(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車両の前進時に締結される前進クラッチと前記車両の後進時に締結される後進クラッチとを有する前後進切替機構と、前記前後進切替機構に油圧を供給する油圧回路とを備える無段変速機の制御装置であって、
前記前進クラッチ又は前記後進クラッチを締結する場合、所定油圧の油圧指令値をプリチャージ時間の間維持するプリチャージフェーズと、当該プリチャージフェーズ後に前記油圧指令値を一旦低下させた後に前記油圧指令値を漸増させる締結フェーズとにより油圧制御を行うクラッチ制御手段と、
前記車両におけるエンジンの作動中に温度が高くなる対象物の温度を検出する対象物温度検出手段と、
前記車両の外気の温度を検出する外気温度検出手段と、
前記エンジンの停止時に前記対象物温度検出手段で検出した前記対象物の温度と前記外気温度検出手段で検出した前記外気の温度、及び、前記エンジンの停止後の次の始動時に前記対象物温度検出手段で検出した前記対象物の温度と前記外気温度検出手段で検出した前記外気の温度を用いて、ニュートンの冷却の法則に基づいて前記エンジンの前記停止時から前記始動時までのソーク時間を推定するソーク時間推定手段と、
前記エンジンの始動後の1回目の前記前進クラッチ又は前記後進クラッチの締結時に、前記ソーク時間推定手段で推定した前記ソーク時間に応じて、該ソーク時間が長くなるほど、前記プリチャージ時間を長くするように補正するプリチャージ時間補正手段と、
を備えることを特徴とする無段変速機の制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図中、同一又は相当部分には同一符号を用いることとする。また、各図において、同一要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0019】
実施形態では、無段変速機の制御装置としてチェーン式の無段変速機(CVT(Continuously Variable Transmission))の制御装置1に適用する。
図1を参照して、実施形態に係る無段変速機の制御装置1について説明する。
図1は、実施形態に係る無段変速機の制御装置の構成を示すブロック図である。
【0020】
制御装置1について説明する前に、エンジン2及び無段変速機3について説明する。まず、エンジン2について説明する。エンジン2は、どのような形式のものでもよいが、例えば、水平対向型の4気筒ガソリンエンジンである。また、エンジン2は、水冷式のエンジンである。エンジン2のクランク軸(出力軸)2aには、無段変速機3が接続されている。エンジン2は、エンジン・コントロールユニット(以下では「ECU(Engine Control Unit)」と呼ぶ)20によって制御される。
【0021】
ECU20は、エンジン2を総合的に制御する制御装置である。ECU20は、演算を行うマイクロプロセッサ、マイクロプロセッサに各処理を実行させるためのプログラムなどを記憶するROM、演算結果などの各種データを記憶するRAM、12Vバッテリによってその記憶内容が維持されるバックアップRAM及び入出力I/Fなどを有して構成されている。
【0022】
ECU20には、制御に必要な情報を取得するために、外気温センサ21、冷却水温センサ22などの各種センサが接続されている。外気温センサ21は、車両の所定の箇所の外気(大気)の温度を検出する。冷却水温センサ22は、エンジン2の冷却水(クーラント)の温度を検出する。本実施形態では、外気温センサ21が特許請求の範囲に記載の外気温度検出手段に相当し、冷却水温センサ22が特許請求の範囲に記載の対象物温度検出手段に相当する。
【0023】
次に、無段変速機3について説明する。無段変速機3は、エンジン2からの駆動力を変換して出力する。無段変速機3は、トルクコンバータ30と、前後進切替機構31と、を備えている。また、無段変速機3は、このトルクコンバータ30及び前後進切替機構31を介してエンジン2のクランク軸2aと接続されるプライマリ軸32と、プライマリ軸32と平行に配設されたセカンダリ軸33と、を備えている。
【0024】
