特許第6801721号(P6801721)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6801721軟磁性部品用鋼材、軟磁性部品、及び、軟磁性部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6801721
(24)【登録日】2020年11月30日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】軟磁性部品用鋼材、軟磁性部品、及び、軟磁性部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20201207BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20201207BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20201207BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20201207BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20201207BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20201207BHJP
【FI】
   C22C38/00 303S
   C21D6/00 C
   C22C38/60
   C21D9/00 S
   H01F1/147
   C21D8/12 F
【請求項の数】9
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2018-555063(P2018-555063)
(86)(22)【出願日】2017年12月7日
(86)【国際出願番号】JP2017044037
(87)【国際公開番号】WO2018105698
(87)【国際公開日】20180614
【審査請求日】2019年5月24日
(31)【優先権主張番号】特願2016-238390(P2016-238390)
(32)【優先日】2016年12月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】江頭 誠
(72)【発明者】
【氏名】末野 秀和
(72)【発明者】
【氏名】松本 斉
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−291520(JP,A)
【文献】 特開2007−291519(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/115205(WO,A1)
【文献】 特開2014−196535(JP,A)
【文献】 特開2004−256831(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 6/00, 8/12
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性部品用鋼材であって、
質量%で、
C:0.02〜0.13%、
Si:0.005〜0.50%、
Mn:0.10〜0.70%、
P:0.035%以下、
S:0.050%以下、
Al:0.005〜1.300%、
V:0.02〜0.50%、
N:0.003〜0.030%、
Cr:0〜0.80%未満、
Ti:0〜0.20%、
Nb:0〜0.20%、
B:0〜0.005%、及び、
Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有し、
前記軟磁性部品用鋼材中のフェライト粒の平均結晶粒径が5〜200μmであり、
前記フェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たす、軟磁性部品用鋼材。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、前記軟磁性部品用鋼材中のV含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性部品用鋼材であって、
前記化学組成は、
Cr:0.02〜0.80%未満を含有する、軟磁性部品用鋼材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の軟磁性部品用鋼材であって、
前記化学組成は、
Ti:0.01〜0.20%、
Nb:0.01〜0.20%、及び、
B:0.0008〜0.005%からなる群から選択される1種以上を含有する、軟磁性部品用鋼材。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の軟磁性部品用鋼材であって、
前記化学組成は、
Ca:0.0005〜0.005%を含有する、軟磁性部品用鋼材。
【請求項5】
軟磁性部品であって、
質量%で、
C:0.02〜0.13%、
Si:0.005〜0.50%、
Mn:0.10〜0.70%、
P:0.035%以下、
S:0.050%以下、
Al:0.005〜1.300%、
V:0.02〜0.50%、
N:0.003〜0.030%、
Cr:0〜0.80%未満、
Ti:0〜0.20%、
Nb:0〜0.20%、
B:0〜0.005%、及び、
Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有し、
軟磁性部品中のフェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たし、
最大透磁率が0.0015N/A2以上である、軟磁性部品。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、前記軟磁性部品中のV含有量(質量%)が代入される。
【請求項6】
請求項5に記載の軟磁性部品であって、
前記化学組成は、
Cr:0.02〜0.80%未満を含有する、軟磁性部品。
【請求項7】
請求項5又は請求項6に記載の軟磁性部品であって、
前記化学組成は、
Ti:0.01〜0.20%、
Nb:0.01〜0.20%、及び、
B:0.0008〜0.005%からなる群から選択される1種以上を含有する、軟磁性部品。
【請求項8】
請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の軟磁性部品であって、
前記化学組成は、
Ca:0.0005〜0.005%を含有する、軟磁性部品。
【請求項9】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の軟磁性部品用鋼材を冷間加工して中間材を製造する工程と、
前記中間材に対して磁気焼鈍を実施する工程とを備える、請求項5〜請求項8のいずれか1項に記載の軟磁性部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性部品用鋼材、軟磁性部品用鋼材を用いた軟磁性部品、及び、軟磁性部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータ及び発電機等の電装部品のコア材として、軟磁性部品用鋼材が使用されている。軟磁性部品用鋼材はたとえば、軟鉄、純鉄、及び、珪素鋼である。本明細書では、軟磁性部品用鋼材を用いた部品を、軟磁性部品という。
【0003】
近年、軟磁性部品の形状が複雑化している。このような形状の複雑化に伴い、最近では、軟磁性部品は、棒鋼等の軟磁性部品用鋼材を冷間加工することにより製造される。この場合、軟磁性部品用鋼材としては、たとえば、炭素含有量が0.1%程度以下の低炭素鋼材が使用される。このような低炭素鋼材に対して、伸線、冷間鍛造、冷間引抜き等の冷間加工を実施して、軟磁性部品が製造される。したがって、冷間加工される棒鋼等の軟磁性部品用鋼材には、高い冷間加工性が求められる。
【0004】
しかしながら、上述の冷間加工により軟磁性部品用鋼材の磁気特性は低下する。そのため、冷間加工後の軟磁性部品用鋼材に対して磁気焼鈍を実施する。これにより、冷間加工により低下した磁気特性が回復する。
【0005】
磁気特性及び/又は冷間加工性の改善を目的とした軟磁性部品用鋼材が、特開2008−045182号公報(特許文献1)、特開2006−328461号公報(特許文献2)及び特開2006−328462号公報(特許文献3)に提案されている。
【0006】
