。なお、環境試験装置200で試験されるワークW2は、完成品である銀反射鏡10の場合もあるが、基板20上に密着層31を構成する第1層31a、第2層31b等を単独で成膜したものとする場合もある。
【0049】
調湿室71は、複数のワークW2を棚71aに支持された状態で収納する。その際、空気循環ファン73によって調湿室71内の雰囲気の循環を図りつつ、温湿度センサー75によって調湿室71内の温度及び湿度を監視する。補助温調部74は、温湿度センサー75の検出結果に基づいてワークW2の周辺の空気を補助的に加熱又は冷却する。
【0050】
空気調整部77は、調湿室71内の空気を一旦取り込んで目標とする温度及び湿度の空気として調湿室71内に送り出す。空気調整部77により、銀反射鏡10等の高温又は高温及び高湿環境下での特性変化を監視可能になる。具体的には、空気調整部77によって達成される環境には、第1に、雰囲気温度110℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境が含まれ、第2に、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境が含まれ、その他に、雰囲気温度85℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境も含まれる。空気調整部77によって形成された高温乾燥の雰囲気又は高温高湿の雰囲気は、空気循環ファン73によって均一化されワークW2の周辺に送り込まれる。
【0051】
制御装置79は、空気調整部77等を適宜動作させて、例えばワークW2を第1の環境下(つまり雰囲気温度110℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境下)に24時間保持した後、このワークW2を第2の環境下(つまり雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境下)に24時間保持する。このように、ワークW2を第1の環境で24時間保持し、その後第2の環境に切り換えて24時間保持する操作を、湿度増加型の環境試験とも呼ぶ。制御装置79は、空気調整部77を動作させることにより、ワークW2を高温乾燥環境や高温多湿環境に例えば1000時間といった長期間に亘って安定した状態で保持することもできる。
【0052】
なお、第1の環境の開始時や第2の環境の終了時には、ワークW2の温度を徐々に変化させることができる。また、第1の環境から後第2の環境に切り換える際には、環境試験装置200自体を変更することができる。また、第1の環境から後第2の環境に切り換える際には、一旦常温に戻して状態を安定させるといった操作を行うこともできる。
【0053】
また、図示の環境試験装置200によって試験されるワークW2は、製品の銀反射鏡10に限らず、基板20上に反射膜30を構成する特定の反射層又は構成層を単独で形成したものとすることもできる。
【0054】
以下、図4を参照して、図1に示す銀反射鏡10を構成する反射膜30の膜応力等を計測するための計測装置について説明する。
【0055】
図示の応力計測装置300は、短冊状のワークW2の両端を下方から支持する一対の支持部材81と、ワークW2の表面Wa上に鉛直上方からレーザー光P1を照射するレーザー光源82と、ワークW2の表面Waで反射されたレーザー光P2を検出する反射光センサー83と、反射光センサー83等の動作を制御する制御装置85とを備える。
【0056】
一対の支持部材81は、ワークW2を長さLだけ離間した2点で支持する。ここで、両支持部材81の頂部は、同じ高さとなっており、ワークW2は、撓みを無視した場合、水平方向に延びている。レーザー光源82は、一方の支持部材81の鉛直上方に配置されており、当該支持部材81に向けてレーザー光P1を射出し、ワークW2の表面Wa上に光スポットを形成する。反射光センサー83は、ワークW2の表面Wa上の光スポットからの正反射光であるレーザー光P2を検出する。反射光センサー83は、不図示の支持部等を有しており、レーザー光P2を最も強く検出できる高さ位置に移動させることができ、その高さHを計測できる。なお、ワークW2が円弧状に微小に撓んでいる場合、撓んだワークW2の曲率半径Rは、近似的に2Hで与えられ、ワークW2の曲率の原点Oから見たレーザー光P1の入射点の開き角θは、弦の長さLを用いて近似的にL/4Hで与えられる。制御装置85は、ワークW2の開き角θに基づいてワークW2の表面Waに形成された薄膜の膜応力を計算する。
