【文献】
BAKER,R.T. et al.,Coinage metal-catalyzed hydroboration of imines,Journal of Organometallic Chemistry,1995年,Vol.498, No.2,p.109-17
【文献】
SALEM,G. et al,Rearrangements of tetrahedral copper(I) and silver(I) complexes containing chelating bis(tertiary arsines and phosphines),Inorganic Chemistry,1988年,Vol.27, No.17,p.3029-32
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を好ましい実施形態に基づき説明する。
本発明のホスフィン遷移金属錯体は、下記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体である。
【化6】
【0012】
前記一般式(1)中、R
1〜R
4、R
6〜R
9は、置換されていてもよい直鎖状若しくは分岐状の炭素数1〜10のアルキル基、置換されていてもよいシクロアルキル基又は置換されていてもよいアダマンチル基を示す。また、R
1〜R
4、R
6〜R
9は、それぞれが同一の基であっても異なる基であってもよい。
【0013】
R
1〜R
4、R
6〜R
9に係るアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、n−プロピル基、イソブチル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソヘプチル基、n−ヘプチル基、イソヘキシル基、n−ヘキシル基等が挙げられる。また、R
1〜R
4、R
6〜R
9に係るシクロアルキル基としては、炭素数3〜10のものが好ましく、特に炭素原子数5〜6のものがより好ましい。このようなシクロアルキル基としては、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。また、R
1〜R
4、R
6〜R
9の何れかが、置換基を有するシクロアルキル基、置換基を有するアダマンチル基の場合、該置換基としては、アルキル基、ニトロ基、アミノ基、ヒドロキシル基、アルコキシ基、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基等が挙げられる。置換基としてのアルキル基は上記のR
1〜R
4、R
6〜R
9に係るアルキル基と同様のものが挙げられる。また置換基としてのアルコキシ基はR
1〜R
4、R
6〜R
9に係るアルキル基に酸素原子が結合したものが挙げられる。R
1〜R
4、R
6〜R
9の何れかが、置換基を有するアルキル基である場合、当該置換基としては、トリフルオロメチル基等が挙げられる。
【0014】
前記R
1〜R
4、R
6〜R
9は、互いに異なる基であっても同一の基であってもよい。例えばR
1〜R
4の組み合わせについては、
R
1〜R
4が全て同一の基である(i)、
R
1及びR
2が同一の基で、R
3及びR
4が互いに異なる基である(ii)、
R
1及びR
2がそれぞれ異なる基で、R
3及びR
4も互いに異なる基である(iii)、
R
1及びR
2が同一の基で、R
3及びR
4も同一の基である(但し、R
1及びR
2と、R
3及びR
4は同一の基となることはない)(iv)等の組み合わせが挙げられる。
本発明において、特にR
1及びR
2が互いに異なる基で、R
3及びR
4も互いに異なる基である(iii)ことが、対称性が崩れることにより結晶性が下がり、水などの溶媒に対して溶解性に優れるという観点から好ましい。
【0015】
特に、R
1及びR
2が互いに異なる基で、R
3及びR
4も互いに異なる基である(iii)場合、R
1及びR
2の一方が、メチル基で他方が置換されていてもよい炭素数3以上10以下の分岐状アルキル基、シクロアルキル基又はアダマンチル基であり、R
3及びR
4の一方がメチル基で、他方が置換されていてもよい炭素数3以上10以下の分岐状アルキル基、シクロアルキル基又はアダマンチル基であることが好ましい。R
1及びR
2が互いに異なる基で、R
3及びR
4も互いに異なる基である(iii)場合、特にR
1及びR
2と、R
3及びR
4とが同じ2種の基の組み合わせである(iii+)ことが、目的とする化合物を製造しやすい点、錯体化した時に異性体数が減り、組成の特定が容易になる点等から好ましい。
【0016】
同様に、R
6〜R
9についても、
R
6〜R
9が全て同一の基である(I)、
R
6及びR
7が同一の基で、R
8及びR
9が互いに異なる基である(II)、
R
6及びR
7がそれぞれ異なる基で、R
8及びR
9も互いに異なる基である(III)、
R
6及びR
7が同一の基で、R
8及びR
9も同一の基である(但し、R
6及びR
7と、R
8及びR
9は同一の基となることはない)(IV)等の組み合わせが挙げられる。
本発明において、特にR
6及びR
7が互いに異なる基で、R
8及びR
9も互いに異なる基である(III)ことが、対称性が崩れることにより結晶性が下がり、水などの溶媒に対して溶解性に優れるという観点から好ましい。
【0017】
