特許第6803352号(P6803352)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6803352飛行制限設定システム、飛行制限設定方法及び飛行制限設定プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6803352
(24)【登録日】2020年12月2日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】飛行制限設定システム、飛行制限設定方法及び飛行制限設定プログラム
(51)【国際特許分類】
   B64D 25/00 20060101AFI20201214BHJP
   B64D 45/00 20060101ALI20201214BHJP
   G01M 99/00 20110101ALI20201214BHJP
【FI】
   B64D25/00
   B64D45/00 Z
   G01M99/00 Z
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2018-48048(P2018-48048)
(22)【出願日】2018年3月15日
(65)【公開番号】特開2019-156275(P2019-156275A)
(43)【公開日】2019年9月19日
【審査請求日】2018年11月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100136504
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 毅彦
(72)【発明者】
【氏名】吉村 健佑
(72)【発明者】
【氏名】安部 雅勝
【審査官】 志水 裕司
(56)【参考文献】
【文献】 特許第6374609(JP,B1)
【文献】 特開平10−167194(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/155020(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0245999(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0292409(US,A1)
【文献】 国際公開第2015/160945(WO,A1)
【文献】 特表2020−523596(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B64D 25/00
B64D 45/00
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
航空機を構成する構造体において生じた損傷を検知する損傷検知ユニットと、
前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の程度に応じた前記航空機の飛行制限を設定する飛行制限算出ユニットと、
を有し、
前記飛行制限算出ユニットは、前記構造体において生じ得る損傷の位置及び大きさと前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を参照することによって、前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の位置及び大きさに基づいて、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定し、設定した前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定するように構成される飛行制限設定システム。
【請求項2】
前記飛行制限算出ユニットは、前記情報を保存する記憶装置を備え、前記記憶装置に保存された前記情報を参照することによって、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な前記内部荷重の許容範囲を設定するように構成される請求項1記載の飛行制限設定システム。
【請求項3】
前記飛行制限算出ユニットは、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記構造体に外部荷重が負荷された場合に前記構造体を構成する各部材に負荷される内部荷重を算出する計算を、前記外部荷重を減少させながら前記算出される内部荷重が前記内部荷重の許容範囲内となるまで繰返す計算によって、前記損傷の発生後において前記構造体に負荷することが可能な外部荷重の許容範囲を算出し、算出した前記外部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定するように構成される請求項1又は2記載の飛行制限設定システム。
