特許第6801712号(P6801712)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6801712フェライト系耐熱鋼及びフェライト系伝熱部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6801712
(24)【登録日】2020年11月30日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】フェライト系耐熱鋼及びフェライト系伝熱部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201207BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20201207BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20201207BHJP
   C21D 1/76 20060101ALI20201207BHJP
   C23C 8/16 20060101ALI20201207BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
   C21D6/00 101K
   C21D1/76 G
   C23C8/16
【請求項の数】7
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2018-525276(P2018-525276)
(86)(22)【出願日】2017年6月29日
(86)【国際出願番号】JP2017024012
(87)【国際公開番号】WO2018003941
(87)【国際公開日】20180104
【審査請求日】2018年12月5日
(31)【優先権主張番号】特願2016-128431(P2016-128431)
(32)【優先日】2016年6月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】西山 佳孝
(72)【発明者】
【氏名】野上 裕
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/077363(WO,A1)
【文献】 特開平08−085847(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/091535(WO,A1)
【文献】 特開2007−039745(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第103334056(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に酸化層Aとを備え、
前記基材は、
質量%で、
C:0.01〜0.3%、
Si:0.01〜2.0%、
Mn:0.01〜2.0%、
P:0.10%以下、
S:0.03%以下、
Cr:7.0〜14.0%、
N:0.005〜0.15%、
sol.Al:0.001〜0.3%、
Mo:0〜5.0%、Ta:0〜5.0%、W:0〜5.0%及びRe:0〜5.0%からなる群から選択される1種又は2種以上:合計で0.5〜7.0%、
Cu:0〜5.0%、
Ni:0〜5.0%、
Co:0〜5.0%、
Ti:0〜1.0%、
V:0〜1.0%、
Nb:0〜1.0%、
Hf:0〜1.0%、
Ca:0〜0.1%、
Mg:0〜0.1%、
Zr:0〜0.1%、
B:0〜0.1%、及び、
希土類元素:0〜0.1%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
前記酸化層Aは、
質量%で、
Cr及びMn:合計で20〜45%、及び、
Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上:合計で0.9〜10%、
を含有する化学組成を含む、フェライト系耐熱鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のフェライト系耐熱鋼であって、
前記基材の化学組成は、
Cu:0.005〜5.0%、
Ni:0.005〜5.0%、及び、
Co:0.005〜5.0%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、フェライト系耐熱鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のフェライト系耐熱鋼であって、
前記基材の化学組成は、
Ti:0.01〜1.0%、
V:0.01〜1.0%、
Nb:0.01〜1.0%、及び、
Hf:0.01〜1.0%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、フェライト系耐熱鋼。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のフェライト系耐熱鋼であって、
前記基材の化学組成は、
Ca:0.0015〜0.1%、
Mg:0.0015〜0.1%、
Zr:0.0015〜0.1%、
B:0.0015〜0.1%、及び、
希土類元素:0.0015〜0.1%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、フェライト系耐熱鋼。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の化学組成を有する基材と、
前記基材の表面に酸化皮膜とを備え、
前記酸化皮膜は、
体積%で80%以上のFe含有する酸化層Bと、
前記酸化層Bと前記基材との間に配置される酸化層Cとを含み、
前記酸化層Cの化学組成は、
質量%で、
Cr及びMn:合計で5%超〜30%、及び、
Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上:合計で1〜15%を含有する、フェライト系伝熱部材。
【請求項6】
請求項5に記載のフェライト系伝熱部材であって、
前記酸化層Bの化学組成は、
質量%で、
Cr及びMn:合計で5%以下を含有する、フェライト系伝熱部材。
【請求項7】
請求項5又は請求項6に記載のフェライト系伝熱部材であって、
前記酸化層Cは、
体積%で5%以下のCrを含有する、フェライト系伝熱部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱鋼及び伝熱部材に関し、さらに詳しくは、高温の水蒸気酸化環境下等で用いられるフェライト系耐熱鋼及びフェライト系伝熱部材に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電プラントでは、COガスの排出抑制及び経済性の観点から、発電効率の向上が求められている。そのため、タービン蒸気圧力の高温化及び高圧化が進められている。火力発電プラントで使用される伝熱部材は、高温高圧の水蒸気に長時間晒される。伝熱部材はたとえば、ボイラ用の配管である。高温の水蒸気に長時間晒されると、伝熱部材の表面に酸化スケールが生成する。伝熱部材の耐水蒸気酸化性が十分でない場合、伝熱部材の表面に多量の酸化スケールが生成する。ボイラの起動及び停止によって、伝熱部材は熱膨張及び収縮する。そのため、多量の酸化スケールが生成すれば、酸化スケールは剥離して配管の詰まりの原因となる。酸化スケールが多量に生成した場合はさらに、酸化スケールによって配管外部から配管内部への熱伝導が阻害される。そのため、配管内の温度を高く維持するために、外部からより多くの熱を与える必要がある。配管の温度上昇は、クリープ強度の低下を引き起こす。そのため、火力発電用ボイラ、タービン及び蒸気管等の機器に用いられる伝熱部材には、高い耐水蒸気酸化性が求められている。
【0003】
このような特性を満たす材料としてたとえば、オーステナイト系耐熱鋼及びフェライト系耐熱鋼が開発されてきた。オーステナイト系耐熱鋼はたとえば、Cr含有量が18〜25質量%のオーステナイト系耐熱鋼である。フェライト系耐熱鋼はたとえば、Cr含有量が8〜13質量%のフェライト系耐熱鋼である。フェライト系耐熱鋼は、オーステナイト系耐熱鋼よりも安価である。フェライト系耐熱鋼はさらに、オーステナイト系耐熱鋼よりも低い熱膨張率、及び、高い熱伝導率を有している。そのため、フェライト系耐熱鋼は、火力発電プラントの配管材料として適している。しかしながら、フェライト系耐熱鋼のCr含有量は、オーステナイト系耐熱鋼のCr含有量よりも低い。そのため、フェライト系耐熱鋼の耐水蒸気酸化性はオーステナイト系耐熱鋼の耐水蒸気酸化性よりも低い。このため、耐水蒸気酸化性に優れたフェライト系耐熱鋼が求められている。
【0004】