特許文献1に開示された軟磁性鋼材は、C:0.005〜0.05%、Si:1.8〜3.0%、Mn:0.20〜0.8%、P:0.02%以下(0%を含まない)、S:0.02〜0.1%、Cu:0.1%以下(0%を含まない)、Ni:0.2%以下(0%を含まない)、Cr:1〜3.5%、Al:0.05〜2.8%、N:0.004%以下(0%を含まない)、およびO:0.02%以下(0%を含まない)を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、F1=97.0C+10.9Si+4.2Mn+23.8P+172.0S+15.0Cu−0.03Ni+5.1Cr+8.6Al+34.0N+8.38(記号は各元素の質量%である)で計算されるF1値が60以上である。この軟磁性鋼材では、高い交流磁束密度を示す軟磁性部品が製造でき、かつ、良好な冷間鍛造性が維持される、と特許文献1には記載されている。
【0007】
特許文献2に開示された軟磁性鋼材は、質量%で、C:0.015%以下、Si:0.005〜0.30%、Mn:0.1〜0.5%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Al:0.010超〜1.3%、N:0.010%以下、O(酸素):0.020%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、0.85≦0.8−0.57C+0.82Si+0.07Mn+0.78P−3.56S+0.82Al−1.0N≦2.0(記号は各元素の質量%である)を満たす。この軟磁性鋼材は、高い交流磁気特性及び変形能を有する、と特許文献2には記載されている。
【0008】
特許文献3に開示された軟磁性鋼材は、質量%で、C:0.015%以下、Si:0.005〜0.30%、Mn:0.1〜0.5%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Cr:0.01〜2.0%、Al:0.010超〜1.3%、N:0.010%以下、O:0.020%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、0.85≦0.8−0.57C+0.82Si+0.07Mn+0.78P−3.56S+0.3Cr+0.82Al−1.0N≦2.0(記号は各元素の質量%である)を満たす。この軟磁性鋼材は、優れた交流磁気特性及び高い変形能を有する、と特許文献3には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−045182号公報
【特許文献2】特開2006−328461号公報
【特許文献3】特開2006−328462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のとおり、軟磁性部品は、たとえば棒鋼又は線材である軟磁性部品用鋼材を冷間加工することにより製造される。最近では、上述のとおり複雑な形状を有する軟磁性部品が求められている。このような軟磁性部品を製造する場合、高い冷間加工性を得るために、軟磁性部品用鋼材の強度を低くして冷間加工性を高める。そして、冷間加工時に軟磁性部品用鋼材を加工硬化させることにより、軟磁性部品の強度を高めている。
【0011】
しかしながら、冷間加工時に、軟磁性部品用鋼材にひずみが導入されれば、このひずみにより、磁気特性が低下してしまう。低下した磁気特性を回復させるために、冷間加工後の軟磁性部品用鋼材に対して磁気焼鈍が実施される。この磁気焼鈍により、軟磁性部品用鋼材の磁気特性は回復する。しかしながら、磁気焼鈍を実施すれば、軟磁性部品用鋼材の強度が低下し、その結果、疲労強度が低下してしまう。したがって、軟磁性部品用鋼材には、冷間加工性、磁気焼鈍後における優れた磁気特性とともに、磁気焼鈍後における高い疲労強度も求められる。
【0012】
特許文献1〜特許文献3に開示された軟磁性部品用鋼材では、磁気特性及び変形能については考慮されているものの、磁気焼鈍後の疲労強度については特に考慮されていない。また、特許文献1に開示された軟磁性部品用鋼材は、合金元素を多く含有する。そのため、十分な冷間加工性が得られない場合があり得る。
【0013】
本開示の目的は、優れた冷間加工性を有し、磁気焼鈍後において優れた磁気特性及び高い疲労強度を有する軟磁性部品用鋼材、その軟磁性部品用鋼材を用いた軟磁性部品、及び、軟磁性部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示による軟磁性部品用鋼材は、質量%で、C:0.02〜0.13%、Si:0.005〜0.50%、Mn:0.10〜0.70%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005〜1.300%、V:0.02〜0.50%、N:0.003〜0.030%、Cr:0〜0.80%未満、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、B:0〜0.005%、及び、Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。軟磁性部品用鋼材中のフェライト粒の平均結晶粒径は5〜200μmである。さらに、軟磁性部品用鋼材中のフェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たす。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、軟磁性部品用鋼材中のV含有量(質量%)が代入される。
【0015】
本開示による軟磁性部品は、質量%で、C:0.02〜0.13%、Si:0.005〜0.50%、Mn:0.10〜0.70%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005〜1.300%、V:0.02〜0.50%、N:0.003〜0.030%、Cr:0〜0.80%未満、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、B:0〜0.005%、及び、Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。さらに、フェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たす。軟磁性部品の最大透磁率は、0.0015N/A2以上である。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、軟磁性部品中のV含有量(質量%)が代入される。
【0016】
本開示による軟磁性部品の製造方法は、上述の軟磁性部品用鋼材を冷間加工して中間材を製造する工程と、中間材に対して磁気焼鈍を実施する工程とを備える。
【発明の効果】
【0017】
本開示による軟磁性部品用鋼材は、優れた冷間加工性を有し、磁気焼鈍後において優れた磁気特性及び高い疲労強度を有する。本開示による軟磁性部品は、優れた磁気特性及び高い疲労強度を有する。本開示による軟磁性部品の製造方法は、上述の軟磁性部品を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、粗大析出物個数Sv(個/mm2)と、最大透磁率(N/A2)との関係を示す図である。
図2図2は、実施例中の磁気特性評価試験で作製されたリング状試験片の正面図及び側面図である。
図3図3は、実施例中の冷間加工性評価試験で作製された丸棒試験片の側面図及び正面図である。
図4図4は、実施例中の磁気焼鈍後の疲労強度評価試験で作製された疲労試験片の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、優れた冷間加工性を有し、かつ、磁気焼鈍後における優れた磁気特性及び高い疲労強度を有する軟磁性部品用鋼材について調査及び検討を行った。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0020】
優れた冷間加工性を得るためには、軟磁性部品用鋼材中の合金元素の含有量を低減することが有効であり、特に、C含有量を低く抑えることが有効である。具体的には、C含有量を0.13%以下に抑えることにより、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性を改善できる。
【0021】
ところで、磁気特性は、軟磁性部品用鋼材に導入されるひずみにより低下する。磁気焼鈍を実施して軟磁性部品用鋼材中のひずみを除去すれば、磁気特性は回復する。しかしながら、上述のとおり、磁気焼鈍を実施すれば、ひずみによる加工硬化の効果が失われ、軟磁性部品用鋼材の疲労強度が低下する。
【0022】
軟磁性部品の疲労強度を高めるためには、軟磁性部品用鋼材の強度を高めればよい。しかしながら、軟磁性部品用鋼材の強度が高ければ、優れた冷間加工性が得られない。すなわち、冷間加工時において、軟磁性部品用鋼材の強度は低い方が好ましい。そこで、本発明者らは、冷間加工時には軟磁性部品用鋼材の強度が低く、冷間加工後の鋼材に対して磁気焼鈍を実施した後、軟磁性部品用鋼材の強度を高めることができる方法を検討した。
