(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
<エンジンシステムおよびガスセンサの概要>
図1は、本実施の形態に係る出力劣化抑制処理(詳細は後述する)の実行対象の一例としてのガスセンサ100を含んで構成されるディーゼルエンジンシステム(以下、単にエンジンシステムとも称する)1000の概略構成を模式的に示す図である。
【0022】
エンジンシステム1000は、ガスセンサ100と、温度センサ110と、ガスセンサ100を含めエンジンシステム1000全体の動作を制御する制御装置である電子制御装置200と、内燃機関の一種であるエンジン本体部300と、エンジン本体部300に燃料を噴射する複数の燃料噴射弁301と、燃料噴射弁301に対し燃料噴射を指示するための燃料噴射指示部400と、エンジン本体部300で生じた排ガス(エンジン排気)Gを外部へと排出する排気経路をなす排気管500と、排気管500の途中に設けられ、排ガスG中の未燃炭化水素ガスを酸化もしくは吸着させる白金やパラジウムなどの酸化触媒600とを、主として備える。なお、本実施の形態においては、相対的な意味において、排気管500においてその一方端側であるエンジン本体部300に近い位置を上流側と称し、エンジン本体部300と反対側に備わる排気口510に近い位置を下流側と称する。
【0023】
エンジンシステム1000は、典型的には自動車に搭載されるものであり、係る場合において、燃料噴射指示部400はアクセルペダルである。
【0024】
エンジンシステム1000においては、電子制御装置200が燃料噴射弁301に対し、燃料噴射指示信号sg1を発するようになっている。燃料噴射指示信号sg1は通常、エンジンシステム1000の動作時(運転時)に、燃料噴射指示部400から電子制御装置200に対し与えられる、所定量の燃料の噴射を要求する燃料噴射要求信号sg2に応じて発せられる(例えば、アクセルペダルが踏み込まれて、アクセル開度、吸気酸素量、エンジン回転数およびトルク等の多数のパラメーターを勘案した最適な燃料噴射が要求される)。
【0025】
また、エンジン本体部300から電子制御装置200に対しては、エンジン本体部300の内部における種々の状況をモニターするモニター信号sg3が、与えられるようになっている。
【0026】
なお、エンジンシステム1000が、ディーゼル機関である場合、エンジン本体部300から排出される排ガスGは、酸素濃度が10%程度であるO
2(酸素)過剰雰囲気のガスである。係る排ガスGは、具体的には、酸素および未燃炭化水素ガスのほか、窒素酸化物や、すす(黒鉛)などを含んでいる。なお、本明細書においては、未燃炭化水素ガスが酸化触媒600における吸着もしくは酸化の処理対象となるガス(対象ガス)であるとするが、係る未燃炭化水素ガスには、C
2H
4、C
3H
6、n−C8などの典型的な炭化水素ガス(化学式上、炭化水素に分類されるもの)に加えて、一酸化炭素(CO)も含むものとする。また、ガスセンサ100は、COを含め、対象ガスを好適に検知できるものである。ただし、CH
4は除外される。
【0027】
なお、エンジンシステム1000においては、酸化触媒600以外にも、排気管500の途中に一または複数の他の浄化装置700を備えていてもよい。
【0028】
酸化触媒600は、上流側から流れてきた排ガスG中の未燃炭化水素ガスを吸着もしくは酸化することで、該未燃炭化水素ガスが排気管500先端の排気口510から流出することを抑制するべく設けられてなる。
【0029】
ガスセンサ100は、排気管500において酸化触媒600よりも下流側に配設されて当該箇所における未燃炭化水素ガス濃度を検知する。温度センサ110は、酸化触媒600よりも上流側に配設されて当該箇所における排ガスGの温度(排気温度)を検知する。ガスセンサ100と、温度センサ110とはいずれも、一方端部が排気管500内に挿入される態様にて配設されてなる。
【0030】
ガスセンサ100から発せられた検知信号sg11と、温度センサ110から発せられた排気温度検知信号sg12とは、電子制御装置200に与えられる。これらの信号は、電子制御装置200に与えられ、エンジンシステム1000の動作制御に利用される。ガスセンサ100の構成例および劣化診断の詳細については後述する。一方、温度センサ110については、一般的なエンジンシステムにおいて排気温度の測定に用いられるような、従来公知のものを使用すればよい。
