(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
鉄心と、その周囲に設けられた巻線コイルと、コイル絶縁用の絶縁紙、プレスボード、木製物を含む含水性の固体絶縁物と、を備えた変圧器中身がタンクに収容された絶縁油に浸漬された油入変圧器であり、前記絶縁油に油流が生じる構成の油入変圧器の余寿命診断方法であって、
前記油入変圧器において、前記鉄心を除いた前記変圧器中身の存在領域と前記絶縁油が存在する領域を含む縦断面を縦方向及び横方向に複数の区域に分割し、
前記分割した各区域に存在する前記巻線コイルと前記固体絶縁物と前記絶縁油の分布を把握し、
各区域において、前記固体絶縁物と絶縁油との間で水分が相互拡散する関係を把握し、各区域において、所定水分を含有している絶縁油が流れる状況を把握し、これらの間の水分量の相互拡散関係を各区域毎に把握し、
前記油入変圧器の運転時に前記分割した区域の一部から実際に採取した絶縁油の油中水分量の実測値と、前記絶縁油を採取した区域に対し前記相互拡散関係から導かれる絶縁油の油中水分量の値を比較し、前記油中水分量の実測値と前記相互拡散関係から導かれた油中水分量の差異が所定の閾値以下であれば前記各区域毎の絶縁油中の水分分布を確定し、この確定した水分分布に基づいて油入変圧器の余寿命診断を行うことを特徴とする油入変圧器の余寿命診断方法。
鉄心と、その周囲に設けられた巻線コイルと、コイル絶縁用の絶縁紙、プレスボード、木製物を含む含水性の固体絶縁物と、を備えた変圧器中身がタンクに収容された絶縁油に浸漬された油入変圧器であり、前記絶縁油に油流が生じる構成の油入変圧器の余寿命診断方法であって、
前記油入変圧器において、前記鉄心を除いた前記変圧器中身の存在領域と前記絶縁油が存在する領域を含む縦断面を縦方向及び横方向に複数の区域に分割する分割モデル化ステップと、
前記固体絶縁物分布と、前記絶縁油分布と、前記固体絶縁物の重量、厚さ及び平均重合度と、前記絶縁油の密度及び飽和水分量と、隣接する前記区域間の開口面積と、温度分布と、油流分布と、初期水分分布を仮定する基礎データ仮定ステップと、
前記絶縁油の飽和水分量と、前記絶縁油中の水分拡散係数と、固体絶縁物−油間平衡水分量と、固体絶縁物中の水分の移動速度と、固体絶縁物中の温度勾配を仮定する計算パラメータ仮定ステップと、
初期状態の変圧器の絶縁油の油中水分が時間経過とともに前記固体絶縁物に対して相互拡散するが、総水分量は一定であるとする関係を把握し、前記区域毎の絶縁油の油中水分量と固体絶縁物中水分量の相互拡散関係を把握する相互拡散把握ステップと、
前記油入変圧器の運転時に前記分割した区域の一部から実際に採取した絶縁油の油中水分量の実測値と、前記絶縁油を採取した区域に対し前記相互拡散把握ステップから導かれた絶縁油の油中水分量の計算値を比較し、前記実測値と前記計算値の差異が所定の閾値以下であれば前記各区域毎の絶縁油中の水分分布を確定する比較ステップと、
この決定された水分分布から導かれる前記巻線コイル上部絶縁紙の紙中水分量から前記変圧器の余寿命を診断する診断ステップを具備したことを特徴とする油入変圧器の余寿命診断方法。
前記相互拡散把握ステップにおいて、分割した各区域毎の絶縁油量の分布と、固体絶縁物量の分布と、隣接する区域間の開口面積の分布と、絶縁油の油流分布と、区域毎の固体絶縁物中水分子の実質的移動速度と、固体絶縁物中水分速度勾配係数と、区域毎の固体絶縁物の厚さと、初期水分量とを把握することを特徴とする請求項2に記載の油入変圧器の余寿命診断方法。
前記比較ステップに、前記実測値と前記計算値の差異が所定の閾値を超えた場合、初期水分量と、前記区域毎の絶縁油量の分布と、固体絶縁物量の分布と、隣接する区域間の開口面積の分布と、絶縁油の油流分布と、区域毎の固体絶縁物中水分子の実質的移動速度と、固体絶縁物中水分速度勾配係数と、区域毎の固体絶縁物の厚さと、分散係数の少なくとも1つを見直して再計算し、前記差異が閾値以下になるまで再計算を繰り返す機能が付加されたことを特徴とする請求項2または請求項3に記載の油入変圧器の余寿命診断方法。
鉄心と、その周囲に設けられた巻線コイルと、コイル絶縁用の絶縁紙、プレスボード、木製物を含む含水性の固体絶縁物と、を備えた変圧器中身がタンクに収容された絶縁油に浸漬された油入変圧器であり、前記絶縁油に油流が生じる構成の油入変圧器の余寿命診断装置であって、
前記油入変圧器において、前記鉄心を除いた前記変圧器中身の存在領域と前記絶縁油が存在する領域を含む縦断面を縦方向及び横方向に分割した複数の区域を記憶する機能と、
前記分割した各区域に存在する前記巻線コイルと前記固体絶縁物と前記絶縁油の分布を記憶する機能と、
各区域において、前記固体絶縁物と絶縁油との間で水分が相互拡散する関係を把握し、各区域において、所定水分を含有している絶縁油が流れる状況を把握し、これらの間の水分量の相互拡散関係を各区域毎に計算する機能と、
前記油入変圧器の運転時に前記分割した区域の一部から実際に採取した絶縁油の油中水分量の実測値と、前記絶縁油を採取した区域に対し前記相互拡散関係から導かれる絶縁油の油中水分量の値を比較し、前記油中水分量の実測値と前記相互拡散関係から導かれた油中水分量の差異が所定の閾値以下であれば前記各区域毎の絶縁油中の水分分布を確定する機能を有することを特徴とする油入変圧器の余寿命診断装置。
鉄心と、その周囲に設けられた巻線コイルと、コイル絶縁用の絶縁紙、プレスボード、木製物を含む含水性の固体絶縁物と、を備えた変圧器中身がタンクに収容された絶縁油に浸漬された油入変圧器であり、前記絶縁油に油流が生じる構成の油入変圧器の余寿命診断装置であって、
前記油入変圧器において、前記鉄心を除いた前記変圧器中身の存在領域と前記絶縁油が存在する領域を含む縦断面を縦方向及び横方向に複数の区域に分割した各区域を記憶する分割モデル化機能と、
前記固体絶縁物分布と、前記絶縁油分布と、前記固体絶縁物の重量、厚さ及び平均重合度と、前記絶縁油の密度及び飽和水分量と、隣接する前記区域間の開口面積と、温度分布と、油流分布と、初期水分分布を記憶する基礎データ仮定機能と、
前記絶縁油の飽和水分量と、前記絶縁油中の水分拡散係数と、固体絶縁物−油間平衡水分量と、固体絶縁物中の水分の移動速度と、固体絶縁物中の温度勾配の仮定値を記憶する計算パラメータ仮定機能と、
初期状態の変圧器の絶縁油の油中水分が時間経過とともに前記固体絶縁物に対して相互拡散するが、総水分量は一定であるとする関係を把握し、前記区域毎の絶縁油の油中水分量と固体絶縁物中水分量の相互拡散関係を把握して記憶する相互拡散把握機能と、
前記油入変圧器の運転時に前記分割した区域の一部から実際に採取した絶縁油の油中水分量の実測値と、前記絶縁油を採取した区域に対し前記相互拡散把握ステップから導かれた絶縁油の油中水分量の計算値を比較し、前記実測値と前記計算値の差異が所定の閾値以下であれば前記各区域毎の絶縁油中の水分分布を確定する比較機能と、
この決定された水分分布から導かれる前記巻線コイル上部絶縁紙の紙中水分量から前記変圧器の余寿命を診断する診断機能を具備したことを特徴とする油入変圧器の余寿命診断装置。
前記相互拡散把握機能において、初期水分量と、分割した各区域毎の絶縁油量の分布と、固体絶縁物量の分布と、隣接する区域間の開口面積の分布と、絶縁油の油流分布と、区域毎の固体絶縁物中水分子の実質的移動速度と、固体絶縁物中水分速度勾配係数と、区域毎の固体絶縁物の厚さを把握する機能を具備することを特徴とする請求項8に記載の油入変圧器の余寿命診断装置。
前記比較機能に、前記実測値と前記計算値の差異が所定の閾値を超えた場合、初期水分量と、前記区域毎の絶縁油量の分布と、固体絶縁物量の分布と、隣接する区域間の開口面積の分布と、絶縁油の油流分布と、区域毎の固体絶縁物中水分子の実質的移動速度と、固体絶縁物中水分速度勾配係数と、区域毎の固体絶縁物の厚さと、分散係数の少なくとも1つを見直して再計算し、前記差異が閾値以下になるまで再計算を繰り返す機能が付加されたことを特徴とする請求項8または請求項9に記載の油入変圧器の余寿命診断装置。
【発明を実施するための形態】
【0036】
<第1実施形態>
以下、本発明に係る油入変圧器の余寿命診断方法の第1実施形態について、図面に基づき説明する。
図1は油入変圧器の余寿命診断方法を実施するために用いたモデル変圧器の一例を示す構成図であり、このモデル変圧器は、実際に使用される変圧器の構成要素の集まりからなり、中心に配置された鉄心1の周囲にコイル巻線2が設けられている。各コイル巻線2は絶縁紙3で覆われるとともに、コイル巻線2はその上下をプレスボード5、5によって挟まれ、コイル巻線2にプレスボード5、5によって上下から締め付け力が付加されている。また、巻線と巻線の間のターン間にもスペーサプレスボードが挟まれている。
