特許第6805418号(P6805418)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6805418ガス濃度測定システム、ガス濃度測定方法及びガス濃度測定用コンピュータプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805418
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】ガス濃度測定システム、ガス濃度測定方法及びガス濃度測定用コンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/02 20060101AFI20201214BHJP
【FI】
   G01N29/02 501
【請求項の数】20
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2019-542961(P2019-542961)
(86)(22)【出願日】2017年11月6日
(65)【公表番号】特表2019-532313(P2019-532313A)
(43)【公表日】2019年11月7日
(86)【国際出願番号】JP2017039994
(87)【国際公開番号】WO2018084296
(87)【国際公開日】20180511
【審査請求日】2019年4月24日
(31)【優先権主張番号】62/418,428
(32)【優先日】2016年11月7日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】517078873
【氏名又は名称】ボールウェーブ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108914
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 壯兵衞
(72)【発明者】
【氏名】山中 一司
(72)【発明者】
【氏名】赤尾 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】竹田 宣生
(72)【発明者】
【氏名】辻 俊宏
(72)【発明者】
【氏名】大泉 透
(72)【発明者】
【氏名】塚原 祐輔
【審査官】 越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/084917(WO,A1)
【文献】 特開2012−042430(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0230834(US,A1)
【文献】 再公表特許第2004/086028(JP,A1)
【文献】 特開平06−011492(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00−29/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボールセンサと信号処理ユニットを備えるガス濃度測定システムであって、
前記ボールセンサが、
圧電ボールと、
該圧電ボール上の環状軌道を通って伝播する、第1周波数の基本波及び第2周波の高調波を含む弾性表面波のコリメートビームを生成するセンサ電極と、
前記弾性表面波の前記コリメートビームが通過する位置に配置されて対象ガスを吸収する、前記圧電ボール上に成膜された感応膜を有し、
前記信号処理ユニットが、
前記圧電ボールの周りを伝播する前記コリメートビームを励起するようにバースト信号を前記センサ電極に送信する信号発生器と、
前記コリメートビームが前記圧電ボールの周りを所定回数回転して伝搬した後に、前記センサ電極を介して前記コリメートビームのバースト信号を受信する信号受信器と、
前記バースト信号の波形データを用い、前記第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化及び前記第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化により、前記対象ガスのガス濃度及びボール温度をそれぞれ算出する波形データプロセッサを有することを特徴とするガス濃度測定システム。
【請求項2】
前記ガス濃度及び前記ボール温度を計算するとき、前記波形データプロセッサは、前記第1及び第2相対変化により、前記ガス濃度に起因する遅延時間の第1対象変化、及び前記ボール温度に起因する遅延時間の第2対象変化を計算することを特徴とする請求項1に記載のガス濃度測定システム。
【請求項3】
前記第1相対変化は、前記基本波の遅延時間と、前記ガス濃度及び前記ボール温度の両方による前記基本波の前記遅延時間の変化とを用いて計算され、
前記第2の相対変化は、前記高調波の遅延時間と、前記ガス濃度及び前記ボール温度の両方による前記高調波の前記遅延時間の変化とを用いて計算される
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のガス濃度測定システム。
【請求項4】
前記第1及び第2相対変化は、

Δt=Δτ/τ
Δt=Δτ/τ

で与えられ、
Δt及びΔtは、それぞれ前記第1及び第2の相対変化、
τ及びτは、それぞれ前記基本波及び前記高調波の前記遅延時間、
Δτ及びΔτは、それぞれ前記基本波及び前記高調波の遅延時間の変化であることを特徴とする請求項3に記載のガス濃度測定システム。
【請求項5】
前記第1及び第2対象変化は、

Δt=Δt−CΔt
Δt={(f/f)Δt−Δt}/{(f/f)−C}

によって与えられ、
Δt及びΔtは、それぞれ前記第1及び第2対象変化、
及びfは、それぞれ前記第1及び第2周波数、
C=A/Aは温度係数比、
及びAは、それぞれ前記第1及び第2周波数における温度係数であり、
前記ボール温度Tは、

Δt=A(T−TREF

で与えられ、TREFは、第2対象変化Δtがゼロであるときの基準ボール温度であることを特徴とする請求項4に記載のガス濃度測定システム。
【請求項6】
前記高調波は、3次高調波又は5次高調波であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のガス濃度測定システム。
【請求項7】
前記対象ガスが水蒸気であり、前記感応膜がシリカ膜であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載のガス濃度測定システム。
【請求項8】
前記ボールセンサのボール温度を制御する温調ユニットをさらに備えることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載のガス濃度測定システム。
【請求項9】
前記温調ユニットが、
前記ボールセンサを加熱及び冷却するペルチェ素子と
前記ペルチェ素子の監視温度を検出するサーミスタと、
前記監視温度を用いて前記ペルチェ素子を制御する温度制御部
を含むことを特徴とする請求項8に記載のガス濃度測定システム。
【請求項10】
前記温調ユニットが、
前記ボールセンサを加熱及び冷却するペルチェ素子と、
算出された前記ボール温度を用いて前記ペルチェ素子を制御する温度制御部
を含むことを特徴とする請求項8に記載のガス濃度測定システム。
【請求項11】
圧電ボール上に、弾性表面波を励起するセンサ電極及び対象ガスを吸着する感応膜を有するボールセンサを用いるガス濃度測定方法であって、
前記ボールセンサを所定の位置に有するセンサセル内に対象ガスを含むガスを流すステップと、
前記圧電ボール上の環状軌道を繰り返し伝搬しながら前記環状軌道の上に堆積した前記感応膜を通過する、第1周波数の基本波と第2周波数の高調波を含む前記弾性表面波のコリメートビームを維持するようにバースト信号をセンサ電極に送信するステップと、
前記コリメートビームが前記圧電ボールの周りを所定回数回転して伝搬した後、前記センサ電極を介して前記コリメートビームのバースト信号を受信するステップと、
前記バースト信号の波形データにより、前記第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化及び前記第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化をそれぞれ算出して、前記対象ガスのガス濃度及びボール温度を算出するステップ
を含むことを特徴とするガス濃度測定方法。
【請求項12】
前記ボール温度を計算した後、前記ボール温度と先に測定されたボール温度との間の温度変化を閾値と比較するステップと、
前記温度変化が前記閾値以下の場合は、前記ガス濃度と前記ボール温度の算出値を測定値として記録するステップ
を更に含むことを特徴とする請求項11に記載のガス濃度測定方法。
【請求項13】
前記ガス濃度及び前記ボール温度を計算するとき、前記ガス濃度に起因する前記遅延時間の第1対象変化、及び前記ボール温度に起因する前記遅延時間の第2対象変化は、前記第1及び第2相対変化により計算されることを特徴とする請求項11又は12に記載のガス濃度測定方法。
【請求項14】
前記第1相対変化は、前記基本波の遅延時間と、前記ガス濃度及び前記ボール温度の両方による前記基本波の前記遅延時間の変化とを用いて計算され、
前記第2相対変化は、前記高調波の遅延時間と、前記ガス濃度と前記ボール温度の両方による前記高調波の前記遅延時間の変化とを用いて計算される
ことを特徴とする請求項11〜13のいずれか1項に記載のガス濃度測定方法。
【請求項15】
前記第1及び第2相対変化は、

