特許第6805320号(P6805320)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6805320多層皮膜、その製造方法、及び多層皮膜が被覆された機械部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6805320
(24)【登録日】2020年12月7日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】多層皮膜、その製造方法、及び多層皮膜が被覆された機械部材
(51)【国際特許分類】
   B29C 45/00 20060101AFI20201214BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20201214BHJP
【FI】
   B29C45/00
   C23C14/06 N
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-209982(P2019-209982)
(22)【出願日】2019年11月20日
【審査請求日】2019年12月24日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】393023880
【氏名又は名称】浅井産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137338
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100196313
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 大輔
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 史人
(72)【発明者】
【氏名】小山 英俊
【審査官】 ▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第103029366(CN,A)
【文献】 特開2002−151110(JP,A)
【文献】 特開2018−159126(JP,A)
【文献】 特開2005−078796(JP,A)
【文献】 特開平11−016146(JP,A)
【文献】 特開2011−243257(JP,A)
【文献】 特開2010−257567(JP,A)
【文献】 特開2001−101649(JP,A)
【文献】 特開2012−224908(JP,A)
【文献】 特開平09−165635(JP,A)
【文献】 特開2005−187859(JP,A)
【文献】 特開2010−084202(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C45/00−45/24
B29C45/46−45/63
B29C45/70−45/72
B29C45/74−45/84
B29C48/00−48/96
C23C14/00−14/58
C23C16/00−16/56
H01L21/205、21/31、21/365
H01L21/469、21/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アモルファスのCr系皮膜と、
前記Cr系皮膜を被覆するアモルファスのNi系皮膜を含む多層皮膜が被覆してなる、射出成型機又は押し出し成型機用部材である、機械部材
【請求項2】
前記Cr系皮膜、及び/又はNi系皮膜が、窒素を含む、請求項に記載の機械部材
【請求項3】
前記Ni系皮膜のNi含有量が、50質量%以上である、請求項1又は2に記載の機械部材
【請求項4】
前記Ni系皮膜の表面におけるビッカース硬度が、Hv800以上である、請求項1〜3の何れか一項に記載の機械部材
【請求項5】
前記Cr系皮膜と、前記Ni系皮膜との界面におけるそれぞれのビッカース硬度の差の絶対値が0〜200である、請求項1〜4の何れか一項に記載の機械部材
【請求項6】