酸化スケールの脱落を抑制したフェライト系耐熱鋼がたとえば、特開平11−92880号公報(特許文献1)に開示されている。特許文献1に記載されたフェライト系耐熱鋼は、使用中に表面に酸化皮膜が生成する高Cr含有のフェライト系耐熱鋼であって、酸化皮膜との界面若しくはその近傍に1ミクロン以下の径の極微細な酸化物が形成される。このため、酸化皮膜と母材との密着性が向上する、と特許文献1には記載されている。
【0005】
フェライト系耐熱鋼の表面のCr濃度を上げることで耐水蒸気酸化性を改善させる方法がたとえば、特開2007−39745号公報(特許文献2)に開示されている。特許文献2では、Crを含有するフェライト系耐熱鋼の表面にCrを含む粉末粒子を担持させて、高温下でフェライト鋼表面にCr濃度の高いCr酸化物層を生成させる。この方法により、Crを含有したフェライト鋼の耐(水蒸気)酸化性を容易にかつ経済的に改善できる、と特許文献2には記載されている。
【0006】
フェライト系耐熱鋼の表面にCr酸化被膜を形成することで、耐酸化性を改善させる方法がたとえば、特開2013−127103号公報(特許文献3)に開示されている。特許文献3に記載されたフェライト系耐熱鋼の耐酸化処理方法は、炭酸ガスと不活性ガスの混合ガスからなる低酸素分圧のガス雰囲気中で、クロムを含有するフェライト系耐熱鋼を熱処理して、その耐熱鋼の表面にクロムを含有する酸化被膜を形成することを特徴とする。この方法により、スケール中のCr濃度を増加させ、フェライト系耐熱鋼の耐酸化特性を容易にかつ経済的に改善できる、と特許文献3には記載されている。
【0007】
フェライト系耐熱鋼の表面にCrを付着させることにより耐水蒸気酸化性を改善したフェライト系耐熱鋼がたとえば、特開2009−179884号公報(特許文献4)に開示されている。特許文献4に記載されたフェライト系耐熱鋼は、高温高圧水蒸気環境下で使用されるフェライト系耐熱鋼であって、粉末Crショット材のショットピーニング処理により付着されたCrが予備酸化処理されてなるCr酸化物皮膜を基材表面に有することを特徴とする。このフェライト系耐熱鋼は、酸化環境中で使用する前に、耐熱鋼に耐酸化性の酸化物の保護皮膜が形成されているため、耐水蒸気酸化性が向上している、と特許文献4には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−92880号公報
【特許文献2】特開2007−39745号公報
【特許文献3】特開2013−127103号公報
【特許文献4】特開2009−179884号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述の技術を用いても、伝熱部材の伝熱特性及び耐水蒸気酸化性を十分に高めることができない場合がある。上述のとおり、Cr酸化物を伝熱部材の表面に形成することで酸化スケールの生成を抑制する方法については種々検討が行われてきた。しかしながら、Cr酸化物の熱伝導率は低い。そのため、Cr酸化物を形成させれば、伝熱部材の耐水蒸気酸化性は高まるものの、伝熱特性が低下する。
【0010】
本発明の目的は、伝熱特性及び耐水蒸気酸化性に優れたフェライト系伝熱部材、及び、それを実現可能なフェライト系耐熱鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼は、基材と、基材の表面に酸化層Aとを備える。基材は、質量%で、C:0.01〜0.3%、Si:0.01〜2.0%、Mn:0.01〜2.0%、P:0.10%以下、S:0.03%以下、Cr:7.0〜14.0%、N:0.005〜0.15%、sol.Al:0.001〜0.3%、Mo:0〜5.0%、Ta:0〜5.0%、W:0〜5.0%、及びRe:0〜5.0%からなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0.5〜7.0%、Cu:0〜5.0%、Ni:0〜5.0%、Co:0〜5.0%、Ti:0〜1.0%、V:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Hf:0〜1.0%、Ca:0〜0.1%、Mg:0〜0.1%、Zr:0〜0.1%、B:0〜0.1%、及び、希土類元素:0〜0.1%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。酸化層Aは、質量%で、Cr及びMnを合計で20〜45%を含有する化学組成を含む。酸化層Aは、質量%で、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0.5〜10%を含有する化学組成を含む。
【0012】
本実施形態によるフェライト系伝熱部材は、基材と、基材の表面に酸化皮膜とを備える。基材は上記化学組成を有する。酸化皮膜は、酸化層Bと酸化層Cとを含む。酸化層Bは体積%で合計80%以上のFe及びFeを含有する。酸化層Cは、酸化層Bと基材との間に配置される。酸化層Cの化学組成は、質量%で、Cr及びMn:合計で5%超〜30%、及び、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上:合計で1〜15%を含有する。
【発明の効果】
【0013】
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼及びフェライト系伝熱部材は、伝熱特性及び耐水蒸気酸化性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施形態によるフェライト系耐熱鋼の断面図である。
図2図2は、本実施形態によるフェライト系伝熱部材の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して、本実施形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0016】
本発明者らは、フェライト系耐熱鋼及びフェライト系伝熱部材について種々検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0017】
(1)本実施形態のフェライト系耐熱鋼は、ボイラ配管等の伝熱部材として利用できる。ボイラ配管等の伝熱部材は、高温の水蒸気と接する。高温の水蒸気に長時間晒されると、伝熱部材の表面には酸化スケールが生成する。酸化スケールは種々の酸化物及び不純物からなる。酸化物はたとえば、Fe、Fe、及びCr等である。酸化スケールは、伝熱部材の表面に酸化皮膜を形成する。
【0018】
(2)酸化皮膜の熱伝導率が低ければ、伝熱部材の外部から伝熱部材の内部への伝熱特性が低下する。そのため、伝熱部材の内部を高温に維持するために、伝熱部材の外部から多量の熱を与える必要が生じ、ボイラの伝熱特性が低下する。伝熱部材の外部から多量の熱を与えた場合さらに、伝熱部材のクリープ強度が低下する場合がある。したがって、酸化皮膜の熱伝導率は高い方が好ましい。しかしながら、酸化皮膜の熱伝導率が高すぎる場合、伝熱部材の内表面に、高温水蒸気の熱が伝わる。伝わった熱は、伝熱部材の内表面の酸化反応を促進するため、伝熱部材の内表面に多量の酸化スケールが生じる。多量の酸化スケールは、伝熱部材の内表面から剥離する。伝熱部材が配管の場合、剥離した酸化スケールは配管の詰まりの原因となる。したがって、酸化皮膜の熱伝導率は、ある一定の範囲に制御される必要がある。
【0019】
(3)酸化スケールの厚みが厚すぎる場合、伝熱部材の外部から伝熱部材の内部への熱伝導が阻害される。そのため、ボイラの伝熱特性が低下する。したがって、酸化皮膜の厚みは、なるべく薄い方が好ましい。
【0020】
(4)上述の酸化物のうち、Fe及びFeは、高温の水蒸気酸化環境下(以下、高温蒸気環境ともいう)で、熱力学的に安定して形成される。Fe及びFeはさらに、その熱伝導率が高い。したがって、Fe及びFeを多量に含有する酸化皮膜を、高温の水蒸気と接する伝熱部材の表面に形成すれば、ボイラの熱効率が向上する。しかしながら、Fe及びFeを多量に含有する酸化皮膜の熱伝導率は高すぎる。そのため、この酸化皮膜のみでは、上述のとおり、伝熱部材の内表面に多量の酸化スケールが生じる。
【0021】
(5)一般的には、ボイラ配管等の伝熱部材では、配管内表面のCr濃度を向上し、Crを多量に含有する酸化皮膜を伝熱部材の内表面に形成することが多い。これにより、多量の酸化スケールの生成が抑制され、伝熱部材の耐水蒸気酸化性が向上する。しかしながら、Crを多量に含有する酸化皮膜は熱伝導率が低い。そのため、伝熱部材の伝熱特性が低下する。そのため、この酸化皮膜のみでは、ボイラの伝熱特性を向上することはできない。
【0022】
(6)そこで、高温蒸気環境下で、伝熱特性が優れた酸化層、及び、耐水蒸気酸化性と伝熱特性との両立を図った酸化層の2層を含む酸化皮膜を伝熱部材の内表面に形成する。これにより、優れた伝熱特性及び優れた耐水蒸気酸化性を両立できる。
