特許第6799704号(P6799704)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6799704ピストンリング用の線材、及びピストンリングの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6799704
(24)【登録日】2020年11月25日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】ピストンリング用の線材、及びピストンリングの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/20 20060101AFI20201207BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20201207BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20201207BHJP
【FI】
   F16J9/20
   F16J9/26 C
   F16J9/26 Z
   F02F5/00 N
   F02F5/00 Q
   F02F5/00 F
【請求項の数】9
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2020-80314(P2020-80314)
(22)【出願日】2020年4月30日
【審査請求日】2020年5月13日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中澤 敦
(72)【発明者】
【氏名】峯村 聡
(72)【発明者】
【氏名】▲濱▼ 昌秀
【審査官】 的場 眞夢
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−035038(JP,A)
【文献】 特開2016−169791(JP,A)
【文献】 特表2014−507607(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 5/00
11/00
F16J 1/00−1/24
7/00−10/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関においてピストンのリング溝に装着されるピストンリングの材料となる線材であって、
前記ピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面と、前記ピストンリングにおいて内周面を形成する第2側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝の燃焼室側の内壁に対向する面を形成する第3側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝のクランク室側の内壁に対向する面を形成する第4側面と、を含み、
前記第1側面は、前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第3側面側から前記第4側面側へ向かう方向である第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜したテーパ面と、前記テーパ面と前記テーパ面よりも前記第1方向側に位置する所定の面とを接続すると共に前記第2側面から前記第1側面に向かう方向である第2方向側へ突出した突出面と、を含み、
前記突出面は、前記テーパ面を前記第1方向側へ延ばした第1仮想面によって、前記テーパ面に繋がると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向側へ突出した第1部位と、前記第1部位と前記所定の面とを接続すると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分され、
前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように形成され
前記所定の面を延ばした第2仮想面は、前記第1部位の前記頂部よりも前記第1方向側の位置で前記第1仮想面に交わっている、
ピストンリング用の線材。
【請求項2】
前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように湾曲して形成されている、
請求項1に記載のピストンリング用の線材。
【請求項3】
前記線材の延伸方向に直交する断面において、前記第1部位と前記第1仮想面とによって囲まれた領域である第1領域の面積が、前記第2部位と前記第1仮想面と前記第2仮想面とによって囲まれた領域である第2領域の面積以下である、
請求項1又は2に記載のピストンリング用の線材。
【請求項4】
内燃機関においてピストンのリング溝に装着されるピストンリングの材料となる線材であって、
前記ピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面と、前記ピストンリングにおいて内周面を形成する第2側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝の燃焼室側の内壁に対向する面を形成する第3側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝のクランク室側の内壁に対向する面を形成する第4側面と、を含み、
前記第1側面は、前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第3側面側から前記第4側面側へ向かう方向である第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜したテーパ面と、前記テーパ面と前記テーパ面よりも前記第1方向側に位置する所定の面とを接続すると共に前記第2側面から前記第1側面に向かう方向である第2方向側へ突出した突出面と、を含み、
前記突出面は、前記テーパ面を前記第1方向側へ延ばした第1仮想面によって、前記テーパ面に繋がると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向側へ突出した第1部位と、前記第1部位と前記所定の面とを接続すると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分され、
前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように形成されており、
前記第1側面は、前記突出面と前記第4側面とを接続すると共に前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第1方向に向かうに従って縮幅するように傾斜した傾斜面を、前記所定の面として含む、
ピストンリング用の線材。
【請求項5】
内燃機関においてピストンのリング溝に装着されるピストンリングの材料となる線材であって、