【0057】
制御装置85で行われる膜応力の計算には、Stoneyの式を用いた。すなわち、短冊状のワークW2において、ワークW2の基板20の厚みをDとし、ワークW2の反射膜Fの膜厚をdとしたとき、膜厚dが極めて薄く、D>>dであるとする。このとき、反射膜Fの応力σは、ワークW2の曲率半径Rを用いて、以下の式で表される。
σ=(Es×D)/[6d(1−v)R]
ただし、Esは、基板20のヤング率であり、vは、基板20のポアソン比である。
【0058】
ここで、弦の長さLと曲率半径Rとの関係は、R=L/2θであり、開き角θが極小さいとき2θ≒2sinθの近似が許されることから、応力σは、
σ≒(Es×D)/[6d(1−v)L/(2sinθ)]
と近似することができる。
【0059】
ただし、開き角θは、ワークW2が円弧状に撓んでいるとみなす限り、反射されたレーザー光P2の振れ角として得られるが、計算の便宜上、反射膜Fの成膜前後の応力の変化分が膜応力と考えられ、コート前後の開き角の差Δθを用いて、膜応力は、以下の式で表すことができる。
σ≒(Es×D)/[6d(1−v)L/(2sinΔθ)]
【0060】
なお、図示の応力計測装置300によって計測されるワークW2は、製品の銀反射鏡10における反射膜30又はその構成要素の膜応力を計測するものであり、製品の銀反射鏡10と同一形状である必要はなく、基板20の材料も製品の銀反射鏡10の基板材料と異なるものとすることができる。ただし、反射膜30又はその構成要素の膜応力の計測は、製品の銀反射鏡10に近い状況で行われた方が比較的精度が高い傾向があると言える。
【0061】
以下、図1に示す銀反射鏡10の製造方法及び検査方法について説明する。まず、光学面21を有する基板20を準備し、図2に示す成膜装置100を用いて光学面21上に第1層31a及び第2層31bを順次形成し、密着層31を完成する。次に、同様の成膜装置100を用いて密着層31上に主銀層32を形成する。その後、同様の成膜装置100を用いて主銀層32上に増反射層33を形成する。これにより、基板20上に反射膜30を設けた銀反射鏡10が完成する。なお、環境試験用のテストピース(ワークW2)も準備する。このテストピースは、例えば短冊状の基板20上に同様の条件で反射膜30を形成したものである。また、短冊状の基板20上に密着層31の一方である第1層31aのみを成膜したもの、短冊状の基板20上に密着層31の他方である第2層31bのみを成膜したものも、テストピースとして準備する。さらに、短冊状の基板20上に増反射層33のみを成膜したものも、テストピースとして準備する。
【0062】
次に、完成した銀反射鏡10又はテストピース(ワークW2)を環境試験装置200にセットし、雰囲気温度110℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境(第1の環境)下に24時間保持した後、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境(第2の環境)下に24時間保持する。つまり、テストピース(ワークW2)に対して湿度増加型の環境試験を行う。
【0063】
その後、湿度増加型の環境試験を経てないテストピース(ワークW2)と、湿度増加型の環境試験を経たテストピース(ワークW2)とに対して膜応力の計測を行う。つまり、テストピース(ワークW2)を応力計測装置300にセットし、テストピース表面の薄膜の応力を計測する。テストピース表面の薄膜の応力が所定の条件を満たす場合、テストピースと同様の条件で完成した銀反射鏡10は、高温、高湿度等の環境に対して十分な耐性を有するものであると判断される。具体的には、完成した銀反射鏡10と同一の構造を有するテストピース(ワークW2)について、成膜後の反射膜30の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあり、上記第1の環境下に24時間保持した後の反射膜30の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあることが、銀反射鏡10の品質を確保する前提として重要である。また、テストピース(ワークW2)について、上記第2の環境下に投入後、85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の反射膜30の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあるか否かも判定する。また、完成した銀反射鏡10と同一の構造を有するテストピース(ワークW2)について、上記第1の環境下に24時間保持した後、上記第2の環境下に24時間保持した結果、膜応力値の絶対値としての変化差分が、40MPa以下である場合、反射膜30の剥離等の劣化を防止して高い反射特性を高温多湿の環境下でも維持できると判定する。
