特許第6805424号(P6805424)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805424
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】導電糸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/83 20060101AFI20201214BHJP
   D02G 3/26 20060101ALI20201214BHJP
   H01B 5/02 20060101ALI20201214BHJP
   H01B 5/08 20060101ALI20201214BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20201214BHJP
   C23C 18/31 20060101ALI20201214BHJP
   C25D 7/06 20060101ALI20201214BHJP
【FI】
   D06M11/83
   D02G3/26
   H01B5/02 A
   H01B5/08
   H01B13/00 501E
   C23C18/31 A
   C25D7/06 R
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-203520(P2015-203520)
(22)【出願日】2015年10月15日
(65)【公開番号】特開2017-75424(P2017-75424A)
(43)【公開日】2017年4月20日
【審査請求日】2018年10月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】591243055
【氏名又は名称】ウラセ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592029256
【氏名又は名称】福井県
(74)【代理人】
【識別番号】110003203
【氏名又は名称】特許業務法人大手門国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100111855
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 好昭
(72)【発明者】
【氏名】針井 知明
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 好博
(72)【発明者】
【氏名】田嶋 詠士
(72)【発明者】
【氏名】小泉 孝義
(72)【発明者】
【氏名】増田 敦士
(72)【発明者】
【氏名】辻 尭宏
(72)【発明者】
【氏名】末定 新治
【審査官】 春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−076852(JP,A)
【文献】 特開2011−153365(JP,A)
【文献】 特開2007−056287(JP,A)
【文献】 国際公開第14/025420(WO,A1)
【文献】 特開2014−086390(JP,A)
【文献】 米国特許第04518632(US,A)
【文献】 特開平03−104984(JP,A)
【文献】 特開昭60−059096(JP,A)
【文献】 特開2003−183886(JP,A)
【文献】 特開昭63−190078(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M10/00−11/84
16/00
19/00−23/18
D02G1/00−3/48
D02J1/00−13/00
C23C18/00−20/08
C25D5/00−7/12
H01B5/02
H01B5/08−5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊度が10デシテックス以下で誘電体である繊維材料を無撚状態で集束した繊維束(繊度Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をT≦D/300となるように設定した状態でメッキ液に浸漬し、前記メッキ液に浸漬した前記繊維束に60Hz以下の振動を付与して前記繊維材料をばらけた状態でメッキ処理を行うことで前記繊維材料の周囲を金属材料により被覆し、金属材料により周囲が被覆された前記繊維材料を集束したマルチフィラメントからなる導電糸を製造する導電糸の製造方法。