前記ピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面と、前記ピストンリングにおいて内周面を形成する第2側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝の燃焼室側の内壁に対向する面を形成する第3側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝のクランク室側の内壁に対向する面を形成する第4側面と、を含み、
前記第1側面は、前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第3側面側から前記第4側面側へ向かう方向である第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜したテーパ面と、前記テーパ面と前記テーパ面よりも前記第1方向側に位置する所定の面とを接続すると共に前記第2側面から前記第1側面に向かう方向である第2方向側へ突出した突出面と、を含み、
前記突出面は、前記テーパ面を前記第1方向側へ延ばした第1仮想面によって、前記テーパ面に繋がると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向側へ突出した第1部位と、前記第1部位と前記所定の面とを接続すると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分され、
前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように形成されており、
前記第1側面は、前記突出面と前記第4側面とを接続するカット面を含み、
前記カット面は、前記突出面に繋がる、前記所定の面としての第1アンダーカット面と、前記第1アンダーカット面と前記第4側面とを接続する第2アンダーカット面と、を含み、
前記第2アンダーカット面の前記第2方向に対する傾斜角度は、前記第1アンダーカット面の前記第2方向に対する傾斜角度よりも大きい、
ピストンリング用の線材。
【請求項6】
前記第4側面を前記第2方向へ延ばした第3仮想面と前記頂部との前記第1方向に平行な距離をH1とし、
前記第1仮想面と前記頂部との該第1仮想面に垂直な距離をh1とし、
前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第1仮想面と平行な方向における前記第1部位の前記第1仮想面と交わる幅をK1とし、
前記所定の面の前記第2方向に対する傾斜角度をθ1としたときに、
0.01mm≦H1≦0.2mm
0.005mm≦h1≦0.02mm
0.05mm≦K1≦0.15mm
θ1≧3°
の条件を満たす、請求項4又は5に記載のピストンリング用の線材。
【請求項7】
内燃機関においてピストンのリング溝に装着されるピストンリングを線材から製造する、ピストンリングの製造方法であって、
前記線材は、
前記ピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面と、前記ピストンリングにおいて内周面を形成する第2側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝の燃焼室側の内壁に対向する面を形成する第3側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝のクランク室側の内壁に対向する面を形成する第4側面と、を含み、
前記第1側面は、前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第3側面側から前記第4側面側へ向かう方向である第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜したテーパ面と、前記テーパ面と前記テーパ面よりも前記第1方向側に位置する所定の面とを接続すると共に前記第2側面から前記第1側面に向かう方向である第2方向側へ突出した突出面と、を含み、
前記突出面は、前記テーパ面を前記第1方向側へ延ばした第1仮想面によって、前記テーパ面に繋がると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向側へ突出した第1部位と、前記第1部位と前記所定の面とを接続すると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分され、
前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように形成されており、
前記ピストンリングの製造方法は、
前記線材を送り出し、前記線材に外力を付与することで前記線材を環状に成形するコイリング工程と、
環状に成形された前記線材を切断してリングを得る切断工程と、
前記リングの表面を研磨する研磨工程と、を含み、
前記コイリング工程では、前記第1側面へ作用する外力により前記第1部位を前記第1仮想面側へ圧し潰すことで、前記突出面を変形させて角部を形成し、
前記研磨工程では、前記角部の先端を研磨することで平坦な当たり面を形成する、
ピストンリングの製造方法。
【請求項8】
PVD処理膜、DLC膜、及びクロムめっき処理膜のうち少なくとも何れか1つの層を含む硬質被膜を前記リングの外周面に形成する表面処理工程を、前記研磨工程の前に含む、
請求項に記載のピストンリングの製造方法。
【請求項9】
窒化処理工程を前記研磨工程の前に含む、
請求項7又は8に記載のピストンリングの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリング用の線材、及びピストンリングの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な自動車に搭載される内燃機関は、シリンダに装着されたピストンに複数のピストンリングを設けた構成を採用している。複数のピストンリングは、その機能により、燃焼室側に配置されるコンプレッションリング(圧力リング)とクランク室側に配置されるオイルリングとに大別される。
【0003】
コンプレッションリングは、気密を保持することで燃焼室側からクランク室側への燃焼ガスの流出(ブローバイ)を抑制するガスシール機能や、ピストンの熱をシリンダに伝達して放熱する放熱機能を有する。オイルリングは、シリンダの内壁(以下、シリンダ内壁)に付着した余分なエンジンオイル(潤滑油)をクランク室側に掻き落とすことでオイルの燃焼室側への流入(オイル上がり)を抑制するオイルシール機能を有する。これらのピストンリングは、帯状の線材を環状に塑性加工するコイリング工程と、環状に線材を切断してリングを得る切断工程と、リングに表面処理を施す表面処理工程と、リングの表面を研磨する研磨工程と、を含む製造方法によって製造することができる。
【0004】
ここで、外周面の少なくとも一部をテーパ形状としたコンプレッションリングが知られている。コンプレッションリングの外周面に適正なテーパ面を付与することで、ピストンの下降行程時にはオイルリングが掻き落し切れなかったオイルを好適に掻き落し、ピストンの上昇工程時にはテーパ面とシリンダ内壁との間のくさび効果により油膜を形成することができる。このようなテーパ形状は、ピストンに設けられる複数のコンプレッションリングのうち、燃焼室側から2つ目のコンプレッションリングであるセカンドリング(第2圧力リング)に多く用いられている。
