特許第6802458号(P6802458)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6802458-毛髪の水分浸透測定方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6802458
(24)【登録日】2020年12月1日
(45)【発行日】2020年12月16日
(54)【発明の名称】毛髪の水分浸透測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3563 20140101AFI20201207BHJP
【FI】
   G01N21/3563
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-13190(P2017-13190)
(22)【出願日】2017年1月27日
(65)【公開番号】特開2018-119912(P2018-119912A)
(43)【公開日】2018年8月2日
【審査請求日】2020年1月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】306018365
【氏名又は名称】クラシエホームプロダクツ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】松井 正
(72)【発明者】
【氏名】布施 直也
【審査官】 佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−170915(JP,A)
【文献】 特開2016−224025(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0134271(US,A1)
【文献】 稲益悟志,顕微IRを使用した毛髪ダメージ評価と機能性浸透成分解析〜SPring-8 BL4 3IRの活用〜,第9回SPring−8ヘルスケア研究会,2010年 4月27日
【文献】 稲益他,顕微IRを使用した毛髪横断面解析,J. Soc. Cosmet. Chem. Jpn.,2016年,Vol.50, No.3 (2016),pages 209-217
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
・IPC
G01N 1/00− 1/44
21/00−21/01、21/17−21/61
・J−Dream III
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に重水を接触させる工程と前記被測定物質を赤外吸収分光法によって測定する工程と、を含む測定方法を用いて毛髪について測定した赤外吸収スペクトルのうち、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度を測定することを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法。
【請求項2】
毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に赤外吸収分光法によって測定した毛髪タンパク質の赤外吸収スペクトルのうち1650cm−1付近のアミドIの信号強度A1または1540cm−1付近のアミドIIの信号強度A2を測定する工程と、前記被測定物質に重水を接触させた後に赤外吸収分光法によって測定した赤外吸収スペクトルのうち、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度Bを測定する工程と、B/A1またはB/A2を算出する工程とを含むことを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法。
【請求項3】
請求項1〜2に記載の赤外光に透明なセルがダイヤモンドセルであることを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の重水を接触させる工程がセル間に重水を注水することを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は毛髪の水分浸透測定方法に関し、詳しくは、赤外吸収分光法を用いた毛髪の水分浸透測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水はキューティクルから毛髪内部へと浸透し、物性や官能に影響を及ぼす。従来の毛髪の水分量測定法は重量測定や、膨潤度測定およびX線マイクロCTを用いた形態観察があるが、いずれも直接水を評価する方法ではなく、リアルタイムでの水分浸透の測定は実現されていない(特許文献1、非特許文献1)。また、これまでに発明者らは、毛髪に重水を接触させることで、毛髪内部に存在する水と毛髪外部からの水とを判別できることを見出している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5530588号公報
【特許文献2】特願2016−111854号
【非特許文献1】竹原孝二,井上孝文,杉健太朗,竹内晃久,鈴木芳生,粧技誌,44,292−297,(2010)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
顕微FT−IRを用いて、キューティクルから毛髪内部へ浸透する重水のスペクトルを連続的に評価することで、毛髪内部への水分浸透を可視化する方法を見出そうとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、これらの従来の問題点を解決するために鋭意検討した結果、毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に重水を接触させ、赤外吸収分光法によって測定するOD伸縮振動の信号強度を用いることにより、これまでの問題点を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
本願第一の発明は、毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に重水を接触させる工程と前記被測定物質を赤外吸収分光法によって測定する工程と、を含む測定方法を用いて毛髪について測定した赤外吸収スペクトルのうち、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度を測定することを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法である。
【0007】
本願第二の発明は、毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に赤外吸収分光法によって測定した毛髪タンパク質の赤外吸収スペクトルのうち1650cm−1付近のアミドIの信号強度A1または1540cm−1付近のアミドIIの信号強度A2を測定する工程と、前記被測定物質に重水を接触させた後に赤外吸収分光法によって測定した赤外吸収スペクトルのうち、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度Bを測定する工程と、B/A1またはB/A2を算出する工程とを含むことを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法である。
【0008】
