特許第6805639号(P6805639)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805639
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】ステンレス鋼管の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/08 20060101AFI20201214BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20201214BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20201214BHJP
【FI】
   C21D9/08 E
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-166899(P2016-166899)
(22)【出願日】2016年8月29日
(65)【公開番号】特開2018-35381(P2018-35381A)
(43)【公開日】2018年3月8日
【審査請求日】2019年4月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
(72)【発明者】
【氏名】乙▲め▼ 陽平
【審査官】 馳平 憲一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2015/178022(WO,A1)
【文献】 特開2008−231464(JP,A)
【文献】 特開2002−105604(JP,A)
【文献】 特開平11−158551(JP,A)
【文献】 特開平05−263134(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第101956146(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第103938124(CN,A)
【文献】 特表平11−505887(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第102534418(CN,A)
【文献】 特開2015−161010(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0376677(US,A1)
【文献】 特開平09−287024(JP,A)
【文献】 特許第3535299(JP,B2)
【文献】 岩渕義孝,13Cr-Ni系鋳鋼の靱性に及ぼすNi量の影響,鉄と鋼,日本,1984年 1月,Vol.70 No.1,Page.120-127
【文献】 ステンレス協会編、ステンレス鋼便覧−第3版−,日刊工業新聞社,1995年 1月24日,第104〜107頁
【文献】 森島達明ほか2名,配管用鋼管材料の諸問題,圧力技術,1972年,第10巻第4号,第2787〜2794頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00−38/60
C21D9/08−9/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:0.05〜2.0%、
P:0.05%以下、
S:0.005%以下、
Cr:11.0〜15.5%未満、
Ni:4.5〜8.0%、
Mo:1.5〜3.5%、
Al:0.001〜0.1%、
N:0.001〜0.10%、
O:0.01%以下、
Cu:0〜3.5%、
V:0〜0.20%、
Ti:0〜0.20%、
Nb:0〜0.20%、
Co:0〜2.0%、
W:0〜2.0%、
Ca:0〜0.01%、及び、
Mg:0〜0.01%を含有し、残部はFe及び不純物からなる鋼材を熱間加工して、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の素管とする工程と、
前記素管を800〜1000℃から焼入れする工程と、
焼入れ後の前記素管を焼戻しする工程とを備え、
前記焼戻しする工程は、
前記素管を500〜650℃で保持する工程と、
保持後の前記素管を冷却し、前記素管の温度が500〜400℃の温度域における平均冷却速度を10℃/min以上とする工程とを含む、ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のステンレス鋼管の製造方法であって、
前記素管とする工程では、熱間加工後の前記素管を冷却し、
前記焼入れする工程では、冷却された前記素管を800℃以上に加熱した後、焼入れする、ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のステンレス鋼管の製造方法であって、
前記焼入れする工程では、熱間加工後の800℃以上の温度の素管に対して直接焼入れする、ステンレス鋼管の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載のステンレス鋼管の製造方法であって、
前記素管とする工程では、熱間製管設備を用いて前記鋼材を熱間加工し、
前記ステンレス鋼管の製造方法はさらに、
搬送ラインを介して前記熱間製管設備とつながる補熱炉を用いて、熱間加工後の前記素管を800℃以上に加熱する工程を備え、
