【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題の解決に向けて、集合組織改善に有効な偏析元素Sn、Sbに着目して鋭意検討を重ねた。その結果、SnもしくはSbを多く添加した鋼は、Seを低減することによって磁束密度を大幅に向上できること、および、Snの多量添加で問題となる冷間圧延性の低下を、NiとCrを低減することで抑制できることを見出し、本発明を新規に知見するに至った。
【0009】
以下、本発明を導くに至った実験について説明する。
(実験1)
発明者らは、磁束密度に優れる無方向性電磁鋼板を開発するべく、集合組織の改善に有効なSn、Sbに改めて着目し、Snによる磁束密度向上効果にSeが及ぼす影響を調査した。
【0010】
C:0.002質量%、Si:1.5質量%、Mn:0.20質量%、P:0.02質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、およびSe:0.0005質量%を含有するSeを多量(0.0005%)に含む鋼と、C:0.002質量%、Si:2.0質量%、Mn:0.20質量%、P:0.02質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、およびSe:0.0001質量%を含有するSeを少量(0.0001%)含む鋼の2種類をベースとし、これらにSnを0.005〜0.263質量%の範囲で添加した鋼塊を供試材とした。これらの供試材を熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とし、次に、600℃×1hの自己焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚0.35mmの冷延板とした。その後、20vol%H
2〜80vol%N
2雰囲気下で1000℃×10sの仕上焼鈍を施し、鋼板の磁束密度B
50を25cmエプスタイン装置で測定した。仕上焼鈍を行う際は、800℃から900℃における昇温速度を30℃/sとした。
【0011】
Sn量と磁束密度B
50値との関係を
図1に示す。Se量に関わらずSn量が増加するとB
50が増加するという結果が得られたが、さらに、Sn量0.05%以上ではSeを少量含む鋼の方が磁束密度の向上効果が高いことがわかった。低Se量がB
50の増加に影響を与える理由は現時点ではまだ明らかとなっていないが、Seが多いと、SeがSnとともに仕上焼鈍時に粒界に偏析し、Snの集合組織を改善する効果を阻害するためと推定される。
【0012】
(実験2)
次に、発明者らはSnの磁束密度向上効果に及ぼすSeの影響を調査した。
C:0.002質量%、Si:1.5質量%、Mn:0.20質量%、P:0.02質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、およびSn:0.15質量%を含有する成分組成をベースとして、Seを0.00002〜0.00126質量%の範囲で変化させて添加した鋼塊を供試材とし、これらを板厚2.0mmまで熱間圧延して、次いで、600℃×1hの自己焼鈍を施した。その後、0.35mmの冷延板を取得し、最後に20vol%H
2〜80vol%N
2雰囲気下で1000℃×10sの仕上焼鈍を施し、鋼板の磁束密度B
50を25cmエプスタイン装置で測定した。仕上焼鈍の際は800℃から900℃における昇温速度を30℃/sとした。
【0013】
Se量と磁束密度B
50値との関係を
図2に示す。Seの含有量が0.0003質量%以下で、磁束密度B
50値が向上していることがわかる。
【0014】
(実験3)
次に、Seを低減したSn添加鋼の製造安定性を調査した。
C:0.002質量%、Si:1.5質量%、Mn:0.20質量%、P:0.02質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、Sn:0.15質量%、およびSe:0.0001%を含有する鋼塊を供試材とした。これらの供試材を熱間圧延して板厚2.0mmの熱延板とし、次いで、600℃×1hの自己焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚0.35mmの冷延板とし、最後に仕上焼鈍を施したところ、冷間圧延での熱延板の破断が頻発した。
【0015】
破断した熱延板の調査を行ったところ、結晶粒界にNi、CrおよびSnが偏析していること、また、NiとCrが計0.15%程度含まれていることが確認された。NiとCrを多く含むと冷間圧延性が劣化する理由は現時点ではまだ明らかとなっていないが、粒界に偏析したNiまたはCrとの相互作用により、脆化元素であるSnの粒界偏析が促進され、熱延板が著しく脆化したため、と考えられる。
【0016】
(実験4)
そこで、Sn添加鋼の冷間圧延性に与えるNiの影響を調査した。
C:0.002質量%、Si:1.5質量%、Mn:0.20質量%、P:0.02質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、Sn:0.15質量%、およびSe:0.0001質量%を含有する成分組成をベースに、Niを0.01〜0.18質量%添加した鋼塊を供試材とし、これらを板厚2.0mmまで熱間圧延し、次いで、600℃×1hの自己焼鈍を施し、得られた熱延板の繰り返し曲げ試験を実施した。繰り返し曲げ試験は、試料温度0℃で、鋼板の板面垂直方向に曲げ半径10mmかつ角度45°の曲げを順逆方向に繰り返し行い、破断までの曲げ回数を調べる試験である。曲げ回数と冷間圧延性は良い相関があり、曲げ回数5回以上であれば圧延時の板破断が起こらないことから、ここでは5回以上曲がったものを冷間圧延性が良好であることとした。
【0017】
Ni量と繰り返し曲げ回数との関係を
図3に示す。Ni量が0.1%以下で、冷間圧延性が良好となり、Ni量が0.05%以下で、破断するまでの繰り返し曲げ回数が急激に増加することが分かる。本実験では、冷間圧延性に及ぼすNiの影響を調査したが、Crでも同様の結果が確認された。
【0018】
(実験5)
次に、Snの添加が鋼の磁束密度B
50に及ぼす仕上焼鈍の昇温速度の影響を調査した。
C:0.002質量%、Si:1.5質量%、Mn:0.20質量%、P:0.02質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、Sn:0.15質量%、Se:0.0001質量%、およびNi:0.02質量%を含有する鋼塊を供試材とし、これを板厚2.0mmまで熱間圧延し、次いで、600℃×1hの自己焼鈍を施した。その後、冷間圧延を行うことにより0.35mmの冷延板を取得し、20vol%H