Δt=Δτ/τ
Δt=Δτ/τ

で与えられ、
Δt及びΔtは、それぞれ前記第1及び第2の相対変化、
τ及びτは、それぞれ前記基本波及び前記高調波の前記遅延時間、
Δτ及びΔτは、それぞれ前記基本波及び前記高調波の遅延時間の変化である
ことを特徴とする請求項14に記載のガス濃度測定方法。
【請求項16】
前記第1及び第2対象変化は、

Δt=Δt−CΔt
Δt={(f/f)Δt−Δt}/{(f/f)−C}

で与えられ、
Δt及びΔtは、それぞれ前記第1及び第2対象変化、
及びfは、それぞれ前記第1及び第2周波数、
C=A/Aは温度係数比、
及びAは、それぞれ前記第1及び第2周波数における温度係数であり、
前記ボール温度Tは、

Δt=A(T−TREF

で与えられ、TREFは、第2対象変化Δtがゼロであるときの基準ボール温度であることを特徴とする請求項15に記載のガス濃度測定方法。
【請求項17】
前記高調波は、3次高調波又は5次高調波であることを特徴とする請求項11〜16のいずれか1項に記載のガス濃度測定方法。
【請求項18】
前記対象ガスが水蒸気であり、前記感応膜がシリカ膜であることを特徴とする請求項11〜17のいずれか1項に記載のガス濃度測定方法。
【請求項19】
前記ガスを流す前に、前記ボールセンサの前記ボール温度を設定温度に制御するステップをさらに含むことを特徴とする請求項11〜18のいずれか1項に記載のガス濃度測定方法。
【請求項20】
圧電ボール上に、弾性表面波を生成するセンサ電極及び対象ガスを吸着する感応膜を有するボールセンサを用いてガス濃度を測定するためのコンピュータプログラムであって、
前記ボールセンサを所定の位置に有するセンサセル内に前記対象ガスを含むガスを流す命令と、
前記圧電ボール上の環状軌道を繰り返し伝搬しながら前記環状軌道の上に堆積した前記感応膜を通過する、第1周波数の基本波と第2周波数の高調波を含む前記弾性表面波のコリメートビームを励起するようにバースト信号をセンサ電極に送信する命令と、
前記コリメートビームが前記圧電ボールの周りを所定回数回転して伝搬した後、前記センサ電極を介して前記コリメートビームのバースト信号を受信する命令と、
前記バースト信号の波形データにより、前記第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化及び前記第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化をそれぞれ算出して、前記対象ガスのガス濃度及びボール温度を算出する命令
を含む一連の処理を、コンピュータに実施させるためのコンピュータプログラム
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボール弾性表面波(SAW)センサを使用してガス濃度とボール温度とを同時に測定するガス濃度測定システム、ガス濃度測定方法及びガス濃度測定用コンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
平面SAWセンサのような従来の圧電ガスセンサは、ガス分子を吸着することによって弾性特性が変化する感応膜を通過するときに、励起されたSAWの振幅及び位相が変化するという伝搬特性を利用する。しかしながら、有限の伝搬幅の波が伝搬しているときに回折が起こり、平面SAWセンサ上のSAWは回折損失によって減衰する。そのため、回折損失のためにSAWの伝搬距離に限界があり、ガス濃度の測定精度に限界がある。
【0003】
非特許文献1及び2に記載されているように、ボールSAWセンサ(以下、「ボールセンサ」という。)が開発され、微量水分センサに適用されている。ボールセンサでは、特定の条件で球面上において励起されたSAWの帯幅は自然にコリメートされ、ボールの赤道に沿った複数周の周回を実現することができる。したがって、この効果に基づくボールセンサは、高感度及び広い検知範囲などの高性能を提供することができる。
【0004】
圧電ガスセンサの感度は圧電ガスセンサの温度にも依存する。よって、圧電ガスセンサの温度が大きく変化すると測定ガス濃度が乱される。しかしながら、温度計をセンサセルに挿入することは不可能であり、圧電ガスセンサの温度を測定することは容易ではない。ボールセンサも同じ問題を抱えている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】山中一司 他9名、『ガスセンサの新機軸を実現する、弾性表面波の球面上の超多重周回(Ultramultiple Roundtrips of Surface Acoustic Wave on Sphere Realizing Innovation of Gas Sensors)』、米国電気電子学会(IEEE)論文誌「超音波工学、強誘電体及び周波数制御(Transactions on Ultrasonics, Ferroelectrics, and Frequency Control)」、2006年、第53巻、p.793
【非特許文献2】辻俊宏他5名、『球状弾性表面波センサのためのバースト波アンダーサンプリング回路』、超音波エレクトロニクスの基礎と応用に関するシンポジウム講演論文集(第36回超音波エレクトロニクスシンポジウム)、2015年、3P3−6−1〜3P3−6−2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑み、ボールセンサのボール温度とガス濃度を同時に測定することができ、さまざまな温度下でも高感度で信頼性が高いガス濃度測定システム、ガス濃度測定方法及びガス濃度測定用コンピュータプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様は、ボールセンサと信号処理ユニットを備えるガス濃度測定システムであることを要旨とする。
