【実施例】
【0028】
以下、本発明のアルカリ性置換スズメッキ浴の実施例、当該スズメッキ浴を用いてアルミニウム基材に置換メッキした直後の初期密着性並びにメッキ作業時の浴安定性の評価試験例を順次説明する。
尚、本発明は下記の実施例、試験例に拘束されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で任意の変形をなし得ることは勿論である。
【0029】
《本発明のアルカリ性置換スズメッキ浴の実施例》
下記の実施例1〜10のうち、実施例1はスズ酸カリウム(可溶性第二スズ塩)とDTPA(錯化剤)と水酸化カリウム(水酸化物)を含有する置換スズメッキ浴である。実施例2は当該実施例1を基本として錯化剤をTTHAに変更した例、実施例3は同じくTPHAに変更した例である。実施例4は実施例1を基本としてスズ酸塩をスズ酸ナトリウムに変更した例、実施例5は実施例2を基本としてスズ酸塩をスズ酸カルシウムに変更した例である。実施例6は実施例1を基本として水酸化物を水酸化ナトリウムに変更した例、実施例7は同じく上記実施例2を基本として水酸化物を水酸化カルシウムに変更した例である。実施例8は上記実施例3を基本としてスズ酸塩にスズ酸カリウムとスズ酸ナトリウムを併用した例、実施例9は上記実施例1を基本として水酸化物に水酸化カリウムと水酸化ナトリウムを併用した例である。実施例10は実施例1を基本として錯化剤にDTPAとTTHAを併用した例である。
特に、上記実施例1〜3では、本発明の成分(a)と(c)の種類と含有量を固定し、錯化剤(b)の種類を変えながら、その含有量を0.05〜0.15モル/Lの範囲で変化させている。
【0030】
一方、比較例1〜6は冒述の特許文献1〜6に準拠した例であり、比較例1は上記実施例1を基本として錯化剤にEDTAを用いた例(特に特許文献1〜2、5)、比較例2は同じくNTAを用いた例(特に特許文献1〜2)、比較例3は同じくグリシン誘導体であるDHEGを用いた例(特に特許文献2、5)である。比較例4は上記実施例1を基本として錯化剤にグルコン酸を用いた例(特に特許文献2、5〜6)、比較例5は同じくアミノ酸としてのグルタミン酸を用いた例(特に特許文献2〜3)、比較例6は同じくピロリン酸を用いた例(特に特許文献4)である。
【0031】
(1)実施例1
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.0μm
【0032】
(2)実施例2
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA) 0.15モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.2μm
【0033】
(3)実施例3
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
テトラエチレンペンタミン七酢酸(TPHA) 0.05モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.1μm
【0034】
(4)実施例4
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸ナトリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.9μm
【0035】
(5)実施例5
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カルシウム(Sn4+として) 0.35モル/L
トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.0μm
【0036】
(6)実施例6
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA) 0.10モル/L
水酸化ナトリウム 0.06モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.0μm
【0037】
(7)実施例7
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
トリエチレンテトラミン六酢酸(TTHA) 0.10モル/L
水酸化カルシウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.1μm
【0038】
(8)実施例8
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.30モル/L
スズ酸ナトリウム(Sn4+として) 0.20モル/L
テトラエチレンペンタミン七酢酸(TPHA) 0.05モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.0μm
【0039】
(9)実施例9
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.03モル/L
