特許第6805440号(P6805440)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6805440層状物質を改質する方法およびそのための装置、ならびに改質されたグラファイトおよびそれを用いた二次電池用電極材料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805440
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】層状物質を改質する方法およびそのための装置、ならびに改質されたグラファイトおよびそれを用いた二次電池用電極材料
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/21 20170101AFI20201214BHJP
   H01M 4/587 20100101ALI20201214BHJP
【FI】
   C01B32/21
   H01M4/587
【請求項の数】14
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2017-526304(P2017-526304)
(86)(22)【出願日】2016年6月22日
(86)【国際出願番号】JP2016068532
(87)【国際公開番号】WO2017002680
(87)【国際公開日】20170105
【審査請求日】2019年4月1日
(31)【優先権主張番号】特願2015-132048(P2015-132048)
(32)【優先日】2015年6月30日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】312016056
【氏名又は名称】ハリマ化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】唐 捷
(72)【発明者】
【氏名】張 坤
(72)【発明者】
【氏名】林 悦賢
(72)【発明者】
【氏名】松葉 頼重
(72)【発明者】
【氏名】畑 憲明
【審査官】 小野 久子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−269545(JP,A)
【文献】 特開2014−009151(JP,A)
【文献】 特開2014−105123(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/053510(WO,A1)
【文献】 特開平09−237638(JP,A)
【文献】 特開平09−245794(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/21
C01B 32/19
H01M 4/587
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラファイトを分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、原料導入部から供給する工程、
前記原料導入部から供給された前記懸濁液を層間距離拡張モジュールに通過させて、前記グラファイトの層間距離を拡張する工程、
前記層間距離拡張モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収部で回収する工程、および
得られた懸濁液を精製部で精製する工程を含み、
前記原料導入部および前記層間距離拡張モジュールとして、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、ジェット流を発生させないものを用いることを特徴とするグラファイトの改質方法。
【請求項2】
前記懸濁液を5MPa以上の圧力で高圧処理することを特徴とする請求項1に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項3】
前記層間距離拡張モジュールが、2つ以上の通液部材を直列的に連結した構造を有し、前記懸濁液の流れに関して上流側の通液部材の通液路の内径よりも下流側の通液部材の通液路の内径が大きいことを特徴とする請求項1または2に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項4】
前記層間距離拡張モジュールが冷却手段を備えることを特徴とする請求項1から3のうちのいずれか一項に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項5】
前記回収部で回収した前記懸濁液を前記原料導入部に再び供給して、前記層間距離拡張モジュールを通過させる工程をさらに含むことを特徴とする請求項1から4のうちのいずれか一項に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項6】
前記精製部が遠心分離機であることを特徴とする請求項1から5のうちのいずれか一項に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項7】
前記懸濁液を、前記遠心分離機を用いて異なる回転数で2回精製することを特徴とする請求項6に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項8】
前記精製工程において、第一の遠心分離操作時に沈殿物を回収し、第二の遠心分離操作時に上澄みを回収することを特徴とする請求項7に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項9】
前記精製工程において、第一の遠心分離操作では回転数5000〜12000rpmで行うことを特徴とする請求項7または8に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項10】
前記精製工程において、第二の遠心分離操作では回転数300〜3000rpmで行うことを特徴とする請求項7から9のうちのいずれか一項に記載のグラファイトの改質方法。
【請求項11】
グラファイトを分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して供給する原料導入部、
前記原料導入部から供給された前記懸濁液を通過させて、前記グラファイトの層間距離を拡張する層間距離拡張モジュール、
前記層間距離拡張モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収する回収部、および
得られた懸濁液を精製する精製部を備え、
前記原料導入部および前記層間距離拡張モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、ジェット流を発生させないことを特徴とするグラファイトの改質装置。
【請求項12】
ラマン分光法に基づくDピークとGピークとの強度比(I/I)が原料グラファイトの2倍以上であり、X線回折法に基づくXRDチャートにおいて、C軸(002)面に相当する回折ピークが、原料グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークに対して低角度側にシフトし、前記C軸(002)面に相当する回折ピークの半値全幅が、前記原料グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークよりも増加してなる改質されたグラファイトであって、