ここで、ボールセンサは、(a)圧電ボールと、(b)圧電ボール上の軌道経路を伝播し、第1周波数の基本波と第2周波数の高調波とを含む弾性表面波のコリメートビームを生成するセンサ電極と、(c)圧電ボール上に堆積され、対象ガスを吸着し、弾性表面波のコリメートビームが通過する位置に配置された感応膜を有する。
一方、信号処理ユニットは、(d)圧電ボールの周りを伝播するコリメートビームを励起するバースト信号をセンサ電極に送信する信号発生器と、(e)コリメートビームが圧電ボールの周りを所定の回数だけ伝播した後にセンサ電極を介して、コリメートビームのバースト信号を受信する信号受信器と、(f)バースト信号の波形データを用いて、それぞれ第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化及び第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化によって対象ガスのガス濃度及びボール温度を計算する波形データプロセッサを有する。
【0008】
本発明の第2の態様は、圧電ボール上に、弾性表面波を生成するセンサ電極及び対象ガスを吸着する感応膜を有するボールセンサを用いるガス濃度測定方法であることを要旨とする。本発明の第2の態様に係る方法は、(a)ボールセンサを所定の位置に有するセンサセル内に対象ガスを含むガスを流すステップと、(b)圧電ボール上の環状軌道を繰り返し伝搬しながら環状軌道の上に堆積した感応膜を通過する、第1周波数の基本波と第2周波数の高調波とを含む弾性表面波のコリメートビームを励起するようにバースト信号をセンサ電極に送信するステップと、(c)コリメートビームが圧電ボールの周りを所定回数回転して伝播した後、センサ電極を介してコリメートビームのバースト信号を受信するステップと、(d)バースト信号の波形データにより、第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化及び第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化をそれぞれ算出して、対象ガスのガス濃度及びボール温度を算出するステップを含む。
【0009】
本発明の第3の態様は、圧電ボール上に、弾性表面波を生成するセンサ電極と、対象ガスを吸着する感応膜とを有するボールセンサを使用してガス濃度を測定するためのコンピュータプログラムであることを要旨とする。本発明の第3の態様に係るコンピュータプログラムは、(a)ボールセンサを所定の位置に有するセンサセル内に対象ガスを含むガスを流す命令と、(b)圧電ボール上の環状軌道を繰り返し伝搬しながら環状軌道の上に堆積した感応膜を通過する、第1周波数の基本波と第2周波数の高調波とを含む弾性表面波のコリメートビームを励起するようにバースト信号をセンサ電極に送信する命令と、(c)コリメートビームが圧電ボールの周りを所定回数回転して伝播した後に、センサ電極を介してコリメートビームのバースト信号を受信する命令と、(d)バースト信号の波形データにより、第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化及び第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化をそれぞれ算出して、対象ガスのガス濃度及びボール温度を算出する命令を含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ボールセンサのボール温度とガス濃度を同時に測定することができ、さまざまな温度下でも高感度で信頼性が高いガス濃度測定システム、ガス濃度測定方法及びガス濃度測定用コンピュータプログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムの一例を示す概略断面図である。
図2】本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムに用いるボールセンサの一例を示す概略図である。
図3】本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムに用いるボールセンサのセンサ電極の一例を示す概略図である。
図4】本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムにおける温度制御及び信号伝達の一例を示すブロック図である。
図5】本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムにおける信号処理ユニットの一例を示すブロック図である。
図6】本発明の第1実施形態に係る水分濃度の測定方法の一例を示すフローチャートである。
図7】本発明の第1実施形態に係るボール温度による遅延時間変化とボール温度との関係を示す図である。
図8】本発明の第1実施形態に係る、監視温度とボール温度の温度ジャンプを説明する図である。
図9】本発明の第1実施形態に係る、水分濃度と設定温度を変化させたときの、水分濃度による遅延時間変化とボール温度との時間変化を示す図である。
図10】本発明の第1実施形態に係る、水分濃度設定値及び水分濃度測定値の時間変化を示す図である。
図11図9及び図10の結果をまとめた表である。
図12図9の550分から600分までの時間範囲を拡大した図である。
図13図10の550分から600分までの時間範囲を拡大した図である。
図14】本発明の第1実施形態における、水分濃度と設定温度を変化させたときの、水分濃度による遅延時間変化とボール温度との時間変化を示す図である。