【0023】
(7)体積率で合計80%以上のFe及びFeを含有する場合、酸化層の熱伝導率は高い。そのため、ボイラの伝熱特性を向上できる。そこで、高温の水蒸気と接する伝熱部材の表面に、体積率で合計80%以上のFe及びFeを含有する酸化層Bを形成する。
【0024】
(8)一方、耐水蒸気酸化性と伝熱特性との両立を図った酸化層として、酸化層Cを、酸化層Bと基材との間に形成させる。酸化層Cは、Cr及びMnを合計で5%超〜30質量%、及び、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で1〜15質量%含有する。
【0025】
Cr酸化物及びMn酸化物は基材の耐水蒸気酸化性を高める。しかしながら、Cr含有量が高すぎる場合、酸化皮膜の伝熱特性が低下する。Mn含有量が高すぎる場合、基材のクリープ強度が低下する。したがって、酸化層Cは、Cr及びMnを合計で5%超〜30質量%含有する。
【0026】
Mo、Ta、W及びReが酸化層Cに含有される場合、酸化層Cの熱伝導率が高まる。しかしながら、これらの元素の含有量が高すぎる場合、酸化層Cの耐水蒸気酸化性が低下することがある。したがって、酸化層Cは、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で1〜15質量%含有する。
【0027】
以上により、酸化層Cは、優れた伝熱特性及び優れた耐水蒸気酸化性を有する。
【0028】
(9)高温蒸気環境下で、酸化層B及び酸化層Cを形成させるには、事前に基材上に、酸化層Aを形成させておくことが必要である。酸化層Aの化学組成は、質量%で、Cr及びMnを合計で20〜45%を含有する。酸化層Aの化学組成は、質量%で、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0.5〜10%を含有する。高温蒸気環境において使用されると、酸化層Aは、酸化層B及び酸化層Cを含む酸化皮膜に変化する。高温とはたとえば、500〜650℃である。
【0029】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるフェライト系耐熱鋼は、基材と、基材の表面に酸化層Aとを備える。基材は、質量%で、C:0.01〜0.3%、Si:0.01〜2.0%、Mn:0.01〜2.0%、P:0.10%以下、S:0.03%以下、Cr:7.0〜14.0%、N:0.005〜0.15%、sol.Al:0.001〜0.3%、Mo:0〜5.0%、Ta:0〜5.0%、W:0〜5.0%及びRe:0〜5.0%からなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0.5〜7.0%、Cu:0〜5.0%、Ni:0〜5.0%、Co:0〜5.0%、Ti:0〜1.0%、V:0〜1.0%、Nb:0〜1.0%、Hf:0〜1.0%、Ca:0〜0.1%、Mg:0〜0.1%、Zr:0〜0.1%、B:0〜0.1%、及び、希土類元素:0〜0.1%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。酸化層Aは、質量%で、Cr及びMnを合計で20〜45%を含有する化学組成を含む。酸化層Aは、質量%で、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0.5〜10%を含有する化学組成を含む。
【0030】
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼は、伝熱特性及び耐水蒸気酸化性に優れる。
【0031】
上記フェライト系耐熱鋼の基材の化学組成は、Cu:0.005〜5.0%、Ni:0.005〜5.0%、及び、Co:0.005〜5.0%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0032】
上記基材の化学組成は、Ti:0.01〜1.0%、V:0.01〜1.0%、Nb:0.01〜1.0%、及び、Hf:0.01〜1.0%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0033】
上記基材の化学組成は、Ca:0.0015〜0.1%、Mg:0.0015〜0.1%、Zr:0.0015〜0.1%、B:0.0015〜0.1%、及び、希土類元素:0.0015〜0.1%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0034】
本実施形態によるフェライト系伝熱部材は、基材と、基材の表面に酸化皮膜とを備える。基材は、上記化学組成を有する。酸化皮膜は、酸化層Bと酸化層Cとを含む。酸化層Bは、体積%で合計80%以上のFe及びFeを含有する。酸化層Cは、酸化層Bと基材との間に配置される。酸化層Cの化学組成は、Cr及びMnを合計で5%超〜30質量%、及び、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で1〜15質量%含有する。
【0035】
本実施形態によるフェライト系伝熱部材は、伝熱特性及び耐水蒸気酸化性に優れる。
【0036】
好ましくは、酸化層Bは、Cr及びMnを合計で5質量%以下含有する。
【0037】
好ましくは、酸化層Cは、Crを5体積%以下含有する。
【0038】
この場合、熱伝導率が低いCrの析出量を抑制することによって、酸化皮膜の熱伝導率が高まる。このため、ボイラの伝熱特性を向上できる。
【0039】
以下に、本実施形態によるフェライト系耐熱鋼及びフェライト系伝熱部材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0040】
[フェライト系耐熱鋼]
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼の形状は、特に限定されない。フェライト系耐熱鋼はたとえば、鋼管、棒鋼、及び鋼板である。好ましくは、フェライト系耐熱鋼は、フェライト系耐熱鋼管である。本実施形態によるフェライト系耐熱鋼の基材に対して酸化処理を行う。酸化処理によりフェライト系耐熱鋼の基材の表面に酸化層Aが形成される。
【0041】
図1は、本実施形態によるフェライト系耐熱鋼の断面図である。図1を参照して、フェライト系耐熱鋼1は、基材2と、酸化層Aとを備える。基材2と、酸化層Aとを備えるフェライト系耐熱鋼1は、伝熱部材として、高温蒸気環境下に用いられる。これにより、酸化層Aは、酸化層B及び酸化層Cを含む酸化皮膜3に変化する。
【0042】
[基材2の化学組成]
基材2は、以下の化学組成を有する。
【0043】
C:0.01〜0.3%
炭素(C)は、オーステナイトを安定化させる。Cはさらに、固溶強化により基材のクリープ強度を高める。しかしながら、基材2のC含有量が高すぎる場合、炭化物が過剰に析出し、基材2の加工性及び溶接性が低下する。したがって、C含有量は0.01〜0.3%である。C含有量の好ましい下限は0.03%であり、C含有量の好ましい上限は0.15%である。
【0044】
Si:0.01〜2.0%
シリコン(Si)は鋼を脱酸する。Siはさらに、基材2の耐水蒸気酸化性を向上する。しかしながら、Si含有量が高すぎる場合、基材2の靱性が低下する。したがって、Si含有量は0.01〜2.0%である。Si含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.1%である。Si含有量の好ましい上限は1.0%であり、さらに好ましくは0.5%である。
【0045】
Mn:0.01〜2.0%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、基材2中のSと結合してMnSを形成し、Sの粒界偏析を抑制する。これにより、基材2の熱間加工性が向上する。しかしながら、Mn含有量が高すぎる場合、基材2が脆くなりさらに、基材2のクリープ強度が低下する。したがって、Mn含有量は0.01〜2.0%である。Mn含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.1%である。Mn含有量の好ましい上限は1.0%であり、さらに好ましくは0.8%である。
【0046】
P:0.10%以下
燐(P)は不純物である。Pは、基材2の結晶粒界に偏析して、基材2の熱間加工性を低下させる。Pはさらに、酸化皮膜3と基材2との界面に濃化して、酸化皮膜3の基材2に対する密着性を低下させる。したがって、P含有量はなるべく低い方が好ましい。P含有量は0.10%以下であり、好ましくは0.03%以下である。P含有量の下限はたとえば、0.005%である。
【0047】