特に、R
6及びR
7が互いに異なる基で、R
8及びR
9も互いに異なる基である(III)場合に、R
6及びR
7の一方がメチル基で、他方が置換されていてもよい炭素数3以上10以下の分岐状アルキル基、置換されていてもよいシクロアルキル基又は置換されていてもよいアダマンチル基であり、R
3及びR
4の一方がメチル基で、他方が置換されていてもよい炭素数3以上10以下の分岐状アルキル基、置換されていてもよいシクロアルキル基又は置換されていてもよいアダマンチル基であることが好ましい。R
6及びR
7が互いに異なる基で、R
8及びR
9も互いに異なる基である(iii)場合、R
6及びR
7と、R
8とR
9とが同じ2種の基の組み合わせ(III+)であることが、目的とする化合物を製造しやすい点、錯体化した時に異性体数が減り、組成の特定が容易になる点等から好ましい。
【0018】
更に一般式(1)の化合物の中でも、R
1とR
6とが同じ基であり、R
2とR
7とが同じ基であり、R
3とR
8とが同じ基であり、R
4とR
9とが同じ基であり、R
5とR
10とが同じ基であるものが、目的とする化合物を製造しやすい点から好ましい。
【0019】
本発明において一般式(1)におけるR
1〜R
4、R
6〜R
9の好ましい組み合わせは、下記のものが挙げられる。
(1)R
1とR
2、R
3とR
4、R
6とR
7、及びR
8とR
9がいずれも、イソプロピル基とメチル基の組み合わせである。
(2)R
1とR
2、R
3とR
4、R
6とR
7、及びR
8とR
9がいずれも、t−ブチル基とメチル基の組み合わせである。
(3)R
1とR
2及びR
6とR
7がいずれもシクロヘキシル基とメチル基の組み合わせであり、R
3とR
4及びR
8とR
9がいずれもアダマンチル基とメチル基の組み合わせである。
(4)R
1〜R
4、R
6〜R
9の全てがイソプロピル基である。
(5)R
1、R
2、R
6及びR
7がメチル基であり、R
3、R
4、R
8及びR
9がt−ブチル基の組み合わせである。
【0020】
本発明において、前記一般式(1)の式中、R
1〜R
4、R
6〜R
9の組み合わせは、特に前記(2)のR
1とR
2、R
3とR
4、R
6とR
7、及びR
8とR
9がいずれも、t−ブチル基とメチル基の組み合わせであるものが対応するホスフィン部位の立体選択的合成法が確立されており、異性体の混じりがなく高純度の錯体が得られる点と、水系の溶解度が高く、しかも目的とする化合物を製造しやすいという観点から好ましい。
【0021】
前記一般式(1)の式中のR
5及びR
10は、それぞれ独立に一価の置換基を示す。R
5及びR
10で表される一価の置換基としては、例えば、直鎖状又は分岐状であり且つ炭素数が1〜6のアルキル基、シクロアルキル基、ニトロ基、アミノ基、ヒドロキシル基、アルコキシ基、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基、シリル基等が挙げられる。シクロアルキル基の炭素数は3以上8以下であることが好ましく、アルコキシ基の炭素数は1以上8以下であることが好ましい。R
5で表される一価の置換基は有機基が好ましく、特に炭素数1以上10以下の有機基がより好ましい。R
5及びR
10は同じ基であることがホスフィン遷移金属錯体の製造しやすさの点で好ましい。
【0022】
一般式(1)の式中のn及びyはそれぞれ独立に、0〜4の整数を示し、0〜2の整数であることが好ましい。n及びyは同じ数であることが、ホスフィン遷移金属錯体の製造しやすさの点で好ましい。
【0023】
前記一般式(1)中のMは、金、銅及び銀の群から選ばれる遷移金属原子を示し、抗がん剤として用いる観点から金原子であることが好ましい。
【0024】
前記一般式(1)中、X
−は、アニオンを示し、例えば、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン、四フッ化ホウ素イオン、六フッ化リン酸イオン、過塩素酸イオン等が挙げられる。これらのうち、X
−が塩素イオン、臭素イオン又はヨウ素イオンであることが水系の溶解度が高くなる観点から好ましい。
【0025】
本発明において、特に好ましい前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体は、合成上の観点から、式中の4つのリン原子上に不斉中心を有する化合物である。このような化合物として、とりわけ、下記一般式(1’)で表されるリン原子上に不斉中心を有する化合物が好ましい。
【化7】
【0026】
前記一般式(1’)中、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、n及びX
−は前記一般式(1)と同義である(但し、R
1とR
2がお互いに異なる基であり、R
3とR
4がお互いに異なる基である)。アスタリスク(*)は、不斉リン原子を示す。
【0027】
前記一般式(1’)で表されるホスフィン遷移金属錯体を含め、不斉なリン原子を4個有する一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体には、数多くの異性体が存在するが、本発明においては、これらの異性体の種類については、特に制限されるものではない。具体的には、これらの異性体は、リン原子上の立体が、(R,R)(R,R)や、(S,S)(S,S)のように、単一のエナンチオマーから構成されていてもよく、また、(R,S)(S,R)のように、お互いにメソ体から構成されていてもよく、また、(R,R)(S,R)のように、一つのエナンチオマーとそのメソ体から構成されていてもよい。また(R,R)(S,S)のように、リン原子上の絶対配置が異なるエナンチオマーから構成されていてもよい。