さらに、前記Ni系皮膜上に、第2のNi系皮膜を備える、請求項1〜5の何れか一項に記載の機械部材
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層皮膜、その製造方法、及び多層皮膜が被覆された機械部材に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック製品等の加工に用いられる装置として、射出成形機が一般に用いられている。射出成形機は、プラスチック製品の原料となる樹脂を溶解し、金型に流し込み、冷却して樹脂を固めることで、プラスチックを特定の形状に成形する。
【0003】
プラスチック製品の原料である樹脂の種類は数多く、中には、高温に曝すことでフッ素ガス等の腐食性のガスを放出する樹脂も存在する。したがって、射出成形機に使用されるスクリュー等の機械部材に使用される材料は、過酷なガス雰囲気下でも継続して使用するために、耐食性、耐摩耗性に優れていることが求められる。
【0004】
耐食性の高い部材としては、Ni(ニッケル)が提案されている。Niは、耐食性の高い材料であることが知られており、フッ素ガス存在下であっても、部材の高寿命化を図ることができる。
【0005】
例えば、特許文献1には、Ni、Cr、Siを特定の比率で含む耐食合金コーディング膜が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012−224908
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、このようなNi系皮膜は、機械部材に対する密着性に劣り、使用中に皮膜が剥がれてしまうことがあるという問題があった。皮膜が剥がれてしまうことで、Niが有する耐食性を享受することができなくなり、機械部材の寿命は短いままとなってしまう。
したがって、本発明の課題は、密着性に優れたNi系皮膜を含む皮膜を提供することにある。
【0008】
また、このようなNi系皮膜は、硬さがなく、耐摩耗性に劣るため、使用中にすり減ったり、部材が曲がってしまう恐れがあった。
したがって、本発明のさらなる課題は、耐摩耗性に優れたNi系皮膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究の結果、機械部材等の基材と、Ni系皮膜との間に、中間層としてCr系皮膜を用いることで、皮膜の密着性が向上することを見出し、本発明を完成させた。
また、本発明者らは、さらなる研究の結果、Ni系皮膜やCr系皮膜の被覆を、窒素雰囲気下で行うことで、硬度の高い皮膜を形成できることを見出した。
さらに、Ni系皮膜の表面をアモルファス状にすることで、樹脂の離型性が高い皮膜を形成できることを見出した。
【0010】
すなわち、前記課題を解決する本発明は、
基材表面上に、スパッタリング法によりCr系皮膜を形成するCr系皮膜形成工程と、
前記Cr系皮膜上に、スパッタリング法によりNi系皮膜を形成するNi系皮膜形成工程を備える、多層皮膜の製造方法である。
本発明の製造方法によれば、機械部材への密着性が高い皮膜を形成することができる。
【0011】
本発明の好ましい形態では、前記Cr系皮膜形成工程、及び/又はNi系皮膜形成工程を、窒素雰囲気下で行う。
窒素雰囲気下で皮膜を形成することで、硬度が高い皮膜を得ることができる。
【0012】
本発明の好ましい形態では、前記Ni系皮膜形成工程において形成される前記Ni系皮膜がアモルファスである。
Ni系皮膜をアモルファスに形成することで、耐食性、及び離型性により優れる。
【0013】
本発明の好ましい形態では、前記Cr系皮膜形成工程において形成される前記Cr系皮膜がアモルファスである。
Niは、本来アモルファスとはなり難い材料であるが、アモルファスのCr系皮膜を形成することで、その上に被覆されるNi系皮膜もアモルファスに容易に成長する。
【0014】
本発明の好ましい形態では、
前記Cr系皮膜形成工程、及びNi系皮膜形成工程において、
前記Cr系皮膜と、前記Ni系皮膜との界面におけるそれぞれのビッカース硬度の差の絶対値が0〜200となるように、雰囲気中の窒素濃度を調製する。