この実施形態では鉄心1とコイル巻線2と絶縁紙3とプレスボード5を備えて変圧器中身6が構成され、この変圧器中身6が円筒状のタンク7に充填された絶縁油8に浸漬され、変圧器Aが構成されている。この変圧器Aは単相で円筒型の変圧器として構成されている。なお、変圧器Aにおいては、絶縁紙3とプレスボード5以外に種々の木製物が設けられているが、木製物については後に詳述する。
【0037】
変圧器Aのコイル巻線2は絶縁紙3によって絶縁分離した状態で鉄心1の周囲に配置された絶縁筒4に巻き付けられ、鉄心1の上部側に上ヨーク9が配置され、鉄心1の下部側に下ヨーク10が配置され、それらの上部と下部に円板状のプレスボード5が配置されている。一次側のコイル巻線と二次側のコイル巻線はそれぞれ図示略の絶縁スペーサなどの固体絶縁物を介し絶縁筒4の周囲に絶縁状態で支持されている。
プレスボード5、5の周辺部分を貫通するように支柱部材11が立設され、これらの支柱部材11は上下のプレスボード5、5を互いに接近する方向に押し付け、それらの内側に設けられているコイル巻線2に所定の締め付け力が付加されている。
なお、
図1では略されているが、コイル巻線2の周囲にはプレスボードと同等の木製物からなる巻線スペーサ、絶縁筒レール、絶縁筒ダクトレール、上ヨーク絶縁物、下ヨーク絶縁物等が配置されている。また、
図1では略されているが、巻線コイル2の外側には木製物からなる外側バリアが配置されている。これらの木製物は油中水分の拡散移動に影響を与えるので後述のように解析する。
【0038】
図1に示す変圧器Aにおいてタンク7の右側に縦型の放熱器(ラジエータ)13が設けられ、放熱器13の上部の導入側とタンク7の上部が上部配管15で接続され、放熱器13の下部の排出側とタンク7の下部が下部配管16で接続されている。
以上の構成により、タンク7の内部に収容されている絶縁油8は上部配管15から放熱器13側に吸入され、放熱器13の内部を通過する間に放熱された後、下部配管16を介しタンク7の下部側に戻るように循環される。
また、タンク7に収容されている絶縁油8は変圧器中身6の発熱により加温されるので、加温された絶縁油は自然対流によりタンク7の下部側から上部側に向かう自然対流を生じる。この自然対流と上述の放熱器13からの戻り流が合成されるとともに、タンク7の内部に収容されている上ヨーク9、下ヨーク10、上下のプレスボード5、コイル巻線2などが絶縁油8の流れに対する流動抵抗体となるため、タンク7の内部においては複雑な複数の絶縁油の流れが生じる。この複雑な複数の絶縁油の流れの解析については後に詳述する。更に、絶縁油についてはポンプで強制循環させる場合もある。
【0039】
本実施形態に係る
図1に示す変圧器Aにおいて、試験用に用いたタンク7は、タンク内上部空間側の絶縁油量を647L、コイル区域に存在する絶縁油量を1142L、タンク下部空間側の絶縁油量を311Lに設定した構造であり、総絶縁油量2100L、定格容量10.2kVAの変圧器である。この変圧器Aにおいて、コイル絶縁紙3の重量は14.3kgであり、上ヨーク絶縁物と巻線スペーサと絶縁筒レールと絶縁筒ダクトレールと下ヨーク絶縁物の総重量は73.7kg、木製物として支柱部材11の重量は27.3kg、絶縁紙とプレスボードと木製物の総重量は115.3kgである。
なお、タンク内上部空間側の絶縁油とコイル区域の絶縁油とタンク下部側の絶縁油には放熱器13側や配管15、16部分に存在する絶縁油を含めた総容量としている。また、タンク7の上部側には
図1では略したコンサベータCS(
図3〜
図9参照)が設置されていて、このコンサベータCSにも絶縁油が110L収容されるが、コンサベータCSに収容される絶縁油についてはタンク内上部空間側の絶縁油の重量に含めることにする。
【0040】
絶縁紙3は、厚さ80μmのものをコイル巻線2に対しハーフラップで4枚巻きとした構成が採用されている。
変圧器Aが運転開始直後で新品とみなせる場合は絶縁紙の平均重合度(DP)はすべて新品の値(1100前後)と仮定する。経年で劣化が進むとDPが低下するので、運転開始後で劣化の影響が無視できない時点から計算する場合は、DP分布も仮定する必要がある。本実施形態の変圧器Aの場合、変圧器Aは新品とみなし、本実施形態において絶縁紙3のDPはすべて1174、プレスボードおよび木製物のDPはすべて1101と仮定した。
絶縁油については、15℃における密度0.866g/cm
3、40℃における動粘度7.68mm
2/s、100℃における動粘度2.17mm
2/sの絶縁油を用いた。
【0041】
以上説明の変圧器Aを実際に用い、負荷率100%にて20日間運転後、無負荷状態で10日間運転した場合の油中水分の変化を計算により求め、実測値との比較を行った例について以下に説明する。
本実施形態では、最初に
図2に示すフローチャートで示すように、前記油入変圧器Aにおいて、前記鉄心1を除いた前記変圧器中身6の存在領域と前記絶縁油8が存在する領域を含む縦断面をとり、その縦断面を縦方向及び横方向に複数の区域に分割する分割モデル化ステップS1を行う。
【0042】
「分割モデル化ステップ:S1」
この実施形態では、分割モデル化ステップS1において、
図3に例示するようにタンク7の右半分側の縦断面に5cm刻みでメッシュを切り、垂直方向を48層(タンク7の底部側を区域1と設定し、タンク7の内頂部側を区域48と設定)、半径方向に7層(タンク7の内側から外側に順にA〜Gの区域に設定)の計296区域に分割した。
本実施形態の変圧器Aは、単相であり、円筒型であることから、円筒対称性を仮定して半径方向と鉛直方向の2次元で構造を近似することができる。このため、
図3に示すように5cmきざみでメッシュを切っていることは、鉄心1を除いた変圧器中身6の存在領域と絶縁油が存在する領域を含む変圧器Aの縦断面を取り、その縦断面を縦方向及び横方向に複数の区域に分割したことを意味する。
【0043】
また、放熱器13の内部空間は、
図3に示すように、高さ方向を下側から順にR12〜43の区域に分割し、区域RUは放熱器13の上端部の上部配管15を示し、区域RLは放熱器13の下端部の下部配管16を示している。また、タンク7の垂直方向を48層、半径方向に7層の計296区域に分割しているので、タンク7の内部空間は、A41〜A48、B1〜B48、C1〜C48、D1〜D48、E1〜E48、F1〜F48、G1〜G48の区域に分割されている。
なお、A1〜A40に相当する区域は鉄心1が存在し、絶縁油が存在していない区域であるので、本分割モデル化ステップS1において区域設定から除外している。また、放熱器13の内部空間は、32分割して上部配管15と下部配管16で接続される領域(RU、RL)に分けられている。
【0044】
「基礎データ仮定ステップ:S2」
次に、本実施形態では、基礎データ仮定ステップS2において、変圧器Aにおける各区域の絶縁油の容積、固体絶縁物(コイル巻線の絶縁紙、プレスボード、巻線スペーサ、絶縁筒レール、絶縁筒ダクトレール、上ヨーク絶縁物、下ヨーク絶縁物等を総称する場合は固体絶縁物と呼称することにする)の配置、厚さ、重量はあらかじめ調べておき、判明しているものはその値を用い、判明していないものは後述する調査結果と矛盾がないように仮定する。
本実施形態において採用した変圧器Aに対し、絶縁油の分布(単位:L)を
図4に示し、巻線絶縁紙の分布(単位:g)を
図5に示し、絶縁紙以外のプレスボードと木製物の合計重量の分布(単位:g)を
図6のように仮定した。
これらの仮定は、実際に用いた変圧器Aの構造の詳細が判明しているので、分割した各区域毎に絶縁油、巻線絶縁紙、プレスボードと木製物がどの程度存在しているのかを割り振った結果である。
【0045】
図3〜
図6に示す各区域は、隣や上下の区域と接する開口面積を通じて絶縁油が対流し、油中水分が相互拡散する。そこで、各区域間の開口面積は変圧器Aの幾何学的な形状や変圧器の構造を考慮して
図7のように仮定した(単位:cm
2)。
図7においてB9〜B36の区域は、コイル巻線が設けられている区域であり、上下に隣接する区域間の開口面積をそれらの上方と下方の区域の開口面積の半分と仮定した。
また、B8区域とB9区域の間の開口面積は巻線支持物がさらに詰まっていると考え、B8区域の幾何学的な開口面積の4分の1と仮定した。(864/4=216cm
2)さらに、タンク上部とコイル巻線区域の境(
図7において上方の黒い太実線の下の区域)は上部ヨークが存在し、タンク下部とコイル巻線区域の境(図内下方の黒い太実線の下の区域)は下部ヨークがあり、開口していないと考えられるので、それらの区域におけるC〜Fの開口面積は0と仮定した。即ち、
図7の上下の黒い太線の部分は絶縁油が流れる場合に壁となり、絶縁油はこの壁を避けるように対流すると仮定する。
【0046】
各領域の上下方向と左右方向の境界の開口面積は
図7に数値で示しているが、以下の通りである。