トルクコンバータ30は、クラッチ機能とトルク増幅機能を有している。トルクコンバータ30は、主として、ポンプインペラ30aと、タービンライナ30bと、ステータ30cと、を備えている。ポンプインペラ30aは、エンジン2のクランク軸2aに接続され、オイルの流れを生み出す。タービンライナ30bは、ポンプインペラ30aに対向して配置され、オイルを介してエンジン2の駆動力を受けて出力軸(タービン軸30e)を駆動する。ステータ30cは、ポンプインペラ30aとタービンライナ30bの間に配置され、タービンライナ30bからの排出流(戻り)を整流し、ポンプインペラ30aに還元することでトルク増幅作用を発生させる。また、トルクコンバータ30は、入力(クランク軸2a)と出力(タービン軸30e)とを直結状態にするロックアップクラッチ30dを備えている。トルクコンバータ30は、ロックアップクラッチ30dが締結されていないとき(非ロックアップ時)はエンジン2の駆動力をトルク増幅して伝達し、ロックアップクラッチ30dが締結されているとき(ロックアップ時)はエンジン2の駆動力を直接伝達する。
【0025】
前後進切替機構31は、駆動輪の正転と逆転(車両の前進と後進)とを切り替える機能を有している。前後進切替機構31は、主として、ダブルピニオン式の遊星歯車列31aと、前進クラッチ31bと、後進クラッチ(後進ブレーキ)31cと、を備えている。前後進切替機構31では、前進クラッチ31b及び後進クラッチ31cそれぞれの状態(締結/解放)を制御することにより、エンジン2の駆動力の伝達経路を切り替えることが可能に構成されている。前進クラッチ31bには油室が形成されており、この油室にはクラッチを締結させるための油圧が供給される。後進クラッチ31cには油室が形成されており、この油室にはクラッチを締結させるための油圧が供給される。
【0026】
運転者のシフトレバー操作でドライブレンジ(Dレンジ)が選択された場合、前後進切替機構31では、後進クラッチ31cを解放してから前進クラッチ31bを締結することにより、タービン軸30eの回転をそのままプライマリ軸32に伝達する。この場合、車両を前進走行させることが可能となる。一方、運転者のシフトレバー操作でリバースレンジ(Rレンジ)が選択された場合、前後進切替機構31では、前進クラッチ31bを解放してから後進クラッチ31cを締結することにより、遊星歯車列31aを作動させてタービン軸30eの回転を逆転させてプライマリ軸32に伝達する。この場合、車両を後進走行させることが可能となる。なお、運転者のシフトレバー操作でニュートラルレンジ(Nレンジ)又はパーキングレンジ(Pレンジ)が選択された場合、前進クラッチ31b及び後進クラッチ31cを解放することにより、タービン軸30eとプライマリ軸32とは切り離され(エンジン2の駆動力の伝達が遮断され)、前後進切替機構31はプライマリ軸32に動力を伝達しないニュートラル状態となる。
【0027】
プライマリ軸32には、プライマリプーリ34が設けられている。プライマリプーリ34は、固定プーリ34aと、可動プーリ34bとを有している。固定プーリ34aは、プライマリ軸32に接合されている。可動プーリ34bは、固定プーリ34aに対向し、プライマリ軸32の軸方向に摺動自在かつ相対回転不能に装着されている。プライマリプーリ34は、固定プーリ34aと可動プーリ34bとの間のコーン面間隔(すなわち、プーリ溝幅)を変更できるように構成されている。
【0028】
セカンダリ軸33には、セカンダリプーリ35が設けられている。セカンダリプーリ35は、固定プーリ35aと、可動プーリ35bとを有している。固定プーリ35aは、セカンダリ軸33に接合されている。可動プーリ35bは、固定プーリ35aに対向し、セカンダリ軸33の軸方向に摺動自在かつ相対回転不能に装着されている。セカンダリプーリ35は、固定プーリ35aと可動プーリ35bとの間のプーリ溝幅を変更できるように構成されている。
【0029】
プライマリプーリ34とセカンダリプーリ35との間には、駆動力を伝達するチェーン36が掛け渡されている。無段変速機3は、プライマリプーリ34とセカンダリプーリ35の各プーリ溝幅を変化させて、各プーリ34,35に対するチェーン36の巻き付け径の比率(プーリ比)を変化させることで変速比を無段階で変更する。なお、チェーン36のプライマリプーリ34に対する巻き付け径をRpとし、セカンダリプーリ35に対する巻き付け径をRsとすると、変速比iは、i=Rs/Rpで表される。
【0030】
プライマリプーリ34の可動プーリ34bには、プライマリ駆動油室(油圧シリンダ室)34cが形成されている。セカンダリプーリ35の可動プーリ35bには、セカンダリ駆動油室(油圧シリンダ室)35cが形成されている。プライマリ駆動油室34cには、プーリ比(変速比)を変化させるための変速圧とチェーン36の滑りを防止するためのクランプ圧が導入される。セカンダリ駆動油室35cには、クランプ圧が導入される。