【請求項4】
前記飛行制限算出ユニットは、前記外部荷重の許容範囲として、せん断力の分布、曲げモーメントの分布及びトルクの分布の少なくとも1つの許容範囲を算出するように構成される請求項3記載の飛行制限設定システム。
【請求項5】
前記飛行制限算出ユニットは、前記外部荷重の許容範囲に基づいて、前記損傷の発生後における前記航空機の制限荷重倍数と、対気飛行速度の許容範囲との関係を表す運動包囲線を算出し、算出した前記運動包囲線に基づいて、少なくとも対気飛行速度について前記航空機の飛行制限を設定するように構成される請求項3又は4記載の飛行制限設定システム。
【請求項6】
前記飛行制限算出ユニットは、前記運動包囲線を、前記航空機の高度ごとに算出し、算出した前記高度ごとの運動包囲線に基づいて、更に高度を含む前記航空機の飛行制限を設定するように構成される請求項5記載の飛行制限設定システム。
【請求項7】
航空機を構成する構造体において生じた損傷を損傷検知ユニットで検知するステップと、
前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の程度に応じた前記航空機の飛行制限を設定するステップと、
を有し、
前記構造体において生じ得る損傷の位置及び大きさと前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を参照することによって、前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の位置及び大きさに基づいて、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定し、設定した前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定する飛行制限設定方法。
【請求項8】
コンピュータに、
航空機を構成する構造体において生じた損傷であって、損傷検知ユニットで検知された前記損傷を前記損傷検知ユニットから取得するステップ、及び
前記取得された損傷の程度に応じた前記航空機の飛行制限を設定するステップ、
を実行させる飛行制限設定プログラムであって、
前記航空機の飛行制限を設定するステップでは、前記構造体において生じ得る損傷の位置及び大きさと前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を参照することによって、前記取得するステップにおいて取得された前記損傷の位置及び大きさに基づいて、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定し、設定した前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定する飛行制限設定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、飛行制限設定システム、飛行制限設定方法及び飛行制限設定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
航空機の運用に当たっては、航空機を構成する構造体の損傷を検知し、損傷が検知された場合には、高度、速度及び荷重倍数等の飛行条件を制限することが安全上重要である。そのために、航空機の構造体に生じた損傷を検知し、損傷が検知された場合には、航空機の制御特性を変化させるシステムが提案されている(例えば特許文献1参照)。また、関連する技術として、操縦舵面の損傷が発生した場合に、損傷の位置及び程度を判別する技術が提案されている(例えば特許文献2参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−336199号公報
【特許文献2】特開平10−167194号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、航空機の構造体に損傷が発生した場合に適切な飛行制限を設けることができるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態に係る飛行制限設定システムは、損傷検知ユニットと、飛行制限算出ユニットとを有する。損傷検知ユニットは、航空機を構成する構造体において生じた損傷を検知する。飛行制限算出ユニットは、前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の程度に応じた前記航空機の飛行制限を設定する。前記飛行制限算出ユニットは、前記構造体において生じ得る損傷の位置及び大きさと前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を参照することによって、前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の位置及び大きさに基づいて、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定し、設定した前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定するように構成される。