【0028】
不斉なリン原子を4個有する一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体としては、とりわけ、R
1とR
2が結合するリン原子上の絶対配置とR
6とR
7が結合するリン原子上の絶対配置とが同じであり、且つR
3とR
4が結合するリン原子上の絶対配置と、R
8とR
9が結合するリン原子上の絶対配置とが同じものが、目的とする化合物を製造しやすい点で好ましい。
とりわけ上記の(R,R)(R,R)や、(S,S)(S,S)のように、式(1)中のR
1とR
2が結合するリン原子上の絶対配置とR
3とR
4が結合するリン原子上の絶対配置、R
6とR
7が結合するリン原子上の絶対配置、及び、R
8とR
9が結合するリン原子上の絶対配置が全て同じであるものが目的とする化合物の製造しやすさや錯体化したときに異性体が事実上存在せず、純度が向上する点で好ましい。
【0029】
前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体は、下記一般式(2)で表されるホスフィン誘導体と、下記一般式(3)で表されるホスフィン誘導体と、金、銅又は銀の遷移金属塩と、を反応させることにより製造される。
【化8】
【化9】
【0030】
前記一般式(2)中、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5及びnは、前記一般式(1)中のR
1、R
2、R
3、R
4、R
5及びnと同義である。すなわち、前記一般式(2)中のR
1、R
2、R
3、R
4、R
5及びnは、前記一般式(1)中のR
1、R
2、R
3、R
4、R
5及びnにそれぞれ相当する。
同様に、一般式(3)中、R
6、R
7、R
8、R
9、R
10及びyは、前記一般式(1)中のR
6、R
7、R
8、R
9、R
10及びyと同義である。すなわち、前記一般式(3)中のR
6、R
7、R
8、R
9、R
10及びyは、前記一般式(1)中のR
6、R
7、R
8、R
9、R
10及びyにそれぞれ相当する。
【0031】
式(2)で表されるホスフィン誘導体と、式(3)で表されるホスフィン誘導体とが同一の化合物である場合、上記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体は、下記一般式(2)で表されるホスフィン誘導体と、金、銅又は銀の遷移金属塩と、を反応させることにより製造される。この場合、一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体として、R
1とR
6とが同じ基であり、R
2とR
7とが同じ基であり、R
3とR
8とが同じ基であり、R
4とR
9とが同じ基であり、R
5とR
10とが同じ基であり、n及びyが同じ数であるホスフィン遷移金属錯体(以下「対称体」ともいう。)が得られる。
式(2)で表されるホスフィン誘導体と、式(3)で表されるホスフィン誘導体とが異なる化合物である場合、式(2)で表されるホスフィン誘導体及び式(3)で表わされるホスフィン誘導体を同時に金、銅又は銀の遷移金属塩と反応させてもよいが、式(2)で表されるホスフィン誘導体と金、銅又は銀の遷移金属塩とを反応させ、得られた反応物を式(3)で表わされるホスフィン誘導体と反応させることが反応効率の点で好ましい。
【0032】
前記一般式(2)で表されるホスフィン誘導体及び前記一般式(3)で表されるホスフィン誘導体は、公知の化合物であり、公知の製造方法により製造することができる(例えば、特開2000−319288号公報、特開2012−17288号公報、ORGANIC LETTERS,2006,Vol.8,No.26,6103−6106等参照)。
【0033】
また式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体として、4つのリン原子上に不斉中心を有する該ホスフィン遷移金属錯体の光学活性体を得るには、前記ホスフィン遷移金属錯体の製造方法において、R
1とR
2が互いに異なり、R
3とR
4が互いに異なる前記一般式(2)で表されるホスフィン誘導体と、R
6とR
7が互いに異なり、R
8とR
9が互いに異なる前記一般式(3)で表されるホスフィン誘導体を用いればよい。
【0034】
前記ホスフィン遷移金属錯体の光学活性体として例えば前記一般式(1’)で表されるホスフィン遷移金属錯体を得るためには、前記一般式(2)で表されるホスフィン誘導体の光学活性体である下記一般式(2’)で表されるホスフィン誘導体の光学活性体を用いればよい。
【化10】
(式中、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5及びnは前記一般式(1’)と同義。アスタリスク(*)は、不斉リン原子を示す。)
【0035】