前記改質されたグラファイトは、原料グラファイトを分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して原料導入部から供給し、前記原料導入部から供給された前記懸濁液を層間距離拡張モジュールに通過させて前記原料グラファイトの層間距離を拡張し、前記層間距離拡張モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収部で回収し、得られた懸濁液を精製部で精製して得られ、
前記原料導入部および前記層間距離拡張モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、ジェット流を発生させないものであることを特徴とする改質されたグラファイト
【請求項13】
窒素吸着法に基づくBET比表面積が原料グラファイトの4倍以上であることを特徴とする請求項12に記載の改質されたグラファイト。
【請求項14】
請求項12または13に記載の改質されたグラファイトを用いることを特徴とする二次電池用電極材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層状物質を改質する方法およびそのための装置に関するものである。より詳細には、本発明は、グラファイトを改質する方法およびそのための装置、ならびに改質されたグラファイトおよびそれを用いた二次電池用電極材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
層状物質は、シート状の物質を構成単位とした積層構造を有しており、その層間にイオンや分子を挿入するインターカレーション反応が可能であることから、機能性材料として様々な分野で活用されている。
【0003】
例えば、炭素材料のひとつであるグラファイト(黒鉛)は、炭素原子の六員環が連なった平面状の二次元物質であるグラフェンを構成単位とする層状物質であり、天然グラファイトのエッジ面(C軸方向)の層間距離(d-spacing)の理論値は、3.3545Åであることが知られている。グラファイトは耐熱性、自己潤滑性、耐薬品性、軽量性等の特徴を有していることから、様々な用途で使われている。
【0004】
代表的なグラファイト材としては、例えば、グラファイトを強酸化条件で酸化した酸化グラファイトを還元して得られる還元グラフェンの積層体が挙げられる。このようなグラフェン積層体からなるグラファイト材の層間距離は、通常、原料のグラファイトとほぼ同程度(約3.5Å)であるが、その製造工程において、原料のグラファイトの層間に作用するファンデルワールス力が弱められているため、例えばリチウムイオン二次電池の電極材料として用いた場合には、リチウムイオンのインターカレーション反応が起こりやすくなる。このように、グラファイト材は二次電池用の主要な電極材料として実用化されており、これまでに天然グラファイト系や人造グラファイト系の二次電池用電極材料の開発が盛んに行われている。
【0005】
例えば、特許文献1には、グラファイトを粉砕し、熱処理した後、ホウ素粉末を添加し、機械的混合し、熱処理して黒鉛化することにより、リチウムイオン二次電池の負極材に適したグラファイト粉末が記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、金属または半金属の化合物を導入して大きな表面積を有する多孔質グラファイト複合材料を得ることを目的として、グラファイトを酸化して得られるグラファイト酸化物層状体と長鎖有機アミンとを固相において混合し、有機溶媒が介在する条件下でイオン交換反応を行うことにより、グラファイト酸化物の層間を拡張する方法が記載されている。なお、特許文献2において基材として用いられるグラファイト酸化物層状体は、例えばグラファイトを濃硫酸と硝酸との混合液中に浸し、塩素酸カリウムを加え、反応させるか、あるいは濃硫酸と硝酸ナトリウムの混合液中に浸し、過マンガン酸カリウムを加え、反応させることにより調製されるものである。
【0007】
一方、今般、グラフェンまたは薄片化グラファイトを製造するための原料物質として、グラファイトを化学的に処理し、高温で熱処理をして、グラファイトの層間を膨張フレーク状にしたもの(膨張化黒鉛)が市販されており、その合成方法として、化学的処理や熱処理の条件検討が様々に行われている。
【0008】
このような膨張化黒鉛の製造方法としては、例えば、特許文献3では、黒鉛を酸性電解質水溶液中に浸漬し、該黒鉛を作用極とし、対照極との間に、自然電位以外に0.6V〜0.8Vの範囲の直流電圧を、48時間以上、1000時間以下印加する電気化学的処理を行うことにより、グラフェンまたは薄片化黒鉛を大量にかつ容易に得ることを可能とする、層間物質が挿入された膨張化黒鉛の製造方法が提案されている。
【0009】
なお、グラファイトからグラフェンを製造する方法としては、上述した膨張化黒鉛や鱗片状黒鉛等を原料として、グラファイトを層間剥離する手法が一般的であり、代表的な例としては、強酸化条件で酸化した酸化グラファイトを剥離する方法(ハマーズ法)が挙げられる。また、強酸化処理工程を要しないグラフェンの製造方法としては、例えば、グラファイトの分散溶液を超音波処理したり、グラファイトの分散溶液に撹拌羽根等を挿入して高速回転させたりして、グラファイトを層間剥離する方法等が提案されている。
【0010】
さらに、近年、工業的量産化に適した製造方法とする観点から、高圧乳化法を利用して、グラファイトを層間剥離する方法が提案されている(特許文献4)。
【0011】
高圧乳化法は、化粧品、食品、製薬等の幅広い分野で利用されている技術であり、原料を含む液体(原料溶液)に高圧をかけて、ノズルやオリフィス等の狭い隙間(細孔、隘路等ともいう)を通すことによって高速流(ジェット流)を発生させ、せん断力、衝撃力、摩砕力等により、乳化、分散、均質化、微細化等を行うものである。
【0012】
高圧乳化法やそのための装置に関しては、これまでに様々な改良の提案がなされている。例えば、特許文献5では、原料溶液にせん断力を付加して所望の原料を乳化・分散させて乳化分散液を生成する際に、原料溶液に付加する圧力(背圧)の大きさを制御し、かつ生成された乳化分散液の背圧を複数の減圧部材により多段階で降圧させることによって、バブリングの発生を抑制する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開1999−307095号公報
【特許文献2】特開2004−217450号公報
【特許文献3】特開2012−131691号公報
【特許文献4】特開2014−9151号公報