【0006】
また、本発明の実施形態に係る飛行制限設定方法は、航空機を構成する構造体において生じた損傷を損傷検知ユニットで検知するステップと、前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の程度に応じた前記航空機の飛行制限を設定するステップとを有し、前記構造体において生じ得る損傷の位置及び大きさと前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を参照することによって、前記損傷検知ユニットによって検出された損傷の位置及び大きさに基づいて、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定し、設定した前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定するものである
【0007】
また、本発明の実施形態に係る飛行制限設定プログラムは、コンピュータに、航空機を構成する構造体において生じた損傷であって、損傷検知ユニットで検知された前記損傷を前記損傷検知ユニットから取得するステップ、及び前記取得された損傷の程度に応じた前記航空機の飛行制限を設定するステップを実行させる。前記航空機の飛行制限を設定するステップでは、前記構造体において生じ得る損傷の位置及び大きさと前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を参照することによって、前記取得するステップにおいて取得された前記損傷の位置及び大きさに基づいて、前記損傷の発生後において前記構造体を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定し、設定した前記内部荷重の許容範囲に基づいて、前記航空機の飛行制限を設定する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の実施形態に係る飛行制限設定システムの構成図。
図2】(A)及び(B)は、損傷が無い健全時における構造体と損傷を模擬した構造体のモデルの一例を示す図。
図3】(A)及び(B)は、主翼のスパン方向における曲げモーメントの許容範囲の例を示すグラフ。
図4】(A)及び(B)は、運動包囲線の例を示すグラフ。
図5】(A)、(B)及び(C)は、損傷の位置ごとに求められたV−n線図の例を示す図
図6図1に示す飛行制限設定システムの動作の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施形態に係る飛行制限設定システム、飛行制限設定方法及び飛行制限設定プログラムについて添付図面を参照して説明する。
【0010】
(第1の実施形態)
(構成及び機能)
図1は本発明の実施形態に係る飛行制限設定システムの構成図である。
【0011】
飛行制限設定システム1は、航空機を構成する構造体2に損傷が発生したか否かをモニタリングし、損傷が検知された場合には、損傷の程度に応じた航空機の飛行制限を設定するシステムである。飛行制限設定システム1は、損傷検知ユニット3、飛行制限算出ユニット4、入力装置5及び表示装置6を有する。尚、入力装置5及び表示装置6は、航空機に備えられているものであってもよい。
【0012】
損傷検知ユニット3は、航空機を構成する構造体2に損傷が発生したか否かをモニタリングし、構造体2において生じた損傷を検知するシステムである。また、損傷検知ユニット3は、損傷の有無の検知と併せて、損傷の発生エリア又は位置と、損傷の大きさを検知できるように構成される。このため、損傷検知ユニット3は、少なくとも構造体2に生じた損傷を検出するための損傷センサ3Aと、損傷センサ3Aからの検出信号を処理するための信号処理系3Bを用いて構成される。
【0013】
損傷の検出方法としては、任意の方法を採用することができる。例えば、損傷センサ3Aとして複数の歪センサを構造体2に配置し、構造体2に生じた歪分布を取得することによって損傷を検知することができる。この場合には、歪分布に対する閾値処理によって特異点といて損傷の存在及び位置を特定することができる。特異点は、予め経験的に決定した閾値を用いて、他の位置における歪量に対する相対値を対象として検出しても良いし、歪量の絶対値を対象として検出してもよい。
【0014】
