(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比(Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(Usn’−Usm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fsn’−Fsm’)との比(Usn’−Usm’)/(Fsn’−Fsm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する方法。
前記血流音周波数成分項の血流音周波数成分Fは、シャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルの、基準とするシャント音波形の周波数スペクトルに対する変化率が最大となる周波数である、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
前記基準とするシャント音波形の周波数スペクトルは、シャント血管の狭窄が進行していない時期か、シャント血管の狭窄の進行のごく初期か、もしくはPTA(経皮的血管形成術)後のシャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルである、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
前記基準とする血流速度成分項と血流音周波数成分項は、シャント血管の狭窄がない時期か、もしくはシャント血管の狭窄の進行初期に求められる、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比 (Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(Usn’−Usm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fsn’−Fsm’)との比(Usn’−Usm’)/(Fsn’−Fsm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する装置。
前記血流音周波数成分Fは、シャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルの、基準とするシャント音波形の周波数スペクトルに対する変化率が最大となる周波数である、請求項10〜15のいずれかに記載の装置。
前記基準とするシャント音波形の周波数スペクトルは、シャント血管の狭窄が進行していない時期か、シャント血管の狭窄の進行のごく初期か、もしくはPTA(経皮的血管形成術)後のシャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルである、請求項10〜16のいずれかに記載の装置。
前記基準とする血流速度成分項と血流音周波数成分項が、シャント血管の狭窄がない時期か、もしくはシャント血管の狭窄の進行初期に求められる、請求項10〜17のいずれかに記載の装置。
血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比 (Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(Usn’−Usm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fsn’−Fsm’)との比(Usn’−Usm’)/(Fsn’−Fsm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する方法を、コンピュータに実現させるためのプログラム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
シャント音から狭窄を判定する方法として、特許文献1では、シャント音をマイクロホンにより集音して、シャント音の低下を検知する方法が開示されている。しかし、この方法では、シャント音の低下のみをパラメータとしており、患者の血圧が低い際など、シャント血流量の低下を考慮した検出下限値の設定が非常に困難である。また、この方法では狭窄の進行状態が分からず、シャント音の低下を検知してすぐにPTAを施行しなければならないため、治療現場や患者にとって準備する期間がなく、負担が大きいという欠点がある。
【0008】
また、加速度センサにより得られたシャント音を周波数解析して求められる周波数分布を、あらかじめ定められた周波数の標準値と比較して、高周波領域に集中している場合、狭窄として判定する方法が特許文献2に開示されている。しかし、この方法では、狭窄の進行によりシャント血流量が低下して、狭窄音に起因する周波数が高周波領域に集中しない場合は狭窄として判定することができない。
【0009】