硬度の差を上記範囲内とすることで、より密着性に優れた皮膜とすることができる。
【0015】
本発明の好ましい形態では、前記スパッタリング法が、マグネトロンスパッタリング法である。
【0016】
また、前記課題を解決する本発明は、
Cr系皮膜と、
前記Cr系皮膜を被覆するNi系皮膜を含む、多層皮膜である。
本発明の多層皮膜は、基材に対する密着性に優れる。
【0017】
本発明の好ましい形態では、前記Cr系皮膜、及び/又はNi系皮膜が、窒素を含む。
窒素を含むことで、硬度が高い皮膜となる。
【0018】
本発明の好ましい形態では、前記Ni系皮膜のNi含有量が、50質量%以上である。
【0019】
本発明の好ましい形態では、前記Ni系皮膜が、アモルファスである。
Ni系皮膜がアモルファスであることで、樹脂の離型性に優れる。
【0020】
本発明の好ましい形態では、前記Ni系皮膜の表面におけるビッカース硬度が、Hv800以上である。
【0021】
本発明の好ましい形態では、前記Cr系皮膜と、前記Ni系皮膜との界面におけるそれぞれのビッカース硬度の差の絶対値が0〜200である。
ビッカース硬度の差が前記範囲内である本発明の多層皮膜は、より基材に対する密着性が向上する。
【0022】
本発明の好ましい形態では、さらに、前記Ni系皮膜上に、第2のNi系皮膜を備える。
このような構成とすることで、Ni系皮膜の表面に存在する膜欠陥を、第2のNi系皮膜が覆うことで、耐食性がより向上する。
【0023】
また、前記課題を解決する本発明は、前記多層皮膜が被覆してなる、機械部材である。
【0024】
本発明の好ましい形態では、前記機械部材が、射出成型機、又は押し出し成型機用部材である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の技術によれば、耐食性に優れたNiを用いて、機械部材への密着性に優れた多層皮膜を形成することができる。
また、硬度が高く、耐摩耗性に優れた多層皮膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】マグネトロンスパッタリング装置の概要図である。
図2】実施例1のNi系皮膜断面のFIB像である。
図3】比較例1のNi系皮膜断面のFIB像である。
図4】実施例1の多層皮膜表面のSEM像(左)、及び反射電子像(右)である。
図5】比較例1の皮膜表面のSEM像(左)、及び反射電子像(右)である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の多層皮膜の製造方法は、基材表面上に、スパッタリング法によりCr系皮膜を形成するCr系皮膜形成工程と、前記Cr系皮膜上に、スパッタリング法によりNi系皮膜を形成するNi系皮膜形成工程を備える。
【0028】
図1に、本発明の一実施形態に係る製造方法に用いる、マグネトロンスパッタリング装置の概要図を示す。
【0029】
マグネトロンスパッタリング装置10は、真空処理室11と、真空処理室11を減圧して真空状態にする真空ポンプ12と、真空処理室11内に窒素ガス、及びArガスを投入するためのガス導入路13を備える。
マグネトロンスパッタリング装置10は、回転テーブル14を備え、回転テーブル14は、直流のバイアス電源15と接続されている。回転テーブル14上には、皮膜を被覆する基材30を載置することができる。
この基材30を取り囲むように、蒸発源となるターゲット20を配置し、ターゲット20には直流のスパッタ電源16が接続される。
【0030】
マグネトロンスパッタリング装置10は、ターゲット20の後部に磁石17を備える。
磁石17は、ターゲット20近傍に磁界を発生させることで、電子eをターゲット20近傍に集める。そして、正の電荷を有するアルゴンイオンが、ターゲット20近傍に引き寄せられることで、アルゴンイオンを効率的にターゲット20と衝突させることができる。
【0031】
(Cr系皮膜形成工程)