前記焼入れする工程では、前記補熱炉により加熱された前記素管を焼入れする、ステンレス鋼管の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼管の製造方法に関し、さらに詳しくは、油井用ステンレス鋼管の製造方法に関する。本明細書では、油井とガス井とをまとめて「油井」と称する。したがって、本明細書では、「油井用ステンレス鋼管」は、油井用ステンレス鋼管とガス井用ステンレス鋼管とを含む。
【背景技術】
【0002】
従来、石油及び天然ガスは油田から採掘されてきた。しかしながら最近、油田からの石油及び天然ガスの採掘量が減少している。それにともない、深層油井の開発が進んでいる。油井の温度はその深さが深くなるに従い、温度が上昇する。したがって、深層油井は、高温環境を有することが多い。ここでいう「高温」は、150℃以上の温度を意味する。高温環境での深層油井は、COガス、又は、COガス及び硫化水素ガスを含有する。これらのガスは腐食性ガスである。
【0003】
従来の油井環境も、COガス(CO2)や塩素イオン(Cl-)を含有する。そのため、従来の油井環境では、耐COガス腐食性に優れた、13質量%のCrを含有するマルテンサイト系ステンレス鋼(以下、13%Cr鋼と称する)が使用されてきた。
【0004】
しかしながら、上述の深層油井で使用される油井用鋼管には、13%Cr鋼よりも高い強度と高い耐食性とが要求される。2相ステンレス鋼は、高いCr含有率を有し、13%Cr鋼よりも高い強度と高い耐食性とを有する。2相ステンレス鋼はたとえば、22質量%のCrを含有する22%Cr鋼や、25質量%のCrを含有する25%Cr鋼である。しかしながら、2相ステンレス鋼は高価である。
【0005】
そこで、150℃以上の高温環境で優れた耐COガス腐食性を有する鋼管として、15.5〜18.0質量%のCrと、Ni及びMo等とを含有する油井用ステンレス鋼及び油井用ステンレス鋼管が特開2002−4009号公報(特許文献1)及び国際公開第2004/001082号(特許文献2)に提案されている。
【0006】
特許文献1に開示された油井用高強度マルテンサイト系ステンレス鋼管は、質量で、Cr:11.0〜17.0%と、Ni:2.0〜7.0%とを含有し、さらに、Cr+Mo+0.3Si−40C−10N−Ni−0.3Mn≦10を満たす化学組成を有する。この文献のステンレス鋼管はさらに、10%以下の残留オーステナイトを含む焼戻しマルテンサイト組織を有する。この文献のステンレス鋼管は、860MPa以上の降伏強度を有し、150℃の環境において優れた耐COガス腐食性を有する、と記載されている。
【0007】
特許文献2に開示された油井用ステンレス鋼管は、質量で、Cr:14.0〜18.0%、Ni:5.0〜8.0%、Mo:1.5〜3.5%、Cu:0.5〜3.5%を含有し、Cr+0.65Ni+0.6Mo+0.55Cu−20C≧18.5、及び、Cr+Mo+0.3Si−43.5C−0.4Mn−Ni−0.3Cu−9N≦11を満たす。この文献の鋼管は、550MPa以上、好ましくは654MPa以上の降伏強度を有し、230℃の高圧COガスの腐食環境においても優れた耐食性を示す、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−4009号公報
【特許文献2】国際公開第2004/001082号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2のステンレス鋼管では、外径が175mm以上かつ肉厚が10mm以上の大型で厚肉のステンレス鋼管の場合、靭性が低い場合がある。
【0010】
本発明の目的は、11.0〜15.5質量%未満のCrを含有し、かつ、大型及び厚肉であっても優れた靭性を有するステンレス鋼管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によるステンレス鋼管の製造方法は、質量%で、C:0.05%以下、Si:1.0%以下、Mn:0.05〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0〜15.5%未満、Ni:4.5〜8.0%、Mo:1.5〜3.5%、Al:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.10%、O:0.01%以下、Cu:0〜3.5%、V:0〜0.20%、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、Co:0〜2.0%、W:0〜2.0%、Ca:0〜0.01%、及び、Mg:0〜0.01%を含有し、残部はFe及び不純物からなる鋼材を熱間加工して、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の素管とする工程と、素管を800〜1000℃から焼入れする工程と、焼入れ後の素管を焼戻しする工程とを備え、焼戻しする工程は、素管を500〜650℃で保持する工程と、保持後の素管を冷却し、素管温度が500〜400℃の温度域における平均冷却速度を10℃/min以上とする工程とを含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明によるステンレス鋼管は、11.0〜15.5質量%未満のCrを含有し、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の大型厚肉の鋼管であっても、優れた靭性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、第1の実施の形態のステンレス鋼管の製造方法に使用される製造設備の一例を示す全体構成図である。
図2図2は、第2の実施の形態のステンレス鋼管の製造方法に使用される製造設備の一例を示す全体構成図である。
