【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0024】
<触媒の形状と触媒性能の関係について>
(実施例1)
実施例1のサンプルとして、表面に溝部を形成し(表面を劈開し)、溝部の内壁面に窒素原子をドープしたグラファイト(N−HOPG(窒素ドープ高配向性熱分解グラファイト))を準備した。このグラファイトは、上述した第一実施形態に係る酸素還元触媒のモデル触媒200に相当する。このモデル触媒200について、
図2(a)〜(c)を用いて説明する。
【0025】
図2(a)は、モデル触媒200の平面図である。
図2(b)は、
図2(a)のモデル触媒200の一部領域Rについて拡大し、その立体構造を示す図である。モデル触媒200は、グラファイト系の炭素部材(担体)201と、炭素部材の表面の溝部201aに形成されたピリジン型窒素ドープ部位202と、を有する窒素ドープグラファイトである。
【0026】
図2(c)は、窒素原子をグラファイトのエッジ部にドープする際のイメージ図である。この図のように、グラファイトのエッジ部(端部)を除いた部分をマスクMで覆い、N
2をイオン化して照射することにより、エッジ部に窒素原子を付着させる。
【0027】
グラファイト中の窒素の含有率を0.60at%とした。含有される窒素のうち、ピリジン型窒素の含有率を95%とし、グラファイト型窒素の含有率を5%とした。
【0028】
溝部としては、幅が10nm、深さが5000nmであり、一方向に延在する形状のものを形成した。
【0029】
(比較例1)
比較例1のサンプルとして、平坦な表面に窒素をドープしたグラファイト(grap−HOPG)を準備した。グラファイト中の窒素の含有率を0.73at%とした。含有される窒素のうち、ピリジン型窒素の含有率を82%とし、グラファイト型窒素の含有率を5at%とした。窒素種の構成以外については、実施例1と同条件とした。
【0030】
(比較例2、3)
比較例2、3のサンプルとして、それぞれ、表面に溝部を形成したグラファイト(edge−HOPG)、平坦な表面を有するグラファイト(clean−HOPG)を準備した。
【0031】
準備した各サンプルに対し、X線光電子分光(XPS)の測定を行った。
図3(a)は、測定によって得られたN(窒素)1sスペクトルを示すグラフである。グラフの横軸は、照射したX線を基準としたときの光電子のエネルギー(結合エネルギー)を示している。グラフの縦軸は、観測された光電子の個数(光電子強度)を示している。4つのスペクトルは、上段側から、実施例1(pyri−HOPG)、比較例1(grap−HOPG)、比較例2(edge−HOPG)、比較例3(clean−HOPG)の順に並んでいる。
【0032】
実施例1および比較例1と、比較例2および3との比較から、窒素ドープによって、スペクトルにピークが生じることが分かる。また、実施例1、比較例1では、互いに異なる位置に、それぞれ1つずつピークを有している。このことから、実施例1のサンプルには、ピリジン型窒素のみが主要な窒素種として含まれており、また、比較例1のサンプルには、グラファイト型窒素のみが主要な窒素種として含まれていることが分かる。
【0033】
図3(b)は、実施例1、比較例1〜3のサンプルに対して行った、酸素還元反応試験の結果を示すグラフである。グラフの横軸は、可逆水素電極を基準にして測定された電圧(ポテンシャル)を示している。グラフの縦軸は、電流密度を示している。ピリジン型窒素を多く含む実施例1のサンプルでは、他のサンプルに比べて大きいポテンシャル(電圧)で電流が流れ始めており、触媒活性が高いことが分かる。
【0034】
<触媒の活性点について>
ピリジン型窒素の導入によって、炭素材料のどの部位に活性点が形成されたのかを調べた。本発明者のこれまでの研究により、ピリジン型窒素が炭素材料に導入されると、ピリジン型窒素の隣のπ共役系を形成している炭素原子に局在化した電子準位が形成され、これがルイス塩基として機能することが示唆されている(非特許文献14)。このような部位に、酸素還元反応の最初の段階である酸素吸着が起こる可能性がある。
【0035】
上述した実施例1、比較例1〜3のモデル触媒を用いて、実際にピリジン型窒素の導入によってルイス塩基点が形成されるかどうかを、ルイス酸である二酸化炭素の吸着特性を調べることで検証した。なお、ルイス塩基は、電子対を供与する物質として定義される塩基である。