図15図14の12分から14分の時間範囲を拡大した図である。
図16図14の結果から評価した水分濃度を示す図である。
図17図16の12分から14分までの時間範囲を拡大した図である。
図18図16から得られる測定水分濃度と設定水分濃度との関係を示す図である。
図19】本発明の第2実施形態に係る水分濃度測定システムにおける温度制御及び信号伝達の一例を示すブロック図である。
図20A】本発明の第1実施形態によるボール温度の時間変化を示す図である。
図20B】本発明の第2実施形態によるボール温度の時間変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本発明の第1及び第2実施形態を説明する。図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付し、重複する説明を省略する。但し、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は実際のものとは異なる場合がある。また、図面相互間においても寸法の関係や比率が異なる部分が含まれ得る。また、以下に示す第1及び第2実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。以下の説明における上下等の方向の定義は、単に説明の便宜上の定義であって、本発明の技術的思想を限定するものではない。例えば、対象を90°回転して観察すれば上下は左右に変換して読まれ、180°回転して観察すれば上下は反転して読まれることは勿論である。したがって、特許請求の範囲によって規定される技術的範囲内において、本発明の技術的思想に様々な変更を加えることができる。
【0013】
−第1実施形態−
(システム構成)
図1及び図2に示すように、本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムは、センサユニット1と、温度制御部16と、信号処理ユニット40とを備える。センサユニット1は管状のセンサセル31内に埋め込まれたボールセンサ2を有し、センサセル31はブロック状のホルダ11上に配置された板状のアダプタ14上に固定されている。ボールセンサ2は球状であるので、筒状に構成されたセンサセル31は、ボールセンサ2の下部を取り付けるため凹状の内部構造を有している。管状のセンサセル31の上壁が垂直に切り取られて窓を構成している。このセンサセル31の上壁の窓の内壁に、電極ホルダベース32の底部が挿入されて、電極ホルダベース32がセンサセル31上に固定されている。電極ホルダベース32の底部を垂直方向に管路が貫通し、この管路の開口部が、ボールセンサ2の上部を部分的に覆っている。更に、電極ホルダベース32はセンサセルキャップ33によって覆われている。
【0014】
電極ホルダベース32の底部の管路の内部を、鉛直方向にコンタクトピン35aが設けられている。ボールセンサ2は、管路を鉛直方向に貫通するコンタクトピン35aを介して棒状の外部電極35に接続されている。外部電極35の長手方向は垂直に配置され、外部電極35の底部が円筒状の電極ホルダ34の中空の空間内に保持されている。この電極ホルダ34の先端部は、センサセルキャップ33の内部にまで挿入されている。ガス含有微量水分、即ち「測定対象ガス」は、水平に配列された配管36を通して、測定対象ガスがガス流速vでボールセンサ2の表面に接することができるように、センサセル31に導入される。ガス流速vは、典型的には0.1L/minから1L/minである。
【0015】
図2に示すように、ボールセンサ2は、均質な圧電ボール20の表面の所定の領域に配置されたセンサ電極22及び感応膜23を有する。圧電ボール2は、立体的な基体として、その上にSAWを伝播するための円形環状帯が画定される均質な材料球を提供する。センサ電極22は、環状軌道上に成膜した感応膜23を通過しながら圧電ボール20上に画定された円状の環状軌道を繰り返し伝搬する、第1周波数の基本波と第2周波数の高調波とを含むSAWのコリメートビーム21を生成する。感応膜23は、立体的な基体上の環状軌道を規定する環状帯のほぼ全面に形成される。感応膜21は特定のガス分子と反応するように構成されているので、感応膜21は測定対象ガス中の水蒸気を吸着する。
【0016】
圧電ボール20には、水晶、ランガサイト(LaGaSiO14)、ニオブ酸リチウム(LiNbO)、タンタル酸リチウム(LiTaO)、圧電セラミックス(PZT)、ビスマスゲルマニウム酸化物(Bi12GeO20)等の結晶球が用いられる。感応膜23としては、シリカ(SiO)膜等を用いることができる。センサ電極22は、感応膜23の開口部に形成されている。感応膜23は、均質な圧電ボールの赤道の一部において、圧電ボール20の表面の一部を露出させる。センサ電極22には、電気音響変換素子として、クロム(Cr)膜を用いる櫛歯状電極(IDT)等を用いることができる。均質な圧電ボール20のような単結晶球の場合、SAW周回経路は、結晶材料の種類に応じて、一定の幅を有する特定の軌道帯に限定される。軌道帯の幅は結晶の異方性に応じて増減することができる。
【0017】
圧電ボール20の周りを周回する際の回折損失はなく、材料減衰による伝搬損失のみがある。コリメートビーム21は、水分子を吸着する感応膜23を何度も回転して伝播するようにされている。吸着された水分子はSAWの伝搬特性を変化させるので、感応フィルム23上の吸着された水分子による変化は、複数の周回をしながら回転ごとに積算される。そのため、微量の水蒸気を吸着するほどに感応膜23が薄くても、水分濃度の測定精度を高めることができる。
【0018】
基本波の第1周波数fと高調波の第2周波数fとの間の好適な関係は、