図3図3は、第3の実施の形態のステンレス鋼管の製造方法に使用される製造設備の一例を示す全体構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、11.0〜15.5質量%未満のCrを含有し、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の大型厚肉のステンレス鋼管の靭性ついて、調査及び検討を行った。その結果、次の事項を新たに知見した。以下、本明細書において、「大型厚肉」のステンレス鋼管とは、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上のステンレス鋼管を意味する。
【0015】
11.0〜15.5質量%未満のCrを含有するステンレス鋼管のうち、大型厚肉のステンレス鋼管では、靭性が低下しやすい。そこで、本発明者らは、大型厚肉のステンレス鋼管の製造工程において、靭性に影響を与える製造条件について、調査及び検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0016】
11.0〜15.5質量%未満のCrを含有するステンレス鋼管に対しては、焼入れ及び焼戻しが実施される。上記化学組成を有するステンレス鋼板又は肉厚が10mm未満のステンレス鋼管では、焼戻し後において靭性の低下が生じにくい。これに対して、上記化学組成を有する大型厚肉ステンレス鋼管では、焼戻し後において靭性の低下が生じやすい。大型厚肉のステンレス鋼管では、焼戻し工程における冷却速度が、ステンレス鋼板や10mm未満の肉厚のステンレス鋼管の焼戻し工程における冷却速度よりも遅くなる。鋼管は鋼板と比較して、管内面の輻射熱の影響により管内面からの冷却が抑制される。さらに、鋼管の肉厚も冷却速度を抑制する。したがって、11.0〜15.5質量%未満のCrを含有する大型厚肉のステンレス鋼管では、焼戻し工程における冷却速度が遅くなる。
【0017】
冷却速度が遅い場合に靭性が低下する理由として、次の事項が考えられる。上述の化学組成を有するステンレス鋼では、フェライト中で体心立方晶の二相分離が生じる現象、すなわち、475℃脆化が生じると考えられる。したがって、上記化学組成を有する大型厚肉のステンレス鋼管の製造工程のうち、焼戻し工程で素管を冷却するとき、475℃近傍の領域をできるだけ短時間で通過するのが好ましい。焼戻し工程において、素管温度が500〜400℃の脆化温度域における平均冷却速度を10℃/min以上とすれば、大型厚肉のステンレス鋼管において475℃脆化の発生を抑制でき、優れた靭性が得られる。
【0018】
以上の知見に基づいて完成した本発明によるステンレス鋼管の製造方法は、質量%で、C:0.05%以下、Si:1.0%以下、Mn:0.05〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.005%以下、Cr:11.0〜15.5%未満、Ni:4.5〜8.0%、Mo:1.5〜3.5%、Al:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.10%、O:0.01%以下、Cu:0〜3.5%、V:0〜0.20%、Ti:0〜0.20%、Nb:0〜0.20%、Co:0〜2.0%、W:0〜2.0%、Ca:0〜0.01%、及び、Mg:0〜0.01%を含有し、残部はFe及び不純物からなる鋼材を熱間加工して、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の素管とする工程と、素管を800〜1000℃から焼入れする工程と、焼入れ後の素管を焼戻しする工程とを備える。焼戻しする工程は、素管を500〜650℃で保持する工程と、保持後の素管を冷却し、素管温度が500〜400℃の温度域における平均冷却速度を10℃/min以上とする工程とを含む。
【0019】
上記素管とする工程では、熱間加工後の素管を冷却し、焼入れする工程では、冷却された素管を800℃以上に加熱した後、焼入れしてもよい。
【0020】
上記焼入れする工程では、熱間加工後の800℃以上の温度の素管に対して直接焼入れしてもよい。この場合、製造コストが抑制でき、生産性が高まる。
【0021】
上記素管とする工程では、熱間製管設備を用いて鋼材を熱間加工し、上記ステンレス鋼管の製造方法はさらに、搬送ラインを介して熱間製管設備とつながる補熱炉を用いて、熱間加工後の素管を800℃以上に加熱する工程を備え、焼入れする工程では、補熱炉により加熱された素管を焼入れしてもよい。
【0022】
以下、本発明によるステンレス鋼管の製造方法を詳述する。
【0023】
[第1の実施の形態]
本実施形態によるマルテンサイト系ステンレス鋼管の製造方法は、鋼材を熱間加工して素管とする工程(熱間加工工程)と、熱間加工後の素管に対して焼入れを実施する工程(焼入れ工程)と、焼入れ後の素管に対して焼戻しを実施する工程(焼戻し工程)とを備える。各工程はたとえば、図1に示す製造設備を用いて実施される。
【0024】
[製造設備]
図1を参照して、製造設備は、加熱炉10と、熱間製管設備20と、焼入れ装置30と、焼戻し装置(熱処理炉)40とを備える。
【0025】
加熱炉10と、熱間製管設備20とは、搬送ライン50を介してつながっている。搬送ライン50はたとえば、複数の搬送ローラである。つまり、これらの設備(加熱炉10、熱間製管設備20)は1つの製造ライン(インラインともいう)に含まれる。
【0026】
