(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ナイロン、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなる、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動部材。
前記摺動層が、前記合成樹脂中に分散した繊維状粒子を含有し、該繊維状粒子が、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、およびポリビニルアルコール繊維粒子のうちから選ばれる1種以上からなる、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
前記摺動層が、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、およびポリテトラフルオロエチレンのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を更に含む、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
排気タービンや大型発電機等は、定常運転時には、軸部材の表面と摺動部材の摺動面との間に油等の流体潤滑膜が形成されるために、軸部材と摺動部材の表面どうしは直接接触することが防がれているが、その起動時等においては、停止した状態から軸の回転が始まるために、軸部材表面と摺動部材の摺動面とが直接接触した状態の摺動が起こる。この様な状態で摺動が起こると、軸部材に接する摺動面付近の合成樹脂は、軸部材に引きずられて軸部材の回転方向への弾性変形が生じる。この際、特許文献1〜3のような合成樹脂からなる摺動層を用いた場合は、摺動面付近の合成樹脂の弾性変形量が大きくなり、摺動層の表面に割れ等の損傷が起こる虞が大きくなるだけでなく、金属製の裏金層と摺動層との界面で、せん断が起きやすいという別の問題も起こる虞が大きくなる。
【0006】
したがって、本発明の目的は、従来技術の上記欠点を克服して、軸受装置の起動時に摺動層の表面に割れ等の損傷が起き難く、かつ摺動層と裏金層とのせん断が起き難い摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一観点によれば、裏金層および裏金層上の摺動層を有する、ティルティングパッド軸受用の摺動部材が提供される。この摺動層は合成樹脂からなり、摺動面を有する。摺動層の摺動面から裏金層との界面に向かって、摺動層の厚さの25%の領域を摺動面側領域、上記界面から摺動面に向かって摺動層の厚さの25%までの領域を界面側領域、摺動面側領域と界面側領域との間の領域を中間領域として、摺動面側領域における合成樹脂の結晶化度をX1、中間領域における合成樹脂の結晶化度をX2、界面側領域における合成樹脂の結晶化度をX3としたとき、X1−X2が10%以上20%未満であり、X3−X2が10%以上20%未満である。
【0008】
本発明の一具体例によれば、X1が20%以上70%未満、X2が3%以上50%未満、X3が20%以上70%未満であることが好ましい。
【0009】
本発明の一具体例によれば、X1−X2が15%以上20%未満であり、X3−X2が15%以上20%未満であることが好ましい。
【0010】
本発明の一具体例によれば、合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ナイロン、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0011】
本発明の一具体例によれば、摺動層が合成樹脂中に分散した繊維状粒子を含有することが好ましく、繊維状粒子が、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、およびポリビニルアルコール繊維粒子のうちから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0012】
本発明の一具体例によれば、摺動層が、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、およびポリテトラフルオロエチレンのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を更に含むことが好ましい。
【0013】