【0031】
無段変速機3には、バルブボディ40によって油圧が供給される。バルブボディ40には、コントロールバルブ機構が組み込まれている。このコントロールバルブ機構は、例えば、複数のスプールバルブと当該スプールバルブを動かすソレノイドバルブを用いてバルブボディ40内に形成された油路を開閉することで、オイルポンプから吐出された油圧(ライン圧)を調圧した各油圧を発生する。バルブボディ40では、調圧したクランプ圧をプライマリ油圧室34c及びセカンダリ油圧室35cに供給すると共に、調圧した変速圧をプライマリ油圧室34cに供給する。また、バルブボディ40では、前進クラッチソレノイド40aの駆動を制御することにより、前進クラッチ31bの油室に供給/排出するオイル(ATF(Automatic Transmission Fluid)量を調節(調圧)し、前進クラッチ31bの締結/解放を行う。また、バルブボディ40では、後進クラッチソレノイド40bの駆動を制御することにより、後進クラッチ31cに供給/排出するオイル量を調節(調圧)し、後進クラッチ31cの締結/解放を行う。本実施形態では、このバルブボディ40、前進クラッチ31bの油室、後進クラッチ31cの油室などからなる油圧回路41が特許請求の範囲に記載する油圧回路に相当する。
【0032】
なお、前進クラッチ31b及び後進クラッチ31cの締結制御は、プリチャージフェーズと締結フェーズの2つのフェーズで行われる。プリチャージフェーズは、高圧の油圧指令値をプリチャージ時間の間維持する段階である。このプリチャージフェーズにより、油圧回路41(バルブボディ40,クラッチ31b,31aの各油室など)にオイルを急速充填する。締結フェーズは、プリチャージフェーズ後に低圧の油圧指令値まで一旦低下させ、一定の増加率で油圧指令値を漸増させる段階である。この締結フェーズにより、クラッチ31b,31cを締結させる。
【0033】
それでは、無段変速機3の制御装置1について説明する。制御装置1は、無段変速機3を総合的に制御する制御装置である。特に、本実施形態に係る制御装置1は、エンジン2の始動後の1回目の各クラッチ31,31cの締結の遅れを解消するために(締結品質を向上させるために)、1回目のクラッチ締結時にのみソーク時間をエンジン2の冷却水温と外気温を用いて推定すると共にこのソーク時間に応じてプリチャージ時間を補正する。なお、この実施形態では、エンジン2の冷却水が特許請求の範囲に記載の対象物に相当する。また、エンジン2の冷却水温と外気温は、エンジン2の制御などで用いられる既存の制御パラメータである。
【0034】
制御装置1の各制御は、TCU(Transmission Control Unit)10によって実施される。TCU10は、ECU20と同様に、マイクロプロセッサ、ROM、RAM、バックアップRAM及び入出力I/Fなどを有して構成されている。
【0035】
TCU10には、制御に必要な情報を取得するために、タービン軸回転センサ11、プライマリプーリ回転センサ12、出力軸回転センサ13、レンジスイッチ14などの各種センサが接続されている。また、TCU10は、CAN(Controller Area Network)50を介して、ECU20から外気温、冷却水温などの各種情報を受信する。なお、外気温の情報については、エアコンなどの他のコントロールユニットからCAN50を介して受信してもよい。
【0036】
タービン軸回転センサ11は、タービン軸30eの回転数を検出する。プライマリプーリ回転センサ12は、プライマリプーリ34の回転数を検出する。出力軸回転センサ13は、出力軸(セカンダリ軸33)の回転数を検出する。レンジスイッチ14は、シフトレバー(図示省略)と連動して動くように接続され、シフトレバーの選択位置を検出する。
【0037】
TCU10は、変速マップに従い、車両の運転状態に応じて自動で変速比を無段階に変速する制御を行う。この制御では、例えば、所定の変速比となるようにプライマリ回転数の目標値を設定し、実際のプライマリ回転数(プライマリプーリ回転センサ12で検出されたプライマリプーリ34の回転数)が目標プライマリ回転数になるようにバルブボディ40の各ソレノイドバルブを制御することで変速圧を発生させ、変速比を変化させる。変速マップは、TCU10内のROMに格納されている。
【0038】