熱間製管設備20は、鋼材を熱間加工して素管を製造する。図1では、熱間製管設備20は、上流から下流に向かって順に、穿孔機21、延伸圧延機22、及び、定径圧延機23を含む。各設備21、22及び23は、搬送ライン50を介してつながっている。穿孔機21は、一対の傾斜ロールと、一対の傾斜ロールの間に配置されるプラグとを備える。穿孔機21は鋼材を穿孔圧延して素管とする。延伸圧延機22は、素管を延伸圧延する。定径圧延機23は、素管を定径圧延する。延伸圧延機22はたとえば、マンドレルミルである。定径圧延機23はたとえば、サイザやレデューサである。
【0027】
焼入れ装置30は熱処理炉と熱処理炉の下流に配置された冷却設備とを含む。焼入れ装置30は、熱間製管設備20で熱間加工して製管された素管を再加熱し、焼入れする。焼入れ方法はたとえば水冷、油冷等である。焼戻し装置40は、焼入れされた素管に対して焼戻しを実施する。焼戻し方法については後述する。
【0028】
図1では、熱間製管設備20は穿孔機21、延伸圧延機22、及び、定径圧延機23を含む。しかしながら、熱間製管設備20は、熱間押出機であってもよいし、熱間鍛造機であってもよい。
【0029】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、鋼材を熱間加工して、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の大型厚肉の素管を製造する。鋼材の化学組成は次の元素を含有する。以下、元素の説明における「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0030】
C:0.05%以下
炭素(C)は不可避に含有される。Cは、焼戻し時にCr炭化物を生成し、高温のCOガスに対する鋼の耐食性を低下させる。したがって、本発明において、C含有量は少ない方が好ましい。C含有量は0.05%以下である。好ましいC含有量は0.04%以下である。脱炭コストを考慮すると、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0031】
Si:1.0%以下
シリコン(Si)は不可避に含有される。Siは鋼を脱酸する。しかしながら、Si含有量が高すぎれば、デルタフェライト(δフェライト)が組織に含有され、耐力及び靭性が低下する。したがって、Si含有量は1.0%以下である。Si含有量の好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましくは0.6%であり、さらに好ましくは0.4%である。脱酸効果をさらに有効に高めるためのSi含有量の好ましい下限は、0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.1%である。ただし、Si含有量が0.01%未満であっても、Siは鋼をある程度脱酸する。
【0032】
Mn:0.05〜2.0%
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸及び脱硫し、熱間加工性を高める。Mnはさらに、オーステナイト安定化元素として、δフェライトの過剰な形成を抑制する。Mn含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、高温環境における耐食性が低下する。さらに、Ni及びCu等の合金元素の含有量が高い場合においてMn含有量も高ければ、Ms点が過剰に低下する。この場合、焼入れ後の残留オーステナイトが増加し、十分な量のマルテンサイトを確保できず、鋼の強度(耐力)が低下する。したがって、Mn含有量は0.05〜2.0%である。Mn含有量の好ましい下限は0.06%であり、さらに好ましくは0.08%である。Mn含有量の好ましい上限は1.0%であり、さらに好ましくは0.8%であり、さらに好ましくは0.5%である。
【0033】
P:0.05%以下
燐(P)は不純物である。Pは、高温のCOガスに対する鋼の耐食性を低下させる。したがって、P含有量は低い方が好ましい。P含有量は0.05%以下である。P含有量の好ましい上限は0.03%であり、より好ましくは、0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0034】
S:0.005%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、熱間加工性を低下する。S含有量が多すぎれば熱間加工性が顕著に低下する。したがって、S含有量は低い方が好ましい。S含有量は0.005%以下である。S含有量の好ましい上限は、0.002%であり、さらに好ましくは0.001%である。
【0035】
Cr:11.0〜15.5%未満
クロム(Cr)は、高温のCOガスに対する耐食性を向上する。具体的には、Crは、耐食性を向上する他の元素との相乗効果により、高温COガス環境での耐SCC性を向上する。Cr含有量が低すぎれば上記効果が得られない。しかしながら、Crはフェライト形成元素である。そのため、Cr含有量が高すぎれば、焼入れ時に鋼中のフェライトが残留し、鋼の強度が低下する。したがって、Cr含有量は11.0〜15.5%未満である。Cr含有量の好ましい下限は11.5%であり、さらに好ましくは12.5%であり、さらに好ましくは14.0%であり、さらに好ましくは14.5%である。Cr含有量の好ましい上限は15.2%であり、さらに好ましくは15.0%である。
【0036】