本発明の一具体例によれば、摺動層が、CaF
2、CaCo
3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo
2C(モリブデンカーバイト)のうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1〜10体積%を更に含むことが好ましい。
【0014】
本発明の一具体例によれば、裏金層は、摺動層との界面となる表面に多孔質金属部を有することが好ましい。
【0015】
本発明の他の観点によれば、上記摺動部材を備えたティルティングパッド軸受が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図3に本発明に係る部分円筒形状のラジアル軸受用のティルティングパッド軸受である摺動部材1の一例を模式的に示す。この摺動部材1は、円筒形状をその中心軸線方向に沿って分割したうちの一部分からなる形状、すなわち部分円筒形状を有しており、その内面側が、軸受として使用される際に相手軸部材と摺動することになる摺動面を形成する。そのため、摺動部材1は、裏金層2を外面側に有し、裏金層2の内面側に摺動層3を形成した構成になっている。このように、摺動層3の内面である摺動面30は、凹面を形成しており、摺動面30の曲率は、対向すべき軸部材の曲率に適合するように設計されている。
なお、
図3は本発明に係る摺動部材1の一例を示したに過ぎず、本発明に係る摺動部材1は、スラスト軸受用ティルティングパッド軸受、あるいはその他のティルティングパッド軸受にも使用可能である。
【0018】
図1に、本発明に係る摺動部材1の断面を概略的に示す。摺動部材1は、裏金層2上に、合成樹脂4から構成された摺動層3が設けられている。摺動層3の(裏金層と反対側の)表面は摺動面30として機能する。なお、
図1の断面は、摺動面30に垂直方向での摺動部材1の断面である。
【0019】
合成樹脂4は、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ナイロン、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンおよびポリエーテルイミドから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0020】
摺動層3は、合成樹脂4中に分散した繊維状粒子を更に含有できる。繊維状粒子は、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、ポリビニルアルコール繊維粒子から選ばれる1種以上からなることが好ましい。この繊維状粒子を含有することにより、摺動層の強度を高めることができる。
【0021】
摺動層3は、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、ポリテトラフルオロエチレンから選ばれる1種以上の固体潤滑剤をさらに含んでもよい。この固体潤滑剤を含有することにより、摺動層の摺動特性を高めることができる。また、摺動層3は、CaF
2、CaCo
3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo
2C(モリブデンカーバイト)のうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1〜10体積%を更に含んでもよい。この充填材を含有することにより、摺動層の耐摩耗性を高めることが可能となる。
【0022】
摺動層3の厚さ(すなわち、摺動面30から摺動層3と裏金層2との界面7までの間の、摺動面30に垂直方向の距離)は、0.5〜6mmとすることが好ましい。
摺動層3の厚さをTとして、摺動層3の摺動面30から界面7に向かって厚さTの25%までの距離にある領域を「摺動面側領域31」、界面7から摺動面30側に向かって厚さTの25%までの距離にある領域を「界面側領域33」、「摺動面側領域31」と「界面側領域33」との間の領域を「中間領域32」と区分する。摺動面側領域31における合成樹脂の結晶化度をX1、中間領域32における合成樹脂の結晶化度をX2、界面側領域33における合成樹脂の結晶化度をX3とすると、本発明の摺動層3は、X1−X2が10%以上20%未満であり、かつ、X3−X2が10%以上20%未満を満たす。
【0023】