水酸化ナトリウム 0.03モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.9μm
【0040】
(10)実施例10
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA) 0.05モル/L
トリチレンテトラミン六酢酸(TTHA) 0.05モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.2μm
【0041】
(11)比較例1
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
エチレンジアミン四酢酸(EDTA) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.9μm
【0042】
(12)比較例2
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ニトリロ三酢酸(NTA) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.9μm
【0043】
(13)比較例3
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ジヒドロキシエチルグリシン(DHEG) 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 1.0μm
【0044】
(14)比較例4
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
グルコン酸 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.7μm
【0045】
(15)比較例5
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
グルタミン酸 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.8μm
【0046】
(16)比較例6
下記の組成でアルカリ性置換スズメッキ浴を建浴した。
スズ酸カリウム(Sn4+として) 0.40モル/L
ピロリン酸 0.10モル/L
水酸化カリウム 0.05モル/L
pH 13.0
[メッキ条件]
浴温 60℃
メッキ膜厚 0.6μm
【0047】
そこで、上記実施例1〜10並びに比較例1〜6の各アルカリ性置換スズメッキ浴を2種類のアルミニウム基材に適用して、基材に対するスズ皮膜の初期密着性並びにメッキ作業時のスズ浴の安定性の各評価試験例を述べる。
《メッキ浴から得られたスズ皮膜の初期密着性の評価試験例》
[置換スズメッキ方法]
先ず、下記(i)及び(ii)で示す2種類のアルミニウム基材を試料として用意した。
(i)試料1:アルミニウム合金/Al−Si系(A4032;JIS規格)
(ii)試料2:アルミダイキャスト/Al−Si−Cu系(ADC12;JIS規格)
次いで、上記各試料1〜2を水酸化ナトリウム水溶液(2重量%)で25℃、3分の条件でアルカリ脱脂し、実施例及び比較例に示す各置換スズメッキ浴に60℃、3分間の条件で浸漬した後、25℃、約30秒の条件で水洗し、乾燥して置換スズ皮膜を得た(スズ皮膜の膜厚は各実施例、比較例に示した)。
[評価方法]
得られたスズ皮膜について、JIS K5600クロスカット法(25マス)に準拠して、スズ皮膜の初期密着性の優劣を試料ごとに評価した。
尚、上記初期密着性とはメッキ直後のスズ皮膜の密着性を意味し、メッキ作業終了から時間を経た後の皮膜の密着性を評価したものではない。
初期密着性の評価基準は次の通りである。
◎ :スズ皮膜に切り込みを入れた25マスの全てが試料から剥離しなかった。
△ :スズ皮膜の上記25マスのうち、1〜15マスが試料から剥離した。
× :スズ皮膜の上記25マスのうち、16〜24マスが試料から剥離した。
××:スズ皮膜の上記25マスの全てが試料から剥離した。
【0048】
一方、置換スズメッキ浴を用いてメッキ作業を行った場合、浴の白濁の有無、或は白濁の発生度合に基づいて当該スズ浴の安定性を評価した。
《置換スズメッキ浴の安定性の評価試験例》
上記白濁の発生度合は試料をメッキ処理する面積量で違い、一般に、メッキ浴に浸漬するAl合金試料の面積が増すほど白濁の発生度合は高くなるため、処理面積で比較を行った。
スズ浴の安定性の評価基準は次の通りである。
〇:30dm2/Lの処理を行った時点で、白濁の発生がなかった。
△:15〜20dm2/Lの処理を行った時点で、白濁が発生した。
×:10〜15dm2/Lの処理を行った時点で、白濁が発生した。
この場合、例えば、上記「○」の評価は、1dm2のAl合金試料を30枚用意し、1Lのメッキ浴にこれらの試料を1枚ごとに順次30回浸漬し続けても白濁しなかったことを意味する。
【0049】
《スズ皮膜の初期密着性とスズメッキ浴の安定性の試験結果》
下表Aはその試験結果である。