= nf

で表される。ここで、n = 3または5である。即ち、本発明の第1実施形態に係る水分濃度測定システムでは、高調波は3次高調波または5次高調波である。したがって、第1周波数fが80MHzのとき、第2周波数fは、3次高調波では240MHz、5次高調波では400MHzとなる。直径3.3mmの圧電ボール20に対する第1周波数fの好適な範囲は60MHzから100MHzであり、最も好適な第1周波数fは80MHzである。第1周波数fは、圧電ボール20の直径に反比例する。
【0019】
例えば、ボールセンサ2は、以下のようにして製造することができる。直径約3.3mmの石英ボールの表面に、厚さ約150nmのCr膜のIDTのパターンを形成する。図3に示すように、IDTは、一対のバスバー25a,25bと、各バスバー25a,25bから延びる複数の電極指26a,26bを有する。電極指26a,26bは交差幅Wcで互いに重なり合い、各電極指26a,26bは指幅Wf及び周期Pを有する。交差幅Wc、指幅Wf及び周期Pは、80MHzのSAWの自然なコリメートビームに対して、それぞれ364μm、6.51μm及び10.0μmに設計される(非特許文献1参照。)。
【0020】
この直径3.3mmの水晶球上のIDTは、基本波として80MHzのSAWと、3次高調波として240MHzのSAWを発生させることができる。そして、ゾルゲル法を用いてシリカフィルムを合成し、以下のように石英ボールの表面に塗布する。3.47gのテトラエトキシシラン(TEOS)、0.75gのイソプロパノール(IPA)、及び1.50gの0.1N塩酸(HCl)を超音波処理(27kHz,45kHz,100kHz;60分)により攪拌して混合する。TEOSは加水分解により重合し、SiOを生じる。超音波処理後、混合物をIPAで希釈し、0.5質量%のSiO溶液を得る。SAWの伝搬経路の表面は、回転塗布法を使用してSiO溶液で塗布される。回転塗布の条件は、3000rpm、20秒間である。干渉顕微鏡による測定から、SiO膜の厚さは1029nmであることが確認されている。
【0021】
外部電極35の底面に取り付けられたコンタクトピン35aを用いて、N極(図2では圧電ボール20の上面)の周囲に配置された電極パッド(図示せず)を介してセンサ電極22にRF電圧が印加される。S極(図2では圧電ボール20の底部)の周りに配置された他の電極パッド(図示せず)は、接地されたセンサセル31と接触している。
【0022】
図1に示すように、温度制御部16は、ボールセンサ2の直下となるホルダ11の下部に保持されたペルチェ素子12に接続されている。ホルダ11の側方位置には、サーミスタ13が挿入されている。また、温度制御部16は、サーミスタ13に接続されている。ペルチェ素子12は、アダプタ14を介してセンサセル31内のボールセンサ2を加熱及び冷却するために用いられる。サーミスタ13は、監視温度Tthを検出するために用いられる。温度制御部16は、監視温度Tthを用いてペルチェ素子12を制御する。図1に示すように、センサセル31からのガス漏れを防止するために、サーミスタ13をセンサセル31に直接挿入することはできない。なお、第1実施形態では、サーミスタ13を監視温度Tthの検出に用いたが、熱電対等の温度検出器が使用可能である。
【0023】
信号処理ユニット40は、図4に示すように、信号発生器と信号受信器(以下、信号発生器と信号受信器の組を「信号発生器/受信器」という。)42と波形データプロセッサ44とを含む。波形データプロセッサ44は、図5に示すように、計算機システムの論理ハードウェア資源として通信部(通信論理回路)45、計算部(計算論理回路)46、比較部(比較論理回路)47、及び記憶部48を含む。波形データプロセッサ44の通信部45は、所定の「設定温度」、即ちペルチェ素子12の制御温度を温度制御部16に送り、センサセル31にガスを流すための指示をセンサ部1に送る。
【0024】
さらに、通信部45は信号発生器/受信器42に命令を送り、信号発生器/受信器42が、ボールセンサ2のセンサ電極22にバースト信号を送信して、圧電ボール20の周囲を伝搬するSAWのコリメータビーム21をセンサ電極22が励起する。更に、通信部45が信号発生器/受信器42に命令を送ることにより、信号発生器/受信器42は、コリメートビーム21が圧電ボール20の周囲を所定回数回転して伝搬した後、センサ電極22を介してコリメートビーム21のバースト信号を受信する。信号発生器/受信器42は、バースト信号の波形データを波形データプロセッサ44へ送信する。
【0025】
波形データプロセッサ44の計算部46は、バースト信号の波形データを用い、第1周波数の遅延時間が呈する第1相対変化、及び第2周波数の遅延時間が呈する第2相対変化によって、水分濃度w及びボール温度Tをそれぞれ算出する。波形データプロセッサ44の比較モジュール47は、測定が熱平衡で実施されたかどうかを判断するために、計算されたボール温度Tを以前に測定されたボール温度Tの値と比較する。波形データプロセッサ44の記憶部48には、波形データプロセッサ44に水分濃度w及びボール温度Tを算出するための波形データの処理を実行させるためのプログラムが記憶されている。また、記憶部48は、ペルチェ素子12の設定温度、算出されたボール温度T、以前に測定されたボール温度T、及び、波形データプロセッサ44の動作中におけるそれらの算出中及び解析中のデータを記憶する。
【0026】
波形データプロセッサ44は、パーソナルコンピュータ(PC)などの汎用コンピュータシステムの中央処理装置(CPU)の一部として構成すればよい。 波形データプロセッサ44は、算術論理演算を実行する算術論理演算装置(ALU)、ALUにオペランドを供給してALU演算の結果を記憶する複数のレジスタ、及びALUの調整された演算を指示する命令の(メモリからの)フェッチ及び実行を統合する制御装置を含むことができる。ALUを構成する通信部45、計算部46、及び比較部47は、論理回路ブロックまたは単一の集積回路(IC)チップ上に含まれる電子回路などの個別のハードウェア資源で構成してもよく、汎用コンピュータシステムのCPUを用いて、ソフトウェアで実質的に等価な機能を有していても構わない。
【0027】
なお、水分濃度の測定を波形データプロセッサ44に実行させるためのプログラムの保存は、波形データプロセッサ44に設けられた記憶部48に限定されない。例えば、プログラムは外部メモリに保存してもよい。さらに、プログラムは、コンピュータ読取可能記録媒体に保存してもよい。コンピュータ読取可能記録媒体を、波形データプロセッサ44を含むコンピュータシステムの記憶部48に読み込ませることによって、波形データプロセッサ44は、プログラムに記載された一連の命令に従って、水分濃度を測定するための調整された演算を実行する。ここで、「コンピュータ読取可能記録媒体」とは、コンピュータの外部記憶装置、半導体メモリ、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、磁気テープ等のプログラムを記録することができるような記録媒体または記憶媒体を意味する。
【0028】
遅延時間(DTC)の第1相対変化をΔt、及び第2相対変化をΔtと表すと、波形データプロセッサ44において実行される測定原理は、以下のように説明される。第1相対変化Δtは、第1周波数fにおけるΔτ/τとして定義され、第2相対変化Δtは、第2周波数fにおけるΔτ/τとして定義される。ここで、τは、感応膜23に吸着される水分がなく所定回数の回転で伝搬する間の、第1周波数fにおけるSAWの遅延時間であり、τは、感応膜23に吸着される水分がなく所定回数の回転で伝搬する間の第2周波数fにおけるSAWの遅延時間である。又、Δτは水分濃度とボール温度変化による遅延時間τの遅延時間変化で、Δτは水分濃度とボール温度変化による遅延時間τの遅延時間変化である。各回転の遅延時間τ及びτは、それぞれ回転での受信バースト信号のウェーブレット変換の実部の最大値に最も近いゼロクロスタイムとして求められる(非特許文献2参照。)。
【0029】
第1相対変化Δt及び第2相対変化Δtは次式で与えられる。