上下方向の開口面積について、A42〜A48は1963cm
2、A2〜A8は864cm
2、B10〜B37は432cm
2、B38〜B48は864cm
2、C2〜C48は1021cm
2、B10〜B37は432cm
2、D2〜D48は1178cm
2、E2〜E48は1335cm
2、F2〜F48は1492cm
2、G2〜G48は1649cm
2に設定した。
左右方向の開口面積について、A42〜A48からB42〜B48の方向は773cm
2、B37〜B48からC37〜C48への方向は927cm
2、C37〜C48からD37〜D48への方向は1082cm
2、D37〜D48からE37〜E48への方向は1237cm
2、E37〜E48からF37〜F48への方向は1391cm
2、F37〜F48からG37〜G48への方向は1546cm
2に設定した。
【0047】
左右方向の開口面積について、B9〜B36からC9〜C36への方向は954cm
2、C9〜C36からD9〜D36への方向は1113cm
2、D9〜D36からE9〜E36への方向は1272cm
2、E9〜E36からF9〜F36への方向は1431cm
2、F9〜F36からG9〜G36への方向は1590cm
2に設定した。
左右方向の開口面積について、B1〜B8からC1〜C8への方向は973cm
2、C1〜C8からD1〜D8への方向は1135cm
2、D1〜D8からE1〜E8への方向は1297cm
2、E1〜E8からF1〜F8への方向は1459cm
2、F1〜F8からG1〜G8への方向は1621cm
2に設定した。
放熱器13における上下方向の開口面積は746cm
2、上部配管15と下部配管16の出入口部の開口面積は150cm
2、CSへの接続部の開口面積は13cm
2に設定した。
【0048】
1サイクルの計算あたりに移動する絶縁油量が容積の半分を超すと計算が不安定となるおそれがある。このため、計算の刻み時間を工夫し、後述する拡散方程式で使用される∂t:微小時間を10秒とした。微小時間について、区域の分割数が少ない場合は1分毎でも良いが296区域に分割している場合は、1区域あたりの流速を大きくするために10秒とした。
【0049】
それに併せて、後述する各式で用いる時定数は本実施形態の場合、以下のようにそれぞれ決定した。以下の等式の右辺の数値が微小時間10秒の場合に適用する数値である。
・紙中水分−油中水分の平衡時定数:
τp(81.5℃)=205.9min=205.9×60sec=1235.4×10sec
・コイル絶縁紙中水分移動速度:
ν
0(80℃)=0.015mm/min=0.015mm/60sec=0.0025mm/10sec
・プレスボード中水分移動速度:
ν(80℃)=0.009mm/60sec=0.009/60sec=0.0015mm/10sec
これらの結果、本実施形態では後述する計算のように絶縁油の流速を3mm/sまで上げることができ、より実器に近い対流を設定できるようになった。
本実施形態において変圧器Aで使用する絶縁油の密度と粘度の温度依存性はあらかじめ測定しておき、各値を把握した上で計算に用いる。
【0050】
本実施形態において変圧器Aで使用する絶縁油の飽和水分量の温度依存性をあらかじめ測定しておく。
本実施形態の変圧器Aの場合、油の飽和水分量はGriffinの式で表すことができる。実際の絶縁油の水分量をpとする。油中水分の重要な指標は相対湿度である水分飽和度である。油中水分飽和度prは以下の(3)式で与えられる。
【0052】
この(3)式においてRは気体定数(1.987cal/mol/K)、Tは絶対温度を示す。
変圧器Aに用いた絶縁油については、15℃における密度0.866g/cm
3、40℃における動粘度7.68mm
2/s、100℃における動粘度2.17mm
2/sの絶縁油を用いた。この測定結果から、後に説明する絶縁油粘度の温度依存性を考慮し、後述する計算に用いることができる。
【0053】
本実施形態において変圧器Aの初期の油中水分分布は本発明者の種々の試験に基づく実測結果の把握から4ppmと仮定した。この油中水分分布の仮定については、後に詳述する。
【0054】
次に、変圧器Aにおいて各区域の温度分布を求めて入力する必要があるため、
図8に示す変圧器Aの各区域において、B10、B22、B35の区域の絶縁紙中に熱電対(Doble社製水分計)を配置し、C10、C22、C35、D2、G43、RLの区域に熱電対(Doble社製水分計)を配置し、G1の区域の外に外気温を測定するための熱電対を配置した。
図8では熱電対を配置した区域をドットを用いて濃い灰色に塗り潰してそれぞれの位置を表示している。
【0055】
本実施形態の変圧器Aでは、巻線上部(B35)・中部(B22)・下部(B10)の3ヶ所に設置した巻線絶縁紙表面の熱電対と、前述の位置に挿入された6つの熱電対に加え、外気温を測定する熱電対を加えた合計10ヶ所の温度データを採取し、後述する計算に用いる。
前述した如く変圧器Aのタンク7において、
図1に符号20、21、22、23、24、25で示すように油中水分センサー(Doble社製水分計)を配置した。油中水分センサー20は上部配管15の内部に設けられ、油中水分センサー21は下部配管16の内部に設けられ、油中水分センサー22はタンク側壁の底部近くに設けられた排油弁26の付近に設けられている。油中水分センサー23はコイル巻線2の底部外側近くに設けられ、油中水分センサー24はコイル巻線2の中央部外側近くに設けられ、油中水分センサー25はコイル巻線2の上部外側近くに設けられ、それぞれの位置の油中水分量を測定することができる。
【0056】
これまでの本発明者らの変圧器に対する研究から、巻線絶縁紙表面温度は絶縁油温と異なり、約10℃高いことが判明しているので、コイル巻線2が位置する区域では油温とは別に紙中温度を計算した。外気温熱電対は変圧器周囲の温度を示している。水分計算するには各区域の温度を必要とするが、測定箇所が10ヶ所と少ないため、その他の箇所は油温を仮定して区域毎に算出し、区域毎の計算に用いる必要がある。そこで変圧器Aにおいて測定可能な10ヶ所の温度とその周囲の温度は、比例配分した温度分布をしていると仮定した。
【0057】
なお、上述の温度比例配分であるが、基本的な考え方について
図9を基に以下に説明する。
図9は、
図3に示すようにタンク7を垂直方向に48層、半径方向に7層の計296区域に分割した構造に対し簡略化して検討し、タンク7を垂直方向に12層、半径方向に7層の計74の区域に分割した場合の温度分布比例計算の結果を示す図である。
垂直方向に区域を12分割し、タンク7においてB〜Gは12分割のため、計72の区域に分割され、鉄心1の上方に位置するA11、A12の区域と併せて74区域に分割されている。
【0058】
図9に示すようにC3、C6、C9、D1、G11、RLにそれぞれ熱電対を配置し、区域C3〜C9の油温は変圧器コイル巻線部に挿入された水分計の温度(Do2〜Do4)を用いて比例配分と仮定する。区域A11〜A12、B1〜12、C10〜12の油温は熱電対(熱電対の位置C3、C6、C9)と水分計の温度(Do2〜Do4)を比例配分して仮定した。タンク底部に挿入された水分計の温度(Do1)をD1の油温とし、C1〜C2の油温を周囲の油温から仮定する。放熱器上部の水分計はその近隣の区域G11の油温を表していると仮定し、区域G1は外気温H1(熱電対TC84)に近いがタンク底部水分計の温度(Do1)にも関係していると仮定し、残りの区域GはG11とG1から比例配分で表せると仮定した。残りの区域D〜Fは主に区域Cと区域Gの比例配分と仮定した。ラジエータの油温は下部が水分計の温度(Do6)とし区域G11との間で比例配分した。コンサベータCSの油温は外気温(熱電対TC84)と等しいと仮定した。
【0059】
以上のように仮定することで、タンク7を分割した区域毎に比例配分により油温を求めることができる。
このように簡略的に比例配分して求めた油温について、
図3に示すようにタンク7を垂直方向に48層、半径方向に7層の計296区域に分割した各区域の温度として当てはめて適用すればよい。勿論、タンク7を垂直方向に12層、半径方向に7層の計74の区域に分割した場合の温度分布計算の方法を
図3に示すようにタンク7を垂直方向に48層、半径方向に7層の計296区域に分割して詳細に計算し、温度分布を求め、適用することが好ましい。
【0060】
なお、後述する変圧器の余寿命診断方法を実施する場合に、変圧器の温度履歴を求めておくことが必要な場合は、変圧器の負荷や周囲温度から温度上昇履歴を求めておくことが必要である。その場合は、非特許文献3に記載されている、油入変圧器絶縁紙の温度履歴解析を実施すればよい。
これにより絶縁紙の重合度について変圧器の負荷履歴から計算により温度履歴を算出でき、温度履歴から重合度を算出できる。
