(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6802866
(24)【登録日】2020年12月1日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】外装部品のための高エントロピー合金
(51)【国際特許分類】
C22C 30/00 20060101AFI20201214BHJP
A44C 5/00 20060101ALI20201214BHJP
G04B 37/22 20060101ALI20201214BHJP
G04B 19/12 20060101ALI20201214BHJP
G04B 19/04 20060101ALI20201214BHJP
【FI】
C22C30/00
A44C5/00 B
G04B37/22 A
G04B19/12 Z
G04B19/04 B
【請求項の数】8
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2019-19528(P2019-19528)
(22)【出願日】2019年2月6日
(65)【公開番号】特開2019-163535(P2019-163535A)
(43)【公開日】2019年9月26日
【審査請求日】2019年2月6日
(31)【優先権主張番号】18162716.7
(32)【優先日】2018年3月20日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】506425538
【氏名又は名称】ザ・スウォッチ・グループ・リサーチ・アンド・ディベロップメント・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(72)【発明者】
【氏名】ジョエル・ポレ
【審査官】
川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−173732(JP,A)
【文献】
特開2016−029193(JP,A)
【文献】
特開2016−023366(JP,A)
【文献】
特開2016−023352(JP,A)
【文献】
特開2016−029194(JP,A)
【文献】
特開2016−023367(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2017/0167003(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2002/0159914(US,A1)
【文献】
中国特許出願公開第102776430(CN,A)
【文献】
中国特許出願公開第103194656(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00
A44C 5/00
G04B 19/04
G04B 19/12
G04B 37/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr、Fe、V、Al、Si、Mn、Mo、Ti及びNiからなる群から選ばれた4〜9のメジャー合金形成元素を含有する組成の高エントロピー合金であって、
Cr、Fe及びVである3つのメジャー合金形成元素がそれぞれ20〜40%の原子分率を有し、
AlとSiから選ばれる1つ又は2つのメジャー合金形成元素のそれぞれが、5%以上の原子分率を有し、これらの2つのメジャー合金形成元素の合計原子分率が25%以下であり、
Mn、Mo、Ti及びNiから選ばれる0、1、2、3又は4のメジャー合金形成元素のそれぞれは、原子分率が5%以上であり、これらの4つのメジャー合金形成元素の合計原子分率が35%以下であり、
前記4〜9のメジャー合金形成元素のすべての合計原子分率が80%以上であり、残りが不純物で形成されており及び/又はそれぞれの原子分率が5%未満である一又は複数のマイナー合金形成元素で形成され、
前記マイナー合金形成元素として0.005〜0.1%の原子分率のBを含有し、
単相の体心立方構造の固溶体を含有し、
硬度HV10が400以上である合金。
【請求項2】
Cr、Fe、V、Al、Si、Mn、Mo、Ti及びNiからなる群から選ばれた4〜9のメジャー合金形成元素を含有する組成の高エントロピー合金であって、
Cr、Fe及びVである3つのメジャー合金形成元素がそれぞれ20〜40%の原子分率を有し、
AlとSiから選ばれる1つ又は2つのメジャー合金形成元素のそれぞれが、5%以上の原子分率を有し、これらの2つのメジャー合金形成元素の合計原子分率が25%以下であり、
Mn、Mo、Ti及びNiから選ばれる0、1、2、3又は4のメジャー合金形成元素のそれぞれは、原子分率が5%以上であり、これらの4つのメジャー合金形成元素の合計原子分率が35%以下であり、