【0031】
電子制御装置200は、例えばメモリやHDDなどからなる図示しない記憶部を有してなり、係る記憶部には、エンジンシステム1000の動作を制御するプログラムなどが記憶されてなる。
【0032】
図2は、ガスセンサ100の主たる構成要素であるセンサ素子101の構成を模式的に示す図である。
図2(a)は、センサ素子101の長手方向に沿った垂直断面図である。また、
図2(b)は、
図2(a)のA−A’位置におけるセンサ素子101の長手方向に垂直な断面を含む図である。
【0033】
ガスセンサ100は、いわゆる混成電位型のガスセンサである。ガスセンサ100は、概略的にいえば、ジルコニア(ZrO
2)等の酸素イオン伝導性固体電解質たるセラミックスを主たる構成材料とするセンサ素子101の表面に設けた検知電極10と、該センサ素子101の内部に設けた基準電極20との間に、混成電位の原理に基づいて両電極近傍における測定対象たるガス成分の濃度の相違に起因して電位差が生じることを利用して、被測定ガス中の当該ガス成分の濃度を求めるものである。
【0034】
より具体的には、ガスセンサ100は、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンなどの内燃機関の排気管内に存在する排ガスを被測定ガスとし、該被測定ガス中の所定ガス成分の濃度を、好適に求めるためのものである。なお、被測定ガス中に複数種類の未燃炭化水素ガスが存在する場合は、検知電極10と基準電極20の間に生じる電位差はそれら複数種類の未燃炭化水素ガスの全てが寄与した値となるので、求められる濃度値も、それら複数種類の未燃炭化水素ガスの濃度の総和となる。
【0035】
また、センサ素子101には、上述した検知電極10および基準電極20に加えて、基準ガス導入層30と、基準ガス導入空間40と、表面保護層50とが主に設けられてなる。
【0036】
なお、センサ素子101は、それぞれが酸素イオン伝導性固体電解質からなる第1固体電解質層1と、第2固体電解質層2と、第3固体電解質層3と、第4固体電解質層4と、第5固体電解質層5と、第6固体電解質層6との6つの層を、図面視で下側からこの順に積層した構造を有し、かつ、主としてそれらの層間あるいは素子外周面に他の構成要素を設けてなるものとする。なお、それら6つの層を形成する固体電解質は緻密な気密のものである。係るセンサ素子101は、例えば、各層に対応するセラミックスグリーンシートに所定の加工および回路パターンの印刷などを行った後にそれらを積層し、さらに、焼成して一体化させることによって製造される。
【0037】
ただし、ガスセンサ100がセンサ素子101をこのような6つの層の積層体として備えることは必須の態様ではない。センサ素子101は、より多数あるいは少数の層の積層体として構成されていてもよいし、あるいは積層構造を有していなくともよい。
【0038】
以下の説明においては、便宜上、図面視で第6固体電解質層6の上側に位置する面をセンサ素子101の表面Saと称し、第1固体電解質層1の下側に位置する面をセンサ素子101の裏面Sbと称する。また、ガスセンサ100を使用して被測定ガス中の未燃炭化水素ガスの濃度を求める際には、センサ素子101の一方端部である先端部E1から少なくとも検知電極10を含む所定の範囲が、被測定ガス雰囲気中に配置され、他方端部である基端部E2を含むその他の部分は、被測定ガス雰囲気と接触しないように配置されるものとする。
【0039】
検知電極10は、被測定ガスを検知するための電極である。検知電極10は、Auを所定の比率で含むPt、つまりはPt−Au合金と、ジルコニアとの多孔質サーメット電極として形成されてなる。係る検知電極10は、センサ素子101の表面Saであって、長手方向の一方端部たる先端部E1寄りの位置に平面視略矩形状に設けられてなる。なお、ガスセンサ100が使用される際には、センサ素子101のうち、少なくとも係る検知電極10が設けられている部分までが、被測定ガス中に露出する態様にて配置される。
【0040】