【0023】
上述のとおり、磁気焼鈍によって、軟磁性部品用鋼材はひずみが除去されて強度が低下する。しかしながら、磁気焼鈍時において、軟磁性部品用鋼材中に炭窒化物等の析出物を析出できれば、ひずみ除去に伴う強度低下の代替として、析出強化により軟磁性部品用鋼材の強度を高めることができるのではないかと、本発明者らは考えた。
【0024】
しかしながら、炭窒化物等の析出物は、鋼材の磁気特性を低下する原因となる場合がある。そこで、本発明者らは、磁気特性の低下を抑制しつつ、磁気焼鈍後に強度を高めることができる炭窒化物についてさらなる検討を行った。その結果、本発明者らは、次の事項を見出した。
【0025】
(A)磁気焼鈍前の鋼材に、V、C、及び、Nが固溶していれば、磁気焼鈍によって鋼材中にV炭窒化物が微細に析出する。具体的には、磁気焼鈍によって析出するV炭窒化物は、円相当径で30nm未満である。微細なV炭窒化物を析出させれば、磁気焼鈍により回復した磁気特性の低下を抑制しつつ、析出強化によって磁気焼鈍後の鋼材の強度を高めることができる。つまり、V炭窒化物を利用すれば、磁気焼鈍後に優れた磁気特性及び高い疲労強度が得られる。
【0026】
(B)磁気焼鈍により微細なV炭窒化物を析出させるためには、磁気焼鈍前の軟磁性部品用鋼材中において、粗大なV炭窒化物をなるべく少なくする方が好ましい。つまり、磁気焼鈍前の軟磁性部品用鋼材中においては、V炭窒化物を構成しうる各元素(V、C及びN)は固溶している方が好ましい。V、C及びNが十分に固溶している場合、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性も高まる。この場合さらに、磁気焼鈍において、固溶しているV、C、及び、Nにより、微細なV炭窒化物を形成できる。
【0027】
以上の知見に基づいて、本発明者らはさらに、磁気焼鈍前の軟磁性部品用鋼材中の適切なV炭窒化物と、磁気特性及び疲労強度との関係について検討を行った。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0028】
質量%で、C:0.02〜0.13%、Si:0.005〜0.50%、Mn:0.10〜0.70%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005〜1.300%、V:0.02〜0.50%、N:0.003〜0.030%、Cr:0〜0.80%未満、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、B:0〜0.005%、及び、Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する鋼材において、磁気焼鈍前の鋼材(軟磁性部品用鋼材)のフェライト粒中の析出物はほとんどがV炭窒化物である。フェライト粒中の他の析出物は主としてNb炭窒化物である。つまり、磁気焼鈍前の鋼材(軟磁性部品用鋼材)中のフェライト粒中の析出物のサイズは、実質的に、V炭窒化物のサイズと相関する。
【0029】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、磁気焼鈍前の鋼材(軟磁性部品用鋼材)のフェライト粒中において、粗大な析出物が少なければ、フェライト粒中に粗大なV炭窒化物が少なく、磁気焼鈍前の鋼材において、V、C、及び、Nが十分に固溶していると考えた。そしてこの場合、磁気焼鈍後に微細なV炭窒化物が析出して、磁気特性の低下を抑制しつつ、高い疲労強度が得られると考えた。
【0030】
そこで、本発明者らはさらに、磁気焼鈍前の鋼材(軟磁性部品用鋼材)のフェライト粒中の析出物のサイズと、磁気焼鈍後の磁気特性及び疲労強度との関係について調査及び検討を行った。その結果、本発明者らは、磁気焼鈍前の鋼材である軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たせば、軟磁性部品用鋼材において優れた冷間加工性が得られ、かつ、磁気焼鈍後において、最大透磁率が0.0015N/A2以上となり、優れた磁気特性が得られ、かつ、高い疲労強度が得られることを見出した。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、軟磁性部品用鋼材中のV含有量(質量%)が代入される。
【0031】
以下、本明細書において、軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物を「粗大析出物」と称する。図1は、粗大析出物個数Sv(個/mm2)と、最大透磁率(N/A2)との関係を示す図である。図1は後述の実施例における試験により得られた。
【0032】
図1を参照して、軟磁性部品用鋼材における粗大析出物個数Svが10V×7.0×106よりも多い場合、粗大析出物個数Svが減少しても、最大透磁率はそれほど大きく変化しない。一方、粗大析出物個数Svが10V×7.0×106以下の場合、粗大析出物個数Svの低下に伴い、最大透磁率が顕著に上昇する。つまり、図1のグラフにおいて、粗大析出物個数Sv=10V×7.0×106近傍に変曲点が存在する。そして、粗大析出物個数Svが式(1)を満たせば、600℃で60分保持した磁気焼鈍後の軟磁性部品用鋼材の最大透磁率が0.0015N/A2以上となり、優れた磁気特性が得られる。
【0033】
なお、本実施形態による軟磁性部品用鋼材のフェライト粒の平均結晶粒径は5〜200μmである。フェライト粒の平均結晶粒径が5〜200μmであれば、他の要件を満たすことを条件に、冷間加工性に優れ、かつ、磁気焼鈍後に優れた磁気特性及び高い疲労強度が得られる。
【0034】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による軟磁性部品用鋼材は、質量%で、C:0.02〜0.13%、Si:0.005〜0.50%、Mn:0.10〜0.70%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005〜1.300%、V:0.02〜0.50%、N:0.003〜0.030%、Cr:0〜0.80%未満、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、B:0〜0.005%、及び、Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。軟磁性部品用鋼材中のフェライト粒の平均結晶粒径は5〜200μmである。さらに、フェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たす。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、軟磁性部品用鋼材中のV含有量(質量%)が代入される。
【0035】
上述の軟磁性部品用鋼材の化学組成は、Cr:0.02〜0.80%未満を含有してもよい。
【0036】
上述の軟磁性部品用鋼材の化学組成は、Ti:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%、及び、B:0.0008〜0.005%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0037】
上述の軟磁性部品用鋼材の化学組成は、Ca:0.0005〜0.005%を含有してもよい。
【0038】
本実施形態による軟磁性部品は、質量%で、C:0.02〜0.13%、Si:0.005〜0.50%、Mn:0.10〜0.70%、P:0.035%以下、S:0.050%以下、Al:0.005〜1.300%、V:0.02〜0.50%、N:0.003〜0.030%、Cr:0〜0.80%未満、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、B:0〜0.005%、及び、Ca:0〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有する。軟磁性部品中のフェライト粒中において、30nm以上の円相当径を有する析出物の個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たす。さらに、軟磁性部品の最大透磁率は、0.0015N/A2以上である。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、軟磁性部品中のV含有量(質量%)が代入される。
【0039】
上述の軟磁性部品の化学組成は、Cr:0.02〜0.80%未満を含有してもよい。
【0040】
上述の軟磁性部品の化学組成は、Ti:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%、及び、B:0.0008〜0.005%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0041】