【特許文献5】特開2009−148762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献2や特許文献3に記載されるように、従来のグラファイト材の製造方法では、化学的処理、熱処理、またはこれらを組み合わせることによって原料のグラファイトやグラファイト酸化物の層間距離の拡張を試みるものであったため、製造工程が煩雑となることに加えて、グラファイトの層間を均一に拡張することが難しい。また、これらの処理の過程において、グラファイトの表面や層間に様々な官能基が化学修飾され、生成物の純度を確保することが困難であり、収率や製造効率の点で劣っていた。生成物の純度の観点からは、特許文献1に記載されるように添加成分を含むグラファイト材に関しても、グラファイトの純度が求められる用途では利用することが難しい。また、グラファイトに対する化学的処理においては多くの場合強酸を用いるため、工業的量産化の観点からは環境面の問題が懸念されている。
【0015】
また、特許文献2に記載されるように特定の物質をグラファイトの層間に導入して得られるグラファイト材は、複合材料として層間化合物を形成しているため、グラファイト材の用途としては範囲が限定される。
【0016】
また、グラファイトの粉砕物、薄片化させたグラファイトまたはグラフェンを用いた場合には、例えば、還元グラフェンから作製したグラファイト材では、エッジ面の反応性を抑制するために、アモルファスカーボンによってコーティングする必要がある。
【0017】
また、リチウムイオン二次電池用の電極材料としての利用を想定した場合、従来のグラファイト材では、リチウムイオンホストとして重要な特性である結晶化度が十分ではないという課題もあった。
【0018】
このように、これまでの様々な試みにも関わらず、依然として、グラファイトをはじめとする層状物質の機能性材料としての有用性を高める観点等から、さらなる改良が求められている。
【0019】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、簡便かつ温和な条件下で、層状物質の層間距離を拡張し、高濃度かつ高純度で改質された層状物質を得ることのできる、工業的量産化に適した、層状物質の改質方法およびそのための装置を提供することを目的としている。
【0020】
また、本発明は、層状物質としてグラファイトを用いることにより、改質されたグラファイトおよびそれを用いた二次電池用電極材料を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記の目的を達成するために鋭意検討した結果、本発明者等は、従来知られている方法からは到底想定し得ない解決手段に想到した。
【0022】
すなわち、本発明者らは、高圧乳化法をグラファイトの層間距離の拡張に利用することを想到し、高圧乳化法をグラファイトの剥離に適用する際に原料溶液中のグラファイト粒子の面方向に対してせん断力を作用させる観点を利用して、溶媒分子をグラファイトの層間に作用させることにより、グラファイトの層間距離を拡張し、グラファイトを改質することができることを見出した。
【0023】
より具体的には、従来の高圧乳化装置は、圧力発生装置(ポンプ部)と、流路を著しく狭くした部分を有するパーツ(例えばノズルやオリフィスであり、以下「ノズル部」ともいう。)とを備えており、これらは高圧乳化法を行うために必須の構成要素である。ポンプ部からの圧力は、ノズル部でジェット流に変換され、ノズル部から噴射された液体は、吸収セルと呼ばれる部材を通過しながら乱流となり、衝撃力やせん断力が加えられる。このように、原料溶液にせん断力を付加することができる点に着目して、高圧乳化法をグラファイトの剥離に応用することを試みたものが、特許文献4に記載の方法である。
【0024】
しかしながら、このような従来の高圧乳化装置を用いてグラファイトの改質を試みた場合には、目的とする層間距離が拡張された改質グラファイトの収率が低いなど、一定の精度で安定的にグラファイトを改質することが困難であった。
【0025】
また、高圧乳化法では、上述したように、もともと、衝撃力や摩砕力等を複合的に組み合わせて原料溶液に作用させることによって原料をより小さい粒径に破砕しながら均質化することを想定して装置構成が設計されている。そのため、グラファイトのような層状物質に対して高圧乳化法を適用した場合には、面方向への衝撃力が加わることにより二次元構造が破壊されて、得られる生成物は、面方向の直径が原料のグラファイトの約半分ほど(例えば、数μm)の小さなフレーク状もしくはフラグメント状となり、その結果、上記生成物が本来発揮し得るほどの優れた特性が得られない場合があった。
【0026】
これらの各種の実験の結果から、本発明者等は、従来の高圧乳化装置において必須の構成要素であった上記ノズル部への原料溶液の通液操作によってジェット流が発生する過程において、層状物質の面方向に過度の衝撃力が付加されていること、つまり、所望の原料を乳化・分散させて乳化分散液を生成するという高圧乳化法の最も根幹をなすジェット流の発生条件は、層状物質を改質するという観点からは必ずしも適切ではないことを見出した。
【0027】
そこで、本発明者等は、従来の高圧乳化法の特徴を生かしつつ、層状物質の改質により適した方法に改良することによって、従来の方法と比較して高精度かつ高収率で、グラファイトを改質することができることを見出した。また、この技術思想は、グラファイト以外の層状物質についても適用することができ、当該層状物質を改質することができることを見出した。
【0028】
これらの新規な知見に基づき、本発明者等は、さらに研究を重ね、本発明を完成させるに至ったものである。
【0029】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
(1)層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、原料導入部から供給する工程、前記原料導入部から供給された前記懸濁液を層間距離拡張モジュールに通過させて、前記層状物質の層間距離を拡張する工程、前記層間距離拡張モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収部で回収する工程、および得られた懸濁液を精製部で精製する工程を含み、前記原料導入部および前記層間距離拡張モジュールとして、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、ジェット流を発生させないものを用いることを特徴とする層状物質の改質方法。
(2)前記懸濁液を5MPa以上の圧力で高圧処理することを特徴とする(1)に記載の層状物質の改質方法。
(3)前記層間距離拡張モジュールが、2つ以上の通液部材を直列的に連結した構造を有し、前記懸濁液の流れに関して上流側の通液部材の通液路の内径よりも下流側の通液部材の通液路の内径が大きいことを特徴とする(1)または(2)に記載の層状物質の改質方法。
(4)前記層間距離拡張モジュールが冷却手段を備えることを特徴とする(1)から(3)のうちのいずれかに記載の層状物質の改質方法。
(5)前記回収部で回収した前記懸濁液を前記原料導入部に再び供給して、前記層間距離拡張モジュールを通過させる工程をさらに含むことを特徴とする(1)から(4)のうちのいずれかに記載の層状物質の改質方法。
(6)前記層状物質がグラファイトであることを特徴とする(1)から(5)のうちのいずれかに記載の層状物質の改質方法。
(7)前記精製部が遠心分離機であることを特徴とする(1)から(6)のうちのいずれかに記載の層状物質の改質方法。
(8)前記懸濁液を、前記遠心分離機を用いて異なる回転数で2回精製することを特徴とする(7)に記載の層状物質の改質方法。