ターゲット20として、Crターゲット20aを真空処理室11内に配置する。真空ポンプ12を作動させて、真空処理室11を真空状態とした後、ガス導入路13から、真空処理室11内にアルゴンガスを導入する。
スパッタリングを行う前に、必要に応じて、バイアス電源15を作動させてバイアス電圧を基材30に印加し、イオンボンバード処理を行ってもよい。
【0032】
Crターゲット20aにスパッタ電源16の電圧を印加して、Crターゲット20aの近傍にグロー放電を生じさせる。これにより、放電領域内のアルゴンガスがイオン化してCrターゲット20aに衝突し、Crターゲット20aからCr原子が放出され、基材30の表面に衝突し、Cr系皮膜が形成される。
【0033】
スパッタリング時間は、基材30の種類や必要とする膜厚に応じて適宜設定することができ、例えば、0.5〜15時間に設定することができる。
【0034】
Crターゲット20aとしては、金属Cr、Cr合金及びCr化合物を用いることができる。
Cr合金としては、クロム鋼、クロムモリブデン鋼、ニッケルクロム鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、ハイス鋼、ダイス鋼等を用いることができる。
Cr化合物としては、CrN、窒化クロムアルミ(CrAlN),CrSiN、CrAlSiN、CrSiBN、Cr(OH)、HCrO、リン酸クロム等を用いることができる。
Crターゲット20aとして、金属Cr(純Cr)を用いることが好ましい。
【0035】
基材30としては、合金鋼、炭素鋼、ステンレス鋼、チタン、チタン合金、軟鉄及び鋳鉄等の鉄、アルミニウム並びにアルミニウム合金等を用いることができる。
【0036】
Cr被膜形成工程において、真空処理室11を真空状態とした後、真空処理室11内に窒素ガスを導入することが好ましい。
真空処理室内に窒素ガスを導入することで、ターゲット20から放出されたCr原子が、雰囲気中の窒素と共に基材30の表面に衝突し、基材30上に窒素含有Cr系皮膜を形成することができる。
Cr系皮膜は窒素を含有することで、ビッカース硬度が上昇し、耐摩耗性が向上する。
【0037】
窒素Cr系皮膜中の窒素含有量は、真空処理室11内の雰囲気中の窒素濃度を制御することにより調整することができる。窒素濃度の制御は、ガス導入路13に導入する窒素ガスの供給量を制御することによって行うことができる。
窒素ガスの供給量を増加して、雰囲気中の窒素濃度を高くすれば、Cr系皮膜中の窒素の量が多くなり、逆に、窒素ガスの供給量を減らして、雰囲気中の窒素濃度を低くすれば、Cr系皮膜中の窒素の量が少なくなる。
窒素含有Cr系皮膜中の窒素濃度の測定は、通常の物理分析法を適用して行うことができ、例えば、グロー放電発光表面分析(GDS)により行うことができる。
【0038】
例えば、真空処理室11内のアルゴンガス流量を10〜30sccmに調整し、窒素ガス流量を0〜30sccmとすることで、ビッカース硬度がHv800〜1800のCr系皮膜を形成することができる。真空処理室内の圧力は、圧力調整バルブ(図示せず)を用いて適宜調整することができ、例えば、アルゴンガス分圧が0.1Pa、窒素ガス分圧が0〜0.6×10−1Paとなるように調整する。
また、スパッタリング中に真空処理室11内の窒素濃度を変化させることで、皮膜の硬度に傾斜を持たせることができる。
【0039】
このように、窒素含有Cr系皮膜のビッカース硬度は、真空処理室内の窒素濃度に比例して向上し、Hv500〜1800の間で調節することができる。
【0040】
Cr系皮膜のビッカース硬度は、好ましくはHv500〜1800であり、より好ましくはHv500〜1500であり、さらに好ましくはHv1000〜1450である。
【0041】
ビッカース硬度の測定は、常法により行うことができ、日本工業規格JIS Z 2244の「ビッカース硬さ試験−試験方法」に準じて測定することができる。
【0042】
Cr系皮膜は、100原子当たり50〜100Cr原子を含むことが好ましい。また、窒素含有する場合には、100原子当たり50〜99のクロム原子を含み、1〜50の窒素原子を含むことが好ましい。
【0043】