【請求項2】
前記マルチフィラメントは、加撚して製造する請求項1に記載の導電糸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体である繊維材料の周囲を金属材料により被覆したマルチフィラメントからなる導電糸及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より通信用や電源供給用に金属電線が用いられているが、金属電線としては銅線が主に使用されている。銅線を用いた電線は、屈曲や捩れといった変形に対して弱く、電気機器等の可動部位に配線された場合に、変形が繰り返し加わるようになるため、断線しやすくなる、といった課題がある。
【0003】
こうした電線の課題に対して、屈曲及び捩れに対する耐久性に優れた合成樹脂製の繊維材料の表面に銅等の金属をメッキ処理した導電糸が提案されている。例えば、特許文献1では、引張強度が7cN/dtex以上の高強度有機合成繊維の周囲に金属メッキ処理を施し、撚り数T(回/m)が50≦T≦150の範囲で金属メッキ層を形成した高強度有機合成繊維のフィラメント束を撚り合わせた導体が記載されている。また、特許文献2では、メッキ処理槽に設けられた通過口より繊維束を導入し、メッキ処理槽内のメッキ液を通過口よりオーバーフローさせた状態で繊維束をメッキ液に浸漬し、更にメッキ処理槽内における繊維束の通過経路が概ねメッキ液面と平行な面内にあり、繊維束にかかる張力を常に一定としてメッキ処理を行うことで、複数のフィラメントからなる繊維束を連続的にメッキ処理し、各フィラメントが均一にメッキ金属により被覆されるメッキ処理方法が記載されている。また、特許文献3では、有機繊維糸条を含む絶縁電線であって、有機繊維糸条が金属被覆され、さらに金属被覆された有機繊維糸条が熱可塑性樹脂により被覆されており、有機繊維糸条の熱分解温度が400℃以上で引張強度が15cN/dtex以上で、金属被覆された有機繊維糸条の電気抵抗値が3Ω/m以下であり、JIS C 3216−6に基づいて測定される耐軟化温度が170℃以上である絶縁電線が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−76852号公報
【特許文献2】特開2011−153365号公報
【特許文献3】特開2014−86390号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献では、絶縁性繊維材料を用いて軽量性、柔軟性、高引張強力及び高導電性を備えた電線を得ることができ、従来の銅線を用いた電線に比べて屈曲及び捩れ等の変形に対して耐久性を向上させることが可能となる。
【0006】
この特性を生かして、ウエアラブルエレクトロニクスなど電気機器と衣料を融合した分野での製品開発が進む中で、この種の導電糸は単なる信号線としてだけでなく、電源ラインや信号線としても無線等のアンテナを含む高周波対応の電気特性の需要が高まっている。その場合は、通常の糸と同様に織編物に織り込んだり編み込んだりするための軽量性・柔軟性の他に、高周波に対する伝送損失が少ないという特性が求められる。
【0007】
そこで、本発明は、柔軟性及び導電性を備えるとともに高周波伝送損失が低く屈曲耐久性を備えている導電糸及びその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る導電糸は、繊度が10デシテックス以下で誘電体である繊維材料の周囲を金属材料により被覆したマルチフィラメントからなる導電糸であって、前記マルチフィラメントの各繊維材料の周囲に金属材料が均一な層で付着しており、300MHz〜1500MHzにおける高周波伝送損失が5dB以下であるとともに7万回以上の動的駆動試験に対して電気抵抗が150%以下の増加率で導電性を維持する屈曲耐久性を備えている。さらに、前記マルチフィラメントは、目付が0.1g/m〜1g/mで電気抵抗が0.5Ω/m〜10Ω/mであるとともにKESFB2−AUTO−Aにより求められる曲げ剛性が0.04gf・cm2/ヤーン〜5gf・cm2/ヤーンである。さらに、前記マルチフィラメントは、繊度が500デシテックス未満では撚り数が160回/m以上、繊度が500デシテックス〜1200デシテックスでは撚り数が100回/m以上、繊度が1200デシテックス〜2000デシテックスでは撚り数が50回/m以上に設定されている。
【0009】