Δt = B(T)fG(w)+ A(T − TREF)…(1)
Δt = B(T)fG(w)+ A(T − TREF)…(2)

ここで、B(T)は感度係数、wは水分濃度、G(w)は水分濃度の関数、Tはボールセンサ2のボール温度、TREFは基準温度、Aは第1周波数fでの温度係数、Aは第2周波数fでの温度係数である。
【0030】
式(1)及び式(2)から、ガス濃度wによる遅延時間の第1対象変化Δtは、次式で与えられる。

Δt =Δt − CΔt =(f − Cf)B(T)G(w)…(3)

また、ボール温度(温度項)Tによる遅延時間の第2対象変化Δtは、次式で与えられる。

Δt=(f/f)Δt−Δt}/(f/f)−C}=A(T−TREF)…(4)

ここで、Aは第1周波数fでの温度係数、Aは第2周波数fでの温度係数であり、C=A/Aは温度係数比である。水分濃度wとボール温度Tは、それぞれ式(3)及び式(4)によって同時に得ることができる。
【0031】
SAWの基本波と3次高調波、即ちf=3fを用いて、ガス流なしで試験測定を実施した。試験測定の各手順について、図6に示すフローチャートを参照しながら説明する。ステップS100において、信号発生器/受信器42aは、SAWのコリメートビーム21を励起するようにバースト信号をボールセンサ2に送信する。ステップS101において、コリメートビーム21がボールセンサ2の周りを所定回数の回転で伝搬した後、信号生成/受信部42は、ボールセンサ2を介してコリメートビーム21のバースト信号を受信する。 バースト信号の波形データは、波形データプロセッサ44に送信される。
【0032】
ステップS102において、波形データプロセッサ44は、波形データを用いて、第1周波数fの第1相対変化Δt、及び第2周波数fの第2相対変化Δtを算出する。そして、第1相対変化Δt及び第2相対変化Δtを用いて、それぞれ水分濃度wに起因する第1対象変化Δt、及びボール温度Tに起因する第2対象変化Δtが算出される。ステップS103において、波形データプロセッサ44は、第2対象変化Δtを用いて、式(4)によりボール温度Tを算出する。ステップS104において、先の測定サイクルからのボール温度Tの温度変化ΔTを熱平衡の基準となる閾値ΔTcと比較する。テスト測定では、閾値ΔTcは一時的に20℃に設定され、条件ΔT<ΔTcは12秒の測定サイクルごとに常に満たされている。ステップS105において、ガス濃度wを式(3)により算出する。
【0033】
試験測定の結果として、温度係数比Cは、第1相対変化Δtに対する第2相対変化Δtの最小二乗フィッティングにより、C=0.9875と測定された。さらに、図7に示すように、ペルチェ素子12の設定温度を変化させることによって、第2対象変化Δtがボール温度Tの関数としてプロットされている。ここで、ボール温度Tは、ガス流量vがゼロのときのホルダ11の監視温度Tthと同じであると仮定した。式(4)から、温度係数Aはフィッティング直線の傾きによって規定することができ、基準温度TREFは第2対象変化Δtがゼロのときの特定のボール温度によって規定することができる。したがって、温度係数Aと基準温度TREFは、−24.25ppm/℃及び24.06℃と決定することができる。
【0034】
式(4)に温度係数Aと基準温度TREFを代入すると、ボール温度Tは次のようになる。

= 24.06−0.0412Δt …(5)

式(5)を用いて計算された他のボール温度の誤差は、0.24%未満と評価されている。上述のように、第1実施形態によれば、ボール温度Tを高感度かつ高信頼度で測定することができる。
【0035】
センサセル31の熱容量の影響を評価するために、式(5)によって算出されたボール温度Tが、サーミスタ13によって測定された監視温度Tthと比較されている。図8に示すように、ペルチェ素子12の具体的な設定温度が34℃から24℃に変更された場合、ボール温度Tの変化は監視温度Tthから約0.5分遅れており、3分経っても24℃に達していない。この現象は、ステンレス鋼板製のアダプタ14の大きな熱容量によるものである。したがって、感応膜23の粘弾性を利用した精密測定のためには、熱平衡状態で水分濃度を測定する必要がある。非平衡現象による誤差を回避するためには、閾値ΔTcを小さい値、例えば0.1℃以下に設定することが望ましい。反対に、中断することなく測定を続けるためには、閾値ΔTcをより大きな値、例えば10℃以上に設定することが望ましい。
【0036】
図10に示すように、窒素(N)ガス流中の水分濃度wを1.3ppbv,234ppbv,1.3ppbv,590ppbv,1.3ppbv,1180ppbv,1.3ppbvの順序で変化させ、各水分濃度wをキャビティリングダウン分光法(CRDS)を用いて評価した(萩原啓他10名、ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス(Japanese Journal of Applied Physics)、2014年、第53巻、p.07KD08参照。)。同時に、ペルチェ素子12の設定温度は24℃と14℃の間で変化させた。水分濃度wに起因する第1対象変化Δt及びボール温度Tを、図9及び図11に示すように測定した。図9から分かるように、ボール温度Tは正確に設定温度を再現している。図9は、式(4)または式(5)の妥当性を示すものであり、ボール温度Tは水分濃度wの変化によって、影響を受けないことがわかる。第1対象変化Δtは、水分濃度w及びボール温度Tと共に変化している。
【0037】
図11に示す表において、第1対象変化Δtを用いて、 式(3)の右辺の項は次のように評価される。

(f−Cf)B(T)=aexp[Δe/k(T+273)] …(6)

ここで、a=−6.33×10−6、Δe=0.271(eV)、k=8.617×10−5eV/K(ボルツマン定数)であり、

G(w)= w1/2 …(7)