【0005】
更に、外周面がテーパ形状のコンプレッションリングにおいては、シリンダ内壁に対する初期なじみ性を確保するために、外周面に平坦な当たり面(摺動面)を形成することが知られている。当たり面は、研磨工程においてリングの外周面をラップ加工することで形成される。良好な初期なじみ性を得るためには、当たり面が全周に亘って均一な幅(当たり幅)で形成されることが好ましい。均一な当たり幅を得るためには、研磨工程におけるラップ時間(研磨する時間の長さ)を長くすることが求められるが、ラップ時間が長くなるほど当たり幅は増大する傾向がある。当たり幅が大きくなり過ぎると、シリンダ内壁に対する面圧の低下を招き、オイルの掻き落し性能が低下する虞がある。これに対処するために、コンプレッションリングの張力を高めることで面圧を確保することも考えられるが、そのようにすると、フリクションが増加し、燃費が悪化することが懸念される。
【0006】
これに関連して、特許文献1には、外周面がテーパ形状のコンプレッションリング用の線材において、リングの外周面となる面に第1のテーパ部と第1のテーパ部よりもテーパ角度の大きな第2のテーパ部とを形成することが開示されている。特許文献1に記載の技術は、ラップ加工により第2のテーパ部の先端の角部分に当たり面を形成することで、当たり幅を小さく均一にすることを図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5564082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
より小さな当たり幅を均一に得るためには、当たり面を形成するための研磨対象となる部分をより細く(鋭く)する必要がある。しかしながら、線材はダイスによる引き抜き加工により成形されるため、線材の角部分にはダイスの形状に依存した角Rが形成されることとなる。そのため、上述の従来技術では、研磨対象となる部分をダイスの形状による制限を超えて細くすることが困難であった。
【0009】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、外周面がテーパ形状のピストンリングにおいて、当たり幅の小さく均一な当たり面を形成することができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく、本発明は、以下の構成を採用した。即ち、本発明は、内燃機関においてピストンのリング溝に装着されるピストンリングの材料となる線材であって、前記ピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面と、前記ピストンリングにおいて内周面を形成する第2側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝の燃焼室側の内壁に対向する面を形成する第3側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝のクランク室側の内壁に対向する面を形成する第4側面と、を含み、前記第1側面は、前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第3側面側から前記第4側面側へ向かう方向である第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜したテーパ面と、前記テーパ面と前記テーパ面よりも前記第1方向側に位置する所定の面とを接続すると共に前記第2側面から前記第1側面に向かう方向である第2方向側へ突出した突出面と、を含み、前記突出面は、前記テーパ面を前記第1方向側へ延ばした第1仮想面によって、前記テーパ面に繋がると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向側へ突出した第1部位と、前記第1部位と前記所定の面とを接続すると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分され、前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように形成されている、ピストンリング用の線材である。
【0011】
このような線材を用いてピストンリングを製造すると、コイリング工程において突出面の第1部位が第1仮想面側へ圧し潰されることで、突出面が変形し、径方向外側に突出した角部を得ることができる。そして、研磨工程において角部の先端が研磨されることで、平坦な当たり面(摺動面)を得ることができる。つまり、本発明に係る線材は、当たり面を形成するための研磨対象となる角部がコイリング工程によって形成されるようになっている。これにより、本発明に係る線材によると、線材を製造するためのダイスの形状に依存せずに角部を鋭く形成することができる。その結果、本発明に係る線材によれば、小さな当たり幅を均一に得ることができる。ここで、当たり幅とは、ピストンリングの軸方向における当たり面の幅のことを指す。
【0012】
また、本発明に係る線材は、前記線材の延伸方向に直交する断面において、前記第1部位と前記第1仮想面とによって囲まれた領域である第1領域の面積が、前記第2部位と前記第1仮想面と前記所定の面を延ばして前記第1仮想面に交わる第2仮想面とによって囲まれた領域である第2領域の面積以下であってもよい。第1領域は、線材のうち第1仮想面に対して隆起した部分を示す領域となる。線材のうちの第1領域に含まれる部分がコイリング工程により第2領域に移動することで、角部が形成されることとなる。本発明に係る線材によれば、第1領域の面積を第2領域の面積以下とすることで、角部を第2領域内に形成することができる。その結果、角部を鋭く形成することができ、小さな当たり幅を得ることができる。
【0013】
また、本発明に係る線材において、前記第1側面は、前記突出面と前記第4側面とを接続すると共に前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第1方向に向かうに従って縮幅するように傾斜した傾斜面を、前記所定の面として含んでもよい。
【0014】
また、本発明に係る線材において、前記第1側面は、前記突出面と前記第4側面とを接続するカット面を含み、前記カット面は、前記突出面に繋がる、前記所定の面としての第1アンダーカット面と、前記第1アンダーカット面と前記第4側面とを接続する第2アンダーカット面と、を含み、前記第2アンダーカット面の前記第2方向に対する傾斜角度は、前記第1アンダーカット面の前記第2方向に対する傾斜角度よりも大きく形成されていてもよい。
【0015】
前記第4側面を前記第2方向へ延ばした第3仮想面と前記頂部との前記第1方向に平行な距離をH1とし、
前記第1仮想面と前記頂部との該第1仮想面に垂直な距離をh1とし、
前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第1仮想面と平行な方向における前記第1部位の前記第1仮想面と交わる幅をK1とし、