【0064】
さらに、テストピース(ワークW2)のうち、密着層31の第1層31aを単層で形成したテストピースと、密着層31の第2層31bを単層で形成したテストピースとについても、上記第1の環境下に24時間保持した後に上記第2の環境下に24時間保持する湿度増加型の環境試験の前後において、テストピース表面の薄膜の応力を計測する。下側の第1層31aについては、上記第1の環境下に24時間保持した後に上記第2の環境下に24時間保持した結果、膜応力値の絶対値としての変化差分が負(圧縮応力の向き)である場合、高温多湿の環境下でも反射膜30の剥離等の劣化を防止して高い反射特性を維持できると判定する。また、上側の第2層31bについては、上記第1の環境下に24時間保持した後に上記第2の環境下に24時間保持した結果、膜応力値の絶対値としての変化差分が正(引っ張り応力の向き)である場合、高温多湿の環境下でも反射膜30の剥離等の劣化を防止して高い反射特性を維持できると判定する。
【0065】
その他、環境試験装置200を利用して、完成した銀反射鏡10又はテストピース(ワークW2)を、(1)雰囲気温度110℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境(第1の環境)下に1000時間保持する試験、(2)雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境(第2の環境)に1000時間保持する試験、(3)雰囲気温度85℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境(第3の環境)下に1000時間保持する試験を行う。これらの試験は、銀反射鏡10の外観や光学性能に関する耐久性を直接的に判断する材料となる。
【0066】
〔実施例〕
以下、本発明に係る銀反射鏡の具体的な実施例について説明する。
【0067】
成膜装置100として、イオンガン等を備えるオプトラン社製の型式GENER−1300を用いた。
【0068】
基板20の材料として、三菱エンジニアリングプラスチックス社製のポリカーボネートH−3000Rを用い、φ30mmで厚み3mmに成形したものを成膜の対象すなわちワークWとした。
【0069】
基板20は、想定される実際の製品の被成膜面が蒸着入射角度45度に位置するため、蒸着源51に直交する面又は蒸着ホルダー52の支持面に対して45度傾けた状態で設置された。
【0070】
反射膜のうち密着層については、基板との密着が良く、水分遮断効果が高い酸化アルミニウム層について、さらに水分遮断効果を高めること及び全体の応力調整を行うことの目的で、イオンアシスト法を用いて成膜を行った。次に、主銀層との密着性が良いLaTiO(Substance H4)の成膜を行った。LaTiO(Substance H4)は、それ自体で水分を遮断する機能を有するが、さらに遮断効果を高めること及び全体の応力調整を行うことの目的で、イオンアシスト法を用いた。酸化アルミニウム及びLaTiO(Substance H4)は、応力調整の観点から、膜厚40nm〜60nmを狙い成膜したが、10nm〜200nmの範囲であれば全体応力の調整のために厚みを変更しても、耐環境性に大きな影響がないことが分かっている。
【0071】
次に、LaTiO(Substance H4)膜上に主銀層の成膜を行った。実験例1〜8では、純銀の成膜を行った。また、実施例9では、銀(Ag)にビスマス(Bi)が1%含有された合金材料(具体的には、Ag−Bi材料(コベルコ科研社製))を用いた成膜を行った。また、実施例10では、銀にビスマスが0.25%含有された合金材料(具体的には、Ag−Bi材料(コベルコ科研社製))を用いた成膜を行った。主銀層の膜厚は、60nmとしたが、反射率が確保できる膜厚であれば薄くても厚くても問題ない。また、主銀層の成膜には、抵抗加熱法を用いたが、電子銃による蒸着を行ってもよい。
【0072】