また、TCU10は、前後進切替機構31の各クラッチ31b,31cを締結/解放する制御を行う。そのために、TCU10は、ソーク時間推定部10a(特許請求の範囲に記載のソーク時間推定手段に相当)と、プリチャージ時間補正部10b(特許請求の範囲に記載のプリチャージ時間補正手段に相当)と、クラッチ制御部10c(特許請求の範囲に記載のクラッチ制御手段に相当)と、を有している。TCU10は、ROMに記憶されているプログラムがマイクロプロセッサによって実行されることで、これらの各部10a〜10cの各処理が実現される。
【0039】
このTCU10での各部10c〜10cの具体的な処理を説明する前に、
図2を参照して、このクラッチ31b,31cの締結制御のプリチャージフェーズと締結フェーズについて詳細に説明する。
図2は、クラッチ締結制御のプリチャージフェーズと締結フェーズの説明図である。ここでは、シフトレバーでニュートラルレンジからドライブレンジが選択された場合の前進クラッチ31bの締結制御を例として説明する。
図2では、横軸が時間である。
【0040】
図2では、符号RSで示す実線により、シフトレバーでのニュートラルレンジからドライブレンジに切り替わるタイミングを示しており、t0以降でドライブレンジが選択されている。また、
図2では、符号TRで示す実線により、トルクコンバータ30の出力軸であるタービン軸30eの回転数の時間変化を示している。また、
図2では、符号COPで示す実線により、前進クラッチ31bの締結制御の油圧指令値の時間変化を示している。また、
図2では、符号ROPで示す破線により、前進クラッチ31bの油室の実油圧の時間変化を示している。また、
図2では、符号PFで示す区間がプリチャージフェーズであり、符号CFで示す区間が締結フェーズである。また、
図2では、符号stで示す時間が、ドライブレンジが選択されてから前進クラッチ31bが係合し始める(タービン軸30eの回転数が低下し始める)までの時間を示している。
【0041】
まず、ニュートラルレンジからドライブレンジに切り替わると、プリチャージフェーズPFが実施される。プリチャージフェーズPFでは、油圧指令値COPとして所定の高い油圧(例えば、クラッチの油圧指令値の最大値)を設定し、この高圧の油圧指令値をプリチャージ時間ptの間維持する。
【0042】
プリチャージ時間ptが経過すると、締結フェーズCFに移行する。締結フェーズCFでは、まず、油圧指令値COPとして所定の低い油圧を設定し、この低圧の油圧指令値を維持しつつ前進クラッチ31bが係合し始めたか否か(前進クラッチ31bの油室にオイルが充填された否か)を判定する。前進クラッチ31bが係合し始めたと判定すると、締結フェーズCFでは、油圧指令値COPを所定の増加率で増加させた値を順次設定し、油圧指令値COPを所定時間漸増させる。所定時間経過すると、締結フェーズCFでは、油圧指令値COPとして所定の高い油圧(例えば、クラッチの油圧指令値の最大値)を設定する。この高圧の油圧指令値は、前進クラッチ31bの締結中維持される。
【0043】
ところで、エンジン2の停止中(イグニッションスイッチのオフ中)にはオイルポンプが停止しているので、油圧回路41では、油室や配管などからオイルが抜ける(漏れる)ことで、オイルの量が減少する。そのため、エンジン2の始動直後(イグニッションスイッチのオン直後)の1回目のクラッチ31b,31cの締結時は、オイルポンプが作動中の2回目以降のクラッチ締結時に比べて油圧回路41内のオイルの充填量がばらつき、油圧系が不安定な状態である。上述したプリチャージフェーズPFのプリチャージ時間ptは、2回目以降のクラッチ締結時の油圧系が安定した状態を想定して適合で決められている。そのため、1回目のクラッチ締結時のプリチャージフェーズPFにおいてこの適合で決められたプリチャージ時間ptでプリチャージを行うと、1回目のクラッチ締結時の前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間が2回目以降のクラッチ締結時と比べて長くなる。
【0044】
このエンジン2の始動後の1回目のクラッチ締結と2回目のクラッチ締結との前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間の比較例を
図3を参照して説明する。
図3は、エンジン始動後の1回目のクラッチ締結と2回目のクラッチ締結とにおいて同じプリチャージ時間で行った場合の比較例を示す図である。
