(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
58.5mass%超え65.0mass%未満のCuと、0.40mass%超え1.40mass%未満のSiと、0.002mass%超え0.25mass%未満のPbと、0.003mass%超え0.19mass%未満のPを含み、任意元素として、0.001mass%以上0.100mass%以下のBiを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、
前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.45mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.45mass%未満であり、
Cuの含有量を[Cu]mass%、Siの含有量を[Si]mass%、Pbの含有量を[Pb]mass%、Biの含有量を[Bi]mass%、Pの含有量を[P]mass%とした場合に、
56.0≦f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]≦59.5の関係を有し、Biを含まない場合には、f1中の[Bi]は0であり、
Biを含む場合には、0.003<f0=[Pb]+[Bi]<0.25の関係をさらに有し、
非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10相の金属相を対象とし、α相の面積率を(α)%、γ相の面積率を(γ)%、β相の面積率を(β)%、μ相の面積率を(μ)%、κ相の面積率を(κ)%、δ相の面積率を(δ)%、ε相の面積率を(ε)%、ζ相の面積率を(ζ)%、η相の面積率を(η)%、χ相の面積率を(χ)%とし、(α)+(β)+(γ)+(μ)+(κ)+(δ)+(ε)+(ζ)+(η)+(χ)=100としたときに、
20≦(α)≦80
18≦(β)≦80
0≦(γ)<5
20×(γ)/(β)<4
18≦(γ)1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]2+1.5×[Si])≦82
33≦(γ)1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]2+1.5×[Si])+([Pb]+[Bi])1/2×38+([P])1/2×15の関係を有し、Biを含まない場合には、式中の[Bi]は0であり、
前記β相内に、粒径が3μm以下で、少なくとも2000倍の倍率で電子顕微鏡による調査で観察可能な大きさのPを含む化合物が存在していることを特徴とする快削性銅合金鋳物。
59.0mass%超え65.0mass%未満のCuと、0.50mass%超え1.35mass%未満のSiと、0.010mass%超え0.20mass%未満のPbと、0.010mass%超え0.15mass%未満のPを含み、任意元素として、0.001mass%以上0.100mass%以下のBiを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、
前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.40mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.40mass%未満であり、
Cuの含有量を[Cu]mass%、Siの含有量を[Si]mass%、Pbの含有量を[Pb]mass%、Biの含有量を[Bi]mass%、Pの含有量を[P]mass%とした場合に、
56.3≦f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]≦59.2の関係を有し、Biを含まない場合には、f1中の[Bi]は0であり、
Biを含む場合には、0.020≦f0=[Pb]+[Bi]<0.20の関係をさらに有し、
非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10相の金属相を対象とし、α相の面積率を(α)%、γ相の面積率を(γ)%、β相の面積率を(β)%、μ相の面積率を(μ)%、κ相の面積率を(κ)%、δ相の面積率を(δ)%、ε相の面積率を(ε)%、ζ相の面積率を(ζ)%、η相の面積率を(η)%、χ相の面積率を(χ)%とし、(α)+(β)+(γ)+(μ)+(κ)+(δ)+(ε)+(ζ)+(η)+(χ)=100としたときに、
25≦(α)≦75
25≦(β)≦75
0≦(γ)<3
20×(γ)/(β)<2
25≦(γ)1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]2+1.5×[Si])≦76
40≦(γ)1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]2+1.5×[Si])+([Pb]+[Bi])1/2×38+([P])1/2×15の関係を有し、Biを含まない場合には、式中の[Bi]は0であり、
前記β相内に、粒径が3μm以下で、少なくとも2000倍の倍率で電子顕微鏡による調査で観察可能な大きさのPを含む化合物が存在していることを特徴とする快削性銅合金鋳物。
59.5mass%超え64.5mass%未満のCuと、0.60mass%超え1.30mass%未満のSiと、0.010mass%超え0.15mass%未満のPbと、0.020mass%超え0.14mass%未満のPと、0.020mass%超え0.100mass%以下のBiを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、
前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.35mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.35mass%未満であり、
Cuの含有量を[Cu]mass%、Siの含有量を[Si]mass%、Pbの含有量を[Pb]mass%、Biの含有量を[Bi]mass%、Pの含有量を[P]mass%とした場合に、
0.040≦f0=[Pb]+[Bi]<0.18
56.5≦f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]≦59.0
の関係を有するとともに、
非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10相の金属相を対象とし、α相の面積率を(α)%、γ相の面積率を(γ)%、β相の面積率を(β)%、μ相の面積率を(μ)%、κ相の面積率を(κ)%、δ相の面積率を(δ)%、ε相の面積率を(ε)%、ζ相の面積率を(ζ)%、η相の面積率を(η)%、χ相の面積率を(χ)%とし、(α)+(β)+(γ)+(μ)+(κ)+(δ)+(ε)+(ζ)+(η)+(χ)=100としたときに、
30≦(α)≦70
30≦(β)≦70
0≦(γ)<2
20×(γ)/(β)<1
30≦(γ)1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]2+1.5×[Si])≦70
45≦(γ)1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]2+1.5×[Si])+([Pb]+[Bi])1/2×38+([P])1/2×15の関係を有するとともに、
前記β相内に、粒径が3μm以下で、少なくとも2000倍の倍率で電子顕微鏡による調査で観察可能な大きさのPを含む化合物が存在し、かつ、α相内にBiを含む粒子が存在していることを特徴とする快削性銅合金鋳物。
機械部品、自動車部品、電気・電子機器部品、玩具、摺動部品、圧力容器、計器部品、精密機械部品、医療用部品、建築用金具、水栓金具、飲料用器具・部品、排水用器具・部品、工業用配管部品に用いられることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の快削性銅合金鋳物。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車部品、電気・家電・電子機器部品、機械部品、文具、精密機械部品、医療用部品、および飲料水、工業用水、排水、水素などの液体や気体に関わる器具・部品、具体的な部品名称として、バルブ、継手、水栓金具、センサー、ナット、ねじなどの部品には、優れた被削性を備えた、Cu−Zn−Pb合金(いわゆる快削黄銅棒、鍛造用黄銅、鋳物用黄銅)、あるいはCu−Sn−Zn−Pb合金(いわゆる青銅鋳物:ガンメタル)が一般的に使用されていた。
Cu−Zn−Pb合金は、56〜65mass%のCuと、1〜4mass%のPbを含有し、残部がZnである。Cu−Sn−Zn−Pb合金は、80〜88mass%のCuと、2〜8mass%のSn、1〜8mass%のPbを含有し、残部がZnである。
【0003】
しかしながら、近年では、Pbの人体や環境に与える影響が懸念されるようになり、各国でPbに関する規制の動きが活発化している。例えば、米国カリフォルニア州では、2010年1月より、飲料水器具等に含まれるPb含有量を0.25mass%以下とする規制が発効されている。米国以外の国においても、その規制の動きは急速であり、Pb含有量の規制に対応した銅合金材料の開発が求められている。
【0004】
また、その他の産業分野、自動車、電気・電子機器、機械などの産業分野においても、例えば、欧州のELV規制、RoHS規制では、快削性銅合金のPb含有量が例外的に4mass%まで認められているが、飲料水の分野と同様、例外の撤廃を含め、Pb含有量の規制強化が活発に議論されている。
【0005】
このような快削性銅合金のPb規制強化の動向の中、(1)Pbの代わりに被削性(被削性能、被削性機能)を有するBiと、場合によっては、Biと共にSeを含有するCu−Zn−Bi合金、Cu−Zn−Bi−Se合金、(2)高濃度のZnを含有し、β相を増やして被削性の向上を図ったCu−Zn合金、あるいは、(3)Pbの代わりに被削性を有するγ相、κ相を多く含んだCu−Zn−Si合金、Cu−Zn−Sn合金、さらには(4)γ相を多く含み、かつBiを含有するCu−Zn−Sn−Bi合金などが提唱されている。
例えば、特許文献1、及び、特許文献15においては、Cu−Zn合金に、約1.0〜2.5mass%のSnと、約1.5〜2.0mass%のBiを添加して、γ相を析出させることにより、耐食性と被削性の改善を図っている。
【0006】
しかしながら、Pbの代わりにBiを含有させた合金に関して、Biは、被削性においてPbより劣ること、Biは、Pbと同様に人体に有害であるおそれがあること、Biは、希少金属であるので資源上の問題があること、Biは、銅合金材料を脆くする問題があることなどを含め、多くの問題を有している。
また、特許文献1に示すように、Cu−Zn−Sn合金においてγ相を析出させたとしても、Snを含有させたγ相は、被削性を持つBiの共添加を必要としているように、被削性に劣る。
【0007】
また、多量のβ相を含むCu−Znの2元合金は、β相が被削性の改善に貢献するが、β相は、Pbに比べ被削性が劣るので、到底、Pb含有快削性銅合金の代替にはなりえない。
そこで、快削性銅合金として、Pbの代わりにSiを含有したCu−Zn−Si合金が、例えば特許文献2〜10に提案されている。
【0008】
特許文献2,3においては、主として、Cu濃度が69〜79mass%、Si濃度が2〜4mass%であり、Cu、Si濃度が高い合金で形成されるγ相、場合によってはκ相の優れた被削性を有することにより、Pbを含有させずに、又は、少量のPbの含有で、優れた被削性を実現させている。Sn,Alを、それぞれ、0.3mass%以上、0.1mass%以上の量で含有することにより、被削性を有するγ相の形成をさらに増大、促進させ、被削性を改善させる。そして、多くのγ相の形成により、耐食性の向上を図っている。
【0009】
また、特許文献4においては、0.02mass%以下の極少量のPbを含有させ、主として、Pb含有量を考慮し、単純にγ相、κ相の合計含有面積を規定することにより、優れた快削性を得るものとしている。
さらに、特許文献5,6においては、Cu−Zn−Si合金の鋳物製品が提案されており、鋳物の結晶粒の微細化を図るために、PとZrを極微量含有させており、P/Zrの比率等が重要としている。
【0010】
特許文献7には、Cu−Zn−Si合金にFeを含有させた銅合金が提案されている。
特許文献8には、Cu−Zn−Si合金にSn,Fe,Co,Ni,Mnを含有させた銅合金が提案されている。
特許文献9には、Cu−Zn−Si合金において、κ相を含むα相マトリックスを有し、β相、γ相及びμ相の面積率を制限した銅合金が提案されている。
特許文献10には、Cu−Zn−Si合金において、γ相の長辺の長さ、μ相の長辺の長さを規定した銅合金が提案されている。
特許文献11には、Cu−Zn−Si合金に、Sn及びAlを添加した銅合金が提案されている。
特許文献12には、Cu−Zn−Si合金において、γ相をα相及びβ相の相境界の間に粒状に分布させることで被削性を向上させた銅合金が提案されている。
特許文献13には、Cu−Zn合金にSiを含有させることにより、β相を分散させ、冷間加工性を向上させることが提案されている。
特許文献14には、Cu−Zn合金に、Sn、Pb、Siを添加した銅合金が提案されている。
特許文献15には、Snを含有することにより、耐食性を向上させたCu−Zn合金が提案されている。
【0011】
ここで、上述のCu−Zn−Si合金においては、特許文献13及び非特許文献1に記載されているように、Cu濃度が60mass%以上、Zn濃度が40mass%以下、Si濃度が10mass%以下の組成に絞っても、マトリックスα相の他に、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の10種類の金属相、場合によっては、α’、β’、γ’を含めると13種類の金属相が存在することが知られている。さらに、添加元素が増えると、金属組織はより複雑になることや、新たな相や金属間化合物が出現する可能性があること、また、平衡状態図から得られる合金と実際に生産されている合金では、存在する金属相の構成に大きなずれが生じることが経験上よく知られている。さらに、これらの相の組成は、銅合金のCu、Zn、Si等の濃度、および、加工熱履歴によっても、変化することがよく知られている。