【0036】
図4は、昇温脱離計測(TPD)を行った結果を示すグラフである。昇温脱離計測とは、試料表面をガスに曝したのちに試料を加熱し、試料表面に吸着したガスのうちの一部を脱離させ、脱離するガスの量と脱離する温度を測定するものである。グラフの横軸、縦軸は、それぞれ脱離温度、脱離量(強度)を示している。4つのスペクトルは、上段側から、実施例1、比較例1〜3の順に並んでいる。グラフから、実施例1のスペクトルのみがピークを有しており、ピリジン型窒素を導入したグラファイトにのみ、二酸化炭素が吸着することが分かる。
【0037】
<窒素含有率と触媒性能の関係について>
(実施例2〜6、比較例4〜6)
表1に示すように、ピリジン型窒素、グラファイト型窒素の含有率を変えた実施例2〜6、比較例4〜6のサンプルを準備した。各サンプルを構成する炭素材料を、N−GNS(窒素ドープグラフェン)とした。炭素材料、各窒素種の含有率以外の構成については、実施例1と同条件とした。これらのサンプルに対して酸素還元反応試験を行った。
【0038】
【表1】
【0039】
図5は、実施例2〜6、比較例4〜6のサンプルに対して行った酸素還元反応活性試験の結果を示すグラフである。グラフの横軸、縦軸については、
図3(b)と同様である。ポテンシャル0.2V、0.3V、0.4Vのそれぞれの場合における、各サンプルの電流密度jを
図6(a)のグラフにプロットしている。このグラフの横軸は、ピリジン型窒素の含有率を示し、縦軸は電流密度を示している。
図6(b)のグラフは、
図5に示した結果から、1μA・cm
−2の電流密度が得られるときの各触媒の酸素還元反応開始電圧と、ピリジン型窒素量の相間関係を抽出したものである。
【0040】
図6(a)のグラフに示すように、0.2、0.3、0.4(V vs RHE)のどのポテンシャル値で見ても、ピリジン型窒素の導入量(含有率)に比例して、電流密度が減少していることが分かる。また、
図6(b)のグラフに示すように、ピリジン型窒素の導入量に比例して、酸素還元反応開始電圧が高くなっていることが分かる。
【0041】
<粉末状とした場合の触媒性能について>
(実施例7〜9)
実施例7〜9のサンプルとして、窒素をドープしたグラフェン(GNS)の粉末を準備した。実施例7〜9のサンプルにおけるグラフェン中の窒素の含有率を、それぞれ1.7at%、2.4at%、8.1at%とした。
【0042】
準備した各サンプルに対し、X線光電子分光の測定を行った。
図7は、測定によって得られたN1sスペクトルを示すグラフである。グラフの横軸、縦軸については、
図3(a)と同様である。3つのスペクトルは、上段側から、実施例7、8、9の順に並んでいる。
図3(a)に示した実施例1と同様に、実施例9のスペクトルは1つだけ大きいピークを有している。このことから、実施例9のサンプルには、ピリジン型窒素のみが主要な窒素種として含まれていることが分かる。
【0043】
図8(a)は、実施例7〜9のサンプルに対して行った、酸素還元反応試験の結果を示すグラフである。グラフの横軸、縦軸については、
図3(b)と同様である。ピリジン型窒素を多く含む実施例9のサンプルでは、実施例7、8のサンプルに比べて大きいポテンシャル(電圧)で電流が流れ始めており、特に触媒活性が高いことが分かる。
【0044】
図8(b)は、ポテンシャル0.5V、0.6V、0.7Vのそれぞれの場合における、各サンプルの電流密度jをプロットしたグラフである。グラフの横軸、縦軸については、
図6(a)と同様である。
図8(b)のグラフに示すように、0.5、0.6、0.7(V vs RHE)のどのポテンシャル値で見ても、ピリジン型窒素の導入量に比例して、電流密度が減少していることが分かる。この結果は、モデル触媒で明確に得られた結果が、粉末触媒においても得られていることを示している。以上の結果により、グラファイトやグラフェンなどの炭素材料に触媒活性点を形成している窒素種が、ピリジン型窒素であることを特定することができた。
【0045】
次に、X線光電子分光(XPS)測定により、酸素還元反応試験の前後で、実施例1の試料(HOPG試料)の窒素の状態がどのように変わるか調べた。その結果を