摺動面側領域31では、合成樹脂の結晶化度X1が、中間領域32の合成樹脂の結晶化度X2よりも10%以上20%未満高いために、中間領域32に比べて合成樹脂の弾性率が高くなり強度(変形抵抗)が大きくなる。同様に、界面側領域33でも、合成樹脂の結晶化度X3が、中間領域32の合成樹脂の結晶化度X2よりも10%以上20%未満高いために、中間領域32に比べて合成樹脂の弾性率が高くなり強度(変形抵抗)が大きくなる。反対に、中間領域32は、摺動面側領域31および界面側領域33よりも、合成樹脂の弾性率が低く強度(変形抵抗)が小さくなり、変形を起こしやすくなる。
【0024】
このように摺動面側領域31および界面側領域33の強度(変形抵抗)が中間領域32に比べて大きいため、軸受装置の起動時、軸部材の表面と摺動層3の摺動面30が直接接触した状態で摺動が起こっても、中間領域32が弾性変形を起こすことになる。したがって、摺動面側領域31の摺動面付近の合成樹脂が摺動方向に過度に弾性変形することが抑制され、摺動面30に割れが発生することが防がれる。他方、摺動層3に加わる軸部材からの負荷が、中間領域32の弾性変形に費やされる(変換される)ことにより、応力が界面側領域33と裏金層2との界面7付近には伝播しがたい。たとえ僅かな応力が界面に伝播しても、界面側領域33の強度(変形抵抗)が高いため変形量は小さく、裏金層2と接する付近の合成樹脂は裏金層との弾性変形量の差によるせん断が発生し難い。
【0025】
以上の機構により、本発明に係る摺動部材1は、その摺動部材1が用いられる装置の始動直後の、摺動面30と相手軸表面とが直接接触した状況でも、摺動層3の表面に割れ等の損傷が発生することが防がれ、さらに裏金層2とのせん断も防止される。
【0026】
本発明では、X1が20%以上70%未満、X2が3%以上50%未満、X3が20%以上70%未満であることが好ましい。
また、X1−X2が15%以上20%未満であり、かつ、X3−X2が15%以上20%未満であることが更に好ましい。結晶化度の差が15%以上であると結晶化度の差が15%未満の場合よりも、上記の作用効果がさらに高まる。他方、結晶化度の差が20%以上であると、軸部材からの負荷により中間層領域の合成樹脂が過度に変形して、中間層領域の合成樹脂内で割れ等の損傷が発生する虞がある。
【0027】
以上の本発明の構成とは異なり、合成樹脂の結晶化度が摺動層の全体を通じて同じである従来の摺動部材は、摺動部材が用いられる軸受装置の運転開始直後の摺動部材の摺動面と相手軸表面が直接接触するような状況では、軸部材の表面と接する摺動層の表面付近の合成樹脂は、軸部材の表面に引きずられて、軸部材の回転方向への弾性変形量が大きくなり、摺動層の表面に割れ等の損傷が起こり、摩耗が起こりやすい。
また、摺動層の摺動面側及び界面側の合成樹脂の結晶化度が中間部の結晶化度より低く、強度が小さくなる場合は、摺動層の表面への軸部材の負荷が、裏金層との界面まで伝播するようになり、金属製の裏金と摺動層の合成樹脂の弾性変形量の違いによりせん断力が発生しせん断がおこる。小さいせん断部が発生すると、そこを起点としてマクロ的なせん断(剥離)が起こりやすい。
【0028】
なお、裏金層2は、摺動層3との界面となる表面に多孔質金属部6を有してもよい。多孔質金属部6を有する裏金層2を用いた摺動部材1の一例の断面を
図2に概略的に示す。裏金層2の表面に多孔質金属部6を設けることにより、摺動層と裏金層の接合強度を高めることができる。多孔質金属部の空孔部に摺動層を構成する組成物が含浸されることによるアンカー効果により、裏金層と摺動層との接合力の強化が可能になるからである。
多孔質金属部は、Cu、Cu合金、Fe、Fe合金等の金属粉末を金属板や条等の表面上に焼結することにより形成することができる。多孔質金属部の空孔率は20〜60%程度であればよい。多孔質金属部の厚さは50〜500μm程度とすればよい。この場合、多孔質金属部の表面上に被覆される摺動層の厚さは0.5〜6mm程度となるようにすればよい。ただし、ここで記載した寸法は一例であり、本発明がこの値の限定されるものではなく、異なる寸法に変更するも可能である。
【0029】
上記摺動部材1は、例えばジャーナル軸受(ラジアル軸受)のティルティングパッド軸受に使用できる。例えば、この軸受は、円柱状の内部空洞を形成するハウジングを有する。ハウジングは、1つ又は複数、通常は2つのハウジング要素からなる。内部空洞の内周面に、上記摺動部材を周方向に複数個配置し、これらの摺動部材により相手軸である軸部材を支承するようになっている。上記摺動部材の部分円筒形状(曲率、寸法等)は、内部空洞および軸部材に適合するように設計される。しかし、上記摺動部材は、スラスト軸受のティルティングパッド軸受にも使用でき、さらに他の形態の軸受或いはその他の摺動用途にも利用可能である。