Ni:4.5〜8.0%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト形成元素であり、高温でのオーステナイトを安定化して常温でのマルテンサイト量を増加する。そのため、Niは鋼の強度を高める。Niはさらに、高温腐食環境における鋼の耐食性を高め、低温での靭性も高める。Ni含有量が低すぎればこれらの効果が得られない。一方、Ni含有量が高すぎれば、Ms点が大きく低下する。この場合、焼入れ後の残留オーステナイト量が増加する。少量の残留オーステナイトは鋼の靭性を高める。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば多量の残留オーステナイトが生成して鋼の強度が低下する。したがって、Ni含有量は4.5〜8.0%である。Ni含有量の好ましい下限は4.8%であり、さらに好ましくは5.2%であり、さらに好ましくは5.6%である。Ni含有量の好ましい上限は7.0%であり、さらに好ましくは6.8%である。
【0037】
Mo:1.5〜3.5%
油井において流体の生産が一時停止したとき、油井管内の流体の温度は低下する。このとき、高強度材の硫化物応力腐食割れ感受性は一般的に高くなる。モリブデン(Mo)は、硫化物応力腐食割れ感受性を改善する。Mo含有量が低すぎればこの効果が得られない。一方、Moはフェライト形成元素である。そのため、Mo含有量が高すぎれば、鋼中のフェライト量が増加し、鋼の強度が低下する。したがって、Mo含有量は1.5〜3.5%である。Mo含有量の好ましい下限は1.8%であり、さらに好ましくは2.0%である。Mo含有量の好ましい上限は3.2%であり、さらに好ましくは3.0%であり、さらに好ましくは2.8%である。
【0038】
Al:0.001〜0.1%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎればこの効果が得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、鋼中に介在物が生じやすくなり、靭性及び耐SSC性が低下する。さらに、フェライト量が増加して鋼の強度が低下する。したがって、Al含有量は0.001〜0.1%である。Al含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.01%である。Al含有量の好ましい上限は0.08%であり、さらに好ましくは0.06%である。本明細書でいうAl含有量は、sol.Al(酸可溶Al)の含有量を意味する。
【0039】
N:0.001〜0.10%
窒素(N)は不可避に含有される。Nは鋼の強度を高める。しかしながら、N含有量が高すぎれば、鋼中の介在物が増加し、耐食性が低下し、Ms点も低下する。一方で、N含有量の過剰な低減は精錬コストを高める。したがって、N含有量は、N:0.001〜0.10%である。N含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.008%である。N含有量の好ましい上限は0.08%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.03%以下である。
【0040】
O:0.01%以下
酸素(O)は不純物である。Oは、鋼の靭性及び耐食性を低下する。したがって、O含有量は低い方が好ましい。O含有量は、0.01%以下である。O含有量の好ましい上限は0.008%である。
【0041】
本発明のステンレス鋼管の素材となる鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本発明のステンレス鋼管に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Cuを含有してもよい。
【0043】
Cu:0〜3.5%
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Cuは、オーステナイト形成元素であり、高温でのオーステナイトを安定化して常温でのマルテンサイト量を増加する。Cuはさらに、時効析出により鋼の強度を高める。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、熱間加工性が低下する。Cu含有量が高すぎればさらに、Ms点を低下させる。この場合、焼入時にマルテンサイト組織が安定して得られにくい。したがって、Cu含有量は0〜3.5%である。Cu含有量の好ましい下限は0.1%であり、さらに好ましくは0.2%であり、さらに好ましくは0.5%である。Cu含有量の好ましい上限は2.5%であり、さらに好ましくは2.0%であり、さらに好ましくは1.5%である。
【0044】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、V、Ti及びNbからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
【0045】
V:0〜0.20%
Ti:0〜0.20%
Nb:0〜0.20%
バナジウム(V)、チタン(Ti)及びニオブ(Nb)はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、これらの元素は炭化物を形成して鋼の強度及び靭性を高める。しかしながら、これらの元素の含有量が高すぎれば、炭化物が粗大化する。この場合、鋼の靭性及び耐食性が低下する。したがって、V含有量は0〜0.20%であり、Ti含有量は0〜0.20%であり、Nb含有量は0〜0.20%である。上記効果を特に有効に得るためのV含有量の好ましい下限は0.005%であり、Ti含有量の好ましい下限は0.005%であり、Nb含有量の好ましい下限は0.005%である。ただし、これらの元素の含有量が0.005%未満であっても、上記効果はある程度得られる。また、上記効果を特に有効に得るためのV、Ti及びNbからなる群から選択される2種以上を含有させる場合の好ましい含有量は、合計で0.01〜0.20%である。