さらに、特許文献3では、血流音信号から得られる脈拍音エネルギーデータと周波数スペクトル包絡から狭窄度合いをニューラルネットワークにおいて判定するプログラムが開示されている。この方法では、周波数スペクトル包絡と狭窄度合いを結びつけるために多くの学習が必要となる。この周波数スペクトル包絡と狭窄度合いの対応付けを高い信頼性をもって確立するためには、非常に多くのデータでの繰り返し試験をしなければならない。また、患者によっては、シャント血管の流路が複雑なことにより音が発生する。この発生した音の周波数が、学習した周波数スペクトル包絡に含まれていなければ、流路による音の発生と狭窄による音の発生を区別することができず、狭窄とみなす可能性もあり、狭窄判定精度が悪くなる。したがって、バイパスしているシャント血管、複雑に屈曲しているシャント血管など、より数多くの患者個々のデータを学習することが必要となり、煩雑とならざるを得ない。さらに、同じ患者のシャント血管でも、シャント血流量が、血圧の低い時、および狭窄の進行状態で、より低下する。シャント血流量が低下した場合は、狭窄に起因して発生する音の周波数も変化することから、周波数スペクトル包絡も変化せざるを得ない。しかし、特許文献3では、シャント血流量変化についての考慮がされていないため、狭窄判定の精度がさらに悪くなる。
【0010】
本願はかかる点に鑑みてなされたものであり、血液透析患者のシャント血管の狭窄指標(狭窄を起こす可能性を示す数値)を、シャント血流の速度成分とシャント音の周波数成分を考慮して、簡便に正確に算出することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため発明者が鋭意研究した結果、シャント血流波形の所定の血流速度成分項と血流音周波数成分項との比を用いることで、上記課題を解決できることを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は次の態様を含む。ここでいう「シャント血流波形」とは、シャント血管を流れる血流状態を反映する物理的指標を図示したものとする。
(1)血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比(Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(U
sn’−U
sm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(F
sn’−F
sm’)との比(U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する方法。
(2)シャント血管の狭窄指標1−αが次式(1)で表され、
1−α=1−d/d
s=1−((Un-Um)/(Fn-Fm))/((U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’))・・・(1)
αが開口指標、dが血管の狭窄径、d
sが血管の基準径を示す、(1)に記載の方法。
(3)前記血流速度成分項の血流速度成分Uは、シャント血流波形のピークの平均値である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記血流速度成分項の血流速度成分Uは、シャント血流波形の平均値である、(1)又は(2)に記載の方法。
(5)前記シャント血流波形は、シャント音を畳み込み処理して求められる、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記シャント血流波形は、シャント音を二乗平方根処理して求められる、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(7)前記血流音周波数成分項の血流音周波数成分Fは、シャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルの、基準とするシャント音波形の周波数スペクトルに対する変化率が最大となる周波数である、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)前記基準とするシャント音波形の周波数スペクトルは、シャント血管の狭窄が進行していない時期か、シャント血管の狭窄の進行のごく初期か、もしくはPTA(経皮的血管形成術)後のシャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルである、(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。なお、「シャント血管の狭窄の進行のごく初期」とは、進行が観察されてから30日以内をいう。
(9)前記基準とする血流速度成分項と血流音周波数成分項は、シャント血管の狭窄がない時期か、もしくはシャント血管の狭窄の進行初期に求められる、(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比(Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(U
sn’−U
sm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(F
sn’−F
sm’)との比(U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する装置。
(11)シャント血管の狭窄指標1−αが次式(1)で表され、
