(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6801727
(24)【登録日】2020年11月30日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】機械式ねじおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20201207BHJP
F16B 33/02 20060101ALI20201207BHJP
F16B 35/00 20060101ALI20201207BHJP
F16B 37/00 20060101ALI20201207BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20201207BHJP
C21D 9/08 20060101ALI20201207BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20201207BHJP
E02D 5/24 20060101ALN20201207BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
F16B33/02 Z
F16B35/00 J
F16B37/00 C
C22C38/58
C21D9/08 E
C21D9/00 B
!E02D5/24 103
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-35647(P2019-35647)
(22)【出願日】2019年2月28日
(65)【公開番号】特開2019-163538(P2019-163538A)
(43)【公開日】2019年9月26日
【審査請求日】2019年9月20日
(31)【優先権主張番号】特願2018-35739(P2018-35739)
(32)【優先日】2018年2月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】木村 達己
(72)【発明者】
【氏名】市川 和臣
【審査官】
太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭62−253730(JP,A)
【文献】
特表2018−509523(JP,A)
【文献】
特開昭59−013049(JP,A)
【文献】
特開2006−283314(JP,A)
【文献】
特開2015−155622(JP,A)
【文献】
特開2016−084621(JP,A)
【文献】
国際公開第99/053147(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/00 − 9/44
C21D 9/50
F16B 23/00 − 43/02
E02D 5/22 − 5/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒体の内周面または外周面に多条ねじを有する機械式ねじであって、前記円筒体は、
質量%で、
C:0.05〜0.18%、
Si:0.01〜1.00%、
Mn:0.6〜2.0%、
P:0.025%以下、
S:0.015%以下、
Al:0.001〜0.050%、
Ti:0.005〜0.025%、
Ni:0.05〜3.0%、
B:0.0005〜0.0030%および
N:0.0020〜0.0060%
を含み、さらに、
Cu:0.8%以下、
Cr:1.5%以下、
Mo:1.5%以下、
V:0.3%以下および
Nb:0.1%以下
のいずれか2種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物の成分組成を有し、次式(1)に示すDi値が140〜280、次式(2)式に示すCeq値が0.60〜0.70%であり、1/2t部の0.2%耐力が680MPa以上、1/2t部の引張強さが780MPa以上および1/2t部の0℃シャルピー吸収エネルギーが47J以上である、機械式ねじ。
Di=25.4×DI0C×f・Si×f・Mn×f・Cu×f・Ni×f・Cr×f・Mo×f・V×1.3 …(1)