本発明は、上記摺動部材を備えたティルティングパッド軸受も包含している。
【0030】
上記に説明した摺動部材について、製造工程に沿って以下に詳細に説明する。
(1)合成樹脂原材料粒の準備
合成樹脂の原材料としてはポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ナイロン、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンおよびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなるものを用いることができる。任意で、合成樹脂の繊維状粒子を分散できるが、その場合は、繊維状粒子の原材料としては、例えば人為的に造成した無機繊維粒子(ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子など)や有機繊維粒子(炭素繊維粒子、アラミド繊維、アクリル繊維粒子、ポリビニルアルコール繊維粒子など)を用いることができる。
【0031】
(2)合成樹脂シートの製造
合成樹脂シートは、上記原材料等から、溶融混練機、供給金型、シート成形金型および引出ロールを用いて作製する。
【0032】
「溶融混練機」
溶融混練機により、合成樹脂原材料粒、およびその他の任意材料(繊維状粒子原材料、固体潤滑剤、充填材等)の原材料を205℃〜390℃の温度で加熱しながら混合し、溶融状態の合成樹脂を作製する。この合成樹脂は、溶融混練機から一定の圧力で押し出される。
【0033】
「供給金型」
溶融混練機から押し出された合成樹脂は、供給用金型を介してシート成形金型に常に一定量を供給される。供給金型は、加熱用ヒータを有し、供給金型内を通る合成樹脂を加熱して溶融状態に維持する。溶融混練機の温度は、溶融混練機の温度よりも約15〜25℃高く(220℃〜415℃)設定する。
【0034】
「シート成形金型」
合成樹脂はシート成形金型によりシート形状に形成される。シート成形金型の金型壁内部には、シート形状の合成樹脂の冷却のために冷却流体通路が形成されている。供給金型からシート成形金型に供給された溶融状態の合成樹脂は、シート形状に成形され、シート成形金型内を出口側へ移動しながら冷却されるので、次第に粘度が高くなって固化が始まり、成形金型内の出口から引き出される前に完全に固体状態のシートとなる。合成樹脂シートの厚さの寸法の一例としては1〜6mmである。
【0035】
「引出ロール」
合成樹脂シートは、引出ロールにより「シート成形金型」から連続して引き出される。引出ロールは、合成樹脂シートを両側から押さえて移動させる少なくとも一対のロールからなる。引出ロールは、電動モータにより制御可能に回転駆動できるようになっている。
完成した合成樹脂シートは、後述する被覆工程に用いられる裏金の寸法に適合する大きさに切断される。
【0036】
(3)裏金
裏金層としては、亜共析鋼やステンレス鋼等のFe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができる。裏金層表面、すなわち摺動層との界面となる側に多孔質金属部を形成してもよいが、多孔質金属部は裏金層と同じ組成を有することも、異なる組成または材料を用いることも可能である。
【0037】
(4)被覆及び成形工程
合成樹脂シートを、裏金層の一方の表面、あるいは裏金の多孔質金属部上に接合する。その後、使用形状に加圧プレスにて成形した後、組成物の厚さを均一とするため、摺動層の表面および裏金を加工または切削する。
【0038】
(5)組織制御
次に、摺動層の合成樹脂の結晶化度の制御方法について説明する。結晶化度とは、結晶性を有する樹脂における、結晶部分の割合を表す。結晶性を有する樹脂は、高分子鎖が規則正しく配列している状態(結晶状態)をとるとされるが、実際には結晶状態と、高分子鎖が糸玉状になったり絡まったりしている状態(非晶状態)が混在している。結晶性を有する樹脂において、この結晶状態の占める割合を、一般的には結晶化度と呼ぶ値で表す。通常は、結晶性を有する樹脂は、溶融状態から急冷すると結晶化度は低くなり、逆に溶融状態から徐冷すると結晶化度は高くなる。
【0039】
結晶化度の制御は、上記の合成樹脂シートの製造工程中の溶融混練機及び供給金型の温度を従来よりも高く設定することにより行う。