前記4〜9のメジャー合金形成元素のすべての合計原子分率が80%以上であり、残りが不純物で形成されており及び/又はそれぞれの原子分率が5%未満である一又は複数のマイナー合金形成元素で形成され、
前記マイナー合金形成元素として0.005〜0.1%の原子分率のBを含有し、
体心立方構造の格子及びナノ沈殿物を含有している二相構造を有し、
硬度HV10が400以上である合金。
【請求項3】
前記マイナー合金形成元素は、Si、Mn、Mo、Al、Nb、H、B、C、N、O、Mg、Sc、Ti、Cu、Ni、Zn、Ga、Ge Sr、Y、Zr、Rh、Pd、Ag、Sn、Sb、Hf、Ta、W、Pt及びAuからなる群から選ばれる
請求項1または2に記載の合金。
【請求項4】
メジャー合金形成元素として7〜15%の原子分率のNiを含有する
請求項1〜3のいずれかに記載の合金。
【請求項5】
原子分率で表現されている、Al10Fe25Cr40V25、Al10Fe40Cr25V25、Al10Fe25Cr25V40、Al10Fe30Cr30V30、Al5Cr30Fe30Mo5V30、Al6Cr30Fe30Mo5V29、Al5Cr30Fe30Si5V30、Al5Cr30Fe30Mn5V30、Al13Cr25Fe25Ni12V25、Cr31Fe31V31Si7又はFe25Cr25V25Al10Ni10Ti5の式のいずれかを満たす
請求項1〜4のいずれかに記載の合金。
【請求項6】
非強磁性のふるまいを示し、ISO規格9227に規定された塩水噴霧試験を行っても腐食の兆候を示さない
請求項1〜5のいずれかに記載の合金。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の合金によって形成されている
計時器又は装飾品のための外装部品。
【請求項8】
ケースミドル部、ケース裏部、ベゼル、プッシャー、リュウズ、腕輪リンク、クラスプ、バックル、プロング、表盤、針及び時表示部品からなる群から選ばれる
請求項7に記載の外装部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高エントロピー合金及びこの合金から作られた腕時計又は装飾品の外装部品に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、腕時計の外装部品を製造するために様々な合金が一般的に用いられている。このような外装部品は、一般的には、皮膚と接触することがあるような外部環境に露出される。このような合金は、例えば、オーステナイト系ステンレス鋼、チタン合金又は貴金属である。実際に、これらの合金は、この種の外装部品のために特定の重要な性質を有する。これは、すなわち、高耐食性、審美的な目的のための高研磨性及び非強磁性である。このような特徴に加えて、計時器においては他の性質も現在非常に求められている。その性質は、ニッケルやコバルトのような潜在的なアレルゲンを減らしたりなくしたりすることによる高い生体適合性、高い硬度及び耐引っかき性である。これらの基準をすべて満たす合金は稀である。貴金属は、硬度が低い(アニール状態において<200HV)。オーステナイト系ステンレス鋼は、一般的には、ニッケルを含有しており、限定された硬度(アニール状態において<300HV)を有している。マルテンサイト系ステンレス鋼は硬いが(>600HV)、強磁性である。最後に、グレード5チタン(Ti6Al4V)のようなチタン合金は、確かに上記の性質に対する最良の妥協点を反映しているが、特定の色を有しており、例えば、いくらかのオーステナイト系ステンレス鋼よりも相当に高くはない硬度(グレード5チタンの場合、約350HV)を有している。比較のために、外装部品に対して同様に非常に有用であるアモルファス金属は、500HVを超える硬度を有することができる。しかし、アモルファス金属の部品を得るために非常に特殊な実装が必要となる。このことは、それらを外装部品として使用することをさらに制限してしまう。
【0003】