1−α=1−d/d
s=1−((Un-Um)/(Fn-Fm))/((U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’))・・・(1)
αが開口指標、dが血管の狭窄径、d
sが血管の基準径を示す、(10)に記載の方法。
(12)前記血流速度成分Uは、シャント血流波形のピークの平均値である、(10)又は(11)に記載の装置。
(13)前記血流速度成分Uは、シャント血流波形の平均値である、(10)又は(11)に記載の装置。
(14)シャント血流波形は、シャント音を畳み込み処理して求められる、(10)〜(13)のいずれかに記載の装置。
(15)シャント血流波形は、シャント音を二乗平方根処理して求められる、(10)〜(13)のいずれかに記載の装置。
(16)前記血流音周波数成分Fは、シャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルの、基準とするシャント音波形の周波数スペクトルに対する変化率が最大となる周波数である、(10)〜(15)のいずれかに記載の装置。
(17)前記基準とするシャント音波形の周波数スペクトルは、シャント血管の狭窄が進行していない時期か、シャント血管の狭窄の進行のごく初期か、もしくはPTA(経皮的血管形成術)後のシャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルである、(10)〜(16)のいずれかに記載の装置。
(18)前記基準とする血流速度成分項と血流音周波数成分項が、シャント血管の狭窄がない時期か、もしくはシャント血管の狭窄の進行初期に求められる、(10)〜(17)のいずれかに記載の装置。
(19)血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比 (Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(U
sn’−U
sm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(F
sn’−F
sm’)との比(U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する方法を、コンピュータに実現させるためのプログラム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、血液透析患者のシャント血管の狭窄指標を簡便に正確に算出することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明の好ましい実施の形態について説明する。なお、以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明はその実施の形態のみに限定されるものではない。同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。また、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。さらに、図面の寸法比率は、図示の比率に限定されるものではない。
【0015】
図1は、本実施の形態に係るシャント血管の狭窄指標を算出する装置1の概略を示す模式図であり、
図2は、装置1の構成の概略を示すブロック図である。
【0016】
装置1は、例えばコンピュータであり、通信手段10、入力手段11と、制御手段12、表示手段13等を備えている。
【0017】
通信手段10は、ブルートゥース(登録商標)などを用いた無線通信や、有線通信が可能であり、例えば電子聴診器20により得られた血液透析患者のシャント音の情報を受信できる。なお、装置1は、電子聴診器20などのシャント音検出装置を含むものであってもよい。
【0018】
入力手段11は、例えばキーボードやタッチパネル、マウス等であり、シャント血管の狭窄指標を算出するために必要な情報を入力できる。
【0019】
表示手段13は、液晶ディスプレイ等であり、血液透析患者のシャント音や、シャント血流波形、シャント血管の狭窄指標や、狭窄指標を算出するための各種情報を入力する入力画面等を表示できる。
【0020】
制御手段12は、メモリやCPU等を備えている。制御手段12は、例えばプログラムや入力情報を記憶する記憶部30と、所定の計算式等に従ってシャント血管の狭窄指数を算出する演算部31等を有している。記憶部30には、シャント血管の狭窄指数を算出する方法をコンピュータに実現させるためのプログラムPが記憶されている。
【0021】
制御手段12は、プログラムPを実行して、血液透析患者のシャント音から得られたシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から算出された血流速度成分項(Un-Um)と、前記シャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比( Un-Um)/(Fn-Fm)を、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から算出された血流速度成分項(U