S:0.03%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、基材2の結晶粒界に偏析して、基材2の熱間加工性を低下させる。Sはさらに、酸化皮膜3と基材2との界面に濃化して、酸化皮膜3の基材2に対する密着性を低下させる。したがって、S含有量はなるべく低い方が好ましい。S含有量は0.03%以下であり、好ましくは0.015%以下である。S含有量の下限はたとえば、0.0001%である。
【0048】
Cr:7.0〜14.0%
クロム(Cr)は、基材2の耐水蒸気酸化性を高める。Crはさらに、Cr及び(Fe、Cr)で定義される酸化物として酸化皮膜3中に含有される。Cr酸化物は基材2の耐水蒸気酸化性を高める。Cr酸化物はさらに、酸化皮膜3の基材2に対する密着性を高める。しかしながら、Cr含有量が高すぎる場合、酸化皮膜3中のCrの濃度が高くなり、酸化皮膜3の伝熱特性が低下する。したがって、Cr含有量は7.0〜14.0%である。Cr含有量の好ましい下限は7.5%であり、さらに好ましくは8.0%である。Cr含有量の好ましい上限は12.0%であり、さらに好ましくは11.0%である。
【0049】
N:0.005〜0.15%
窒素(N)は、基材2中に固溶し、基材2の強度を高める。Nはさらに、基材2中の合金成分と窒化物を形成して基材2中に析出し、基材2の強度を高める。しかしながら、N含有量が高すぎる場合、窒化物が粗大化し、基材2の靱性が低下する。したがって、N含有量は0.005〜0.15%である。N含有量の好ましい下限は0.01%である。N含有量の好ましい上限は0.10%である。
【0050】
sol.Al:0.001〜0.3%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。しかしながら、Al含有量が高すぎる場合、基材2の熱間加工性が低下する。したがって、Al含有量は0.001〜0.3%である。Al含有量の好ましい下限は0.005%であり、Al含有量の好ましい上限は0.1%である。本実施形態において、Al含有量とは、酸可溶性Al(sol.Al)を意味する。
【0051】
Mo:0〜5.0%、
Ta:0〜5.0%、
W:0〜5.0%、及び
Re:0〜5.0%からなる群から選択される1種又は2種以上:合計で0.5〜7.0%
モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、タングステン(W)及びレニウム(Re)からなる群から選択される1種又は2種以上が含有される。これらの元素を以降、特定酸化層形成元素ともいう。特定酸化層形成元素は、基材2の表面に酸化層Aを形成する。特定酸化層形成元素はさらに、500〜650℃の高温蒸気環境下で、酸化層B及び酸化層Cを含む酸化皮膜3を形成する。これらの元素のうち1種類でも含有されれば、この効果が得られる。しかしながら、特定酸化層形成元素の含有量が高すぎる場合、基材2の靱性、延性及び加工性が低下する。したがって、Mo含有量は0〜5.0%であり、Ta含有量は0〜5.0%であり、W含有量は0〜5.0%であり、Re含有量は0〜5.0%である。Mo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.1%である。Ta含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.1%である。W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.1%である。Re含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.1%である。Mo含有量の好ましい上限は4.0%であり、さらに好ましくは3.0%である。Ta含有量の好ましい上限は4.0%であり、さらに好ましくは3.0%である。W含有量の好ましい上限は4.0%であり、さらに好ましくは3.0%である。Re含有量の好ましい上限は4.0%であり、さらに好ましくは3.0%である。特定酸化層形成元素の合計含有量は、0.5〜7.0%である。特定酸化層形成元素の合計含有量の好ましい下限は0.6%であり、さらに好ましくは1.0%である。特定酸化層形成元素の合計含有量の好ましい上限は6.5%であり、さらに好ましくは6.0%である。
【0052】
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼の基材2の残部は、Fe及び不純物である。本実施形態において、不純物とは、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、又は、製造過程の環境等から混入する元素をいい、本実施形態による伝熱部材4に悪影響を及ぼさない範囲で含有されるものをいう。不純物はたとえば、酸素(O)、ヒ素(As)、アンチモン(Sb)、タリウム(Tl)、鉛(Pb)、ビスマス(Bi)等である。
【0053】
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼の基材2はさらに、Feの一部に代えて、以下の元素を含有してもよい。
【0054】
Cu:0〜5.0%
Ni:0〜5.0%
Co:0〜5.0%
銅(Cu)、ニッケル(Ni)及びコバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、これらの元素はオーステナイトを安定化させる。これにより、基材2の耐衝撃性を低下させるデルタフェライトの残留が抑制される。これらの元素のうち1種類でも含有されれば、この効果が得られる。しかしながら、これらの元素の含有量が高すぎる場合、基材2の長時間クリープ強度が低下する。したがって、Cu含有量は0〜5.0%であり、Ni含有量は0〜5.0%であり、Co含有量は0〜5.0%である。Cu含有量の好ましい上限は3.0%であり、さらに好ましくは2.0%である。Ni含有量の好ましい上限は3.0%であり、さらに好ましくは2.0%である。Co含有量の好ましい上限は3.0%であり、さらに好ましくは2.0%である。これらの元素の含有量の好ましい下限は、それぞれ0.005%である。
【0055】
Ti:0〜1.0%
V:0〜1.0%
Nb:0〜1.0%
Hf:0〜1.0%
チタン(Ti)、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、これらの元素は、炭素及び窒素と結合して炭化物、窒化物又は炭窒化物を形成する。これらの炭化物、窒化物及び炭窒化物は、基材2を析出強化する。これらの元素のうち1種類でも含有されれば、この効果が得られる。しかしながら、これらの元素の含有量が高すぎる場合、基材2の加工性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜1.0%であり、V含有量は0〜1.0%であり、Nb含有量は0〜1.0%であり、Hf含有量は0〜1.0%である。Ti含有量の好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましくは0.4%である。V含有量の好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましくは0.4%である。Nb含有量の好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましくは0.4%である。Hf含有量の好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましくは0.4%である。これらの元素の含有量の好ましい下限は、それぞれ0.01%である。
【0056】
Ca:0〜0.1%
Mg:0〜0.1%
Zr:0〜0.1%
B:0〜0.1%
希土類元素:0〜0.1%
カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ジルコニウム(Zr)、ボロン(B)及び希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、これらの元素は基材2の強度、加工性及び耐酸化性を高める。これらの元素のうち1種類でも含有されれば、この効果が得られる。しかしながら、これらの元素の含有量が高すぎる場合、基材2の靱性及び溶接性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.1%であり、Mg含有量は0〜0.1%であり、Zr含有量は0〜0.1%であり、B含有量は0〜0.1%であり、REM含有量は0〜0.1%である。Ca含有量の好ましい上限は0.05%である。Mg含有量の好ましい上限は0.05%である。Zr含有量の好ましい上限は0.05%である。B含有量の好ましい上限は0.05%である。REM含有量の好ましい上限は0.05%である。これらの元素の含有量の好ましい下限は、それぞれ0.0015%である。ここで、REMとは、原子番号39番のイットリウム(Y)、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)〜原子番号71番のルテチウム(Lu)及び、アクチノイドである原子番号89番のアクチニウム(Ac)〜103番のローレンシウム(Lr)からなる群から選択される1種又は2種以上の元素である。
