特許第6801541号(P6801541)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 6801541-機械構造用鋼およびその切削方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6801541
(24)【登録日】2020年11月30日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】機械構造用鋼およびその切削方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201207BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20201207BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20201207BHJP
   B23C 3/00 20060101ALI20201207BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20201207BHJP
   B23F 21/00 20060101ALI20201207BHJP
   B23F 5/20 20060101ALI20201207BHJP
【FI】
   C22C38/00 301M
   C22C38/18
   C22C38/60
   B23C3/00
   B23C5/16
   B23F21/00
   B23F5/20
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-54584(P2017-54584)
(22)【出願日】2017年3月21日
(65)【公開番号】特開2018-154902(P2018-154902A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2019年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(72)【発明者】
【氏名】間曽 利治
【審査官】 浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/136307(WO,A1)
【文献】 特開2011−241466(JP,A)
【文献】 特開2002−346812(JP,A)
【文献】 特開2017−019094(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00〜38/60
B23C 3/00
B23C 5/16
B23F 5/20
B23F 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.30〜0.72%、
Si:0.73〜1.40%、
Mn:0.40〜1.0%、
Cr:0.065〜0.65%、
P:0.001〜0.045%、
S:0.001〜0.023%、
N:0.0036〜0.0100%、
Al:0.001〜0.026%未満
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ42.5<66[Si%]−3[Mn%]−5[Cr%]<90.9を満たすことを特徴とする機械構造用鋼。
ここで、[Si%]、[Mn%]および[Cr%]は、それぞれ、Si、MnおよびCrの含有質量%を表す。
【請求項2】
前記機械構造用鋼が、さらに、質量%で、
Ca:0.0001〜0.0045%、
Mg:0.0001〜0.0045%、
Zr:0.0001〜0.0200%、
および、
Rem:0.0001〜0.0200%
からなる群から選択された1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の機械構造用鋼。
【請求項3】
前記機械構造用鋼が、さらに、質量%で、
Sb:0.0001〜0.0150%、
Sn:0.0005〜2.00%、
Zn:0.0005〜0.50%、
Te:0.0003〜0.20%、
Se:0.0003〜0.20%、
Bi:0.001〜0.50%、
および、
Pb:0.001〜0.50%