また、検知電極10は、その構成材料たるPt−Au合金の組成を好適に定めることによって、所定の濃度範囲について、未燃炭化水素ガスの燃焼に対する触媒活性が不能化されてなる。つまりは、検知電極10での未燃炭化水素ガスの燃焼反応を抑制させられてなる。これにより、ガスセンサ100においては、検知電極10の電位が、電気化学反応によって当該濃度範囲の未燃炭化水素ガスに対して選択的に、その濃度に応じて変動する(相関を有する)ようになっている。換言すれば、検知電極10は、当該濃度範囲の未燃炭化水素ガスに対しては、電位の濃度依存性が高い一方で、他の被測定ガスの成分に対しては電位の濃度依存性が小さいという特性を有するように、設けられてなる。
【0041】
より詳細には、本実施の形態に係るガスセンサ100のセンサ素子101においては、検知電極10を構成するPt−Au合金粒子の表面におけるAu存在比を好適に定めることで、例えば0ppmC〜10000ppmCという濃度範囲のうちの少なくとも一部の濃度範囲において電位の濃度依存性が顕著であるように、検知電極10が設けられてなる。これはすなわち、検知電極10が、当該濃度範囲において未燃炭化水素ガスを好適に検知できるように設けられることを意味する。例えば、Au存在比を0.7以上とした場合には、4000ppmC以下の濃度範囲について未燃炭化水素ガスを好適に検知することができ、Au存在比を0.1以上0.7未満とした場合には、4000ppmC以上の濃度範囲について未燃炭化水素ガスを好適に検知することができる。
【0042】
なお、本明細書において、Au存在比とは、検知電極10を構成する貴金属(Pt−Au合金)粒子の表面のうち、Ptが露出している部分に対する、Auが被覆している部分の面積比率を意味している。本明細書においては、XPS(X線光電子分光法)により得られるAuとPtとについての検出ピークのピーク強度から、相対感度係数法を用いてAu存在比を算出するものとする。Ptが露出している部分の面積と、Auによって被覆されてなる部分の面積が等しいときに、Au存在比は1となる。
【0043】
基準電極20は、センサ素子101の内部に設けられた、被測定ガスの濃度を求める際に基準となる平面視略矩形状の電極である。基準電極20は、Ptとジルコニアとの多孔質サーメット電極として形成されてなる。
【0044】
なお、基準電極20は、気孔率が10%以上30%以下であり、厚みが5μm以上15μm以下であるように形成されればよい。また、基準電極20の平面サイズは、
図2に例示するように検知電極10に比して小さくてもよいし、検知電極10と同程度でもよい。
【0045】
基準ガス導入層30は、センサ素子101の内部において基準電極20を覆うように設けられた、多孔質のアルミナからなる層であり、基準ガス導入空間40は、センサ素子101の基端部E2側に設けられた内部空間である。基準ガス導入空間40には、未燃炭化水素ガス濃度を求める際の基準ガスとしての大気(酸素)が外部より導入される。
【0046】
これら基準ガス導入空間40と基準ガス導入層30は互いに連通しているので、ガスセンサ100が使用される際には基準ガス導入空間40および基準ガス導入層30を通じて基準電極20の周囲が絶えず大気(酸素)で満たされるようになっている。それゆえ、ガスセンサ100の使用時、基準電極20は、常に一定の電位を有してなる。
【0047】
なお、基準ガス導入空間40および基準ガス導入層30は周囲の固体電解質によって被測定ガスと接触しないようになっているので、検知電極10が被測定ガスに曝されている状態であっても、基準電極20が被測定ガスと接触することはない。
【0048】
図2に例示する場合であれば、センサ素子101の基端部E2の側において第5固体電解質層5の一部が外部と連通する空間とされる態様にて基準ガス導入空間40が設けられてなる。また、第5固体電解質層5と第6固体電解質層6との間においてセンサ素子101の長手方向に延在させる態様にて基準ガス導入層30が設けられてなる。そして、検知電極10の重心の図面視下方の位置に、基準電極20が設けられてなる。
【0049】
表面保護層50は、センサ素子101の表面Saにおいて少なくとも検知電極10を被覆する態様にて設けられた、アルミナからなる多孔質層である。表面保護層50は、ガスセンサ100の使用時に被測定ガスに連続的に曝されることによる検知電極10の劣化を抑制する電極保護層として設けられてなる。
