(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6804801
(24)【登録日】2020年12月7日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】樹脂成形品のそり変形防止設計方法、プログラム、記録媒体、および樹脂成形品のそり変形防止設計装置
(51)【国際特許分類】
B29C 45/76 20060101AFI20201214BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20201214BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20201214BHJP
【FI】
B29C45/76
G06F17/50 612H
G06F17/50 612C
【請求項の数】6
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2016-174016(P2016-174016)
(22)【出願日】2016年9月6日
(65)【公開番号】特開2018-39165(P2018-39165A)
(43)【公開日】2018年3月15日
【審査請求日】2019年5月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000219314
【氏名又は名称】東レエンジニアリング株式会社
(72)【発明者】
【氏名】中野 亮
(72)【発明者】
【氏名】山川 耕志郎
(72)【発明者】
【氏名】百濟 彰
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 隼
【審査官】
菅原 洋平
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−268428(JP,A)
【文献】
特開平10−154169(JP,A)
【文献】
特開2014−228475(JP,A)
【文献】
特表2006−523351(JP,A)
【文献】
欧州特許出願公開第01385103(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 45/00−45/84、43/00−43/58
G06N 7/00−7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プログラムされたコンピュータによって樹脂成形品の設計を行う方法であって、
前記成形品を複数の微小要素に分割する工程と、
前記成形品のそり変形に対する少なくとも一部の前記微小要素の感度値を算出する工程と、
前記感度値の分布を表示する工程と、
成形品のそりを評価する位置と方向を入力する工程を含み、前記感度値を算出する工程では当該評価位置と方向の前記そり変形に対する少なくとも一部の前記微小要素の感度値を算出することを特徴とする樹脂成形品のそり変形防止設計方法。
【請求項2】
樹脂成形CAEにより前記そり変形を解析する工程を含むことを特徴とする、請求項1に記載の樹脂成形品のそり変形防止設計方法。
【請求項3】
前記微小要素の感度値を算出する際に、随伴変数法を用いることを特徴とする請求項1から2のいずれかに記載の樹脂成形品のそり変形防止設計方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の樹脂成形品のそり変形防止設計方法の各工程をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項5】
請求項4に記載のプログラムを記録したコンピュータ読みとり可能な記録媒体。
【請求項6】
請求項1から3のいずれかに記載のそり変形防止設計方法を実施する樹脂成形品のそり変形防止設計装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂成形品のそり変形を防止する設計のための数値解析シミュレーションに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に射出成形における成形過程をコンピュータ・シミュレーションにより再現する射出成形CAEが広く実用化されている。射出成形ではペレットと呼ばれる原料の樹脂材料を射出成形機で溶融し、高圧で金型内へ射出し、冷却後に金型を開いて成形品を取り出す。射出成形CAEは金型内での樹脂材料の圧力や温度、密度の変化を計算し、金型から離型した後に室温大気圧に至るまでの収縮と変形を解析する技術であり、商用のソフトウェアが市販され、広く活用されている。射出成形CAEの活用により、事前に成形不良を予測し対策を講じることによって、製品開発における高品質化、効率化、低コスト化に貢献している。