【0012】
ところで、Pbを含有したCu−Zn−Pb合金においては、Cu濃度が約60mass%であるのに対し、これら特許文献2〜10に記載されているCu−Zn−Si合金は、Cu濃度がいずれも69mass%以上であり、経済性の観点からも、高価であるCuの濃度の低減が望まれている。
特許文献11においては、熱処理なしに優れた耐食性を得るために、Cu−Zn−Si合金に、SnとAlを含有することを必須とし、かつ、優れた被削性を実現させるために、多量のPb、またはBiを必要としている。
特許文献12においては、Cu濃度が、約65mass%以上であり、鋳造性、機械的強度が良好なPbを含有しない銅合金鋳物であり、γ相によって被削性が改善されるとしており、Sn,Mn,Ni,Sb,Bを多量に含有した実施例が記載されている。
【0013】
また、従来のPbを添加された快削性銅合金には、少なくとも1昼夜の間に切削のトラブルなしに、さらには、1昼夜の間に切削工具の交換や刃具の研磨などの調整なしに、外周切削やドリル穴あけ加工などの切削加工できることが求められている。切削の難易度にもよるが、Pbの含有量を大幅に低減させた合金においても、同等の被削性が求められている。
【0014】
ここで、特許文献7においては、Cu−Zn−Si合金にFeを含有させているが、FeとSiは、γ相より硬く脆いFe−Siの金属間化合物を形成する。この金属間化合物は、切削加工時には切削工具の寿命を短くし、研磨時にはハードスポットが形成され外観上の不具合が生じるなど問題がある。また、Feは添加元素であるSiと結合し、Siは金属間化合物として消費されることから、合金の性能を低下させてしまう。
また、特許文献8においては、Cu−Zn−Si合金に、SnとFe,Mnを添加しているが、Fe,Mnは、いずれもSiと化合して硬くて脆い金属間化合物を生成する。このため、特許文献7と同様に、切削や研磨時に問題を生じさせる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、本発明の実施形態に係る快削性銅合金鋳物及び快削性銅合金鋳物の製造方法について説明する。
本実施形態である快削性銅合金鋳物は、バルブ、継手、給排水部材、圧力容器などの、機械部品、自動車部品、電気・家電・電子部品、および、飲料用水、工業用水、水素などの液体または気体と接触する器具・部品に用いられるものである。
【0031】
ここで、本明細書では、[Zn]のように括弧の付いた元素記号は当該元素の含有量(mass%)を示すものとする。
そして、本実施形態では、この含有量の表示方法を用いて、以下のように、組成関係式f0、f1を規定している。
Biを含有する場合は、組成関係式f0=[Pb]+[Bi]
組成関係式f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]
Biを含まない場合には、f1中の[Bi]は0であり、f1は、f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]−0.5×[P]となる。
【0032】
さらに、本実施形態では、非金属介在物を除いた金属組織の構成相において、α相の面積率を(α)%、β相の面積率を(β)%、γ相の面積率を(γ)%で示すものとする。各相の面積率は、各相の量、各相の割合、各相の占める割合とも言う。そして、本実施形態では、以下のように、複数の組織関係式および組織・組織関係式を規定している。
組織関係式f2=(α)
組織関係式f3=(β)
組織関係式f4=(γ)
組織関係式f5=20×(γ)/(β)
組織関係式f6=(γ)
1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]
2+1.5×[Si])
組織・組成関係式f6A=(γ)
1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]
2+1.5×[Si])+([Pb]+[Bi])
1/2×38+([P])
1/2×15
Biを含まない場合には、f6A中の[Bi]は0であり、f6Aは、f6A=(γ)
1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]
2+1.5×[Si])+([Pb])
1/2×38+([P])
1/2×15となる。
【0033】
本発明の第1の実施形態に係る快削性銅合金鋳物は、58.5mass%超え65.0mass%未満のCuと、0.40mass%超え1.40mass%未満のSiと、0.002mass%超え0.25mass%未満のPbと、0.003mass%超え0.19mass%未満のPを含み、任意元素として、0.001mass%以上0.100mass%以下のBiを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.45mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.45mass%未満であり、Biを含有する場合には上述の組成関係式f0が0.003<f0<0.25の範囲内、組成関係式f1が56.0≦f1≦59.5の範囲内、組織関係式f2が20≦f2≦80の範囲内、組織関係式f3が18≦f3≦80の範囲内、組織関係式f4が0≦f4<5の範囲内、組織関係式f5がf5<4の範囲内、組織関係式f6が18≦f6≦82の範囲内、組織・組成関係式f6Aが33≦f6Aの範囲内、とされており、β相内にPを含む化合物が存在している。
【0034】
本発明の第2の実施形態に係る快削性銅合金鋳物は、59.0mass%超え65.0mass%未満のCuと、0.50mass%超え1.35mass%未満のSiと、0.010mass%超え0.20mass%未満のPbと、0.010mass%超え0.15mass%未満のPを含み、任意元素として、0.001mass%以上0.100mass%以下のBiを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.40mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.40mass%未満であり、Biを含有する場合には上述の組成関係式f0が0.020≦f0<0.20の範囲内、組成関係式f1が56.3≦f1≦59.2の範囲内、組織関係式f2が25≦f2≦75の範囲内、組織関係式f3が25≦f3≦75の範囲内、組織関係式f4が0≦f4<3の範囲内、組織関係式f5がf5<2の範囲内、組織関係式f6が25≦f6≦76の範囲内、組織・組成関係式f6Aが40≦f6Aの範囲内、とされており、β相内にPを含む化合物が存在している。
【0035】
本発明の第3の実施形態に係る快削性銅合金鋳物は、59.5mass%超え64.5mass%未満のCuと、0.60mass%超え1.30mass%未満のSiと、0.010mass%超え0.15mass%未満のPbと、0.020mass%超え0.14mass%未満のPと、0.020mass%超え0.100mass%以下のBiを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、前記不可避不純物のうち、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.35mass%未満であり、かつ、Sn,Alの合計量が0.35mass%未満であり、上述の組成関係式f0が0.040≦f0<0.18の範囲内、組成関係式f1が56.5≦f1≦59.0の範囲内、組織関係式f2が30≦f2≦70の範囲内、組織関係式f3が30≦f3≦70の範囲内、組織関係式f4が0≦f4<2の範囲内、組織関係式f5がf5<1の範囲内、組織関係式f6が30≦f6≦70の範囲内、組織・組成関係式f6Aが45≦f6Aの範囲内、とされており、β相内にPを含む化合物が存在し、かつ、α相内にBiを含む粒子が存在している。
【0036】
ここで、本発明の第1〜3の実施形態である快削性銅合金鋳物においては、凝固温度範囲が25℃以下であることが好ましい。
また、本発明の第1〜3の実施形態である快削性銅合金鋳物においては、ビッカース硬さが105Hv以上であり、かつ、Uノッチ衝撃試験を行ったときの衝撃値(Uノッチ衝撃試験で測定される衝撃値)が25J/cm
2以上であることが好ましい。
【0037】
以下に、成分組成、組成関係式f0、f1、組織関係式f2,f3,f4,f5,f6、組織・組成関係式f6A、金属組織を、上述のように規定した理由について説明する。
【0038】
<成分組成>
(Cu)
Cuは、本実施形態の銅合金鋳物の主要元素であり、本発明の課題を克服するためには、少なくとも58.5mass%超えの量のCuを含有する必要がある。Cu含有量が58.5mass%以下の場合、Si,Zn,P,Pbの含有量や、製造プロセスにもよるが、β相の占める割合が80%を超え、材料としての延性、靱性に劣る。よって、Cu含有量の下限は、58.5mass%超えであり、好ましくは59.0mass%超え、より好ましくは59.5mass%超えであり、さらに好ましくは60.5mass%超えである。
一方、Cu含有量が65.0mass%以上であると、Si,Zn,P,Pbの含有量や、製造プロセスにもよるが、β相の占める割合が少なくなり、一方、γ相の占める割合が多くなる。場合によっては、μ相や他の相が出現する。その結果、優れた被削性が得られなくなり、延性や靭性も乏しくなる。また、鋳造性と密接な関係にある凝固温度範囲が広くなる。従って、Cu含有量は、65.0mass%未満であり、好ましくは64.5mass%未満、より好ましくは64.2mass%未満であり、さらに好ましくは64.0mass%未満である。
【0039】
(Si)
Siは、本実施形態である快削性銅合金鋳物の主要な元素であり、Siは、κ相、γ相、μ相、β相、ζ相などの金属相の形成に寄与する。Siは、本実施形態である快削性銅合金鋳物の被削性、強度、耐摩耗性、耐応力腐食割れ性を向上させ、溶湯の粘度を下げ、湯流れ性を向上させ、鋳造性を向上させる。被削性に関し、含有量が前記の範囲にあるCuと、Znと、Siの含有によって形成されるβ相に、優れた被削性を有することを究明した。被削性に優れるβ相は、例えば代表的なものとして、Cuが約60mass%、Siが約1.3mass%、Znが約38.5mass%からなるβ相が挙げられる。また、同時に、前記の範囲にあるCuと、Znと、Siの含有によって形成されるγ相にも、β相の存在の元で、優れた被削性を有していることを究明した。
【0040】
α相は、例えば代表的な組成として、Cuが約67mass%、Siが約0.8mass%、Znが約32mass%からなる組成が挙げられる。本実施形態の組成範囲では、α相も、Siの含有により被削性は改善されるが、その改善の度合いはβ相に比べはるかに小さい。
また、Siの含有によってα相、β相が固溶強化され、合金が強化され、合金の延性や靭性にも影響を与える。そしてSiの含有は、合金の導電率を低くするが、β相の形成により、導電率を向上させる。
銅合金鋳物として優れた被削性を有するために、高い強度を得るために、及び湯流れ性・鋳造性を向上させるためには、Siは0.40mass%を超えた量で含有する必要がある。Si含有量は、好ましくは0.50mass%超えであり、より好ましくは0.60mass%超え、さらに好ましくは1.00mass%超えである。
そして、Siを、0.40mass%超え、好ましくは0.50mass%を超え、より好ましくは0.60mass%超えた量で含有させると、Biが少量であっても、Bi粒子がα相内に存在するようになる。さらにSiを多く含有させると、Bi粒子がα相内に存在する頻度が高くなり、Pbより被削性への効果が劣ると言われているBiをより効果的に活用することができるようになる。
【0041】
一方、Si含有量が多すぎると、γ相が過多になり、場合によっては、μ相が析出する。γ相は、β相より延性、靭性に劣り、銅合金鋳物の延性を低下させる。特にγ相が過多であると、ドリル切削のスラスト値が増す。Siの増量は合金の導電率を悪くする。また、CuとZnの配合にもよるが、Siが多すぎると、凝固温度範囲を広くし、鋳造性を悪くする。本実施形態では、鋳造性に優れるとともに、良好な強度、靭性、伝導性を兼ね備えることも目標としているので、Si含有量の上限は、1.40mass%未満であり、好ましくは1.35mass%未満であり、より好ましくは1.30mass%未満であり、さらに好ましくは1.25mass%未満である。製造プロセスやCu濃度にもよるが、Si含有量が約1.3mass%より少なくなると、γ相の量は、おおよそ2%より少なくなるが、適度にβ相の占める割合を増やすことにより、優れた被削性を保持でき、高い強度と良好な靱性を備えることができる。
【0042】
Cu−Znの2元合金ベースに、第3、第4の元素を含有させると、また、その量を増減させると、β相の特性、性質は、変化する。特許文献2〜6に記載されているように、Cuが約69mass%以上、Siが約2%以上、残部がZnの合金で存在するβ相と、本実施形態の、例えば、Cuが約63mass%、Siが約1.2mass%、残部がZnの合金で生成するβ相とは、同じβ相であっても、特性や性質が異なる。さらに、不可避不純物が多く含まれると、β相の性質も変化し、場合によっては、被削性を含む特性が変化し、低下する。同様にγ相の場合、形成されるγ相も主要元素の量や配合割合が異なると、γ相の性質は相違し、不可避不純物が多く含まれると、γ相の性質も変化する。そして、同じ組成であっても、冷却速度などの製造条件によって、存在する相の種類、または、相の量、各相への各元素の分配が変化する。
【0043】
(Zn)
Znは、Cu、Siとともに本実施形態の快削性銅合金鋳物の主要構成元素であり、被削性、強度、高温特性、鋳造性を高めるために必要な元素である。なお、Znは残部としているが、強いて記載すれば、Zn含有量は、約41mass%より少なく、好ましくは約40mass%より少なく、約33mass%より多く、好ましくは34mass%より多い。
【0044】
(P)