Cr系皮膜形成工程において、Cr系皮膜をアモルファスに形成することが好ましい。
アモルファスの皮膜は、結晶の皮膜と比して、耐食性、離型性に優れることが知られている。
後述するNi系皮膜は、本来アモルファスになり難い性質を有するものであるが、Cr系皮膜をアモルファスに形成し、当該Cr系皮膜の上にNi系皮膜を形成することで、Ni系皮膜をアモルファスに形成することができる。
【0044】
Cr系皮膜をアモルファスとして形成するか、又は結晶として形成するかの調節は、主に基材30にかけるバイアス電圧により調節することができる。
アルゴンガスの流量を10〜30sccmとし、窒素ガス流量を5〜30sccmとし、真空処理室内の温度が200℃以下の条件であれば、バイアス電圧を−100〜−50Vとすることで、アモルファスの皮膜を形成することができる。一方、バイアス電圧を−150V以下とすると皮膜は結晶化する。
【0045】
Cr系皮膜の厚さ(膜厚)は、1〜100μmとすることができる。
皮膜のクラックを少なくするという観点から、Cr系皮膜の膜厚は上限を30μmとするのが好ましい。
例えば、高い精度が求められる機械部材の場合には、Cr系皮膜の膜厚は、好ましくは1〜5μmであり、より好ましくは2〜4μmである。
高い精度が求められる機械部材としては、半導体封止金型、打錠パンチ、粉末成型金型、ピアスパンチ、及びコアピン等が挙げられる。
良好な耐摩耗性が求められる機械部材の場合には、Cr系皮膜の膜厚は、好ましくは5〜30μmであり、より好ましくは10〜20μmである。
良好な耐摩耗性が求められる機械部材としては、射出成形用スクリュー等の射出成型機用機械部材、押出用スクリュー等の押出成型機用機械部材、粉末成型金型、及びピアスパンチ等が挙げられる。
【0046】
(Ni系皮膜形成工程)
基材30上にCr系皮膜を形成した後、Niターゲット20bを用いて、Ni系皮膜をCr系皮膜上に形成する。
【0047】
Niターゲット20bとしては、金属Ni、Ni合金及びNi化合物を用いることができる。
Ni合金としては、Ni−Cr系合金、Ni−Cr−Fe系合金、Ni−Mo系合金、Ni−Cr−Mo系合金、及びNi−Cu系合金、を用いることができる。
Ni化合物としては、NiSO、NiCO、及びNiO等を用いることができる。
【0048】
Niターゲット20bとしては、Niを40質量%以上含むものが好ましく、Niが50質量%以上含まれるものがより好ましい。
また、Niターゲット20bとしては、Crを5〜25質量%含むものが好ましく、Crを10〜20質量%含むものがより好ましい。
さらに、Niターゲット20bとしては、Moを5〜25質量%含むものが好ましく、Moを10〜20質量%含むものが好ましい。
Niターゲット20bとしては、Ni−Cr−Mo系合金を用いることが好ましい。Ni−Cr−Mo系合金としては、ハステロイ(登録商標)C−276、ハステロイC−22等が例示できる。
【0049】
Ni系皮膜をスパッタリングする前に、Cr系皮膜が被覆された基材を、必要に応じてイオンボンバード処理を行ってもよい。
【0050】
Ni系皮膜形成工程において、真空処理室11を真空状態とした後、真空処理室11内に窒素ガスを導入することが好ましい。
真空処理室内に窒素ガスを導入することで、Niターゲット20bから放出されたNi原子が、雰囲気中の窒素を共に基材30の表面に衝突し、基材30上に窒素含有Ni系皮膜を形成することができる。
【0051】
Ni系皮膜は、耐食性に優れる反面、Ni金属自体が比較的硬度が低い金属であり、ビッカース硬度は約Hv300〜500程度である。
本発明者らは、Ni系皮膜の形成時に、処理室の雰囲気中に窒素ガスを導入することで、Ni系皮膜に窒素が含有され、ビッカース硬度が高い窒素含有Ni系皮膜を形成できることを見出した。
【0052】
窒素含有Ni系皮膜のビッカース硬度は、好ましくはHv800以上であり、より好ましくはHv900以上であり、さらに好ましくはHv1000以上である。
このような窒素含有Ni系皮膜は、耐摩耗性に優れる。
【0053】