本願第三の発明は、本願第一の発明または第二の発明に記載の赤外光に透明なセルがダイヤモンドセルであることを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法である。
【0009】
本願第四の発明は、本願第一の発明〜第三の発明に記載の重水を接触させる工程がセル間に重水を注水することを特徴とする毛髪の水分浸透測定方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、キューティクルから毛髪内部へ浸透する水分をほぼリアルタイムで連続的に測定することができ、毛髪内部への水分浸透を可視化も可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】メデュラ側から4番目のポイントにおける、重水接触後OD伸縮振動信号強度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明の毛髪の水分浸透測定方法は、毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に重水を接触させる工程を含む。ここで、毛髪の横断面切片は、毛髪を樹脂包埋、中空樹脂内への挿入固定などの固定処理を行った後にミクロトームなどで作成することができ、その切片の厚さは0.5〜15μm、望ましくは4〜8μmである。0.5μmより薄い場合には赤外吸収スペクトルの信号強度が弱くなったり測定時の積算時間が長くなったりノイズが強くなりやすく望ましくない。15μmより厚い場合には赤外吸収スペクトルの信号強度が強くなりすぎ定量性に問題が生じやすい。毛髪の横断面切片の両断面が平行になるように作成することがセルと毛髪の横断面との密着を適切に行う上で望ましく、そのためにはミクロトームを用いて作成することが望ましい。
【0014】
また、赤外光に透明なセルとしては、ダイヤモンドセルや石英セルなどがある。ダイヤモンドセルが広く普及しており取り扱いにも優れていることから望ましい。また、毛髪と重水との接触は、毛髪の横断面切片の横断面をセルに均一に接するように挟んだ後に、そのセル間に液体の重水を注入する方法、重水蒸気下に毛髪を放置する方法などがあり、キューティクル面から選択的に重水を浸透させることができる。
【0015】
上記工程を経て毛髪の横断面切片について測定した赤外吸収スペクトルのうち、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度を測定する。赤外吸収分光法としては、透過法により測定する方法が好ましい。装置としては顕微FT−IRが一般的に良く用いられる。
【0016】
本発明の毛髪の水分浸透測定方法によれば、毛髪が重水に接触した直後から経時的な測定が可能であり、また、同一毛髪について重水を接触させた場合の変化、重水浸透後に重水を含まない環境に接触させた場合の重水脱離変化など繰り返し処理時についても測定することが可能である。
【0017】
さらに本発明の毛髪の水分浸透測定方法は、毛髪の横断面切片を赤外光に透明なセルで挟んだ後に赤外吸収分光法によって測定した毛髪タンパク質の赤外吸収スペクトルのうち1650cm−1付近のアミドIの信号強度A1または1540cm−1付近のアミドIIの信号強度A2を測定する工程と、前記被測定物質に重水を接触させた後に赤外吸収分光法によって測定した赤外吸収スペクトルのうち、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度Bを測定する工程と、B/A1またはB/A2を算出する工程とを含む。
【0018】
これより、毛髪が重水と接触する前にその毛髪タンパク質の代表的なアミドIの信号強度A1またはアミドIIの信号強度A2を測定することができ、その後に前記被測定物質に重水を接触させOD伸縮振動の信号強度Bを測定し、B/A1またはB/A2を算出することで、被測定毛髪のタンパク質の量を基準とした重水の量を評価することができる。
【0019】
本発明の毛髪の水分浸透測定方法を利用することにより、毛髪の横断面切片の厚みの不均一さを相殺した水分浸透量の評価、また、毛髪の横断面切片中のタンパク質の局在を考慮した水分浸透量の評価も好適に実施することが可能である。
【実施例】
【0020】
以下に、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれによってなんら限定されるものではない。
【0021】
健康な人毛黒髪の毛束(30cm,2g)を8質量%ラウレス硫酸ナトリウム水溶液で洗浄後、市販のパウダーブリーチ剤で1回処理した後に自然乾燥させたパウダーブリーチ処理毛髪(HP)と、健康な人毛黒髪の毛束(30cm、2g)を8質量%ラウレス硫酸ナトリウム水溶液で洗浄後に自然乾燥させた健康毛髪(HH)を調製した。
【0022】
また、上記パウダーブリーチ処理毛髪(HP)の毛束を二分割し、一方を流動パラフィンに浸漬した後に余分な流動パラフィンをろ紙に吸い取らせ、オイル処理毛髪(HP−O)を調製した。
【0023】
次に、上記各々の毛束より任意に選んだ毛髪をアクリル系UV硬化樹脂にて包埋し、工業用回転式ミクロトームを用いて厚さ6.0μmの平滑な毛髪の横断面切片を作成した。
【0024】
上記各々の毛髪の横断面切片を、実体顕微鏡で確認しながら、ダイヤモンドセル間に挟み込んだ。この毛髪切片を顕微FT−IR(サーモサイエンティフィック社製のNicolet iN10)を用い次の条件で信号強度を測定した。
【0025】
<測定条件>
測定手法;ラインマッピング、波数;4000〜800cm−1、積算回数;256、分解能;8cm−1、エリア;10μm×10μmをメデュラからキューティクルに向かって6ポイント(ポイント番号はメデュラ側を1、キューティクル側を6)、アパーチャー幅;10μm
【0026】
さらにそのセル間に重水を注入した後、引き続き同じ測定条件にて、2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度を測定した。
【0027】
その結果のうちメデュラ側から4番目のポイントの経時でのOD伸縮振動の信号強度を図1に例示する。
【0028】
パウダーブリーチによってダメージを受けたパウダーブリーチ処理毛髪(HP)は重水との接触後早い段階から重水の浸透が進行し2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度の上昇が認められた。その後もHPの信号強度の方が健康毛髪(HH)の信号強度より常に上回り、ダメージを受けた毛髪の方が水分浸透が早いことを明らかにすることができた。
【0029】
また、毛髪をオイル処理することで、水分の浸透を飛躍的に防止できることも明らかにすることができた。
【0030】
さらに、重水との接触を行う前に同一ポイントにて測定した1650cm−1付近のアミドIの信号強度A1または1540cm−1付近のアミドIIの信号強度A2と、上記の重水を接触させた後の2520cm−1付近のOD伸縮振動の信号強度Bとから、B/A1またはB/A2を算出した。その結果のうち重水接触10分後のパウダーブリーチ処理毛
髪(HP)及び健康毛髪(HH)の各ポイント結果をそれぞれ表1、2に例示する。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
本発明の毛髪の水分浸透測定方法により、毛髪の横断面切片中のタンパク質の局在を考慮した水分浸透量の比較が可能となった。






図1