Pは、α相とβ相からなるCu−Zn−Si合金において、β相に優先的に配分される。Pは、まず、β相中へのPの固溶により、Siを含有したβ相の被削性を向上させることができる。そして、Pの含有と製造プロセスによって、平均で直径0.3〜3μmの大きさのPを含む化合物がβ相中に形成される。これらの化合物により、外周切削の場合、主分力、送り分力、背分力の3分力を低下させ、ドリル切削の場合では、特にトルクを引き下げる。外周切削の3分力と、ドリル切削のトルクと、切屑形状とは、連動しており、3分力、トルクが小さいほど、切屑は分断される。
また、Pにはα相の結晶粒を細かくする作用があり、α相を細かくすることにより、銅合金鋳物の被削性を向上させる。
【0045】
Pを含む化合物は、鋳込み後、凝固、冷却過程の中で、530℃より高い温度では、基本的に形成されない。Pは、冷却中、主としてβ相に固溶し、ある臨界の冷却速度以下で、主としてβ相内、またはβ相とα相の相境界に、Pを含む化合物が析出する。α相中には、Pを含む化合物が析出することはほとんどない。Pを含む析出物は、金属顕微鏡で観察すると、小さな粒子状で、平均粒子径は約0.5〜3μmである。そして、その析出物を含有したβ相は、一段と優れた被削性を備えることができる。Pを含む化合物は、切削工具の寿命にほとんど影響を与えず、銅合金鋳物の延性や靭性をほとんど阻害しない。Fe,Mn,Cr,Coと、Si,Pの化合物は、銅合金鋳物の強度や耐摩耗性向上に寄与するが、合金中のSi,Pを消費し、合金の切削抵抗を高くし、切屑の分断性を低下させ、工具寿命を悪くし、延性も阻害する。
またPは、Siとの共添加で、Biを含む粒子を、α相内に存在させやすくする働きがあり、α相の被削性の向上に貢献している。
【0046】
これらの効果を発揮するためには、Pの含有量の下限は0.003mass%超えであり、好ましくは0.010mass%超え、より好ましくは0.020mass%超え、さらに好ましくは0.030mass%超えである。Pを0.010mass%を超えて含有すると、500倍の金属顕微鏡でPの化合物が観察できるようになり、Pが0.020mass%を超えると、Pの化合物がより明瞭に見えるようになる。
一方、Pを0.19mass%以上の量で含むと、析出物が粗大化して被削性への効果が飽和するだけでなく、β相中のSi濃度が低下し、被削性が却って悪くなり、延性や靭性も低下する。また、凝固温度範囲を広くし、鋳造性を悪くする。このため、Pの含有量は、0.19mass%未満であり、好ましくは0.0.15mass%未満であり、より好ましくは0.14mass%未満であり、さらに好ましくは0.10mass%未満である。Pの含有量は、0.05mass%未満でも、十分な量の化合物を形成する。
【0047】
なお、例えばPとSiの化合物は、Mn,Fe,Cr,CoなどSiやPと化合しやすい元素の量が増えると、徐々に化合物の組成比も変化する。すなわち、β相の被削性を顕著に向上させるPを含む化合物から、徐々に被削性に効果の少ない化合物に変化する。従って、少なくとも、Mn,Fe,Cr,Coの合計含有量を0.45mass%未満、好ましくは0.40mass%未満、より好ましくは0.35mass%未満にしておく必要がある。
【0048】
(Pb)
本実施形態においては、Siを含有し、Pを含有し、そしてPの化合物が存在するβ相によって被削性に優れるようになるが、さらに少量のPbの含有によって銅合金鋳物として優れた被削性が達成される。Pbは、被削性に優れたβ相の存在のもと、金属組織内に存在する微細なPb粒子により、切屑の分断性の向上や、切削抵抗を低める効果を発揮する。本実施形態の合金組成において、Pbは、約0.001mass%の量がマトリックスに固溶し、それを超えた量のPbは、直径が約0.1〜約3μmのPb粒子として存在し、0.002mass%超えのPb含有量で効果を発揮する。Pb含有量は、0.002mass%超えであり、好ましくは0.010mass%超え、より好ましくは0.020mass%超えである。
一方、Pbは、銅合金鋳物の被削性改善手段として非常に有効であるが、人体や環境に有害である。このため、Pbの含有量は、0.25mass%未満にする必要があり、好ましくは0.20mass%未満、より好ましくは0.15mass%未満、さらに好ましくは0.10mass%以下である。
【0049】
(Bi)
Biは、約0.001mass%の量がマトリックスに固溶し、それを超えた量のBiは直径が約0.1〜約3μmの粒子として存在する。本実施形態においては、人体に有害なPbの量を0.25mass%未満、好ましくは0.20mass%未満、より好ましくは0.15mass%未満、さらに好ましくは0.10mass%以下に制限し、かつ、優れた被削性を目標としている。Biの被削性への効果は、Pbより劣るとされていたが、Pbとの共添加で、Pbと大よそ同等、場合によっては同等以上の被削性の効果を発揮することが分かった。Pbの存在下で、Biを含有させると、多くはPbとBiが一緒に存在し、PbとBiが共存する粒子は、Bi粒子、Pb粒子と比較し、被削性への効果が損なわれない。Biの環境や人体への影響は、現段階では不明であるが、Pbより小さいと考えられ、Biの含有によりPbの量を減らすことにより、環境や人体への影響が軽減される。また、本実施形態において、Siの作用により、Biを含む粒子を、優先的にα相内に存在させることができ、α相の被削性を改善し、別の手段で銅合金鋳物としての被削性を向上させることが可能となる。
すなわち、Biを含む粒子がα相に存在する頻度が多くなると、α相の被削性が改善され、Biを含む粒子による被削性を向上させる効果は、Pb粒子による被削性を向上させる効果を超えるようになる。本実施形態の銅合金鋳物は、凝固直後には、α相は存在せず、β相が100%である。温度が下がるにつれて、具体的には、約850℃から約600℃の冷却過程で、β相からα相が析出するが、そのとき、Biを含む粒子は、融体(液体)である。Siを含まないCu−Zn合金の場合、α相が析出する時、Bi粒子は、β相内、或いは、析出するα相とβ相の境界に存在し、α相内には、ほとんど存在しない。一方、前記の通り、Cu−Zn合金にSiを含むと、Siの作用でα相内に、Biを含む粒子が存在しやすくなる。
Biは、任意元素として含有され、含まれなくともよい。Biを含む場合、Pbの存在により、0.001mass%以上のBi量で効果を発揮する。Biは、主として、Pbの代替の位置づけになる。一方、Bi含有量が、0.020mass%を超えると、Biを含む粒子がα相内に存在するようになり、α相の被削性が改善されて、被削性がさらに向上する。また、(1)切削速度が速い、(2)送りが大きい、(3)外周切削の切込深さが深くなる、(4)ドリル穴径が大きくなるといった、厳しい切削条件下では、Biの量は、0.030mass%以上が好ましい。他方、Biは、銅合金鋳物を、脆くする性質がある。Biの上限は、環境や人体への影響と、銅合金鋳物の延性や靱性の低下、鋳物製作時の割れの問題を考慮に入れ、0.100mass%以下とし、好ましくは0.080mass%以下とする。
【0050】
(不可避不純物、特にFe,Mn,Co及びCr/Sn,Al)
本実施形態における不可避不純物としては、例えばMn,Fe,Al,Ni,Mg,Se,Te,Sn,Co,Ca,Zr,Cr,Ti,In,W,Mo,B,Ag及び希土類元素等が挙げられる。
従来から快削性銅合金、特にZnを約30mass%以上の量で含む快削黄銅は、電気銅、電気亜鉛など、良質な原料が主原料ではなく、リサイクルされる銅合金が主原料となる。当該分野の下工程(下流工程、加工工程)において、ほとんどの部材、部品に対して切削加工が施され、材料100に対して40〜80の割合で多量に廃棄される銅合金が発生する。例えば切屑、端材、バリ、湯道、および製造上の不良を含む製品などが挙げられる。これら廃棄される銅合金が、主たる原料となる。切削切屑、端材などの分別が不十分であると、Pbが添加された快削黄銅、Pbを含有しないがBiなどが添加されている快削性銅合金、或いは、Si,Mn,Fe,Alを含有する特殊黄銅合金、その他の銅合金から、Pb,Fe,Mn,Si,Se,Te,Sn,P,Sb,As,Bi,Ca,Al,Zr,Niおよび希土類元素が、原料として混入する。また切削切屑には、工具から混入するFe,W,Co,Moなどが含まれる。廃材は、めっきされた製品を含むため、Ni,Cr、Snが混入する。
【0051】
また、電気銅の代わりに使用される純銅系のスクラップの中には、Mg,Sn,Fe,Cr,Ti,Co,In,Ni,Se,Teが混入する。電気銅や電気亜鉛の代わりに使用される黄銅系のスクラップには、特に、Snがメッキされていることが度々あり、高濃度のSnが混入する。
資源の再使用の点と、コスト上の問題から、少なくとも特性に悪影響を与えない範囲で、これらの元素を含むスクラップは、原料として使用される。なお、JIS規格(JIS H 3250)のPbが添加された快削黄銅棒C3604において、必須元素のPbを約3mass%の量で含有し、さらに不純物として、Feの量は0.5mass%以下、Fe+Sn(FeとSnの合計量)は1.0mass%まで許容されている。
JIS規格(JIS H 5120)のPbが添加された黄銅鋳物において、必須元素のPbを約2mass%の量で含有し、さらに残余成分の許容限度として、Fe量は0.8mass%、Sn量は1.0mass%以下、Al量は0.5mass%、Ni量は1.0mass%以下とされている。実際に、JIS規格の上限に近い高い濃度のFeやSn、またはAl、Niが快削黄銅棒や黄銅鋳物に含有されていることがある。
【0052】
Fe,Mn,Co及びCrは、Cu−Zn合金のα相、β相、γ相にある濃度まで固溶するが、そのときSiが存在すると、Siと化合しやすく、Siと結合し、被削性に有効なSiを消費させるおそれがある。そして、Siと化合したFe,Mn,Co及びCrは、金属組織中にFe−Si化合物,Mn−Si化合物,Co−Si化合物,Cr−Si化合物を形成する。これらの金属間化合物は非常に硬いので、切削抵抗を上昇させるだけでなく、工具の寿命を短くする。また、Fe,Mn,Co及びCrの量が多いと、Pを含む化合物の中に、これらの元素も化合し、Pを含む化合物の組成が変化することもあり、Pを含む化合物の本来の機能が損なわれる可能性もある。このため、Fe,Mn,Co,及びCrの量は、制限しておく必要があり、それぞれの含有量は、0.30mass%未満が好ましく、より好ましくは0.20mass%未満であり、0.15mass%以下がさらに好ましい。特に、Fe,Mn,Co,Crの含有量の合計は、0.45mass%未満とする必要があり、好ましくは0.40mass%未満、より好ましくは0.35mass%未満、さらに好ましくは0.25mass%以下である。
【0053】
一方、快削性黄銅や、めっきが施された廃製品などから混入するSn,Alは、本実施形態の合金においてγ相の形成を促進させ、一見被削性に有用であるように思われる。しかしながら、SnとAlは、その量が増えるにしたがって、Cu,Zn,Siで形成されるγ相本来の性質を徐々に変化させる。また、Sn、Alは、α相より、β相に多く配分され、徐々にβ相の性質を変化させる。その結果、合金の延性や靭性の低下、被削性の低下を引き起こすおそれがある。そのため、Sn、Alの量も制限しておくことが必要である。Snの含有量は、0.40mass%未満が好ましく、0.30mass%未満がより好ましく、0.25mass%以下がさらに好ましい。Alの含有量は、0.20mass%未満が好ましく、0.15mass%以下がより好ましく、0.10mass%以下がさらに好ましい。特に、被削性、延性、人体への影響を鑑み、Sn,Alの含有量の合計は、0.45mass%未満にする必要があり、好ましくは0.40mass%未満であり、より好ましくは0.35mass%未満であり、0.25mass%以下がさらに好ましい。
【0054】
その他の主要な不可避不純物元素として、経験的に、Niはスクラップ等からの混入が多いが、特性に与える影響は前記のFe,Mn,Sn等に比べて小さい。Niの含有量は0.3mass%未満が好ましく、0.2mass%未満がより好ましい。Agについては、一般的にAgはCuとみなされ、諸特性への影響がほとんどないことから、特に制限する必要はないが、Agの含有量は、0.1mass%未満が好ましい。Te,Seは、その元素自身が快削性を有し、稀であるが多量に混入する恐れがある。延性や衝撃特性への影響を鑑み、Te,Seの各々の含有量は、0.2mass%未満が好ましく、0.05mass%以下がより好ましく、0.02mass%以下がさらに好ましい。また、耐食性黄銅には、黄銅の耐食性を向上させるためにAsやSbが含まれているが、延性や衝撃特性への影響を鑑み、As,Sbの各々の含有量は、0.05mass%未満が好ましく、0.02mass%以下が好ましい。
その他の元素であるMg,Ca,Zr,Ti,In,W,Mo,B,および希土類元素等のそれぞれの含有量は、0.05mass%未満が好ましく、0.03mass%未満がより好ましく、0.02mass%未満がさらに好ましい。
なお、希土類元素の含有量は、Sc,Y,La、Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Tb,及びLuの1種以上の合計量である。
以上、これら不可避不純物の合計量は、1.0mass%未満が好ましく、0.8mass%未満がより好ましく、0.7mass%未満がさらに好ましい。
【0055】
(組成関係式f1)
組成関係式f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]+0.5×[Bi]−0.5×[P]
Biを含まない場合には、f1中の[Bi]は0であり、f1は、f1=[Cu]−5×[Si]+0.5×[Pb]−0.5×[P]となる。
組成関係式f1は、組成と金属組織の関係を表す式で、各々の元素の量が上記に規定される範囲にあっても、この組成関係式f1を満足しなければ、本実施形態が目標とする諸特性を満足できない。f1が56.0未満であると、製造プロセスを工夫したとしても、β相の占める割合が多くなり、延性や靱性が低くなる。よって、f1の下限は、56.0以上であり、好ましくは56.3以上であり、より好ましくは56.5以上である。f1がより好ましい範囲になるにしたがって、α相の占める割合が増え、優れた被削性を保持するとともに、良好な衝撃特性を備えることができる。
【0056】