図2に例示する場合においては、表面保護層50は、検知電極10のみならず、センサ素子101の表面Saのうち先端部E1から所定の範囲を除くほぼ全ての部分を覆う態様にて設けられてなる。
【0050】
また、
図2(b)に示すように、ガスセンサ100においては、検知電極10と基準電極20との間の電位差を測定可能な電位差計60が備わっている。なお、
図2(b)においては検知電極10および基準電極20と電位差計60との間の配線を簡略化して示しているが、実際のセンサ素子101においては、基端部E2側の表面Saもしくは裏面Sbに図示しない接続端子がそれぞれの電極に対応させて設けられてなるとともに、それぞれの電極と対応する接続端子とを結ぶ図示しない配線パターンが表面Saおよび素子内部に形成されてなる。そして、検知電極10および基準電極20と電位差計60とは配線パターンおよび接続端子を通じて電気的に接続されてなる。以降、電位差計60で測定される検知電極10と基準電極20との間の電位差をセンサ出力とも称する。
【0051】
さらに、センサ素子101は、固体電解質の酸素イオン伝導性を高めるために、センサ素子101を加熱して保温する温度調整の役割を担うヒータ部70を備えている。ヒータ部70は、ヒータ電極71と、ヒータ72と、スルーホール73と、ヒータ絶縁層74、圧力放散孔75とを備えている。
【0052】
ヒータ電極71は、センサ素子101の裏面Sb(
図2においては第1固体電解質層1の下面)に接する態様にて形成されてなる電極である。ヒータ電極71を図示しない外部電源と接続することによって、外部からヒータ部70へ給電することができるようになっている。
【0053】
ヒータ72は、センサ素子101の内部に設けられた電気抵抗体である。ヒータ72は、スルーホール73を介してヒータ電極71と接続されており、該ヒータ電極71を通して外部より給電されることにより発熱し、センサ素子101を形成する固体電解質の加熱と保温を行う。
【0054】
図2に例示する場合であれば、ヒータ72は第2固体電解質層2と第3固体電解質層3とに上下から挟まれた態様にて、かつ、基端部E2から先端部E1近傍の検知電極10の下方の位置に渡って埋設されてなる。これにより、センサ素子101全体を固体電解質が活性化する温度に調整することが可能となっている。
【0055】
ヒータ絶縁層74は、ヒータ72の上下面に、アルミナ等の絶縁体によって形成されてなる絶縁層である。ヒータ絶縁層74は、第2固体電解質層2とヒータ72との間の電気的絶縁性、および、第3固体電解質層3とヒータ72との間の電気的絶縁性を得る目的で形成されている。
【0056】
圧力放散孔75は、第3固体電解質層3および第4固体電解質層4を貫通し、基準ガス導入空間40に連通するように設けられてなる部位であり、ヒータ絶縁層74内の温度上昇に伴う内圧上昇を緩和する目的で形成されてなる。
【0057】
以上のような構成を有するガスセンサ100を用いて被測定ガスにおける未燃炭化水素ガス濃度を求める際には、上述したように、センサ素子101のうち先端部E1から少なくとも検知電極10を含む所定の範囲のみを、被測定ガスが存在する空間(
図1の場合であれば排気管500)に配置する一方で、基端部E2の側は当該空間とは隔絶させて配置し、基準ガス導入空間40に対し大気(酸素)を供給する。また、ヒータ72によりセンサ素子101を500℃〜600℃に加熱する。このときのセンサ素子101の加熱温度を駆動温度と称する。
【0058】
係る状態においては、被測定ガスに曝されてなる検知電極10と大気中に配置されてなる基準電極20との間に電位差が生じる。ただし、上述のように、大気(酸素濃度一定)雰囲気下に配置されてなる基準電極20の電位は一定に保たれている一方で、検知電極10の電位は、被測定ガス中の未燃炭化水素ガスに対して選択的に濃度依存性を有するものとなっているので、その電位差(センサ出力)は実質的に、検知電極10の周囲に存在する被測定ガスの組成に応じた値となる。それゆえ、未燃炭化水素ガス濃度と、センサ出力との間には一定の関数関係(これを感度特性と称する)が成り立つ。以降の説明においては、係る感度特性につき、検知電極10についての感度特性などと称することがある。
【0059】