からなる群から選択された1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の機械構造用鋼。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の機械構造用鋼を断続切削して素形材を得る方法であって、最表面にPVDあるいはCVDにてセラミクスコーティングがなされ、その表面粗さがRa0.80μm以下である工具を用いることを特徴とする機械構造用鋼の切削方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断続切削性に優れた機械構造用鋼およびその切削方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼の高強度化が進むと共に、被削性の低下が問題となっている。機械構造用鋼から製造される自動車の主要部品、例えば歯車、CVT、クランクシャフト、コンロッド、CVJなどの部品は、機械構造用鋼を切削加工することによって製造される。切削に関するコストは部品製造コストの多くの部分を占めることが知られており、製造コスト低減のために工具寿命を低下させない鋼に対するニーズが高まっている。この傾向はとりわけ、工具費用が高い歯車の歯切り加工やエンドミル加工などの断続切削を含む部品に対して顕著である。
【0003】
従来、工具寿命を向上させるためには、切削される鋼材に合金成分としてPbやSを添加する方法があるが、Pbは、環境負荷上問題があり、Sは添加量を増大すると機械的性質を劣化させるという問題がある。また、Caを添加することにより、鋼中酸化物を軟質化し、切削中に工具面上に付着する、いわゆるベラーグで工具を保護する方法も必要に応じて活用されている。しかし、ベラーグの活用は、切削条件と成分の制限が多く、一般的に使用されるものではない。
【0004】
このような背景の中、断続切削時の工具寿命の向上を目的とした新しい成分組成の快削鋼や、断続切削方法が開示されている。例えば、特許文献1には、機械構造用鋼の成分を所定範囲に規定するとともに、工具と機械構造用鋼の接触時間、非接触時間を所定範囲に規定し、50m/分以上の切削速度で切削することにより、工具面上に酸化物が主体の保護膜を生成させることを特徴とする、断続切削における工具寿命に優れた機械構造用鋼の切削方法が開示されている。
【0005】
断続切削では工具が被削材に連続的に接触しないため、工具に付着した鋼材の新生面が空気に晒されて急速に酸化し、酸化摩耗が起きる場合がある。特許文献2には、切削される機械構造用鋼にAlを添加して、断続切削中の工具の酸化摩耗を抑制する発明が開示されている。特許文献2によれば、工具に付着した鋼材中のAlはFeよりも酸化されやすいため、Alは断続切削時の工具の酸化摩耗を抑制するとしている。
【0006】
これらの技術は、PbやS等を活用して鋼の第二相を制御し、被削性を改善する従来技術とは異なる。すなわち、鋼材と切削条件の組合せを最適化することで切削中の界面を制御して工具摩耗を抑制する技術であり、高強度の機械構造用鋼の断続切削時の被削性改善技術として非常に重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−36769号公報
【特許文献2】特開2010−24549号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述した従来の技術には、以下に示す問題点がある。
特許文献1では、工具摩耗の抑制に効果を有する保護膜を生成させるために、鋼材がSとAlを所定量含むことを必須としている。しかし、Sは上述のように鋼の機械特性を劣化させる恐れがあるため、高強度鋼への添加は制限される。さらに、Alの添加はAlなどの硬質非金属介在物を生成しやすく、疲労強度等の機械的特性を低下させる恐れがある。硬質介在物は工具のアブレシブ摩耗を引き起こすことが知られており、切削条件によっては工具摩耗が促進されてしまう可能性もある。
【0009】
特許文献2記載の機械構造用鋼は、Alを0.06〜0.5質量%含有することを必須としている。このAl量は機械構造用鋼としては比較的多量であり、そのため、上述のように硬質非金属介在物を生成しやすく、疲労強度低下や工具のアブレシブ摩耗増大の原因となる可能性がある。
【0010】