上述の軟磁性部品の化学組成は、Ca:0.0005〜0.005%を含有してもよい。
【0042】
本実施形態による軟磁性部品の製造方法は、上述の軟磁性部品用鋼材を冷間加工して中間材を製造する工程と、中間材に対して磁気焼鈍を実施する工程とを備える。
【0043】
ここで、本明細書において、磁気焼鈍とは、鋼材を加熱して回復、再結晶させることにより鋼材のひずみを低減し、磁気特性を高める熱処理を指す。加熱温度は特に制限されるものではないが、上記の効果を得るために、200℃〜Ac1点であることが望ましい。
【0044】
以下、本実施形態の軟磁性部品用鋼材、軟磁性部品、及び、軟磁性部品の製造方法について詳しく説明する。以下の説明における各元素の含有量の「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0045】
[化学組成について]
本実施形態による軟磁性部品用鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0046】
C:0.02〜0.13%
炭素(C)は、磁気焼鈍後に後述のVと結合してV炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。その結果、磁気焼鈍後において、鋼材の疲労強度が高まる。C含有量が0.02%未満であれば、磁気焼鈍後の鋼材において、十分な強度が得られない。一方、C含有量が0.13%を超えれば、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。C含有量が0.13%を超えればさらに、鋼材の磁気焼鈍後の磁気特性が低下する。したがって、C含有量は0.02〜0.13%である。C含有量の好ましい下限は0.03%である。C含有量の好ましい上限は0.10%未満であり、より好ましくは0.09%である。
【0047】
Si:0.005〜0.50%
珪素(Si)は、溶製時に鋼を脱酸する。Si含有量が0.005%未満であれば、この効果が得られない。一方、Siはフェライトを固溶強化する。したがって、Si含有量が0.50%を超えれば、フェライトの強度が高くなりすぎて、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.005〜0.50%である。Si含有量の好ましい下限は0.010%である。Si含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%である。
【0048】
Mn:0.10〜0.70%
マンガン(Mn)は、鋼に固溶して、鋼材の強度を高める。Mn含有量が0.10%未満であれば、この効果が得られない。一方、Mn含有量が0.70%を超えれば、フェライトの強度が高くなりすぎて、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Mn含有量は0.10〜0.70%である。Mn含有量の好ましい下限は0.20%である。Mn含有量の好ましい上限は0.65%であり、より好ましくは0.60%である。
【0049】
P:0.035%以下
燐(P)は、不純物であり、鋼材中に不可避的に含有される。したがって、P含有量は0%超である。Pは鋼中で偏析しやすく、局所的な延性低下の原因となる。P含有量が0.035%を超えれば、局所的な延性低下が発生しやすくなる。この場合、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、P含有量は0.035%以下である。P含有量の好ましい上限は0.030%であり、より好ましくは0.025%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。したがって、P含有量の下限は特に限定されない。しかしながら、P含有量が0.002%未満であれば、上述の局所的な延性低下は発生しにくい。さらに、実際の操業において、P含有量を0.002%未満に低下するには製造コストが過剰に高くなる。したがって、P含有量の好ましい下限は0.002%である。
【0050】
S:0.050%以下
硫黄(S)は、鋼材中に不可避的に含有される。したがって、S含有量は0%超である。SはMnと結合してMnSを形成し、鋼材の被削性を高める。しかしながら、S含有量が0.050%を超えれば、粗大なMnSが生成する。粗大なMnSは割れの起点となるため、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、S含有量は0.050%以下である。S含有量の好ましい上限は0.045%であり、より好ましくは0.040%である。脱硫コスト低減の観点から、S含有量の好ましい下限は0.0001%である。軟磁性部品用鋼材の被削性を有効に高める場合、S含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.006%である。
【0051】
V:0.02%〜0.50%
バナジウム(V)は、冷間加工後の鋼材に対して磁気焼鈍を実施することにより、V炭窒化物を形成する。これにより、磁気焼鈍に起因した鋼材の強度低下が抑制される。V含有量が0.02%未満であれば、この効果が得られない。一方、V含有量が0.50%を超えれば、冷間加工前の軟磁性部品用鋼材の強度が高くなりすぎて、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。V含有量が0.50%を超えればさらに、磁気焼鈍後の鋼材の磁気特性が低下する。したがって、V含有量は0.02〜0.50%である。V含有量の好ましい下限は0.03%であり、より好ましくは0.04%である。V含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%である。
【0052】
Al:0.005〜1.300%
アルミニウム(Al)は溶製時に鋼を脱酸する。Alはさらに、鋼材の電気抵抗を高めて鋼材の磁気特性を高める。Al含有量が0.005%未満であれば、これらの効果が得られない。一方、Al含有量が1.300%を超えれば、フェライトの強度が高くなりすぎ、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜1.300%である。脱酸作用をさらに高めるためのAl含有量の好ましい下限は0.010%であり、より好ましくは0.014%である。Al含有量の好ましい上限は1.000%であり、より好ましくは0.950%である。
【0053】
N:0.003〜0.030%
窒素(N)は、磁気焼鈍によりV及びCと結合してV炭窒化物を形成する。これにより、磁気焼鈍に起因した鋼材の強度低下が抑制される。N含有量が0.003%未満であれば、この効果が得られない。一方、N含有量が0.030%を超えれば、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、N含有量は0.003〜0.030%である。N含有量の好ましい上限は0.025%であり、より好ましくは0.020%である。N含有量の好ましい下限は0.005%である。
【0054】
本実施形態による軟磁性部品用鋼材の化学組成の残部はFe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、本実施形態の軟磁性部品用鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の軟磁性部品用鋼材の冷間加工性、磁気焼鈍後の軟磁性部品の磁気特性及び疲労強度に顕著な悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0055】
不純物としては、上述した元素以外のあらゆる元素が上げられる。不純物としての元素は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。本実施形態の軟磁性部品用鋼材において、不純物はたとえば、以下のものが挙げられる。
O:0.030%以下、Pb:0.05%以下、Cu:0.20%以下、Ni:0.20%以下、Mo:0.05%以下、希土類元素(REM):0.0003%以下、Mg:0.003%以下、W:0.003%以下、Sb:0.003%以下、Bi:0.003%以下、Co:0.003%以下、及び、Ta:0.003%以下。
【0056】
これらの不純物は上述の範囲で軟磁性部品用鋼材に含有され得る。その他の元素含有量については、後述の任意元素を除き、通常の範囲内であれば、特に制御しなくてよい。