【0057】
[酸化層A]
上述の化学組成を有する基材2に対して、酸化処理を行う。酸化処理により、基材2の表面に酸化層Aが形成される。基材2と基材2の表面の酸化層Aとを備えるフェライト系耐熱鋼1は、高温蒸気環境下に用いられる。高温蒸気環境下において、酸化層Aは、耐水蒸気酸化特性を保持したまま、伝熱特性に優れる酸化皮膜3に変化する。すなわち、酸化層Aは、酸化層B及び酸化層Cを含む酸化皮膜3を形成するための素材となる。酸化層Aが酸化皮膜3に変化する仕組みは定かではないが、酸化層Aは、主に酸化層Cの形成に寄与すると推察される。
【0058】
酸化層Aの厚さは、特に限定されない。酸化層Aがわずかでも形成されれば、酸化皮膜3が形成される。酸化層Aの厚さは好ましくは、0.2μm以上である。この場合、高温蒸気環境下において、酸化皮膜3を安定的に基材2の表面に均一に形成できる。そのため、基材2を酸化皮膜3で完全に被覆しやすくなる。その結果、フェライト系伝熱部材4の表面における熱伝導率が高まる。さらに好ましくは、酸化層Aの厚さは1.0μm以上である。酸化層Aの厚さの上限は特に限定しないが、量産性を考慮すると、好ましくは20μm以下である。
【0059】
酸化層Aの厚さは、次の方法で求める。後述の酸化処理を施したフェライト系耐熱鋼1を表面に対して垂直に切断する。フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は、鋼管の軸方向に垂直にフェライト系耐熱鋼1を切断する。フェライト系耐熱鋼1の表面を含む断面に対して、JEOL(日本電子株式会社)製走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察を行う。フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は、鋼管の内表面を含む断面に対してSEM観察を行う。観察倍率は2000倍である。観察視野において、フェライト系耐熱鋼1の表面(フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は内表面)上の酸化層の厚さを測定する。測定は、フェライト系耐熱鋼1の異なる4つの断面に対して行う。フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は、45°ピッチで、4か所で測定する。測定結果の平均値を酸化層Aの厚さとする。
【0060】
酸化層Aの化学組成は、Cr及びMnを合計で20〜45%含有する。酸化層AのCr及びMnの合計含有量が20%未満であれば、高温蒸気環境下において、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が5%以下になる。この場合、酸化層Cの熱伝導率が高くなり過ぎる。この場合、フェライト系伝熱部材4の耐水蒸気酸化性が低下する。一方、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が45%を超えれば、高温蒸気環境下において、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が30%を超える。この場合、酸化層Cの熱伝導率が低くなり過ぎる。その結果、フェライト系伝熱部材4の伝熱特性が低下する。したがって、酸化層Aの化学組成は、Cr及びMnを合計で20〜45%含有する。酸化層AのCr及びMnの合計含有量の好ましい下限は22%である。酸化層AのCr及びMnの合計含有量の好ましい上限は40%である。
【0061】
酸化層Aの化学組成はさらに、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上(特定酸化層形成元素)を合計で0.5〜10%を含有する。酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が0.5%未満であれば、高温蒸気環境下において、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が1%未満になる。この場合、酸化層Cの熱伝導率が低くなり過ぎる。その結果、フェライト系伝熱部材4の伝熱特性が低下する。一方、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が10%を超えれば、高温蒸気環境下において、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が15%を超える。この場合、酸化層Cの熱伝導率が高くなり過ぎる。その結果、フェライト系伝熱部材4の耐水蒸気酸化性が低下する。したがって、酸化層Aの化学組成は、特定酸化層形成元素を合計で0.5〜10%を含有する。特定酸化層形成元素の合計含有量の好ましい下限は1%である。特定酸化層形成元素の合計含有量の好ましい上限は8%である。
【0062】
酸化層AにおけるCr及びMn、及び、特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量は、次の方法で算出する。後述の酸化処理を施したフェライト系耐熱鋼1を表面に対して垂直に切断する。フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は、鋼管の軸方向に垂直にフェライト系耐熱鋼1を切断する。フェライト系耐熱鋼1の表面を含む断面に対して、JEOL(日本電子株式会社)製走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、観察を行う。フェライト系耐熱鋼1の表面(フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は内表面)の比較的白いコントラストで現れる酸化層Aを特定する。酸化層Aの厚さ中央において、JEOL(日本電子株式会社)製フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ装置(FE−EPMA)を用いて元素分析を行う。元素分析の条件は、検出器:30mmSD、加速電圧:15kV、測定時間:60秒である。元素分析は、フェライト系耐熱鋼1の異なる4つの断面に対して行う。フェライト系耐熱鋼1が鋼管の場合は、45°ピッチで、4か所で元素分析する。得られた各元素の組成のうち、酸素(O)及び炭素(C)の量を除外した組成を100%とする。Cr及びMnの合計量の割合(質量%)を算出する。特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量の割合(質量%)を算出する。4か所の元素分析値の平均値を酸化層AのCr及びMnの合計含有量(質量%)、及び、酸化層Aの特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量(質量%)とする。
【0063】
[フェライト系耐熱鋼1の製造方法]
本実施形態によるフェライト系耐熱鋼1の製造方法は、準備工程及び酸化処理工程を含む。準備工程では、上述の化学組成を有する基材2を準備する。基材2は上述の化学組成を有する素材から製造する。素材は、連続鋳造法により製造されたスラブ、ブルーム及びビレットであってもよい。素材は、造塊法により製造されたビレットであってもよい。素材を製造する際における加熱温度はたとえば、850〜1200℃である。
【0064】
たとえば、鋼管を製造する場合、準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入して加熱する。加熱された素材を熱間加工して基材2を製造する。熱間加工はたとえば、マンネスマン法である。マンネスマン法は、素材を、穿孔機を用いて穿孔圧延し素管にする。続いて、マンドレルミル及びサイジングミルを用いて素材を延伸圧延及び定形圧延する方法である。熱間加工の温度はたとえば、850〜1200℃である。これにより継目無鋼管として基材2を製造する。基材2の製造法は、マンネスマン法に限定されず、素材を熱間押出又は熱間鍛造により製造してもよい。さらに、熱間加工により製造された基材2に対し、熱処理を実施してもよいし、冷間加工を実施してもよい。基材2は鋼板であってもよい。基材2を鋼板とする場合、素材を熱間加工し鋼板として基材2を製造する。溶接により鋼板を鋼管に加工し、溶接鋼管として基材2を製造してもよい。
【0065】
[酸化処理工程]