図3に示す例は、1回目のクラッチ締結と2回目のクラッチ締結を、同じプリチャージ時間ptでプリチャージフェーズを実施した場合である。
図3では、横軸が時間である。なお、
図3に示す例も、
図2に示す例と同様に前進クラッチ31bの締結制御を例として説明する。
【0045】
図3では、符号TR1で示す実線により1回目のクラッチ締結時のタービン軸30eの回転数の時間変化を示しており、符号TR2で示す実線により2回目のクラッチ締結時のタービン軸30eの回転数の時間変化を示している。また、
図3では、符号COP1で示す実線により1回目の前進クラッチ31bの締結制御の油圧指令値の時間変化を示しており、符号COP2で示す実線により2回目の前進クラッチ31bの締結制御の油圧指令値の時間変化を示している。また、
図3では、符号ROP1で示す破線により1回目の前進クラッチ31bの油室の実油圧の時間変化を示しており、符号ROP2で示す破線により2回目の前進クラッチ31bの油室の実油圧の時間変化を示している。また、
図3では、符号PF1で示す区間が1回目のクラッチ締結時のプリチャージフェーズであり、符号CF1で示す区間が1回目のクラッチ締結時の締結フェーズである。また、
図3では、符号PF2で示す区間が2回目のクラッチ締結時のプリチャージフェーズであり、符号CF2で示す区間が2回目のクラッチ締結時の締結フェーズである。また、
図3では、符号st1で示す時間が1回目のクラッチ締結時の前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間を示しており、符号st2で示す時間が2回目のクラッチ締結時の前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間を示す。
【0046】
この
図3に示す例の場合、エンジン2の停止中に油圧回路41の油室や配管などからオイルが抜けていたので、1回目のクラッチ締結時の実油圧の時間変化ROP1と2回目のクラッチ締結時の実油圧の時間変化ROP2とを比較すると、1回目のクラッチ締結時の立ち上がりR1が2回目のクラッチ締結時の立ち上がりR2よりも遅い。そのため、1回目のクラッチ締結時には、2回目のクラッチ締結時よりも油圧回路41(例えば、前進クラッチ31bの油室)にオイルを充填するために時間を要する。したがって、1回目のクラッチ締結時のタービン軸30eの回転数の時間変化TR1と2回目のクラッチ締結時のタービン軸30eの回転数の時間変化TR2とを比較すると、タービン軸30eの回転数が低下し始めるタイミング(つまり、前進クラッチ31bの油室にオイルが充填され、前進クラッチ31bが係合し始めるタイミング)が1回目のクラッチ締結時のほうが遅い(st1>st2)。そのため、1回目のクラッチ締結時の油圧指令値の時間変化COP1と2回目のクラッチ締結時の油圧指令値の時間変化COP2とを比較すると、締結フェーズおいて油圧指令値を増加開始させるタイミングが1回目のクラッチ締結時のほうが遅い。その結果、1回目のクラッチ締結時の締結フェーズCF1が2回目のクラッチ締結時の締結フェーズCF2よりも長くなっており、1回目のクラッチ締結時の前進クラッチ31bの締結完了まで時間が長くなり、前進クラッチ31bの締結が遅れる。このように、プリチャージ時間ptを同じ時間でプリチャージフェーズを行うと、エンジン2の始動後の1回目のクラッチ締結時は、2回目のクラッチ締結時よりも締結品質が低下する。
【0047】
この1回目のクラッチ締結時に前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間(前進クラッチ31bの油室にオイルが充填されるまでの時間)は、エンジン2の停止中の油圧回路41からのオイルの抜け量(漏れ量)に応じて変わり、この抜け量が多くなるほど長くなる。この油圧回路41のオイルの抜け量は、エンジン2が停止してから再始動するまでのエンジン2のソーク時間(停止時間)に応じて変わり、ソーク時間が長いほど多くなる。このソーク時間と1回目のクラッチ締結時のドライブレンジの選択から前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間との関係の一例を
図4に示す。
図4は、片対数グラフであり、横軸が対数目盛である。
図4では、横軸がソーク時間[分]であり、縦軸がドライブレンジの選択から前進クラッチ31bが係合開始までの時間である。この