一方、組成関係式f1の上限は、β相の占める割合、または、γ相の占める割合に影響し、組成関係式f1が59.5より大きいと、β相の占める割合が少なくなり、優れた被削性が得られない。同時にγ相の占める割合が多くなり、靱性や延性が低下し、強度も下がる。場合によってはμ相が出現する。また、f1の上限は、鋳造性に関係し、f1の上限を超えると、最終凝固部に存在する欠陥が多くなる。また、鋳造性と凝固温度範囲は深い関係にあり、凝固温度範囲が広いと鋳造性が悪くなり、f1の上限を超えると、凝固温度範囲が25℃を超え、最終凝固部に存在する欠陥が多くなる。よって、f1の上限は59.5以下であり、好ましくは59.2以下であり、より好ましくは59.0以下であり、さらに好ましくは58.5以下である。組成やプロセスによるが、f1の値が小さくなるにしたがって、β相が増え、被削性が向上し、強度が高くなり、凝固温度範囲が小さくなって、鋳造性が向上する。
【0057】
本実施形態である快削性銅合金鋳物は、切削時の抵抗を低くし、切屑を細かく分断させるという一種の脆さが求められる被削性と、靱性、延性との全く相反する特性を備えたものであるが、組成だけでなく、組成関係式f1および、後述する組織関係式f2〜f6、組織・組成関係式f6Aを、詳細に議論することにより、より目的や用途に合った合金を提供することができる。なお、Sn,Al,Cr,Co,Fe,Mnおよび別途規定した不可避不純物については、不可避不純物として扱われる範疇の範囲内であれば、組成関係式f1に与える影響が小さいことから、組成関係式f1では規定していない。
(組成関係式f0)
Biを含有する場合、組成関係式f0=[Pb]+[Bi]
Biは、銅合金鋳物の被削性を改善するうえで、簡便的にBiはPbと同等の効果を有すると評価でき、Pbの代替として、任意にBiを含有することができる。そのためには、[Pb]と[Bi]の和であるf0が、0.003を超える必要がある。f0は、好ましくは0.010以上であり、より好ましくは0.020以上であり、さらに好ましくは0.040以上である。特に、(1)切削速度が速い、(2)送りが大きい、(3)外周切削の切込深さが深くなる、(4)ドリル穴径が大きくなる、(5)ドリル切削が深いといった、厳しい切削条件下では、f0は、好ましくは0.040以上、より好ましくは0.050以上である。同時にBiの量が0.020mass%を超え、かつ、Biを含む粒子がα相内に存在することが好ましい。
一方、現段階では、Biの環境や人体への影響は、現段階では不明であるが、Pbの一部をBiで代替したとしても、f0は、0.25未満である必要がある。f0は、好ましくは0.20未満であり、さらに好ましくは0.18未満である。PbとBiの合計含有量が、0.18mass%より少なくても、f1、および、後述する関係式f2〜f6,f6Aを満たすことにより、優れた被削性を備える銅合金鋳物が得られる。
【0058】
(特許文献との比較)
ここで、上述した特許文献2〜15に記載されたCu−Zn−Si合金と本実施形態の銅合金鋳物との組成を比較した結果を表1,2に示す。
本実施形態と特許文献2〜10とは、主要元素であるCu、Siの含有量が異なっており、Cuを多量に必要としている。
また、特許文献2〜4,6,9,10では、金属組織において、β相は、被削性を阻害するとして、好ましくない金属相として挙げられ、被削性の関係式で、β相はマイナスの相(相の量にマイナスの係数が付与された相)として挙げられている。また、β相が存在する場合、熱処理によって、被削性に優れるγ相に、相変化させることが好ましいとされている。
特許文献4,9,10は、許容できるβ相の量が記載されているが、β相の量は、最大で5%以下である。
特許文献11は、耐脱亜鉛腐食性を向上させるために、SnとAlを少なくとも、各々0.1mass%以上の量で含有し、優れた被削性を得るためには、多量のPb、Biの含有を必要としている。
特許文献12は、Cuを65mass%以上の量で必要とし、Siの含有とともに、Al,Sb,Sn,Mn,Ni,B等を微量含有させることにより、良好な機械的性質、鋳造性を備えた耐食性を有する銅合金鋳物である。
特許文献13はPを含有していない。
特許文献14では、Biを含有せず、Snを0.20mass%以上含有し、700℃〜850℃の高温に保持し、次いで熱間押出するとしている。
特許文献15では、耐脱亜鉛腐食性を向上させるために、Snを1.5mass%以上の量で含有している。また、被削性を得るために、多量のBiを必要としている。
さらに、いずれの特許文献においても、本実施形態で必須の要件である、Siを含有するβ相が被削性に優れていること、少なくともβ相の量が18%以上必要であること、β相内に微細なPを含む化合物が存在すること、第3の実施形態であるα相内にBiを含む粒子が存在することに関し、何も開示されておらず示唆もされていない。
【0061】
<金属組織>
Cu−Zn−Si合金には、10種類以上の相が存在し、複雑な相変化が起こり、組成範囲、元素の関係式だけでは、目的とする特性が必ずしも得られない。Cu−Zn−Si合金鋳物の場合、熱間押出などの熱間加工を経た銅合金と比較して、出現する相の構成、それらの相の割合に関し、さらに平衡状態からずれた金属組織になることが経験されている。また、鋳物の製作過程において、同じ組成の合金であっても、冷却速度によって、β、γ相の量が、大きく変化する。最終的には金属組織に存在する相の種類と面積率の範囲を特定し、決定することによって、目的とする特性を得ることができる。そこで、以下のように、組織関係式を規定している。
20≦f2=(α)≦80、
18≦f3=(β)≦80、
0≦f4=(γ)<5、
f5=20×(γ)/(β)<4
18≦f6=(γ)
1/2×3+(β)×(−0.5×[Si]
2+1.5×[Si])≦82
【0062】
(γ相、組織関係式f4)
特許文献2〜6,9,10に記載されているように、γ相は、Cu濃度が約69mass%〜約80mass%、Si濃度が約2〜4mass%のCu−Zn−Si合金において、被削性に最も貢献する相である。本実施形態においても、γ相は被削性に貢献することが確認できたが、延性と強度とのバランスを優れたものにするためには、γ相を制限しなければならない。具体的には、γ相の占める割合を5%以上にすると、良好な延性や靭性が得られない。γ相は、少量で、ドリル切削の切屑の分断性をよくする作用がある。しかし、γ相は硬いため、γ相が多く存在すると、ドリル切削のスラスト抵抗値を高くする。β相が18%以上の量(面積率、以下、相の量の単位は面積率である)で存在することを前提に、γ相の被削性への効果は、γ相の量の1/2乗の値に相当する。少量のγ相が含有する場合では、被削性への改善効果は大きいが、γ相の量を増やしても被削性の改善効果は減少していく。延性と、ドリル切削や外周切削の切削抵抗を考慮に入れると、γ相の量は、5%未満にする必要がある。γ相の量は、好ましくは3%未満であり、より好ましくは2%未満である。γ相の量が2%未満になると、靱性への影響は、少なくなる。γ相が存在しない、すなわち(γ)=0の場合でも、Siを含有するβ相を後述の割合で存在させ、かつPbの含有と、任意元素としてBiを含有させることにより、優れた被削性が得られる。
【0063】
(β相、組織関係式f3、f5)
特許文献に記載されているγ相の量を制限し、κ相、μ相を皆無、または含まず、優れた被削性を得るためには、最適なSi量とCu、Znの量との配合割合、β相の量、β相に固溶するSi量が重要となる。なお、ここで、β相には、β’相が含まれるものとする。
本実施形態における組成範囲にあるβ相は、α相に比べると延性に乏しいが、延性や靭性の面からは大きな制約を受けるγ相に比べると、β相は、遥かに靱性、延性に富み、κ相やμ相と比べても靱性、延性に富む。したがって、靱性や延性の点から、比較的多くのβ相を含有させることができる。また、β相は、高濃度のZnとSiを含有するにも関わらず、良好な伝導性を得ることができる。但し、β相やγ相の量は、組成だけでなく、プロセスに大きく影響される。
【0064】
本実施形態のCu−Zn−Si−P−Pb合金、またはCu−Zn−Si−P−Pb−Bi合金の鋳物において、Pbの含有量を最小限に留めながら良好な被削性にするためには、少なくとも、β相の量は18%以上必要であり、かつ、良好な延性を有し、高い強度を得るために、β相の量は、γ相の5倍の量より多くする必要がある。すなわち、f5=20×(γ)/(β)<4(f5を式変形すると5×(γ)<(β))を満たす必要がある。β相の量は、好ましくは25%以上であり、より好ましくは30%以上である。γ相の量が、3%未満、さらには2%未満であっても、良好な被削性を備えることができる。γ相の量が、3%未満、さらには2%未満であり、かつ、β相の量が、γ相の量の、10倍、さらには20倍超えると、より良好な延性、靭性と高い強度を備えることができる。すなわち、f5=20×(γ)/(β)<2(f5を式変形すると10×(γ)<(β))、またはf5=20×(γ)/(β)<1になる。γ相の量が0%のとき、β相の量は、好ましくは25%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは40%以上である。β相の占める割合が約50%、被削性に乏しいα相の占める割合が約50%であっても、合金の被削性は、高いレベルで維持される。なお、本実施形態の快削性銅合金鋳物は、優れた耐食性、耐脱亜鉛腐食性を目指したものではない。尤も、Siのα相、β相への固溶により、α相、β相の耐食性は向上し、Siを含有しない、β相を含む快削黄銅C3604、鍛造用黄銅C3771より良好な耐食性を示すが、前記文献に示されているような、優れた耐食性は備えていない。
【0065】
Pを含み、γ相の占める割合が0%、または2%未満で、β相の量が、約40%以上の場合、合金の被削性は、Pを含む化合物が存在するβ単相合金の被削性を引き継ぐ。軟らかいα相が、β相の周りにクッション材の役割を果たし、或いは、軟質のα相と硬質のβ相の相境界が切屑の分断の起点になると考えられ、β相の量が約40〜約50%であっても、優れた被削性を保持する、すなわち、低い切削抵抗を維持し、場合によっては切屑の分断性が向上する。しかし、β相の量が減少し、約18%〜約30%に達すると、α相の性質が勝るようになり、β相が約25%付近を境にして、被削性が低下する。
【0066】
一方、β相は、α相に比べ延性や靱性に劣る。β相の占める割合が減少するとともに、延性は向上する。良好な延性を得て、強度と延性、靱性とのバランスをよくするためには、β相の占める割合を80%以下にする必要があり、好ましくは75%以下であり、より好ましくは70%以下である。靱性や延性を重要視するとき、β相の占める割合は、60%以下が好ましい。使用する目的、用途により、適切なβ相の占める割合は、多少変動する。
【0067】
なお、β相は、高温で延性に富む性質がある。PbやBiを含む銅合金鋳物が、凝固後、室温まで冷却される際に、Pb,Biは約300℃まで融体で存在するので、熱ひずみなどによって割れが生じやすくなる。特にBiの影響が大きい。その場合、高温では、延性に富んだ、軟らかいβ相が、少なくとも18%以上、好ましくは25%以上存在すると、低融点金属Pb,Biによる割れ感受性を低くすることができる。基本的に高温では、常温より多くのβ相が存在するので、常温でβ相が多いほど、より鋳造割れの感受性を低くすることができる。
【0068】
(Si濃度とβ相の被削性)
β相は、本実施形態における組成範囲において、β相に固溶するSi量が増えるほど被削性が向上する。合金のSi濃度と、β相の量と、合金の被削性の関係を鋭意研究の結果、合金の被削性は、簡便的に、Si濃度(mass%)を[Si]としたとき、β相の量に、(−0.5×[Si]
2+1.5×[Si])を掛け合わすとよく適合することが判明した。すなわち、同じβ相であっても、Si濃度の高いβ相のほうが、被削性がよい。例えば、合金のSi濃度が1.0mass%の場合、合金のSi濃度が1.2mass%に比べ、1.08倍の量のβ相が必要であることを示している。但し、合金のSi濃度が、約1.3mass%から約1.5mass%の間でβ相の被削性の改善効果は飽和し、それどころか、約1.5mass%を超えると、Si濃度が増すほど、β相の被削性は低下する。
一方、被削性に効果を発揮する、β相中のSi濃度は、少なくとも0.5mass%を超える必要がある。β相中のSi濃度は、好ましくは0.7mass%を超えで、より好ましくは1.0mass%以上である。β相中のSi濃度が、約1.6mass%になると、被削性の効果は飽和し始め、約1.8mass%を超えると、β相は、さらに硬く、脆くなり、被削性効果が喪失し始める。したがって、β相中のSi濃度の上限は、1.8mass%である。
【0069】
(β相、組織関係式f6)
組織関係式f6は、組織関係式f3〜f5に加え、総合的に優れた被削性と延性、強度を得るための、γ相、β相の割合にそれぞれ係数を与えて示したものである。γ相は、前記のとおり、少量で、ドリル加工時の切屑の分断性に優れた効果があり、γ相の量の1/2乗に係数3が掛け合わされている。β相は、合金のSi濃度に重みがつけられ、β相の量に、(−0.5×[Si]
2+1.5×[Si])が掛け合わされ、γ相の量の1/2乗に係数3を掛け合わした値との和が、被削性を得るための組織関係式f6として表されている。組織関係式f6は、重要であるが、前記の組成関係式f0、f1と、組織関係式f2〜f5を満たして初めて成立する。良好な被削性を得るための組織関係式f6の下限値は、18以上であり、好ましくは25以上であり、より好ましくは30以上である。被削性を重要視すれば、好ましくは40以上である。一方、組織関係式f6の上限値は、靱性、延性、強度等の特性を鑑み、82以下であり、好ましくは76以下であり、より好ましくは70以下である。
【0070】
なお、関係式f0〜f6において、α相、β相、γ相、δ相、ε相、ζ相、η相、κ相、μ相、χ相の金属相を対象としており、Pを含む化合物を除く金属間化合物、Pb粒子、酸化物、非金属介在物、未溶解物質などは対象としていない。Pを含む化合物は、大部分がβ相内、及びα相とβ相の境界に存在するので、β相内、α相とβ相の境界にあるPを含む化合物は、β相に含めるものとする。稀にPを含む化合物がα相内に存在する場合は、α相に含めるものとする。一方、SiやPと不可避的に混入する元素(例えばFe,Mn,Co,Cr)によって形成される金属間化合物は、金属相の面積率の適用範囲外である。本実施形態においては、500倍の金属顕微鏡で観察できる大きさ、約1000倍の金属顕微鏡で確認、判別できる析出物、金属相を対象としている。したがって、観察できる析出物、金属相の大きさの最小値は、概ね、約0.5μmであり、例えば、β相内に、約0.5μmより小さな、0.1〜0.4μmの大きさのγ相が存在することもあるが、これらのγ相は、金属顕微鏡では確認できないので、β相と見なす。