上述の基材2に対して酸化処理を行う。酸化処理は、CO、CO及びNを含むガス雰囲気中で基材2を加熱することにより行う。酸化処理に用いるガスのCO/CO比は、体積比で0.6以上とする。CO/CO比を0.6以上とすることで、Feの優先的な酸化を抑制できる。その結果、基材2の表面に、合計で20質量%以上のCr及びMnを含有し、さらに、合計で0.5質量%以上の特定酸化層形成元素を含有する酸化層Aが形成される。酸化層Aは、後述の水蒸気酸化処理後に、酸化皮膜3に変化する。CO/CO比は特に上限を設けないが、操業上の実用性を考慮して、2.0が好ましい。
【0066】
一方で、本実施形態では、酸化処理に用いるガスの(CO+CO)/N比を、体積比で1.0以下とする。(CO+CO)/N比が1.0を超えると、基材2が浸炭する。このため、酸化層A中のCr及びMnが炭化物を形成する。その結果、酸化層A中のCr及びMnの合計含有量が20%未満になる。(CO+CO)/N比は特に下限を設けないが、操業上の実用性を考慮して、0.1が好ましい。
【0067】
酸化処理の温度は900〜1130℃である。酸化処理温度が900℃未満であれば、基材2の特定元素の外方拡散が遅いため、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が低くなり過ぎる。この場合、高温蒸気環境下において、酸化層Cにおける特定酸化層形成元素の合計含有量が低くなり過ぎる。その結果、酸化層Cの熱伝導率が低くなり過ぎる。その結果、フェライト系伝熱部材4の表面における熱伝導率が低下する。このため、フェライト系伝熱部材4の伝熱特性が低下する。酸化処理温度が1130℃を超えれば、CrとMnの拡散が速いため、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が45%を超える。その結果、高温蒸気環境下において、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が30%を超える。この場合、酸化層Cの熱伝導率が低くなり過ぎる。その結果、フェライト系伝熱部材4の伝熱特性が低下する。したがって、酸化処理温度は900〜1130℃である。酸化処理温度の好ましい下限は920℃であり、さらに好ましくは950℃である。酸化処理温度の好ましい上限は1120℃である。
【0068】
酸化処理時間は1分〜1時間である。酸化処理時間が短すぎれば、特定酸化層形成元素の濃縮が起こるため、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が10%を超える。そのため、高温蒸気環境下において、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が15%を超える。その結果、フェライト系伝熱部材4の表面における熱伝導率が高くなり過ぎる。一方、酸化処理時間が長すぎれば、生産性が低下する。生産性を考慮すると、酸化処理時間は短い方が好ましい。酸化処理時間が長すぎればさらに、Feが優先的に酸化するため、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が20%未満となる。そのため、酸化処理時間は1分〜1時間である。好ましくは、酸化処理時間の上限は30分であり、さらに好ましくは20分である。好ましくは、酸化処理時間の下限は3分である。
【0069】
酸化処理の後にテンパー処理(低温焼鈍)を実施してもよい。さらに、酸化処理は基材2の全体に行ってもよいが、基材2が高温の水蒸気と接する面(例えば、鋼管の内表面)のみに行ってもよい。
【0070】
酸化処理は1回実施してもよいし、複数回実施してもよい。酸化処理後に、基材2の表面に付着した汚れや油分を除去するため、脱脂や洗浄等を実施してもよい。脱脂や洗浄等を実施しても、酸化層Aには影響しない。脱脂や洗浄等を実施しても、その後の酸化皮膜3の形成には影響しない。
【0071】
以上の製造方法により本実施形態のフェライト系耐熱鋼1が製造できる。
【0072】
[フェライト系伝熱部材4]
本実施形態によるフェライト系伝熱部材4は基材2と酸化皮膜3とを備える。フェライト系伝熱部材4の基材2は上述のフェライト系耐熱鋼1の基材と同じである。したがって、フェライト系伝熱部材4の基材2の化学組成は上述のフェライト系耐熱鋼1の基材2の化学組成と同じである。本実施形態によるフェライト系伝熱部材4の形状は、特に限定されない。フェライト系伝熱部材4はたとえば、管、棒又は板材である。管状の形状を有する場合、フェライト系伝熱部材4はたとえば、ボイラ用配管等として使用される。したがって好ましくは、フェライト系伝熱部材4は、フェライト系伝熱管である。
【0073】
図2は、本実施形態によるフェライト系伝熱部材4の断面図である。図2を参照して、フェライト系伝熱部材4は、基材2と、酸化皮膜3とを備える。酸化皮膜3は、酸化層Bと酸化層Cとを含む。
【0074】
[酸化皮膜3]
基材2と酸化層Aとを備えるフェライト系耐熱鋼1に対して、水蒸気酸化処理を行うことによって、基材2の表面に酸化皮膜3が形成される。図2を参照して、酸化皮膜3は、酸化層B及び酸化層Cの2層を含む酸化皮膜である。酸化皮膜3は、酸化層Bを含む。そのため、酸化皮膜3は伝熱特性に優れる。酸化皮膜3は酸化層Cを含む。そのため、酸化皮膜3は耐水蒸気酸化性及び伝熱特性の両方に優れる。つまり、酸化皮膜3は、耐水蒸気酸化性のみならず、伝熱特性にも優れる。酸化層Bは、フェライト系伝熱部材4の最上層に形成される。酸化層Cは、酸化層Bと基材2との間に配置される。フェライト系伝熱部材4がボイラ用配管の場合、酸化層Bが、ボイラ用配管の内表面側に相当し、基材2が、ボイラ用配管の外表面側に相当する。この場合、酸化層Bは、高温の水蒸気と接する。
【0075】
[酸化層B]
酸化層Bは、体積%で合計80%以上のFe及びFeを含有する。Fe及びFeの熱伝導率は高い。したがって、酸化層Bの熱伝導率は高く、フェライト系伝熱部材4の外部から与えられた熱を大きく減少させることなくフェライト系伝熱部材4の内部へと伝える。このため、ボイラの伝熱特性を向上できる。好ましくは、酸化層Bは、体積%で合計90%以上のFe及びFeを含有する。好ましくは、酸化層BのFe含有量は20体積%未満である。さらに好ましくは、酸化層BはFeからなる。
【0076】
酸化層Bには、基材2中に含まれるCr及びMnの一部が酸化物となって含有される場合がある。Crは特に、熱伝導率が小さい。そのため、酸化層BのCr含有量は低い方が好ましい。したがって、好ましくは、酸化層Bの化学組成は、質量%で、Cr及びMnを合計で5%以下含有する。さらに好ましくは、酸化層Bの化学組成は、質量%で、Cr及びMnを合計で3%以下含有する。
【0077】
酸化層Bの好ましい厚さは、10〜400μmである。
【0078】
[酸化層C]
酸化層Cは、酸化層Bと基材2との間に配置され、基材2と接する。
【0079】
酸化層Cの化学組成は、Cr及びMnを合計で5%超〜30%含有する。酸化層C中において、Cr及びMnは、(Fe、M)の化学式で示される酸化物として存在する。式中、Mには、Cr及びMnが代入される。(Fe、M)の化学式で示される酸化物とは、Feと同じいわゆるスピネル型結晶構造を持ち、Feの一部がCr及びMnに置換された酸化物である。酸化層Cに含有されるCr及びMnの合計量が5%以下の場合、酸化層CにおけるFe及びFeの割合を抑制できない。この場合、酸化層Cの熱伝導率が高くなり過ぎる。そのため、フェライト系伝熱部材4の内表面に多量の酸化スケールが生じる。一方で、酸化層Cに含有されるCr及びMnの合計量が30%より多い場合、酸化層Cの熱伝導率が低くなり過ぎる。この場合、ボイラの伝熱特性が低下する。したがって、酸化層CにおけるCr及びMnの含有量は、合計で5%超〜30%である。これにより、耐水蒸気酸化特性を保持したまま、酸化層Cの熱伝導率を適切な範囲に制御できる。酸化層Cにおける、Cr及びMnの合計含有量の好ましい下限は10%であり、さらに好ましくは13%である。酸化層Cにおける、Cr及びMnの合計含有量の好ましい上限は28%であり、さらに好ましくは25%である。
【0080】
酸化層Cは、Mo、Ta、W及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で1〜15%含有する。酸化層Cの特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量が1%未満であれば、酸化層Cの熱伝導率が低くなり過ぎる。一方で、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が15%を超える場合、酸化層Cの熱伝導率が高くなり過ぎる。この場合、フェライト系伝熱部材4の耐水蒸気酸化性が低下する。したがって、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量は1〜15%である。酸化層Cにおける特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量の好ましい上限は10%であり、さらに好ましくは9%である。酸化層Cにおける特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量の好ましい下限は、1.5%である。