次に、主銀層の上に増反射層の成膜を行った。実施例では、応力調整のために、多層膜の設計として2種類を実施している。第1種の設計では、下側の低屈折率材層として、屈折率が1.55〜1.65の酸化アルミニウム層を120nm成膜し、次に高屈折率層として、屈折率が1.8〜2.2のLaTiO(Substance H4)層を80nm成膜し、最後に対擦傷性を主な目的として、屈折率が1.42〜1.5のSiO層を30nm成膜し、全体で3層構成とした。第2種の設計では、屈折率が1.55〜1.65の酸化アルミニウム層を35nm成膜し、次に高屈折率層として、屈折率が1.8〜2.2のLaTiO(Substance H4)層を75nm成膜し、次に屈折率が1.42〜1.5のSiO層を20nm成膜し、次にLaTiO(Substance H4)層を80nm成膜し、最後に対擦傷性を主な目的として、屈折率が1.42〜1.5のSiO層を30nm成膜し、全体で5層構成とした。第1種の設計及び第2種の設計ともに、増反射の効果がみとめられ、波長870nmの45度入射のP偏光に対する反射率が95%以上を満足するものとなった。
【0073】
製造される銀反射鏡10の膜応力の評価のため、φ30mmで厚み3mmの基板20だけでなく、膜応力測定用の測定基板(テストピース)を準備した。測定基板として、ショット社製の硝材D263を用い、50mm×10mmで厚み0.1mmの薄板短冊状のガラス基板に加工したものを成膜の対象すなわちワークWとした。なお、膜応力の測定には、計算上基板の安定した物性値が必要なため、吸水その他の外的影響を受けにくい安定したガラス硝材を用いた。膜応力の測定基板も、銀反射鏡10の基板20と同様に、蒸着源51に直交する面又は蒸着ホルダー52の支持面に対して45度傾けた状態で設置され成膜が行われた。
【0074】
以下の表1は、成膜条件をまとめたものである。
[表1]
上記表1において、「材料条件」欄は、反射膜を構成する膜材料を意味し、「Al2O3−A」〜「Al2O3−F」は、成膜条件が異なる酸化アルミニウム膜を意味する。「H4」は、Merck社製のLaTiO(Substance H4)を意味し、「SiO2」は、酸化シリコン膜又はシリカ膜を意味し、「Ag」は、主銀層を意味する。「Method」欄において、「EB」は電子ビーム蒸着による成膜を意味し、「EB+IAD」は、イオンアシストタイプの電子ビーム蒸着を意味し、「RH」は、抵抗加熱による成膜を意味する。「O2−APC(Pa)」欄は、成膜中における酸素分圧の調整値を意味し、例えばAl2O3−Aの場合、酸素分圧が2.00×10−2Paに設定されたことが示されている。「rate(オングストローム/sec)」欄は、成膜速度を意味する。なお、表1には記載していないが、成膜開始時の真空度は2.0×10−3Paであり、成膜に際して基板の加熱は行わなかった。
【0075】
「IAD」欄は、イオンアシストの条件を示したものであり、「Voltage(V)」は、イオンガン56のビーム電圧を意味し、「Current(mA)」は、イオンガン56のビーム電流を意味し、「Acc(V)」は、加速電圧を意味する。「O2(GAS1)(SCCM)」、「Ar(GAS2)(SCCM)」、及び「Ar(GAS3)(SCCM)」は、酸素やアルゴンの供給流量を示す。ここで、Ar(GAS2)は、イオンガン56へのアルゴンガス成分の供給量を示し、Ar(GAS3)は、中和ガン57へのアルゴンガスの供給量を示す。なお、材料「Al2O3−A」、「Al2O3−B」、「SiO2」、及び「Ag」については、イオンアシストの成膜を行っていないので、「IAD」欄の値がブランクとなっている。
【0076】
以上の「Al2O3−A」〜「Al2O3−F」から得た膜の屈折率は、それぞれ1.5768、1.5763、1.588、1.576、1.5897、及び1.6102となった。つまり、イオンアシスト法を用いた酸化アルミニウム層の屈折率は、イオンアシスト法を用いないで成膜した場合の屈折率に対して1倍から1.025倍までの範囲内となっている。
【0077】
以下の表2は、実施例1〜10及び比較例の1〜4の反射膜における膜構造を説明するものであり、以下の表3は、実施例及び比較例の反射膜を構成する膜要素の膜厚をまとめたものである。
[表2]
[表3]
表2及び表3において、層番号は、基板からの層の順番を意味する。なお、基板は、基本的にポリカーボネート(PC)製であるが、膜応力測定用の測定基板(テストピース)の場合、硝材D263製となる場合もある。
【0078】
以下の表4は、実施例1〜10及び比較例の1〜4の銀反射鏡について環境耐性試験の結果をまとめたものである。
[表4]