或いは、超音波発振器を構造体2に取付け、構造体2に超音波を伝播させることによって損傷を検知することもできる。この場合には、損傷が無い場合における超音波の波形と、損傷が発生した後の超音波の波形とを比較し、超音波の波形の変化量が予め経験的に決定した閾値以上又は閾値を超えた場合に、損傷が発生したと判定することができる。
【0015】
また、超音波を利用した損傷の位置の検出方法についても任意の方法を採用することができる。具体例として、構造体2に損傷センサ3Aとして複数の超音波センサを配置し、複数の超音波センサで検出される超音波の波形の分布に基づいて、波形の変化量が大きい特異点として損傷の位置を特定することができる。別の具体例として、損傷が検知された場合において、超音波の反射波を利用した詳細な損傷検査を行うことによって損傷の位置を特定するようにしてもよい。すなわち、損傷で反射した超音波の反射波の受信タイミングに基づいて、超音波発振器から損傷までの距離又は損傷から超音波センサまでの距離を測定することができる。
【0016】
損傷検知ユニット3を構成する損傷センサ3Aには、損傷の検知に用いられる物理量に応じて適切なセンサが選択される。例えば、損傷の検知に超音波が利用される場合であれば、超音波振動子又は光ファイバセンサが損傷センサ3Aとして損傷検知ユニット3に備えられる。また、歪量が検出される場合であれば、歪センサとして光ファイバセンサ等が損傷検知ユニット3に備えられる。
【0017】
光ファイバセンサとしては、ファイバ・ブラッグ・グレーティング(FBG:Fiber Bragg Grating)センサや位相シフトFBG(PS−FBG: Phase−shifted FBG)センサが代表的である。光ファイバセンサが損傷センサ3Aとして用いられる場合には、光源、光フィルタ等の光学素子及び光電変換回路も損傷検知ユニット3に備えられる。また、光信号を対象として信号処理を行うための光学素子を損傷検知ユニット3に設けてもよい。
【0018】
一方、損傷検知ユニット3を構成する信号処理系3Bは、回路で構成することができる。実用的な例として、超音波振動子等の損傷センサ3A或いは光ファイバセンサの出力側に接続された光電変換回路からアナログの電気信号として出力される物理量の検出信号をデジタルの電気信号に変換するA/D(analog−to−digital)変換器と、プログラムを読み込ませたコンピュータによって信号処理系3Bを構成することができる。
【0019】
また、電気信号に対してノイズ除去等を目的とするフィルタ処理やアベレージング処理等の信号処理を実行する場合には、信号処理がアナログの信号に対して実行される場合であれば、信号処理に必要な回路を接続する一方、信号処理がデジタルの信号に対して実行される場合であれば、コンピュータに信号処理プログラムを読み込ませることによってコンピュータに信号処理の機能を設けることができる。
【0020】
飛行制限算出ユニット4についてもプログラムを読み込ませたコンピュータ等の回路で構成することができる。従って、飛行制限算出ユニット4と損傷検知ユニット3の信号処理系3Bとを一体化してもよい。また、コンピュータを、飛行制限算出ユニット4として機能させるための飛行制限設定プログラムを、情報記録媒体に記録してプログラムプロダクトとして流通させることもできる。
【0021】
飛行制限算出ユニット4は、損傷検知ユニット3によって検出された損傷の程度に応じた航空機の飛行制限を自動的に設定する機能を有する。そのために、飛行制限算出ユニット4は、許容内部荷重設定部4A、許容外部荷重算出部4B及び線図作成部4Cを有する。
【0022】
許容内部荷重設定部4Aは、損傷検知ユニット3によって検出された損傷の位置及び大きさに基づいて、損傷の発生後において構造体2を構成する各構造部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲を設定する機能を有する。
【0023】
構造体2を構成する各構造部材の内部荷重の許容範囲は、構造体2において生じ得る損傷の位置及び大きさごとに事前に定めておくことができる。すなわち、構造体2において生じ得る損傷の位置及び大きさと構造体2を構成する各構造部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲との関係を表すテーブルや関数等の情報を作成しておくことができる。そして、構造体2に生じ得る損傷の位置及び大きさと構造体2の内部荷重の許容範囲との関係を表す情報を記憶装置に保存することによって、データベース化しておくことができる。
【0024】