(9)前記精製工程において、第一の遠心分離操作時に沈殿物を回収し、第二の遠心分離操作時に上澄みを回収することを特徴とする(8)に記載の層状物質の改質方法。
(10)前記精製工程において、第一の遠心分離操作では回転数5000〜12000rpmで行うことを特徴とする(8)または(9)に記載の層状物質の改質方法。
(11)前記精製工程において、第二の遠心分離操作では回転数300〜3000rpmで行うことを特徴とする(8)から(10)のうちのいずれかに記載の層状物質の改質方法。
(12)層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して供給する原料導入部、前記原料導入部から供給された前記懸濁液を通過させて、前記層状物質の層間距離を拡張する層間距離拡張モジュール、前記層間距離拡張モジュールを通過した後の前記懸濁液を回収する回収部、および得られた懸濁液を精製する精製部を備え、前記原料導入部および前記層間距離拡張モジュールは、前記懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、ジェット流を発生させないことを特徴とする層状物質の改質装置。
(13)ラマン分光法に基づくDピークとGピークとの強度比(I/I)が原料グラファイトの2倍以上であり、X線回折法に基づくXRDチャートにおいて、C軸(002)面に相当する回折ピークが、原料グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークに対して低角度側にシフトし、前記C軸(002)面に相当する回折ピークの半値全幅が、前記原料グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークよりも増加してなることを特徴とする改質されたグラファイト。
(14)窒素吸着法に基づくBET比表面積が原料グラファイトの4倍以上であることを特徴とする(13)に記載の改質されたグラファイト。
(15)(13)または(14)に記載の改質されたグラファイトを用いることを特徴とする二次電池用電極材料。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、簡便かつ温和な条件下で、層状物質の層間距離を拡張し、高濃度かつ高純度で改質された層状物質を得ることのできる、工業的量産化に適した、層状物質の改質方法およびそのための装置が提供される。
【0031】
また、本発明によれば、層状物質としてグラファイトを用いることにより、改質されたグラファイトおよびそれを用いた二次電池用電極材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】本発明の一実施形態に係る層状物質の改質装置を示す模式図である。
図2】実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトのSEM観察結果を示す画像(倍率5000倍)である。(a)原料のグラファイト、(b)圧力25MPaの条件で得られた改質グラファイト、(c)圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイト。
図3】実施例において、圧力100MPaでの高圧処理工程後のグラファイトのSEM観察結果を示す画像(倍率60000倍)である。
図4】実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトについて、X線回折装置を用いて分析した結果を示すXRDチャートである。(a)原料のグラファイト、(b)圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイト、(c)圧力25MPaの条件で得られた改質グラファイト。
図5】実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトについて、ラマン分光分析により得られたラマンスペクトルである。(a)原料のグラファイト、(b)圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイト。
図6】実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトについて、窒素吸着法に基づくBET比表面積(A)および細孔分布(B)を分析した結果を示すグラフである。
図7】実施例で作製したテスト用セルおよび比較用セルのサイクリックボルタモグラム(CV曲線)である。(a)原料のグラファイトを用いて作製した比較用セル、(b)サンプルグラファイト(25MPa)を用いて作製したテスト用セル、(c)サンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セル。
図8】実施例で作製したテスト用セルおよび比較用セルの充放電サイクル試験結果である。(a)原料のグラファイトを用いて作製した比較用セル、(b)サンプルグラファイト(25MPa)を用いて作製したテスト用セル、(c)サンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セル。
図9】実施例で作製した比較用セルのレート特性試験結果である。
図10】実施例のサンプルグラファイト(25MPa)を用いて作製したテスト用セルのレート特性試験結果である。
図11】実施例のサンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルのレート特性試験結果である。
図12】実施例のサンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルのサイクル特性試験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。ここでは、本発明の実施形態の代表例として、改質を施す層状物質(以下、「原料」ともいう。)としてグラファイトを想定した場合を例にして説明する。
【0034】
本発明において、層状物質に関して用いる「改質」とは、当該層状物質のもつ物理的特性、電気的特性、化学的特性、機械的特性等の特性の変化を伴う、当該層状物質の層間、表面等の性質の変化をいう。改質の対象とする層状物質の特性は、層状物質の種類や用途等に応じて適宜選択される。例えば、グラファイトを二次電池用電極材料として用いる場合には、原料のグラファイトのもつ電気化学的特性が変化したものを、改質グラファイトと呼ぶ。
【0035】
本実施形態では、原料の面方向の平均直径は特に制限されないが、改質効果をより高い精度で得る観点からは、原料の面方向の平均直径を200μm以下とすることが好ましく考慮され、また、原料の面方向の平均直径を100μm以下とすることがより好ましく考慮される。
【0036】
原料の懸濁液の調製に用いる分散媒は、原料の層状物質に応じて適宜選択することができ、例えば、水、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類、ジメチルホルムアミド、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等のアミド類、およびこれらの混合溶媒が挙げられる。なお、分散媒は、本発明の目的、効果を阻害しない範囲において、原料と分散媒との親和性等を考慮して、原料をより均一に分散させることを目的に、例えば、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム等が分散剤として添加されていてもよく、また、所要の目的に応じてその他の添加剤が添加されていてもよい。