以上のように、従来の技術は鋼材の機械的特性を維持したまま、その被削性を改善する技術としては必ずしも適当ではない。また、切削中の鋼材と工具の界面を制御して工具寿命を向上させるには、鋼材だけでなく工具側の制御も併せて重要と考えられるが、工具側からの技術改善は提案されていない。
【0011】
本発明は、上述した問題点に鑑みて創案されたものであり、その目的は、機械的特性と断続切削時の工具寿命に優れた機械構造用鋼とその切削方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究し、切削中の鋼材/工具界面を制御して工具寿命を向上させるには、鋼材側と工具側の双方の制御が重要と考えた。そこで、工具寿命に与える影響が大きいと考えられる鋼材/工具界面の潤滑メカニズムに注目し、様々な合金元素を添加した鋼材と、種々の工具材を用いて基礎研究を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0013】
(a)FeよりもOが結合しやすい元素を固溶元素として比較的多く含む鋼材を断続切削すると、工具上にその元素を主体とする酸化物被膜が形成される。この効果は工具材の表面粗さが小さいほど顕著である。表面粗さが大きくなると、Feの凝着が激しくなり、酸化物被膜は形成されなくなる。
【0014】
(b)表面粗さが比較的小さい工具材を用いてAlを比較的多量に含む鋼材を断続切削すると、工具寿命が大きく劣化する。工具表面をSEMで詳細に観察すると、酸化物のほか、Feの凝着が多く観察された。アルミナ等のAl主体の酸化物は融点が高く、高温となる切削中の界面において硬度を保ち、せん断されにくい。このため、切削中の界面に付着したAl酸化物の凹凸がFeの凝着を促進し、工具の凝着摩耗を誘発すると考えられる。特許文献2では、Al添加は酸化摩耗抑制に好ましいとされている。しかしながら凝着摩耗を抑制するためには、その添加量を制限すべきである。酸化摩耗では工具コーティングが徐々に摩耗するが、凝着摩耗ではコーティングが剥離を伴って急激に摩耗するため、工具寿命を向上させるという観点からは凝着摩耗の抑制がより重要である。このAl添加量を制限すべきという知見は、従来知見からは全く予想できなかった結果である。
【0015】
(c)表面粗さが比較的小さい工具材を用いて、Al添加量をある範囲に制限しつつ、Siを比較的多量に含む鋼材を断続切削すると、Si酸化物を主体とする酸化物が工具上に形成される。この場合、工具寿命が飛躍的に向上する。工具上のSi酸化物表面をSEMで詳細に観察すると非常に滑らかであるため、切削中の高温下でこの酸化物が軟化し、潤滑効果を与えたものと考えられる。ここで、Si酸化物を主体とする酸化物とは、酸化物中に含まれる金属元素の中でSiの原子比が最も多い酸化物である。
【0016】
本発明者らは、以上のように、鋼材成分と工具の表面粗さを適正化することにより、鋼材の断続切削時に工具上にSi酸化物を主体とする酸化物を生成させることができ、その潤滑効果により工具が保護されて工具寿命が向上することを知見した。具体的には従来好ましいとされていたAlの添加量を本発明では低減し、さらに潤滑作用を有する元素としてSiを添加するという全く新しい知見である。
【0017】
すなわち、本発明に係る機械構造用鋼およびその切削方法は、つぎのとおりである。
(1)
質量%で、
C:0.30〜0.72%、
Si:0.73〜1.40%、
Mn:0.40〜1.0%、
Cr:0.065〜0.65%、
P:0.001〜0.045%、
S:0.001〜0.023%、
N:0.0036〜0.0100%、
Al:0.001〜0.026%未満
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ42.5<66[Si%]−3[Mn%]−5[Cr%]<90.9を満たすことを特徴とする機械構造用鋼。
ここで、[Si%]、[Mn%]および[Cr%]は、それぞれ、Si、MnおよびCrの含有質量%を表す。
(2)
前記機械構造用鋼が、さらに、質量%で、
Ca:0.0001〜0.0045%、
Mg:0.0001〜0.0045%、
Zr:0.0001〜0.0200%、
および、
Rem:0.0001〜0.0200%
からなる群から選択された1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の機械構造用鋼。