前記ホスフィン誘導体の光学活性体(2’)を得るには、例えば、下記反応スキーム(1)に従って製造することができる。光学活性体(2’)以外の式(2)で表されるホスフィン誘導体及び式(3)で表されるホスフィン誘導体も、得ようとする化合物に応じて、適宜ホスフィン−ボラン化合物(3)、式(6)の化合物又は式(8)の化合物を異ならせる等して同様に製造できる。
【化11】
(式中、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、n及び*は前記一般式(1’)と同義。Z、X’及びX’’は、ハロゲン原子を示す。)
ホスフィン−ボラン化合物(3)を1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)等で脱ボラン化した後、ブチルリチウム等のリチオ化剤でリチオ化し、次いでその反応生成物(5)を、一般式(6):R
3PX’
2(式中、R
3は前記と同義。X’は、ハロゲン原子を示す)で表されるジハロゲノホスフィンと反応させ反応生成物(7)を得る。次いで、その反応生成物(7)と、一般式(8):R
4MgX’’(式中、R
2は前記と同義。X’’は、ハロゲン原子を示す)で表されるグリニャール試薬と反応させる方法が挙げられる(特開2012−17288号公報参照)。ホスフィン−ボラン化合物(3)は特開2012−17288号公報記載の方法にて製造することができる。
【0036】
本発明のホスフィン遷移金属錯体の製造方法に係る遷移金属塩は、金イオン、銅イオン又は銀イオンと、アニオンとの塩であり、金、銅又は銀のハロゲン化物、硝酸塩、過塩素酸塩、四フッ化ホウ素酸塩、六フッ化リン酸塩等が挙げられる。また、金、銅又は銀の遷移金属塩は、遷移金属種又はアニオンのいずれか一方又は両方が異なる2種以上の遷移金属塩であってもよい。
【0037】
好ましい金の遷移金属塩としては、例えば、塩化金(I)酸、塩化金(I)、あるいはテトラブチルアンモニウムクロリド・塩化金(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p366〜380、Aust. J. Chemm., 1997, 50, 775−778頁参照)が挙げられる。また、好ましい銅の遷移金属塩としては、例えば、塩化銅(I)、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p349〜361)が挙げられる。また、好ましい銀の遷移金属塩としては、例えば、塩化銀(I)、臭化銀(I)、ヨウ化銀(I)等(「第5版 実験化学講座21」、編者 社団法人日本化学会、発行所 丸善、発行日 平成16年3月30日、p361〜366)が挙げられる。なお、本発明のホスフィン遷移金属錯体の製造方法に係る遷移金属塩は、無水物であっても含水物であってもよい。
【0038】
式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体として、前記対称体を得る場合、金、銅又は銀の遷移金属塩の遷移金属に対する前記一般式(2)で表わされるホスフィン誘導体のモル比が、1〜5倍モル、好ましくは1.8〜2.2倍モル量で、前記一般式(2)で表わされるホスフィン誘導体と、金、銅又は銀の遷移金属塩とを、アセトン、アセトニトリル、メタノール、エタノール、ジクロロメタン等の溶媒中で、反応温度−20〜60℃、好ましくは0〜25℃、反応時間 0.5〜48時間、好ましくは 1〜3時間で反応させることにより、前記対称体が得られる。反応中は窒素等の不活性雰囲気下とすることが好ましい。そして、反応終了後、必要に応じて、常法の精製を行うことができる。対称体以外の式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体を得る場合には、金、銅又は銀の遷移金属塩の遷移金属と、式(2)で表わされるホスフィン誘導体とをモル比1:1近傍、例えば1:0.9〜1.1倍モル比で反応させた後、得られた反応物と式(3)で表わされるホスフィン誘導体とモル比1:1近傍、例えば1:0.9〜1.1倍モル比で反応させて製造できる。
【0039】
また、本発明のホスフィン遷移金属錯体の製造方法により得られた前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体のアニオンを、他のアニオンに変換して、所望のアニオンを有する前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体を製造することができる。
【0040】
例えば、先ず、本発明のホスフィン遷移金属錯体の製造方法により、前記一般式(1)中のX
−が、ハロゲンイオンであるホスフィン遷移金属錯体を合成し、次いで、前記一般式(1)中のX
−が、ハロゲンイオンであるホスフィン遷移金属錯体と、所望のアニオンを有する無機酸、有機酸又はそれらのアルカリ金属塩とを、適切な溶媒中で反応させることにより、前記一般式(1)中のX
−が、所望のアニオンであるホスフィン遷移金属錯体を得ることができる(特開平10−147590号公報、特開平10−114782号公報、特開昭61−10594号公報参照)。
【0041】