ここで、DI0C=0.3241×√C(%)
f・Si=0.75Si(%)+1
f・Mn=3.33Mn(%)+1
f・Cu=0.35Cu(%)+1
f・Ni=0.36Ni(%)+1
f・Cr=2.16Cr(%)+1
f・Mo=3.00Mo(%)+1
f・V=1.75V(%)+1
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(2)
但し、上式(1)におけるM(%)および上式(2) におけるM(Mは元素記号)は、当該元素の質量%を意味する。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに質量%で、
Ca:0.010%以下、
REM:0.010%以下、
Mg:0.010%以下および
Zr:0.010%以下
のいずれか1種または2種以上を含む請求項1に記載の機械式ねじ。
【請求項3】
請求項1または2の成分組成を有する円筒体に、Ac3+30℃〜Ac3+70℃の温度域に加熱後、少なくとも800〜400℃の温度域を2〜20℃/sの平均冷却速度で冷却する、焼入れ処理を施し、次いで焼戻し処理を行った後、該円筒体の内周面または外周面に多条ねじを形成する、1/2t部の0.2%耐力が680MPa以上、1/2t部の引張強さが780MPa以上、1/2t部の0℃シャルピー吸収エネルギーが47J以上である、機械式ねじの製造方法。
【請求項4】
前記焼戻し処理は、580℃〜650℃の温度域に加熱後550〜400℃の温度域の平均冷却速度
を1℃/s以上とする請求項3に記載の機械式ねじの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円筒体の内周面または外周面に多条ねじを有する機械式ねじおよびその製造方法に関するものである。機械式ねじは、鋼管杭、鋼管矢板および構真柱などの地中に打設されて構造体となる鋼管を相互に接合する際の機械式継手として機能するものである。
巨大地震などの際にねじ底からの脆性破壊を抑制させた、靭性に優れるねじ式機械継手およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地滑り抑止用の鋼管杭や長尺の支持杭等は、施工場所の条件によって、例えば直径が200〜1500mm程度で長さが数十mにも及ぶものが必要になる。このような場合、施工現場において杭の打設途中で短尺の鋼管杭の複数本を順次接合することが必要となる。この接合には、接合対象となる鋼管杭のそれぞれの端部に取り付けられて機械式の接合継手となる、機械ねじが用いられる。
【0003】
地滑り抑止用の鋼管杭や長尺の支持杭、構真柱等を接合する際は、施工場所や想定応力条件によって、接合継手となる機械式ねじの直径が1200mm超え、厚さが50mmを超えることもある。さらに、機械式ねじには、降伏強度:680MPa以上、引張強度:780MPa以上の高強度を有し、大断面で厚肉であることが要求されるようになっている。
【0004】
このような機械式接合継手の例として、特許文献1に開示された、「鋼管杭の接合継手」がある。この鋼管杭の接合継手の典型例を
図1に示す。
図1に示す接合継手1は、鋼管杭2および3を接合する継手であり、接合される一方の鋼管杭2の端面に固着された、雄ねじを有する雄側筒体10と、他方の鋼管杭3の端面に固着された、雌ねじを有する雌側筒体20とからなる。それぞれの筒体に形成されるねじは、3条以上の多条ねじになっている。雄側筒体10に雌側筒体20をねじ込むことによって、鋼管杭2および3を接合する継手となる。その際、雌側筒体20の基端に形成した内周座11に雄側筒体10の先端部21が当接するとともに、雌側筒体20の先端傾斜部12は雄側筒体10の基端傾斜部22と当接し、雄側筒体10および雌側筒体20が隙間なく合体する。
【0005】
上記の雄側筒体10または雌側筒体20となる機械式ねじは、例えば
図2に示すような工程で製造される。すなわち、連続鋳造製のブルームまたは造塊法による鋼塊(インゴット)を熱間圧延により大棒とする。この大棒を再加熱後、据込み鍛造、穿孔、穴広げ、リング鍛造を行って円筒状の機械式ねじ用素材としたのち、焼入れ、そして焼戻し処理を行う。次いで、機械加工により、機械式ねじ用素材の外周面および内周面の切削並びにねじ切りを行って、所定の機械式ねじに成形する。なお、