Ni系皮膜の硬度の調節は、Cr系皮膜と同様に、真空処理室11内の雰囲気中の窒素濃度を調節することで行うことができる。
真空処理室11内の雰囲気中のアルゴンガス流量を10〜30sccmとし、窒素ガスの流量を0〜30sccmにすると、ビッカース硬度がHv300〜1400程度のNi系皮膜を形成することができる。真空処理室内の圧力は、圧力調整バルブを用いて適宜調整することができ、例えば、アルゴンガスの分圧が1Pa、窒素ガスの分圧が0〜0.6×10−1Paとなるように調整する。
このように、Ni系皮膜についても、スパッタリング時における真空処理室内の窒素濃度に比例してビッカース硬度を向上させることができ、Hv300〜1400の間で硬度を緻密に調整することができる。
【0054】
窒素含有Ni系皮膜のビッカース硬度は、好ましくはHv800〜1400であり、より好ましくはHv900〜1400であり、さらに好ましくはHv1000〜1350である。
【0055】
多層皮膜に耐食性を付与する観点から、Ni系皮膜は、50質量%以上のNiを含むことが好ましい。
【0056】
Ni系皮膜は、アモルファスに形成されることが好ましい。
Ni系皮膜をアモルファスに形成することで、樹脂に対する離型性が向上する。また、Ni系皮膜をアモルファスに形成することで、より耐摩耗、及び耐食性が向上する。
Ni系皮膜は、本来アモルファスになり難い性質であるが、前述のCr系皮膜をアモルファスに形成することで、当該Cr系皮膜の上に堆積するNi系皮膜をアモルファスとして形成することができる。
【0057】
(多層皮膜)
本発明の多層皮膜は、上述したCr系皮膜、及びCr系皮膜を被覆するNi系皮膜を含む。
Ni系皮膜は、耐食性に優れるため、Ni系皮膜が被覆された機械部材は、フッ素ガス等が存在する過酷な環境下において使用することが可能となる。
また、Ni系皮膜が機械部材との密着性に劣るが、本発明の多層皮膜は、中間層としてCr系皮膜を含むことで、Ni系皮膜のみからなる皮膜と比して、機械部材への密着性に優れる。
【0058】
本発明の多層皮膜は、Cr系皮膜と、Ni系皮膜との界面におけるそれぞれのビッカース硬度の差の絶対値が、0〜200であることが好ましく、0〜150であることがより好ましく、0〜120であることがさらに好ましく、0〜110であることがより好ましい。
このように、Cr系皮膜とNi系皮膜との界面におけるビッカース硬度を近づけることで、Ni系皮膜のCr系皮膜に対する密着性を向上させることができる。
ビッカース硬度は、Cr系皮膜のビッカース硬度がNi系皮膜のビッカース硬度以上である形態であってもよく、Ni系皮膜のビッカース硬度がCr系皮膜のビッカース硬度以上である形態であってもよい。
【0059】
本発明の多層皮膜は、前記Ni系皮膜上に、さらにNi系皮膜を有することが好ましい。
以下、Ni系皮膜を二層備える形態においては、Cr系皮膜上に形成したNi系皮膜を第1のNi系皮膜と称し、第1のNi系皮膜上に形成したNi系皮膜を第2のNi系皮膜と称する。
【0060】
スパッタリング法は、緻密で欠陥が生じにくい精密な膜を形成することができる方法であるが、転位等の格子欠陥を完全に0にすることはできない。
Ni系皮膜においては、欠陥により生じる塑性変形により、膜にすき間が生じてしまうことがある。
このようなすき間に、フッ素ガス等の腐食性のガスが入り込むことで、中間層であるCr系皮膜や、基材である機械部材を腐食してしまう恐れがある。
【0061】
本発明の一実施形態である第2のNi系皮膜を有する多層皮膜は、第1のNi系皮膜の最表面に存在する欠陥を第2のNi系皮膜が覆うことで、より耐食性を向上させることができる。
【0062】
第1のNi系皮膜と第2のNi系皮膜との界面におけるビッカース硬度の差の絶対値は、0〜200が好ましく、0〜150がより好ましく、0〜120がさらに好ましく、0〜110が特に好ましく、0〜100が最も好ましい。
第1及び第2のNi系皮膜の界面におけるビッカース硬度の差を上記範囲内とすることで、第2のNi系皮膜の密着性を向上させることができる。
【0063】