【0057】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号39番のイットリウム(Y)、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)〜原子番号71番のルテチウム(Lu)及び、アクチノイドである原子番号89番のアクチニウム(Ac)〜103番のローレンシウム(Lr)からなる群から選択される1種以上の元素である。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量である。
【0058】
[任意元素]
本実施形態による軟磁性部品用鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Crを含有してもよい。
【0059】
Cr:0〜0.80%未満
クロム(Cr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。Crが含有される場合、Crは鋼材に固溶して鋼材の強度を高める。Crが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。一方、Cr含有量が0.80以上であれば、フェライトの強度が高くなりすぎ、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Cr含有量は0〜0.80%未満である。上記効果を有効に得るためのCr含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cr含有量の好ましい上限は0.75%であり、より好ましくは0.50%である。
【0060】
本実施形態による軟磁性部品用鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ti、Nb及びBからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、磁気焼鈍後の鋼材の疲労強度を高める。
【0061】
Ti:0〜0.20%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。Tiが含有される場合、Tiは炭窒化物を形成して、磁気焼鈍後の鋼材の強度をさらに高め、疲労強度をさらに高める。Tiが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が0.20%を超えれば、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.20%である。上記効果をより有効に得るためのTi含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Ti含有量の好ましい上限は0.15%であり、より好ましくは0.13%である。
【0062】
Nb:0〜0.20%
ニオブ(Nb)任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。Nbが含有される場合、Nbは炭窒化物を形成して、磁気焼鈍後の鋼材の強度を高め、疲労強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.20%を超えれば、鋼材の冷間加工性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.20%である。上記効果をより有効に得るためのNb含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Nb含有量の好ましい上限は0.15%であり、より好ましくは0.13%である。
【0063】
B:0〜0.005%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。Bが含有される場合、Bは窒化物を形成してNを固定する。これにより、熱間圧延後に粗大な窒化物が生成することによる、磁気焼鈍後の強度の低下が抑制される。Bが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.005%を超えれば、その効果が飽和する。したがって、B含有量は0〜0.005%である。上記効果をより有効に得るためのB含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0008%であり、より好ましくは0.0010%である。B含有量の好ましい上限は0.002%であり、より好ましくは0.0018%である。
【0064】
本実施形態の軟磁性部品用鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Caを含有してもよい。
【0065】
Ca:0〜0.005%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。Caが含有される場合、Caは、鋼中のMnSを球状化して、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性を高める。Caが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が0.005%を超えれば、その効果が飽和する。したがって、Ca含有量は0〜0.005%である。上記効果をより有効に得るためのCa含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0005%であり、より好ましくは0.0008%である。Ca含有量の好ましい上限は0.002%である。
【0066】
[軟磁性部品用鋼材のミクロ組織]
本実施形態による軟磁性部品用鋼材のミクロ組織は、フェライト及び第二相からなる。第二相とは、パーライトである。パーライトは疑似パーライトも含む。本実施形態のミクロ組織において、主たる相はフェライトであり、フェライト粒の総面積率は80%以上である。
【0067】
[軟磁性部品用鋼材のフェライト粒の平均結晶粒径]
本実施形態による軟磁性部品用鋼材では、上述のフェライト粒の平均結晶粒径が5〜200μmである。フェライト粒の平均結晶粒径が5μm未満であれば、磁壁の移動が阻害され、磁気焼鈍後の軟磁性部品の磁性特性が低下する。一方、フェライト粒の平均結晶粒径が200μmを超える場合、磁気焼鈍後の疲労強度が低下する。したがって、フェライト粒の平均結晶粒径は5〜200μmである。フェライト粒の平均結晶粒径の好ましい下限は10μmであり、さらに好ましくは20μmである。フェライト粒の平均結晶粒径の好ましい上限は180μmであり、さらに好ましくは150μmである。
【0068】
軟磁性部品用鋼材のフェライト粒の面積率及びフェライト粒の平均結晶粒径は、次の方法で測定できる。軟磁性部品用鋼材から組織観察用のサンプルを採取する。具体的には、軟磁性部品用鋼材が棒鋼又は線材である場合、棒鋼又は線材の横断面(長手方向に垂直な面)のうち、表面と中心軸とを結ぶ半径Rの中央部(以下、R/2部という)から、ミクロ組織を観察するためのサンプルを採取する。R/2部のサンプルのうち、軟磁性部品用鋼材の長手方向と垂直な表面を観察面とする。観察面を研磨した後、サンプルの観察面を3%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)にてエッチングする。エッチングされた観察面を100倍の光学顕微鏡にて観察し、横断面の外周から1mmの位置において、任意の5視野を特定する。特定した各視野の写真画像を生成する。
【0069】
各視野において、フェライト粒をコントラストに基づいて特定する。具体的には、各視野において、フェライトは白く均一に観察され、パーライトは層状の組織が観察され、フェライトとパーライトとの粒界は、粒界腐食によって黒い線として観察される。さらに、フェライト及びパーライト以外の組織は、黒く観察される。したがって、各視野における黒い線に囲まれた白く均一に観察される領域をフェライト粒と判断する。以上の方法により、各視野におけるフェライト粒を特定する。
【0070】
各視野におけるフェライト粒を特定後、フェライト粒の面積をそれぞれ求める。求めたフェライト粒の面積から、フェライト粒の円相当径を求める。5視野において求めた円相当径の平均値を、フェライト粒の平均結晶粒径(μm)と定義する。さらに、5視野におけるフェライト粒の総面積の、5視野の総面積に対する割合を、フェライト粒の面積率(%)と定義する。なお、本明細書において、円相当径とは、組織観察における視野面において、観察された結晶粒又は析出物の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径を意味する。
【0071】
[粗大析出物個数Sv]
本実施形態による軟磁性部品用鋼材ではさらに、フェライト粒中の粗大析出物個数Sv(個/mm2)が式(1)を満たす。
Sv≦10V×7.0×106 (1)
ここで、式(1)中のVには、軟磁性部品用鋼材中のV含有量(質量%)が代入される。
【0072】