図2に示す機械式ねじは雌側筒体に供するものである。なお、雄側筒体は機械式ねじ用素材の外周側にねじ切りを行うことになる。
【0006】
機械式ねじの断面形状をリング鍛造後の素材形状と比較して
図3に示す。なお、
図3には、
図1における雌側筒体20となる機械式ねじの場合を示し、典型的な寸法も併記している。
図3に示すように、素材の外周面および内周面を均等に切削したのち、雌側筒体の場合は、内周面にねじ切りが行われる。
さて、巨大地震などにより機械式ねじは主としてねじ底にねじりや引張応力などの応力集中を生じる。一方、ねじ加工後のねじ底は、
図3の素材の周壁部分の拡大図を
図4に示すように、機械式ねじ用素材の径方向厚みの中心となることが一般的である。これは、雄側筒体の場合も同様である。そのため、巨大地震によるねじ底からの破壊を抑制するためには、素材の肉厚中心部において高強度で且つ靭性に優れる機械式ねじを提供する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015−155622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、近年の直径が1200mmを超え、かつ厚さが50mmを超えるような、大断面かつ厚肉の機械式ねじでは、厚み中心部の偏析の存在や熱処理時の冷却速度の低下などに起因して高強度化および強靭化の両立は極めて困難であった。
【0009】
そこで、本発明は、特に、上記した大断面かつ厚肉の機械式ねじにおいて、高強度化および強靭化を両立するための方途について与えることを目的とする。本発明の他の目的は、高強度かつ高靭性の機械式ねじを製造する方法について提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、直径が1200mmを超え、かつ厚さが50mmを超えるような、大断面かつ厚肉の機械式ねじにおいて、耐震性向上のために高強度で強靭な特性を得るための手法について鋭意研究を行った。具体的には、0.2%耐力が680MPa以上および引張強さ780MPa以上であり、また、巨大地震時のねじ底からの破壊を抑制するために、上記した円筒形の機械式ねじ用素材における径方向厚み中心部(以下、1/2t部ともいう)の0℃での2mmVノッチシャルピー吸収エネルギーが47J以上とすることを所期して種々の検討を重ねた。
【0011】
すなわち、
図3に示したとおり、機械式ねじのねじ底は、機械加工前の円筒形の機械式ねじ用素材における1/2t部に対応し、この1/2t部は出発材であるブルームやインゴットにおいてマクロ偏析が発生しやすい上に焼入れ処理において冷却速度が遅くなって組織が粗くなる部位であることから、1/2t部では強度や靭性を確保するのが難しい。従って、この1/2t部における、強度や靭性を向上することが重要になる。
【0012】
以上を踏まえて鋭意検討したところ、成分組成を元素毎に規制することに加えて、所定の制約下で成分組成を設計することが、特に機械式ねじ用素材における1/2t部における強度や靭性の向上に有効であることを見出し、本発明を完成するに到った。本発明の要旨構成は、次のとおりである。
【0013】
1.円筒体の内周面または外周面に多条ねじを有する機械式ねじであって、前記円筒体は、
質量%で、
C:0.05〜0.18%、
Si:0.01〜1.00%、
Mn:0.6〜2.0%、
P:0.025%以下、
S:0.015%以下、
Al:0.001〜0.050%、
Ti:0.005〜0.025%、
B:0.0005〜0.0030%および
N:0.0020〜0.0060%
を含み、さらに、
Cu:0.8%以下、
Ni:3.0%以下、
Cr:1.5%以下、
Mo:1.5%以下、
V:0.3%以下および
Nb:0.1%以下
のいずれか2種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物の成分組成を有し、次式(1)に示すDi値が140〜280、次式(2)式に示すCeq値が0.60〜0.70%である、機械式ねじ。