許容内部荷重設定部4Aには、構造体2に生じ得る損傷の位置及び大きさと構造体2の内部荷重の許容範囲とを関連付けた内部荷重許容値データベースが設けられる。このため、構造体2に損傷が生じた場合には内部荷重許容値データベースを参照することによって損傷の位置及び大きさに応じた構造体2の内部荷重の許容範囲を求めることができる。尚、損傷の度合いに応じて異なる内部荷重の許容範囲を設定しても良い。その場合には、損傷の度合いごとに構造部材の内部荷重の許容範囲が定められ、損傷の度合いと構造部材の内部荷重の許容範囲とが関連付けられて内部荷重許容値データベースに保存される。
【0025】
これにより、許容内部荷重設定部4Aは、損傷を受けた構造部材の内部荷重の許容値を、デフォルトとして設定された損傷を受ける前の内部荷重の許容値から、損傷の位置、大きさ及び度合いに応じた内部荷重の許容値に更新することができる。
【0026】
尚、航空機の構造体2を構成する各構造部材のヤング率や形状等は、構造体2を構成する各構造部材の設計時において、構造体2を構成する各構造部材に負荷され得る内部荷重に基づいて算出される。すなわち、構造体2を構成する各構造部材の設計時には各構造部材に負荷され得る内部荷重に基づいて各構造部材に要求される剛性、許容歪及び許容座屈等のクライテリア(基準)が設定され、設定されたクライテリアに従って各構造部材のヤング率や形状等が設計される。
【0027】
従って、構造体2を構成する各部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲の算出は、設計時における各構造部材のヤング率や形状等の計算の逆計算となる。すなわち、各構造部材に要求される剛性、許容歪及び許容座屈等のクライテリアに従って設計された各構造部材のヤング率や形状等の剛性パラメータ及び形状パラメータに基づいて、損傷が生じた構造体2を構成する各構造部材の内部荷重の許容範囲を計算することができる。
【0028】
許容外部荷重算出部4Bは、損傷の発生後において構造体2を構成する各構造部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲に基づいて、損傷の発生後において構造体2に負荷することが可能な外部荷重の許容範囲を算出する機能を有する。外部荷重の許容範囲としては、せん断力の分布、曲げモーメントの分布及びねじりトルクの分布の少なくとも1つの許容範囲が挙げられる。
【0029】
構造体2への外部荷重の許容範囲は、構造体2への外部荷重を入力データとして構造体2の内部荷重を求める計算を外部荷重を徐々に小さくしながら内部荷重が許容範囲内となるまで繰返す収束計算によって求めることができる。すなわち、損傷の発生後において構造体2を構成する各構造部材に負荷することが可能な内部荷重の許容範囲に基づいて、構造体2に外部荷重が負荷された場合に構造体2を構成する各部材に負荷される内部荷重を算出する計算を、外部荷重を減少させながら算出される内部荷重が内部荷重の許容範囲内となるまで繰返す収束計算によって、損傷の発生後において構造体2に負荷することが可能な外部荷重の許容範囲を算出することができる。
【0030】
損傷を受けた構造体2への外部荷重に基づく内部荷重の計算は、損傷を模擬した構造体2の内部荷重の計算式又は損傷を模擬した構造体2の解析モデルを用いた有限要素法(FEM:finite element method)解析によって行うことができる。
【0031】
図2(A)及び(B)は、損傷が無い健全時における構造体2と損傷を模擬した構造体2のモデルの一例を示す図である。
【0032】
図2(A)は損傷等の損傷が無い健全時における構造体2のモデルの一例を示す。FEM解析によって構造体2の内部荷重を計算する場合には、図2(A)に例示されるように構造体2の解析モデルを、複数の要素に分割したFEMモデルとして作成することができる。但し、複数の要素への分割を伴わない構造体2の内部荷重の計算式によって内部荷重を計算する場合には、必ずしも図2(A)に示すように構造体2のモデルを複数の要素に分割しなくても良い。
【0033】
一方、図2(B)は構造体2に損傷がある場合における構造体2のモデルの一例を示す。図2(B)に示すように損傷が生じた部分を取り除いたモデルによって、損傷がある構造体2を模擬することができる。すなわち、損傷を構造部材の欠損として模擬することができる。或いは、損傷が生じた部分に対応するヤング率等の剛性を表すパラメータを小さくすることによって、損傷を模擬しても良い。
【0034】
損傷を模擬した構造体2のモデルについてもFEM解析によって構造体2の内部荷重を計算する場合には、図2(B)に例示されるように構造体2の解析モデルを、複数の要素に分割したFEMモデルとして作成することができる。一方、複数の要素への分割を伴わない構造体2の内部荷重の計算式によって内部荷重を計算する場合には、必ずしも図2(B)に示すように構造体2のモデルを複数の要素に分割しなくても良い。
【0035】