本発明に係る導電糸の製造方法は、繊度が10デシテックス以下で誘電体である繊維材料を無撚状態で集束した繊維束(繊度Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をT≦D/300となるように設定した状態でメッキ液に浸漬し、前記メッキ液に浸漬した前記繊維束に60Hz以下の振動を付与して前記繊維材料をばらけた状態でメッキ処理を行うことで前記繊維材料の周囲を金属材料により被覆し、金属材料により周囲が被覆された前記繊維材料を集束したマルチフィラメントを製造する。さらに、前記マルチフィラメントは、加撚して製造する。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、繊度が10デシテックス以下で誘電体である繊維材料の周囲を金属材料により被覆したマルチフィラメントを有し、300MHz〜1500MHzにおける高周波伝送損失が5dB以下であるとともに7万回以上の動的駆動試験に対して電気抵抗が150%以下の増加率で導電性を維持するようになっているから、柔軟性及び導電性とともに低い高周波伝送損失及び屈曲耐久性といった優れた特性を備えている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】屈曲耐久性試験を行う装置構成を示す説明図である。
図2】導電糸の各特性を示す表である。
図3】導電糸の周波数と高周波伝送損失との関係を示すグラフである。
図4】導電糸の撚り数と比抵抗との関係を示すグラフである。
図5】導電糸の屈曲耐久性試験の結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る実施形態について詳しく説明する。本発明に係る導電糸は、繊度が10デシテックス以下で誘電体である繊維材料の周囲を金属材料により被覆したマルチフィラメントからなる。マルチフィラメントを構成する各繊維材料の周囲に金属材料が被覆しているため、マルチフィラメント全体にほぼ均一に金属材料が分布するようになる。そのため、後述するように、電気抵抗及び高周波伝送損失の低下といった優れた電気的特性を備えるようになり、軽量化並びに優れた柔軟性及び屈曲耐久性を実現することができた。
【0013】
誘電体である繊維材料は、合成繊維材料としては、ポリエステル、ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、パラ系アラミド、メタ系アラミド、ポリアリレート、ポリベンゾイミダゾール等が挙げられ、無機繊維材料としてはガラスが挙げられる。そして、これらの繊維材料を混合したものであってもよい。繊維材料の繊度は、10デシテックス以下であることが好ましく、より好ましくは、1デシテックス〜10デシテックスである。繊度が10デシテックスより大きくなると、金属材料を付着させた場合に電気抵抗を十分低下させることができなくなる。
【0014】
金属材料としては、銅、銅/ニッケル、ニッケル、金、パラジウム、銀等の公知の無電解メッキ処理で析出することのできる金属であればよく、こうした金属を単一又は複合して形成することも可能で、特に限定されない。
【0015】
導電糸は、金属材料よりも軽量な合成繊維材料等の繊維材料を用いており、マルチフィラメントを構成する各繊維材料の周囲に金属材料が付着しているので、十分な導電性を確保しつつ軽量化を図ることができる。具体的には、マルチフィラメントの電気抵抗を0.5Ω/m〜10Ω/mに設定することが可能で、マルチフィラメントの目付を0.1g/m〜1g/mに設定することができる。電気抵抗については、0.5Ω/m〜10Ω/mに設定することで、従来の電線と同程度の導電性を確保することが可能となる。また、電気抵抗が10Ω/mよりも大きくなると、電源供給用として使用した場合に1m以上の配線で電気抵抗による電流低下が大きくなり、例えばLEDの電源供給に使用すると光量の低下が明確に認識されるようになってしまう。
【0016】
また、目付については、0.1g/mより目付が小さくなると、金属材料の付着量が不十分となって十分な導電性が確保しにくくなり、1g/mより目付が大きくなると、十分な軽量化を図ることが難しくなる。金属材料の付着量は、軽量化及び導電性の観点から0.4g/m以下とすることが好ましい。
【0017】
導電糸は、誘電体である繊維材料の周囲に金属材料が被覆されており、金属材料を周囲に被覆した繊維材料を集束したマルチフィラメントからなるので、高周波伝送損失を低く抑えることができ、無線通信や信号伝送といった用途に好適である。具体的には、300MHz〜1500MHzにおける高周波伝送損失を5dB以下に抑えることができ、無線通信用のアンテナの素材として十分な機能を備えている。