実際に未燃炭化水素ガス濃度を求めるにあたっては、あらかじめ、それぞれの未燃炭化水素ガス濃度が既知である相異なる複数の混合ガスを被測定ガスとしてセンサ出力を測定することで、感度特性を実験的に特定し、電子制御装置200に記憶させておく。これにより、ガスセンサ100を実使用する際には、被測定ガス中の未燃炭化水素ガスの濃度に応じて時々刻々変化するセンサ出力を、電子制御装置200において感度特性に基づき未燃炭化水素ガス濃度に換算することによって、被測定ガス中の未燃炭化水素ガス濃度をほぼリアルタイムで求めることができる。
【0060】
<ガスセンサにおける出力劣化抑制処理>
次に、本実施の形態に係るガスセンサ100において行う、出力劣化抑制処理について説明する。本実施の形態において、出力劣化抑制処理とは、概略、ガスセンサ100を始動する(使用するべくガスセンサ100の駆動を開始する)際に、出力劣化ひいては測定精度の劣化を防ぐことを目的として行う、ガスセンサ100のセンサ素子101に対する加熱処理である。特に、
図1に示したようにガスセンサ100がエンジンシステム1000に備わる場合には、そのコールドスタートの際に行う処理である。以下においては、この場合を例として、説明を行う。
【0061】
まず、比較のため、出力劣化抑制処理を行わない場合について説明する。
図3は、出力劣化抑制処理を行わない場合における、ガスセンサ100のセンサ素子101についての、エンジンシステム1000のコールドスタート(キーオン)から停止(キーオフ)までの間の温度プロファイルPF1を示す図である。
【0062】
なお、
図3において、T=T0はセンサ素子101の初期温度であり、通常は外気温近傍の温度(最高でもせいぜい50℃程度)である。また、T=T1は、あらかじめ定められたセンサ素子101の駆動温度である。さらには、T=Taは、センサ素子101の温度が当該温度以上である場合には、センサ素子101の検知電極10に未燃炭化水素ガスが吸着しないという吸着閾値温度である。ただし、係る吸着閾値温度Taは必ずしも具体的に特定される必要は無く、駆動温度T1は、T1>Taが確実に実現されるように定められればよい。
【0063】
時刻t=0でキーオンがなされてエンジンシステム1000がコールドスタートされると、センサ素子101にも通電が開始され(つまりはセンサ素子101を含むガスセンサ100が始動され)、センサ素子101は、内部に備わるヒータ72によって(通常は外気温近傍の温度である)初期温度T0から駆動温度T1まで所定の昇温速度にて加熱される。
【0064】
一方で、コールドスタートされたエンジンシステム1000のエンジン本体部300からは排ガスが発生する。キーオン後しばらくは、係る排ガスの温度は低く、酸化触媒600は活性ではないため、排ガス中に含まれている未燃炭化水素ガスは酸化触媒600を通過し、ガスセンサ100の配置位置に到達する。そのため、t=0からセンサ素子101が吸着閾値温度Taに到達する時刻t=t1までの期間p1においては、未燃炭化水素ガスがセンサ素子101の検知電極10に吸着しやすい状態となっている。
【0065】
ただし、通常の場合、センサ素子101の駆動温度T1への到達の方が、酸化触媒600が活性化されるよりも早い。よって、時刻t=t1から酸化触媒600が活性化されるt=t2までの期間p2においては、未燃炭化水素ガスは酸化触媒600を通過するものの、センサ素子101の検知電極10には吸着しない状態となっている。
【0066】
時刻t=t2以降、時刻t=t3においてキーオフがなされるまでの期間p3においては、酸化触媒600は活性化されている。よって、未燃炭化水素ガスは酸化触媒600を通過せず、それゆえセンサ素子101の検知電極10には吸着しない状態となっている。期間p3は、エンジンシステム1000が通常の運転状態にある期間である。
【0067】
時刻t=t3においてキーオフがなされると、エンジン本体部300は停止し、センサ素子101においては、駆動温度T1を維持していたヒータ72による加熱も終了される。このとき、エンジン本体部300からの新たな排ガスの発生はなくなるが、一方で酸化触媒600の温度が低下するとともに、センサ素子101の温度も急激に低下して、吸着閾値温度Taよりも低くなる。そのため、時刻t=t3以降の期間p4においては、排気管500内に残存していた排ガス中の未燃炭化水素ガスがセンサ素子101の検知電極10に吸着しやすい状態となっている。なお、