【0003】
射出成形CAEでは、まず成形品を3角形や4角形、4面体、6面体などの微小要素に分割し、流体の運動方程式として良く知られたナビエ・ストークス方程式またはその簡略化した式と、質量保存則やエネルギー方程式と呼ばれる基礎方程式とを用いて、有限要素法や差分法などの良く知られた数値解析手法により各微小要素の圧力や温度、流動速度などを計算する。続いて各微小要素の圧力や温度の履歴より、PVT線図と呼ばれる状態線図から各微小要素の体積の変化を算出し、その体積変化を各微小要素の熱応力荷重として与え、有限要素法や差分法などの良く知られた数値解析手法により成形品全体のそり変形を求めている。
【0004】
成形品のそり変形が予測された場合には、例えば一部の肉厚を変更したり、リブ補強を加えたり、成形条件を変更したり、材料の射出注入位置を変更したり、といった対策を加えて再度シミュレーションを繰り返し、変形の少ない形状設計や成形条件設定をコンピュータ上で試行錯誤することができる。このようなそり変形シミュレーションが一般的に行われている。
【0005】
また、特許文献1によれば、成形品形状をあらかじめ区分わけし、各区分の肉厚などの属性を変更した場合のそり解析を行い、変更前のそり変形と比較することでそり変形に対する属性変更の影響感度を求める方法が提案されている。また、特許文献2によれば、射出成形金型において成形機ノズルからキャビティへの樹脂の流路となる複数のランナーがある場合、各ランナー径が圧力におよぼす影響感度を計算し、圧力バランスを改善する方向にランナー径を最適化する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−268428号公報
【特許文献2】特開2004−148588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
成形品のそり変形シミュレーションを行ってそりが予測された場合、リブを追加する等の対策を講じることになるが、効果的なそり対策が得られるまで複数の対策を案出して繰り返しシミュレーションを行う必要がある。一般的な成形品は複雑形状であり、形状を表現するための微小要素の数が数百万となることも多く、一回のそり変形シミュレーションに要する時間も数時間から10時間以上に及ぶこともある。このため、シミュレーションで対策検討を行う試行錯誤の回数も限られることになり、効果的なそり変形防止対策が見出せないこともある。特に経験の浅い解析担当者や非専任者が検討を行う場合、そり変形の予測結果から対策を案出することは困難になるため、効率的なそり低減技術が求められている。
【0008】
先行技術の特許文献1では、形状を区分して属性を変更することで前記繰り返し計算を効率化しようとしているが、区分する段階でそり発生原因に対する知見が必要となり、不適切な区分や属性を指定することで十分なそり低減につながらないこともある。また区分を多くすると繰り返しの回数も増大し、効率も低下する。
【0009】
また、先行技術の特許文献2のように、あらかじめ設計変数となる部分や設計変数を設定して感度計算を行い最適化計算を行う手法が、たとえば“AMDESS for 3D TIMON”などの最適化ソフトウェアで実現されている。この手法でもあらかじめ設計変数を指定する必要があるため、そりの発生原因を予測し適切な変数を設定する必要がある。
【0010】
一般に、射出成形品のそり解析では、微小要素の個々の収縮の組み合わせとして全体の収縮変形を計算している。本発明は、成形品のどの部位の収縮がそり変形に強く影響しているのかを特別な知見なく事前に把握することで、その部位に直接対策を講じることによって最も効果的なそり防止を可能とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の樹脂成形品のそり変形防止設計方法は、プログラムされたコンピュータによって樹脂成形品の設計を行う方法であって、成形品を複数の微小要素に分割する工程と、前記成形品のそり変形に対する少なくとも一部の前記微小要素の感度値を算出する工程と、前記感度値の分布を表示する工程と、
成形品のそりを評価する位置と方向を入力する工程を含み、前記感度値を算出する工程では当該評価位置と方向の前記そり変形に対する少なくとも一部の前記微小要素の感度値を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、樹脂成形品を分割した微小要素の収縮がそり変形に及ぼす感度の分布を求めることで、効果的にそり変形を抑制する対策を講じることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】射出成形品の一例を微小要素に分割した様子の拡大図である。
【
図3】射出成形CAEによるそり解析結果の一例である。