(3)
前記機械構造用鋼が、さらに、質量%で、
Sb:0.0001〜0.0150%、
Sn:0.0005〜2.00%、
Zn:0.0005〜0.50%、
Te:0.0003〜0.20%、
Se:0.0003〜0.20%、
Bi:0.001〜0.50%、
および、
Pb:0.001〜0.50%
からなる群から選択された1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)または(2)のいずれかに記載の機械構造用鋼。
(4)
(1)〜(3)のいずれかに記載の機械構造用鋼を断続切削して素形材を得る方法であって、最表面にPVDあるいはCVDにてセラミクスコーティングがなされ、その表面粗さがRa0.80μm以下である工具を用いることを特徴とする機械構造用鋼の切削方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、歯切り加工やエンドミルなどの断続切削時の工具寿命に優れた機械構造用鋼及びその切削方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】発明例と比較例の鋼の硬さ(HV)と被削性(工具寿命[m])との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明鋼の成分を限定する理由について説明する。以下、%は、質量%を意味する。
(C:0.30〜0.72%)
Cは、鋼の強度を確保するために添加する元素である。Cの添加量が0.30%未満であると、最終加工品をフェライト・パーライト組織で使用する際や焼入れ、焼き戻しをして使用する際に十分な強度が得られず、一方、0.72%より多いと、切削素材の硬さが上昇して被削性が劣化する。このため、C量は、0.30%〜0.72%とする。好ましいC量は、0.40%〜0.60%である。
【0021】
(Si:0.73〜1.40%)
Siは本発明で最も重要な元素である。Siは、断続切削中に工具面上で大気中の酸素と化学反応を起こし、工具上にSi酸化物を主体とする酸化物を生成させるために必要である。Siの添加量が0.73%未満であると添加効果が十分に得られず、一方、1.40%を超えると、鋼中に硬質介在物が生成して、被削性が低下する。このため、Si量は、0.73%〜1.40%とする。好ましいSi量は、0.80%〜1.20%である。
【0022】
(Mn:0.40〜1.0%)
Mnは、鋼の固溶強化元素であり、また部品を焼入れ、焼き戻しして使用する場合には、焼入れ性を確保するために必要な元素である。さらに、鋼材中のSと結合してMnS系硫化物を生成し、被削性を改善させる効果がある。しかしながら、Mn含有量が0.40%未満であると、鋼材中のSがFeと結合してFeSを生成し、鋼が脆くなる。一方、Mn含有量が1.0%を超えると、鋼材の硬さが高くなり、加工性が低下する。さらに切削中に工具面上にSiを主体とする酸化物が生成するのを阻害する。よって、Mn含有量は0.40〜1.0%とする。好ましくは0.46〜0.80%である。
【0023】
(Cr:0.065〜0.65%)
Crは、鋼の固溶強化元素であり、また部品を焼入れ、焼き戻しして使用する場合には、焼入れ性を向上すると共に、焼戻し軟化抵抗を付与して焼入れ後の疲労強度を向上させる。Cr含有量が0.065%未満だと、これらの効果が得られない。Cr含有量が0.65%を超えると、Cr炭化物が生成して鋼が脆化する。さらに切削中に工具面上にSiを主体とする酸化物が生成するのを阻害する。よって、Cr量を0.065〜0.65%とする。好ましくは0.10〜0.30%である。
【0024】
(P:0.001〜0.045%)
Pは、不可避的不純物である。Pはオーステナイト粒界に偏析して、熱間加工時に粒界割れの原因となるので、P量を0.045%以下にすることが望ましい。Pはできるだけ低減することが望ましいが、P量を0.001%未満に制限するには過剰なコストがかかる。したがって、P量の範囲は0.001〜0.045%とする。
【0025】
(S:0.001〜0.023%)
SはMnと結合してMnSを形成する。MnSは、被削性を向上させる効果があるが、その効果を得るためには、Sを0.001%以上添加する必要がある。一方、S含有量が0.023%を超えると、靭性や疲労強度を低下させる。よって、S含有量を0.001〜0.023%とする。好ましくは0.005〜0.016%である。