前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体は、従来の上記式(a)で表されるホスフィン遷移金属錯体に比べ、水系溶媒に対する溶解性に優れている。本発明のホスフィン遷移金属錯体は、後述するように高い抗がん活性を有するので、抗がん剤として利用され得る。なお、上記水系溶媒としては、水、緩衝液、生理的塩類溶液のほか、これらに各種添加剤を添加したものが挙げられる。緩衝液や生理食塩類溶液の例としては、液状製剤に用いる緩衝液や生理食塩類溶液として後述するものが挙げられるが、これに限定されない。また添加剤としては固形製剤や液状製剤に用いる添加剤として後述するものが挙げられるが、これに限定されない。
【0042】
すなわち、本発明の抗がん剤は、前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体の1種又は2種以上を含有する。
【0043】
また、前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体のうち、リン原子上に不斉中心を有するホスフィン遷移金属錯体、すなわち、光学活性体である場合は、数多くの異性体が存在するが、本発明の抗がん剤は、それらの異性体のうちの1種又は2種以上のいずれでもよい。
【0044】
本発明の抗がん剤が適用される癌の種類は、特に限定されるものではなく、例えば、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、消化器癌、肺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、直腸癌、結腸癌、尿管腫瘍、胆嚢癌、胆管癌、胆道癌、乳癌、肝臓癌、膵臓癌、睾丸腫瘍、上顎癌、舌癌、口唇癌、口腔癌、咽頭癌、喉頭癌、卵巣癌、子宮癌、前立腺癌、甲状腺癌、脳腫瘍、カポジ肉腫、血管腫、白血病、真性多血症、神経芽腫、網膜芽腫、骨髄腫、膀胱腫、肉腫、骨肉腫、筋肉腫、皮膚癌、基底細胞癌、皮膚付属器癌、皮膚転移癌等が挙げられ、さらに悪性腫瘍ばかりでなく良性腫瘍にも適用され得る。また、本発明の抗がん剤は、癌転移を抑制するために使用されることができ、特に、術後の癌転移抑制剤としても有用である。
【0045】
本発明の抗がん剤の使用においては、種々の形態でヒト又は動物に、本発明の抗がん剤を投与することができ、本発明の抗がん剤の投与形態としては、経口投与でもよいし、静脈内、筋肉内、皮下又は皮内等への注射、直腸内投与、経粘膜投与等の非経口投与でもよい。経口投与に適する製剤形態としては、例えば、錠剤、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤などを挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、点鼻剤、噴霧剤、吸入剤、坐剤、あるいは、軟膏、クリーム、粉状塗布剤、液状塗布剤、貼付剤等の経皮吸収剤等が挙げられる。さらに、本発明の抗がん剤の製剤形態としては、埋め込み用ペレットや公知の技術により持続性製剤が挙げられる。ヒト以外の動物としては、哺乳類が好ましく挙げられる。
【0046】
上述したうち、好ましい投与形態や製剤形態等は、患者の年齢、性別、体質、症状、処置時期等に応じて、医師によって適宜選択される。
【0047】
本発明の抗がん剤が、錠剤、丸剤、散剤、粉剤、顆粒剤等の固形製剤の場合、これらの固形製剤は、前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体を、常法に従って適当な添加剤、例えば、乳糖、ショ糖、D−マンニトール、トウモロコシデンプン、合成もしくは天然ガム、結晶セルロース等の賦形剤、デンプン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アラビアゴム、ゼラチン、ポリビニルピロリドン等の結合剤、カルボシキメチルセルーロースカルシウム、カルボシキメチルセルーロースナトリウム、デンプン、コーンスターチ、アルギン酸ナトリウム等の崩壊剤、タルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸ナトリウム等の滑沢剤、炭酸カルシウム、炭酸ナトリウム、リン酸カルシウム、リン酸ナトリウム等の充填剤又は希釈剤等と適宜混合して製造される。錠剤等は、必要に応じて、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール、酸化チタン等のコーティング剤を用いて、糖衣、ゼラチン、腸溶被覆、フイルムコーティング等が施されても良い。
【0048】
本発明の抗がん剤が、注射剤、点眼剤、点鼻剤、吸入剤、噴霧剤、ローション剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の液状製剤である場合、これらの液状製剤は、前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体を、精製水、リン酸緩衝液等の適当な緩衝液、生理的食塩水、リンゲル溶液、ロック溶液等の生理的塩類溶液、カカオバター、ゴマ油、オリーブ油等の植物油、鉱油、高級アルコール、高級脂肪酸、エタノール等の有機溶媒等に溶解して、必要に応じて各種添加剤、例えばコレステロール等の乳化剤、アラビアゴム等の懸濁剤、分散助剤、浸潤剤、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油系、ポリエチレングリコール系等の界面活性剤、リン酸ナトリウム等の溶解補助剤、糖、糖アルコール、アルブミン等の安定化剤、パラベン等の保存剤、塩化ナトリウム、ブドウ糖、グリセリン等の等張化剤、緩衝剤、無痛化剤、吸着防止剤、保湿剤、酸化防止剤、着色剤、甘味料、フレーバー、芳香物質等を適宜添加することにより、滅菌された水溶液、非水溶液、懸濁液、リポソーム又はエマルジョン等として調整される。この際、注射剤は、生理学的なpHを有することが好ましく、室温(25℃)にて6〜8の範囲内のpHを有することが特に好ましい。