Di=25.4×DI0C×f・Si×f・Mn×f・Cu×f・Ni×f・Cr×f・Mo×f・V×1.3 …(1)
ここで、DI0C=0.3241×√C(%)
f・Si=0.75Si(%)+1
f・Mn=3.33Mn(%)+1
f・Cu=0.35Cu(%)+1
f・Ni=0.36Ni(%)+1
f・Cr=2.16Cr(%)+1
f・Mo=3.00Mo(%)+1
f・V=1.75V(%)+1
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(2)
但し、上式(1)におけるM(%)および上式(2) におけるM(Mは元素記号)は、当該元素の質量%を意味する。
【0014】
2.前記成分組成は、さらに質量%で、
Ca:0.010%以下、
REM:0.010%以下、
Mg:0.010%以下および
Zr:0.010%以下
のいずれか1種または2種以上を含む前記1に記載の機械式ねじ。
【0015】
3.前記1または2の成分組成を有する円筒体に、Ac
3+30℃〜Ac
3+70℃の温度域に加熱後、少なくとも800〜400℃の温度域を2〜20℃/sの平均冷却速度で冷却する、焼入れ処理を施し、次いで焼戻し処理を行った後、該円筒体の内周面または外周面に多条ねじを形成する機械式ねじの製造方法。
なお、Ac
3(℃)は次式の通りとする。
Ac
3=937.2−436.5C+56Si−19.7Mn−16.3Cu−26.6Ni−4.9Cr+38.1Mo+124.8V+136.3Ti−19.1Nb+198.4Al+3315B+42
ここで、元素記号は当該元素の含有量(質量%)を示し、含まれていない元素はゼロとする。
【0016】
4.前記焼戻し処理は、580〜650℃の温度域に加熱後550〜400℃の温度域の平均冷却速度を1℃/s以上とする前記3に記載の機械式ねじの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、高強度かつ高靭性の機械式ねじを提供することができる。具体的には、0.2%耐力が680MPa以上、引張強さが780MPa以上、1/2t部の0℃シャルピー吸収エネルギーが47J以上で厚肉の機械式ねじを安価に提供することができる。この機械式ねじを用いて鋼管杭を連結すれば、強固な接合が実現されるため、例えば大深度地下空間の有効活用などの都市部のインフラ開発に大きく寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図3】機械式ねじの断面形状とリング鍛造後の素材形状とを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、はじめに、成分組成における各元素含有量の限定理由について述べる。なお、成分における%表示は、特に断らない限り質量%を意味する。
C:0.05〜0.18%
Cは、機械式ねじに求められる強度をより低コストに得るために有用な元素であって、その効果を得るには、少なくとも0.05%の含有が必要である。一方、0.18%を超えての含有は、母材や溶接部の靭性を低下させるとともに、溶接性も悪化させる。そのため、上限は0.18%とした。好ましくは、0.08〜0.18%の範囲である。
【0020】
Si:0.01〜1.00%
Siは、固溶強化元素として特に厚肉材の高強度化に有用である。また、一部は脱酸材としても作用する。このような効果を得るには、0.01%以上の含有が必要である。一方、1.00%を超えての含有は、溶接熱影響部の靭性を低下させることから、0.01〜1.00%の範囲とする。好ましくは、0.05〜0.60%である。
【0021】
Mn:0.6〜2.0%
Mnは、焼入れ性を向上させ、母材の高強度化のために含有させるが、0.6%未満ではその効果が小さい。一方、2.0%を超えての含有は素材のマクロ偏析を助長し、母材靭性を低下させることから、0.6〜2.0%の範囲とした。好ましくは、0.8〜1.8%である。
【0022】
P:0.025%以下