前記所定の面の前記第2方向に対する傾斜角度をθ1としたときに、
0.01mm≦H1≦0.2mm
0.005mm≦h1≦0.02mm
0.05mm≦K1≦0.15mm
θ1≧3°
の条件を満たすことが好ましい。こうすることにより、より小さく均一な当たり幅を得ることができる。
【0016】
また、本発明は、線材からピストンリングを製造する方法としても特定することができる。つまり、本発明は、内燃機関においてピストンのリング溝に装着されるピストンリングの製造方法であって、前記線材は、前記ピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面と、前記ピストンリングにおいて内周面を形成する第2側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝の燃焼室側の内壁に対向する面を形成する第3側面と、前記第1側面と前記第2側面とを接続すると共に前記ピストンリングにおいて前記リング溝のクランク室側の内壁に対向する面を形成する第4側面と、を含み、前記第1側面は、前記線材の延伸方向に直交する断面において前記第3側面側から前記第4側面側へ向かう方向である第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜したテーパ面と、前記テーパ面と前記テーパ面よりも前記第1方向側に位置する所定の面とを接続すると共に前記第2側面から前記第1側面に向かう方向である第2方向側へ突出した突出面と、を含み、前記突出面は、前記テーパ面を前記第1方向側へ延ばした第1仮想面によって、前記テーパ面に繋がると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向側へ突出した第1部位と、前記第1部位と前記所定の面とを接続すると共に前記第1仮想面に対して前記第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分され、前記第1部位は、前記第1側面において最も前記第2方向側に位置する頂部を含むと共に前記第2方向側に凸状となるように形成されており、前記ピストンリングの製造方法は、前記線材を送り出し、前記線材に外力を付与することで前記線材を環状に成形するコイリング工程と、環状に成形された前記線材を切断してリングを得る切断工程と、前記リングの表面を研磨する研磨工程と、を含み、前記コイリング工程では、前記第1側面へ作用する外力により前記第1部位を前記第1仮想面側へ圧し潰すことで、前記突出面を変形させて角部を形成し、前記研磨工程では、前記角部の先端を研磨することで平坦な当たり面を形成する、ピストンリングの製造方法である。
【0017】
また、本発明に係るピストンリングの製造方法は、PVD処理膜、DLC膜、及びクロ
ムめっき処理膜のうち少なくとも何れか1つの層を含む硬質被膜を前記リングの外周面に形成する表面処理工程を、前記研磨工程の前に含んでもよい。これによると、ピストンリングの外周面における摩擦力を低減し、耐摩耗性を向上させることができる。なお、「PVD(physical vapor deposition)処理膜」とは、PVD法により形成された被膜のこ
とを指す。PVD法は、ターゲットから出射された粒子を付着させることで相手材の表面に膜を形成する蒸着法の一種であり、物理気相成長とも呼ばれる。また、「DLC(Diamond Like Carbon)膜」とは、主として炭化水素や炭素の同素体により構成される非晶質
の硬質炭素膜のことを指す。また、「クロムめっき処理膜」とは、クロムめっきにより形成された被膜のことを指す。また、窒化処理工程を前記研磨工程の前に含んでもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、外周面がテーパ形状のピストンリングにおいて、当たり幅の小さく均一な当たり面を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施形態1に係る線材を用いて製造されたセカンドリングが内燃機関に設けられた状態を示す図である。
図2】実施形態1に係る線材を示す図である。
図3】実施形態1に係る線材の第1側面を説明するための図である。
図4】実施形態1に係るセカンドリングの製造方法の工程を示す図である。
図5】コイリング工程を説明するための図である。
図6】切断工程により得られたリングの外周面を示す図である。
図7】表面処理工程を説明するための図である。
図8】研磨工程後のリングの外周面を示す図である。
図9】比較例に係る線材を示す図である。
図10】実施形態2に係る線材を用いて製造されたセカンドリングを示す図である。
図11】実施形態2に係る線材を示す図である。
図12】実施形態2に係る線材を示す図である。
図13】切断工程により得られたリングの外周面を示す図である。
図14】研磨工程後のリングの外周面を示す図である。
図15】実施形態3に係る線材を用いて製造されたセカンドリングを示す図である。
図16】実施形態3に係る線材を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。以下の実施形態は、ピストンリングの一例として、コンプレッションリングであるセカンドリングに本発明に係る線材を適用したものである。但し、本発明はこれに限定されない。本発明に係る線材はトップリングやオイルリングにも適用できる。また、以下の実施形態に記載されている構成は、特に記載がない限りは発明の技術的範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0021】
なお、以下の説明において「周長方向」とは、特に指定しない限りはセカンドリングの周長方向のことを指す。「径方向」とは、特に指定しない限りはセカンドリングの半径方向のことを指す。「径方向内側」とは、セカンドリングの内周面側のことを指し、「径方向外側」とは、その反対側(即ち、セカンドリングの外周面側)のことを指す。「軸方向」とは、特に指定しない限りはセカンドリングの中心軸に沿う方向のことを指す。ピストンのリング溝の「上壁」は、リング溝の内壁のうち、燃焼室側の内壁を指し、「下壁」は、クランク室側の内壁を指す。また、「延伸方向」とは、特に指定しない限りは線材の延
伸方向のことを指す。セカンドリングや線材の「上側」は、セカンドリングがリング溝に設けられたときのリング溝の上壁側を指し、「下側」は、セカンドリングがリング溝に設けられたときのリング溝の下壁側を指す。
【0022】
<実施形態1>
図1は、実施形態1に係る線材を用いて製造されたセカンドリングが内燃機関に設けられた状態を示す図である。図1では、セカンドリングの周長方向に直交する断面を示している。図1に示す内燃機関100は、シリンダ10と、シリンダ10に装着された内燃機関用ピストン20(以下、ピストン20)と、図示しない燃焼室及びクランク室と、を有する。図1を平面視した場合の上側が燃焼室側であり、下側がクランク室側である。図1に示すように、内燃機関100では、シリンダ10の内周面であるシリンダ内壁10aとピストン20の外周面であるピストン外周面20aの間に所定の離間距離が確保されることにより、隙間PC1が形成されている。ピストン外周面20aには、略矩形状の断面を有するリング溝30が形成されている。リング溝30は、燃焼室側に形成された上壁301と、クランク室側に形成されて上壁301に対向する下壁302と、上壁301と下壁302の内周縁同士を接続する接続壁303とを有する。リング溝30には、セカンドリング1が装着される。