但し、前述の通り、初期密着性の評価試験は試料1〜2ごとに行ったが、各実施例及び比較例ともに、前記4段階評価(◎〜××)に基づく試験結果は試料1と試料2の間で差異はなかった。例えば、実施例1において、試料1の評価は◎、試料2でも◎であった(他の実施例、比較例も同じ)。従って、下表では試料1と2に分けて結果を示すことはせず、初期密着性は試料1〜2の間で同じ評価であることを表している。
【0050】
[表A] 初期密着性 浴の安定性 初期密着性 浴の安定性
実施例1 ◎ ○ 比較例1 △ △
実施例2 ◎ ○ 比較例2 △ △
実施例3 ◎ ○ 比較例3 × ×
実施例4 ◎ ○ 比較例4 ×× ×
実施例5 ◎ ○ 比較例5 ×× ×
実施例6 ◎ ○ 比較例6 ×× ×
実施例7 ◎ ○
実施例8 ◎ ○
実施例9 ◎ ○
実施例10 ◎ ○
【0051】
《スズ皮膜の初期密着性とスズ浴の安定性の総合評価》
上表Aを見ると、冒述の特許文献2、5〜6に開示されたヒドロキシカルボン酸類であるグルコン酸を錯化剤に用いた比較例4、同じく冒述の特許文献2〜3に開示されたグルタミン酸を比較例5、或は同じく特許文献4に開示されたピロリン酸を用いた比較例6では、共にスズ皮膜のアルミニウム基材に対する初期密着性は××であり、また、スズ浴は顕著に白濁しており、浴の安定性は×であった。
冒述の特許文献2、5に開示されたグリシン誘導体であるDHEGを錯化剤に用いた比較例3では、初期密着性は×、スズ浴の安定性は×であって、浴の安定性は上記比較例4〜6と変わらないが、初期密着性は比較例4〜6より少しだけ改善傾向が見られた。
また、冒述の特許文献1〜2、5に開示されたEDTA、NTAを錯化剤に用いた比較例1〜2では、上記比較例3より初期密着性及び浴安定性の両面で更なる改善傾向が見られたが、評価は共に△にとどまった。
これらに対して、分子内に5個以上の酢酸基が結合したアミノカルボン酸類であるDTPA、TTHA、TPHAを錯化剤に用いた実施例1〜10では、25マスの全てがアルミニウム基材に強固に密着しており、初期密着性の評価は◎であるとともに、メッキ浴についても白濁は認められず、浴の安定性も○であった。
従って、グルタミン酸、ピロリン酸を錯化剤に用いた比較例5〜6はもとより、メッキ浴の錯化剤として比較的多用されるグルコン酸を用いた比較例4に比べても、実施例1〜10は初期密着性と浴安定性の両面で顕著な優位性を示した。
【0052】
次いで、実施例の優位性は、グリシン誘導体であるDHEGを用いた比較例3に対しても同じであるが、特に、EDTA、NTAを用いた比較例1〜2に対して、実施例1〜10は、EDTAなどと同じ系列に属するアミノカルボン酸類を用いながら、想定外の顕著な優位性を示すことに注目すべきである。
EDTA、NTAを用いた比較例1〜2では、メッキ浴の安定性が低く浴が白濁して、アルミニウム基材に対する密着性自体を発現しなかったが、実施例1〜10ではメッキ浴に白濁がなく浴安定性に優れる点がEDTAやNTAに対する特段の相違であり、また、アルミニウム基材への初期密着性もEDTAやNTAに比べて飛躍的に向上した。おそらく、実施例1〜10では、メッキ浴の高い安定性に起因して強力な密着機能を発現したものと推定される。
以上のように、最も明解な比較例1〜2との対比で実施例1〜10を考察すると、同じ系列のアミノカルボン酸類をアルカリ性置換スズメッキに適用した場合であっても、アミノカルボン酸類の分子内における酢酸基の結合数がスズ浴の安定性、並びにスズ皮膜の初期密着性に顕著な影響を及ぼし、DTPA、TTHA、TPHAのような分子内に5個以上の酢酸基が結合したアミノカルボン酸類は、EDTA、NTAのような4個以下の酢酸基が結合したアミノカルボン酸類とは異なる特異な錯化機能を果たすことが推定でき、浴安定性と初期密着性の両方について、酢酸基の結合数が5個以上のアミノカルボン酸類の顕著な優位性が裏付けられた。
【0053】
以下、実施例1〜10を詳細に考察する。
DTPA、TTHA、TPHAを夫々用いた実施例1〜3では、初期密着性と浴安定性は共に同じ評価であるため、アミノカルボン酸類の分子内における酢酸基の結合数が5個以上であれば、これら両面の有効性に差異はないことが分かる。また、実施例10のように、本発明の錯化剤であるアミノカルボン酸類(b)を併用しても、有効性は変わらないことが分かる。
実施例3ではTPHAの含有量は0.05モル/Lであり、実施例2ではTTHAの含有量は0.15モル/Lであるが、初期密着性と浴安定性の評価は両者間で同じであるため、本発明の錯化剤(b)の含有量は0.05モル/L前後の少量でも有効であり、過剰の含有量は必要ないことが判断できる。
実施例1、4、5、8を対比すると、スズ酸塩をアルカリ金属塩、アルカリ土類金属の間で変更し或は併用しても、初期密着性及び浴安定性の有効性に変わりはなく、実施例6〜7、9を対比すると、水酸化物をアルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物の間で変更し或は併用しても、初期密着性及び浴安定性の有効性に変わりはないことが判断できる。