【0018】
高周波特性は、繊維材料の繊維長方向(高周波伝播方向)の電気抵抗のばらつきが少ない方が高周波の伝送損失も小さくなる。また、高周波の電波は、主に導電糸の表面を伝播するので、表面積が大きい(フィラメント本数が多い)方が、高周波の伝送損失が小さくなる。また、導電糸に撚りを加えることで糸長方向の電気抵抗が安定するので、同じ電気抵抗でも撚り数の大きい方が高周波伝送損失を低くすることができる。本発明では、糸長方向の電気抵抗のばらつきが少なく表面積の大きいマルチフィラメントからなる導電糸を得ることができるので、従来の銅線等の導電線と同程度の低い高周波伝送損失とすることが可能となる。
【0019】
また、導電糸は、後述するように、メッキ処理により各繊維材料の周囲に金属材料が均一に被覆しているので、各繊維材料の周囲に金属材料が薄く付着している場合でも、マルチフィラメント全体では導電性を確保するのに十分な付着量とすることができる。そして、各繊維材料の周囲に金属材料を薄く均一な層に付着させることで、各繊維材料の柔軟性を維持しつつ繊維材料の変形に伴う金属層の破断を抑止することが可能となる。そのため、マルチフィラメントの柔軟性を確保することが可能となり、屈曲耐久性を向上させることができる。そして、繊維材料の周囲に均一に金属材料が付着しているので、マルチフィラメントの柔軟性及び屈曲耐久性に異方性がほとんどなくなり、通常の糸と同様にいずれの方向に対しても湾曲変形させることができ、従来と同様の製織工程及び製編工程に耐えることが可能となる。
【0020】
導電糸の柔軟性については、KESFB2−AUTO−Aにより求められる曲げ剛性が0.04gf・cm2/ヤーン〜5gf・cm2/ヤーンに設定することが好ましい。曲げ剛性が0.04gf・cm2/ヤーンよりも低い場合には、繊維材料に付着した金属材料の量が少なく10Ω/m以下の電気抵抗を実現することが難しくなり、5gf・cm2/ヤーンよりも高い場合には、柔軟性が低下して製織工程や製編工程で不具合が発生するようになる。
【0021】
なお、KESFB2−AUTO−Aとは、カトーテック株式会社製の自動化純曲げ試験機であり、クランプ間隔10mm、曲げ変形速度0.5cm-1/sの条件で曲率を変えて曲げモーメントを測定する装置である。糸の柔軟性を評価する方法のひとつとして、測定された曲げモーメントおよび糸本数に基づいて、任意の測定曲率範囲から糸一本の曲げ剛性(gf・cm2/ヤーン)を求めることができる。
【0022】
導電糸の屈曲耐久性については、導電糸を折り曲げるように繰り返し屈曲変形させる動的駆動試験によりどの程度導電性が維持されるか耐久試験を行うことでその特性をみることができる。導電糸が織成処理又は編成処理等の製造工程で受ける屈曲変形回数及び製品として使用されている間に受ける屈曲変形回数を考慮すれば、7万回以上の屈曲変形回数で導電性が確保されていれば十分である。本発明に係る導電糸では、7万回以上の動的駆動試験を行った後でも電気抵抗が150%以下の増加率で導電性が維持されるようになっており、優れた屈曲耐久性を備えている。
【0023】
導電糸は、撚りを加えることで、電気的特性を安定させることができ、均質な電気的特性を備える導電糸を得ることが可能となる。撚りを加えることで、金属材料で被覆された各繊維材料が互いに密着してマルチフィラメント全体で金属材料同士が安定した電気的接続状態となり、電気的特性が安定するようになる。
【0024】
具体的には、繊度が500デシテックス未満では撚り数を160回/m以上に設定することが好ましく、繊度が500デシテックス〜1200デシテックスでは撚り数を100回/m以上に設定することが好ましく、繊度が1200デシテックス〜2000デシテックスでは撚り数を50回/m以上に設定することが好ましい。繊度が500デシテックス未満の細い導電糸の場合には、撚り数が160回/mよりも少ないと、導電糸の電気抵抗にばらつきが生じるようになる。同様に、繊度が500デシテックス〜1200デシテックスの太い導電糸の場合には、撚り数が100回/mよりも少ないと電気抵抗のばらつきが生じ、繊度が1200デシテックス〜2000デシテックスのさらに太い導電糸の場合には、撚り数が50回/mより少ないと電気抵抗にばらつきが生じるようになる。
【0025】
導電糸を製造する場合には、長繊維からなる繊度が10デシテックス以下の繊維材料を無撚状態で集束した繊維束に対して各工程の処理を行う。繊維束は無撚状態となっているため、各処理槽内に浸漬させると長繊維からなる繊維材料がばらけた状態となり、各繊維材料の表面を均一に処理することができる。