Pは、不可避的不純物として鋼中に存在するが、0.025%を超えて存在すると、特に、偏析部において粒界割れを促進するため、0.025%以下とする。一方、量産化プロセスにおいてPを0.001%未満とするには、生産性の低下を招き非常に高価となることから下限は、0.001%であることが好ましい。好適範囲は、0.003〜0.020%である。
【0023】
S:0.015%以下
Sは、Pと同様に鋼中に不可避的不純物として混入するが、0.015%を超えると母材や溶接熱影響部の靭性を低下させるため、上限を0.015%とした。一方、量産化プロセスにおいてSを0.001%未満とするには、生産性の低下を招いて製品が非常に高価となることから、下限は0.001%であることが好ましい。好適には、0.001〜0.010%の範囲である。
【0024】
Al:0.001〜0.050%
Alは、脱酸材として添加するが、0.001%未満ではその効果が小さいため、0.001%以上の含有とする。一方、0.050%を超えて含有させてもその効果は飽和するため、0.001〜0.050%の範囲とした。好ましくは、0.005〜0.040%である。
【0025】
Ti:0.005〜0.025%
Tiは、NをTiNとして固定し、B添加による焼入れ性の向上を有効に機能させるために含有させる。そのためには、0.005%以上の含有が必要である。一方、0.025%を超えての含有は母材や溶接部の靭性を低下させることから、0.005〜0.025%の範囲とした。好ましくは、0.007〜0.020%である。
【0026】
B:0.0005〜0.0030%
Bは、焼入れ性を向上させるのに有効な元素であり、特に厚肉材の中心部の高強度化に対して有効である。そのためには、0.0005%以上で含有させる必要がある。一方、Bの含有量が0.0030%を超えると、ボライドを形成して靭性を低下させるため、0.0005〜0.0030%の範囲とした。好ましくは、0.0007〜0.0025%である。
【0027】
N:0.0020〜0.0060%
Nは、TiやAlと結合して窒化物を形成し、組織の細粒化に寄与する。これらの効果を得るためには、0.0020%以上が必要である。一方、N量が多くなると、NはBと結合してBNが形成されて焼入れ性を阻害することになるから、N量の上限は0.0060%とする。好適範囲は、0.0020〜0.0055%である。
【0028】
さらに、Cu:0.8%以下、Ni:3.0%以下、Cr:1.5%以下、Mo:1.5%以下、V:0.3%以下およびNb:0.1%以下の群から選ばれる、いずれか2種以上を含有する必要がある。これらの群のうち、含有される元素が1種のみでは、焼入れ性(Di値)と焼戻し後の強度(Ceq値)について、表層と内部とでバランスさせることが困難であり、2種以上を含有することが必要である。好ましくは、3種以上である。
Cu:0.8%以下
Cuは、主に鋼中に固溶し、靭性を損なうことなく高強度化するのに有効であるが、0.8%を超えて添加する場合には、熱間での圧延、据込み鍛造、穿孔、リング鍛造時に割れが生じることから、上限を0.8%とした。好ましくは、0.05〜0.6%である。
【0029】
Ni:3.0%以下
Niは、鋼の強度と靭性を向上させる有効な元素である。しかしながら、非常に高価な元素でもあり、経済性を大きく低下させるため、その上限を3.0%とした。好ましくは、0.05〜2.0%である。
【0030】
Cr:1.5%以下
Crは、焼入れ性を向上させることで高強度化に有効な元素である。しかしながら、1.5%を超えての添加は溶接性を低下させるため、上限を1.5%とした。好ましくは、0.05〜1.3%である。
【0031】
Mo:1.5%以下
Moは、Crと同様に焼入れ性を向上させることで高強度化に有効な元素である。しかしながら、1.5%を超えての添加は溶接性を低下させるため、上限を1.5%とした。好ましくは、0.03〜1.2%である。
【0032】
V:0.3%以下
Vは、VNを形成して焼戻し軟化抵抗を向上させ、強度と靭性の向上に有効な元素である。しかしながら、0.3%を超えての添加は、非常に高価な元素であり、経済性の低下を招くため、上限を0.3%とした。好ましくは、0.005〜0.2%である。
【0033】
Nb:0.1%以下