【0071】
(組織・組成関係式f6A)
合金として良好な被削性を得るための条件式として、f6の金属組織の関係式に、個々の作用で被削性が改善されるPb、Bi、およびPの効果を加える必要がある。Siを含有するβ相であって、β相内にPを含む化合物が存在する条件下で、β相中へのPの固溶量が増すにしたがって、またはPを含む化合物の量が増えるにしたがって被削性が向上し、金属顕微鏡でPの化合物が観察されるようになると、一層被削性が向上する。Pbは、ごく少量の含有で、被削性が向上する。Biは、概ねPbと同等の効果があり、α相内にBiを含む粒子が存在すると、さらに被削性が向上する。Pb、Bi、Pによる被削性の向上の度合いは、Pbの量の1/2乗、またはPbとBiの合計含有量の1/2乗、Pの量の1/2乗と深い関係を持つことが、鋭意研究を進めた結果、見出された。Biの効果は前記のとおり、簡便的にPbと同じ効果と考えられ、Pb+Biで表すことができる。すなわち、Pb、或いはPb+Bi、Pともごく少量の含有で大きな効果を発揮し、含有量が増すとともに被削性の向上効果は増すが、徐々に緩やかなものになる。
まとめると、β相中に含有されるSi濃度およびβ相の量、β相中でのPの固溶量およびβ相中に存在するPを含む化合物の量、微細な粒子として存在するPbの量、またはPb+Biの量は、それぞれ別々の作用により合金の被削性を向上させるが、これらのすべての要件が揃うと、それらの相乗作用により大きな被削性の改善効果を発揮し、PbまたはPb+Bi、Pともにごく少量の含有で、大幅に銅合金鋳物の被削性が向上する。
組織・組成関係式f6Aは、f6すなわちβ相の被削性を表す効果に、Pbの量、またはPb+Biの量([Pb]、または[Pb]+[Bi])の1/2乗に係数38が掛け合わされ、Pの量(mass%、[P])の1/2乗に係数15が掛け合わされ、各々加算されたものである。良好な被削性を得るためには、f6Aが、少なくとも33以上であり、好ましくは40以上、より好ましくは45以上、さらに好ましくは50以上である。組織関係式f6を満たしても、PbまたはPb+Bi、Pの効果を加えたf6Aを満たさないと、良好な被削性が得られない。なお、PbまたはPb+Bi、およびPが、本実施形態で規定する範囲内であれば、延性等への影響は、f6の関係式の上限で定められているので、f6Aで規定する必要はない。なお、f6の値が比較的小さい場合であっても、PbまたはPb+Bi、およびPの含有量を増すことにより、被削性は向上する。さらに、(1)切削速度が速くなる、(2)送りが大きくなる、(3)外周切削の切込深さが深くなる、(4)ドリル穴径が大きくなる、(5)ドリル切削長さが深いなど、切削条件が厳しくなる場合、f6Aを大きくすることが効果的で、その中でも、PbまたはPb+Biの項を大きくすることが好ましい。
なお、f6、f6Aは、本実施形態で規定する各元素の濃度範囲内、及びf0〜f5で規定される範囲内でのみ適用される。
【0072】
(α相、組織関係式f2)
α相は、β相、或いはγ相とともにマトリックスを構成する主要な相である。Siを含有したα相は、Siを含有しないものに比べると、被削性指数で、3〜10%の向上に留まるが、Si量が増すにしたがって被削性は向上する。β相が100%であると、合金の延性、靱性で問題があり、適切な量のα相が必要である。β単相合金から、α相を比較的多く含んでも、条件が揃うと、β単相合金の被削性が維持される。例えば、α相が約50%の面積率で含んでも、軟質のα相自体がクッション材の役割を果たし、切削時、硬質のβ相との境界が応力集中源になって切屑を分断するので、優れたβ単相合金の被削性が維持され、場合によっては被削性が向上すると考えられる。
【0073】
鋭意研究を重ねた結果、合金の延性、靭性、および延性と強度とのバランスを加味し、α相の量は、20%以上必要であり、好ましくは25%以上、より好ましくは30%以上であり、さらに好ましくは35%以上である。靱性を重要視する場合は、α相が40%以上であることが好ましい。一方、α相の量の上限は、良好な被削性を得るためには、80%以下にする必要があり、好ましくは75%以下であり、より好ましくは70%以下であり、被削性を重視する場合は60%以下が好ましい。
【0074】
(μ相、κ相、その他の相)
優れた被削性を備えるとともに、高い延性や靭性、高い強度を得るには、α、β、γ相以外の相の存在も重要である。本実施形態では、諸特性を鑑み、κ相、μ相、或いはδ相、ε相、ζ相、η相は、特に必要としない。金属組織を形成する構成相(α)、(β)、(γ)、(μ)、(κ)、(δ)、(ε)、(ζ)、(η)の総和を100としたとき、好ましくは、(α)+(β)+(γ)>99であり、測定上の誤差、数字の丸め方(四捨五入)を除けば、最適には(α)+(β)+(γ)=100である。
【0075】
(Pを含む化合物の存在)
Siを含有することによりβ相の被削性は大きく改善し、そしてPの含有、Pのβ相への固溶で被削性はさらに改善される。加えて、β相内に、粒径が約0.3〜約3μmのPとSi,Znによって形成される化合物を存在させることによって、β相は、一段と優れた被削性を備えることができる。Pb量が0.01mass%、P量が0.05mass%、Si量が約1mass%のβ単相合金の被削性は、Pを含む化合物が十分存在することによって、Pが無添加のβ単相合金に比べると、被削性指数で、単純ではあるが約10%向上する。
Pの含有量、形成されるPを含む化合物の量、大きさにも影響される。Pを含む化合物は、Pと、少なくともSi及びZnのいずれか一方又は両方とを含む化合物、場合によっては、さらにCuを含む化合物や、さらに不可避不純物であるFe、Mn、Cr、Coなどを含む化合物である。そして、Pを含む化合物は、不可避不純物であるFe,Mn,Cr,Coなどにも影響される。不可避不純物の濃度が、前記で規定した量を超えると、Pを含む化合物の組成が変化し、被削性の向上に寄与しなくなるおそれがある。
なお、鋳込み後、冷却過程の約550℃以上の温度範囲では、Pの化合物は存在せず、冷却時の550℃より低い温度で、ある臨界の冷却速度で生成する。但し、不可避不純物を多く含む場合、前記のとおりPの化合物の構成(組成)が変化することがあるので、その限りではない。鋭意研究の結果、鋳込み後の冷却過程において、530℃から450℃の温度領域を、55℃/分以下の冷却速度で冷却することが好ましいことが判明した。530℃から450℃の温度領域での冷却速度は、より好ましくは50℃/分以下、さらに好ましくは45℃/分以下である。一方、冷却速度が遅すぎると、Pの化合物が成長し易くなり、被削性への効果が低下する。530℃から450℃の温度領域での冷却速度の下限は、0.1℃/分以上が好ましく、0.3℃/分以上がより好ましい。冷却速度の上限値55℃/分は、Pの量によっても多少変動し、Pの量が多いと、より早い冷却速度でもPを含む化合物が形成される。
【0076】
(α相内に存在するBi粒子(Biを含む粒子))
Siを含有させたβ単相合金、さらに、Pを含み、Pを含む化合物を存在させたβ単相合金の被削性は、3mass%のPbを含有する快削黄銅の水準に近づく。そして、本実施形態では、α相を含み、α相は、β相間のクッション材、切屑分断の起点の役割を果たし、切屑の分断性に貢献し、ごく少量のPbの含有で優れた被削性を有する銅合金鋳物に仕上げられている。ここで、任意元素として含有されるBiは、Pbより被削性への貢献度は少し低いが、α相にBi粒子が存在すると、別の作用で被削性が改善される。すなわち、Siの含有で、α相の被削性は僅かに改善するが、その効果は小さく、α相にBi粒子が存在することにより、ようやくα相自体の被削性が改善される。Bi粒子がα相に存在する頻度が増すほど、α相の被削性は向上し、合金の被削性が向上する。
Biは、銅合金にほとんど固溶せず、金属顕微鏡で観察すると0.3μm〜3μmの大きさの円形状の粒子として存在する。Biは、Cuや、CuとZnの合金である黄銅に比べ、融点が低く、原子番号が大きく、原子サイズが大きい。このため、Siを含まず、β相の量が、おおよそ20%を超える黄銅鋳物の場合、Bi粒子は、α相には、ほとんど存在せず、主としてα相とβ相の相境界に存在し、β相の量が増すにしたがって、β相内にも多く存在する。本実施形態において、Cu−Zn合金へのSiの作用により、Bi粒子がα相内に存在する頻度が高くなることを究明した。その作用は、Si含有量が、0.40mass%を超える、0.50mass%を超える、0.70mass%以上と増すに従って、明確になる。さらに、Pの含有によっても、Bi粒子がα相中に存在する頻度が高められる。Biは、Pbより被削性が劣るとされていたが、本実施形態においては、α相内にBi粒子を存在させることにより、結果的にPbと同等、場合によっては同等以上の被削性への効果を得ることができる。BiとPbを共に添加すると、その多くの粒子には、BiとPbが共存するが、Biを単独で含有する場合と概ね同等の被削性の効果を発揮する。なお、α相中へのBi粒子が存在する頻度を高め、α相の被削性を高めるためには、Biは、0.020mass%を超えた量で含有することが好ましい。
【0077】
ここで、
図1〜3は、各種合金の金属組織の写真を示す。
図1は、試験No.T07の金属組織の写真である。試験No.T07は、Zn−62.5mass%Cu−1.00mass%Si−0.063mass%P−0.016mass%Pb合金(合金No.S02)であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とした条件(工程No.1)で製造された。
図2は、試験No.T35の金属組織の写真である。試験No.T35は、Zn−62.2mass%Cu−1.02mass%Si−0.067mass%P−0.073mass%Pb−0.042mass%Bi合金(合金No.S20)であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とした条件(工程No.1)で製造された。
図3は、試験No.T106の金属組織の写真である。試験No.T106は、Zn−63.1mass%Cu−1.08mass%Si−0.001mass%P−0.025mass%Pb合金(合金No.S53)であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とした条件(工程No.1)で製造された。
【0078】
図1においては、黒く見える約0.5〜3μmの粒状の析出物が、Pを含む化合物であり、β相内に多く存在していることが分かる。
図2において、α相内に約1μmの大きさのBiを含む粒子が観察され、Pを含む化合物が、β相内に存在していることが観察される。
一方、
図3においては、Pの量が0.001mass%であるので、Pを含む化合物は金属顕微鏡で観察されない。また、Pが0.001mass%であるので、α相結晶粒が大きい。
【0079】
(β相に固溶するSi量と被削性)
本実施形態である組成範囲において生成するα相、β相、γ相のCu,Zn,Siの量には、おおよそ、次の関係がある。
Cu濃度は、α>β≧γ
Zn濃度は、β>γ>α
Si濃度は、γ>β>α
【0080】
下記に示す試料a〜dについて、α、β、γ相中の、Cu,Zn,Siの濃度を、2000倍の倍率で、2次電子像、組成像を撮影し、X線マイクロアナライザーで定量分析した。測定は、日本電子製「JXA−8230」を用い、加速電圧20kV、電流値3.0×10
−8Aの条件で行った。結果を表3〜6に示す。
試料a:Zn−63.1mass%Cu−1.18mass%Si−0.048mass%P合金であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とした条件(工程No.1)で製造された試料。
試料b:Zn−63.1mass%Cu−1.18mass%Si−0.048mass%P合金であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とし、室温まで冷却し、次いで350℃で20分保持の低温焼鈍を実施した条件(工程No.8)で製造された試料。
試料c:Zn−61.4mass%Cu−0.81mass%Si−0.044mass%P合金であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とした条件(工程No.1)で製造された試料。
試料d:Zn−62.8mass%Cu−0.98mass%Si−0.053mass%P合金であって、鋳造後の650℃から550℃までの冷却速度を40℃/分、530℃から450℃までの冷却速度を30℃/分、430℃から350℃までの冷却速度を25℃/分とした条件(工程No.1)で製造された試料。
【0081】
β相に固溶するSi濃度は、概ねα相の1.5倍、すなわち、β相には、α相の1.5倍のSiが配分される。例えば、合金のSi濃度が1.15mass%の場合、α相におおよそ0.9mass%のSiが固溶し、β相には、おおよそ1.4mass%のSiが固溶する。
なお、特許文献2の代表組成、Zn−76mass%Cu−3.1mass%Si合金を作製し、X線マイクロアナライザー(EPMA)で分析したところ、γ相の組成は、73mass%Cu−6mass%Si−20.5mass%Znであった。本実施形態のγ相の組成、60mass%Cu−3.5mass%Si−36mass%Znと大きな相違があり、両者のγ相の性質も異なることが予想される。
【0086】
(被削性指数)
一般に、3mass%のPbを含有する快削黄銅を基準とし、その被削性を100%として、様々な銅合金の被削性が数値(%)で表されている。一例として、1994年、日本伸銅協会発行、「銅および銅合金の基礎と工業技術(改訂版)」、p533、表1、及び1990年 ASM International発行“Metals Handbook TENTH EDITION Volume 2 Properties and Selection: Nonferrous Alloys and Special-Purpose Materials”、p217〜228の文献に銅合金の被削性が記載されている。