表4において、「85℃DRY−1000H」は、雰囲気温度85℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境に1000時間保持されたことを意味し、「110℃DRY−1000H」は、雰囲気温度110℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境に1000時間保持されたことを意味し、「85度85%−1000H」は、雰囲気温度85℃で相対湿度85%RHの高温多湿環境に1000時間保持されたことを意味する。
【0079】
「外観判定」は、外観測定の結果であり、蛍光灯下での目視観察、通常の実体顕微鏡観察、及びキーエンス社製のVHX2000による1000倍の顕微鏡観察を行った。外観不良の種類としては、クラック、膜浮き、くもり、及び変色が主な評価項目として存在するが、くもり及び変色に関しては反射率によって差異が表れるため対象から除外し、クラック及び膜浮きを評価項目とした。つまり、以上のクラック及び膜浮きに関して、いずれも合格であるものを○印、数mm以下で比較的浅いクラックが発生したものを△印、いずれか一方でも不合格であるものを×印とする評価を行った。なお、クラックに関しては、蛍光灯下の目視でクラックが発生していないものを合格とした。膜浮きに関しては、直径100μm程度の円形の浮きが、φ30mmの銀反射鏡において30個以下である場合に合格としている。膜浮きの形態として、円形の膜浮き以外には、通常の蒸着膜で観測されるような、ひも状の膜浮きがあるが、これも不合格としている。これら外観に関する合格の判定基準は、銀反射鏡を組み込んだ製品に対して実測評価を行い、光学性能として問題が生じない範囲としているが、一般的な反射光学系に用いられている基準としても十分許容又は適用の範囲内であると考えられる。
【0080】
「反射率」は、反射率測定の結果であり、大塚電子社製の分光光度計MCPD3000を用いて、波長870nm±30nm帯域において45度で反射されるP偏光の測定を行った。これは、銀反射鏡が製品に組み込まれる形態に合わせた形となっている。反射率測定において、帯域内で全体として95%以上の反射率を示すものを○印、95%未満であったものを×印とする評価を行った。95%という数値は、製品への組み込み形態として反射光学系を想定しており、対象とする製品群の光学性能として十分許容できる値となっている。また、一般的にも銀を用いた反射鏡は非常に反射率が高く、95%は申し分ない数値といえる。
【0081】
「テープテスト」は、粘着面を設けたテープを反射膜に一旦貼り付けた後に剥がす実験であり、反射膜が剥離しないで維持されるものを○印、反射膜が剥離するものを×印とする評価を行った。
【0082】
「85度DRY1000H」の高温乾燥試験後の外観及び反射率の判定については、実施例1〜10のみならず、比較例の1〜4のすべてが合格(○印)であった。
【0083】
また、「110℃DRY−1000H」の高温乾燥試験後の外観及び反射率の判定については、実施例6〜10は、問題なく合格(○印)であり、実施例1〜5は、数mm以下で浅いクラックが認められたが、実用上問題ないレベル(△印)であった。なお、比較例の1〜4も、合格(○印)又は実用上問題ないレベル(△印)であった。
【0084】
「85度85%−1000H」の高温高湿試験後の外観判定、反射率、及びテープテストの判定については、実施例1〜10のすべてが合格(○印)であった。一方、比較例1では、外観判定及び反射率の結果に問題(×印)があり、比較例2、3では、外観判定の結果に問題(×印)があり、比較例4では、テープテストの結果に問題(×印)があった。
【0085】
以下の表5は、実施例1〜10及び比較例の1〜4の銀反射鏡について膜応力試験の結果をまとめたものである。
[表5]
【0086】
参考のため、表6に、反射膜30の実施例を構成する各層(表1参照)について、膜応力試験の結果をまとめた。例えば酸化アルミニウム膜「Al2O3−A」〜「Al2O3−F」は、実施例や比較例において、密着層31の第1層31aや増反射層33の第1層33fを構成する。
[表6]