【0023】
[セカンドリング]
セカンドリング1は、ピストン20の往復運動に伴ってシリンダ内壁10aを摺動する摺動部材である。図1に示すように、セカンドリング1の表面は、外周面11と内周面12と上面13と下面14とを有する。セカンドリング1の外周面11は、いわゆるテーパ形状に形成されている。セカンドリング1がリング溝30に装着された状態(使用状態)において、外周面11がシリンダ内壁10aに摺接し、内周面12が接続壁303に対向し、上面13が上壁301に対向し、下面14が下壁302に対向する。このセカンドリング1は、合口(図示なし)が形成された環状を有している。また、セカンドリング1は、リング溝30に装着された場合に外周面11がシリンダ内壁10aを押圧するように、自己張力を有している。また、セカンドリング1の外周面11には、後述するように硬質被膜が形成されていてもよい。
【0024】
図1に示すように、セカンドリング1の外周面11は、テーパ面111と当たり面112と第1傾斜面113と第2傾斜面114とを含む。テーパ面111は、下側に向かうに従って拡径するように傾斜したテーパ形状を有している。当たり面(摺動面)112は、セカンドリング1の最外周部位を構成する面である。当たり面112は、テーパ面111の下縁に接続されると共に軸方向に沿って平坦に延びており、セカンドリング1の全周に亘って形成されている。当たり面112は、セカンドリング1の使用状態においてシリンダ内壁10aに摺接し、隙間PC1内のオイルを掻き落とす。この当たり面112が形成されることで、シリンダ内壁10aに対する初期なじみ性が確保されている。第1傾斜面113は、上面13の外周縁とテーパ面111の上縁とを接続する面であり、下側に向かうに従って拡径するように傾斜している。第2傾斜面114は、当たり面112の下縁と下面14の外周縁とを接続する面であり、下側に向かうに従って縮径するように傾斜している。なお、第1傾斜面113及び第2傾斜面114は、図2に示す断面において直線のみならず曲線で表される面であってもよく、第1傾斜面113と上面13、及び第2傾斜面114と下面14とは、所定半径の曲線で接続されてもよい。
【0025】
[線材]
図2は、実施形態1に係る線材2を示す図である。図2では、線材2の延伸方向に直交する断面が示されている。実施形態1に係る線材2は、上述したセカンドリング1の材料となる部材である。線材2は、主に鋼材(スチール)を材質として、長尺な帯状に形成されている。線材2の材質となる鋼材には、炭素鋼材、ステンレス鋼材、合金鋼、鋳鉄材、
鋳鋼材が挙げられる。但し、線材2の材料はこれに限定されず、チタン系、銅系の材料やアルミニウム系の材質も使用することができる。
【0026】
図2に示すように、線材2の表面は、第1側面21と第2側面22と第3側面23と第4側面24とを有する。第1側面21は、セカンドリング1において外周面11を形成する面である。第2側面22は、セカンドリング1において内周面12を形成する面である。第3側面23は、第1側面21と第2側面22とを接続し、セカンドリング1において上面13を形成する面である。第4側面24は、第1側面21と第2側面22とを接続し、セカンドリング1において下面14を形成する面である。第3側面23と第4側面24とは、互いに平行な平坦面に形成されている。ここで、線材2の延伸方向に直交する方向であって、第3側面23側から第4側面24側に向かう方向を、第1方向とする。第1方向はセカンドリング1における軸方向下向きに対応する。また、線材2の延伸方向に直交する方向であって、第2側面22側から第1側面21側に向かう方向を、第2方向とする。第2方向はセカンドリング1における径方向外向きに対応する。
【0027】
線材2の第1側面21は、テーパ面S1と突出面S2と第1傾斜面S3と第2傾斜面S4とを含んでいる。第1傾斜面S3は、セカンドリング1において第1傾斜面113を形成する面であり、第3側面23の第2方向側の縁E1に繋がると共に第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜している。第2傾斜面S4は、セカンドリング1において第2傾斜面114を形成する面であり、第1方向に向かうに従って縮幅するように傾斜すると共に第4側面24の第2方向側の縁E2に繋がっている。テーパ面S1は、セカンドリング1においてテーパ面111を形成する面であり、第1傾斜面S3の第2方向側の縁E3に繋がると共に第1方向に向かうに従って拡幅するように傾斜している。突出面S2は、セカンドリング1において当たり面112を形成する面であり、テーパ面S1の第1方向側の縁E4と第2傾斜面S4の第2方向側の縁E5とを接続すると共に第2方向側へ突出している。図2に示すように、第2傾斜面S4は、テーパ面S1よりも第1方向側に位置しており、突出面S2と第4側面24とを接続している。第2傾斜面S4は、本発明に係る「所定の面」に相当する。
【0028】
図3は、実施形態1に係る線材2の第1側面21を説明するための図である。ここで、テーパ面S1を第1方向側へ延ばした仮想の面を第1仮想面と称し、符号F1で示す。また、第2傾斜面S4を延ばして第1仮想面に交わる仮想の面を第2仮想面と称し、符号F2で示す。図3に示すように、突出面S2は、第1仮想面F1によって、第1部位S21と第2部位S22とに区分される。第1部位S21は、テーパ面S1の第1方向側の縁E4に繋がっており、第1仮想面F1に対して第2方向側へ突出している。また、第1部位S21は、第1側面21において最も第2方向側に位置する頂部P1を含むと共に第2方向側に凸状となるように湾曲している。つまり、線材2は、第1部位S21において第1仮想面F1に対して隆起している。一方、第2部位S22は、第1部位S21の第1方向側の縁E6と第2傾斜面S4の第2方向側の縁E5とを接続しており、第1仮想面F1に対して第2方向の反対側に位置している。つまり、線材2は、第2部位S22において第1仮想面F1に対して窪んでいる。ここで、第1部位S21と第1仮想面F1とによって囲まれた領域を第1領域A1とする。つまり、第1領域A1は、線材2のうち第1仮想面F1に対して隆起した部分を示している。また、第2部位S22と第1仮想面F1と第2仮想面F2とによって囲まれた領域を第2領域A2とする。
【0029】
[ピストンリングの製造方法]
次に、実施形態1に係る線材2を用いて、図1で示したセカンドリング1を製造する方法について説明する。図4は、実施形態1に係るセカンドリングの製造方法の工程を示す図である。図4に示すように、実施形態1に係る製造方法は、コイリング工程と切断工程と表面処理工程と研磨工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0030】