【0026】
前処理工程では、まず繊維束に対して精錬処理を行い、繊維材料への触媒付与及び触媒の活性化処理を行う。触媒付与処理は、無電解メッキ処理を行うために繊維材料の表面に触媒を固定する処理であり、触媒としては、スズ銀、スズパラジウム又はパラジウムといった公知の金属材料が挙げられる。触媒の活性化処理では、酸浸漬といった処理を行い、触媒を活性化させる。
【0027】
無電解メッキ処理工程では、前処理工程で処理された繊維束(繊度Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をD/1000≦T≦D/300となるように設定した低張力状態で走行させながら複数の無電解メッキ槽に順次浸漬してメッキ処理を行う。繊維束を無電解メッキ槽内に浸漬した状態で繊維束に60Hz以下の振動を付与することで、走行中に集束状態となる繊維束の繊維材料がメッキ液内においてばらけた状態で振動するようになる。ばらけた状態で振動する繊維材料の間にメッキ液が浸入して各繊維材料の周囲を均一にメッキ処理して金属材料を付着させることができる。
【0028】
繊維束に振動を付与する方法としては、繊維材料がばらけた状態で振動すればよく、特に限定されないが、例えば、繊維束を走行させる走行ローラを走行方向と交差する方向に振動させて繊維材料をばらけた状態にすることができる。また、メッキ槽内を走行する繊維束に対して、断続的に振動ローラを接触させたり、メッキ液を流動させて振動させるようにしてもよい。付与する振動数は60Hz以下が好ましく、より好ましくは28Hz〜60Hzである。
【0029】
無電解メッキ処理工程では、公知の処理方法を用いて行うことができ、例えば、メッキ液として市販のメッキ液を使用して、メッキ浴の温度を25℃〜50℃に設定して、処理時間を10分〜20分行うようにすればよい。
【0030】
無電解メッキ処理により形成する金属メッキ層としては、銅、銅/ニッケル、ニッケル、金、パラジウム、銀等の公知の無電解メッキ処理で析出することのできる金属であればよく、こうした金属を単一又は複合して形成することも可能で、特に限定されない。触媒を各繊維材料の周囲に均一に付着させることで、無電解メッキ処理により各繊維材料の周囲を均一な金属メッキ層で被覆することができる。
【0031】
電気メッキ処理工程では、無電解メッキ処理工程で処理された繊維束(繊度Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をD/1000≦T≦D/300となるように設定した低張力状態で走行させながら複数の電気メッキ槽に順次浸漬してメッキ処理を行う。繊維束を電気メッキ槽内に浸漬した状態で、無電解メッキ処理工程と同様に、繊維束に60Hz以下の振動を付与することで、繊維束の繊維材料がメッキ液内においてばらけた状態で振動するようになる。ばらけた状態で振動する繊維材料の間にメッキ液が浸入して各繊維材料の周囲に無電解メッキ処理により形成された金属メッキ層に対して均一にメッキ処理して金属メッキ層の厚さを均一に厚くすることができる。したがって、電気メッキ処理により繊維材料の周囲への金属材料の付着量を所望の量に設定することができ、ムラの少ない金属メッキ層を形成することが可能となる。
【0032】
電気メッキ処理工程では、公知の処理方法により行うことができ、例えば、メッキ液として市販の硫酸銅溶液処方(奥野製薬工業株式会社製標準処方)を使用して、メッキ浴の温度を20℃〜50℃に設定して、処理時間を10分〜20分で行うようにすればよい。
【0033】
以上のように、原料となる長繊維の繊維材料を無撚状態で集束した繊維束に対して無電解メッキ処理及び電気メッキ処理を行うことで各繊維材料の周囲を金属材料で被覆したマルチフィラメントを製造することができるが、こうした処理は、繊維束を低張力を付与した状態で行われる。繊維束(繊度Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をT≦D/300となるように設定した状態で、好ましくは、D/1000≦T≦D/500の張力を付与した状態で、60Hz以下の振動を付与してメッキ処理することで、伸縮や屈曲といった変形に対して耐久性のある導電糸を得ることができる。例えば、繊度が1000デシテックスの繊維束の場合には、3ニュートン以下の低張力を付与した状態で処理すればよい。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。実施例において用いた測定方法及び試験は、以下のとおりである。