【0046】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Coを含有してもよい。
【0047】
Co:0〜2.0%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Coは、低温における靭性を高める。しかしながら、Coの含有量が高すぎれば、合金価格が高まり、経済性が著しく低下する。したがって、Co含有量は0〜2.0%である。上記効果を特に有効に得るためのCo含有量の好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.50%である。Co含有量の好ましい上限は1.8%であり、さらに好ましくは1.5%である。
【0048】
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Wを含有してもよい。
【0049】
W:0〜2.0%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Wは、高温環境における耐SCC性を高める。しかしながら、Wの含有量が高すぎれば、合金価格が高まり、経済性が著しく低下する。したがって、W含有量は0〜2.0%である。上記効果を特に有効に得るためのW含有量の好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.50%である。W含有量の好ましい上限は1.8%であり、さらに好ましくは1.5%である。
【0050】
上記鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca及びMgからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
【0051】
Ca:0〜0.01%
Mg:0〜0.01%
カルシウム(Ca)及びマグネシウム(Mg)はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。本発明で示されるような多量の合金元素を含むステンレス鋼では、熱間加工によりステンレス鋼にキズや欠陥が生成される可能性がある。Ca及びMgは、熱間加工時におけるキズや欠陥の生成を抑制する。しかしながら、Ca及びMg含有量が高すぎれば、鋼中の介在物が増加する。この場合、鋼の靭性及び耐食性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.01%であり、Mg含有量は0〜0.01%である。
【0052】
上記効果を特に有効に得るためのCa含有量の好ましい下限は0.0002%であり、Mg含有量の好ましい下限は0.0002%である。また、上記効果を特に有効に得るためにCaとMgを複合して含有させる場合の好ましい含有量は、合計で0.0002〜0.01%である。
【0053】
上述の化学組成を有する鋼材は周知の方法で製造される。鋼材はたとえば、連続鋳造法(ラウンドCCを含む)により製造された鋳片であってもよい。鋼材はまた、造塊法により製造されたインゴットを熱間加工して製造された鋼片でもよい。鋼材はまた、鋳片から製造された鋼片でもよい。
【0054】
鋼材を加熱炉10に装入し、加熱する。続いて、加熱された鋼材に対して熱間製管設備20を用いて熱間加工して素管を製造する。熱間加工はたとえば、マンネスマン法による熱間製管である。マンネスマン法では、鋼材を穿孔機21により穿孔圧延して素管にする。続いて、延伸圧延機22及び定径圧延機23により、素管を延伸圧延及び定径圧延する。熱間加工はマンネスマン法に限定されない。熱間加工はたとえば熱間押出でもよいし、熱間鍛造でもよい。
【0055】
熱間加工後の素管を冷却する。たとえば、素管を常温まで冷却する。冷却方法は、空冷でも水冷でもよい。本発明の鋼材では、空冷でもMs点以下に冷却されればマルテンサイト変態が生じる。そのため、常温での素管の組織はマルテンサイトが主体の組織となる。
【0056】
[焼入れ工程]
続いて、冷却された素管に対して焼入れを実施する。具体的には、焼入れ装置30で素管を800〜1000℃の焼入れ温度に再加熱する。続いて、加熱された素管を焼入れする。焼入れ方法はたとえば、浸漬法、スプレー法等の水冷である。以上の焼入れ工程により、高温でオーステナイトであった部分の大部分がマルテンサイトに変態し、製造後のステンレス鋼管の降伏強度が758MPa以上、さらに好ましくは862MPa以上になる。焼入れ温度は好ましくは850℃以上、900℃以下である。
【0057】
安定的に高強度を得るためには、好ましくは、水焼入れにより、素管の表面温度が少なくとも100℃以下、好ましくは60℃以下になるまで冷却する。つまり、好ましくは、熱間加工後の素管を水冷し、水冷停止温度を60℃以下とする。より好ましい水冷停止温度は50℃以下であり、さらに好ましくは40℃以下である。
【0058】
[焼戻し工程]
焼入れされた素管に対して焼戻しを実施する。具体的には、焼戻し装置40を用いて、素管を500℃〜650℃の焼戻し温度で均熱する。
【0059】