表5において、第1欄は、密着層を構成する第1層のAlを基板上に単層で作製した場合について、膜応力(単位「MPa」)の環境変化を試験した結果を示す。まず、第1工程(「一週間」)では、テストピースを室温で一週間放置して膜状態を安定させた。次に、第2工程(「110℃24H」)では、テストピースを雰囲気温度110℃で湿度略ゼロの高温乾燥環境に24時間保持して反射膜を一旦乾燥させた。最後に、第3工程(「85℃85%24H」)では、テストピースを雰囲気温度85℃で湿度85%の高温高湿環境に24時間保持して反射膜に加湿を行った。「差分」欄は、「110℃24H」の処理後の膜応力から「85℃85%24H」の処理後の膜応力を引いた値である。この差分は、膜応力の変化量の符号を反転させたものとなっている。つまり、実施例1の場合、24時間の高温乾燥環境から24時間の高温高湿環境への切り替えによって、密着層第1層の膜応力が137MPaだけ減少し、膜応力の変化量は、負(圧縮応力)方向に相当するものとなっている。
【0087】
表5において、第2欄は、密着層を構成する第2層のLaTiO(H4)を基板上に単層で作製した場合について、膜応力(単位「MPa」)の環境変化を試験した結果を示す。「一週間」(第1工程)、「110℃24H」(第2工程)、「85℃85%24H」(第3工程)、及び「差分」の意味は、第1欄と同様である。なお、実施例1の場合、24時間の高温乾燥環境から24時間の高温高湿環境への切り替えによって、密着層第2層の膜応力が29MPaだけ増加し、膜応力の変化量は、正(引っ張り応力)方向に相当するものとなっている。なお、表中の矢印は、左欄と同じ値であることを意味する。
【0088】
第3欄は、増反射層(Al、LaTiO(H4)、SiOで構成)のみを基板上に多層膜として作製した場合について、膜応力(単位「MPa」)の環境変化を試験した結果を示す。「一週間」(第1工程)、「110℃24H」(第2工程)、「85℃85%24H」(第3工程)、及び「差分」の意味は、第1欄と同様である。なお、実施例1の場合、24時間の高温乾燥環境から24時間の高温高湿環境への切り替えによって、増反射層の膜応力が116MPaだけ減少し、膜応力の変化量は、負(圧縮応力)方向に相当するものとなっている。
【0089】
第4欄は、反射膜全体を基板上に多層膜として作製した場合について、膜応力(単位「MPa」)の環境変化を試験した結果を示す。「一週間」(第1工程)、「110℃24H」(第2工程)、「85℃85%24H」(第3工程)、及び「差分」の意味は、第1欄と同様である。なお、実施例1の場合、24時間の高温乾燥環境から24時間の高温高湿環境への切り替えによって、全膜応力が18MPaだけ減少し、膜応力の変化量は、負(圧縮応力)方向に相当するものとなっている。
【0090】
以上の応力測定の結果については、「一週間」(第1工程)、「110℃24H」(第2工程)、及び「85℃85%24H」(第3工程)において、膜応力が100MPa以下であることが合格の基準とする。これは、例えば想定される製品に対して100MPaを超えた場合には、光学面のPV値が光学性能の許容範囲を超えるためである。たとえば、実施例のようにφ40mmで肉厚3mmのポリカーボネートの片面に成膜した場合、100MPaの膜応力による変形量はおおよそ1μm程度となる。この変形量は、肉厚や基材の材質などによって変化するため、許容できる範囲は製品によるものではあるが、一般的な光学系として、膜応力は限りなく小さい方がよいことは当然であり、少なくとも、精密な反射光学系に用いるミラーについては、膜応力が100MPa以下に調整されることが望ましいと考える。
【0091】
なお、第4欄のように反射膜全体が成膜されている場合に限らず、第1〜第3欄のように反射膜の一部が成膜されている場合にも、膜応力が比較的低いことが望ましい。
【0092】
膜応力試験の結果についてまとめると、成膜後1週間の状態に関して、実施例1〜10と比較例1〜3とは、反射膜全体の応力値が0に近く、面変形を小さくできる膜となっていた。一方で、比較例4については、膜応力が非常に大きく、面変形が懸念される応力値となっていた。これは、比較例4の増反射のAlの成膜条件が、強いイオンアシストを用いていたことに起因すると考えられる。
【0093】
「110℃24H」(第2工程)に投入した後の変化としては、成膜後1週間の状態と比較して、実施例1〜5は、膜応力が正の方向へ、実施例6〜10は、膜応力が負の方向へ変化することが分かった。この結果は、増反射層による影響が顕著に生じていると考えられ、特に実施例6〜10では、増反射層で用いているAlの膜厚が薄いために、LaTiO(H4)から膜応力の影響を多分に受けたものと判断できる。
【0094】