【0037】
原料懸濁液における原料の濃度は特に制限されないが、例えば、2〜100mg/mLであり、好ましくは5〜50mg/mLであり、より好ましくは10〜30mg/mLである。原料濃度が上記の範囲内であると、改質効果をより高い精度で得ることができる。
【0038】
なお、ノズル部を備える従来の高圧乳化装置では、高粘度の溶液を適用することは困難であったが、本実施形態に係る改質装置では、後述するようにノズル部を有さない構成であるため、原料懸濁液の粘性が高い場合であっても、原料の層状物質を改質して、目的の生成物を得ることができる。
【0039】
図1は、本発明の一実施形態に係る層状物質の改質装置を示す模式図である。
【0040】
本実施形態に係る改質装置1は、図1に示すように、その主要な構成として、原料導入部2、層間距離拡張モジュール3、回収部4、および精製部5を備えている。
【0041】
このような改質装置1を用いて行う、本実施形態に係る層状物質の改質方法は、層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、原料導入部2から供給する工程、原料導入部2から供給された前記懸濁液を層間距離拡張モジュール3に通過させて、前記層状物質の層間距離を拡張する工程、層間距離拡張モジュール3を通過した後の前記懸濁液を回収部4で回収する工程、および得られた懸濁液を精製部5で精製する工程を含む。
【0042】
原料導入部2では、原料の層状物質を分散媒に懸濁させた懸濁液を高圧処理して、層間距離拡張モジュール3に供給する。より具体的には、原料導入部2では、図1に示すように、溶液タンク21に貯えられた原料懸濁液を、高圧ポンプ22により高圧処理して、層間距離拡張モジュール3に供給する。
【0043】
高圧ポンプ22によって原料懸濁液に付加する圧力は、原料の面方向の平均直径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて適宜設定することができる。原料がグラファイトである場合には、圧力は、例えば、5〜150MPaであり、好ましくは10〜125MPaであり、より好ましくは20〜100MPaである。なお、後述するように原料懸濁液を層間距離拡張モジュール3に複数回通過させる場合には、その都度、上記の範囲内で圧力を調節するようにしてもよい。
【0044】
上記の高圧処理工程では、高圧ポンプ22による原料懸濁液への圧力の付加によって、分散媒の分子が原料の層状物質の層間に浸入する作用が強まる。このとき、分散媒分子が浸入する力が層状物質の層間に作用している力(例えば、ファンデルワールス力)を上回ると、分散媒分子が層状物質の層間に次々と入り込んでいく(インターカレートする)ことができるようになる。このようにして、高圧処理工程では、原料の層状物質の層間に多数のギャップが形成されて、層状物質の層間に働いている相互作用が弱められることにより、後述する層間距離拡張工程において、層間距離の拡張が効率的かつ効果的に進行する。
【0045】
層間距離拡張モジュール3では、原料導入部2から供給された原料懸濁液を通過させて、原料の層状物質の層間距離を拡張する。
【0046】
より具体的には、層間距離拡張モジュール3は、2つ以上の通液部材を直列的に連結した構造を有し、図1では、層間距離拡張モジュール3が3つの通液部材31、32、33を直列的に連結した構造を有する形態を例示している。
【0047】
通液部材31、32、33としては、例えば、従来の高圧乳化装置において吸収セルとして使用されるストレートチューブ、スパイラルチューブ等を適用することができる。
【0048】
また、図1に示す層間距離拡張モジュール3では、層間距離拡張モジュール3を通過する原料懸濁液の流れに関して上流側の通液部材の通液路の内径よりも下流側の通液部材の通液路の内径が大きく構成されている。すなわち、通液部材31、32、33の通液路の内径を、それぞれD31、D32、D33とすると、D31<D32<D33の関係が成り立つ。
【0049】
通液部材31、32、33の長さは、原料の面方向の平均直径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて適宜設定することができる。原料がグラファイトである場合には、例えば、5〜100cmの範囲内を一応の目安とすることができる。なお、通液部材31、32、33の長さは、後述する通液時間や通液回数に応じて適宜調節することが好ましく考慮される。
【0050】
以下の表1に、層間距離拡張モジュール3の構成の一例を示す。
【0051】
【表1】

【0052】
本実施形態において、原料導入部2および層間距離拡張モジュール3は、原料懸濁液が流れる通液路の内径が0.15mm以上であり、好ましくは0.15mm〜1mmの範囲内である。また、原料導入部2および層間距離拡張モジュール3は、内径が0.15mm未満である通液路を有さない。すなわち、本実施形態に係る改質装置1においては、従来の高圧乳化装置において必須の構成要素であったノズル部を有さない構成とすることによって、ジェット流の発生が防止され、原料の層状物質の面方向に対して意図しない衝撃力が加わることを抑制している。
【0053】
上記の層間距離拡張工程では、層間距離拡張モジュール3の通液路を原料懸濁液が通過する際に、流体力学に従ってせん断力が付加される。このせん断力は、上述した高圧処理工程において層状物質の層間に形成されたギャップに作用して、層状物質の層間に働いている相互作用がさらに弱められ、層状物質の層間が拡張される。
【0054】
そして、原料懸濁液が下流側の通液部材に移動するにつれて、原料懸濁液にかかる圧力が徐々に低下し、層間に入り込んでいた分散媒分子がデインターカレーションして、メソポア(隙間)が形成される。
【0055】
このように、本実施形態に係る層状物質の改質方法では、原料懸濁液の高圧処理工程と、その後の層間距離拡張工程を連続的に行うことによって、層状物質の層間距離が効率的かつ効果的に拡張され、また、層状物質の内部や表面に多数のメソポア(隙間)が形成され、層状物質が改質される。
【0056】
層間距離拡張モジュール3を通過する際の原料懸濁液の流速は、原料の面方向の平均直径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて適宜設定することができる。なお、層間距離拡張モジュール3を通過する際の原料懸濁液の速度は、後述する通液時間や通液回数に応じて適宜調節することが好ましく考慮される。
【0057】
また、層間距離拡張モジュール3では原料懸濁液に大きなせん断力がかかるため、通液中に懸濁液の温度が上昇することがある。そのため、原料の過度な加熱による変質や剥離の抑制、回収部4での懸濁液の沸騰等を防ぐことを目的に、層間距離拡張モジュール3を冷却手段34により冷却することができる。
【0058】