式(6)と式(7)を式(3)に代入すると、水分濃度wは

w =(Δt/a)exp[−2Δe/k(T+273)] …(8)

ここでTは式(5)で与えられる。図10に示すように、水分濃度wは設定値をほぼ正しく再現している。したがって、第1実施形態によれば、温度を変化させても濃度測定を行うことができる。
【0038】
図12は、水分濃度wを1.3ppbvから1180ppbvに変化させたときの第1対象変化Δtとボール温度Tの推移を示している。 図12に示すように、第1対象変化Δtは、水分濃度w及びボール温度Tの変化によるかなり複雑な挙動を示している。しかし、図13に示すように、水分濃度wはほぼ正しく設定値を再現している。
【0039】
その結果、温度が変化しても濃度測定の信頼性が確認された。しかし、ボール温度Tが14℃から24℃の間で急激に変化する温度ジャンプ付近の水分濃度wの変動は、精度向上のために解決すべき課題である。先の測定サイクルからのボール温度Tの温度変化ΔTが0.1℃を超えると、温度ジャンプが起こり得る。水分濃度wの変動は、センサセル31及び配管36内の水分の吸着や脱着に起因する可能性があるが、ボール温度Tの温度変化ΔTが大きすぎると、水分濃度wの変動が生じる可能性がある。
【0040】
温度ジャンプ付近での水分濃度wの変動の問題を解決するために、閾値ΔTcを0.08℃として、他のテスト測定を実行した。Nガス流中の水分濃度wは、CRDSを用いて評価し、3.39ppbv,14.36ppbv,3.39ppbv,41.22ppbv,3.39ppbv,85.74ppbv,3.39ppbv,174.2ppbv,3.39ppbv,434.7ppbv,3.39ppbv,870.4ppbv,3.39ppbvの順序で変化させた。同時に、ペルチェ素子12を使用して、15分ごとにボール温度Tを24℃の14℃間で変化させた。
【0041】
図14に示すように、測定されたボール温度Tは設定温度を再現している。図15に示すように、ボール温度Tは約5分のあいだ約14℃に維持され、約10分のあいだに14℃から24℃に変化し、約5分のあいだ約24℃に維持されることがわかる。水分濃度wによる第1対象変化Δtは、水分濃度wとともにボール温度Tによっても変化した。
【0042】
図6に示したフローチャートのステップS104において、閾値ΔTcは0.08℃に設定され、ボール温度Tが約14℃または約24℃に約5分間維持されている間、ΔT<ΔTcの平衡条件が満たされている。この場合、式(3)の右辺は、a=−9.00×10−6、Δe=0.311(eV)として式(6)及び式(7)と評価できる。a=−9.00×10−6、Δe=0.311(eV)として式(6)及び式(7)を 式(3)に代入して、式(8)を用いて水分濃度wを求めることができる。図16及び図17に示すように、温度ジャンプ付近での測定水分濃度wの変動を、図10及び図13に比べて小さくすることができる。
【0043】
図18はまた、設定濃度値と60分にわたって平均された測定濃度値との間の比較を示す。図18に示すように、設定濃度値と測定濃度値との間の一致は顕著であることが理解される。したがって、第1実施形態によれば、温度が変化しても高信頼性の濃度測定を実現することができる。
【0044】
(測定方法)
第1実施形態に係る水分濃度の測定方法について、図6に示すフローチャートを参照しながら説明する。 まず、波形データプロセッサ44の通信部45は、ペルチェ素子12の規定の設定温度を図1に示す温度制御部16に送信する。ボール温度は規定の設定温度でペルチェ素子12により制御され、ホルダー11に挿入されたサーミスタ13はホルダー11の温度を監視する。通信部45から送信された命令に従って、水蒸気を含むガスが配管36を通ってセンサセル31に流れ込む。
【0045】
ステップS100で、通信部45から送信された命令に従って、信号発生器/受信器42からバースト信号がセンサ電極22に送信され、SAWのコリメートビーム21が励起される。図2に示すように、コリメートビーム21は、環状軌道上に配置された感応膜23を通過しながら、圧電ボール20上の環状軌道を繰り返し伝播する。
【0046】
ステップS101で、コリメートビーム21が圧電ボール20の周りに所定回数の回転、例えば50回転で伝搬した後、信号発生器/受信器42はセンサ電極22を介してコリメートビーム21のバースト信号を受信する。通信部45を介してバースト信号の波形データは、図4に示す波形データプロセッサ44に送信される。
【0047】
ステップS102で、波形データプロセッサ44の計算部46は、バースト信号の波形データから、第1周波数fの第1相対変化Δt及び第2周波数fの第2相対変化Δtをそれぞれ算出する。そして、第1相対変化Δt及び第2相対変化Δtを用いて、水分濃度w及びボール温度Tに起因する第1対象変化Δt及び第2対象変化Δtがそれぞれ算出される。
【0048】
ステップS103で、波形データプロセッサ44の計算部46は、第2対象変化Δtを用いてボール温度Tを算出する。
【0049】
ステップS104で、波形データプロセッサ44の比較部47により、先の測定サイクルからのボール温度Tの温度変化ΔTと閾値ΔTcとが比較される。例えば、閾値ΔTcは0.08℃に設定されている。
【0050】
温度変化ΔTが閾値ΔTc以下である場合、ステップS105で、計算部46によりガス濃度wが算出され、新たな測定値として記憶部48に記録される。一方、温度変化ΔTが閾値ΔTcより大きい場合、感応膜の粘弾性特性を正確に測定するために必要な熱平衡が実現されていないと判断される。したがって、先のサイクルにおける水分濃度wは依然として有効であり、次の測定サイクルを開始するためにステップS100の処理に戻る。
【0051】
第1実施形態に係る測定方法によれば、温度が変化してもボールセンサ2の水分濃度wとボール温度Tとを同時に高感度かつ信頼性よく測定することができる。
【0052】
−第2実施形態−
図8に示すように、ボール温度Tの変化は、第1実施形態のサーミスタ13の監視温度Tthと比較して、やや緩やかであり、0.5分程度遅れている。さらに、ボール温度Tは3分後でさえも所望の設定温度に達していない。その理由の一つは、ステンレス鋼板製のアダプタ14の大きな熱容量にある。また、ボール温度Tを監視するためには、サーミスタ13をボールセンサ2のできるだけ近くに設置する必要がある。しかしながら、外気からの水分の漏れを避けるために、サーミスタ13をセンサセル31に設置することはできない。