損傷を受けた構造体2の内部荷重をFEM解析に依らずに計算式で求める場合には、上面外板、下面外板、前桁ウエブ、後桁ウエブ、前桁上下面コード及び後桁上下面コード等の構造部材別の内部荷重の計算式に損傷を有する構造部材の厚さ、幅或いは高さ等の形状パラメータとヤング率等の剛性パラメータを当てはめることによってせん断力や軸力等の構造部材の内部荷重を求めることができる。すなわち、構造体2の内部荷重の計算式に基づいて、損傷を受けた構造部材の内部荷重を求めることができる。
【0036】
一方、FEM解析によって損傷を受けた構造体2の内部荷重を求める場合においても、同様に損傷を模擬した構造体2のFEMモデルを対象とするFEM解析によって損傷を受けた構造体2の内部荷重を求めることができる。
【0037】
損傷を受けた構造体2の内部荷重は、健全時における構造体2の内部荷重から変化する。具体的には、健全時における構造体2の内部荷重を計算するために用いた外部荷重と同じ外部荷重で構造体2の内部荷重を計算すれば、損傷部分の周囲における構造部材の内部荷重が局所的に高くなる。従って、許容される外部荷重を低減させなければ、損傷を受けた構造体2の内部荷重が許容範囲を超える可能性がある。
【0038】
そこで、損傷を受けた構造体2の内部荷重の計算のための入力データとなる外部荷重が所定の変化量だけ小さい値に設定され、損傷を受けた構造体2の内部荷重の再計算が行われる。この場合、外部荷重が低減されたため、損傷を受けた構造体2の内部荷重も小さくなる。従って、外部荷重の低減と内部荷重の計算を繰返せば、損傷を受けた構造体2の内部荷重が、損傷を受けた構造体2の内部荷重の許容範囲内となる時の外部荷重を求めることができる。すなわち、入力データとなる外部荷重の小さい値への設定、設定された外部荷重に対応する内部荷重の計算及び計算結果として得られた全ての部位における内部荷重が許容範囲にあるか否かの判定を繰返すことによって、許容範囲内における構造体2の内部荷重の分布と、許容範囲内における構造体2の内部荷重の分布が得られる時の外部荷重を求めることができる。
【0039】
そして、許容範囲内における構造体2の内部荷重の分布が得られる時のせん断力の分布、曲げモーメントの分布及びねじりトルクの分布を損傷を受けた構造体2の外部荷重の許容範囲に設定することができる。
【0040】
図3(A)及び(B)は、主翼のスパン方向における曲げモーメントの許容範囲の例を示すグラフである。
【0041】
図3(A)、(B)において縦軸は主翼の曲げモーメントを示し、横軸は主翼のスパン方向を示す。図3(A)は損傷が発生した部材の許容内部荷重のみを変更して得られた修正前後における主翼の曲げモーメントの許容範囲を示している。一方、図3(B)は、損傷が発生した部材の強度低下率と同じ低下率で主翼全体の曲げモーメントの許容範囲を低下させた場合における修正前後の主翼の曲げモーメントの許容範囲を示している。また、図3(A)、(B)において、一点鎖線は、損傷が発生する前の健全時における曲げモーメントの許容値を示し、実線は、損傷が発生した後における曲げモーメントの許容値を示す。
【0042】
図3(B)に示すように損傷が発生した部材の強度低下率と同じ低下率で主翼全体の曲げモーメントの許容範囲を低下させると、健全な部材によって強度を担うことができるにも関わらず、曲げモーメントの許容範囲を過剰に低下させてしまうことになる。これに対して、損傷の影響を受けた構造部材の許容内部荷重のみを変更して主翼の曲げモーメントの許容範囲を更新すれば、図3(A)に示すように健全時から損傷時への曲げモーメントの許容範囲の低下量を低減させることができる。
【0043】
線図作成部4Cは、許容外部荷重算出部4Bにおいて算出された外部荷重の許容範囲に基づいて、損傷の発生後における航空機の制限荷重倍数と、対気飛行速度の許容範囲との関係を表す運動包囲線(V−n線図)を算出し、運動包囲線に基づいて、少なくとも対気飛行速度について航空機の飛行制限を設定する機能を有する。V−n線図は航空機の高度ごとに算出することができる。その場合には、高度についても飛行制限を設定することができる。
【0044】
尚、荷重倍数は、航空機が飛行中に受ける空気力を機体重量で除算した値であり、航空機が飛行中に受ける空気力が航空機の重量の何倍であるかを表す指標である。また、V−n線図は、荷重倍数の上限である制限荷重倍数nと対気飛行速度Vとの関係を示す図表である。
【0045】
航空機の構造体2に要求される外部荷重の許容範囲は、構造体2の設計時において、V−n線図に基づいて算出される。従って、損傷の発生後におけるV−n線図の算出は、設計時における構造体2に要求される外部荷重の許容範囲の計算の逆計算となる。
【0046】
図4(A)及び(B)は、運動包囲線の例を示すグラフである。
【0047】