sn’−U
sm’)と、基準とするシャント音の前記任意の複数区間から算出された血流音周波数成分項(F
sn’−F
sm’)との比(U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’)で除することによりシャント血管の狭窄指標を算出する。
【0022】
例えば制御手段12は、血液透析患者のシャント音からシャント血流波形を算出する手段と、シャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m・・・区間n・・・(m、nは自然数))から血流速度成分項(Un-Um)を算出する手段と、シャント音の任意の複数区間から血流音周波数成分項(Fn-Fm)を算出する手段と、基準とするシャント血流波形を算出する手段と、基準とするシャント血流波形の任意の複数区間(区間1、区間2・・・区間m’・・・区間n’・・・(m’、n’は自然数))から血流速度成分項(U
sn’−U
sm’)を算出する手段と、基準とするシャント音の任意の複数区間から血流音周波数成分項(F
sn’−F
sm’)を算出する手段と、血流速度成分項(Un-Um)と血流音周波数成分項(Fn-Fm)との比(Un-Um)/(Fn-Fm)を、血流速度成分項(U
sn’−U
sm’)と血流音周波数成分項(F
sn’−F
sm’)との比(U
sn’−U
sm’)/(F
sn’−F
sm’)で除する手段等を有している。
【0023】
次にシャント血管の狭窄指標の算出方法について説明する。
図3にシャント血管の狭窄モデルの模式図を示す。
図3において、40はシャント血管、41は狭窄部、42は血流、43は血流の流れの乱れ(渦)を示す。
【0024】
シャント血管の狭窄指標(1−α)が次式で定義される。
1−α=1−d/d
s=1−((Un-Um)/(Fn-Fm))/((U
sn−U
sm)/(F
sn−F
sm))・・・(1)
なお、開口指標αは、狭窄がない場合に1となり、狭窄が進行するにつれて0に近づく。
図3に示すようにdが血管の狭窄径(m)を示し、d
sが血管の基準径(m)を示す。Umは、区間mにおけるシャント血管の血流速度であり、Unは、区間nにおけるシャント血管の血流速度成分である。Fmは、区間mにおける血流音周波数成分であり、Fnは、区間nにおける血流音周波数成分である。
【0025】
ここで、便宜的に区間1、区間2(m=1、m’=1、n=2、n’=2)を選択した場合を例にとって説明する。この場合、式(1)は次のように表せられる。
【0026】
1−α=1−d/d
s=1−((u2−u1)/(f2−f1))/((u
s2−u
s1)/(f
s2−f
s1))
=1−(Δu/Δf)/(Δu
s/Δf
s) ・・・(1)’
u:シャント血流の速度成分(m/s)
f:血流音周波数成分(Hz)
【0027】
血流音周波数成分fは、基準とする周波数スペクトルに対して以下に定義する変化率において、最大変化率となる周波数(Hz)とする。
【0028】
変化率=((周波数スペクトル)−(基準とする周波数スペクトル))/(基準とする周波数スペクトル)・・・(2)
【0029】
式(1)は、以下のストローハル数とレイノルズ数の関係式から導き出すことができる。先ず、狭窄が存在する管内の、渦流発生の周波数と流れの関係から、式(3)が成り立つ(非特許文献1:C. Norberg, "Effects of Reynolds number and a low-intensity freestream turbulence on the flow around a circular cylinder." Chalmers University of Technology, Publication Nr 87/2 p18-20参照)。
【0030】
St=a×(1−b/Re)+c×Re・・・(3)
St:ストローハル数
Re:レイノルズ数
a:定数、b:定数、c:定数
【0031】
St=f×d/u・・・(4)
Re=u×d/ν・・・(5)
ν:動粘度(m
2/s)
【0032】
非特許文献1では、円柱周りの流れにおける渦発生の周波数と流動状態に関する数々の研究が紹介されている。本願で取り扱うのは、管内の狭窄モデルであるが、現象の相似性から式(3)が成立すると仮定した。また、式(3)の定数がさまざまな研究者から提案されている。定数cを0としている研究者も多く、また、定数a、bに比べて数百分の一以下と小さいため、本願では定数cを0とした。
【0033】
開口指標αは、基準となる時期がシャント血管に狭窄が進行してない段階では、狭窄のないシャント血管径d
s=Dとなるため、径基準の開口率d/Dを示すことになる。したがって、1−αは径基準の狭窄率を示す。ただし、常に基準となる時期として、狭窄が進行していない時期を選択できるわけではない。狭窄の進行初期(狭窄率が小さい時期)を基準とする場合も多い。そのため、αを開口率、1−αを狭窄率と表現せずに、開口指標、狭窄指標と表現した。また、厳密には、管内狭窄モデルは狭窄が存在する場合に成立する。よって、狭窄進行初期を基準とする時期とすることがより望ましい。
【0034】