一般的な変圧器において温度計は1箇所のみ設置され、その他のデータとして外気温の合計2点の温度データしかない場合は、非特許文献3に記載の温度履歴解析を適用すればよい。
【0061】
測定に用いる変圧器Aのタンク7内は上述の如く温度分布があることから、絶縁油8には自然対流が生じている。強制循環タイプの変圧器では強制循環分の対流を考慮する必要があるが、本実施形態で用いた変圧器Aの対流については、自然対流を考慮すればよい。タンク7内の絶縁油8の流れについて流体力学的にシミュレーションした結果、対流分布(油流分布)は
図10に示すような6ループモデル(ループa〜f)を仮定することにした。
絶縁油の対流の流量は上下の温度差に比例すると考えられる。そこで、各ループに対して温度差を計算し、計算結果が実験値に近くなるように各ループの流速を最適化することが好ましい。
【0062】
変圧器Aにおいてタンク7内の絶縁油の流れについて、タンク7を垂直方向に12層、半径方向に7層の計74の区域に簡略的に分割し、絶縁油の流れを検討した結果を
図11に示す。
図11においてB2〜E2の区域の上部側に下ヨークの仕切板としてのプレスボードが太い実線で示すように設けられ、B10〜E10の区域の下部側に上ヨークの仕切板としてのプレスボードが太い実線で示すように設けられている。また、タンク7の上部の絶縁油は上部配管15を介して放熱器13に引き込まれ、放熱器13を通過後、下部配管16を介してタンク7の下部に戻される。
【0063】
このため、上ヨークの仕切り板が存在する区域の上方のタンク上部区域のみでループする対流が存在すると考えられる。また、下ヨークの仕切り板が存在するため、タンク下部には対流による油の流入は少ないと考えられる。鉄心とコイル巻線の間の隙間は開口面積が狭いため、絶縁油の流速は速いが油量は少ないと考えられ、むしろコイル巻線外側の対流の方が速くて流量も多いと考えられる。約3mのタンク周囲長に比較し、放熱器13は直径15cmの配管が2本接続された構造となっていることから、放熱器13を流れる油量は少なく、タンク7の壁面に沿って下向きに流れる油量の方が多いと考えられる。この状況から流体力学的にシミュレーションした結果、対流を表現するために
図10に示すような6ループの対流モデルを導入できると判断した。
図11に区域を74に分割した場合のループa、ループb、ループc、ループd、ループe、ループfを区別して記載しておく。
図11に示す74に分割したループモデルが
図10に示す296に区域した変圧器に適用できるとして、後述する計算を行う。
【0064】
「計算手法」
(総水分量一定計算)
固体絶縁物中水分量(絶縁紙、プレスボード、木製物などを含む固体絶縁物全体としての水分量)と油中水分量の和が各区域に含まれる水分量である。絶縁紙やプレスボードなどの固体絶縁物の劣化による水分の発生や変圧器に外気から流入する水分が無視できる場合は、変圧器内の総水分量は一定と考えられ、各区域の水分量の総和が変圧器に含まれる総水分量であると考える。ただし、固体絶縁物が劣化して水分を加算する場合は加算する水分を考慮する必要がある。
また、各区域における水分量の増分は、その区域に流入する水分量から流出する水分量を差し引いた量である。よって油中水分量は以下の(4)式で計算することができる。
【0066】
(固体絶縁物中水分拡散方程式差分法)
固体絶縁物の計算は以下の(1)式で示す拡散方程式で求められる。
【0068】
ただし、(1)式において、x:固体絶縁物の銅線からの位置(mm)、y:固体絶縁物中水分量(%)、yn:n番目の区域(区間)の固体絶縁物中水分量(%)、t:運転開始からの時間(min)、∂t:微小時間(min)、∂yn:微小時間におけるn番目の区域における固体絶縁物中水分量の増分(%)、v
0:銅線に接する絶縁紙における固体絶縁物中水分子の実質的な移動速度(mm/min)、k’:固体絶縁物中水分速度勾配係数(1/mm)、tp:1区間における固体絶縁物の厚さ(mm)と規定する。
なお、固体絶縁物を絶縁紙とした場合、n番目の区域(区間)とは、銅線に対しハーフラップで4層巻きすると、銅線の外側に8層の絶縁紙が存在するので、8層の絶縁紙中の何番目であるかを意味する。
【0069】
固体絶縁物と接する絶縁油の油中水分は水分飽和度が固体絶縁物最表面のそれと等しくなり平衡になると考える。水分飽和度p
rは油中水分量p[mg/kg]を油の飽和水分量p
0で除した値である。油中水分量を以下の(5)式で相当する固体絶縁物中水分量y[%]に変換して計算に用いることができる。なお、以下の式で用いられているパラメータは一般的な変圧器に使用されているクラフト紙のパラメータである。絶縁紙が異なる場合、適用している絶縁紙の種類、マニラ紙などに応じたパラメータを選択して計算する。
【0071】
「油中水分の拡散式」
油中水分に対して以下の(6)式に示す拡散方程式が成り立つ。
【0073】
温度勾配がある場合、拡散係数D
拡散は各区域の温度を用いて計算される。拡散係数と水分移動速度νは以下の(7)式の関係がある。
【0075】
そこで、区域1の水分移動速度をν
1、区域1の絶縁油の密度をρ
1のような表し方をすると、ある断面積Sで接する区域1と区域2の境界での1分間の拡散による水分移動量は以下の(8)式のように計算される。
【0077】
(油中水分の分散式)
液体においては密度、温度の揺らぎや、変圧器自身の振動(音波も含む)などにより、方向性の無いミクロな流れがあると考えられる。そのような局所的な流れによる油の混合を分散と呼んでいる。
分散係数をD
分散とおくと差分法で表した分散の効果は以下の(9)式で与えられることになる。
【0079】
(対流による水分移動の式)
対流においては、ある体積の絶縁油が方向性を持って流れる。水分の移動はその体積に含まれる油の油中水分が移動することと考えられる。厳密には、ある区域から温度の異なる他の区域に油が移動すると、熱膨張の関係で油の体積が変化すると考えられるが、その影響は小さいと考え体積変化は無視し、一定容積の油が移動すると考える。
先に説明したように、本実施形態の変圧器Aにおいては、6ループの対流モデルを検討するが、どこの区域の油温に比例した油量と設定したのか、についての詳細は後に説明する。
【0080】
「計算パラメータ仮定ステップ:S3」
次に、絶縁油中水分量を計算する上で必要な各種パラメータを計算パラメータ仮定ステップS3において仮定する。
(絶縁油中水分拡散係数)
Eyringによると液体の拡散係数は絶対温度に比例し、粘度に反比例すると規定されている。溶質の拡散係数をD、溶媒の粘度をμ、絶対温度Tとしたとき、以下の(10)式の関係が成り立つ。
【0082】
ここで、本発明者が過去に変圧器について研究してきた種々の検討結果から定数を4と仮定した。この定数4は物理ハンドブックに記載の有機液体の定数から採用した数値である。この定数4の仮定については後に詳述する。
先に説明したように、あらかじめ調べた絶縁油の粘度の温度依存性を用い、絶縁油中水分拡散係数の温度依存性を算出することができる。
【0083】
コイル絶縁紙−油間平衡水分量、コイル絶縁紙中水分の移動速度、コイル絶縁紙中温度勾配などは実験により値を求めた。
「コイル絶縁紙−油間平衡水分量」
コイル絶縁紙−絶縁油の間の平衡水分量については、以下の(11)式で示されるBET式にDP依存性を考慮した式として用いることができる。
【0085】
前記(11)式に示されるパラメータA〜Dは以下の表1で示される値である。なお、この表1に示すパラメータは実験に用いた変圧器に使用されているクラフト紙のパラメータである。よって、異なる種類の絶縁紙、例えば、マニラ紙などの場合はそれに応じたパラメータを選択すれば良い。
【0087】
コイル絶縁紙とプレスボードのDP(平均重合度)は新品の実測値である。コイル絶縁紙とプレスボードでは単分子層飽和吸着量に関係するパラメータAが違い、B、C、Dは等しいと仮定した。
コイル絶縁紙−油の平衡実験の結果とBET式計算結果との比較を
図12に示し、プレスボード−油の平衡実験の結果とBET式計算結果との比較を
図13に示す。いずれの計算値も、おおよそ実験結果を再現している。
【0088】
「油中水分拡散係数」
分散の効果は拡散と相似形をしており、拡散係数を何倍かすることで分散の効果を含めることができる。
分散係数は後述する実験結果を満足する値に最適化して求めることができる。
【0089】
(コイル絶縁紙中水分の移動速度)
先に説明した拡散方程式の(1)式において、パラメータはv
0とk’の2つである。
図14(A)、(B)に示す試験結果の解析から、v
0=0.015mm/min、k’=0.15/mmが最適であると判断して計算に用いた。