本発明では、溶融混練機の設定温度は合成樹脂の融点よりも40〜50℃程度高く設定し、供給金型の設定温度は、溶融混練機の設定温度よりもさらに15〜25℃高く設定する。これにより、設定温度を溶融混練機から供給金型にかけて徐々に温度が高くなるように温度勾配をつける。従来は、溶融混練機の設定温度は合成樹脂の融点よりも20〜30℃程度高く設定し、供給金型の設定温度は溶融混練機の設定温度よりも10℃程度低く設定していた。シート成形金型へ溶融樹脂が供給されると固化が開始するが、従来の温度設定に対して本発明では設定温度が高いために、供給金型の壁面に接触するシートの表面付近の合成樹脂は、温度が高い状態からシート成形金型で徐冷が行われる。他方、シートの中央部の合成樹脂の温度は、上面付近および下面付近の合成樹脂の温度よりも低い状態から冷却が行われため、表面付近の冷却に比較して急冷となる。そのために、シートの中央部の合成樹脂は、表面付近の合成樹脂に比較して結晶化度が低くなる。
【0040】
従来技術では、溶融混練機の温度を合成樹脂の融点よりも20〜30℃程度高く設定し、供給金型の温度を溶融混練機の温度よりも10℃程度低く設定するために、シート成形金型の壁面に接触するシートの表面付近では急冷が行われ、中央部では徐冷が行われる。そのために、結晶化度はシートの表面付近に対して中央部の方が高くなる。(実施例の比較例14参照)
【0041】
(6)結晶化度の測定方法
合成樹脂の結晶化度は、DSC(示差走査熱量計)を用いて、合成樹脂の結晶化に起因する発熱ピーク熱量及び結晶融解に起因する吸熱ピーク熱量を測定し、以下の計算式(1)により算出した。なお、100%結晶融解吸熱ピーク熱量は、合成樹脂が100%結晶状態であると仮定した場合の結晶融解に伴う吸熱ピーク熱量を示す。
結晶化度(%)=[(結晶融解に伴う吸熱ピーク熱量J/g)−(結晶生成に伴う発熱ピーク熱量J/g)]/100%結晶融解吸熱ピーク熱量(J/g)×100
(1)
【実施例】
【0042】
本発明による摺動部材の実施例1〜10および比較例11〜14を以下に示すとおり作製した。実施例1〜10および比較例11〜14の摺動部材の摺動層の組成は、表1に示すとおりである。
【0043】
【表1】
【0044】
実施例1〜10および比較例11〜14の原材料である合成樹脂(PEEKポリエーテルエーテルケトン、POMポリアセタール、PA66ナイロン66)粒子は、平均粒径が10μmであるものを用いた。実施例7〜9の原材料として用いた繊維状粒子(ガラス繊維)は粒子の平均粒径が、原材料である合成樹脂の平均粒径に対して80%のものを用い、実施例8、9の原材料として用いた固体潤滑剤(Gr)の粒子は、粒子の平均粒径が合成樹脂粒子の平均粒径に対して25%のものを用いた。また実施例9の原材料として用いた充填材の粒子は、粒子の平均粒径が合成樹脂粒子の平均粒径に対して25%のものを用いた。
【0045】
上記の原材料を表1に示す組成比率で秤量し、この組成物を予めペレット化した。このペレットを溶融混練機に投入し、順に供給金型、シート成形金型、引出ロールを通して、合成樹脂シートを作製した。なお、実施例1、4、7〜10では、溶融混練機の加熱温度を390℃に設定し、実施例2、5では205℃に、実施例3、6では300℃に、比較例11、12では380℃に、比較例13、14では370℃にそれぞれ設定した。また、供給金型の加熱温度を、実施例1、4、7〜10では410℃に、実施例2、5では225℃に、実施例3、6では320℃に、比較例11では420℃に、比較例12では390℃に、比較例13では370℃に、比較例14では360℃にそれぞれ設定した。(表1の「設定温度」欄参照)
【0046】
次に合成樹脂シートをFe合金製の裏金層の一方の表面に被覆させたのち、裏金層上の組成物が所定の厚さとなるように切削加工した。なお、実施例1〜9及び比較例11〜14の裏金層はFe合金を用いたが、実施例10はFe合金の表面にCu合金の多孔質焼結部を有するものを用いた。作製した実施例1〜10および比較例11〜14の摺動部材の摺動層の厚さは3mmであり、裏金層の厚さは10mmであった。
【0047】
作製した実施例および比較例の摺動部材は、上記に説明した測定方法により、摺動面側領域、中間領域、界面側領域の各領域の合成樹脂の結晶化度の測定を行い、その結果を表1の「結晶化度」欄に示した。また、摺動面側領域と中間領域との結晶化度の差、界面側領域と中間領域との結晶化度の差を算出し、その結果を表1の「結晶化度の差」欄に示した。