【0081】
酸化層Cはさらに、その大部分が上述のスピネル型結晶構造を持つ酸化物であり、Crは5体積%以下であることが好ましい。熱伝導率の低いCrの生成を5体積%以下に抑制し、スピネル型結晶構造を持つ酸化物を生成させることで、酸化層Cの熱伝導率を適切な範囲に制御できる。酸化層CにおけるCrの含有量は、好ましくは5体積%以下であり、さらに好ましくは3体積%以下である。
【0082】
酸化層Cの熱伝導率は、1.2〜3.0W・m−1・K−1の範囲に制御されるのが好ましい。酸化層Cの熱伝導率が1.2W・m−1・K−1以上であれば、フェライト系伝熱部材4の外部からフェライト系伝熱部材4の内部への熱伝導が阻害されず、ボイラの伝熱特性が安定して高まる。一方、酸化層Cの熱伝導率が3.0W・m−1・K−1以下であれば、基材2の表面へ伝わる高温水蒸気の熱を安定して制御できる。これにより、基材2の表面の過剰な加熱が抑制され、基材2の表面の酸化反応が抑制される。そのため、基材2表面における多量の酸化スケールの生成が安定して抑制される。その結果、フェライト系伝熱部材4の耐水蒸気酸化性が安定して高まる。したがって、酸化層Cの熱伝導率は、1.2〜3.0W・m−1・K−1の範囲に制御されるのが好ましい。この場合、伝熱特性を損なうことなくフェライト系伝熱部材4の耐水蒸気酸化性を向上し易い。酸化層Cにおける、さらに好ましい熱伝導率の下限は1.3W・m−1・K−1であり、さらに好ましくは1.4W・m−1・K−1である。酸化層Cにおける、さらに好ましい熱伝導率の上限は2.8W・m−1・K−1であり、さらに好ましくは2.5W・m−1・K−1である。
【0083】
酸化層BのFe及びFeの体積率は、次の方法で測定する。後述する水蒸気酸化処理を施した後のフェライト系伝熱部材4を表面に対して垂直に切断する。フェライト系伝熱部材4が管の場合は、管の軸方向に垂直にフェライト系伝熱部材4を切断する。酸化層Bを含む断面(観察面)に対し、JEOL(日本電子株式会社)製フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ装置(FE−EPMA)を用いて酸化層Bの組成分析を行う。組成分析の条件は、検出器:30mmSD、加速電圧:15kV、測定時間:60秒である。組成分析によりFeとO(酸素)を検出して、かつ、Crを検出しない領域を特定する。続いて、特定された領域の全てがFe又はFeを有することを組成分析で確認する。次に、観察面の酸化層BにおいてFeの強度を二値化処理する。この時、グレースケールの抽出対象は最大強度の1/10以上とする。二値化後の黒い領域には、特定された領域(Fe及びFeを有することを確認した領域)以外の領域が全て含まれることを確認する。二値化処理後の、観察面の酸化層Bにおける黒い領域の面積率を求めて、100%から減じる。得られた面積率を酸化層BにおけるFe及びFeの体積率とする。
【0084】
酸化層CのCrの体積率は、次の方法で測定する。後述する水蒸気酸化処理を施した後のフェライト系伝熱部材4を表面に対して垂直に切断する。フェライト系伝熱部材4が管の場合は、管の軸方向に垂直にフェライト系伝熱部材4を切断する。酸化層B及び酸化層Cを含む断面(観察面)に対し、SEM観察を行い、酸化層Cを特定する。SEM観察において、酸化層Bと酸化層CとはSEMの後方散乱電子像(BSE)で得られるコントラスト差で区別する。酸化層Bは酸化層Cよりコントラストが明るい。酸化層Cに対して、酸化層BのFe及びFeの体積率を求める方法と同様の方法で、Crの体積率を求める。つまり、酸化層Cを含む断面(観察面)に対して、JEOL(日本電子株式会社)製フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ装置(FE−EPMA)を用いて組成分析を行う。組成分析の条件は、検出器:30mmSD、加速電圧:15kV、測定時間:60秒である。組成分析によりCrとO(酸素)を検出して、かつ、Feを検出しない領域を特定する。続いて、特定された領域の全てがCrを有することを組成分析で確認する。次に、観察面の酸化層CにおいてCrの強度を二値化処理する。この時、グレースケールの抽出対象は最大強度の1/10以上とする。二値化後の黒い領域には、特定された領域(Crを有することを確認した領域)以外の領域が全て含まれることを確認する。観察面の二値化処理後の黒い領域の面積率を求めて、100%から減じる。得られた面積率を酸化層CにおけるCrの体積率とする。
【0085】
酸化層B及び酸化層CにおけるCr及びMnの合計含有量、及び、特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量は、酸化層Aに対する方法と同様の方法で求める。SEM観察において、酸化層Bと酸化層CとはSEMの後方散乱電子像(BSE)で得られるコントラスト差で区別する。酸化層Bは酸化層Cよりコントラストが明るい。酸化層Aの場合と同様の条件で、酸化層Bの厚さ中央、及び、酸化層Cの厚さ中央において元素分析を行う。得られた各元素の組成から、酸化層Aの場合と同様にして、Cr及びMnの合計含有量(質量%)、及び、特定酸化層形成元素(Mo、Ta、W及びRe)の合計含有量(質量%)を求める。
【0086】
酸化層Cの熱伝導率は、次の方法で求める。フェライト系伝熱部材4の酸化層Bを機械的に除去した後、基材2を含む酸化層Cのかさ密度、比熱及び熱拡散率を測定する。次に、酸化層Cを機械的に除去した後、基材2に対しても同様に、かさ密度、比熱及び熱拡散率を測定する。それぞれの測定値の差を酸化層Cの測定値に換算し、次式に代入することによって、熱伝導率κを求めることができる。
κ=ρ×C×D
ここで、ρにはかさ密度、Cには比熱、Dには熱拡散率が代入される。
【0087】
酸化層Cの厚さの好ましい下限は、10μmである。
【0088】
[酸化皮膜3の厚さ]
酸化皮膜3の厚さは、特に限定されないが、薄い方が好ましい。酸化皮膜3が薄いと、フェライト系伝熱部材4の伝熱特性が高まる。このため、ボイラの伝熱特性を向上できる。フェライト系伝熱部材4が長時間使用されれば、酸化皮膜3は厚くなる。フェライト系伝熱部材4の水蒸気酸化処理の温度が高い場合も、酸化皮膜3は厚くなる。後述の酸化処理及び水蒸気酸化処理を行えば、酸化層B及び酸化層Cは、ほとんど同じ厚さで形成される。したがって、酸化層Cが薄い場合、酸化皮膜3も薄くなる。
【0089】
酸化層B及び酸化層Cの厚さは、酸化層Aの厚さを求める方法と同様の方法で求める。後述する水蒸気酸化処理を施した後のフェライト系伝熱部材4を準備する。準備したフェライト系伝熱部材4に対して、酸化層Aの厚さを求める方法と同様の方法でSEM観察を行う。酸化層Bと酸化層Cとは、SEMの反射電子像で得られるコントラスト差で区別する。酸化層Bは酸化層Cよりコントラストが暗い。酸化層Aの厚さを求める方法と同様の方法で、酸化層B及び酸化層Cの厚さを求める。
【0090】
[フェライト系伝熱部材4の製造方法]
本実施形態によるフェライト系伝熱部材4の製造方法は、水蒸気酸化処理工程を含む。
【0091】
[水蒸気酸化処理工程]
上述の酸化処理を施したフェライト系耐熱鋼に対して水蒸気酸化処理を行う。水蒸気酸化処理は、フェライト系耐熱鋼を、500〜650℃の水蒸気に晒すことによって行う。水蒸気酸化処理は100時間以上であれば、処理時間の上限は特に限定されない。水蒸気酸化処理により、酸化層Aが酸化層B及び酸化層Cを含む酸化皮膜3に変化する。これにより、酸化層B及び酸化層Cを含む酸化皮膜3が、基材2上に形成される。
【0092】
以上の工程により、本実施形態によるフェライト系伝熱部材4を製造できる。本実施形態のフェライト系耐熱鋼1を高温蒸気環境下に晒すことで、水蒸気酸化処理を施した場合と同様の効果が得られる。つまり、本実施形態のフェライト系耐熱鋼1を高温蒸気環境下に100時間以上晒せば、水蒸気酸化処理を施さなくても、フェライト系伝熱部材4が製造できる。
【実施例】
【0093】
表1に示す化学組成を持つ各鋼片を製造し、表2に示す条件で酸化処理及び水蒸気酸化処理を行った。具体的には、表1に示す化学組成を持つインゴットを溶製した。得られた各インゴットに対して熱間圧延及び冷間圧延を実施して鋼板を製造し、基材とした。得られた各基材から試験片を作成し、各試験片に対して、表2に示す条件で酸化処理を行った。