Nbは、Vと同様にNb(C,N) を形成して焼戻し軟化抵抗を向上させ、強度と靭性の向上に有効な元素である。しかしながら、0.1%を超えての添加は、非常に高価な元素であり、経済性の低下を招くため、上限を0.1%とした。好ましくは、0.003〜0.02%である。
【0034】
上記した基本成分組成において、次式(1)に示すDi値が140〜280、および次式(2)に示すCeq値が0.60〜0.70%であることが肝要である。
Di=25.4×DI0C×f・Si×f・Mn×f・Cu×f・Ni×f・Cr×f・Mo×f・V×1.3 …(1)
ここで、DI0C=0.3241×√C(%)
f・Si=0.75Si(%)+1
f・Mn=3.33Mn(%)+1
f・Cu=0.35Cu(%)+1
f・Ni=0.36Ni(%)+1
f・Cr=2.16Cr(%)+1
f・Mo=3.00Mo(%)+1
f・V=1.75V(%)+1
Ceq=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 …(2)
【0035】
上記のDi値は、鋼材の焼入れ性を示す指標であり、添加する合金元素によって上記した式(1)に従って求めることができる。上記のDi値が160未満の場合、焼入れ時に上記した機械式ねじ用素材(
図3参照)の厚み中心部の焼きが甘くなり、厚み中心部の強度が下がるとともに、靭性も低下する。一方、Di値が280を超えると、機械式ねじ用素材の表層が過度に硬くなり、表面の靭性を低下させる。そのため、Di値は140〜280の範囲とする。好適には、150〜250の範囲である。
【0036】
次に、上記(2)式で定義されるCeq値は、強度および溶接性の指標であり、このCeq値が0.60%未満であると、高強度を得るために焼戻し温度を低くする必要があり、特に機械式ねじ用素材の厚み中心の靭性を低下させる。一方、Ceq値が0.70%を超えると、機械式ねじを例えば鋼管に溶接する際の予熱温度を高くする必要があり、溶接施工性を低下させる。そのため、Ceq値は0.60〜0.70%の範囲とした。好ましくは、0.60〜0.68%である。
以上の基本成分を含み、残部は不可避的不純物およびFeである。
【0037】
上記した基本成分にさらに、必要に応じて、Ca:0.010%以下、REM:0.010%以下、Mg:0.010%以下およびZr:0.010%以下の1種または2種以上を添加することができる。これら元素は、硫化物や酸化物の形態を制御することによって、比較的入熱が高い溶接を行う場合の溶接熱影響部の靭性向上に寄与する。そのためには、Caは0.0005%以上、REM、MgおよびZrはそれぞれ0.003%以上で添加することが好ましい。しかしながら、いずれの元素も0.010%を超えて添加しても効果は飽和するため、上限を0.010%とする。より好ましくは、Caは0.001〜0.007%、REM、MgおよびZrはそれぞれ0.003〜0.008%である。
【0038】
次に、本発明の製造条件について述べる。
すなわち、
図2に示したように、前述した化学組成を有するブルームやインゴットを熱間圧延により大棒とし、その後、据込み鍛造、穿孔、穴広げ、リング鍛造を行い円筒形の機械式ねじ用素材(円筒体)としたのち、焼入れおよび焼戻し処理を行い、最後に機械加工により製造することを基本形とする。機械式ねじの径や厚みに応じて、熱間加工プロセスの一部は省略することができる。
【0039】
上記した製造における条件は機械式ねじの一般に従えばよいが、円筒形の機械式ねじ用の素材とした後の焼入れ処理は、高靭性確保の観点から以下の通りに規定する。なお、以下に示す熱処理における温度の規定は、機械式ねじ用素材の1/2t部における温度を基準にする。
[焼入れ処理:Ac
3+30℃〜Ac
3+70℃の温度域に加熱後、少なくとも800〜400℃の温度域を2〜20℃/sの平均冷却速度で冷却]
上記の機械式ねじ用素材の焼入れ性および靭性の向上を両立するために、熱間加工後の再加熱温度はAc
3+30℃〜Ac
3+70℃の範囲とする必要がある。すなわち、Ac
3+30℃未満では、十分な焼入れ組織(ベイナイトやマルテンサイト)が得られず一部にフェライトが生成するために、強度が低下する。一方、Ac