先ず、S110のコイリング工程では、送り出される線材2に外力を付与することで線材2を環状に成形する。図5は、コイリング工程を説明するための図である。図5に示すように、コイリング工程では、線材2を巻回しているコイルマスタ200から線材2を引き出してコイリング装置300へ送り出す。コイリング装置300は、押さえローラ31と芯金320と曲げローラ330とストレッチ340とを備える。押さえローラ310が線材2の第1側面21に当接し、芯金320が線材2の第2側面22に当接することで、コイルマスタ200から送り出される線材2は曲げローラ330及びストレッチ340からなる曲げ成形部350に案内される。曲げ成形部350では、線材2が曲げローラ330とストレッチ340との間に挿入され、曲げローラ330が第1側面21に押し当てられ、ストレッチ340が第2側面22に押し当てられることで、線材2が所定の曲率半径に曲げ成形される。これにより、線材2は、第1側面21を外周面とし、第2側面22を内周面として環状に塑性加工される。
【0031】
次に、S120の切断工程では、環状に成形された線材2を切断することで、合口が形成されたリング3を得る。
【0032】
図6は、切断工程により得られたリング3の外周面(第1側面21)を示す図である。コイリング工程では、曲げローラ330により線材2の第1側面21に作用する外力によって、突出面S2の第1部位S21が第1仮想面F1側へ圧し潰される。これにより、線材2のうち図3に示す第1領域A1に含まれる部分が第2領域A2へ移動するように突出面S2が変形する。その結果、図6に示すように、リング3の外周面には、径方向外側に突出した角部C1が形成される。角部C1は、テーパ面S1に対して概ね平坦となった第1部位S21と第2傾斜面S4に対して概ね平坦となった第2部位S22とによって形成されている。角部C1の先端(エッジ)P2は、リング3の外周面において最も径方向外側に位置している。コイリング工程において曲げローラ330により突出面S2の第1部位S21が圧し潰されることで、角部C1の表面が圧延効果によって平滑化されている。なお、角部C1において、第1部位S21は、テーパ面S1に対して概ね平坦となる代わりに、若干量の凸状が残った形状となっても構わない。
【0033】
次に、ステップS130の表面処理工程では、リング3の外周面に硬質被膜を形成する。リング3の外周面に硬質被膜を形成することで、セカンドリング1の外周面11における摩擦力を低減し、耐摩耗性の向上させることができる。硬質被膜としては、例えば、PVD処理膜、及びDLC膜クロムめっき処理膜のうち少なくともいずれか1つを含んだ構成を採用することができる。なお、「PVD(physical vapor deposition)処理膜」と
は、PVD法により形成された被膜のことを指す。PVD法は、ターゲットから出射された粒子を線材に付着させることで物質の表面に膜を形成する蒸着法の一種であり、物理気相成長とも呼ばれる。PVD法には、イオンプレーティング法、真空蒸着法、イオンビーム蒸着法、スパッタリング法、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc)法等を含むことができる。また、「DLC(Diamond Like Carbon)膜」とは、主として炭化水素や炭
素の同素体により構成される非晶質の硬質炭素膜のことを指す。また、「クロムめっき処理膜」とは、クロムめっきにより形成された被膜のことを指す。クロムめっきは工業用クロムめっきとも呼ばれる。
【0034】
実施形態1に係る表面処理工程では、PVD法を用いて複数のリングに対して同時に成膜処理が行われる。図7は、表面処理工程を説明するための図である。図7では、便宜上、複数のリング3のうち、一部のリング3のみを図示している。図7に示すように、PVD法に例示される蒸着法を用いた表面処理工程は、リング3の外周面(第1側面21)とターゲットとが対向した状態で行われる。このとき、複数のリング3は、それぞれの中心軸が一致した状態で軸方向に積み重ねられて配置されている。つまり、複数のリング3は
、同軸となるように配置されている。この状態で、ターゲットT1に含まれる材料が蒸発して高エネルギーの粒子がリング3に向かって出射され、リング3の外周面に衝突し、付着する。これにより、リング3の外周面に硬質被膜が形成される。
【0035】
次に、ステップS140の研磨工程では、硬質被膜が形成されたリング3の表面をラッピング加工により研磨する。具体的には、リング3の外径に等しい内径を有するスリーブ内にリング3を挿入し、スリーブ内に砥粒を入れた状態でリング3を上下に摺動させる。これにより、リング3の外周面(第1側面21)がスリーブの内周面を摺動し、リング3の外周面が研磨される。図8は、研磨工程後のリング3の外周面を示す図である。研磨工程では、リング3の外周面のうち、径方向外側に突出した角部C1の先端P2が優先的にスリーブの内周面に接触することとなる。そのため、角部C1の先端P2が研磨され、平坦な当たり面112が形成される。以上のようにして、図1に示すようなセカンドリング1が製造される。
【0036】
[作用・効果]
上述のように、実施形態1に係る線材2の第1側面21は、テーパ面S1と第2傾斜面S4とを接続すると共に第2方向側へ突出した突出面S2を含んでいる。また、突出面S2は、第1仮想面F1によって、テーパ面S1に繋がり第1仮想面F1に対して第2方向側に突出した第1部位S21と、第1部位S21と第2傾斜面S4とを接続すると共に第1仮想面F1に対して第2方向の反対側に位置する第2部位と、に区分される。更に、第1部位S21は、第1側面21において最も第2方向側に位置する頂部P1を含むと共に第1仮想面F1に対して隆起するように湾曲している。
【0037】
このような線材2を用いてセカンドリング1を製造すると、コイリング工程において突出面S2の第1部位S21が第1仮想面側へ圧し潰されることで、突出面S2が変形し、径方向外側に突出した角部C1を得ることができる。そして、研磨工程において角部C1の先端P2が研磨されることで、平坦な当たり面112を得ることができる。
【0038】
ここで、良好な初期なじみ性を得るためには、当たり面112が全周に亘って均一な当たり幅で形成されることが好ましい。ここで、「当たり幅」とは、セカンドリング1の軸方向における当たり面の幅のことを指す。なお、図8ではセカンドリング1はリング3として参照されており、その当たり幅は符号W1で示されている。全周において当たり幅の均一な当たり面を得るためには、研磨工程におけるラップ時間(研磨する時間の長さ)を長くすることが求められるが、ラップ時間が長くなるほど当たり幅は増大する。そのため、同じラップ時間で比較した場合、角部のなす角度が小さいほど、つまり、角部が鋭いほど、小さな当たり幅を得ることができる。
【0039】
図9は、比較例に係る線材4を示す図である。図9では、線材4がコイリングされる前の状態が示されている。比較例に係る線材4には、研磨工程により当たり面を形成すべき箇所に予め角部C2が形成されている。ここで、通常、線材は、ダイスによる引き抜き加工により成形される。そのため、比較例に係る線材4の角部C2には、ダイスの形状に依存した角Rが形成されている。つまり、当たり面を形成するための研磨対象となる角部C2をダイスによる引き抜き加工により形成した線材4では、ダイスの形状による制限を超えて角部C2を鋭くすることが困難である。