【0094】
【表1】
【0095】
【表2】
【0096】
[酸化層Aの厚さ測定試験]
各試験片の酸化層Aの厚さを、上述の方法で求めた。結果を表2に示す。
【0097】
[酸化層Aの金属元素の含有量測定試験]
各試験片の断面に対して、上述の方法で各金属元素の含有量を求めた。酸化層Aについて、Cr及びMnの合計含有量(質量%)、及び、Mo、Ta、W及びReの合計含有量(質量%)を求めた。結果を表2に示す。
【0098】
各試験片に対して、表2に示す条件で水蒸気酸化処理を行った。得られた各試験片に対して、次の測定試験を行った。
【0099】
[酸化層BのFe及びFeの体積率、及び、酸化層CのCr体積率測定試験]
各試験片の断面(つまり、酸化層Bの断面)に対して、上述の方法でFe及びFeの合計体積率を求めた。さらに、酸化層Cの断面に対してCrの体積率を求めた。結果を表2に示す。
【0100】
[金属元素の含有量測定試験]
各試験片の断面に対して、上述の方法で各金属元素の含有量を求めた。酸化層Bについて、Cr及びMnの合計含有量(質量%)を求めた。結果を表2に示す。酸化層Cについて、Cr及びMnの合計含有量(質量%)、及び、Mo、Ta、W及びReの合計含有量(質量%)を求めた。結果を表2に示す。
【0101】
[酸化層Cの熱伝導率測定試験]
各試験片の酸化層Cの熱伝導率を、上述の方法で求めた。結果を表2に示す。
【0102】
[酸化層Cの厚さ測定試験]
各試験片の酸化層Cの厚さを、上述の方法で求めた。結果を表2に示す。
【0103】
[評価結果]
表1及び表2を参照して、試験番号1、3、6、9〜15、及び17の鋼の化学組成及び製造条件は適切であった。そのため、これらの試験番号の酸化層AはCr及びMnを合計で20〜45%、及びMo、Ta、W、及びReからなる群から選択される1種又は2種以上を合計で0.5〜10%含有した。これにより、水蒸気酸化処理後に基材に形成された酸化層Bは体積%で合計80%以上のFe及びFeを含有した。さらに、酸化層CのCr+Mn合計含有量が5%超〜30%であり、特定酸化層形成元素の合計含有量が1〜15%であった。その結果、酸化層Cの熱伝導率は1.2〜3.0W・m−1・K−1の範囲内となり優れた熱伝導率を示した。酸化層Cはさらに、厚さが60μm以下となり、優れた耐水蒸気酸化性を示した。
【0104】
一方、試験番号2は、化学組成は適切であったものの、酸化処理温度が高すぎたため、酸化層AのCr及びMnの合計量が45%を超えた。そのため、酸化層CのCr+Mn量が30%を超えて、熱伝導率が1.2W・m−1・K−1未満となった。
【0105】
試験番号4は、化学組成は適切であったものの、酸化処理を行わず酸化層Aを形成しなかった。そのため、酸化層Cの熱伝導率が1.2W・m−1・K−1未満となった。酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計量が1%未満であったため、熱伝導率を低下させたと考えられる。
【0106】
試験番号5は、化学組成は適切であったものの、酸化処理温度が低すぎたため、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計量が0.4%であり、低すぎた。そのため、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計量が1.0%未満となった。その結果、酸化層Cの熱伝導率が1.0W・m−1・K−1であり、低すぎた。
【0107】
試験番号7は、化学組成は適切であったものの、酸化処理におけるCO/CO比が0.6未満であった。そのため、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が20%未満であった。そのため、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が5%以下となり、酸化層Cの熱伝導率が3.0W・m−1・K−1を超えた。また、酸化層B中のFe体積率が80%を下回ったため酸素の内方流束が大きくなり、酸化層Cの成長が促進され、酸化層Cの厚さが60μmを超えた。
【0108】
試験番号8は、化学組成は適切であったものの、酸化処理時間が長すぎた。そのため、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が6.5%であり、低すぎた。そのため、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が3.2%であり、低すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が3.2W・m−1・K−1となり、高すぎた。試験番号8はさらに、酸化層Cの厚さが60μmを超えた。酸化層Cの熱伝導率が高すぎたためと考えられる。
【0109】
試験番号16は、化学組成は適切であったものの、酸化処理時間が短すぎた。そのため、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が12.9%であり、高すぎた。そのため、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が17.2%であり、高すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が3.5W・m−1・K−1であり、高すぎた。試験番号16はさらに、酸化層Cの厚さが60μmを超えた。酸化層Cの熱伝導率が高すぎたためと考えられる。
【0110】
試験番号18は、特定酸化層形成元素をいずれも含有しなかった。そのため、製造方法は適切であったにも関わらず、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が0.1%未満であり、低すぎた。そのため、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が0.1%未満であり、低すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が1.1W・m−1・K−1であり、低すぎた。
【0111】
試験番号19は、Cr含有量が高すぎた。そのため、製造方法は適切であったにも関わらず、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が47.6%であり、高すぎた。そのため、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が56.7%であり、高すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が0.8W・m−1・K−1となり、低すぎた。
【0112】
試験番号20は、Cr含有量が低すぎた。そのため、製造方法は適切であったにも関わらず、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が16.3%であり、低すぎた。そのため、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が1.3%であり、低すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が3.3W・m−1・K−1であり、高すぎた。試験番号20はさらに、酸化層Cの厚さが60μmを超えた。酸化層Cの熱伝導率が高すぎたためと考えられる。
【0113】
試験番号21は、特定酸化層形成元素の含有量が高すぎた。そのため、酸化層Aの特定酸化層形成元素の合計含有量が13.9%であり、高すぎた。そのため、酸化層Cの特定酸化層形成元素の合計含有量が18.6%であり、高すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が3.8W・m−1・K−1であり、高すぎた。試験番号21はさらに、酸化層Cの厚さが60μmを超えた。酸化層Cの熱伝導率が高すぎたためと考えられる。
【0114】
試験番号22は、化学組成は適切であったものの、(CO+CO)/N比が1.0を超えた。そのため、酸化層AのCr及びMnの合計含有量が10.6%であり、低すぎた。そのため、酸化層CのCr及びMnの合計含有量が4.6%であり、低すぎた。その結果、酸化層Cの熱伝導率が3.4W・m−1・K−1であり、高すぎた。試験番号22はさらに、酸化層Cの厚さが60μmを超えた。酸化層Cの熱伝導率が高すぎたためと考えられる。
【0115】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0116】
1 フェライト系耐熱鋼
2 基材
3 酸化皮膜
4 フェライト系伝熱部材
A 酸化層A
B 酸化層B
C 酸化層C
図1
図2