図9(a)、(b)に示す。
【0046】
図9(a)は、測定によって得られたN1sスペクトルを示すグラフである。グラフの横軸、縦軸については、
図3(a)と同様である。上段側のグラフの3つのスペクトルは、反応試験前のものであり、下段側のグラフの3つのスペクトルは、反応試験後のものである。
【0047】
各グラフにおいて、スペクトルのピークの位置(結合エネルギーの値)から、そのスペクトルを与える組成を特定することができる。結合エネルギー398.5eVでピークを有するスペクトルが、ピリジン型窒素に対応し、結合エネルギー401eVでピークを有するスペクトルが、グラファイト型窒素に対応している。また、結合エネルギー400eVでピークを有するスペクトルが、OH基に対応している。
【0048】
2つのグラフの比較から、反応試験によって、ピリジン型窒素、グラファイト型窒素の強度が減少し、OH基の強度が増加していることが分かる。これに伴って、3つのスペクトルをまとめた全体のスペクトルの最大ピークの位置は、398.5eVから400.2eVに変わっている。また、反応試験によって、窒素の含有率が5.48at%から3.33at%に減少していることも分かる。
【0049】
図9(b)は、酸素還元反応試験の前後における分子構造の変化を模式的に示した図である。左側に示した構造が反応試験前のものに対応し、右側に示した構造が反応試験後のものに対応している。
図9(a)に示した結果から、窒素のコアレベルが398.5eV付近にピークを有するピリジン型窒素の割合が減少し、400.2eV付近にピークを有するピリドン型窒素の割合が増加したことにより、
図9(b)に示すように、酸素還元反応によって、ピリジン型窒素の隣の炭素に反応の中間体と考えられるOH基が形成されていることが分かる。
【0050】
図9に示した結果により、窒素ドープ炭素材料の酸素還元反応に対する触媒活性点は、ピリジン型窒素の隣のルイス塩基となっている炭素原子であると結論付けられる。
【0051】
窒素ドープ炭素材料で起こっていると考えられる酸素還元反応の触媒サイクルを、
図10に模式的に示す。酸素還元反応の過程には、ピリジン型窒素の隣のルイス塩基となっている炭素に酸素分子が吸着され、逐次的に還元されて過酸化水素になる2電子過程のサイクルと、水になる4電子過程のサイクルの両方が含まれていると考えられる。
【0052】
<吸着させるピリジン型窒素含有分子と触媒性能の関係について>
(実施例10〜13、比較例3)
実施例10〜13として、それぞれ異なるピリジン型窒素含有分子を、分子吸着型HOPG(高配向性熱分解グラファイト)に吸着させたサンプルを準備した。この吸着は、実施例10〜13のHOPGに対して、それぞれ異なるピリジン型窒素含有分子を有機溶媒に溶かして得た液体を滴下して行った。
【0053】
実施例10〜13において、滴下する液体に溶かすピリジン型窒素含有分子を、それぞれ、アザカリックス[3]ピリジン、フェナントロリン、アクリジン、ジベンゾ[a,c]アクリジンとした。
【0054】
実施例10〜13のそれぞれにおいて、液体の滴下を2〜4回行った。滴下時間を10〜60秒とした。有機溶媒としては、アザカリックス[3]ピリジンにはクロロホルム、フェナントロリンにはエタノール、アクリジンにはエタノール、ジベンゾ[a,c]アクリジンにはジクロロメタンを用いた。滴下した液体中の窒素の含有量を、表面炭素数の1〜2倍程度とした。
【0055】
図11は、実施例10〜13、比較例3のサンプルに対して行った、酸素還元反応試験の結果を示すグラフである。グラフの横軸、縦軸については、
図3(b)と同様である。ピリジン型窒素含有分子ジベンゾ[a,c]アクリジンを用いた実施例13のサンプルでは、他のサンプルに比べて大きいポテンシャル(電圧)で電流が流れ始めており、特に触媒活性が高いことが分かる。
【0056】
図12は、実施例13として用いたサンプルを形成する際に、ピリジン型窒素含有分子を含む液体の滴下に費やした時間(drop times)と、最終形態の窒素ドープグラファイトにおけるピリジン型窒素の含有率との関係を示すグラフである。グラフの横軸は滴下時間(秒)を示し、縦軸は含有率を示している。グラフから、滴下時間が4秒以上6秒以下の範囲で、含有率が最大となっていることが分かる。
【0057】