図4からも判るように、エンジン2の始動後の1回目の前進クラッチ31b(又は後進クラッチ31c)が係合し始めるまでの時間は、エンジン2のソーク時間が長くなるほど(エンジン2の停止中のオイルの抜け量が多くなるほど)長くなる。
【0048】
制御装置1では、この1回目のクラッチ31b,31cが係合し始めるまでの時間を短くするために、1回目のクラッチ締結時にはエンジン2の停止中のソーク時間(油圧回路41のオイルの抜け量)を考慮してプリチャージを実施する。具体的には、制御装置1では、エンジン2の始動後の1回目のクラッチ締結時にはソーク時間を推定し、このソーク時間を用いてプリチャージ時間を補正する。このソーク時間の推定は、ニュートンの冷却の法則に基づいて推定する。それでは、TCU10での各部10c〜10cの具体的な処理について説明する。
【0049】
ソーク時間推定部10aについて説明する。ソーク時間推定部10aは、エンジン2の始動後の1回目の前進クラッチ31bの締結か又は1回目の後進クラッチ31cの締結か否かを判定する。この判定は、例えば、エンジン2の始動後(イグニッションスイッチのオン後)に初めてレンジスイッチ14でドライブレンジが検出されたか又はリバースレンジが検出されたか否かを判定する。
【0050】
1回目の前進クラッチ31bの締結又は1回目の後進クラッチ31cの締結と判定した場合、ソーク時間推定部10aは、エンジン2の停止時(イグニッションスイッチがオフされたとき)の冷却水温T1(stop)と外気温T2(stop)、及び、その停止後の次のエンジン2の始動時(イグニッションスイッチがオンされたとき)の冷却水温T1(start)と外気温T2(start)を用いて、式(1)によりソーク時間tを演算する。式(1)は、公知のニュートンの冷却の法則に基づく式である。なお、ソーク時間推定部10aは、イグニッションスイッチがオフされたときに、冷却水温と外気温の情報をバックアップRAMに記憶させておく。
【数1】
【0051】
エンジン2の冷却水は、エンジン2の作動中、エンジン2内の流路、ラジエーター内の流路及び冷却水の管路などを循環し、エンジン2で加熱されて温度が上昇する。また、この温度が上昇した冷却水は、エンジン2の停止中、外気(大気)によってエンジン2、ラジエーター、冷却水の管路などが冷却されることで間接的に冷却されて温度が低下する。そこで、この冷却水の温度と外気の温度を利用することで、ニュートンの冷却の法則に基づいてエンジン2が停止していた時間を推定できる。
【0052】
なお、式(1)の定数αは、外気温センサ21の取付箇所、冷却水温センサ22の取付箇所、この取付箇所の周辺のエンジン2などの固体境界面形状、冷却水の比熱、外気の性質や流れ方などによって決まる定数である。定数αは、例えば、実車実験などを行うことで適合によって決められる。
【0053】
プリチャージ時間補正部10bについて説明する。プリチャージ時間補正部10bは、ソーク時間推定部10aでソーク時間を推定した場合、プリチャージ延長時間用マップを用いて、ソーク時間からプリチャージの延長時間を取得する。そして、プリチャージ時間補正部10bは、この延長時間をプリチャージ時間(基本時間)に加算してプリチャージ時間(補正時間)を取得する。プリチャージ時間(基本時間)は、上述したように油圧系が安定した状態を想定して適合で決められる。なお、プリチャージ時間補正部10bでは、ソーク時間が閾値以下の場合(ソーク時間が短く、油圧回路41からのオイルの抜け量が極少量の場合)、上述したプリチャージ時間の補正を行わないようにしてもよい。
【0054】
図5には、プリチャージ延長時間用マップの一例を示す。
図5は、片対数グラフであり、横軸が対数目盛である。
図5では、横軸がソーク時間[分]であり、縦軸がプリチャージの延長時間である。プリチャージ延長時間用マップは、例えば、実車実験などを行うことで適合によって決められる。特に、プリチャージ延長時間用マップは、エンジン2の始動後の1回目のクラッチ締結時にクラッチが係合し始めるまでの時間が2回目以降のクラッチ締結時(油圧系が安定した状態の場合)にクラッチが係合し始めるまでの時間と同程度の時間になるようにプリチャージの延長時間が設定されている。プリチャージ延長時間用マップは、
図5に示すように、ソーク時間が長くなるほど(油圧回路41からのオイルの抜け量が多くなるほど)延長時間として長い時間が設定されている。但し、ソーク時間が所定時間以上になると、延長時間として一定値(延長時間の最大値)が設定されている。