図3においては期間p4の終端である時刻t=t4においてセンサ素子101の温度が初期温度T0に戻るものと例示しているが、キーオフ後にセンサ素子101が到達する温度は初期温度T0と同じとは限らない。
【0068】
以上に示すように、出力劣化抑制処理を行わない場合、キーオン時とキーオフ時の双方で、センサ素子101の検知電極10に、排ガス中に含まれる未燃炭化水素ガスが吸着しやすい状況となっている。エンジンシステム1000は通常、キーオンとキーオフとを繰り返しつつ使用されるので、長期間の使用により、検知電極10への未燃炭化水素ガスの吸着が経時的に進行することになる。係る態様での未燃炭化水素ガスの吸着の進行こそが、ガスセンサ100の測定精度の劣化の要因であると考えられる。そして、従来の回復処理は、係る経時的な未燃炭化水素ガスの吸着を、任意のタイミングで解消するべく行われる処理であるといえる。
【0069】
図4は、出力劣化抑制処理を行う場合における、ガスセンサ100のセンサ素子101についての、エンジン本体部300のコールドスタートから停止までの間の温度プロファイルPF2を示す図である。なお、
図4には、対比のため、温度プロファイルPF1および4つの期間p1〜p4も示している。
【0070】
本実施の形態に係る出力劣化抑制処理とは、具体的には、ガスセンサ100の始動時に、センサ素子101をいったん駆動温度T1よりも高い温度に加熱する処理である。
【0071】
具体的には、時刻t=0でエンジンシステム1000にキーオンがなされると、センサ素子101は、内部のヒータ72によって初期温度T0から所定の最高温度(最高到達温度)T2まで所定の昇温速度にて加熱される。
【0072】
好ましくは、係る場合の昇温速度は出力劣化抑制処理を行わない場合の昇温速度よりも大きく設定される。これは、吸着閾値温度Taに到達するまでの時間を短くすることによって、検知電極10への未燃炭化水素ガスの吸着を抑制するためである。
【0073】
なお、
図4においては、時刻t=taが、出力劣化抑制処理を行わない場合にセンサ素子101が吸着閾値温度Taに到達する時刻t=t1よりも後になっているが、これは必須の態様ではない。
【0074】
時刻t=taで最高温度T2に到達したセンサ素子101は、所定の時刻t=tbまでの所定の時間Δt=tb−taの間、当該最高温度T2に保たれたうえで、駆動温度T1まで降温される。なお、時間Δtを、最高温度キープ時間とも称する。センサ素子101が駆動温度に達した以降の温度プロファイルPF2の形状は、温度プロファイルPF1と同じである。
【0075】
このように、ガスセンサ100を使用する都度、その始動時に、出力劣化抑制処理として、センサ素子101を駆動温度T1よりも高い温度に加熱するようにした場合、センサ素子101が初期温度T0から吸着閾値温度Taに到達するまでの間と直前の使用時にキーオフした後の双方の期間において検知電極10に吸着していた未燃炭化水素ガスは、この出力劣化抑制処理によって脱離もしくは酸化されて、除去される。それゆえ、未燃炭化水素ガスの吸着に起因した出力劣化が好適に抑制された状態で、ガスセンサ100を使用することができる。これはすなわち、常に優れた精度で測定対象成分の濃度を測定できる、ということを意味する。
【0076】
換言すれば、係る出力劣化抑制処理はいわば、従来行われていた、継続的な使用によって劣化したガスセンサ100の出力を回復するための熱処理に相当する処理を、ガスセンサ100を使用する都度、その始動時に行うものであるといえる。係る態様にて出力劣化抑制処理を行うことで、検知電極10に対する未燃炭化水素ガスの付着の進行は抑制される。それゆえ、従来行っていた回復処理を行う必要がなくなる。
【0077】
また、従来の回復処理はエンジンシステム1000が定常運転状態にあるときに行うものであり、係る回復処理の間は、ガスセンサ100を使用することができなかったが、本実施の形態に係る出力劣化抑制処理は、酸化触媒600が活性ではないタイミングにて行うものであることから、エンジンシステム1000の定常運転時に、回復処理を理由としてガスセンサ100が使用不可となることはない。