図13は、実施例13として用いたサンプルの表面のうち、窒素含有分子層を有している溝部の内壁面のSTM像である。
図14は、比較例3として用いたサンプルの表面のSTM像である。比較例3のサンプルの表面は窒素含有分子層を有していない。
図13、14の(a)〜(d)に示す4つの画像は、それぞれ、測定領域のサイズ、測定条件(電流、電圧)を次のように設定して得られたものである。
(a):34[nm]×34[nm]、3.1[nA]、−95[mV]
(b):15[nm]×15[nm]、3.1[nA]、−95[mV]
(c):8[nm]×8[nm]、3.1[nA]、−95[mV]
(d):5[nm]×5[nm]、3.1[nA]、−95[mV]
【0058】
窒素含有分子層を有している場合(
図13)、窒素含有分子層を有していない場合(
図14)と異なるSTM像が得られている。窒素含有分子層を構成する分子は、自己組織化している可能性がある。
【0059】
<担体と触媒性能の関係について>
(実施例13〜18、比較例4)
実施例13〜18、比較例4として、それぞれ異なる分子吸着型の炭素材料(担体)に、ピリジン型窒素含有分子を吸着させたサンプルを準備した。炭素材料以外の構成については、実施例1と同条件とした炭素材料としては、表面積が70m
2/gのカーボンブラック(CB)、表面積が750m
2/gのグラフェンナノシート(GNS)を用いた。
【0060】
実施例13、14では、ピリジン型窒素含有分子として、いずれもジベンゾ[a,c]アクリジン(Dibenz[a,c]acridine)を用い、これをエタノールに溶かして、それぞれカーボンブラック、グラフェンナノシートに滴下した。
【0061】
実施例15、16では、ピリジン型窒素含有分子として、いずれもジピリドフェナジン(Dipyridophenazine)を用い、これをエタノールに溶かして、それぞれカーボンブラック、グラフェンナノシートに滴下した。
【0062】
実施例17、18では、ピリジン型窒素含有分子として、いずれも1.10−フェナントロリン(1.10−phenanthroline)を用い、これをエタノールに溶かして、それぞれカーボンブラック、グラフェンナノシートに滴下した。
【0063】
比較例4では、ピリジン型窒素含有分子の溶液を滴下していないグラフェンナノシートを用いた。
【0064】
実施例13〜18、比較例4のサンプルに対して、ピリジン型窒素の含有率、触媒としての比活性について調べた結果を、表2に示す。比活性は、酸素還元反応における電流密度、すなわち酸素還元反応で置き換わる電子数を、単位面積当たりのピリジン型窒素原子数で割ったものとして定義されるものであり、下記の関係式(1)にしたがって算出した。
【0065】
【数1】
【0066】
【表2】
【0067】
同じピリジン型窒素含有分子を用いた場合の比活性同士を比較すると、担体としてグラフェンナノシートを用いるよりも、カーボンブラックを用いた方が高いことが分かる。なお、グラフェンナノシートとカーボンブラックとで、吸着されているピリジン型窒素含有分子の総数の比を見積もったところ、10:50であった。
【0068】
担体としてカーボンブラックを用いた場合(実施例13、15、17)について、ピリジン型窒素の含有率と比活性の関係を
図15のグラフに示す。グラフの横軸が含有率を示し、縦軸が比活性を示している。各プロットに付している番号〔1〕〜〔8〕の含有率に対応する、ピリジン型窒素含有分子の組成式〔1〕〜〔8〕を以下に示す。
【0069】
【化1】
【0070】
【化2】
【0071】
【化3】
【0072】
【化4】
【0073】
【化5】
【0074】
【化6】
【0075】
【化7】
【0076】
【化8】
【0077】
下記の化学式〔9〕は、以上で示したピリジン型窒素含有分子のうち、ベンゼン環3つで構成される分子を、比活性の大きい方から順に並べたものである。各分子の化学式の下の数値は、比活性を示している。化学式〔9〕から、ピリジン型窒素含有分子として1.10−フェナントロリンを用いた場合(実施例17、18)に、触媒としての比活性が著しく向上することが分かる。なお、ここでは、0.3Vの電位で測定した場合における、各分子の比活性の大小関係について例示しているが、他の電位で測定した場合にも同様の結果が得られている。
【0078】
【化9】