【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明は下記の実施例の範囲に限定されることはない。
【0030】
本実施例では、下記式(2)及び式(3)で表される2種類の化合物を用いた。
【0031】
【化6】
【0032】
式(2)で表される化合物NEt-3IBは、RXRフルアゴニストであり、既存のRXRフルアゴニストに比べ、肝肥大、トリグリセリド上昇を生じないことが報告されている。また、経口投与吸収性が低いことについても報告されている。
【0033】
NEt-3IBの経口投与吸収性が低いことに鑑み、炎症性腸疾患に対する効果は低いものと予想された。しかしながら驚くべきことに、以下の実施例に示されるように、NEt-3IBの大腸移行性が高いことを見出し、その結果、既存薬であるRXRフルアゴニストのbexaroteneに比べ、顕著な抗炎症作用を示しながらも、トリグリセリド上昇等の副作用を軽減できることを明らかにした。
【0034】
【化7】
【0035】
式(3)で表される化合物NEt-3MEは、NEt-3IBより受容体活性化が弱いRXRアゴニストである。
【0036】
[実施例1]薬物の血中濃度測定
1. 6週齢(体重15-25g)の雄性ICRマウスを、実験前日夕方より絶食させ、下記2で調製した化合物溶液を10mL/kgの容量で胃ゾンデによって経口投与し、投与後0,1,3,6時間後、エーテル麻酔を行い、腹部を切り開いて大静脈より血液を採取し、ヘパリン処理チューブに移し、5分間5000rpmで遠心分離を行って、血漿100μLを採取した。各投与群には5匹ずつのマウスを用いた。
2. 化合物投与量は、1匹あたり30、3、0.3mg/kgで行った。投与する化合物は、終濃度1%量のエタノールで溶かし、0.5%カルボキシメチルセルロース(CMC)溶液に懸濁することにより調製した。
3. 血漿100μLに酢酸アンモニウム緩衝液(酢酸アンモニウム5mMに酢酸を加え、pHを5に調整したもの)を100μL加え、酢酸エチルを1mL加えた。それを30秒間ボルテックスにかけ、室温で10分間放置したのち30秒間遠心し、上清液800μLを取り、遠心エバポレーターで濃縮した。残さは、-20℃で保存した。
4. -20℃で保存されたサンプルにメタノールを100μL加え、30秒間ボルテックスにかけ、30秒間遠心を行い、サンプル20μLの化合物濃度をHPLCもしくはLCMSにて測定した。
【0037】
得られた結果を、
図1に示す。3mg/kgでの単回投与ではNEt-3IBの血中濃度はいずれの投与時間においても100nMに達せず、
図2を参照すれば、RXRを50%程度しか活性化しなかったことがわかる。
図2は、非特許文献2より引用した。
【0038】
[実施例2]糞便中の薬物濃度測定
1. 6週齢(体重35-40g)の雄性ICRマウスを各投与群4匹ずつ用いた。
2. 経口投与溶液は、終濃度1%となる量のエタノールで溶解し、0.5%カルボキシメチルセルロース(CMC)溶液に懸濁することにより調製した。
3. 各マウスとも、1匹ずつケージにて飼育した。餌および水については、自由に摂食、飲水させた。
4. 毎朝10時に体重測定した後、評価薬物をゾンデにて強制経口投与した。
5. 翌日より3日間、各ケージの糞を回収した。
6. 40℃にて減圧乾燥させた糞100mgを乳鉢にてすりつぶした後、HPLC用メタノール1.5mLを加え、20分間超音波抽出した。
7. 抽出後、4℃にて1,500×gにて20分間遠心した。
8. 遠心後、上清1mLをシリンジフィルターにてろ過し、2mLエッペンチューブに注いだ。
9. LC/MS(API4000
TM)にて、上記メタノール抽出物中のNEt-3IBの濃度を測定した。これを糞100mgあたりの濃度に換算した。
10. 上記糞100mgを100μLと見なして、メタノール1.5mLでの抽出を施したことから、LC/MSによって得られたメタノール中濃度を16倍することによって、糞中濃度とした。
【0039】
[実施例3]大腸中の薬物濃度測定
1. [実施例2]にて用いたマウスについて、最後の投薬(投薬3日目)の翌日に、エーテルにて安楽死させた後、大腸を切り出した。
2. 切り出した大腸内の糞を取り除いた後、大腸内をPBSにて洗浄した。余分な水分をキムワイプにて除いた。
3. 上記大腸約200mgを正確に2mLエッペンチューブに投入した。