【0049】
本発明の抗がん剤が、ローション剤、クリーム剤、軟膏等の半固形製剤の場合、これらの半固形製剤は、前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体を脂肪、脂肪油、ラノリン、ワセリン、パラフィン、蝋、硬膏剤、樹脂、プラスチック、グリコール類、高級アルコール、グリセリン、水、乳化剤、懸濁化剤等と適宜混和することにより製造される。
【0050】
本発明の抗がん剤中の前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体の含有量は、投与形態、重篤度や目的とする投与量などによって様々であるが、一般的には、本発明の抗がん剤の全質量に対して0.001〜80質量%、好ましくは0.1〜50質量%である。
【0051】
本発明の抗がん剤の投与量は、例えば患者の年齢、性別、体重、症状、及び投与経路などの条件に応じて適宜医師により決定されるものであるが、一般的には、成人一日あたりの有効成分の量として1μg/kgから1,000mg/kg程度の範囲であり、好ましくは10μg/kgから10mg/kg程度の範囲である。上記投与量の抗がん剤は、一日一回で投与されてもよいし、数回(例えば、2〜4回程度)に分けて投与されてもよい。
【0052】
本発明の抗がん剤の使用においては、既知の化学療法、外科的治療法、放射線療法、温熱療法や免疫療法などと組み合わせて、本発明の抗がん剤を用いることもできる。
【0053】
前記一般式(1)で表されるホスフィン遷移金属錯体は、特許文献3で提案されているホスフィン遷移金属錯体に比べ、水溶性が高いので、抗がん剤にした場合、投与形態や製剤形態を選ぶことなく、少量で、患部に効果的に作用するため、用量を少なくすることができるという利点を有する。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
〔製造例1〕
<(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼンの合成>
(R)−2−(ボラナト(t−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンの合成
下記反応式に従い以下の手順で(R)−2−(ボラナト(t−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンを合成した。
【0056】
【化12】
【0057】
200mLの4つ口フラスコに濃塩酸9.5mL、純水65mL、2−ブロモアニリン6.0g(35mmol)を仕込み、加熱して溶解させた。0℃に冷却した後、予め純水7.5mLに溶解させた亜硝酸ナトリウム2.46g(35.1mmol)の溶液を約10分かけて滴下した。初め、かゆ状であった反応液は30分撹拌を行うことで淡黄色透明液となった。次いで、42質量%HBF
4水溶液12.5g(59.8mmol)を約5分かけて滴下したところ、直ちに淡黄色結晶が析出した。30分撹拌した後、グラスフィルターにてろ過、純水30mLで洗浄し、さらにメタノール8mLとエーテル32mLの混合溶液にて洗浄した。その後、減圧乾燥を行い2−ブロモベンゼンジアゾニウムテトラフルオロホウ酸塩4.5g(収率48%)を得た。
【0058】
よく乾燥した30mLシュレンク管に(S)−t−ブチルメチルホスフィン−ボラン236mg(2.00mmol)を仕込み、Ar置換した後に脱水テトラヒドロフラン(THF)6mLを加え撹拌して溶解させた。−78℃に冷却した後、nBuLiのヘキサン溶液(1.6mol/L)1.5mL(2.4mmol)をゆっくり加えた。20分撹拌した後、前記の2−ブロモベンゼンジアゾニウムテトラフルオロホウ酸塩650mg(2.40mmol)を少量ずつ添加した。暗赤紫色透明液を2時間かけて室温へ昇温し、さらに室温で2時間撹拌を行った。食塩水と酢酸エチルを加えて有機層を分液し、食塩水で洗浄した。MgSO
4で乾燥後、溶媒を濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィーにより精製を行い、(R)−2−(ボラナト(t−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンを60mg(収率11%)得た。得られた化合物の分析結果を以下に示す。
【0059】
(分析結果)
1H NMR (500 MHz, CDCl
3) δ: 0.20-1.05 (m, 3H), 1.19 (d, J=14.3 Hz, 9H), 1.91 (d, 9.7 Hz, 3H), 7.32 (t, 8.7 Hz, 1H), 7.40 (t, 7.5 Hz, 1H), 7.64 (d, 9.0 Hz, 1H), 8.06 (dd, 12.6,12.9 Hz, 1H);
31P NMR (202 MHz, CDCl
3) δ:38.3.
APCI-MS:m/z 275, 273 (M
++H).