【0078】
なお、
図4においては、時刻t=tbが、酸化触媒600が活性化される時刻t=t2よりも前になっており、かつ、センサ素子101の駆動温度T1への到達が、時刻t=t2よりも後になっているが、これらは必須の態様ではない。
【0079】
また、最高温度キープ時間Δt=tb−taは、0であってもよい。つまりは、時刻t=t1で最高温度T2に到達した時点で駆動温度T1まで降温される態様であってもよい。当然ながらこの場合はta=tbである。
【0080】
出力劣化抑制処理は、最高温度T2が駆動温度T1よりも高いほど、また、処理時間(特に最高温度キープ時間Δt)が長いほど、効果が大きい。ただし、具体的な最高温度T2の上限は検知電極10の材質等によって異なる。上述したように、検知電極10がPt−Au合金を含む場合であれば、最高温度T2の値は、850℃以下の範囲で定められるのが好ましい。最高温度T2が850℃よりも高いと、構成材料たる金の蒸発などによって検知電極10に変質、変形、破損などが生じてしまう可能性があるため、好ましくない。また、徒に最高温度キープ時間Δtを長くすることは、酸化触媒600が活性となっているにもかかわらずガスセンサ100が測定不可の状態のままとなるため、好ましくない。
【0081】
なお、種々の条件での出力劣化抑制処理の能力を評価する指標(処理能力評価値)として、温度プロファイルPF2において駆動温度T1よりも高い温度をとる範囲における、温度Tと駆動温度T1との差分値についての時間積分値(単位:℃・sec)を用いることができる。
図4に示す場合においては、斜線を付した
四角形領域PQSRの面積値が処理能力評価値に相当する。この処理能力評価値が大きいほど、ガスセンサ100における出力劣化が効果的に抑制されることが、本発明の発明者によって確認されている。
【0082】
例えば、センサ出力について許容される値の閾値(センサ出力閾値)を、センサ出力の絶対値もしくは初期の出力値に対する比率としてあらかじめ特定しておくとともに、このセンサ出力閾値よりも高いセンサ出力を可能とする出力劣化抑制処理の条件範囲のなかで定まる処理能力評価値の最小値を、処理能力評価値についての閾値としてあらかじめ特定しておくようにする。これにより、当該閾値を超える処理能力評価値を与える条件で出力劣化抑制処理を行いさえすれば、検知電極10への未燃炭化水素ガスの付着が原因となる出力劣化を、確実に抑制することができる。なお、具体的な処理能力評価値の閾値は、個々のガスセンサ100によって異なる値となる。
【0083】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、ガスセンサの始動時に、センサ素子を駆動温度よりも高い温度に加熱する出力劣化抑制処理を行うことで、使用不可となる時間を生じさせることなく、未燃炭化水素ガスの電極への吸着に起因して生じる、ガスセンサにおける経時的な出力の劣化を、好適に抑制することができる。
【0084】
<変形例>
上述の実施の形態においては、炭化水素ガスを測定対象成分とする混成電位型のガスセンサを例として、説明を行っているが、上述の実施の形態に係る出力劣化抑制処理の適用対象は、これに限られるものではない。他のガス種を測定対象成分とする混成電位型のガスセンサのみならず、比較的低温(例えば600℃以下)で駆動され、ガス成分の電極への吸着が生じ得る他のガスセンサ(例えば、酸素センサなど)に適用した場合にも、同様の作用効果が得られる。
【実施例】
【0085】
エンジン本体部300として排気量3Lのディーゼルエンジンを備えたエンジンシステム1000を用い、出力劣化抑制処理の条件とガスセンサ100の出力劣化の抑制度合いとの関係を評価した。
【0086】
具体的には、エンジンシステム1000を、コールドスタート後30分間所定の条件で運転した後に停止させ、その後24時間放置することによって外気温まで冷却する、という運転サイクルを、3サイクル目の運転が終了するまで繰り返すとともに、2サイクル目と3サイクル目のコールドスタート時にはガスセンサ100において出力劣化抑制処理を行うようにした。出力劣化抑制処理の条件は、処理を行わない場合も含め、10通り(No.1〜10)に違えた。そして、各サイクルにおける運転時の出力変化の相違の程度から、出力劣化抑制処理による出力劣化の抑制の度合い(劣化抑制度)を判定した。なお、センサ素子101の駆動温度T1は500℃に設定した。