回収部4では、層間距離拡張モジュール3を通過した後の原料懸濁液を回収する。
【0059】
本実施形態では、回収部4で回収した原料懸濁液を原料導入部2に再び供給して、層間距離拡張モジュール3を通過させることもできる。このように、層間距離拡張モジュール3を複数回通過させることによって、層状物質の改質精度がより向上し、目的の生成物をより高濃度かつ高純度で得ることができる。また、上述したように、本実施形態に係る改質装置1はノズル部を有さない構成であるため、原料懸濁液を層間距離拡張モジュール3に複数回通過させた場合であっても、ジェット流が発生せず、原料の層状物質の面方向に対して意図しない衝撃力が加わることを抑制しつつ、層状物質を改質することができる。
【0060】
原料懸濁液を層間距離拡張モジュール3に通過させる時間、すなわち、層間距離拡張工程を行う時間(通液時間)は、原料の面方向の平均直径、原料懸濁液の濃度、目的物の用途等に応じて適宜設定することができる。原料がグラファイトである場合には、例えば、15秒〜180分間であり、好ましくは30秒〜150分間であり、より好ましくは1〜120分間である。なお、通液時間に伴って、層間距離拡張工程を行う回数(通液回数)が適宜調節されることが理解される。
【0061】
精製部5では、回収部4で回収して得られた懸濁液を精製する。精製部5としては、例えば、ろ過機、遠心分離機等が挙げられる。原料がグラファイトである場合には、精製部5は、遠心分離機であることが好ましい。
【0062】
精製工程では、原料の種類、原料の面方向の平均直径、原料懸濁液における原料の濃度、目的の生成物の用途等に応じて、精製回数、精製時間等の条件が適宜設定される。例えば、遠心分離機を用いた精製では、異なる回転数で2回以上精製することが好ましい。
【0063】
より具体的には、原料がグラファイトである場合には、回収した原料懸濁液を、遠心分離機を用いて異なる回転数で2回精製することが好ましい。このとき、第一の遠心分離操作時に沈殿物を回収し、原料懸濁液に存在する剥離生成物を除去し、必要に応じて分散媒を添加し、第二の遠心分離操作時に上澄みを回収して、高濃度かつ高純度で目的物を得る。また、第一の遠心分離操作では回転数5000〜12000rpmで行い、第二の遠心分離操作では回転数300〜3000rpmで行うことが好ましい。なお、精製時間は、グラファイトの面方向の平均直径、原料懸濁液におけるグラファイトの濃度等に応じて適宜設定することができる。
【0064】
また、精製部5における精製工程に先立って、前処理として、回収部4で回収して得られた懸濁液をろ過または遠心分離等によって予備精製してもよい。
【0065】
このように、本実施形態に係る層状物質の改質方法および改質装置1を用いることにより、層状物質を優れた精度で改質することができ、例えば、原料としてグラファイトを用いた場合には、層間距離が拡張された改質グラファイトを高濃度かつ高純度で得ることができる。
【0066】
また、本実施形態に係る層状物質の改質方法および改質装置1によれば、バッチ処理および連続処理のいずれにおいても、より大スケールでの実施が可能となることが期待される。
【0067】
なお、本実施形態に係る層状物質の改質方法および改質装置1は、グラファイトを原料とする場合に限定されるものではなく、他の層状物質に対しても適用することができる。他の層状物質としては、例えば、硫化モリブデン(IV)(MoS)、窒化ホウ素(BN)等が挙げられる。ここで、上記で説明した各種の条件は、原料の層状物質の種類、特性等に応じて、適宜設計することができることが理解される。
【0068】
本実施形態に係る改質されたグラファイトは、上述したように、原料としてグラファイトを用いて、上記の層状物質の改質方法および改質装置1により得ることができる。
【0069】
本実施形態に係る改質されたグラファイトは、当該グラファイトを構成するグラフェン積層体のグラフェン間の層間距離が拡張され、グラファイトの内部や表面に多数のメソポア(隙間)が形成されており、かつ面方向の二次元構造の破壊が抑制されているので、グラファイトが本来有している特性に加えて、各種イオンのインターカレーション反応をより効率的に生じさせることができ、従来の電極材料を上回る高容量の二次電池用電極材料として利用することができる。
【0070】
本実施形態に係る改質されたグラファイトは、ラマン分光法に基づくDピークとGピークとの比(I/I)が原料グラファイトの2倍以上である。グラファイトに関して、ラマンスペクトルの1,350cm−1付近に現れるバンド(Dピーク)は、グラファイト構造の乱れや欠陥に起因しており、このDピークとグラファイトに共通して現れるGピークとの強度比から、グラファイトの結晶性を評価できることが知られている。すなわち、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、層間距離が拡張され、グラファイトの内部や表面に多数のメソポア(隙間)が形成されていることによって、原料のグラファイトよりも結晶性が低下している。
【0071】
また、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、X線回折法に基づくXRDチャートにおいて、C軸(002)面に相当する回折ピークが、原料グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークに対して低角度側にシフトし、前記C軸(002)面に相当する回折ピークの半値全幅(FWHM)が、前記原料グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークの半値全幅よりも増加してなる。上述したように、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、物質全体としての結晶性が低下しているため、XRDチャートにおいて、(002)ピークが低角度側にシフトし、半値全幅が増加する。このように、本実施形態に係る改質されたグラファイトでは、原料のグラファイトの層間に働いている相互作用が弱められ、層間距離が拡張することによって、積層構造の規則性が損なわれ歪みが生じるなどの構造的な変化が起こり、結晶性が低下する。また、XRDチャートを用いて結晶性を有する部分の層間距離を評価することにより、本実施形態に係る改質されたグラファイトにおける層間距離の下限値を推定することができる。すなわち、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、結晶性を有する部分においても、原料のグラファイトの層間に働いている相互作用が弱められているため、原料のグラファイトと比較して層間距離が有意に増大している。
【0072】
また、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、窒素吸着法に基づくBET比表面積が原料グラファイトの4倍以上である。すなわち、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、層間距離が拡張され、グラファイトの内部や表面に多数のメソポア(隙間)が形成されていることによって、原料のグラファイトよりも気体分子が吸着される部分(吸着サイト)が増大している。
【0073】