図14(A)に示す試験結果は、恒温槽に満たした脱水後の絶縁油に絶縁紙を6ラップ巻きした発熱ヒーターを浸漬し、絶縁油に温度計と水分計を浸漬し、8時間保持後にヒーターに通電して3時間で目的の温度に加熱し、その後、一定の通電を続行した場合に得られた経過時間と油中水分量の変位の関係を示している。
ヒーターの加熱に応じて絶縁油の温度は目的の温度に上昇するが、油中水分量はすぐには平衡状態まで上昇せず、時間的に遅れて徐々に
図14(A)に示すように立ち上がって上昇する。この関係からv
0とk’の最適値を求めることができる。
図14(B)に示すk’=0.15/mmの場合の計算結果としてv
0の値を0.015mm/minと設定した場合のカーブが実験結果に近いので、これらの値を計算に用いた。
【0090】
(コイル絶縁紙中水分移動速度の温度依存性)
本発明者の別途検討により固体絶縁物中水分移動時定数τ
pは81℃で204.4min、35℃で600minと算出できた。また、時定数の温度依存性が以下の(12)式で近似されると仮定する。(12)式の関係を
図15のグラフに示す。
【0092】
(12)式の時定数温度依存性の実験値は、81℃と35℃の2点のみ行った。特に、25℃以下で時定数は大きく変動する。
【0093】
(プレスボード中水分の移動速度)
プレスボード片を絶縁油に4枚離間して浸漬し、絶縁油をヒーターで加温するとともに、絶縁油に浸漬した油中水分計にて油中水分量を計測するプレスボード−油水分移動実験を行い、その結果を解析した。プレスボードの水分移動時定数はコイル絶縁紙のそれと等しいとして、水分移動速度vは油温80℃にて0.009mm/minとすると
図16に示すように実験値をよく再現できた。
【0094】
「相互拡散把握ステップ:S4」
(水分分布の時間発展計算)
次に、水分分布の時間発展を計算する。固体絶縁物中の水分は前述した(1)式に示す拡散方程式に従い時間発展する。
絶縁油中の水分は拡散と分散と対流により時間発展する。絶縁紙などの固体絶縁物と絶縁油の境界は両者の水分飽和度に差があれば、水分飽和度が高い方から低い方に水分が移動する方向に時間発展する。変圧器内の総水分量は外部からの侵入や、絶縁紙の劣化による水分発生を無視すると、時間発展における総水分量は一定として考える。計算式は先に示した以下の(1)式で示される。
【0096】
前記(1)式で計算した結果、運転時に採取した絶縁油中水分量と計算で求めた絶縁油採取部の絶縁油中水分量を比較し、その差が設定値(閾値)以下であれば水分分布が確定したとして計算を終了する。この実施形態では閾値として3ppmを採用することができる。
本実施形態の変圧器Aにおいては、絶縁油の採取部を排油弁26とするので、変圧器Aの対称性を考慮した位置として、先に
図3に示すように分割した区域E1の絶縁油の油中水分量の計算結果を比較する。油中水分の初期条件は前述した如く4ppm(mg/kg)に設定し、紙中水分の初期条件は1.45%に設定する。
【0097】
上述の(1)式に基づき、変圧器Aを負荷率100%にて20日間運転後、無負荷状態で10日間運転した場合の油中水分の変化を計算により求め、実測値との比較を行った例について以下に説明する。
実測値は変圧器Aに設けた油中水分センサー20(ラジエータ上部)、油中水分センサー22(タンク底部)、油中水分センサー23(巻線下部)、油中水分センサー24(巻線中部)、油中水分センサー25(巻線上部)から測定された値である。
【0098】
図17(A)に各油中水分センサーから得られた油中水分の実測値を示し、
図17(B)に上述の(1)式から計算された油中水分の計算値を示す。
図17(A)、(B)の対比から明らかなように、実測値と計算結果は概ね一致した。
この状態であれば、次のステップに移行することができる。仮に、ここで計算値と実測値が前述の閾値3ppmを超える差異を生じた場合、前述の如く設定した値や仮定した諸データやパラメータを変化させ、上述の計算を繰り返す。
なお、計算値と実測値の差異を比較するのは、変圧器運転開始から10日〜20日の間の油中水分量が安定する期間とし、この期間内で差異が3ppmを超えるか否か、比較することとした。
この計算により、劣化が最も進むと考えられる巻線上部絶縁紙の紙中水分量を計算することができる。
例えば、
図18に示す計算例の場合、20日目の巻線上部絶縁紙中水分量は銅線側0.87%、絶縁油側1.12%と計算できる。
【0099】
なお、計算を繰り返す場合、前述のように種々決定した値のうち、初期水分量と、前記区域毎の絶縁油量の分布と、固体絶縁物量の分布と、隣接する区域間の開口面積の分布と、絶縁油の油流分布と、区域毎の固体絶縁物中水分子の実質的移動速度と、固体絶縁物中水分速度勾配係数と、区域毎の固体絶縁物の厚さと、分散係数の少なくとも1つを見直して再計算し、前記差異が閾値以下になるまで再計算を繰り返す。
一例としてこの実施形態では、変圧器Aはモデル解析用であり、前述のように種々決定した値のうち、前記区域毎の絶縁油量の分布と、固体絶縁物量の分布と、隣接する区域間の開口面積の分布と、区域毎の固体絶縁物の厚さは適正値が導入されていると推定できるので、最初にその他の項目を見直すことが好ましい。例えば、区域毎の固体絶縁物中水分子の実質的移動速度と、固体絶縁物中水分速度勾配係数と、分散係数のいずれかを見直し、変圧器運転開始から10日〜20日の間の油中水分量が安定する期間内で差異が3ppmを超えない結果が得られるか、再計算する。差異が3ppmを超えない結果が得られた場合は再計算を終了する。
差異が3ppmを超えない結果が得られない場合は、先に適正値が導入されていると推定された項目の値を見直して再計算する。再計算する場合、初期水分量、分散系数、油流分布を優先として見直すことが好ましい。
再計算について言えば、本実施形態の場合、分割ステップが良好に設定されていれば、パラメータの最適化によって計算可能であると想定できるが、それでも計算が終息しない場合は閾値を甘くするか、分割モデル化ステップを見直すこととする。
【0100】
上述の計算に基づく巻線上部絶縁紙の温度と絶縁紙中水分量の時間変化をまとめて
図18に示す。
図18に示す計算結果から、変圧器Aの運転直後に巻線上部絶縁紙の温度が80℃台に上昇し、絶縁紙中水分量が減少し、20日目までは高温高水分量で推移したが、20日目に変圧器Aの運転停止した後は絶縁紙の温度が20℃程度まで下がり、絶縁紙中水分量が増加して1.8%まで増加する挙動が計算で求められ、変圧器Aにおける絶縁紙中の水分履歴を把握するステップが完了した。
【0101】
図19は、上述の計算に基づいて得られた各区域毎の油温と油中水分の分布の一例を濃淡で示すもので、運転開始後20日目の16時00分の値を示す。
各区域毎の油温(℃)と油中水分量(ppm)について個々に詳細に算出できるが、
図19では詳細な数値の表示は割愛し、
図19(A)は油温について高温側を濃い灰色で表示し、低温側を薄い灰色で表示している。
図19(B)は油中水分について高い領域を濃い灰色で表示し、低い領域を薄い灰色で濃淡表示している。
図19(A)から、タンク7の上部側で油温が高く下部側で油温が低いことが分かる。
図19(B)から、油中水分量についてC14〜G14の領域より上の領域でC38〜G38の領域より下の領域で油中水分量が高いことがわかる。
【0102】
次の段階は、巻線絶縁紙最低DPの計算である。先の実施形態で用いた新品の変圧器Aの場合、当然ながら現在の巻線絶縁紙最低DPは新品の値である。
先に示した実施形態はそのような計算例であるので、新品の変圧器Aの場合、現在の巻線絶縁紙最低DPは計算に用いた新品の値(巻線絶縁紙DPはすべて1174、プレスボードおよび木製物はすべて1101)である。
【0103】
しかし、
図1に示す変圧器Aではない、実使用中の変圧器が測定対象である場合、即ち、例えば経年的に使用した段階の変圧器が測定対象の場合、先のステップである水分履歴計算において、適切にDP分布を代入する必要があるが、実使用中の変圧器ではDP分布が不明であることから、現時点における先のステップの計算を直ちに実行することはできない。
そこで、まず、運転開始時期におけるDPは新品値であると仮定し、運転初期の紙中水分量と油中水分量を適切に仮定し、運転開始時期における紙中水分分布を上述の実施形態で説明した方法に基づき、一定時間分計算し、分割した区域ごとに一定時間経過分のDPの低下を計算する。
【0104】
水分が存在する場合に絶縁紙のDPが低下する割合は、従来から様々な検討結果が報告されており、例えば、非特許文献5に示される計算式を参考に計算することができる。
非特許文献5には、以下の(13)、(14)、(15)式が開示されている。
【0108】
各式においてβm、γmは絶縁紙中水分量m[%]によって決まる定数であり、(13)式中のβmとγmが(14)式、(15)式に絶縁紙中水分量mを代入することで計算できるので、Vr(寿命損失比)を求めることで平均重合度残率を計算できる。