【0026】
(N:0.0036〜0.0100%)
Nは鋼中でAlやVなどと結合して炭窒化物を形成し、オーステナイト結晶粒界をピンニングすることによって粒成長を抑制し、オーステナイトから変態する組織を微細化する働きがあり、この効果を得るには0.0036%以上添加する必要がある。一方、0.0100%を超えて過剰に添加すると1000℃以上の高温域における延性が低下し、連続鋳造、圧延時の歩留まり低下の原因になる。このため、N量を0.0036〜0.0100%とする必要がある。N量の好適な範囲は0.0040〜0.0080%である。
【0027】
(Al:0.001〜0.026%未満)
Alは鋼の脱酸に有効な元素であり、その効果を得るには0.001%以上の添加が必要である。しかしながらAl量が0.026%以上の鋼を断続切削すると、Al酸化物を主体とする酸化物が工具面上に形成され、この酸化物が鉄の凝着を促進し、工具の凝着摩耗を促進してしまう。このため、Al量は0.001〜0.026%%未満とする。
【0028】
(42.5<66[Si%]−3[Mn%]−5[Cr%]<90.9) ・・・式(1)
表面粗さが比較的小さい工具材を用いて断続切削した場合に、Si酸化物を主体とする酸化物を工具上に形成して工具寿命を飛躍的に向上させるためには、鋼中のSi、Mn及びCrの質量%([Si%]、[Mn%]及び[Cr%])が上記式(1)を満たすことが必要である。
【0029】
本限定は、以下のようにして定めた。すなわち、種々の成分を持つ鋼材を断続切削し、その工具摩耗量と工具上に生成した酸化物の組成を走査型電子顕微鏡(SEM)に付属したエネルギー分散型X線分光器(EDS)によって調査した。その結果、同等硬さレベルの鋼材同士で比較した場合、工具摩耗量を低減させて工具寿命を向上させるためには、工具上にSi酸化物を主体とする酸化物を生成させることが有効であることがわかった。Si酸化物を主体とする酸化物は低融点となり、切削中に発熱により軟化して潤滑性を与えるため、優れた工具寿命に寄与する。また、酸化物中のSiの割合は、本発明の成分範囲では66[Si%]−3[Mn%]−5[Cr%]の式によって予測でき、この式の下限値が42.5であれば、工具上にSi酸化物を主体とする酸化物が生成されて、優れた工具寿命に寄与することが実験的に明らかになった。ここで、[Si%]、[Mn%]および[Cr%]は、それぞれ、Si、MnおよびCrの含有質量%を表す。上限値については、本発明の請求の範囲において66[Si%]−3[Mn%]−5[Cr%]の最大値が90.875となるため、小数点第二位を四捨五入して90.9とした。
【0030】
鋼成分として、上記の基本成分に加え、以下に示す元素のうちから選んだ1種又は2種以上を含有させると特性向上に効果的である。
【0031】
(Ca:0.0001〜0.0045%、Mg:0.0001〜0.0045%、Zr:0.0001〜0.0200%、及び、Rem:0.0001〜0.0200%の1種又は2種以上)
Ca、Mg、Zr、及びRem(希土類元素)は、いずれも脱酸元素であり、鋼中で酸化物を生成して被削性に有害なAlの生成を低減し、被削性改善に寄与する。また、鋼中のMnSの形態を制御して機械特性の向上に寄与する元素である。これらの効果を得るためには、本発明鋼の優れた特性を損なわない範囲で、Ca、Mg、Zr、及び、Remを、いずれも、0.0001%以上添加してもよい。一方、Ca及びMgが0.0045%を、Zr及びRemが0.0200%を超えると、酸化物が粗大化し、疲労強度が低下する。従って、Ca及びMgは0.0045%以下とし、好ましくは0.0020%以下とする。Zr及びRemは0.0200以下とし、好ましくは0.0020%以下とする。なお、Remは希土類金属元素を示し、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLuから選択される1種以上である。
【0032】
(Sb:0.0001%〜0.0150%、Sn:0.0005%〜2.00%、Zn:0.0005%〜0.50%、Te:0.0003%〜0.20%、Se:0.0003%〜0.20%、Bi:0.001%〜0.50%、及び、Pb:0.001%〜0.50%の1種又は2種以上)