【0040】
これに対して、実施形態1に係る線材2は、当たり面を形成するための研磨対象となる角部C1がコイリング工程によって形成されるようになっている。そのため、線材2によれば、ダイスの形状に依存せずに角部C1を鋭くすることができる。図6に角部C1の角度をθcで示す。つまり、線材2によれば、θcを小さく形成することができる。その結果、線材2によれば、当たり面112に対して比較例に係る線材4よりも小さな当たり幅
を均一に得ることができる。
【0041】
また、実施形態1に係る線材2は、コイリング工程において突出面S2の第1部位S21が圧し潰されて角部C1が形成されるようになっている。そのため、コイリング工程による圧延効果により、角部C1の表面を平滑化することができる。これによれば、当たり面112を形成するための研磨対象となる角部C1の表面が平滑化されることから、当たり幅をより均一にすることができる。
【0042】
ここで、突出面S2の第1部位S21と第1仮想面F1とによって囲まれた領域を第1領域A1とし、突出面S2の第2部位S22と第1仮想面F1と第2仮想面F2とによって囲まれた領域を第2領域A2としたときに、線材2の延伸方向に直交する断面において第1領域A1の面積が第2領域A2の面積以下となるように、実施形態1に係る線材2が構成されている。上述のように、コイリング工程では、線材2のうちの第1領域A1に含まれる部分が第2領域A2に移動することで角部C1が形成されることとなる。そのため、実施形態1に係る線材2によれば、第1領域A1の面積を第2領域A2の面積以下とすることで、角部C1を第2領域A2内に形成することができる。その結果、角部C1を鋭く形成することができ、小さな当たり幅を得ることができる。
【0043】
また、実施形態1に係るセカンドリング1の製造方法では、PVD処理膜、DLC膜、及びクロムめっき処理膜のうち少なくとも何れか1つの層を含む硬質被膜を、切断工程により得られたリング3の外周面に形成する表面処理工程を含んでいる。これにより、セカンドリング1の外周面11における摩擦力を低減し、耐摩耗性を向上させることができる。なお、セカンドリング1の外周面1に上記の被膜を形成しなくても構わない。
【0044】
更に、実施形態1に係る線材2は、突出面S2の頂部P1から第3側面23の第2方向側の縁E1までの距離d1と頂部P1から第4側面24の第2方向側の縁E2までの距離d2とが、互いに等しくなるように形成されている(図3参照)。そして、表面処理工程では、複数のリング3を、それぞれの中心軸が一致するように、軸方向に積み重ねた状態で行われる。これによると、図7に示すように、表面処理工程において軸方向に隣接する2つのリング3の互いに対向する第3側面23と第4側面24とが、径方向に段差を生じることなく(ずれることなく)重なり合う。そのため、第3側面23及び第4側面24に被膜が形成されることを抑制できる。このような表面処理方法は、複数のリング3に対してPVD被膜を成膜する場合に好適である。また、図7に示す表面処理方法以外の方法を採用することもできる。
【0045】
また、ターゲットから出射された粒子を線材に付着させることで物質の表面に膜を形成する蒸着法(例えば、PVD法)を用いてリング3の外周面に被膜を形成する場合、図7に示すように、リング3の外周面(第1側面21)とターゲットとが対向した状態で成膜処理が行われる。線材2によれば、第1方向に向かうに従って縮幅するように傾斜した第2傾斜面S4によって突出面S2と第4側面24とを接続しているため、ターゲットから出射された粒子を第2傾斜面S4の全域に付着させ易くすることができる。その結果、第2傾斜面S4において膜厚の均一性の高い被膜を成膜することができる。また、当該蒸着法以外の表面処理方法を採用することもできる。
【0046】
ここで、図3に示すように、第4側面24を第2方向へ延ばした第3仮想面F3と突出面S2の頂部P1との第1方向に平行な距離をH1とし、第1仮想面F1と頂部P1との第1仮想面F1に垂直な距離をh1とし、線材2の延伸方向に直交する断面において第1仮想面F1と平行な方向における第1部位S21の、第1仮想面F1と交わる幅をK1とし、第2傾斜面S4の第2方向に対する傾斜角度をθ1としたときに、以下の式(1)〜(4)の条件を満たすことが好ましい。
【0047】
0.01mm≦H1≦0.2mm (1)
0.005mm≦h1≦0.02mm (2)
0.05mm≦K1≦0.15mm (3)
θ1≧3° (4)
このように線材2を構成することで、より小さく均一な当たり幅の当たり面をセカンドリング1に形成することができる。なお、上記θ1の上限値は、25°であるのが好ましい。
【0048】
[当たり幅評価]
上述の製造方法により製造したセカンドリングの当たり幅を評価した。
【0049】
[実施例]
実施例として、図2図3で示した実施形態1に係る線材2を用いて製造したセカンドリングを評価した。テーパ面S1の第1方向に対する傾斜角度θTを2.5°、研磨工程
におけるラップ時間を50秒とした。
【0050】
[比較例]
比較例として、図9で示した比較例に係る線材4を用いて製造したセカンドリングを評価した。傾斜角度θTを3.2°とした以外は、実施例と同様である。
【0051】
[評価結果]
表1に、実施例と比較例の当たり幅の評価結果を示す。評価では、セカンドリングの全周における当たり幅の平均値とばらつき(標準偏差)を算出した。表1に示すように、実施例では、当たり幅の平均値が0.048mm、ばらつきが0.033mmとなった。比較例では、当たり幅の平均値が0.052mm、ばらつきが0.065mmとなった。実施例と比較例とで当たり幅の平均値を比較することで、実施例の方が比較例よりも当たり幅の小さい当たり面が得られることを確認できた。また、実施例と比較例とで当たり幅のばらつきを比較することで、実施例の方が比較例よりも当たり幅の均一な当たり面が得られることを確認できた。
【0052】
【表1】

<実施形態2>
図10は、実施形態2に係る線材2Aを用いて製造されたセカンドリング1Aを示す図である。図10では、セカンドリング1Aの周長方向に直交する断面を示している。図11は、実施形態2に係る線材2Aを示す図である。図11では、線材2Aの延伸方向に直交する断面が示されている。以下、実施形態2について、実施形態1との相違点を主に説明し、実施形態1と同様の構成については同一の符号を付すことにより詳細な説明を割愛する。
【0053】
図10に示すように、実施形態2に係るセカンドリング1Aは、外周面側の下部に段差状(ステップ状)の切欠が形成された、所謂スクレーパリングである。セカンドリング1Aの外周面11は、テーパ面111と当たり面112と第1傾斜面113とカット面11