したがって、計時器の外装部品の分野において、耐食性があり研磨性が高いような硬い結晶の強磁性合金(アニール状態における>400HV)を得る強い関心が引き続いてある。これに関連して、多くの研究のテーマとなっており新しい種類の合金を形成するような高エントロピー合金が特に有望である。最初の定義によると、原子分率が5〜35%の少なくとも5つのメジャー合金形成元素を含有する合金が、高エントロピー合金と考えられる。なお、原子分率が5%未満である元素は、微小量であると考えられる。今日では、4つのメジャー合金形成元素を含有する合金は高エントロピー合金であると考えられている。熱力学に関連して、様々なメジャー合金形成元素を混ぜることによって発生する高エントロピーは、潜在的に脆くしてしまう金属間の相の形成に対して固溶体の相を安定化するはずである。したがって、1つ又は2つのメジャー合金形成元素をベースとする伝統的な合金においては稀にしか見られない特異的性質を得ることができる。計時器の外装部品においては、単純な固溶体の相を得ることは非常に有利である。なぜなら、このことによって高い研磨性と高耐食性が促進されるからである。また、様々な元素を混合することによって、固溶体が硬くなる。したがって、単相の高エントロピー合金において、特に、体心立方構造を有するものにおいて、硬度が高いことが既に実証されている。NbTiVZr、AlNbTiV、Al0.4Hf0.6NbTaTiZr又はHf0.5Nb0.5Ta0.5Ti1.5Zrのようなこれらの単相の体心立方構造の高エントロピー合金は、具体的には、航空技術のための、高温の用途に対して特に意図されている。しかし、これらは、Nb、Zr、Hf、Taのような、高価であったり、非常に反応性が高かったり、融点が高かったりするような多くの元素を含有している。計時器の外装部品の実装を促進するために、これらの元素の量をなくしたり制限することは重要である。なぜなら、高温に対する耐性は所望の性質には含まれないからである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、外装部品の必要性に特に適応している組成を有する高エントロピー合金を提案することを目的とする。本発明は、特に、実装の後に、400HV以上の硬度、非強磁性的なふるまい及び高耐食性を有する合金を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
このために、当該合金は、それぞれの原子分率が20〜40%であるCr、Fe及びVである3つのメジャー合金形成元素を含有する。また、当該合金は、当該合金の強磁性的なふるまいをなくす効果があるAl及び/又はSiをメジャー合金形成元素として含有する。これらの各元素の原子分率は5%以上であり、Al及びSiの合計原子分率は25%未満である。
【0006】
また、当該合金は、随意的に、Mn、Mo、Ti及びNiから選ばれる一又は複数のメジャー合金形成元素を含有することができ、これらの各原子分率は5%以上であり、4つのメジャー合金形成元素すべての合計原子分率は35%以下である。本発明によると、Ni含有量は、特に、20%未満の値に維持され、実装の間、特に、熱処理の間に、材料を脆くし耐食性を低くするような望まない相の形成を避ける。また、いくらかのグレードにおいては、生体適合性が高いことを確実にするためにNiを含有しない。
【0007】
残りは、任意の不純物及び/又は一又は複数のマイナー合金形成元素によって構成することができ、各元素の原子分率は5%未満である。
【0008】
組成と熱機械的処理に依存して、実装の後に得られる材料は、体心立方構造の単相である。このことによって、高い耐食性及び高い研磨性が促進されて表面仕上げが改善する。あるいは多相合金の場合には、体心立方構造である格子(主相)がナノ沈殿によって強化される。また、この材料は、オーステナイト系ステンレス鋼のものに近い色を有するという利点を有する。
【0009】
非限定的な例として与えられる添付の図面を参照しながら請求の範囲に記載した特徴、そして、以下に記載する本発明の詳細な説明を読むことで、他の利点が明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明に係る合金で作られた腕時計ケースを示している。
【
図2】キャスティングと1300℃における3時間の熱処理の後に約100℃/分の平均冷却速度で炉冷することによって得たAl6Cr30Fe30Mo5V29合金の回折図を示している。
【
図3】この同じ合金のヒステリシス曲線を示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、高エントロピー合金、及び腕時計や装飾品のための外装部品としてのその使用に関する。これは、特に、皮膚と接触することが意図されている部品に関する。このような外装部品は、ケースミドル部、ケース裏部、ベゼル、プッシャー、リュウズ、腕輪リンク、表盤、針、時表示部品、クラスプなどであることができる。例えば、
図1に、本発明に係る合金によって作られた腕時計ケース1を示している。
【0012】