【
図4】そり変形に対する収縮感度の分布を示す一例である。
【
図6】リブ追加形状に対する射出成形CAEによるそり解析結果である。
【
図8】射出成形品の別の一例に対する射出成形CAEによるそり解析結果である。
【
図9】そり変形に対する収縮感度の分布を示す一例である。
【
図10】射出成形品の別の一例に対して一部の肉厚を変更した形状である。
【
図11】肉厚を変更した形状に対する射出成形CAEによるそり解析結果である。
【
図12】本発明の実施の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0015】
図1に示す射出成形品1−1のそり変形を低減することを検討する。
【0016】
まず当該射出成形品形状データを3次元CADなどを用いて作成する。当該CADデータは形状を構成する点や直線、面などの情報により構成されている。
【0017】
次にこのCADデータをCAE用プリプロセッサと呼ばれるソフトウェアを用いて微小要素に分割し、解析モデルを作成する。
図2は解析モデルを微小要素に分割した様子を示す拡大図である。微小要素を作成するCAEプリプロセッサとしては例えば“3D TIMON-Pre”や“FEMAP”、“PATRAN”などの市販ソフトを活用できる。
【0018】
また、微小要素として3角形や4角形などの2次元要素や、三角錐、三角柱、6面体などの3次元要素が一般的に用いられる。微小要素の頂点を節点とよび、例えば
図2では6面体の微小要素2−1に分割しており、ひとつの要素は8つの節点から構成されている。
【0019】
次に射出成形CAEソフトウェアに前記解析モデルと材料物性データ、境界条件等よりなる解析条件を入力し、そり変形解析を行う。材料物性データとしては樹脂の粘度や熱伝導率などの熱物性や状態線図等を入力し、境界条件としてゲート位置、射出速度、射出温度、金型温度などを入力する。CAEソフトウェアにより射出成形中の樹脂温度、圧力、速度等の履歴が算出され、各微小要素の収縮ひずみが求められる。この収縮ひずみを全微小要素に与え、有限要素法などによる熱収縮解析を行うことでそり変形解析結果(第1のそり変形解析結果と呼ぶ)が得られる。そり変形解析の結果は各節点の変位量として算出され、
図3に示すようなそり変形形状3−1を有するそり変形図が得られる。変形をわかりやすくするため、
図3では節点変位量を一律に5倍して表示している。
図3の断面位置3−2における成形品端部のそり量は断面のそり変形形状3−3に示す通り1.0mmであった。
【0020】
続いて感度計算ソフトウェアにより、そり変形に対して各微小要素の収縮が及ぼす影響感度を計算する。感度の計算方法としては、たとえば以下の直接計算法が考えられる。
【0021】
まず微小要素1番の収縮のみを考慮し、他の微小要素の収縮はゼロとして前記第1のそり変形解析結果を得る工程と同様に熱収縮解析を行い、そり変形解析結果(第2のそり変形解析結果と呼ぶ)を求める。
【0022】
そりを評価する節点とそり方向を定め、前記第2のそり変形解析結果より当該評価節点のそり量を得る。これが評価節点のそりに対する微小要素1番の収縮が及ぼす影響感度となる。
【0023】
これを全微小要素について繰り返すことにより、当該評価節点のそりに対する全微小要素の感度が求められる。
【0024】
評価節点が複数ある場合は、第2のそり変形解析結果より複数の評価節点そり量の総和や平均値を感度とすることもできる。
【0025】
また、特に評価節点を定めない場合は以下のような感度評価の方法も考えられる。
【0026】
第1のそり変形解析結果より得られた各節点のX,Y,Z方向の変位量データを式(1)のように並べたベクトルVを準備する。
V={x1,y1,z1,x2,y2,z2,...xn,yn,zn} ・・・(1)
【0027】
式(1)中の添え字の数字は節点の番号を示している。たとえばx1は節点1番のx方向変位量を表す。次に微小要素1番の収縮による第2のそり変形解析結果にて得られた各節点の変位量データをベクトルV’1とする。そして式(2)のようにVとV’1の内積を全体のそりに対する微小要素1番の感度(そり変形感度(1))とする。これを全節点について繰り返すことで感度分布が得られる。
そり変形感度(1)=V・V’1 ・・・(2)
【0028】
前記直接計算法により感度値を求める際に、あらかじめ検討対象とする部位が限定される場合は、検討対象位置の微小要素についてのみ感度値を求めることも有効である。また感度値を求めるための別の形態としては、随伴変数法による手法を用いることもできる。随伴変数法によれば、式(3)に示す随伴方程式をλについて解き、式(4)により全節点の感度値をより効率的に求めることができる。
ここでgはそり評価値、Uは節点変位量、[K]は剛性行列、Fは荷重ベクトル、Aは設計変数である。