シャント血管の血流速度は、シャント音波形から求める方法を実施例で紹介しているが、シャント血管の血流速度に比例する値が求められる方法ならば、シャント音波形以外のシャント血流波形を用いてもよい。
【0035】
基準とする周波数スペクトルに対して定義する変化率(式(2))において、基準とする周波数スペクトルは狭窄が進行していない時期か、PTA後の時期を採用するのが望ましい。シャント音測定が頻回になるなどの事情により、狭窄が進行していない時期、もしくはPTA後の時期を採用できない場合は、シャント血管の狭窄の進行のごく初期、例えば進行が観察されてから30日以内を採用しても構わない。狭窄が進行していないシャント血管を基準とすることにより、次の測定時の周波数スペクトルの、基準周波数スペクトルからの変化が分かり、狭窄が進行しているとすれば、その変化が狭窄に起因するものと推定される。この変化率が最大となった周波数がもっとも狭窄に起因している。その周波数を式(1)の血流音周波数成分fとして採用する。基準とする周波数スペクトルは、患者固有のシャント血管形状を反映しているため、シャント血管のバイパス、シャント血管の屈曲等に起因する音情報も含んでいる。よって、周波数スペクトルの変化率をみることにより、患者固有のシャント血管の音情報をキャンセルすることができ、狭窄による音情報をきわ立たせることができる。
【0036】
図3の狭窄モデルで成立する式(3)は、本来ならば、実際のシャント血管において、シャント血管径、狭窄径、血流速度、動粘度、周波数を繰り返し数多く測定して、定数a、bをそれらの測定値から決定する。次に、それらの定数を取り入れた式(3)を用いて、狭窄径の変化を推定することが望ましい。しかし、血液透析治療現場、特に超音波診断装置のないクリニックにおいては、日常的に上記の数値を得ることは難しい。そこで、式(3)〜(5)を変形することにより、定数a、bを数多くの測定から決定しなくても狭窄の進行状態の推定が可能な式(1)を導いた。
【0037】
すなわち、定数c=0で式(3)〜(5)を変形することにより、次の式(6)になる。
u=f×d/a+b×ν/d・・・(6)
【0038】
任意の2つの区間1、区間2(この2つの区間の差は時間的にごく短い時間ため、狭窄径d=一定、動粘度ν=一定とみなす。)における流速成分を各々u1、u2、周波数成分を各々f1、f2とし、それらの差を各々Δu、Δfとする。ここで、同一症例であるため、定数bは同値であるため、定数bが消え、式(7)のように表すことができる。
【0039】
Δu=u2−u1=(f2−f1)×d/a=Δf×d/a・・・(7)
【0040】
基準となる時期(添え字s)の速度の差で、任意の時期の速度の差を除すると次の式(8)になる。同一症例なので、定数aは同値であり、定数aが消える。
【0041】
Δu/Δu
s=(Δf×d/a)/(Δf
s×d
s/a)=(Δf/Δf
s)×(d/d
s)・・・(8)
【0042】
開口指標α=d/d
sとおいて、変形すると次の式(9)になる。
【0043】
α=d/d
s=(Δu/Δf)/(Δu
s/Δf
s)・・・(9)
【0044】
狭窄指標1−αとすると式(1)となる。式(1)を用いることにより、シャント血管の狭窄指標を簡便に算出することができる。上記では便宜的に、区間1と区間2として式を導いているが、他の区間間でも式(1)は成り立つことは明らかである。
【0045】
ここで、シャント血管の狭窄指数の具体的な算出例を示す。先ず、各透析患者について、予め、基準とするシャント血流波形の周波数スペクトルが求められる。基準とするシャント血流波形の周波数スペクトルは、シャント血管の狭窄が進行していない時期か、シャント血管の狭窄の進行のごく初期、もしくはPTA(経皮的血管形成術)後のシャント音波形を周波数解析して求められる。例えばPTA後30日以内に、電子聴診器20により、
図4に示すような透析患者のシャント血管のシャント音が計測され、その情報が装置1に記憶される。装置1では、シャント音を畳み込み処理或いは二乗平方根処理等して、
図5に示すようなシャント血流波形(シャント音波形)が求められ、シャント音波形を周波数解析して
図6に示すような周波数スペクトルSが求められる。この基準となる周波数スペクトルSは、装置1に記憶される。
【0046】
次に、各透析患者について、基準とするシャント血流波形における血流速度成分項(U
sn−U
sm)と、基準とするシャント音波形における血流音周波数成分項(F
sn−F
sm)が求められる。この基準となるシャント音波形及びシャント血流波形は、シャント血管の狭窄がない時期か、もしくはシャント血管の狭窄の進行初期に求められる。
【0047】
例えばPTA後2か月以内に、
図1に示すように電子聴診器20により、透析患者のシャント血管のシャント音が計測され、その情報が装置1に出力される。このとき、
図4に示すような経時的なシャント音が得られる。装置1の制御手段12では、経時的なシャント音が情報処理され、