本発明によると、当該合金は、4〜9のメジャー合金形成元素を含有している。「メジャー合金形成元素」とは、原子分率が5%以上である元素を意味している。当該合金は、原子分率が20〜40%であるCr、Fe、Vである3つのメジャー合金形成元素を含有している。また、当該合金は、AlとSiから選ばれる1又は2のメジャー合金形成元素を含有しており、これらの2つの元素の合計原子分率は25%以下である。また、当該合金は、随意的に、Mn、Mo、Ti及びNiから選ばれる一又は複数のメジャー合金形成元素を含有しており、これらの4つのメジャー合金形成元素の合計原子分率は35%以下である。
【0013】
本発明によると、前記のメジャー合金形成元素のすべての合計原子分率は、80%以上である。残りは、随意的に、Si、Mn、Mo、Al、Nb、H、B、C、N、O、Mg、Sc、Ti、Cu、Ni、Zn、Ga、Ge Sr、Y、Zr、Rh、Pd、Ag、Sn、Sb、Hf、Ta、W、Pt及びAuからなる群から選択されるマイナー合金形成元素を含むことができる。「マイナー合金形成元素」とは、原子分率が5%未満である元素を意味している。また、残りは、実装によって発生する残余の不純物も含有することができる。
【0014】
本発明に係る合金を得るために、いずれの成形方法をも考えられる。特に、これらの合金をキャスティング、粉末冶金プロセス、付加的な製造技術、又は層堆積技術によって得ることができる。また、このことには、いずれの熱機械的処理(熱処理、熱間変形、冷間変形)及び焼結と熱間等圧圧縮(HIP)のステップも含まれる。
【0015】
いずれの熱機械的処理の成形や実行の後に、本発明に係る合金のほとんどは、体心立方構造(BCC)を有する。これは、秩序がなくてもよく(構造体A2、空間群lm3m)、秩序があってもよい(B2構造、空間群Pm3m)。具体的には、メジャー合金形成元素としてもマイナー合金形成元素としてもNiもTiも含有しないような本発明に係る合金の単相の微細構造を周囲温度において得ることができる。このことによって、耐食性と研磨性が促進される。しかし、組成と実行される熱処理に応じて、本発明に係る合金は、沈殿の形態である第2の相がある微細構造を有することがある。この沈殿は、一部の場合において、機械的性質(硬度、延性、変形に対する耐性等)を改善することができる。沈殿の大きさがナノメートル的であるように小さい場合や格子の組成が実質的に不変であるような場合、すなわち、本発明に係る合金の定義を満たす組成である場合(多元素固溶体の相)、高い研磨性、高い耐食性及び非強磁性が維持される。具体的には、Ni、又はNiとTiの追加が特に関心事である。なぜなら、このことによって、ナノ沈殿物を非常に硬化させることができるからである。
【0016】
短く書くと、本発明の合金は、実装の後に、外装部品のために必要な以下の性質を有することができる。すなわち、非強磁性のふるまい、400HV以上の硬度、そして、高い耐食性、特に、ISO規格9227による塩水噴霧試験の後に腐食の兆候がないことである。
【0017】
製造の後にこれらの基準をすべて満たすような合金組成のいくつかの例を下の表1に記載した。これらの合金は、アーク溶融によって製造され、他の熱処理は行われていない。表1において、原子分率は十の位まで丸められている。
【0019】
特に、ニッケルを添加することによって硬度を相当に大きくすることができることが観測された。これは、体心立方構造格子におけるNiAlのナノ沈殿物の形成のためである。
【0020】
キャスティングして、1300℃において3時間アルゴン下で熱処理をしてキャスティング構造を均質化した後で、単相の微細構造が得られた。これは、特に、NiやTiがないメジャー合金形成元素のみを含有する合金のものであり、例えば、合金Al6Cr30Fe30Mo5V29のものである。
【0021】
この合金に対してX線回折解析(ブラッグ―ブレンターノ構成)を行い、単相が存在して体心立方構造に対応する3つの線があることを確認した。
図2に、この回折図を示している。
【0022】
この合金の磁気特性に関連して、振動式試料磁力計を用いて周囲温度でヒステリシス曲線(印加磁場Hに対する磁化M)を測定した。この合金は比較的高い容積磁化率(4.8×10
-3)を有するが、
図3に示しているように、この合金は常磁性のふるまいの兆候である線型的なふるまいをしている。
【0023】
また、本発明に係る合金の定義を満たすメジャーな相を維持しつつ、いくらかのマイナー合金形成元素を加えることによって、性質、特に、機械的性質、を改善させることができる。例えば、マイナー合金形成元素として少量のホウ素を加えることができる。合金Al10Cr30Fe30V30にホウ素を0.1%を加えても、ホウ素を含有しない同じ合金に対して硬度が変わらないが(410HV)、ホウ素を追加することによって熱処理の後に粒子の成長が減り、これによって、延性と研磨性が改善する。また、マイナー合金形成元素としてC、N及びOのような格子間原子を追加することによっても、硬度を大きくすることができる。