【0029】
式2によるそり変形感度を全節点について求め、コンター表示することにより
図4のようにそり変形に対する感度分布4−1が得られた。
【0030】
この場合はコーナー部分の収縮がそり変形に強く影響していることがわかる。そこで
図5のようにコーナー部の変形を防止するためのリブ5−1を射出成形品1−1に設ける形状修正を行い、CADデータを作成した。
【0031】
続いてこのCADデータを用いて前記同様にそり変形解析を行った結果、
図6に示すそり変形形状6−1のような解析結果を得ることができ、断面のそり変形形状6−2に見られるようにリブなしであった場合のそり変形量が1mmであったのに対し0.02mmに抑制される結果が得られた。
【0032】
また別の実施の形態として、
図7に示すような射出成形品の表側7−1と射出成形品の裏側7−2とを有する形状についてそり解析を行い、
図8のようにそり解析結果8−1を得た。続いてそり変形評価節点7−3、そり評価方向7−4を定め、式3によりλを求めて、式4により全節点の感度値を求め、コンター表示したところ
図9に示す感度分布図が得られた。
【0033】
図7に示すそり変形評価節点7−3のそりに対しては、
図9に示す領域9−1の収縮影響が大きいことが判明したので、
図10に示すような射出成形品の表側10−1は射出成形品の表側7−1と同形状であるが射出成形品の裏側10−2に肉厚変更部分10−3を有する肉抜き形状へ変更し、そり変形解析を行ったところ、
図11のそり解析結果11−1に示すように評価位置のそり量を変更前の0.7mmから、0.01mmに低下することができた。
【0034】
図12は、本発明の実施の手順を示すフローチャートである。
まず、3次元CADなどを用いて成形品形状のCADデータを作成する(ステップST001)。
【0035】
次に、CAEプリプロセッサを用いてCADデータを微小要素に分割し、解析モデルを作成する(ステップST002)。
【0036】
次に、前記解析モデルと材料物性データ、境界条件等よりなる解析条件を設定、入力し(ステップST003)、そり変形解析を行う(ステップST004)。
【0037】
次に、そり変形解析の結果を評価し(ステップST005)、満足できるスペックが得られた場合、ここでそり変形防止設計が終了するが、スペックが満足できない場合は、以下のステップを経て設計変更、再解析が行われる。
【0038】
まず、一つもしくは複数のそり変形評価節点およびそり評価方向を設定する(ステップST006)。
【0039】
次に、設定したそり変形評価節点およびそり評価方向に対し、少なくとも一部の前記微小要素における感度計算を行い(ステップST007)、感度分布表示を行う(ステップST008)。
【0040】
この感度分布表示が行われることにより、成形品のどの部位の収縮がそり変形に強く影響しているのかを把握できるので、適宜成形品形状の変更を3DCADデータ、もしくは解析条件に反映される(ステップST009)。この新たな解析条件にて再度そり変形解析を行い、そり変形解析結果を評価した結果、満足できるスペックが得られた場合、ここでそり変形防止設計が終了する。ここで、まだスペックが満足できない場合は、満足できるスペックが得られるまで上記感度分布表示、設計変更、再解析が行われる。
【0041】
以上のそり変形防止設計方法により、成形品形状を変更して繰り返し評価する前に微小要素の収縮がそり変形に及ぼす感度の分布を求めることによって成形品のどの部位の収縮がそり変形に強く影響しているのかを特別な知見なく事前に把握できるので、効果的にそり防止の設計を行うことが可能である。
【0042】
また、このそり変形防止設計方法をコンピュータに実行させるプログラム、当該プログラムを記録したコンピュータに読み取り可能な記録媒体、またはこのそり変形防止設計方法を実施するそり変形防止設計装置を用いることにより、同様に効果的にそり防止の設計を行うことが可能である。
【0043】
ここで、本発明の樹脂成形品のそり変形防止設計方法、プログラム、記録媒体、および樹脂成形品のそり変形防止設計装置は、以上で説明した形態に限らず本発明の範囲内において他の形態のものであってもよい。たとえば、本発明は、射出成形品だけでなく、プレス成形についても効果的に適用することができる。
【符号の説明】
【0044】
1−1 射出成形品
2−1 微小要素
3−1 そり変形形状
3−2 断面位置
3−3 断面のそり変形形状
4−1 感度分布
5−1 リブ
6−1 そり変形形状
6−2 断面のそり変形形状
7−1 射出成形品の表側
7−2 射出成形品の裏側
7−3 そり変形評価節点
7−4 そり評価方向
8−1 そり解析結果
9−1 領域
10−1 射出成形品の表側
10−2 射出成形品の裏側
10−3 肉厚変更部分
11−1 そり解析結果