【0035】
<重量測定>
原料となる繊維材料及び導電糸の単位長さ当りの重量は、電子天秤(メトラー・トレド株式会社製;AB54−S)を用いて測定した。
【0036】
<電気抵抗測定>
デジタル・マルチメータ(株式会社エーディーシー;R6552)を用いて、4端子法により測定した。測定する際に、導電糸に所定荷重で張力を付与した状態で所定長さとなるようにセットして行った。
【0037】
<曲げ剛性測定>
自動化純曲げ試験機(カトーテック株式会社;KESFB2−AUTO−A)を用いて、1本〜5本の糸サンプルを、クランプ間隔10mm、曲げ変形速度0.5cm-1/sの条件で曲げモーメントを測定し、測定された曲げモーメントに基づいて、曲率0.5〜1.5の範囲で曲げ剛性を算出した。
【0038】
<高周波特性測定>
被試験導電糸を、熱収縮チューブ(Versafit V4−0.8−0−SP−SM)で絶縁被覆した後、2本を平行に密着させて平行二線伝送線路を構成し、4ポートネットワークアナライザ(アジレントテクノロジ株式会社製)とGSSGプローブ(カスケードマイクロテック株式会社製)を用いて、ミクストモードSパラメータを取得することで、差動伝送における伝送損失を求めた。
【0039】
<屈曲耐久性試験>
図1に示すように、500mmの長さの導電糸Cを、1mm間隔を空けて水平に平行配列した一対の屈曲バーBの間に上方から挿入し、下端に20gの重りWを取り付けて上端側を把持体Aに取り付ける。屈曲バーBの断面形状は直径10mmの円形に形成されており、外周面の曲率半径は5mmに設定されている。そして、把持体Aを屈曲バーBと直交する方向に往復揺動させて屈曲バーBにより挟まれた位置を中心に導電糸Cを両側に135度まで屈曲させるように動作させる。把持体Aの動作速度は、約60回/分とした。把持体Aの動作により屈曲バーBに挟まれた導電糸Cの部分が繰り返し屈曲変形するようになる。そして、所定の屈曲回数毎に屈曲変形部分を含む箇所で電気抵抗測定を行った。
【0040】
[実施例1]
原料として、パラアラミド繊維からなる繊維束(帝人株式会社製;テクノーラ)を用いた。繊度として、440デシテックス、1100デシテックス及び1670デシテックスの3種類を準備した。原料として用いた繊維束は、複数の長繊維が繊維長方向に引き揃えられて無撚状態で集束したものを使用した。
【0041】
<導電糸の製造>
まず、前処理工程では、触媒として塩化パラジウムコロイド溶液(奥野製薬工業株式会社製標準処方)を用いて、浸漬法により繊維束を構成する長繊維の表面に触媒を付与し、市販の硫酸溶液(星和ケミカル株式会社製標準処方)を用いた酸浸漬により触媒の活性化処理を行った。
【0042】
次に、前処理により長繊維の周囲に付着した触媒を活性化させた繊維束に対して無電解メッキ処理を行った。無電解メッキ処理では、メッキ液として硫酸銅溶液処方(奥野製薬工業株式会社製標準処方)を用い、メッキ液を収容した複数のメッキ浴槽を繊維束の搬送方向に配列した。そして、繊維束(Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をT=D/500に設定して搬送しながら、溶液温度40℃及び処理時間15分の条件で各メッキ浴槽内を通過させて浸漬することで無電解メッキ処理を行った。繊維束が浸漬された状態で振動を付与することで、繊維束を構成する長繊維がばらけてその周囲を満遍なく無電解メッキ処理した。
【0043】
次に、無電解メッキ処理された繊維束に対して電気メッキ処理を行った。電気メッキ処理では、メッキ液として硫酸銅溶液処方(奥野製薬工業株式会社製標準処方)を用い、メッキ液を収容した複数のメッキ浴槽を繊維束の搬送方向に配列した。そして、繊維束(Dデシテックス)に対して糸長方向に付与する張力(張力Tニュートン)をT=D/500に設定して搬送しながら、溶液温度20℃及び処理時間15分の条件で各メッキ浴槽内を通過させて浸漬することで電気メッキ処理を行った。繊維束が浸漬された状態で振動を付与することで、繊維束を構成する長繊維がばらけてその周囲を満遍なく電気メッキ処理した。
【0044】
以上の処理により、長繊維の周囲を銅により被覆したマルチフィラメントからなる導電糸を製造した。
【0045】
<導電糸の撚糸>