図4(A)、(B)において縦軸は航空機の制限荷重倍数nを示し、横軸は航空機の対気飛行速度Vを示す。図4(A)は損傷が発生した部材の許容内部荷重のみを変更して得られた修正前後におけるV−n線図を示している。一方、図4(B)は、損傷が発生した部材の強度低下率と同じ低下率で低下させた主翼全体の許容外部荷重に基づいて得られた修正前後のV−n線図を示している。また、図4(A)、(B)において、一点鎖線は、損傷が発生する前の健全時におけるV−n線図を示し、実線は、損傷が発生した後におけるV−n線図を示す。
【0048】
図4(B)に示すように損傷が発生した部材の強度低下率と同じ低下率で主翼全体の許容外部荷重を低下させてV−n線図を求めると、必要以上に限定された飛行制限が設定されてしまう。これに対して、損傷が発生した部材の許容内部荷重のみを変更して許容外部荷重を低下させてV−n線図を求めると、図4(A)に示すように、損傷に伴う部材の強度低下を補うことが可能な適切な飛行制限を設定することが可能となる。
【0049】
航空機の飛行制限を行うための情報としてV−n線図が取得されると、V−n線図に基づいて航空機の飛行制限を行うことができる。すなわち、損傷前に設定されていた飛行制限を、損傷を考慮した飛行制限に更新させることができる。
【0050】
飛行制限を更新させる方法としては、自動的に飛行制限を更新させる方法と、操縦者が手動で飛行制限を更新させる方法が挙げられる。そこで、線図作成部4Cには、飛行制御システム7を制御することによって、航空機の飛行制限を自動的に更新させる機能と、表示装置6に飛行制限情報を表示させる機能が備えられる。
【0051】
これにより、損傷が検知された場合において自動的に飛行制限を更新させる場合には、飛行制御システム7の自動制御によって、飛行制限を自動更新させることができる。すなわち、高度、速度及び荷重倍数等の飛行条件がV−n線図で定められた飛行制限内となるように航空機の飛行条件が制御される。一方、損傷が検知された場合において操縦者の手動によって飛行制限を更新させる場合には、操縦者が、表示装置6に表示されたV−n線図又はV−n線図から得られる高度、速度及び荷重倍数等の飛行条件を参照して航空機の飛行条件を決定することができる。
【0052】
尚、損傷の位置、大きさ及び度合いごとに事前にV−n線図を求め、損傷の位置、大きさ及び度合いと、V−n線図とを関連付けて記憶装置に保存することができる。そして、損傷の位置、大きさ及び度合いと、V−n線図との関係を示す情報を保存した記憶装置をV−n線図データベースとして線図作成部4Cに設けることができる。この場合、V−n線図データベースを参照するのみで、損傷の位置、大きさ及び度合いに対応するV−n線図を取得することができる。
【0053】
図5(A)、(B)及び(C)は、損傷の位置ごとに求められたV−n線図の例を示す図である。
【0054】
図5(A)、(B)及び(C)に例示されるように航空機の主翼に生じ得る損傷の位置ごとに主翼のスパン方向における曲げモーメントの許容範囲と、V−n線図を事前に求めておくことができる。図5(A)は主翼の上面外板の翼根部後方に損傷が発生したケースを、図5(B)は主翼の上面外板の中央部前方に損傷が発生したケースを、図5(C)は主翼の下面外板の中央部に損傷が発生したケースを、それぞれ示している。
【0055】
図5(A)、(B)及び(C)の中央における各グラフは主翼のスパン方向における曲げモーメントの許容範囲を示す。従って、図5(A)、(B)及び(C)の中央における各グラフにおいて縦軸は主翼の曲げモーメントを示し、横軸は主翼のスパン方向を示す。また、図5(A)、(B)及び(C)の右側における各グラフはV−n線図を示す。従って、図5(A)、(B)及び(C)の右側における各グラフにおいて縦軸は航空機の制限荷重倍数nを示し、横軸は航空機の対気飛行速度Vを示す。また、図5(A)、(B)及び(C)の各グラフにおいて一点鎖線は、損傷が発生する前の健全時における主翼の曲げモーメントの許容範囲及びV−n線図を示し、実線は、損傷が発生した後における主翼の曲げモーメントの許容範囲及びV−n線図を示す。
【0056】
(動作及び作用)
次に飛行制限設定システム1による航空機の飛行制限設定方法について説明する。
【0057】
図6は、図1に示す飛行制限設定システム1の動作の一例を示すフローチャートである。
【0058】
まずステップS1において、航空機を構成する構造体2に損傷が発生すると、損傷検知ユニット3により損傷が検知される。損傷検知ユニット3により検知された損傷の位置及び損傷の大きさ等の損傷の程度を表す指標を含む損傷の検知情報は、損傷検知ユニット3から飛行制限算出ユニット4に出力される。すなわち、飛行制限算出ユニット4において、損傷検知ユニット3で検知された損傷の検知情報が取得される。
【0059】