2〜80vol%N
2雰囲気下で1000℃×10sの仕上焼鈍を施し、鋼板の磁束密度B
50を25cmエプスタイン装置で測定した。仕上焼鈍を行う際は、800℃から900℃における昇温速度を1〜51℃/sの範囲で変化させて通板した。
【0019】
昇温速度と磁束密度B
50値との関係を
図4に示す。昇温速度が20℃/s以下で、磁束密度B
50値が増加することが分かる。仕上焼鈍を行う際に、800〜900℃の温度範囲における昇温速度を遅くすることで、Snによる磁束密度の向上効果を高めることができる理由は、現時点ではまだ明らかとなっていないが、十分に粒成長する前にSnの偏析が促されたことで、Snの集合組織改善効果がより強められたためと考えられる。
【0020】
(実験6)
次に、磁束密度B
50に及ぼすSiおよびMn量の影響を調査した。
C:0.002質量%、Si:1.0〜3.5質量%、Mn:0.1〜1.7質量%、P:0.01質量%、S:0.002質量%、Al:0.001質量%、N:0.002質量%、Sn:0.04質量%または0.14質量%、Se:0.0001質量%、Cr:0.01質量%およびNi:0.01質量%を含有する鋼塊を供試材とし、これを板厚2.5mmまで熱間圧延し、次いで、500℃×1hrの自己焼鈍を施した。その後、冷間圧延を行うことにより0.30mmの冷延板を取得し、20vol%H
2〜80vol%N
2雰囲気下で980℃×10sの仕上焼鈍を施し、鋼板の磁束密度B
50を25cmエプスタイン装置で測定した。仕上焼鈍を行う際は、800℃から900℃における昇温速度を15℃/sとした。
【0021】
Snを0.04質量%から0.14%質量%まで増加させたときの磁束密度B
50向上量を
図5に示す。[Mn]≧0.176×[Si]-0.181を満たす成分組成ではSnによる磁束密度向上効果が高くなっていた。Mnを多く含有する成分組成ではSnの粒界偏析が促進され、集合組織改善効果がより強められたためと推定される。
【0022】
上記のような磁束密度の向上効果は、Snの代わりにSbを添加しても同様に得られた。これらの結果から、実質的にAlが無添加である状態で、SnもしくはSbを多く添加した鋼は、Seを低減することにより、磁束密度が大幅に向上することが分かった。ただし、Snを多く添加すると、冷間圧延における破断が問題となるため、冷間圧延性を確保するためには、NiとCrを合計で0.10%以下にしなければならない。また、磁束密度の向上効果をより高めるためには、仕上焼鈍を行う際の800〜900℃における昇温速度を20℃/s以下とすることが望ましい。さらに、Mnを多く含有する鋼を用いると磁束密度向上効果は高くなるが、高Si鋼で高い磁束密度向上効果を得るためにはMnを比較的多く添加する必要がある。
【0023】
本発明は、上記の新規な知見に基づきなされたもので、以下のような構成を有する。
1.質量%で、
C:0.0050%以下、
Si:6.00%以下、
Mn:0.050%以上3.00%以下、
P:0.100%以下、
S:0.0050%以下、
N:0.0050%以下、
Al:0.0050%以下、
Se:0.00030%以下並びに
NiおよびCrを合計で0.10%以下
を含有し、さらに、質量%で、
Sn:0.05%以上0.50%以下および/またはSb:0.05%以上0.50%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有することを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【0024】
2.前記成分組成は、さらに、
質量%で、
Ca:0.0001%以上0.03%以下、
REM:0.0001%以上0.03%以下および
Mg:0.0001%以上0.03%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記1に記載の無方向性電磁鋼板。
【0025】
3.前記成分組成は、さらに、下記(1)式を満足することを特徴とする、上記1または上記2に記載の無方向性電磁鋼板。
記
[Mn]≧0.176×[Si]-0.181 … (1)
ここで、
[Mn]は、質量%でのMnの含有量であり、
[Si]は、質量%でのSiの含有量である。
【0026】
4.質量%で、
C:0.0050%以下、
Si:6.00%以下、
Mn:0.050%以上3.00%以下、
P:0.100%以下、
S:0.0050%以下、
N:0.0050%以下、
Al:0.0050%以下、
Se:0.00030%以下並びに
NiおよびCrを合計で0.10%以下
を含有し、さらに、質量%で、
Sn:0.05%以上0.50%以下および/またはSb:0.05%以上0.50%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有する鋼スラブに熱間圧延を施して熱延鋼板とし、
該熱延鋼板を酸洗し、
酸洗を施した前記熱延鋼板に、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して冷延鋼板とし、
該冷延鋼板に仕上焼鈍を施した後にコーティングを施す無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
前記仕上焼鈍では、800〜900℃における昇温速度を20℃/s以下とすることを特徴とする、無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0027】
5.前記成分組成は、さらに、
質量%で、
Ca:0.0001%以上0.03%以下、
REM:0.0001%以上0.03%以下および
Mg:0.0001%以上0.03%以下
のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0028】
6.前記成分組成は、さらに、下記(1)式を満足することを特徴とする、上記4または上記5に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
記
[Mn]≧0.176×[Si]-0.181 … (1)
ここで、
[Mn]は、質量%でのMnの含有量であり、
[Si]は、質量%でのSiの含有量である。