【0055】
クラッチ制御部10cについて説明する。クラッチ制御部10は、レンジスイッチ14でドライブレンジを検出した場合(シフトレバーでドライバレンジが選択された場合)には前進クラッチ31bを締結するために前進クラッチソレノイド40aを制御し、レンジスイッチ14でリバースレンジを検出した場合(シフトレバーでリバースレンジが選択された場合)には後進クラッチ31cを締結するために後進クラッチソレノイド40bを制御する。この具体的な制御を以下で説明する。
【0056】
クラッチ制御部10は、まず、プリチャージフェーズの制御を行う。クラッチ制御部10は、このプリチャージフェーズにおいて、プリチャージフェーズの高圧の油圧指令値を維持するように前進クラッチソレノイド40a又は後進クラッチソレノイド40bを制御する。そして、クラッチ制御部10は、プリチャージフェーズ開始からの経過時間を計測し、この経過時間がプリチャージ時間になった否かを判定する。このプリチャージ時間は、エンジン2の始動後の1回目の締結時にはプリチャージ時間補正部10bで補正したプリチャージ時間(補正時間)が用いられ、2回目以降の締結時には予め設定されているプリチャージ時間(基本時間)が用いられる。経過時間がプリチャージ時間になったと判定すると、クラッチ制御部10は、プリチャージフェーズの制御を終了する。
【0057】
プリチャージフェーズの制御が終了すると、クラッチ制御部10は、次に、締結フェーズの制御を行う。クラッチ制御部10は、この締結フェーズにおいて、まず、低圧の油圧指令値を維持するように前進クラッチソレノイド40a又は後進クラッチソレノイド40bを制御する。そして、クラッチ制御部10は、タービン軸30eの回転数が低下し始めたか否か(前進クラッチ31b又は後進クラッチ31bが係合し始めたか否か)を判定する。タービン軸30eの回転数が低下し始めたと判定すると、クラッチ制御部10は、油圧指令値を一定の増加率で増加させるように前進クラッチソレノイド40a又は後進クラッチソレノイド40bを制御する。そして、クラッチ制御部10は、この油圧指令値の増加開始からの経過時間を計測し、この経過時間が増圧継続時間になった否かを判定する。経過時間が増圧継続時間になったと判定すると、クラッチ制御部10は、高圧の油圧指令値を維持するように前進クラッチソレノイド40a又は後進クラッチソレノイド40bを制御する。これにより、締結フェーズの制御が終了する。
【0058】
最後に、エンジン2の始動後の1回目のクラッチ締結においてプリチャージ時間を補正した場合と補正しない場合の比較例を
図6を参照して説明する。
図6は、エンジン始動後の1回目のクラッチ締結においてプリチャージ時間を補正した場合と補正しない場合の比較例を示す図である。
図6では、横軸が時間である。なお、
図6に示す例も、
図2に示す例と同様に前進クラッチ31bの締結制御を例として説明する。
図6では、プリチャージ時間を補正しない場合の各グラフは、
図3に示す1回目のクラッチ締結時の各グラフとそれぞれ同じグラフである。
【0059】
図6では、符号TR1で示す実線によりプリチャージ時間を補正しない場合のタービン軸30eの回転数の時間変化を示しており、符号TR1’で示す実線によりプリチャージ時間を補正した場合のタービン軸30eの回転数の時間変化を示している。また、
図6では、符号COP1で示す実線によりプリチャージ時間を補正しない場合の前進クラッチ31bの締結制御の油圧指令値の時間変化を示しており、符号COP1’で示す一点鎖線によりプリチャージ時間を補正した場合の前進クラッチ31bの締結制御の油圧指令値の時間変化を示している。また、
図6では、符号ROP1で示す破線によりプリチャージ時間を補正しない場合の前進クラッチ31bの油室の実油圧の時間変化を示しており、符号ROP1’で示す破線によりプリチャージ時間を補正した場合の前進クラッチ31bの油室の実油圧の時間変化を示している。また、
図6では、符号PF1で示す区間が補正しない場合のプリチャージフェーズであり、符号CF1で示す区間が補正しない場合の締結フェーズである。また、
図6では、符号PF1’で示す区間が補正した場合のプリチャージフェーズであり、符号CF1’で示す区間が補正した場合の締結フェーズである。また、
図6では、符号st1で示す時間がプリチャージ時間を補正しない場合の前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間を示しており、符号st1’で示す時間が補正した場合の前進クラッチ31bが係合し始めるまでの時間を示す。また、