【0053】
第1実施形態で述べたように、ボール温度Tは、SAWの遅延時間τ及びτ並びに、遅延時間τの相対変化Δτ及び遅延時間τの相対変化Δτを用いて求められる。即ち、サーミスタ13による監視温度Tthの代わりに、波形データプロセッサ44により算出されたボール温度Tを用いてペルチェ素子12を制御してもよい。このように、ボールセンサ2自体をボール温度Tの監視用精密温度計として用いることができる。
【0054】
その結果、温度制御プロセスの性能は理想的であり、ボール温度Tの応答は著しく速くなり得る。温度制御には制御信号としてボール温度Tを用いる必要があり、制御信号としてボール温度Tを用いる場合には、商用の温度コントローラが使用されている構成に比べて、第1実施形態に係る水分濃度測定システムの性能を向上させることができる。この改善は、図19に示す装置を用いて実現される。
【0055】
本発明の第2実施形態では、図19に示すように、温度制御部16は、波形データプロセッサ44からペルチェ素子12の規定の設定温度と算出されたボール温度Tとを受け取るコマンドインタプリタ18を備えている。その他の構成は、実施形態1とほぼ同様であるので、重複する説明は省略する。
【0056】
測定時には、波形データプロセッサ44は、ペルチェ素子12を制御するために温度制御部16に温度を設定する。信号発生/受信部42は、ボールセンサ2にバースト信号を送信し、その後、コリメートビーム21のバースト信号を受信する。コリメートビーム21は、圧電ボール20の周囲を所定回数の回転で伝播している。続いて、信号生成/受信部42は、バースト信号の波形データを波形データプロセッサ44に送信する。波形データプロセッサ44は、式(4)及び式(5)を用いて、波形データに信号処理を実施し、ボール温度Tを算出温度として求める。計算されたボール温度Tは、米国電子工業会(EIA)によって標準化されたRS−232C通信プロトコルを使用してコマンドインタプリタ18に送信される。
【0057】
計算されたボール温度Tが設定温度より低いかまたは高い場合、温度制御部16は比例積分微分(PID)制御アルゴリズムに従ってペルチェ素子12に加熱または冷却電流を送る。第2実施形態では、ペルチェ素子12を制御するための制御信号としてボール温度Tを用いているので、サーミスタ13で監視されている監視温度Tthを用いた場合に比べて、ボール温度Tの応答が大幅に速くなる。
【0058】
応答時間は、規定の設定温度に達し、設定温度から±0.2℃の温度範囲内で安定するのに要する時間で評価されている。図20A及び図20Bは、時間t=0分においてペルチェ素子12の規定の設定温度を24℃から14℃に変化させ、時間t=15分で14℃から24℃に変化させたときのペルチェ素子12によって制御されるボール温度Tの時間変化を示す。図20Aは、第1実施形態に係る温度制御であり、サーミスタ13による監視温度Tthを制御信号として用いたものである。図20Bは、第2実施形態に係る温度制御を示しており、波形データプロセッサ44により算出されたボール温度Tを制御信号として用いている。
【0059】
図20Aに示すように、規定の設定温度が24℃から14℃に変更された場合の応答時間は約7.0分であり、規定の設定温度が14℃から24℃に変更された場合の応答時間は約4.65分である。図20Bに示すように、規定の設定温度が24℃から14℃に変更された場合の応答時間は約3.85分であり、規定の設定温度が14℃から24℃に変更された場合の応答時間は約3.1分である。このように、制御信号としてボール温度Tを用いるときのボール温度Tの応答は、サーミスタ13によって監視される監視温度Tthを用いるときと比較して著しく速くなることが、図20A及び図20Bから明らかである。
【0060】
−その他の実施形態−
以上のように、本発明を第1及び第2実施形態よって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面は本発明を限定するものであると理解すべきではない。上記の実施形態の開示の趣旨を理解すれば、当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が本発明に含まれ得ることが明らかとなろう。
【0061】
第1及び第2実施形態では、ボールセンサ2の温度制御に温調ユニット10を用いたが、常温又は恒温室内で測定を行う場合、ボールセンサ2の温度制御は必ずしも行わなくてもよい。このような場合、測定システムは、センサユニット1と信号処理ユニット40とを含んでもよい。
【0062】
第1及び第2の実施形態では、微量水分センサをガスセンサとして説明した。しかし、本発明は微量水分センサだけでなく、水素分子、酸素分子、揮発性有機化合物分子などの各種ガス分子用のセンサにも適用可能である。例えば、水素ガスセンサの感応膜23には、パラジウム(Pd)膜やPd化合物膜を用いることができる。このように、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を当然に包含する。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に記載された発明特定事項によってのみ定められるものである。
【符号の説明】
【0063】
1…センサユニット
2…ボールセンサ(ボールSAWセンサ)
10…温調ユニット
11…ホルダ
12…ペルチェ素子
13…サーミスタ
14…アダプタ
16…温度制御部
18…コマンドインタプリタ
20…圧電ボール
21…コリメートビーム
22…センサ電極
23…感応膜
31…センサセル
32…電極ホルダベース
33…センサセルキャップ
34…電極ホルダ
35…外部電極
36…配管
40…信号処理ユニット
42…信号発生器/受信器
44…波形データプロセッサ
45…通信部
46…計算部
47…比較部
48…記憶部

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20A
図20B