【0033】
Sb、Te、Se、Bi、及び、Pbは、被削性向上元素である。この効果を得るためには、本発明鋼の優れた特性を損なわない範囲で、いずれも、Sbは、0.0001%以上、Te及びSeは、0.0003%以上、Bi及びPbは、0.001%以上添加してもよい。一方、Sbが0.0150%を超え、TeとSeが0.20%を超え、又は、BiとPbが0.50%を超えると、熱間脆性が発現し、疵の原因となったり、圧延が困難になったりするので、Sbは0.0150%以下、TeとSeは0.20%以下、BiとPbは0.50%以下とする。
【0034】
SnとZnは、フェライトを脆化し、工具寿命を延ばすとともに、表面粗さを向上させる効果を奏する元素である。この効果を得るためには、本発明鋼の優れた特性を損なわない範囲で、いずれも、0.0005%以上添加してもよい。一方、Snが2.00%を超え、また、Znが0.50%を超えると、鋼の製造が困難となるので、Snは2.00%以下、Znは0.50%以下とする。
【0035】
本発明で使用する機械構造用鋼の成分組成は以上の通りであり、残部はFe及び不可避的不純物である。なお、原料、資材、製造設備等の状況によっては、不可避的不純物(例えばAs、Co等)が鋼中に混入するが、本発明の優れた特性を阻害しない範囲であれば許容される。
【0036】
本発明の鋼の切削時の硬さは150〜260HVの範囲であることが好ましい。150HV未満であると切削後の加工面の粗さが大きくなる場合があり、一方260HVを超えると硬すぎて切削が困難になる可能性がある。しかしながら、本発明の工具保護膜の効果は硬さによって影響されるものではなく、広い硬さの範囲で得られるものである。硬さを好ましい範囲に調整するために、切削工程の前に焼鈍、球状化焼鈍等の熱処理を行ってもかまわない。
【0037】
一般に組織にベイナイトやマルテンサイトが含まれると被削性が低下することが知られているため、本発明の機械構造用鋼の切削時の組織はフェライト-パーライト組織であることが好ましい。但し、本発明の工具保護膜の効果は組織によって影響されるものではなく、どのような組織でも得られるものである。
【0038】
本発明の工具寿命向上効果を得るには、上述の成分を有する機械構造用鋼を所定の条件にて切削加工を行う必要がある。
【0039】
本発明で最も重要な点は切削中にSi酸化物主体の酸化物が工具上に形成されることである。このような酸化物が生成するためには、高温高圧となる鋼材と工具の接触界面に酸素が供給されなければならない。歯切りやエンドミルなどのように、工具と鋼材が切削中に接触と非接触を繰り返す、いわゆる断続切削の場合、非接触の間に大気から酸素が入り込む。この酸素が酸化物形成反応に寄与する。一方、旋削などのように、工具と鋼材が切削中に常に接触している連続切削の場合は、大気から酸素が供給されないため、工具の大部分において酸化物は形成されない。このような理由から、本発明では切削方法を断続切削に限定する。
【0040】
切削界面は高温高圧の苛酷環境となるため、工具には耐摩耗性や耐熱性が求められる。そこで、現在では、高速度鋼、超硬、サーメットなどの基盤工具材に対してCVDやPVDによりセラミックコーティングを施すことで、耐摩耗性や耐熱性を高めたコーティング工具が主に使用されている。コーティングの施されていない無垢の高速度鋼工具や超硬工具も依然として使用されているが、本発明鋼はコーティング工具による切削が望ましい。コーティング工具を使用することで、工具へのFe凝着が大幅に抑制され、Si酸化物が安定的に形成されるためである。コーティングにはTiN、TiAlN、AlCrN、Al、TiC、TiCNなど種々のセラミックスが単層あるいは複層で用いられるが、本発明の効果はコーティングの種類、膜厚や作製方法には特に限定されず、現在産業上に用いられている範囲のものを広く適用することができる。
【0041】
工具上に酸化物被膜を形成するためには、工具材の表面粗さを小さくすることが重要である。表面粗さが大きくなると、工具の凹凸にFeが激しく凝着してしまい、酸化物被膜は形成されなくなるためである。酸化物被膜を安定的に生成させるためには工具表面粗さをRa0.80μm以下とする必要があり、好ましくは0.40μm以下、さらに好ましくは0.10μm以下である。このような表面粗さは例えば工具材をコーティング後あるいはコーティング前後に研磨することで達成することができる。