4. 上記エッペンチューブにHPLC用メタノール800μLを加えた後、ホモジナイザーで粉砕した。さらに、加えられたメタノールの全体積が大腸体積の5倍になるように、メタノールを追加した。
5. 20分間超音波抽出した。
6. 抽出後、4℃にて1,500×gにて20分間遠心した。
7. 遠心後、上清約1mLをシリンジフィルターにてろ過し、2mLエッペンチューブに注いだ。
8. LC/MS(API4000
TM)にて、上記メタノール抽出物中のNEt-3IBの濃度を測定した。
9. 上記大腸200mgを200μLと見なして、メタノール800mLでの抽出を施したことから、LC/MSによって得られたメタノール中濃度を5倍することによって、大腸中濃度とした。
【0040】
実施例2で得られた糞中のNEt-3IB濃度は、第1日目が40±6μM、第2日目が33±4μM、第3日目が22±1μMであった。また、実施例3で得られた3日間投与翌日の大腸中のNEt-3IBの濃度は2.7±0.3nMであった。これらの結果に示される通り、糞便中に顕著なNEt-3IBの存在が認められ、その濃度には反復投与による上昇は認められなかった。
【0041】
[実施例4]DSS大腸炎モデルマウスの作成ならびに薬効・副作用評価(1)
1. 6週齢(体重20g)の雄性C57BL/6マウスを購入し、5-7日間馴化させた。
2. 1群5-6匹で各群間の平均体重をそろえた。
3. DSS非投与群(normal)には、0.22μMメンブレンフィルターでろ過したミネラルウォーターを自由飲水させた。DSS非投与群(vehicle及び薬物投与群)には、0.22μMメンブレンフィルターでろ過した2%のデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を含有するミネラルウォーターを6日間自由飲水させ、その後は0.22μMメンブレンフィルターでろ過したミネラルウォーターを自由飲水させた。
4. DSS自由飲水開始時より、毎日体重を測定した後、評価薬物を経口投与した。
5. 評価薬物としては、5-アミノサリチル酸(5-ASA;100mg/kg/day)、RXRフルアゴニストであるbexarotene(10mg/kg/day)、RXRフルアゴニストであるNEt-3IBを10mg/kg/day、3mg/kg/day、1mg/kg/dayで投与した。
6. 経口投与溶液は、終濃度1%となる量のエタノールで溶解し、0.5%カルボキシメチルセルロース(CMC)溶液で懸濁することにより調整した。
7. 薬物の投与を11日間行い、その翌日に、マウスをジエチルエーテルにより安楽死させ、採血し、解剖した。大腸及び脾臓を摘出し、大腸長を測定し、大腸及び脾臓の写真を撮影した。大腸の一部は切片を作成して写真撮影した。
8. 採血された血液はヘパリン処理により血漿とし、血中トリグリセリド(TG)測定に用いた。
【0042】
図3に、マウスの体重変化を示す。
図4に大腸長を示す。
図5に血中TG濃度を示す。また
図6に大腸と脾臓の写真及び大腸切片像を示す。5-アミノサリチル酸は100mg/kg/dayの投与にも関わらず、体重減少、大腸長の回復を見せなかった。NEt-3IBでは、Bexaroteneに比べ10mg/kg/dayの反復経口投与において顕著な体重減少に対する改善、および大腸長の回復を示した。またNEt-3IBでは、bexaroteneに比べ血中TGの上昇が抑制された。
【0043】
[実施例5]DSS大腸炎モデルマウスの作成ならびに薬効・副作用評価(2)
実施例4において、DSS濃度を3%とし、NEt-3IB(10mg/kg/day)に加えて、比較対照薬物としてステロイド系抗炎症薬であるprednisolone(10mg/kg/day)を投与した以外は実施例4と同様にして試験した。
【0044】
図7にマウスの体重変化を示し、
図8に大腸長を示す。prednisoloneは10mg/kg/dayの経口投与では抗炎症作用が見られないのに対し、NEt-3IBは顕著な体重減少抑制に加えて、大腸長の回復も認められた。
【0045】
[実施例6] DSS大腸炎モデルマウスの作成ならびに薬効・副作用評価(3)
実施例4において、NEt-3IB(10mg/kg/day)に加えて、NEt-3ME(30mg/kg/day)、及び比較対照薬物として抗炎症薬であるサラゾスルファピリジン(SASP)(200mg×2/kg/day)を投与した以外は実施例4と同様にして試験した。