焼戻し温度が650℃を超えれば、残留オーステナイトの体積率が急増し、強度が低下しやすい。一方、焼戻し温度が400〜500℃未満であれば、焼戻しの熱処理自体で素管が脆化する。焼戻し温度が400℃未満であれば、焼戻しが不十分となる。焼戻し温度が500℃〜650℃であれば、肉厚が10mm以上の厚肉の素管であっても、脆化を抑制しつつ、降伏強度を758MPa以上に調整できる。
【0060】
上記焼戻し温度で素管を均熱後、素管を冷却する。このとき、素管温度が500〜400℃の温度域(以下、脆化温度域という)における平均冷却速度を10℃/min以上とする。上述の化学組成を有し、外径175mm以上かつ肉厚10mm以上の大型厚肉のステンレス鋼管では、自然放冷等の場合、脆化温度域での滞留時間が長くなり、脆化する。したがって、脆化温度域での滞在時間はなるべく短い方が好ましい。上述のとおり、脆化温度域での平均冷却速度が10℃/min以上であれば、脆化温度域の滞在時間が短いため、ステンレス鋼管の脆化が抑制され、優れた靭性が得られる。脆化温度域での好ましい平均冷却速度は15℃/min以上であり、より好ましくは20℃/min以上であり、さらに好ましくは30℃/min以上である。この冷却は、たとえば、油冷又は水冷によって実現することができる。
【0061】
以上の製造工程により、継目無鋼管であるステンレス鋼管が製造される。製造されたステンレス鋼管は高い強度及び優れた靭性を有する。
【0062】
[第2の実施の形態]
第1の実施の形態では、熱間加工後の素管をいったん常温まで冷却し、その後、素管を再加熱して焼入れを実施する。しかしながら、熱間加工直後の素管に対して、直接焼入れを実施してもよい。
【0063】
図2は、第2の実施の形態の製造方法に利用される製造設備の一例を示す模式図である。図2の製造設備は、図1と比較して、焼入れ装置30に代えて、新たに水冷装置60を含む。水冷装置60は、搬送ライン50を介して熱間製管設備20とつながる。つまり、水冷装置60はインラインの設備である。
【0064】
第2の実施の形態の製造方法は、熱間加工工程と、焼入れ工程とが第1の実施の形態と異なる。
【0065】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、第1の実施の形態と同様に、熱間加工により素管を製造する。しかしながら、製造後の素管を常温まで冷却せずに、そのまま焼入れ工程を実施する。
【0066】
[焼入れ工程]
焼入れ工程では、熱間製管設備20と同一ライン上の水冷装置60を用いて、熱間加工直後の素管に対してインラインで直接焼入れを実施する。つまり、本実施の形態では、インラインで素管を焼入れする。このとき素管温度は800〜1000℃であり、好ましくい素管温度は850〜900℃である。以上の焼入れ工程が終了した後、第1の実施の形態と同じ焼戻し工程を実施する。
【0067】
本実施形態の直接焼入れを用いた製造方法では、焼入れ時に素管を再加熱する必要がない。そのため、製管後に再加熱するために必要なコストが抑えられるのみならず、生産性も高めることができる。
【0068】
[第3の実施の形態]
直接焼入れを実施する場合、熱間加工後の素管温度が800℃未満となる場合がありえる。この場合、補熱炉を用いて素管を800℃以上に再加熱した後、焼入れする方が好ましい。
【0069】
図3は、第3の実施の形態の製造方法に利用される製造設備の一例を示す模式図である。図3の製造設備は、図2と比較して、熱間製管設備20と水冷装置60との間に、補熱炉70を含む。補熱炉70は熱間製管設備20及び水冷装置60と搬送ライン50を介してつながっている。つまり、補熱炉70はインラインの設備である。
【0070】
第3の実施の形態の製造方法は、上述の第2の実施の形態の熱間加工工程、焼入れ工程、及び、焼戻し工程を備え、さらに、熱間加工工程と焼入れ工程との間に、新たに補熱工程を備える。
【0071】
[補熱工程]
補熱工程では、熱間加工後の素管に対して補熱炉70を用いて800℃以上に再加熱する。そして、再加熱された素管に対して水冷装置60による焼入れを実施する。この場合、インラインの補熱炉70により、素管温度を800℃以上に調整できる。そのため、図1の製造設備を用いた製造方法と比較して、製造コストを抑え、生産性を高めつつ、所望の特性のステンレス鋼管を製造できる。
【0072】
好ましくは、補熱炉70により素管を850℃以上、900℃以下に加熱する。この場合、有害な金属間化合物や炭化物の析出が抑制され、所望の特性を得ることができる。
【0073】
[製造されたステンレス鋼管]
以上の第1〜第3の実施の形態の製造方法で製造されたステンレス鋼管は、上述の鋼材と同じ化学組成を有する。さらに、このステンレス鋼管は、主にマルテンサイトからなる、又は、主にマルテンサイト及び残留オーステナイトからなる、もしくは、主にマルテンサイトとフェライトと残留オーステナイトとからなるミクロ組織を有し、758MPa以上の降伏強度を有する。
【0074】
好ましくは、上記ステンレス鋼のミクロ組織では、フェライトの体積率が9%以下であり、残留オーステナイトの体積率が15%以下であり、残部はマルテンサイトである(ただし、非金属介在物及び析出物を除く)。上記化学組成を有する鋼材のミクロ組織は、熱間加工時にオーステナイト単相となるか、9%以下のフェライトと残留オーステナイトとからなる組織となる。フェライトは冷却されても変態しないため、常温でもフェライトのままである。オーステナイトは冷却すればマルテンサイトに変態するものの、一部は残留オーステナイトとなる場合がある。したがって、本発明のステンレス鋼管のミクロ組織は、主にマルテンサイトからなる、又は、主にマルテンサイトと残留オーステナイトからなる、もしくは、主にマルテンサイトとフェライトと残留オーステナイトとからなる組織である。