上述のとおり、粗大析出物とは、軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中に含まれる析出物のうち、円相当径が30nm以上の析出物を意味する。なお、上述のとおり本明細書において、円相当径とは、組織観察における視野面において、特定された結晶粒又は析出物の面積を、同じ面積を有する円に換算した場合の円の直径を意味する。なお、本実施形態の軟磁性部品用鋼材のフェライト中に含まれる析出物の円相当径の上限は、1000nm(1μm)である。すなわち、本実施形態において、粗大析出物の円相当径は、30nm〜1000nmである。
【0073】
上述のとおり、本実施形態の軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中の析出物は、V炭窒化物とNb炭窒化物とを含む。ここで、本明細書において、「炭窒化物」とは、炭化物、窒化物、及び、炭窒化物の総称である。すなわち、本明細書におけるV炭窒化物は、VとCとNとを含有する狭義のV炭窒化物だけでなく、VとCとを含有するV炭化物、及び、VとNとを含有するV窒化物も含む。
【0074】
本実施形態の軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中に含まれる析出物は、上述した化学組成として含有する各元素に由来する。上述の化学組成に基づいて、軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中に含まれる析出物は、そのほとんどがV炭窒化物であると考えられる。任意元素であるNbが含有される場合さらに、軟磁性部品用鋼材のフェライト粒中に含まれる析出物は、Nb炭窒化物も含むと考えられる。
【0075】
粗大析出物個数Svは次の方法により求めることができる。軟磁性部品用鋼材の断面の任意の箇所のうち、フェライト領域の組織観察用の薄膜サンプル(厚さ100nm)を採取する。軟磁性部品用鋼材が棒鋼又は線材である場合、R/2部(棒鋼又は線材の切断面(円形状)の中心点と外周との間を2等分する点を含む部分)から組織観察用の薄膜サンプルを採取し、フェライト粒部において、任意の5視野を特定する。
【0076】
特定した5視野に対して、40000倍の倍率での透過型電子顕微鏡(TEM)による組織観察を実施する。具体的には、任意の5視野(2.2μm×1.7μm)の写真画像を生成する。各視野の写真画像に対して画像処理を実施して、各視野中の析出物を特定する。析出物はコントラストに基づいて特定可能である。特定された各析出物の円相当径を、画像処理により求める。得られた円相当径に基づいて、30nm以上の円相当径の析出物(粗大析出物)を特定する。5視野において特定された粗大析出物の総個数を求め、総個数と5視野の総面積とに基づいて、粗大析出物個数Sv(個/mm2)を求める。
【0077】
図1を参照して、粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2を超えれば、600℃で60分保持した磁気焼鈍後の最大透磁率が0.0015N/A2未満となる。この場合さらに、磁気焼鈍後の軟磁性部品の疲労強度も低下する。これは次の理由によると考えられる。
【0078】
軟磁性部品用鋼材の粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2を超えれば、磁気焼鈍後の軟磁性部品中にも粗大な析出物が多数存在する。粗大化したV炭窒化物は磁気特性を阻害する。その結果、磁気焼鈍後の軟磁性部品の磁気特性が低下する。軟磁性部品用鋼材の粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2を超えればさらに、軟磁性部品用鋼材中にV、C、及び、Nが十分に固溶していない。この場合、磁気焼鈍時にV炭窒化物が微細に析出しにくい。その結果、磁気焼鈍後の軟磁性部品の疲労強度を十分に高めることができない。
【0079】
一方、図1を参照して、粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2以下であれば、磁気焼鈍後の最大透磁率が顕著に上昇して、0.0015N/A2以上となる。粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2以下であれば、軟磁性部品用鋼材においてV炭窒化物が十分に固溶している。そのため、磁気焼鈍において、微細なV炭窒化物が析出し、十分な疲労強度を確保できる。この場合さらに、粗大なV炭窒化物による軟磁性部品の磁気特性の低下を抑制できる。
【0080】
粗大析出物個数Svは少ないほど好ましい。しかしながら、上述のV含有量を考慮すれば、実操業において製造される軟磁性部品用鋼材中において、粗大析出物個数Svは1.0×105個/mm2以上存在してもよい。
【0081】
[軟磁性部品用鋼材の磁気焼鈍後の磁気特性]
本実施形態による軟磁性部品用鋼材は、200℃〜Ac1点で30〜180分保持すると、優れた磁気特性を示す。優れた磁気特性とは、具体的には、200℃〜Ac1点で30〜180分保持した軟磁性部品用鋼材は、JIS C 2504(2000)に準拠した、直流ヒステリシス測定試験において、最大透磁率が0.0015(N/A2)以上であることを意味する。
【0082】
軟磁性部品用鋼材の磁気焼鈍後の最大透磁率は次の方法で測定できる。軟磁性部品の加工を模擬した冷間加工(たとえば、冷間据え込みなど)を軟磁性部品用鋼材に対して実施する。冷間加工後の軟磁性部品用鋼材に対して、600℃で60分保持する磁気焼鈍を実施する。磁気焼鈍を実施した軟磁性部品鋼材から、機械加工により図2に示すリング状試験片を作製する。図2は、リング状試験片の正面図及び側面図である。リング状試験片の外径DOは30〜50mmとし、外径DO/内径DIは1.2〜1.4とする。もし、軟磁性部品用鋼材が棒鋼であって、その外径が30mm未満の場合、冷間での据込鍛造加工により、外径DOを30mm以上としたうえで、上の手順に従いリング状試験片を作製する。
【0083】
リング状試験片を用いて、JIS C 2504(2000)に準拠して、直流ヒステリシス測定試験を実施する。具体的には、10000A/mまでのB−Hカーブを測定して、最大透磁率(B/H、単位はN/A2)を求める。
【0084】
本実施形態による軟磁性部品用鋼材はたとえば、棒鋼又は線材である。軟磁性部品用鋼材が棒鋼である場合、棒鋼の長手方向に垂直な断面の円相当径はたとえば、20mm〜100mmである。棒鋼の上記断面は円形状であってもよいし、矩形状であってもよし、多角形状であってもよい。
【0085】
[軟磁性部品]
本実施形態の軟磁性部品用鋼材は、軟磁性部品として使用される。軟磁性部品とは、モータ、発電装置、電磁スイッチ等における交流磁界用の電装部品に代表される部品であり、保磁力が小さく透磁率が大きいことを特徴とする部品である。
【0086】
本実施形態による軟磁性部品は、冷間加工された上述の軟磁性部品用鋼材を磁気焼鈍することにより得られる。つまり、軟磁性部品の化学組成は、上述の軟磁性部品用鋼材の化学組成と同じである。軟磁性部品はさらに、フェライト粒中の粗大析出物個数Svが式(1)を満たし、最大透磁率が0.0015N/A2以上である。本実施形態による軟磁性部品は、上述の軟磁性部品用鋼材を利用して製造されるため、優れた磁気特性を有し、高い疲労強度を有する。
【0087】
[製造方法]
上述の本実施形態の軟磁性部品用鋼材及び軟磁性部品の製造方法を説明する。以下に説明する製造方法は軟磁性部品用鋼材及び軟磁性部品の製造方法の一例であって、本実施形態の軟磁性部品用鋼材及び軟磁性部品はこの製造方法に限定されない。
【0088】
[軟磁性部品用鋼材の製造方法]
上述の化学組成を有する素材を準備する。素材はたとえば、鋳片(ブルーム、スラブ又はビレット)、又は、鋼塊である。素材は次の方法により製造される。上記化学組成の溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。又は、溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造する。以上の工程により、素材を準備する。
【0089】
準備された素材に対して熱間加工工程を実施して、軟磁性部品用鋼材を製造する。熱間加工工程では通常、1又は複数回の熱間加工を実施する。各熱間加工を実施する前に、素材を加熱する。その後、素材に対して熱間加工を実施する。熱間加工はたとえば、熱間鍛造や、熱間圧延、熱間押出である。複数回熱間加工を実施する場合、初期の熱間加工はたとえば、分塊圧延又は熱間鍛造による粗圧延工程であり、最終の熱間加工はたとえば、連続圧延機を用いた仕上げ圧延工程である。熱間圧延機では、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。上記熱間加工工程により製造される軟磁性部品用鋼材はたとえば、棒鋼又は線材である。