【0060】
(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン(BenzP*)の合成
下記反応式に従い、以下の手順で(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼンを合成した。
【0061】
【化13】
よく乾燥した50mLの2口フラスコに、前記の手順で得られた(R)−2−(ボラナト(t−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼン1.365g(5.00mmol)と1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)589mg(5.25mmol)を仕込み、Ar置換した後に脱水テトラヒドロフラン10mLを加え撹拌して溶解させた。この溶液を穏やかな還流の元で約70℃にて2時間反応させた。その後−78℃へ冷却し、s−ブチルリチウムのヘキサン溶液(1.03mol/L)5.10mLをシリンジでゆっくり加えた。30分後、t−ブチルジクロロホスフィン875mg(5.5mmol)のTHF溶液3mlを一度に加えた。次いで1時間かけて室温へ昇温し、さらに1時間撹拌を行った。その後0℃へ冷却し、メチルマグネシウムブロミドのTHF溶液(0.96mol/L)12.5mlをシリンジで加えた後、室温へ昇温し、さらに1時間撹拌を行った。次いで大部分の溶媒を濃縮し、脱気したヘキサン25mlと15質量%NH
4Cl水溶液10mlを加えた。ヘキサン層を分離した後、飽和食塩水で洗浄し、Na
2SO
4で乾燥した。その後溶媒を濃縮し、残渣の油状物に脱気したメタノールを加えた。生じた結晶をろ過し、少量の冷やしたメタノールで洗浄した後、減圧乾燥し、無色の結晶として、(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン539mg(収率38%)を得た。得られた化合物の分析結果を以下に示す。
【0062】
(分析結果)
1H NMR (500 MHz, CDCl
3) δ: 0.96 (t, J = 6.0 Hz, 18H), 1.23 (t, J = 3.2 Hz, 6H), 7.26-7.35 (m, 2H), 7.48-7.50 (m, 2H)
13C NMR (125 MHz, CDCl
3) δ: 5.69 (t, J = 6.0 Hz), 27.24 (t, 8.4 Hz), 30.37 (t, 7.2 Hz), 127.75 (S), 131.47 (S), 144.86 (t, 6.0 Hz)
31P NMR (202 MHz, CDCl
3) δ: -25.20 (s).
APCI-MS:m/z 283 (M
++H).
HRMS(TOF): Calcd.for C
16H
28NaP
2: 305.1564, Found: 305.1472
Mp. 125~126℃
[α]
D24:+222.9 (c, 0.535, EtOAc)
【0063】
{実施例1}
<ビス[(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド(1’−1)の合成>
撹拌子を入れた25mLの二口フラスコに(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン(311mg,1.1mmol)とテトラブチルアンモニウム金(I)ジクロリド(255mg,0.5mmol)を加え、減圧と窒素導入を数回繰り返して、系内を窒素置換した。ジクロロメタン(5mL)を加え2時間撹拌した後、エバポレーターで溶媒を留去し、残渣を少量の水で洗浄した。さらに、酢酸エチルで洗浄し、減圧乾燥することにより下記式(1’−1)で表されるビス[(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリドを淡黄色粉末として得た(383mg,粗収率96%)。
この生成物を約80℃の水(7.5mL)に溶解し、ゆっくり室温まで冷却したところ、細かい針状結晶が析出した。さらに冷蔵庫中で一晩冷却後、析出した結晶をろ取、冷水で洗浄、デシケーター中で真空乾燥することにより式(1’−1)の化合物234mgを得た(収率59%)。
【化14】
(式(1’−1)の化合物の分析結果)
1H NMR (500 MHz, CDCl
3) δ: 1.128 (m, 36H), 1.842 (s, 12H), 7.62-7.63 (m, 4H), 7.94-7.95 (m, 2H)
13C NMR (125 MHz, CDCl
3) δ: 13.6 , 27.4, 32.5, 127.75 (S), 130.6, 131.7, 141.7-141.9(m)
31P NMR (202 MHz, CDCl
3) δ: 20.6 (s).