製造した一部の導電糸に対して検撚機(SANKIN ENGINIEERING CO.,LTD.製)により、荷重20gで所定の撚り数で撚糸処理した。440デシテックスの導電糸に撚り数200回/m及び160回/mを加撚したものを作成して実施例1−1及び実施例1−2とし、1100デシテックスの導電糸に撚り数30回/mを加撚したものを実施例1−3として評価した。1670デシテックスの導電糸については、加撚せずにそのまま実施例1−4として評価した。
【0046】
<導電糸に関する各特性の測定>
製造した導電糸を所定の長さに切断し、重量及び電気抵抗を測定し、単位長さ当りの重量及び電気抵抗を算出し、所定の長さの導電糸について曲げ剛性を測定した。測定結果を図2に示す。また、図3は、周波数が300MHz〜1500MHzにおける高周波伝送損失の測定結果を示すグラフである。グラフでは、横軸に周波数(MHz)をとり、縦軸に高周波伝送損失(dB)をとっている。
【0047】
[実施例2]
原料として、ポリエチレンテレフタレート(PET)からなる繊維束(帝人株式会社製;1100デシテックス/192f)を用いた。原料として用いた繊維束は、複数の長繊維が繊維長方向に引き揃えられて無撚状態で集束したものを使用した。
【0048】
<導電糸の製造>
実施例1と同様に、原料となる繊維束に対して、前処理工程、無電解メッキ処理工程及び電気メッキ処理工程を行って導電糸を製造した。得られた導電糸は、加撚せずにそのまま実施例2として評価した。
【0049】
<導電糸に関する各特性の測定>
製造した導電糸を所定の長さに切断し、実施例1と同様に測定を行った。測定結果を図2及び図3に示す。
【0050】
[比較例1]
比較例として、単線材からなる銅線(共和ハーモネット株式会社製;2UEW、径0.2mm)と、絶縁被覆銅線(オーナンバ株式会社製;絶縁被覆材、径0.18mm×20本)から取り出した撚線材の本数を2本、12本、20本にした3種で、12本及び20本は、26回/mの撚りであった。単線材からなる銅線を比較例1−1とし、2本、12本及び20本の銅線束をそれぞれ比較例1−2〜1−4とした。
【0051】
<銅線及び銅線束に関する各特性の測定>
比較例1−1〜1−4について所定の長さに切断し、実施例1と同様に測定を行った。測定結果を図2に示す。また、比較例1−1〜比較例1−3について測定した高周波伝送損失に関するグラフを図3に示す。
【0052】
<導電糸の特性評価について>
導電糸は、比較例1−1の単線材(径0.2mm)からなる銅線と同程度の重量で5Ω/m以下の低抵抗となっており、軽量化しつつ通信用及び電源供給用に必要な導電性を備えていることがわかる。
【0053】
曲げ剛性では、実施例1−1から実施例1−4では0.04gf・cm2/ヤーン〜5gf・cm2/ヤーンの範囲内で柔軟性を備えていることがわかる。これに対して、比較例1−3及び1−4の撚線材からなる銅線束では、曲げ剛性の正確な測定を行うことができず、測定可能な比較例1−1の銅線及び比較例1−2の銅線束についても導電糸の曲げ剛性より大きくなっており、導電糸は銅線に比べて格段に柔軟性を備えていることがわかる。
【0054】
高周波伝送損失では、実施例1−1〜実施例1−4及び実施例2では、300MHz〜1500MHzの範囲において、比較例1−1〜比較例1−3と同程度に低くなっており、いずれも5dB以下の低損失となっている。また、撚り数との関係では、実施例1−1及び実施例1−2を比較すると、撚り数の大きい実施例1−1の方が高周波伝送損失が低下している。後述するように、撚り数が大きくなると電気抵抗が低下するとともに安定してくるため、比較例に示す銅線と同程度の高周波伝送損失を実現することが可能となる。
【0055】
以上のとおり、導電糸は、軽量化、導電性、曲げ剛性及び高周波伝送損失といった各特性に関してバランスの良い特性を備えており、通信用や電源供給用として好適な素材であることを確認することができた。
【0056】
[実施例3]
原料として、実施例1と同様のパラアラミド繊維からなる3種類の繊維束(帝人株式会社製;テクノーラ、440デシテックス、1100デシテックス及び1670デシテックス)を用いて撚り数による電気抵抗値の変化を測定した。原料として用いた繊維束は、複数の長繊維が繊維長方向に引き揃えられて無撚状態で集束したものを使用した。
【0057】
<導電糸の製造>
実施例1と同様に、原料となる繊維束に対して、前処理工程、無電解メッキ処理工程及び電気メッキ処理工程を行って導電糸を製造した。
【0058】
<導電糸の撚糸及び電気抵抗の測定>