5を含む。カット面115は、下面14と当たり面112との間に段差状の切欠であるアンダーカット15が形成されるように、下面14の外周縁と当たり面112の下縁とを接続する。これにより、セカンドリング1Aが装着された内燃機関100において、外周面11の下部とシリンダ10との間に、アンダーカット15による空間が形成される。この空間がオイル溜まりとなり、ピストン20が下降してセカンドリング1Aが隙間PC1内のオイルを掻き落とす際に、オイルがバッファされ、油圧の上昇が抑制される。その結果、良好なオイル掻き性能が得られる。
【0054】
図11に示すように、実施形態2に係る線材2Aの第1側面21は、テーパ面S1と突出面S2と第1傾斜面S3とカット面S5とを含んでいる。カット面S5は、セカンドリング1Aにおいてカット面115を形成する面である。カット面S5は、テーパ面S1よりも第1方向側に位置しており、突出面S2と第4側面24とを接続している。カット面S5は、突出面S2に繋がる第1アンダーカット面S51と、第1アンダーカット面S51と第4側面24とを接続する第2アンダーカット面S52と、を含んでいる。第1アンダーカット面S51は、本発明に係る「所定の面」に相当する。また、実施形態2では、第1アンダーカット面S51を延ばして第1仮想面F1と交差する仮想の面を第2仮想面F2とする。
【0055】
図12は、線材2Aの第1側面21を説明するための図である。実施形態2では、第1アンダーカット面S51の第2方向に対する傾斜角度をθ1とする。また、第2アンダーカット面S52の第2方向に対する傾斜角度をθ2とする。第1アンダーカット面S51は、第1方向に向かうに従って縮幅するように傾斜している。なお、第1アンダーカット面S51は、第2方向に沿って延びていてもよい。つまり、θ1が0°であってもよい。また、第2アンダーカット面S52は第1方向に沿って延びている。つまり、θ2が90°となっている。なお、第2アンダーカット面S52は、第1方向に対して傾斜していてもよい。但し、カット面S5では、θ2がθ1よりも大きくなるように設定されている。
【0056】
図12に示すように、線材2Aの突出面S2は、実施形態1と同様に、第1仮想面F1によって、テーパ面S1に繋がると共に第1仮想面F1に対して第2方向側へ突出した第1部位S21と、第1部位S21と第1アンダーカット面S51とを接続すると共に第1仮想面F1に対して第2方向の反対側に位置する第2部位S22と、に区分される。そして、第1部位S21は、第1側面21において最も第2方向側に位置する頂部P1を含むと共に第2方向側に凸状となるように湾曲している。
【0057】
実施形態2に係るセカンドリング1Aも実施形態1に係るセカンドリング1と同様に、図4等で説明した製造方法により製造することができる。つまり、線材2Aを送り出し、線材2Aに外力を付与することで線材2Aを環状に成形するコイリング工程と、環状に成形された線材2Aを切断してリング3Aを得る切断工程と、硬質被膜をリング3Aの外周面(第1側面21)に形成する表面処理工程と、リング3Aの表面を研磨する研磨工程と、を含む製造方法によって、セカンドリング1Aが製造される。
【0058】
図13は、切断工程により得られたリング3Aの外周面(第1側面21)を示す図である。コイリング工程では、線材2Aの第1側面21に作用する外力によって、突出面S2の第1部位S21が第1仮想面F1側へ圧し潰される。リング3Aの外周面には、径方向外側に突出した角部C1が形成される。角部C1は、テーパ面S1に対して概ね平坦となった第1部位S21と第1アンダーカット面S51に対して概ね平坦となった第2部位S22とによって形成されている。図14は、研磨工程後のリング3Aの外周面を示す図である。研磨工程では、角部C1の先端P2が研磨され、平坦な当たり面112が形成される。
【0059】
上述の実施形態2においても、実施形態1と同様の効果を得ることができる。つまり、実施形態2に係る線材2Aは、当たり面を形成するための研磨対象となる角部C1がコイリング工程によって形成されるようになっている。これにより、線材2Aによれば、小さな当たり幅を均一に得ることができる。また、実施形態2においても、コイリング工程による圧延効果により、角部C1の表面を平滑化することができる。その結果、当たり幅をより均一にすることができる。
【0060】
また、実施形態2においても、実施形態1と同様に、第2領域A2の面積を第1領域A1の面積以上とすることで、角部C1を第2領域A2内に形成することができる。その結果、角部C1を鋭く形成することができ、小さな当たり幅を得ることができる。また、表面処理工程によってリング3Aの外周面に硬質皮膜を形成することで、セカンドリング1Aの外周面11における摩擦力を低減し、耐摩耗性の向上させることができる。また、突出面S2の頂部P1から第3側面23の縁E1までの距離d1と頂部P1から第4側面24の縁E2までの距離d2とを互いに等しくすることで、表面処理工程において第3側面23及び第4側面24に被膜が形成されることを抑制できる。また、実施形態2においても、上述の式(1)〜(4)の条件を満たすことで、より小さく均一な当たり幅の当たり面をセカンドリング1Aに形成することができる。
【0061】
<実施形態3>
図15は、実施形態3に係る線材2Bを用いて製造されたセカンドリング1Bを示す図である。図15では、セカンドリング1Bの周長方向に直交する断面を示している。図16は、実施形態3に係る線材2Bを示す図である。図16では、線材2Bの延伸方向に直交する断面を示している。上述の実施形態1では第2傾斜面S4が本発明に係る「所定の面」に相当し、実施形態2ではカット面S5の第1アンダーカット面S51が「所定の面」に相当したが、本発明に係る線材は、上述の第2傾斜面S4やカット面S5を有さなくてもよい。図16に示す線材2Bでは、セカンドリング1Bにおいて下面14となる第4側面24が、本発明に係る「所定の面」に相当し、突出面S2によってテーパ面S1と第4側面24とが接続されている。
【0062】
<その他>
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、上述した種々の形態は、可能な限り組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0063】
1 :セカンドリング(ピストンリングの一例)
2 :線材
21 :第1側面
22 :第2側面
23 :第3側面
24 :第4側面(所定の面の一例)
S1 :テーパ面
S2 :突出面
S21 :第1部位
S22 :第2部位
S3 :第1傾斜面
S4 :第2傾斜面(所定の面の一例)
S5 :カット面
S51 :第1アンダーカット面(所定の面の一例)
S52 :第2アンダーカット面
P1 :頂部
F1 :第1仮想面
F2 :第2仮想面
F3 :第3仮想面
C1 :角部
A1 :第1領域
A2 :第2領域
【要約】
【課題】外周面がテーパ形状のピストンリングにおいて、当たり幅の小さく均一な当たり面を形成することができる技術を提供する。
【解決手段】線材の表面のうちピストンリングにおいて外周面を形成する第1側面は、テーパ面と突出面とを含み、突出面はテーパ面を延ばした第1仮想面によって第1部位と第2部位とに区分され、第1部位は、頂部を含むと共に凸状となるように形成されている。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16