表7,8の合金A〜Fは、実験室で作製したPbを0.01mass%の量で含む合金で、実験室の電気炉で溶解し、内径100mm、深さ200mmの鋳型に鋳込み、実験室の押出試験機でφ22mmに熱間押出されたものである。合金G〜Iは、実験室で作製したPbを0.01mass%の量で含む合金鋳物である。Cu−Znの2元合金では、Pbを少量含んでも、被削性にほとんど影響がないことから、本実施形態の成分範囲内の0.01mass%の量のPbをそれぞれ含有させた。熱間押出温度は、合金A,Dでは、750℃であり、その他の合金B,C,E,Fでは、635℃であった。押出後、金属組織を調整するため、500℃で2時間熱処理した。合金G,Hは、Pbを0.01mass%の量で含む合金で、溶解後、1000℃の溶湯を、内径35mm、深さ200mmの金型に鋳込んだ。冷却の途中、約700℃で金型から取り出し、650℃から550℃の温度領域の平均冷却速度が40℃/分であり、530℃から450℃の温度領域の平均冷却速度が30℃/分であり、430℃から350℃の温度領域の平均冷却速度が25℃/分である条件で350℃まで冷却し、次いで平均冷却速度20℃/分で空冷し、鋳物を準備した。後述する切削試験に従って、外周切削、ドリル切削の試験を行い、被削性を求めた。なお、基準材の快削黄銅としては、市販されているC3604(Zn−59mass%Cu−3mass%Pb−0.2mass%Fe−0.3mass%Sn)を用いた。
【0089】
前記文献では、α単相黄銅である70Cu−30Znの被削性指数は30%と記されている。本実施形態において、表7,8に示すとおり、同じα単相黄銅である65Cu−35Zn(合金A)の被削性は31%であった。そして、Cu、Znの量を調整し、Siを約0.9mass%の量で含有したα単相黄銅(合金D)、すなわち、α相中にSiを0.9mass%の量で固溶させたα単相黄銅は、Siを含まないα黄銅に比べ、被削性指数は約7%向上した。合金A,Dの切屑は、外周切削と、ドリル穴切削の両方の試験で、連続した。
外周切削では、刃(バイト)にかかる力を主分力、送り分力、背分力に分解できるが、それらの合力(3分力)を切削抵抗とした。ドリル切削については、ドリルにかかる力をトルク、スラストに分解し、それらの平均値をドリルの切削抵抗の「総合」として記載した。さらに、合金の被削性として、外周の切削抵抗とドリル切削抵抗を平均し、被削性「総合」指数(評価)とした。
表8の外周切削の切削抵抗は、実施例に記載の合力(被削性指数)に相当する。表8の穴あけ切削のトルク、スラスト、総合は、それぞれ実施例に記載のトルク指数、スラスト指数、ドリル指数に相当する。切屑の評価基準は、実施例と同じである。
【0090】
Cu、Znの量を調整したSiを含まないβ単相黄銅(合金C、54Cu−46Zn)は、Siを含まないα相(合金A)に比べ、被削性「総合」指数で、約20%向上するが、切屑の改善はほとんどなく、切屑評価は変わらなかった。1.3mass%のSiを含有したβ相合金(合金E)では、Siを含まないβ相単相黄銅(合金C)に比べ、被削性「総合」指数で約24%向上した。外周切削、ドリル穴あけ時の切屑は、少し改善し、分断されるが、3mass%のPbを含有する快削黄銅との差は大きかった。
【0091】
そして0.05mass%のPを含有し、約1.3mass%のSiを含有するβ単相合金(合金F)は、Pを含まずSiを約1.3mass%含むβ単相黄銅(合金E)に比べ、被削性「総合」指数で約10%向上した。Pの有無で、外周切削は、約14%向上し、ドリル穴あけ切削でのトルクは、約9%向上した。外周切削の切削抵抗、およびドリル穴あけ切削でのトルクの向上は、切屑形状に関連し、0.05mass%のPの含有により、外周切削とドリル穴あけ切削の両者の試験で切屑形状の評価結果が「△」から「〇」に向上した。外周切削時の抵抗は、3mass%のPbを含有する快削黄銅との差も僅かとなり、外周切削、ドリル穴あけ切削の切屑も、著しく改善された。表7,8から、β単相試料の被削性については、押出材と鋳物材(合金EとG、FとH)で大きな相違はなかった。このことから、押出材を鋳物材に読み替えても差し支えないと思われる。
【0092】
なお、切削抵抗は、強度に影響され、熱間押出材同士で比較すると、強度が高いほど、切削抵抗が大きくなる。β単相黄銅や本実施形態の合金は、3mass%のPbを含有する快削黄銅よりも、高い強度を有するので、それを考慮に入れると1.3mass%のSiと0.05mass%のPを含有するβ単相合金の被削性は、概ね3mass%のPbを含有する快削黄銅と大よそ同等といえる。
【0093】
表3〜8から、β単相黄銅である合金H、Fは、おおよそ本実施形態の快削性銅合金鋳物のβ相に相当し、合金Dは、おおよそα相に相当する。本実施形態の快削性銅合金鋳物は、Pbを3mass%含有した快削黄銅の被削性に匹敵するβ相(合金H、F)と、Siの含有によって被削性が改善されたα相(合金D)で、構成されている。本実施形態の代表的な銅合金鋳物は、β相の割合が約50%であり、β単相の合金H、Fの被削性を概ね保持でき、Pbを添加した快削黄銅の被削性に匹敵する。
合金Iは、Pを含み、Pbを0.01mass%含み、Siを1.0mass%含むβ単相合金鋳物で、合金Hとの大きな相違は、Si量である。Siが1.3mass%から、1.0mass%に減少しても、高い被削性指数を保持し、切屑の分断性も確保できている。
【0094】
熱間押出材であるが、合金Bは、Pbを0.01mass%含むが、Si,Pを含まない黄銅で、β相の占める割合が48%である。前記から鋳物と読み替え、合金Bは、外周切削、ドリル切削ともに、α単相黄銅(合金A)よりも切削抵抗は改善されるが、β単相黄銅(合金C)より切削抵抗が高く、被削性「総合」評価は44%である。同じβ相率の本実施形態の快削性銅合金鋳物の被削性「総合」評価に比べ、おおよそ35%も低い数値であり、切屑形状も全く異なっている。Si,Pを含まないβ相を48%含む黄銅では、切削抵抗、および切屑の形状から、到底、3mass%のPbを含有した快削黄銅の代替にはなり得ない。
本実施形態の銅合金鋳物は、β相にP化合物を含み、表3〜8に示されるように、β相に、Siが0.5〜1.7mass%の量を含有されることにより、良好な被削性を備えることができる。
【0095】
<特性>
(強度、靱性、延性)
一般的に、鋳物は、例えば熱間押出棒などの熱間加工を経た材料に比べて、成分偏析があり、結晶粒も大きく、ミクロ的な欠陥を多少含んでいる。このため、鋳物は「脆い」、「脆弱」と言われており、靱性、延性の評価において、衝撃値が高いことが望まれる。一方で、切削において切屑の分断性に優れる材料は、ある種の脆さが必要と言われている。衝撃特性と、被削性は、ある面において相反する特性である。
【0096】
機械部品を始め本実施形態の使用対象となる部材、部品に対し、薄肉化、軽量化の強い要請がある。勿論、良好な靱性、延性を備えることが必要である。鋳物の強度は、β相、α相に固溶するSiの量に関係し、β相に、少なくともSiが約0.5mass%以上含有することにより、高い強度が得られる。鋳物は、前記の如く、成分偏析やミクロ的な欠陥が生じやすく、正当に、強度を評価することが難しい。本実施形態では、強度の評価方法として、硬さ(ビッカース硬さ)を採用し、靱性、延性の評価として衝撃試験値(Uノッチ)を採用する。
【0097】
鋳物は、連続鋳造棒を除き、冷間加工を施すことは少ない。銅合金鋳物で高い強度であるためには、少なくとも、ビッカース硬さが105Hv以上であることが好ましい。ビッカース硬さは、より好ましくは、120Hv以上である。硬さと引張強さは、相関関係があり、本実施形態においては、105Hvのビッカース硬さは、おおよそ420N/mm
2の引張強さに相当し、120Hvのビッカース硬さは、おおよそ450N/mm
2の引張強さに相当する。
【0098】
機械部品、自動車部品、バルブ、継手などの飲料水器具、水栓金具、工業用配管等の様々な部材に使用される場合、鋳物は、前記のとおり、高強度であるだけでなく、衝撃に耐える強靭な材料であることが必要である。そのためには、Uノッチ試験片でシャルピー衝撃試験を行ったとき、シャルピー衝撃試験値は、好ましくは25J/cm
2以上であり、より好ましくは30J/cm
2以上であり、さらに好ましくは35J/cm
2以上である。一方で、例えば、シャルピー衝撃試験値が、90J/cm
2または、80J/cm
2を超えると、いわゆる材料の粘りが増すため、切削抵抗が高くなり、切屑が連なりやすくなるなど被削性が悪くなる。
【0099】
(導電率)
本実施形態の用途には、電気・電子機器部品、EV化が進む自動車部品、その他の高い導電性部材・部品が含まれる。現在、これらの用途には、Snを6mass%、或いは8mass%含有する、りん青銅(JIS規格、C5191,C5210)が多く使用され、導電率は、各々、約14%IACS、12%IACSである。したがって、導電率は、13%IACS以上であれば、電気伝導性に関し大きな問題は生じない。導電率は、好ましくは14%IACS以上である。導電率を悪くする元素であるSiを1mass%超えた量で含有し、かつ、Znを約33mass%以上の量で含有するにも関わらず、13%IACS以上の導電性を示すのは、β相の量とβ相中に固溶するSiが影響している。
【0100】
以上の検討結果から、以下の知見を得た。
第1に、従来からCu−Zn−Si合金において生成するβ相は、合金の被削性に効果がない、或いは、合金の被削性を妨げるとされていた。しかしながら、鋭意研究の結果、一例として、Si量が約1.3mass%、Cu量が約60mass%、Zn量が約38.5mass%であるβ相が非常に優れた被削性を有することを究明した。
【0101】
第2に、Cu−Zn−Si合金のβ相の被削性をさらに改善するために、Pを含有させ、β相中に粒径が約0.3〜約3μmの大きさのPを含む化合物、例えば、P−Si、P−Si−Zn、P−Zn、P−Zn−Cuの化合物をβ相に存在させると、Pを含む化合物がないものに比べ、一段と切削抵抗が低下し、同時に切屑の分断性が著しく向上させることを究明した。
【0102】
第3に、本実施形態の銅合金鋳物で生成するγ相に、優れた切屑の分断性に効果があることを究明した。特許文献と本実施形態の快削性銅合金鋳物では組成が異なり、同じγ相であっても、前記のβ相のように組成が異なると被削性に大きな差が生じるが、本実施形態の組成範囲で存在するγ相に、優れた被削性があることを見出した。本実施形態の快削性銅合金鋳物は、Cu含有量、Si含有量が少ないにも関わらず、γ相の被削性、特にドリル切削時の切屑の分断性が優れていることを明らかにした。但し、γ相は、延性や靱性を阻害するので、その量を制限する必要があった。γ相を少量に留める、或いはγ相を含まない場合においても、α相とβ相の割合を調整し、優れた被削性を備えることを究明した。
【0103】
第4に、Pbは、β相内に事実上固溶せず、微量であってもPb粒子として存在し、前記の所定量以上のSiを含有し、Pの化合物を含むβ相が存在することが前提で、ごく少量のPbの含有で、切屑の分断性、切削抵抗の低減に大きな効果を発揮することを明らかにした。
第5に、Biは、Pbより被削性の効果が少し劣るが、Pbの代替になることを確認した。所定量以上のSiを含有すると、Biを含む粒子が、α相内に存在するようになり、その結果、α相の被削性が改善された。その場合のBiの効果は、Pbと同等、または、Pbを上回る効果があることを究明した。
【0104】
第6に、Siを含むβ相は、高い強度を有するが、延性、靱性に乏しく、β相が過多であると、工業用材料としては、不適切であった。切屑の分断性に優れ、切削抵抗が低いといった被削性を維持すると同時に、良好な靱性、延性を備え、かつ、高い強度を持った銅合金に仕上げるために、α相、β相、及びγ相の量を含め最適にした。さらに、鋳物は、被削性と同時に、鋳造性が重要であり、CuとSiの含有量と凝固温度範囲、鋳造性の関係、凝固温度範囲と鋳造性の関係を明らかにし、CuとSiの含有量と鋳物の金属組織との関係を最適化することにより、本実施形態の快削性銅合金鋳物を完成させた。
【0105】
(鋳造性)
本実施形態においては、健全な鋳物が得られることが大前提であり、鋳物に割れがあってはならず、ミクロ的な欠陥が少ないことが望ましい。鋳造割れに関しては、凝固後の高温状態で、低融点金属が融体として存在するか否かが、第1のポイントであり、低融点金属が存在する場合には、その量と高温状態でマトリックスに延性があるか否かで決まる。本実施形態では、鋳物の凝固・冷却過程で、マトリックス中に、融体で存在するPb,Biなどの低融点金属の量を大幅に制限しているので、鋳造割れにつながり難い。そして、本実施形態の組成、各種関係式を満たせば、高温で優れた延性を持つβ相を多量に含んでいるので、少量含有する低融点金属による悪影響をカバーでき、鋳物の割れの問題はない。
【0106】
本実施形態において、ミクロ欠陥を最小限に留めるのが鋳物の課題である。ミクロ欠陥は、最終の凝固部で生じやすい。最終凝固部は、良質な鋳造方案により、大抵は押湯の部分で留まるが、鋳物本体にまたがる場合、および鋳物の形状によっては、鋳物本体に最終凝固部が存在することもある。ミクロ欠陥については、ターターテストで実験室にて確認でき、本実施形態の鋳物の場合、ターターテストの結果と、Cu,Siの量、および組成関係式f1と、凝固温度範囲は、密接な関係があることが分かった。
【0107】
Cu量が65.0mass%以上になるか、またはSi量が1.4mass%以上になると、最終凝固部でミクロ欠陥が増え、組成関係式f1が59.5を超えると、ミクロ欠陥が増えることが分かった。そして、凝固温度範囲、すなわち(液相線温度−固相線温度)が25℃を超えると、鋳造時におけるひけ巣(shrinkage cavities)およびミクロ欠陥が顕著に現れ、健全な鋳物(sound casting)が得られなくなる。凝固温度範囲は、好ましくは20℃以下であり、さらに好ましくは15℃以下であり、凝固温度範囲が15℃以下であると、より健全な鋳物が得られる。尚、3元状態図では、凝固温度範囲は読み取れない。
【0108】
<製造プロセス>
次に、本発明の第1〜3の実施形態に係る快削性銅合金鋳物の製造方法について説明する。