製造された導電糸を実施例1と同様の検撚機を用いて撚糸し、所定の撚り数毎に電気抵抗を測定した。電気抵抗の測定では、440デシテックスの導電糸では、荷重20gで張力を付与した状態で500mmの長さとなるようにセットして10cmの間隔で測定し、単位長さ当りの電気抵抗を算出した。また、1100デシテックス及び1670デシテックスの導電糸では、荷重40gで張力を付与した状態で500mmの長さとなるようにセットして10cmの間隔で測定し、単位長さ当りの電気抵抗(Ω/m)を算出した。そして、3箇所での測定結果の平均値を電気抵抗値とした。
【0059】
得られた電気抵抗値を用いて撚り数が0の場合の電気抵抗値との比抵抗を算出した。図4は、撚り数による比抵抗の推移を示すグラフである。グラフでは、縦軸に比抵抗をとり、横軸に撚り数(回/m)をとっている。
【0060】
<導電糸の撚り数と電気抵抗との関係について>
440デシテックスの導電糸では、撚り数が160回/m以上で電気抵抗が低下した状態で安定した特性を示しており、1100デシテックスの導電糸では、撚り数が100回/m以上で電気抵抗が低下した状態で安定した特性を示しており、1670デシテックスの導電糸では、撚り数が50回/m以上で電気抵抗が低下した状態で安定した特性を示している。いずれの場合でも、導電糸に撚りを付与することで、導電糸を構成する長繊維が互いに密着する表面積が増加するため、長繊維の周囲を被覆する銅が電気的に互いに接続するようになり、電気抵抗の低下とともに安定した特性を示すようになると考えられる。
【0061】
[実施例4]
原料として、実施例1と同様のパラアラミド繊維からなる繊維束(帝人株式会社製;テクノーラ、440デシテックス)を用いて、屈曲耐久性試験を行った。原料として用いた繊維束は、複数の長繊維が繊維長方向に引き揃えられて無撚状態で集束したものを使用した。
【0062】
<導電糸の製造>
実施例1と同様に、原料となる繊維束に対して、前処理工程、無電解メッキ処理工程及び電気メッキ処理工程を行って導電糸を製造した。
【0063】
<導電糸の撚糸>
製造された導電糸を実施例1と同様の検撚機を用いて、撚り数がそれぞれ161回/m、202回/m及び300回/mに加撚した3種類の導電糸を準備し、それぞれ実施例4−1〜実施例4−3とした。
【0064】
<導電糸の屈曲耐久性試験及び電気抵抗の測定>
準備した導電糸に対して屈曲耐久性試験を行い、所定の屈曲回数毎に電気抵抗を測定した。電気抵抗の測定では、荷重20gで張力を付与した状態で500mmの長さとなるようにセットして10cmの間隔で測定し、単位長さ当りの電気抵抗を算出した。算出結果を図5に示す。
【0065】
[比較例2]
比較例1−1と同様の銅線及び比較例1−2と同様の銅線束をそれぞれ比較例2−1及び比較例2−2として用いて、実施例4と同様の屈曲耐久性試験を行い、所定の屈曲回数毎に電気抵抗を測定した。電気抵抗の測定は、実施例4と同様に測定した。算出結果を図5に示す。
【0066】
<導電糸の屈曲耐久性について>
導電糸では、7万回以上の屈曲回数でも断線せずに導電性が確保されており、電気抵抗の増加率が150%以下に抑えられていることから、導電糸を使用して織成又は編成することが可能で、電線等の製品となった後の屈曲にも耐えられるものと考えられる。一方、銅線や銅線束の場合には、8千回までで破断しており、本発明に係る導電糸は、銅線に比べて屈曲耐久性が格段に高いことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る導電糸は、各種ウエアラブル部材に組み込まれる電源や信号用の配線だけでなく、あらゆる製品や設備が通信ネットワークで接続されるIoT社会において多機能のテキスタイルと一体化して使用されるエレクトロニクス部材の配線として十分な性能を備えている。具体的には、衣服を中心としたスポーツ関連分野、介護・医療関連分野、防犯・防災などの安全安心に関連する分野から始まり、カーテン、壁材、シート材といったインテリア関連分野、自動車等の移動体に関連する分野、さらには土木・建築といった大型構造物に関連する分野など広範な分野において適応することが可能であり、不可欠な要素となる。
【0068】
さらに、単なる配線等の部材としてだけでなく、高周波に対応した電気特性を生かして、配線のシールド材やアンテナ部材として使用することができ、フレキシブルな電気配線やアンテナ素材が求められている産業機械や大型電子機器、電気自動車などの移動体といった様々な用途に対応して展開されていくことが期待される。
【符号の説明】
【0069】
A・・・把持体、B・・・屈曲バー、C・・・導電糸、W・・・重り
図1
図2
図3
図4
図5