【0090】
最終の熱間加工は、たとえば、加熱温度は1000〜1300℃で実施する。加熱温度が高すぎれば、オーステナイト粒が粗大化する場合がある。この場合、熱間加工および冷却後に得られるフェライト粒の平均結晶粒径が大きくなりすぎる。一方、加熱温度が低すぎれば、オーステナイト粒が微細となる場合がある。この場合、熱間加工および冷却後に得られるフェライト粒の平均結晶粒径が小さくなりすぎる。したがって、最終の熱間加工の加熱温度は1000〜1300℃とするのが好ましい。
【0091】
最終の熱間加工はさらに、たとえば、加熱時間は30〜120分で実施する。加熱時間が短すぎれば、オーステナイト変態が十分に完了せず、フェライトとの二相組織となる場合がある。この場合、熱間加工および冷却後に得られるフェライト粒の平均結晶粒径が大きくなりすぎる。一方、加熱時間が長すぎれば、オーステナイト粒が粗大化する場合がある。この場合、熱間加工および冷却後に得られるフェライト粒の平均結晶粒径が大きくなりすぎる。したがって、最終の熱間加工の加熱時間は30〜120分とするのが好ましい。
【0092】
最終の熱間加工はさらに、たとえば、仕上げ温度は800〜1100℃で実施する。仕上げ温度が低すぎれば、オーステナイト粒が微細となる場合がある。この場合、熱間加工および冷却後に得られるフェライト粒の平均結晶粒径が小さくなりすぎる。一方、仕上げ温度が高すぎれば、再結晶によりオーステナイト粒径が粗大となる場合がある。この場合、熱間加工および冷却後に得られるフェライト粒の平均結晶粒径が小さくなりすぎる。したがって、最終の熱間加工の仕上げ温度は800〜1100℃とするのが好ましい。
【0093】
最終の熱間加工後における軟磁性部品用鋼材を、冷却速度CR1000-500で冷却する。本明細書において、冷却速度CR1000-500とは、仕上げ温度が1000〜1100℃の場合、1000〜500℃の温度域での冷却速度を意味する。冷却速度CR1000-500とはさらに、仕上げ温度が800〜1000℃未満の場合、仕上げ温度〜500℃の温度域での冷却速度を意味する。冷却速度CR1000-500は次のとおりである。
冷却速度CR1000-500:0.10℃/秒以上
【0094】
最終の熱間加工後における軟磁性部品用鋼材の冷却速度CR1000-500は、軟磁性部品用鋼材中の粗大析出物個数Svに影響する。冷却速度CR1000-500が0.10℃/秒未満であれば、冷却中の鋼材中に析出するV炭窒化物が粗大になる。そのため、円相当径が30nm以上の析出物の個数(粗大析出物個数)Svが10V×7.0×106個/mm2を超える。冷却速度CR1000-500が0.10℃/秒未満であればさらに、フェライト粒が再結晶する場合がある。この場合、フェライト粒の平均結晶粒径が大きくなりすぎる。一方、冷却速度CR1000-500が0.10℃/秒以上であれば、析出するV炭窒化物が微細となる。その結果、粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2以下になる。
【0095】
冷却速度CR1000-500の好ましい下限は0.30℃/秒であり、より好ましくは0.50℃/秒であり、さらに好ましくは0.80℃/秒である。冷却速度CR1000-500の好ましい上限は5.00℃/秒である。5.00℃/秒を超えると、ベイナイト及び/又はマルテンサイトが生成する場合がある。この場合、フェライト粒の面積率が低下する。その結果、冷間加工性が低下する。
【0096】
冷却速度CR1000-500は次の方法で求めることができる。最終の熱間圧延後の軟磁性部品用鋼材の表面温度を放射温度計で測定する。仕上げ温度が1000〜1100℃の場合、1000℃から500℃になるまでの時間を測定する。仕上げ温度が800〜1000℃未満の場合、仕上げ温度から500℃になるまでの時間を測定する。得られた時間に基づいて、冷却速度CR1000-500を求める。
【0097】
以上の製造工程により、本実施形態の軟磁性部品用鋼材である棒鋼又は線材が製造される。これらの軟磁性部品用鋼材は冷間加工性に優れる。また、上述の軟磁性部品用鋼材は、後述の磁気焼鈍後においても、優れた磁気特性を有する。
【0098】
[軟磁性部品の製造方法]
軟磁性部品の製造方法の一例は次のとおりである。上述の軟磁性部品用鋼材に対して冷間加工を実施して、所望の部品形状に成型する。冷間加工はたとえば伸線加工、冷間鍛造、冷間引抜きである。
【0099】
所望の部品形状に成形された軟磁性部品用鋼材に対して、磁気焼鈍を実施する。これにより、冷間加工により軟磁性部品用鋼材に導入されたひずみが除去され、磁気特性が回復する。好ましい磁気焼鈍の温度(磁気焼鈍温度)は200℃〜Ac1点である。この磁気焼鈍温度での好ましい保持時間は30分以上である。
【0100】
磁気焼鈍温度が200℃以上であれば、磁気焼鈍中に微細なV炭窒化物が十分に析出して、軟磁性部品の強度が十分に高くなる。軟磁性部品の内部への伝熱を考慮した場合、さらに好ましい磁気焼鈍温度は400℃である。磁気焼鈍温度がAc1点以下であれば、析出したV炭窒化物の粗大化を抑制できる。その結果、軟磁性部品において、高い強度が得られる。熱処理ひずみの観点から、さらに好ましい磁気焼鈍温度の上限は730℃である。
【0101】
また、上記磁気焼鈍温度での保持時間が30分以上であれば、微細なV炭窒化物が十分な量析出する。そのため、軟磁性部品において、高い疲労強度が得られる。保持時間が長くても、上記効果が得られる。しかしながら、保持時間が長すぎれば、製造コストが高くなる。したがって、保持時間の好ましい上限は180分である。
【0102】
以上の製造工程により軟磁性部品が製造される。本実施形態の軟磁性部品は、磁気特性に優れ、さらに、高い疲労強度を有する。
【実施例】
【0103】
以下、実施例により本実施形態の軟磁性部品用鋼材及び軟磁性部品を説明する。なお、本実施形態の軟磁性部品用鋼材及び軟磁性部品は本実施例に限定されるものではない。本実施例は、本実施形態の軟磁性部品用鋼材及び軟磁性部品の一例である。
【0104】
[軟磁性部品用鋼材の製造]
表1に示す化学成分を有する鋼を真空溶解炉により溶製した。製造された溶鋼を用いて、造塊法により150kgのインゴットを製造した。
【0105】
【表1】
【0106】
試験番号49以外の各試験番号のインゴットを1000〜1300℃で30〜120分加熱した。加熱されたインゴットに対して熱間加工(熱間鍛伸)を実施して、直径42mmの棒鋼(軟磁性部品用鋼材)を製造した。熱間鍛伸の仕上げ温度は800〜1100℃であった。一方、試験番号49のインゴットを1300℃で120分加熱した。加熱されたインゴットに対して熱間鍛伸を実施して、直径42mmの棒鋼を製造した。熱間鍛伸の仕上げ温度は1150℃であった。各試験番号の熱間鍛伸の棒鋼の冷却速度CR1000-500は、表2に示すとおりであった。
【0107】
【表2】
【0108】
[粗大析出物個数測定試験]
各試験番号の棒鋼において、上述の方法で、R/2部から組織観察用の薄膜サンプルを採取した。薄膜サンプルの観察面は、20μm×15μm、厚さは100nmであった。薄膜サンプルのうちフェライト粒の領域から、任意の視野を5視野特定した。各視野(2.2μm×1.7μm)に対して、40000倍の倍率で、透過型電子顕微鏡(TEM)による組織観察を実施し、写真画像を生成した。各視野の写真画像に対して画像処理を実施して、各視野中の析出物を特定した。析出物は、コントラストに基づいて特定可能であった。特定された各析出物の円相当径を、画像処理により求めた。得られた円相当径に基づいて、30nm以上の円相当径の析出物(粗大析出物)を特定した。5視野において特定された粗大析出物の総個数を求め、総個数と5視野の総面積とに基づいて、粗大析出物個数Sv(個/mm2)を求めた。求めた粗大析出物個数Svを、粗大析出物個数Sv/(10V×106)(個/(mm2×質量%))として、表2に示す。
【0109】
[ミクロ組織観察]
各試験番号の棒鋼から、図3に示す丸棒試験片を作製した。丸棒試験片は、直径42mmの棒鋼のR/2位置を中心とした直径D=14mm、長さL=21mmの試験片であった。丸棒試験片の長手方向は、棒鋼の長手方向と平行であった。丸棒試験片の横断面の中心部からサンプルを採取した。上述の方法により、フェライト粒を特定し、フェライト粒の平均結晶粒径(μm)を求めた。求めたフェライト粒の平均結晶粒径を表2に示す。なお、いずれの試験片においても、フェライト粒の総面積率は80%以上であった。
【0110】
[冷間加工性評価試験]
各試験番号の棒鋼から、図3に示す丸棒試験片を作製した。丸棒試験片は、直径42mmの棒鋼のR/2位置を中心とした直径D=14mm、長さL=21mmの試験片であった。丸棒試験片の長手方向は、棒鋼の長手方向と平行であった。