次に、ステップS2において、許容内部荷重設定部4Aにより、損傷の位置及び程度に基づいて、損傷が発生した構造体2を構成する各部材の許容内部荷重が設定される。すなわち、構造体2が損傷を受けたことによって変化した後の各部材の許容内部荷重が設定される。
【0060】
次に、ステップS3において、許容外部荷重算出部4Bにより、構造体2を構成する各構造部材が耐荷可能な許容内部荷重に基づいて、構造体2全体での耐荷可能な許容外部荷重が算出される。具体例として、構造体2が主翼であれば、主翼のスパン方向におけるせん断力分布の許容値、曲げモーメント分布の許容値及びトルク分布の許容値が算出される。
【0061】
次に、ステップS4において、線図作成部4Cにより、構造体2の耐荷可能な許容外部荷重に基づいて、高度ごとのV−n線図が算出される。すなわち、構造体2が損傷を受けた状態で飛行条件とすることが可能な範囲を表すV−n線図が算出される。
【0062】
次に、ステップS5において、線図作成部4Cは、損傷の程度に応じた航空機の飛行制限を設定し、設定した飛行条件を提供する。例えば、線図作成部4Cは、算出された高度ごとのV−n線図に基づいて得られる飛行可能な高度、速度及び制限荷重倍数を表示装置6に表示させる。これにより、航空機の操縦者は、構造体2の損傷を考慮して新たに設定された飛行制限下において航空機を飛行させることが可能となる。
【0063】
或いは、線図作成部4Cは、算出された高度ごとのV−n線図に基づく飛行制限下で航空機が飛行するように、飛行制御システム7を自動制御することができる。すなわち、高度、速度及び制限荷重倍数がそれぞれ許容値を超えないように、自動的にロックすることができる。これにより、構造体2が損傷を受けた後であっても、安全に航空機を飛行させることができる。
【0064】
(効果)
以上のような飛行制限設定システム1及び飛行制限設定方法は、航空機の構造体2が損傷を受けて部分的に強度が低下した場合に、損傷の程度に応じて最適な飛行条件を設定できるようにしたものである。
【0065】
従来は、構造体2が損傷を受けて、特定の構造部材の強度が、例えば50%低下した場合には、構造体2全体に負荷される外部荷重が50%となるように、操縦者が飛行制限を課して飛行を行っていた。すなわち、従来は、損傷によって構造体2の一部の強度が低下すると、一部の強度の低下率と同じ比率で構造体2全体の外部荷重を運用上のルールとして制限していた。しかしながら、損傷を受けた構造部材の強度低下に合わせて一律の飛行制限を設定すると、構造部材に強度上の余裕があるにも関わらず、過剰な飛行制限が設定されることになる。
【0066】
これに対して飛行制限設定システム1及び飛行制限設定方法では、損傷を受けた構造部材の強度低下に合わせて許容内部荷重の分布を計算し、得られた許容内部荷重分布に基づいて許容外部荷重分布が計算される。すなわち、損傷を受けて局所的に低下した構造部材の強度と、損傷を受けていない大部分の構造部材の強度とに基づいて、構造体2全体への許容外部荷重が再計算される。そして、再計算された許容外部荷重に基づいてV−n線図が算出される。
【0067】
このため、飛行制限設定システム1及び飛行制限設定方法によれば、航空機の飛行中に被弾、被雷或いは鳥の衝突等によって構造体2が損傷した場合であっても、損傷の程度に応じた適切な高度、速度及び荷重倍数等の飛行制限を設定することができる。例えば、損傷を受けた構造部材に要求される強度が、特定の飛行状態においてのみ要求される強度であれば、特定の飛行状態に対してのみ外部荷重が低減されるように飛行制限を設定することができる。そして、損傷を拡大させることなく、安全に航空機を帰還させることができる。
【0068】
また、構造体2が損傷を受けたことによって、構造部材の強度余裕が不十分となった場合であっても、速やかに構造部材の強度余裕を確保するために必要な飛行条件を把握して、飛行条件を変更することができる。
【0069】
(他の実施形態)
以上、特定の実施形態について記載したが、記載された実施形態は一例に過ぎず、発明の範囲を限定するものではない。ここに記載された新規な方法及び装置は、様々な他の様式で具現化することができる。また、ここに記載された方法及び装置の様式において、発明の要旨から逸脱しない範囲で、種々の省略、置換及び変更を行うことができる。添付された請求の範囲及びその均等物は、発明の範囲及び要旨に包含されているものとして、そのような種々の様式及び変形例を含んでいる。
【符号の説明】
【0070】
1 飛行制限設定システム
2 構造体
3 損傷検知ユニット
3A 損傷センサ
3B 信号処理系
4 飛行制限算出ユニット
4A 許容内部荷重設定部
4B 許容外部荷重算出部
4C 線図作成部
5 入力装置
6 表示装置
7 飛行制御システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6