図6では、符号ptで示す時間がプリチャージ時間を補正しない場合のプリチャージ時間(基本時間)を示しており、符号pt’で示す時間が補正した場合のプリチャージ時間(補正時間)を示し、符号etで示す時間がプリチャージの延長時間を示す。
【0060】
この
図6に示す例の場合、プリチャージ時間を補正した場合にはプリチャージ時間を延長時間et分長くすることで、補正しない場合の実油圧の時間変化ROP1と補正した場合の実油圧の時間変化ROP1’とを比較すると、補正した場合の立ち上がりR1’が補正しない場合の立ち上がりR1よりも早くなっている。そのため、補正した場合には、補正しない場合よりも油圧回路41(例えば、前進クラッチ31bの油室)にオイルを充填する時間が短くなる。したがって、補正しない場合のタービン軸30eの回転数の時間変化TR1と補正しない場合のタービン軸30eの回転数の時間変化TR1’とを比較すると、タービン軸30eの回転数が低下し始めるタイミング(つまり、前進クラッチ31bの油室にオイルが充填され、前進クラッチ31bが係合し始めるタイミング)が補正した場合のほうが早い(st1>st1’)。そのため、補正しない場合の油圧指令値の時間変化COP1と補正した場合の油圧指令値の時間変化COP1’とを比較すると、締結フェーズおいて油圧指令値を増加開始させるタイミングが補正した場合のほうが早い。その結果、補正しない場合の締結フェーズCF1が補正しない場合の締結フェーズCF1’よりも短くなっており、補正した場合の前進クラッチ31bの締結完了まで時間が短くなる。このように、プリチャージ時間を延長補正することで、エンジン2の始動後の1回目のクラッチ締結時も、2回目以降のクラッチ締結時と同様の時間でクラッチ締結を完了でき(クラッチ締結の遅れなく)、2回目以降のクラッチ締結時の締結品質と同様の締結品質となる。
【0061】
実施形態に係る制御装置1によれば、CAN50で通信される既存の制御パラメータ(冷却水温、外気温)を用いることで、仕様を変更することなく、TCU10でソーク時間を推定できる。これにより、TCU10でソーク時間を取得するために、CAN50の通信仕様を変更したり、TCU10にタイマを追加したりする必要がない。また、実施形態に係る制御装置1によれば、推定したソーク時間に応じてプリチャージ時間を延長補正することで、エンジン始動後の1回目のクラッチ締結の遅れを解消でき、締結品質を向上させることができる。これにより、エンジン2の始動後の1回目のクラッチ31b,31cの締結の遅れを解消でき、車両の発進開始を早めることができる。そのため、車両の運転者は、発進時に違和感を受けない。
【0062】
なお、ECU20に備えられるタイマを用いてエンジン2の停止からの経過時間を計測し、この経過時間をCAN50を介してTCU10などに一定の時間毎(例えば、1時間毎)に送信している場合がある。この場合、TCU10ではエンジン2の停止からの正確な経過時間が得られるので、この経過時間を用いてTCU10で推定しているソーク時間を補正する構成としてもよい。このような補正を行うことで、実際のソーク時間とTCU10で推定したソーク時間との誤差を抑制できる。
【0063】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく種々の変形が可能である。例えば、上記実施形態ではチェーン式の無段変速機3に適用したが、ベルト式、トロイダル式などの他の無段変速機にも適用可能である。
【0064】
上記実施形態ではソーク時間を推定するためにエンジン2の冷却水温を利用する構成としたが、エンジンオイルの油温、ミッションオイルの油温などの他の既存の制御パラメータを利用してもよいし、また、エンジン2のブロック温度などを検出している場合にはこのブロック温度などを利用してもよい。
【0065】
上記実施形態ではソーク時間をニュートンの冷却の法則に基づく式(1)を用いて求める方法を示したが、ニュートンの冷却の法則に基づくマップなどを用いてソーク時間を求めてもよい。
【0066】
上記実施形態ではマップを用いてソーク時間からプリチャージの延長時間を求める方法を示したが、ソーク時間を変数とした所定の演算式などを用いてプリチャージ時間の延長時間を求めてもよい。また、ソーク時間から延長時間を求めるのではなく、ソーク時間から延長したプリチャージ時間を求める構成としてもよい。