非特許文献5では、寿命損失比Vrについて、以下の(16)式で定義している。
【0110】
(16)式においてV
30:加熱(巻線)温度95℃で30年連続加熱した時の寿命損失、θ
i:加熱(巻線)温度[℃]、h:加熱(巻線)温度θ
iが継続した時間を示す。
これら(13)式〜(16)式を用いることで、平均重合度DPの低下を計算できる。
【0111】
引き続き次の一定時間の紙中水分分布を計算するが、その計算において先に計算された各区域の低下したDPを用いて計算する。
その計算を現在時刻まで順次繰り返し計算し、現時点でのDP分布を求めることができる。その結果から求められる絶縁油中水分量の実験値と計算値の差が設定値(閾値、例えば3ppm)以下になるように仮定する値を適切に選ぶこととする。
その計算を1サイクル実行するのに選ばれる一定時間とは通常の運転であれば1年以下が適切と考えられるが、過負荷運転により急速に絶縁紙の劣化が進んだと考えられる変圧器の場合は、その程度に応じて計算の1サイクルを短くする必要がある。
計算が収束した段階で、現時点での巻線絶縁紙最低DPを求めることができる。
過負荷運転により急激に絶縁紙の劣化が進んだと考えられる場合、計算の区切りを時間単位あるいは1日単位として計算し、DPが1日100下がった場合は、2日目は100低下した時点から再計算する。
【0112】
「余寿命の診断ステップ」
次のステップは、余寿命の計算および診断ステップである。
これまでと同様な条件で変圧器Aが運転されると仮定する。すなわち、変圧器Aの温度履歴は運転開始から現在までの平均的な負荷や周囲温度がこの先も続くと仮定する。
先のステップで計算された現在のDP分布を用い、次の一定時間後のDP分布を計算し、DPの低下を確認する。一定時間ごとの計算を巻線絶縁紙の最低DPが寿命レベルに達するまで繰り返すことにより、変圧器の余寿命を求めることができ、その値が変換器の余寿命診断の結果となる。例えば、現状の状態で運転した場合、余寿命はあと5年などの評価ができる。
【0113】
図20は、これまで概要説明を行った各ステップを実施するために用いる余寿命診断装置(パーソナルコンピュータ)の一例を示す説明図である。
この余寿命診断装置30は、処理部31と記憶部32とインターフェース部33とインターフェース部33に有線または無線で接続された表示部34とから構成されている。
記憶部32には上述した分割モデル化ステップS1で分割された区域の情報、前記基礎データ仮定ステップS2で求められた各種の基礎データ、前記計算パラメータ仮定ステップS3で求められた各種の計算パラメータ、前記相互拡散把握ステップS4で設定されている数式など、複数の情報が個々に記憶され、処理部31には複数の計算や処理を行う機能が付与されている。
上述の各ステップにおいて行う計算は例えばパーソナルコンピューター用一般市販の表計算ソフトを用いて実施することができる。
【0114】
上述のように分割モデル化ステップS1において296区域に分割した各領域を表計算ソフトの各セルに当てはめ、各セルに計算式を組み込み、各領域毎の計算ができるように構成される。
表計算ソフトの各シート毎に、油量計算値、油拡散係数、油密度、油中水分量(g)、固体絶縁物中水分量(g)、油中水分量(ppm)が各区域毎に対応するセルに入力され、各セルに入力されている数値を表示装置34に表示できるように構成されている。
油温計算値は、例えば、
図1に示す変圧器Aにおいては、10箇所の温度計測データが10分間隔で自動計測されるが、296区域の個々の区域の全ての温度データについて微小時間、例えば、10秒間隔でデータが必要なので、前述の如く比例配分で区域毎(セル毎)に自動計算し、296区域毎に10秒間隔の温度データに換算して区域毎に記憶され計算に利用される。
各区域の油温が決まると、油拡散係数のシートの各セルに各区域の油拡散係数が計算されて記憶され、油密度のシートの各セルに密度が計算されて記憶され、後の計算に利用される。
油中水分量のシートには各々の分割区域に油が何L入っているか、記録され、後の計算に利用される。
【0115】
表計算ソフトにおいて上述のシートの他に、A41〜R43まで296の区域毎のシートが設定され、各区域毎にプレスボードと木製物の厚さに対して重量と平均重合度が入力されて記憶され、各区域毎に絶縁紙の重量と平均重合度が入力されて記憶されている。
また、
図7を基に先に説明した区域間の開口面積情報が各区域の境界位置に対応させて記録され、後の計算に利用される。
油中水分量の初期値は全区域で同じ初期水分量からスタートするとして、時間軸のスタート時点に4.0ppmが入力され、後の計算に利用される。
【0116】
固定絶縁物中水分量はコイル絶縁紙中水分量とプレスボード中水分量に分けられ、それぞれの区域に対応するセルに記録されている。
コイル絶縁紙は厚さ80μmの絶縁紙4枚のハーフラップ巻きなどを一例として計算されるので、この場合は合計8層の絶縁紙が重なっていると仮定し計算される。
銅線(コイル巻線)に近い側は高温のため紙中水分は少なく、絶縁油に接する側の絶縁紙ほど低温のため、紙中水分は多くなる傾向がある。表計算ソフトには、絶縁紙1枚毎にコイル絶縁紙中水分値を入力できるように構成され、プレスボードの場合、厚さ方向で水分分布が異なるため、厚さ0.1mm毎にプレスボード中水分の入力が可能なように各領域に対応する各セルが構成されている。
【0117】
分散係数について、液体は密度、温度のゆらぎ、変圧器の振動などにより大きく影響を受け、ミクロな流れを生じるので、局所的な油の流れによる分散を生じるが、分散の大きさは拡散に比べて桁違いに大きな係数を取り得るので後述する結果を満足するようにパラメータとして振って仮決めして計算を行う必要がある。ここでは後述の如く仮の値が選択され、計算に使用される。
油流速度については1回の時間刻み幅で流れる流量は、それぞれの区域の流路で最少容積の区域において、その区域の断面積から最大流速が3mm/sとした場合の流量を求めた。対流は温度差がある場合に生じる。6つの対流の各ループにおいて温度差を決める高温側と低温側の区域を示し、設定温度に対する割合で対流量が変化するように設定されている。
【0118】
また、前述の拡散方程式を解くために、油中初期水分量(4.0ppm)、紙中初期水分量(1.45%)、コイル絶縁紙厚さ(80μm、1.0倍)、分散係数(60倍)、対流a〜fの各流速(mm/s)を計算パラメータとして代入できるように表計算ソフトの各セルが組まれている。
表計算ソフトの各セルは、変圧器の試験稼働期間30日分、4320行目まで10分区切りで時間毎に設定されている。
【0119】
以下、これまで概要を述べてきた各ステップの詳細について更に詳しく説明する。
上述した余寿命診断装置の処理部31と記憶部32には、上述した項目とそれらに対応した計算機能と以下の項目に応じた計算に必要な式やパラメータなどが入力可能に構成され、種々の計算がなされる。
「変圧器巻線絶縁紙中水分の具体的な計算方法」
変圧器内水分は絶縁油中水分と絶縁紙中水分の和である。水分は外部からの侵入はないものと考え、変圧器内の総水分量は一定と考える。ただし、場合によっては絶縁紙の経年劣化により発生する若干の水分を考慮する。
【0120】
絶縁油中水分は拡散と分散と油流の3通りの移動方法がある。油中水分に濃度勾配がある場合に絶縁油が静止していても濃度が高い側から低い側に水分が移動するのが拡散である。しかし、全体として油の流れがない場合でも、局所的な温度揺らぎや変圧器振動により、実際には絶縁油には局所的な流れが生じているのが分散である。局所的な流れは絶縁油を撹拌していることと同じで、拡散と同様に水分濃度が高い側から低い側に水分が移動する。また、絶縁油の強制循環が無くても変圧器内で温度分布が生じていれば、絶縁油に対流が発生し、油中水分は絶縁油の流れに乗って変圧器内を循環する。
【0121】
絶縁紙中水分は絶縁紙内に濃度分布がある場合に拡散して絶縁紙内を移動する。また、絶縁紙内に温度分布がある場合は高温側から低温側に水分が移動し、絶縁紙内で水分濃度分布が生じることが知られている。
一方、絶縁油中水分と絶縁紙中水分は相互に水分の移動がある。たとえば、水分を含んだ絶縁油に乾燥した絶縁紙を投入すると、絶縁油から絶縁紙に水分は移動し、絶縁油中水分は減少する。絶縁油と絶縁紙間は相対湿度が高い側から低い側に水分が移動すると考えられる。温度が高いほど絶縁油は多くの水分を含むことができる。一方、絶縁紙は温度が高いほど水分を吸着しなくなる。よって、温度が上昇すると絶縁油の相対湿度は減少し、絶縁紙の相対湿度は増加するので、絶縁紙中水分は絶縁紙から抜けて絶縁油中に放出される。
【0122】
「巻線コイルの銅線と絶縁紙と絶縁油の境界における温度分布」