【0046】
図9にマウスの体重変化を示す。炎症性腸疾患の既存薬であるSASPでは、vehicleに比べて改善効果が認められないが、NEt-3IB、NEt-3MEともに体重減少が抑制され、腸炎が抑制されていることが示唆された。NEt-3MEは、NEt-3IBの3倍の量を用いた時に、NEt-3IBと同程度の効果を示した。
【0047】
[実施例7]LPS刺激NO産生に対する抑制効果(Griessアッセイ)
(1日目)96wellプレートに、Raw264.7細胞を1.0×10
5cells/wellで播種した。
(2日目)LPS(リポポリサッカライド)(100ng/mL)と各RXRをDMSO(最終濃度0.1%)で添加し、48hインキュベートした。
(4日目)培養上清50μLをGriess法(PROMEGA G2930を利用)によりNO(一酸化窒素)濃度を測定した。
【0048】
結果を
図10に示す。図中記載のRUは、prednisoloneの標的分子であるグルココルチコイド受容体(GR)に対する拮抗薬であるRU486を1μM併用したことを意味する。Raw264.7細胞にLPS刺激することで生じるNOは、プレドニゾンロン、またRXRアゴニストであるNEt-3IBよっても阻害された。プレドニゾンロンによるNO産生抑制作用はGR拮抗薬であるRU486の併用により阻害されたのに対し、NEt-3IBのそれは阻害されなかった。このことから、NEt-3IBによるNO産生抑制作用はGRを分子標的としていないことが示唆された。したがって、GRを介することによる副作用である感染症誘発、ムーンフェイス、糖尿病などの発生を抑制できる可能性も示唆された。
【0049】
[実施例8] NFκB転写活性抑制(レポーターアッセイ)
NFκBの転写応答配列の下流に分泌型アルカリホスファターゼ(SEAP)遺伝子を組み込んだ組換えRAW264.7細胞を用いて、RXRアゴニストであるNEt-3IBならびにbexaroteneによるNFκB転写に対する抑制作用を調べた。実験には、Novus biologicals、LLCより販売されているNFκB/SEAPorter RAW Cell Lineを用いた。
【0050】
(1日目)96wellプレートに、RAW(NF-κB-SEAP)細胞を5×10
5cells/wellで播種し、37℃で5%CO
2培養した。
(2日目)LPS(100ng/mL)及び試験化合物を添加し、37℃で5%CO
2培養した。このとき、LPSはPBS溶液として、試験化合物はDMSO溶液としてストックし、PBS及びDMSOの終濃度がいずれも0.5%になるように添加した。
(3日目)1. LPS及び試験化合物添加の24時間後、培養上清25μLを96穴白色プレートに分注し、SEAP活性の測定に使用した。このとき、バックグラウンドとして使用するため、培地のみ(細胞を播種しなかった)のウェルからも上清をとった。また、透明プレートに残った細胞でMTTアッセイを行い、SEAP活性を細胞数で補正した。
2. 分注した培養上清に1 x Dilution bufferを25μL/well加え、ウェルをテープで覆い、65℃に設定した乾燥機で30分インキュベートした。
3. プレートを乾燥機から取り出し、4℃にて15分インキュベートした。
4. テープをはがし、Substrate solutionを10μL/well加え、攪拌し、遮光して室温で60分インキュベートした。
5. 蛍光プレートリーダーでEx/Em = 360/465nmの蛍光を測定した。
【0051】
結果を
図11に示す。その結果、いずれのRXRアゴニストとも、0.1μM以上であれば、不完全ではあるがNFκB転写活性を抑制することが示された。
【0052】
いずれの動物実験とも、岡山大学動物実験委員会の審査を受け実施した。
【0053】
以上詳述したように、NEt-3IBは糞便中へ移行し、血中濃度がRXRに対するEC50値を下回る1mg/kg/dayでの反復経口投与においてもDSS腸炎において顕著な抗炎症効果を示した。また、当該薬物による血中トリグリセリド上昇は、既存薬であるRXRアゴニストbexaroteneやprednisoloneに比べ軽減した。以上から、炎症性腸疾患の予防および治療の有効成分としての作用が期待できるため、このような医薬として利用することができる。