【0075】
上述のとおり、好ましいフェライト体積率は9%以下である。上記化学組成の場合、フェライト体積率は9%以下となる。フェライト体積率が9%を超えれば、ステンレス鋼管の降伏強度が低下して、758MPa未満となる。フェライト体積率が9%を超えればさらに、低温靭性が低下する。したがって、好ましいフェライト体積率は9%以下である。
【0076】
上記製造方法は、外径が175mm以上であり、かつ肉厚が10mm以上、特に肉厚が15mm以上である大型厚肉のステンレス鋼管を製造する場合に有効である。上述の化学組成を有する大型厚肉のステンレス鋼管では、上述のとおり、高い靱性を得ることが困難である。大型厚肉のステンレス鋼では、475℃脆化が発現しやすいからである。そこで、本発明では、475℃脆化が生じやすい400〜500℃の脆化温度域の冷却速度を速め、脆化温度域での平均冷却速度を10℃/min以上とする。これにより、上述の化学組成を有する大型厚肉のステンレス鋼管において、高い強度を維持しつつ、靭性を高めることができる。
【0077】
なお、外径が175mm未満又は肉厚が10mm未満のステンレス鋼管であれば、上記化学組成を有した場合であっても、焼戻後の自然空冷により、靭性の確保が可能である。
【実施例】
【0078】
表1に示す鋼種A〜Mの溶鋼を製造した。
【0079】
【表1】
【0080】
製造された溶鋼を用いて、連続鋳造法により鋳片を製造した。各鋳片を分塊圧延機により圧延し、丸ビレットを製造した。加熱炉を用いて丸ビレットを1150〜1250℃に加熱した。加熱後、丸ビレットを熱間圧延した。具体的には、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延して素管を製造した。素管をマンドレルミルで延伸圧延し、さらにサイザで定径圧延(縮径圧延)して、外径140〜273mm、肉厚9〜26mmの素管を製造した。熱間圧延後の素管を常温まで冷却した。素管の冷却はいずれも自然放冷であった。
【0081】
放冷後の素管に対して、焼入れを実施した。具体的には、素管を焼入れ装置の熱処理炉に装入し、900℃で15分均熱した。均熱後の素管をスプレー法により水冷し、焼入れした。焼入れ後の素管に対して、表2に示す条件で焼戻しを実施した。
【0082】
【表2】
【0083】
具体的には、各試験番号の素管に対して、表2に示す焼戻し温度(℃)で均熱時間(分)保持した。均熱後の素管に対して、表2に示す冷却方法で冷却した。素管温度が500〜400℃(脆化温度域)における冷却速度(℃/min)は表2に示すとおりであった。脆化温度域での冷却速度の平均値を、冷却速度(℃/min)と定義した。以上の製造により、表2の外径(mm)及び肉厚(mm)を有するステンレス鋼管(継目無鋼管)を製造した。
【0084】
[引張試験]
各鋼管の肉厚中央部から、丸棒引張試験片を採取した。丸棒引張試験片の長手方向は、管軸方向に平行であった。丸棒引張試験片の平行部の直径は6mmであり、標点間距離は40mmであった。採取された丸棒引張試験片に対して、JIS Z2241(2011)に準拠した引張試験を常温、大気中で実施して、降伏強度(0.2%耐力、単位はMPa)を求めた。
【0085】
[シャルピー衝撃試験]
JIS Z2242(2005)に準拠して、各鋼管からフルサイズVノッチ試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を実施した。シャルピー衝撃試験は−10℃で3回実施し、3回の試験で得られた吸収エネルギーのうちの最小値を、その試験番号での吸収エネルギーv-10(J)と定義した。なお、鋼管の厚さの関係でフルサイズ試験片を採取できなかった7、8、9の試験番号については、ハーフサイズ試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を行った。シャルピー衝撃試験で得られた吸収エネルギーの2倍をもって、フルサイズのエネルギーに代えた。
【0086】
[試験結果]
試験結果を表2に示す。表2を参照して、いずれの試験番号の鋼管においても、化学組成が適切であった。そのため、いずれの試験番号においても、降伏強度が758MPa以上であった。
【0087】
さらに、試験番号1、2、4、5、10〜21では外径が175mm以上であり、かつ、肉厚が10mm以上であり、大型厚肉の鋼管であった。これらの試験番号の製造条件は適切であり、特に、焼戻しでの脆化温度域(500〜400℃)での冷却速度が10℃/min以上であった。そのため、これらの試験番号の−10℃での吸収エネルギーv-10(J)は80J以上であり、優れた靭性が得られた。
【0088】
一方、試験番号3及び6では、大型厚肉の鋼管であり、焼戻しでの冷却方法が自然空冷であったため、脆化温度域の冷却速度が10℃/分未満であった。そのため、吸収エネルギーv-10(J)が80J未満と低かった。
【0089】
なお、試験番号7〜9の鋼管では、肉厚が10mm未満であり、本明細書でいう厚肉の鋼管に該当しなかった。そのため、焼戻しでの冷却方法が自然空冷であった試験番号9も含め、脆化温度域の冷却速度が10℃/min以上であった。そのため、吸収エネルギーv-10(J)はいずれも80J以上であった。
【0090】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0091】
10 加熱炉
20 熱間製管設備
21 穿孔機
22 延伸圧延機
23 定径圧延機
30 焼入れ装置
40 焼戻し装置
50 搬送ライン
60 水冷装置
70 補熱炉
図1
図2
図3