【0111】
作製された丸棒試験片に対して、冷間圧縮試験を実施した。冷間圧縮試験には500ton油圧プレスを使用した。複数の丸棒試験片を使用して圧縮率(圧縮加工量)を段階的に引き上げて、冷間圧縮を実施した。具体的には、初期の圧縮率で複数の丸棒試験片を冷間圧縮した。冷間圧縮後、各丸棒試験片に割れが発生したか否かを目視により確認した。割れが確認された丸棒試験片を排除した後、残った丸棒試験片(つまり、割れが観察されなかった丸棒試験片)に対して、圧縮率を引き上げて冷間圧縮を再度実施した。実施後、割れの有無を確認した。割れが確認された丸棒試験片を排除した後、残った丸棒試験片に対して、圧縮率をさらに引き上げて冷間圧縮を再度実施した。以上の圧縮試験を繰り返し、割れが確認された丸棒試験片の個数が、丸棒試験片の総個数の半数になるまで、上記工程を繰り返した。
【0112】
上記圧縮試験において、割れの発生した試験片の数が50%以上となった最低の圧縮率(圧縮加工量)、つまり、割れが確認された丸棒試験片の個数が、丸棒試験片総数の半数となったときの圧縮率を、限界圧縮率(%)と定義した。
【0113】
本実施例では、限界圧縮率が75%以上であれば、冷間加工性に非常に優れると判断した(表2中において「E(Excellent)」で表示)。限界圧縮率が65%〜75%未満であれば、冷間加工性に優れると判断した(表2中において「G(Good)」で表示)。限界圧縮率が65%未満であれば、冷間加工性が低いと判断した(表2中において「NA(Not Acceptable)」で表示)。
【0114】
[軟磁性部品の製造]
各試験番号の直径42mmの棒鋼に対して機械加工を実施して、直径30mmの円柱状の丸棒試験片を作製した。丸棒試験片の中心軸は、棒鋼の中心軸と同軸であった。各試験番号の丸棒試験片に対して、同一の条件で、冷間にて据込加工を実施して、中間材を複数製造した。据込加工の加工率は75%であった。試験番号4以外の中間材に対して、磁気焼鈍を実施した。磁気焼鈍温度は600℃であり、磁気焼鈍温度での保持時間は60分であった。磁気焼鈍後の中間材から、機械加工により図2に示すリング状試験片を作製した。リング状試験片の外径DOは45mm、内径DIは33mm、厚さTは5mmであった。
【0115】
[磁気特性評価試験]
製造された軟磁性部品を用いて、JIS C 2504(2000)に準拠して、直流ヒステリシス測定試験を実施した。具体的には、10000A/mまでのB−Hカーブを測定して、最大透磁率(N/A2)を求めた。
【0116】
本実施例では、最大透磁率μが0.0025N/A2以上であれば、磁気特性が非常に優れると判断した(表2中において「E」で表示)。最大透磁率μが0.0015〜0.0025N/A2未満であれば、磁気特性に優れると判断した(表2中において「G」で表示)。最大透磁率μが0.0015N/A2未満であれば、磁気特性が低いと判断した(表2中において「NA」で表示)。
【0117】
[磁気焼鈍後の疲労強度評価試験]
各試験番号の直径42mmの棒鋼に対してピーリング加工を実施して、直径36mmの丸棒試験片を作製した。各試験番号の丸棒試験片に対して、同じ条件(加工率75%)で冷間引抜き加工を実施して、中間材を製造した。製造された中間材に対して、磁気焼鈍を実施した。磁気焼鈍温度は600℃であり、保持時間は60分であった。以上の工程により、軟磁性部品を製造した。
【0118】
製造された軟磁性部品から、図4に示す疲労試験片を作製した。図4中の各数値は該当部分の寸法(単位はmm)を示す。疲労試験片を用いて、小野式回転曲げ疲労試験を実施した。回転曲げ疲労試験は、室温(25℃)、大気雰囲気にて、回転数3600rpmの両振り条件で実施した。複数の疲労試験片に対して加える応力を変えて拾う試験を実施して、107サイクル後に破断しなかった最も高い応力を疲労強度FS1(MPa)と定義した。
【0119】
同様に、冷間引抜き加工前の直径36mmの丸棒試験片から、図4に示す疲労試験片を作製し、軟磁性部品の場合と同じ条件で小野式回転曲げ疲労試験を実施して、疲労強度FS2(MPa)を求めた。
【0120】
得られた疲労強度FS1の疲労強度FS2に対する比(疲労強度比、単位は%)を、次式により求めた。
疲労強度比=FS1/FS2×100
【0121】
本実施例では、得られた疲労強度比が110%を超える場合、非常に高い強度が得られたと判断した(表2中において「E」で表示)。疲労強度比が90〜110%である場合、高い強度が得られたと判断した(表2中において「G」で表示)。疲労強度比が90%未満であれば、強度が低いと判断した(表2中において「NA」で表示)。
【0122】
[試験結果]
試験結果を表2に示す。試験番号1、3、6、7、10、11、13、14、16、18、19、21、22、24、25、28、29、31、32、34〜36、38〜44、及び、46〜48では、化学組成が適切であり、製造方法も適切であった。その結果、軟磁性部品用鋼材における粗大析出物個数Svはいずれも10V×7.0×106個/mm2以下であった。そのため、いずれの試験番号においても、冷間加工性に優れた。さらに、これらの試験番号の軟磁性部品では、最大透磁率が0.0015N/A2以上であり、磁気焼鈍後の磁気特性に優れた。さらに、これらの試験番号の軟磁性部品では、磁気焼鈍後の疲労強度に優れた。
【0123】
また、同じ化学組成の試験番号42〜44を参照して、冷却速度CR1000-500が速くなるに従い、最大透磁率が高くなった。具体的には、冷却速度CR1000-500が最も速い試験番号42の最大透磁率が最も高く、冷却速度CR1000-500最も低い試験番号44の最大透磁率が最も低くなった。さらに、冷却速度CR1000-500が最も速い試験番号42の疲労強度は、他の試験番号43及び44の疲労強度よりも高かった。
【0124】
一方、試験番号2、試験番号5及び試験番号23では、熱間加工後の冷却速度CR1000-500が遅すぎた。そのため、軟磁性部品用鋼材中の粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2を超えた。その結果、磁気焼鈍後の軟磁性部品の磁気特性及び疲労強度が低かった。
【0125】
試験番号4では、磁気焼鈍を実施しなかった。その結果、軟磁性部品の磁気特性が低かった。
【0126】
試験番号8では、C含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。さらに、磁気焼鈍後の軟磁性部品の最大透磁率が0.0015N/A2未満であり、磁気特性が低かった。
【0127】
試験番号9では、C含有量が低すぎた。その結果、磁気焼鈍後の軟磁性部品の疲労強度が低かった。
【0128】
試験番号12では、Si含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0129】
試験番号15では、Mn含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0130】
試験番号17では、P含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0131】
試験番号20では、S含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0132】
試験番号26では、V含有量が高すぎた。そのため、粗大析出物個数Svが10V×7.0×106個/mm2を超えた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。さらに、磁気焼鈍後の軟磁性部品の最大透磁率が0.0015N/A2未満であり、磁気特性が低かった。
【0133】
試験番号27及び45では、V含有量が低すぎた。その結果、磁気焼鈍後の軟磁性部品の疲労強度が低かった。
【0134】
試験番号30では、Al含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0135】
試験番号33では、Cr含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0136】
試験番号37では、N含有量が高すぎた。その結果、軟磁性部品用鋼材の冷間加工性が低かった。
【0137】
試験番号49では、フェライト粒の平均結晶粒径が大きすぎた。その結果、磁気焼鈍後の軟磁性部品の疲労強度が低かった。
【0138】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【産業上の利用可能性】
【0139】
本実施形態による軟磁性部品用鋼材は、優れた磁気特性及び高い強度が求められる部品に広く利用可能である。特に、モータ、発電装置、電磁スイッチ等における交流磁界用のコア材に代表される、電装部品に適式である。
図1
図2
図3
図4