【0042】
本発明では大気中の酸素が切削界面に供給されることが重要であるため、切削はドライで行うことが好ましい。しかしながら、水溶性あるいは不水溶性切削油を使用した場合でもある程度の効果を有するため、本発明は潤滑方法によって特に限定されない。
【実施例】
【0043】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0044】
表1に示す成分組成の鋼を真空溶解法で溶解して180kgインゴットに鋳造し、さらに65φの棒鋼に熱間鍛造した。番号1〜14が発明例であり、番号15〜21が比較例である。なお、番号19〜21は鋼材化学成分は本発明範囲内であるが、工具表面粗さRaが範囲外もしくは工具にセラミクスコーティングがなされていないため、比較例として示した。
【0045】
【表1】
【0046】
上記棒鋼を焼ならし処理として、950℃で1時間保持し、その後空冷した。続いて、棒鋼長さ方向と垂直な円形断面上の、円の中心と表面の中間位置を観察できるように試料を切り出して樹脂に埋め、研磨した後、同位置のビッカース硬さを測定した。またナイタール腐食の後、同じ位置を光学顕微鏡で組織観察した。硬さ測定の結果を表1に示す。本試験で用いた鋼材の組織はいずれもフェライト-パーライト組織であった。なおここでいうフェライト-パーライト組織とは、フェライトの面積率が5%以下で大部分がパーライトであるものも含んでいる。焼ならし処理後の棒鋼から切り出した40×40×250mmの角型試験片に対し、歯車の歯切り加工(ホブ切り)を想定して、舞いツール(フライツール)で切削試験を行った。なお、実部品製造時のホブ切り工程で用いられるカッターは、複数の切れ刃を持つ。これに対し、本実施例の舞いツールはホブ切れ刃を1枚のみ有するカッターである。複数の切れ刃を持つカッターと舞いツールとの切削結果は良い対応関係にあることが確認されている。このため、舞いツールはホブ切りの代用テストに用いられる。舞いツール切削による試験方法は、例えば、「TOYOTA Technical Review Vol.52 No.2 Dec.2002 P78」に詳しく記載されている。表2に、試験条件を示す。
【0047】
【表2】
【0048】
切削試験前の工具の表面粗さは触針式粗さ計で測定した。その後、試験片を0.5m切削する毎に、工具の最大すくい面摩耗深さ(クレータ摩耗の最大深さ)を、触針式粗さ計で測定した。摩耗量が70μm以上になった時点で工具寿命と判断し、それまでの切削距離を工具寿命とし、試験を終了した。また、生成酸化物の組成を調べる目的で、別途0.5mのみ切削した工具を準備した。工具のすくい面をSEM観察し、酸化物被膜の組成をEDSにより分析した。酸化物中に含まれる金属元素のうちSiの割合(at%)を求めて表1に記載した。
【0049】
表1中で、本発明の条件を満たさないものについては、下線を引いて示す。なお。工具寿命は鋼材硬さによって影響され、硬さが大きいほど工具寿命が短くなることは広く知られている。そこで、工具寿命の長短は、同一硬さレベルの鋼材をもって比較評価することにした。図1に、発明例と比較例の鋼の硬さ(HV)と被削性(工具寿命[m])との関係を示した。
【0050】
番号15及び16の鋼は、Si添加量が不足しており、かつ式(1)を満たしていないので、発明例の同一硬さレベルの鋼材に対して工具寿命が短い。
番号17及び18の鋼は、Al添加量が過剰であるため、発明例の同一硬さレベルの鋼材に対して工具寿命が短い。
番号19及び20は、工具表面粗さが大きいため、酸化物被膜が形成されず発明例の同一硬さレベルの鋼材に対して工具寿命が短い。これらの実施例から工具のRaの影響が明らかである。
番号21は、工具にコーティングがされていないため、酸化物被膜が形成されず発明例の同一硬さレベルの鋼材に対して工具寿命が短い。
番号1〜14は、成分組成、式(1)、工具表面粗さが本発明の範囲内となっているため、その工具寿命が長い。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、最終部材の機械的特性と、部材製造工程における断続切削時の工具寿命とに優れた機械構造用鋼およびその断続切削方法を提供するものである。
図1