本実施形態の快削性銅合金鋳物の金属組織は、組成だけでなく製造プロセスによっても変化する。鋳物の製造方法としては、ダイキャスト、金型、砂型(連続鋳造を含む)、ロストワックスなどの様々な鋳造方法があり、鋳物の厚みや形状、金型や砂型の材質、厚みなどにより、凝固後の鋳物の冷却速度が大よそ決定される。冷却速度の変更は、冷却方法、或いは、保温等の手段で可能になる。一方、凝固後の冷却過程で、様々な金属組織の変化が起こり、冷却速度によって金属組織が大きく変化する。金属組織の変化とは、構成相の種類、それら構成相の量が大きく変化することである。冷却過程に関して鋭意研究を行った結果、530℃から450℃の温度領域における冷却速度が最も重要で、特に被削性に大きく影響することが分かった。
【0109】
(溶解)
溶解は、本実施形態の快削性銅合金鋳物の融点(液相線温度)より約100〜約300℃高い温度である約950〜約1200℃で行われる。そして、融点より、約50〜約200℃高い温度である約900〜約1100℃で所定の鋳型に鋳込まれる。そして、凝固後は、構成相が様々に変化する。
【0110】
(鋳込み(鋳造))
鋳込み・凝固後の冷却速度は、鋳込まれた銅合金の重量、厚み、砂型、金型などの材質によって様々に変わる。例えば、一般的には従来の銅合金鋳物が、銅合金や鉄合金で作られた金型に鋳造される場合、鋳込み後、約700℃以下の温度で、型から鋳物が外され、強制冷却、空冷、または徐冷され、約5℃/分〜約200℃/分の平均冷却速度で冷却される。一方、砂型の場合、砂型に鋳込まれた銅合金は、鋳物の大きさや、砂型の材質、大きさによるが、約0.05℃/分〜約30℃/分の平均冷却速度で、冷却される。
【0111】
本実施形態の快削性銅合金鋳物においては、鋳込み後、凝固直後、例えば800℃の高温状態では、金属組織は、β相単相である。その後の冷却で、α相、γ相、κ相、μ相などの様々な相が生成し、形成される。一例であるが、450℃から800℃の温度域で、冷却速度が速いと、β相が多くなり、450℃より低い温度域で冷却速度が遅いと、γ相が生成し易くなる。
【0112】
鋳物の方案(鋳造方案)、鋳物の形状等により、冷却速度を大幅に変更することは困難であるが、530℃から450℃の温度範囲での平均冷却速度を0.1℃/分以上55℃/分以下に調整して冷却する。これにより、Pを含む化合物が形成され、倍率500倍の金属顕微鏡でPの化合物が確認される。結果、切屑分断作用が向上し、かつ、切削抵抗が大幅に低下する。
【0113】
組成とも関連するが、430℃から350℃の温度域を0.1℃/分以上10℃/分以下の平均冷却速度で冷却すると、γ相を生成させるか、またはγ相の量を増加させることができる。その結果、ドリル切削時のトルクの減少、切屑の分断性を向上させることができる。但し、γ相は、衝撃値を低くし、γ相を多く含有させると、切削抵抗が寧ろ高くなるので注意する必要がある。
【0114】
(熱処理)
少量のγ相を存在させることによってドリル穴あけ加工性を向上させるため、そして鋳物の残留応力を除去するために、熱処理が行われることがある。そのためには、熱処理は、250℃以上430℃以下で、5〜200分の条件で実施することが好ましい。
なお、焼鈍条件式f7=(T−200)×(t)
1/2は、300≦f7≦2000を満たすことが好ましい。f7中のTは温度(℃)であり、tは加熱時間(分)である。焼鈍条件式f7が300より小さいと、残留応力の除去が不十分となるか、または、γ相の生成が不十分となるおそれがある。一方、焼鈍条件式f7が2000を超えると、γ相の増加、β相の減少により、被削性が低下するおそれがある。
【0115】
このような製造方法によって、本発明の第1〜3の実施形態に係る快削性銅合金鋳物が製造される。
【0116】
以上のような構成とされた本発明の第1〜3の実施形態に係る快削性銅合金鋳物によれば、合金組成、組成関係式f0、f1、金属組織、組織関係式f2〜f6、組織・組成関係式f6Aを、上述のように規定しているので、Pbの含有量が少なくても優れた被削性を得ることができ、優れた鋳造性、良好な強度、靱性、延性を備えることができる。
【実施例】
【0117】
以下、本実施形態の効果を確認すべく行った確認実験の結果を示す。なお、以下の実施例は、本実施形態の効果を説明するためのものであって、実施例に記載された構成要件、プロセス、条件が本実施形態の技術的範囲を限定するものでない。
【0118】
実験室にて、種々な成分を配合し、鋳込み後の冷却速度を変化させて試験した。表9〜11に合金組成を示す。また、表12に製造工程を示す。なお、合金組成において、“MM”は、ミッシュメタルを示し、希土類元素の合計量を示す。
【0119】
(工程No.1〜7)
実験室において、所定の成分比で原料を溶解した。その際、実操業を考慮し、Fe,Snなどの不可避不純物を意図的に添加した。特に、合金No.S27〜合金No.S36については、不可避不純物を増量した。そして、約1000℃の溶湯を内径35mm、深さ200mmの鉄製の鋳型に鋳込んだ。
実際の鋳造を鑑み、鋳物が約700℃になったとき、金型から試料を取り出し、自然冷却、保温、または強制冷却によって、650℃から550℃、530℃から450℃、430℃から350℃の各温度域での平均冷却速度を7種類変えて、室温まで冷却した。冷却条件の一覧を表12に示す。温度測定に関しては、鋳物の温度を接触温度計を用いて測定し、各温度領域での平均冷却速度を所定の値に調整した。
【0120】
(工程No.8)
合金No.S01、S20、S21の鋳物に対し、表12に示す条件で、熱処理を施した。
【0121】
上述の試験材について、以下の項目について評価を実施した。評価結果を表13〜20に示す。
【0122】
(金属組織の観察)
以下の方法により金属組織を観察し、α相、β相、γ相、κ相、μ相など各相の面積率(%)を画像解析法により測定した。なお、α’相、β’相、γ’相は、各々α相、β相、γ相に含めることとした。
各鋳物試験片を長手方向に対して平行に切断した。次いで表面を研鏡(鏡面研磨)し、過酸化水素とアンモニア水の混合液でエッチングした。エッチングでは、3vol%の過酸化水素水3mLと、14vol%のアンモニア水22mLを混合した水溶液を用いた。約15℃〜約25℃の室温にてこの水溶液に金属の研磨面を約2秒〜約5秒浸漬した。
【0123】
金属顕微鏡を用いて、倍率500倍で金属組織を観察し、各相の割合を求め、Pを含む化合物の有無を調べた。Biを含有する試料についてはBi粒子の存在場所を調べた。金属組織の状況によっては1000倍で観察し、金属相、Bi粒子とPを含む化合物を確認した。5視野の顕微鏡写真において、画像処理ソフト「Photoshop CC」を用いて各相(α相、β相、γ相、κ相、μ相)を手動で塗りつぶした。次いで画像解析ソフト「WinROOF2013」で2値化し、各相の面積率を求めた。詳細には、各相について、5視野の面積率の平均値を求め、平均値を各相の相比率とした。酸化物、硫化物、Bi粒子とPb粒子、Pを含む化合物を除く析出物、晶出物は、除外され、全ての構成相の面積率の合計を100%とした。
【0124】
そして、Pを含む化合物を観察した。金属顕微鏡を用い、500倍で観察できる最小の析出粒子の大きさは、おおよそ0.5μmである。相の割合と同様に、500倍の金属顕微鏡で観察でき、1000倍で判別、確認できる析出物で、まず、Pを含む化合物の有無の判断を行った。Pの含有量、製造条件にもよるが、1つの顕微鏡視野の中に、数個〜数百個のPを含む化合物が存在する。Pを含む化合物は、ほとんどがβ相内、α相とβ相の相境界に存在するので、β相に含めた。さらに、β相内に、大きさが0.5μm未満のγ相が存在することがある。本実施形態においては、倍率500倍、場合によっては1000倍の金属顕微鏡で、0.5μm未満の大きさの相の識別が不可能なので、超微細なγ相は、β相として処理された。Pを含む化合物は、金属顕微鏡で、黒灰色を呈し、Mn、Feで形成される析出物、化合物は、水色を呈するので、区別がつく。
なお、Pを含有した試料を、本実施形態のエッチング液でエッチングすると、
図1、2に示す通り、α相とβ相の相境界が明瞭に見える。Pの含有量が、大よそ0.01mass%を境にして、相境界がより明瞭になり、Pの含有が、金属組織に変化を生じさせている。
【0125】
Bi粒子を、Pを含む化合物と同様、金属顕微鏡で観察した。
図2の金属顕微鏡写真から、Bi粒子と、Pを含む化合物は、明瞭に区別がつく、特に、Pを含む化合物は、α相中にほとんど存在しないので、α相に存在する粒子は、Bi粒子である。両者の区別が困難な場合は、分析機能を備える電子顕微鏡、EPMAなどで判断した。顕微鏡写真で、α相結晶粒内に、Bi粒子が観察できれば、α相内にBi粒子が存在するとし、「〇」(present)と評価した。Bi粒子が、α相とβ相の境界に存在する場合は、α相内に存在しないと判定した。α相内にBi粒子が存在しない場合、「×」(absent)と評価した。
【0126】
相の同定、析出物の同定、Pを含む化合物、およびBi粒子の判定が困難な場合は、電界放出形走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日本電子株式会社製のJSM−7000F)と付属のEDSを用いて、加速電圧15kV、電流値(設定値15)の条件で、FE−SEM−EBSP(Electron Back Scattering Diffracton Pattern)法により、倍率500倍又は2000倍で、相、析出物を特定した。Pを含有した試料で、金属顕微鏡による観察の段階でPを含む化合物が観察されなかった場合、倍率2000倍でPを含む化合物の有無を確認した。
また、幾つかの合金について、α相、β相、γ相、特にβ相に含有されるSi濃度を測定する場合、Pを含む化合物の判断が困難な場合、及びBi粒子が小さい場合、2000倍の倍率で、2次電子像、組成像を撮影し、X線マイクロアナライザーで定量分析、または定性分析した。測定には、日本電子製「JXA−8230」を用い、加速電圧20kV、電流値3.0×10
−8Aの条件で行った。
Pを含む化合物が、金属顕微鏡で確認された場合、Pを含む化合物の存在評価を「〇」(good)と評価した。Pを含む化合物が2000倍の倍率で確認された場合、Pを含む化合物の存在評価を「△」(fair)と評価した。Pを含む化合物が確認されなかった場合、Pを含む化合物の存在評価を「×」(poor)と評価した。本実施形態のPを含む化合物の存在については、「△」も含むものとする。表では、Pを含む化合物の存在評価の結果を項目「P化合物」に示す。
【0127】
(融点測定・鋳造性試験)
鋳物試験片の作製時に使用した溶湯の残りを用いた。熱電対を溶湯の中に入れ、液相線温度、固相線温度を求め、凝固温度範囲を求めた。
また、1000℃の溶湯を鉄製のターターモールドに鋳込み、最終凝固部、およびその近傍におけるホール、ざく巣等の欠陥の有無を詳細に調べた(ターターテスト(Tatur Shrinkage Test))。
具体的には、
図4の断面模式図に示すように、最終凝固部を含む縦断面が得られるように鋳物を切断した。試料の断面を400番までのエメリー紙により研磨し、硝酸を用いてマクロ組織を出し、欠陥部分をより分かりやすくした。次いで、浸透探傷試験により、ミクロレベルの欠陥の有無を調査した。
図5は、合金No.S01のターターテスト後の断面のマクロ組織である。
【0128】
鋳造性は、以下のように評価した。断面において、最終凝固部およびその近傍の表面から3mm以内に欠陥指示模様が現れたが、最終凝固部およびその近傍の表面から3mmを超えた部分では欠陥が現れなかった場合、鋳造性を“○”(良、good)と評価した。最終凝固部およびその近傍の表面から6mm以内に欠陥指示模様が現れたが、最終凝固部およびその近傍の表面から6mmを超えた部分では欠陥が発生しなかった場合、鋳造性を“△”(可、fair)と評価した。最終凝固部およびその近傍の表面から6mmを超えた部分で欠陥が発生した場合、鋳造性を“×”(不良、poor)と評価した。
【0129】
最終凝固部は、良質な鋳造方案により、大抵は押湯の部分であるが、鋳物本体にまたがる場合がある。本実施形態の合金鋳物の場合、ターターテストの結果と凝固温度範囲には、密接な関係がある。凝固温度範囲が15℃以下または20℃以下の場合、鋳造性は“○”の評価が多かった。凝固温度範囲が25℃を超える場合、鋳造性は“×”の評価が多かった。凝固温度範囲が25℃以下であれば、鋳造性の評価が“○”または“△”となった。また、不可避不純物の量が多いと、凝固温度範囲が広くなり、鋳造性の評価が悪くなった。
【0130】
(導電率)
導電率の測定は、日本フェルスター株式会社製の導電率測定装置(SIGMATEST D2.068)を用いて行った。なお、本明細書においては、「電気伝導」と「導電」の言葉を同一の意味に使用している。また、熱伝導性と電気伝導性は強い相関があるので、導電率が高い程、熱伝導性が良いことを示す。
【0131】
(機械的特性)
(硬さ)
各試験材の硬さを、ビッカース硬さ計を用い、荷重49kNで行った。高い強度であるためには、ビッカース硬さが好ましくは105Hv以上、より好ましくは120Hv以上であると、快削性銅合金鋳物の中で非常に高い水準であるといえる。
【0132】
(衝撃特性)
衝撃試験は、以下の方法で行った。JIS Z 2242に準じたUノッチ試験片(ノッチ深さ2mm、ノッチ底半径1mm)を採取した。半径2mmの衝撃刃でシャルピー衝撃試験を行い、衝撃値を測定した。
【0133】
<旋盤による被削性試験>
被削性の評価は、以下のように、旋盤を用いた切削試験で評価した。
鋳物について、切削加工を施して直径を14mmとして試験材を作製した。チップブレーカーの付いていないK10の超硬工具(チップ)を旋盤に取り付けた。この旋盤を用い、乾式下にて、すくい角:0°、ノーズ半径:0.4mm、逃げ角:6°、切削速度:40m/分、切り込み深さ:1.0mm、送り速度:0.11mm/rev.の条件で、直径14mmの試験材の円周上を切削した。
【0134】
工具に取り付けられた3部分から成る動力計(三保電機製作所製、AST式工具動力計AST−TL1003)から発せられるシグナルが、電気的電圧シグナルに変換され、レコーダーに記録された。次に、これらのシグナルは切削抵抗(主分力、送り分力、背分力、N)に変換された。切削試験は、チップの摩耗の影響を抑えるために、A→B→C→・・・C→B→Aの往復を2回実施し、各試料について4回測定した。切削抵抗は、以下の式によって求められる。
切削抵抗(主分力、送り分力、背分力の合力)=((主分力)
2+(送り分力)
2+(背分力)
2)
1/2