本発明の多層皮膜は、使用する機械部材の種類や、求められる物性に応じて、結晶のCr系皮膜、アモルファスのCr系皮膜、結晶のNi系皮膜、アモルファスのNi系皮膜を組み合わせることができる。
例えば、基材上には、結晶のCr系皮膜を形成し、その上にアモルファスのCr系皮膜を形成し、さらにその上にアモルファスのNi系皮膜を備える形態であってもよい。
【0064】
(機械部材)
また本発明は、上述した多層皮膜が被覆してなる機械部材に関する。
機械部材としては、フッ化ガス等の腐食性を有するガスが発生する環境下で使用される機械の部材が好ましい。
このような機械部材としては、射出成形機に使用される機械部材、及び押し出し成形機に使用される機械部材等が例示できる。
射出成形機及び押し出し成形機に使用される機械部材としては、シリンダー、及びスクリュー等が例示できる。
【0065】
シリンダー及びスクリューは、使用時には大きな荷重がかかる部材であるため、耐食性の他に、皮膜の密着性や耐摩耗性が低いと、寿命が短くなってしまう恐れがある。
本発明の多層皮膜を被覆することで、Ni系皮膜に由来する耐食性を向上させるのみならず、皮膜の密着性に優れ、かつ耐摩耗性に優れた機械部材とすることができる。
【実施例】
【0066】
<試験例1>多層皮膜の製造
(Cr系皮膜形成工程)
基材(SKH51、高速度工具鋼)の鏡面テストピースを真空処理室内に設置し、1PaのArガス雰囲気にして、−950V×0.6mAで1時間、基材にイオンボンバード処理を行った。
次いで、真空処理室内にArガスを10〜30ccm導入して、バイアス電圧を−60Vとして、Crターゲットとして純度99.9%の純クロムを使用してスパッタリングを120分行い、基材上にビッカース硬度Hv700、厚さ1μmのCr膜を形成した。
【0067】
その後、真空処理室内に窒素ガスを5〜10sccm導入し、基材上に、厚さ4μm、アモルファスの窒素含有Cr系皮膜を形成した。
【0068】
(Ni系皮膜形成工程)
前記窒素含有Cr系皮膜を基材として、真空処理室内に設置し、気圧を1×10−4Paまで排気し、−950V×0.6mAで1時間イオンボンバード処理を行った。
次いで、真空処理室内にArガスを10〜30ccm導入し、窒素ガスを5〜10ccm導入し、バイアス電圧を−60Vとして、NiターゲットとしてハステロイC−276を使用してスパッタリングを120分行い、4μmのNi系皮膜を形成し、多層皮膜を製造した(実施例1)。
【0069】
また、Cr系皮膜形成工程における窒素ガスの流量を、実施例1と比して低くした以外は実施例1と同様の方法により、実施例2の多層皮膜を形成した。
また、Cr系皮膜形成工程における窒素ガスの流量を、実施例1と比して高くした以外は実施例1と同様の方法により、実施例3の多層皮膜を製造した。
さらに、前記Cr系皮膜形成工程を行わず、基材の鏡面テストピース上にNi系皮膜を形成した比較例1の多層皮膜を製造した。
【0070】
<試験例2>ビッカース硬度の測定
ビッカース硬さ試験機(株式会社ミツトヨ製「HM−200」)を用いて、荷重20gで実施例1〜3、及び比較例1の多層皮膜のビッカース硬度を測定した。
結果を表1に示す。
【0071】
<試験例3>皮膜の密着性の評価
実施例1〜3、及び比較例1の皮膜の密着性を、スクラッチ試験機(ダイヤモンド圧子(0.2mmR)、荷重速度100N/分、スクラッチ速度10mm/分)を用いて評価した。密着性の評価は、Ni系皮膜表面をスクラッチすることにより行った。
結果を表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
表1に示す通り、Ni系皮膜形成工程において、窒素ガスを導入することで、ビッカース硬度の高い皮膜を形成できることがわかった。
ビッカース硬度が高いことから、これらの皮膜は耐摩耗性に優れている。
【0074】
また、表1に記載の通り、Cr系皮膜を中間層として含まない比較例1は、66N以上の荷重を加えることで、皮膜の剥離が生じた。
【0075】
一方で、実施例1〜3は、それぞれ83N以上、75N以上、79N以上の荷重を加えるまで、皮膜の剥離は確認されなかった。