【0048】
摺動層の摺動面側領域、中間領域、界面側領域の区分方法は以下の通り行なった。
顕微鏡を用いて摺動部材の断面を任意の倍率(50〜200倍)で観察して、摺動層の摺動面に垂直となる方向の厚さTを求めた。摺動面の任意の位置から裏金層側へ向かって厚さTの25%の長さ(1/4×T)となる位置に、摺動面に対し平行な仮想線ULを描く。また、摺動層の裏金層との界面となる面の位置から摺動面側へ向かって厚さTの25%の長さ(1/4×T)となる位置に、摺動面に対して平行な仮想線LLを描く。摺動層の摺動面から仮想線ULまでの間を摺動面側領域、摺動層の裏金層との界面から仮想線LLまでの間を界面側領域、仮想線ULと仮想線LLとの間を中間領域とする。仮想線UL、LLを
図1に点線で示す。なお、裏金層の表面に多孔質部を有する場合には、裏金層の表面は凹凸状となる。この場合、摺動層と裏金層との界面は、撮影画像中で裏金層(多孔質部)の表面の最も摺動面側に近くに位置する凸部の頂部を通り摺動面に対し平行な仮想線とする。
【0049】
上記の方法で区分した摺動面側領域、中間領域、界面側領域の各領域から、結晶化度の測定サンプルを採取した。採取は、摺動部材の断面を顕微鏡等を用いて観察しながら、合成樹脂の切除片を、測定可能な規定量である5mgを採取した。合成樹脂の結晶化度は、既に説明したとおり、DSCを用いて(1)式から求めた。
【0050】
さらに、各実施例および各比較例を部分円筒形状に成形し、複数の部分円弧状摺動部材を組み合わせて、円弧形状に配置したものを用いて、表2に示す条件で摺動試験を行った。各実施例および各比較例の摺動試験後の摺動層の摩耗量を表1の「摩耗量(μm)」欄に示す。また、各実施例および各比較例は、摺動試験後の摺動層の表面の複数箇所を粗さ測定器を用いて傷の発生の有無を評価した。表1の「割れの発生有無」欄に、摺動面に深さが5μm以上の傷が測定された場合には「有」、測定されなかった場合には「無」と示した。また、各実施例および各比較例の摺動試験後の試験片を摺動面に対して垂直に切断し、摺動層と裏金の界面の「せん断」の発生の有無を光学顕微鏡で確認した。界面の「せん断」が確認された場合には「有」、確認されなかった場合は「無」とし、表1の「界面のせん断の有無」欄に示した。
【0051】
【表2】
【0052】
表1に示す結果から分かるとおり、実施例1〜10は、比較例11〜14に対して、摺動試験後の摺動層の摩耗量が少なくなった。さらに、実施例4〜9は、摺動層の摺動面側領域の合成樹脂の結晶化度X1と中間領域の合成樹脂の結晶化度X2の差(X1−X2)及び界面側領域の合成樹脂の結晶化度X3と中間領域の合成樹脂の結晶化度X2の差(X3−X2)が15以上となり、摩耗量が特に少なくなった。この理由は、上記で説明したように摺動層表面への軸部材からの負荷が中間領域の合成樹脂が弾性変形することにより緩和される効果が向上したためと考えられる。
【0053】
さらに、実施例1〜10では、摺動試験後の摺動層表面の割れ発生および界面のせん断発生がなかったが、これも既に説明したように、摺動面側領域の合成樹脂の結晶化度X1と中間領域の合成樹脂の結晶化度X2の差(X1−X2)及び界面側領域の合成樹脂の結晶化度X3と中間領域の合成樹脂の結晶化度X2の差(X3−X2)による効果である。
【0054】
これに対し、比較例13、14は、摺動層の摺動面側領域、界面側領域と中間領域の結晶化度がほぼ等しい、あるいは中間領域の結晶化度が摺動面側領域、界面側領域の結晶化度よりも高くなった。そのため、摺動面の表面に割れが発生し、摺動層と裏金の界面でせん断が発生しやすくなり、結果的に摺動層の摩耗が起きやすくなり、摩耗量が多くなった。
【0055】
比較例11は、溶融混練機の加熱温度に対して、供給金型の加熱温度が高すぎて、供給金型の表面に接する部位と内部とで合成樹脂の温度差が過度になった。このために、合成樹脂の摺動面側領域及び界面側領域と、中間領域の結晶化度の差が20%以上となり、中間領域が過度に変形して、中間領域で割れが発生して、摩耗量が多くなったと考えられる。
【0056】
比較例12は、溶融混練機の加熱温度と、供給金型の加熱温度の差が不十分のために、供給金型の表面に接する部位と内部とで合成樹脂の温度差が不十分となった。このため合成樹脂の摺動面側領域及び界面側領域と、中間領域の結晶化度の差が10%未満となり、中間領域の強度(変形抵抗)が低くなり、摩耗量が多くなったと考えらえる。