3+70℃を超えると、機械式ねじ用素材の厚み中心部において急激に靭性が低下する。これは、旧γ粒の粗大化による焼戻し後の脆化によるものである。そのため、高強度と高靭性の両立を図るためには、Ac
3+30℃〜Ac
3+70℃の温度域に加熱する必要がある。
【0040】
次いで、この温度域に加熱した機械式ねじ用素材を水中や油中など冷媒に浸漬することで焼入れを行う。その際、少なくとも800〜400℃の温度域での平均冷却速度を2℃〜20℃
/sとする。
上記した焼入れ時の規定は、靭性を確保するために重要である。すなわち、平均冷却速度が20℃/sよりも速くなると、過度に硬くなるために靭性が低下する。一方、平均冷却速度が2℃/s未満では、フェライトが析出することによる組織の粗大化と焼戻し温度が低くなることによる粒界脆化を伴うことから、やはり靭性が低下する。そのため、少なくとも800〜400℃の平均冷却速度は2℃〜20℃/sとする。
【0041】
なお、上記焼入れ処理は、例えば、予め当該素材の予備品(板厚が同じもの)の1/2t部に熱電対を取り付け、冷却する予備実験を行うことで所望の冷却速度がどの程度の水量で冷却あるいはどの程度の油濃度の油槽に浸けることで得られるのかを把握しておくことにより制御できる。
【0042】
上記した条件での焼入れ処理を施したのち、機械式ねじの一般に従って焼戻し処理を行う。さらに、高強度化並びに高靭性化をはかるために、焼戻し処理を以下の条件で行うことが好ましい。
[焼戻し処理:580〜650℃の温度域に加熱後550〜400℃の温度域の平均冷却速度を1℃/s以上]
まず、焼戻し温度は580〜650℃とする。すなわち、580℃よりも低温で焼戻しを行うと、旧γ粒界にPが偏析して焼戻し脆性(粒界脆化)を生じるため、上記の機械式ねじ用素材の厚み中心部の靭性が低下する。一方、650℃を超えて焼戻し処理を行うと、目標の強度を十分に満足できなくなる。そのため、焼戻し温度は580〜650℃とすることが好ましい。より好ましくは、580〜630℃である。
580〜650℃の温度域に加熱後550〜400℃の温度域の平均冷却速度を1℃/s以上とする
【0043】
また、焼戻し処理の上記加熱後の550〜400℃の温度域の平均冷却速度を1℃/s以上で行えば、より一層靭性を向上させることができる。この平均冷却速度が1℃/s以上になると、焼戻しの冷却過程で旧γ粒界にPが偏析する時間がなくなり、粒界脆化が抑制できる。その結果、徐冷(空冷)材よりも一層靭性を向上させることができ、0℃シャルピー吸収エネルギーが100J以上の靭性を確保できる。そのために平均冷却速度を1℃/s以上とする。この平均冷却速度を得るには、水中や油中などの冷媒に、焼戻し後の機械式ねじ用素材を浸漬することが適当である。
【0044】
上記の通り、化学成分と焼入れ条件を厳密に適正化することにより、0.2%耐力が680MPa以上、引張強さが780MPa以上、1/2t部の0℃シャルピー吸収エネルギーが47J以上である、厚肉の機械式ねじを得ることができる。さらに、焼戻し条件を適正化することにより、0℃シャルピー吸収エネルギーを100J以上とすることができる。
【実施例】
【0045】
表1に示す成分組成を有する鋼を溶製し、
図2に示したところに従って、熱間圧延、据込み鍛造、穿孔、穴広げ、リング鍛造を行い円筒形の機械式ねじ用素材としたのち、表2に示す条件での焼入れ処理および焼戻し処理を行った。
【0046】
【表1】
【0047】
かくして得られた機械式ねじ用素材の表面から10mm深さと厚み中心部(1/2t部)より引張試験片、シャルピー衝撃試験片(2mmVノッチ)を採取し、機械的性質を調べた。その結果を表2に示す。
本発明鋼の化学成分範囲で、焼入れと焼戻し条件が適合した機械式ねじ素材では、表面10mmおよび1/2t部は共に、高強度で靭性も十分に高かった。一方、成分組成の範囲が本発明の規定から逸脱した場合、強度や靭性が目標を満足できなかった。また、化学成分が発明範囲であっても、焼入れ条件が逸脱した場合には、強度や靭性が低かった。
【0048】
【表2】
【符号の説明】
【0049】
1 接合継手
2、3 鋼管杭
10 雄側筒体
11 内周座
12 先端傾斜部
20 雌側筒体
21 先端部
22 基端傾斜部