図7に示すようなシャント血流波形である例えばシャント音波形の包絡線が算出される。このときのシャント音波形の包絡線は、シャント音を畳み込み処理或いは二乗平方根処理して求められる。そして、シャント血流波形の任意の区間から2つの区間が選択される。この区間の選択は、測定者が表示手段13に表示されたシャント音波形を見ながら、入力手段11を用いて行ってもよい。この例では、連続する2つの区間1、区間2(m’=1、n’=2)が選択される。区間1、区間2におけるシャント血流波形のピークが特定され、各区間1、2のピークの平均値がそれぞれ血流速度成分Us1、Us2とされる。なお、区間1、区間2におけるシャント血流波形の平均値が血流速度成分とされてもよい。
【0048】
次に、シャント音波形を周波数解析して、
図6に示したような区間1、2におけるシャント音の周波数スペクトルが算出される。
図8に示すように、このときの区間1、2におけるシャント音の周波数スペクトルと、基準となるシャント音の周波数スペクトルSから式(2)により変化率が求められ、その変化率が最大となる周波数が、血流音周波数成分Fs1、Fs2とされる。このとき求めたUs1、Us2、Fs1、Fs2は、装置1に記憶される。
【0049】
次に、透析患者の狭窄指数を計測する。例えばPTA後定期的に透析患者の狭窄指数を算出する。先ず、電子聴診器20により透析患者のシャント血管のシャント音が計測され、
図4に示すような経時的なシャント音が得られる。装置1の制御手段12では、経時的なシャント音が情報処理され、
図7に示したようなシャント血流波形である例えばシャント音波形の包絡線が算出される。このときのシャント音波形の包絡線は、シャント音を畳み込み処理或いは二乗平方根処理して求められる。そして、シャント血流波形の任意の区間から2つの区間1、区間2(m=1、n=2)が選択される。区間1、区間2におけるシャント血流波形のピークが特定され、各区間1、2のピークの平均値がそれぞれ血流速度成分U1、U2とされる。なお、区間1、区間2におけるシャント血流波形の平均値が血流速度成分とされてもよい。
【0050】
次に、シャント音或いはシャント音波形から、
図6に示したような区間1、2におけるシャント音の周波数スペクトルが算出される。
図8に示すようにこのときのシャント音の周波数スペクトルと、基準となるシャント音の周波数スペクトルから式(2)により変化率が求められ、その変化率が最大となる周波数が血流音周波数成分F1、F2とされる。このとき求めたU1、U2、F1、F2は、装置1に記憶される。
【0051】
そして、装置1の制御手段12より、上述のU1、U2、Us1、Us2、F1、F1、Fs1、Fs2の値を用いて式(1)により狭窄指数(1−α)が算出される。算出された狭窄指数は、例えば表示手段13に表示される。なお、上記例において、
図6は、以下3つの例、基準となる周波数スペクトルS、基準となる血流音周波数成分を算出する際に用いる周波数スペクトル、及び狭窄指数を計測する際に用いる周波数スペクトルの代表例として示したが、当然それらは同じものではない。同様に
図7は、以下2つの例、基準となる血流速度成分を算出する際に用いるシャント血流波形、及び狭窄指数を計測する際に用いられるシャント血流波形の代表例として示したが、それらは同じものではない。
図8は、以下2つの例、基準となる血流音周波数成分を算出する際に用いる周波数スペクトル変化率、及び狭窄指数を計測する際に用いる周波数スペクトル変化率の代表例として示したが、それらは同じものではない。
【0052】
本実施の形態によれば、血液透析患者のシャント血管の狭窄指標を簡便に正確に算出することができる。
【0053】
上記実施の形態では、1区間を5秒に設定していたが、1区間の時間は任意に選択できる。上記実施の形態では、シャント血流波形の任意の複数区間の中から区間1、区間2を選択していたが、他の区間を選択してもよい。また、連続する2つの区間でなくても、間に他の区間を挟んだ離れた2つの区間を選択してもよい。また、3つ以上の複数の区間から、複数の組み合わせの2つの区間を選択して、各組み合わせについて血流速度成分項及び血流音周波数成分項を求めてもよい。この場合、複数の血流速度成分項と血流音周波数成分項を用いて狭窄指数を算出してもよい。
【0054】
例えば
図9に示すようにシャント血流波形の任意の区間から3つの区間1、区間2、区間3が選択される。区間1、区間2、区間3におけるシャント血流波形のピークが特定され、各区間1、2、3のピークの平均値がそれぞれ血流速度成分U1、U2、U3とされる。速度成分の差である速度成分項ΔU((U2−U1)、(U3−U2)、(U3−U1))が3つ求められる。周波数成分についても3つの区間の変化率が最大となる周波数F1、F2、F3の差である速度成分項ΔF((F2−F1)、(F3−F2)、(F3−F1))が3つ求められる。同一区間の差の3つの速度成分項と周波数成分項の比((U2−U1)/(F2−F1)、(U3−U2)/(F3−F2)、(U3−U1)/(F3−F1))が各々求められ、3つが平均されてΔU/ΔFとなる。
【0055】
血流速度成分Uは、シャント血流波形のピークの平均値として求められていたが、
図10に示すようにシャント血流波形の平均値として求められてもよい。また、血流速度成分Uは、シャント血流波形から別の方法で求められてもよい。
【0056】