また、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、原料のグラファイトが有する電気伝導性を維持している。
【0074】
本実施形態に係る二次電池用電極材料は、上記の改質されたグラファイトを用いるものである。例えば、本実施形態に係る改質されたグラファイトは、一般に公知の方法に従って、リチウムイオン二次電池用の負極材とすることができる。
【0075】
本実施形態に係る改質されたグラファイトを用いた負極材を備えたリチウムイオン二次電池においては、負極材の改質グラファイトの層間距離が拡張しており、グラファイトの内部や表面に多数のメソポア(隙間)を有していることによって、リチウムイオンのインターカレーション反応がより効果的かつ効率的に起こるため、高容量とすることができる。
【0076】
以上、本発明の実施形態を詳述してきたが、上記の構成要件の説明は、本発明の実施形態の一例(代表例)であり、具体的な形態はこれらの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計の変更等があっても本発明に含まれる。
【実施例】
【0077】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0078】
本実施例では、図1に例示した改質装置1の層間距離拡張モジュール3を表1に示すパターン2のとおりに構成して、グラファイトの改質試験を行った。なお、通液部材31、32、33として用いたストレートチューブおよびスパイラルチューブは、長さ30cmのものを用いた。
【0079】
本実施例では、SEM観察用のサンプルは、Siウエハ上にグラファイトの分散液を数mL滴下して調製した。SEM観察は、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM、JSM−6500、JEOL社)を用いて行った。
【0080】
<改質グラファイトの作製>
原料懸濁液として、グラファイト(新越化成製、鱗片状黒鉛BF−5A、面方向の平均直径5μm)を、N−メチル−2−ピロリドン(NMP;Wako製)を用いて10mg/mLの濃度に調製した。この原料懸濁液を、表1に示すパターン2の層間距離拡張モジュールを備える改質装置を用いて、圧力25MPaまたは100MPaで原料供給部から供給して、層間距離拡張モジュールを連続的に120分間通液させた。なお、通液時の原料懸濁液の流速は、約140ml/minであった。
【0081】
回収した原料懸濁液を6000rpmで60分間遠心分離して沈殿物を回収し、NMPを添加して10mg/mLの濃度に調製した後、さらに500rpmで30分間遠心分離して上澄みを回収し、120℃で乾燥して、改質グラファイトの粉末を得た。得られた改質グラファイトの収率は約60%(約6.0mg/mLの濃度に相当)であった。
【0082】
得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトのSEM観察結果を図2に示す。図2(a)は原料のグラファイトであり、(b)は圧力25MPaの条件で得られた改質グラファイトであり、(c)は圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイトである。なお、図2(a)〜(c)に示す画像の倍率は5000倍である。
【0083】
図2の結果から、本実施例で得られた改質グラファイトでは、原料のグラファイトと比較して、グラファイトを構成するグラフェン積層体のグラフェンに無数の隙間が生じている様子が確認された。
【0084】
図3は、圧力100MPaでの高圧処理工程後のグラファイトのSEM観察結果を示す画像(倍率60000倍)である。後述するように、X線回折法に基づく原料グラファイトの層間距離は3.357Åであるが、図3に示すグラファイトでは、グラファイトの積層方向(C軸方向)の層間距離(ギャップ)が、数nm〜数十nmの範囲であることがわかる。このように、本発明に係る層状物質の改質方法の高圧処理工程における層状物質に対する作用は、図3のSEM画像からも確認することができる。
【0085】
このように、ノズル部を有さない層間距離拡張モジュールを用いて、ジェット流を発生させずに、高圧処理したグラファイトの懸濁液を通過させることによって、グラファイトの層間距離の拡張が効果的に行われることが確認された。
【0086】
図4は、本実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトについて、X線回折装置(Rigaku SmartLab)を用いて分析した結果を示すXRDチャートである。図4において(a)は原料のグラファイトであり、(b)は圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイトであり、(c)は圧力25MPaの条件で得られた改質グラファイトである。
【0087】
図4の(a)に示すように、原料のグラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークは、2θ=26.5°付近に確認され、回折ピークの半値全幅(FWHM)は、0.1761°であった。一方、図4の(b)および(c)に示すように、改質グラファイトのC軸(002)面に相当する回折ピークは、2θ=26.45〜26.5°の間に確認され、原料のグラファイトよりも低角度側にシフトしていることがわかる。また、(002)ピークの半値全幅は、それぞれ、0.2176°(圧力100MPa)および0.2022°(圧力25MPa)であり、原料グラファイトよりも増加した。このように、改質グラファイトでは、原料のグラファイトの層間に働いている相互作用が弱められ、層間距離が拡張することによって、積層構造の規則性が損なわれ歪みが生じるなどの構造的な変化が起こり、結晶性が低下したと考えられる。
【0088】
また、図4の(a)〜(c)のXRDチャートから、(002)面の間隔、すなわち、グラファイトのC軸方向の層間距離を計算すると、それぞれ、原料のグラファイトは3.357Åであり、改質グラファイト(圧力100MPa、25MPa)はいずれも3.363Åであった。これより、改質グラファイトでは、結晶性を有する部分においても、原料のグラファイトと比較して層間距離が有意に増大していることが確認され、原料のグラファイトの層間に働いている相互作用が弱められていることが示唆された。
【0089】
図5は、本実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトについて、ラマン分光分析により得られたラマンスペクトルである。図5の(a)は原料のグラファイトであり、(b)は圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイトである。ラマンスペクトルは、FT−ラマン分光装置(Perkin Elmer NIR FT−Raman Spectrum GX)を用いて、励起波長532nmの条件で測定した。
【0090】
図5の(a)に示すように、原料のグラファイトでは、2つの特徴的なピークが1580cm−1付近(Gピーク)および2714cm−1付近(2Dピーク)に確認され、加えて、グラファイトのクリスタライト層の境界に帰属される弱いバンドが1355cm−1付近(Dピーク)に確認された。また、図5の(b)においても、図5の(a)と同様に、Gピーク、2DピークおよびDピークが確認された。