「85℃85%24H」(第3工程)に投入した後の変化としては、「110℃24H」(第2工程)と比較して、実施例1、3、4、6〜10は、膜応力が負の方向へ、実施例2、5は、膜応力が正の方向へ変化することが分かった。これは、密着層の第1層であるAlの成膜条件が影響していると考えられる。ここで、実施例2、5と密着層に関して同じ条件である実施例8〜10が、正の方向へ変化しなかった要因としては、実施例2、5に対して、実施例8〜10で用いている増反射膜の層構成が異なることが影響していると考えられる。
【0095】
以上の「110℃24H」(第2工程)と、「85℃85%24H」(第3工程)との差分についてみると、実施例1〜10は、絶対値として40MPa以下であることが分かった。一方で、比較例1〜3については、40MPa以上となっていた。なお、実施例1〜10において、膜応力の差分の絶対値が40MPaであるとは、膜応力の変化が負方向(圧縮応力側)である場合、その変化量の絶対値が40MPa以下であり、かつ、膜応力の変化が正方向(引っ張り応力側)である場合、その変化量の絶対値が40MPa以下である。なお、比較例4は、膜応力の差分の絶対値が40MPa以下となっているが、元々の膜応力が非常に大きく、面変形が懸念される。
【0096】
以上の結果から考察すると、高温乾燥状態に一日保持する110℃24H処理後の膜応力と、高温湿潤状態に一日保持する85℃85%24H処理後の膜応力とは、多層レベルで複雑な関連性をもって変化しており、その変動が、小さいような層構成の状態を実現することにより、環境変化による膜劣化を防ぐことができることが分かった。
【0097】
先行技術では、層の緻密さや、材料組成について言及されていたが、同一の材料を用いたとしても、環境変動に対してストレスを小さくすることが良好な反射膜を得る上で重要な条件であると分かった。一方で、比較例4のように、一部強いイオンアシストをもってすれば膜応力の変化量は小さくなり耐環境性は向上するが、膜応力が強くなりすぎ、面変形が起こってしまうということも分かった。つまり、面変形を抑えつつ、剥離や反射率低下が少ない反射膜を得るには、(1)反射膜の成膜後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあること、(2)110℃の高温乾燥環境に24時間投入後の膜応力値と、85度85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力値との間の変化量の絶対値が、40MPa以下であることの各条件が満たされることが重要であると判明した。さらに、(3)反射膜を110℃の高温乾燥環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあること、(4)110℃の高温乾燥環境に投入後の反射膜を85℃85%RHの高温多湿環境に24時間投入した後の膜応力が、+100MPaから−100MPaまでの範囲にあることも重要である。
【0098】
ここで、本願発明の要点について説明する。例えば上記特許文献2では、銀膜に対して緻密性の高い酸化アルミニウムを両側からサンドイッチをすることで、耐環境性を上げる効果と、その層上に形成されるTiOやSiOといった上層に対して応力バランスを保ち密着性を確保するとしていた。しかしながら、さらに信頼性の高い銀ミラーを求めた場合、これだけでは不十分であることが、本願発明者による検討の結果、明らかになった。
【0099】
本願発明者は、環境変化に対する膜応力の挙動という観点で種々の試作品について解析を行い、単層及び多層状態での状態変化の考察から、極めて信頼性が高い銀ミラーとは、組成、膜厚、膜密度等の一般的な層構成もさることながら、高温乾燥及び高温湿度での膜応力変化が小さいものであることを突き止めた。すなわち、本願発明者は、高温乾燥及び高温湿度での膜応力変化が小さくなる層構成のバランスを見極め、かかる変化量の定量値を割り出すことで、極めて信頼性が高い銀ミラーの選定方法を確立することができた。
【0100】
以上、本発明に係る銀反射鏡又はその製造方法及び検査方法を実施形態又は実施例に即して説明したが、本発明に係る銀反射鏡等は、上記した具体例に限定されるものではない。
【0101】
例えば密着層31等を構成する酸化アルミニウムを主体とする膜は、上記したイオンアシスト法による蒸着に限らず、他の成膜方法によって形成することができる。具体的には、スパッタリング法、RF蒸着法、イオンプレーティング法、クラスターイオンビーム(Ionized Cluster Beam)蒸着法、プラズマイオンビーム蒸着法等によって形成することができる。
図1
図2
図3
図4