紙と油の境界には遷移領域があり、油は油温よりも高い温度で紙と接し水分が平衡すると考える。コイル巻線における温度分布状況を模式的に示すと、絶縁紙は銅線に巻回されている。コイル巻線を構成する銅線は変圧器稼働中は発熱体(ヒーター)であり油温より高温と考えられる。よって、絶縁紙(紙)銅線側で高温、油側で低温となり、紙と油には遷移領域(境膜)があると考えられ、本発明者の認識において、自冷式の変圧器では10〜15℃、送油式変圧器では15〜20℃程度の温度差があると考えている。
例えば、銅線表面が80℃であると仮定すると絶縁紙の厚さ方向に温度は徐々に低下し、絶縁紙の最外面が73℃であるとすると絶縁紙の外の遷移領域(境界膜)で温度は急激に低下して遷移領域を離れた位置の絶縁油温度が60℃になるなどの温度差を生じる。
【0123】
「巻線絶縁紙に温度勾配のある場合の拡散方程式の導出の詳細」
図21に示すように発熱体と見立てた巻線コイル(ヒーター)温度T
0、紙中温度はT
0からT
1まで直線的に変化、境膜中温度はT
1からT
2まで変化、油温T
2とした場合の水分分布を計算する。
水分については、
図21、
図22に示すように単位面積あたり、微小区間∂xにおける微小時間∂tでの水分収支を考える。紙中の位置xにおける水分濃度をy(x)とし、微小区間∂xにおける微小時間∂tにおける水分濃度の変化を∂yとする。∂tの間にx=xを通過する水分を考える。水分は速度v(T)で±x方向に熱運動している。
【0124】
紙中温度はT
0からT
1まで直線的に変化していると仮定しているので以下の(17)式と(18)式で表すことができる。
【0127】
水分子の平均速度は温度の平方根に比例すると考えられるが、温度差が小さく温度に対し直線的な変化をすると近似することにより、平均速度は以下の(19)式と(20)式で与えられるとする。巻線絶縁紙中の温度分布モデルと水分移動速度のモデルについて
図23に示す。
【0130】
運動している水分子の半分は右に、半分は左に移動すると考える。微小時間∂tあたり左から来る水分量を次のように与える。
【0132】
ここでΔx1は左から来る水分の移動距離である。位置x−Δx1における水分速度は以下の(22)式で表すことができ、微小時間∂tあたりの移動距離は以下の(23)式で表すことができる。
【0135】
この式からΔx1を解くと、以下の(24)式となる。
【0137】
(24)式において、分母のk’v
0∂tは1に比較して十分に小さいと近似して以下の(25)式で表すことができる。
【0139】
この関係を(21)式に代入すると以下の(26)式となる。
【0141】
また、y(x−Δ)を展開して、第2項までをとると以下の(27)式と表すことができることとなり、以下の(28)式となる。
【0144】
また、右から来る水分量を以下の(29)式で表わすことができる。
【0146】
ここでΔx2は左から来る水分の移動距離であり、以下の(30)式で表すことができる。従って、左から右に流れる実質的な水分の流れは、以下の(31)式で表すことができる。
【0149】
∂tが極微小な場合、(31)式の第2項目の括弧の中身はv
x2とおける。その場合、(31)を書き直すと実質的な水の流れは以下の(32)式で表すことができる。
【0151】
次に、時間的に変化する温度勾配が与えられた場合の非平衡な水分移動について計算する。
図24に示すようにxとx+∂xとの間の薄膜状の領域における、時間tとt+∂tの間の水分収支は、面xから入る水分量:F(x)、面x+∂xから出る水分量:F(x+∂x)となる。
2つの面に挟まれた領域の水分変化量は以下の(33)式で得られ、拡散方程式は以下の(34)式で得られる。
【0154】
この(34)式に先の(19)式を代入すると拡散方程式は以下の(35)式で与えられる。
【0156】
(35)式において、右辺の第1項と第2項は温度勾配があることにより生じる水分移動を表わす。温度勾配があるために水分速度に勾配k’が生じている。仮に温度勾配が無く水分速度が一定、すなわちk’=0と仮定すると、右辺は第3項のみとなり、(35)式は以下の(36)式になる。
【0158】
ここで以下の(37)式のようにおくと(36)式は以下の(38)式と表すことができ、温度一定による1次式の拡散現象を表す式となる。先に説明した(6)式となる。
【0161】
「差分方程式の導出」
先の(35)式を解析的に解くことは困難であることから、差分法で解くことを考える。差分法では連続体を微小な領域の集合体と考え、微分を隣の領域との差分で表わして解く方法であり、熱流体現象のシミュレーションを行う場合に通常用いられる解析手段である。
yの1階微分∂y/∂xを差分形式で表わすと以下の(39)式となる。
【0163】
添え字nは銅線からn番目の微小領域を表わし、例えば先の実験結果の場合は6ラップの場合で12巻きとなることから、n巻き目の絶縁紙と考えることができる。その場合t
pは紙1枚の厚さ0.167mmを表わす。
また、yの2階微分∂
2y/∂x
2を差分形式で表わすと以下の(40)式となる。
【0165】
以上の関係を用い、(35)式の計算式を以下の(41)式の差分方程式で表わすことができる。
【0167】
(41)式は絶縁紙中の水分移動を計算する式である。その境界条件として、一番内側でコイル巻線(ヒーター:銅線)に直に巻かれている紙と、一番外側で油と接している紙についての計算上の扱いは考慮が必要である。ヒーター側の1枚目の紙は水分移動が2枚目の紙との間でしか起こらない。よって1枚目のyの1階微分の計算として(39)式の代わりに次の(42)式で近似することにした。
【0169】
また、1枚目のyの2階微分は2枚目次のそれとほぼ等しいと近似して以下の(43)式で示す関係として計算することとする。
【0171】
一番外側で油と接している紙においては紙中水分と油中水分が平衡に向かうように水分移動が起き、平衡状態では両者の相対湿度が一致すると考える。コイル巻線の最表面と油とは、最表面の紙の温度で接していると考える。ヒーター温度(銅線温度)が80℃の場合、油温とは約13℃の温度差を生じていると考えられる。
本実施形態では厳密には境膜中で油中水分は一定値ではないと考えられるが、境膜の取扱いは大変困難であることから境膜における油中水分も境膜外における油中水分と等しいと仮定して考えることとする。
油中水分の相対湿度は飽和度p
rであり、Griffinの式を用いると、以下の(44)式で表すことができる。
【0173】
ここでRは気体定数、Tは絶対温度を表わす。一方、紙中水分はこれまでの本発明者の検討結果から、以下の(45)式の関係で与えられる。
【0175】
ここで、aは0.260、kは8.49×10
−4e
2010/RTを表わす。ただし、ここではRとして1.98cal/mol/Kを用いて計算する。これをp
rについて解くと以下の(46)式となる。(46)式中のy
rは紙中水分の飽和度と考えることができる。
【0177】
逆に、油中水分量pを用い(45)式で計算される絶縁紙中水分の値y
oilを油の(絶縁紙相当の)紙中水分濃度と考え、それを用いて最外層の絶縁紙の差分計算を行う。すなわち、最外層の絶縁紙(12枚目:先の
図14(A)で示した実験例のように6ラップ巻の場合)のyの1階微分の計算として(39)式の代わりに、以下の(47)式を用いることができ、yの2階微分の計算として(40)式の代わりに以下の(48)式を用いることができる。
【0180】
また、系全体の水分量から絶縁紙の水分を差引いて油中水分の全量とし、油量で割って油中水分量を計算する。
(41)式において、パラメータはv
0とk’の2つである。v
0は絶縁紙中の水分移動の容易さを表わし、(37)式に見るように拡散定数と意味合いが近い物理量である。
本実施形態では、油中水分も紙中相当の紙中水分濃度y
oilと考えているので、紙と油が接している領域においても水分移動がv
0に関係しているとしている。k’は水分速度勾配、すなわち絶縁紙の高温部(ヒーター側)と低温部(油側)の水分速度の差に関係する。
【0181】
そこで、両パラメータは実験結果より最適化することにする。実験結果として、測定値に割合に近い油中水分変化を与えるパラメータを巻線絶縁紙についてはv
0=0.0025mm/10s、k’=0.15/mmを採用する。これらは、先に
図14(A)、(B)を基に先に説明した通り、実験結果から求めた最適値である。
また、プレスボードのv
0は実験した結果、0.0015mm/10sを採用したが、プレスボードは直接銅線に巻かれることなく絶縁油に浸っていると考え、k’はゼロとした。このプレスボードのv
0は、
図16を基に先に説明した通り、0.009mm/minとすると実験値の再現が良好であることから求めたが、拡散方程式では10秒間隔の値とするため、0.0015mm/10sを採用している。
【0182】