【0091】
ここで、DピークとGピークとの強度比(I/I)を算出すると、原料のグラファイトでは0.15であり、本実施例で得られた改質グラファイトでは0.33と計算される。これより、本実施例で得られた改質グラファイトは、層間距離が拡張され、グラファイトの内部や表面に多数のメソポア(隙間)が形成されていることによって、原料のグラファイトよりも結晶性が低下していることがわかる。なお、図5ではスペクトルを示していないが、圧力25MPaの条件で得られた改質グラファイトのI/I値は、0.31であった。
【0092】
図6は、本実施例で得られた改質グラファイトおよび原料のグラファイトについて、窒素吸着法に基づくBET比表面積(A)および細孔分布(B)を分析した結果を示すグラフである。なお、本分析は、AUTOSORB(カンタクローム・インスツルメンツ社)を用いて行った。
【0093】
図6(A)の結果から、原料のグラファイトの比表面積は19.6m/gであり、本実施例で得られた改質グラファイトでは、89.0m/gと高い比表面積を有していることがわかる。
【0094】
また、図6(B)の結果から、本実施例で得られた改質グラファイトでは、原料のグラファイトと比較して、直径が50nm以下のメソポアが多く分布していることがわかる。従って、ノズル部を有さない層間距離拡張モジュールを用いて、高圧処理したグラファイトの懸濁液を通過させることによって、当該グラファイトを構成するグラフェン積層体のグラフェン間の層間距離が拡張され、また、グラファイトの内部や表面にメソポア(隙間)が多数形成され、気体分子が吸着される部分(吸着サイト)が増大し、原料のグラファイトよりも比表面積の大きい改質グラファイトが得られたことが確認された。
【0095】
また、本実施例で得られたグラファイトおよび原料のグラファイトについて、電気伝導率(S/m)を測定した結果、原料のグラファイトは1.50×10であり、圧力100MPaの条件で得られた改質グラファイトは1.43×10であり、圧力25MPaの条件で得られた改質グラファイトは1.45×10であった。これより、本実施例で得られた改質グラファイトは、原料のグラファイトが有する電気伝導性を維持していることが確認された。
【0096】
<リチウムイオン二次電池の作製と特性評価>
本実施例で得られた改質グラファイト(以下、「サンプルグラファイト」という。)を負極材として用い、正極材として金属リチウムを用い、電解質としてLiPFを用いて、試験用のハーフセル(以下、「テスト用セル」という。)を作製し、その特性を評価した。また、サンプルグラファイトの代わりに原料のグラファイトを用いたこと以外はテスト用セルと同様の構成を有する比較用セルを作製した。
【0097】
テスト用セルおよび比較用セルについて、VMP3 マルチチャンネル ポテンショスタット/ガルバノスタット(Biologic社)を用いて、サイクリックボルタンメトリー(CV)およびガルバノスタティック測定(GC)を行った。
【0098】
図7に、テスト用セルおよび比較用セルのサイクリックボルタモグラム(CV曲線)を示す。図7(a)は原料のグラファイトを用いて作製した比較用セルであり、(b)はサンプルグラファイト(25MPa)を用いて作製したテスト用セルであり、(c)はサンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルである。
【0099】
図7から理解されるように、テスト用セルおよび比較用セルのCV曲線の基本的な形状は、従来報告されているグラファイト負極材を備えたリチウムイオン二次電池のCV曲線の形状(例えば、J.Mater.Chem.,2012,22,12745を参照)と類似していた。このことから、サンプルグラファイトがリチウムイオン二次電池用の電極材料として実用に耐え得るものであることが示唆された。
【0100】
以下の表2および図8は、テスト用セルおよび比較用セルの充放電サイクル試験の結果である。図8(a)は原料のグラファイトを用いて作製した比較用セルであり、(b)はサンプルグラファイト(25MPa)を用いて作製したテスト用セルであり、(c)はサンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルである。
【0101】
【表2】

【0102】
表2および図8に示したように、テスト用セルの充放電容量は、比較用セルと比べてはるかに大きく、このことは、サンプルグラファイトが、原料のグラファイトよりも高容量の電極材料であることを示している。
【0103】
また、テスト用セルのクーロン効率は、3回のサイクル試験全体を通して安定していた。特に、サンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルは、高容量でありかつクーロン効率に優れたものであった。
【0104】
次に、テスト用セルおよび比較用セルのレート特性試験を行った。試験条件としては、3サイクル毎に、電流密度を50mA/g、100mA/g、200mA/g、500mA/g、1A/g、50mA/gとした。
【0105】
試験結果を図9図11に示す。図9は、比較用セルのレート特性試験結果である。図10は、サンプルグラファイト(25MPa)を用いて作製したテスト用セルのレート特性試験結果である。図11は、サンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルのレート特性試験結果である。
【0106】
図10および図11に示したように、テスト用セルは、比較用セルに比べて優れたレート特性を示した。特に、図11に示したように、サンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルは、電流密度50mA/gでの初期放電容量が約420mAh/gであり、18サイクル経過後も400mAh/g以上の放電容量を維持しており、レート特性が良好であった。
【0107】
また、サンプルグラファイト(100MPa)を用いて作製したテスト用セルのサイクル特性試験結果を図12に示す。試験条件としては、電流密度を50mA/gとした。図12から理解されるように、計30回のサイクル試験を通して、テスト用セルの放電容量は約400mAh/gであり、極めて良好なサイクル特性を示した。
【0108】
このように、本発明によって、層状物質の層間距離を拡張させて改質することにより、当該層状物質の特性が変化し、機能性材料としての性能が向上することが確認された。より具体的には、例えば、層状物質としてグラファイトを用いた場合には、電気化学的特性が顕著に向上し、従来の電極材料の性能を上回る新たな電極材料としての利用が可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0109】
1 改質装置
2 原料導入部
21 溶液タンク
22 高圧ポンプ
3 層間距離拡張モジュール
31、32、33 通液部材
4 回収部
5 精製部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12