なお、各サンプルで4回測定し、その平均値を採用した。Zn−59mass%Cu−3mass%Pb−0.2mass%Fe−0.3mass%Sn合金からなる市販の快削黄銅棒C3604の切削抵抗を100とし、試料の切削抵抗の相対値(被削性指数)を算出し、相対評価をした。被削性指数が、高いほど良好な被削性を有する。なお、表中の「合力」の記載は、主分力、送り分力、背分力の合力を指し、被削性指数を示す。
また、被削性指数は下記のようにして求めた。
試料の切削試験結果の指数(被削性指数)=(C3604の切削抵抗/試料の切削抵抗)×100
【0135】
同時に切屑を採取し、切屑形状により被削性を評価した。実用の切削で問題となるのは、切屑の工具への絡みつき、及び、切屑の嵩張りである。このため、切屑形状として、平均で長さが7mmより短い切屑が生成した場合を“○”(良好、good)と評価した。切屑形状として、平均で長さが7mm以上20mm未満の切屑が生成した場合を、実用上多少問題があるが切削可能と判断し、“△”(可、fair)と評価した。切屑長さが平均で20mm以上の切屑が生成した場合を“×”(poor)と評価した。なお、最初に生成された切屑は除外して評価した。
【0136】
切削抵抗は、材料の剪断強さ、引張強さに依存し、強度が高い材料ほど切削抵抗が高くなる傾向がある。高強度材の場合、Pbを1〜4mass%含有する快削黄銅棒の切削抵抗に対して、切削抵抗が約40%高くなる程度であれば、実用上良好とされる。そのため本実施形態における被削性の評価基準を、被削性指数が約70を境(境界値)として評価した。具体的には、被削性指数が70を超えであれば、被削性が良好である(評価:○、good)と評価した。被削性指数が65以上70以下であれば、被削性が可である(評価:△、fair)と評価し、合格とした。被削性指数が65未満であれば、被削性が不可である(評価:×、poor)と評価し、不合格とした。
同等の強度であれば、切屑形状と被削性指数とは、一部の例外を除き、相関関係がある。被削性指数が大きいと、切屑の分断性が良い傾向があり、数値化できる。
【0137】
因みに、Zn濃度が高く、Pbを0.01mass%を含み、β相を約50%含む、快削性銅合金棒であるZn−58.1mass%Cu−0.01mass%Pb合金の被削性指数は39であり、切屑の長さは20mmを超えた。同様に、Siを含まず、0.01mass%Pbを含むβ単相の銅合金であるZn−55mass%Cu−0.01mass%Pb合金の被削性指数は41であり、切屑の長さは20mmを超えた。
【0138】
図6は、0.063mass%のP、0.016mass%のPbを含み、Pを含む化合物が存在する試験No.T07(合金No.S02)の切屑の外観を示す。
図7は、0.067mass%のP、0.073mass%のPb、0.042mass%のBiを含み、Pを含む化合物が存在し、Biを含む粒子がα相に存在する試験No.T35(合金No.S20)の切屑の外観を示す。
図8は、0.001mass%のP、0.025mass%のPbを含む試験No.T106(合金No.S53)の切屑の外観を示す。
Pを含有し、Pの化合物が確認できる試験No.T07(合金No.S02)、試験No.T35(合金No.S20)の切屑の平均長さは、それぞれ、約2mm、約0.7mmで、細かく分断されている。
一方、Pの含有量が0.003mass%以下で、Pの化合物が観察されない試験No.T106(合金No.S53)では、切屑長さが20mmを超えて連続したものであった。
【0139】
<ドリル切削試験>
ボール盤でφ3.5mmハイス製JIS標準ドリルを使用し、深さ10mmのドリル加工を回転数:1250rpm、送り:0.17mm/rev.の条件で、乾式で切削した。ドリル加工時にAST式工具動力計で電圧変化を円周方向、軸方向で採取し、ドリル加工時のトルク・スラストを算出した。尚、各サンプルで4回測定し、その平均値を採用した。Zn−59mass%Cu−3mass%Pb−0.2mass%Fe−0.3mass%Sn合金からなる市販の快削黄銅棒C3604のトルク、スラストを100とし、試料のトルク、スラストの相対値(トルク指数、スラスト指数)を算出し、相対評価をした。被削性指数(トルク指数、スラスト指数、ドリル指数)が、高いほど良好な被削性を有する。ドリル加工は、ドリルの摩耗の影響を抑えるために、A→B→C→・・・C→B→Aの往復を2回実施し、各試料で4回測定した。
すなわち、被削性指数を下記のようにして求めた。
試料のドリル試験結果の指数(ドリル指数)=(トルク指数+スラスト指数)/2
試料のトルク指数=(C3604のトルク/試料のトルク)×100
試料のスラスト指数=(C3604のスラスト/試料のスラスト)×100
【0140】
3回目の試験時に、切屑を採取した。切屑形状により被削性を評価した。実用の切削で問題となるのは、切屑の工具への絡みつき、及び、切屑の嵩張り、である。このため、切屑形状が、切屑の平均で、1巻き以下の切屑が生成した場合を“○”(良好、good)と評価し、切屑形状が1巻きを超え3巻き以下までの切屑が生成した場合を“△”(可、fair)と評価し、実用上多少問題があるがドリル切削可能と評価した。切屑形状が3巻きを超える切屑が生成した場合を“×”(poor)と評価した。なお、最初に生成された切屑は除外した。
【0141】
高強度材のトルク、スラストは、Pbを1〜4mass%含有する快削黄銅棒の切削抵抗に対して約30%高くなる程度であれば、実用上良好とされる。本実施形態においては、被削性指数が約70を境(境界値)として評価した。具体的には、ドリル指数が71以上であれば、被削性が良好である(評価:○、good)と評価した。ドリル指数が65以上71未満であれば、被削性が可である(評価:△、fair)と評価し、実用上多少問題があるがドリル切削が可能であると評価した。ドリル指数が65未満であれば、被削性が不可である(評価:×、poor)”と評価した。但し、トルク指数、スラスト指数ともに64以上が必要である。
【0142】
同じ強度であれば、切屑形状とトルク指数とは、一部の例外を除き、強い関係がある。トルク指数が大きいと、切屑の分断性が良い傾向にあるので、切屑形状をトルク指数で数値比較できる。
【0143】
因みに、Zn濃度が高く、Pbを0.01mass%を含み、β相を約50%含む快削性銅合金であるZn−58.1mass%Cu−0.01mass%Pb合金のドリル指数は49であり(トルク指数は46、スラスト指数は52)、切屑は3巻きを超えた。同様に、Siを含まず0.01mass%Pbを含むβ単相の銅合金であるZn−55mass%Cu−0.01mass%Pb合金のドリル指数は61であり(トルク指数は53、スラスト指数は68)、切屑は3巻きを超えた。
【0144】
【表9】
【0145】
【表10】
【0146】
【表11】
【0147】
【表12】
【0148】
【表13】
【0149】
【表14】
【0150】
【表15】
【0151】
【表16】
【0152】
【表17】
【0153】
【表18】
【0154】
【表19】
【0155】
【表20】
【0156】
上述の測定結果から、以下のような知見を得た。
1)本実施形態の組成を満足し、組成関係式f0、f1、金属組織の要件、組織関係式f2〜f6、組織・組成関係式f6Aを満たすことにより、少量のPbの含有で、良好な被削性が得られ、凝固温度範囲が25℃以下で、良好な鋳造性、13%IACS以上の導電率、高い強度(ビッカース硬さ)で、良好な靱性(衝撃特性)を持ち合せる銅合金鋳物が得られることを確認した(例えば、合金No.S01〜S12)。
【0157】
2)Pを0.003mass%を超えて含有し、0.3〜3.0μmの大きさのPを含む化合物がβ相内に存在することにより、切屑の分断性が向上し、切削抵抗が減少した。γ相が0%であっても、良好な被削性が確保できた。0.010mass%を超えた量でPを含有し、適切な冷却速度で冷却すると、倍率500倍の金属顕微鏡でPを含む化合物が観察できた(例えば、合金No.S01〜S26、工程No.1)。
3)Si含有量が低いと、被削性が悪くなり、Si含有量が多いと、γ相が多くなり、衝撃値が低く、被削性もよくなかった。Si含有量が0.4mass%より少ないと、Pbの含有量、PbとBiの含有量が、約0.24mass%であっても、被削性が悪かった。このことから、Si含有量がおおよそ0.3mass%を境に、β相の被削性を大きく変化させていると考えられる(合金No.S52、S51、S60、S63)。
【0158】
4)β相に含有されるSiの量が0.5mass%以上1.7mass%以下の範囲内であると、良好な被削性が得られた(合金No.S01〜S36)。
5)Pの含有量が0.003mass%以下であると、外周切削、ドリル切削ともに切屑の分断性が悪くなり、切削抵抗が高くなった(合金No.S53)。
6)Pbの含有量が0.002mass%以下であると、被削性が悪かった(合金No.S54)。Pbの含有量が0.002mass%を超えると、被削性は良くなり、Pbが多くなるにしたがって、被削性は良くなった(合金No.S5、S12)。
7)Biは、Pbの代替としての性能が概ね発揮されることが確認された。Biを含む粒子が、α相内に存在すると、被削性が良くなった。これは、α相の被削性の向上によるものと考えられる。Biを0.10mass%に近い量で含むと、僅かに衝撃値が低くなった(合金No.S13〜S26)。Si含有量が0.1mass%であると、Biを0.02mass%を超えて含有しても、α相内にBiを含む粒子が観察されず、被削性が悪かった(合金No.S60)。
【0159】
8)実操業で行われる程度の不可避不純物(Fe,Mn,Cr,Co、または、Sn,Al)を含有しても、諸特性に大きな影響を与えないことが確認できた(合金No.S27〜S36)。不可避不純物の好ましい範囲を超える合計量のFe,Mn,Cr,Coを含有すると、被削性が悪くなった。Fe,Mn等とSiの金属間化合物が形成され、有効に働くSi濃度が減少したためと考えられる。さらに、Pを含む化合物の組成が変化している可能性があると考えられる。また、鋳造性も悪くなった(合金No.S30、S35)。不可避不純物の好ましい範囲を超える合計量のSn,Alを含有すると、γ相が増加し、衝撃値が低くなり、被削性も少し悪くなった。多量のSn、Alの含有により、γ相、β相の性質が変化していると思われる。また、多量のSn,Alの含有は、凝固温度範囲を少し拡げ、鋳造性を低下させた(合金No.S31、S36)。
【0160】
9)組成関係式f1が56.0より小さいと、β相が多くなり、衝撃値が低くなった。f1が59.5より大きいと、凝固温度範囲が大きくなり、硬さも低くなり、被削性、鋳造性が悪くなった(合金No.S55、S56、S58)。f1の値が56.3以上であると、衝撃値がより良くなった。一方、f1の値が59.2以下、または59.0以下、さらには58.5以下になると、被削性がよりよくなり、f1が58.0以下で衝撃値は一層よくなった。また凝固範囲が狭くなり、ターター試験の結果が良くなった(合金No.S01〜S26)。
【0161】
10)β相の量であるf3が45以上、または50以上であり、関係式f6が50以上であると、β単相合金、合金Fの被削性がおおよそ維持された(例えば、合金No.S01、S03)。
11)β相の量が18%より少ないと、良好な被削性が得られなかった。β相の量が80%を超えると、衝撃値が低かった(合金No.S55、S56、S58)。
12)γ相が0%であっても、β相が適量存在することにより、良好な被削性、機械的性質が得られた(例えば合金No.S02、S03)。γ相の量が2%以下で、20×(γ)/(β)<1であると、トルク指数が高くなり、ドリル切削の切屑が細かくなった(例えば合金No.S21、試験No.T46)。
13)γ相の量が5%以上、または、20×(γ)/(β)が4より大きいと、衝撃値、被削性指数が低くなった(合金No.S51、S06、試験No.T16)。
【0162】
14)組織関係式f6が18以上で、被削性が良くなった。f6が25以上でさらに被削性が向上した。そして、f6が30以上、または、40以上でさらに被削性が向上した。f6が82以下で、衝撃値が良くなった(合金No.S03、S07、S08、S05)。
15)関係式f6Aが、33以上で良好な被削性が得られ、40以上、45以上になるにしたがって、さらに被削性が良くなった(合金No.S01〜S26)。一方、組成範囲、関係式f0〜f5を満たしても、f6、f6Aの両方を満たさないと、被削性が悪かった(合金No.S57、S59、S61)。f6、f6Aを満たしても、Siの量が少ないと被削性が悪かった(合金No.S52)。
【0163】
16)鋳造後の各温度での冷却速度が変化することによって、β相の占める割合が変化し、γ相に関しても、γ相の存在の有無、γ相の量を含め変化した。金属組織の変化に伴って、特性も変化した(工程No.1〜8)。
17)Pの量にもよるが、鋳造後の冷却過程で、530℃から450℃の平均冷却速度において約55℃/分が、倍率500倍の金属組織観察、または、2000倍の電子顕微鏡観察でPを含む化合物が存在するか否かの大よその境界値であった。倍率500倍の金属顕微鏡でPを含む化合物が観察できると(判定「〇」)、被削性が良好であった(合金No.S01〜S26)。2000倍の電子顕微鏡でPを含む化合物の存在が確認された試料については、倍率500倍の金属顕微鏡でPの化合物が観察された試料より少し被削性が悪くなったが、良好な被削性を確保した(例えば、合金No.S01、工程No.5、合金No.S21、工程No.7)。Pを含む化合物の存在が確認されなかった試料は、被削性が悪かった(合金No.S07、工程No.7、合金No.S15、工程No.5)。
18)鋳物を低温焼鈍すると、新たにγ相が析出し、γ相が適量であると、トルク指数が良くなった(例えば合金No.S21、試験No.T46)。
【0164】
以上のことから、各添加元素の含有量および組成関係式、各組織関係式が適正な範囲にある本実施形態の快削性銅合金鋳物は、被削性、鋳造性に優れ、機械的性質も良好である。
【解決手段】Cu、Si、Pb、Pを含み、残部がZn及び不可避不純物からなり、Fe,Mn,Co及びCrの合計量が0.45mass%未満、Sn,Alの合計量が0.45mass%未満、組成関係式f1、f0を満たし、α相の面積率、γ相の面積率、β相の面積率が、20≦(α)≦80、18≦(β)≦80、0≦(γ)<5、20×(γ)/(β)<4、18≦(γ)