【0087】
より詳細には、出力劣化抑制処理を行う場合については、初期温度T0から最高温度T2までの昇温速度と、最高温度T2から駆動温度T1までの降温速度はいずれも13.6℃/secに設定する一方、最高温度T2は850℃、750℃、650℃の3水準に違え、最高温度キープ時間Δtは0sec、30sec、60secの3水準に違えた。すなわち、出力劣化抑制処理については、全9通りに条件を違えた。また、出力劣化抑制処理を行わない場合の初期温度T0から駆動温度T1までの昇温速度は、10.5℃/secとした。
【0088】
表1に、全10通り(No.1〜10)の出力劣化抑制処理についての、最高温度T2と、最高
温度キープ時間Δtと、それぞれの場合の処理能力評価値と、劣化抑制度の判定結果とを、一覧にして示す。また、
図5および
図6は、No.1〜10の出力劣化抑制処理条件について、1サイクル目と3サイクル目の運転時のセンサ出力の時間変化を示す図である。前者がNo.1〜6の結果を示しており、後者がNo.7〜10の結果を示している。
【0089】
【表1】
【0090】
なお、劣化抑制度の判定は、
図5および
図6に示した1サイクル目と3サイクル目の運転時のセンサ出力の時間変化に基づいて行った。具体的には、30分間の運転の間、3サイクル目のセンサ出力の値が1サイクル目のセンサ出力値の80%以上であれば、出力劣化は十分に抑制されていると判定した。係る判定結果が得られた出力劣化抑制処理条件については、表1に「○」(丸印)を付している。また、3サイクル目のセンサ出力の値が1サイクル目のセンサ出力値の70%以上80%未満であれば、出力劣化はある程度は抑制されていると判定した。係る判定結果が得られた出力劣化抑制処理条件については、表1に「△」(三角印)を付している。一方、3サイクル目のセンサ出力の値が1サイクル目のセンサ出力値の70%未満であれば、出力劣化は抑制されていないと判定した。係る判定結果が得られた出力劣化抑制処理条件については、表1に「×」(バツ印)を付している。
【0091】
表1と
図5および
図6からは、最高温度T2が高いほど、最高温度キープ時間Δtが短い出力劣化抑制処理でも出力劣化が抑制できる傾向があることがわかる。これは、最高温度T2を高めることによって処理能力評価値を確保すれば、最高温度キープ時間Δtを短くできるということを意味する。
【0092】
具体的には、最高温度T2を650℃としたNo.7〜9の条件での出力劣化抑制処理の場合、出力劣化が十分に抑制できたのは、最高温度キープ時間Δtが60secであるNo.9の場合のみであるのに対し、最高温度T2を850℃としたNo.1〜3の条件での出力劣化抑制処理の場合には、最高温度キープ時間Δtが0secであるNo.1であっても、出力劣化が抑制されている。
【0093】
また、処理能力評価値と劣化抑制度との間には相関がある。具体的には、表1において劣化抑制度の欄に「○」が付された、出力劣化抑制処理条件(No.1、2、3、5、6、9)の場合、処理能力評価値は9000℃・sec以上であった。実際、
図5および
図6に示すように、1サイクル目と3サイクル目のセンサ出力にほとんど差異はなかった。なお、図示を省略した2サイクル目のセンサ出力についても同様であった。
【0094】
一方、表1において劣化抑制度の欄に「△」が付された、出力劣化抑制処理条件(No.4、8)の場合、処理能力評価値は4596℃・sec、6155℃・secと9000℃・sec未満であった。なお、図示を省略した2サイクル目のセンサ出力は、1サイクル目と3サイクル目のセンサ出力の中間程度であった。
【0095】
さらに、劣化抑制度の欄に「×」が付された、出力劣化抑制処理条件(No.7)の場合、処理能力評価値はおよそ1655℃・secに留まった。3サイクル目のセンサ出力プロファイルの形状は、出力劣化抑制処理を行わなかったNo.10の場合と類似した。
【0096】
以上の結果は、処理能力評価値が十分に高い条件で出力劣化抑制処理を行うようにすれば、少なくとも、未燃炭化水素ガスの付着を原因としたガスセンサ100の劣化は、抑制できることを示している。