DART-MS:m/z 761 (C
32H
56Au
+P
4), 515 (C
16H
28AuClP
2H
+), 479 (C
16H
28Au
+P
2)
【0064】
{実施例2}
<ビス[(S,S)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド(1’−2)の合成>
(R)−2−(ボラナト(t−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンの合成において、(S)−t−ブチルメチルホスフィン−ボランに代えて(R)−t−ブチルメチルホスフィン−ボランを用いた以外は、製造例1と同様な操作で(S,S)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼンを得た。
次いで撹拌子を入れた25mLの二口フラスコに(S,S)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン(191mg,0.675mmol)とテトラブチルアンモニウム金(I)ジクロリド(164mg,0.32mmol)を加え、減圧と窒素導入を数回繰り返して、系内を窒素置換した。以後、実施例1と同様の操作を行い、式(1’−2)の化合物143mgを淡黄色結晶として得た(143mg,56%)。
【化15】
(式(1’−2)の化合物の分析結果)
1H NMR 、
13C NMR 、
31P NMR、DART−MS分析は実施例1の立体のものと同等の結果が得られた。
【0065】
{比較例1}
(1)<(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンの合成>
本出願人の先の出願に係る特開2007−56007号公報における実施例1の記載に従い、(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリンを得た。
【0066】
(2)<ビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドの合成>
窒素ガスで置換した500ml二口フラスコに、前記の方法で得られた(R,R)−2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン5.50g(16.4mmol)をTHF220mlに溶かした。ここにテトラブチルアンモニウム金ジクロリド4.19g(8.2mmol)を加え、室温で5時間撹拌した。生成した褐色沈殿をろ別し、次いでジクロロメタン42mlに溶かして水50mlで洗浄し、更に硫酸ナトリウムで乾燥した。これをろ過したのち溶液を乾固させた。この固体をジクロロメタン50mlに溶解し、ジエチルエーテル270mlを加え、0℃にしたところ固体が析出し、ビス(2,3−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)キノキサリン)金(I)クロリドを得た。この化合物は、式(a−1)で表される化合物から構成されていた。
【化16】
(式(a−1)の化合物の分析結果)
・
31P−NMR(CDCl
3);13.6
・[α]
D=+195.3(c=0.5、メタノール、25℃)
【0067】
<溶解性試験>
実施例1〜2及び比較例1で得られたホスフィン遷移金属錯体試料について界面活性剤水溶液に対する溶解性を評価した。溶解度の決定には下記のHPLC分析を用いた。
[分析装置]
HPLCの分析装置には、Prominence HPLCシステム(LC−20AD、島津製作所)を用いた。検出器には、UV検出器SPD−20A(島津製作所、検出波長249nm)を、カラムには島津製 XR−ODS(3mm i.d.×100mm、粒子径2.2μm)を用いた。移動相は、メタノール:水:TFA=90:10:0.05(v/v)、カラム温度40℃、流速0.5mL/分とした。
[試料調製]
実施例1〜2によって得られたサンプルについては40.01mg、50.04mg、100.02mg、比較例1によって得られたサンプルについて、10.01mg、20.02mg及び30.08mgをそれぞれ正確に秤量した。秤量したサンプルそれぞれについて、界面活性剤150μL中に投入し十分に撹拌した後、5%グルコース水溶液(重量) 850μLを投入し室温(25℃)でさらに撹拌した。界面活性剤として、Tween80とプロピレングリコールの質量比2:1の混合物を用いた。
この液を0.2μmメンブレンフィルターに通じ、ろ液をメタノール:水(9:1)を用いて50体積倍希釈し、HPLC用分析用調製液とした。
[分析]
調製した試料をバイアル瓶に移し、オートサンプラーにセットし、それぞれ1μL注入することで分析を実施した。
[結果]
秤量したサンプル重量と、得られたクロマトグラム中の当該ピークの面積との関係から、ホスフィン遷移金属錯体の溶解度を評価し、その結果を表1に示した。
【表1】
【0068】
<抗がん活性の評価>
上記のようにして得られたビス[(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド(実施例1)及びビス[(S,S)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド(実施例2)の腫瘍細胞に対する活性評価を下記のように実施した。また、比較対象としてシスプラチンについても同様な試験を実施した。
【0069】
癌細胞としてA549(ヒト肺癌細胞)、NCI−H460(ヒト肺癌細胞)、MKN45(ヒト胃癌細胞)、NCI−N87(ヒト胃癌細胞)、A2780(ヒト卵巣癌細胞)、A2780cis(ヒト卵巣癌細胞、シスプラチン耐性細胞)を使用し、10体積%ウシ胎児血清及び100Units/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシンを補足したRoswell Park Memorial Institute培地(RPMI1640)中で、5体積%二酸化炭素雰囲気下、湿潤インキュベーション中、37℃で培養した。
【0070】
細胞はリン酸塩緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄し、細胞数を算定後、同じ培地を用いて5×10
4細胞/ml懸濁液を調製した。滅菌96ウエルのマイクロプレートに前記の懸濁液を2500細胞/ウエルの密度となるように加えた。
【0071】
次に、ジメチルスルホキシドに完全に溶解させたビス[(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド(実施例1)、ビス[(S,S)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド(実施例2)又はシスプラチン溶液を加え、引き続き48時間インキュベータ内で培養した。
【0072】
その後、生存細胞数をWST−8アッセイにより評価した。即ち、水溶性テトラゾリウム塩WST−8溶液を加え、1時間インキュベータ内で培養した。細胞内のミトコンドリアの酵素活性により生成した水溶性ホルマザンの450nmの吸光度をマイクロプレートリーダー(Spectra Max PLUS;Molecular Devices)を用いて測定した。これを生存細胞数として評価し、50%細胞発育抑制濃度(IC
50)を算出した。なお、IC
50値の算出に当たっては、同様に実施した3回の実験値の平均値を採用した。この結果を表2に示す。
【0073】
【表2】
【0074】
表2の結果から明らかなように、ビス[(R,R)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリド及びビス[(S,S)−1,2−ビス(t−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン]金(I)クロリドはシスプラチンよりも高い抗がん活性を有することが分かった。