血流音周波数成分Fは、シャント音波形を周波数解析して得られる周波数スペクトルの、基準とするシャント音波形の周波数スペクトルに対する変化率が最大となる周波数としていたが、変化率が最大でない他の周波数としてもよい。
【実施例】
【0057】
(実施例1)
患者情報:A(男性)、内シャント、透析歴4年。
患者Aについて、
図11に示すように、一回目のPTAを12月22日に施行し、二回目のPTAを翌年3月22日に施行するまで、経時的に複数回にわたり狭窄指数を算出した。狭窄指数を算出するにあたり、基準とする周波数スペクトルSはPTA施行後6日の周波数スペクトルを採用した。基準とする速度成分項ΔU
sと周波数成分項ΔF
sは、PTA施行後17日後のシャント音波形から求めた。区間1、区間2におけるシャント音波形の包絡線のピークの平均値をそれぞれ血流速度U1、U2として採用した。
図11に示すように、一回目のPTA施行後、経時的に狭窄指標は次第に増加した。狭窄が進行していると判断し、一回目のPTA施行後、3か月後に二回目のPTAを施行した。二回目のPTA施行時に血管造影を確認した結果、実際にシャント血管が、基準径から50%狭窄している(狭窄率50%)ことが確認された。
【0058】
(実施例2)
患者情報:B(女性)、内シャント、透析歴6年。
患者Bについて、
図12に示すように、一回目のPTAを1月5日に施行し、二回目のPTAを4月6日に施行するまで、経時的に複数回にわたり狭窄指数を算出した。狭窄指数を算出するにあたり、基準とする周波数スペクトルSはPTA施行後1日の周波数スペクトルを採用した。基準とする速度成分項ΔU
sと周波数成分項ΔF
sは、PTA施行後16日後のシャント音波形から求めた。区間1、区間2におけるシャント音波形の包絡線のピークの平均値をそれぞれ血流速度U1、U2とし採用した。
図12に示すように、一回目のPTA施行後、経時的に狭窄指標は次第に増加した。3月24日には、狭窄指数が0.6を超えている。そして、4月6日に二回目のPTAを施行し、その時に血管造影を確認した結果、実際にシャント血管が、基準径から75%狭窄している(狭窄率75%)ことが確認された。
【0059】
(実施例3)
患者情報:C(女性)、グラフトシャント、透析歴12年。
狭窄指数を算出するにあたり、区間1、2におけるシャント音波形の包絡線の平均値を速度成分U1、U2として採用した以外は、実施例1、2と同様に行った。患者Cについて、
図13に示すように、一回目のPTAを2月2日に施行し、その後経時的に複数回にわたり狭窄指数を算出した。狭窄指数を算出するにあたり、基準とする周波数スペクトルSはPTA施行後10日の周波数スペクトルを採用した。基準とする速度成分項ΔU
sと周波数成分項ΔF
sは、PTA施行後14日後のシャント音波形から求めた。一回目のPTA施行後、狭窄指標があまり増加しなかった。臨床上、狭窄の症状が見られておらず、次のPTA施行には至っていない。
【0060】
(実施例4)
患者情報:D(男性)、内シャント、透析歴1年。
狭窄指数を算出するにあたり、3つの区間1、2、3から各2つの区間(区間1と区間2、区間2と区間3、区間1と区間3)を選択し、各組み合わせについて狭窄指数を求めた以外は、実施例1、2と同様に行った。
図14には、3つの狭窄指数の平均値を示している。
【0061】
患者Dについて、
図14に示すように、一回目のPTAを10月11日に施行し、その後経時的に複数回にわたり狭窄指数を算出した。狭窄指数を算出するにあたり、基準とする周波数スペクトルSはPTA施行後17日の周波数スペクトルを採用した。基準とする速度成分項ΔU
sと周波数成分項ΔF
sは、PTA施行後約1か月半後のシャント音波形から求めた。一回目のPTA施行後、狭窄指標があまり増加しなかった。臨床上、狭窄の症状が見られておらず、次のPTA施行には至っていない。
【0062】
(実施例5)
患者情報:E(女性)、内シャント、透析歴14年
狭窄指数の算出は、実施例1と同様に行った。
患者Eについて、
図15に示すように、複数回のPTAを施行し、その間の複数回にわたり狭窄指数を算出した。狭窄指数を算出するにあたり、基準とする周波数スペクトルSはPTA施行後6日の周波数スペクトルを採用し、これを患者固有の基準周波数スペクトルとした。基準とする速度成分項Δu
sと周波数成分項ΔF
sは、二回目のPTA施行までは、一回目のPTA施行後7日後のシャント音波形から求めたものを採用し、三回目のPTA施行までは、二回目のPTA施行後4日後のシャント音波形から求めたものを採用し、四回目のPTA施行までは、三回目のPTA施行後8日後のシャント音波形から求めたものを採用し(次のPTAまでの期間が非常に短く2回しかシャント音測定をしていないため、狭窄が進行していない時期を基準とした。)、四回目のPTA施行後は、四回目のPTA施行後約2週間後のシャント音波形から求めたものを採用した。
図15に示すように狭窄指標が次のPTAに向けて上昇しているのが確認された。とりわけ、PTAとPTAの間の期間が短いケースでは狭窄指標が急上昇している。一方、二回目のPTA施行時の血管造影では、狭窄率が85%であることが確認され、三回目のPTA施行時の血管造影では、狭窄率が90%であることが確認され、四回目のPTA施行時の血管造影では、狭窄率が90%であることが確認された。