「絶縁紙の時定数とkおよびk’の温度依存性」
先の
図15の説明において近似したように絶縁紙の時定数τpは先の(12)式で近似する。ここで、時定数と水分子の移動速度は反比例の関係を仮定する。すなわち、任意の温度Tに対して次の(49)式が成り立つとする。
【0184】
そこで、これまでの実験結果よりτ
p(80℃)=204.4minおよび v
0(80℃)=0.015mm/minとすると、G=204.4min×0.015mm/min=3.07mmとなり、以下の(50)式を考える。
【0186】
ヒーター温度が80℃の時には以下の(51)式であるが、35℃においては絶縁紙も絶縁油も35℃で一定となると考えると、kは温度依存性をもつこととなる。よって、kは以下の(52)式で表され、同様に水分子の速度も35℃では位置依存性が無くなることから、以下の(53)式と考える。
【0190】
「拡散について」
Eyringによると液体の拡散係数は絶対温度に比例し、粘度に反比例すると考えられている。溶質の拡散係数をD、溶媒の粘度をμ、絶対温度をTとしたとき、(10)式の関係となることは先に説明した。
(10)式に示すように絶縁油の粘度は動粘度と密度の積で表わされる。実験に使用した絶縁油の動粘度と密度を測定した結果を以下の表2に示す。
【0192】
動粘度は40℃と100℃の2点からJIS K2283に従い温度依存性を推定した計算結果を
図25に示す。密度は15℃の測定値からJIS C2101に従い絶縁油1種の熱膨張係数7.4×10
−4/℃(JIS C2101記載の例)を用い温度依存性を推定した計算結果を
図26に示す。
【0193】
先の(10)式のconst.は溶媒と溶質による定数である。油中水分についてその値はデータが無いので、別な溶媒と溶質による定数からその値を仮定する。溶媒が水、メタノール、エタノールの3種について(溶質)水の拡散係数および粘度のデータを化学便覧(改訂4版)および化学工学便覧(改訂4版)より調べて、定数const.を求めた結果を以下の表3に示す。
溶媒が水の場合に比べてメタノールやエタノールの方が定数const.は小さい事から、有機溶媒中では水が拡散しにくい傾向にあると考えられる。そこで、油中水分の場合の定数const.はメタノールやエタノールの値に近いと考えて定数const.を4と仮定して計算をすることとした。
動粘度と密度を
図25と
図26の値、定数const.を4と仮定して油中水分の拡散係数温度依存性を(39)式で計算した結果を
図27に示す。
【0195】
図27に示す結果から、低温では絶縁油の粘度が高いこともあり、高温の絶縁油に比べて拡散係数が小さい。よって、高温の油と低温の油が接している界面において、通常の拡散に加えて拡散係数の違いによる水分移動を考える必要がある。
【0196】
「分散について」
絶縁紙中の水分は拡散により移動すると考えたが、絶縁油中の水分移動はその他の影響がある。拡散のみでの水分移動は極めて遅いものであり、実際の水分伝播を考える時、局所的なミクロな油流の効果を考慮する必要がある。絶縁油中では絶えず無数のミクロな(乱流と考えられる)渦が油中の複数の箇所で発生し、油が集団として移動していると考えられる。そのような無方向なミクロな油の流れによる油中水分の移動現象をここでは「分散」と呼ぶことにする。分散についても拡散同様に分散係数が考えられ、分散係数は拡散係数に比べて桁違いに大きいと考えられる。
絶縁油中の水分に関しても拡散方程式は(40)式と同様に表わすことができ、油中水分濃度をpとすると次の(54)式で表わすことができる。
【0198】
しかし、隣り合う区域の拡散係数は異なるため、境界では計算方法を工夫する必要がある。(54)式を微分形式で書き直すと以下の(55)式となる。
【0200】
ここで、以下の(56)式のようにおくと(55)式は以下の(57)式で表すことのできる拡散方程式となる。
【0203】
ここでD
拡散は拡散係数、v は水分子の平均移動速度を表わす。
温度が連続的に変化している場合は、先の拡散方程式(35)を用いることができる。しかし、この例では境界において拡散係数が不連続なため、境界における水分移動を拡散係数から求められる水分子の平均移動速度を用いて計算する。
前節で求めた油中水分の拡散係数から、水分子の平均移動速度を(56)式を用いて求める。先に説明した296に分割した区域において、区域n−1、区域n、区域n+1が3つ並んでいるときにn番の区域に含まれる水分子のうち半分はn−1番側に、半分はn+1番側に動くと考える。n番の区域の油中水分濃度をp
n、n番の区域の水分子平均速度をv
n、境界の断面積をS、n番の区域の密度をρ
nと表わすと、n番の区域からn+1番の区域に単位時間(1分)あたりに移動する水分量W
n→n+1(mg)は以下の(58)式で与えられる。
【0205】
n+1番の区域からも同様にn番の区域に流入する水分W
n+1→n(mg)が考えられ、差し引きするとn番の区域は以下の(59)式だけ水分量ΔW
n(mg)が増加する。
【0207】
区切られた1区域の厚さをtpとすると、n番の区域に含まれる油量はS×tp×ρ
n(kg)と表わされるので、n番の区域は以下の(60)式の値だけ油中水分Δw
n(ppm)が増すことになる。
【0209】
変圧器A内の油流は主に対流であると考えられている。しかし、仮に対流が無くても、密度、温度の揺らぎや、変圧器自身の振動(音波も含む)などにより、方向性の無いミクロな油流があると考えられる。
ここで考慮する分散とは、局所的な油流による油の混合が常に起きていることを想定した、油の移動に伴う油中水分の移動である。
そのようなミクロな油流は油中水分の濃度勾配とは無関係に局所的な濃度を平均化する効果があると考えられる。
【0210】
区域n−1、区域n、区域n+1が3つ並んでいるときに油中水分濃度がそれぞれp
n−1、p
n、p
n+1であるとする。3区域の油中水分平均値は(p
n−1+p
n+p
n+1)/3であり、比例定数をAとすると区域nの油中水分に対して{(p
n−1+p
n+p
n+1)/3−p
n}×Aの増分をもたらす。
これを変形すると(p
n−1−2p
n+p
n−1)/3×Aとなり、3×Aを分散係数D
分散とおくと分散の効果は次式で与えられることになる。
【0212】
この(61)式は(54)式に先の(56)式で示した拡散係数を代入した以下の(62)式と相似な式になっていることが分かる。
【0214】
よって、分散による油中水分の移動は拡散方程式(54)式の拡散係数を分散係数に置き換えるだけで計算することができることがわかる。また、境界の区域においては前述の拡散の効果に分散の効果を加えて計算することができる。
分散係数は未知であるから、分散係数をパラメータとして変化させ、実験結果に近い値をとることにする。
【0215】
「対流について」
対流では、ある体積の絶縁油が方向性を持って流れる。水分の移動はその体積に含まれる絶縁油の油中水分が移動することと考えられる。厳密には、ある領域から温度の異なる他の領域に油が移動すると熱膨張の関係で油の体積が変化すると考えられるが、その影響は小さいと考え無視して、一定容積の絶縁油が移動すると考える。
対流の様子は数値計算することが可能であるが、実際の変圧器構造で計算すると大変複雑で計算量が多くなり困難である。そこで、簡単な構造を仮定してシミュレーションした。その結果、
・タンク上部は独立して対流
・タンク下部の対流はわずか
・鉄心とコイル巻線の隙間の流れはコイル巻線外側より流量が少ないが流速は大きい
ことなどが分かった。そこで、先に説明したように
図10に示すような6ループモデルを仮定し、対流モデルを検討した。
対流の流量は上下の温度差に比例すると考えられる。そこで、各ループに対して温度差を計算する基となる領域名と100%の流量となる温度設定値を以下の表4のように仮定した。ここで、温度設定値は20日目、16時の各領域の油温とした。
【0217】
この結果から先に説明した6ループモデルの対流が生じると判断して問題ないことが分かる。
【0218】
以上説明した296に分割した各区域を設定し、上述した基礎データ仮定ステップと相互拡散把握ステップに基づき、表計算ソフトの各セルに設定した数値を代入して拡散方程式を解くように計算すると、先に説明した
図17(B)に示す計算結果が得られる。
図17(A)、(B)の対比から明らかなように、実測値と計算結果は概ね一致する状態であれば、次のステップに移行することができる。
仮に、ここで計算値と実測値が前述の閾値3ppmを超える差異を生じた場合、前述の如く設定した値や仮定した諸データやパラメータを変化させ、上述の計算を繰り返す。
この計算により、劣化が最も進むと考えられる巻線上部絶縁紙の紙中水分量を計算することができ、この巻線上部の紙中水分量を把握することで変圧器の余寿命診断ができる。