【0076】
これらの結果から、Cr系皮膜を中間層として用いることで、Ni系皮膜の密着性に優れた皮膜となることがわかった。
また、Cr系皮膜のビッカース硬度とNi系皮膜のビッカース硬度の差を近づけることで、Ni系皮膜の密着性が高くなることがわかった。
【0077】
<試験例4>皮膜断面の観察
集束イオンビーム装置(日立ハイテクノロジーズ社製「FB−2100」)を使用して、実施例1及び比較例1のNi系皮膜断面を観察した。
結果を図2、及び図3に示す。
【0078】
図2、及び図3に示す通り、比較例1のNi系皮膜断面には、縦に白い線が入っているのに対し、実施例1のNi系皮膜断面には、このような線が入っていないことがわかる。この白い線は、Ni系皮膜が柱状結晶を形成していることを示している。
この結果から、基材とNi系皮膜の中間層としてアモルファスのCr系皮膜を形成させた実施例1の多層皮膜は、Ni系皮膜がアモルファスとなっているのに対し、Cr系皮膜を形成させず、基材に直接Ni系皮膜を形成した比較例1の皮膜は、Ni系皮膜が柱状結晶を形成することがわかった。
【0079】
このように、本発明の多層皮膜は、Ni系皮膜がアモルファスに形成されていることで、結晶状に形成されたNi系皮膜と比して、耐摩耗性、及び耐食性に優れる。
【0080】
<試験例5>皮膜表面組織の観察
電子プローブマイクロアナライザ(日本電子株式会社製「JXA−8500F」)を用いて、実施例1及び比較例1の皮膜の表面組織を観察した。結果を図4、及び図5に示す。
【0081】
図4に示す通り、実施例1の窒素含有Ni系皮膜は、皮膜表面が微細に凹凸しているのに対し、図5に示す通り比較例1の窒素含有Ni系皮膜は、皮膜表面が荒く凹凸していることがわかる。
この結果から、本発明の複合皮膜は、中間層としてアモルファスのCr系皮膜を形成し、その上にNi系皮膜を形成することで、NI系皮膜の表面が微細な凹凸に改質され、より離型性が向上することがわかった。
【0082】
<試験例6>三層皮膜の密着性
実施例1の製造方法と同一の方法により、基材上に窒素含有Cr系皮膜を形成し、窒素含有Cr系皮膜の上に窒素含有Ni系皮膜を形成した。
次いで、当該皮膜にイオンボンバード処理を施した後、表面を研磨し、さらに、当該窒素含有Ni系皮膜の上に、窒素ガスを30sccm導入した以外は、試験例1のNi系皮膜形成工程と同様の方法により、第2の窒素含有Ni系皮膜を形成し、三層皮膜を形成した(実施例4)。
当該三層皮膜のビッカース硬度を、試験例2と同一の方法により測定し、三層皮膜の密着性を、試験例3と同一の条件により、第2のNi系皮膜をスクラッチすることにより測定した。
結果を表2に示す。
【0083】
【表2】
【0084】
第2のNI系皮膜の密着性は、実施例1と変化がなかった。この結果から、中間層としてCr系皮膜を形成しておくことで、Ni系皮膜を二層以上重ねた場合であっても、Ni系皮膜の密着性は高いことがわかった。
Ni系皮膜を二層重ねることで、第1のNi系皮膜の表面に存在していた欠陥を、第2のNi系皮膜が覆うことができ、より耐食性を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の皮膜形成技術は、フッ素ガス等の腐食性が高い成分が存在する雰囲気下であっても使用可能な機械部材の被覆に応用することができる。
【符号の説明】
【0086】
10 マグネトロンスパッタリング装置
11 真空処理室
12 真空プンプ
13 ガス導入路
14 回転テーブル
15 バイアス電源
16 スパッタ電源
17 磁石
20 ターゲット
20a Crターゲット
20b Niターゲット
30 基材
【要約】      (修正有)
【課題】密着性に優れたNi系皮膜を含む多層皮膜の製造方法を提供する。
【解決手段】基材表面上に、スパッタリング法によりCr系皮膜を形成するCr系皮膜形成工程と、前記Cr系皮膜上に、スパッタリング法によりNi系皮膜を形成するNi系皮膜形成工程を備える、多層皮膜の製造方法。
【選択図】図4
図1
図2
図3
図4
図5